コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.307 )
日時: 2011/10/09 21:08
名前: po (ID: p9wmxHXU)

雷光さんに同意するわ。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.308 )
日時: 2011/10/10 16:22
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

翌朝五時。睡眠不足ではあるが、午後からの撮影の準備を進めなくてはならない。
健人はあと一時間寝かしておくとして、そーっとベッドを降りる。

『みずきさん、午後までに間に合うかなぁ…。』
目覚めのコーヒーを飲みながら、雪見はそれだけが気がかりだった。
昨夜頼んだ物は、はたして撮影までに間に合うのか…。

一通り仕事の準備を整え、朝食に雑炊を作ってから健人を起こす。
「健人くん、起きて!朝ご飯出来たよ。」

「うーん…。朝飯はいいや…。もう少し寝てたい…。」
ドラマの撮影も終盤に入った上、SJの取材やら新年号の取材が立て込み、
健人の疲労度は日に日に増していった。
もう、遅い時間まで飲んでちゃいかんなぁ。反省…。

「わかった。じゃ、あと三十分だけね。おやすみ。」
頬にキスしてベッドの上の、めめとラッキーを連れ出し、雪見は寝室のドアをそっと閉めた。

猫たちに餌をやり、身支度を調えて仕事モードに入る。
今日の午前中は、いよいよ健人の写真集が完成して出来上がってくるので、
編集部にて最終チェックが行なわれるのだ。
そのあと、12月24日発売日に行なわれる出版記念握手会や、翌25日の限定ミニライブの打ち合わせがある。

来年1月5日のCDデビューに、25日から始まる全国ツアーと、これから年末年始に向かっては
健人も雪見も、目の回るような忙しさに突入する。
健人は、俳優業もこなしつつのアーティスト活動だ。
健康管理は雪見の仕事。疎かにするとみんなにも迷惑をかける、と気を引き締めた。
さぁ、そろそろ健人くんを起こさなくちゃ!


「忘れ物ない?今日一日頑張ったら、明日は三人一緒の仕事だからねっ。」
玄関先に腰を下ろし、ブーツを履く健人の後ろ姿に声を掛ける。

「うん、めっちゃ楽しみ!ゆき姉こそ、撮影頑張ってきてね。
あの宇都宮勇治直々のご指名なんだからさ…、自信持てよ!じゃ、行ってくる。」
スックと立ち上がり振り向いた健人は、今日一日雪見のエネルギーになるような、
輝くアイドルスマイルを作って笑ってくれた。
朝七時。健人は迎えの車に乗り込み、ドラマの撮影現場へと出勤だ。
今日も帰りは遅いだろう。頑張れ、健人!


午前八時半、『ヴィーナス』編集部に到着。すでに写真集がデスクの上に積んである。
朝の挨拶を交わしたあと、早速何人かで最終チェックに取りかかった。

「雪見さん、これで完成ですね!おめでとうございます!」

「どうもありがとう!本当に皆さんのお陰で、いい写真集に仕上がりました!
あとは、これが売れてくれるといいんだけど…。」

「大丈夫です!販促も私達に任せてください!て言うか、すでに予約は殺到してるんですよ。
やっぱ握手会に限定ライブの威力は凄いです!なんてったってクリスマスですからねー!
私達もお手伝い、楽しみにしてますから!」

すでにここにいるスタッフ全員が、写真集を通して健人の大ファンになっていた。
頼もしい限りだが、間違っても一緒に住んでるとは言えない。ごめんね、みんな。

その後、打ち合わせもスムーズに終了し、予定より早くに出版社を出ることができた。
駐車場の車の中から、みずきに電話を入れてみる。

「もしもし、みずきさん?今仕事が終ったとこなんだけど、準備はどう?
病院の許可はもらえた?あっそう!良かったぁ!
うん、じゃあ一時に病院行くね。あとのスタンバイはよろしく!」
どうやら準備は間に合ったようだ。一番気がかりだった病院も、特別室だと言う事で許してくれたらしい。

今日は天気も良いから明るさ的にも申し分ない。宇都宮も朝から楽しみにしていて、
久しぶりに笑顔が絶えないそうだ。
なんだかいい写真が撮れるような気がしてきた。よし!頑張るぞ!



約束の午後一時。
「こんにちはー!出張スタジオ浅香でーす!宇都宮さん、ご機嫌いかがですか?」

いつもよりワントーン高めの声で病室のドアを開け、機材を手早く運び入れる。
宇都宮はすでに、みずきが用意したお気に入りの私服に着替え、顔色がよく写るように
みずきの手によってメイクが施されていた。

「お父さん、メイクは嫌だって駄々こねたのよ!
でも、いくら今の自分を遺影にしたいからって、こんな土みたいな顔してたんじゃ
お葬式に来てくれる人に失礼よ!って叱ったの。
だから顔色修整しただけなんだけど、これでいいかしら?」

「大丈夫!今日はお天気がいいから、カーテン越しの柔らかい光で、良い感じに撮れると思う。
宇都宮さん。精一杯頑張りますので、今日はよろしくお願いします!」
ベッドに寝たままの宇都宮の顔を覗き込み、笑顔で話しかける。

雪見は今頃になって責任の重さをひしひしと感じ、機材を準備する手が微かに震えた。
だが、宇都宮に不安を与えてはいけないので、努めて自信ありげな態度を装う。

「雪見さん、昨日は本当にすまなかったね。それなのに、ずうずうしくもこんな事お願いして…。」
申し訳なさそうにしている宇都宮が、可哀想に思えた。

「何おっしゃってるんですか!私みたいな無名のカメラマンが、宇都宮さんの
こんな大切なお写真を撮らせて頂けるなんて…。身に余る光栄です!」

「そう言ってもらえると、私も気が楽になる。
どうか、かしこまった肖像画みたいな写真だけは勘弁してくれよ!」

「もちろんですとも!残念ながらそんな写真、撮りたくても私には撮れません!
と言うか、そういう写真が撮りたいなら、私になんか頼んでませんよねーっ?」
雪見が宇都宮の顔を覗き込みながら、茶目っ気たっぷりに笑って見せたら、
宇都宮も笑いながら答えた。「バレたか!」

病室の中が笑い声で包まれる。
一瞬、これから撮ろうとしてるのが『遺影』であることを、忘れてしまった。
夢だったら、どんなにか良かったのに…。


「じゃ、そろそろ始めましょうか?みずきさん、ベッドを起こして例の物、お願いね!」

「はい!」

みずきは電動ベッドのボタンを押し、宇都宮の上半身を起こした後、
部屋続きになってる家族室のドアを開け、中へと入って行く。
雪見は、キリッとしたカメラマンの顔に切り替わり、これから訪れる
シャッターチャンスを前に、カメラを身構えた。

宇都宮は『?』な表情をしていたが、次の瞬間、隣の部屋から出てきたみずきを見て、
驚きの表情と共に顔がほころんだ。

「蘭丸!小唄!どうしたんだ、お前達!」


みずきが隣りから連れて来たのは、宇都宮が『秘密の猫かふぇ』で一番可愛がっていた、
二匹の猫であった!


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.309 )
日時: 2011/10/11 19:06
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

カシャッ!カシャカシャカシャッ!

雪見は、宇都宮と愛猫の感動の対面を逃さず撮り切ろうと、夢中でシャッターを押す。
ファインダーの中で宇都宮は、泣き笑いをして二匹の猫に手を伸ばしていた。

「元気だったかい?もう会えないと思ってたよ…。」
みずきから手渡された二匹を胸に抱き、頬ずりする優しい瞳には、涙が光っている。
それを見守るみずきが、そっと涙を拭きながら宇都宮に説明した。

「雪見さんからの提案なの。突然の話だったから、朝から大慌てだったのよ!
一番に支配人に電話して、この子たちの里親の居場所を聞き出して…。
二匹とも都内にいてくれて助かったわ!地方に引き取られてたらアウトだった。
雪見さんがね、『お父さんが今一番会いたい人に会わせてあげよう。』って。
好きな女の人の事かと思って私、ドキドキしちゃった!」
みずきが、笑いながら雪見の方を振り向く。

「あははっ!さすがに女の人と一緒の遺影はまずいでしょ!
でも猫と一緒なら、一番宇都宮さんらしい表情が撮れるかなと思って…。」
雪見がカメラを下ろして宇都宮を見ると、穏やかな笑顔で雪見に礼を言った。

「ありがとう。本当にありがとう。この子たちは家で飼ってた猫なんだ。
入退院を繰り返すようになってから、店に移してね。
あそこだったらスタッフが世話してくれるから、心置きなく入院してられる…。」
そう言ったあと、宇都宮は急に表情を固くして、ぽつりぽつりと心の内を吐露した。

「きっと世の中には、私みたいな老人がたくさんいるんだよ。
身体が弱って犬猫の世話もままならなくなって、引き取り手も探せないから
泣く泣く保健所に殺処分を頼む年寄りがね…。
だが、言うことをきかないからだとか、飽きたからだとか、そんな理由で動物をゴミみたいに
保健所に持って行く奴は論外だ!人間を名乗る資格も無い!」
宇都宮は声を荒げ、興奮したせいで少し咳き込んだ。

「お父さん、落ち着いて!駄目よ、また酸素ボンベに繋がれるでしょ!」
みずきが慌てて宇都宮の背中をさすり、一口だけ水を飲ませる。

「すまない…。でもこれだけは知っておいて欲しいんだ。
長年我が子のように可愛がってきた犬猫を、やむを得ず手放さなければならない者の悲しみを…。
私はね、そういう理由で飼えなくなった犬や猫を引き取って、飼い主が好きな時に会いに来れる
ホームを作りたかったんだよ。ゆくゆくはね…。」
そう言って宇都宮は、寂しげな目をして膝の上の二匹を撫でた。

雪見には、それが宇都宮の遺言のように聞こえてしまった。
みずきと雪見に託す、最期の願いのように…。


「お、お父さん。少し横になって休みましょうか?」

「いや、大丈夫だ。すみませんね、雪見さん。
こんな顔してたんじゃ、写真も撮れやしないでしょう。何か楽しくなるような話はないかね?」

確かに、明るい顔をしてたのは最初のうちだけで、今の顔では遺影にもならない。
本当は猫との対面で、ずっと笑顔の写真が撮り続けられる予定だったのに…。

『うーん、困ったな!お笑いの才能なんて持ち合わせてないし…。
ん?そう言えば…鞄の中に使えそうな物が入ってたっけ!
笑いは取れないと思うけど、ちょっとだけ違う表情を見せてくれるかな?』

雪見は鞄の中から何やら取り出し、照れ笑いしながら宇都宮に手渡した。
「これ見てもらえますか?今日出来上がったばっかりの、私が撮った写真集なんですけど…。
えへへっ、彼氏です!」

「ほーっ!あの猫の写真集の彼かい!
みずきに聞いたが、今一番人気のある俳優だっていうじゃないか!
大したもんだ。どれどれ。」

「お父さん、私にも見せて!」
そう言いながらみずきもベッドに腰掛け、親子仲睦まじく頭を寄せ合って
健人の写真集に見入ってる。
雪見は、段々表情が和らいできたぞ!と再びカメラを構え、シャッターを切り続けた。

「おや?彼と一緒に写っているのは?」
宇都宮は、沖縄で撮影したページで手を止めた。

「あぁ、これ?三ツ橋当麻って言うの。雪見さんの彼氏と仲いいのよ。
三人とも猫かふぇの常連さんで、同じ事務所にいるの。
でね、彼の人気も凄いんだから!
今の若手俳優の中では、断トツに演技が上手いわね。
歌も上手いし舞台映えもするから、ミュージカルでも活躍してるのよ!
彼はきっと、これからの日本を背負って立つ俳優になるわ!」

あまりのみずきの力説に、雪見はシャッターを切りながら吹き出しそうになる。
宇都宮も呆気にとられて、みずきの顔をマジマジと見つめ、次第に笑顔へと変わっていった。

「お前…。もしかして、こいつを好きなのか?だったら父さんは嬉しいぞ!」

「な、なに言ってるのよ!好きなわけ無いでしょ?こんな優柔不断男!
第一、顔が好みじゃないわ!私の理想は、お父さんみたいな渋めな人だもん!」
みずきが膨らませた頬は、言葉に反して赤くなっている。

「だったら、こいつはいいぞ!お父さんの若い頃に、そっくりだからなっ!」
ニヤッと笑う父に、「えーっ!?」と驚き顔の娘。
そこから笑顔と会話が広がって、病室中が温かな空気に包まれた。

端から見ると、おじいちゃんと孫に見えるだろう。
だが、そこに居るのは紛れもなく、深い愛情で結ばれた父と娘以外の何者でも無かった。

仲の良い親子と愛猫二匹。
ファインダーの中の、この幸せそうな光景を、もう二度と撮せない時がやって来るなんて…。


ひとしきり娘とのお喋りを楽しんだ後、宇都宮は疲れからかベッドに寄り掛かり、
うつらうつらとし始めた。

「もう寝かせてあげよう。写真は充分撮れたから。」
そう言って雪見は、電動ベッドのスイッチを押して元に戻し、そっと布団を掛けてやる。

みずきは雪見の手を握り、涙を浮かべながらも笑顔を作った。
「ありがとうね、雪見さん。あんなに嬉しそうな父の顔、もう一生見れないと思ってた。
本当にありがとう!最期のお願い、聞いてくれて…。」

気を緩めると、二人で抱き合って泣き崩れそうだった。
だが、宇都宮の前ではもう泣かないと、心に誓ってる。


みずきは女優にスイッチを切り替えて、笑顔のままで雪見を見送った。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.310 )
日時: 2011/10/14 23:25
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ただいまぁー!めめー!ラッキー!帰ったよー!」

玄関に重たい機材を下ろし、はぁぁ…とため息をついてると、二匹が先を争うように
リビングから飛んで来る。
いつにも増してこの小さな命が愛おしく思え、しゃがみ込んでひとしきり頭を撫でたら、
やっと高ぶる気持ちが落ち着いた。
さて、晩ご飯の準備が終ったら、急いで今日の写真を焼かなくちゃ!


PV撮影という、初体験の大仕事を明日に控えていることも忘れ、雪見は
撮影して来た宇都宮の写真をパソコンで編集し、アルバムを作ることに没頭していた。

何時間ここに座っていただろう。時計を見ると、すでに十一時を回っている。
大体の目処が付きホッと一息入れてると、玄関先から「ただいまぁ!」の声。
健人が帰ってきた!
急に胸がキュンとして、仕事モードのスイッチが切れる。

「おかえりー!」
雪見は、玄関先に腰を下ろしてブーツの紐を解いている健人の背中に
ぴょんとおぶさり、「会いたかったよ!」と左頬にキスをした。

「うわっ!ビックリしたぁ!どうしたの?珍しい。仕事は上手くいった?猫作戦は?」
健人が笑いながら、背中越しに聞いてくる。

「うん。猫作戦より、斎藤健人写真集作戦の方が、上手くいった!」

「なにそれ?どーゆー事?まっいいや、ゆき姉の仕事が上手くいったんなら。
それよか、腹減ったぁ!めしめし!」

健人は雪見をおぶったまま、ひょいと立ち上がり、リビングへと移動する。
雪見は、この温もりをいつまでも感じていたかったが、ご飯の用意があるので諦めて
ストンと背中から降りた。


「今日も一日お疲れー!」ゴクッゴクッ。「うっめぇ〜!生き返ったぁ!」
最初のビールを飲み干すと、毎度同じセリフが健人の口から飛び出すが、事実だから仕方ない。
雪見の元に帰って来てのこの一杯で、彼は素の自分を生き返らせるのだ。

健人はご飯を頬張りながら、ビールを飲みながら、お互いの知らない今日の時間を埋めてゆく。

「で、ゆき姉の方はどうだったの?いい写真撮れた?」

「うん。私としては頑張ったと思う。今ね、パソコンで編集してアルバムに仕立ててるとこ。
その中から好きな写真を、宇都宮さんに選んでもらおうと思って。
時間が無いから急がなきゃ…。」

「そう…。きっと喜んでくれるよ、宇都宮さんもみずきも。」
重たい仕事を背負って張りつめた心を、健人の優しい微笑みが解きほぐしてくれた。

「さ、もうお風呂入って寝よっか。明日は六時集合だっけ?
軽井沢で撮影なんてちょっとした旅行みたいで、俺めっちゃ楽しみ!」

「やだぁ!考えないようにしてたのに、またドキドキしてきちゃったじゃない!
あー、やだなぁ!NG連発で明日中に終らなかったらどうしよう!
そもそもSJのPVに、私なんている?」

「ゆき姉が俺たちのに出てくんないなら、俺たちもゆき姉のに出ないけど?」
健人が意地悪そうな顔をして、雪見の顔を覗き込んだ。

「だめーっ!健人くんたちが出てくれなかったら、本当に一枚も売れないかも知れない!
全力で頑張るけど、それでも上手く行かなかったらゴメンね…。」
雪見は、自分のPVはいいとして、SJのPV撮影だけは荷が重過ぎた。
今更だけど…。

「心配すんなって!監督だってゆき姉に、難しい演技なんか期待してないから!
ゆき姉は、俺の隣りにいてくれるだけでいいんだよ。」
そう言って健人は、雪見をギュッと抱き締めキスをした。

「じゃ、一緒に風呂でも入ろっか!待ち時間短縮のために。」

「えーっ!ほんとにそんな理由?鼻が膨らんでますけど?」
クスクス笑いながらバスルームに向かう雪見に、それを追う健人。

大好きな人の温もりは、どんな時でも一番に心を落ち着かせてくれる。
今日も健人の鼓動を子守歌に、ぐっすり朝までいい夢見よう。
きっと、明日は明日の風が吹く!


が結局…。雪見は二時間眠ったところで、目が覚めてしまった。
『まだ夜中の三時だ…。けど緊張して、もう寝れそうもないや。
どうせあと二時間で起きなきゃなんないし、仕事の続きでもしよう。』

そーっと健人の隣を離れベッドを降りると、足元に寝ていためめとラッキーも、
ピョンとベッドから飛び降りた。

「アンタ達は、健人くんと一緒に寝てなさい!」
小声で制したが、戻る気は無いらしい。
仕方ないので二匹も連れて、寝室のドアを静かに閉めた。

シーンと静まり返る午前三時のリビング。かなり冷え込んでいる。
まずは温かい飲み物を、と珍しくココアを入れてみた。
真夜中のココアも悪くはない。よし!あと二時間で完成させるぞ!


午前五時少し前。健人が自分で起きて来た。
「おはよう。もしかして、寝ないで仕事してたの?」
眼鏡を掛けながら、驚いた顔で雪見を見る。

「ううん、二時間は寝たよ。ちょうど今、終ったとこ。これで心置きなく軽井沢行ける。
さ、出掛ける準備しなくちゃ!朝はそこのサンドイッチ食べてね。
健人くんも準備を急いで!」
カフェオレを健人のマグカップに注いでやり、雪見は着替えて化粧を始めた。


五時五十分。今野の車で、集合場所の事務所ビル前に到着。
停まってた大型ロケバスに乗り込むと、すでに当麻とマネージャー、
今回のPV撮影を担当する、監督の大谷を始め事務所の映像斑、それと…
常務の片腕で、雪見のキャラクタープロデュースを担当する、小林夏美が座っていた。

「お、おはようございます!今日はよろしくお願いします!」
雪見が緊張の面持ちで一人ずつに頭を下げながら、最後部座席に座る当麻の元へと、
健人の後ろを付いて足早に進んだ。

「よっ!おはよう!よく眠れた?寝不足のお肌はPVに大写しになっちゃうよ?二人とも。」
当麻が雪見と健人を見て、ニヤッと笑う。

「朝っぱらから、なに言ってんの!アホか、お前!」

「ほんと、変なこと言わないでよ!私なんて、仕事してて寝不足なだけなんだからねっ!」
雪見が慌てて否定しながら健人の隣りに座った。

程なくして、駐車場に車を止めてきた今野が「お待たせしました!」と乗り込み、バスは出発する。


この後、バスは『ヴィーナス』編集部の入る出版社ビル前に立ち寄り、
そこからスタイリストの牧田とヘアメイクの進藤、スチール写真担当の阿部が乗り込むのだが…

その時すでに雪見は、夢の中にいた。














Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.311 )
日時: 2011/10/16 23:11
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」

『ヴィーナス』編集部の三人が大荷物を運び入れながら、先に乗っていた事務所チームに頭を下げる。
やっと明るさを増してきた穏やかな空に見送られ、いよいよロケバスは軽井沢に向けて出発した。

おおよそ八時には目的地に着くだろう。
始めの撮影は、スタジオでスタートするSJのPVだ。
その後、それに合成する分と雪見のPVを、外で撮影することになっていた。

十一月も後半になり、日没はあっという間にやって来る。
忙しい健人と当麻には、今日一日しか撮影時間を取れない。
その限られた時間の中で二本分の撮影をするという事は、かなりハードな仕事になることを
みんなは覚悟している。
だがバスの中は、大人の修学旅行のようにワイワイと賑やかだ。
それぞれが束の間の休息を、楽しんでいるように見えた。

「いやぁ、お天気で良かったよ!雨となったら折角の軽井沢ロケなのに
全面スタジオ撮影になっちゃうもんな。
今日の天気なら、イメージ通りの絵が撮れそうだ。」
最前列に座る映像監督の大谷が、満足そうに通路挟んで隣の夏美に話しかける。

「そうですね。私もお天気だけが心配でした。
『YUKIMI&』のイメージは、軽井沢の木立の中って思ってましたから。
まぁ、今時期あの衣装は寒いだろうけど…。」
鼻先でクスッと夏美が笑った。
今回の雪見のPVは、全面的に夏美がプロデュースすることになっている。言わば総監督だ。
何事もなく、スムーズに終ればいいのだけれど…。


「ねぇ。雪見ちゃんって、どこに座ってんの?」
大量の荷物と共にバス中頃に座った牧田が、斜め後ろに座った進藤に
ガムを手渡しながら話しかける。

「あそこあそこ!一番後ろの健人くんの横!
すでに寝てるって、どーゆーこと?どんだけ緊張してるかと思ったのに。
ひょっとして、とんでもない大物だったりする?」

「無いなー、それは。また昨日飲み過ぎて、二日酔いだとか?」

「だね!きっと。うわぁー、それじゃメイクに時間かかりそう!
初めての撮影前夜に大酒飲むんだから、ある意味大物か!」

「あははっ!言えてる!」
進藤と牧田に、二日酔いの汚名を着せられたとも知らず雪見は、
隣の健人にもたれかかり、幸せそうな顔で熟睡していた。



「着いたよ!ゆき姉、起きて!」
健人に叩き起こされ慌ててバスから降りると、先に降りてた監督の大谷が笑ってる。

「いやぁ、君がどんな大化けするのか、今から楽しみだよ!
まったく緊張もしてないようだから、ガンガン飛ばしていくよ!よろしく頼むね。」
それだけ言うと雪見の肩をぽん!と叩き、足早にスタジオの中へと消えて行った。

「なんか、めちゃめちゃ期待されてたりする?私。なんで?」
ボーッとした頭で考えてもよく判らない。

健人と当麻は顔を見合わせ笑いながら「気にしない!気にしない!さぁ、行くよ!」
と、雪見の背中を押してスタジオの扉を開けた。



「未知の世界だ…。どうしよう…。」

ロケーションのいい場所にひっそりと建つ撮影スタジオでは、すでに
先発隊のスタッフによって、準備が着々と進められていた。
今までのグラビア撮影とは訳の違うスタッフ、機材の多さ。
メイクの前に、ちらりと覗いてしまったのがいけなかった。
早くも弱気モード全開の雪見。

「ねぇ…。本当に私が演技するの?私のこと、誰だか知ってる?
猫カメラマンなんだよ?みんな忘れてない?」
鏡越しに、ヘアメイクの進藤に聞いてみる。

「そのセリフ、毎回言ってるよね、初めての仕事の時。
もうさ、三月までは自分が猫カメラマンだって事、忘れちゃえば?
猫カメラマンだと思ってるから、弱気になっちゃうんだよ!
私は女優よ!アーティスト『YUKIMI&』よ!って、自信を持って成り切りなさいよ!」

「そんな自信、どこから絞り出すの…。ムリ…。」
二人揃って「はぁぁ…。」と、意味の違うため息をつく。前途多難とはこの事だ。


最初は健人と当麻の、歌ってるシーンの撮影が行なわれる。
衣装に着替えてスタジオのセットに立った二人は、もはや俳優ではなく
アーティストSJであった。
準備の終った雪見も見ている中、リハーサルが始まる。

「さすがだなぁ!もうずっと前からSJって、いたんじゃね?って感じ。
やっぱ、凄いわ!あの二人。」
スタジオのあちこちから、そんな声が聞こえてくる。
完璧なダンスに色っぽいカメラ目線。
お互いの持ち味を存分に発揮して、見る者すべてを引きつけた。

ただの男の子に戻った健人と当麻ばかりを見ていると、この二人の凄さなど忘れがちだったが、
今、目の前で眩しく輝くオーラを見て思い出した。
この二人は、とんでもないほどの人気者だったんだ!と…。

そう気がついた途端、雪見はガタガタと震えだした。
『なんで引き受けちゃったんだろ…。私なんて、お呼びじゃないよ!』


そうこうするうちに本番もOKが出て、二人だけの撮影はすんなりと終ってしまった。
いよいよここからは、雪見も加わっての撮影だ。
監督に呼ばれ、映像の狙い目と演技指導を受けるが、緊張し過ぎて頭に入ってこない。
リハーサルもNGの連発だ。すでに雪見の顔から笑顔は消え去っていた。

「ちょっとマズイな。スタートからこれじゃ…。」
スタジオの隅で見守る今野と夏美も、段々と心配顔になってくる。

「時間も押してきてるし、仕方ない。奥の手を使うとするか…。」

「そうね。まさかこんな初っぱなから、私の出番が来るとは思わなかったわ。
じゃ、作戦通りに…。」
夏美と今野が何やら動きを見せた。

今野は足早にスタジオを出て行き、夏美は自慢の胸を強調するように、
タイトなスーツのボタンを閉める。
ふぅぅ…と深呼吸をしたあと、大きくパンパン!と手を叩いて険しい顔で前に進んだ。

「駄目じゃない!何回NG出せば気が済むの!みんなの迷惑よ!」
きつく雪見を叱る声に、スタジオ中が凍り付く。
健人と当麻もゴクッと息を呑んだ。
それから夏美は大きな胸の前で腕組みをし、おもむろに監督に近づいた。

「監督ぅ!ごめんなさいね、うちの雪見がエンジンかからなくて。
少しだけ私にお時間頂けるかしら。この子の気合いを入れ直して来ますから。」
夏美のセクシーな口元のホクロと胸元に気を取られ、監督は思わず
「どうぞどうぞ!」と雪見を差し出す。

「こっちへいらっしゃい!」
叱られるのを覚悟で夏美と共にスタジオを出た雪見だが、夏美はドアを閉めた途端、
ニコッと笑って「作戦成功!」と雪見を見た。


ぽかんとした顔の雪見に、作戦の意味などわかるはずもない。


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