コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.377 )
- 日時: 2012/02/06 12:48
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「マジでぇーっ!?またやっちゃったわけ!?しっかしお宅らも、懲りないねぇ!」
「シィーッ!!」
美味しそうな匂いが漂う、混み合ったホテルの朝食会場。
その一角にホテルの厚意で、健人達一行の特別席が設けられていた。
パーテーションや背の高い観葉植物で囲ったその場所には、朝の柔らかな光が差し込み、
だけど他の客からは見えないようになっている。
料理はすべてその囲みの中に、同じ種類だけ用意され、周りの視線を気にすることなく
思う存分札幌最後の朝食を楽しめた。
が、声だけは筒抜けで、睡眠たっぷり爽やかな顔した当麻の笑い声は、
確実に広い会場に響き渡ったはず。
隣でみずきが「静かにっ!」と人差し指を口に当ててはいるが、当麻同様
クスクス笑ってることに違いはない。
他のスタッフたちが二日酔いで、げんなりとコーヒーだけをすする中、
この四人が座ったテーブルは、今日も朝からにぎやかだった。
「声がデカイっつーの!俺だってまさかと思ったさ!
だって、じいちゃんちに遊びに来たら、ご飯も買い物も歩いて十分かからない
ススキノに行く!って自慢げに言ってたんだよ?
そのじいちゃんちはここから五分だし、ホテルとじいちゃんちとススキノは
直線上にあるんだよ?どう考えたって迷いようがないでしょ?
それをこの人は…。」
健人も半分笑いながら、隣で小さくなってる雪見を見た。
「だってぇ…。昼に見る景色と夜に見る景色じゃ、違って見えたんだもん…。
しかもこんな真っ白になってたら、ますます景色が同じに見えたし…。」
雪見がぼそぼそと、口先でつぶやくように言い訳をする。
こんな時、健人や当麻は、雪見を年下のドジな妹のように思ってしまう。
「違って見えたのか同じに見えたのか、どっちだっ!
っつーか、根本的にゆき姉は方向音痴なんだから、歩こうとか考えるのやめなさい!
酔って歩いて凍死でもしたら、それこそシャレにならんわ!」
「はぁーい…。」
当麻の説教が身に染みて、ミルクたっぷりのはずのカフェオレが、今日はやけに苦かった。
「けどさ、何にも知らないで歩いてる最中は、めっちゃ楽しかったよ!
二人とも冬仕様の完全防備だったから、そんなに寒さも感じなかったし
だーれも気付かないし、人目を気にしないで出来る普通のデートって、
こんなに楽しいんだ!って。」
健人がほんの六時間ほど前の出来事を、夢でも見てたかのような顔して話した。
「普通のデートねぇ…。果たしてホテルに戻ろうとして迷子になったのを
デートと呼ぶかは別として…。で、普通のデートって、手つないで歩いて
信号待ちで路チューとか?」
みずきが興味津々、目をキラキラさせて健人と雪見の顔を交互に見る。
「えっ…?」
なんで知ってるの!?的な図星顔をしてしまったと後悔したが遅かった。
「いいなぁーっ!私もそーいうの、してみたーいっ!!」
「シィーッ!!」
今朝一番のみずきの大声に、二日酔い連中の冷たい視線が注がれ、四人は
大急ぎで朝食を平らげて、部屋へと退散する事にした。
しかし…。
北海道と言えども、このメンバーで固まって歩いて、他の客が気付かぬわけがない。
あっという間にエレベーターホールは、大混乱となってしまった。
そこへ一歩遅れて今野が到着。『やっぱりなぁ!』という顔をしながら、
いつものように平然と人をさばく。
「はい、すいませーん!飛行機に乗り遅れるんで、通してやってくださーい!」
やっと乗り込んだエレベーター。
今野は八階から上のボタンを全部押し、止まる階を凝視してるであろう
ファンの目くらましをした。
健人ら三人はいつもの騒ぎと、何事も無かったかのように平然とした顔でいるが、
雪見は何度体験しても慣れることはなく、いつまでもドキドキしている。
まぁ雪見の場合、自分が揉みくちゃにされてるのではなく、他の三人の
とばっちりを受けてるだけなのだが。
それをわかってて、今野が静かに言った。
「早く雪見も、こいつらみたいにならないとな…。」
無理です!と言いたかった。実際どう考えても不可能だった。
「早く」の意味する三月いっぱいはおろか、一生かかったって無理です!
と反論したかった。
だが、今それを口にすると、健人との結婚さえ放棄すると捉えられる気がして、
雪見は各駅停車のエレベーターボタンを、無言で恨めしく見上げていた。
そんな重苦しい沈黙が十二階で吐き出された瞬間、みずきが「あっ!」と
一番後ろから小さく声を上げる。
「なにっ?なんか忘れ物でもしてきた?」
前を歩く四人が、一斉に振り向いてみずきを見た。
「な、なんでもない…。」
その時は別に気にも留めないで、再び部屋に向かって歩き出した雪見だったが、
後から考えると、すでにこの時みずきは見てしまったのだろう。
雪見に襲いかかる、嫌な胸騒ぎの原因を…。
「ゆき姉、東京に戻ったらすぐ仕事?」
「う、うん。まぁ…。」
新千歳空港に向かうチャーターバスの後方。
雪見が健人と並んで座ろうとしたら、みずきが「一緒に座ろう!」と
雪見の隣りにさっと座り、健人は当麻の隣りへと追いやられてしまった。
一瞬『あれっ?』と思った気がする。いつも当麻の隣りから片時も離れないみずきが…。
「…ねぇ。お母さんは元気?」
「えっ?うちのお母さん?元気だと思うけど…。なんで?」
「最近実家に帰ってないでしょ?お母さんが心配してる。仕事の合間にでも、
顔を見せてあげて。それから早く結婚の報告も…。」
みずきは雪見に聞こえるか聞こえないかの小さな声で、次から次へと喋り続ける。
それが徐々に雪見の恐怖へと繋がっていった。
「ちょっと待って!なにが見えたの?
みずき、何か見えたからそんな話するんでしょ?教えてっ!」
雪見の問いかけに、スッとみずきの視線が下がったのを見逃さなかった。
けれどみずきは、はっきりとは答えてくれない。
ただ雪見の瞳を真っ直ぐに見据えて、最後に一言だけ言い聞かせた。
「いい?東京に戻ったら、なるべく早くお母さんに会いに行って!絶対にね。」
『健人くん、助けて!!』
この恐怖から逃れるために雪見は、最後列に座る健人に救いを求めようと振り向いたが、
すでに健人は当麻と頭を寄せ合い、気持ち良さげに眠りについていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.378 )
- 日時: 2012/02/07 15:06
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
それっきり、みずきはその件に関して、一言も話そうとはしなかった。
「とにかくお母さんの所へ行って来て。」と繰り返すばかり。
もっと詳しい話を聞き出したかったが、この時刻の新千歳発羽田行きは満席。
斜め後ろにみずきがいるのに、話すことは叶わない。
『一体何が見えたんだろう。母さんに何があったのだろう…。
ただごとでない事だけは確かだ。でも心当たりがな…い?
あ…!! えっ?まさか…?』
たったひとつだけ心当たりが見つかった時、雪見は思わず口を押さえた。
『そんなはずはない。いや違う。考え過ぎだ。
無理矢理心当たりを絞り出したから思い出しただけで、あれからもう十年は経っている。
でも、もし私の嫌な予感が当たってたとしたら…。』
「ゆき姉?ゆき姉!どうしたの?具合でも悪い?」
その時、ふいに健人に声を掛けられ一旦我に返った。
口を押さえてる雪見に、隣りの健人が心配そうな目を向ける。
「い、いや大丈夫。なんでもない。ちょっと眠るね。」
そう健人に告げて、目だけはつむってみせた。
眠ることなど毛頭出来るはずもない。
だが今は、健人の声さえもシャットアウトして、もっと一人で頭の中を
整理する必要があった。
『取りあえず良かった…。健人くんに相談しないで。』
バスの中では心がパニックになって、早く健人に助けを求めたかった。
飛行機に乗ったら、すぐに話そうと思っていた。
だけど可能性がゼロではない心当たりを発見した時、健人に話さなくて良かったと安堵した。
『どんな内容であれ、母さんに会って確かめてから健人くんに話そう。
いや…事の状況によっては黙ってた方がいい。
余計な心配を抱えたまま、ニューヨークへは行かせたくない。よし、決めたっ!』
自分の中でそう決着がつくと、不思議と心が落ち着いた。
雪見はそのまま何事も無かったかのように、スーッと本物の眠りに引き込まれていった。
到着した羽田空港には、相変わらず大勢のファンと報道陣が詰めかけている。
今日のマスコミの狙いは、ツアーに帯同したみずきと当麻のツーショットらしいのだが、
どこかのTVリポーターだけは、並んで歩く健人と雪見にマイクを向けて聞いてきた。
「札幌でのお忍びデートはいかがでしたか?」
一瞬、健人の表情は大きく変わったことだろう。
だがマスクに黒縁眼鏡、大きなキャップ姿の表面からは、その下の表情まで
伺い知ることは出来なかった。
無言を通す健人を諦め、今度は雪見にマイクが向けられる。
「斎藤さんと過ごされた札幌の夜は、いかがでしたかっ!?」
もしもこの質問が昨日されていたなら雪見は狼狽し、しどろもどろになり、
慌てふためいたことだろう。
しかし今、マイクを向けられたところで雪見の心は一つも動じない。
なんせ、母の事で頭がいっぱいなのだから。
行く手を阻むマイクがうっとうしくて、ついつい不機嫌そうな顔になってしまった。
報道陣の質問には一切答えず、だがファンには笑顔を振りまいて、
当麻たちは迎えの車に乗り込み、一旦事務所へ。
そこから自分のマネージャーの車に荷物を載せ替え、それぞれの仕事場へと散って行く。
ツアーの余韻に浸る間もなく、たった今からまた慌ただしい日常との戦いが始まるのだ。
「ただいまぁ…。」
人気グラビアアイドルの撮影を終え、マンションに戻った雪見。
ツアーの荷物とカメラバッグをなんとか玄関に押し込み、ガチャリと鍵を閉めると
ブーツを脱ぐ気力も無く、へなへなと座り込んでしまった。
精も根も尽き果てたとは、こんなことを言うのか…と雪見はぼんやり思う。
にゃーん…。にゃーん。
めめとラッキーが、二日ぶりに聞いたご主人様の声に返事した。
「おいでー!めめーっ!ラッキー!」
雪見は、今出せる精一杯の声を張り上げて二匹を呼んだ。
転がるように寝室から駆けてきた二匹を、よしよし!と撫で続ける。
「いい子にしてた?二人でいたら寂しくなかったでしょ?」
いつもは留守中の世話を真由子たちに頼むのだが、二泊三日ぐらいなら
もう二匹でも大丈夫だろうと、餌と水をたっぷり用意し置いていった。
二匹を撫でる手のひらから、癒やしのパワーが吸収される。
ちょっと硬い大人猫の毛の感触と、まだ滑らかに柔らかい子供猫の感触は、
雪見の指先を刺激し心に安らぎを与え、徐々にエネルギーさえも満たしていった。
十分ほども撫でていただろうか。
金縛りから解放されたように、フッと身体が軽くなった瞬間があった。
「ありがとねっ!充電完了したみたい。よし、やるかっ!」
そう言いながらブーツを脱いで部屋に入ると、まずは二匹に新鮮な水と餌をやり、
ツアーの荷物もそのままに電話をかけ出した。
「あ、もしもし、母さん?私。元気だった?」
健人はまだドラマ撮影の真っ最中のはず。だが、いつ帰ってくるともわからない。
今のうちに母に電話して探りを入れておかなければ、と気が焦って早口になる。
「ねぇ、いつ仕事休み?札幌からお土産買ってきたんだけど。
久しぶりに母さんの顔も見たいしさ。
そういや最近体調とか、どう?どっか悪いとことかない?
あ、おじいちゃんもおばあちゃんも、元気だったよ!」
「あんたっ!健人くんと結婚するって、ほんとなのっ!?」
「えっ!?」
どうやら、じいちゃんが母に電話を入れたらしい。
順番的に当然知ってる話だと思って、「良かったな!おめでとう!」と
ご丁寧にもお祝いまで送ったようだ。
勿論何も話を聞いてない母の憤りたるや、相当なものである。
「あんたのせいで、大恥かいたわよっ!
娘に結婚話も聞かされてないのか!って、親子の仲まで心配されちゃったでしょ!!」
「ごめーん!帰ったら母さんにも、報告に行こうと思ってたんだって!
泊まったホテルが、たまたまおじいちゃんちの近くだったから、健人くんが
挨拶に行こう!って言い出して。
日を改めて札幌行くのも大変だから、あっちが先になっただけで、
別に深い意味はないから!」
「ならいいけど。健人くんちも驚いただろうねぇ、あんたが嫁になるなんて…。
母さんはあんたに驚かされっぱなしの人生だから、もう慣れっこだけど、
本当にビックリしたと思うよ!斎藤家の人たち。」
「あ、あのね…。まだ…言ってないの、斎藤家には…。」
「なっ、なにやってんのぉぉ!あんたたちぃぃぃ!!」
胸騒ぎを確かめるための電話だったのが予想外の展開になり、いい年して
延々と説教をくらった。
だがその勢いある説教は、母が元気でいる証しのような気がして、
いつまでもニコニコと聞いていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.379 )
- 日時: 2012/02/09 15:08
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
母との電話を切った後、やはりなるべく早く母に会い、みずきの言った言葉の意味を
直接確かめなければと思った。
電話の様子だと、普段と何一つ変わりなく仕事もしてるようだし、何かを
思い悩んでるふうでもない。
これと言って気になる点は無かったのだが、たったひとつ気がかりがあった。
それは、みずきの『透視』が今まで外れたためしがないと言うことだ。
しかし、肝心の母が「斎藤家に挨拶するまでは、家には来るな!」と
怒りまくるので、心配な気持ちをグッとこらえて健人とスケジュールを調整し、
なるべく早くに健人の実家へ出向くことにした。
「母さんに、健人くんちにまだ報告に行ってないって話したら、そりゃもう凄い剣幕で、
こっぴどく叱られたんだから!順番が違うだろ!って。
まさか、おじいちゃんから電話が行くとはなぁ。
ひっさびさに親に説教されたわ、いい年して。」
「なんかさ、叱られた割にはずいぶん嬉しそうじゃん?」
「えっ?そう?」
雪見は笑いながら、健人と自分のグラスに二杯目のワインを満たした。
札幌から戻り、その足でドラマの現場に直行した健人は、やっと十一時過ぎ帰宅した。
昨日のライブさえも夢だったかのような、慌ただしい一日。
疲れた身体と心を癒やすのは、こんないつもの穏やかな時間だった。
健人は、非日常の世界からゆっくり自分を取り戻しながら、目の前の人を見つめる。
『どんなに疲れ切って帰っても、この人の笑顔と美味しい料理が俺を修復してくれる。
結婚したら、そのうちそこに子供が加わって、もっと楽しい毎日になるのかな?
うーん、でももうちょっと、二人だけの時間を楽しみたいかな?』
そんなことを想像したら、勝手に頬が緩んでしまった。
「やだ、なに?今なんかニヤケてたよ!
また変なこと思い出してたでしょ!昨日の事とか。」
「なに、昨日の事って!自分が思い出したんじゃないの?路チューの事とか。」
「ひとっつも思い出してなんかないからっ!!」
二人で笑いながら、同時に思った。
やっぱりこの人と、一生笑って暮らしていきたい。
そのためにも早くお互いの親に挨拶に行き、この思いを現実のものに近づけよう、と。
翌日、二人のスケジュールを調整すると、明後日の夜なら時間が作れると判明。
早速健人が空き時間に実家に電話して、話があるから明後日帰ると緊張しながら伝えた。
そして迎えた当日、1月29日午後八時。
「来たぁーっ!おかーさーん!お兄ちゃん達、帰って来たよぉー!!」
カーテンの外をこっそり覗き、二人の到着を今か今かと待ってたつぐみが、
バタバタとキッチンに駆け込む。
「あら、もう来ちゃった?じゃ、取りあえずこれ運んで!あとビールもお願いねっ!」
健人の母がニコニコしながら、手際よく最後の料理の仕上げに取りかかる。
つぐみも大慌てでテーブルにご馳走を並べてると、ガチャリ!とドアが開く音がして、
健人と雪見が居間へと入って来た。
「ただいまぁ!…って、なにっ?このご馳走!?」
「お帰りっ!割と早かったじゃん!またゆき姉が飛ばしたんでしょ?」
つぐみが嬉しそうに二人に目を向ける。
「それは当たりだけど、またずいぶん母さん、張り切ってんじゃね?
まぁ、正月帰れなかった分のご馳走だろうけど…。」
そこへ母が、最後の一皿を手にしてキッチンから出てきた。
「お帰りー!雪見ちゃんもいらっしゃい!運転疲れたでしょ?
いっつも健人を乗せてくれてありがとねっ!さ、早く座って!お祝い始めよう!」
「えっ!?お…祝い?」
健人と雪見はビックリして顔を見合わせた。まだ一言も何も言ってないのに…。
「そう!あんた達の結婚祝い!決めたんでしょ?二人とも。
おめでとう!良かったねっ!!」
「どーして知ってんのっ!?なんでぇ!?」
驚き顔の二人組と、ニコニコ顔の二人組。
健人の母は、以前からつぐみに逐一報告を聞かされてたらしいのだが、
なんと決定打は、雪見の祖父からもたらされたと言うのだ。
「ええーっ!!うちのおじいちゃんが電話したんですかぁ!?この家にぃ!?」
祖父は、健人の両親に直接会って挨拶をする事は叶わないだろうから、
せめて電話で挨拶したいと、雪見の母から住所と電話番号を聞き出したそうだ。
雪見の母には、雪見達が挨拶に出向いて正式に決まるまでは電話しないと言ったようだが、
実は、二人の結婚を認めてやって欲しいと直訴するために、番号を聞き出したらしい。
「そうなの!私達が反対すると思ってたみたいよ。
年が一回りも違うし、健人は人気俳優さんだから、って。
それに、はとこ同士だから、ともおっしゃってたわね。」
「おじいちゃんがそんな事を…。」
「そりゃ、いきなりのお電話だったから驚きはしたけど、でもね…。
結婚するって聞いた時は嬉しかった。本当に嬉しかった!
まぁ、つぐみから、多分そうなるだろうとは聞いてたんで、いよいよか!って感じ?」
健人の母は、雪見に向かってにっこりと微笑んだ。
「ごめんなさいっ!ほんとは一番最初にここへ来なくちゃいけなかったのに、
順番がグチャグチャになっちゃって、本当にごめんなさい!!」
雪見は何度も何度も謝った。
またしてもおじいちゃんのお陰で、思わぬ展開になってしまった、と少なからず恨んだ。
「ゆき姉!俺が悪いんだって!先に電話で報告しとけば良かったんだ。
ゆき姉のじいちゃんは何にも悪くないんだから、絶対に責めちゃダメだよ!」
健人が、泣きそうな顔をして母に頭を下げる雪見に念を押す。
「そうよ!ゆき姉もおじいちゃんも、なーんにも悪くない!
悪いのは、とっとと報告してこないお兄ちゃんなんだからっ!
いつまでも石橋叩いてると、渡らないうちにゆき姉が逃げちゃったらどうすんのよ!
ごめんねぇ、ゆき姉!こんな行動力のない優柔不断な兄ですが、どうかよろしく!
っつーか、おめでとう!めっちゃ嬉しいよ、私!
ゆき姉が本当のお姉ちゃんになるんだぁ〜!やったぁー!!」
つぐみに抱き付かれ、やっと雪見にも笑顔が溢れた。
本人達の口から、まだ一言も結婚のケの字も出ないまま、すでに家中が
おめでたい空気に包まれている。
盆と正月がいっぺんに来たかのようなご馳走たちは、無事箸を付けてもらえると安堵した。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.380 )
- 日時: 2012/02/11 10:56
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「じゃ、お兄ちゃん、ゆき姉、結婚おめでとー!!カンパーイ!!」
「まだ結婚じゃねーし!披露宴会場か?ここは。まぁ、いっけど。
じゃ、あざぁーっす!乾杯っ!」 「乾杯!」
つぐみの乾杯の音頭で、家族だけのサプライズな祝賀会が始まった。
テーブルいっぱいに並べられた健人の好物に、息子を思う母の深い愛が込められている。
「いっただっきまーす!うん、やっぱ最高!母さんの唐揚げ。
ねぇ、ゆき姉もこの味、作れる?」
どれどれ?と言いながら、雪見もひとつつまんでじっくり味わった。
「ほんと美味しいっ!えーと…生姜にニンニク、あと隠し味に…そう!蜂蜜かな?」
「さすが雪見ちゃん!大当たりっ!もう充分、斎藤家のお嫁さんねっ!」
健人の母が、嬉しそうに雪見を見つめる。
雪見も、健人の母とつぐみが、心から祝福してくれてるのがとても嬉しくホッとした。
「本当はお父さんも、帰って来れたら良かったんだけど…。
電話したらすっごい喜んでたわよ!雪見ちゃんがうちの嫁になるのかぁ!って。
健人もメールぐらい入れてあげなさいよ!
あ、雪見ちゃんのお母さんにご挨拶に行く時は、ちゃんと休み取るって言ってたから。」
「早っ!もう電話しちゃったのぉ!?俺らが話す前に?
なんでそんなに、みんな行動が早いわけ?」
「だからぁ!お兄ちゃんを待ってると、ゆき姉に逃げられちゃうからっ!」
つぐみのつっこみに母が大笑いすると、その声に驚いた虎太郎が
ピョン!と膝の上から飛び降りた。
「おじさん忙しいのに、わざわざ休み取ってまで単身赴任先から来なくても!」
雪見が申し訳なさそうに、向いに座る健人の母を見る。
「なに言ってんの!大事なお嬢さんを頂くんだから、当然のことでしょ?
ねぇ、それより雪見ちゃん。本当に健人で…いいの?」
「おばさん…。」
健人の母は真剣な目をして、真っ直ぐに雪見を見つめた。
その隣りに座る健人には、ひとつも視線を移さずに…。
「この子は、私がさせなかったせいもあるけど、家事は何にも出来ないし、
こんな不規則な仕事だし、何より置かれてる状況が普通の人とは違いすぎる。
私達は離れて暮らしてるから、ただ見守るしかないけど、結婚して雪見ちゃんが
健人を隣で見てたら、つらくなる事にもいっぱい遭遇すると思うの。
苦労も掛けると思う。それでもいい?」
健人の母は、そんな思いを雪見にさせていいものかと、ずいぶん思い悩んだと言う。
「おばさん。私の方こそ、本当に私でいいですか…?」
雪見は、ずーっと心に引っかかってた思いをすべて打ち明ける。
健人と付き合い出した時から、ずっとずっと心苦しく思ってた事をすべて。
「おじいちゃんが心配してた事は、そっくりそのまま私の思いなんです。
私は健人くんより一回りも年上だし、健人くんはこんなに人気者だし、
そして…健人くんと私は血が繋がってる…。
そんな私が大事な息子の嫁になるのって…嫌じゃないですか?」
はっきり聞くのは勇気がいった。だが、今聞かなければ一生後悔する気がして、
本心を包み隠さず打ち明けた。
「雪見ちゃん。私達家族は一度だってあなたのこと、そんなふうに思ったことないわ。
それどころか、つぐみから二人が付き合ってると聞いた時、私はあなたが
一生健人を支えてくれたらどんなにいいか、って思ったの。
だからあなたに感謝こそすれ、嫌だなんて思う要因はひとつもない。
それに、健人があなたを選んだのよ。
自分の息子ながら、見る目だけは確かだなって誉めてやりたい。」
そう言いながらにっこり笑い、初めて視線を健人に向けた。
「見る目だけは、ってひどくね?」
健人も笑いながら視線を雪見に向ける。
「こんな家族だけどさ、みんなゆき姉のことが大好きだから。
心配なんて何にもしなくていいよ。みんながゆき姉を支えてくれる。」
「そうだよ!もう、ゆき姉以外のお兄ちゃんのお嫁さんなんて、考えられない!
きっとゆき姉に振られたらずーっと引きずって、この人一生立ち直れなかったかも。
良かった!良かった!プロポーズ受けてもらえて!」
「なっ、なにぃ〜!?人の心配する前に自分はどうなんだっつーの!
そういや、受験はどうだったわけ?まさか失敗したんじゃないだろーな?」
「お兄ちゃんじゃあるまいし、私がそんなヘマすると思う?
ちゃんと夢は叶えてみせるよ!お兄ちゃんに負けてなんかいられない。
自分の夢は自分の手で掴むもんでしょ?そうだよね?ゆき姉。」
つぐみが、希望に満ち溢れるキラキラとした瞳で雪見を見た。
以前つぐみに言われた事がある。ゆき姉は私の、理想の女性像だ、と。
「私、絶対看護師になってみせるから!
そしてゆき姉みたいに何でも出来る、自立した女になるっ!」
「つぐみちゃん。あんまり自立し過ぎると、私みたいに行き遅れるから程々にねっ!」
そう笑いながら、頼もしい妹にエールを送った。
私、本当にこの家族の一員になれるんだ…。
本当に健人くんと結婚出来るの?私?
夢?…じゃないよね?本当なんだ!
今、やっとそれを実感でき、雪見は溢れる喜びを隠しきれずにいる。
珍しくはしゃぎ、つぐみのリクエストで生歌まで披露して、素直に喜びを表した。
それを健人が愛しそうに目で追っては微笑んでる。
夜も更け、楽しかった祝宴もお開きとなった。
危うく忘れるところだったブログを、寝る前に二人揃って更新する。
何があったかは秘密だけど
今日もすっげーいい一日でした!
明日もみんなが幸せでありますように。
おやすみなさい!
斎藤健人より
一夜明け、早朝六時。
昨夜の幸せな余韻に浸ってる時間もなく、慌ただしく東京へ戻る準備を完了させた。
「ちぃばあちゃんに、お礼を言って帰らなきゃね!」
仏壇の前に健人と雪見が並んで座り、線香を上げて手を合わす。
二人にとっての縁結びの神様は、間違いなくちぃばあちゃんだ。
ありがとうね!これからもよろしく!と感謝の気持ちを心で伝えた。
だが、ご先祖さまは祝福してくれても、運命の神様はそう簡単に二人の結婚を
認めてはくれないらしい。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.381 )
- 日時: 2012/02/12 15:24
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「今日ね、久々に早く仕事終るから、帰りにちょっと母さんの所に寄ってこようと思って。
ほら、札幌で買って来たお土産も早く渡さないといけないし、明日から
大阪公演のリハーサルなんかで忙しくなるから。」
「俺は一緒に行かなくていいの?
って言っても、今日は遅くまで撮影があるから無理なんだけど…。」
「いい!いい!だって埼玉から帰った次の日、ちゃんと電話で報告してくれたじゃん!
母さんは健人くんが忙しいの知ってんだから、来られた方が恐縮するって!」
雪見は慌てて言った。
今日はどうしても、一人で母に会わなくてはならない。
怖いけど、みずきの言ってた事を確かめなくちゃいけないから…。
「母さん、ただいまぁ!」
夕方六時半過ぎ。同じ事務所の若手俳優の撮影を終え、真っ直ぐその足で
都内にある実家へと帰ってきた。
玄関を開けた途端、美味しそうな匂いに包まれた雪見は、一瞬で子供の頃に
タイムスリップした。
「晩ご飯、あんかけ焼きそばだ!ひっさしぶりっ!」
雪見にとってのお袋の味をひとつだけ上げるとしたら、間違いなくこれだろう。
それほどまでに、思い出と共に浮かび上がる味なのだ。
「お帰り!久々に作ってみたから、味はあんまり保証できない!」
母が笑いながら、食卓に大皿をどドンと乗せた。
「まだ取ってあったの?この大皿!一人暮らしには出番が無いでしょ。もう処分すれば?」
「年を取るとね、なんにも捨てられなくなっちゃうもんなのよ!
さぁ、熱いうちに食べよ!」
二人で食卓につく。
「いただきます!」と雪見が大皿に箸を延ばし、取り皿に自分の分だけ取る。
一口食べて「美味しいっ!」と言うと、にっこり笑ってやっと母も大皿に箸を伸ばす。
すべてが子供の頃と何一つ変わらない、一連の流れだった。
「お父さんも大好きだったよね、これ。」
雪見が懐かしそうに目を細めて言う。
「そうだね。けどお父さんの場合、あんかけ焼きそばが好きだったって言うよりも、
この大皿が好きだったんだと思うけど。」
「ええーっ!?そうなのぉ?初めて知った!なんで?」
「このお皿、お父さんが結婚してすぐに撮影で行った、中国のお土産なの。」
「えーっ!こんなおっきくて重たいお皿をお土産に買って来たの!?」
お土産と聞いて雪見は、自分が札幌から買って来た、小さくて軽いお菓子を思い出し、
鞄から取り出した。
「私ならこんなの選んじゃうのに。」と恐縮しながら。
それを見た母は「母さんもそう!」と笑い、「でもね。」と言葉をつないだ。
「お父さんはこの大皿に乗せた料理を、未来の子供達とつついて食べる姿を想像して
選んだらしい。それが幸せの風景だ、って…。」
「幸せの風景?」
中国の貧しい大家族を撮影させてもらった時、大皿に載せた白菜だけの塩炒めを
その家族は実に美味しそうに幸せそうに、みんなで箸を伸ばして食べてたそうだ。
「みんなが揃って皿を囲める事が幸せなんだ。その上の料理は大して関係ない。」と…。
「それでお土産にこのお皿を選んだってわけか…。なんかお父さんらしいねっ。」
雪見は、すぐ向いに父が座って微笑んでるような気がした。
「ね!その家族を写した写真集ってあるの?あったら見せて!」
母は「あるわよ!」と言いながら中座し、寝室から父が生前出版した古い写真集を
すべて抱えて戻って来た。
「うわぁ、懐かしい!子供の頃はたまに開いてたけど、しばらく見てなかったなぁ!
どれ?その家族が写ってるのって。」
母が指差した一冊を開いてみる。
モノクロで撮られた写真は、中国の貧しい農村風景を一層物悲しく映し出していたが、
その中に写る大皿一枚を囲んだ家族からは、今にも笑い声が聞こえてきそうな幸せが、
白菜炒めの湯気と共に立ち上っていた。
「やっぱり凄いカメラマンだったんだね、お父さんって…。
今ならそれが良くわかるよ。」
猫ばかり撮してた時は人物写真に苦手意識があって、それがコンプレックスとなり
父の写真をまともに見れなかった気がする。
だが今は、同じポートレート写真家としての目線で、尊敬の念を抱いて
じっくりと目を向ける事が出来た。
「あんたの人生、どうなることかと思ったけど、遠回りしても何しても
ちゃんといい道を自分で選んでこれたね。
あんたのことだから、結婚したって仕事は辞めないだろうけど、一番大事なのは
家族なんだからねっ!
健人くんとも斎藤家の人達とも、ずっと仲良くやっていきなさいよ!」
「わかってるって!みんなね、私のこと本当の家族みたいに思ってくれてる。
だから安心していいよ。
最初挨拶に行って、おじいちゃんから電話があったって聞いた時には、
心臓が止まりそうになったけど。」
そう言いながら雪見は笑ったのだが、母はニコリともせず話を続けた。
「このお父さんの大皿、あんたに嫁入り道具としてあげるから、持って行きなさい。
本物かどうかは知らないけど、景徳鎮の大皿だって言ってたから。
それからお父さんの写真集も全部持ってって。
カメラマンとしても、まだまだ精進しなさい。」
「母さん…!?な…に?」
ぶるっと背筋に寒気が走った。
今まで、持ち出し禁止!とまで言ってた、大事な父の写真集。
それを持って行けってどういうこと?
まだまだ精進しなさいって、遺言みたい…に!?
その時、すっかり忘れていたこの家を訪れた理由を、遅まきながら思い出した。
動悸を押さえ、今にも泣きそうになるのを堪えて恐る恐る声を出す。
「母さん…。私に何か…話しはない?」
すると母は、毅然と平然とあっさりと、雪見の目を見て言った。
「よくわかったね。まぁ今回ばかりは、いつまでも隠してはおけないから…。
再発したよ…乳がん。十年目のまさか!ってゆーやつ?」
「うそ…。」
こんな時に限って、嫌な予感が的中してしまった。
みずきが見たその先は…想像したくもなかった。
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