コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.137 )
- 日時: 2011/05/04 09:32
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
石垣空港から那覇空港へ、そこで羽田行きに乗り換えて到着予定時刻は
午後四時過ぎである。
窓の外の雲海を見ながら、さっきから雪見は考え事をしていた。
この左手首のブレスレットとお揃いの、青いピアス。
当麻は、借りたカメラのお礼だと言って雪見にそれをくれた。
なのに、なぜか健人には内緒だと言う。どうして?
ただのお礼なら、別に隠す必要なんてないじゃない。
健人だって、当麻がカメラを借りた事ぐらい知っている。なのになぜ?
ちょっぴり雪見に関して心配性の健人に、余計な心配をかけたくなかったから?
それとも…。考え事の途中で隣の牧田が雪見に話しかけた。
「ねぇねぇ!当麻くんたちと一晩、同じ部屋だったって本当?」
「え?あ、まぁ…。色々と事情があってね。あ!でもやましい事は一切
ないから!あれ?でもこの話、誰に聞いたの?」
「さっき空港でお土産見てる時に愛穂さんからメールが来て、昨日は
先に帰ってごめんなさい!のあとに書いてあったよ。
雪見ちゃんが教えたんじゃなかったの?」
牧田の思いもよらぬ言葉に、雪見は背筋がゾッとするのを覚えた。
「私、愛穂さんとアドレス交換してないもの!
竹富から戻って打ち上げの時に聞こうと思ってたから。一体愛穂さんは
誰から聞いたの!?」
雪見と牧田は顔を見合わせた。お互いの表情はすでに凍っている。
忘れかけていた新たなる攻撃が仕掛けられた予感を、二人とも同時に
感じ取ってしまった。やはり愛穂は敵であったのか…。
二人はただ無言で、今はその恐怖にじっと耐えるより方法がなかった。
羽田空港到着ロビー、午後三時半過ぎ。
そこには雪見の友人、香織の姿があった。
北海道の故郷から香織に会いに上京してくる母を、出迎えに来たところだった。
「なにこれ?ずいぶんな報道陣じゃない?それに出迎えてる若いコが
やたら多いのはなんで?誰を待ってるんだろ…。」
あまりにも人が多くて、母が自分を見つけられるか心配だった。
隣りにいた女子高生とおぼしき二人連れに聞いてみる。
「すいませーん!誰か芸能人でも来るの?みんな、誰を待ってるの?」
二人組は顔を見合わせ一瞬、『なに?このおばさん!』って顔をしたのを、
香織は見逃さなかった。
「斎藤健人と三ツ橋当麻!沖縄からの便に乗ってるんだって!」
「えっ!健人と当麻!?」
確か雪見も一緒なはず。真由子からメールがきてた。
『今、雪見んちで健人が拾った猫の世話をしてる。』って。
雪見が健人達との仕事で、一緒に沖縄に行ってるから、とも…。
香織が二人を名前だけで呼んだのを聞いて、またしても女子高生らは
少し眉間にシワを寄せてお互いの顔を見たが、それでもお構いなしに
香織は聞いた。
「なんで二人が沖縄から帰ってくるって知ってるの?」
「ツィッターで見た!三角関係のカメラマンも一緒だって。」
「そうそう!私は動画で三人を見たけど、なんかめちゃ仲良しな三人組
なんだよね。なに?この女!って感じ。こんなおばさんのどこがいいのか、
一目見てやろうと思って…。」
あんた達もいずれ三十代のおばさんになるんだよ!覚えておきなさい!
と言ってやりたかったが、香織はそんな度胸を持ち合わせてはいない。
真由子だったら、確実に食ってかかったことだろう。
三十代の、どこがおばさんなのよ!三十代が若い男を好きになって何が悪い!と…。
香織は急に心臓がバクバクし出す。ただ母を迎えに来ただけだったのに
思いがけない緊急事態に遭遇してうろたえた。
『なんて事なの!ツィッターに、動画まで流出してるなんて!
どうしよう!どうしたらいい?真由子に連絡?いや、それよりも先に、
なんとか雪見に知らせなくちゃ!』
次の便で帰ってくるとしたら、まだ今は機内にいて携帯は使えない。
ロビーに出てきてみんなに捕まる前に、何とかして雪見に伝えないと。
その頃、まだ何も知らない健人と当麻は、ぐっすりと夢の中にいた。
一晩中三人で語り合い一睡もしなかった二人は、座席に着くと同時に
深い眠りに落ち、それにつられるようにして横の今野も目を閉じる。
あと少しの時間で、大変な騒ぎに巻き込まれるとはつゆ知らず…。
「間もなく当機は羽田空港に着陸します。」
機内アナウンスに目を覚ました今野が、慌てて健人と当麻を起こす。
「うーん、よく寝た!」と健人はさっぱりした顔で伸びをした。
「今野さん、このあとのスケジュールは?」
今野は、真っ直ぐみんなで吉川の編集部に寄って、これからの予定を
打ち合わせした後に解散だと伝える。明日からはまた忙しくなるから
覚悟しておけ!とも。
「大丈夫!すっかりリフレッシュしたから、当分は頑張れます!」と
元気よく答えたが、そんな爽やかな顔も今のうちである。
那覇からの便が到着したことを掲示板が告げると、香織は急いで雪見に
電話をかけた。だがまだ通じない。切っては掛け、切っては掛け…。
そうこうするうちに札幌からの便も到着し、母が到着ロビーに出てきた。
「香織!久しぶり!元気そうで良かった。でも、さすが東京は凄い人
だね!あんたを探せないかと思った!」
お正月ぶりに会った娘に嬉しさ一杯の母であったが、香織はそれどころじゃなかった。
「ごめん、母さん!悪いけど大至急電話しなきゃならない所があるの。
電話終わるまでここにいてね!絶対いてよ!」
そう母に告げると香織は、リダイヤルしながら報道陣とは離れた場所に
移動した。
『早く繋がって!お願い!雪見、早く!……あっ!繋がった!』
「雪見?!」 香織は思わず大きな声を出してしまい、辺りを見回す。
それから周りに人がいない場所に小走りで行き、今の到着ロビーの状況
と、先ほど女子高生から聞いた話を早口で伝えた。
「嘘でしょ!」雪見は絶句した。一瞬、愛穂の姿が目に浮かぶ。
「どういうこと?動画が流出って!一体誰が…。」
いくつか思い当たる事はある。カイジ浜で、西桟橋で、高速船の中で。
ケータイを向けられてるような気配はしたが、いずれも愛穂ではない。
すれ違った人にケータイを向けられるなんて、東京じゃしょっちゅうな
事なので、沖縄の開放感も手伝ってあまり気にも留めなかった。
「このまま出てきたら、報道陣に確実に囲まれちゃうよ!どうする?」
香織が心配そうな声で、コソコソと話した。
「とにかくみんなに伝える!ありがとね!教えてくれて。また電話するから。」
それだけ言って雪見は香織からの電話を切る。
大変!早く健人くんたちに伝えなきゃ!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.138 )
- 日時: 2011/05/05 04:28
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「健人くん、待って!」
一番先を歩く健人を、雪見が大声で呼び止める。
その後ろのスタッフたちも何事か!と一斉に振り返った。
「大変よ!到着ロビーは報道陣が詰めかけてるって!私たちの動画が
インターネットに流出したらしいの!」
集まった八人に雪見は、周りの人に聞こえないように伝えた。
「えっ!」 全員が言葉を失う。
だがすぐさま今野が情報収集のため、あちこちに電話を掛け始めた。
「わかりました。そうします。」
そう言って最後の電話を切り、外部からの指示をみんなに伝えた。
「吉川さんがすでに車を三台回してくれたそうだ。一言も口を開かずに
急いで外に出ろ!健人と当麻、雪見さんは一台ずつ分かれて車に乗れ。
あとのメンバーは二人ずつ健人達をガードして車に乗り、別々のコース
を通って編集部集合だ!よろしく頼みます!」
全員黙ってうなずいた。
「じゃ、俺から出るよ!」
健人はぐいっと帽子のつばを引き下げ、サングラスをかけ直す。
健人の前後を今野とカメラマンの阿部が、がっちりとガードした。
続いて当麻を、マネージャーの豊田と編集部の藤原が、
雪見の周りをスタイリストの牧田とヘアメイクの進藤が囲む。
九人はそのまま足早に、到着ロビーへと出て行った。
想像以上の人と報道陣の多さ、たかれるフラッシュの数に一瞬雪見の
足がすくんで止まった。が、すぐに進藤が腕を引っ張り、当麻たちの
後ろに付いて人混みをかき分けた。
歩く速度に合わせて両側から、何本ものマイクが差し出される。
「斎藤さん!竹富島の休日はいかがでしたか?三人でのんびりされました?」
「親戚である浅香さんとの交際は本当ですか?」
「三ツ橋さん!浅香さんを巡っての三角関係と報じられてますが、事実
ですか?答えて下さい!」
「浅香さーん!斎藤さんと三ツ橋さん、年が一回り以上違いますが、
お付き合いしてて年の差を感じる事ってありますかぁ?」
どの質問も、すでに交際中を前提にした質問であった。
健人たちは言われた通り、一切を無視して無言のまま外に出て、三台の
車に分かれ、やっとの思いで乗り込んだ。
バタン!とスモークガラスの入ったドアが閉められ、すーっと車は動き出す。
「ふぅぅっ。」雪見が深く息を吐き出した。膝は心なしか震えている。
「大丈夫?」雪見の両脇に座る進藤と牧田が、心配そうに声を掛けた。
「うん、大丈夫。」本当はちっとも大丈夫ではなかったが、二人に
これ以上迷惑は掛けたくなかったので、少しだけ微笑んでそう言った。
健人も当麻も、それぞれの車内で事の重大さを感じていた。
楽しい旅行から戻り、明日からまた仕事を頑張るぞと意気込んだのも
つかの間、一転して大変な問題に直面してしまった健人たち。
皆がそれぞれの思いを巡らし考え込んで、車内は無言のまま編集部の
あるビル前に到着する。
最初に着いたのは当麻が乗った車であった。
外に報道陣がいないことを確かめ、素早く車を降りてビル内に駆け込む
当麻とマネージャー、それと藤原。
あとの二台も程なく到着し、全員が『ヴィーナス』編集部の会議室に
集合する。
すでに待ちかまえていた吉川の表情は硬い。
重苦しい空気の中、健人が真っ先に吉川に頭を下げた。
「申し訳ありませんでしたっ!僕らがうかつでした。写真集の仕事を
してるんだと言う意識があったから、あまり周りを気にしなかった。」
健人の言葉を当麻が引き継ぐ。
「せっかく吉川さんに頂いた仕事だったのに、こんな事になってしまい
本当に申し訳ありません!責任はすべて僕らにあります。」
当麻も深々と頭を下げた。
雪見も詫びを入れようと立ち上がった時、残りの人達がパタパタと全員
立ち上がる。
そして口々に、私にも責任があります!いや僕にも責任が!俺がもっと
しっかりガードしておけば…などと、皆が自分の責任を主張した。
「いい!もうわかった!今回は全員の不注意という事にしておこう。
今は、責任の在りかをはっきりさせるために集まっているのではない!
済んでしまったことは仕方ないんだ!重要なのは、この先事態はどう
進んでいくか、どのように対処すべきか見極める事だ。まぁ、座れ。」
吉川は運ばれてきたお茶を一口、ずずっとすする。
それからいつも通り冷静に手元のノートパソコンを開き、問題となった
動画を再生してみんなで食い入るように見た。
吉川によると、何者かが竹富島に健人たち三人がいる事をツィッターで
流し、動画を投稿してくれるよう依頼したと言うのだ。
パソコン上に健人達三人の姿が映し出される。
場面は三つあるのだが、どれも三人が楽しそうにじゃれ合い笑ってる、
正真正銘本人たちの動画であった。
「だけど、これって別におかしな場面じゃないよね。いつもの三人って
こんな感じでしょ?こんなの、私たちならしょっちゅう見てるもん。」
牧田が想像してたものとは全く違ったらしい。
進藤に至っては「なーんだ!心配して損した!」と拍子抜けした様子。
健人たち三人も一様にホッと胸をなで下ろした。
「まて!まだ安心するのは早すぎる。問題はこのあとの画像だ!」
再びみんなで頭を突き合わせ、パソコンを覗く。
するとそこに、お揃いのTシャツを着て布団の上に寝ころぶ三人の姿が
いきなり飛び込んできた。
「な、なによ、これっ!民宿の部屋の中じゃない!」雪見が絶叫する。
「部屋にカメラが仕掛けられてる!誰がこんな事を…。」
そう言いながら健人の頭には、民宿のおじさんの顔が描かれた。
当麻も一瞬同じ人が頭に浮かんだが、すぐに自分を否定する。
「いや、あのおじさんはそんなことが出来る人じゃない!
これはきっと、誰かが仕掛けた罠だっ!」
健人も雪見も、出来ることならそう思いたかった。
だが、他に一体誰がそんな物を仕掛けられるだろう…。
「ねぇ!この画像をよく見て!カメラの周りに写ってるのって、何かの
お花じゃない?赤い南国系の。この中にカメラが仕掛けられてる!」
食い入るように見ていた牧田が言った。
「そう言えば、部屋の棚の上にお花が飾ってあった!普段おじさんは
お花なんて飾ってるの見たことなかったから、あれっ?って思ったのを
思い出した!そこから辿ると何かがわかるかも知れない!」
雪見は直ぐさま竹富島の民宿に電話をした。
「あ、おじさん?雪見です。お世話になりました!あのね、ちょっと
聞きたい事があって電話したんだけど…。」
受話器の向こう側から聞こえた返事は、ある事実を伝えていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.139 )
- 日時: 2011/05/11 19:19
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
民宿のおじさんは、思いも寄らなかったことを雪見に話し出した。
「雪見ちゃんたちが船に乗り遅れて、うちに泊まる事になった後、晩飯
食いに出掛けただろ?その後すぐに若い女の子が尋ねてきてさぁ。
斎藤健人と三ツ橋当麻のファンなんですぅ!ってね。二人がここに入るのを
見たらしくて、一目でいいから二人が泊まる部屋を見せてくれ!
って。」
で、おじさんはその子が東京からわざわざ二人を追いかけて来た、と
言うのでそのまま帰すのは可哀想かなと、部屋に案内したそうだ。
「その子、赤い花束持ってなかった?」
「あぁ、持ってたさぁ!こっそり部屋に飾って来たいんだけどいいか?
って言うから、花ぐらいはいいさって。棚の上に置いたら、ありがとうって
すぐに出て行ったよ。迷惑がられると悲しいから、私が来た事は
内緒にしておいて、って。やっぱり迷惑だったかい?」
おじさんは気まずそうに雪見に尋ねる。
「いや、いいの。ちょっとお花の事を思い出しただけだから…。
わかった、ありがとね!また行きます。じゃ!」
そう言って雪見は電話を切った。
「やっぱり、そう言うことか。若い女の子って、もしや…。」
それが判ったところでどうなるわけでもないが。
流出動画は、延々と続く三人のおしゃべりの途中で切れていた。
小型バッテリーが切れたのであろう。幸いなことに、雪見が眠った後の
健人と当麻の会話は入ってなかった。「結婚」という言葉が出て来る
会話がもしも流出していたなら、確実に事態は変っていただろう。
健人は取りあえず胸をなで下ろした。
「どうします?この後の対応。」マネージャーの今野が吉川に聞く。
今は所属事務所と編集部が、車の両輪となって進んでいるので、お互い
足並みを揃えて対応していかないと、前へ進めなくなる。
「もう、すべてを蹴散らす思いでひたすら突っ走るしかないだろうな。
多分この先もモグラ叩きのように、次々と同じような事が起きるはず。
一つずつ対応してたらきりがない。テレビや雑誌に取り上げられるのも
宣伝広告のうち!ぐらいに開き直って、ガンガン飛ばした方がいいと
思うがどうだろう。」吉川の意見に皆がうなずいた。
「よし!そうと決まれば、さっそく次の企画に移るぞ!」
企画会議が終わり、解散したのは夜の十時を回っていた。
さすがにみんなヘトヘトだ。早く帰って身体を休めたかった。
「じゃ、お疲れ様!健人くんも当麻くんも、今日は早く寝てね!」
雪見がそう言ってタクシーに乗ろうとすると、なぜか健人と当麻も車に
乗り込んで来るではないか!
「ち、ちょっと!なんで乗ってくんのよ!今日は真っ直ぐ帰らないと
ダメでしょ!私、飲みになんて行かないからね!帰るんだから。」
「俺たちだって飲みになんか行かないよな!ラッキーに会いに行くの!
真由子さんにもお礼を言わないと。三日間もうちの子をお世話してもらったんだから。」
健人が、ラッキー元気にしてるかなぁ!とニコニコしてる。
「俺も帰ったら見せてもらう約束してたから!猫飼いたいけど、家じゃどうしたって無理だし。
だからゆき姉んとこの猫で我慢する。」
当麻もラッキーに会うのが楽しみで仕方ない!って顔してる。
「もう!しょうがないなぁ、二人とも。ラッキー見たらすぐ帰ってね!
て言うか、この二人を連れ帰ったら真由子の大絶叫がまたマンションに
こだまするよ、きっと!」
案の定だった。玄関を二人が一歩入った途端響き渡る、黄色い声!
何度聞いても耳に悪い影響をあたえそうな、破壊音だ。
「ただいまぁ!ふーっ、疲れたぁ!めめとラッキーはいい子だった?」
「そ、それよりこの二人!早く私を紹介してよ!」
イケメンアイドルおたくの真由子の声が上ずるのも無理はない。
「真由子さん、お久しぶりです。三日間もラッキーを預かってくれて
ありがとう!お土産買ってきたからあとでゆき姉にもらってね。」
健人の言葉に真由子はうなずくのが精一杯だった。
「初めまして!三ツ橋当麻です。すいません、突然お邪魔しちゃって。
どうしても健人が拾った子猫を見たかったもんで、一緒に来ちゃいました!」
当麻の挨拶に至っては、もう真由子の耳には届いていなかった。
こんなに間近で見る、日本を代表するイケメン俳優二人組に、すでに
ノックダウン寸前である。
そんな真由子は構わずに、健人と当麻はさっさとラッキーの元へと駆け寄った。
「元気だったか?ラッキー!会いたかったよ!」
健人が子猫を抱き上げ、頬ずりする。ふわふわの赤ちゃんの毛だ。
当麻もラッキーの頭を撫で、「ちっちゃいねぇ!」とよしよしする。
「さぁさ!ラッキーも見たことだし、君たちは帰る時間だよ!
今度ゆっくり遊ばせてあげるから、今日はそろそろ帰らないと。
これ以上また変なもん流されたら、たまらんもんね!
マンション出る時は、よーく周りを確かめてからにしてね。。」
雪見は二人を玄関先に追いやった。
「じゃあ、また明日!」
雪見に別れを告げ、二人はエレベーターを降りる。
「可愛かっただろ?ラッキー。」 「あぁ!めちゃ可愛かった!」
「竹富島で撮った猫の写真も、早くプリントして見て見なきゃ!
一番良く撮れたやつを引き延ばして、ゆき姉にプレゼントしよう!」
そんな呑気な事を言ってられるのも今日までだ。
明日からは怒濤の勢いで写真集の企画が押し寄せる。
手始めにファンミーティングに握手会、ラジオのイベントやらが続き、
あいだにドラマや映画の撮影、雑誌の取材、テレビ出演など通常の仕事
もこなしつつ、ゴールの写真集発売日クリスマスには、写真集を買った
人限定のコンサートが予定されている。
雪見が毎日健人に付いて歩き、撮影をするのもあと二十日あまり。
十月に入ったら、いよいよ編集作業に取りかからなくてはならない。
健人と雪見が一緒にいれる日も残りわずかとなった。
写真集が出てしまったら、また雪見は猫カメラマンへと戻ってしまう。
確実に始まってしまったカウントダウン。
出来ることならその時計を止めてしまいたかった。
楽しかった日々が多ければ多いほど、別れの時の悲しみも倍増する。
健人は、その日の悲しみをひとり思い、涙の色にも似た左手首の
青いブレスレットをぎゅっと握り締めた。
明日は『ヴィーナス』発売日。
雪見と健人の初めてのグラビアが世に出る日。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.140 )
- 日時: 2011/05/07 08:37
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
雪見は朝から落ち着かない。
なぜなら今日はファッション誌『ヴィーナス』の発売日だから。
いよいよ、健人と二人で初めて撮したグラビアが、日本中の書店に並ぶのだ。
「どうしよう!ちゃんと健人くんとつり合って写ってるかなぁ?」
めめを相手に独り言が多い。にゃーん、と一声鳴いてめめが返事する。
雪見はそれを、大丈夫だよ!と聞こえた事にした。
朝八時。健人から届いたいつものメール「もう少しで着く」を合図に、
雪見はカメラバッグと荷物を持ち、一階まで降りる。
外に出ると、程なくして今野運転の車がマンション前に横付けされた。
「おはようございます!」どんな時でも朝の挨拶は元気よく!
するとつられるように健人と今野も元気よく「おはよう!」と返した。
「ねぇ、今日『ヴィーナス』の発売日だね。」「うん。」
「十時には本屋さんに並ぶのかなぁ。」「そうだね。」
「なんか、猫の写真集を初めて出した時より緊張する!」「そう?」
朝に弱い健人とは、まだまったく会話が弾まない。
今野がその隙を狙って今日一日のスケジュール確認をする。
「まず九時から新しいドラマの顔合わせと本読み、午後一時から場所を
移動してスチール写真撮りと取材、五時からは当麻のラジオ番組にゲスト出演だ。」
「それで終わり?当麻のラジオで今日の仕事は終わりなの?」
健人がいきなり目を輝かせて嬉しそうに今野に聞いた。
「あぁ、今日はな。また遊ぶことばっかり考えてんだろ!しょうがない奴だ。」
「当麻とご飯に行けるかなぁーと思って。あ、でも当麻がラジオの後に
仕事が入ってたらアウトだけど。ゆき姉も一緒に行く?」
「ううん、今日はやめとく。ラッキーが早く懐くように、少しは一緒に
いてやらないと。」
雪見がそう言うと、健人は「そうだ!ラッキーがいたんだ!」と膝を
ポンと叩いたので、雪見はなんだか嫌な予感がした。
「もしかして、今日もうちに来る気してる?」 「えへへっ!」
午前中の新ドラマの顔合わせと本読みは、部外者立ち入り禁止なので
雪見はお昼頃までどこかで時間を潰すことにした。
久しぶりの一人きりの時間。なんだかウキウキする。
断っておくが、決して健人と一緒にいるのが窮屈な訳ではない。
一緒にいると楽しいし嬉しいし、ドキドキもする。
だが十代二十代の頃のように、朝から晩まで一緒にいてベタベタしたい
とは、もう思わなくなっていた。
自分一人の時間も欲しいし、女友達だけで飲みにも行きたい。
そうやって、彼氏との時間と自分だけの時間の両方が欲しくなるのが
三十代の恋なのだろうか。
いつでもどこでも雪見と一緒にいたいと思う、まだ21歳の健人とは、
やはり温度差が出てきてしまうのは致し方ないだろう。
雪見は書店が開くのを待っていた。
開店と同時に店内に駆け込み、雑誌コーナーで本日発売の札が付いた
たくさんの雑誌の中から『ヴィーナス』を探し出す。
「あった!」思わず声に出してしまい、首をすくめた。
まだ誰も買ってない本の山から中ほどの一冊を引き抜き、パラパラと
めくりたくなる衝動を抑え、レジへと足早に向かう。
それを持って、その通りにあった大好きなドーナツショップに入り、
いつものカフェオレとオールドファッションを受け取って席に着く。
まずはドキドキを沈めるためにカフェオレを一口。
コーヒーの香ばしい香りは、いつだってざわついた心を静めてくれる。
よし!と心を決めて、今の自分には無縁だった二十代のファッション誌
『ヴィーナス』を、一ページずつ注意深くめくった。
すると、予想に反して何枚目かで、いきなり大写しの健人と雪見が目に
飛び込んできた!
「うそぉ!こんなに?」見開きになったページの右側に雪見、左側に
健人がポーズを決めて立っているではないか。
まさかこんな大写しで掲載されるとは夢にも思わなかったので、驚きと
同時にこんなポーズ取ってたっけ?と恥ずかしさに襲われて、パタンと
一度本を閉じた。またカフェオレを一口、心を静める。
今度は少し冷静な目でそれを眺めることができた。
六ページにも及ぶ、特別グラビアと冠された健人と雪見のページは
ファッション誌らしく、とてもスタイリッシュに構成されている。
あの時、無我夢中で撮されていた時には完成図は想像つかなかったが、
改めて落ち着いて見てみると、雪見はスタイリスト牧田とヘアメイク
進藤、カメラマン阿部によって、はるかに実年齢より若々しく見えた。
「うん!これなら健人くんと結構つり合ってるんじゃないの?」
またしても言ってしまった大きな独り言に、今度は隣のテーブルの親子が
チラッとこっちを見た。恥ずかしくて顔が赤らむのがわかった。
と、その時ケータイのメールが着信する。誰かと思ったら当麻だった。
ゆき姉おはよう!
『ヴィーナス』見たよ!
めちゃめちゃ二人とも
お洒落でかっこよくて、
うらやましくなるような
グラビアでした。
きっとね、ゆき姉ファン
がこの後増えると思う。
俺も益々ファンになりま
した。大好きです!
by TOUMA
ドキッとした。なに?最後の「大好きです!」って…。
どういうつもりでこんなメールを送信してきたのか、理解に苦しんだ。
ファンとして?親友の彼女として?本当の姉のような存在として?
あれこれ思いあぐねているうちに、あちらこちらからメールの嵐に!
真由子に香織、実家の母に健人の妹つぐみからもお祝いメールが届く。
つぐみに至っては、「こんな綺麗で可愛い人が私の義姉だったらなぁ。
お兄ちゃんと早くゴールインしちゃえば?」とか書いてある。
なに言ってんだろ、つぐみちゃん!と恥ずかしくなった。
返信になんて書こうか随分と悩んだ。
で、結局「ばーか!でも、ありがとう!しっかり者で可愛い妹よ。」
とだけ返事する。
当麻には、なんて返せばいいのだろう。
きっと当麻も雪見の返事を待っている。ケータイを握り締めたまま…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.141 )
- 日時: 2011/05/08 12:46
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
お昼過ぎのテレビ局ロビーは意外と静かだった。
一時からのスチール写真撮りには健人に同行するため、雪見は一人で
ロビーの椅子に腰掛け、健人たちが降りてくるのを待っていた。
膝の上にはドーナツの箱と、さっき買ったばかりの『ヴィーナス』が乗っている。
健人と今野がお腹を空かせてるだろうと、お昼ご飯になりそうな物を
チョイスしておいた。
後はロビーの自販機から飲み物を買って、車に乗り込めばいい。
所在なさげに窓の外を眺めていると、突然「あのぅ、すみません!」と
横から声を掛けられた。見てみると斜め前に座ってた受付嬢の一人だった。
「あのぅ、もしかして浅香雪見さんですか?」と聞いてくる。
見覚えの無い顔なのに私の事を知ってるなんて…。
「はい、そうですけど…。あの、ごめんなさい!どこかでお会いしました?」
「やっぱりそうだ!」と彼女はもう一人の受付嬢に向かって手を振った。
訳が解らずきょとんとしてる雪見に向かって彼女は、笑顔で答えた。
「今朝『ヴィーナス』買って見ました!健人くんと写ってるやつ。
素敵なワークウーマンだなぁと思って、いっぺんにファンになりました!
私も猫が大好きなんです!
今日の帰りに浅香さんの猫の写真集、買って帰ろうと思ってたんですよ!
こんな所でお会いできるなんて、感激です。」
それだけ言うとぺこんと頭を下げ、また小走りに自分の持ち場に付いた。
雪見は、見ず知らずの人から掛けられた言葉が、耳に妙にくすぐったく
斜め向かいからの視線が気になって、顔を上げられないでいる。
『それにしても今朝買ったって…。あ、そうか、キオスクがあったか!
なーんだ!わざわざ本屋の開店を待ってなくても良かったんだ。』
変なところに雪見は感心している。もっとグラビアの反響に驚けばいいのに。
そこへ健人からのメールが届く。「今、どこ?」と一言だけ。
すぐに「一階のロビーにいる」と返信したら、「地下駐車場にいて」と
返事が。慌てて自販機で缶コーヒーを買い、すぐ階段で地下に降りた。
程なくして健人と今野がエレベーターで下りてくる。
「お疲れ様でした!」 「待たせちゃったね。何してた?」
車に乗り込みながら、健人が雪見に聞いた。
「ドーナツ屋さんで『ヴィーナス』読んでた!」と、ドーナツの箱と
缶コーヒーを健人に差し出す。
「やった!お腹ペコペコだったんだ。サンキュ!」
嬉しそうにドーナツを頬張る健人が、子供みたいで可愛い。
「今野さんもあとで食べて下さいね。」「いつも悪いね、ありがと!」
スチール写真撮りのスタジオまでは十分ほどの距離。
その間に健人は、ドーナツを食べつつも忙しく喋りまくる。
「ねぇ!『ヴィーナス』どうだった?見せて、見せて!
うわっ、凄いじゃん!こんな最初の方に見開きで載せてくれたんだ。
ゆき姉、めちゃ可愛い!やっぱ、思った通りだ!本職のモデルみたい。
さっすが、阿部さんは凄腕カメラマンだ!このゆき姉がこうなっちゃう
んだから。あ!次の写真もいいねーっ!俺あとで『ヴィーナス』買いに
行ってこよ!記念に取って置かなくちゃ。」
健人の機関銃のようなおしゃべりに、雪見は口を挟む隙がない。
やっとの事で、みんなからたくさんのお祝いメールをもらったこと、
さっきテレビ局の受付嬢から声を掛けられたことなどを話した。
つぐみちゃんからもメールが来たよ!とは伝えたけど、さすがに当麻の
事は言えなかった。もし万が一にもメールを見せて!と言われたら…。
「ところで顔合わせはどうだった?」と、素早く話題を切り替える。
あれこれ話し込んでいるうちに、あっという間にスタジオ到着。
ここからは雪見も仕事開始だ。
カメラマンと打ち合わせ中の真剣な横顔、撮影の合間に見せたホッと
一息ついた時の笑顔。ヘアメイクさんに髪を直してもらってる最中の
おちゃめな顔!
毎日のようにファインダーを覗いていても、二つとして同じ表情はない。
写真選びに苦労するだろうなぁ、と思いながらシャッターを切った。
スチール写真撮りもその後の取材も、時間通りに進んで無事終了。
あとは当麻のラジオにゲスト出演を残すのみとなった。
健人はこの仕事を何日も前から楽しみにしていて、なにを差し入れに
持って行こうか、車の中で雪見とあれこれ考えていた。
「やっぱ、甘い物系かな?」
「うん。当麻くん、見かけに寄らずスイーツ大好き男子だもんね。
ラジオ局に行く途中に美味しいケーキ屋さんがあるよ!
ここのプチフール、小さくて可愛いくてめちゃ美味しくて、最近の私の
手土産ランキング一位かな?」
「それにしよう、それに!俺も食いたい!」
「あのね、当麻くんやスタッフさんへの手土産だと言うことをお忘れなく!」
途中雪見が車から降り、24個入りのプチフールを二箱買って出発。
ラジオ局へと急いだ。
当麻は、毎週金曜日夕方五時半から始まる生放送『当麻的幸せの時間』
というレギュラー番組を、もう丸二年担当している。
毎週一人ゲストを招き、その人なりの幸せな時間を紹介してもらったり
当麻の好きな曲やゲストの好きな曲を流したりと、三十分間思いっきり
当麻とゲストが幸せな時間を過ごす、というコンセプトで番組を制作している。
健人は多分、一番出演回数が多いゲストであろう。月に一度は出てると
思うから、ほとんど準レギュラーと言っても良いかもしれない。
なんせお互い全く気を使わなくて済むので、結構やりたい放題言いたい
放題なのだが、プロデューサーはかえってそれを面白がり、二人に好きにやらせてくれた。
と言うのも、健人がゲスト時のリスナーの反響が半端ではなく、いかに
この二人の人気が凄まじいものであるかを物語っていた。
たった二年で金曜日の看板番組になったのも、健人の功績があったから
こそと、プロデューサーは密かに思っている。
雪見も健人から面白い現場だよ!と聞いていたので、初めて目にする
当麻のDJ姿と仕事ぶりを楽しみにしていた。
いよいよ当麻のいる放送スタジオに到着。
「おはようございまーす!」と挨拶をしながら健人がドアを開ける。
スタッフさんが一斉に「おはようございます!よろしくお願いします」
と笑顔で頭を下げた。
当麻は大きなガラスの向こうの放送ブースで、プロデューサーと二人
真剣に打ち合わせ中である。放送開始まであと三十分。
健人も一応は打ち合わせに参加しなくてはならないので、厚いドアを
開けて当麻のいる場所へ入って行った。
雪見の到着に気が付いた当麻は、ガラスの向こうから最高の笑顔で
ピースサインを送った。
雪見は、まだ返してはいない当麻からのメールの返事を、この場所で
考えている。
でもすでに手にはカメラを構え、瞳は健人だけを追うプロのカメラマンになっていた。
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