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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.528 )
日時: 2013/12/07 13:32
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇ。健人くんは…赤ちゃん欲しい?」

「えっ…?」

「…って、やだ、ゴメン!私、なに言ってんだろ!あははっ!
今のは忘れて。少し酔ってるから。」

自分の口からいきなり飛び出た言葉に、自分自身が一番慌てた。
つき通さなければならない嘘から遠ざけるためにしても、なんてことを口にしたのか。
それは健人に対してタブーとしてきた領域。
たとえ年齢的に自分のタイムリミットが迫ってたとしても、相手は12歳も若い
今をときめく人気俳優。

子持ちの斉藤健人なんて…きっとファンが離れちゃうよね。
私は健人くんさえいれば充分だと思ってるよ。あなたが輝いていてくれればそれでいい。
お母さんになれなくたって…平気だから…。

改めて自分の意志を確認してみた。
そう。それでいいんだ。
私には、斉藤健人が斉藤健人らしくあることがすべて…。

「ごめんねっ!健人くんはこれから稽古に向かうのに、私は酔っぱらってまーす!
あのね、雅彦夫婦にも赤ちゃんが出来たの!それで三人で祝杯上げたんだ。」

「うそっ!?」

「当麻くんといい雅彦といい、おめでた続きだったから、つい嬉しくなって飲み過ぎたかも。
朝から不謹慎でスミマセーン!」

酔ってるフリして笑って誤魔化した。
だが彼は、酔っぱらいの戯言とは思ってはくれなかった。
どんな時でも、どんな言葉でも、誰の発言でも彼は真剣にその言葉と向き合う。
真面目に。真摯に。誠心誠意。
ゆえに全ての言葉を、全力でキャッチしてしまうのを知っているのに…。

「…欲しいよ、赤ちゃん。
俺とゆき姉の子供だもん、めっちゃ可愛いに決まってるし(笑)
自分が父親になる姿なんて想像できないけど、でもいつかは欲しい。」

いつかは…という正直な言葉に少しホッとした。
ゆき姉の年を考えたら早くに!とか言い出さなくて良かった。

そう、いつかでいい。
今はそんなこと考えなくていい。
たとえその「いつか」がやって来た時にタイムオーバーだったとしても、
私は健人くんのそばにいれるだけで幸せだから…。

「どーか、健人くん似でありますように(笑)
って、朝っぱらから長電話してる場合じゃないよ!早く準備しないと遅刻しちゃう。」

「やっべ!もうこんな時間!ホンギに怒られる(笑)
じゃ、また電話するね。お母さんとまぁちゃんによろしく!行ってきます。」

健人の柔らかで優しい声が、いつまでもいつまでも耳に残ってる。
お母さんとまぁちゃんによろしく、か…。

私達はずっとこの先も…一緒にいられるのだろうか。
すべての嘘が明かされた日の、先の未来も…。



「お疲れ様です!今野部長はいらっしゃいますか?」

「わ、雪見さん♪お帰りなさい!」
突然の訪問者に、事務所の受付嬢は驚きつつも喜んだ。

「今野部長でしたら、まだデスクにいらっしゃいますよ。
あ、この前のホワイトハウス、凄かったですねぇ!みんなで見ました。
雪見さん、ハリウッド女優に一つも負けてなかった。
それにアメリカ大統領を前にして、あんなに堂々とアカペラで歌っちゃうんだから、
世界が大騒ぎして当然ですっ!」

鼻高々!というふうに胸を張ってる彼女に雪見は恐縮した。

「ごめんねぇ!事務所のみんなに迷惑かけたんでしょ?
これ、お土産。良かったらみんなで食べてね。
じゃ、部長が帰らないうちに挨拶して来ます。」

デスクがたくさん並ぶ大きなフロアを今野を目指して進んで行くと、
その途中であちこちから声が掛かった。

「おっ雪見ちゃん!やっと日本に凱旋してくれたか!
もう健人にかまってる場合じゃないよ(笑)
もしかしたら雪見ちゃんの方が忙しくなるかも。」

「この前の大騒動を、ムービーに撮っときゃ良かったなぁー!
事務所の電話があんなに鳴り続けたのって、俺初めて見た。」

「雪見さん!もちろん仕事受けますよねっ?
あのブランドのアジア人初モデルがうちの事務所から出るなんて、
私、友達にいっぱい自慢しちゃう♪」

「『YUKIMI&』が世界デビューとなったら当分は奥さん業も休業だろうけど、
健人は健人で忙しいから…まっ、いいよね?(笑)」

最初はニコニコと聞いてたはずだが、一つ二つと現実を背負い出すと笑えなくなり
足にブレーキが掛かった。

ローラに対する武器…なんて考えは甘かった。
ダメだ、もっとよく考えてからにしよう…。

くるりと回れ右をし、退散しようとした時だった。

「おーい!どこ行くんだ?俺のデスクはここだぞ。」
残念なことに、足はすでに今野付近まで到達していたのだ。

「あ…いや、日にちを間違えました!会議は明日ですよね。
私ってまだ時差ボケしてるんだなぁ、きっと(笑)
てことで、今日のところは帰りまーす!お疲れ様でしたぁ!」

「嘘つけ。決めたから来たんだろ?」

「えっ…?」

今野に小芝居は通用しなかった。
ニコリともせず、雪見の瞳を射抜くような眼差しで身動きを封じた。

「お前が突然現れる時、中途半端な思いでここに来たことがあるか?
いつもイノシシみたいに、真っ直ぐ突進してきただろ。
足がこっちへ向かった瞬間、もう気持ちは固まってんだよ。
お前のしてきた決断に今まで間違いはない。そうだろ?」

間違いは…ない?今野さんはそう思ってくれてるんだ。
じゃあ今回も…私の背中を押してくれますか?

「健人くんの…。健人くんにとってのプラスになれますか? 
私、彼の…何かの力になれます…か…?」

泣くつもりはひとつもなかった。
なのに瞳から転がり落ちた涙がポトンと床に落ちた瞬間、幾千もの健人を想う気持ちが
パンドラの箱を開けたごとく、うわっと飛び出し涙が止まらなくなった。

「お、おいっ!なんで泣くんだよっ!今、泣く場面だったか?
俺が泣かせたみたいだろ?一体どうしちゃったんだよ。」



涙の理由はぼんやりと知っている。
この決断がプラスにもなりマイナスにもなることを、自分で薄々感づいているのだ。

無限大の愛は、己の身を燃やして燃え尽きたとしても永遠に消えることはない。













Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.529 )
日時: 2013/12/11 14:46
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「では、改めて契約内容の確認をさせて頂きます。
契約期間は一年間。
当社のイメージキャラクターモデルとして今後CM、ポスター、雑誌、
コレクションショー、イベント等、当社の規定に従って活動して頂きます。
基本すべての撮影は、イギリス本社かアメリカ支社スタジオでの撮影となりますが、
今回はアジア圏販促強化の為の起用でもあるので、日本での撮影も行われる予定です。
それと、当社との契約期間中は現状を維持して頂きます。
体重の増減やヘアスタイルの勝手な変更等は、契約違反になりますのでご注意を。
あとの細かな契約内容については、こちらを読んで再度ご確認下さい。」

「あっ、あのっ!カメラマンは…カメラマンは本当に続けていいんですよねっ?
それとアーティストも…。このあと世界デビューしちゃうみたいなんですけど…。」

「勿論大丈夫です。ご安心下さい。
当ブランドの一貫したコンセプトは『輝ける女性』
キャラクターモデルは歴代、各方面で活躍し注目を集める職業人を起用致しております。
アジア圏からは初めての起用ですので、どうぞ胸を張ってお仕事をお続け下さい。」

流暢な日本語を操るブロンドヘアの綺麗な女性は、一通りの説明を終えると
細いフレームのメガネをスッと外し、緊張しきった雪見に向かってニッコリと微笑む。
だが雪見は緊張が解けるどころか、その笑顔の意味するところを理解し
益々緊張が高まってしまった。

それって、カメラマンとしてもアーティストとしてもガンガン売って
もっと有名になれ、ってことでしょ?
だって歴代のモデルを見たら、その年に注目を集めた人ばかりだもん。
世界で大ベストセラーになった新人作家さんとか、才色兼備で新進気鋭の
ジャズピアニストとか…。
私なんて、ただの猫カメラマンなのに…。
注目を集めたって言っても大統領の前で歌った歌が、ちょっと話題になったくらいで…。

果たして自分なんかが、そうそうたる歴代モデルに名を連ねて良いものかどうか。
小野寺と今野に連れられ、のこのことここまでついて来てしまったが、
本当に大丈夫か?自分…という不安で一杯。
なのに両隣りの小野寺と今野は、上機嫌で契約成立の握手をブロンド美人と交わし合った。

「では一年間、雪見をよろしくお願いします!
良かったな!雪見。今日からお前は、あの英国王室御用達ブランドの顔になったんだぞ!
うちの事務所始まって以来の快挙だ!おめでとう!」

小野寺に満面の笑みで握手されても、当の本人のテンションは一向に上がらず、
ただ溜め息をつくばかり。
あまりにもトントン拍子に事が運び過ぎ、自分のこととして捉えきれずにいる。
その上、まだ健人には決めたことを伝えそびれていた。

「はぁぁ…。ほんとに…やるんですね、私…。」

「当ったり前だ!やるんだよ!お前の人生が変わった瞬間だ。もっと喜べ!
さぁ、俺もこうしちゃいられん。常務、お願いがあります!
こいつのマネージャー、俺にやらせてもらえませんか?」

「お、俺に!?って…。お前はもう管理職だぞ?マネジメント部長だぞ?」

目を見開いて驚く小野寺に対し今野は実に冷静に、すでに考えは固まってるという表情で
小野寺を見た。

「せっかく常務に推して頂いたのに申し訳ないです。
でも管理職なんて仕事は、俺じゃなくても出来るんです。
だけど、こいつのマネジメントは俺にしか出来ない。
俺じゃなきゃ、こいつの良いとこを伸ばしてやれないんです。お願いします!」

突然繰り広げられたやり取りを、雪見はボーっと眺めてた。
今野さんが小野寺常務に頭を下げてる…。
私のために、頭を下げてる…。
思いもしなかった言葉に、胸がジュワッと熱くなった。

私も今野さんが一緒に居てくれたら心強い。
健人くんと私を、誰よりも近くで見守って応援してくれてた今野さんなら、
きっと私達を繋ぎ留めていてくれるはず…。
でも…私からはお願い出来ない。
せっかくの出世コースだろうに、私ごときのマネジメントで大切な人生を
棒に振って欲しくない…。

「今野さん!お気持ちは嬉しいですが…。えっ?」

スッと立ち上がった雪見の腕を、両隣の今野と小野寺が同時に引っぱる。
よろけながらも再びソファーに腰を下ろすと、向かいのブロンド美人が
一連のドタバタ劇に目を丸くしてこっちを見てたので、愛想笑いをして取り繕った。
ところが…。

「やっぱりなぁ…。やっぱり似てるよ、お前と俺。」
小野寺がニヤリと笑いながら身を乗り出し、雪見を飛び越して今野を見る。

「えっ?」

「俺も何度現場に戻りたいと思ったことか。でも結局は行動に移せずじまいだった…。
お前みたいに心を揺さぶられるアーティストに出会ってたら、違う人生だったかもな。」

知られざる告白の少し寂しげな笑顔に、雪見も今野も胸が詰まった。
若くして出世コースに乗った大企業の有能な管理職にも、多くの葛藤の末に
今があるのだろうな、と…。

「常務…。俺が常務の代わりに、こいつを引き受けます。
まぁ、心を揺さぶられるアーティストって言うのとは、またちょっと違うんですけどね。
放っておけないと言うか、危なっかしくて目が離せないと言うか…。
健人との調整も、俺がした方が上手くいく気がするんです。
二人とも、この先忙しくなるのは目に見えてますから。」

「そうだな…。お前がそれで構わないのなら、俺からも頼む。
雪見を、うちの事務所の顔に育ててやってくれ!」

深く頭を垂れた小野寺に、今野も雪見も慌てた。

「じょっ、常務!無理ですって!どーして私が事務所の顔に!?
私、そんなつもりでこの仕事、受けた訳じゃありませんっ!」

「じゃ、どんなつもりだ?」

「それは…。」

そんなおおごとに捉えられても困るのだ。
だってモデルもアーティストも、長く続けようなんてこれっぽっちも思っちゃいない。
健人との仲を脅かすローラに対抗するための、慌てて手に取る武器に過ぎないのだから。
でもそんなこと、口が裂けても言えやしない。

「いいか?健人はこれから世界を視野に入れて活動することが決まってる。
お前の立場が揺るがないためにも、一つでも上に登っといた方がいい。
ブラピとアンジーの関係には、揺るぎがないだろ?」

「ブ、ブラピとアンジー!?」
「ブ、ブラピとアンジー!?」

いきなり小野寺の口から飛び出した、ハリウッドの大スターカップルの名前にビックリ!
雪見も今野も同時に小野寺の顔を見た。

「ワッハッハ!常務!健人がブラピはわかりますけど、雪見のどこがアンジーですか?
彼女の色気の、百分の一も持ち合わせちゃいないでしょ!そりゃアンジーに失礼だ。」

「失礼なのは今野さんですっ!」

「あ、あの…まだお話が続くようでしたら、コーヒーでもお持ちしましょうか?」

契約も済ませたのに帰ろうとせず、いつまでも繰り広げられる三人の茶番劇に、
少し…いや相当呆れ顔のブロンド美人が微笑んだ。

だがこの事務所が思いやりに溢れた、円満な優良企業であることは充分に理解出来る。
きっと良いパートナーシップで仕事が出来そうだ。


冷や汗に湿った手で再び固い握手を交わし合い、そそくさと外に出た三人に
心地よい涼風が『お疲れ様♪』と優しく頬を撫でて通り過ぎた。

さぁ…健人くんにちゃんと伝えなきゃ…。







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.530 )
日時: 2013/12/18 23:00
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

アメリカから帰国後、わずか十日の間にもたらされた出来事。
愛する母の死。
みずき&当麻夫婦と弟夫婦、二組に宿る初めての赤ちゃん。
モデル浅香雪見とアーティスト『YUKIMI&』の世界デビュー決定。

渡米前、誰がこんな未来を予測しただろう。
消え去る命と新しく生まれる命。新たな道へと踏み出す私。
そして…愛する人に嘘をつく私…。

人間とは、少し先の自分さえも想像の範疇に無いことが間々ある。
私が進むこの道の先に待ってるものは、光なのか闇なのか。
歩き出すのに足がすくむが、ただ一つ言えるのは、その道を選択するのは
いつも自分だと言うこと…。


午前に英国ブランドとモデル契約を交わし、午後は『YUKIMI&』世界デビューの調印と大忙し。
夜は、今後の打ち合わせを兼ねた祝いの席を小野寺が設けてくれ、今野と三人祝杯を上げて
雪見が実家にたどり着いたのは、すでに深夜1時を過ぎていた。

「ただいま。」と玄関を開けると、朝からずっと留守番していた猫たちが
人恋しそうにいそいそと集まって来る。

「ただいま。ごめんね、遅くなって。
みんな良い子にしてた?お腹空いたでしょ?今、ご飯あげるからね。
母さんもただいま。今日ね、決めてきたよ。母さんの言う通りにしてきた。
これから忙しくなるけど…頑張るから。父さんと見守っててね。」

『頑張るから』と言う言葉は、自分自身に言い聞かせた言葉でもある。
きっかけはローラに対抗するためだとは言え、もう後戻りは出来ない。
今野の人生さえ巻き込んでしまったのだから最善を尽くさねば。

仏壇に手を合わせ、急いで猫にご飯をあげる。
母の居ない家は静かで空気がひんやりと冷たく、何日経っても慣れることはない。
それは猫たちも同じで、毎日母の帰りを今か今かと待ってるのが切なかった。

健人くんも…私の帰りを待ってくれてるかな…。


今日のことを早く報告しなくちゃ、とケータイを握り締める。
NY時間はランチ時。今なら電話しても大丈夫だが、何て切り出そうかとドキドキ。
程なく、健人の慌てた声が耳に飛び込んできた。

「もしもしっ?ゆき姉?どうしたのっ?お母さんに…なんかあった?」

それはこの前とまったく同じセリフ。
悲しいほどに心配げで、胸が痛いくらいに優しい声だった。

母さんのこと、ずっと心配し続けてくれてるんだよね…。
ごめんね…。ごめん…。

愛する人を悲しませる嘘が辛くて、こぼしてはいけない涙が一粒落ちる。
だけど…絶対に気付かれるもんか。こうなったら最後まで女優でい続けてやる!
キュッと唇を噛みしめ、そっと涙を拭いて笑って言った。

「あははっ!心配症だなぁ、健人くんは。母さんなら元気にしてるから。
あ、今、話しても大丈夫?お昼休み?」

「うん、今カフェテリアにいる。
何にもないならいいけど、この時間の電話は心臓に悪いよ。だってそっち、夜中じゃん。」

「夜中だっていつだって、健人くんの声が聞きたくなるの。
あ、でも…。稽古場にまで電話しちゃダメだよね。ごめん…。」

「ダメじゃないよ。まぁ、レッスン中はどうしたって出れないけど。
俺だってゆき姉の声聞きたいしさ。つーか、会いたい…。」

ぼそっと呟いた言葉に胸がキュンとしたのだが、健人はすぐに
「うゎ、やっべ!ホンギに笑われてる。」と照れ笑いをして誤魔化した。

彼は少しの疑いもなく笑ってる。
一つ重ねるたびに上達する私の嘘にも気付かずに…。

「ねぇ、ホンギくんとの共同生活は上手くいってる?
ご飯はちゃんと食べてる?お部屋のお掃除…なんて、する暇もないよね。
どんなになってんのか怖いなぁ(笑)」

「大丈夫大丈夫、掃除しなくたって死なないから(笑)
あ、でもゆき姉が戻って来るまでには綺麗にしとくよ。」

「じゃあ…そろそろ綺麗にしといて。」

「…え?うそっ!こっちに来れんのっ!?いつ?お母さんはいいの?」

また母さんのこと心配してる。
お願いだから、これ以上私に嘘の上書きをさせないで…。

「あ、あのねっ、報告があるの。私…世界デビューが決まっちゃった!
今日、二つの会社と契約してきた。」

「え…っ?ほんとに…決めたの?
あのブランドのイメージキャラクターと、『YUKIMI&』の世界デビュー…ってこと?」

電話の向こうから健人の声がスッと消える。
自分の思う通りにすればいいよ…とは言っても、やはり思いは複雑なのだろう。
しばしの沈黙がそれを充分に伝えてきた。

あなたは隠し事の出来ない正直な人ね。こんな嘘つきな私と違って…。
なんだか私…自分が嫌いになりそうだよ…。

「健人くん、聞いて。ここからが重要!
早速ブランドのポスター撮りとCM撮影があるんだけど…撮影地がね…。
ニューヨークなんだよっ♪」

「ま、マジ…で?うそっ…やった!それっていつ?いつ撮影すんのっ?」

一転して健人のはしゃぎようが可愛かった。
さっきまでの複雑な気持ちは、雪見が帰って来るという喜びでどこかへ飛んだらしい。
良かった…。

「撮影は一週間後だよ。驚きでしょ?迷ってる暇もなかったの。
で、そっちでレコーディングの打ち合わせとかもあるから、あさっての
最終便でこっちを発つからねっ。」

「あさってぇ!?マジかー!!
ホンギ、ヤバイヤバイ!ゆき姉が帰って来るって!世界デビューが決まったって!
お前、今日バイト行ってる場合じゃないわ。大掃除しなきゃ(笑)」

『うっそぉ!ほんとの話!?スゲーッ!!おめでとう、ユキミー!!
みんなぁ!ユキミが世界デビューするんだってー!バンザーイ!!
って俺、またボロアパートに戻るのね。グスン(笑)』

電話の向こうでクラスメートとホンギが「おめでとう!」と大騒ぎしてる。
「ありがとう!」と答える健人の声が嬉しそうだったので、ホッと肩の力が抜けた。

私…あなたに恥じない仕事をするね。今、強くそう思ったよ。
自信がないって尻込みするんじゃなく、精一杯の努力をして自信に変えればいいんだ、って。
いつか胸を張って堂々と「斉藤健人の妻です!」と名乗れるように…。

さぁ、お土産をいっぱい買って、愛しい人の元へ帰る準備をしよう。



雑多な人種でごった返すJFケネディ空港到着ロビー。
13時間以上にも及ぶ拘束から解き放たれた人々が、大きな荷物と共に
一斉に出口から吐き出されると、小柄な雪見はすぐ人混みに紛れて見えなくなった。
だが…。

「ゆきねーっ!」

えっ…?誰か私の名前を呼んだ?今の声…。

「ゆき姉っ!こっちこっち!」

声の方向に振り向くと、人波の向こうに嬉しそうに大きく手を振る人が見えた。
会いたくて会いたくて仕方なかった人、健人だった。

今はまだ稽古中の時間。空港になんているはずもないのに…。
あまりにも不意を付かれて、彼の姿が涙でぼやける。
笑顔で近づいてくる彼を見て、今まで堪えてたものがなし崩し的に崩壊しそう。
でもダメ!絶対に怪しまれてしまう。泣いちゃ…ダメ。

「どうしてここにいるの?今はまだ稽古中のはず…なのに…。」

顔は上手に笑えてるはずだった。
だけど頬を勝手に涙が滑り落ちた。本人に何の許可もなく。

「ビックリした?って、泣くことないだろ(笑)」

「だってぇ…。」

「お帰り。会いたかったよ。」

そう言って抱き締められた温もりは、きっと一生忘れることはないだろう。
彼の優しさは宇宙一。
彼にかなう人なんて、この世には存在しない。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.531 )
日時: 2013/12/23 23:58
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

抱き締めたい時に抱き締めて、キスしたい時にキス出来る。
空港を行き交う人々の波間に立ち止まり、思いのままに唇を重ねながら
二人は幸せを噛みしめていた。

「ニューヨークって最高っ!」

やっと離した健人の唇が、照れ隠しのように開口一番そんなことを言う。
雪見は健人が可愛くてクスッと笑いながら首に手を回し、いたずらな目をしてわざと聞いた。

「このままずっと、こっちに住んじゃう?」

「うーん、ずっとはいいや。やっぱ日本って最高っ!」
顔を見合わせ、二人は可笑しそうにケラケラと笑った。

こんな他愛もない会話さえも愛おしい。
一緒にいて笑い合えるって、なんて素敵なことか。
たった十日離れてみて、今改めてお互いが思った。
この人のいない人生は考えられない…。

再びどちらからともなく唇を合わせ、「愛してる。」と言ってはキスをする。
このまますぐにでも身体を重ねたいほどに高まってしまった気持ちを抑え、
健人は「さぁ帰ろ。」と荷物と雪見の手を取り歩き出した。
と、そこへ…。

「おいおい、お前さんたち。随分とこっちの暮らしをエンジョイしてるようだな。
でもそんなのは今日限りにしとけよ。写真でも撮られたらシャレにもならん。」
突然後ろから声を掛けられ、振り向いてビックリ!

「こっ、今野さんっ!?
なんで??なんでここにいるんですかっ!」

「えーっ!?今野さん、明日の便で来るって言ってたのにー!」

「引き継ぎが早く終わったから、最終に間に合ったんだよ。
それに健人!俺は雪見のマネージャーだ!一緒に来て文句あっか?」

「うっそ!今野さんがゆき姉のマネージャー!?それ、マジっすか?
…あ!」

すぐに状況を理解した健人と今野が、同時に雪見を見る。
こいつ、何にも話ちゃいねーのかよー!という呆れ顔で。

「えへっ♪」

「なに笑って誤魔化そうとしてんの。なんで教えてくんなかったのさ。
もしかして…他にも俺に話してないことあるんじゃない?」

ドキッとした。
母のことがバレてるんじゃないかと心臓がバクバクした。
だが、今野にだって知られてはいない。大丈夫、落ち着け!

「あははっ、ごめーん!健人くんを驚かそうと思って。
明日今野さんを夕食に招待してるから、家にピンポーン♪って来たところに私が
『いま手を離せないから健人くん出てー!』ってキッチンから叫んで、
健人くんが玄関のドアを開けてビックリ!ってシナリオだったんだけどなぁー。
今野さん、まさかのサプライズ崩し(笑)」

「そーいう小芝居はいらないからっ!」

健人が笑いながら雪見の頭を小突いたのでホッとした。
本当にサプライズとして計画してたことだったが、やはりこんな重要事項は
真っ先に健人に伝えるべきだった。
サプライズと言えども、もう健人をだますようなことはやめよう。
母のこと以外は…。

「おいっ!他は健人に話してあるんだろうな?
やめてくれよ!あれ聞いてない、これ聞いてないって夫婦喧嘩に発展するのだけは(笑)」

「多分…大丈夫です(笑)」
夫婦喧嘩という言葉が今野の口から飛び出し、健人は嬉しそうに笑ってた。

きっと、自分が最も信頼を寄せる元マネージャーが雪見に付いてくれると知り、
心から安心したのだろう。
三人で乗ったタクシーの中でも、健人は上機嫌で近況報告してる。
今野に見つからないよう、そっと雪見の手を握りながら…。



「じゃ、明日の10時に迎えに来る。
軽く歌わされると思うから、喉のコンディションは整えておけよ。
くれぐれも酒の飲み過ぎ注意だ!
しっかし、すげぇマンションだな。さすがは小野寺常務。」

リゾートホテルのようなアパートメントを、タクシーの窓から見上げながら
今野がしきりに感心してる。

「あぁ…寄って行きませんか?コーヒーでもどうです?」

「心にもないこと言うんじゃないよ。顔に『早く行け!』って書いてあるぞ。
しかも酒じゃなくコーヒーを勧めるって、長居すんなってことだろ(笑)」

「あれ?バレました?」

健人と今野のやり取りを雪見が笑って見てると、今度は今野が仕返しとばかりに
ニヤリと笑って健人に言った。

「雪見は、うちの事務所の大事な歌姫だからな。
喉を痛めるような余計な声、夜中に出させんじゃねーぞ(笑)」

「キャーッ!やだ今野さんっ!」
「なっ、なに言ってんっすか!?」

「わっはっは!まぁ、雪見がのんびり出来るのは今夜だけかも知れん。
お前もこの世界で生きてるなら、これから先の雪見の忙しさはわかるよな。」

笑ってた今野が急に真顔になって健人を見る。
実は今回の世界デビュー、当の雪見よりも健人の方が今野はずっと気掛かりだった。

雪見の仕事に関しては一切の心配もしていない。
本人がその才能に気付いてないから不安を抱いてるだけで、スイッチが入ると
人が変わったように最大限の力を発揮出来るのが雪見と知っている。
メンタル面も、情熱を持ちつつ良い意味での冷めた見方を出来るので、
多分周りに流されることなく淡々と仕事をこなすだろう。

だが健人は違う。
仕事は若くしてプロフェッショナルで文句なく完璧だが、心は思いの外傷つきやすく
四苦八苦しながら自分と折り合いを付けてきたように見える。
それが雪見と共に居るようになってからは、あからさまにわかるほど
精神が安定し強くなった。
だがそれは、雪見と共に居ることが大前提。
心の安定剤でもある雪見がこの先忙しくなり、今までの生活が難しくなるとすると
健人のメンタル面にも何らかの作用があることは充分推測出来る。
だが健人はそんな自分の、この先の変化には思いが及ばない。

「大丈夫!わかってますって。
ゆき姉がやるって決めたんだから、俺も全力でバックアップしますよ。
だからゆき姉…いや雪見のこと、どうかよろしくお願いします!」

タクシーの窓越しに深々と頭を下げた健人を、横で雪見は頼もしそうに眺めてから
一緒に頭を下げた。

「よしっ、任せとけ!うちの事務所一のマネージャーが付いたんだ。安心してろ。
だから健人も頑張れよ。うかうかしてると嫁さんに追い越されるぞ。
じゃあな!お休み。」

「まだ寝ませんっ!お疲れ様でした!」

下ネタ好きのオヤジには付き合ってられん!とばかりに雪見が言い放ち
タクシーはやっと二人の前から姿を消した。

「ふぅぅ…やっと行った…。
なんだか急にお腹空いちゃった(笑)あ、でも冷蔵庫空っぽでしょ?
荷物をマーティンさんに預けて、このまま買い出しに行かない?」

「大丈夫だよ。ホンギがね、タダで住まわせてもらったお礼にって、
俺が空港行ってる間に買い出しして料理作っておいてくれてんだ。」

「えっ?そうなの?嬉しい!ホンギくんの作るお料理、美味しいもんね♪
よしっ!じゃあ、とっておきのワイン開けて乾杯しよう。」

二人仲むつまじくエントランスをくぐると、コンシェルジュのマーティンが
「お帰りなさいませ、雪見さま。」とにこやかに頭を下げた。

「ただいま!また少しの間お世話になります。
あ、マーティンさんにもお土産買ってきたから、荷ほどきしたら届けに来ますね。」

「私にまでですか?ありがとうございます。」

深々とお辞儀をし礼を言うマーティンに「じゃ、また後で。」と伝え、
エレベーターへと向かおうとした時だった。

「私には?私にお土産は無いのかしら?」

後ろから聞こえた声に身震いし、雪見は繋いだ健人の手をギュッと握り直した。
その声の主こそ、雪見に武器を手にすることを決意させた相手…。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.532 )
日時: 2014/01/07 23:55
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ローラ…。こんばんは。留守中は主人がお世話になりました。」

振り向いた瞬間、戦いは始まると思った。
なのに今は武器を手に入れる前の丸腰。
唯一手中にあるのは『主人』という言葉の手榴弾だけ。
だが、これさえも不確かなものだった。
なぜなら私達の結婚とは、まだ婚姻届も出してないゴッコ遊びのようなものだから…。

「あら、思ったより早いお帰りね。
もっとゆっくりお母様の看病して来ても良かったのに。
それとも…もうその必要がなくなっちゃった、とか(笑)?」

雪見の投げた手榴弾は、案の定ローラにかすりもしなかった。
それどころか見事に弧を描いて投げ返され、被弾し声を失った。

「ローラっ!冗談にも程があるよ。ゆき姉、行こう!ホンギが待ってる。」

健人は、これ以上二人を対峙させるわけにはいかないと、立ち尽くす雪見の手を引き
エレベーター方向に歩き出す。
が、それを引き留めようとローラが健人の腕を掴んだ。

「やだ、ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったのに(笑)
お母様が全快して退院したのかしら?って意味よ。
ケント、そんな怖い顔しないで。ロミオは私にそんな目を向けないわ。」

「悪いけど…今の俺はロミオじゃない。勘違いすんな。」

いつもは穏やかな健人の冷ややかな言いように、ローラはビクッとして手を離した。
大きな瞳がキッと睨み付けるように語ってる。
『ゆき姉を傷付ける奴は、誰だろうと許さないよ。』と…。
だが、それでしおらしく引き下がるローラではなかった。

「いいわ…。あとで後悔しないでね。私を邪険に扱うと痛い目に遭うんだから。」

無表情に捨てゼリフを吐きながら、つかつかとエレベーターに乗り込むローラを
コンシェルジュのマーティンは、いつものように深々とお辞儀して見送った。

どうしよう…。ローラを怒らせた。
健人くんに何かあったらどうしよう…。

雪見は、まだその場に留まるローラの言霊に怯えながら、健人の手を強く握り締める。
すると健人は『大丈夫だよ。』と言うように、ギュッギュと二回握り返し
雪見の目を見て柔らかに微笑んだ。

マーティンがもう一度エレベーターのボタンを押し、どれが早く到着するかを見ながら
うつむいてる雪見に穏やかな声を掛ける。

「あれは、ローラ様の口癖でもあります。
何度も耳にした私が言うのですから間違いございません。
どうかあまりお気になさらず、今宵は長旅の疲れをごゆっくりと癒されますように…。
さぁ、こちらのエレベーターが参りました。」

手を繋いだ二人が乗り込むと、マーティンは雪見の荷物を中に運び込み
静かにエレベーターから後ずさる。

いつもは部屋の前まで運んでくれるのに…。
その気遣いが彼らしく、雪見はやっと笑顔を見せて「ありがとう。」と伝えた。

扉が閉まった瞬間、健人はすぐさま雪見を抱き寄せキスをする。
やっと手の中に戻ってきた子猫を慈しむように。
愛する人の不安や恐怖を、すべて取り除くための熱い熱い口づけを…。

二人きりの時間はほんの数十秒。
チン♪と鳴ってドアが開くギリギリまで唇を重ねてた二人は、開いたドアの向こうに
人がいたので驚いた。

「ホ、ホンギっ!ビックリしたぁー!!」

「ビックリしたのはこっちだって!良かったぁ、キスシーン目撃しなくて(笑)」

「え??」

図星だった二人は、明らかに挙動不審な動きでエレベーターから降りる。
それをホンギがゲラゲラ笑いながら、入れ替わりにエレベーターに乗り込んだ。

「ゆき姉、お帰りっ!俺の総力を結集して作ったご馳走、二人で食べてね。じゃ♪」

「じゃ♪ってなに?え?どこ行くんだよ!一緒にゆき姉の凱旋祝うんじゃないの?」

「そんな無粋な男に見える?ブスイ…?ぶすい…でいいんだっけ?
ま、いいや(笑)日本語って難しいけど素敵だよね。
もっといっぱい勉強して金も貯めて、俺、絶対日本に行くから!
あ、鍵はポストん中…。」

「ホンギっ!」

話の途中で扉が閉まり、ホンギは笑顔を残して視界から消えた。
爽やかな風のごとく、一瞬だけ優しく頬を撫でて…。


「何だか…悪いことしちゃったね。
こっちの都合でホンギくんを振り回しちゃった。お礼、言う暇もなかったし…。
ホンギくんには、いつも助けてもらってばかりだなぁ…。」

「うん。ゆき姉のいない間、家のことは全部ホンギがやってくれたんだよ。
俺よりもロミオの方が百倍大変だから、って…。どこまでもいい奴。」

「ほんとだね…。今度二人で、ホンギくんがうんと喜ぶお礼をしようよ。
何がいいかなぁ?」

雪見が健人を見上げて微笑んでる。
その笑顔を見て、やっと安心して健人も笑い返すことが出来た。

『ありがとう…。ホンギのお陰で、ゆき姉が嫌なことを忘れてくれたよ。』
雪見とゆっくり足を進めながら、健人は今しがた別れた友を想ってた。

出会って間もないのに、すでにかけがえのない親友。心からの友。
人の一生で、こんな出会いはそうそうあるもんじゃない。
だけど自分には、そんな心友が他に何人もいる。
これって、人生の幸運の大半を占めるラッキーな出来事ではないか。
そして一番の幸運は勿論…ゆき姉と共に人生を歩んで行けること。
これ以上の幸運を俺は知らない。



ホンギがダイニングテーブル一杯に用意してくれたご馳走を、シャンパンと一緒に味わう。
健人は、稽古も佳境に入った発表会の準備の様子を。
雪見は新たな挑戦を決意した二つの仕事の話を、お互いに溝が出来ないよう
詳しく話して聞かせた。

とことん話し合う事でやっと離れてた時間が埋まり、健人は安心しきってお風呂へ。
その間に雪見は後片づけを終え、健人が上がるのと入れ替わりに長旅の疲れを癒した。

「さーて、二次会しよ♪」

お風呂上がりに簡単なつまみを用意し、ソファーに場所を移してまずはビールで乾杯。
大好きな人が隣りにいる心地良さって、どうしてこうも笑顔が溢れてくるのだろう。
ビール片手に他愛もない話で大笑いしたり、見つめ合ってキスしたり。
こんな幸せな時間が一日の終わりに少しでもあれば、残りの時間がどれほど大変だとしても
きっと乗り越えて行ける…。

しばらくすると、少し酔った雪見がゴブラン織りの大きく心地良いソファーにゴロン。
「気持ちいぃー♪」と両手を上げて伸びをした。

「ソファーで寝たら風邪引くよ。」

ふわりとお姫様だっこされた雪見は、そのまま寝室のベッドへ。
健人の手によって一枚ずつ剥がされたのだが、薄明かりの中、十日ぶりに見た
雪見の裸体に驚いた。

「ゆき姉っ!どうしたの?急にそんなに痩せて。」

「えっ…?」

しまったと思った。
突然の母との別れに拒否反応を示した身体は、わずかな食べ物だけを受け入れ
見る見る間に身を削っていたのだ。

「えーと…痩せて見える?一流ブランドのモデルだから、少し身体を絞ったの。
でも今日いっぱい食べたから、すぐ戻っちゃうね(笑)」


忘れてた事実を思い出した。
私は彼に嘘をついてたんだという事を。

そして今。私はまたひとつ、嘘を重ねた…。





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