コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.502 )
日時: 2013/09/12 06:13
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「もしもし、今野さん?ほんっとうにごめんなさいっ!
今回のことは事務所にも迷惑かけてしまったみたいで…申し訳ないです。でも私は…」

『ちょっと待てっ!まずは俺の話を最後まで聞いてくれ。
ネットでお前の歌が凄いことになってるのは…知ってるか?』

「えっ?ネット?いえ…こっちのニュースに出たみたいなのは、さっき
教会の神父様から聞きましたけど…。
どこの誰かもわからない私なんかが大統領の前で歌うって、前代未聞だったんでしょうね。
そんなのがニュースになるんだから、何も事件のない平和な日だったんだなぁーと思って。」

『はぁ?なに頓珍漢な、のんびりしたこと言ってんだよっ!自分の名前を検索してみろ!
お前がホワイトハウスで歌ってる動画の再生回数が、とんでもないことになってるから!』

「えっ?」

『それが話題になって、今世界中から問い合わせが殺到してる。
英語話せる奴が何人もはいないから、こっちは対応にてんてこ舞いだ。
英語圏以外からの問い合わせには、もうお手上げ状態だよ。
そうだっ!お前が着てたドレスの超高級ブランドからも、正式にオファーが来てるぞっ!
東洋人初のイメージキャラクターモデルとして採用したいそうだ。
俺にはその凄さがまったく想像付かないが、事務所の女子どもが大騒ぎしてるよ。
何でも英国王室御用達として有名なブランドらしいじゃないか!』

「えぇ…まぁ…。」

今野の口調が熱くなればなるほど、雪見の心は冷めてゆく。
それは確かに一般常識的には凄い事なのかも知れないが、今の雪見には
心を動かすほどの効力は持ち合わせてはいなかった。
それどころか、どうやったらこの騒ぎが収まり、何事もなかったことに出来るのか、
それだけがひどく気がかりだった。

なんでこれからスタートって時に、こんなことになっちゃったの?
私はただ平凡に、健人くんの奥さん業に就きたいだけのに…。
最初の予定通りでいいのよ。
健人くんがいつもベストな状態で仕事が出来るよう、一生懸命サポートしながら
カメラマンの仕事を淡々とやっていく。
猫かふぇだって本腰入れて取り組みたいし、これ以上余計なことを増やしたくない。
母さんの看病だって…。
いや…母さんのことには触れないでおこう。身内のことで迷惑掛けたくない…。

でも…一体誰が何の目的で、私の歌なんかをネットに流したんだろ…。

『とにかく、だ。これはお前にとってビッグチャンスなんだぞっ!
お前の望みが叶うんだ!』

「えっ?私の…望み?」

『そうだ。健人の結婚相手として、誰もが納得するほどの人物になりたい、
って言ってたじゃないか。
世界に認めてもらえたら、誰がお前に文句をつけられる?
文句なしの嫁さんになれるだろ?』

消えずにくすぶってたコンプレックスが、再び頭をもたげる。
みずきの亡くなったお父さんのお陰で、少しは写真のお仕事も増えたけど…。
健人くんと当麻くんのお陰で、アーティストとしてツアーも出来たけど…。
でも所詮はただの猫カメラマン…という自分自身に勝手に付けた肩書きが、
いつも両肩から覆い被さってた。

健人くんに相応しい奥さんって…どんな人だろう…。
やっぱり…ただの猫カメラマンよりも、世界に名の知れたアーティスト?
それとも高級ブランドのイメージモデル…?

段々と自分の気持ちが解らなくなる。
今のままでいいのか。
それともこれから世界に羽ばたくであろう健人に合わせ、自分も跳ね上がった方が良いのか…。

『とにかく国際電話で長話もなんだから、一度大至急戻って来い。
この場で解決するような事態ではなくなってる。
小野寺常務からの命令だ。いいな?わかったな?
健人はもう…夢のかけらを握ってるぞ。ガチャッ。』

「えっ!?ちょっ、ちょっと待って下さいっ!」

なにっ?どういう意味?健人くんが、もう夢のかけらを握ってる、って…。
あ…!私の作った…歌?

「♪夢は強く願えば叶うから 怖がらないで目を閉じて
  君のまぶたに写った景色を どうか忘れないでいて
  いつか同じ景色が見えたなら ためらわないで手を伸ばそう
  君の夢は僕の夢 きっといつか叶えてあげる 
  記念の写真を二人で写そう

  未来は誰にもわからないけど
  ひとつ確かに言えるのは 君の隣りに僕がいること
  緑の風に二人で吹かれて 今より遠くへ飛んで行けたら
  きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず♪」

今野からの電話を切ったと思ったら突如歌い出した雪見に、みんなは
何事があったのかと驚いてる。
だが、久しぶりに聴くその曲は優の心にも、翔平、ホンギの心にも、
そして勿論健人の心にもググッと奥深く染み込んできて、それぞれが
自分の事を歌ってくれてるような錯覚に陥った。

「この歌って…本当にいい歌だったんだね。
今、めっちゃ感動した。泣きそうになった。ゆき姉はやっぱスゲーや。」

翔平が、ガラにもなくしみじみと雪見を褒める。
だが雪見は、自分の歌の中から今野の言った謎解きの答えを探そうと必死で
翔平の話など、まるで聞いちゃいないのだが…。

「俺たち…もう夢のかけらを握ってるかな…。」

ポツリと言った優の言葉に、男4人が自分の手のひらに視線を落とす。
みな同じ俳優業だが、徐々に進む道が分かれてきた。

優はミュージカルの世界に、翔平はドラマには欠かせない若手俳優に、
健人は今や映画の主演続きだ。
だがホンギは…。

「俺の手には…まだなーんにも入ってないや…。」

「ホンギ…。」

日本ですでに活躍し、押しも押されもしない人気を確立してる3人と違って
ホンギは今だ模索中。必死にもがいて這い上がろうとしてる底辺にいる。
こんなリムジンを友達のためにチャーターするなんて、夢のまた夢…。

時計をふと見ると、ちょうど真夜中の12時で、急にシンデレラの魔法が解けたように
現実を思い出してしまった。

「でも…今日はめっちゃ楽しかったなぁ…。夢みたいな時間だった。
だって8時間くらい前には俺、アカデミーにいたんだよ?
それが一本の電話でケントと一緒に呼び出されて、生まれて初めてヘリコプターに乗って…。
ワシントンに着いたらユウとショウヘイが『やぁ!』って待ってて、
ご飯ご馳走してくれて、一生縁のないような店でタキシード買ってくれて
リムジンに乗ってホワイトハウスへ…なんて、夢としか思えないよね(笑)」

優たちもハッと我に返った。
自分らのペースにホンギも巻き込んでしまったが、まざまざと見せられた格差に
ホンギは傷付いてしまったのではないか、と…。

「ごめん…。初対面のホンギをここまで振り回すって、ないよなー!」

「違う違うっ!そーいう意味じゃないよ。俺も頑張ろう!って目標が持てた。
いつかハリウッドで必ず活躍する俳優になってやる!ってね。
そしたら今度は俺がユウとショウヘイを日本から呼びつけるよ。
『カジノ貸し切ったから遊びに来ない?』ってね。」

そう言って笑ったホンギは本当にいい奴だと誰もが思った。

いつかみんなでハリウッド映画に出よう。
4人の友情の物語を、巨匠と呼ばれる監督に撮ってもらおう。
その日が来るまで、より一層精進の日々も悪くない。

だが…そんな夢の日は、思いの外すぐ近くの未来で待ってるようだ。

ホワイトハウス前でイタズラ半分に行った撮影会&雪見の歌の動画は、
この車の中で戯れてる間にもじわじわと世界に広がり、エネルギーを蓄えていた。

5人がつないだ手の中に、夢のかけらはもう入ってる。



  

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.503 )
日時: 2013/09/14 20:43
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇ!ほんとに寄ってかないの?
ホテルで仮眠するぐらいなら、うちで寝てけばいいのに。
大きなゲストルームもあるんだよ?お風呂だってホテルに負けないぐらい広いし。
朝ご飯食べていきなよー。」

「そーだよ、荷物全部リムジンに積んであんだろ?うちで着替えて風呂入ってけよ。
てか、8時半の便なら寝てる暇なんてないって!うちで飲み直そうぜ!」

深夜3時、ニューヨーク到着。
健人の高級アパートメント前で、リムジンから降りた5人が押し問答してるのだが、
その光景が異様すぎる。
真夜中に黒のタキシードを着た男4人と、純白のウェディングドレスに身を包んだ女が1人。
間違っても、四股した花嫁を巡って花婿4人が言い争ってる修羅場…ではない。

「ねぇ、そんなに風呂押し?(笑)そんなに豪華な部屋なの?
優!ちょっとだけ寄ってこーぜ!俺、豪華な風呂見てみたーい!」

「ダメだよっ!そんな居心地良さそうなとこでまったりしたら飛行機に乗り遅れる。
それに俺もお前も、事務所に呼び出し食らってんだぞ!」

「じゃーさ、じゃーさ、飛行機一便遅らせよう!せっかく来たんだからさぁ!
事務所には早い便が取れなかったって言えばいいじゃん。
何もホイホイ怒られに、急いで帰ることないって。
ゆき姉のうまい朝飯、食ってから帰ろーぜ!」

「ダメだっちゅーのっ!」
優と翔平が揉めてるとこへ、ホンギがポンと単語を投下した。

「シンコンショヤ。」

「キャーッ!誰よー!またホンギくんにヘンな日本語教えたのっ!
どーせまた翔ちゃんでしょ?ホンギくん、そんな日本語覚えなくていいからね!」

「俺じゃねーし!」

「俺だよっ!てか、早く気付けよ翔平っ(笑)」
優の言葉にやっと翔平が、なるほど!という顔をした。

「あ、そーいうことね!スマンスマン(笑)
いやぁーお名残惜しいですが、この辺でおいとまさせて頂きます。
本日はおめでとうございました。さ、帰ろ!」

翔平が頭をぺこんと下げ、とっととリムジンに乗り込む真似をした。
それをみんなが笑って見てる。

「ほんと、ありがとな!わざわざ来てくれて…。
お陰で一生忘れない結婚式が挙げられた。
こんな友達持ってる奴って他にいないよね…。俺は幸せもんだわ。」

健人は一人ずつに「ありがとう。」と言いながら、心を込めてギュッとハグした。
大好きな友と、またしばしのお別れ…。

良かったね、健人くん。
こんな友達がいてくれたら、私は何にも心配いらないや…。
たとえこの先、どんなことがあろうとも…。
あれ?やだ…涙が出てくる…。

「なんでゆき姉が泣いてんの?」

闇にまぎれて涙を拭こうと思ったのに、翔平に見つかってしまった。
涙の理由なんて、いつもはっきり答えられるとは限らない…。

「なんでだろね。勝手に涙が出てきちゃった。
なんか男の友情っていいなーって、感動したんだよ、きっと…。
それか、翔ちゃんが事務所に叱られてる姿を思い浮かべたか(笑)」

「なんでやねんっ!(笑)」

どうにかみんなも笑ってくれた。
不用意な涙で心配かけてはならない。気をつけなきゃ…。

「そーだっ!健人くん。あのビール、みんなにも飲ませてあげても…いい?」

「あのビール…?あぁ!大統領からもらったやつね。
いいよ。あんなの飲める機会滅多にないから、みんなで味見しよう!」

またしてもリムジンの冷蔵庫に置き忘れるとこだった『ホワイトハウス・ハニーエール』
雪見は慌てて車に乗り込み、冷えたビール2本を手にして再び4人の元へ。

「最後にこれで固めの杯をしよう!」

「固めの杯ぃ!?」

別れ際の雪見の提案に、みんなが目をパチクリ。
さすがのホンギも知らない日本語だったらしく、隣の翔平に「なに?カタメノサカズキって?」
と意味を尋ねた。

「ヤクザが映画でよくやるやつ。」
「ホンギくん、翔ちゃんに聞かないで優くんに聞いて。」
「えーっ!優だって『シンコンショヤ』とか教えたのに、俺だけひどくね?」
「ショーヘーッ!!」

久しぶりに炸裂した、しんのすけ&みさえ的会話に健人も優も大笑い。
ホンギはと言うと、この二人の不思議な関係と肝心な言葉の意味が解らずキョトンとしてる。

「日本じゃ、血の繋がらない他人同士が家族みたいな絆を誓う時や、約束事を
より確かにするためにする儀式なんだ。
本当は盃に注いだ酒を酌み交わすんだけどね。
でもいいね。俺たち今日から家族だ!」

雪見の差し出したビールが、月夜と街灯に照らされキラキラしてる。
その茶色い小瓶が月光の力を残らず吸収してくれてるようで、みんなは
目に見えないパワーが蓄えられる様子を、ただジッと眺めてた。

「このビールはね、大統領が私に『いつか健人くんを連れてここへ戻っておいで。』
っていう意味を込めてプレゼントしてくれた物なの。
私は健人くんだけじゃなく、みんなにもハリウッド…いや世界で活躍する役者になって欲しい。
そう心から願ってる。だから…いつかみんなで大統領の招待を受けて、
このビールを飲みにホワイトハウスへ行こう!
きっと叶う…。強く願えば叶うから…。」

雪見はそう言いながらキャップを外し、まずは健人に一本目のライトビールを差し出した。
健人は『俺が最初に飲んでもいいの?』という顔をして周りを見回したが、
みんなは「もちろん!」とニコニコしてうなずいた。

ゴクッゴクッと二口飲んでから健人が優にビールを手渡す。
優も二口飲んで次の翔平へ。翔平も同じく二口飲んでホンギに差し出した。

「俺も…いいの?」

「あったり前じゃん!俺たち心友だろ?」
「そーそー!」

ホンギは目に涙をいっぱい溜めてビールを受け取り、この出会いに感謝しながら
大事に喉へと流し込んだ。
そして二口飲み終わると今度は雪見に差し出すではないか。

「あ…私はいいの。ほら、ホワイトハウスでいっぱい飲んで来たから。
みんなで飲んで。」

「違う…。ユキミもシンユウ。」

「…えっ?私…も?」

にっこり微笑んだホンギの思わぬ言葉に心の隙を突かれ、一気に涙が溢れ出る。
ポロポロポロ…。
月の光を浴びた真珠の涙を、みんなは温かな眼差しで見守った。

「ほらっ!早く飲んで。」
健人に促され、コクンとうなずいた雪見はビールをゴクッゴクッと全部飲み干した。

「あーっ!全部飲んだぁぁぁ!俺もまだ飲みたかったのにぃぃ〜!
二本目はゆき姉が最初に飲んでっ!」

翔平に叱られ、みんなに笑われ、雪見も涙を拭きながら笑顔になった。
それから開けた二本目の『ホワイトハウス・ハニーエール』のダークビールは
翔平の言いつけ通り、最初に雪見が二口飲んで健人に手渡し、健人から優へ、
優から翔平へ、翔平からホンギへと笑顔と共に手渡された。

ゴクッゴクッゴクッゴクッ!「あーおいしかった♪」

「あ゛ーっっ!!テメェーッ!また全部飲みやがったなぁぁぁ!!」

真夜中のニューヨークの街角に、ホンギを追いかけ回す翔平の声と
キャハハハ!と大笑いするみんなの声が響き渡る。

たった今、契りを結んだ5人は、この場所から新たなる夢への第一歩を
踏み出すことに心踊った。

待ってろよ、ハリウッド!!
いつかみんなで戻って来るからっ!!



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.504 )
日時: 2013/09/17 19:48
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ただいまー!はぁぁ…やっと帰ってきたぁー。長い一日だったね。
学校行くまであと4時間しかないよ。健人くんは早くお風呂入って、少しでも寝なきゃ。
めめー!ラッキー!良い子にしてる?」

ご主人様のいない部屋で寄り添って寝てたのだろう。
玄関先で呼ぶ雪見の声に起こされ、二匹はのそのそと寝ぼけ眼でやって来た。

「ごめんな!俺も出かけちゃったから腹減っただろ?今ご飯あげるよ。」

タキシードのまま猫に餌をやる健人と、ウェディングドレス姿でお風呂にお湯を張る雪見。
日常生活ではあり得ないシチュエーションに、二人が同時に気付き同時に笑った。

「なに?このシュールな光景(笑)」

「あははっ!やっぱお洋服はTPOが大切ってことね。
家ん中でウェディングドレスは似合わないって、よくわかった。」
そう言って顔を見合わせた後、お互いなんだか照れてまた笑った。

今日から二人で暮らし始めるわけでもなく、今までも一緒に暮らして来たのに
同じ空間に居ることがどこかくすぐったくて、ドキドキするのはなぜなんだろ。

やっぱり結婚式って儀式は…特別なことなんだ。

「さぁーってと…。着替えっかな。やっぱこんなカッコは窮屈でかなわんわ。
…あ!そーいや言うの忘れてた。俺…。」

「な、なにっ?」

雪見は何を健人に言われるのかと、ドキドキが加速した。
俺…?俺の後に続く言葉って…なに?俺のこと、いつまでもよろしく?
いや…俺、やっぱ他に好きな人が…とか!?やだぁぁあ!!

「俺…。来月の発表会で…ロミオに選ばれたよ。主演に選ばれた。」

「え…?うそっ!ほんとにっ?健人くんが主演…なのっ?
……キャーッ!!凄い凄いっ!アカデミーの発表会でしょ!?
色んなとこから、スカウトがわんさか集まるって言う?
嘘みたいっ!おめでとう!やったねっ!!
……嬉しい…。おめでとう…ほんとにおめでとう…。」

雪見は思いもしなかったビッグニュースに、顔を覆って泣き出した。
留学早々の大抜擢は、世界への階段を確実に登り始めた証しだと…。

泣きじゃくる雪見を健人は笑いながらギュッと抱き締め、頭を優しく撫で続ける。
そう…この人に一番に伝えたかったんだ。大好きなこの人に…。

「泣き虫だなぁ、ゆき姉は(笑)。でも…早く伝えたかったよ。
ゆき姉なら絶対喜んでくれると思ったから…。
早く会って伝えたいって強く願ったら、優と翔平がゆき姉んとこに連れてってくれたんだ。」

「えっ?そうなの?
じゃあホワイトハウス前で会った時、早く教えてくれれば良かったのに。」
胸の中で涙を拭きながら不思議顔で見上げると、健人は優しい目をして雪見を見てた。

「だって伝えたらキスしたくなるし、キスしたらすぐ抱き締めたくなるし、
抱き締めたらゆき姉が…欲しくなるじゃん。だから…。」

「健人くん…。」

「本当に早く会いたかった。愛してる…。」

健人はそっと唇を重ね、何度も何度もキスをした。
やっと自分の元へ戻ってきた雪見を、もう誰にも触れさせはしないと…。
勝手に頭に浮かんでは消える学の存在を、自分の中から完全消去するため、
キスしては「愛してる。」を繰り返した。

それはまた雪見も同じで、永遠にも思えた離ればなれの時間を1秒でも早く埋めたくて
健人の首に手を回し、自ら唇を寄せていった。

抱き締めてた健人の手が、スッとウェディングドレスのファスナーに伸びた時である。
雪見はあることをハッと思い出し、慌てて健人から身体を離した。

「ちょっ、ちょっと待って!お風呂のお湯が溜まったみたい。
健人くん、先に入ってて。私も着替え用意したら、すぐに行くから。」

すんでの所でドレスの中身を思い出したのだ。
学にプレゼントされた、あの地中海ブルーの下着を…。
別にやましい事はないし、ブルーのドレスに合わせたファッションの一部ではあるけれど、
元カレにプレゼントされた派手な下着は、健人に見せてはいけない気がした。

見つからないうちに処分しよう。
あのキスも…早く忘れよう。ごめんね、健人くん…。

今頃になって後悔の念が襲ってくる。
気持ちの無いキスなんて、ただのハグと変わりないじゃない。
あの時はそう自分に言い聞かせ、納得させたはずなのに…。
だけど…。
さっきの健人のキスは、何かを感じ取ってるようにも思えて微かに怯えた。

このままではいけない…。
早く気持ちをリセットしよう。真っ直ぐ前だけを向いて歩こう。
今日私達は…結婚したのだから。



「お待たせ。えへっ♪ワイン持って来ちゃった。
もうすぐ夜明けだけど、特別な日だから…いいよね?」

雪見がワイングラス2個と、程良く冷やしたとっておきの赤ワイン1本を手に
照れながら浴室に入ってきた。

明かりを消した広い浴室。
ブラインドを上げた大きな窓の外には、まだ薄墨色の闇。
だが窓辺に置いたキャンドルの明かりが、生まれたての朝陽の代わりに
ゆらゆらと柔らかい光で雪見の裸身を神々しく映し出す。
それはまるでヴィーナス誕生の瞬間を目撃したかのようで、健人はバスタブに浸かりながら
その美しさに目も心も奪われた。

「綺麗だね…。めっちゃ綺麗…。」

白日の下に身を晒されたかのような羞恥心。
雪見はワインとグラスを手にしたまま、大急ぎで健人と向かい合わせに身を沈める。

「やだっ、恥ずかしいからジロジロ見ないで。いいから乾杯しよ。」

健人に手渡すためにグラスを突き出したのに、健人はその腕をグイと引き寄せ
「その前にキスしたい…。」と再び唇を重ねてきた。

待ち焦がれた裸身を前にして、22歳の若者がのんびりワインなんぞを楽しむ余裕はない。
あっという間に囚われた雪見は観念し、キスしたまま窓辺に手を伸ばして
ワインとグラスをコトンと置いた。

それを合図に二人は空白の時間を埋めようと、むさぼるようにお互いを求め合う。
健人は学の陰を払拭するために。雪見は自分の背負った後ろめたさを帳消しにするために。

やがてお互いの中から一人の男が消え去ると、今度は安心して愛に溺れた。
男であることの上位と、一回りも年上であることの上位が二人を対等にし、
健人が雪見を支配した次の瞬間、今度は雪見が健人を支配する。
一方だけが受け身ではなく、バランス良く拮抗することを二人は何度も楽しんだ。

長い長いキスと共に窓の外が白み始める。
今宵の終わりを告げに来た太陽が、恥ずかしげに顔を覗かせた。
窓を開け、火照った身体に冷たい風と朝陽の火の粉を振りかけると、
たった今、新しい自分が生まれた気がした。

「ねぇ…。あのブランドのモデル…引き受けんの?世界デビューの話は?
俺は…ゆき姉がやりたいようにすればいいと思ってる。
ゆき姉の幸せが、俺の幸せだから…。」

眩しい朝陽を浴びながら、今野に話した時とは明らかに違う感情でそう言えてる自分を感じた。

この太陽は世界にひとつだけしかない。
俺たちは同じ空の下、たとえどこにいても見上げてる太陽は同じなんだ。
それさえわかってたら、少しも怖くない。

だが雪見は屈託なく笑ってる。

「私?…両方ともやらないよ。そんなに器用じゃないもの。
日本に帰ったら、写真集の約束してる人がいっぱい待ってるし、
みずきんとこの猫かふぇにも本腰入れたいし。
それに…今は健人くんのお世話で精一杯。だって私、奥さんだもん!
さーてと、朝ご飯でも作りますか!」

健人の頬にチュッ♪とキスして出て行く後ろ姿には、いつか見た天使の羽が付いてる気がした。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.505 )
日時: 2013/09/24 20:02
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「健人くん、起きてー!もう起きないと遅刻しちゃうよ?
健人くんってばぁ!朝ご飯出来てるよー!
あ…今、ニヤッとした!絶対寝たフリしてるでしょ?健人く…キャッ!」

「つーかまーえたっ!おはようのチューしてくんないと離してやんない。」

ベッドの上で健人は雪見を捉えて引き寄せ、耳元で甘えた声を出す。
たった2時間しか仮眠出来なかった割には寝起きも良く、朝から機嫌がいい。

「チュッ♪おはよ!私の可愛いダンナ様っ。寝不足だけど大丈夫?」

健人の顔を覗き込み、顔色を見ておでこに手を当て今日の体調をチェックする。
アイドルな旦那様の健康管理は、奥さん兼生涯マネージャーの重要な任務の一つ。
彼女ならまだしも、妻となったらその責任は大きい。

「うん、なんか今朝はスッキリ起きれた。めっちゃ気分いい。
お遊びみたいな結婚式だったけど、ゆき姉と結婚したんだなって感じの朝。
ゆき姉こそ、ほとんど寝る時間無かったんじゃない?大丈夫?」

いつも自分のことより人の心配をする優しい健人が大好きで、もう一度
チュッ♪とキスをした。

「私?もうメイクも完了、ご覧の通り完璧な朝よ(笑)
掃除も洗濯も終わったし、あとは健人くんと朝ご飯食べて学校行くだけ。
今日はお世話になったみんなに、お別れの挨拶してこなきゃ…。」

雪見は健人と話し合い、あさって二人きりで挙げるはずだった結婚式をキャンセル。
急遽明日夜の便で帰国することにした。
事務所に再三呼び出されたせいもあるのだが、母に送った結婚報告のメールに、
何も返信が無いことに心がざわついてた。

「ごめんね、早く帰ることになっちゃって…。
せっかく式を挙げたのに、何にも奥さんらしいことしてあげられなかったね。」

雪見は帰国することに未だ迷いがあった。
健人に諭された通り、母の看病を悔いのないようしてくるつもりでいた。昨日までは…。
しかし発表会の主演に健人が選ばれたとなると、その状況は一変するのだ。

夢に繋がるかも知れない大事な時に、妻である自分が隣でサポートしないでどうする。
ここ一番に健人が最大限の力を発揮出来るよう、心身共に支えるのが
結婚することの意味であり、私にそれを託してくれたファンや事務所の望みではないのか。

自問自答するうちに自分の答えが輪郭を現した。
やっぱり…母さんの顔を見たらここへ戻って来よう。
母さんとの約束を全うするんだから、親不孝娘でも許してくれるよね。
でも…健人くんにはまだ言わない。
絶対戻って来るなと言うに決まってるから…。

いつもと変わりない朝に見えて、だけどやっぱり違う朝。
簡易な式を挙げたというだけで心の置き所がこんなにも違うなら、
籍を入れるということは、どれほど大きな作用があるものか。
いまだ白紙のまま机の引き出しに眠る婚姻届が、ちらりと頭をかすめて通り過ぎた。


「ねぇ、健人くんの稽古って、今日何時に終わるかな?
終わったらどっか飲みに行かない?結婚のお祝いワイン、今朝飲み損ねちゃったし(笑)」

アパートのエレベーターに二人手を繋いで乗り込み、雪見が笑いながら健人を見上げてる。
その無防備な笑顔に何時間か前の浴室での雪見を思い出し、健人はたまらずキスをした。

「飲むんだったら家で飲みたい。しばらく会えないんだから二人っきりで居たいし…。
何だったら、今夜こそお風呂でワイン飲もっか。」

「えっちー!そんなことばっか考えてんの?(笑)」

「新婚だよ?俺ら。ふつー考えるでしょ(笑)
あ、マーティンさん、おはようございます!行ってきまーす♪」

じゃれ合いながらエレベーターを降りたのだが、エントランスに立つ
コンシェルジュのマーティンが、大慌てて二人を呼び止めた。

「ちょっ、ちょっとお待ち下さい、斉藤さまご夫妻っ!
外が大変な騒ぎになっております!今日は裏口から出られた方がよろしいかと。」

「大変な騒ぎ…って?」

このアパートメントのガラス窓はすべて、外部から内側が透けないガラスを使用してるが、
それでも健人と雪見は大きな観葉植物の陰から恐る恐る外の様子を伺った。

「なっ、なにっ?この人だかり!外で何か事件でもあったんですかっ!?」
雪見が驚いて振り向きマーティンに聞いたのだが、その返事の方が驚くべき事だった。

「皆さん、お二人を一目見ようと集まられた方々のようです。」

「お二人って?…え?ま、まさか俺たちのことぉ!?うそっ!」

「朝のニュースはご覧になりませんでしたか?
昨日のパーティーでの様子、奥様が一番大きく紹介されておりました。
それと…斉藤さまご夫妻とお仲間たちがホワイトハウス前と、このアパート前で…
お騒ぎになってる場面も。」

「ええーっ!そんなのもニュースになっちゃったのぉぉ!?」

朝はゆっくり語り合いながら朝食を取りたいので、テレビは付けない派。
しかも今朝は時間が無かったので、ネットも開かなかったのだが、
まさかまさか、世の中がそんな騒ぎになっていようとは…。

「ごめんなさい!マーティンさん。
ここの皆さんにもご迷惑かけちゃう。どうしよ…。」

思わぬ事態に動揺した雪見は、健人の手を両手でギュッと握り締め、
背中に隠れるようにうつむいた。

「ご安心下さい。このアパートメントには24時間在中のガードマンもおりますし
セキュリティも万全でございます。
不測の事態に備え、ここの他に3箇所の出入り口もございます。」

「えっ?不測の事態…?」

マーティンは執事として二人に余計な心配と気遣いをさせぬよう、極めて穏やかに
いつもと変わらぬ笑みをたたえて健人と雪見を交互に見る。

「はい、さようでございます。
お二人はお会いになられてないかと存じますが、実はこのアパートには
他にも何名様かの著名な方がお住まいになられていて、このような事態は
そう珍しいことではないのです。
ですからあまりお気になさらずに。
さぁ、学校に遅刻してしまいますよ。裏口へご案内致します。
そこからですと地下鉄駅はすぐそば。出られましたら真っ直ぐ先へ進んで下さい。
どうぞお気を付けて。今日も素敵な一日を。」

マーティンに笑顔で見送られ、健人と雪見は手を繋いで地下鉄駅まで駆け出した。
人混みに紛れてホッとしたのも束の間、あちこちから視線を感じる。
二人は場所を移動しながらサングラスをかけ、キャップを目深にかぶり
息を殺して地下鉄に飛び乗った。

そしてやっとアカデミーへ到着。

「ふぅぅ…やっと着いた…。
にしても、メンドクサイことになっちゃったね…。」
雪見が溜め息をつきながら廊下を歩く。

「東京と違って、ここじゃ誰にも知られてないから伸び伸びしてられたのにね。
優や翔平と会えて、ちょっと浮かれ過ぎたな。でも気持ち切り替えて稽古しなきゃ。
おはよー!…ございます?」

「な、なにこれ!?」

教室のドアを開け、最初に目に飛び込んできたもの。
それは黒板いっぱいに書かれた、二人へのお祝いのメッセージであった。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.506 )
日時: 2013/09/27 14:50
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「『ケント&ユキミ、結婚おめでとう!!』だって…。なんでみんな知ってんだ?
…あ!さてはホンギだな?てか、なんで誰もいないの?」

黒板には隙間がないほど祝福の言葉が踊ってるのに、教室には誰もいない。
いつもならみんなで賑やかに、ウォーミングアップの最中なのに…。

「あっ健人くん、ここ見てっ!『大ホールに来い』って書いてあるよ!」

黒板の隅に小さく書かれたメッセージを見つけ出した二人は、今来た廊下を戻り
正面玄関横にあるメモリアル大ホールの重たい扉を恐る恐る開けてみた。
すると…。

パン、パンパーン♪

盛大にクラッカーを鳴らす乾いた音と共に、クラスメイト達の「結婚おめでとう!」
の大合唱が両側からライスシャワーのように降り注ぎ、二人は一瞬で
ハグ攻め質問攻めに合ってしまった。

「ニュースもYou Tubeも見たよ!すっげぇんだねっ!二人って。」
「ユキミがハリウッド女優みたいに綺麗だったし、ケントのタキシード姿が
セクシーでクラクラしたわ!」
「私は友達にメールして自慢しちゃった!私のクラスメイトなのよ♪って。」
「ユキミの歌がヤバかったよ!大統領の前で歌うなんてスゲーや!」
「ホワイトハウス前の撮影会みたいな動画も、みんな格好良かったぁ!
ねぇ、あの一緒に居た友達も日本の俳優なの?今度紹介してーっ!」
「ホンギも想定外に格好良かったよな?アジアの若手人気俳優って感じで(笑)」

「あ…ホンギは?これ仕掛けたのってホンギでしょ?」
健人が周りを見回すが、ホンギの姿は見当たらない。

「あぁそうだよ。俺が一番乗りかと思ってたら、ホンギが相当早くから
黒板にメッセージ書いてたみたい。」

「そうそう!そんで二人が昨日結婚式挙げたこと、嬉しそうに教えてくれて、
みんなでお祝いしようってことになって。」

「教室でクラッカー鳴らして騒ぐと発砲事件と間違えられたら困るからって、
ホール使えるように先生に交渉してくれたの。」

「あ、一時限目はこのまま舞台で発表会の稽古するってさ。
あれ?でも戻って来ないね、あいつ。」

その時だった。
ホールの重厚な扉が少し開いてホンギがヒョコッと顔を出した。

「あれーっ!もう来ちゃってた?
シンコンショヤだから、もっとギリギリかと思ったのにー。」

「ホ、ホンギくんっ!その日本語は早く忘れてっ!」
雪見は慌てて「シーッ!」と人差し指を口に当てたが、みんなはキョトンとするだけ。

「ホンギ、遅っせーよ!もうすぐレッスン始まっちゃうよ?」
「間に合わないかと思ったー!ねっ、いいの見つかった?」

「ゴメンゴメン!店探して頼み込むのに手間取った!
でも何とか良い感じの見つけたよ♪ほら!」

そう言いながらホンギは、ポケットの中からグレーの小箱を取りだして
健人と雪見の前に差し出した。

「これ…俺たちからのお祝い。みんないっぱいカンパしてくれたよ。
あ、俺は相変わらず飯代だけね(笑)ユキミ、開けてみて。」

ホンギから手渡された小箱をそっと開けてみる。
中には大小二つの銀色に輝く指輪が入っていた。

「これって…もしかして結婚指輪?」

「えへへっ、そのつもり。ほら、ケントが日本に忘れて来ちゃったって言うからさ。」

「まだそこ突いてくんの?」
健人が苦笑いしながら雪見を見ると、雪見も目を潤ませて笑ってた。

「ほんとはね、プラチナとかって言う高いやつにしたかったんだけど、
今回はシルバーで我慢してね。
あ、その代わり愛だけはいっぱい込めといたから。」

「今回は、って(笑)今回しか結婚しねーよ。」

健人はホンギに悪態つきながらも、嬉しそうに笑って雪見の肩をギュッと抱き寄せる。
二人の周りをぐるりと取り囲んだみんなも、ニコニコしながらその様子を見守った。

雪見が、小さい方の指輪を指先でそっとつまみ上げる。
指輪のサイズなんてホンギは知らないはずなのに、見た目どうやら丁度良さそうだ。
その内側には、何やら文字が刻まれていた。

「Always with yoy K&Y…いつも…一緒に?」

「そうだよ。ケントとユキミは離れていても、いつも一緒にいるんだ。
そして俺たちも、心はいつも一緒にいるよ。結婚おめでとう!」

雪見は、自分の帰国によって結婚早々離れ離れになってしまう二人を、
励ますためにホンギがあえてこの言葉を選んだのだとすぐにわかった。
その優しさに涙して「ありがとう…。」とホンギに抱きつく。

「ちょっ、ちょっとユキミっ!抱きつく相手を間違ってるよ(笑)
さぁ二人とも、ステージに上がって!昨日の結婚式の続きをしよう!」

「おっ、いいねぇ〜!ちょうどロミジュリの教会のセットが出来上がってるし♪」

「あ!俺、ロレンス神父だ!よしよし。いい式を挙げて差し上げよう。」
発表会で神父役をやるジョンは、途端に声を切り替えた。

「えっ!?うそっ!そんなのいいって!ちょっ…」
「もう先生が来ちゃうよー!私、部外者なのに怒られるって!」

健人と雪見は仲間達によって、あっという間にステージ上まで押し運ばれた。
そこには、一ヶ月後に控えた発表会のセットの一部がすでに置かれていて、
壁に大きな十字架が掛かり、傍らには聖母マリア像が立っていた。

「お二人とも、前へ。」

すでにロレンス神父になりきってるジョンが神妙な面もちで、自分の前に来るよう二人を促す。
みんなは結婚式に立ち会う参列者の気持ちで、温かな眼差しを向けた。

「健やかなる時も病めるときも…。」

ジョンが発表会本番のような声で真剣に語り出した時、健人と雪見は観念して
その儀式を素直に受け入れることにした。

「では、指輪の交換を。」

神父役のジョンが差し出した小箱から、健人が小さな指輪をつまみ上げ雪見の左手を取る。
が、そこには先客の指輪が…。

「あ…これ、外さなきゃね(笑)」
「俺も(笑)」

二人は、お守りのように身につけてた指輪をそっと抜き取り、ポケットに仕舞い込む。
この初めてのペアリングも宝物だが、今はみんなの愛が詰まった新しい指輪を身につけたい。

雪見の左手薬指に、スッと真新しい輝きが宿る。
それを揺れる涙の向こう側からジッと眺めると、輝きが何倍にも増して見えた。

今度は雪見が健人の手を取る。
だが、スッと薬指に収まるかに見えた指輪は、残念ながら第二関節の手前で
無情にも通せんぼされてしまった。

「あちゃーっ!やっぱ失敗したかー!ケントって見かけに寄らず指が図太いんだね。」

「指が図太いって…。ビミョーに日本語間違ってるよ(笑)
いいよ、あとでサイズ直してもらうから。
ほんっと、ありがとね、みんな。大事にします。指輪もユキミも…。」

健人が照れながらも雪見の肩を抱き寄せると、仲間達からは大歓声が。

「まだ誓いのキスが終わってないぞー!」
「そーだそーだ!キスしないと結婚式が終わらなーい!」

みんなにはやし立てられ、二人は顔を見合わせてしきりに照れる。
しかしこの状況では、本当にキスしないと稽古に入れそうもなかったので、
健人と雪見は再び向かい合い、お互いを見つめて笑った後、そっと唇を重ねてキスをした。

「おめでとう!」の大合唱と冷やかしを浴びて、二人は恥ずかしそうに、
だけどこの上なく幸せそうに笑ってる。

「そろそろ結婚式は終わったかしら?じゃあ今から稽古を始めるわよ!」

ドアの向こうで終わるのを待っててくれたであろう先生が、微笑みながら入って来た。
お裾分けされた幸せにまだ空気が浮かれる中、雪見は慌てて舞台を降りる。

だが…その後ろ姿をたった一人だけ、睨み付けるようにして見送る者があった。
これから健人と大恋愛を演じる、ジュリエット役のローラである。











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