コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.217 )
日時: 2011/06/23 21:51
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

三上の突然の発言は、そこにいた者すべてに衝撃を与えた。
いや、すべてでは無い。ただ一人、小野寺をのぞいては…。

「どういう事なのか、納得のいくように説明して下さい!
私の聞き間違えでなければ、三人のユニットではなく、
健人くんと当麻くんがデュオで、私はソロのデビューでというように
聞こえましたが?
それって、まったく始めと、お話が違うと思うんですが!」

雪見が語気を強め、三上を睨み付けるような鋭い目つきで言った。
普段は穏やかだが、こんな目つきになった時は大抵人格が変わり
『よくも私を怒らせたわね!』という場合が大半である。
雪見は、理不尽なことを言う人間が大嫌いであった。

健人と当麻も雪見の周りに集まり、三上に疑問を投げかける。

「三上さん。俺もデビューは三人でと思っていました。
それがどうしてこうなったのか、教えて下さい。
昨日のラジオの時だって、一言もそんな事は言ってなかったですよね。」

当麻は、自分が大変お世話になっているプロデューサーであろうとも、
自分たちに対しての、いや雪見に対しての横暴な発言は、断じて
聞き流すことは出来なかった。
それは健人にしたって同じなのだが、今回ばかりは当麻の方が雪見の盾にと、
三上の前に毅然とした態度で立ちはだかる。

雪見は当麻の横顔を眺めながら、こんな時にこんな事を思うのもなんだが、
当麻って十三も年下なのに大人だよなぁ、と感心した。
いやいや、今はそんな事に感心している場合じゃない!
一刻も早くに白黒はっきりさせなくては…。

「三上さん。私の書いた歌詞に問題があるのなら、プロの方が書いた
歌詞を付けて頂いてかまいません。
さっき聞いたアップテンポの曲を、振り付きで歌えとおっしゃるなら
これから一生懸命練習します。

私は、三人でなら、歌に挑戦してみようと思いましたが、
一人でデビューせよとおっしゃるならば、このお話はお断りせざるをえません。
なぜなら、それは私が望んでいる事ではないからです!」

雪見はそれだけ言うと、あとは三上の返事を待った。
だが、先に口を開いたのは、三上の隣りにいる小野寺だった。

「雪見さん。きみは自分では、気が付いていないのかも知れないが、
素晴らしい才能の持ち主なんだよ。

僕もこの会社に入ってから、多くの歌手志望の子たちを見てきたが
いくらなりたいと望んでも、デビューさえ出来ない子が大勢いる。
たとえデビューしたとしても、中央に出て行けるのなんて
ほんの一握りにしか過ぎないんだ。
どんなに事務所がバックアップしたとしても、だよ。
それはなぜか。すべては天性の才能の有る無しで決まる、シビアな世界だからだ。
才能だけは、どう事務所がお金をつぎ込んでも、身に付けさせてやる
ことは出来ないからね。

一昔前なら多少歌が下手くそでも、顔さえ良ければそこそこ売れた時代もあった。
だが今は違う。本物の才能と、整った容姿を手にして生まれた者にだけ
道は開けるんだ。
どんなに欲しい!と望んでも、努力をしても手に入れられないものって
世の中にはたくさんあるんだよ。

きみは、誰もが欲しいと望んでいるものを、手の中に握っているんだよ!」

小野寺は、雪見の瞳だけを真っ直ぐに見据えて、そう力説した。
雪見は小野寺の瞳を見て、なんとなく事の輪郭がわかってしまった気がした。

小野寺はもしかして、最初から雪見のソロデビューを計画していたのではないのか。
それを始めから伝えると、即座に断られるのが目に見えているので
まずは健人たちと三人でと安心させ、音楽の方に気持ちを向けておいてから、
三上と説得しようと思ったのではないか。

だったとしたら、健人と当麻は…。
あんなにデビューを喜んだ二人は、罠に仕掛けられた、ただの餌?
いや、そんなことは無いと思いたい。
二人はこの事務所にとって、大事な大事な売れっ子アイドルなのだから。

だが、次に話し始めた三上が、決定的なことを口にした。

「はっきり言うようだが、三人でデビューしたところで売れるのは
物珍しい最初だけだろう。
健人と当麻のファンが飛び付くだろうが、次第に雪見ちゃんの存在が
鼻についてくる。
別に、雪見ちゃんだからってわけじゃないよ。
どうしたって、自分が好きなアイドルの隣で親しげに立つ同性を
ファンが厳しい目で見るのは、致し方ないことだ。
反対に、雪見ちゃんに付いた男のファンだって、健人と当麻の存在が
うっとうしくなってくる。
結局はどっちつかずになって失敗に終るパターンを、今まで散々見てきたんだ。
だったら始めから、別々に売り出した方が絶対にいい。

健人と当麻は踊れる俳優だから、ダンスをメインにしたデュオで、
雪見ちゃんはもちろん、自分で書いたさっきの歌で勝負する!」

三上が熱く力説すればするほど、雪見は反対に冷めていった。
あんなに頼み込んで歌詞を書かせてもらったのが、バカみたいに思えた。
三人の歌だと思ったから、心を込めて書いたのに…。

三上と小野寺は、さっき聞いた雪見の歌が決定的だったと言った。
あの歌を多くの人に聴いてもらいたい、と。

健人と当麻のために作った歌が、結果として自分の首を絞めたのか…。
雪見は、自分を笑うよりほかなかった。

「フフフッ。まーたやっちゃったんだ、あたし。
自分で掘った落とし穴に、自分で落ちちゃったって訳ね。
もう、今日は穴から這い上がる気力も残ってないから、私帰ります。」

それだけ言うと雪見はバッグを手に取り、みんなが止める声も聞かずに
スタスタとドアから出て行った。


残された健人と当麻は、ただぼんやりと雪見の去った軌跡を、目で追うばかりである。
あんなに楽しみだったデビューも、今となってはどうでもいい事のように思えた。

雪見と一緒じゃないデビューなんて…。







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.218 )
日時: 2011/06/25 00:05
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

スタジオを飛び出した雪見は、廊下を歩きながらケータイを鞄から手に取り、
誰かに電話をかけ始める。

「あ、もしもし、真由子? 私。
今、忙しい? そう…、残業中なんだ…。
わかった、ごめん!忙しいのに電話して。ううん、いいの。
ちょっと頭にきた事あったから、聞いてもらおうかと思っただけ。
また今度聞いてもらうわ。いいのいいの!仕事、頑張ってね。
私?これから真っ直ぐ帰るよ。今日は寄り道する気分じゃないから。
うん、わかった。じゃ、またねっ!」

真由子がダメなら香織に、と思ってアドレスを開いたが、すぐにパタンと
ケータイを閉じた。

『やっぱ今日は一人でいいや…。』


どこへも寄り道せずに真っ直ぐマンションへと帰ったが、エレベーターの中で
ちょっと後悔した。
ビールとワイン、家にある分じゃ足りなかったな、と…。



「ただいまぁ!帰って来たよ!」
めめとラッキーは寝ているらしく、ウンともスンとも返事がない。

こんな日は、誰かに「お帰り!」なんて優しく言われて出迎えられたら
きっと泣いちゃうんだろうな…。
そう思ったら急に寂しくなって、健人に会いたくなった。


『健人くんと当麻くんに、何にも言わないで飛び出して来ちゃった…。
きっと今頃、みんなに説得されてるんだろうな。
なんであの場で、もっと議論しなかったんだろ、私。
いつもの私なら、徹底的にやっつけてから出て来るのに…。
なんか、二人を見捨てて来ちゃったみたいだよね、これじゃ。

あの時は頭に血が上って、自分の事しか考えられなくなってた。
でも今、少しだけ冷静に考えてみると、健人くんと当麻くんの夢さえも
なんだか私がぶち壊してしまったような気がする…。』

私は、取り返しのつかない事をしてしまったのか?
自分はいいとしても、健人たちのデビューはどうなるのか?
まさか、私がごねたばかりにあの二人のデビューも、無くなりはしないよね?
次から次へと悪い事ばかりが頭に浮かんで、どんどん落ちてゆく。

『いかんいかん!負のスパイラルにはまってる!
こんな時には違う事に集中して、一旦頭を切り替えないと。
そうだ!冷蔵庫の中身を全部使って久しぶりに、料理何品作れるか大会をしよう!』

それは昔、専門学校を卒業し、カメラマンのアシスタントをしていた
時代によくやった一人遊び。
仕事が上手くいかなかったり嫌なことがあったりした時、家にある食材を
全部使い切るまで、ただひたすら料理に没頭するのだ。
冷蔵庫が空っぽになる頃には気分がスッキリして、また次の日から頑張る事ができた。
まぁ、その後何日かは、それを食べ続けることになるのだが。

雪見はビール片手にキッチンにこもり、冷蔵庫の食材を全部並べて
昔の事を思い出しながら、料理を開始した。
元々、健人のお母さんみたいに、料理の得意な女性になりたくて、
調理師免許まで取ってしまったほどの腕前。
ビールも進んで鼻歌交じりに、次々と皿を埋めていく。

テーブル一杯に並んだ料理を見たら、また健人を思い出した。

『健人くんが一緒にいたら、きっと「めっちゃ美味そう!」って、
嬉しそうに平らげてくれただろうな…。』

そう思うと、なんだかまた気分が落ちてしまった。
よし!じゃあ、ワインでも開けるか!と、ワインオープナーをコルクに突き刺した時、
ピンポーン♪とインターホンが鳴った。

「健人くん!?」

走って玄関へ行き鍵を開けると、「お助けマン、参上!」と立っていたのは
なんと、真由子と香織であった!

「真由子!残業じゃなかったの?香織まで一緒に…。」
それだけ言うと、突然涙が勝手に溢れてくる。

「やっぱりね…。あんたからの何年振りかのSOSだと思ったから、
残業なんてぶん投げて、香織にも招集かけて飛んで来たんだよ!
あれ?その割にはいい匂いがするけど…。」

部屋に上がった真由子と香織が、テーブルの上を見て驚いてる。
「あんた、一人でやけ食いでもしようっての?
なに、このパーティーみたいに並んだ料理は!
ま、ちょうど良かった!持ってきたワインに合いそうな料理ばっかり。
これ、私が輸入する第二弾のワイン!早く二人に飲ませたかったんだ!
さ、食べよ食べよ!」

真由子と香織は、雪見に何があったのか一言も聞かず、他愛もない
おしゃべりをいつも通りにして、いつも通りにお酒を飲んだ。
こんな時二人は、根掘り葉掘り涙の訳を聞いたりせずに、
雪見が自分から言い出すまで、そっとしておいてくれる。
その優しさが雪見には一番の、心の絆創膏であった。

ワインを二本空けたところで雪見が「あのね…。」と、その日の出来事を
ぽつりぽつりと話し出す。

「健人くんと当麻くんと三人で、CDデビューする話があってね…。」

そこまでしか話してないのに、真由子がいきなり「なんだとぉ〜!?」
と叫んで立ち上がった!

「まぁまぁ、落ち着いて!座りなさいよ、真由子。まずは雪見の話を、
最後まで聞いてあげよう。」
香織はいつも穏やかで冷静で、すぐに熱くなる真由子や雪見を上手く
コントロールしてくれる。
男っぽい性格の真由子とは正反対で、雪見はいつも香織の事を
「マシュマロみたいな女の子」と表現しては真由子に叱られてた。
「33にもなった女を、女の子と呼ぶんじゃないっ!」と。
でも香織はきっと永遠に女の子だと、密かに雪見は思ってる。

「それで?デビューする話がどうしたの?」
真由子と違って、芸能人に何の興味もない香織はいたって冷静に、
真剣に雪見の話を聞いてくれた。
それに引き替え真由子は、案の定ギャーギャー騒ぎながら聞いている。

「ねぇ。その雪見が書いた歌、聴いてみたい。
雪見の事だから、もうピアノの弾き語りができるんでしょ?聴かせてよ!私達に。」
香織が瞳を輝かせて、雪見にリクエストした。

「うーん、なんだか恥ずかしいけど、曲は本当に素敵な曲なの!
だから歌詞も、スラスラ頭に浮かんできたんだ。
じゃ、ちょっと弾いてみるね。」

そう言って雪見は、部屋の隅にある電子ピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。
まるで自分の持ち歌であるかのように前奏を弾き、静かに歌い出した。


健人と当麻に捧げる、愛の歌を…。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.219 )
日時: 2011/06/25 14:55
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

♪ はるか遠くに忘れた日々を  きみと一緒に取りに戻ろう
  記憶の糸をたぐり寄せ 僕が最初に見たものは
  きみの笑顔と差し出す右手 なのにどうして僕らの右手は 
  あの時 空(くう)をつかんだのだろう
  今なら並んで歩いてゆくのに 今ならもう離さないのに
  夢に出てきたきみのくちびる 「ゴ・メ・ン・ネ」って動いたのかな
  まだ間に合う? もう遅い?
  引き返せない道なんて この世に存在しないから
  勇気を出して一緒に戻ろう 遠くに見えるあの日の始めに

  
  夢は強く願えば叶うから 怖がらないで目を閉じて
  きみのまぶたに写った景色を どうか忘れないでいて
  いつか同じ景色が見えたなら ためらわないで手を伸ばそう
  きみの夢は僕の夢 きっといつか叶えてあげる
  記念の写真を二人で写そう
  未来は誰にもわからないけど ひとつ確かに言えるのは
  きみの隣りに僕がいること
  緑の風に二人で吹かれて 今より遠くへ飛んで行けたら
  きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず ♪


「こーんな感じの曲なんだけど…。メロディーが凄く綺麗でしょ?」
雪見が電子ピアノのスイッチを切りながら、後ろを振り向く。
香織が微笑んでいる。真由子は…泣いていた。

「もう!真由子って、ほんとお酒が入ると涙もろくなるんだから!
普段は鉄の女!って感じなのにね。」
雪見は笑いながら、冷蔵庫から冷たいビールを三缶取り出し、二人に手渡した。

「雪見。この歌、マジでいい歌だよ!あんたの歌って、なんでいっつも泣けるんだろ。」

「それはね、真由子がいっつも酔っぱらって、私の歌を聴くから!」

「違うよ、雪見。雪見の歌って、本当に心の奥まで届く歌なの。
曲はもちろんだけど、歌詞も一言一言が心に入ってくる。
だから泣けるんだと思うよ。
ねぇ。どうして一人じゃデビューしたくないの?
前に見せてもらった卒業文集に、確か将来の夢は歌手って書いてあったよね?」

「香織、よくそんな事覚えてたね!子供の頃の夢だよ、子供の頃の。」
雪見が笑いながら言うと、香織は急に真顔になって雪見を見つめた。

「夢を叶える前に死んじゃう子供が、世の中にはたくさんいるんだよ…。」

「香織…。」

香織は、国立がんセンターの院内学級で、保母さんをしている。
主に5、6歳児を受け持っていた。
以前飲みに行った時、酔って香織が泣きながらこんな話をした事がある。

「抗ガン剤治療で吐いて苦しくて、普段はベッドから起きられない子も、
院内学級のある日は、這うようにしてでもやって来るの。
『先生!来たよ。ピアノを教えて。』って。
震える手で、一生懸命絵を描いて持ってくる子もいる。
どうしてそんなに頑張れると思う?
夢なの。夢があるから苦しくても頑張れるの。
そんなに小さな子供でも、大きくなったらピアニストになりたい!とか、
漫画家になりたい!とかって、はっきり夢を語るんだよ。
そこまで生きられないで、死んじゃうのにね…。」


香織は、受け持ちの子供が死を迎えるたびに、自分ではどうしてやることも出来ない
無力さに打ちひしがれ、何度も病院を辞めようと思ったと言う。

だが反対に、病を克服した子供達は退院する時、一様に目をキラキラと
輝かせて夢を語るらしい。
「香織先生!学校に行ったらいっぱい勉強して、山本先生みたいな優しい
お医者さんになるからね!
そしたら香織先生が病気になった時、僕が痛くないようにお注射をしてあげる。」

夢ってね、生きる力になるんだって、子供達から教わったよ…。
そう言って香織が、その時うっすらと微笑んだのを覚えている。


「ねぇ!別にさぁ、あんた来年の三月までしか健人の事務所と、
契約してないんでしょ?
だったら、あとたったの五ヶ月間しかないんだから、ごちゃごちゃ考えないで
やってみればいいじゃん!長い人生のたった五ヶ月だよ!
私にそんな才能があったら、喜んで体験してみるけどな。
それとも、歌うのが嫌いになったとか?
それは無いよね、あんなにカラオケ好きなんだから。」

チャレンジ精神旺盛でミーハーな真由子なら、100%そうするだろう。
だけど私は…。

「先が見えないから怖い。そうじゃないの?
けど、健人くんたちだって、まったく新しい事にチャレンジしようとしてるんだよ。
一緒には歌えなくても、スタートは同じ新人なんだから、お互い励まし合って
昔の夢を体験してみればいいんじゃない?」

昔の夢…。子供の時に見た夢…。
手が届く所にある、本当は実現したかったもう一つの私の夢…。

「あんた、自分で書いた歌詞を忘れたの?
夢と同じ景色が見えたら、ためらわないで手を伸ばそう!って書いたんだよ。
それって健人だけじゃなく、自分に対しての言葉でもあるんじゃないの?」

ためらわないで手を伸ばそう、か…。


その時だった!ガチャンというドアが開いた音の後に、ガラガラと音が聞こえた。

「ゆきねぇ!いるんでしょ?ちょっと手伝ってぇ!
当麻、サンキュ!それ、取りあえず廊下に置いといて。」
健人の声であった!

雪見が慌てて玄関に行くと、旅行用の大きなスーツケース四つと共に、
健人と当麻が立っているではないか!

「どうしたの、健人くん!明日から海外ロケにでも行くの?」
その声を聞きつけて、真由子と香織もバタバタと居間から飛んで来る。

「なに言ってんの!ゆき姉が心配だったから、当麻に手伝ってもらって
荷物をまとめて来たんでしょうが!
大体、なんでケータイに出てくれないのさ!何回も電話してんのに。
ゆき姉がスタジオ飛び出してから、どんだけ当麻と心配してたと思ってんの!」

普段あまり怒らない健人が、珍しく強い口調で雪見を叱った。
健人が、心から雪見を心配してたのが伝わってきたので、
雪見はいい訳をせず、すぐに「ごめんなさい…。」と謝った。

「まぁ、良かったじゃん!ゆき姉が元気そうで。
こいつ、本当に心配してたよ、ゆき姉のこと。
まだ帰ってなくても、荷物は運んでおきたいから手伝って、って。
あ!荷物出したら俺のトランク、返してね。
近々ドラマの海外ロケ、ほんとにあるから。」

当麻のトランク?

「ねぇ。その荷物はなに?」

「今日から俺がここに住むための、当面の荷物に決まってんでしょ!」

「健人くん…。」


静かな夜のマンションに、またしても真由子の大絶叫が響き渡った。






  
  

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.220 )
日時: 2011/06/26 15:28
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

真由子の大絶叫は、確実にそのフロアに響き渡ったはず。
健人はまたかよ!って顔をし、当麻はビックリして唾を飲み込んだ。

「あ、あんた達…、まさか同棲するんじゃ…。」

「同棲だって!なんか久々に聞いた言葉じゃね?」
健人が笑いながら小声で言って、隣の当麻と顔を見合わせる。

「真由子、勘弁してよ!ほんとに私、マンション追い出されちゃうでしょ!
とにかく二人とも中に入って!中で話そう。」

健人と当麻は、海外旅行用の大きなスーツケースを、両手でよいしょ!と持ち上げ
健人の部屋になるであろう、一番手前の空いてる部屋へとスーツケースを運び入れる。

「あー、重かった!当麻が手伝ってくれなかったら、今日は無理だったわ!
助かったよ、ありがとね!」

「いいんだって!俺も、今日はゆき姉に誰かが一緒に付いててやった方がいいな、と思ったから。
まさか、このタイミングで健人が引っ越すとまでは、さすがに思わなかったけどね。」
当麻が笑いながら言った。

「うん。自分でも不思議なんだけど、絶対に今日だ!って思っちゃったわけ。」

「普段は優柔不断な健人だけど、今日の決断は男らしくて見直したわ!
俺だったらやっぱ、躊躇すると思う。」

健人の愛にはどうしたって勝てないや…と、当麻はこの時初めてきっぱりと
雪見を諦める踏ん切りがついた。
これからは二人の幸せを祈って、一番のサポーターになろうと決意した。


「ねぇ、そう言えばさっき、真由子さんの他にもう一人、見たことない人いたよね?誰?」
当麻が健人に聞いてみる。

「あぁ、俺も初めて会う人だけど、多分香織さんって人だと思う。
ゆき姉の親友があの二人だと思うよ。ゆき姉が撮影旅行で家を空けた時は、
あの二人が交代でめめの面倒を見に来てくれるって、前に言ってたから。」

「なんかさ、香織さんって、ちょっと可愛くない?女の子っぽいって言うか…。」

「おっ!久々に食いついたんじゃね?当麻くん!
いいよいいよー!俺、全力で応援しちゃうよ!」

健人と当麻がスーツケースにまたがりながら、香織の話で盛り上がっていると、
居間から真由子の呼ぶ声が聞こえた。

「ちょっと!そこのイケメンアイドルお二人さん!
いつまでも井戸端会議してないで、早くこっちに来なよ!」

「井戸端会議だって!母さん以外から初めて聞いた!真由子さんって、一体いくつ?」

「あの三人は多分同い年だと思うよ。」  

「ふーん、そうなの。ま、いいや。じゃ、行きますか!」


突然のアイドル二人の登場に、真由子のテンションはヘンなことになっている。
それに引き替え香織は、芸能人にはまったく興味を持ったことがないので、
ただ雪見の彼氏とその友達が来た、ぐらいにしか思っていなかった。

「あ、香織は二人に会うの初めてだよね。
紹介するまでもないと思うけど、斎藤健人くんと三ツ橋当麻くん。
もちろん知ってるよね?」

「それはもちろん!子供たちにも大人気の二人だもの。
初めまして、中村香織です。いつも雪見がお世話になってます。」
そう言いながら香織は、三十代には見えない愛くるしい笑顔で、にっこりと微笑んだ。

そのたった一度の笑顔は、当麻の心臓をキュン!と鳴らすに充分な分量で、
隣りにいた健人は密かに『よしよし!』と、にやついたのであった。

「こちらこそ、いつもゆき姉がお世話になって!
今日も来てくれてて安心しました。話は聞いたと思うけど、この人、
すごい顔してスタジオ飛び出して行ったから、心配で心配で。
すぐに追いかけて行ければ良かったんですけど、そうもいかない状況で…。」
健人が、いつもと変わらぬ表情でキッチンに立つ雪見の方を見ながら、
安堵して香織に話しかける。

「私も今、初めて安心しました。雪見から、あなたと付き合い出したと聞かされて以来
失礼ですけど、ずっと心配してたんです。
あなたみたいな人と付き合って、雪見は本当に大丈夫なのかな?って。
ごめんなさいね、こんな言い方して。
でも今こうやって直接お話してみて、あなたなら雪見をお任せできると
ホッとしました。これからも雪見を、よろしくお願いします。」
香織が深々と頭を下げたので、健人も慌てて頭を下げる。
そこへ、面白く無さそうな顔の真由子が割って入った。

「ちょっとぉ!なによそれ!
それじゃ雪見をもらいに来た彼氏と、雪見の母の会話でしょーが!
香織!こんなイケメンアイドルを目の前にして、少しはドキドキとかしなさいよ!
私なんて、何回会ってもこの状況が信じられないのに。」

健人が、隣でニコニコとみんなの会話を聞いている当麻に気が付き、
慌てて香織に紹介した。

「あ、当麻は俺の一番の親友なんです。俺とゆき姉の一番の理解者。
だから今日も、真っ先に俺の背中を押してくれました。
めちゃめちゃいい奴ですよ、こいつ!料理も出来るし部屋も綺麗!
何にも言わなくてもスーツケース持ってきてくれたし、男の俺から見ても
かっこいい男です!」
健人の強引な押しに苦笑いをした当麻は、少し照れながら初めて香織に話しかける。

「あの…。さっき俺らが子供たちに大人気って言ってたけど、
香織さんって結婚してるんですか?」

そこへ雪見が、冷えたワインとチーズやサラミ、ナッツなどの乾き物のおつまみを運んできた。

「なーにぃ?当麻くん、そんなことが気になるわけ?
大丈夫だよ!香織の言ってる子供たちって、自分の受け持ちの子供のこと。
香織は、病院の中にある院内学級の保母さんなの。子供が大好きなんだよ!
そんなことはいいから、せっかくだしみんなで飲もう!
冷蔵庫の中を空っぽにしちゃったから、料理の追加は作れないけど。」

「すでにご馳走が並んでるじゃん!俺、めっちゃ腹減ってたんだ!
食べよう食べよう!」

「じゃ、健人の引っ越し祝いに、カンパーイ!」


当麻の音頭で乾杯し、ちょっとした合コンのような飲み会がスタートした。



























Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.221 )
日時: 2011/06/27 00:40
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

三十過ぎの女三人と、二十歳そこそこのイケメンアイドルが二人。
もしもここが居酒屋だったら、この絵図はどうなんだろ?
健人と当麻が、仮にただの大学生だったとしても、だ。

だが真由子にとってはそんなこと、どうでも良かった。
なんせ、大好きなアイドル二人に囲まれて酒が飲めるんだから、
まさしくここは、夢のようなパラダイスに違いなかった。

「もう、今日は雪見に感謝だわ!
あんたが、『一人じゃ歌いたくな〜い!』ってごねて、飛び出して来てくれたお陰で
ここでこの二人と、美味しいワインが飲めるんだから!」
真由子は凄いピッチでグラスを空けたせいで、もうすでに第一ラウンド
終了間近である。

「真由子!ちょっと飲み過ぎだよ。少し私のベッドで一眠りしたら?」

「そんなぁ!今日から健人と一緒に寝るベッドに、まさか私が先に寝る
わけにはいかんでしょう!
あ!もしかして、早く帰ればいいのにぃ!とか密かに思ってたりして?」

「変なこと言わないでよ!もう、酔っぱらいなんだから!
じゃ、いいからソファーに横になりなさい!今、毛布持って来てあげる。」
雪見が立ち上がり、寝室に毛布を取りに行く。

雪見が席を外してすぐに、真由子は健人に向かって、本気とも冗談とも
つかぬ事を言った。

「雪見を泣かせたら、この私が承知しないから!
一緒に住むって決めた以上、最後まで責任持ちなさいよ!」

「大丈夫、安心して。俺って世間のイメージほど、チャラくはないから。
ゆき姉を幸せに出来るのは、世界中で俺しかいないと思ってる。」

瞳を見つめて健人が、ドラマのセリフ張りに真顔で言ったので、
真由子はそこでテクニカルノックアウト!
「私、もう死んでもいい!」そう叫びながらソファーにダイブして、
そのまま気を失ったかのように眠りに落ちた。

「ちょっと、真由子!なんて格好して寝てんのよ。風邪引くでしょ!」
そう言いながら、雪見がそっと毛布を掛けてやる。

「少し真由子を眠らせたら、起こして私も一緒に帰るからね。」
香織が、真由子の幸せそうな寝顔を見つめながら微笑んで言った。

「いいよ、しばらく寝かしてやって!残業続きで疲れてるのに、
私のために飛んで来てくれたんだもの。ほんと有り難いよね、親友って…。」
雪見も、なぜ真由子はこんなに幸せそうな顔で寝てるんだろう…と
不思議に思いながらも、心の中で彼女に感謝した。


「そうだ!健人くん、明日から今野さんの迎えの車、どうするの?
まさか毎朝迎えの時間に合わせて、自分のマンションに戻るわけ?」
雪見がハッと我に返ったように、心配そうに健人に聞いた。

「大丈夫だよ。今野さんにだけは正直に話してきたから。」

「えっ!今野さんに話したの?私と一緒に住むことを?
今野さん、なんて言ってた?」

「しばらく考えた後、了承してくれたよ。但し条件がある、って。」

「なに?その条件って…。」 雪見は緊張しながら健人の言葉を待った。

「事務所にバレないようにする代りに…、ゆき姉を説得して来いって。
ゆき姉をどうしてもソロデビューさせたい!って…。」

「その条件を呑んで、健人くんはここに来たわけ…。」
その時すでに、雪見の顔から笑顔は消えていた。

「違うよ。そんな条件出される前から、俺はゆき姉を説得するつもりだった。
俺は…。俺はゆき姉のあの歌を、日本中の人達に聴いてもらいたいんだ。
あの歌は、ゆき姉が歌うべき歌なんだ!」
健人は真っ直ぐに雪見と向き合い、目を見て真剣に気持ちを伝えた。

「俺も、ゆき姉のあの歌、大好きだよ!ずーっと聴いていたい。」
当麻が微笑んで言う。
「ゆき姉さぁ、忘れちゃったの?
ゆき姉にはこんなイケメンの最強ナイトが、二人もそばにいるってこと。
俺たち、どんなことがあっても、ゆき姉を守り抜くって誓ったよね。
あの約束は永遠に有効だよ。
だから勇気を出して、俺たちと一緒に新しい事にチャレンジしてみようよ。
絶対に楽しいって!三人での全国ツアー!」

「全国ツアー!?どういうこと?」びっくりして雪見が健人に聞き返す。

「俺と当麻は毎年別々に東京と大阪で、ファンミーティングをやってきたんだけど、
それを今年は五大都市で、合同でやろうってことになったらしくて。
そのツアーにゆき姉も参加させて、三人のライブとおしゃべりを中心の
ステージを計画してるらしい。」

「そっ!『当麻的幸せの時間』と『ヴィーナス』のコラボツアーだって!
もちろん健人の写真集もね、ホールのロビーで写真展をやるって言ってたよ!
ゆき姉が沖縄で写した俺たちの写真の、未公開ショットを展示するみたい。
ねっ!楽しそうでしょ?だからやろうよ、俺たちと一緒にツアー!」
当麻は、すでに決まったかのようにワクワクしているのが、すぐにわかった。

健人も、ジッと雪見を見つめて、良い返事を待っている。
雪見は、健人と当麻の写真展をやるというところに、気持ちがグラッと揺れた。

「雪見。こんなに雪見のこと思ってくれる人たち、他にはいないよ。
そろそろ誠意を持って、その気持ちに答えるべきじゃないのかな。」
香織も穏やかに微笑んでいた。

三人が雪見を見守ってくれている。
もちろん、そこのソファーですやすやと眠る真由子も…。


「やってみようかな…。
こうなったら浅香雪見って人間が、どれほどのもんなのか、
自分自身を徹底的に、お手並み拝見と行こうか。」

雪見の言葉に、三人はハイタッチをして喜んだ。

「良かった!ゆき姉のその言葉を待ってたよ!
必ず俺たちがサポートするから。だから何も心配しないで。」
当麻が本当に嬉しそうに、雪見に言う。

「私も応援するよ。ツアー中のめめ達のお世話は、任せておいて!」
香織も、いつもの穏やかな優しい笑顔で、雪見を見つめた。

健人は、自分の思いを受け止めてくれた雪見を、早く抱き締めてあげたいと思った。


今日から二人の新しい生活が、ここから始まる。
これからは毎日一緒にいられるんだ。
雪見を説得する事ができてやっと今、健人は喜びを噛み締めることができた。


側らのソファーでは、何も知らない真由子がまだ寝息をたてていた。







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