コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.292 )
- 日時: 2011/09/20 20:49
- 名前: 結南 ◆XIcxIbyC92 (ID: sD26PePp)
雪見ホントすごいですね〜
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.293 )
- 日時: 2011/09/20 20:52
- 名前: dokokoanodareka (ID: p9wmxHXU)
本当。
自分さえラブラブだったらどうでもいいっってところが凄い!!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.294 )
- 日時: 2011/09/22 12:38
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
みずきから送られてきたメールの病院名を告げ、タクシーに一人乗る。
途中で花屋さんに寄ってもらい、まだ正体を知らぬ大物俳優のために
大きな花束を作ってもらった。
再びタクシーに乗り込み、窓の外を流れる景色を眺める。
街は、あと十日ほどで十二月が到来することを前提に彩られていた。
車が進むにしたがい、次第に不安が押し寄せて来る。
『ごめんなさい。今はお引き受けできません…。今はお引き受け出来ません…。』
心の中で呪文の練習をするかのように、何度も繰り返してみた。
『大丈夫、ちゃんと言えるから…。大丈夫、落ち着け、雪見!』
本当は自分が怖かった。命のカウントダウンが始まった人を目の前にしたら、
自分が違う事を言い出すのではないか、と…。
自分の意志を押し通せる状況に無い場合、私はどうするのが正解なのだろう。
答えは出ていたはずなのに。健人のそばにずっといるって約束したのに…。
段々と病院が近づくにつれ、雪見の心は反対に離れたがっている。
こんな事なら、もっと時間をかけてレコーディングしてくればよかった。今更ながらの後悔。
「着きましたよ!」無情な運転手の声でタクシーを降りる。
目の前には、大きな病院が立ちはだかっていた。
すでに診療時間の過ぎた、土曜日午後の病院ロビーは閑散としていて、
面会に来た家族と患者、あるいは入院中の彼女を見舞いに来た彼氏と彼女、
というような人達が数名、束の間のおしゃべりを楽しんでいる。
雪見も隅っこにあるベンチに腰掛け、みずきに『今ロビーについたよ。』とメールした。
すぐに、『今行くから。』との返事がある。
みずきは朝から、オーナーの病室にいたらしい。
程なくして、みずきがエレベーターから降りて、微笑みながら雪見の前にやって来た。
「お疲れ様!随分と早くに終ったのね!ビックリしちゃった。」
「うん!私って短期集中型なの。あ、これオーナーにお見舞い。
ここの病院、お花は大丈夫だった?今、お花を持ち込めない病院も多いから…。」
不安げにおずおずと差し出したが、みずきは笑顔で受け取った。
「ありがとう!綺麗なお花!オーナーの部屋は特別室だから、何でも有りなのよ。
さっそく飾らせてもらうわね!じゃ、行こう。」
と、みずきがエレベーターに向かって歩き出そうとした時、横から声が掛かった。
「あのぅ…、華浦みずきさん…ですよね?私ファンなんです!サインもらえますか?」
見ると、さっきロビーで彼氏らしき人と楽しそうにお喋りしてた、若い女の子だった。
どうやら雪見の手渡した大きな花束が、えらくみずきを目立たせてしまったらしい。
つぐみと同年代ぐらいに見えるその子は、パジャマの襟元からのぞく肌が抜けるように白く
はかなげだが、なぜか髪が巻き髪で、パジャマ姿には不釣り合いな
キャスケットを被っている。
「こんなのしかなくてごめんなさい!」
そう言いながら彼女が差し出したのは、薬の入った袋とボールペンだ。
「ここに小さくていいです。サインと一言、頑張れ!って書いてもらえれば…。
そしたらこれを見ながら、まだまだ治療を頑張っちゃいます!」
可愛くガッツポーズをした。
「いいですよ。お名前は?あ、袋の表に書いてあるよね。え?なんて読むの、これ?」
「読めないですよね!一つの夢って書いて、そのまんま『ひとむ』って読むんですけど。
田中一夢って言います。男の子の名前みたいですよね。
けど親が、一つの夢に向かって生きて行くようにって付けたらしくて、
今頃やっと自分の名前が好きになったとこです。」
「そう!素敵なお名前ね!あなたの夢はなに?」
雪見に花束を持ってもらい、近くの壁に薬袋を押し当てサインをしながら彼女に聞いた。
「優しいけど時々怒る看護師さん!ワガママばっかり言う弱気な患者を、
本当のお姉ちゃんみたいに、絶妙なタイミングで叱れる看護師になりたい!
私の担当の看護師さんが、まさしくそんな人なんです。
だから私、ここまで頑張ってこられた。癌なんですけどねっ。」
彼女は笑っていた。向日葵のように輝く笑顔で。
「なれるわよ!あなたなら、きっとなれる!応援してるから頑張ってね。
あ、けどこの袋、間違って捨てちゃわないでよ!」
そう笑いながら彼女に返した袋には、『一夢さんへ 強く願えば夢は叶う!』
と書いてあり、みずきのサインと今日の日付が入れてあった。
「雪見さん、お花何本かもらってもいい?」
「もちろん!」
雪見が差し出した花束から、みずきは彼女に似合いそうな花を五、六本引き抜き、
「はい!私からのお見舞い!って、本当はこっちのお姉さんからもらったお花なんだけど。
あ、いいこと教えてあげる!このお姉さん、これからデビューするアーティストなの!
すっごく素敵な歌を歌う人だから、よく覚えておいてね!」
いきなりみずきに紹介されて、雪見は慌てた。
「えーっ!そうなんですかぁ!?どうりで綺麗な人だと思ったんだぁ!
あの、サインもらってもいいですか?」
彼女は二人ともが芸能人だと解って、えらくテンションが上がってる。
柱の陰でコソコソやってたのだが、徐々に人の集まる気配がしてきた。
雪見の事は誰も知らないが、みずきの事は誰もが知ってる。早くこの場を立ち去らなくては。
「あー、ごめんなさいっ!まだサインの練習してなくて。
浅香雪見って言います。もし良かったら応援して下さいね!じゃ、お大事に!」
最後に急いでみずきが握手をし、足早にエレベーターに飛び乗った。
「ふぅぅ…。危うく騒ぎになるとこだった!
ごめんね!雪見さんの歌の歌詞、勝手に彼女に書いちゃった。頭に浮かんできたから…。」
「いえいえ、光栄です!」
「抗癌剤で髪が抜けちゃったのね、彼女。だからかつらに帽子被って…。
一番おしゃれを楽しみたい年頃だものね。
でも、彼女の明るい前向きさがあれば、きっと乗り越えてくれると思う。
夢に向かって生きるって、大切な事だよね…。」
そう言ったあと、みずきは急に黙り込んだ。
みずきが何を言いたいのかを、その沈黙の余韻の中から雪見は感じ取る。
上へ上へと上るエレベーターの中、二人はそれ以上何も語らなかった。
「チン!じゅうにかいです」機械的な音声が響き、扉が開く。
「着いたよ。オーナーが待ってる。行こう。」
みずきがスタスタと、病室に向かって足を進めた。
その後ろを、重い足取りの雪見が背中を見つめる。
と、鞄の中のケータイが、音の無いままブルブルと震え出した。
見るとそれは健人からのメール。
今、ここで見るわけにはいかない。心がぐらついてしまう。
雪見はケータイを開きもせずに、また鞄に押し込んだ。
この扉の向こうに待ってる人は、一体誰なの?
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.295 )
- 日時: 2011/09/23 22:18
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「オーナー!雪見さんが来てくれましたよ!綺麗なお花を頂きました。
雪見さん、そんな所に立ってないで中に入って!どうぞ!」
ドキドキして足がなかなか前へ進まない。
一歩また一歩と恐る恐るベッドに近付き、横たわる顔を見て「あっ!」
と小さく声を上げてしまった。
そこにいたのは日本を代表する往年の名優、宇都宮勇治であった!
「し、失礼いたしました!私、フリーカメラマンの浅香雪見と申します!」
雪見は非礼を詫び、最敬礼で頭を下げる。
すると宇都宮はかすれた声で、「フリーカメラマンだと?」と弱々しく言った。
「あぁ、心配しないで下さい、オーナー。雪見さんは猫専門のカメラマンですから。
決して週刊誌なんかの、スキャンダルを追いかけるフリーカメラマンとは違いますよ!
ごめんなさいね、雪見さん。結構そういうカメラマンが、スクープ狙いにウロウロしてるの。」
みずきが申し訳なさそうに微笑んだ。
「私の方こそごめんなさい!あまりにも驚いてしまって…。
私なんかがお会い出来るような方じゃないから。もう一度、きちんとご挨拶させて下さい。
わたくし、全国の野良猫を写して歩いてる、カメラマンの浅香雪見と申します。
『秘密の猫かふぇ』には、知人の紹介で会員にならせていただきました。
本当に素晴らしいお店で、いつも利用させて頂いております。
あ、これ、今までに私が出版した猫の写真集です。
もしよろしければ、体調の良い時にでもご覧になって頂けますか?」
そう言って雪見は、鞄の中から取り出した七冊の写真集をみずきに手渡した。
「ええっ!これ全部くれるの?ありがとう!
オーナー、良かったですねっ!あとでゆっくり見ましょうね。
じゃ私、このお花がしおれないうちに花瓶に生けて来ますから。
雪見さん、立ってないでこの椅子に座って!」
みずきはベッドの横に椅子を置くと、花束を抱えて病室を出て行った。
二人きりの静まり返った部屋。
雪見は、オーナーが何か話しかけてくるのを緊張の面持ちで待ったが、
一向にその気配がない。
『私から何か話しかけなきゃ…。』
そうは思うものの、何を話せば良いのやら。早くみずきが戻ってくれる事を祈る。
と、その時、「見せてくれんか…。」と小さな声で、宇都宮がどこかを指差して言った。
「はい? あ、もしかして写真集ですか?」
とっさに判断した雪見は、ベッドサイドに積んであった写真集を一冊手に取り、
宇都宮の視線の先に掲げて見せる。すると彼は、コクンとゆっくりうなずいた。
少し嬉しくなった雪見は、七冊の中から大きな版の一冊を選び、たぶん
老眼であろう宇都宮が見やすそうな距離に、ページを開いて掲げてみた。
ゆっくりと一定の速度でページをめくってゆくが、宇都宮は無表情のままだ。
ところが、あるページに差し掛かったところで「あっ。」と声を漏らした。
雪見が、どの写真だろう?と覗き込むと、京都のお寺の境内で写した三毛猫の写真だった。
「あぁ、これは秋の京都で写した写真です。紅葉の落ち葉が綺麗でしょ?
お寺の境内に住み着いてた猫なんですけど、尻尾をどこかに挟んだのか
くの字に曲がってたんです。
だけど凄く元気な子で、カサカサ音がする落ち葉を、楽しそうに蹴散らして走り回ってました。」
猫の話をするとき、猫好きはみな笑顔になり饒舌になる。
雪見もすっかり心がほぐれて、その時の様子を昨日の光景のように喜んで話して聞かせた。
すると、あろう事か宇都宮がはっきりとした声で、「うちの猫。」と言うではないか!
「えっ!?うちの猫?」
雪見は自分の聞き間違えかとも思った。
だが宇都宮が言うには、寺の境内で保護して家に連れて来たが、一ヶ月ほどで
また寺に戻ってしまった猫らしい。
聞けば晩年、宇都宮は京都に終の棲家を構え、仕事のある時だけ上京していたそうだ。
京都では、毎日近所の神社仏閣を散歩して歩くのが日課となり、散歩の途中で
尻尾をくの字にケガした三毛猫を保護したそう。
それがこの写真集の中の猫だと言うのだが、真意の程は猫に聞いてみなければ解らない。
雪見自身も、この寺が何と言う名の寺なのかは、すでに記憶にはない。
だが、あんなに喋る事さえも苦痛そうにしていた宇都宮が、この猫を目にした途端、
再会を喜ぶ笑顔も見せながらしっかりと話すのだから、きっとその通りなんだと雪見には思えた。
だとしたら、なんという偶然!なんという巡り合わせ!
雪見は結構こうした偶然を、運命の導きと思うことが多い。
健人と今一緒にいられるのも、真由子の家で偶然目にした写真集のお陰であり、
そこからすべてが始まった。
だから今も…この偶然を運命と感じてしまってる。
もうそろそろ、本題に入らなくてはならないだろう。
「あの…。『秘密の猫かふぇ』のお話なんですが…。」
と言いかけたところでみずきが、花瓶に生けた花とケーキの箱らしき物を持って病室に戻って来た。
「このケーキ、お隣の病室の社長さんに頂いちゃった!
食べきれないほどお見舞いに頂いたんだって。俺を殺す気か?って怒ってた。」
みずきは花瓶を窓際に置きながら、おかしそうに笑ってる。
「今、コーヒーを入れるねっ!」
そう言いながらコーヒーメーカーのスイッチを押した。
しばらくすると、部屋中にいい香りが漂い始める。
「オーナーはもう飲めないんだけど、コーヒーの香りが大好きでね。
ほら、病室っていかにも病院っぽい匂いがするでしょ?
それが嫌だって、コーヒーの匂いを芳香剤代りにしてるの。
あ、ちゃんと新しいのを落としてるから安心して!」
やたらとみずきが喋りまくるのが気になる。
「あのね、みずきさん。私…『秘密の猫かふぇ』の事、やってみ…。」
「失格だ…。」
「えっ?」
雪見が最後まで話し終らないうちに、宇都宮が失格を告げた。
「失格とは、どういうことでしょうか。私には務まらないと?」
断るつもりで来たはずなのに、なぜか断られて憤慨している自分がいる。
自分でも、自分の気持ちの矛先が見えなくなった…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.296 )
- 日時: 2011/09/27 12:46
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
しんとした病室に、コポコポとコーヒーが落ちる音だけが響く。
ここが病院の一室である事を忘れさせる芳しい香り。
この香りのお陰で雪見は、ひどく冷静にいられることに気が付いた。
「ブラックでいい?」 「ええ。」
本当は雪見も健人もブラックコーヒーは飲めないのだが、今はこの冷静さを保つため
あえてブラックで飲もう。気付け薬として…。
大好きな物を飲めない患者の目前で、飲み食いするのは大層気が引けたが
みずきが「気にしないで。」とケーキを頬張るのを見て、雪見もコーヒーにだけは口を付ける。
相変わらず苦い。充分、気付け薬としての役割を全うしてくれた。
「あの…。先ほどの失格とは、どのような意味でしょうか?
正直にお話します。本当は今日、すべてをお断りするつもりでここに来ました。」
「だったらそれでいい。みずきが君に頼み込んだようだが、すまんかったな。」
ベッドの柵越しに宇都宮の顔がある。
さっき雪見と猫の話をした時には、あんなに柔和な顔をしていたのに、
今は無表情に天井を見つめるだけだ。
「でも、さっき気が変わりました。私に『秘密の猫かふぇ』を手伝わせて下さい!」
「雪見さん!」みずきが驚いている。
「お話を聞いて下さい。先日、改装されたお店を拝見させて頂きました。
随所に猫の習性や気持ちを考えた改装がされていて、オーナーは心から
猫に愛情を注いでいらっしゃるのだなと感じました。
それに私とオーナーの夢はよく似てる気がします。
だからみずきさんに、『猫かふぇで夢を実現しないか?』と誘われた時は、
正直言って迷いました。
でも、どう考えてみても、私がオーナーを継ぐというのは違うと思うのです。
継ぐべき人は、他にいるはずです。」
そう言いながら雪見は、静かにみずきの方を見た。
「えっ!?」みずきが微かに動揺している。
避けたい事に対して、お鉢が回ってきそうな風向きに動揺してるのか、
それとも何か違う理由でもあるというのか。
「とにかく。オーナーを引き継ぐという選択肢は、私の中ではすでにありません。
でも、猫たちのために、私に出来ることでお店の手伝いをさせて頂きたいのです。」
「たとえば?」恐る恐るみずきが聞いてきた。
「たとえば、お店の猫たちの写真集を作って、猫のために寄付してくれた人にプレゼントするとか、
すべての猫のポートレートを店内に飾って、新しい飼い主捜しをするとか。
私に出来る事と言ったら写真を撮る事ぐらいしかないけど、それでも何か力になりたいの!」
雪見は、目の前に横たわる人の命の灯火が、あと僅かで消えてしまうことを肌で感じていた。
今日初めて会った人なのに、この人のために何かをしてあげたいと強く思った。
だが、宇都宮の返事は…。
「気持ちだけ、有り難く頂戴しておくよ…。私がこの世から去ってもなお、その思いが変わらなければ、
いつの日か店の猫たちに力を貸してやって欲しい。」
「どうして今じゃ駄目なんですか?私、写真なら仕事の合間にいくらでも写せます!」
「今の君は、猫のためにじゃなくて、この私のために何かをしようと思ってるはずだ。
私が求めている人材は、人のためにではなく、猫のためを一番に考える人材だ。
お客さんを一番に考えるのは接客係だけでいい。
死に行く老いぼれごときに、心を動かしているようでは失格ということ。」
宇都宮に心を見透かされた雪見は、返す言葉を失っていた。
自分の命よりも猫の命が大事。宇都宮の圧倒的な猫への愛に、打ちのめされた。
『私の半端な愛なんて、愛のうちに入らない。そういう事か…。』
自分は猫が大好きなんです!猫に対する愛なら誰にも負けません!みたいな顔をして
堂々と猫カメラマンを名乗ってたのに、砂粒ほどの愛のカケラしか入ってなかった気さえしてた。
「もう一度、あの猫を見せてくれんか。」うなだれる雪見に宇都宮が声をかける。
雪見は気を取り直し、またさっきの写真集を手に取ると、宇都宮の見やすい角度や
距離を気にしながらページを開いた。
「この猫の事がずっと気になってたんだ…。まさかこんな所で会えるなんてね。
最期に会わせてくれてありがとう。嬉しかったよ…。」
尻尾の曲がった三毛猫を見つめながら、宇都宮は一筋涙を流した。
人生の終演をまもなく迎えようとしているこの名優に、雪見もみずきも
涙をこらえる事など出来なかった…。
「あれで良かったんですか、オーナー。」雪見が帰ったあと、みずきが静かに聞いた。
「二人きりで居るときに、オーナーはやめなさい。
お前こそ、本当にいいのかい?女優業との両立はなかなか大変だぞ?」
「いいんです。覚悟を決めましたから。
まぁ、ほとんどは支配人にお任せしちゃいますけど。
私は猫たちのために、資産の運用さえしっかりとすればいいんですよね?」
「あぁ。あとは支配人に頼んでおくから。
それにいつか、雪見さんはきっとお前を助けてくれるだろう。
人にも猫にも心配りの出来る、優しい彼女のことだ。その時が来たら、必ず手を貸してくれる。
それを今日、この目で確かめられて安心したよ。」
「ごめんなさい、私のわがままでこんな事になって。
もっと早くに私が決断すれば、雪見さんにも迷惑かけずに済んだのに…。」
「今からでも彼女に本当の事を打ち明けて、サポートを頼んだ方がいいんじゃないのか?」
宇都宮が心配そうに、みずきの顔を下から覗き込んだ。
「いいえ、彼女はデビューを控えて、これからが一番大変な時。
彼女の心が読めちゃった以上、甘えるわけにはいかない。
お願いすれば彼女は、自分の気持ちを誤魔化してでも私を助けようとする。
私のせいで、彼との仲を壊したくはないから…。
でも、雪見さんが全てをお見通しだったのかと思って焦ったわ。」
そう言いながら、みずきがクスッと笑った。
「あれはきっと偶然だよ。彼女になら、なんでも話して大丈夫だ。
あんな人がお前のそばにいてくれるなら、お父さんは安心してあの世へ行ける…。」
「お願いだから、そんな事は言わないで。もう少し、私のお父さんでいて欲しかった…。」
やせこけた頬に手を伸ばし、泣きながら何度も何度も撫でてみる。
この温もりが、一日でも長く感じられますように…。
みずきは、生涯を独身で通した宇都宮の、養子に出した隠し子だった…。
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