コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.417 )
日時: 2012/04/24 18:03
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「おはよー!母さん、来たよー!具合はどう?」

玄関の鍵を合い鍵で勝手に開け、靴を脱ぎながら声を掛ける。
母の抗癌剤が始まったら、こまめに様子を見に来ようと思ってたのに、
忙しさにかまけて最近は来れないでいた。

母の返事よりも先に、猫たちが出迎えに来る。
すべて雪見が拾って母が育ててくれてる猫たちだ。

「いい子にしてた?ごめんねー、なかなか来れなくて。
まだご飯もらってないの?今あげるから、待っててねっ!
あれっ?母さーん!いつもんとこに猫のカリカリ置いてないけど、どこにあんのー?」
一呼吸置いた後に返ってくるはずの返事が、部屋の中からは聞こえてこなかった。

「母さん、いないの?母さ…ん?」

心臓がギュンと縮こまり、得体の知れない不安に支配される。
玄関先に荷物を放り投げたまま、急いであちこちのドアを開けて歩いた。

居間にはいない。キッチンにも…。
客間に仏間、トイレにバスルームまで覗くがいない。
二階に駆け上り、母の寝室をそっと開ける。
具合が悪くて寝てるのだと思ったが、ベッドの上にも姿は無かった。
いよいよ不安がつのり、ドキドキしながら雪見は自分の部屋だった場所を開ける。
すると…そこにやっと母の後ろ姿があった。

「ちょっとぉ!いるんなら返事ぐらいしなさいよっ!まったくぅ!」
雪見は、泣きそうになるぐらいホッとしたのに、それを憎まれ口に変換して母を叱った。

それにしても私は、一体何に怯えて何にホッとしてるのだろう…。

「ごめんごめん。なんか急に、あんたの卒業アルバムが見たくなってさぁ。
ねっ、見て!小学校ん時のあんた、すっごく可愛いから。」

雪見が小学校入学の時に、父から買ってもらった大事な机。
その前に座っていた母が微笑みながら振り向いた姿に、雪見は思わず息を呑む。
あまりにもはかなげで弱々しく、やっとの思いで生きてるように目に映ったからだ。
抗癌剤の副作用で、すでに髪の毛も抜け始めてる。
ちょっと見ない間に、母の命がずいぶんと削られてしまった気がした。
だがそれを口に出すことなど、到底出来るはずもない。

「し、失礼しちゃう!今だって充分可愛いでしょ?
健人くんが、いっつもそう言ってくれるもん!」

「あぁ、そうですか、そうですか。それは良かった!」
母は笑った。肩で息をしながらも嬉しそうに。

母に対して、恋人ののろけ話をするようなキャラではない。
だけど雪見は、今はそう答えて無理矢理にでも笑顔を見せるのが正解だと思った。
なんで今頃、私のアルバムなんか…と喉まで出かかった言葉を引っ込めて。

「母さん、具合悪いんでしょ?そろそろベッドに戻ったら?
そうだ!猫のカリカリ、どこにしまったの?
私が世話して掃除もしとくから、母さんはもう寝てなさいっ!」

「もう仕事の時間…なの?何時にここ出るの?」

母の口からこぼれた言葉に、雪見は胸が痛くなった。
いつもは「早く行きなさい!」が口癖なのに…。
仕事に出掛ける母親にすがりつく子供の目をして、こっちを見てた。

明らかに、最初の闘病生活とは訳が違う事を思い知らされる。
母の体力も精神状態も、そして命の有効期限までもが…。

雪見はそのひとつひとつに動揺したが、少しばかり身につけた演技力でそれを隠し、
努めていつもと変わりなく母と接しようと努力した。

「あ、まだ大丈夫だよ。早くに家を出て来たから。
これからライブのリハーサルあるけど、健人くんも当麻くんも一仕事してからだから、
今日の集合時間は遅いの。
寝なくていいなら下に行こう。この部屋は寒いよ。
風邪でも引いたら大変!お約束のプリンも買ってきたし、お茶しよ!」

母は嬉しそうに「うんっ!」と微笑んで、手にアルバムを大事そうに抱え、
階段を一段ずつゆっくりと降りて行く。
その後ろを母と同じテンポで降りながら、雪見は必死に涙をこらえた。

ごめんね…。なんにもしてやれない、親不孝な娘だよね…。


静かな部屋に、コーヒーの香りがBGMのように漂う。
大好きだったコーヒーさえも飲めなくなった母は、
「でも、この香りだけで癒やされるのよねぇ。」と鼻をくんくんさせた。
雪見が買ってきたプリンを一口すくって食べ、「あぁ美味しい!」とは言ったが、
二口目を口に運ぶことは無かった。

ひとつひとつの母の気遣いが、なおさら雪見の心を悲しくさせる。
だがお互い弱音を吐くのが苦手な親子で、判っていても傷をなめ合うことは出来なかった。

「ねぇ。あんた、この卒業文集に書いたこと、自分で覚えてる?」
母が、雪見の小学校の卒業アルバムをめくりながら、文集のページを指差した。

「もちろん!歌手になりたい、って書いてあるんでしょ?」
カフェオレを一人で飲みながら、ちょこまかと手を動かし、近くの物を片付けたりする。

「それもそうだけど、綺麗なお嫁さんにもなりたい!って欲張りなこと書いてあるよ。
二つとも同時に夢が叶うなんてねっ。あんたって本当に幸せな人だ。」
母がフフッと優しく笑う。そして次に、悲しいことを口にした。

「夢を見届けられて、良かった。」と…。

涙を我慢するのも限界だった。
雪見はポロッと一粒こぼしたが最後、今まで貯めてた分も底をつくまで泣き尽くす。
だが母は、それを黙って見守るだけで、一緒に泣いたりはしなかった。

雪見が落ち着くのを見計らい、母が穏やかな眼差しを向ける。
しかしながらその眼差しとは裏腹に、威厳を持った声で雪見に言い聞かせた。
「泣きたくなったらここに来なさい。
この家の中でなら、どんなに大声で泣いてもかまわない。
けどね、健人くんの前でだけは、母さんの事では泣かないで。
あんたも斎藤健人の妻になるんなら、これぐらいのことは乗り越えなさい。」

これぐらいのこと…。母は確かにそう言った。
一粒の涙もこぼさずに自分が迎える終末を、覚悟を持って受け入れる気位を見せた。
斎藤健人に嫁ぐなら、母さんぐらい強い女になって夫を支えなさい。
それは母が身をもって子に伝える、最後の教えのような気がした。

一方、健人の言った言葉も頭をかすめる。
『俺たちこれから、みんながひとつの家族になるんだよね?
だったら心配すんのは当り前だし、だからと言ってそれを仕事にまで引きずるほど
俺はアマチュアじゃない…。』

この先、刻一刻と迫り来るであろうその日を前にして、雪見はどうするのが正しいのか
答えを見つけられずに考えあぐねている。

取りあえずはもう時間だ。仕事に行かなくては。
雪見はまた明日も来ると約束して、母に笑顔で手を振った。


明日こそ、少しでも元気な母の姿を写真に残そう…。

健人の22歳の誕生日は、重苦しい一日を予感させてスタートした。












Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.418 )
日時: 2012/04/27 16:03
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「おはようございまーす!よろしくお願いします!」

コンサートホールでの通しリハーサルを三日後に控え、今日は事務所ビルにある
大スタジオで、それぞれが最終調整を行う日。
健人と当麻はまだ前の仕事が終ってないらしく、スタジオにその姿は見当たらない。

ツアー最後の東京公演まであと四日。
泣いても笑っても、これが『YUKIMI&』ラストのステージだ。
二日間の公演が終れば、アーティスト『YUKIMI&』はこの世界から消え去る。
そしてきっと程なくして、みんなの記憶からも消えて無くなることだろう。

それでいい。その方がいい。
何の未練もなく写真の世界に戻って行ける。
忙しい毎日から解放され、また自分のペースで仕事が出来る。
撮影旅行に出ない限りは健人のサポートだって、充分にしてやれるし、
母の看病だって…。

私がニューヨークへ行ってる間、母さんは待っててくれるよね?
まだ…。まだ大丈夫だよね…。

つい先程見た母の姿が脳裏に浮かび、その姿から三ヶ月後を想像してみる。
抗癌剤治療でダメージを受け、今よりもさらに衰弱してるだろう。
それでも薬が功を奏し、奇跡的にでも転移した癌が陰を潜めてくれてたらそれでいい。
だが、薬が効かない場合は…ただ単に命を縮めるだけ。
抗癌剤とはそう言うものだ。毒をもって毒を制す。
毒が身体にいいわけはない。

私は…本当にニューヨークへ旅立っても良いのだろうか…。
母さんは、このまま抗癌剤治療を続けても良いのだろうか…。



「雪見ちゃん。雪見ちゃん!なに、来た早々ボーッとしてんのっ!
今日はガンガン飛ばすからねー!しっかりしてよっ!」

「あ、はいっ!すみませんでしたっ!よろしくお願いします!」

突然現実の世界に引き戻され、雪見は慌ててピアノの前に座る。
さっきまで考えてた事は、一旦リセットすることにした。
じゃないと歌に集中なんて…できっこない。

「じゃ、始めようか!そのうち、あいつらも来るだろうから。
まずはデビュー曲行って、次に『涙そうそう』ね!よろしくお願いしまーす!」

今回のツアー用に、デビュー曲のピアノ弾き語りバージョンを作った。
健人と当麻に捧げるために作った歌が雪見のデビュー曲となり
今、この歌を歌うたびに当初を思い出す。

あの時は、まさか自分がソロデビューし、こんなに人気者になるなど夢にも思わなかった。
ましてや健人と生涯を誓い合うなんて…。

指が滑らかに鍵盤の上を滑り出す。
雪見が歌い出すと同時に、スタジオ内は水を打ったように静まり返り、
隅で打ち合わせをしていたプロデューサーもバンドマンも、皆が雪見に釘付けになって
その歌声に陶酔した。

雪見の凄い所は歌声もさることながら、一瞬にして歌の世界にワープ出来る事。
直前までいる現実の世界から、スッと瞬間移動してこの世から消え去り、
どこか違う空間に存在するであろう歌詞の世界へ、ストンと降り立つ。
だから直前まで母のことで思い悩んでいたとしても、イントロさえ始まれば
一切の感情を置き去りにし、歌詞の中へと飛び込めるのだった。

デビューした時も鮮烈だったが、今はその次元を遙かに飛び越えた。
歌に命が宿り、新しい解釈を施された第二章のようにも聞こえる。
それは明らかに健人との結束が強まって、歌に込める感情が
違うものへと変化したからに他ならない。
口にこそ出さないが、聞いてる誰もが同じ事を思っていた。
二人はいい付き合いをしてるんだな、と…。


デビュー曲を歌い終わり、スタジオ中からため息が漏れる。
思わず拍手してしまったスタッフもいた。
雪見の肩からもいい感じに力が抜け、ウォーミングアップは完了。
次の曲は『涙そうそう』
大好きな沖縄石垣島から、わざわざこの最終公演のためだけに駆けつけてくれた
三線のバンドをバックに歌うことになっている。

「わざわざ遠い所を来て頂いて、本当にありがとうございます!」
ピアノの前から歩み寄り、雪見がメンバーに笑顔で頭を下げる。

雪見が石垣島での撮影旅行中、気に入って何度も足を運んだライブハウスの、
人気イケメン三線バンド五人組。
彼らは事務所からのオファーに、二つ返事で駆けつけてくれたのだ。

「いや、こちらこそ光栄です!
まさか、こんな凄いライブに参加させてもらえるなんて、夢のようです!
あのー、握手してもらってもいいですか?俺たち五人とも、浅香さんの大ファンで…。」
はにかみながらペコリと頭を下げたメンバーは、小麦色に日焼けした肌に
白い歯が眩しい、健人や当麻と同年代のイケメンばかりだ。

それぞれが幼い頃から、三線をおもちゃ代わりに手にして育ったり、
母や祖母が三線の師匠だったりする環境で育ってきたので、見事なテクニックを持つ。
しかもライブパフォーマンスが素晴らしく、三線という伝統楽器を自由自在に
アイドルさながらのビジュアルで操るので、最近はマスコミにも注目され始めた
赤丸急上昇の人気バンドだった。

「私の方こそ、みなさんのファンですよ!石垣に滞在中は必ず聞きに行ってました。
だからみなさんが、私のバックで演奏してくれるって事務所に聞いた時、
絶対にウソだと思いましたもん!」
そう言って笑った雪見に、緊張気味だった五人の笑顔が弾けた。

「マジっすか!?めっちゃ嬉しい!あざーっす!」
雪見はその反応が意外で、クスクスと笑った。

「あ、ごめんねっ!なんか、健人くんと同じ話し方だったから。
だってライブじゃ沖縄言葉で話すでしょ?難しい八重山の方言で。
理解するのが大変なんだけど、旅行客はそれが嬉しかったりする。
それなのに今の反応は、こっちの人みたいだなーって。」

「ほんとっすか!?それ、まじヤバイです!勉強した甲斐があったぁ!」
どうやら五人は東京進出を目標に、日々標準語の若者言葉を勉強してるらしい。
なんとなくぎこちなくて、けど一生懸命さが伝わってきて、いい若者達だなぁと思った。

「じゃ、一回歌わせてもらってもいいですか?
わぁ、なんだか緊張しちゃう!もしかしたら感動して歌えなくなるかも。」

五人のライブの凄さを何度も体験してる雪見は、珍しく高揚していた。
怖さではなく、胸躍る緊張感。

五人の三線が鳴り響き出すと、初めてこの音色に遭遇したスタッフ達は
一様に目を見開く。
さらに雪見が歌い出すと、その非凡な才能同士が融合したセッションに興奮し、
スタジオ内が騒然となった。
青い海の匂いが確かに漂ったし、風の音も聞こえた。

それが証拠に、丁度スタジオに入ってきた健人と当麻、そしてなぜか付いてきた翔平も
自分たちがドラえもんの、どこでもドアを開けて沖縄に来てしまったかのように
錯覚し足が立ち止まり、しばらくはボケーッと立ち尽くした。

「すっげ!なにこれ…。」


翔平のつぶやきが、みんなの心を代弁してた。









Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.419 )
日時: 2012/05/05 06:26
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あー、気持ち良かったぁ!石垣の砂浜で歌ってる自分が見えた。
なんだか竹富島の夕日が見たくなっちゃったな…。
うん、あなた達にお願いして、ほんとに良かった!」

歌い終え、我に返った雪見はそう言いながら振り向き、五人に向かって嬉しそうに微笑んだ。
五人にとってそれは最大級の賛辞に等しく、みなハイタッチして喜んでる。
そこへ翔平を先頭に、健人と当麻がやって来た。

「ねーねー、俺知ってる!この人達、沖縄のライブハウスの人達でしょ?
この人達がゆき姉のサポートメンバーなの?それって凄くね?」
突然現れたように思えた翔平らに、雪見はもちろん五人組も驚いた。

「えーっ!?なんで翔平くんがここにいんのぉ!?」

「わざわざ陣中見舞いに来たのに、なんではないでしょー!
俺、ゆき姉の最後のライブは絶対見届けたかったんだけどさ、
あさってから映画の撮影で香港なんだ。
だから健人に頼んで、無理矢理くっついて来たってわけ。
ほいっ!前にゆき姉と撮影で行ったカフェの、うんまいワッフル!
みんなの分もあるから、後で食ってねー。」

「あ、ありがとうございますっ!!やっべぇ、本物だぁ!」
五人は、初めて間近で見る人気イケメン俳優三人に、顔を紅潮させて緊張してる。

「健人くんと当麻くんも、お疲れ様っ!」

みんなが健人と雪見に注目してるのを視線で感じる。
なので、さらっと決まり文句を口にはしたが、内心は会えて嬉しいに決まってた。
それは健人とて同じで、二人は合わせた一瞬の瞳で思いを届け合う。
本当はすでに公認の仲なのだから、誰に遠慮もいらないのだけれど。

「ね、紹介してよ!俺らの新しい仲間。あ、三ツ橋当麻です。
俺らの曲にも出てくれるんだよね?今の聞いたら、めっちゃ高まった!よろしくっ!」
そう言いながら当麻は、一人ずつに自ら握手を求める。
その後から健人もみんなと握手をかわした。

「ありがとうございますっ!タクです!よろしくお願いしますっ!」
「ユウです。」「マサキです。」「コーヘイです!」「シンタロウです!」

五人が挨拶し終えるのを待ち構えてたかのように、総合プロデューサーから声がかかる。
「はい!じゃあお次はSJいってみようか!」



そうしてスタジオでの最終チェックも時間の許す限り繰り返され、沖縄の五人組は
健人や当麻と年が近いこともあって、終わり頃にはすっかり意気投合。
今度一緒に飲みに行く約束をして、健人が一足先に次の現場へと移動しようとしたその時!
突然パチンと照明が消え、スタジオ全体が真っ暗闇になってしまった。

「え?えーっ!?停電??なに?ブレーカーが落ちたの?」

辺りが騒然となる。当麻が一人で右往左往してる。
とっさに健人は隣の雪見に手を伸ばし、「大丈夫だよ。」と冷静に声をかけて安心させ、
ギュッとその手を握り締めた。

と、そこへ「ハッピバースディトゥユゥー♪ハッピバースディトゥユゥー♪♪」
の歌声と共に、とっくに現場へと戻って行ったはずの翔平が、ろうそくをたくさん灯した
大きなデコレーションケーキを手に、そろそろとスタジオに入って来るではないか。
次第に周りのみんなも歌声に加わり、健人と雪見の周りには大きな人の輪が出来上がった。

「な、なに!?どーゆーことっ!?翔平、とっくに帰ったんじゃなかったの?」

「いーから、いーから、まずは消せって!ろうそくが垂れてケーキが食えなくなるっ!」
笑いながら翔平が健人に言った。「みんなからのサプライズだよ!」と…。

翔平が手にしたケーキのろうそくを、健人が一息に吹き消す…つもりだったが、
22本のうち2本だけが消えずに残ってしまった。

「だっさーっ!!しょーがねーなぁ!
ねぇ、わざと?わざと残したんでしょ?ゆき姉と一緒に消そうと思って。」
翔平の言葉に、周りの連中がヒューヒュー!と、健人と雪見を冷やかす。

「んなわけないだろっ!」
「そうよ!どうやったらわざと二本だけ残せるのよっ!」

今だ暗闇の中、たった二本の細いろうそくだけがゆらゆらと揺らめいて、
健人と雪見の顔をぼんやりと映し出す。
その顔は言葉とは裏腹に、明らかに笑顔であった。

「いいから早く二人で消しなさいって!ろうそくが垂れるっつーの!」
今度は当麻が二人を促した。

「しゃーない!じゃあ、ゆき姉一緒に消すよ!せーのっ、ふぅーっ!」

健人と雪見は暗闇の中、顔を見合わせ照れ笑いを浮かべてた。
するとその瞬間スタジオの照明が付けられ、みんなから一斉に
「健人くん、お誕生日おめでとー!!」と、クラッカーが鳴らされた。

「あざーっす!どうもありがと!めっちゃ嬉しいです!」

ろうそくの明かりだけじゃ気付かなかったが、翔平が手にしてるバースディケーキは、
生クリームが苺のクリームらしく、全体が可愛らしい薄ピンク色をしている。
上には艶々の苺がこれでもかと並べられ、ピンク色の食べ物にそそられる健人には
夢のようなケーキだった。
しかしそれもさることながら、チョコレートプレートに書かれてるメッセージに
目が釘付けになり、思わず胸が熱くなる。

『Happy Birthday 健人 みんな君たちが大好きさ!』


「君が」ではなく「君たちが」…。

健人の誕生日ケーキであるにも関わらず、雪見のことも気遣ってくれた。
そうか…。このケーキは、俺たち二人を祝う意味も込められてるんだ。
そう気付いた時、健人は仲間達のさり気ない優しさに感動し、目が潤んできた。
雪見もそのメッセージの意味を理解し、ポロポロと涙をこぼしてる。

「みんな…。ありがとう!今までで一番嬉しいバースディケーキです。」

健人が精一杯の笑顔で、当麻や翔平を始めスタッフ全員に頭を下げた。
笑っていないと泣きそうになるから…。
みんなに祝福され愛されて、この上ない幸せを噛み締めている。
健人は隣で泣いてる雪見の頭をよしよし!と撫でてから、ぐいっと肩を抱き寄せた。
そしてみんなの前でこう挨拶したのだった。

「俺と雪見のこと、これからもどうぞよろしくお願いします!」

そう頭を下げた健人にビックリしながら、慌てて雪見も頭を下げる。
初めて私のこと、「雪見」って呼んだ…。


それはまるで仲間内でのウェディングパーティー会場で、最後に参列者に挨拶する
新郎新婦のごとく、な光景だった。

















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.420 )
日時: 2012/05/09 22:50
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

翔平が以前ドラマの役作りでお世話になった、有名ケーキ店の人気パティシエ。
その人に翔平が直接健人の好みを伝え、特別に作ってもらったピンク色の大きなケーキは、
もったいない気もしたが切り分けたりせずにホールごと、みんなでつついて食べた。

テーブルの上にどんっ!と乗せられた高級バースディケーキを、贅沢にも大胆にも
ワイワイ言いながら、ウマイウマイ!と言いながらフォークを延ばし口に運ぶ。
同じ釜の飯ならぬ同じバースディケーキは、大家族が息子や兄弟の誕生日を
笑顔でお祝いしてる風景にも似ていて、誰もがほんわか温かくなった。

輪の中心に、大輪のひまわりのような雪見の笑顔。
その周りには当麻と翔平、今日仲間に加わったばかりの沖縄から来た五人組。
音響さんや振り付け師さんを始め、ライブに関わる大勢の人達。
みんなが疲れた身体を甘いケーキで癒やし、おしゃべりで癒やしてニコニコしている。

そう、俺たちはスタッフも含めてみんな家族なんだ。
ゆき姉を家族の一員として、みんなが迎え入れてくれたんだ。
そう思うだけで健人は幸せな気持ちに満たされた。
いつまでも眺めていたい光景だった。

「あー美味かった!いちご味のケーキって最高だね。
ほんと、サンキュ!翔平。嬉しかったよ。
けどさ、これって前に言ってた切り札じゃなかったの?彼女が出来た時の。
俺に切り札使っちゃったわけ?」
そう言いながら健人が、近づいてきた翔平に笑って聞いた。

「あー、いいのいいの!俺の切り札が一枚なわけないじゃん!
ちゃんと二枚目三枚目を用意してあっから、ご心配なく!
それに、ゆき姉にも喜んでもらえて良かったよ。
あんだけ喜んでもらえたら、サプライズした甲斐があった。
ほんと、ゆき姉の最後のライブ、俺も見届けたかったな…。」
雪見に目を向けた翔平が、少し寂しげに微笑んでる。

一緒に飲みに行くたび雪見の事を話題にするので、翔平が雪見を好きになったかと
不安を抱いた時期もある。
だがそんな誤解もすぐに解け、今は翔平が雪見の事を実の姉のように慕っているのが、
親友として心から嬉しく有り難かった。

「なに最後の別れみたいな顔してんの。俺もゆき姉も、どこも行かんだろっ!」

「行くじゃん、ニューヨーク!」翔平が口を尖らせて言う。
「お前だって行くだろーが、香港!」健人が笑いながら言い返した。

ほんとはちゃんとわかってる。
甘えんぼの末っ子みたいなとこがある翔平だから、たった二ヶ月間と言えども、
親しい二人を見送ることが嫌なことぐらい…。

「ライブ終ったらさ、俺らのお疲れさん会、頼んだよ!
当麻もこっち側の人間だし、幹事さんは君しかいないんです。
あ!下手なサプライズとかはいらないから!
アイマスクでリムジンとか、今回はやめてくれよっ!
ノーマルな飲み会でいいから、ゆき姉が好きそうな店選んでやって。」

健人は、落ちてる翔平の気持ちを察して、あえて明るい話題を振る。
すると案の定翔平は目を一瞬で輝かせ、キラッキラした笑顔で雪見を見た。

「マジっ!?ほんとっ?俺が考えていいの?
よっしゃあ!ゆき姉の好きそうな店、俺調べるっ!」
じゃあなっ!と言い残し、翔平はさっさとスタジオを飛び出して行った。

単純な奴!と健人は笑いながら後ろ姿を見送ったが、当麻や翔平ら親友たちに支えられて
今の自分がいることを、心から感謝したかった。

「やっべ、もうこんな時間!俺も行かなきゃ。
後はみんなで綺麗に食べてってね。ほんと今日はありがとうございましたぁ!」
最後にみんなに向かって健人は深々と頭を下げ、お先に!とマネージャーと共に足早に歩き出す。
その後ろをさりげなく雪見が追いかけた。

スタジオを出た所で気を利かせたマネージャーの及川が、「先に行ってる。急げよ!」
と二人を残しスッと離れる。
その姿を少しだけ見届けてから健人は、再び雪見の頭をよしよしと撫でてやった。

「良かったねっ。みんなが祝福してくれた。」
誰もいない廊下で、健人は雪見を抱き締めたい衝動に思わず駆られたが、
いつスタジオから人が出てくるともわからず、グッとその感情を押しやった。

雪見も、「さっき雪見って呼んでくれたよねっ!」と健人に言って抱き付きたかったが、
あの時はあの時だと判っているので、黙って健人の大きな瞳を見つめてる。

キスしたい…。抱き締めたい…。

お互い求め合ってる心が瞳を通して行き来する。
だが、大人な二人が感情のたがを外してまで、理性を忘れた若者のように
この場で抱き合うことなどなかった。

その代わり「じゃあ行くねっ。」言ったあと、健人の右手がスッと雪見の頬に触れ、
小さな声で「愛してる。」と目を見て伝えた。

「うんっ。」

コクンとうなずくのが精一杯の雪見は、「早く帰って来てね。」という言葉を
ゴクリと飲み込み、笑顔で健人を送り出す。

「行ってらっしゃい!」


…だがその夜、健人は帰って来なかった。


22歳の誕生日。

初めて迎えた記念すべき日は、雪見とワインとテーブルいっぱいの酒のつまみを部屋に残し、
あっけなくその一日を閉じようとしている…。


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.421 )
日時: 2012/05/17 13:29
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ただいま…。ゆきねぇ…。ゆきねぇ!」

玄関先から、相当酔ってるとおぼしき健人の声がする。
パソコン作業の手を止め時計に目をやると午前四時。
健人の誕生日をすでに四時間過ぎていた。

ふぅぅ…と小さくため息をつく。
雪見は寝ずに健人の帰りを待っていた。
よしっ!と声をかけ椅子から立ち上がり、健人を出迎えに向かう。

『大事なお仕事だったんだから、笑顔で迎えるんだぞ!』

そう自分に言い聞かせたはずなのに、一瞬だけ頭をかすめたものがいけなかった。
先ほど冷蔵庫に片付けたばかりの酒のつまみと、奮発した赤ワインが
目の前に鮮明に蘇ってしまったのだ。

「おかえりなさい。お疲れ様でした。」

自分の口から出た言葉は、びっくりするほど冷たく聞こえた。
言ったそばから後悔し、慌てて笑顔を見せたが遅かった。

「ごめんね、ゆき姉…。間に合わなかった…。」

健人が悲しげな声と瞳でそう言った後、靴も脱がずに雪見の首根っこにしがみつく。
そしてもう一度「ほんっと、ごめん…。」と言ったあとはしばらくの間、
身じろぎもせずに雪見の肩へと額を押しつけた。

こんなにも酔っていながら、きっとそればかりを後悔して帰って来たのだろう。
それなのに私ときたら…。

「私の方こそごめんね。最初っから誕生会を明日にすれば良かったんだ。
いや一緒に住んでるんだから、いつだって良かったの。
そしたら健人くんだって、なんにも気にしないでお酒を楽しめたのに…。
ほんと、ごめんなさい…。」

雪見は健人の背中に手を回し、ぎゅっと力強く抱き締めた。
健人の温もりを感じれば感じるほど、自分の存在が健人の妨げになってる気がして
自分自身が悲しかった。

その時、健人がぽつりと雪見の胸の中で呟いた。
「会いたかった…。」と…。

「えっ…?」
聞き返した雪見に、健人はもう一度呟いた。「会いたかった…。」

それはまるで初めてのおつかいに出た子供が、帰ってきて真っ先に母の胸に飛び込み
安堵して呟いた、おませな一言と同じような意味合いだったかもしれない。
それでもその一言に雪見は救われた。
少なくとも健人が、自分の存在を疎ましく思っているのではなかった…と。

雪見は母のような優しい気持ちになって、その柔らかな手の平で健人の頭を
よしよしと撫でてあげる。
「私も会いたかったよ。」と言葉を添えて。

こうしていつも私達はお互いの心を癒やし合う。
ただそれだけのことで今日一日が素晴らしかったと思えるし、また明日も
素晴らしい一日が待っていると信じることが出来た。
お互いの心がニュートラルに戻る。

「さぁ、もう寝よう。また明日も仕事だよ。
あ、明日じゃなくて今日だった!たーいへん!早く早く!」

雪見は健人を促して寝室まで一緒に行き、ベッドの上でなかなか外せないボタンを
外してやったり、着替えるのに手を貸したりして世話を焼く。

「ゆき姉、母さんみたい…。」
とろんと半分目を閉じた健人が、微笑みながら優しい声でぽつりと言った。

「そ!私は健人くんのお母さんになってあげるの。
毎日ご飯を作って、お掃除してお洗濯して…。
健人くんが泣いて帰ったら、よしよしって慰めてあげる。
いっぱい頑張って帰ってきたら、良く頑張ったね、エライエライ!って誉めてあげる。」
笑いながら雪見はそう言った。
冗談めかして言ったが、本当にそんな存在になりたいと思ってた。

「本当に…結婚してくれる?」

健人はまた心配そうに聞いてきた。最近は事あるごとに聞いてくる。
多分彼は、それが現実のものになる一分一秒前まで不安でいることだろう。
仕事に関しては完璧主義で自信に溢れていて、飄々と堂々としてる彼なのに、
なぜ恋愛となるとこうも臆病で小心者になってしまうのだろう…。
ずっとその理由を探ってはいるものの、今だその手がかりは掴めていない。

「結婚するに決まってるでしょっ!
健人くんの方こそ、途中でやーめたっ!とか言い出さないでよねっ!
さぁ、どうでもいいけど早く寝て!八時には起こしてあげるから。
私もあと少しだけ仕事したら寝るからね。おやすみ。」

健人の白い頬に口づけて、部屋の明かりを消す。
そしてそっとベッドサイドに、誕生日のプレゼントを置いた。
おやすみなさい。良い夢を…。



「いったぁ…。ヤバッ、最悪だ…。」

もうそろそろ起こしに行こうかと思ってた矢先、寝室から声が聞こえた。
どうやら案の定の二日酔いらしい。健人にしてはとても珍しいこと。
雪見はミネラルウォーターを手に、寝室のドアを開ける。

「おはよう!って、この部屋お酒くさーいっ!もう、どんだけ飲んだのよ。」
そう言いながら雪見が部屋のカーテンと窓を開け、部屋の空気を入れ換えた。

「あ!そうそう。はいっ!これ誕生日プレゼント。
22歳と1日おめでとう!開けてみて。」
ベッドサイドから箱を手渡され、健人が開けて驚いてる。

「うっそ!これずっと欲しかったやつだ!
高かったから迷ってて、この前見たらなくなってた…。」

「あ、それ犯人は私ね。見て!私もお揃いで買っちゃった。
へへっ。自分へのご褒美。
良かった!健人くんが喜んでくれて。貸して!つけてあげる。
…うん!思った通り、今の健人くんにはシルバーよりこっちの方が似合ってる。」
それは優しい乳白色の象牙で出来たクロスペンダントであった。

「健人くんを守ってくれるように、ちゃんとおまじないもかけておいたから。」

「ありがとう!大事にするよ!」
そう嬉しそうに言ったあと、雪見にキスして頭を撫でた。

「ねーねー。それはそうと、舞台なにやるか決まったの?
この前までは、まだ選考中って言ってたけど…。」
自分の胸元のペンダントを触りながら雪見が聞いた。

「そーそー、決まった決まった!『ロミオとジュリエット』だって!
凄くね!?初舞台なのにいきなりの王道!しかも座長って、どんだけよ!
昨日はめっちゃテンションあがって飲み過ぎたぁ!」

「えーっ!うそっ!?すっごーいっ!!やったね、おめでとう!!
やだ、私の方がドキドキしてきたぁ!」


二人は朝からベッドの上で、大はしゃぎして喜びを分かち合った。
健人は昨夜の有意義な飲み会の話を、目を輝かせて雪見に聞かせ、
危うく二人とも仕事に遅刻するところである。

念願の舞台デビューへと具体的な話が動き出す。
それは新たなる斎藤健人の誕生を約束する、大きな転機でもあるのだが、
一方では二人の関係を揺るがす、危険な要素も充分に含まれていた。
だがそんなこと、幸せの真っ只中にいる健人と雪見が気付くはずもない。


数ヶ月後、まだ見ぬ道の先には一体なにが待っているのだろう…。





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