コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.46 )
日時: 2011/03/15 09:14
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

健人と雪見が深く下げた頭を、真由子の父はジッと見ていた。
何かを考えながら…。

頭を垂れた二人にとっては、それが何十分にも思えるほどの
長く静かな時間だった。


コトン、とワイングラスをテーブルに置く音がして
二人は顔を上げてみる。

そこには健人と雪見を見つめる、吉川編集長の笑顔があった。


「君たちは、本当に正直な人達だ!
いや、バカ正直と言ったほうが正しいかも知れない。
これじゃあ、これからの噂封じ対策を真っ先にとるのが
最初の仕事になりそうだな。」

真由子の父が、いや吉川編集長が笑いながらそう言った。


「噂封じ対策?ですか…。」  けげんそうな顔で健人が聞く。

「そう。今回の写真集では、これが一番の大仕事かも知れんな。」

「はぁ…。」  


二人は未だ、吉川が何を言おうとしてるのか、訳が解らなかった。


「真由子が必死になって、二人をカバーする訳がよくわかったよ。
これじゃあ最初のうわさ話も、流れて当然と言えば当然だ。
君たちはわかりやすすぎる!
そんなんじゃ、付き合ってるのがバレバレだよ!」

「ええっ!」  

健人と雪見は同時に絶句した。


「何をおっしゃってるんですか!私と健人くんとは親戚同士で…。」

「恋人同士でもある!だろ?」

「そんな……。」


雪見は、なんと答えたら良いのか、必死に頭の中で模範解答を探した。
真由子とも、二人の関係はトップシークレットと言うことで、
大好きな父にも絶対内緒!と約束してたのに…。

あとに続ける言葉をあれこれ探している時、
隣から健人の声がサラッと流れるように聞こえてきた。


「その通りです。おっしゃる通り、僕たちは付き合っています。」

「ちょっと、健人くん!」


雪見は慌てて健人の言葉を遮った。

だが健人は、雪見の目を見て首を横に振る。
雪見も健人を見つめ、その大きな瞳から健人の答えを読み取った。


真っ直ぐに、吉川の目から視線をそらさずに話し出す健人。


「俺、失礼ですが、ここに来てからしばらくは吉川さんの事、
色々観察してました。
雪見さん、いやゆき姉が俺を迎えに来たとき、突然泣き出したから
そんな奴は許せないと思ったんです。
でも、それは俺の誤解でした。
あなたには、きちんと二人のことを解ってもらえると感じたんです。
解ってもらった上で、この話を引き受けてもらいたいな、と。」


健人の、吉川を見つめる真剣なまなざしに
雪見は言葉を発するのがためらわれた。


「俺はゆき姉のことを、本当に大事に思ってます。
ゆき姉が、俺の写真集のカメラマンをやらせてくれ!
と事務所に乗り込んで来たときは、メチャクチャ嬉しかった!」

そう言いながら、健人は隣りに寄り添う雪見のことを見つめる。


「俺は絶対に二人でいい写真集を作ろう、と心に決めました。
だから、吉川さんには嘘を突き通したくはなかったんです。
いい写真集を作りたいのに、いつも心に後ろめたさを感じてるのは
嫌だった。でも、さすがに公にはできません。
俺の肩には、たくさんの関係者の生活がかかっている。
何度自分の職業を恨んだことか…。」

健人が視線を落とす。雪見は胸がぎゆっと締め付けられた。

自分が健人と付き合うという事は、そういうことなんだ…と、
改めて思い知らされた。
そして自分は今、大変な立場にいるんだと思うと身体が震えて、
膝の上にぽたぽたと涙が落ちてきた。


「なになに!また泣いてんの?いつからそんな泣き虫になったのさ!
昔は俺のこと、泣き虫だとか弱虫だとか言ってたくせに。」

健人が雪見の背中をそっとなでながら、わざとおどけて話す。


「いつも言ってるよね。俺は全力でゆき姉を守るからって。
俺の言葉、信じてないの?」

「そんなわけないじゃない!
でも、私が健人くんと付き合うことで、たくさんの人に迷惑かけたり
ファンが離れて行ったりするんじゃないかと思うと、
心が痛くなって胸が苦しくなるのよ!」

雪見の涙は、まだ止まりそうもなかった。


そこで初めて、二人の様子をじっと見つめていた吉川が口を開いた。

「大丈夫ですよ。お二人の秘密は必ずこの僕が守ってみせます。
せっかくのビッグビジネスを、逃したくはないですからね。
それに実は、個人的に二人のことを応援したい気持ちが湧いてきた。
なんでですかね?今まで僕に対して、
こんなに心をぶつけてきた人達がいなかったからかな?
それとも、可愛い娘の親友のため、かな?
いや、どっちもだな。

とにかく、僕に任せてください!決して悪いようにはしません。
早く、お二人の写真集が見てみたい!
こんなにお互いを思いやる二人が作るのだから、
きっと素晴らしい作品になるに決まってます!」


吉川の脳裏には、すでに完成予想図が見えていた。
クリスマスの書店から、飛ぶように売れてゆく写真集と
出版記者会見の様子さえ、今この目の前に見えるかのようだった。


「さぁ、今日から僕たちは運命共同体です。
まずは明日、何としてでも健人くんの事務所と
契約を取り交わさなければならない。
それが出来なければ、何も始まらないのですから。

今回、雪見さんからこの話が私にもたらされたと言うことは、
一切伏せておいたほうがいいと思います。
内部情報を漏らしたと言われかねませんからね。

幸いにも、週刊誌各誌に流された噂が
『斎藤健人の写真集の女性専属カメラマン』という話だったと思うので
そこから調べて、写真集の出版計画を嗅ぎつけたということで、
僕が話を進めましょう。
だからお二人も、今日僕に会ったことは内密に。
まぁ、どこかでバレたとしても、親友の実家に招待されたとでも
答えておいて下さい。
そういう意味では、今回は隠れ蓑がたくさんあるから
案外やりやすいかもしれない。
健人くんと雪見さんは本当の親戚同士だし、
うちの娘と雪見さんは親友同士だし…。
きっとうまくいきますよ!明日はいい報告を待っていて下さい。」

「ありがとうございます!どうかよろしくお願いします!」


そう言って三人は立ち上がり、お互いにガッチリと握手を交わし合って
明日の健闘を祈った。



真由子の家を出て見上げた暗闇の空には、
東京都心には珍しく、たくさんの星が輝いて見えた。

二人はいつまでも手をつなぎながら、上を向いて歩いて行く。


明日からの希望の星を、一個一個心にしまってゆくように
ゆっくりと二人足並みを揃えながら……。















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.47 )
日時: 2011/03/16 09:21
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「ねぇ。ここから歩いて帰ったら、どれぐらい時間かかるかなぁ?」

雪見が、健人とつないだ手をブラブラ揺らしながら聞いてきた。


「うーん、一時間もあったら着くんじゃない?」

「健人くん、疲れてる?もう眠たい?」

「いいよ、歩いて帰ろ!このまま歩いて帰りたいんでしょ?」

「やった!あと一時間、健人くんとおしゃべりができる!」


夜中の二時過ぎ。
人目を気にすることなく堂々と健人と手をつなぎ、
あれこれおしゃべり出来ることが雪見は嬉しかった。

健人は、子供みたいにはしゃぐ雪見を見て、可愛い人だよなと思う。
そして、自分と一緒にいられる事をこんなに喜んでくれてる
雪見の手を、いつまでも離したくはなかった。


「ねぇねぇ、明日…あ、もう二時だから今日か。
今日、真由子のお父さん、うまく契約採ってくれるかなぁ。」

「きっと採ってくれるさ!俺、あの人は信用できるから。
それにしてもさ、よくポンポンと思いつくよね、ゆき姉は。
だってさ、その直前まで俺と飯食いに行くはずだったんだぜ!
それをすっぽかされて俺、かなりへこんだもん。」

「ごめんごめん!私だって健人くんとご飯行くつもりだったよ!
けど、その何十秒後にまた思いついちゃったんだもん。
勝手に足が、どんべいとは反対の方向に歩き出しちゃったの。
恨むなら、この足を恨んで!」

「いやいや、今じゃその勝手に歩き出す魔法の足に感謝してるよ。
そのお陰でゆき姉と一緒に仕事が出来るんだから…。
なんかさ、運命の道に導いてくれる足なんじゃない?
俺もそんな足が欲しい!」


健人が羨ましそうに雪見にそう言う。

すると、雪見が突然立ち止まって健人と向かい合い、笑顔で言った。


「健人くんはこんな足なんて、持って無くていいの。
私が導かれる方向は、すべて健人くんに繋がってるんだから、
私がちゃんと連れてってあげるよ。
いつまでも健人くんのこと、見守ってるから。」


雪見の言葉と笑顔に健人は胸がキュンとなり、
思わずぐっと雪見を引き寄せて、強く抱きしめた。

その隣を、二人のおじさんがこっちを見ながら通り過ぎてゆく。
今どきの若いもんは!と言うような顔をしながら…。


「ちょっと、健人くん!おじさんが見てるってば!」

「いいよ、別に見られたって!
ゆき姉が、抱きしめたくなるようなこと言うから悪いんだ。」

健人が耳元でささやく。


「あっそう。私のせいなんだ。じゃあこのまま抱かれてよ。
健人くんっていい匂い。ねぇ、なんて香水付けてんの?」

もう少し、いい香りに包まれていたかったのに
健人が身体を離してしまった。


「あぁ、これ?これは健人オリジナル。
俺、人と匂いかぶるの嫌だから、青山にある香水の専門店で
俺だけの香水を創ってもらったの。いい匂いでしょ!」

「うん、すっごくいい匂い!私の好きな系統の香りだ。
ねぇ、今度私の香水も創ってもらいたいから連れてって!」

「うん、いいよ。俺も一緒に選んであげる。
ゆき姉に似合う匂いって言ったら、やっぱ猫の匂い?」

「ひっどーい!どんな匂いの香水よ、それ!でも、
それ付けたら猫がたくさん寄ってきて、撮影がやりやすくなるかも!」

「グッドアイディアだった?」

「んなわけ、ないでしょ!」


深夜の街に、二人の笑い声だけがいつまでもこだましていた。

このまま二時間でも三時間でも歩いていたいと思う健人と雪見だった。





その日のちょうどお昼頃。

健人は、一時から始まるグラビア撮影前の準備で
ヘアメイク室の椅子に座っていた。

ふぁ〜ああ!とひとつ大あくび。

髪をセットしていた男のヘアメイクさんが健人に聞いた。


「あれぇ、すでにお疲れモードだね。仕事、忙しそうだからなぁ。」

「あ、すいません!
いや、昨日の夜中、一時間かけて歩いて帰ったんすよ。
しばらくそんなに歩いたことなかったから、家に着いたらクタクタで。
歩いてる時はまったく疲れなんて感じなかったのに、
朝起きたら足がつりそうになってた!」

「なんでそんなに歩いたの!しかも夜中に!」

「この鏡に映ってる、後ろでカメラ構えてる人が歩こう歩こう!って
うるさいから…。今日一発目の仕事がこれで良かったぁ〜!」

雪見がカメラを下ろし、鏡越しに健人のことをにらみ付けた。


その時、健人の手の中のケータイが鳴った!
思わず振り返って雪見を見る。


「もしもし!斎藤です。あ、吉川さん?昨日はどうもです!
え?契約採れました?本当ですか!ありがとうございます!!
はい、ゆき姉もここにいます!あー良かった!
はい…、はい…、わかりました。じゃあ明日お伺いします。
本当にありがとうございました!失礼します。」


健人が弾けるような笑顔で、後ろを振り向いた。

「吉川さん、採れたって!やっと本格始動だよ、ゆき姉!」

「良かったぁ!やったね、健人くん!」


二人とも大騒ぎだった。
ヘアメイクさんが訳を聞いて祝福してくれる。


「へぇ、凄いじゃない!『ヴィーナス』とのコラボ写真集なんて!
絶対ヒットでしょ!ヘアメイクは、ちゃんと俺を指名してよ!」

「わかってますって!俺、宮越さんのヘアメイクが一番好きだから
その節はよろしくお願いします!
けどね、今回の写真集は、素顔の斎藤健人がコンセプトだから
あんまり出番は無いかも。
ゆき姉がわざと、寝癖だらけの頭を狙ってたりするから
せっかく宮越さんにかっこよくしてもらっても、
ゆき姉にボツにされる可能性が高い!」

「えーっ!そうなの?雪見ちゃん、変な健人ばっかじゃなくて
たまには超かっこいいのも撮してやんないと、ファンが怒るよ!」

「そう?じゃあ今撮してあげる!」

そう言いながらカメラを向けた先の健人は、
完璧なヘアメイクは完成していたが、まだ首にケープを巻いていた。


「ちょっと、ゆき姉!そうじゃないだろ!
これ首から取ってからにしろよな!」

ケープを外し、椅子から立ち上がった健人は確かに完璧だった。
普段の黒縁眼鏡にマスク姿の健人とは、まるで別人のようで
これこそがあのイケメン俳優、斎藤健人ここに降臨!といった
風情である。


雪見はカメラのファインダーを覗きながら、
『本当にこの人が私の彼氏なの?』と、今更ながら思うのであった。



さぁ、いよいよ二人のプロジェクトの発進だ!









Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.48 )
日時: 2011/03/17 04:44
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

健人の所属事務所と『ヴィーナス』編集部が、十二月刊行予定の
斎藤健人写真集の出版契約を結んだ翌日。

健人と雪見、そして健人のチーフマネージャーの今野は
『ヴィーナス』編集部にて行なわれる最初の会議に呼ばれていた。


「じゃあ、皆さん揃ったようなので始めます。」

真由子の父、編集長の吉川が口火を切った。


「まず始めに紹介しよう。毎月うちのグラビアを飾ってくれてる
今回の主役、俳優の斎藤健人くんだ!」

「どうも、いつもお世話になってます、斎藤健人です。
あの、今回はこちらの編集部さんのお力をお借りして、
僕の新しい写真集を創ることになりました。
今までこういう形でのコラボはなかったので、
とても楽しみにしています。どうぞ、よろしくお願いします。」


健人が深々とお辞儀をする。

みんな、間近で見る健人に緊張気味だ。
それを見て、次に挨拶の順番が回ってくるであろう雪見も
緊張し出した。こういう場って、苦手なんだよなぁ…。


「次に、今回の影の主役、カメラマンの浅香雪見さんだ!
彼女は健人くんの親戚にあたる。
おばあちゃん同士が姉妹だそうだ。
今回、写真集のコンセプトが『素顔の斎藤健人』と言うことで、
健人くんを生まれたときから見てきてる雪見さんに
カメラマンをお願いすることになったそうだ。
すでに雪見さんは健人くんの専属カメラマンとして、
毎日行動を共にして撮影をスタートしている。
じゃ、浅香さん、ひとこと自己紹介をお願いします。」


雪見はみんなの視線を痛いほど感じ、極限の緊張状態の中にいる。

隣りに座る健人をちらっと見ると、健人はにっこり笑って
『だ・い・じょ・う・ぶ』と唇を動かしたのが読み取れた。

ふぅーっ。ひとつ深呼吸をしてから話し出す。


「みなさん、初めまして。フリーカメラマンの浅香雪見と申します。
今回初めて、人間の写真集を撮らせてもらうことになりました。」

みんながざわめく。


「私、普段は猫の写真を撮ってるんです。野良猫の…。
あ、お近づきのしるしに、皆さんに一冊ずつプレゼントしたいと思って
持ってきました。健人くんの家の猫を撮した本です。」

「ええっ!コタとプリンの写真集?十冊しか作らなかったはずじゃ…。
あれ?しかも小さいサイズになってる!どうしたの?これ。」


健人が不思議そうに聞き返す。

ここの編集部のメンバーは、コタとプリンの写真集を見て
一様に沸き立っていた。あちこちから歓声が上がっている。

取りあえず、お近づきプレゼント作戦は成功のようだ。


「私が人物写真集を初めて手がけると言うことに、みなさん
一抹の不安を感じていらっしゃると思います。
けれど、ご安心下さい。
健人くんを撮すことに関しては、誰にも負けるつもりはありません。
他の人には撮しきれない素の健人くんを、心の中まで引っくるめて
写真で表現してみせます。
たぶん私にとっては、これが最初で最後の人物写真集になるでしょう。
なので、全身全霊をかけて取り組みたいと思います。
どうぞ、みなさんのお力を私たちに貸して下さい!
よろしくお願い致します。」


隣で雪見の言葉を聞いていた健人は、
「これが最初で最後の人物写真集」と言った雪見にショックを受けた。

それは前々から聞いていたことなのだが、
今回の写真集が出版された後には
雪見はまた、野良猫を探し求める旅に出発すると言っていた。

撮影で毎日一緒にいられるのは、たったの二ヶ月間だけ。
その後、雪見は編集作業に入り、健人はまた一人で仕事場に通う。
つい最近まではそれが当たり前の毎日だったのに、
今となっては雪見のいない仕事場なんて、考えられない。

なのに、少なくともあと四ヶ月後には、雪見の姿が見えなくなる…。

改めて突きつけられた現実に、健人はただ茫然と視線を泳がせていた。
雪見がいなくなる…。いなくなる…。
頭の中にその言葉だけが堂々巡りして、どこまでも抜け出せない。
もはや健人の耳には、雪見の後の話なんか聞こえてこなかった。



「………で、いいですよね?健人くん。健人くん?」

「え?あ、はい!あぁ、ごめんなさい!ちょっと考え事しちゃってて。
もう一度お願いできますか?すいません!」

「明日の一時から、記者会見です!雪見さんと二人で。」

「ええっ!明日ぁ?もう早ですかぁ?まだ何も決まってないのに!」


健人は、自分がぼーっとしている間に何が話し合われて
そんなに早い記者会見へと繋がったのか、知りたかった。


「あの、記者会見って言ったって、まだ何も決まってないし…。」

健人の様子に吉川が、困ったもんだ!と言う顔をして説明し直した。


「昨日この契約を結んだ後、すぐにうちの精鋭達四人からなる
プロジェクトチームを結成しました。ここにいるメンバーです。」

改めて健人が見直すと、二十代向けファッション誌の編集部にしては
年齢層が上の四人だ。みんな三十代後半から四十代前半か…。
しかも、男が二人に女が二人。
健人が想像していたメンバーとは大きく違う。


「ここにいる奴らはみんな戦略のプロで、販売計画から宣伝方法、
マスコミ対策まで、出版に関してのあらゆる事態に対応できる
スペシャリストです。
それプラス、女性二人はスタイリスト、ヘアメイク。
男性二人はカメラマン、マネジメント業務のプロでもあります。」

健人は四人の方を向いて頭を下げた。


「で、昨日の会議の結果、なるべく早い時点で制作発表会を行なって、
先ずは二人の間柄を、周知してもらおうと言う事になりました。
それで今後の仕事が格段とやりやすくなるはずだし、
マスコミ対策という兼ね合いもあります。

あとは今回の写真集は『ヴィーナス』とのコラボ企画と言うことで、
何とか一回目の連載を、今月二十日発売の号に間に合わせたい!
九月発売号から連載をスタートさせるのと、十月発売号からのスタートとでは、
大きく写真集の売り上げにも関わってくると考えます。
なんせ写真集は、今年のクリスマス発売予定だ。
短期決戦で勝負を賭けなければならないので、みなさんそのつもりで。

と言うことで、このあとは早速、一回目の連載写真の撮影に入ります。
このまま十二階の撮影スタジオに移動をお願いします!」



雪見と健人は、何が何だかよく事態を把握しないまま
流されるようにエレベーターに押し込まれた。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.49 )
日時: 2011/03/18 14:29
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「ねぇねぇ、ゆき姉。
『ヴィーナス』の連載って、この前真由子さんちで話してたやつ?
俺を撮影してるゆき姉を、ここのカメラマンが撮るっていう…。」

十二階までのエレベーターの中で、健人が雪見にささやいた。

一緒に乗り込んだ四人のスタッフは、打ち合わせに余念がなく
健人と雪見のこそこそ話など、聞いちゃいなかった。


「そうみたいだよ。誰も反対する人はいなかったらしい。」

「そりゃそうでしょ!編集長の提案だよ!誰が反対できるの?」

「なんか私、やりにくいなぁ…。
他の人にカメラ向けられながら、私が健人くんを撮すんだよ?
そっちが気になって、上手く健人くんのこと撮せないと思う。」

「まぁ、毎日密着する訳じゃないから、その時は適当でいいよ。
それより、今日は何時に終わるのかなぁ。
せっかく今野さんが、この後のスケジュール空けてくれたんだから、
早く終わったら久しぶりに服買いに行きたい。
あ、猫カフェも行きたかったんだ!
あのね、この前、当麻からメールきて、秘密の猫カフェ見つけたって!
なんか、本屋の地下にあるらしいんだけど、
誰かの紹介でしか入れない会員制のカフェなんだって。
当麻がメチャメチャ気に入ったらしいから、俺も行ってみたい!」


話の途中で、十二階への到着を知らせる音声が鳴った。

スタッフの後に付いて、長い廊下を進む。

ここの撮影スタジオは、毎月健人が『ヴィーナス』の
グラビア撮影で訪れる、健人にとっては見慣れたスタジオである。

だが雪見には、何もかもが初めての経験で不安が一杯であった。
なんせ、撮られることに関しては全くの素人だ。
もうここは、健人や周りの人の言った通りにするしかない。
これをクリアしなければ先には進めないんだ!
そう自分に言い聞かし、腹を決めてスタジオの中へと入って行った。


「まず、メイクルームで衣装合わせをして下さい。
それから衣装に合ったヘアメイクをしてもらい、撮影になります。
健人くんはいつも通りでお願いします。いいですね?」

「あ、は、はい!わかりました。」

もう、わかっても解らなくても、そう返事するしかなかった。


「じゃあ雪見さん、こちらへ。」

先程の女性スタッフ二人が、雪見の緊張を解きほぐすように
笑顔で手招きをする。
促されて入った部屋には大きな鏡と、たくさんの衣装が掛っていた。


「さて、始めますか!」

スタイリストの牧田が気合いを入れた。
雪見が思うに、二人とも推定年齢38歳ぐらいか。いや、もう少し上?
気にはなっても、この年頃に年齢は聞けやしない。

自分も三十を過ぎた頃から、とみに年齢を避けて生きている。
堂々と自分の年齢を、偽ることなく恥じることなく
大きな声で言えたのは、二十代半ばまでだった気がする。
それからたったの七、八年しか経ってないのに、もはや年齢とは
年々積み重なる重りの付いた足かせにしか過ぎなかった。
この足かせが、軽くなる日は来るのだろうか…。
どう考えても、重りが増えてゆくことはあっても
軽くなってゆくなんて、有るはずは無いと思ってしまう。

健人のことも…。
自分は真由子ほど大人な性格ではないから、健人と一緒にいても
素直に甘えることもできるし、同じ話題で笑い合える。
話していて大きなギャップは、今のところ感じることはないが
数字で見る所の12歳差というのは、いつも自分を現実に引き戻し、
永遠に縮まることのない『12』という数字に
恐怖さえ感じてしまうことがあるのだ。

見た目だって、どんどん差が広がってゆくに決まってる。
健人は二十一歳の今でも、高校生役に何の違和感もないほど
実年齢よりは若く見える。どちらかと言うと童顔だ。
高校生役がハマると言うのは、俳優としての才能でも
あるとは思うのだが、オフの顔もどちらかというと幼い。

雪見も実年齢よりは若く見られることが多いのだが…。



「雪見さんは普段、どんな格好が多いですか?色は何色の服が多い?」

スタイリストの牧田が、ハンガーに掛ったたくさんの服を
あれこれ見ながら雪見に聞いた。


「猫を撮しに行く時は、汚れの目立たないカーキ色のカーゴパンツか
ジーンズに、夏なら上はTシャツなんかが定番ですけど、
仕事の無い時は大体ジーンズに白や生成の、ナチュラルなシャツが
多いかな?最近はプルオーバーのシャツが好きです、生成り色の。」

「なるほどね。
じゃ、家のインテリアなんか、フレンチカントリーとかナチュラルカントリーとか
好きじゃない?」

「えーっ!どうしてわかるんですか?
大好きです、フレンチカントリー!この頃はアンティークの
雑貨や家具も大好きで、お休みにはよくショップ巡りをします。」


雪見は、自分の部屋を覗かれたかのように、ズバリ言い当てられたので
びっくりしていた。


「うんうん、段々とイメージが出来てきたぞ!
ねぇ、進藤ちゃんもどう?髪とメイクのイメージ。
いけそうじゃない?私はその路線でいいと思うんだけど…。」

ヘアメイクの進藤に意見を求める。


「うん、私もいいと思う。雪見さんの場合、あんまりこのイメージから
外れたとこに持って行きたくないよね。
全然違う服着せちゃうと、せっかくの雰囲気が台無しになっちゃう!
それに本人もそれを維持するのにストレスになるし…。」

「よし。じゃあ決まり!私、昨日雪見さんの写真見せてもらった時から
大体の見当は付けてたから、いい服借りてきてあるんだ!
雪見さん。まずこの服に着替えてもらえます?そこの更衣室で。
それでOKなら、次にヘアメイクを決めますから。」

服を持たされ、更衣室で着替えて外に出た。


「やっぱり、ドンピシャ!どう?進藤ちゃん。」

「うん、良い良い!さっすが、牧田さん!今更ながら恐れ入ります。
どうですか?雪見さん。こんな感じで…。」

「すっごく好きです!この服、欲しい!どこに売ってます?」

「あ、買い取りでもいいですよ!気に入ってくれて嬉しいです。
じゃあ、お次は進藤ちゃんにバトンタッチ!
ヘアメイクをしてもらって下さい。あそこに座って!」


進藤は、すでに頭の中にイメージが完成しているらしく、
雪見の雰囲気と洋服に合わせたヘアメイクを
実に手際よく、さっさと仕上げていった。


「こんなんで、どうでしょう。可愛いでしょ?」

「うん、バッチリ!雪見さん、このままモデルになればいいのに!
絶対いけると思うよ!編集長の言ってた通りだ。
じゃ、健人くんがお待ちかねだと思うから、スタジオに移動しよう。」



雪見は健人に会うのに、なんだかドキドキしていた。

私を見て、なんて言うだろう……。







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.50 )
日時: 2011/03/18 12:50
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

メイクルームを出て、進藤と牧田に促されるように
恐る恐るスタジオに足を踏み入れた雪見。


「完成したよ!いいでしょ!」

牧田の声にみんなが一斉に振り返り、大きなどよめきが起こった。


「すっげーや!さすが、進牧ペアだ!想像以上だよ。
こりゃ、撮るのが楽しみだ!」

カメラマンの阿部が、嬉しそうに笑った。

健人のマネージャーの今野は、思わず拍手をしている。


「私たちの腕じゃないのよ!土台がいいの。
昨日見せてもらった写真は、雪見さんの上半身しか写ってなかったから
身長もわからなかったし、バランスがどうか少し心配だったんだけど、
実際会ってみたらモデルさん並みのスタイルだったから、
これはいけるぞ!と思って。
ただ、身長が156㎝だって言うから、軽やかさは心がけたの。
服の好みも、想像通りだったからやりやすかった。ね、進藤ちゃん!」

「うん!お肌も手入れがきちんとしてあって綺麗だし、
髪の毛の長さ的にもちょうど良い。
あ、少しだけ前髪切らせてもらったけど。何より造りがいい!
綺麗可愛いって言うの?大人なんだけど少女っぽさも残ってる、
みたいな。絶対、うちの雑誌でいけるよね?」

「いける、いける!こんなモデルさんいたら、絶対人気出るって!
あ、編集長を呼んでこなくちゃ!」


牧田が走ってスタジオから出て行った。

肝心の健人は、と言うと…。


声も出せずに、ただ雪見を見つめるばかりだった。

あまりにも綺麗すぎて可愛すぎて、なんて雪見に声をかけたらいいのか
わからずにいた。

雪見は、なにも言ってくれない健人に少し腹が立って、
ツカツカと健人の前に歩み寄った。
さっきまでは、健人に会うのが恥ずかしいと思っていたのに…。


「ねぇ、なんで何にも言ってくれないの?私、変?似合ってない?」

健人に向かって大きな声で問いつめた。


スタジオの中は、雪見の緊張を解きほぐすためのノリのいい曲が
結構な音量で流れ始め、耳元で話さないとなかなか聞こえない。

健人が何かをぼそっとつぶやいたが、この音量の中にあっては
さっぱり雪見の耳には届かなかった。


「なに?聞こえない!ちゃんと言ってよ!」

「俺、泣きそうかもしれない。」 健人が雪見の耳元でつぶやいた。

「えっ!」 

雪見が健人から一歩離れ、健人の目を見ると
確かにその大きな瞳がウルウルと揺らいでいる。


「なんで泣くのよ!そこは泣く場面じゃないでしょ!
泣けるほど変ってことなの?」

雪見が半分笑いながら健人を叱る。


すると健人は雪見に近寄り耳元で、

「すっげー可愛いよ!俺の彼女だから!ってみんなに叫びたいくらい。
叫んで自慢しちゃってもいい?」


健人が真顔で言うので、雪見は慌てた。本当に言うかと思った。


「なに言ってんの!やめてよ、こんなとこで。言ったら怒るからね!
それより私、このあと、どうすればいいの?」

雪見は急に我に返り、また不安な気持ちに襲われ始めた。


「大丈夫だよ。俺が一緒に居るんだから。
カメラさんの言う通りに動けばいいだけさ。心配ないって!」

「そりゃ、健人くんにとってはいつもの仕事かもしれないけど、
私にとってはどんな顔してればいいかも解らない、
未知の世界なんだよ!もう、帰りたいよ…。」


怒ったかと思えば急に弱気になる雪見を見て、
健人は、どうにかしなくちゃと思案した。


「ゆき姉、両手を出して。ほら、早く!」

「なんで?」

「いいから、早く!」


健人が何をしようとしてるのか解らなかったので、
雪見は恐る恐る両手を前に差し出した。


「おまじないしてあげる!
俺が事務所のイベントでステージに出る時に、
いっつも当麻と二人で必ずやるおまじない!
俺も当麻も俳優だから、ドラマとかは全然緊張しないんだけど、
イベントとかで歌を歌わなきゃならない時は、メチャ緊張するんだ。
で、当麻と二人で編み出したのが、この儀式。
すっごく落ち着けるから、ゆき姉にもやってあげる!」

そう言いながら健人は雪見の両手を、向かい合って握った。


「目をつぶって!いい?俺が言う事を繰り返して言って。
じゃ、始めるよ!」

健人と雪見は向かい合わせで手を取り合い、目をつぶっている。


「これが終わったら、何が食べたい?」

「何が食べたい?え?なに、これ?」

「しーっ!余計な事は言わない!もう一度やり直し!
これが終わったら、何が食べたい?」

「何が食べたい?」  渋々雪見が繰り返す。

「中華が食べたい!」 「中華が食べたい。」

「ビールが飲みたい!」 「ビールが飲みたい。」

「餃子も食いたい!」 「餃子も食いたい!」

「うまい飯のために、仕事を頑張ろう!」 「頑張ろう!」

「よっしゃ!」 「よっしゃ!」


健人は目を開けて雪見に聞いた。

「どう?気合いが入らなかった?」


雪見も目を開いて健人を見た。

「うーん、微妙。でも、緊張は少し解けたかな?」

「よし!なら、成功!
初めて俺のグラビアにゆき姉が登場するんだから、一番の笑顔でね!」

「えーっ!なにそれ!嘘でしょ?
まさかこの写真、大きく載るわけじゃないでしょうね?
そんな話、聞いてないけど!」

「あれ?聞いてなかった?俺はさっき、聞いたけど。
一回目だけ、見開きで大々的に載せてくれるって!
すっごい宣伝効果だよ!喜ばなきゃ。
あとで吉川さんに、お礼言っといてね!」


雪見がさっきにも増して緊張し、バタバタとしていた時
スタジオのドアを開けて編集長の吉川が入って来た。


「あのぅ、吉川さん!私、聞いてな…」

「いやぁ!やっぱり思った通りだ!僕の目に狂いは無かったよ!」

吉川が、雪見の手を取って大喜びしている。


「これで、『斎藤健人vs美人カメラマン』の見出しが実現するよ!
いやぁ、次の号は増刷間違いなしだな、これは!」


えっ? もしかして、私がボツにしたかった
真由子の『美人カメラマン計画』って、まだ生きてたのぉ?!




雪見は、まんまと真由子親子にシテヤラレタ!と、半ば呆れた。

そして、ええぃ、どうにでもなれ!とさっきまでの緊張感はどこへやら、
開き直ってモデルごっこを楽しむことに決め込んだ。


開き直った三十女は、最強につよい!








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