コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.277 )
- 日時: 2011/08/24 19:16
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
結局みずきは、雪見に大きな宿題を残してアメリカへと帰って行った。
二週間後、みずきが日本へ戻って来るまでに、心を決めておかなければならない。
しかも二週間後の11月20日と言えば、あろう事か雪見のデビュー曲レコーディング当日だった。
「どうしよう…。どうしよう…。」
みずきから、人生を左右するような頼まれ事をされた夜。
雪見はいつまでも寝付くことが出来ず、ワイン片手に一人でソファーの上にいた。
呪文のように、うわごとのように「どうしよう」を繰り返しながら…。
そこへ、やはり眠れない健人がやって来た。
「健人くん!健人くんは明日も仕事なんだから、ちゃんとベッドで寝なくちゃだめっ!」
「眠れるわけないじゃん!こんな夜に、一人で寝れるわけないよ…。」
「そうだね…、ごめん。じゃ、ここに居ていいから身体だけは休めて。
特別に膝枕してあげる。」
「じゃ、その前に俺も少し飲みたい。多分いくら飲んでも寝れないとは思うけど…。」
雪見はソファーを立ち、キッチンへ行って健人のグラスとチーズを持って来る。
チン!と小さくグラスを合わせたあと、「これ、ありがとね。」と
健人に向かって左手のリングを突き出した。
「すーっごく嬉しかったよ!涙が出るほど嬉しかった。」
「けどあの時、半分は笑ってたよね?」
「だって、健人くんがどんな顔して私のリングを選んで、店員さんにネーム入れを
頼んだのか想像したら、可笑しかったんだもん!」
「めっちゃ恥ずかしかったから!全然顔上げられなかったもん。
帽子もかぶんないで家飛び出しちゃったから、ずーっとジャケットのフードかぶってて…。
絶対怪しかったと思う、俺!」
二人で大笑いしたあと、ふと雪見があの時の感情を思い出し、ポロッと一粒涙を落とした。
「健人くんが部屋を飛び出して行った時…、もう帰ってこないかもって悲しくなった。」
その顔を見て健人は、「ごめん!」と雪見を抱き締めた。
「ごめん!もうあんな事しないから!ゆき姉を悲しませる事はもうしない。
ずっと愛してる。この指輪に誓って…。」
「ありがとう…。私もずっと健人くんのそばにいるよ。
健人くんが悲しむことはしないから。
みずきさんの言ったことも、どうするのが一番いいのか、二週間じっくり考えてみる。」
健人が抱き締めた手をほどいて、雪見の瞳をじっと見つめながら言った。
「絶対一人で決めたりしないでよ!必ず俺にも相談して。
ゆき姉の問題は俺の問題でもあるんだから…。」
「わかってる。心配しないで…。さっ、今日はもう寝よっか!
まだ二週間もあるんだし、この宿題は明日からじっくり考えるとして、
今夜は健人くんが、このリングを選んでる時の顔を想像しながら寝よーっと!」
「そんなんで寝れるかっ!」
二人はじゃれ合いながら、寝室へと消えて行く。
今は何もかも忘れて、二人の絆を固く結んでおきたい。
この先に待ち受ける、荒波にも解けない絆を…。
あれから一週間。
毎日レコーディングに向けての、歌の最終レッスンに明け暮れる雪見だったが、
まだみずきからの宿題には答えを出せぬまま、期限まで残り半分となってしまった。
考えても考えても、答えが堂々巡りしてしまう。
オーナーの思いと雪見の思い、健人の思いまでを合わせると、どうしても
答えが一巡してしまうのだ。
しかも運悪く、ここ一週間の睡眠不足と心労、緊張感に急激な気温の変化も重なり、
あと一週間でレコーディングと言うこの時期に、雪見はどうやら風邪を引いてしまったらしい。
心配するので健人には話してないが、朝から喉が痛くて微熱がある。
今日は健人と二人、当麻のラジオに出演する日。
薬を飲んで、なんとしてでも夕方までには回復しておかなくては。
「健人くんはラジオの後も仕事でしょ?帰りは何時頃になりそう?」
健人が出掛ける玄関先で、めめ、ラッキーと共に見送る雪見が聞いた。
「六時からの取材が二本だから、八時には帰って来れると思う。
今日の晩ご飯はなに?」
「今の予定はチーズハンバーグかな?夜までに気が変わるかもしれないけど。」
「絶対チーズハンバーグ!変更しないでね、急いで帰ってくるから!」
「わかったわかった。じゃ、四時半にラジオ局でねっ!いってらっしゃい!」
いつもと変わらぬ様子で見送った後、雪見はリビングのソファーにバタン!と倒れ込んだ。
「やっばいなぁ…。身体がだるくて言うこと聞かないや。
今日は健人くんの写真集の見本が出来上がる日だから、編集部に行って
その後レッスン行って、ラジオ局行って…。薬飲んで、なんとか乗り切らなくちゃ。」
午前十時。いつものドーナツ屋さんで、差し入れのドーナツをたくさん買い込み、
だるい身体に気合いを入れて編集部へ出向くと、みんなが笑顔で迎えてくれる。
「久しぶり!元気だった?デビュー前って、何かと忙しいんでしょ?
お待ちかねの物、ちゃんと出来上がってるよ!」
そう言って、刷り上がったばかりの写真集を手渡された。
「やっと出来たんだ…。健人くんと私の写真集…。」
表紙をマジマジと眺める。
そのうちに、ただの猫カメラマンだった私が、突然「健人くんの写真集を私が作る!」
と思い立った最初の頃を思い出し、感無量になって視界がぼやけてきた。
「やっぱりこの表紙にして良かったね!
景色も健人くんも、めちゃめちゃ綺麗だしインパクト抜群だよ。
本屋さんに並んでも、すごく目を引くと思う。」
編集リーダーの加藤さんが、にっこり笑ってそう言ってくれる。
表紙には、沖縄竹富島の夕日をバックに、感動の涙を流す健人の写真をあえて採用した。
編集部の中では、海辺で遊んでる笑顔の健人の写真とで意見が割れたが
雪見は、自分だけにしか撮れない表情にこだわりたかったのだ。
一ページずつ、大事に大事にめくっていく。
すべての写真に思い出があって、涙が止めどなく流れてきて困った。
健人との絆は、この写真集がスタートなのだから…。
「おめでとう!いい写真集に仕上がったね!」
雪見が最後のページを閉じ涙を拭いていると、後ろから声を掛けられた。
「吉川編集長!本当にお世話になりました。
健人くんも、きっと喜んでくれると思います!ありがとうございました!」
「君たちにはクリスマスイブの発売日まで、もうひと仕事もふた仕事もしてもらわないと!
完成記者会見もあるし、発売翌日には限定コンサートもある。
CDデビュー前で何かと忙しさが重なるだろうけど、体調管理だけはしっかり頼むよ!」
雪見は、熱があることなどおくびにも出さず、「はいっ!」と返事して編集部を後にした。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.278 )
- 日時: 2011/08/26 16:37
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
雪見のバッグの中で、ずっしりとその存在をアピールする健人の写真集。
その重みは二人の愛の重みにも思えてきて、大事に抱え込むようにして
歌のレッスン前に事務所へ寄った。
「お疲れ様です。小野寺常務はいらっしゃいますか?」
解熱剤が効いてきて、少し楽になった身体で受付嬢に聞いてみる。
「常務は明日まで大阪出張です。あ、今野部長なら戻られてますけど。」
雪見にとっての今野はマネージャーであるのだが、事務所での肩書きは
マネジメント部長なのだ。
そんな偉い人が、健人から私のマネージャーになってくれたなんて、
今更ながら二人には申し訳ない気がした。
それと同時に心遣いに感謝して、何が何でもこの写真集とCDデビューの成功を、
お世話になった今野にプレゼントしなくては!と気を引き締める。
雪見は今野のデスクへ飛んで行き、目の前に写真集を差し出した。
「お疲れ様です!今野さん、やっと出来ましたよ写真集!
あとは少しだけ手直しして完成です。見てもらえますか?」
「とうとう出来たか!どれどれ…。」
今野が真剣な顔をして、ゆっくりとページをめくってゆく。
雪見は緊張の面持ちで、今野の表情の変化を伺った。
「いいねぇ!俺の見てきた素の健人だ。
いや、俺でさえ見たことない健人の方が多いかも。
これはファンにとっては、たまらん写真集だぞ!」
今野がニコニコしながら見入っているのを見て、雪見はホッと一安心した。
「あいつは幸せな奴だよ。こんな腕のいいカメラマンに写してもらったんだから。
ありがとな!雪見ちゃんのお陰で、今までで一番の写真集に仕上がったよ。」
「とんでもないです!私の方こそ、ただの猫カメラマンだった私に
こんな素敵な仕事を任せていただいて、今野さんには心から感謝しています。
本当にありがとうございました!」
雪見は頭を下げながら、初めて今野に会った日の事を思い出していた。
真由子の家で健人の写真集を目にし、突然思い立って何かに引き寄せられるように事務所に来た。
アポも取ってなかったのに、タイミング良く今野と健人が帰ってきて、
「私に健人の写真集のカメラマンをやらせて欲しい!」と直訴したっけ。
あの日が無ければ、今の私と健人もいなかった…。
今野が最後のページをめくると、そこには各人に宛てたお礼の言葉が
健人自身の字で書かれており、デビューからずっとマネジメントをしてくれてる
今野に対する感謝の気持ちも、健人らしい言葉で綴られていた。
「あいつめ!泣かせるようなこと書きやがって!健人の策略か?」
顔は笑っていたが、瞳には涙が光っている。
その涙は気付かぬ振りをしてあげよう。
「あ!健人くんには写真集が仕上がったこと、まだ内緒にしといて下さいね!
いきなり見せて、ビックリさせたいから。」
「了解!もうそろそろレッスンだろ?今日も頑張っておいで!」
「はいっ!頑張ります!」
雪見は、今野が喜んでくれた事が嬉しくて、上へ行くエレベーターを待つ間、
勝手に顔がにやけていたのだと思う。
「チン!」という音と共に開いた空間の中には、驚いた顔の当麻が立っていた。
「当麻くん!」
驚いたのは雪見も同じだ。事務所に来たのかと思って横によけたが、
降りる気配が無いのでエレベーターに乗り込んだ。
見ると、雪見が押そうと思っていた階のボタンが、すでに押してある。
「もしかして、当麻くんもレッスン?」
「うん、まぁ。今しか時間が取れないから…。」
とだけ会話して、あとは気まずい沈黙が流れた。
一週間前の「みずき事件」以来、健人と当麻の仲はギクシャクしているらしい。
当事者の雪見は、当麻がみずきを気にかけ出したのが判っていたので、
みずきの肩を持つのも当然か…と案外冷静だったのだが、健人は雪見を思うあまり
まだ当麻を許せずにいる。
今日のラジオ出演も、どんな風に二人を取り持とう…と頭を悩ませていただけに、
雪見は予定外の当麻との遭遇に戸惑っていた。
「あのさぁ…。」
当麻が何かを言いかけたところでエレベーターは到着。
ドアが開くと、レッスンを終えたばかりらしい当麻の後輩達が「お疲れ様です!」と
二人に進路を空けた。
「お疲れ!」
当麻がそのままスタスタ歩き出すので、雪見も慌てて「お疲れ様です!」と
若き先輩達に頭を下げながら、当麻の背中を追いかける。
と、急に当麻が立ち止まったので、危なく衝突寸前であった。
「なんなの!?」
「みずきを…、許してやってね。」
当麻は振り向きもせず後ろを向いたまま、ぼそっと言った。
「私は別に何とも思ってないよ、みずきさんの事。」
そう告げると当麻はクルッと回れ右をし、「本当に?」と聞く。
きっと当麻も一週間、彼なりに色々考えていたのだろう。
その瞳があまりにも真剣過ぎて、中途半端な言い方はできないぞと思った。
「だけど、頼みを聞くか聞けないかは別問題だから。」
「もう…結果は出したの?」
「まだ。そう簡単に解けるような宿題じゃない。私の今後の生き方に関わる問題だから。
多分、最後の最後まで悩み続けると思う。」
「そうだね…。じゃ、また後で。」
当麻はそう言って、自分のレッスン室へと消えて行く。
横顔に、少し落胆の色を滲ませながら…。
その日雪見のレッスンは、風邪のせいも半分はあるが、心も身体も喉の調子も悪くて、
一週間後が憂鬱になるほど散々な内容であった。
午後三時半。レッスンを終え、ラジオ局へ向かう前に考え事がしたくて
事務所近くにある大きな公園へと歩き出した。
途中で温かな缶コーヒーを買い、ポケットに忍ばせる。
誰も座っていないベンチを見つけ、ふぅ!と座り込むと同時に視線の先に、
タイミング良くなのか悪くなのか、よもぎ色の猫を発見してしまった。
野良猫を目にしたら最後、黙って眺めていられる雪見ではない。
その時点で、なぜここに来たのかは頭の中から削除され、反射的に鞄の中から
カメラを取り出し猫に近づいていた。
「いい子だねぇ!少しだけ撮らせてね。」
その猫はこの公園で餌をもらって生活しているらしく、人慣れしてて
雪見がカメラを構えても逃げようともしない。
嬉しくなって夢中でシャッターを切り続け、危うく時間を忘れるところだった。
「やばっ!もうこんな時間!遅刻しちゃう!」
慌ててタクシーを拾い、ラジオ局へと駆け込んだ。すでに健人も到着している。
「ギリギリセーフ!間に合ったぁ!」
ところがみんな、ギョッとした顔してこっちを見てる。
「どうしたの!?ゆき姉、その格好!」
健人が目を丸くして指をさすので、変なコーディネイトだったか?と
自分の格好を改めて見直すと、お気に入りのコートが泥だらけでビックリ!
どうやら雪見は無意識の内に、いつもと同じく寝転がりながら撮影をしていたらしい。
大勢の人がくつろぐ都心の公園で…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.279 )
- 日時: 2011/08/29 11:49
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「どこで何して来たわけ!?転んじゃったの?」
健人が駆け寄り、雪見のコートの泥をパタパタと払ってくれる。
「やだぁ!私、こんな格好でここまで来たのぉ?
ロビーでみんなが私のこと見てるから、ちょっとは有名人になったんだ!
って思ったのに。恥ずかしいっ!」
「で、どうしたのさ?この泥。」当麻が笑いながら聞いてきた。
「レッスン終った後、少し時間があったから公園で猫撮ってたんだけど…。
多分夢中になって、いつもの仕事みたいに寝転がっちゃったんだと思う。」
「思う、って自分じゃ覚えてないの?しっかりしてよ!ゆき姉。」
健人は半ば呆れながら言ったのだが、改めてよく判ったことがある。
雪見は本当に猫が好きなんだ、根っからの猫カメラマンなんだ、と言うことを…。
雪見は、お気に入りのコートを汚してしまい悲しかったが、そのお陰で
健人と当麻の間に笑いが生まれ、ギクシャクしていた二人の関係に少し
和んだ空気が流れてくれたので、それで良しとした。
「放送一分前です!」スタジオの中がいつも通りの緊張感に包まれる。
「ゆき姉?なんか顔が赤いけど、そんなにスタジオ暑い?」
向かい側に座る当麻が、雪見をふと見て聞いた。
「え?あぁ、なんかバタバタしちゃったからかな?大丈夫だよ、気にしないで。
さぁ!今日も気合い入れて行こう!」
そうは言ったものの、雪見は解熱剤が切れかかり、徐々に寒気に襲われ出した。
本当に気合いで乗り切らなくちゃ…。
「めっきり空気が冷たくなった今日この頃だけど、みんなは風邪なんか
引いてないかな?三ツ橋当麻です。
今日も健人とゆき姉を迎えて、30分たっぷりとおしゃべりや音楽をお届けします。
では、『当麻的幸せの時間』、今週もスタート!」
当麻のタイトルコールによって、30分の生放送が始まる。
体調が次第に悪くなってきた雪見にとって、ゴールは遙か彼方に思えた。
健人と当麻は何事も無かったかのように、相変わらず息のあったトークで盛り上がるが、
雪見は頭がボーッとして、最小限相づちを打つのが精一杯。
寒気はどんどん増すばかりで、かなりの高熱が予想できゾッとする。
『ヤバイよ、ヤバイ!寄りによってこの時期に熱出すなんて、タイミング悪すぎ。
みんなにバレないように、早く治さなきゃ!明日病院行く暇あるかな…。』
そんなことを考えてて、雪見は二人の会話が上の空だった。
「…だろぅ?で、ゆき姉はどう思う?」
「へ?何が?」
「何が?って…。さては俺の話を聞かないで、晩飯の事でも考えてたでしょ!まったく。」
「えへへっ!ばれちゃった?」
どうにかこうにか乗り切って、やっと本日の放送もエンディングを迎える。
「では、また来週金曜日にお会いしましょう!お相手は三ツ橋当麻と…。」
「斎藤健人。」「浅香雪見でした。バイバーイ!」
「はい!オーケーです!お疲れ様でしたぁ!」
の声を合図に、雪見は大きく「ふぅぅ…。」と息を吐く。
そして、一刻も早く家に帰らなくちゃ!と誰よりも先に放送ブースを飛び出した。
「お疲れ様でした!お先に失礼しまーす!」
スタッフに挨拶して出て行こうとしたとき、後ろから当麻に呼び止められる。
「えっ?もう帰っちゃうの?ゆき姉、反省会は?」
「すべて反省してます!ごめんなさい!ってことで、よろしく。またね、当麻くん!」
どうにか今日一番の笑顔を作って、スタジオを後にした。
酔ってもないのに足元がフワフワしてる。
なんとかタクシーを拾い、マンションに到着。
真っ先にキッチンに直行したのは、健人との約束を守るため。
最後のエネルギーと気力を全部使って、大好物のチーズハンバーグをなんとか作り終えた。
あとはサラダと卵スープで、今日の晩ご飯は勘弁してもらおう。
テーブルの上に料理を並べてホッとした途端、雪見は電池の切れた人形のように
身体の自由が利かなくなり、カクンとソファーに座り込んでしまった。
「もうだめ…。動けないや…。」
そのまま気を失うかのように、スーッと眠りに落ちてゆく。
それから二時間ほどが経った頃、予定通りに仕事を終えた健人が帰って来た。
「ただいまー!やった!ハンバーグのいい匂い!」
玄関先で健人の声が聞こえた気がして、雪見は虚ろに目を開く。
頭では、ソファーから立ち上がり、玄関へ「お帰り!」と出迎えに行こうとしてるのだが、
身体が鉛のように重たくて言うことをきかない。
そうこうしてるうちに健人がリビングに入って来た。
「ただいま!腹減ったぁ!ゆき姉のハンバーグ、楽しみに…。
ゆき姉?どうしたの?コート着たままで。めっちゃ顔赤いけど…。」
明らかに雪見の様子がおかしい事に気付いた健人が、雪見の頬に触れて驚いた。
「嘘だろっ!?凄い熱だよ!もしかして、ラジオ局に居たときから?
なんであの時言わなかったのさ!早くベッドで寝なきゃ駄目だ!立ち上がれる?」
「私なら大丈夫だから、ご飯食べて。あ、でも冷めちゃったね…。
ごめん、作りたてを食べさせたかったけど、今日は無理だった。
お風呂もまだ沸かしてないや…。」
「そんなこと、どうでもいいって!今、薬持ってくる!」
健人は救急箱から解熱剤を取り出し、水と共に雪見に手渡した。
「ありがとう。一晩寝れば熱は下がると思うから…。
こんな時に風邪引くなんて、アーティストになる自覚無さ過ぎだよね。
健人くんに移すわけにいかないから、私はここで寝る。」
「何言ってんの!病人をこんなとこに寝かしておけるわけないだろっ!
ちゃんとベッドで寝なきゃダメだって。ほら、着替えて大人しく寝なさい!」
健人が雪見の手を引いて寝室に連れて行こうとするが、雪見はその場を離れようとはしなかった。
「わかった。でも健人くんがご飯食べてる間だけ、ここにいさせて。」
「しょうがないなぁ!ゆき姉はそういうとこ、頑固なんだから。
少し元気になったみたいで良かった。じゃ、急いで着替えて来るね。」
健人が、「めちゃめちゃ美味いっ!」と言いながらハンバーグを頬張るのを、
雪見は嬉しそうに眺めている。
そのうち安心したように瞳を閉じて、すやすやと眠ってしまった。
食事を終えた健人が、そっと雪見をソファーから抱き上げる。
『こんなに熱があるのに、俺とのこんなちっぽけな約束を守ろうとして…。
ありがとね、ゆき姉。』
愛しくて愛しくて胸が熱くなる。
腕の中にいる雪見は、少しだけ土の匂いがした。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.280 )
- 日時: 2011/08/31 07:14
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ピンポーン♪」
朝八時。インターホンが鳴った。
だが一晩中雪見を看病し、明け方やっとソファーに横になった健人は、起きる気配もない。
「ピンポーン♪ピンポーン♪」
「はぁ?誰?こんな朝っぱらに…って、もう八時かよ!
やっば!あと一時間で迎えが来るじゃん!
えーっ!誰だよ。ゆき姉を起こすわけにもいかないし…。」
健人は渋々、寝ぼけ眼でインターホンを見た。
「はい…。うぅえーっ!?なんでやねん!嘘だろぉ?
しかも、なんでここの暗証番号知ってんの?っつーか、もうそこに立ってるし!」
健人は眠気もぶっ飛び、一人で慌てふためいた。
寝室の雪見はチャイムにも気付かず、まだ寝ている様子。
「やばいぞ!大丈夫か?俺。
そう!ゆき姉を看病しに、昨日の夜からここに居ることにしよう!
落ち着け、健人!」
深呼吸を二度してから、玄関の扉をそーっと開ける。
「よぅ!」
「お兄ちゃん!!なんでゆき姉んちにいるのぉ!?」
扉の向こう側に立ってたのは、なんと健人の妹のつぐみであった!
「ねぇ!なんでここにいるの?ゆき姉は?」
「あぁ、ゆき姉ね!昨日の夕方から凄い熱出しちゃってさ。
心配だから、俺が看病しに来たってわけ。
って、お前こそ、こんな朝っぱらから何しに東京来たんだよ!」
健人は、自分が突っ込まれる前に、つぐみに突っ込む作戦に出た。
「私?友達と買い物に来たの。ゆき姉が、こっちに来たら寄りなさい、って。
友達はそこのマックで朝マックしてる。
ねぇ、それよりいつまでここに立たされてるわけ?玄関にも入れてもらえないの?」
「あ、ごめん。いいよ、入って。」
健人は意を決してつぐみを迎え入れる。が、速攻で窮地に陥った。
「お兄ちゃん、ブーツを五足も持って看病しに来たんだ。へぇーっ。」
しまった!と思ったところでもう遅い。
自分の部屋のドアを締めることしか頭に無くて、玄関に並べてあった靴にまで気が回らなかった。
「あっ、あぁこれね…。俺のマンションの靴箱、狭くてさぁ!
入りきらないから、ここに置かせてもらってんの。
今度引っ越す時は、もっと靴箱のでっかいとこ捜さなきゃ。」
「ふーん…。」
心臓が止まるかと思った。よくぞ咄嗟に満点の言い訳ができたと、自分に感心する。
しかし、そんな子供だましの言い訳が通用するほど、いつまでも妹は子供ではなかった。
「お前さぁ、人んちに来る時はちゃんと連絡してから来いよ。」
冷蔵庫から取り出したオレンジジュースをグラスに注ぎながら、健人は兄の顔して言う。
「人んち、って、ここお兄ちゃんちなわけ?」
「違うッ!そうじゃなくて、よそんちに行く時は、って意味だっ!」
つぐみがリビングの中をキョロキョロ見回すので、健人は気が気ではない。
まぁ、昨夜から泊まり込みで看病してる事になってるので、多少健人の私物があったとしても、
どうにか誤魔化すことは出来るだろう。
「ばっかじゃないの!?小学生じゃあるまいし。私だって、それくらいの常識はあるわよ!
ゆき姉に何回メールしても返事が無いから、心配になって来たのに。
ゆき姉は?どこで寝てるの?」
「あぁ、こっち。まだ熱は下がり切ってない。
今日はゆき姉レッスンだけだから、一日寝かせておく。
ゆき姉、入るよ。つぐみが来たんだけど…。」
そーっとドアを開けると、雪見は目を覚まして驚いた。
「つぐみちゃん!ビックリした。どうしたの?」
「私の方がビックリしたよ!ゆき姉。
近くまで来たからメールしたけど返事が無いし、なのに下の郵便受けには
部屋にいるって合図が出てるし。
倒れてるかと思って上がって来たら、お兄ちゃんが居るし!
まぁ、本当に倒れてたけど…。」
「はぁ?部屋にいる合図って何?
しかも、なんでオートロックの暗証番号、お前が知ってんの?」
「私が前に教えてあげたの。
郵便受けに猫のマグネットが付いてたら、部屋に居るよって。
ありがとね、気にしてくれて。でも、せっかく来てくれたのにごめん。
身体がだるくて、まだ起き上がれないや。」
つぐみが雪見の額に手を当てて驚いた。
「ゆき姉!まだ、めっちゃ熱があるけど!
もうすぐレコーディングなんでしょ?今日は病院行った方がいいよ。
私が一緒に行ってあげる!お兄ちゃんはこれから仕事だよね?」
「うん、まぁ…。けど、友達が待ってるんだろ?」
「大丈夫。四人で来たから、私一人がいなくても。
そうだ!今日は私が泊まって、ゆき姉の看病をする!
だからお兄ちゃんは、仕事終ったら安心して自分んちに帰っていいよ。」
「ええっ!?帰っていいって…。」
戸惑う健人を見て、雪見がクスクス笑いをこらえてる。
「つぐみちゃん、ありがとう。
じゃ、健人くんが仕事に出掛けたら、病院まで付き合ってくれる?
けど夜は、もう私一人で大丈夫だから。
せっかく受験勉強の息抜きに来たんだし、お友達とのショッピングを楽しんでおいで。」
「本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。つぐみちゃんの顔見たら、元気が出てきた。
けど、病院だけは付き合ってね。私、どうも昔から病院が苦手で…。」
「ゆき姉にも苦手な事ってあるんだ!いいよ、わかった。
友達とは、午後からどっかで合流することにする。
お兄ちゃんはもうすぐ仕事でしょ?早く準備しなさいよ!」
「そうだった!じゃ、あとはゆき姉のこと頼んだぞ。」
「任せなさい!」
そう言ってつぐみはドンッ!と胸を叩く。
いつの間にか大人になったもんだと、健人が感慨深げだ。
健人が九時に仕事に出たあと、雪見も病院へ出掛ける準備をする。
昨日は確か、着替えも化粧落としもせずに寝ちゃったはずだが、いつの間にか
ルームウェアに着替えてあるし、化粧も落としてあった。
『まったく記憶に無いけど、健人くんだ。ふふっ、大変だったろうなぁ…。』
雪見は鏡を見ながら、悪戦苦闘している健人を思い浮かべ、ぼんやりとそう思う。
タクシーを拾い、つぐみと共に病院へ。
以前健人がインフルエンザにかかった時に行った、事務所の芸能人御用達、
人目に付かなく空いてる病院へ、今野が電話を入れてくれていた。
「過労からきた発熱でしょう。喉の痛みは声帯の急激な使い過ぎによるものかと思われます。
薬を飲んで安静にしてると、何日かで治まるでしょう。
じゃ、今日は点滴しますね。」
「えーっ!点滴ですかぁ!?」
雪見は注射が大ッ嫌いであった。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.281 )
- 日時: 2011/08/31 17:27
- 名前: 結南 ◆XIcxIbyC92 (ID: n6vtxjnq)
- 参照: http://www.utamap.com/showkasi.php?surl
注射…好きな人はいないでしょうね………
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