コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.167 )
- 日時: 2011/05/27 16:41
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「愛穂さん。今日の夜、もし良かったらうちで飲まない?」
「え?雪見さんの家で?」
雪見はこの場で当麻のことを、あれこれ聞き出すのも気が引けたので、
この際お酒の力を少々借りて、愛穂の真意を確かめようと思っていた。
「私このあと編集部に戻って、健人くんの写真集の続きをやらなきゃならないんだけど、
今日は九時には終らせようって話だから、もし予定が無かったらどうかなと思って。」
「そうだなぁ…。」
「あ!当麻くんのラジオ、生で五時から聞くのは無理だと思ったから、
予約録音してきたんだ!一緒に聴きながらお酒飲もうよ!」
この一言で、愛穂は「うん!」と返事した。
二ヶ月後の当麻への愛はどうだか判らないが、取りあえず今日の愛は大丈夫そうだ。
もう次の仕事先へと向かった健人に、メールでこの事を伝えてから編集部へと戻る。
「じゃ、お疲れ様でした!お先に。」
雪見が今日の編集作業を終え、ホッとしながら誰もいない一階ロビーに降りると
愛穂がベンチに座って待っていた。
「愛穂さん!待っててくれたの?」
「うん。雪見さんちは教えてもらったけど、やっぱり迷ったら困るから
一緒に行きたいかな、って。こう見えても私、方向音痴で…。
ロケ先になかなかたどり着けなくて、遅刻寸前!ってことを結構やらかすの。」
笑いながら肩をすくめる。
「ほんとに?やっぱり私と似てる!
私もこないだ竹富島で、健人くんと当麻くんに案内は任しといて!とか
言っときながら、大きな顔して道に迷った!
ここから自分ちは迷わないから安心してね。じゃ、行こう!」
愛穂が、近くのコンビニで買ったワインを持参してきたので、
二人はそのまま雪見のマンションへと向かう。
「ただいまぁ!めめとラッキーは仲良くお留守番してたかな?
愛穂さん、上がって!」
パチッ!と居間の電気をつけた途端、雪見はビックリして卒倒しそうになった!
「お帰りぃ!遅かったね、ゆき姉!待ちくたびれたよ。」
なんと、暗闇の中に健人と当麻がソファーに座ってるではないか!
雪見より早く仕事が終った二人が、健人の持ってる合い鍵で先に入って、
雪見と愛穂を驚かせようと待ちかまえていたのだ。
「ちょっとぉ!驚かせないでよ!もう心臓が止まるかと思った!
通りでめめ達がお出迎えに来ないわけだ。あー、びっくりした!」
「イェーイ!やったねっ!」
健人と当麻はハイタッチをして、いたずらの成功を喜んだ。
当麻が雪見の後ろに立つ愛穂を見て、「お疲れ!」とにっこり微笑む。
愛穂も当麻を見つめて「ラジオ、お疲れ様!」と笑顔を見せた。
なんか、いい感じじゃない?という風に、雪見は健人に目配せしてから
「よーし!宴会の準備、開始!」と号令をかける。
「当麻くん、おつまみ作るの手伝ってくれる?」 「OK!」
「健人くんと愛穂さんは、お酒とグラスの準備をお願いねっ!」
「了解!」
当麻は器用に料理する人で、反対に健人は何も出来ない人。
愛穂も「お料理はあまり得意じゃなくて…。」と、前に言ってたことがあったので、
当麻の前で恥をかかせてはならないと、健人と一緒に酒の用意をしてもらう。
久しぶりに雪見とキッチンに立つ当麻は、心なしか嬉しそうだった。
「ねぇねぇ、ラジオ聞いてくれた?」
「残念ながら、それどころじゃなかったの!
振り袖着せられて、苦しくて撮影大変だったんだから!」
雪見があり合わせの物で、簡単なマリネを作りながら当麻に返事する。
「えっ!ゆき姉、着物きたの?あっ、そうか!もう一月号の撮影だもんね。
ゆき姉の着物姿って、どんなんだろ?すっげー興味ある!」
「今、『ゆき姉が振り袖かよ?大丈夫かぁ?』とか思ったでしょ?絶対に思った!」
隣りに立つ当麻をジロリと下から覗き込む。
その顔が可愛くて、一瞬当麻はドキッとさせられた。
「そ、そんなこと思うわけないでしょーが!相変わらず被害妄想大きい人だね、
ゆき姉は。なんで自分に自信が持てないの?そんなに可愛いのに。」
当麻の言葉に、今度は雪見がドキッとする。
なんで愛穂さんと付き合ってるのに、そんなこと言うの…。
そこに健人が、「おつまみ、まだぁ?俺、喉乾いてんだけど。先に愛穂さんと
飲んじゃうよ!」とキッチンに顔を出した。
雪見は慌てて、「ごめんごめん!出来た物から運ぶね。当麻くん、お願い!」
と、当麻にトレーを渡す。
作りかけのおつまみも急いで仕上げて、雪見も席に着いた。
「じゃ、乾杯しよう!何に乾杯する?」健人がニヤッと笑って雪見を見る。
「もちろん!でしょ?」
「そうだよねぇー!じゃ、当麻と愛穂さんにカンパーイ!」
当麻と愛穂は、顔を見合わせて笑ってた。
そして雪見や健人とグラスを合わせたあと、見つめ合って二人でチン!
とグラスを鳴らし、ワインを口に含んだ。
「うめぇーっ!仕事の後のワインは最高!俺、腹減ってたんだ!食べてもいい?」
健人がどれに手を付けようか、子供のように迷いながら料理を皿に取る。
「いっただっきまーす!これ、今作ったの?マジうめぇ!さすが、ゆき姉だね!」
「それ、当麻くんだよ!作ったの。めちゃ手際いいの!
男の料理なんだけど、繊細な味付けするよね、当麻くんって。
いいなぁー、愛穂さん!きっといっつも美味しい物、食べさせてもらえるよ!」
雪見は当麻を褒めて、愛穂にも「よかったね、料理の得意な彼氏で!」
と言うことを素直に伝えたつもりだったが、三人の受け取り方は違ったようだ。
「悪かったね!何にも出来ない彼氏で!」と、まず健人がむくれる。
次に愛穂が「私、お料理下手くそで…。」と下を向き、当麻までもが気まずいのか
シラーッとしていた。
「ち、ちょっと!そんな意味で言ったんじゃないって!
ごめん!私の言い方が悪かったね!機嫌直して食べようよ。
あとは全部私が作ったんだから!遠慮しないで食べて!」
「ゆき姉!それも嫌みに聞こえるんだけど。」
当麻が笑いながら言うと、雪見は「もう、しゃべらないっ!」とワインを一気飲みした。
にぎやかなホームパーティーの始まりだ。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.168 )
- 日時: 2011/05/28 12:12
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「まさか今日、みんながうちに集まるなんてねぇ!驚きの展開だわ。
まだ二人とも仕事かと思った。」
雪見がグラスを手に取りながら、健人と当麻を見て言った。
「ゆき姉から、『今日愛穂さんがうちに飲みに来る。』ってメール来て
こりゃ当麻と行かなきゃイカンでしょ!と思ってさ。
ラジオも終ってたから当麻にメールしたら、ディレクターさんの誘いを蹴って
こっちに来たんだって!こいつ。」
と、健人はニヤニヤしながら当麻を見る。
が、当の当麻は素知らぬ顔をして、自分が作った三種の茸のガーリック炒めを頬張り、
ワインをゴクリと喉に流し込んで「これ、めっちゃワインに合う!」とご満悦な様子だ。
雪見も健人も、二人の口から色々聞き出したいのに、さっぱりそんな話にはならない。
それどころか、当麻と愛穂の会話や表情を観察してみると、もう何年も付き合って
お互いが空気のような存在になってるカップルを、なぜか頭に思い浮かべてしまう。
『付き合ってすぐって、普通もっとラブラブなんじゃないのかなぁ?
それとも、私達に冷やかされるのを警戒して、ベタベタしたいのを押さえてる?
いや、そんな風にも見えないし…。
まぁ、元々当麻くんは、健人くんに比べて恥ずかしがり屋さんだから、
どの恋愛でもみんなの前ではこんな感じなのかな?』
雪見は、当麻と愛穂を交互に見ながら、どこか心に引っかかるものを感じていた。
恋愛なんて人それぞれなのだから、別に気にしなきゃいいことなんだけど。
「そうだ!今日の当麻くんのラジオ、録音してあったんだ!
まだうちら聞いてないから、BGM代わりに流しちゃお!」
そう言いながら雪見が、今日放送の『当麻的幸せの時間』を流し始めた。
つい三人とも聞き入って、場がシーンとしてしまう。
だが当麻は、無我夢中でしゃべる生放送の三十分間を改めて聞き返すのは、
どうにも恥ずかしくて仕方ないらしい。
「おーい!そんなに真剣に聞かなくてもいいから!
俺今日は一人だったし、大したこと話してないって。
あ!先週の放送の反響は、プロデューサーもビックリするほど凄かったよ!
『当麻くん一人の放送より三人の時の方が断然面白いから、どうか三人の番組に
変えちゃって下さい!』って葉書にはガッカリしたけどね。」
当麻の話にみんなで大笑いしたら、一気に場の空気がリラックスした。
よし!今が聞き出すチャンス!と読んで、雪見が口火を切る。
「ねぇねぇ。愛穂さんって、当麻くんみたいな人がずっとタイプだったの?」
最初の質問にしてはその微妙な言い回しに、言った本人が『しまったかな?』
と少々後悔したが、口から出てしまったものは仕方ない。
「うーん、タイプでもないかな?今まで付き合ってきた人は、グイグイ
引っ張ってくれて頼れる人が多かった。
当麻くんみたいな優柔不断で平和主義な人とは、初めて付き合ったよ。
だから、結構まだ戸惑ってる。」
愛穂のはっきりしたものの言い方に、こっちの方が戸惑った。
当麻と健人の顔も、明らかに複雑な表情をしている。
「そ、そうなんだ…。けど当麻くんって優しいし格好いいし家事も得意だし、
それに世間のイメージよりも、意外と男らしいとこあるよ!」
「意外にって何よ、意外にって!」
雪見のフォローに当麻がツッコミを入れたが、その顔に笑顔はない。
やっぱりこの二人に、熱い思いが感じられない気がするのは、
ただの思い過ごしではなかったのか。
何時間か前に感じた言いようのない不安が、徐々に姿を現し始めた。
「そう言えば昨日、梨弩さんって人のグラビア撮影したよ。
あの人、雪見さんの前の彼氏なんでしょ?『浅香雪見ってカメラマン知ってる?』
って声をかけられたんだ。凄い人と付き合ってたんだね、雪見さんって!」
突然の愛穂の発言に、健人たちは一瞬で固まった。雪見は慌てふためく。
「えっ!『ヴィーナス』のグラビアに出るの?なんで?
愛穂さんが撮ったの?学を。」
「そう!次の特別グラビアは、梨弩さんに急遽変更になったらしい。
この前すっごい賞を取ったんでしょ?
国際的科学者なのに、超イケメンってことでオファーしたみたい。
実際会ったら背は高いし、モデルさん並みの体型だった。
大人の色気ある格好いい男!って感じ。その上、優秀な頭脳を持ってるんだから、
もうパーフェクト!だよね。なんであんな素敵な人と別れちゃったの?」
いきなり饒舌になった愛穂のストレートな質問に、雪見は焦る。
健人と当麻の視線がこっちを向いてるのを感じた。
「なんで、って…。」
雪見は、健人と当麻に本当の事を話す勇気がなかった。
二十六歳の時にプロポーズされたことや、嫌いになって別れた訳ではないことを…。
健人には、何も隠し事をしたくないと言っておきながら、やっぱり言えないことがある。
雪見が言い訳を探していると、当麻が先に口を挟んだ。
「ゆき姉にだって色々あるよね!
俺や健人にだって、他人には言えないことたくさんあるんだから。
言いたくないことは、無理に言わなくてもいいんだよ。」
かばってくれる当麻の優しさが、雪見の心にじわっと染み込んでくる。
だが、健人の不安げな表情は、そのままにしておくわけにはいかないと、とっさに思った。
「デンマークに一緒に来て欲しい、っていうプロポーズを断ったの、昔。」
雪見の覚悟を決めたカミングアウトに、三人が驚いて雪見を見る。
健人は、以前学と話した時に覚えた胸騒ぎはそういう事だったのかと、
今やっと合点がいき、一瞬驚きはしたが少し気持ちが落ち着いた。
「そう。そうだったんだ…。ありがとう!話してくれて。」
健人が雪見の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
その瞳から先程までの不安げな影は消え去り、反対に、雪見が自分に大事な事を
打ち明けてくれた!という嬉しさが読み取れる。
「ごめんね、健人くん。今まで黙ってて…。
あの時ちゃんと話せば良かったって、後悔してたんだ、私。
今みんなに話せてスッキリした!あー、喉乾いちゃった!」
そう言いながら雪見は、ビールの缶をプシュッと開け一気に飲んだ。
そのあとは四人で、昔の恋人の話をお互いに披露し合って盛り上がり、
また近々、今度はカラオケに行く約束をして解散した。
帰る当麻と愛穂を玄関先で見送る二人。
「じゃ、またねっ!当麻くん、ちゃんと愛穂さんを部屋まで送り届けてよ!
送り狼にはならないでねっ!」
「古っ!ゆき姉!今どき送り狼なんて言葉は使わんでしょ!
すんげー久々に聞いた!」
健人のツッコミに当麻と愛穂の笑い声が響く。
二人が玄関を出て行ったあと、健人は雪見を抱き締め
「ゆき姉、だーい好きっ!」と言ったあと優しいキスをした。
二人だけの夜はまだ明けない。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.169 )
- 日時: 2011/05/29 09:48
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
雪見の家で四人の飲み会をしてから早一週間。
相変わらず健人も当麻も忙しい毎日を過ごし、まだ一度も三人揃って
歌の練習が出来ぬまま、十月二週目の『当麻的幸せの時間』放送日を迎えてしまった。
今日は健人と雪見も番組に加わる日。夕方四時にラジオスタジオ集合だ。
この日も雪見は朝から『ヴィーナス』編集部にて、写真集の編集作業をこなし、
お昼過ぎからは、同じ出版社の三十代向けファッション誌『シャロン』
のグラビア撮影が待っていた。
以前『ヴィーナス』編集長吉川に紹介された『シャロン』編集長北村が
「是非ウチにも出て欲しい!」と、雪見の所属事務所に頭を下げて
決まった仕事ではあったが、雪見はどうにも気が重い。
もっと編集作業に没頭したいのに、ちょこちょこ違う仕事が間に入り、
その度に編集部を抜け出さなければならないことに、段々とストレスを感じ始めた。
しかしこれは致し方ないことだと、頭の中では解ってる。
写真集の出版を『ヴィーナス』とのコラボでと契約した時点で、色々な
企画を仕掛けると言うことは、吉川との取り決めだったのだから。
午前十一時前。『シャロン』編集部から迎えの人が『ヴィーナス』編集部にやって来た。
今日の撮影は、都内の大学キャンパスで行なわれるらしい。
しかも今話題の有名人との対談が急遽用意されたと聞かされて、雪見は慌てだした。
「えーっ!そんなぁ!グラビア撮影だけでも一杯一杯なのに、この私が
対談なんて絶対に無理です!お断りします!」
「断るって言われても!私は浅香さんを連れて来るようにって、編集長に
言われただけだから…。お願いします!私も困るんです!」
二人のやり取りを聞いていた写真集編集スタッフは、笑いながら
「雪見さん、行ってやりなよ!その子泣いちゃうよ!
『シャロン』の北村編集長は怖い人なんだから。
こっちは順調に進んでるんだし、それに有名人との対談なんてワクワクするじゃん!
一体誰との対談なんだろ?ねぇ、誰が来るの?」
と聞いたのだが、その迎えに来た新人らしい『シャロン』編集部員は、
誰との対談かは本人にはシークレットなのだと言う。
「なにそれ!誰との対談かも教えてもらえないの?益々行きたく無くなった!」
その子を責めるのはお門違いと解っていたが、無性に腹が立ってきた。
「まぁまぁ!これも写真集を売るための戦略なんだから、私達のため、
いや健人くんのためだと思って我慢して!北村さんの企画力って凄いんだよ!
絶対にマイナスになることはしないって。それどころか、相当な反響を狙ってると思う。
『ヴィーナス』も、うかうかしてられないわ!」
そう言って、ここのリーダーの加藤さんが雪見をなだめる。
雪見は、これ以上何を言っても、どうにかなるわけでもないと観念し、
渋々出掛ける準備をした。
「済みません!撮影のあとは真っ直ぐラジオ局に行くことになりそうです。
えーと、五時半には放送終るんで、六時過ぎには戻って来ますから!」
いってらっしゃい!と送り出され、『シャロン』のカメラマンやメイクさんらと共に
ワゴン車に乗り込み、撮影現場へと移動した。
車の中では、初対面となる撮影スタッフと自己紹介を交わしたあと、
今日の衣装の打ち合わせをする。
やはり三十代向けファッション誌だけあって、『ヴィーナス』で着る衣装とはまるで違う。
が、二十代向け『ヴィーナス』では気恥ずかしさが先に立ったが、
『シャロン』は自分の年代の雑誌なので、少しは堂々としていられる気がした。
「もう少しで到着です!」
運転していたカメラマンの声で窓の外を見ると、見覚えのある懐かしい風景が目に映った。
「あれっ?ここは…。」
車を降りて驚いた。そこは雪見が卒業した大学のキャンパスだったのだ!
「うそ!ここで撮影するんですか?」
「そう!ここ、雪見さんの出たとこでしょ?凄い大学出てるんだね、雪見さんって。」
「いや、そんなことはないけど…。」
五十代ぐらいに見えるカメラマンを見ながら、雪見はなんとなく嫌な
予感がしてきた。 『まさかね…。』
「じゃ雪見さん、着替えて準備お願いします!」
もう一度ワゴン車に乗り込み、着替えてヘアメイクを整える。
いよいよグラビア撮影のスタートだ。
「母校のキャンパスを懐かしい思いで歩いてる!ってシチュエーションでお願いします!」
確かに懐かしいは懐かしい。卒業以来何年ぶりであろう、ここを訪れるのは…。
次第に昔を思い出し、演技ではなく本当に懐かしくリラックスした表情で撮影は進んだ。
「バッチリです!雪見さん。いい写真が撮れてますよ!
じゃ次の衣装に着替えて、いよいよ対談相手とご対面シーンから撮影を
再開します!」
再び車の中で着替えながら、雪見は心臓が尋常じゃないほどドキドキしてきた。
「私、何にも話せなかったらどうしよう!対談なんてしたことないし…。
もしも上手くいかなかったら…。」
「ほらほら、そんな顔しないで!大丈夫!雪見さんなら大丈夫よ。
私、撮影見てて思ったもの。この人、本当にカメラマンなの?って。
私の目には、トップモデルか女優さんにしか見えなかった。
だから大丈夫!自信を持って堂々とお話すればいいの。
さぁ、いってらっしゃい!」
スタイリストさんに励まされ、背中を押されて車を降りる。
「じゃあ雪見さんは、ここからむこうに向かってゆっくり歩いてくれる?
対談相手はむこうからこっちに向かって歩いて来るから。
真ん中辺で顔を合わせた瞬間の表情から撮影開始ね。」
カメラマンの指示通りに、ゆっくり一歩ずつ歩く。
普段履き慣れないヒールと緊張感で、果たして足が正しく前へ出ているのかさえ判らない。
足元ばかり見て歩く雪見に、前方に立っているカメラマンから
「雪見さーん!もっと顔を上げて!」と注意が飛ぶ。
「ごめんなさいっ!」足元を気にしてる場合ではないと開き直り、顔を上げた。
キャンパスを行き交う学生の間から見え隠れして、徐々にこちらに
近づいて来るスーツ姿の長身の男性。
それが誰だか判った瞬間、雪見の足は一歩も前へは進まなくなった。
『学!対談相手って学なの…?』
広いキャンパスの中で、二人の間の時間だけが止まってしまったかのように見える。
向こうから歩いてくるのは、十二年前の若くて一途だった恋人の姿に
雪見の瞳には映っていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.170 )
- 日時: 2011/05/30 12:23
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「どうして?どうして学がここにいるの?」
立ち止まったまま動かない雪見の元に、学がゆっくりやって来た。
「よぉ!また会ったな。」
「また会ったなじゃないでしょ!どうしてここにいるのか聞いてるの!
偶然?それとも大学に呼ばれて来たの?」
「だとしたら、偶然ここでこの時間に雪見に会える確率はどれぐらい?
お前なら解るよな?偶然なんかじゃないって。」
学は、写真を撮られていることなどまるで気にも留めず、昔と変らぬ熱い瞳で
雪見の目をじっと見つめた。
「じゃあどうして?なぜあなたが私と対談なんかすることになったの?
今日はグラビアの撮影としか聞いてなかったのに…。」
雪見はいつまでも解けない問題を、学にぶつけてみる。
「俺だよ。俺が対談させてくれって頼んだの。
今度、ここの出版社から本を出すことになったんだ。
で、この前打ち合わせで出版社に行った時、偶然雪見が載ってた雑誌を目にして、
編集長に昔話をしたら、食いついてきてさぁ。
それじゃあ対談なんてどうですか?って言ったら二つ返事で『お願いします!』って。」
「昔話って、いったい何を話したの!ねぇ、なに言ったの!」
雪見がニコリともせずに学に詰め寄るものだから、カメラマンからダメ出しされる。
「雪見さんも梨弩さんも、何年振りかのご対面っぽい笑顔でお願いしますよ!
じゃ、二人並んで握手して下さい!顔はこっちです!
はい、もうワンショット!今度は雪見さんが梨弩さんを見上げて微笑んで!
はい、OKです!じゃ、場所を学食に移して対談シーンの撮影をします。」
学の案内で、撮影スタッフがぞろぞろと学食まで行進した。
目立つ学と雪見には、学食までの道のりであちこちから声が掛かる。
学には、「おめでとうございます!一緒に撮ってもらえますか?」
と女子学生からケータイを向けられ、一方の雪見には「『ヴィーナス』
見ました!写真集必ず買いますから!」と、握手を求められた。
「やっぱ、学はこの大学の誇りだよね。すっかり日本の有名人になっちゃった!」
「そう言う雪見だって、人気雑誌のグラビアを飾るんだから有名人だろ?
しかも超人気アイドルの写真集まで出すんだから、大したカメラマンに
なったじゃないか。」
「お互い、昔の夢を叶えたってわけね。」
雪見が、並んで歩く学を見上げて微笑むと、学はいきなり雪見の肩を抱き寄せ
「そのお陰で、俺はお前を失ったけどね。」と小声で言った。
「ちょっと!こんなとこでやめてよ!みんなが見てる!」
慌てて雪見が学の隣りから離れ、スタスタと先に行ってしまった。
後ろからその様子を目にした撮影スタッフはビックリ!
大学時代の同級生としか聞かされてないので、先程からの会話も何か
おかしいと思って聞いていた。
「なになに!あの二人、どういう関係?」 「さぁ…。」
対談場所は大学側の好意で、中庭が見渡せる窓側の一角が確保されている。
「うわぁ!ここ、懐かしい!みんなが特等席って呼んでたとこだ!
ここに座れたらその日一日ラッキー!みたいな、滅多に座れなかった場所。
いいのかな?私達が座っちゃって。みんなも座りたいだろうに…。」
「相変わらず雪見は優しいね。いいんじゃない?大学から俺への受賞祝いだと思えば。
さ!じゃあ始めましょう。俺もまだこのあと仕事が残ってるもので。」
雪見と学の対談は、『今話題の人に大接近!』という人気コーナーに掲載されるもので、
毎月旬の人を取り上げて、みんなにもっと深く知ってもらおう!というコンセプトで構成されている。
ライターさんが二人の前に座り基本の質問はしていくが、あとは二人の話の流れに任せた。
話が途切れたら話題を振る役割なのだが、まったく
その出番もなく、対談は流れるように進んでゆく。
「ほんと、久しぶりだね!」という会話から始まり、二人の出会った時の第一印象や
大学時代のゼミの話、今現在の仕事の話に至っては二人とも熱く語り過ぎ、
予定時間を大幅にオーバーしたが無事対談は終了した。
「お疲れ様でした!ありがとうございます!
凄くいいお話を聞かせて頂きました。だけど、このままでは字数をオーバーしちゃうんで、
結構削ることになると思います。ごめんなさい!」
ライターさんが二人に頭を下げて先に詫びる。
「いや、僕らの方こそ雑誌の対談と言うことを忘れて、話し込んでしまいました。
雪見がゼミの女の子達に、仁王立ちになって僕をかばう啖呵を切った話だけは
切らないで下さいね!あ、あとは今の仕事の話も。
これがなくちゃ僕なんて、『一体誰?この人。』って事になっちゃいますから。」
そう言って学がライターさんに笑いかけると、まだ二十代とおぼしき彼女は
頬を染めて嬉しそうに微笑み返した。
雪見は乗ってきたワゴン車まで戻り、衣装から私服に着替えて撮影スタッフを見送る。
「うーん、終ったぁ〜!」と清々しい気持ちで伸びをしてたら、後ろから学が
「まだ時間ある?」と声を掛けてきた。
「うん。あと二十分ぐらいなら大丈夫だけど…。」
「じゃ、少しそこで話そう。」と、近くのベンチを指差す。
二人は昔みたいに並んで腰掛け、空を仰いだ。
「あー、なんかここからの景色が変ってなくてホッとする。」
雪見は平静を装っていたが、内心は学が何を言い出すのかと怯えていた。
「俺、雪見が昔の彼女だったとか、一言も言ってないからね。
健人くんって言ったっけ?彼氏。
本当はこの前雪見んちに行ったのは、俺の今の気持ちを伝えたくなったからなんだけど、
あいつの雪見に対する真っ直ぐな思いを聞かされたら、すっかりそんな気も失せちゃったよ。
まぁ、あんな若造に負けたかと思うと悔しい気もするけど、あいつなら
雪見を任せてもいいかなって思った。
あれだけの人気者を彼氏に持ったらさぞかし大変だろうけど、
俺はいつでもお前の味方だから。
あいつに泣かされたら俺んとこに来い!あいつを説教してやる!」
そう言って学は笑っていた。
雪見はその言葉がとても嬉しく、いつまでも心の中が温かかった。
「ありがとう!私も学の幸せを祈ってる。
まぁ、これだけ有名人になったんだから、若いコがほっとかないでしょう!
私なんかより素敵な彼女を見つけて、早く結婚しちゃいなさい!」
二人はまたの再会を約束して握手を交わし、雪見はタクシーに乗り込んで
ラジオ局へと急いだ。
学は、車が見えなくなるまで立ち尽くし、「ずっと好きだから…。」と一人つぶやいた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.171 )
- 日時: 2011/05/30 16:06
- 名前: りえ (ID: ZpTcs73J)
雪見美化させすぎww
eさんかわいそ。 知ってました?主人公が凄い人ってたいてい雑魚な作品ですよ
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