コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.332 )
日時: 2011/11/19 08:30
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あのぅ…。私に何か…ご用でしょうか?」

あれよあれよという間に出来た長蛇の列に、雪見は意味がわからない。
すぐに小野寺と今野が雪見より前に出て、この不測の事態に対応し始めた。

「私、浅香雪見の事務所の小野寺と申します。
浅香に何かご用がございましたら、この私が対応させて頂きます。」
そう言いながら小野寺は、取りあえず前方に名刺を配る。

「これはこれは、常務さんでしたか!大変失礼致しました。私、こういう者でございます。」
先頭にいた人が、改めて小野寺に名刺を差し出した。

「えっ?渡部エンタテイメントさんですか!いつもこの二人がお世話になってます。」
蚊帳の外を決め込んで、サンドイッチをパクついてた健人と当麻が、
慌てて姿勢を正し「お疲れ様です!」と挨拶をした。

渡部エンタテイメントと言えば大手芸能プロダクションで、所属するタレント、
俳優はかなりの数にのぼる。
健人と当麻が共演する事の最も多い事務所だった。

「うちのタレントの写真集を、浅香さんにお願いしたいと思いまして!」

「えっ!?」
雪見はもちろん、健人たちも驚いて顔を見合わせる。
すると、その後ろにいた人も、そのまた後ろにいる人も「うちもです!」
「私の所もお願いしたい!」と口々に言うではないか!

「ちょ、ちょっと待って下さい!
あの、私、今回はたまたま宇都宮さんと御縁があって写させて頂いただけで、
元々は猫を専門に撮すカメラマンなんです!ですから、そのようなお話を頂いても…。」
雪見が突然の仕事依頼に戸惑って、目で小野寺に助けを求めた。
その様子を、遠くのテーブルでお酌をしながらみずきが、笑顔で目で追っていた。

「お話は解りました。ですが、大変申し訳ない!
浅香は来年一月にCDデビューを控えていておりまして、この先はカメラマン活動を
休止せざるを得ないんです。」

「でもアーティスト活動は、たしか三月一杯までの期間限定と報道されてましたよね?
それ以降でかまわないんです!是非ともお願いしたい!」
雪見を知る人などこの会場にはいないと思っていたが、やはり同業者は
幅広く情報を持ってるものだ。

雪見は困った。
三月一杯で事務所との契約が切れた後は、また一個人のフリーカメラマンの立場に戻る。
そのあとの仕事は、すべて自分から売り込まないと契約には結びつかない。
だが目の前の行列は、待ってもいいから仕事を頼みたいという人達の行列だ。
仕事が向こうから歩いてやって来たのだ。しかし…。

「お話は有り難いです。でも、今はまだ三月以降の事は考えられない。
それに、猫を撮しに旅に出ようと思ってましたから、ずっと。」

結局いつまでたっても押し問答が続き、このような場所では他の参列者にも
迷惑がかかると、名刺だけを受け取りお引き取り願った。

「済みませんでした。なんだか思わぬ事になっちゃって。
みずきさんにも後から謝らなくちゃ…。」

雪見は宇都宮を偲ぶための席で、私事で騒ぎになってしまったことを、とても気にしてた。
しかも三月以降の話は、自分一人で解決しなければならない。
取りあえず名刺は預かったものの、どうしたら良いのかわからなかった。

「はぁぁ…。」

名刺の束を手にしたまま、雪見が深いため息をつく。
歌う時間がどんどん近づいてくるのに、それどころじゃない気分だ。
それに気付いて小野寺が、冷えた白ワインを二つのグラスに注いで持ってきた。

「まぁ、飲め!一躍有名カメラマンになった浅香雪見に乾杯だ!
あ、『乾杯!』は小さい声でだぞ!また当麻みたいにヒンシュク買うからなっ!」
小声で小野寺が言ったあと、健人と当麻が「俺も!」とグラスを持って寄ってきて、
結局今野も含め五人が輪になった。

「雪見。これが宇都宮さんの遺言だったんだぞ、きっと。」

「えっ?」 

「みずきの不思議な前振りの意味が、これでわかった。
きっと宇都宮さんはこうなる事を狙って、みずきにお前を紹介させたんだ。
『今までありがとう。そしてこれからも、みずきをよろしく頼む。』って。
宇都宮さんからお前への、お礼のプレゼントだよ。」
そう言われた瞬間、宇都宮と最後に会った時に言われた不思議な言葉を思い出した。

『お礼に一つ予言しよう。君はこの先必ず人気のカメラマンになる!
この私が言うんだから間違いない。』

あの時は『予言』と言った意味がわからなかった。
もしかして、みずきの父だから、みずきと同じ不思議な能力を持っているのかとさえ思った。
だがあの時すでに、このプレゼントを宇都宮は用意していたのだ…。
そう気付いた途端、雪見の瞳からは涙がポロポロと溢れては落ちた。

「皆さん、いつでもいいからとおっしゃって下さったじゃないか。
ゆっくり考えればいい。でも俺は、せっかく宇都宮さんからの最後のプレゼント、
有り難く頂戴すべきだと思うがな。まぁ取りあえずは乾杯だ!」

「乾杯!」
四人が小声で雪見を祝福する。そこへみずきがやって来た。

「どう?楽しんでます?ゆき姉、もうすぐ出番だからお願いね。」

「みずきさん、さっきはごめんなさい!お別れの会とは関係ない事で騒がせてしまって…。」

「あらっ、何のこと?私、テーブルを回って歩くのに必死で、全然周りを見渡す
余裕なんてなかったわ。まるで結婚式みたいね!でもお父さん、喜んでると思う。」
そう言ってみずきは、遺影ではなく会場の右上を見上げた。

「あ!そうだった!宇都宮さん、いる?」
「いる、いる!満足そうな顔して会場を見渡してるわ!」
「そう!良かった!じゃ、私も頑張っていい歌聴かせなきゃ!」

二人の会話に、小野寺と今野がギョッとする。
さっきまで歌う意欲もなかった雪見が、いきなりやる気満々になったのがリアルに怖かった。

「ま、まぁ、最後の大トリだ!しっかり歌ってこい!」
小野寺がそう激励して雪見を送り出す。

まもなくアナウンスが流れ、室内管弦楽団が入場。音合わせを始める。
そこに雪見も加わり、簡単な打ち合わせをしてからいよいよ本番だ。
歌う前に雪見が、落ち着いた声で挨拶をした。

「皆様、今日は歌の大好きだった宇都宮さんのために、私が代表してこの歌を捧げます。
『涙そうそう』です。よろしければ皆様もご一緒にどうぞ。」

ざわつきがおさまった会場に壮大な前奏が流れ、雪見が瞳を閉じる。
歌い出してすぐに、会場内にどよめきが起こった。
聴く者の心を揺さぶる魔法のような歌声に、いつしか皆涙を流し手を合わせ、
そして宇都宮の冥福を祈る。

一足早く『YUKIMI&』がデビューした瞬間だった。














Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.333 )
日時: 2011/11/20 11:34
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「おい、雪見っ!いい加減帰るぞ!いつまでもそんなとこ座ってたら、
ここの人が後片付けできないだろっ!」
小野寺が急かすように言ったが、雪見は参列者が帰った後のだだっ広いホールに、
ただボーッと座り込んでいた。

歌い終わった後の歓声が、まだ耳に鳴り響いてる。
みんなに握手された手のぬくもりも、参列者が帰り際にかけてくれた誉め言葉も、
すべてが夢の中の出来事に思えた。

「ゆき姉、帰ろ!さぁ、立って。」
健人が雪見の腕をつかみ、立ち上がらせる。

歌い終わった後に乾杯責めにあったので酔ってるせいもあるが、今頃になって
宇都宮がくれたプレゼントの重さをずっしり感じ、歩き出した途端よろけてしまった。

「おい、大丈夫かよ!でもあんだけお酌されて全部飲んで返すんだから、恐れ入ったわ。
お前のキャッチコピー、作り直すか?
『地上に降りたマリア』じゃなくて『地上に降りた酔いどれ天使』に。」

「常務!『天使』は無理がありますよ!天使は。」
今野が真に受けて全力で否定する。

「冗談に決まってんだろ!あれっ?当麻のやつ、先に帰ったのか?」
小野寺がキョロキョロと辺りを見回して「さっきまでそこにいたのに。」と首をひねる。

「あ…。あぁ、マネージャーの豊田が迎えに来たのかなっ?」
本当はみずきのいる控え室に行ったのだが…。

「じゃ、俺も帰るぞ!宇都宮さん、ご馳走様でした!いいお式でしたよ。」
小野寺はホールを出る前にもう一度振り向き、遺影に向かって一礼した。
「お疲れっ!」とタクシーに乗り込む小野寺を見送り、今野と健人はホッとする。

「どうにかバレないで済んだな、当麻。」

「あっ、はい!良かったです!ヒヤヒヤもんだった…って!
えーっ!?今野さん、知ってたんっすかぁ?」

「アホかっ!当麻は分かりやす過ぎだわっ!ほんっと、直球しか投げないよな、あいつは。
多分常務だって気付いてるよ。みずきがこんな時だし、気付かない振りしてるだけさ。
まぁあの人は他のお偉方と違って若いだけに、恋愛に関してはある程度は寛容だよ。
お前達に対してもな。」
立ったまま寝てるのか、健人にもたれ掛かる雪見を見ながら今野が言う。

「事務所は『SJ』と『YUKIMI&』を、これから全国ツアーに向けて、
ワンセットで売り込んでいくだろう。
お前達一緒の現場が増えるんだから、常にマスコミの目は気にしとけよ!
ま、お前達には親戚同士っていう隠れ蓑があるから、それほど俺も心配はしてないが
問題はあいつだ!当麻!みずきとの関係が知れたら、それこそ世界中が大騒ぎになるぞ!
お前からもよく言い聞かせておけよ!相棒なんだから。
じゃ、俺も帰るわ。お疲れっ!」
今野も、斎場入り口に停車してるタクシーに、少しふらつく足で乗り込み帰って行った。

「ゆき姉、俺らも帰ろう。あ、控え室に顔出してった方がいいか!
いや…やめとこう。へんなシーン目撃しちゃったら困るし…。」
そう独り言を言いながら健人はケータイを取り出し、当麻に「先に帰るから」と送信する。

健人と雪見がタクシーに乗り込んだ時、外はマスコミもすでに撤収し、
斎場周りは静けさを取り戻していた…かのように見えた。だが…。


「ちょっと大変!起きて健人くん!早くっ!」

翌朝5時。雪見に叩き起こされた健人が、寝ぼけ眼でパソコン前に座らされる。
何事かと目をこすりながら眼鏡を掛け、モニターに映し出された画像を見て一瞬で目覚めた!
なんとそこには、仲睦まじく見つめ合い、手をつないで斎場からタクシーに乗り込む
当麻とみずきの姿が、大写しになっているではないか!

「な、なんだよこれっ!!どこに撮られたんだよっ!スポーツ紙?」

「この距離と角度からすると、間違いなく写したのは後ろに並んでたタクシーの中ね…。
運転手側からの角度じゃないから、多分助手席側にマスコミが乗ってた可能性が高い。」
雪見がカメラマンの目線で冷静に分析した。

「どうすんだよ…。当麻に連絡したっ?」

「それが電話にもメールにも応答がないの。早く連絡ちょうだいって入れておいたけど…。」

「まずい事になったぞ…。どうしよう。事務所はどう対応するんだろ…。」
二人とも思考回路が停止して、何から先に考えたらいいのか分からない。
ほんの七時間ばかり前に今野が言ってた事が、こんなにも早く現実になるなんて…。
健人と雪見の間に、時間だけが無意味に流れていった。

その時だった。健人のケータイに電話が入る。「当麻だっ!」

「お前っ!今どこにいんだよっ!インターネット見たか!?
お前とみずきの写真、もう世界中に配信されてんだぞっ!」
健人が興奮気味に、早口でまくし立てた。
だが当麻の声はそれとは真逆に、ひどく落ち着き払ってる。

「知ってるよ。もう事務所とも話した。
俺、今みずきと一緒に斎場にいるの。昨日ここに泊まったんだ。
あ!俺だけじゃないからね。みずきのじいちゃんとか、宇都宮さんのマネージャーさんとか。」
当麻は大先輩津山泰三の事を「みずきのじいちゃん」と表現した。

「宇都宮さん、親戚一人もいないんだって。いないと言うか、縁を切ったと言うか…。
でね、今日は本当に内輪だけで最後のお別れをして、出棺するんだ。
俺もみずきと一緒に、火葬場まで行って来るから。
一晩中宇都宮さんの前でみんなで飲み明かしたから、全員二日酔いなんだけどねっ。
あの写真は、二人で買い出しに行くところ。
健人…。俺、健人や事務所に迷惑かけるけど、二人の関係、正式に発表するから。」

「ええっ!?マジで!マジでマスコミに発表すんのっ!?」
健人が雪見の顔を見た。

「うそっ!そんな事して当麻くんとみずきさん、大丈夫なのっ!?」
雪見が当麻に聞こえるように、大声で言う。

「大丈夫だよー、ゆき姉っ!ゆき姉にも迷惑かけるかも知れないから、先に謝っといて。
俺ね、バレたらすぐに発表するって決めてたから。別に隠そうとも思ってなかったし。
約束したんだ、みずきと。俺がお前をちゃんと守って行くから、って…。
なーんちゃって!ちょっと恋愛ドラマっぽかった?今の。」

「お前なぁ〜!こんな時に!まぁ当麻らしいっちゃ当麻らしいか…。
そんな奴だよな、お前って。いつも真っ直ぐ、自分の思った方向に進む。
ぐちゃぐちゃ悩まないのが当麻だもんな!
時々お前の性格が羨ましくなるよ、俺と正反対で…。
ま、みずきに付いてるなら安心した。後は任せたからうまくやれよ!」
そう言って電話を切った後、健人は心配そうな雪見の頭を撫でてやった。

大丈夫!俺もゆき姉を守るから…。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.334 )
日時: 2011/11/21 20:03
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

案の定、その日は朝から大変な騒ぎとなった。
テレビはどのチャンネルも、当麻とみずきの話題で持ち切りで、宇都宮の葬儀の模様と共に
芸能トップニュースとして、かなりの時間を割いて報道されている。
しかも生中継で、斎場の外から宇都宮の出棺の様子が映し出され、勿論そこには
みずきをいたわる当麻の姿も、はっきりと見て取れた。

健人が仕事に出掛けた後のリビングで、あちこちチャンネルを換えながら
ドキドキして見守っていた雪見は、どの報道も二人を祝福するものであったことに安堵する。

『良かった…。今の時点では大丈夫そうだ。でも凄いな、当麻くん。
中継されるの分かってても、あんなに堂々としてるんだから…。
みずきさんが羨ましい。』
すっかり冷めてしまったカフェオレを口に運びながら、ふと、そう思ってる自分に慌てた。

『人は人、自分は自分でしょっ!』そう心の中で言い聞かす。
だが、一度頭をもたげてしまった感情は、おいそれとは引っ込んではくれなかった。

公に祝福される恋人と、公に出来ない恋人と…。

『みずきさんと私とじゃ、立場が違い過ぎるんだから!
あの二人は誰も文句の付けようもない、人も羨むビッグカップルなの!
それに引き替え私は、元々が無名のフリーカメラマンだし、健人くんの親戚だし、
それに…一回りも年上だし。つり合わなくて当然なの。』

今まで常に考え続けてきた。自分が健人にふさわしいのかどうかを。
でも、何度考えた所で答えが変わる訳ではない。
あんなアイドルの彼女が私でいいわけないのは、始めから気付いてた…。

だけど…今は別れたくない。
つい最近までは、健人のためなら身を引こうと心の隅っこで思ってた。
でも今は、一緒に暮らして健人を知れば知るほど、離れたくない気持ちが強まる。
ずっと健人を支えていきたいとも思う。
じゃ、どうすればいいんだろう。どうすればつり合いが取れるんだろう…。

そうだ!私が努力して、世間に認めてもらえる人になればいいんだ!
健人くんが堂々と、自慢できる彼女になればいいんだ!
どうやって…?

『YUKIMI&』を頑張って、人気者にすればいいんじゃない?
ついでにカメラマン浅香雪見でも、知名度を上げればいいんじゃない?
せっかく宇都宮さんがくれたプレゼント、そのまま押し入れにしまい込むのは
もったいないよね。昨日もらった名刺の束、どこやったっけ?

雪見はこの時初めて、デビューできる事を心から喜べた気がする。
これは神様と宇都宮さんが、私にくださったチャンスだ!
そう思うと、何としてでもこのチャンスを生かし、必ずや健人にふさわしい人に
なってやるぞ!と心に決めた。


その日のお昼前。雪見は事務所のスタッフ大勢と共に、会議室のテレビモニター前にいた。
今日12月1日午後12時、いよいよ『YUKIMI&』と『SPECIAL JUNCTION』
デビュー曲のPVが配信スタートとなる。
本当のデビューはまだ一ヶ月先ではあるが、これが実質デビューと同じ意味合いを持つだけに、
雪見は勿論の事、それを支えてきたスタッフ一同、緊張の面持ちでその時を待っていた。

「あっ!SJだっ!!」
最初に流れたのは健人と当麻のデビュー曲『キ・ズ・ナ』である。
シーンと静まり返った会議室に二人の歌が響き、モニターの中でかっこいい二人が踊る。
そこに、軽井沢ロケで撮影した雪見の映像が映し出されると、みんなが一斉に
「雪見さん、カッワイイッ!!」と大騒ぎ。
続いて始まった『YUKIMI&』のPVに至っては、森の女神のような雪見の姿に
「キャーッ!綺麗過ぎるぅ!」と悲鳴に近い声まで上がった。

雪見も、今日初めて映像として見る自分の姿が、不思議でならない。
そこで演技してるのは確かに自分のはずなのに、ここにいる自分とはまったく違って見えた。

「凄いねぇ!映像って。写真だとありのままが映し出されるのに、こうやって編集されると
私でも二十代に見えちゃう!ってことは、このPV見た人が実物を見ると
ガッカリするってこと!?罪作りなPVだぁ!」
雪見が肩をすくめてそう言うと、みんなは笑って「大丈夫ですよっ!」
と言ってくれる。
本当に大丈夫になれるよう、これからは真面目にお肌の手入れをしなくっちゃ!

みんなで興奮覚めやらず盛り上がっているところに、知らせが入る。
「これから当麻くんとみずきさん、ツーショット会見するって!」
「うっそーっ!!」

慌ててチャンネルを切り替え、テレビの前にかじり付く。
すると火葬場から出てきた二人が、揃って報道陣の前に姿を現した。
みずきの腕の中には白い木箱が抱かれている。
報道陣に向かって一礼し、すべてが滞りなく終ったことを報告し、お礼の言葉を述べた。
そこから先は当麻が、みずきを気遣いながらも臆することなく、はっきりとした言葉で
二人の交際を宣言した。

「はい!僕らが付き合いだしたのは、間違いありません。
宇都宮さんが亡くなる四日前に、僕から言いました。
だから本当にスタートしたばかりなんです。これから大事に二人の仲を育てて行きたいので、
どうか皆さん、温かく見守ってやって下さい!」
そう言って二人でお辞儀した後、「失礼します!」と当麻がみずきの肩を抱きながら、
フラッシュの海をかき分けて車に乗り込んだ。

その様子を固唾を呑んで見守った会議室のスタッフから、割れんばかりの拍手が湧き起こる。
「めっちゃ男らしかった!これで当麻くんの株が、ますます上がったんじゃない?」

「ほんと!どうなっちゃうのか心配でたまらなかったけど、爽やかで男らしくて
マイナスイメージが一つも見当たらなかった!」
一同、ホッと胸をなで下ろしながら、再びそれぞれの持ち場に戻って行った。
雪見は一人残された会議室で、今見たばかりの二人の姿をボーッと思い出す。

本当にお似合いの二人だったな…。
いつか私もあんな風に、堂々と世間の前に出られる日が来るといいな。

よーしっ!今日からさっそく、行動開始だ!






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.335 )
日時: 2011/11/22 12:52
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

トントン!「浅香です!入りますっ!」
雪見は、小野寺のいる取締役室のドアをノックした。

「おぅ!昨日はお疲れっ!珍しいな。呼び出してもないのに、お前から俺んとこ来るなんて。
事務所で聞いてきたか?朝からお前に仕事の依頼が殺到してるって。
カメラマンの仕事、今は無理だって言ってんのになぁ!」

「その事なんですけど…。私…受けちゃダメですか?写真の仕事!
せっかく宇都宮さんが作ってくださったチャンス、無駄にするのは申し訳ない気がして…。
私、宇都宮さんの写真を撮らせて頂いた事で、少し自信が持てたんです。
ずっと自分の中で、ポートレートは苦手意識があったのに、それを宇都宮さんが
取り除いてくれたんです。
だからこの感覚を忘れないうちに、一人でも多くの人を写してみたくなって!
あの、歌の活動には支障がないようにやります!事務所にはご迷惑をかけません!
どんなに忙しくても、両方きちんとこなします!
だから…どうかお願いしますっ!!」

雪見はありったけの思いを込めて、小野寺に頭を下げた。
いきなり早口でまくし立てられ、呆気にとられた小野寺だったが、少しの間を置いて
フフッとため息混じりに笑い出す。

「お前って奴は、相変わらずだなぁ!まさに猪突猛進ってやつだ。
健人とはまるっきり正反対。当麻タイプだな。
見たか?当麻の会見!こっちが朝から、てんてこ舞いで対応に追われてんのに
あいつときたらどこ吹く風で、みずきを守る事だけにまっしぐらだ。
お前も健人のために……いや、やめとこう。」

「えっ?」

「何となく、そう言い出すような気がしてたよ。
お前の言う通り、このチャンスは宇都宮さんからのプレゼントだ。
三月過ぎまで待たずに動き出した方が、良いかもしれない。
お前が本当にやりたいって言うなら、事務所が受ける仕事としてきちんと
マネジメントしてやる。
その代り、かなりハードなスケジュールになる事は覚悟しとけ!
そうと決まれば早速打ち合わせだ!今野を呼ぼう。」
小野寺はすぐに内線電話で今野を呼び出し、スケジュールの調整や仕事の契約など、
三人で今後についてを細かく話し合った。

一段落つき、お茶を飲んでホッとする雪見に今野が言う。
「ほんっとお前には、出会った時からずっとこんな調子で、驚かされっぱなしだな!
お前がここに乗り込んで来た日を、よーく思い出したよ。
常務。俺も忙しくなるんで、健人の方は及川に完全に任せる事にします。
あいつも独り立ちして大丈夫なくらい、育ちましたから。」

「そうだな。そうしてくれ。じゃ、あとは頼んだぞ!
雪見!どうせやるなら、とことんやってビッグになれ!わかったなっ!」

「はいっ!」

また一つ、自分自身で扉を開こうとしている。
この扉の向こうには、一体何があると言うのだろう…。


事務所で打ち合わせ後、『YUKIMI&』として三つの取材をこなし、二つの新聞社を回った。
その間、今野と共に、昨夜真っ先に名刺をくれた大手プロダクション、
渡部エンタテイメントに立ち寄り、写真集撮影の契約を取り交わす。


「いやぁ、昨日の時点で半分諦めてましたよ!常務さんがああ言うなら仕方ないかってね。
それがこんなに早くお引き受け頂けるとは、夢のようだ!」
小太りな営業部長が、営業マンらしい笑顔を作って大袈裟な事を言う。

「いえ、私たちも仕事をお受けするのなら、真っ先にお声を掛けて頂いた
こちらから順にお引き受けするのが筋だろうと…。」
今野が笑顔で応戦した。

「ありがとうございます!で、今回お願いしたいのは、こいつの写真集なんです。
今うちの事務所一押しの俳優、苅谷翔平です!」
そう言って、事務所の公式プロフィールと資料を差し出した。
拝見します、と雪見がプロフィールに目を通す。

「あ!この人!健人く…いや、うちの斎藤健人とよくご一緒する…。」

「そうです!よくご存じで!
斎藤健人さんがお宅の事務所の筆頭イケメン俳優なら、この苅谷翔平は
うちの事務所の一押しイケメン俳優でしてね。
今の波に乗って、ガンガン押して行きたい所なんです!
それで三冊目の写真集のカメラマンを選考していた所に昨日、宇都宮さんの
ご葬儀で写真展を拝見しまして。これはっ!とひらめいたわけです。
あなたの写真だけ、他のカメラマンと目線が違う気がした。」
営業部長が口角泡を飛ばしながら、熱く力説するが…。

「あぁ、それは私がきっと元々が猫カメラマンだからでしょう。
どうしても無意識のうちに、癖で猫目線になってたりするんです…。」

雪見はこの話しに、あまり乗り気ではなかった。
撮影対象が苅谷翔平だと判っていたら、ここには来なかったかも知れない。
翔平はあまりに健人と近すぎて、何故か写してはいけないような気がした。

隣の今野にも、なんとなく雪見のテンションから気持ちが伝わって来る。
だが、受けると答えてしまった以上、ここで断るわけにはいかない。
相手は、最も多くの仕事を組む大手芸能プロだ。
この仕事一つで関係をこじらせるわけには、断じていかなかった。

「わかりました!じゃあカメラマンはこの浅香雪見という事で、よろしくお願いします!」

「ありがとうございます!では早速この契約書にサインを!」


詳しい打ち合わせを終え、帰り道にスーパーで買い物をしてからマンションに戻る。
ずっと考え事をしながら夕食の支度をしていた。

『健人くんは何て言うかな…。翔平くんの写真集を私が撮るって伝えたら。
ビックリするよね、きっと。嫌な気持ちにならないかな…。
それに、健人くんのライバルに手を貸すことになるんだよね、私…。
いやダメダメっ!そんなこと思ってちゃ!もう契約は結ばれたんだ。
仲介してくれた宇都宮さんの顔に泥を塗らないように、しっかりと仕事しなくちゃ!
すべては健人くんのため!自慢の彼女になるためでしょっ!
しっかりしろ、雪見っ!』


気合いを入れ直しているところに、健人が帰って来たっ!






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.336 )
日時: 2011/11/23 10:16
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「お帰りーっ!あれっ?なんか凄い疲れた顔してるよ!一緒にお風呂、入ろっか?」
玄関先に腰を下ろしブーツの紐を解いてた健人の背中に、挙動不審な雪見が飛び付いた。

「えっ?なんで?なんかあったの?」
驚いたように健人が振り向き、雪見の顔をマジマジと見る。

「あ…いや、別にっ!じゃご飯にしよう、ご飯!ちょうど今出来上がったとこなんだ!
グッドタイミングだったよ。今日は寒いからキムチ鍋!」

うーん!どのタイミングで翔平くんのこと話せばいいのか、わかんない!

手を洗い、コンタクトを外した健人が食卓についたところで、まずはビールで乾杯!
「お疲れ様っ!今日は私もめっちゃ忙しかったよー!
『YUKIMI&』として雑誌の取材が三件に新聞社回りを二軒して、カメラマンの仕事…で…。」
最初の勢いのまま、最後までサラッと流そうかと思ったのに、途中で失速してしまった。

「なに?カメラマンの仕事って。なんか今日のゆき姉、変だよ。
自分からお風呂誘う事なんてないのに誘ってみたり、ずーっと喋ってるし…。
なんかあったの?もしかして…昨日の仕事受けることにしたの?」

「えっ…?」

「だって及川さん、帰り際に『今野さんが忙しくなるから、明日から俺が完全に
チーフマネージャーだから。』って…。
忙しくなるって、ゆき姉の仕事が、って意味だったんだ…。」
健人の顔が少し険しくなった気がした。

「ごめん…。ちゃんと話す…。
あのね…。また突然思い立っちゃって、常務にお願いに行ったの。
昨日の仕事、やらせて欲しいって…。」

「なんで?三月一杯は無理だって言ってたのに。
絶対にこれから忙しくなるんだよ。もうツアーの準備も始まるし…。」

健人は、感情的にならないようかなり自分を抑えて、淡々と話そうとしてるのが
雪見にはわかった。
今までならもっと語気を強めて不機嫌さを露わにしたが、少し大人になったかなと思う。
だが、翔平の写真集を写すと聞いても、同じ態度でいられるかと言ったら
多分それは違うであろう。この先に話を進めるのは気が重い…。

「忙しくなるのは判ってる。でも、どうしても宇都宮さんが作ってくれたチャンスを
無駄にしたくないと思ったんだ。
みんな三月過ぎまで待つって言ってくれたけど、そんな先の事わからないじゃない。
三月には相手の気が変わって、誰か違うカメラマンに仕事を頼んでるかも知れないし、
私に意欲が無くなってるかも知れない。だから、今やらなくちゃ!って…。」

「それだけ?」

「えっ?」

「理由はそれだけ?なんか違う気がする。
あんなに猫カメラマンに戻るのを楽しみにしてたのに、なんでいきなり気が変わったの?」

「え…と、それは…。」

本心を伝えるべきか迷った。
カメラマンとして成功して、『YUKIMI&』としても成功して、堂々と健人が
みんなに自慢できる彼女になりたい。みずきのように…。

でも…言えない。
そんな事を白状したところで、優しい健人はこう言うに決まってる。
「今のままのゆき姉が好きなんだから、それでいいじゃん!」って…。
だけど、それじゃダメなの。それじゃ…。


「それは…ね。そう!健人くんの次の写真集を撮るために、もっとポートレートの
経験を積んで、勉強しておきたいなと思って!
ほら、こういうのって感覚忘れないうちに、とんとんと間を空けないでやった方が
絶対身に付くでしょ?だって、今回よりもっといい写真集作りたいもん!」
雪見はまったくの思いつきで話してた。
次の健人の写真集なんて、考えた事もなかったのに…。

「ほんとっ!?また俺の写真集、ゆき姉が撮ってくれるの!?
やったっ!俺、三月過ぎてゆき姉がうちの事務所辞めたら、もうそんなの無理かと思ってた!」

健人の顔がパッと明るくなって、いきなりテンションが上がったのがわかる。
勝手に撮るなんて言っちゃったけど、事務所で撮らせてくれるかなぁ?
また必死で頼み込まなきゃならなくなった!
でも仕方ない。じゃないと、翔平の事を言えるような雰囲気ではなかったのだから…。

「あのね、それで常務とも話し合って、仕事を引き受けるならまずは昨日真っ先に、
名刺をくれたとこから受けるのが筋だろうって。
で、今野さんと二人で渡部エンタプライズに行って来たんだ。めっちゃ大きい会社だった!」

「へぇーっ、そうだったんだ!で、誰の写真を写すの?」
健人がキムチ鍋を頬張り、ビールを飲み干してから核心に迫ってくる。
雪見も覚悟を決めて、ビールをグイッと飲み干した。

「苅谷翔平くんだって!ビックリでしょ!?
あんな今人気のイケメンくんを、私が任されたんだよっ?驚いたのなんのって!
あ!もちろん健人くんの方が、百倍はイケてるから安心してねっ!」

努めて軽く話したつもりだった。
だが健人の表情が『苅谷翔平』という名前を耳にした途端、一瞬ですり替わったのを
雪見は見逃しはしなかった。

「えっ!?翔平の写真集をゆき姉が撮るの?うそっ?マジでぇ!
俺、一月からのドラマで翔平と一緒なんだけど!」
精一杯の作り笑顔で言ってるのが雪見には判った。
テレビの中の健人は演技が上手いのに、今の健人は中途半端な演技だな…。

「えーっ!そうなんだ!すっごい奇遇だね!
翔平くんも忙しいから、どこかで全面ロケしてって撮影は無理っぽいんだよね。
だから私が現場に出向いて、翔平くんの仕事の合間のオフショットとか
休憩時間に近くの公園かなんかで撮るとか、そんな形になるんじゃないかな。
…って事は、私も健人くんの現場について行けるって事だ!やったねっ!
そんでツアーのレッスンとかも一緒だから、忙しくてもずーっと一緒に
いれるんだねっ!めっちゃ嬉しいっ!」

雪見は最大限に喜んで見せた。本当はそんなに嬉しくもなかったけど…。
いや、嬉しいのは確かに嬉しいはずなんだが、今回に限っては健人と同じ
現場というのは、都合が悪い。仕事がやりづらい。健人の目が気になる。


すべては雪見の勝手な想像ならよいのだけれど…。

だが健人の顔を見る限り、想像ではないことは明らかだった。


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