コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.297 )
日時: 2011/09/30 21:34
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

病院から一歩外は、すでに夕闇に包まれていた。
泣き顔もさほど人目に付かず、雪見にとっては幸いである。

何の考えもなしに歩き出す。どっちの方向に進んでるのかさえ解らない。
今はただ、自分の気持ちを立て直すための時間が必要だった。


どれくらい歩いただろう。ひたすら真っ直ぐ歩いてるうちに、少し落ち着いてきた。
『みずきさん、大丈夫かな。相当参ってるみたいだった…。
無理もないよね。おじいちゃんみたいに慕ってる人が、もうすぐそばから消えちゃうんだもの…。』

みずきと宇都宮の血の繋がりなど知るよしもない雪見は、今日初めて宇都宮に会った自分でさえ
こんなにも悲しいのだから、第二のおじいちゃんと慕うみずきは、どれほど深い悲しみに
包まれているのだろうと、心中を思いやった。
さらに、みずきに対しても猫かふぇに対しても、何もしてやれないという自分の無力さが、
雪見の悲しみに追い打ちをかける。

二人が本当の親子だと知ったら…。


ずっとうつむきながら歩いていて、ふと顔を上げる。
すると交差点の角に突如、ライトアップされた大きな広告看板が、目に飛び込んできた。

『健人くんだ!!』

思わず声を上げそうになる。
それはカメラのCMキャラクターを務める健人の、大きな大きな広告塔であった。
カメラを構え、人をドキドキさせる視線でこっちを見て微笑んでいる。
自分の彼氏が、あんなに大きな写真になって街の中に立ってるなんて、
嬉しくて恥ずかしくて不思議な気がした。

『いつ立てたんだろ?こんなの交差点に立てたら、みんな脇見運転して危ないんじゃないの?』
クスッと笑って記念の写メを撮ったら、なんだか本物の健人に会いたくなった。

『今頃事務所で当麻くんと、取材を受けてる真っ最中かな…。』
その時初めて、あっ!と思い出した。
宇都宮の病室に入る前に来た、健人からのメールの事を。

『大変!読まないで鞄に入れたままだった!返信もしないなんて、絶対健人くん心配してる!』
慌てて鞄の中からケータイを取り出し、メールを開く。


ゆき姉、お疲れ!
今野さんに聞いたけど
めちゃめちゃ早業の
レコーディングだった
らしいね (^。-)
さっすが俺の彼女!
で今頃は、みずきの所
だと思います。

自分の気持ちに正直に

  BY KENTO


健人は、揺れ動く雪見の心の内を知っていた。
本当は誰よりも寂しがり屋で、できることなら24時間一緒にいたいとさえ思っているのに、
自分の思いよりも愛する人の決断を、受け入れようとしてくれてるのだ。

胸がギュンと音をたてた。
『大丈夫だよ。私はちゃんとそばにいるから…。』
目を見てそう伝えてあげたい。
不安な気持ちにさせてた事を、一刻も早く詫びたかった。

『健人くんに会わなくちゃ!』
そう思った瞬間、雪見はすでにタクシーに手を上げていた。
今ならまだ事務所にいるはず!



「お疲れ様です!あのー、健人くんはまだいますか?」
事務所の受付嬢に、小声で遠慮がちに聞いてみる。

「はい。今、上のレッスンスタジオで、当麻くんと一緒に取材受けてますよ。」

「そうですか!ありがとうございますっ!」雪見の顔にパッと笑顔が広がった。

ひとつ上の階にあるスタジオへと、階段を駆け上がる。
足が勝手に小走りになり、どのスタジオかとひとつずつドアの窓を覗いてまわる。
手前にある五つの小さなスタジオにはいない。
その奥の大きなスタジオには…いた!やっと見つけた!

当麻と二人、グランドピアノに寄りかかって、どうやら写真撮影の最中らしい。
声は聞こえないが、何やら楽しげに二人で笑ってる。
『良かった!いつもの健人くんの笑顔だ!』
なんだかホッとして、全身の力が抜けていくのがわかった。

『終るまで、隣で待ってよう。』
そう思ってその場を離れようとした時、誰かに後ろから肩を叩かれた。
びっくりして振り向くと、そこにはニコニコ顔の常務が立っているではないか!

「小野寺常務!驚かせないでくださいよ、もう!」

「なに、コソコソ覗いてんだ?今野から聞いたよ。
事務所始まって以来の最速で、レコーディング終らせたってな!
あさってはPV撮影だ。健人と当麻は忙しいんだから、今日ぐらいの速さでよろしく!
さてと、飛び込みの仕事だ、ちょっと来い!」

「えっ、えっ!?」

小野寺はそう言ったかと思うと突然雪見の手首をつかみ、スタジオのドアをノックして
あっという間に中へと入ってしまった。

「お疲れ様でーす!あ、失礼、撮影はそのままで!記者さんにお話が…。」

「ゆき姉!」
驚いたのは健人と当麻だ。撮影中にいきなり雪見と常務が現れたのだから。
カメラの存在など一瞬忘れ、二人とも目をまん丸くして雪見を凝視した。

雪見は何が何だかさっぱり訳も解らず、健人たちを取材に来た新聞記者の前に立たされている。
常務が記者と話してるあいだ、雪見はスタジオの奥で撮影している健人と当麻に、
撮影の邪魔をした事を、取りあえず手を合わせて謝った。『ゴ・メ・ン!』

二人の撮影は、程なくして終ったようだ。
「お疲れ様でしたぁ!ありがとうございました!」
大きな声で挨拶したあと、雪見に駆け寄って来る。

「どうしたのさ、ゆき姉!オーナーんとこは…。」

「シーッ!」 
健人の言葉を雪見が遮る。猫かふぇの話は人前では御法度だ。
その時、常務が雪見の背中を押した。
「よし、メイクを直して撮影だ!お前達も、雪見の取材が終るまで待っててくれ。
この後、軽くPVの打ち合わせをするから。」

「えっ?撮影って…。」
どうやら常務が新聞記者に頼み込み、ついでに雪見の取材もお願いしたらしい。
あれよあれよという間に涙ではげ落ちたメイクを直され、ピアノの前に座らされる。

「笑顔でピアノを弾く真似をして下さい!」

「えーっ!真似なんて無理です!本当に弾いちゃいますから!」

三十過ぎの新人アーティストは、どこまでもマイペースだった。
スタジオの隅で、腕組みしながら撮影の様子を見守ってた健人と当麻も、
可笑しくて笑いをこらえるのに必死だ。


みずきやオーナーとの話し合いが、どんな結果になったのかは解らない。
でも、とにかく今は目の前に雪見がいてくれる。

それだけが嬉しくて健人は、ただじっと大好きな人の笑顔を見つめ続けた。










Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.298 )
日時: 2011/10/02 17:01
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「やっと終ったぁ!軽く打ち合わせとか言っといて、結局二時間もかかったじゃん!
俺、腹減って死にそう!早く飯食いに行こう!」
常務やマネージャー連中が出て行った会議室のテーブルに、当麻がぐだっと突っ伏して
悲鳴に近い声を上げた。

「ほんと、今日PVの打ち合わせするなんて、言ってたっけ?
明日って聞いてたけど…。」
健人が訝しげに首を傾げる。

「ごめーん!私のせい!私が突然事務所に顔出したから、常務がついでに今日やっちゃえって…。
しかも取材まで受ける事になるなんて、私も思ってなかったもん!
だって、私服にハゲハゲの化粧だったんだよ?恥ずかしかった!」
雪見の言葉に、当麻がムクッと頭を持ち上げて一言。

「で、誰が悪いの?」

「はい、私です…。」


三人で大笑いした後、久しぶりに『どんべい』に行こう!と話がまとまりタクシーに乗った。
「めっちゃ久々じゃね?マスター、俺たちの顔忘れてるかも。」

「ほんと、三人で飲みに行くこと自体、久しぶりだよね。
けど、今日って土曜日じゃない?お店混んでそう!
私はいいとして、二人とも気を付けて入ってよ!バレないようにねっ!」

仕事帰りの開放感で、タクシーの中がウキウキしてる。
雪見にとっては、色々あった長い一日の終りに、こうして健人と当麻と一緒にいれる事が
とても嬉しかったし気が晴れた。

それは、ずっと雪見を案じていた健人にしても同じことで、とにかく雪見が
泣いたり落ち込んだりせず、笑顔で隣りにいる事に安堵していた。

当麻に気付かれぬよう、健人がそっと隣りに手を伸ばし、雪見がそこにいる事を
確かめるようにして、ギュッと左手を握り締める。
手のひらに伝わる温もりと、薬指の指輪の固い感触。
一瞬ドキッとした雪見だったが、すぐに健人の目を見てにっこりと微笑んだ。

『大丈夫!私はここにいるよ!』と…。



土曜の夜の『どんべい』は、冗談抜きに混んでいた。
キャップを不自然なくらい目深にかぶりマスクをした二人は、とんでもなく怪しかったが、
満員客たちはそれぞれのお喋りに忙しく、二人のことは幸いにして眼中に無かった。

カウンター内で焼き鳥を焼いてたマスターが、すぐに三人に気付く。
が、平静を装って「おう、いらっしゃい!久しぶりだね!」と一般客と同じ態度で迎え入れ、
『早く部屋に入んな!』と目配せした。

そそくさといつもの部屋に入り、ホッと一息。
キャップを脱いでマスクを外してると、いいタイミングでマスターがビールと焼き鳥を運んで来た。

「ちょっとちょっと!しばらくだったねぇ!三人とも元気そうで何よりだ!
まずは乾杯しよう!今日は俺のおごりだから。」

「何言ってるの、マスター!ちゃんと払うから心配しないで。」

「いや、そうじゃなくて、CDデビュー祝いの前渡し!
デビューしちゃったらさ、今以上忙しくなって益々来れなくなるだろ?
だからちょっと早いけど、今日祝ってやりたいの。
俺さ、もう自分の身内の事みたいに嬉しくて嬉しくて…。」
マスターの目がみるみるうちに潤んで、今にも涙が溢れそうだった。

「やだぁ!マスター、もう相当飲んでるでしょ?まぁ、取りあえず乾杯しよう。カンパーイ!」
雪見の音頭で飲み会がスタートする。

「マスター、こっちこそごめんね。
いっつもお店混んでるのに、いつ来るか解んない俺らのために、この部屋空けといてくれて。」
健人が申し訳なさそうに謝った。

「何言ってんだよ、水くさい!前に約束しただろ?
この部屋は永久に三人の専用部屋なんだから、余計な心配すんなって!
ま、時々俺が二日酔いで仕事サボるのに、使わせてもらってはいるけどね。
じゃ、料理いっぱい用意してくるから、ごゆっくり!
雪見ちゃん、ビールはセルフでお願いな!好きなだけ飲んでいいから。」

「ありがとね、マスター!もし万が一ヒットしたら、恩返しするから!」

「じゃあ、何が何でもヒットしてもらわなくちゃな!」
マスターが高らかに笑いながら、部屋のふすまを閉めた。


「ほんと、いい人だよね、マスターって。いつか必ず恩返ししないとな…。」
健人がそう言いながら、ゴクリゴクリと喉を鳴らしてビールを飲む。

「あー、やっぱ仕事帰りの一杯って最高!
ねぇねぇ、そう言えばさ、レコーディング何回歌ってOK出たの?
今野さんが、最速記録を更新した!って騒いでたから。
俺らなんて、これでもか!ってくらい歌わされたのにさ。」
焼き鳥に手を伸ばしながら、健人が雪見に聞いてきた。

「うーんとね、着いてすぐウォーミングアップに一回でしょ?
そんで本番で二回歌ったかな?それで終った。
今考えたら、人生で一回きりの体験だったのに、あんまり記憶に残って
ないんだよね。もっと楽しめば良かったかな?
けど私って、最初の歌に全エネルギー注ぎ込んじゃうから、その後は何回歌っても
大した歌にはならないの。だから、まぁいっか!って感じで。」

「そーいうとこ凄いよね、ゆき姉って!豪快というか、何というか…。
こだわらないとこは徹底してこだわらない!みたいな?」

「なにそれ?健人くんだって同じじゃん!
洋服や髪型にはこだわるのに、部屋の片付けには、まーったくこだわらないでしょ!
この前、健人くんのマンション掃除に行ったけど、廃墟寸前だったよ!なんで、あーなるの?
あ、当麻くん、もうビール無いね。今持って来る!」
と、雪見が立ち上がろうとした時、今まで黙っていた当麻が急に口を開いた。

「ところでさ…。」

その言葉で雪見は、当麻が何を言いたいのかをすぐに理解した。
とうとう来たか…と覚悟を決めて座り直す。
きっと当麻はこのセリフのタイミングを、ずっと見計らっていたに違いない。
事務所の中でも、タクシーの中でも…。
健人にしたって、早く聞きたかったに決まってる。
『秘密の猫かふぇ』オーナーとみずきと、そして雪見の間で何が話し合われ、
どう決定が下されたのかを…。

それを充分解っていながらも雪見は、その時を延ばし延ばしにしてきてしまった。
「解ってる。みずきさんとの話し合いの事、聞きたいんでしょ?
ビール持って来てからでもいい?ちょっとだけ待ってて。」


冷たいビールを一気に飲み干したら、きちんと話すことにしよう。

そのために健人に会いに来たのだから…。


















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.299 )
日時: 2011/10/03 19:58
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「お待たせー!焼き鳥だけじゃ、腹の足しにもなんなかったろ。すまんすまん!
お祝いだから、どっさり作って来たぞ!全部喰ってから帰ってくれよ。」
マスターが料理を、雪見がビールを持って戻ってきた。

「どっひゃー!こんなにいっぱい喰わせて、俺らを太らせる気してる?
けど育ち盛りだから、そんなこと気にしないもんねー!
マスター、ありがとう!いっただきまーす!
うっめー!!これ最高!ビールにめちゃ合う!健人も喰ってみ!」

「どれどれ、一口ちょーだい!
ホントだ!マジでヤバイ!ビールがガンガン進んじゃう!
あ、ゆき姉は程々にね。あさってのPV衣装、着れなくなったら困るでしょ?」

「なに、PVって、もしかしてプロモーションビデオのことぉ!?
この雪見ちゃんが、そんなの撮るの?信じらんねぇ!
だってつい何ヶ月か前まで、猫の撮影旅行帰りにすっぴんのボロボロ肌で、
カウンターで飲んでた人だよ?そんな奴がPVに出るなんて…。」
マスターはまたしても、ウルウルした瞳で雪見を見てる。

「俺、浅香雪見のファンクラブ会長になっていい?この店で毎日PV流してお客にCD売るから!」

「はいはい、ありがとね!マスターの気持ちと、このお料理だけは有り難く頂いておくから。
ほら、お客さんが呼んでるよ!行った行った!」

マスターが部屋を出たあと、三人はふぅぅ…とため息をついた。
早く本題に入りたいのに、なかなか先に進まない。


「しばらくは、マスター来ないと思うから。じゃ、今日の話し合いの結果報告。
あのね…。うーんと…。何から話せばいいんだろう…。」
雪見は、オーナーの正体をバラしていいものか困った。
それについては口止めされるでもなく、かと言って話していいとも言われてない。
取りあえず、そこには触れずに話を進めよう。

「結論から言うと、私はオーナーを継ぎません!
て言うか、オーナーから失格宣言を受けちゃった。まぁ、よく考えれば
当り前な話なんだけどねっ!」
雪見が笑いながら、ジョッキを半分ほど一気に流し込む。

「失格宣言って…。どういうこと?なんで向こうから頼んでおきながらそんな…。」
健人が複雑な表情をしてる。何も無かった事になったのは嬉しいが、
それと同時に押された失格の烙印。一体自分の彼女の何が駄目だというのか。

「あー、またまた健人くん、そんな顔しちゃって!別にどーってことないの!
健人くん達だって、役のイメージとは少し違うって、オーディションに落ちたことあるでしょ?
それと同じ。ただオーナーが希望する人物じゃなかったってだけのこと。」

雪見があまりにもサバサバとしてるので、「だったらいいけど…。」と健人は言うしかない。
が、当麻は違った。

「じゃ、誰がオーナーを継ぐのさ!みずきが必死に捜してるのに!」

雪見は、本当は自分から断ったとは言えなかった。
相手から断られた事にした方が、波風が立たないと思ったのだが…。

その時、雪見のバッグの中でケータイが鳴り出した。
「え?みずきさんからだ!電話、出てもいい?」
健人と当麻が無言でうなずく。

「もしもし、みずきさん?どうしたの?何かあった?」
雪見は、宇都宮の容体が急変でもしたかと、ドキドキしながら聞いた。

「私に頼み?今?健人くんと当麻くんとご飯食べに来てるとこだけど…。
ちょっと待ってて、聞いてみる。
みずきさんが、二人にも話したい事があるって…。これからここに来てもいいか?って。」
健人と当麻が、何事だろう?と顔を見合わせた。

「いいよ。見つからないように変装して来い!って言って。」
当麻がすぐに返事する。

「いいって!おいでよ!お客さんに見つかると大変だから、変装して来てね!
これからお店の場所、メールで送るから。今病院なの?タクシーで十五分もあれば着くと思う。
うん、待ってる。気をつけて来てねっ!じゃ!」
雪見は嬉しそうにニコニコしてた。頼みのことなど、少しも気に留めないで…。

「ゆき姉にまた頼みなの?なんなの、一体。頼んだり断ったり…。」
健人がまたイラッときてるのが判った。

「いいの、健人くん。私で出来る頼みなら、今は何でも聞いてあげたい。
きっとオーナーの事だと思うから…。」

しばらくの間、三人の空間がシーンと静まり返える。
ふすまの向こうから聞こえる、店の喧噪だけが耳に鳴り響いた。
ふと、雪見が我にかえって立ち上がる。

「みずきさんが来ること、マスターに伝えて来なくちゃ!
あの人、すぐビックリする人だから、突然会ったら絶対お店で大声上げちゃう!急げ!」
慌ててスリッパが脱げそうになった。

「なに慌ててんの?ビールならいくらでもあるから、心配すんなって!
あ、料理全部喰われちまった?あの二人、痩せの大食いだからなぁ!
羨ましいよ、まったく。こっちはすーぐ中年太りだ!あんな若い頃が懐かしい!」
マスターは忙しそうにつくねを焼いてるが、相変わらず喋る方も忙しい。

昔の雪見もそうだったが、一人で寂しく飲む時はマスターが話し相手で気が紛れるのだが、
誰かと一緒にカウンター席に座って、マスターのお喋りに付き合わされると、
友達との会話もままならない。
まぁ、そんな気さくなマスターが大好きで、いつも店は大盛況なのだが。

「マスター、耳貸して!あ、お客さん、中ジョッキ二つね!」
雪見がカウンターの中に入り、忙しいマスターに代わって、前の席に座るカップルに
ビールを注いで手渡す。

「マスター、静かに聞いてね。あのね、これから…。」
両手はつくねをひっくり返しつつ、頭だけ雪見の方へ傾けたマスターに、
ごにょごにょと耳元でささやく。と案の定、「嘘だろー!!」と大絶叫!

「シーッ!声が大きい!すみませんねぇ、お客さん!ビックリしたでしょ?何でもないですから。」
雪見が、驚いた顔のさっきのカップルに、頭を下げて微笑んだ。

「お願いだから、本人が来ても平然としててね!
お客さんにバレたらどんな騒ぎになるかは、もう体験済みだよね?
だったら、くれぐれもよろしく!」
みずきが来たら部屋に案内してと耳元に言い残し、雪見はカウンターを出る。

「ちょっとちょっと、雪見ちゃん!俺一人で待ってるわけぇ?
やっべぇ!ヒゲ剃ってくればよかった!お客さん、俺の顔汚れてない?」


マスターが一人で右往左往してる頃、このビルの正面に一台のタクシーが止まった。

もちろん中から颯爽と降り立ったのは、超人気国際派女優 華浦みずき本人である。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.300 )
日時: 2011/10/04 16:27
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「いらっしゃ…いましたよ!絶対あれだ!やべぇ!こっち来る!」

マスターが、入り口で店内を見回している女性客を見て、一目でみずきだと判ったのだから、
いくら変装したところで、そのオーラは別格だった。

みずきにはメールで、『カウンターにいる宇崎竜童似の人がマスターだから、声を掛けて。』
と伝えてある。

『あ!あの人だ!』という顔をしてみずきは、微笑みながらカウンターに向かって歩いて来た。
だがマスターは、恥ずかしさから顔を上げられず、気付かない振りをしてる。

「マスター…ですよね?ほんと、雪見さんに聞いてた通り、宇崎竜童っぽい!」
そう言いながらみずきがコロコロと笑った。

「え?雪見ちゃんがそんな事を?あ、いや失礼!
いらっしゃいませ、お待ちしてました!どうぞこちらへ。」
マスターは、みずきにいきなり可愛い顔で話しかけられ、本当は嬉しくて仕方ないのだが、
顔がにやけそうになるのをグッと堪えて、雪見達の待つ部屋へと案内しようとした。

ところが!
近くでみずきの顔をマジマジと眺めていた男が、隣の連れにささやいた。
「おい!あれって華浦みずきじゃね?」

「マジ!?ヤバッ!化粧してねーけど絶対本物だって!早くつぶやけ!」

それを耳にしたマスターは、しまった!と焦ったが、すぐにみずきを先に追い立て、
機転を利かせてその二人組に声を掛けた。

「お客さーん!ツィッターは勘弁してねっ!
この前も酔ったお客さんに『どんべいにレディーガガが来てる!』って
つぶやかれて、大変な目に遭ったばっかなんだから!
ただのブッ飛んだ外人客だったのに、店にあっという間に人が押し寄せてパニック状態よ!
怖い世の中になったもんだ!って事で、さっきのお客さんは、ただの綺麗なお姉さんだから!
間違ってもつぶやかないでねっ!」
最後に笑顔を作りつつ、ギロッと二人に睨みを利かせてみずきの元へ歩み寄った。

「すみませんねぇ!ご心配かけました。あれで大丈夫だと思いますので。
もし懲りないようだったら、店からつまみ出すんでご安心を!」
不安げに通路の端に立っていたみずきに、マスターは笑顔で話しかける。

「私の方こそ、ごめんなさいね。お店にご迷惑かける所だったわ。
すっぴんだから、あんまり変装しなくてもバレないかと思って…。
雪見さん達に怒られちゃうわね。」
みずきは申し訳無さそうに下を向いた。

「いやいや!綺麗なことに罪はありません!
もし万が一にバレたとしても、この私が全力でお守りしますから!
では、こちらへどうぞ。皆様がお待ちかねです。」
しまいにマスターは、みずきを守るニヒルな執事にでも成り切っていたようだ。
話し方も違えば、歩き方さえいつもと違う。
綺麗なお姉さんに弱いという事だけは、いつもと変わりないけれど…。


「お客様をお連れしましたよ!」
マスターがよそ行きの声でふすまを開けると、中の三人が「お疲れー!」と
笑顔でみずきを歓迎した。

「みずきさん、なに飲む?ワインがいい?」

「うん、冷たい白ワインがいいな!」
雪見の問いかけに、コートを脱ぎながらみずきが答える。

「だって!マスター、大至急お願いねっ!あ、私もワインにしようかな?」

「君はまだビールでいいよ!自分で注いで来なさい!
みずきさん。今、大至急お持ちしますから!」
目尻を下げたマスターが、全速力で戻って行った。

「ちょっとぉ!さっきまで私のファンクラブ会長になる!とか言ってたくせにぃ!
どこまで綺麗な人に弱いんだか!
けど、みずきさんが来てくれて嬉しいな。今日はいい日だ!」

雪見が笑顔で「今日はいい日だ!」と言ったのを聞いて、みずきは少しホッとした。
本当はここへ来るまで、不安でしょうがなかったのだ。

病院での事を、雪見は憤慨してるのではないか?
しかもその上さらに頼み事だなんて、ずうずうしいにも程がある気がしてた。
だが、このお願いはオーナーたっての希望。どうしても雪見じゃなくては駄目なのだ。
どんな顔して会えばいいのか解らなかったが、一刻も早くに伝えなくてはと、
恥も外聞もなくお願いにやって来た。

「雪見さん。今日は本当にごめんなさい!」
いきなり両手をついて頭を下げたみずきに、雪見を始め健人や当麻も驚いて顔を見合わせる。

「みずきさん、ちょっと待って!私、謝られるような事、何にもないよ!やだ、頭を上げて!」
雪見が慌ててると、「入るよー!」とマスターの声がした。

「お待たせしました。冷たーく冷えた白ワインです!
こちらは鯛のカルパッチョと、北海道富良野産のチーズの盛り合わせでございます。
どちらも白ワインにピッタリな組み合わせでございますので、どうぞご賞味下さい。」
マスターがすまし顔でみずきの前に料理を並べ、グラスにワインを注ぐ。

それを見た当麻が笑って言った。
「おいおい、いつからフレンチレストランの店長になったんだぁ?
焼き鳥の匂いがプンプンしてるけど。」

「当麻っ!夢を壊すようなこと言うんじゃないっ!じゃ、みずきさん、ごゆっくり!」
そそくさと退散するマスターの後ろ姿に、四人は爆笑した。

「まずは乾杯しよう。話はそれからゆっくりとねっ!じゃ、カンパーイ!
って、本当にマスター、一つしかワイングラス持ってこなかったんだね。ひっどーい!」
雪見がほっぺたを膨らませたが、みずきがマスターを擁護する。

「マスターって見た目はちょっと怖そうだけど、とってもいい人ね!
さっき私を助けてくれたもの。」
と、バレそうになった一部始終を三人に教えた。

「へぇーっ!マスターらしいや。それでみずきを救った紳士になり切ってんだ!納得!
…で、ゆき姉に頼みってなに?いや、その前に聞きたい事がある。
猫かふぇのオーナーって誰?」

「健人くん、ちょっと待って!みずきさんにだって、話せる事と話せない事があるでしょ!」
いきなりのストレートな健人の質問を、雪見が遮ろうとした。
だがみずきは、すべてを話すつもりで覚悟を決めてそこにいる。

「いいの、雪見さん。私、この三人にだけは本当の事を伝えようと思って、ここに来たんだから…。
オーナーは宇都宮勇治。そして私はオーナーの…。」


ワイングラスを見つめる瞳が、微かに揺らいでいた。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.301 )
日時: 2011/10/06 20:25
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「私はオーナーの…隠し子…。」

みずきの告白に、三人は言葉を失った。
雪見は、つい何時間か前に話していた人が、みずきの父親だったなんて…と、茫然としていた。

「あの宇都宮勇治の娘だって言うのか?みずきが?だって津山泰三の孫なんだろ?」
当麻が、訳わかんねぇ!と早口でまくし立てる。

「ごめんなさい、雪見さん。本当はさっき、きちんとお話しなきゃいけない事だったのに…。
父も後悔していたわ。随分と冷たい事を言ってしまったと…。
だから、どうしても今日中に謝って、全てを話しておきたかったの。
それと…。父からの最後のお願いも早く伝えなくちゃ、時間が無くなる…。」
みずきは淡々と冷静に、まずは自分と宇都宮、津山の関係を話して聞かせた。

「父は…56歳の時に23歳の母と出会い、誰にも秘密の恋に落ちたの。
今だったら、事務所の言いなりにならずに愛を貫き通したって言ってたけど、
当時の人気俳優 宇都宮勇治に、そんな年の差婚なんて事務所が許さなくて…。
母は私を産んで半年後に、交通事故で亡くなった…。」

「えっ!」

「それで私は父の親友、津山泰三の家に密かに引き取られ、津山の息子夫婦の養女になったの。
津山の家では子供が出来なかったから、実の子のように可愛がってくれたわ。」

「それで…。いつ本当のことを?」
雪見は、病室での二人の様子に少しずつ合点がいきだし、お酒を飲んでるにもかかわらず、
ひどく落ち着いてみずきの話を聞く事ができた。

「宇都宮が癌でもう助からないと判った時、おじいちゃんが教えてくれた。
ショックだったけど、親孝行する時間を与えてもらえて感謝してる。
けどね、宇都宮はずっと独身だったから、私が子供の頃からしょっちゅう家に来て、
うちの家族と一緒にご飯を食べてたんだ。
だから私にとっては、本当に第二のおじいちゃんだったの。
だって、うちのおじいちゃんと同い年なんだもん。
それがいきなり実のお父さんだって聞かされたら、『えぇーっ!?』ってなるでしょ?」
みずきはその時の様子を思い出したらしく、一人で可笑しそうにクスクスと笑っている。
聞いてる三人は笑えるはずもなく、複雑な顔でぬるいビールに口をつけた。


「…ってことで、『秘密の猫かふぇ』は私が継ぐことに決心しましたっ!
ごめんなさいっ、雪見さん!今まで散々振り回しておいて!!」
みずきはまた両手を畳に付き、深々と頭を下げて今までの非礼を謝り、事実を伝えた。

雪見に頼んだ時点では、みずきが継ぐのは仕事上不可能に近かったこと。
みずきが継ぐと決めた事を、もっと早く雪見に知らせるつもりだったが、
宇都宮がどうしても直接、雪見に会ってみたいと言い出したこと。
もしも雪見が継ぎたいと申し出たら、喜んで雪見に後を継がせるつもりだったこと…。

「そうだったの…。でも安心した!みずきさんが継ぐって聞いて。
なんか、すっごく嬉しい!これでまた、私達のオアシスが復活するんだね!
宇都宮さんも安心してるでしょ?」
雪見は、とてもすっきりした気分でみずきに聞いた。

「うん、まぁ…。でも安心半分、心配半分ってとこかな?
父は、私には女優業に専念して欲しかったみたいだから…。
自分の事で人に迷惑かけるのが、とにかく大嫌いな人なの。だから今日のことも、
早く雪見さんに謝っておいてくれ!って、そればっかり言ってた。」

「だけど、またゆき姉になんか頼みがあるんだろ?なんだよ、それって。
結局はまた迷惑かけるんじゃん!」
健人が少し強い口調でみずきに言い放つ。

「健人くん、やめて!私のことはいいんだって!ごめんね、みずきさん。
今度こそ、私が聞いてあげられるお願いだったらいいんだけど…。
あ、でもお願い聞く前に、ビール持って来てもいい?なんだか喉乾いちゃった!」
そう言って雪見は中座した。
残された三人の、なんだか気まずい空気をかき混ぜるように、当麻が一人でしゃべり出す。

「あー、ほら、みずきってさ、少しお嬢様的なとこあるじゃん!
なんつーか、世間知らずでおっとりしてる、みたいな?
そんな奴があんな凄い店のオーナーになるなんて、俺心配で夜も眠れないかも!
あ、心配なのはみずきじゃなくて店の方ね!すぐ潰しちゃうんじゃないかと…。」

「失礼ね!これでも一応、大学の経営学部出てるんですけど!
まぁ、だからと言って、なに出来るわけでもないんだけどね。
当分は支配人にお任せして、アメリカでの仕事が一段落ついたら、しばらくは
日本だけで仕事しようと思ってる。
冗談抜きに、あのお店はお父さんの夢の塊だもの。絶対に潰すわけにはいかない…。」

みずきはワインを一気に飲み干し、ワインクーラーからボトルを取り出して自分で注ごうとした。
が、横から手を伸ばした健人がボトルを奪い、みずきのグラスに静かに注いだ。

「あんまり…ゆき姉を悩ませないでやって…。」

健人の言葉がみずきの胸に突き刺さる。
「ゴメン…。本当に最後のお願いだから…。父からの…。」

その時、ふすまの向こうから雪見の声がした。
「誰か開けてぇ!」

四つの大ジョッキを「重かったぁ!」と言いながら、みんなの前に配る。
「もう、マスターがしつこくって!みずきさんの好きな食べ物はなんだ!とか、
ワインは美味しいって言ってるか?とか…。
だから、私が食べたい物をいっぱい注文して来ちゃった!
じゃ、もう一度乾杯しよう!『秘密の猫かふぇ』新オーナーの誕生にカンパーイ!
うーん、うまいっ!おめでたいお酒って、なんでこんなに美味しいんだろ!」

「おいおい!またゆき姉が、マックスモードに入ったんじゃね?
あんまり酔わないうちに、最後のお願いとやらをした方がいいぞ、みずき。」
勢いづいた雪見が、どれほど酒を飲むのかをよく知る当麻が、みずきにささやく。


「そうね…。そろそろお話しなきゃね。雪見さんに、父からの伝言。
雪見さん…。父が…遺影の撮影を頼みたい、って…。」

「えっ!?遺影の撮影…?」


雪見はまだそんなにも酔ってはいなかったが、聞き間違えかと耳を疑った。
なぜ宇都宮が、今日初めて会ったばかりの猫カメラマンに、そんなことを…。


雪見を始め健人や当麻でさえも、予想もつかなかった宇都宮の『最期のお願い』に
戸惑いを隠せなかった。









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