コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.272 )
日時: 2012/01/26 08:53
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

三人が小声であーだこーだと話してる間に、どうやらみずきの準備が整ったようだ。

「お待たせしちゃって、ごめんなさい!」

その声に振り向いたスタッフたちから、思わず拍手と歓声が上がる。
みずきは、一際輝くオーラをまとってスタジオに戻って来た。
旧知の仲の健人と当麻は、「あれが女優 華浦みずきだよなぁ!」と、
カメラマンと打ち合わせ中のみずきを、腕組みしながら眺めていたが
隣りに立つ雪見の反応は、まるでただの一般人だった。

「みずきさん、綺麗!凄い!一緒に写真撮りたい!でも今日に限ってカメラ忘れて来たぁ!
あー、私ってバカだ!なにやってんだろ!」
バタバタと地団駄踏む雪見を見て、呆れたように当麻が言う。

「ちょっとちょっと、雪見さん?
一緒に写真撮りたいって、これからそう言うお仕事するんじゃないの?
そのためにみずきの着替えを待ってたんでしょ?」
当麻の声に雪見がハッと我に返り、うろたえ出してしまった。

「やだ!無理!あんな綺麗な女優さんと一緒にグラビア撮影なんて、あり得ない!
私、今日はやめとく!健人くんと当麻くんで仕事して。」

「おーい!なに言い出すの!少し落ち着いて。ほら、深呼吸!」
健人が雪見と向き合って両肩に手を乗せ、ポンポンと二度叩いたあと、
いきなり雪見を引き寄せ耳元でささやいた。

「大丈夫!絶対ゆき姉の方が可愛いからっ!」

健人の急な動作に、当麻が後ずさりまでして驚いている。
「びっくりしたぁ!みんなの前でキスするのかと思っただろっ、健人ぉ!」

「ほーんと!私もキスすると思ったのに。相変わらずラブラブなのねっ、お二人さん!」
みずきがカメラマンとの打ち合わせを終え、三人の元へとやって来た。

「雪見さん!私、この撮影が楽しみで、ワクワクしながら着替えてきたんだからね!
健人が言うんだから、雪見さんの方が可愛いのよ!だからもっと自信を持って!」

「ゲッ!地獄耳!」


みずきに背中を押され撮影セットの真ん中に立った雪見は、初めのうちは気後れしていたものの
撮影が進むに連れて、みずきに引けを取らないぐらいの、堂々としたモデルぶりを発揮した。
みずきも、よほど四人での仕事が楽しかったらしく終始ご機嫌で、
結局はワンショットどころか、全カットの撮影に参加。
本日の行程は無事終了となった。

「お疲れ様でした!とっても楽しかったです。ありがとうございました!」
みずきが、カメラマンを始めスタッフ全員に向かって、深々と頭を下げる。
すると、みずきの飛び入り参加をねぎらうような、大きな拍手に包まれた。

そこへ、スタジオの後ろで撮影の様子を見守っていた吉川が、みずきの元へ駆け寄って来た。
「いやぁ、お疲れ様でした!まさか最後までお付き合い頂けるとは。
この号は売り切れ間違いなしです!本当にありがとうございました。」

「いいえ、こちらこそ!本当に皆さんに良くして頂いて、素敵な現場でした。
事務所の方には私からきちんと話をしておきますので、どうかご心配なさらないで下さいね。
あ、ひとつだけお願いしてもいいですか?
この号が出来上がったら一冊、ロスの自宅に送っていただきたいの。」

「もちろん喜んで!クリスマスに間に合うようにお送りします。」

「嬉しい!何よりのクリスマスプレゼントだわ!
じゃ、今日はこれで失礼します。お疲れ様でした。」



四人が着替え終って、雪見の車が止めてある地下駐車場までのエレベーターの中。

「あー腹減った!なんか美味いもん、みんなで喰いに行こう!」
当麻はこのあとの手はずを、すっかり忘れていた。
みずきを家に誘って、「お好み焼きパーティーしよう!」と言うのが
当麻の一行目のセリフだったのに…。

「だーめっ!雪見さんちに行く約束でしょ?
ねぇ、途中のスーパーに寄って買い物して行こう!
お鍋がいい!やっぱ、この季節の日本っていったらお鍋でしょう!
みんなで買い物、楽しそう!」
みずきのテンションは相当だった。
しかも、本気で買い物に行きそうな勢いだったので、雪見の方が慌てて墓穴を掘ることになり…。

「みずきさん、それは無理でしょ!
私はいいとして、みずきさん達三人がスーパーなんかに現れたら、お店が大パニックになっちゃう!
お鍋の材料なら家にあるから!」
と言ったところで『しまった!』と思ったが、すでに遅かった。

「ほんと!?じゃ、真っ直ぐ雪見さんちに行ってもいいのね?
嬉しい!猫ちゃんもいるんでしょ?お部屋も素敵なんだろうなぁー!
早く行こう、早く!」
みずきはエレベーターを降りた途端、車がどこにあるかも知らないのに急ぎ足で歩き出す。
その後ろで雪見と当麻が、声を潜めてもめていた。

「ちょっとぉ!当麻くんが最初のセリフを間違えたから、修正がきかなくなったでしょ!」

「ゆき姉こそ、自分からみずきを誘ったようなもんだろ?」

もめてる二人の間に健人が入る。
「まぁまぁ!別にいいよ、俺。
みずきは、俺とゆき姉が付き合ってるって始めから知ってるんだし、
みずきにだったら話してもいいや、一緒に住んでるって事。」

「健人くん…。健人くんがそれでいいならいいけど…。」

その時、みずきが後ろを振り返って、ゴチャゴチャやってる三人に声をかけた。
「ねぇ!早く行こうよ、雪見さんと健人んちに!」

「はぁ!?みずき、知ってたのぉ!?」
しかも、みずきは雪見の車の在りかを知らずに歩いていたはずなのに、
なぜかすでに雪見の車の前に立っている。


車の中は大層賑やかだった。
まるで幼稚園バス並みの騒々しさで、その声が道行く人にまで届いてはいないかと、
運転しながら雪見は、気が気ではなかった。

「でも、どうしてわかったの?私と健人くんが一緒に住んでるって。」
助手席に座るみずきにチラッと目をやって聞いてみる。

「言ったでしょ?私の勘は鋭いって。勘って言うより霊感ってやつ?
結構、見たくないものまで見えちゃうのがツライんだけど…。」

「え、ええっ!?」


蜂の巣を突いたような騒ぎの車が、夜の街を駆け抜けて行く。

めめとラッキーが待つ、雪見と健人の愛の巣はもうすぐそこだ。











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.273 )
日時: 2011/08/19 15:42
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ただいまぁ!めめ!ラッキー!いい子にしてたぁ?」

健人との同居を隠し通す場合、まずは玄関先にたくさん並んだ健人の靴を
大至急隠すつもりだったが、みずきが全てお見通しとあらばそんな必要もなく、気が楽になった。

「どうぞ!上がって。あ!健人くんの部屋は見て見ぬ振りしてね。」

「うわっ、健人ぉ!ちょっとは片付ければ?
この部屋、引っ越して来た時はあんなに広かったのに!」
きれい好きな当麻が呆れ顔で言う。

「ゆき姉が、見て見ぬ振りしてね!って言っただろ?見なきゃ、どーってことないのっ!」

「開き直りかよっ!」

みずきには、健人の部屋がどんな状況かがわかっていたようで、
チラッと確認しただけでリビングへと直行した。

「うわぁ!思った通り、素敵なお部屋!凄く雪見さんらしいインテリアね!
けど、健人と住んでてこの状態を維持するのは至難の技だわ。」
みずきが同情するように雪見に言う。

「もう健人くんはそういう人だと思ってるから、片付けも苦じゃないの。
それに、アイドル的にはこんなに完璧なのに、苦手な事があるって言うのが
なんだか普通の人っぽくて、私はホッとするんだ。
だから今のまんまの健人くんでいいの。」
雪見がにっこり笑って健人を見ると、本当に嬉しそうに健人が微笑み返した。

「はいはい!結局はそうなるわけだ。ごちそうさまでした!」

「あ、当麻がごちそうさまだって!じゃ、鍋の材料は三人分でいいね!」

「健人ぉ〜!!」

リビングに広がった笑い声を合図に、鍋パーティーの準備がスタートする。
みんなで手分けして用意をすれば、あっという間にパーティー会場の出来上がり。
お鍋も良い具合に煮えてきて、まずは当麻の音頭で乾杯をする。

「じゃ、みずきの来日と俺たちの前途を祝して、カンパーイ!」

「うめーっ!熱い鍋には冷たいビールが最高っ!いっただきまーす!」
健人が真っ先に鍋に箸を突っ込む。

「みずきさんも遠慮しないで食べてね!材料はまだまだあるから。」

「ありがと!いただきます。
うーん!やっぱお鍋は日本の秋!って感じね。美味しい!」

「良かった!でも嘘みたい。あの華浦みずきが、私んちでお鍋をつついてるなんて。
あ!お鍋の中が減らないうちに、写真を撮ってもいい?
こんな事、二度と無いかも知れないから。」
雪見は急いでカメラを取り出し、三人を被写体にシャッターを切る。

「雪見さんも一緒に写ろうよ!
当麻!あんた高校生の頃、カメラいじってた事ある?よね。
私と雪見さんを写して!綺麗にねっ。」
みずきには、過去の様子も見えてるようだ。

「こわっ!怖すぎるんですけど!
一体いつから、そんなのが見えるようになったわけ?」
当麻が雪見からカメラを受け取りながら、みずきに質問する。

「うーん、いつからだろう…。物心ついた頃には見えてたかな。
子供の頃は何でもかんでも見えちゃって、それを口に出しては、おじいちゃんによく叱られた。
友達を無くすから、そんなこと絶対言っちゃダメだ!って。
今はね、自分をコントロールできるようになったから、見たくないものには心に蓋ができるの。
だって、当麻の下半身とか、見たくないもん!」

「ゲッ!てことは、見ようと思ったら見れるって事ぉ!?」
とっさに当麻が股間を押さえた。

「あははっ!心配しないで。死んでも見たくないからっ!
あ、でもこの事は黙っててね。
三人なら私の話を聞いても、お友達のままでいてくれると思ったから…。」
みずきが初めて少し寂しげにうつむいた。

そんなみずきを見て雪見は、今までに何度も悲しい思いをしてきたのだろうな、と可哀想に思う。
だから、あえて笑顔で明るく、おちゃらけてみずきに言った。

「じゃ、お互いに秘密を握り合ったってわけだ!
みずきさんも、私と健人くんが一緒に暮らしてるってこと、内緒にしてねっ!
てゆーか、付き合ってること自体がシークレットなんだけどさ。
今をときめくイケメンアイドル斎藤健人が、こんな一回りも年上のおばさんと同棲中!
なんてマスコミに知れたら、きっと日本中がひっくり返るよねーっ。」
雪見はふざけ半分で言ったつもりだったが、それを聞いたみずきは真顔で雪見を諭した。

「そんなこと言ったらだめっ!健人が悲しむよ。
本当は健人、世間に公表して雪見さんとの事、認めてもらいたいとさえ思ってるんだから!
あ…、ごめん、健人…。
ほんとは読むつもりじゃなかったのに、凄く強い思いが伝わってきちゃって…。
ごめん…。私を嫌いにならないで…。」
みずきは今にも泣き出しそうな表情だった。

雪見が隣のみずきの肩をそっと抱いて優しく言う。
「健人くんはそんなちっちゃな男じゃないよ。心配しないで。
ありがとね、健人くん。私のこと、そんなに思ってくれて。
きっとね、私の気持ちがみずきさんに伝わっちゃったんだと思うんだ。
だから健人くんの気持ちを私に伝えてくれた。
ねっ?そうでしょ、みずきさん。」
みずきはコクリとうなずいたが、健人と当麻には何の事だかさっぱり解らなかった。

「私ね…。実はここんとこ、毎日が不安で仕方なかったの。
健人くんと一緒に暮らしてるのに、健人くんの人気を知れば知るほど不安がつのって…。
私なんかより、もっと綺麗で可愛い人を好きになって、もうこの家には
帰ってこないんじゃないか、って…。
毎日健人くんが帰って来るまで、不安で泣きそうになってた。
ひとつも自信なんてないから…。
健人くんの彼女にふさわしい自信なんて、私ひとつもないから…。」
今まで、健人に言ってはいけないと、胸の奥にずっとしまっておいた本心を吐き出し、
雪見の瞳からは堰を切ったように涙が溢れては落ちた。

「ゆき姉…。」

向かい側に座っていた健人が席を立ち、「ちょっとごめん!」とみずきと当麻に断ってから
雪見を抱きかかえるようにして、二人で寝室の方へと消えて行く。


健人と雪見がいなくなった食卓では、鍋がグツグツと煮立つ音だけが聞こえていた。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.274 )
日時: 2011/08/20 17:01
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「当麻ぁ…。なんで私、こんなふうに生まれちゃったんだろ。
普通に生まれてきたかった…。」

健人と雪見がいなくなった食卓で、みずきは当麻と二人、静かにぬるいビールを飲んでいる。

「私、今日ここに来たのは間違いだったかな…。
健人と雪見さんにも、きっと嫌われちゃったよね…。」

「なんで?なんでそんなふうに思うの?
俺は健人とゆき姉にとって、お互いの気持ちを確認する良い機会だったと思うけど。
あの二人が付き合い出してからずーっと見てるけど、やっぱ基本的に
俺らの恋愛って難しいなって思う。
だってさ、ファンを惚れさせてなんぼの商売なわけじゃん、アイドルって。
いっつも、彼女なんていませーん!って顔してなくちゃならないし。
もしも彼女の存在がバレてファンが離れていったら、事務所的にはかなりの損害でしょ?
俺らの肩に、大勢のスタッフの生活がかかってるかと思うと、自分の感情は
二の次にしなきゃ駄目なのかな、と思う時もある。」
当麻がゴクゴクッとぬるいビールを飲み干して、冷蔵庫から冷えたビールを二本持ってきた。

「そうだね。私達の仕事って、半分は嘘つくことで成り立ってるのかもしれないね。
自分とはまったく違う人物になり切って、見てる人に嘘ついて、また私生活を嘘で固める。
それが仕事だって言われればそれまでだけど、時々、それじゃ本当の自分は
どこで出せばいいの?って思う。」
そう言ってみずきは、当麻から受け取った冷たいビールをプシュッと開ける。

「だからさ、結婚とか同棲とか、したくなっちゃうんじゃないの?
家に帰ったら大好きな人が待ってて、素の自分に戻れるんだよ?
人の目を気にして外でデートしなくても、家で好きなだけイチャイチャできるって、
超うらやまし過ぎでしょ!健人くん。」

「けど、あの二人の心の中は、そんな単純なものじゃないのっ!
ちゃんとお互いの気持ちが、噛み合ってくれるといいんだけど…。」
健人と雪見の心が、手に取るようにわかるみずきにしても、これ以上は
黙って見守るしかないのだ。


その頃、寝室にこもった二人は…ベッドに並んで腰掛けていた。

「少し落ち着いた?」
雪見の涙を手でぬぐってやった健人は、頭をよしよしと撫でてから穏やかな顔で微笑んだ。

「ごめんね…。せっかくみんな来てくれたのにね。
楽しいはずの鍋パーティーを、私がぶち壊しちゃった。はぁぁ…。」
雪見がうつむいてため息をつく。

「あの二人はそんなこと、気にするような奴らじゃないから心配いらないよ。
ねぇ、それより俺の目を見て。」
健人は雪見の両肩を掴み、自分の方を向かせた。

「さっき、みずきが読んだ俺の心は本心だから。
ずーっと考えてる。いつ俺たちの事を公表するのがいいか。」

「だめっ!そんなことしたら、ファンが離れて行っちゃう!」

「いいから、最後まで聞いて!
俺、もう嫌なんだよ。インタビューで、彼女はいませんって口に出すの。
そう答えるたびに、ゆき姉ごめんね…って心が痛くなる。」

「仕事なんだから仕方ないじゃない!それぐらい、私だって解ってる。
とにかく私は、健人くんの名前と今の人気を汚すような事だけはしたくないの!
健人くんが…健人くんがそれを傷つけてまで、私との事を公表する価値は、今の私には…ない。」
そう言って雪見は、健人の大きな瞳から目をそらした。

「なんで?誰がゆき姉の価値を決めるの?
俺が今のゆき姉を好きだって言ってるんだから、それでいいじゃん!
ゆき姉は俺のこと…あんまり信じてないんだね…。」

「そんなことないっ!絶対ないっ!」

「じゃ、どうして?どうして俺が他の人を好きになるなんて思うの?
俺は毎日、一秒でも早く帰ってゆき姉に会うために、頑張って仕事をこなしてるのに。
できることならゆき姉と、24時間一緒に居たいと思ってるのに…。
何にも伝わってなかったわけだ、俺の気持ち。
俺が一方的に思ってただけなんだね、きっと…。」
健人がスッと立ち上がり、雪見の方を見もせずに言った。

「ちょっと出掛けてくる…。」

「健人くん!!」


一人で寝室から出てきた健人は、ソファーに脱ぎ捨ててあったジャケットを手にして、
無言のまま当麻とみずきの前を立ち去る。

「おいっ、健人!どこ行くんだよっ!ゆき姉は?」
当麻の声にも返事せず、健人はガチャン!と玄関のドアを閉めて出て行ってしまった。

ただ事ではない事を察知したみずきが、急いで寝室に向かいドアをノックする。
「雪見さん?入るよ!」 雪見はベッドに座ったまま…泣いていた。

みずきが雪見の隣りに静かに座り、そっと肩を抱き寄せる。
当麻は開いたドアの向こうに立って、心配そうに雪見を見ていたが
みずきは首を横に振り、二人きりにしてくれと目で訴えた。

当麻がドアを閉め、足音が遠ざかる。みずきが少しの沈黙のあと、口を開いた。
「難しいね、恋愛って…。私もこの世界に入ってから、上手く行ったためしがない!」
そう言ってみずきは、クスッと小さく苦笑いをした。

「私の場合は、相手の気持ちが読めちゃうせいもあるけどねっ。
少し売れ出した頃から、どうも私をステイタスにしたい奴ばっかが近寄って来てさ。
純粋に私を好きになってくれる人は、あの華浦みずきが自分を相手にするわけがない!
って、勝手に引いて行っちゃうの。
私がその人の事をどんなに大好きか、いっぱい言葉を並べてもね。」

「えっ?みずきさんが?」
やっと雪見が顔を上げて、驚いたようにみずきを見た。

「そう!この華浦みずきさんでも!だから、健人も仕方ないかなぁ。
あ!ごめん。この部屋に入った時、すべてが読めちゃった…。
でもね、お節介かも知れないけど、これだけは伝えさせて。
健人は本当に本当に、雪見さんのことしか見てないよ!
確かに、言い寄ってる人気アイドルや女優の姿がたくさん見えてくるけど、
健人はまったく相手にしてないから安心して。
うーん、それどころかしつこい相手には、はっきりと雪見さんの名前を出しちゃってるなぁ。
芸能活動をしてるあいだは、少し気をつけてた方がいいかも。」

「健人くんは?今、健人くんはどうしてるか見える?」
雪見は、悲しそうに部屋を出て行った健人が心配でならない。

みずきは窓の外を見て目を閉じ、何かを感じ取ってにっこりと目を開いた。

「大丈夫!多分あと二時間もすれば、見つけて戻って来るから!」

「見つけて?」

「いいから、あっちでビールでも飲んで待ってよう!当麻も心配してるよ!
あ!私が健人を読んだ事、絶対内緒ねっ!絶交されたら困るから。
ゆき姉とも会うな!なんて言われたら、私泣いちゃう!」


笑いながら寝室から出て来た二人を、当麻がホッとした表情で迎え入れる。

テーブルには、当麻が作り直した鍋が、美味しそうに湯気を上げていた。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.275 )
日時: 2011/08/21 13:13
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ほーんと、当麻って惚れっぽいでしょ?
なんだけど、あんまり長続きはしたためしが無さそうね。健人とは正反対だわ。」

「さっすが、みずき先生!何でもお見通しで!
どうしたら俺の恋愛は、上手くいくんでしょうか?」

「まぁ、当麻が当麻である限り、ぶっちゃけ難しいかなっ?」

「そりゃないよ!どうにかしてぇ!」

お腹が一杯になり、ビールからワインに切り替えた当麻は、良い感じに酔いが回ってる。
健人が心配であまりグラスの空かない雪見を気遣い、少しでも気が紛れるようにと
バカばっかり言ってるのが、みずきにはよくわかった。

雪見も二人に申し訳なく思い、出来るだけ笑顔を見せて頑張ってる。
だが、目はチラチラと時計を見たり、玄関先の物音に耳を澄ませたりしていた。
健人の帰りを、ただひたすら待っているのだ。


しばらくして、みずきが突然「あっ!帰って来た!」と叫ぶ。
が、まだ当麻たちには何の音も聞こえない。
雪見が時計に目をやると、みずきが言ってた丁度二時間後だった。

それから程なくしてガチャッ!と玄関のドアが開く音がし、「ただいまぁ。」と
小さく健人の声がした。

「帰って来たっ!」

三人がバタバタと玄関先に集まって来たので、腰掛けてブーツを脱いでいた健人が
一瞬ギョッとした顔で振り向いた。

「お帰りなさい。」
雪見が、あえて何事も無かったかを装って、いつもと変わらぬ調子で出迎える。

「よう!お帰り!腹減っただろ?
俺の作った鍋、健人の分をみずきに喰われる前に、ちゃんとキープしといたぞ!」

「失礼ね!私、そんなに大食いじゃないからっ!」

ゴチャゴチャやってる当麻とみずきを横目に、健人は雪見の手を引っ張って
「話がある。」と寝室に連れて行き、ドアを閉めた。

「健人、頑張れっ!」みずきが微笑みながら呟く。
「何を頑張るの?」 
当麻がニヤニヤしながら言ったので、みずきはペシッ!と頭を叩いた。
「変なこと、想像するなっ!」



「そこに座って。」健人が雪見を再びベッドに座らせる。
「なに?」
「いいから、目をつぶって。絶対開けないでよ!」

雪見が目を閉じたのを確認して健人は足元にひざまずき、ポケットから何やら小箱を取り出した。
その中から小さなひとつをつまみ上げ、膝の上にある雪見の左手を取る。

「目を開けてもいいよ。」「なんなの?」
その瞬間、健人が雪見の左手薬指にスーッとシルバーのリングをはめた。

「えっ!健人くん!これ…。」

「俺の今の気持ち。
どうしたらゆき姉に伝わるかなって一生懸命考えたけど、これ以外、思い付かなかった。
俺さ、プレゼントとかサプライズとかって、どうも苦手で…。
本当はビックリするくらい喜ぶ物をあげたいって、いつも思うんだけど
あれこれ考え過ぎて、結局は何にも買えなくて。
ゆき姉は指が細いから、6号サイズでおしゃれなデザイン見つけるの、
めっちゃ大変だったんだぜ!」
健人が照れ隠しに頭をかきながら、一気にまくし立てた。

みずきが二時間前、「見つけて戻って来るから!」と言ったのはこの事だったのか。
健人からもらった初めてのプレゼントを、雪見は不思議な気持ちでただじっと眺めている。

「ゆき姉。これ、俺の指にもはめて。」
小箱の中にはもうひとつ、デザイン違いの大きなリングが入っていた。

「指輪の内側読んでみて。」
大きなリングの内側には、『YUKIMI LOVE』と彫られている。
雪見が自分のリングを外し内側を見てみると、『KENTO LOVE』と彫ってあった。

照れ屋の健人が、誰もが知ってるイケメン俳優斎藤健人が、どんな顔してブティックに入り
これを注文したかを想像すると、可笑しくて嬉しくて泣けてきた。

「なに、泣き笑いしてんの!ほら!早く俺にもはめて!」
健人が差し出す左手を手に取り、雪見がそっとリングを薬指に通す。

「指輪貸して。もう絶対に外しちゃ駄目だからね!」
雪見のリングを再び受け取り改めて薬指に通すと、健人は「愛してる!」
と雪見を抱き寄せ、熱い口づけをした。

もう何も迷わない。ただひたすら健人の愛を信じて、ついて行こう!



二人が照れくさそうに、当麻とみずきの待つリビングへと戻って来た。
「ごめんねっ!大層ご心配かけました。もう私達、大丈夫だから!」

「ねぇねぇ!なんで二人とも照れてんの?なんかいいこと、した?」
当麻のにやけた質問に、みずきからひじ鉄がお見舞いされる。

みずきはすぐに、二人の薬指に輝くリングを目で確かめ、心から安堵した。
「良かった!ねぇ、お祝いにもう一度乾杯しよう!カンパーイ!」

健人と合わせたグラスで、やっと薬指に気付いた当麻。
「え?うそっ!?健人たち、結婚しちゃったのぉ!?」

「んなわけ、ないだろっ!誓いの指輪だよ。二人の愛を誓う指輪!
なんでお前の話は、いつも飛躍しちゃうわけ?」

「けどさ、薬指はまずいんじゃない?絶対マスコミに突っ込まれるって!」
当麻が自分の事のように心配する。だが健人の表情に迷いは無かった。

「別にいいよ、突っ込まれたって。
さすがに、まだゆき姉の名前を出せる時期ではないけど…。
でも、大切な指輪だって事は、堂々と伝えるよ。」
健人は雪見の瞳を真っ直ぐに見つめて、ニコッと微笑んだ。

「そう!さっすが健人!あんたは見た目と違って男らしいわ!
良かったね!雪見さん。健人は私が太鼓判を押すから、安心して付いて行ってねっ!
それに引き替え、当麻はもうっ!」

みずきが、「しょーがない奴!」と言いながら当麻を見る目が、雪見には何だか違って見えた。
当麻も、みずきと話す時のテンションが、ここへ来た時とは明らかに違う気がする。

『もしかして、もしかする?だったら全力で応援しちゃうけど!』


その時、はっ!と思い出した。みずきが今日ここへ来た理由を…。
こんなにも親身に応援してくれたみずきの願いを、そろそろ聞いてやらなければ。

「みずきさん!今日は私に何かお願い事があって来たんだよね。
ごめんね、私達の事でドタバタしちゃって。
本当は聞くのが怖かったんだけど、もう何があっても大丈夫!
私には、健人くんが付いててくれるから!お話、聞かせてもらえる?」

雪見が少し緊張した面持ちで、みずきの向かいに座る。
みずきの隣りにごく自然に当麻が座り、雪見の隣りは勿論健人が座った。

「あのね…。」みずきがおずおずと話し出す。

雪見の緊張感が隣の健人にも伝わってきた。
そっと手を伸ばし、雪見の左手をギュッと握り締める。


この指輪がゆき姉のことを、全力で守ってくれるから…。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.276 )
日時: 2011/08/22 15:13
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あのね…。」と言ってから、みずきはしばらく考え込んだ。

このお願いを頼めるのは雪見さんしかいない!と、あの時は思ったけれど…。
そう思い込んで日本に来たけれど、本当にそれでいいのだろうか?
私が雪見さんの人生を、変えてしまう事になったとしても…。


みずきの迷いを感じて、雪見が声をかける。
「みずきさん。お願いを聞いてあげられるかどうかはわからないけど、
とにかくお話を聞かせて。じゃないと、何も進んで行かないよ。
私も一生懸命、考えてみるから。」
そう言われてやっとみずきは、思いを伝える決心がついたようだ。

「じゃ、単刀直入に言うね。
『秘密の猫かふぇ』を……雪見さんにお願いしたいの!」

「お願いしたい…って、どういう意味?」

雪見は、考えてもみなかったみずきの言葉に、頭の中が真っ白になった。
隣で健人も絶句している。が、みずきの隣りに座っている当麻だけは、
なぜか表情が動かなかった。

「お願いしたい、ってなんだよ。」今度は雪見に代わって健人が聞く。

「次のオーナーになって欲しい!って意味…。」

「嘘だろっ!?なに言い出すんだよ、みずき!頭がおかしくなったんじゃないの?」
みずきの思った通り、真っ先に反対したのは健人だった。

だが当麻は、平然とみずきをかばい擁護する。
「まずはみずきの話を聞いてやれよ!あーだこーだ言うのは、それからにすれば?」

当麻のきつい口調に、健人がムッとして言い返す。
「当麻、お前…。始めから話の内容を知ってて、みずきを連れて来ただろ!」
当麻は何も返事をしなかった。

「健人くん!いいから。まだ何も詳しい事、みずきさんは話してない。
全部聞いた上で判断したいの。
だからみずきさんの話を、ちゃんと聞いてあげよう。」
健人が荒げた声によって、雪見は我を取り戻した。

「みずきさん。聞く心構えができたから、話してくれる?」

「わかったわ。じゃ、詳しく話す。
初めて猫かふぇで雪見さん達に会った時、オーナーが入院してるって言ったでしょ?
あの時は言わなかったけど…末期癌なの…。
先月余命宣告を受けたって、おじいちゃんが言ってた。」

ひざの上に視線を落としたみずきに対して、次の質問をするのは酷だとはわかっている。
だが、これを聞かずして判断は出来ない、と雪見は冷徹に話を進めた。

「あと…、どれくらい?」

「早くて二ヶ月…。春まではもたないだろう、って…。」

「二ヶ月!?年が明けたらってことか…。早すぎるな…。
それで次のオーナーを捜してる。そう言うことだろ?
でも、なんでそれがゆき姉なんだよ!
誰なのかは知らないけど、芸能界の大物なら他にいっぱい人脈があるだろ!」

明らかに健人はいらついている。
やっと雪見との愛が固まり、これからお互いを励まし合って、デビューまで突っ走っていこう!
そう晴れ晴れした気持ちでいた矢先だけに、二人の間に突如割って入ったみずきに対して、
たとえ友人と言えども腹立たしさを感じていた。

「健人くん。私もそう思う。けど、みずきさんがこんな私に話を持ってくるなんて、
きっとよっぽどの理由があるんだよ。話を最後まで聞いてあげよう。」
健人をなだめるように、雪見は静かに微笑んだ。

「オーナーが最後に望んでいることはただ一つ。
自分の人生を捧げられるくらい猫を愛してる人に、次のオーナーを託して死んで行きたい…。
だけど、オーナーやうちのおじいちゃんの知人は、みんなもう高齢だから
またすぐ次に交代するようでは駄目だって…。
それで、若い世代で捜して欲しいって、私が頼まれちゃった…。」

「断れなかったわけ?それでゆき姉に話を持ってくるなんて、安易すぎるんじゃないの?」
健人の苛立ちは修まりそうもない。

「だって、死んで行くってわかってる人が、『最後の願いを聞いてくれ。』って、
私の手を握って涙を流すんだよ!
もう全然力の入らないシワシワの手で、私にすがるんだよ!
どうしてその手を振り払えると思う?」

みずきはそれだけ言うと泣き崩れてしまった。
当麻が隣りから、そっと背中を撫でる。

「ごめん、みずき…。俺、言い過ぎた…。」
健人も、強く当たってしまった事を後悔してる。
しばらくのあいだ四人の空間に、重苦しい沈黙が続いていった。


ふと雪見が、思い出したようにみずきに質問する。
「そうだ!ずっと気になってたんだけど、中にいた猫ちゃん達は今どうしてるの?
猫かふぇが休業してるのは、次のオーナーがみつからないから?」

涙を拭いたみずきは、誠心誠意雪見を説得しようと心に決めた。
「休業してるのは中を改装してるせいもある。
オーナーが、次の人に引き渡す前に、自分の影を消しておきたいって。
気が付かなかったと思うけど、お店の至る所にオーナーが誰か?っていうヒントが隠されてたのよ。
自分からは決して名乗らない。だけどほんのちょっぴり気付いて欲しい。
そんなおちゃめな人なの、オーナーって。
中にいた猫たちは一時里親に預けてるだけだから、新しいオーナーが決まって
新装オープンする時に、みんな戻って来るから安心して。」

「そう!良かった!それだけがずっと心配だったの。」
雪見がホッと胸をなで下ろした。

「雪見さんと初めて会った時、私とおじいちゃんに夢の話をしてくれたよね?
お金を貯めて無人島を買って、猫の島を造りたい。
不幸な猫たちのお母さんになりたい!って。
猫かふぇのオーナーとまったく同じ発想だったから、おじいちゃんと凄く驚いたのを覚えてる。
無人島じゃないけど、その夢、『秘密の猫かふぇ』で叶えてみない?」

「えっ?」

「オーナーが、雪見さんに会いたがってる…。」

「みずき、お前っ!まさか勝手に話を進めてるんじゃ…。」

健人の言葉を途中で遮ってみずきは立ち上がり、身体を二つに折って
雪見に深く頭を垂れた。

「時間が無いの!お願い、雪見さん!
私、二週間後に戻って来るから、その時に一緒に病院へ行って面会して欲しい!
オーナーを安心させて、あの世に送ってあげたいの!お願いします!」


みずきはいつまでも、その頭を上げようとはしなかった。
雪見と健人は言葉もなく、ただ茫然とみずきの頭のてっぺんを見つめるしかない。

その横を、めめが「にゃ〜ん」と一声鳴いて通り過ぎた。




Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



この掲示板は過去ログ化されています。