コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.382 )
日時: 2012/02/12 15:18
名前: 無名 (ID: Qvi/1zTB)

☆宣伝☆
「感想書きます!」
きて!

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.383 )
日時: 2012/02/14 10:13
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「うそでしょ…?十年たったら完治だって…言ってたよね?
おばあちゃんが死んで十年経つんだから、母さんの乳がんも十年経ったよね?
なんで?なんでそれなのに再発なの!?」

雪見は、まさか自分の悪い予感が現実のものになろうとは夢にも思わなかった。
母の様子からもそれはあり得ないだろうと、すっかり油断していた。
それほどまでにこの母は他人事のように飄々としていて、それが無性に
腹立たしく思えてくる。

「ねぇ!なんで早く教えてくれなかったの!?一体いつ判ったのよ!
これから先、どうなるの!?」
雪見の反応は想定内の事と、母は何一つ表情を変えるわけでもなく、
これからの長々とした説明に備えて、まずはお茶で喉を潤した。

「結果がちゃんと出たら、勿論あんたにも伝えようと思ってたわよ。
再発となったら、隠しておけるような治療じゃないし。
あんたも女である以上、いつ乳がんになってもおかしくないんだから、
きちんとした知識を持ちなさい。
十年が完治の目安って言われてるだけで、十二年目で再発する人だっているの。
あんた、乳がん検診、ちゃんと行ってるでしょうね?」

「行ってるわよ!私の事なんか、今はどうでもいいでしょ!?
今知りたいのは、これから母さんがどうなって行くのかって事だけ!」


そう、母さんの未来が知りたいの…。
この先も母さんはそこにいてくれるの?
私と健人くんの未来を、一緒に見てくれるの…?

そう思った瞬間、プツンと何かが弾けた音がして、雪見の瞳からコロコロと
涙の粒が転がり出した。

再発という言葉には、絶望感しか湧き出てこない。
十年前母が乳がんに冒されたと聞いた時、何も知識が無かった私は必死に資料を読み漁り、
その時持てる乳がんに関する知識を、すべて体得したつもりでいた。
あれから十年…。その後、医療は進歩してくれただろうか…。


「雪見。よく聞きなさい。人間の死亡率は百パーセントなの。
誰もが平等に、この世から消えてゆくのよ。
たとえ母さんが乳がんにならなかったとしても、いつかは必ず最期の時がやって来るの。」

「それが…答え…?お医者さんが…そう言ったの?
やだ…。そんなのやだっ!」

雪見は泣いた。子供のように…。
十歳の時、父を亡くしたあの日と同じように。
またあの時と同じ事が起こってしまう、と恐怖に打ち震えながら…。


雪見がしばらく泣き止みそうもないと見ると、母はすっとキッチンに消え、
程なくしてまた席に着くと、コーヒーの良い香りが漂い出した。
そして雪見を慰めるかのように、ピョンと猫が膝に飛び乗る。
泣きながらもその柔らかな背中を撫で、大好きなコーヒーの香りを嗅いでいると、
いつの間にか雪見の心は落ち着いていた。

「はい、カフェオレ。健人くんもカフェオレしか飲めないんだっけ?
あんた達って、意外と似た者夫婦かもね。まぁ干支が同じで血液型も一緒だから。」
二人ともブラックコーヒーが飲めない事を根拠に似た者夫婦と言い、
それを干支や血液型にまで結びつける。
母は相変わらず脳天気なところがあると、まだ半分泣きながら無言で思う。

「しっかし、健人くんがあんたのダンナになるとはねぇ!
あんな売れてるイケメン俳優、親戚じゃなかったら、絶対あんたと縁なんて無かったよ!
うちのばあちゃんと、ちぃばあちゃんに感謝しなさい!」

「わかってる…。ちゃんとお礼言って来た…。」
雪見が下を向いたまま、ボソッと呟いた。

「それにしても健人くん、本当にあんたでいいのかな?
周りにもっと可愛い女優さんとかモデルとか、よりどりみどり選べるだろうに。
あんたにすぐ出戻って来られても、母さん困るんだけど。」
母が、しかめっ面して雪見を見る。

「健人くんはそんな男じゃないからっ!
ずーっと一生私の事を守ってくれるって、プロポーズしてくれたんだもん!
ゆき姉以外はあり得ない!って。」
いきなり顔を上げ、必死に訴える雪見を母はクスッと笑った。

「そう!だったら安心した。あんたの事は、健人くんに任せたよ。
あんたももっと努力して、健人くん自慢の奥さんになりなさい。
年が一回りも違うって事は、それなりに努力が必要なんだからねっ!」
母は力強く雪見に檄を飛ばした。
健人くんと一生仲良くやっていきなさい、と遺言のように…。

それから母は雪見が落ち着いたと見て、今後の治療方針や見通し、仕事についてなど
伝えるべき内容を業務連絡かのように、淡々と伝えた。

「抗癌剤治療が始まると、多分物理的にも体調的にも無理な期間があるだろうけど、
仕事は最後まで辞めないから。
あと一年、定年までは何としてでも頑張る!施設長にも許しを貰ってるから。」

「なに言ってんの!無理に決まってんでしょっ!今すぐ仕事なんて辞めなさいよ!!」

「これだけは誰に何と言われようと譲れない。たとえあんたが泣いて頼んだとしても!」

どう考えても無理…だ。
母は長年、老人介護施設で働いていた。若い職員でも体力的にきつい仕事が多いのに、
母はそれさえも「天職だから平気!」と喜々として。

「時々、自分の親の面倒も見ないで他人の世話をするなんて、何やってんだろ
って思う事があるけど、あの人達を置いて札幌へは行けない…。
みんな私の事、娘だと思ってるから。
まぁ、本当の親からしたら、とんでもない親不孝娘だけどね。」
そう言って少し寂しげに笑ってたことがある。

あの人達から、生きるとは何か、死ぬとは何かを毎日教わってる、とも…。


母は頑固だった。
一度自分で決めたことは最後までやり通す、執念にも似た根性を持ち合わせていた。
それは今も昔も変わらず、だからこそ女手一つで私達姉弟とおばあちゃんを
養ってこれたのかも知れないし、今も、残された時間を生き抜く希望に
つながってるのかも知れない。

ため息をついたところで事態は変わるわけでもなく、だとしたら
とっとと頭を切り替えて次に進まなくては!と思うのは、まるっきり母の遺伝子なんだな
と雪見は改めて思った。


「母さん。私、ここにしばらく戻って来るよ。一緒に暮らそう!
私が母さんの残りの人生、サポートしてあげる!」










Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.384 )
日時: 2012/02/16 21:56
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

雪見の思いがけない言葉に「えっ!?」と驚いた後、母は少しの間を置いて
「そんなのダメだよ。」と静かに言った。

「健人くんと結婚すると決めたなら、全力で彼をサポートするのがあんたの役目でしょ?
あんたがサポートするのは母さんじゃない。健人くんなんだよ。」

母は、突き放すような厳しい目をして雪見を諭す。
だけど、それが精一杯の演技である事を雪見は知っていた。
「一緒に暮らそう!」と言ったとき、母は一瞬嬉しそうな顔を見せてしまったから…。

「でも、母さんとの時間は限られてるんだよ!
娘なんだから、母さんを優先したいに決まってるじゃない!
健人くんとは、まだまだ先の時間がある。
健人くんだってきっと、そうしてあげなさいって言うに決まってる!」

「言うかも知れないね。だけど…それが本心だと思う?」

「えっ…?」

母の言う通りだった。
寂しがり屋でひとりぼっちが嫌いで、雪見が大好き。
今の健人は雪見と一緒に暮らす事で精神の安定が保たれ、仕事において
最高の力を発揮出来てる。
そんな健人を一人残し、雪見が実家に戻ったら…。
その後の健人の様子は、容易に想像がついた。


母と健人の間で雪見の心は、振り子のように大きく揺れ動き葛藤していた。
どっちも同じくらいに大切な人。
だけど母の命には限りがある。いなくなってから後悔したくない。
私やっぱり母さんと…と言おうとしたら、母が先に口を開いた。

「暇を見て、今までよりも顔を出してくれれば、母さんはそれで充分!
そうだなぁー。抗癌剤が始まったらきっと、お掃除とか猫の世話とか
手抜きになっちゃうだろうから、たまに来てお掃除してくれたら嬉しいな!
あとは何かあったら、ちゃーんとSOS出すから、母さんの事は心配しないで
あんたは健人くんのお世話を、しっかりしてあげなさい!」

にっこり笑った母は、「あ!今度来る時のお土産は、美味しいプリンがいいな!」
と、茶目っ気たっぷりに付け加えた。


そう…。そうなんだ。母は昔から、そういう人。
人に迷惑かけるのが大嫌いな人。たとえそれが家族であろうとも…。

誰にも迷惑をかけず、ひっそりと命を終らせようとする母の姿が、頭の片隅を横切った。




帰り道。ハンドルを握りながら、健人に何と伝えるべきかと雪見は悩んでいる。

母の十年前の発病も知らない健人は、もちろん驚くだろう。
乳がんに関する知識など皆無だろうから、再発転移の示す意味すら判らなくて当然だ。
特に母の場合、すでに肺と骨に遠隔転移があり……。

やっぱりダメだ…。
ニューヨークに雪見と一緒に旅立つ日を、子供のように指折り数えて
心待ちにしてる健人に、こんなリアルな話はしたくない。

札幌公演が成功した事で歌に対する不安が消え、健人の瞳はすでにツアーではなく
その先を見ている。
時間が少しでもあれば英会話のCDを聞いて勉強してるし、雪見にしても
向こうのレッスン場で通訳が務められるよう、芝居に関する専門用語の勉強を
つい最近始めたばかりだった。
ましてや今は俳優業とアーティスト活動で、もっとも忙しい時期。
一番大切な精神の安定を自ら壊すような話は、たとえ母の一大事であろうとも、
言ってはいけない気がした。

ニューヨークから帰国するまでは、やっぱり黙っていよう…。



帰宅すると、まだ帰ってないと思ってた健人がすでに居た。

「あ!お帰りっ!おばさん、元気だった?
俺もちょっと前に帰って来たとこ。ゆき姉も飲む?」
雪見の顔を見た途端、嬉しそうに微笑んだ健人を見て、母の事を伝える気は
まったくもって消え失せた。
風呂上がりだったらしく、健人は肩に掛けたタオルで髪を拭きながら
缶ビールを飲んでいる。

「いや、私も先にお風呂入っちゃう。夜の運転はなんか肩が凝って。」
そう言って首をわざとグルグル回しながら、健人の前から立ち去った。
もう少し綿密なシナリオを作らないと…。


バスタブに身を沈め、ここから出た後の会話をまずどうするか考える。

「ちょうど大阪公演当日から、一回目の抗癌剤治療が始まる…。
一回目だけは入院して治療するから心配ないけど、問題は二回目以降。
外来でとなると、やっぱ家に帰った後が心配だもんなぁ…。
十年前も吐き気は相当つらそうだったし、あんなんで仕事になんか行けるわけ
ないと思うんだけど…。
それともいいお薬ができて、今の抗癌剤はつらくないのかなぁ…?」

雪見が、うーん!と湯船の中で、伸びをしたその時だった。

「なにゴチャゴチャ、ひとりごと言ってんの?ねぇ!俺も入っていい?
冷たいビール持ってきたんだけど!」

「え?ええーっ!?」
うそっ!今の話、聞かれてたっ!?

雪見が慌てて白い入浴剤を入れ、バタバタかき回してると、
「入るよ!」と言いながら、さっさと健人が入って来てしまった。

バシャン!と雪見と向かい合わせに身を沈め、「ほいっ!ビール!」と
一缶を突き出す。
「じゃ、今日もお疲れっ!カンパーイ!」と勝手に缶を合わせてきた。

「うめーっ!今度さ、どっかの温泉の露天風呂で、こーいうのやりたいねっ!
露天風呂が部屋に付いてる、高級和風旅館とかあるじゃん!
でさ、冬に二人で雪見酒とか、いいんじゃない?
あーっ!俺、今スッゲーこと気が付いた!今も雪見酒だ!
初めて気がついた!ゆき姉の雪見って名前、雪見酒から付けたのぉ?
だとしたら、どーりでお酒が強い訳だ!」

入ってくるなりハイテンションに喋りまくる健人に呆気にとられ、
雪見はビールに口もつけずに、目をぱちくりさせていた。

「いや…名前の由来は聞いたことないけど…。
まさか、そんなとこから付けないでしょ。それに私、六月生まれだし…。」

「誰に付けてもらった名前なの?」

「札幌のおじいちゃんが付けてくれたらしい。」

「じゃ、絶対そうじゃん!
札幌は雪が積もるし、おじいちゃんはお酒好きだし、絶対そうだー!」


なに?この健人くんのテンション。現場でなんかあったのかな…?

そう思って、不思議そうに健人の顔を覗いたその時だった。
いきなりグイッ!と凄い力で抱き寄せられ、雪見はびっくりした。

「ど、どうしたのっ?なんか…あった?」
すると健人は雪見の頭をそっと撫でながら、落ち着いた声で静かに言った。

「おばさん…。きっと大丈夫だよ。医学は絶対進歩してるから…。」

「えっ!どうして知って……」


思いもしなかった健人の言葉に、雪見の瞳からは一気に涙が溢れた。

健人の素肌に抱かれながら、雪見は生まれたての赤ん坊のように
いつまでもいつまでも泣いていた。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.385 )
日時: 2012/02/19 00:30
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

雪見の流した大量の涙によって、確実にバスタブの中は塩辛くなり
湯量も増したことだろう。
直に感じる健人の温もりと鼓動は、それほどまでに雪見の心をも丸裸にし
今の感情に見合っただけの涙を、すべて出し切らせてくれた。

「少し…落ち着いた?のぼせちゃうから、あとは出てから話そうか。」

「うん…。」

抱き締めてた手を緩め、そっと肌を離した健人は
雪見の頭をもう一度優しく撫でた後、先にバスルームを出て行った。

雪見は、服を着てると華奢に見える健人の、実はしなやかに鍛えられた背中を見送って
「ふぅぅぅ…。」と大きく息を吐く。
そして最後に、お湯をバシャッ!と顔に掛けて涙を洗い流してから
「よしっ!」と気合いを入れ、バスタブからスックと立ち上がった。


「お水、飲む?」

ルームウェアに着替え、伏し目がちにリビングに入ってきた雪見。
そこへ、先に上がっていた健人がミネラルウォーターを差し出した。

「いや…ビールがいい。」

「よかった…。少し元気になってくれたね。よし、飲もっか!」
健人は安堵の表情を見せた後、ニコッと笑って冷蔵庫からビールを取り出し、
雪見と並んでソファーに座った。

いつもは元気いっぱいする乾杯も、さすがに今は場違いな気がして
お互い静かに飲み始める。
しかし健人は、さっき自分がバスルームで取った行動を急に思い出し、
やっちゃった…と頭をかいた。

「さっきはごめん…。」

「えっ?なに…が?」

「俺…どうやってゆき姉のこと慰めたらいいのか、全然わかんなくって…。
深く考えもしないで、おちゃらけて乾杯!とか言っちゃったけど、
ほんとはゆき姉を傷つけたんじゃないかと思って…。ごめん…。」
健人は雪見に向かって神妙な面持ちで、ペコンと小さく頭を下げた。
それを見た雪見の胸が、キュンと音をたてる。

『自分なりに精一杯、私を元気づけようとしてくれてたんだね。
ありがと、健人くん。
私なら大丈夫。健人くんさえ隣りにいてくれたら大丈夫だから…。』

そう思ったら、今度は急に健人のことが心配になった。
もしかして、私以上に落ち込んでるのは健人くんかも!と。


「え?あぁ!お風呂入って来てすぐのこと言ってんの?
傷つくも何も、いきなりのハイテンションだったからビックリしたよ。
こっちの方こそ、健人くんになんかあったんだ!って心配になった。」
雪見は、なんとか健人の気持ちを元に戻してあげたい一心で、
極めて明るい口調で話をする。
すると健人の顔にも、スッと明るさが戻ってきた。

「あれ?そうなの?俺、そんなに下手くそな演技だった?」

「うそ!あれで演技してたの?だったらオーディション落っこちるよ。
だってセリフに何にも間が無くて、ずーっと一人で喋ってたじゃん!
私が今まで見た中で、一番下手くそな斎藤健人だった!」
そう言って雪見は、可笑しそうにケラケラ笑った。

と、突然健人は雪見を抱き寄せ唇を重ねたあと、ギュッと抱き締め
「よかった…。」と耳元でつぶやいた。
「もう笑ってくれないかと思った。」と…。

抱き締められる強さに、健人の心の内が読み取れる。
雪見は、またしても健人を心配させてしまったんだ…と胸を痛めた。
それと同時に、きちんと今の思いを言葉にして伝えなければ…とも。

「ごめんね…。私って、心配かけてばっかいるよね…。
でもほんと、大丈夫だから…。
私には健人くんがいるもん。だから大丈夫。」

「ゆき姉…。」
自分に言い聞かすように言った雪見が健気で可哀想で、健人は抱き締めた手を
いつまでも緩めることができなかった。

「私ね、健人くんには母さんの事、まだ言わないつもりでいたんだ。
健人くんが悲しい顔するのも、心配そうな顔するのも、ましてや私に
気を使うのも嫌だったから…。
健人くんには、常にベストな精神状態で仕事がして欲しいの。
私の身内の事で、迷惑かけたくなかったの。だから…。」
その時、健人がスッと身体を離し、雪見の目を見て言った。
真っ直ぐに、確固たる意志を持った強い瞳で…。

「ゆき姉、それは間違ってるよ。
俺たちこれから、みんながひとつの家族になるんだよね?
ゆき姉の母さんは、俺の母さんになるんだよね?
だったら心配すんのは当り前だし、だからと言ってそれを仕事にまで
引きずるほど、アマチュアな気分で仕事してる訳じゃないから。
それに俺、もうそんな子供じゃねーし!ゆき姉は俺を過保護にし過ぎる!」

すぐには言葉が返せなかった。
何一つ反論の余地は無く、すべてが真っ当な話であって、いかに自分の考えが
独りよがりの勝手な思い込みであるのかを、雪見は健人によって思い知らされた。
そして無意識のうちに健人を子供扱いし、プライドを傷つけていたのだと…。

「ごめん。そうだね…。健人くんの言う通りだよ。
私、健人くんのこと、いつまでも子供扱いし過ぎた。
こんなに立派な大人のいい男になったのに、それに気付かないでるなんて…。
ほんとにいい男になったね。ありがとう…。」

そう言いながら、今度は雪見が健人を抱き締める。
お互いがお互いを抱き締めてると、結婚ってそう言う事なんだ、と改めて納得できた。
そうだ!でも肝心なことを聞きそびれてた!

「ねぇ…。母さんのこと、誰に聞いたの?」
雪見には、大体の察しは付いてるが…。
そっと身体を離した健人は、雪見の目を見て答えた。

「ゆき姉が帰ってくる少し前、おばさんから電話をもらった。」

「やっぱりね…。」

思った通りだ…と雪見は冷静に思う。
雪見の中では、ニューヨークから戻るまでは健人に言わないつもりだったが、
だからと言ってそれを母に破られたと、憤慨する気もなかった。

「多分雪見は今日、健人くんに話すつもりは無いだろうけど、
でもこれから健人くんには、雪見を支えてやって欲しいから、って…。
おばさん、すっげえ明るく話すから、最初は冗談でしょ?って聞いてた。
けど最後に、あの子をよろしくお願いします、って涙声で言ったから
本当の事なんだ、って…。」

「そう…。」

バスルームであんなに泣いたのに、まだ涙は残っていた。
ポロポロポロポロ涙が溢れるのだが、今度は頬を伝う涙を二、三度
指先で拭った後、笑って見せた。
これ以上、健人を悲しませてはいけない、と。

「ごめんねーっ!おじいちゃんと言い、母さんと言い、あの親子
ほんといきなり電話かけるの好きだよね!
あれ?いきなり行動に移すのって、私、完璧に血を受け継いでるじゃん!
やだぁ!親子三代、同じ行動パターンなのぉ?」

すると健人が笑いを堪えて言う。
「じゃあ四代目にも遺伝するか、実験してみよっか?」と…。

デキ婚だけは勘弁ね!と笑いながら、二人は長い一日を終えることにした。


そう!私には、こんなにたくましい人がついてるから大丈夫!







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.386 )
日時: 2012/02/21 12:05
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あ、母さん?おはよ!どう?今日の体調は? そう!良かった。
ごめんねー、入院するのに付添ってあげられなくて…。
私?これから新幹線乗るとこ。母さんも、そろそろ出るんでしょ?
忘れ物ない?病院着いて何か思い出したら、メールに入れといて!
明日の午後には戻るから、持ってってあげる。」

東京駅の新幹線ホームは、朝から移動を開始する大勢の人々によって、
わさわさと空気が揺れている。
雪見はそんな喧噪の端っこに身を置いて、自宅を出る間際の母と電話で長話をしてた。

時折、雪見に気付いた若者が寄ってきて握手を求める。
雪見は失礼かとも思ったが、その度に電話を切るわけにもいかないので
母との通話はそのままに、空いてる手で握手に応じた。

周りの人々の、『誰?』という怪訝そうな顔。
そんな顔に遭遇するたび雪見は、今野の「三月中に有名になれ!」と言う
呪文のような言葉が勝手に聞こえ、「無理っ!」と大声を出しそうになるのだった。


「じゃ私、もう乗るね。治療頑張るんだよ!私も頑張って来るからっ!
じゃーねっ!行って来ます!」

ホームで母とギリギリまで話した後、ひょいと雪見は新幹線に飛び乗った。
程なくして滑らかに滑り出した、午前8時20分発新大阪行の新幹線のぞみ。
その車内は、明日からの三連休に思いを馳せた満員の客で、ざわざわと
未だ落ち着かないでいる。
雪見はもう少しだけここに居て考え事をしたいと、席には戻らずデッキに一人たたずんで
窓の外をぼんやりと眺めていた。


今日は全国ツアー二ヶ所目の、大阪でのライブが行われる日。
それと同時に、雪見の母の抗癌剤治療スタートの日でもあった。

これから母はタクシーに一人で乗り、一人で病院へ向かい、一人で入院手続きをする。
一人でじっと午後からの抗癌剤治療を待ち、一人で不安と戦い、一人で
苦しみにも立ち向かうのだ。
さっきの電話でその事を母に詫びたら、「子供じゃないんだからっ!」
と笑って一蹴された。

「あんたねぇ、母さんのこと心配する暇あったら、健人くんを心配しなさい!
あんな売れっ子のイケメン俳優、ダンナにしちゃったら、健人くんが
ちょっと調子悪いだけで、全部あんたのせいみたいに言われるんだよ?
ちゃんと食事の管理とか健康管理とか、してあげてるの?」


……思い出したっ!
私、健人くんに頼まれた野菜ジュースを買いに、ホームに降りたんだった!

慌ててポケットの中からジュースを取り出すと、良い具合に温くなってる。
「あっちゃぁ…。しょーがないかっ!」
やっちゃった!と思いながら雪見は、トボトボと健人らの待つ車両のドアをくぐった。

「ゆき姉!どこ行ってたのさっ!?
今野さんが、乗り損ねたんじゃないか!?って、あっちに捜しに行ったよ!」
マスクをして一応顔を隠した健人が、雪見が入って来たのと反対方向を指差して
小声で言った。

「ごめーん!ちょっとホームから母さんに電話したら、話が長くなっちゃって…。
やばっ!今野さんにメール入れとこ!
あのねぇ、これの事すっかり忘れてたの。はい…。」
雪見は、直前までポケットに入ってた野菜ジュースを、健人に差し出した。

「ぬっる!ホット野菜ジュースやねん!しょーがねーなぁ。
いいから座り!で、おばさんは元気だった?これから入院するんでしょ?」
健人はちょいちょいエセ関西弁を口にしながら、野菜ジュースにストローを挿す。
一口飲んで眉間にシワを寄せ、「飲んでみ。」と雪見にジュースを手渡した。

「うーん、マズっ!しばらく窓際に置いて冷やしといて。
母さんは相変わらず元気だったよ、今の所はね。
母さんの心配する暇あったら、健人くんを心配しなさい!って怒られた。」
笑ってる雪見を見てると、健人はホッとする。

「大丈夫だよ。おばさんはきっと、病気になんて負けないから…。」
そう言いながら健人は雪見の手を取り、ギュッと力強く握って微笑んだあと、
またそっと手を元の位置に戻した。

ほんの一瞬ではあったが、健人の温もりは充分全身に行き渡り、何の根拠もないが
それでも母は大丈夫だと思い込む事が出来た。
明日大阪から戻ったら、なるべく早くに顔を見に行こう。
…などと悠長に考えてたら、今野が睨みを利かせて戻って来た!やばっ!

「お前なぁ!勘弁してくれよー!ほんっと、ほぼ完璧に乗り損ねたと思ったぞ!」
今野は雪見に対し、げんこつをお見舞いするポーズをした。

「ごめんなさーいっ!!けど私って、そんなに信用ないですかぁ?」

「信用の問題じゃなくて、雪見なら絶対あり得る!って誰もが思う、
お前のドジさ加減が問題なのっ!」
今野の言葉に、隣で健人が声を殺して笑ってた。



そして定刻通りに新大阪へ到着後、ライブ前の一仕事として直行した
テレビ局でのこと。

「はぁ!?当麻が新幹線に乗り損ねたぁ?嘘だろーっ!!」

「ええーっ!?」 
「うそっ!?」

準備を整え、あとは出番を待つだけの控え室に、今野の大声が響き渡った。
健人と雪見の驚きの声と同時に…。

電話の相手は当麻のマネージャーらしい。
当麻は朝早くからドラマ撮りがあり、健人らとは別々に大阪入りする事になってた。
この後の生番組はスケジュール上、最初から無理と判ってたので
健人と雪見の二人で出るのだが、問題はそれ以降だ。

事の真相は、どうも出発3分前にホームに降りて、飲み物を買いに行ったのが原因のよう。
もたもたしてる所をファンの集団に見つかり、囲まれて乗り損なった様子。
当然のことながら、ケータイと財布しか持ってないとの事。
当麻のマネージャーも、マネジメント部長である今野に、こっぴどく叱られている。

「アホかぁ!なーにやってんだよ、あいつはぁ!
リハーサル中には着くだろうけど、その前の囲み取材は間に合わないんじゃね?」
健人が壁の時計に目をやりながら、ため息をつく。

「やっぱ私と当麻くんって、行動パターンが似てる気がする!」
同じことで怒られる同士ができ、雪見は嬉しそうに能天気に笑ってた。


トントン!
「斎藤さん、浅香さん、そろそろスタンバイお願いします!」

「はーいっ!」
「よっしゃ!いっちょ行きますかっ!」
「なんか関西のバラエティー番組って、よく考えたら怖ーいっ!」
「今頃やめーや!俺までビビるやろっ!!」

長い廊下を二人、ドキドキしながら歩く。

まさか、これから出演する番組が雪見人気に火をつけようとは、
この時誰が想像したであろう…。








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