コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.412 )
日時: 2012/04/01 22:59
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「なんで?なんで健人くんがここにいんの!?」

「ゆき姉こそ、何しに来たの!?えっ?え?どーゆーことっ!?」

雪見と健人が互いを見つめたまま、目をまん丸にして突っ立ってる。
まったく思ってもなかった事が突如起きると、イケメンアイドルって
こんな表情するんだぁ!と、傍観者たちは笑いを堪えながら眺めてた。
カメラマンの阿部がそのレアな瞬間を、逃してはたまるかと急いでシャッターを切る。

「ねーねー、お二人さん!まだ気付かない?」
牧田がしびれを切らして口を開く。

「……え?うそっ!?まさか俺のインタビュー相手って…ゆき姉のことぉ!?」

「じゃあ、私のインタビューのライターさんって、健人くんなのーっ!?
なにこれっ!どうなってんの??」

その時だった。
周りのスタッフたちが「おめでとーっ!!」の祝福の声と共に、一斉にクラッカーを
パンパンと打ち鳴らす。
そして進藤が、真っ赤なバラのブーケを雪見に手渡し、健人の胸ポケットには
紫のバラを一輪挿した。

「驚いてくれて良かったーっ!バレたらどうしようって、もうドキドキしたよ!
これね、実は『ヴィーナス』編集部からのお祝い特別企画!
最近二人とも忙しすぎでしょ?
だから仕事をしつつも、ゆっくりお酒を飲みながら語らってもらおうと思って。
二人のスケジュール調整に、めちゃ今野さんにはご苦労お掛けしましたっ!」
進藤が後ろを振り向いて、今野に頭を下げる。

「でねっ!二人共これが本日ラストの仕事にしてもらったから、対談が終ったら
なんとこのまま、この部屋に一泊しちゃってくださーい!
明日の朝は、豪華なルームサービスの朝食も頼んであるって!
どう?驚いた?お休みは無いかも知れないけど、いい仕事でしょ?
うちの編集長渾身のお祝い企画なんだよっ!」

「まぁ、アイディアのほとんどは、編集長の娘さんが出したみたいなんだけどねっ!
ちょっと早いけど、健人くんの誕生日祝いと雪見ちゃんへの感謝の意味も込めてるから、
あとからは何も出てこないでーす!」
牧田がそう言いながら、進藤と手を取り合って作戦の成功を喜んでる。

「うそ…。みんな私達のために…?」
雪見は、思いもしなかった出来事に驚き感動し、今にも泣きそうだった。
親友の真由子までもが、この素敵なサプライズに一役買ってるとは…。

「今までずーっと二人のこと、応援してきたから…。
私達みんなが、身内の事のように嬉しいの!二人には幸せになってもらいたい。」

牧田の言葉に、周りの全員がニコニコとうなずいてる。勿論今野までもが。
みんなの顔を見て雪見は、泣かないでいられるはずなどなかった。
きっと進藤に、メイクが崩れると叱られるのを覚悟しながら。

「あーあー、泣いちゃったよ!これから仕事なのに。
進藤ちゃんに怒られるから、泣かない泣かないっ!
けどよ、今回の『ヴィーナス』は、とんでもない売り上げになるぞ!
なんせ交際宣言後の対談なんて、うちだけの掲載だからなぁ!
ツアースポンサーで良かったぁ〜!って社長もきっと思ってる。
俺らに特別ボーナスとか、出ないかな?」

「あ、出たらおごって下さいよっ!半分は俺たちのお陰なんだから。
ねーっ、ゆき姉っ!」
雪見には、阿部と健人が泣いてる自分を笑わせようとしてるのがわかった。
その優しさに、また仲間との別れがつらくなり涙が溢れる。

「はい、ストップストップ!時間が無くなるから仕事にかかろう!
雪見ちゃん、メイク直しっ!」
涙で滲んだメイクを進藤が綺麗に直し、牧田が胸のリボンをふわりと整えて
ポンッ!と雪見を健人の前に押し出した。

「はいっ!22歳の誕生日プレゼント!
判ってくれた?雪見ちゃんの衣装、プレゼントの箱をイメージしてるの。
さっき、その花束に付いてたリボンをほどいて、急遽ドレスに縫いつけたんだから!
だって雪見ちゃん、健人くんのプレゼント、買いに行く暇がなーい!
って嘆いてたから、よーし!って思いついて。
すっごい可愛いプレゼントになったでしょ?」
スタイリストの牧田が、我ながら上出来!と、どや顔をした。

「えーっ!そうだったの?知らなかった!」
雪見が照れ笑いを浮かべて健人の顔を見る。

すると健人は、雪見の手を取ってグイッと引き寄せ、
「ありがと!今までもらったプレゼントの中で、一番嬉しいプレゼントだよ!」
そう言って、みんなの前で雪見をハグした。

ヒューヒュー!とみんなが二人をはやし立てる。
人前では滅多にしない健人の愛情表現に驚きつつも、雪見は健人の喜びが
それだけ大きいという事を知り、素直に嬉しかった。

「はいはい!ラブラブの続きは、仕事が終ったらゆっくりどうぞ!
じゃ、急いでスタンバイしてくれー!始めよう!」
阿部の一声で全員仕事モードに切り替わり、それぞれが準備を整える。
雪見も健人と共に、広いスィートルームの中央にある大きなソファーに腰掛けて、
スタートの合図を待った。

「やべっ!俺、めっちゃ緊張してきたっ!
だってインタビューなんて、したことないもん!される方が絶対気が楽だって!
ゆき姉と交代しちゃダメ?ねーねー、このカンペ見ながらでいいんでしょ?」

いつもは緊張さえも楽しむタイプの健人だが、さすがに今日はそうもいかない様子。
根が真面目な健人は、これが『YUKIMI&』最後のロングインタビューである事から、
雪見の魅力すべてを引き出して読者に伝えようと、真剣に考えていた。

それとは逆に、健人がインタビュアーだと判った雪見は、緊張などどこへやら。
「基本、健人くんの質問に答えて、あとは自由にしゃべってもいいんですよね?」
冷静に段取りを確認し、目の前のお酒のチェックも怠りない。

「せっかく二人ともドレスアップしてるんだから、最初はカクテルで乾杯といこう!
写真は最初と対談中、終わりの三場面だけにするから、あとはリラックスして
トークに集中していいよ。レコーダーのスタンバイもいい?」

「OKでーす!」
「じゃ、スタートしよう!」


ホテル最上階の贅沢な空間は静寂に包まれ、視線の先に広がる東京の夜景も
どうやらスタンバイが整ったようだ。

雪見のリボンの色に合わせたカクテル『ピンクレディ』と、健人の胸のバラと同じ色の
『バイオレットフィズ』で乾杯し、幸せな二人の対談がスタートした。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.413 )
日時: 2012/04/05 11:50
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

その部屋の眼下に広がる宝石のような夜景は、初めて二人で食事をしたあの日の夜景と
ドキドキ感を思い出させる。
きっと二人きりでこの部屋にいたのなら、窓際で寄り添いキスでもしただろうが、
なんせ今は周りにギャラリーが多すぎた。
そんな中、二人の対談がスタートする。


健人  なんか照れるよね、この格好にこのカクテル、このシチュエーション!
雪見  うん。二人でいたら絶対ないよね。それに私、このインタビューって言うか、
対談自体が超恥ずかしいんだけど。みんなの目がいつもと違う(笑)。
健人  めっちゃ見られてる!(笑)けど仕事だから仕方ない。ガンガン質問してくよー!
雪見  怖いんですけど(笑)。お手柔らかにお願いします。

健人  えー、じゃ質問その1。『二人きりでいる時の斎藤健人ってどんな人ですか?』
うそっ!?まさかこんな質問、俺が次々としてくの?勘弁して(笑)。
雪見  私も勘弁してほしい!(笑)。本人目の前にして言える訳がない。
健人  この企画ね、失敗だと思う(笑)。俺をインタビュアーにしたのが間違い。
だって、ヤバい質問のオンパレードだよ(笑)。どうすんの、これ? 
雪見  それが編集部の狙いでしょ?健人くんの困った顔見るのが(笑)。
健人  そーゆーこと?でも答えられなきゃ意味がない。
じゃあさ、ゆき姉が質問に答えてる間、俺が耳ふさぐってのはどう?
で、発売されてから読んでビックリ!みたいな(笑)。
雪見  それがいい!だったら何でも答えちゃう!
健人  あれこれ暴露しないように(笑)。
雪見  さぁ、それは判らない(笑)。よし!気合い入れて答えるぞ!
健人  普通でいいです(笑)。

雪見と健人が照れくささをお酒の力でカバーしつつ、実に仲良く楽しそうに
話を展開していくので、見守る周りのスタッフにも自然と笑みがこぼれた。

雪見  じゃあ答えるから、健人くんは耳押さえて。
健人  OK!
雪見  ほんとに聞こえてないんだろうな?聞こえてたら怒られちゃう(笑)。
あのですねー。斎藤健人は私と二人きりでいると…結構甘えん坊です(笑)。
はい、答えたよー!ねぇ、ビール飲んでいい?喉乾く。
健人  こわっ!そんな喉乾くようなこと言ったの?じゃ、俺もビール!(笑)
(グラスにビールを注いで再び乾杯しながら)
雪見  これ飲んだら次はワインにしよう!
健人  居酒屋かっ!どこ向かってくんだろ?このインタビュー(笑)。
雪見  ねーねー、やっぱさぁ、普通に対談しない?せっかく二人でいるのに、
これじゃ全然話が弾まない!
健人  だねっ!俺もここにいる意味がわかんない(笑)。
雪見  よしっ!じゃあさ、そこに書いてある質問にお互いが答えるってのはどう?
健人 (チラッと編集部の顔を見て)いいのかなぁ?
雪見  いいの、いいの!次の質問から、お互いを語り尽くそう!
健人  だから怖いっての!(笑)
(赤ワインを二つのグラスに注ぎながら)
雪見  次の質問どうぞ!
健人  てか、もうワイン!?まじヤバくなってきた!なに暴露されるかわかんねぇ!(笑)
雪見  早く早くっ!
健人  じゃ質問その2。『斎藤健人を説明して下さい!』だって。なにこれ?
雪見  語り尽くせ!ってことね。いい質問だ(笑)。けど、どっから説明しよう…。
健人  お互い、今後の生活に支障をきたす話は無しにしようね!(笑)
雪見  えーっ!そんな話あるの?
健人  いや、ありません(笑)


二人の対談を見守る誰もが思っていた。
以前とは違う健人がここにいる、と…。

健人は言葉に対して、とても慎重で忠実な人だった。
自分の言葉を声にする前に、よくよく吟味してから話すものだから、
インタビューは必然的に長くなるし、間が空くこともしばしばある。
しかしそれは、自分の発信する言葉たちが一語一語、多大な影響を及ぼす事を知り、
不用意な発言はのちのち自身の足を引っ張る事を、充分よく知っているからである。

どこかで散々痛い目にでも遭ったのか…。
それともそうならないよう、用心深く神経質になっているのか。
22歳を迎えようとする若者は、もっと身も心も自由でいいはずなのに…。

そう思いながら健人への取材を続けてきたスタッフは、こんなにポンポンと
言葉のキャッチボールを楽しむ健人には、お目に掛かったことがなかった。
しかも屈託なく実に良く笑い、何の警戒心も感じられない。

雪見と一緒にいるというだけで、これほどまでに健人の心は解き放たれ
自由になれるのだ。
『良かったね、健人!』と、そこにいる誰もが祝福の眼差しを向けていた。


雪見  じゃあ語るよ!長くなるから、ソファーに横になって聞いててもいいし。
健人  そんなに?(笑)俺ってそんなに面倒くさい人?
雪見  単純にはできてない人。私と違って(笑)。まず斎藤健人という男はですねぇ、
見かけに寄らず男らしい!筋肉質!頭が良い!
健人  見かけに寄らず!ですか(笑)。まぁまぁ、よく言われる事です。そんで?
雪見  歌って踊れる。誰にでも優しい。よく食べる。お酒が普通に強い。
陰で努力家。毛虫が嫌い!猫が好き!家事が出来ない!

雪見は次から次へと、よどみなく並べ立てる。
しかしここまでは、ファンなら誰でも知ってる健人の姿。
が、「だけど…。」と一呼吸置いて話し出したのは、雪見だけにしか見えない
健人の本当の姿だった。

雪見  だけど…本当は寂しがり屋で恐がりで、世の中をちょっと冷めた目で見てて…。
本物の愛に飢えてて、心のどこかで何かに怯えてる。
けど、かっこ悪いとこ見られるのが嫌いだから、いつも飄々としていて…。
たくさんの人に囲まれてるのに、孤独を感じて生きてると思う。
健人  ゆき姉…。

部屋がしんと静まり返る。
今までどこにもさらしてこなかった、健人の真の姿を雪見があぶり出し、
健人の表情から笑顔が消え、スタッフの間にも緊張感が漂った。

雪見  だから…だから私が助けてあげたいと思った。私が側にいて、
健人くんの心を抱き締めててあげたかった。大丈夫だよ、私が一生守ってあげる、って…。


健人の瞳を真っ直ぐに見た雪見の突然の告白に、周りで見守るスタッフは
思わずアッ!と大声を上げそうになる。
健人と雪見はただじっと、お互いを見つめてた。
しばし見つめ合った後、雪見はまだ仕事が残ってるとばかりに、ソファーに
背筋を伸ばして座り直す。

雪見  『ヴィーナス』の読者の皆さんには、私の口から直接伝えたかったの。
浅香雪見はみなさんに誓います!斎藤健人を必ずもっと凄い男にして、
みなさんにお返しします。ニューヨークから戻って来た時、きっと更に
いい男になってるはず。そうであって欲しいから、私も全力でサポートして来ます。
楽しみに待ってて下さいねっ!


清々しい顔でそう言い切り、雪見は健人を見てやっとにっこり微笑む。
健人はたまらず雪見の肩を抱き寄せ、みんなの前で頬にチュッ!とキスをした。













Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.414 )
日時: 2012/04/08 10:58
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

期間限定アーティスト『YUKIMI&』最後の雑誌対談が終わり、編集部スタッフや
マネージャーらが部屋からガヤガヤと引き揚げて行く。
最上階のスイートルームには、健人と雪見だけがぽつんと取り残された。

「なんか…部屋が広すぎて、落ち着かないねっ!」

二人きりになり、雪見はなぜか急に気恥ずかしさに襲われた。
恋人同士になる前の段階でもあるまいし、すでに一緒に暮らしてるというのに
なんでこんなにドキドキしてんだろう。
これじゃまるっきり、初めてのデートではないか。

ドキドキしてるのを健人に悟られないよう雪見は、部屋の中をあちこちうろつき始める。
「うわっ!めっちゃ広いバスルーム!しかも夜景が見えるしー!」

「一緒に入ろっか。」

瞬間移動したかのように、後ろに健人が立ってて驚いた。
「えっ?い、いや、今日は着替えも持って来てないし…。
もーう、ちゃんと言ってくれたらお泊まりの準備して来たのにね。
いきなり一泊プレゼントされても困っちゃう!
あ!めめ達のご飯どうしよう?やっぱさ、今日は帰ろっか!
また今度、泊まりに来よう。私が招待してあげる!」

「だーめっ!泊まってくよ!絶対もう来る暇なんてないんだから。
それにめめ達なら大丈夫。俺、カリカリ山盛りにして出てきたもん。」

「あっ、そ…。それはどうも…。」
健人はどうにも帰る気など、更々ないらしい。
雪見も諦めて、気持ちを切り替えるしかなかった。

「しょうがない。せっかく真由子や吉川さんがサプライズしてくれたんだもんね…。
帰ったんじゃ申し訳ないか。」

「よっしゃ!じゃあさ、買い物行こう、買い物!まだ八時半だし。
こんな早く仕事終ったのって、いつ以来?すっげー嬉しんだけど!
俺、服買いたい!ずーっと忙しくて全然買ってないし、腹も減ったぁ!
パンツとか着替えもついでに買って来よ!ゆき姉のやつ、俺が選んであげよっか?」

「ウソだぁ!絶対女子の下着売り場なんて、行けないくせにっ!」

「バレた?」

健人がいつになく、はしゃいでる。
「ひゃははは!」と少年のように屈託無く笑い、そのあと不意にキスをした。
たった今、恋人同士になったかのような初々しいキスを…。

もう、誰の目を気にする事なく二人で街を歩けると思ったら、それだけで嬉しくて。
たとえファンに囲まれたにしても、「ごめんね、今プライベートだから。」
とニコッと笑って言える。
写真誌に撮られたってへっちゃらだ。だって二人は、正々堂々恋人同士。
どこへ逃げ隠れもしなくていい。

「さ、行こ行こ!時間がなくなっちゃう!」
健人が雪見の手を取って、二人はホテルを飛び出した。


「えっ!?今のって、斎藤健人と『YUKIMI&』じゃなかった!?」
「うそっ!?マジでぇ?」

すれ違いざまそんな声が聞こえ、そのカップルが振り向いた気配を感じる。
だが健人は、可笑しそうに下を向いてクスクスと笑うだけで、繋いだ手を
解こうとはしなかった。
それどころか子供のように、その手をブンブン大きく振り出した。

「ちょっと!健人くん落ち着いてっ!目立ち過ぎだってば、もう!」
今にもスキップまでしそうな勢いに、慌てて雪見が注意する。

「だって、超楽しいじゃん!デートだよ?普通のデートっ!」

普通のデートと言うより、幼稚園の遠足みたいなんですけど…と口から出かかったが、
あまりにも楽しそうに街を闊歩する健人を横から眺めて、まっ、いいか!
と雪見も負けずに手を振り回した。

それから二人は、お腹が空いたのを少しだけ我慢して、まずはホテル近くにある
健人行きつけのセレクトショップに立ち寄る。
閉店まであと30分もなかったが、どうしてもここで服が見たいと言う健人に付き合った。

「こんちわーっ!」

閉店間際の健人の来店に、顔なじみの店員が驚きの表情を見せる。
が、その驚きは、健人の隣りを見てのことだった。
なんせそこには、今話題の彼女がいるのだから…。

「いらっしゃい!久しぶりだね。めっちゃ忙しそうじゃん!」

場所柄、芸能人は他にもよく来るのだろう。
健人とは違うタイプのイケメン店員は、学生時代の同級生にでも話しかけるように、
ごく普通の態度で健人を迎え入れる。
そしてすぐ隣りの雪見に視線を移し、柔らかな微笑みで「いらっしゃいませ。」と会釈した。
雪見はなんだか恥ずかしかったが、「お邪魔します。」と笑顔で頭を下げた。

「わりぃ!ちょっとだけ見ていい?どーしてもここ来たかったの。
今日、ひっさびさに早く終ってさぁ、ダッシュで来た!」
笑いながらそう言う健人の手はすでに、ハンガーに掛かった春色のカットソーに伸びている。

「ねー、ゆき姉見てっ!これ、めっちゃ良くね?
この水色感、あんま見た事ないっ!すっげー肌触りもいいし。
なんかね、今年の春は、こーゆー綺麗めな色が気分!キープしとこ。」
幸せいっぱいな顔して、次から次へと服に手を伸ばす健人の様子は、
見ているこっちまで顔がほころんでくる。

「彼、服の好みが随分変わりましたよね。
以前はハードなイメージのタイトな服ばかり選んでたけど、去年からガラッと変わって。
肌触りや着心地の良さを重視するようになったし、ゆるい感じのナチュラルな服を
着るようになりました。
それはきっと、あなたの影響だったんですね。」
健人の少し後ろに立つイケメン店員が、にっこり笑って雪見を見た。

「え…?あ、そうなんですか?私、以前の健人くんをよく知らなくて…。
でも、そう言われればクローゼットの中に、黒い服がたくさん入ってたような…。」
あなたの影響、と言われ、なんだかくすぐったい気がした。

「よーし、決めたっ!次いつ来れるかわかんないから、こんだけ全部買っちゃお!」
両腕に抱えるだけ抱えた服やら帽子を、喜々としてレジ前にどかっ!と乗せた健人。

「えーっ!?これ全部ぅ!?どんだけ服好きなのよ、まったく!」
呆れ顔の雪見に健人は、「へっへっへー!」と満足そうに笑ってみせた。

イケメン店員が健人とのお喋りを楽しみつつ、商品をラッピングする。
その間、雪見はフラフラと店内を一周して歩いた。
と、ある飾り棚の前で、はたと足が止まる。

「あ!これ…!なんかいい感じ。」

それは象牙のクロスがついたペンダントだった。
以前の健人は、アクセサリーと言えばシルバーばかり。
だが今の健人には、こんな優しい乳白色のペンダントが似合う気がした。
隣の棚には、同じデザインのプチクロスペンダントもある。

「可愛いっ!そうだ、これにしよう!!」

雪見はその大小二つのペンダントを棚から下ろし、大事に手に隠して
違う店員にこっそりラッピングをお願いした。

やっと買えた、健人の22歳のバースディプレゼント。

喜んでくれる顔を想像し、そっとバッグにしまい込んで大満足でその店を後にした。





Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.415 )
日時: 2012/04/13 12:56
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねーねー、その荷物、一旦ホテルに置いて来ようよ!」

雪見が、「ひとつ持ってあげる!」と言うのも聞かず、健人が三つの
大きなペーパーバッグをぶら下げて歩いてる。
たった30分いたセレクトショップで、バッグ二つ分の買い物をし、
次に行ったショッピングモールで、二人の今夜の着替えを買った。

でもこんな事なら、タクシーで家に着替えを取りに帰ってもよかったんじゃ…。
で、健人の買った大量の服も、ついでに置いてくれば良かったような…。

この時間にこんな大荷物をぶら下げてて、目立たぬ訳がない。
「あれって斎藤健人じゃね!?」
「じゃあ隣りにいるのは、ゆき姉!?健人、すんごい荷物持たされて、かわいそー!」
そんな声が案の定聞こえてくる。

『濡れ衣だって!勝手に健人くんが持ってんのよー!
私が持たせてる訳じゃないからっ!』と叫びたかった。
こんな時、どこまでも女子に優しい男は、かえって仇となる。

「ほんっと、お願いだからひとつ持たせてっ!
こっちのバッグは、私のブラとかも入ってんだからっ!」
思わずデカイ声で「ブラとかも」と言ってしまい、赤面してバッグを引ったくる。

「もういいや!このお店でご飯食べよっ!」
一刻も早くこの場所から消え去りたくて、すぐそばにあった居酒屋に、
健人の腕を引っ張って飛び込んだ。が…。
夜十時半を回った居酒屋がひっそりしてるはずもなく、突然飛び込んで来たアイドルと
今話題の彼女に、レジ前で会計の順番を待ってた酔客達が騒然となってしまった。

「やっぱり、また今度にします!ごめんなさーい!」
またしても健人の背中を押してそそくさとUターンし、慌ててタクシーに飛び乗る羽目になる。
完璧な普通のデートなど、やはり今の二人には難しい。
ましてや、この目立つ大荷物をぶら下げたままでは…。


結局、ホテルに戻って来てしまった。
部屋に入るなり荷物を床に降ろした健人は、大きなソファーにバタッと倒れ込む。

「疲れたし腹減ったぁ!もう動けない。晩飯はルームサービスでいいや…。」
少しふて腐れてるのか、本当に歩き疲れて面倒になってしまったのか。
さっきタクシーの中で、雪見と約束した事を健人は覆した。

「えーっ!夜景の見えるビストロがホテルにあるから、そこで食べようって言ったのにぃ!
もう何食べるか、決めてたんだよーっ!」

口を尖らせた雪見が、ソファーに寝ころんで目を閉じてる健人の顔を覗き込み、
肩をわしわしと揺らす。
すると、薄く片目を開けた健人が雪見の首筋に素早く手を回し、グイと引き寄せキスをした。
そして唇を離した後にギューッと抱き締め、耳元で
「もう離してやんない!俺はゆき姉だけ食ってれば生きてけるから。」とささやいた。

「ちょ、ちょっと待ったぁ!ね、まずはご飯食べに行こ!ワイン飲んでからにしよ!
ここのビストロ、牛肉の赤ワイン煮込みがめっちゃ美味しいんだって!
ねーねー、それ絶対食べたいでしょ!?ねっ、食べたいでしょ?
ラストオーダー前に早く行かないと、明日後悔するってば!
ねっ?まずは離して!」
雪見の必死な説得が可笑しくて、健人が堪えきれずにひゃははっ!と笑い出し、
抱き締めた手から雪見を解放する。

「あー、めっちゃウケるっ!今のゆき姉の顔っ!
ゆき姉って俺の芝居にすぐ引っかかるから、めちゃ面白いっ!」

「ちょっとぉ!!また私をからかったわけっ!?もーぅ!」
雪見が一層頬を膨らませ、バシッ!と健人の肩を叩く。
だが健人はもう一度雪見を抱き寄せて、「そーいうとこも、全部大好き!」
と愛しげに頭を撫でた。

12歳も年下の男にそんな事を言われ、愛しそうな眼差しで頭をよしよしされる。
一体彼の瞳に私は、いくつに映っているのだろう。
まぁいいや。大好きな彼が大好きと言ってくれるのだから、いくつであろうとも。

「おしっ!じゃあ飯食いに行こ!ほんっとに腹減ったぁ!」
二人仲良く肩を並べて、エレベーターに乗り込んだ。



「うわーっ!見て見てっ!宝石みたいにキラキラ光ってる!めちゃ綺麗!」
夜景が一望出来る窓側の席に案内され、座った途端に雪見がはしゃぎ出す。

だがここは高級ホテル。ドレスコードの無いビストロと言えども、周りの客は
それなりの服装をしているし、すでに食事を終えて静かにワインを楽しむ
大人の客ばかりであった。

そんな中、カジュアルなファッションを身にまとった若いカップルの席は、
明らかにその場所だけ醸し出されるオーラが違い、光輝いていた。
それはまるで、外から拾ってきた夜景を、二人の周りにばらまいたかのように…。

二人ともコンタクトを外し眼鏡こそ掛けてはいたが、ひと目見て健人と雪見だと判る。
皆の視線が集まり、あっ!と小さく声を漏らす客もいた。
だがそこはさすがに高級ホテルの客らしく、それ以上騒ぎ立てるわけでもなく、
かと言ってジロジロ見るわけでもなく、二人の存在を良い意味で無視してくれた。


注がれた赤ワインでまずは乾杯。
「お疲れっ!うーん、おいしーっ!
やっぱ、こんな夜景を見ながらのお酒って、最高に気分上がるよねっ!
なんか…初めて健人くんとご飯食べに行った時の事、思い出しちゃう。」
雪見は前菜を口に運びながら、窓の外に視線を移した。

「あの時の、何を思い出してんの?」
健人も、あの時の事はよく覚えてる。
だが、素知らぬ顔して雪見の答えを聞いてみたかった。

「全部だよ。あの日の事を全部思い出す。
朝からずっとドキドキしてたことも、健人くんを待ってた空港で見た青空も、
健人くんからもらったメールも、初めて健人くんがアイドルだって判った時の衝撃も!」

「気付いてもらえるまでが、長かったなー!俺もまだまだだな!って思ったもん。」
そう言って健人は笑ってる。

「この夜景も綺麗だけど、私はあの日見た夜景を一生忘れない。
だって健人くんからもらった、初めての大事なプレゼントだから…。」

大切な物を見つめるように、頬杖をつきながら窓の外をジッと眺める雪見の横顔。
健人はその横顔にドキッとしてキュンときて、身体がカッと熱くなる。
綺麗で可愛くて、目の下の泣きぼくろが妙に色っぽくて…。

「ね、ねぇ、早く食べちゃって、続きは部屋でゆっくり飲もう!
なんかさ、みんなに注目されてる気がするから。」
早く二人きりになりたくて、健人は急いで料理を平らげる。

雪見はさりげなく周りを見回したが、誰もこっちを見てる様子はなく、
健人の魂胆に気付いてクスッと笑い、グラスのワインを飲み干した。


もうすぐ健人の誕生日がやって来る。
まだまだ22歳の誕生日。

当日の夜、今日買ったペンダントと自分にリボンを付けて、「はい、プレゼント!」
って言ってみようか。

そんなことを想像してる自分が可笑しくて、雪見は一人、クスクスと笑い続けた。

















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.416 )
日時: 2012/04/19 06:53
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

高級ホテルで束の間の休息を楽しんだ翌日から、仕事に忙殺されて一週間。
とうとう今日3月21日、健人の22歳の誕生日がやって来た。

「おはよう!健人くん、起きてっ!時間だよー!」

寝起きの悪い健人を起こすのは、いつも至難の技。
しつこく何度も起こされるのを嫌うので、いつもは早めに一度だけ声を掛け、
あとは自分から起きてくるのを、朝食の準備をしながら待つしかないのだが、
今日は雪見にとっても特別な日。
付き合い出してから初めて迎える、大好きな人の誕生日なのだ。

目覚める瞬間から素敵な一日をプレゼントしたいと思い、雪見はそっと
ベッドサイドにキーボードを運び込む。


♪Happy Birthday to you  Happy Birthday to you
Happy Birthday dear 健人 Happy Birthday to you

雪見の歌声に健人が反応しないはずがない。
覚め切らない目をうっすら開けて見てみると、そこには朝の光を浴びて逆光に輝く
マリア様にも似た人が、にっこり微笑みこっちを見てた。

「あ!一回で起きてくれたぁ!おはよっ!22歳のお誕生日、おめでとう!」
キーボード前に立ち上がり、雪見が嬉しそうに健人の顔を覗き込む。

「あ…そっか。俺の誕生日…。そんで朝から歌ってくれたの?ありがと。
なんかね…。なんか天国から歌が聞こえてきたイメージだった…。」
そう言いながら健人は、気持ちよさそうに再びまどろみの中に戻ろうと目を閉じた。

「だめーっ!もう寝ちゃだめだよっ!今日は朝にお誕生会するんだから!
って言っても、いつもよりちょっとだけ豪華な朝ご飯、作っただけなんだけどねっ。」
雪見が笑いながら健人のベッドに腰を降ろし、その滑らかな頬を指先で撫でる。

「ごめん…。夜は二人っきりで、お祝いするはずだったのにね…。」
健人は、頬を撫でる雪見の手を握り、引き寄せてギュッと抱き締めた。

そうなのだ。初めての誕生日の夜を、二人は一緒に祝うことが出来なくなった。


午後八時から、毎月健人がやってるインターネット配信の生放送番組があり、
それが終ってから二人で食事に行く約束だったのだが、キャンセルになってしまった。
なんと、ニューヨークから帰国する六月以降に、健人初主演の舞台企画が持ち上がり、
今夜はその演出家や脚本家らとの、急な会食が入ってしまったのだ。

健人が、いつかはやってみたい!と言ってた舞台の仕事。
それが実現に向けて具体的に動き出したのだから、雪見も健人も大喜びした。
これでニューヨークでの演劇の勉強にも明確なビジョンができ、一層充実した
日々となることだろう。

そこで雪見は急遽、仕事に出掛ける前に誕生日を祝ってやろうと思い立ち、
歌のモーニングコールに始まって豪華な朝食を用意し、プレゼントも
朝に渡してしまおうと考えていた。

「いいのいいの!私の事なら気にしないで。
一緒に住んでるんだから、お祝いしようと思ったらいつだって出来るじゃない!
それより念願の初舞台なんだよ?そっちの方が、ずっと大事!
ほんと良かったねっ。今まで健人くん、頑張ってきたもんね…。」
健人が寝たまま抱き締めてる雪見の声が、微かに震えてる。

「うっそ!また泣いてんの!?この前、散々泣いたじゃん!」
「だってぇ!ほんとに嬉しいんだもんっ!」

健人が笑いながら、雪見の頭をよしよしする。
愛しさに胸がいっぱいになりながら、こんなにも人を真剣に想ってる自分が
妙に照れくさくて、それを隠すために雪見にキスをした。

「ね!必ず今日中に帰ってくっから、俺の誕生会はそれからやろう!
プレゼントもそん時にもらうよ。あ、飯は食って来ちゃうけど…。」

「じゃ、ワインに合うおつまみだけ用意して待ってる!
けど、遅くなっても全然いいからね。大事な仕事の集まりだもん。
そっちを最優先してね。」

「わかったよ。遅くなりそうだったらメールする。
…っつーか、もうこんな時間じゃん!ヤバッ!」

慌ててベッドから飛び降りた二人の足元に、めめとラッキーが擦り寄ってくる。
朝ご飯の催促に来たのか、それとも「誕生日おめでとにゃ〜ん!」と言いに来たのか。
あいにくどっちか判らないので、「おはよう!」と二匹の頭をなでてからご飯をあげた。

「健人くんも急いで食べてね!」

「急いで…って、急いで食べきれる量じゃないだろ、これっ!
朝からどんだけご馳走なの!?
けど、俺のために早起きして作ってくれたんでしょ?ありがとねっ!」
残したのは夜に食べるから、と雪見に謝って、健人は慌ただしく準備を整え、
朝一番の撮影現場へと向かって行った。

「私も準備して出掛けなきゃ!
まずは母さんの様子を見に行って、その後はライブのリハーサルかぁー!
いよいよ最後のライブが近づいてきちゃった。もうすぐ引退なんだな…。
よしっ、頑張らなくちゃっ!」

雪見は、束の間の感傷に浸ったあと自分に気合いを入れ、準備してバタバタと家を出る。
出がけにはふと思い立ち、リビングの隅に置いてあったカメラバッグも手に取った。
なぜだか急に、母の姿が写したくなって…。

写真嫌いな母にカメラを向けたことは、今まであまり無いのだが、なぜか突然撮りたくなった。


頭の片隅に、ほんの一瞬フラッシュバックした宇都宮勇治の遺影を、
自分の中では気付かぬふりをして…。














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