コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.282 )
日時: 2011/08/31 18:19
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

結南さんへ

あれ?そうですか?
実は私、結構注射、嫌いじゃないんだけど…。
三ヶ月に一度は献血に行くぐらいだから、全然嫌いじゃない。

じゃ、あんまりインパクトのある設定にはならなかったですね。
う〜ん、失敗!

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.283 )
日時: 2011/09/02 19:26
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「やだぁ!点滴するって判ってたら来なかったのに!」

「なに小学生みたいな事言ってるの!
いや、今時の小学生だって、そんなことは言いませんよ。
ほら、ちゃんと腕を伸ばして!
あら!あなた、あんまり血管が見えない人なんだ。
さては今まで、結構痛い目に合ってきたようね。でも安心して。
私、注射だけは得意だから!」

年配の貫禄ある看護師さんが、雪見を安心させるためかニコニコしながら言った。
が、雪見の目は点滴の針に釘付けで、いくら看護師さんがニコニコしようが
鬼の形相であろうが、一切視界には入らない。
しかも、注射「だけは」得意って、ある意味怖い!

「ゆき姉!今日一日で治すつもりで来たんでしょ?
だったら少しぐらいは我慢しなさいっ!」
隣りに付添うつぐみに叱られた。
何だか昔も、同じようなセリフで母に叱られたっけ。

「妹さんの方が、よっぽどしっかりしてるじゃない!」

「そうなんです!よく言われます。うちのお姉ちゃんったら、恐がりで困っちゃう!
だから、痛くないように一回でお願いしますねっ!」
つぐみは、看護師さんに微笑んでから雪見の方を見て、茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。

つぐみの可愛い嘘に、緊張でこわばった顔が少しだけ解ける。
私にこんな妹が本当にいたら、一緒にショッピングに行ったり、おしゃれなカフェで
恋の悩みを聞いてあげたり…。

「痛っ!」 

「はい、終ったよ!約束通り一回でねっ。」

雪見があれこれ想像してる間に、点滴の針は見事に突き刺さっていた。
良かった!注射だけは得意な看護師さんで。
もう他は、なに苦手でもいいです!注射さえ得意なら。

「点滴終るまでに一時間半ぐらいかかるから、寝てもいいですよ。
妹さんはどうする?どこか出掛けて来てもいいのよ。」
看護師さんが、薬の落ちる速度を調整しながらつぐみに聞いた。

つぐみはすっかり妹になり切って、「いや、お姉ちゃんのそばにいます。」と返事する。

「じゃ、何かあったらナースコールを押して下さいね。」
看護師さんは、点滴室の間仕切りカーテンをシャーッと閉めて、その場を後にした。

点滴室にベッドは六つあるのだが、今の時間の患者は雪見だけだった。
シーンと静まり返った部屋。狭い空間の中には雪見とつぐみが二人きり。

「なんか…照れちゃうねっ。」
そう言いながらつぐみは、看護師さんが出してくれたパイプ椅子に、ことんと座る。

「なんか…ね。」
ベッドに横になる雪見も、つぐみを見ながら照れ笑いを浮かべた。

二人きりで色々お喋りしたかったはずなのに、なってみたら妙に照れくさくて
なかなか会話が続かない。
これじゃまるで、初デート中の中学生カップルではないか。

でも、お互い照れくさい理由は解ってる。

健人と雪見が付き合ってるという事を、しかもすでに一緒に暮らしているという事実を、
まだつぐみに直接伝えてはいない。
だが、気付いているだろうなと雪見は思ってる。
反対につぐみも、兄と雪見は付き合ってるとは思うけど、なんだか恥ずかしくて
確かめられずにいた。

『つぐみちゃんには、きちんと伝えなきゃ。今がチャンスだよね。』
『お兄ちゃんに聞いたって、どうせ誤魔化されるだけだから、聞くならゆき姉だよね。』

「あのね…。」
「あのさぁ…。なんかハモっちゃったね。なに?ゆき姉から先に言って。」
突然つぐみに振られては、言おうと思ってた事もなんだか言い出しにくくなってしまった。

「あ!進路は決まったんでしょ?理系?文系?」
まずは違う事から話し始めよう。

「え?あ、うん。もう決めた。医療系の大学。看護師になる!」
つぐみも、予想してた話と違う話題を雪見に振られたので、少し面食らった。

「へぇーっ、そうなんだ!看護師かぁ!凄いなぁ。
そっか、ちぃばあちゃんの影響?若い時は看護師さんだったもんね。」

「それもある。小さい時から色んな話をしてくれたから…。
でも一番は、子供の頃の担当看護師さんかな。あの時からずっと心の中で思ってた。
大人になったら、こんな看護師さんになりたい!って。」
つぐみは小学三年生頃まで身体の弱い子で、よく入退院を繰り返していた。

「そう!子供の頃からの夢を叶えるなんて、凄いね!尊敬しちゃう。
私なんて、子供の頃に夢なんて無かったなぁー。
だから、ただなんとなく大学行って、なんとなく就職して…。
結局は専門学校入り直してまでカメラマンになったのに、嫁にも行かないで
今はこんな事やってんだから、そりゃ親も泣くよね…。」
ベッドの中で雪見は、真っ白な天井を見つめている。

「そんなことないよ!ゆき姉だって夢を見つけたんでしょ?
どんなに遠回りしたって自分さえ夢を見失わなければ、いつからだって
スタートはできるんだよ!」
つぐみの力説に驚いた。本当に大人になったなぁ、と嬉しく思う。

「ありがとね。つぐみちゃんの言う通りだよ!
よし!私もつぐみちゃんに負けないように、頑張らなくちゃ!
それで、進路の事は健人くんには話したの?」

「お兄ちゃんには、まだ話してない。なんか忙しそうだから…。」

「ダメだよ!私なんかより、真っ先に話してあげなくちゃ。大事な話だよ!」

「だって…。お兄ちゃんだって私に大事なこと、まだ話してくれないし…。」
つぐみが少しふくれっ面で横を向く。雪見にはそれが何を意味してるのか、すぐに判った。

「あのね…つぐみちゃん。実は私と健人くん…。」
と言いかけた途中で、つぐみがいきなりダンッ!と立ち上がり
「付き合ってるんでしょ!?てゆーか、同棲してるんでしょ!?」
と真剣な目をして聞いてきた。

「ど、同棲って…やっぱ、バレてたよね。
ごめんね、今まで黙ってて。健人くんは悪くないから!
つぐみちゃんの悲しむ顔を想像したら、私が言えなかった。
ごめん…。本当にごめん!大事なお兄ちゃんの彼女が私だなんて…。」
雪見は謝ることしかできなかった。
許してもらえるとは思わなかったが、それしか今はできなかった。
点滴につながれたベッドの上では…。
しかし、つぐみの反応は予想外であった。

「なんで?なんで謝るの?私、めっちゃ嬉しいんだけど!
ゆき姉がお兄ちゃんの彼女だなんて、超サイコー!!うれしーっ!」
そう言いながら抱き付いて来たので、雪見は茫然とする。

「えっ?嫌じゃないの?私、つぐみちゃんや健人くんと親戚なんだよ?
親戚がお兄ちゃんの彼女って、嫌じゃない?」
雪見は、ずっと心を痛めてきたことを、恐る恐る聞いてみた。

「ぜーんぜん!どこの馬の骨ともわからん人が彼女になる方が、よっぽど嫌っ!
ゆき姉が私のお姉さんだったらって、ずっと思ってたんだ。
あー、これで安心して受験勉強に専念できる!」

つぐみの心からの笑顔に、雪見は元気が湧いてきた。
ありがとう!未来の看護師さん。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.284 )
日時: 2011/09/03 16:24
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇねぇ!その指輪、お兄ちゃんからのプレゼントでしょ!
もしかして、ペアリング?もしかして…婚約指輪だ!」

「なに言ってんの!そんなわけ無いでしょ。ペアリングは当たりだけどねっ!」
雪見は嬉しそうに左手の薬指を眺めた。

「良かった!お兄ちゃん、ゆき姉のこと大切にしてるんだね。
本当はちょっとだけ心配だったの。
自分の兄ながら、お兄ちゃんの人気は相当だと思うから、ゆき姉の周りは
ライバルだらけだろうな、って。だから…。」

「大丈夫!私は健人くんを信じてる。このリングが私を強くしてくれたの。」
そう言って雪見は指輪を頬に押し当てた。

「なんか、私まで胸がいっぱいになっちゃう。
あ、そうだ!写メしてお兄ちゃんに送ってあげよう!
きっとゆき姉が心配で、ドラマの撮影も上の空だよ。
元気が出てきたゆき姉を見せて、いーっぱい稼いでもらわないと!」

「じゃ、つぐみちゃんも一緒に写って!」
二人はまるで本当の姉妹のように仲良く寄り添い、満面の笑顔でピースサインをした。

「よし、送信!っと。あ、買い物中の友達にも送っていい?
私の友達、みんなゆき姉のファンなんだよ!今度会わせてってうるさいんだから。」

「えーっ!じゃあもっと綺麗にしてくれば良かった!」

雪見とつぐみは、心にかかっていた霧がすっかり晴れたことで、より一層親しさを増した。
姉妹のように親友のように、ファッションに恋愛、受験や猫の話など、
気が付けば一時間も喋りっぱなしである。

二人しか点滴室にいないことをいいことにワイワイ騒いでいると、コホンと咳払いが聞こえた。
どうやら患者さんがもう一人、点滴にやって来たようだ。
さっきの看護師さんの声がして、雪見に告げたのと同じことを伝えている。

「じゃ、何かあったらナースコールを押して下さいね。」
シャーッとカーテンを引く音がして、足音がこちらに近付いてくる。
看護師さんが雪見のカーテンに首だけ突っ込んで、点滴の減り具合を見た。

「気分は悪くない?まぁ、それだけ元気になったんなら心配ないわね。
それとも、もう一本追加しとく?」
看護師さんがニヤリと笑った。

「いや、今日は遠慮しときます!」

雪見が全力で拒否するのを見て、つぐみが「どうせ次回も遠慮するんでしょ!」と大笑い。
看護師さんも笑いながら、「じゃ、あと三十分頑張ってね。」と言って出て行った。

他の患者さんが来たからには、もう静かにしなくてはならない。
だが、いくら話しても話し足りない二人は、性懲りもなく声をひそめてまでお喋りした。

「ねぇ、ゆき姉はお兄ちゃんのどこが好きなの?」

「えーっ!健人くんの好きなとこ?そんな、真剣に聞かれると照れるじゃない!
一言じゃ表せないよ。丸ごと全部の健人くんが好きなんだと思う。
ほら、世間一般から見た健人くんって多分、今どきのイケメン俳優で弟的存在で、
綺麗で可愛くてダンスが上手くておしゃれ、みたいな軽いイメージだよね。
でも本当の健人くんは、そんな浅い人じゃない。
努力家だし頭がいいし、どんな事にも全力投球する気配りの人。
反面、優柔不断で寂しがり屋、整理整頓ができない甘えん坊。
どれか一つ欠けても健人くんじゃなくなる。」

「ちゃんとお兄ちゃんの事、見ててくれたんだね。嬉しいな。
けど、甘えん坊のお兄ちゃんって想像できなーい!私には威張ってばっかなのに!
ねぇねぇ、どうやってゆき姉に甘えるの?ベタベタしてくんの?」

「やだぁ!そんなことバラしたら健人くんに怒られる!」

「絶対内緒にするから教えてよぉ!」
知らず知らずにまた声が大きくなり、お互いに「シーッ!」と注意し合う。
その時だった!

「つぐみ?どこだ?」

「え?うそ?お兄ちゃんの声がした!?」
つぐみがそっとカーテンを開けて見ると、なんと健人が立ってるではないか!

「どうしたの、お兄ちゃん!ドラマの撮影中じゃなかったのぉ!?」
思わずつぐみが大声で叫んでしまった。

「シーッ!ゆき姉は?大丈夫?」
健人が静かにカーテンの中に入ると、雪見の顔がパッと明るくなった。

「健人くん!どうしたの?撮影は?」

「近くの公園で撮影してたんだけど、急に雨が降ってきて止みそうもないから中止になった。
この後は午後からスタジオ撮影。で、大丈夫なの?ゆき姉。」
健人は、点滴をしてベッドに横たわる雪見を見て、心配そうな顔をした。

「ごめんね、心配かけて。私なら、つぐみちゃんのお陰ですっかり元気になったから。
点滴ももうすぐ終るよ。」
雪見は、思いもしなかった健人の突然の登場に、顔がほころんで仕方ない。

「お兄ちゃん!私の二回目のメール、見てないでしょ!
『ゆき姉は元気になったから安心してね!』って、写メして送ったのにぃ!」
つぐみが健人を睨み付けた。

「うそっ!?あれ?ホントだ!慌てて来たから、メール読んでなかった。
この写メの二人、仲良し姉妹みたいじゃん!」
健人が嬉しそうにケータイをながめながら、ニコニコしてる。

「だって私とゆき姉、本当の姉妹になるんだもん!」
つぐみの発言に雪見は驚き、健人は訳が解らずポカンとしている。

「つぐみちゃん!話が飛び過ぎ!
ごめん、健人くん。つぐみちゃんに私達のこと、話しちゃった…。」

「そ、そうなのぉ?まぁ、そのうちバレる事だけど…。そう言うことだから、よろしく!」
健人は照れくさくて、ぶっきらぼうにつぐみに言った。

「私がゆき姉んちの玄関にあったお兄ちゃんのブーツを見て指摘した時、
うまく私を誤魔化せたと思って、ホッとしてたでしょ?
ばーっかみたい!あんな言い訳信じるのは、幼稚園児ぐらいなもんよ!」

「なにぃ!?」

完璧につぐみに負けてる健人を、クスクス笑いながら見てた時、看護師さんが
「入りますよ!」と言いながらカーテンを開けた。

「点滴終了!お疲れ様。気分は良くなったでしょ?
熱も下がったけど、まだまだ無理は禁物よ。お大事にね。」

「ありがとうございました!」

点滴からやっと解放された雪見は、うーん!と大きく伸びをしたあと
「あー、お腹空いたぁ!みんなでご飯食べに行こ!心配かけたお詫びに私がおごるから。」
と、二人を誘った。

「わーい!うんと美味しい物、ご馳走になっちゃお!」
つぐみは、三人で食事に行けるのが嬉しくて、子供のようにはしゃいでる。

「よし!俺が美味いラーメン屋に連れてってやるか!」

「やだ!なんで東京来てまで、ラーメン食べなきゃなんないのよっ!」
つぐみと健人が、相変わらずもめながら点滴室を出ようとしたその時。

「健人くん?斎藤健人くんだよね?」
廊下に近いベッドの、閉じられたカーテンの向こうから声がした。

「え?誰?」
健人がそっとカーテンの中をのぞいて思わず叫ぶ。

「大沢ぁ!?」 そこにいたのは「ガリ勉くん」だった!


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.285 )
日時: 2011/09/06 00:27
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「なんでお前も点滴してるわけぇ?」
健人は驚きのあまり、声が裏返ってた。

「悪いけど、カーテン開けてくれる?どうも狭い所が苦手なの。」
健人を呼び止めた『ガリ勉くん』は、随分と親しげに話しかけ、カーテンを開けさせる。
パッとひらけた視界の先には、戸惑い気味の雪見とつぐみが立っていた。

「あ、こんにちは!私、健人くんと同じ事務所の大沢真麻です!」
その色白で綺麗な人は、点滴をしたままベッドに腰掛け、二人に向かって
にっこりと意味ありげに微笑んだ。

一瞬で凍り付く雪見とつぐみ。『私達の話を聞かれてた!?』
頭の中が真っ白になり、雪見の心臓がドックンドックンと大きな音を立てる。
『どの話から聞かれてた?何の話してた時に、この人来たっけ?
どうしよう!健人くんとの事がバレた!』
つぐみも、この人物が健人のドラマの共演者だとすぐに気付く。
『この人…なんか危険…。よしっ!』

「こんにちは!私、斎藤つぐみって言います。いつもお兄ちゃんがお世話になってます!」
雪見よりも先に反応したのはつぐみだった。モデル張りの作り笑顔と
いつもよりワントーン高い声で、イケメン俳優の妹を演じて見せる。

「えっ?健人くんの妹さんなの?カッワイイ!高校生でしょ?」
つぐみは、朝から悩みに悩んで、精一杯大人びた格好で出掛けて来たつもりなのに、
一目で高校生と見破られたのが悔しくて燃えてきた。

「お兄ちゃんと一緒にドラマに出てる方ですよね?密かにお兄ちゃんに思いを寄せてる同僚役で…。
綺麗な女優さんだなぁーと思って見てました。」

「ありがとう!嬉しいわ。健人くんとは高校が一緒だったんだけど、
まさか女優になってすぐに健人くんと共演できるなんて、夢にも思わなかったの。
だって、健人くんの人気って凄いんですもの!私もみんなに羨ましがられて大変な…。」
初対面なのに馴れ馴れしいのも気に入らず、つぐみは相当な勢いで話の途中をぶった切る。

「けど、うちのお兄ちゃんの事、本気で好きにはならないで下さいね!
お兄ちゃんには、ちゃんと彼女がいますからっ!」

「つぐみっ!!」

突然のつぐみの爆弾発言に、健人と雪見は心臓が止まりそうだった。
『ガリ勉くん』も、つぐみの豹変ぶりに目を見開いたままである。

「いいからお前は先に行ってろ!ゆき姉も会計してきていいよ。俺もすぐ行く。」

つぐみは「ゆき姉行こう!」と言いながら、雪見の腕を引っ張って廊下へ出る。
雪見も、後ろ髪を引かれる思いで会計へと歩き出そうとしたが、つぐみに
「待って!」と呼び止められた。

その頃健人は、なぜつぐみが突然そんなことを言い出したのか、訳が解らず困ってる。
『一体この場を、どう収めろってんだよ!つぐみの奴!
取りあえず、当たり障りのない話でごまかすか…。』

「あ、風邪でも引いたの?午後から出番あるよね、大丈夫?」
健人は小首を傾げて顔を覗き込む。


「お兄ちゃんめ!なんで誰にでも優しくすんのよ!あんたにはゆき姉がいるでしょっ!」
なんとつぐみは、点滴室を出てすぐの廊下で聞き耳を立てていた。

「つぐみちゃん、やめようよ、こんな事。」
小声で雪見が撤退を促すが、つぐみは「シーッ!」と無言で人差し指を立て息を潜める。
一方、まさかつぐみ達がすぐ近くにいるとは思いもしない『ガリ勉くん』は、
二人きりになったこのチャンスに、少しでも健人との距離を縮めておこうと打って出た。

「私の事、心配してくれるんだ!嬉しいっ!
ねぇねぇ、ここに座って少しお喋りに付き合って。
あと一時間も一人だなんて、つまんなーい!高校ん時の話でもしよう!
私、ずっと健人くんと、ゆっくり話がしたいと思ってたんだ。ねぇ、座って!」
甘えた声でそう言いながら、ベッドに腰掛けるよう健人を誘う。
だが健人は、突っ立ったままつれない返事をした。

「いや、二人が待ってるから…。あのさ、さっきは妹が変なこと言って悪かったな。
きっと受験勉強のストレスで、カリカリしてたんだと思う。気にしなくていいから。」


「気にしてくれなきゃ困るのっ!お兄ちゃん、この人に狙われてるって
気付いてないわけ?」つぐみがイライラし始める。
「つぐみちゃん、バレたらまずいって!もう行こうよ!」
雪見がつぐみの手を引いたが、つぐみは意地でも動こうとしない。


「ねぇ。さっき妹さんが言ってた事ってほんとなの?健人くんに彼女がいるって。」
ついに核心に迫る言葉が健人を追いつめる。
雪見もつぐみも息を殺して、健人の口から次に出る言葉を待った。

しばらくの沈黙のあと…。
「いるよ。もちろんいる。大体彼女のいない奴なんているか?この業界で。
俺の周りには、そんな寂しい奴はいないけど。お前だって彼氏ぐらいいるだろ?」
健人は、わざと突き放すような言い方をした。だが…。

「私はいない!だって、高校の時からずーっと健人くんだけを見つめて来たんだから!」

「えっ?」
思いもしない突然の告白に、健人はもちろん廊下の二人も衝撃を受けた。

「健人くんしか見えなかった…。一生懸命綺麗になって、どんな事してでも
健人くんの近くに行こうと努力したのに…。やっと願いが叶ったのに…。」
そう言って彼女は泣き出してしまった。

「ごめん、全然知らなかった…。だけど、俺の気持ちはもう変わらない。
一生変わらないんだ。だから…ごめん。」

健人の言葉を廊下で聞いていた雪見は、胸がいっぱいになった。
つぐみも、初めて耳にする兄の男らしい言葉を誇りに思う。


「じゃあ…たったひとつ、最後に私のお願い聞いて。」
「なに?」
「一度だけキスして。それでもう諦めるから…。お願い。」


廊下のつぐみが、「あんなこと言われたら、お兄ちゃんならしかねないよ!どうしよう!」と焦る。
雪見は、もうここにはいられない、と歩き出そうとした。が、その時!
つぐみが突然、ドンッ!と雪見を点滴室の中に突き飛ばしたのだ!

「いったぁーい!」もちろん雪見は、前のめりに転んでしまった。
「ご、ごめん。健人くん遅いから迎えに来たんだけど、そこでつまずいちゃった…。」
まさか、つぐみに突き飛ばされたとは言えやしない。

「紹介するわ。俺の彼女、浅香雪見。同じ事務所だからよろしく。」
健人は雪見を抱き起こしながら、大沢真麻に紹介する。

「俺のこと、随分誤解してたんだね。残念ながら、俺ってそんな軽い男じゃないから。
んじゃ、あとでスタジオでなっ!行こ、ゆき姉!俺、めっちゃ腹減った!」
そう言いながら健人は、雪見と共に点滴室を後にした。


その日の午後。「ガリ勉くん」はスタジオには現れなかった。


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.286 )
日時: 2011/09/09 14:32
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ただいまぁ!ゆき姉、気分はどう?大丈夫?あ、やった!カレーの匂い!」
健人が急いでブーツを脱ぎ、バタバタとリビングにやって来る。
まるで子供が外遊びから帰って来たかのように、一気に部屋が賑やかになった。

「お帰り!もう大丈夫だよ。けど、買い物しないで真っ直ぐ帰って来たから、
カレーぐらいしか作れなかった。
つぐみちゃんからも、『無事、家に到着!』って六時頃メールが来たよ。」

「またどっかに寄り道でもしてんじゃないかと思って、心配だったんだ。
そっか、良かった!じゃ着替えて、コンタクト外してくるわ。」
健人は足元に寄ってきためめの頭をなでてから、またバタバタとリビングを出て行った。
雪見は、まるで小学生の妹を心配するかのような健人に苦笑しながら、
カレーの鍋を温め直す。


遅い夕食を終え、健人はソファーに座ってくつろぎながら、明日のドラマ撮影の台本を開く。
隣では、健人が帰って来て安心した顔のめめとラッキーが、仲良く居眠りを始めていた。


「ふぅぅ…。取りあえずはこんなとこかな?ゆき姉、終ったからお風呂入ってくる。」
健人が台本を暗記してる間、雪見は静かに写真を整理したりお風呂に入ったりして、
健人の邪魔にならないように気を配る。
そして健人の声を合図に寝酒とつまみの準備をして、お風呂から上がってくる
健人を待つのが最近のパターンだ。

「あー、さっぱりした!じゃ、今日も一日お疲れ!」
チン!と軽くグラスを合わせ、冷えた白ワインを喉に流し込む。

「うめぇーっ!身体に染み込むわぁ!
あ!ゆき姉は一杯だけだよ!まだ病み上がりなんだから。」

「わかってるよっ!今日だけね。けど風邪じゃなくて良かった!
健人くんに移したら、どうしようかと思ったもん。」
雪見が健人のグラスに、二杯目のワインを注ぎながら安堵する。

「俺だって心配したよ!一人置いて仕事行ってるあいだに、ゆき姉がどうにかなったら
どうしよう!って。タイミング良くつぐみが来てくれて助かった!」

「心配し過ぎ!けど、ほんと、つぐみちゃんが来てくれて私も助かったよ。
お陰で大っ嫌いな点滴も、どうにか頑張れたし。」
雪見はすぐにでも、大沢真麻のその後を聞きたかった。
だが健人に気を揉ませたくはなかったので、もっと後にさり気なく聞いてみることにする。

「点滴してる間、ずっと二人でお喋りしてたわけ?一時間半も、なに話す事あったのさ。」
健人が不思議な顔して聞いてくる。

「えーっ!まだまだ話し足りなかったよ。だってお昼は健人くんも一緒だったから、
ガールズトークなんて出来なかったもん!」

「ガールズトークぅ?つぐみと?まさか男の話とか…。」
健人が、あまりにも真剣な顔をしてるのが可笑しかった。

「健人くん!つぐみちゃんが何歳になったか、知ってるよね?
彼氏の一人や二人、いたっておかしくないでしょ!」

「二人もいたら困るだろ!ねぇ、どんな奴か聞いた?写メとか見なかったの?」
世の中の兄と言う人物は、こんなにも妹の事が心配なのだろうか。
普段はつぐみの「つ」の字も言わないし、会えばお互い憎まれ口ばかりなのに、
本当はいつも気に掛けてるのだろう。
からかうのは止めにして、ちゃんとした情報を教えてあげよう。

「残念ながら、今は彼氏いないんだって。でも、その方が受験勉強に専念できるから、
ってさばさばしてたよ。どう?少しは安心した?お兄ちゃん!」

「マジで?ほんとにいないの?それもどうかと思うけど。」
口ではそうは言うものの、明らかに健人の顔はホッとしてる。

「それにしても、あいつが看護師になりたいなんてね…。全然知らなかった。
大変な仕事だろうけど、まぁ、あいつなら頑張れるかもな…。」
健人はきっとつぐみの成長が、嬉しいような寂しいような、複雑な心境なのであろう。
グイッとワインを飲み干して、「もう寝よっか。」と言った。


ベッドに入ってから、雪見は大切な事を思い出した。
「そーだ!熱騒ぎで大事なこと忘れてた!ちょっと待っててねっ!」
雪見はぴょん!とベッドを飛び降り、鞄の中から何かを取り出す。
そして、「はい!これ。やっと出来上がったよ!」と言いながら、健人の目の前に差し出した。

「俺の写真集だ!出来上がったの?見ていい?」
健人はガバッ!と身体を起こし、ベッドの上に足を投げ出して座る。

「もちろん!あとちょっとだけ手直しがあるけど、ほぼこれが完成形だから。
早く見て、感想を教えて!」
雪見も健人の隣りに座って膝を抱えた。

今までの健人の写真集は、健人も写真の選定作業に参加し、大部分が
自分の気に入った写真で構成されていた。
だが今回は、カメラマン浅香雪見の目から見た、『素顔の斎藤健人』が
第一のコンセプトであったので、雪見を始め編集スタッフにその殆どを任せてみたのだ。

この日初めて目にする自分の写真集を、健人は感慨深げに眺める。
「この写真を表紙に選んでくれたんだ…。
俺ね、今回の写真の中で、これが一番好きかも知れない。」

竹富島のオレンジ色の夕日が優しく身体を包み込み、胸がいっぱいになった健人が涙を流す。
それは撮影用の演技でも目薬を差した偽物の涙でもなく、心を許した人の前だからこそ流れた
本物の涙であった。

「私もこの写真が大好きなの。だから編集部の中では意見が割れたんだけど、
これだけは譲れない!って押し切っちゃった。
健人くんも気に入ってくれて良かった!
ねぇねぇ、早く中も見て!自分で言うのも何だけど、いいショットばっかりだから!
めっちゃ選ぶのには苦労したけどねっ。」
表紙を眺めたまま、中々ページをめくろうとしない健人を促した。

一ページ、また一ページとゆっくりめくる。
そこに写し出された数々の写真は、全てが生身の斎藤健人であり、魂を持ち合わせていた。

「やっぱりゆき姉だけだよ、本当の俺を撮せるのは…。
ゆき姉に出会えて良かった…。」
雪見と再会してから今日までの事が、走馬燈のように頭の中を駆け巡り、
またしても胸がいっぱいになった健人が、出来上がったばかりの写真集の上に
ポタポタと涙を落とした。

「あーあぁ!濡れちゃったぁ!普段は絶対泣かないくせに、なんで私といる時は
泣き虫になっちゃうの?しょーがないなぁ。」
そう言いながら雪見は、手で濡れた写真の上を拭く。
その指に光る指輪を見た時、健人は自分でも訳が解らぬほど、幼子のように涙が溢れた。

「よしよし、もう泣かないの。」そっと健人を両腕で包んで頭を撫でる。
腕の中の無防備な健人は、やはり生まれたてのバンビのように思えた。

私があなたを守ってあげるから…。

やっとみずきの宿題に答えが見つかった。










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