コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.31 )
日時: 2011/02/28 12:49
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

早朝五時。
今日一日の暑さがすでに想像できるような、朝の光。

昨夜は健人と飲み明かそうかと思っていたが、
なんだか急に、二人きりでいることが恥ずかしくなって
雪見は早々にベッドへ入ることにした。

そのお陰で飲み過ぎることもなく、さわやかに目覚めた朝だった。


まだ、みんなが目覚めるには早い時間だったので
そっと顔を洗い化粧をして、朝の澄んだ空気を吸いに
少し散歩でもしてこようと思っていた。


部屋を出て玄関先に向かうと、そこにはバケツをのぞき込む
健人の姿が。

一瞬、どう声をかけようか迷ってしまう。


「あ、おはよう。随分早起きだね。
いっつもは朝なかなか起きられないのに。」

「なんか、寝てるのがもったいなくて、勝手に目が開いた。」

「なにしてたの?蟹、まだ生きてる?」

「うん。三匹死んじゃったけど、二匹はまだ生きてる。
かわいそうだから、昨日の場所に返して来ようと思って。」

「そうだね。それがいい。私も今、散歩に行こうと思ったとこ。
一緒に行ってもいい?」

「もちろん!じゃ、ちょっと着替えてくる。」


スウェット姿の健人が、二階の自分の部屋へと戻って行く。



「お待たせ。じゃあ出かけようか。」 「うん。」


二人は青いバケツを手に、昨日の河川敷へと歩き出した。

夏の早い朝には、けっこうな人達がそこを散歩している。

健人は、サングラスでこの景色の色が変って見えるのが嫌で、
いつもの黒縁眼鏡だけでここに来た。

だが、歩いているのは年配の人ばかりで、誰も健人に気づく人は
いなかった。


「すっげー気持ちいい!最高!!」

「ほんと!いい朝だね。やっぱ、早起きってお得な感じ!」

「俺も明日から、毎日早起きするかな?」

「うそだ!東京じゃ無理だから!
ここの、この空気だから早起きできるんだよ。
それに、またしばらく帰って来れないと思うと
もったいないから起きただけでしょ?」

「なんでわかったの?俺のこと、お見通しで怖いわ。」


健人が笑って雪見を見た。

雪見はその笑顔の健人を見て、どこか踏ん切りのついたような
吹っ切れた様子を感じ取り、ホッと胸をなで下ろした。



昨日の子供達が話していた、大きな石がたくさんある河原に着く。

確かにそこは、川の流れからは少し外れていて
大きな石が囲った、いくつもの水たまりができていた。


「うわぁ!水が気持ちいい!」

川に手を浸した雪見が、眩しい顔で健人を見上げる。


「じゃあ、離してやるか。」

バケツの中に手を入れて、健人が一匹目の蟹を指でつまんだ。
その蟹に言って聞かすように、「もう、捕まるなよ。」と呟く。

そっと水の中に離してやったら、蟹は急いで石の隙間に隠れた。


続いて二匹目の蟹を捕まえ、これにも言って聞かす。

「きっと今日もお前達のこと、捕まえにくるやつがいるから
石の下でジッとしてろよ。」

そう言いながら、石に近いところへ離してやった。


「昔はさ、蟹なんて捕るのが面白いだけで、
次の日バケツの中で死んでても、なんにも思わなかったけど
今はさ、可哀想だと思う。
やっぱりこいつらは、ここにいるからいいんであって、
バケツの中に居たんじゃ意味が無いんだよ。
大人になってから初めて解ることって、色々あるんだね。」


バケツの中の水を全部川に空けながら、健人が納得したように
そう雪見に話した。


「ほんとだね!
大人にならなきゃ解らないことって、いっぱいあるよね。
それに一つずつ気が付いていくのが、大人になる!
ってことなんじゃないのかな。」

雪見の言ったことがよくわかる、というように健人がうなずいた。


名残惜しそうに、じっと川茂を見つめる健人。


と、その横顔に突然、カメラのシャッター音が聞こえて
慌てて健人が横を向くと、
そこにはデジカメを構えた雪見が立っていた。


「えっ!ゆき姉!休みだから撮影は無しじゃなかったの?」

「残念!お休みは昨日でおしまい!
今日からはまたお仕事三昧の毎日だからね。
いきなりはアイドルの斎藤健人に戻れないだろうから、
ここから少しずつ、ウォーミングアップしておかないと。

それに、なんにもオフの写真撮って行かないで
今野さんに叱られるの、嫌だし。」


そう言って、雪見が笑いながら健人にカメラを向けた。


「ねぇねぇ、オフの写真なんだから、アイドルの顔しないでよ!
カメラの方、向かないで!」

「それって、偽装工作じゃないの?」

「いいの!だって、スタジオに戻るまでは一応オフなんだから。」


それから何枚か、蟹をいじっている健人などを自然な感じで撮り、
もうそろそろ家に戻ろうかと健人が立ち上がった。



「そうだ!ねぇ、イケメン俳優の斎藤健人さん!
私、あなたの大ファンなんですけど、
一緒に写真撮ってもらっていいですか?」 雪見が健人に聞く。

「は?なにそれ? ああ、いいですよ。一緒に撮っても。」

健人が笑って答える。


そう言えば、まだ一度も健人と並んでツーショットを
撮ったことが無かったことを思い出し、
雪見はこの休みの記念に、ここで健人と写真に収まりたいと思った。


雪見がデジカメを、こっちの方に向けて腕を伸ばして準備する。


「ねぇ。アイドル斎藤健人の一番かっこいい、キメ顔で写って!」

「なんで?アイドルの顔は、あんまり好きじゃないんじゃなかった?」

「そんなことないよ。どんな健人くんも好きだよ!
でも、今欲しい写真はアイドルの写真!」


どんな健人も好き!と言われて、健人は素直に嬉しかった。


「変なの。まぁ、いっか!
じゃあゆき姉も、俺にお似合いの女優顔して写って!」

「やだ!そんな顔できないよ!だって私、女優さんじゃないもん!」

「冗談だよ!ゆき姉はそのままで充分綺麗だから大丈夫!
ねぇ、折角だから、誰かにシャッター押してもらおうよ!
あ、すいませーん!ちょっとシャッター押してもらえますか?」

そう言って、散歩途中のおじさんに声をかける。


「じゃ、写しますよ!はい、チーズ!」

シャッターが切れる直前、健人が雪見の肩を抱いて引き寄せた。


「ありがとうございました!」 
健人を知ってそうもないおじさんに頭を下げ、後ろ姿を見送る。


写してもらった写真を確認すると、
そこにはグラビアみたいな一番のキメ顔をした健人と、
笑顔半分ビックリ半分の、中途半端な顔をした雪見が写っている。

その後ろには、青いバケツが柵にぶら下がって子供達を待っていた。













Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.32 )
日時: 2011/03/01 07:08
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「おばさん!本当に楽しかったです。ご馳走様でした!
帰ったら早速昨日聞いた材料買って、キムチに加えてみますね!」

「そう!是非やってみて!
あとは完璧だから、それで斎藤家の味にほとんどなるはず。
完成したら健人にも食べさせてやってね!」

「わかりました。健人くんのことは心配しないで。
ちゃーんと私が監視してますから!」

「げっ!俺って、要注意人物かよ!」

健人が口をとがらせる。



「ある意味そうでしょ!お兄ちゃんのこと、全国の人が見てるんだよ!
お兄ちゃんがなんかしでかしたら、私、お嫁に行けなくなっちゃう!」

つぐみが眉間にシワを寄せて訴えた。


「なんかしでかす、って何しでかすんだよ!
お前はそれ以前に、その口をどうにかしないと嫁になんか行けんわ!
そんなこと考えてないで、勉強すれっつーの!」


ほーら、また始まった!と健人の母が笑った。


雪見は、兄妹喧嘩をする時の健人の兄貴ぶった
雪見には見せない顔を見るのが好きで、
知らぬ間に健人の方を見つめていたらしい。

すると、それを見逃さなかったつぐみが雪見の手を取り、
「ゆき姉!ふつつかな兄ですが、どうかお願いしますね!」
と母親気取りの顔して言ったので、雪見はびっくりした。

すかさず健人が、「ばっかじゃねーの!」と反撃したが
つぐみが何もかもお見通しのような気がして
それ以上は何も言えなかった。



「さぁ、行きなさい!仕事に遅れちゃうよ。
また休みになったら二人でおいで。美味しい物作って待ってるから。」

健人の母が、名残惜しさを断ち切るように言う。


「じゃあ、行こうか。」「うん。」


健人と雪見は二人に見送られ、楽しかった故郷をあとにした。




二人きりの車の中。

さっきまでとは違って、なぜか二人ともぎこちない。


このたった一日の休みのなかで、確実にお互いの意識が
変ったことだけは間違いなかった。




「あのさ。コタとプリンって、ほんと、ゆき姉のこと好きだよね。
俺のとこより、絶対ゆき姉のとこ行く回数の方が多かったもん。
ちょっと悲しい…。」

「えーっ!そんなに悲しい顔しないでよ!
ただ私は仕事柄、猫の扱いが上手いだけで、本当に
コタとプリンが好きなのは、健人くんの方に決まってんでしょ!」


雪見が慌ててそう言うと、健人が「うっそぴょーん!」と舌を出した。



「なにそれ!健人くんを悲しませちゃったって、こっちの方が
悲しくなったのに!」

「ごめん、ごめん!
でもゆき姉って、いつも俺のこと考えてくれてんだね。
俺が悲しまないように苦しまないように、って。

それって、どうして?」



突然の問いかけに、雪見は戸惑った。

その答えを口に出すのが怖くて、今まで心が逃げ回っていたのに…。


でも今、答えを出さないと、ずっと後悔する気がした。



「好き、だから?」 


雪見が言おうかどうしようか迷っている言葉を
勝手に健人が口にした。


「俺のこと、好き?」


好きか?と聞かれて嫌い、とは言えない。


「ずるいよ、健人くん。そんな風に聞かれたら
嫌い、なんて言えるわけがない。ずるいよ。」



「だったら、好き、って言って。」


健人が、ハンドルを握る雪見の方を向き、
笑顔にもならずに真剣な顔をして、そう言った。



「…すき。…大好き!私は斎藤健人が大好き!!」


半分ヤケクソ気味に言う。大きな声で叫んでやった。
どう?これで文句ある?というように…。



「ありがとう。嬉しいよ……。

って、やったぁ!ほんとに?ほんとに俺の事、好き?好きなの?」


健人の喜びようは予想外だった。
さっきまでの静寂さが嘘のように、一気に騒がしい車内になる。

雪見は、しまった!やられた!と今頃気が付いた。

俳優の顔した演技にまんまと引っかかり、
自分からは決して言うまいと思っていた言葉を、口にしてしまった。



「ずるいよ、健人くん!私にそんなこと言わせるなんて!
今、お芝居したでしょ?俳優の斎藤健人になってたでしょ?」

「だってゆき姉が、今日から仕事だからウォーミングアップしないと
って言ったんだよ!」

「私は真剣に告白したのに!
絶対自分からは言わない、って決めてたのに!」


雪見が怒ってそう言うと、


「俺もゆき姉のこと、好きだから。」


と、さらっと健人が口にした。



「えっ?私のこと、好きって言った?」


「言った!俺もゆき姉がずっと好きだった。

たぶん、俺の初恋の人はゆき姉だと思う。
でも、今までそれが恋なのか、身内に対しての愛なのか
自分でよく解らなかった。」

今までに見たこともない真剣な顔をして、健人が語る。


「けど、一ヶ月前に再会してからは、確実に毎日好きになってくのが
自分でよくわかったよ。

ごめん。俺から言い出せなくて。自信がなかったから…。
俺は好きだけど、ゆき姉が俺のことを弟みたいに好きなのかと思って。
ずっと、不安だった。」

「健人くん…。」


「ね、もう一度聞いてもいい?本当に俺のこと、好き?
弟みたいにじゃなくて、男として好き?愛してる?」


小さい子供が母親に、自分への愛情を確かめるように
「僕のこと、好き?」と聞くかのように
健人は何度も自分への愛を、雪見に確認した。



「大丈夫。本当に好きだから。誰よりも愛してる。
健人くんが私のこと、お姉ちゃんみたいって思ってたとしても、
私は健人くんを愛してる。」

「よかった!ほんとに嬉しい!俺も愛してる!!」



やっとお互いの愛を確認し合い、健人は安心したように
雪見の隣で目を閉じた。

雪見は、その彫刻のように美しい寝顔を横目で見て、
本当にこの人が私の彼氏になったの?と
夢を見てるかのような、不思議な気持ちになっていた。



これからの時間は健人と一緒に歩んでゆくんだ。

もう、自分の心をだまして暮らさなくてもいいんだ。



そう思うと、雪見は心を決め、これから待ち受けているだろう

幾多の困難にも、必ず私が健人を守ってみせる!と

決意を新たにしたのであった。


















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.33 )
日時: 2011/03/02 23:13
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「起きて、健人くん。着いたよ!
健人くんってば!
あと三十分で今野さんが迎えに来ちゃうよ!

起きろ!健人!!」


雪見が男のような低い声で怒鳴ったので
健人が慌てて飛び起きた。


「ビックリした!今野さんかと思った!
もう着いたの?早いなぁー。」

「完璧、熟睡モードだったもんね。
でも、これでだいぶ睡眠不足が解消されたでしょ?
また今日から忙しくなるけど、頑張れるよね?」


なんだか健人がぼーっとしてる。


「ねぇ。さっきのは夢じゃないんだよね。
俺とゆき姉って、今日から恋人同士になったんだよね?」

「大丈夫。夢なんかじゃないから。
私は健人くんが大好きだよ。健人くんは?」

「俺ももちろん、ゆき姉が大好き!」

「じゃ、夢じゃないよ。
今日からよろしくね。アイドルな彼氏さん!」


健人の顔が、一瞬でパッと明るくなった。


「俺の方こそ、よろしく!雪見!…って、
あれぇ?なんかしっくりしないなぁ…。
彼女なんだから、『ゆき姉』はないだろ!と思ったのに。」


雪見が笑って言う。


「あははっ!ゆき姉でいいよ、ゆき姉で。
『雪見』なんて呼ばれても、健人くんに呼ばれてる気がしない。
私も当分は『健人くん』だな。
そのうち、『健人』になるかもしれないけど。
二十年以上も『健人くん』って呼んでるんだから
いきなりは替えられない。それじゃダメ?」

「いいよ、別に。じゃ、今まで通りということで…。
げっ!やばい!もうこんな時間じゃん!!今野さんが来ちゃう!
じゃあ、ゆき姉、またあとで!」


健人がバタバタと荷物を手に、マンションへ入って行った。

雪見はその後ろ姿を眺めながら、幸せな余韻に浸っている。


「よし!私も帰って仕事の準備を急がなきゃ!」

雪見は、今までに感じたことのない
内から溢れ出す仕事への意欲に急かされるように、車を発進させた。




ドラマ撮影スタジオに到着。

雪見が、「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」
と、大声で言いながらスタジオ入りをする。


と、そこへ、健人専属カメラマン仕事初日に
このスタジオで雪見に話しかけてきた若い女性スタッフが、
また雪見の隣りに近づいて来た。


「浅香さん、おはようございます!」

「あ、おはようございます。」

「今日も健人くんの撮影ですか?」

「ええ。二ヶ月間で撮影を終わらせないと、写真集の印刷が
間に合わなくなっちゃうんで。
私が撮らないことにはスタートしないプロジェクトなもんで、
結構プレッシャーです。」


そう言いながら雪見は、この人がなんとなく健人を好きそうな
気配を感じていた。

まぁ、健人は今や日本中のアイドルなのだから
こんなに身近で健人を見てるスタッフが、
好きにならない方がおかしな話だ、と雪見は自分に言って聞かせた。


「あぁそうだ!この前話してた、健人くんの赤ちゃんの時の写真、
持ってきましたよ!あとで撮影が終わったら見せますね。」


その女性スタッフは、小さな悲鳴を上げながら
手を叩いて大喜びした。


「やだぁー!早く見たいー!!よし、仕事頑張るぞ!
じゃ、あとで楽しみにしてますから!絶対ですよ!」

そう言いながら、また持ち場へと戻って行った。



ふぅぅ…。 雪見はため息をつく。

   
   この先、こんな思いを何回もするんだろうな…。
   なんだか、ここにいる全員が健人くんのこと、
   好きに見えちゃう。

   でも、仕方ないよね。
   私の健人くんは、みんなの健人くんなんだから…。
   日本中の人が好きな人なんだから、しょうがない。


雪見はそう自分を納得させるより、今は方法がなかった。

人気アイドルを好きになったということは、そう言うことなんだ!
と、自分の気持ちに言い聞かせた。



「斎藤健人さん、スタジオ入りまーす!」

そう告げる男性スタッフの大声で我に返り、
雪見は気を引き締めてカメラを構えた。


   今はカメラに集中しよう。
   この仕事は、私だけが健人くんに許された仕事。
   私だけに特別に与えられたものなんだ!
   他の誰にも邪魔されない、二人だけの仕事なんだ!


雪見の中で、「私は健人の彼女なんだから!」という自信は
まだ生まれてはいなかった。

彼女だから大丈夫、と思えるほど、二人は愛を重ねてはいなかった。

なんせ、ついさっき恋人同士になったばかりなのだから…。



スタジオに入る瞬間の健人の表情を狙う。

隅々に聞こえるくらいの声で、「おはようございまーす!」
と言った後、セットに向かって歩きながら健人は、
雪見のカメラを見つけて一瞬舌をペロッと出した。 

   は?なにそれ?

雪見は誰かに見られてはいないかと、カメラを下ろし
周りをキョロキョロとうかがった。

   あんまり変なことをしないでよ。疑われるでしょ!


そのあとも、健人はちょいちょい小技を挟んできた。
その度に、雪見がギョッとした顔をしてカメラを下ろす。
が、どうも健人がそれを面白がって、調子づいてる様子だったので
あえて雪見は、平然とした顔をしてカメラを構え続けた。

健人のブーたれた顔!悪ふざけが通用しなくなったと見て、
やっとおとなしく仕事する気になったようだ。まるで子供!



「お疲れ様でしたぁ!休憩はさみまーす!」

その声を合図に、さっきの女性スタッフが雪見の元へ駆けてくる。


「浅香さん!約束の写真、見せてください!!」

「あ、いいですよ。ほら、これ!かわいいでしょ、健人くん。」


雪見は、自宅にあった昔のアルバムから何枚かをチョイスして
ポケットアルバムに移し替え、スタジオに持って来ていた。


「えーっ!これも健人くん?なんかイメージがちょっと違う!」

「そうでしょ?だから私も、親戚の健人くんが俳優さんになったって
ずっと気が付かなかったの!」

「嘘でしょう?こんなに人気者なのに!
私なら、みんなに自慢しまくりだけどな!親戚だったら。」


「なに、盛り上がってんの?」

そう言いながら、健人が雪見の隣りにやって来た。


「あ、お疲れ様でしたぁ!
今、浅香さんに写真を見せてもらってたんですぅ!
浅香さん、最近まで斎藤さんのこと
俳優さんだって知らなかったって、本当ですかぁ!?」

そう言って、その女は健人の腕を両手でつかむ。


その瞬間、雪見の中で炎が点火した。

よし!見てなさい!!



  








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.34 )
日時: 2011/03/03 13:37
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「え?ゆき姉が俺のこと知らなかったって話、本当かって?
あぁ、ほんと、ほんと!
ゆき姉は昔っから、ちょっとぽけーっとしたとこがあって
そんな勘違いはしょっちゅうだよ。」

健人が雪見の方を見て、笑いながらそう話す。
隣の女は、まだ健人の腕にしがみついたままだった。

「やだぁ!浅香さんって、見た目はしっかりしてそうな
お姉様なのにぃ、そんなに抜けてるんですかぁ?」

   お姉様なのに抜けてるだとぉ?
   ほんとは、おばさんなのに!って言いたいんじゃないの?
   それに、なに?そのしゃべり方!
   健人くんが来た途端、声が変ったじゃないの!
   
   この女、完全に私にケンカ仕掛けてるわけね。
   上等じゃない!宣戦布告よ!受けて立つわ。


雪見は、この若いスタッフが私をライバルとして認識し、
ケンカを吹っ掛けてきてるのがすぐにわかったので、
早々に次の一手を打つことに決めた。


「あ、そうだ、健人くん!
昨日の写真、さっき大至急焼いてきたの!見て見て!」

そう言って、ポケットアルバムの後ろのページに
二重に入っていた写真を引き抜き、空いているポケットに差し込んだ。


「ほら、見て!みんないい顔して写ってるでしょ?
お母さんもつぐみちゃんも、すごく嬉しそう!」


それは昨日の夜、チゲ鍋パーティーの途中でつぐみに頼まれ、
三脚を立てて自動タイマーで撮った、四人のスナップ写真であった。

記念写真のようにかしこまっている写真ではなく、
食卓でそれぞれが思い思いにポーズを取っているのだが、
そこにいる誰もが最高の笑顔で写っていた。


もちろん健人と雪見も、二人並んで写っている。

結構ビールが進んだ後だったので、いい感じに酔いが回り
健人がふざけて雪見の口に、母特製のキムチピザを押し込んでたり、
雪見が健人の顔を引き寄せて、無理矢理ビールを飲ませてたり。

今、酔いが醒めて見返すと、かなり恥ずかしくなるような
バカをやってる二人が、そこには写し出されていた。


「ちょっと、ゆき姉!こんな写真、他には見せられないだろ!
俺のイメージってもんがあるんだから!」

「ごめんごめん!でも、こんなバカな斎藤健人もいるんだって
わかるような写真で、私は好きなんだけどなぁー!」

「そりゃそうなんだけど…。
でも、これ見ると俺たち、結構飲んでたんだね!
楽しかったから、全然気が付かなかった。」


健人と雪見のやり取りに、まったく中に入っていけない
その若いスタッフは、スッと健人の腕から手を離し
何も言わずに静かにその場を立ち去った。

第一ラウンドは、雪見の勝ち!


「ねぇ、今朝河川敷でおじさんに写してもらった写真は?」

「あぁ、あれ?あれは恥ずかしいから置いてきた。」

「えーっ!あの写真、俺、楽しみにしてたのに!
明日必ず持って来てよ!」

「まぁ、忘れなかったらね!」


あの写真だけは、人には見せずに大事にしておきたかった。
雪見と健人が恋人同士になった、記念の日の一枚。



その日の最後の仕事。
新しいコマーシャルのポスター撮りの現場。

雪見はここではカメラを構えず、ただ撮影の様子を見守っていた。


同業者の仕事ぶりは、見ていて大変勉強になる。
そこにいるのは、人物撮りのスペシャリスト達で
みなそれぞれの役割をきっちりとこなしている。


今まで人物撮りに、苦手意識が働いていた雪見にとって
天下の斎藤健人を任されたということは
大変な名誉であると共に、とてつもないプレッシャーでもあった。

だが、これをきっかけに、少しずつ苦手意識が薄らいでいるのを
感じ始めていた。

   すべては健人くんのお陰だな。
   健人くんが私を変えてくれたんだ。


そう思うと、さらに健人に対する愛情が湧き起こり、
早く健人に、自分の感謝の気持ちを伝えたくてウズウズしてきた。



やっと撮影がすべて終わり、本日の仕事はこれにて終了!

「お疲れ様でした!ありがとうございました!」

健人の声に、周りのスタッフが拍手で労をねぎらった。
雪見も一緒に拍手した。



「ゆき姉、腹減った!早く飯食いに行こう!!」

健人は明日の迎えの時間を今野さんに聞いてから
足早に控え室に戻り、メイクを落としてコンタクトを外した。


「あー、目が痒くて辛かった!さ、飯に行こ!」

そう言いながら、雪見の所へ戻ってきた健人は
眼鏡をかけてすっぴんで、今朝の健人と同じになっている。

   やっと健人が、私のところに戻ってきた!

そんな気がして、雪見は心から嬉しかった。


「ねぇ、また『どんべい』に行きたい!
俺、あそこのポテトピザが食べたい気分。あと、つくねも!」

「そうだね。ここからタクシーでわりと近いか。
じゃあ、決まり!さぁ、行こう!」

二人はタクシーに乗り込み、店を目指した。



「マスター、こんばんは!また来ちゃった!」

雪見が挨拶したあと健人が店の中へ入り、ぺこっと頭を下げた。


「おおっ、健人くん!よく来たね!!今、仕事帰り?
また美味いもん食わせるから、楽しみにしててよ!
最初はビールだね?すぐ持ってくから、いつもの部屋に入んな!」

カウンター席にいた若いカップルが、一瞬こっちを振り向いたが
大きなマスクに眼鏡姿の男が、よもや斎藤健人だとは思いもせずに
また二人見つめ合って、楽しそうにおしゃべりを再開した。


初めて健人をこの店に連れてきた日と同じ部屋に入り、
すぐに運ばれてきたビールで、二人は乾杯をした。


「今日も一日、お疲れ様!かんぱーい!」 

雪見がそう言いながら、ジョッキを合わせようとすると健人が、

「ええっ、それだけ?もっと他にあるでしょ?」 「えっ?」


「今日は俺たちの、記念日だよ!恋人記念日!」

「健人くん…。そうだね、健人くんと私の恋人記念日だ!
じゃあ改めまして、二人の恋人記念日にかんぱーい!!」


ジョッキを合わせながら、二人は目を見て少しはにかんだ。

お互いの気持ちを告白し合った今朝から、
すぐに仕事が忙しくなってそれどころではなかったが、
今あらためて二人きりになり、もう一度健人は確かめたかった。


「ゆき姉。本当に俺のこと、好き?」

「だーい好きだよ!ずっと愛してる。
私はいつでも健人くんのそばにいて、健人くんのこと見守ってる。」

「俺もゆき姉のこと、愛してる。ゆき姉は俺が守ってみせる!」


二人はお互いの愛情を確認し合い、安心して食事を楽しんだ。

これからの未来を夢見て……。
























Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.35 )
日時: 2011/03/04 08:39
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

大好きな人と食べるご飯って、なんて幸せなんだろう。
身体の隅々にまで美味しさが行き渡る感じ。

健人と雪見は、昨日までの食事と今日の食事の違いを
心から実感していた。

そしてまぁ、なんてお酒の美味しいこと!


「健人くんは明日もたくさんお仕事あるんだから、
あんまり飲み過ぎないでよね!」

「俺が忙しいってことは、ゆき姉も忙しいってことなんだから
ゆき姉の方こそ飲み過ぎるなよ!」

「私は楽しいお酒で二日酔いにはならないの。
仕事の付き合いとかで、大して親しくもない人と義務的に飲むと
なぜかビール一杯でも頭痛くなっちゃう!」

「じゃ、俺となら、いくらでも飲めるってわけね!
俺ね。二十歳になってお酒飲めるようになって飲んでみたら、
これが結構飲めたわけよ。で、これから俺の彼女になる人は、
俺につきあえるぐらい飲める人が理想だったの。
その点、ゆき姉は大合格!」

「合格の前に大がついてるのが気になるけど、まっいいか!
私も、健人くんと飲むお酒が一番美味しい!
ってことで、次はワインでもいっちゃう?」

「いいねぇー!お祝いだから、赤ワインを頼もう!」



しばらくすると、「雪見ちゃん、開けるよー!」と
マスターが赤ワインとグラスを三つ持ってきた。


「やだ!マスターも一緒に飲む気してんの?まぁいいや!
私がご馳走してあげる。今日はお祝いだから!
その代わり一杯だけね。マスターに飲まれたら、
私たちの分も全部飲まれちゃう!」

「なに言ってんの!これは俺から二人へのプレゼント。お祝いだよ!」


健人と雪見は訳がわからず、顔を見合わせた。


「お二人さん、付き合い出したでしょ?恋人同士になったでしょ?
だから、そのお祝いのワインをお持ちしました。
あ、もちろん俺のおごり。二人へのプレゼントだよ!
だから俺も一緒に乾杯させて。」


二人の驚いた顔!


「なんで知ってんの!? 誰から聞いたの?
って、まだ誰にも言ってない気がするけど…。」

雪見が大慌てでマスターを問いただした。


「え?誰かに聞くわけないでしょ!
そんなこと、二人の様子を見てたらすぐわかるわい!
まぁ、店に入って来たときから、この前とはなんか違うぞ!とは
思ったけど。一体この俺様を誰だと心得る!」


また健人と雪見が、顔を見合わせた。
そして二人でクスッと笑い、観念した様子で

「マスターにはほんと、かなわないなぁ!
さすが、恋愛マスターだ!お見それしました。」

雪見がそう言って、マスターに頭を下げる。


すると、マスターが落ち着いた声で

「本当におめでとう!俺ね、初めて二人がこの店に来てくれた時、
この二人、付き合えばすごくいいカップルになれるのに!って
思ったんだ。
それは何故かと言うと、姉弟みたいだったから。
あ、気を悪くしないでよ!二人はそこを気にしてると思うけど。

でもね。普通恋愛って、まったく育った環境も考え方も違う二人が
出会って、何かに惹かれて付き合い出すんだけれど、
でも所詮は他人同士なわけ。
付き合い出してすぐは、お互いの何もかもが大好きで
すべてを受け入れられるんだけど、段々と嫌な部分とかが見えてくると
少しずつ、相手に対する思いやりの気持ちが減ってきちゃうんだよね。

でも、お互いに姉弟みたいな感情を持ってると、
どこまで行っても相手を思いやる気持ちは減ってはいかないの。
本当の親子や兄弟って、そういうもんでしょ?
ケンカはするけど、最後は思いやりでつながってる。

だからね、雪見ちゃんと健人くんはきっと、
相手を思いやれる気持ちがずっと続く、いいカップルになると思うよ。
俺が保証する!」


二人はマスターの言葉が嬉しかった。
なによりものお祝いの言葉だった。

雪見の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「おいおい、雪見ちゃんを泣かすために言ったんじゃないからな!
俺は自分の体験で、心からそう思ってるからアドバイスしただけで。」

「え?マスターも年の差カップルなんすか?」

「そうそう!マスターんとこは、なんと十九も違うお嫁さんなんだよ!
下手したら娘だ!」


雪見が笑いながらそう言うと、
マスターが鼻の下を伸ばして、嬉しそうに話す。


「そう!もう娘みたいに可愛くてねぇ。幸せな毎日よ!」

「はいはい、わかりました!どうでもいいから、早くワイン飲もう!」


三人はワイングラスを手にし、乾杯!と大きな声で
カチンとお互いにグラスを合わせた。


「あぁ、うまいっ!くぅーっ!
おめでたいお酒って、どうしてこうも美味いんだろ!

雪見ちゃん、健人くん!
ここの部屋は二人のために、他のお客さんを入れないで
いつでも空けておくから、好きなだけ使っていいからね。
これだけの人気者を彼氏に持つと、これから色々大変なことも
あると思うけど、俺はいつでも二人の味方だから。
なんかあったら、いつでもここに逃げ込んでおいで。
俺に出来ることがあったら何でもする。
だから、いつまでも仲良くいろよ!

ってことで、おじさんは退散します。
ラブラブな二人の邪魔は野暮だからね!
あ、この後のワインは自腹でお願いしまーす!
じゃ、なんかあったら呼んでねー。」



健人と雪見は深い感動に包まれて、幸せな思いが倍増していた。


「本当にいい人だよね、マスターって。」

「うん。俺たちの味方でいてくれて、心強いよね。」

「有り難いことだよ。いつでもこの部屋を使っていいって!
じゃあお礼にもう一本、ワイン頼んじゃう?」

「いいねぇ!じゃお次は白ワインに鯛のカルパッチョなんてどう?」

「賛成!お祝いにはやっぱり鯛だよね!」




こうして二人のお祝いの会は、まだまだ終わりそうもなかった。


その夜は、いつまでもこの部屋から笑い声が聞こえていた。




明日待ち受けている困難など、想像もしないで……。



















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