コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.352 )
- 日時: 2011/12/08 12:26
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「斎藤健人さん、到着しましたっ!」
会場スタッフが大声で告げながら、健人を控え室まで誘導してきた。
雪見は『笑顔、笑顔!』と自分に言い聞かせ、ドキドキしながらそのドアが開くのを待つ。
ガチャッ!「あ!健人くん、お疲れ様っ!」
今野に言われた通り、笑顔で言ったつもりだった。精一杯普通を装ったつもりだった。
なのに…。
健人を目にした途端緊張の糸が切れ、みるみる視界がぼやけて涙が溢れそうになる。
「ゆき姉!大丈夫だった!?マスコミに囲まれたのっ?」
健人が駆け寄り、半ベソかいてる雪見を心配顔で見つめた。
「ううん、大丈夫。ごめん、健人くんの顔見て安心しただけ。
良かった…。来れなかったらどうしようかと思った…。」
ホッとしたら、やっぱり涙が溢れてしまった。
「来ないわけないじゃん!なに泣いてんの。
これからファンのみんなとクリスマスパーティーすんだから、笑ってなきゃダメだよ!」
健人は、ワイドショーの件を知ってるにもかかわらず、その話には一切触れないで
雪見を励ますように、背中をトントンと優しく叩く。
しかも口調はいつもより明るくて、ライブが楽しみで興奮してるとさえ言った。
そんなこと…勿論嘘だし芝居に決まってた。
だけど雪見にはよくわかる。ギリギリ追い込まれた健人の、精一杯の思いが…。
今やらなきゃいけないことは、これから二人のためだけに集まってくれる
三千五百人ものファンのクリスマスを、大切な思い出にしてあげる事。
そして不安に怯える雪見を救うには、それだけに意識を集中させるのが
今できる最善の方法だと言う事を。
本当は健人だって、不安と迷いで頭と心がぐちゃぐちゃなはずなんだ。
なのに、このライブを成功させるために奔走してくれてる、大勢のスタッフのために、
ライブ以外の私的事情は心の隅に追いやって、必死で自分を奮い立たせているのが
痛いほど雪見には伝わってきた。
『健人をささえなきゃ!たった一人で、すべてを背負っている健人を助けなきゃ!』
今野の言葉を思い出す。
『誰よりも健人を強く思う奴。それがお前だろっ?』
そう、それが私なんだ!
それを思い出したら、なんだかスイッチが切り替わった。
「よしっ!じゃあ、飛びっきりのクリスマスにしないとねっ!
今野さん、あと開場までどれくらい?」
いきなり人が変ったように明るく聞いた雪見に、今野が慌てて時計を見る。
「あ、あぁ。あと開場まで一時間くらいはある。」
「そう!じゃ、着替える前にリハーサルして来たいんだけど、いい?」
「もちろん!よし、健人も行くぞっ!」
「ちょ、ちょっと待ってぇ〜!」
ステージ上で一通り本番の流れを確認し合い、雪見はさっそくグランドピアノの前に座る。
それぞれが忙しそうに立ち位置を指示したり、音響テストを繰り返す中
雪見がデビュー曲を歌い出すと、それまで騒然としていたスタッフたちが
手を止め口を閉じ、雪見の歌声に聴き惚れた。
「あー良かったぁ!すごく弾きやすいピアノで。これなら何とかなりそうだ!」
雪見が笑顔で振り返り、打ち合わせ中の健人と今野を見たので二人はホッとする。
と突然、ステージ横から拍手が聞こえた。
「いやぁ、いつ聞いてもゆき姉の歌は感動的だねぇ!」
そう言いながら出て来たのは、なんと当麻とみずきであった!
「うそっ!?どしたの、二人ともっ!」
健人が驚きの声を上げて、笑顔で当麻と握手を交わす。
雪見はキャーキャー言いながら、みずきと手を取り合って大喜びしてた。
「ほいっ!これ陣中見舞い!腹が減っては戦は出来ぬ!だろっ?」
当麻がずっしりと重たい大きな箱を、健人に突き出した。
「やった!俺の好きなプリンだろ?さーっすが当麻くん!早くリハ終らせて、
楽屋戻って食おう!あ、ライブは見て行けるの?この後仕事?」
「いや、もう今日はこのあとオフ!俺たちの初めてのクリスマスデートを、
君たち二人に捧げるんだよっ!?
最高の歌を聴かせてくれないと、デートが台無しだから!」
当麻がにやりと笑って健人と雪見を見る。
「いいよっ!任せといて!私が今までで一番の歌を、二人にプレゼントするから。
みずきさん、ありがとねっ!私なんだか凄くワクワクしてきた!
絶対にいいライブにしてみせる。応援しててねっ!」
雪見にはよくわかっていた。
当麻とみずきが、二人を心配して駆けつけてくれたことを。
二人の大事な親友のために、三千五百人のファンのために、今自分がやるべき事はただひとつ。
三曲の歌を心を込めて歌うこと。
そう心が決まったら、それ以外の感情はスッと周りから消え去った。
「よしっ、これで一通りはリハが終ったな?あとは二人に任せるから、
好きなようにやっていいよ。」
ライブを取り仕切るプロデューサーが、健人と雪見に小さくウインクした。
「じゃ、開場十分前だ!控え室に戻って準備しろっ!」
今野の言葉に当麻やみずきと共に楽屋へ戻り、衣装に着替えてヘアメイクも終らせる。
あとはなるべく緊張しないように、四人でプリンを食べながらおしゃべりしたり、
楽屋風景を写メして健人のブログにアップしたりして、本番の呼び出しが来るのを待つ。
開演十五分前。
「斎藤さん、浅香さん!ステージ横に移動お願いしますっ!」
スタッフが呼びに来て、いよいよその時がやって来た!
「あーっ!やっぱり緊張するーっ!」
雪見が長い通路を歩きながら、胸を押さえて深呼吸する。
が、そんなことではドキドキはおさまらない。
ステージ横まで付いてきたみずきも、雪見の緊張しきった顔を心配そうにのぞき込み、
冷たくなった手を両手で握り温めた。
見かねた当麻が良いことを思いつく。
「健人!いつものあれ、やろう!」
「あぁ、あれねっ!よし!みんな輪になって手をつないで!」
それは雪見が初めてのグラビア撮影の時、緊張を静めるおまじないだと言って健人が教えてくれた、
おかしなおかしな儀式だった。
「これが終ったら、何が食べたい?」
当麻の掛け声に、みずきがけげんそうな顔をして「なに、それっ?」と
突っ込みを入れてしまう。
「シーッ!みずき、ダメっ!余計な事は言わないで、俺の言葉を繰り返すのっ!じゃ、も一回!
これが終ったら、何が食べたい?」
「これが終ったら、何が食べたい?」
不思議なおまじないが終った時、雪見がクスクス笑い出した。
「あの時もわからんちんだったけど、やっぱりわからんちんなおまじないだぁ!
けど、元気が出て来たかなっ?よし、頑張るねっ!」
そう言ってみんなに笑顔を見せた。
きっと素敵なクリスマスになることを、心に描いて…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.353 )
- 日時: 2011/12/11 23:01
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「やっべ!やっぱ緊張感がハンパないっ!」
開演五分前。
こんなにも緊張してる健人を、雪見は生まれて初めて見た。
深呼吸を繰り返し、なにやら独り言をつぶやいている。
雪見は、少しでも健人の気持ちを和らげてあげたくて、そばに近づき
後ろから両肩に手を乗せた。
「肩に力が入ってるよ!もっとリラックスして。」
そう言いながら四、五回肩を揉んだあと、そっと耳元に口を近づけてささやいた。
「帰ったら、一緒にお風呂入ろっか?」
「えっ!?」振り向いた健人がニヤッとしたので、雪見は作戦成功!と一人ほくそ笑む。
その時、ふと視線を下ろして見て気が付いた。
健人の左手人差し指には、あの指輪が外されることなく、付いているということを…。
撮影現場から駆けつけた時には確かに無かった指輪が、今は付いている…。
「健人くん、その指輪…」
最後まで雪見が言い終わらないうちにMCが健人登場の時を告げ、みんなに
「よっしゃ!じゃ、行ってくる!」と笑顔を残し、ステージ中央へと進んで行った。
その瞬間、熱い空気を振動させる破壊音のような大歓声が、会場を埋め尽くした
三千五百人ものファンの間から、途切れることなく湧き起こる。
「凄いね…。健人くんを好きな人が、世の中にはこんなにいるんだ…。」
ステージ横でその様子を見守っていた雪見は、現実を目の前に叩き付けられた思いで、
そばにいた当麻とみずきに茫然と呟いた。
「こんなの、ラッキーだったほんの一部のファンだろ?
ファン全員にチケット配ったら、どんだけの数になるんだろね?」
当麻が平然と言ってのけた言葉を、みずきが「当麻っ!」と睨んで制する。
「大丈夫!健人の雪見さんへの思いは、何万人が束になって掛かって行っても
絶対揺らぎはしないから!大丈夫よ…。」
みずきはそう言いながら、雪見の背中を優しくトントンと叩いた。
「ありがとう…。今そんなこと考えてる場合じゃなかったね。
健人くんの一曲目が終ったら、私の出番だもの。集中、集中!
あ、それより二人とも、こんなとこで見てていいの?今野さんが特別席
用意したって言ってたのに。」
「ここ以上の特別席なんてないだろっ!だって健人の表情丸分かりで、
めっちゃ面白いもん!ほら、焦ってる、焦ってる!」
当麻が、いたずらっ子の目をして楽しそうに笑ってた。
「やだぁ!そんな目で私も見るんでしょっ!もーう!
はぁぁ、しょうがない!私も当麻くんに笑われに行きますかっ!
じゃ、行ってくるね!ちゃんと私の歌、聞いててよ!」
スタンバイのため、ステージ横ギリギリまでゆっくり足を進める間に、
雪見は自分でも不思議なほど、落ち着きを取り戻していた。
それは多分当麻とみずきのお陰だろうと思う。
もし一人で出番を待ってたとしたら、緊張に飲み込まれてこんな状態では
いられなかったはずだ。
『ありがとね、二人とも。私、頑張るから!』
健人が一曲目の歌を歌い終り、ホッとした表情でチラッとこっちを見た。
雪見がOKサインを出して微笑むと、健人は嬉しそうに笑ってる。
いよいよ雪見登場の瞬間が近づいた。
ドキドキはするが、今はそれさえも心地良く感じる余裕がある。
「じゃ、そろそろ、今日のもう一人の主役を呼ぼうかなっ?
えー、昨日みなさんが買ってくれた俺の写真集、誰が撮ったか知ってる人ぉー!」
「ゆきねぇーっ!!」
「そう!そのゆき姉の登場です!どうぞーっ!!」
健人の紹介を受け、マイクを持った雪見がスッと笑顔で歩き出す。
暗闇から明るい場所に出た途端、健人に負けないぐらいの大声援を浴び雪見はびっくりした。
みんなが私を受け入れてくれた…。
「どうも、初めまして!浅香雪見でーす!」
一際大きな拍手が巻き起こり、雪見は感動で胸がいっぱいになる。
「今日はこんなにもたくさんの方にお会いできて、本当に嬉しいです!
だって、ここに来てくださってる方たちは、確実に私の写した写真を目にした訳でしょ?
それって凄くない?健人くん様々です!親戚で良かったぁ!」
会場中に笑いが巻き起こり、一気に打ち解けた空気が流れ始める。
それをステージ横から見ていた今野や当麻らも、やっと安堵の表情を浮かべた。
「よしっ!なんとか大丈夫そうだなっ!
雪見も成長したもんだよ!酒無しで行けるようになったんだから。」
今野の言い方が可笑しくて、当麻とみずきが笑ってる。
その間にも健人と雪見の息の合ったトークは弾み、会場中が笑顔に包まれていた。
「じゃあそろそろ、私の一曲目を歌っちゃおうかなっ?」
そう言いながら雪見が深呼吸をする。
健人は雪見を見守るように、少し離れた斜め後ろに立つ。
「クリスマスの幸せな空気の中で、この歌を一曲目に歌うのはどうなのかなって
悩んだんだけど、やっぱりこの歌を捧げたくて…。
私に多くの出会いと自信をくださった人。つい先日亡くなられた宇都宮勇治さんに捧げます。
それと、沖縄竹富島の民宿のおばちゃんにも…。
『涙そうそう』です、聞いて下さい…。」
イントロが始まると雪見は瞳を閉じ、それと同時に会場のざわめきもおさまる。
みずきは、雪見がこんなに大切な初めてのライブで、一曲目を父に捧げると
言った事に驚き、涙がこぼれた。
確かにその歌声は、天国にまで届きそうなくらい伸びやかで慈愛に溢れ、
まるで聖母マリアが歌ってくれた鎮魂歌にさえ錯覚する。
会場中が初めて生で聞く雪見の歌に心揺さぶられ、それぞれが亡くした人に
想いを寄せて、涙していた。
雪見が歌い終わり、いつものように「ふぅぅ…。」と息を吐き切って目を開ける。
シーンと水を打ったような静けさに、一瞬雪見はドキリとするのだが、
次の瞬間今までに聞いた事もないような、大きな大きな拍手の波に飲み込まれた。
「すっげーや…。」
ステージの横で、当麻と今野が同時につぶやいた。
ギュッと当麻の手を握り締めてたみずきは、もう涙が止まらない。
雪見の姿を後ろから見つめてた健人の目にも、光るものがあった。
「聞いてくれてどうもありがとう!こんな大きな拍手に包まれたのは、
生まれて初めてです!これで少しだけ、デビューすることに自信が持てましたっ!」
雪見は感謝を込めて、深々と頭を下げる。
健人のファンが、ワイドショーの騒ぎを知らぬわけはない。
なのに、その噂の相手である雪見に対して、この盛大な拍手は何を意味してるのだろう。
どんな思いであれ、取りあえずは受け入れてくれたと感謝して、雪見は健人を振り返り、
小さくピースサインを出した。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.354 )
- 日時: 2011/12/15 00:14
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
健人も雪見も一曲ずつ歌った事で、やっとライブを楽しむ余裕が生まれてきた。
トークも話が広がり、写真集撮影の裏話や二人がそれぞれ実家で飼ってる猫の話、
はたまた健人が子供の頃に雪見に受けた、自転車や逆上がりの鬼特訓の話等々、
大いにファンを湧かせ喜ばせる。
「じゃ、ここらで二曲目の歌にいこうか?」
健人がトークの区切りのいいところで雪見に振ると、会場からは一斉に
「ええーっ!!」と声が上がる。
みんな、歌が一曲終るごとに近づくライブのエンディングを、一秒でも長く
引き延ばしたいのだ。
「大丈夫!大丈夫!せっかくこんなに集まってくれたのに、簡単には終らせないよ!
もっと楽しい時間を用意してあるんで、それはあとのお楽しみ!
じゃ、お次はゆき姉の弾き語りにいっちゃう?」
「うん、そうしよっかな。緊張することは早くに終らせよう!」
雪見はそう言うとグランドピアノ前に移動し、ストンと椅子に腰掛ける。
健人は約束通り、ピアノの向こう側に立って雪見を見守ってた。
「じゃ次は私が大好きな曲で、一年中カラオケの一曲目に歌う歌なの。
今の時期にはピッタリの曲だから、多分みなさんもよく歌ってると思います。
あのね、緊張してるから、指がスムーズに動いてくれるか心配なんだけど…。
では、中島美嘉さんの『雪の華』です、聞いて下さい。」
深呼吸を一つして鍵盤に指を乗せ、少し不安げに健人の顔を見る。
すると健人は「大丈夫だよ。俺がいるから。」と小声でささやき、にっこり微笑んで
雪見を安心させた。
たったそれだけの言葉と笑顔で、心の震えがおさまり強くなれる。
そう、誰のためでもなく、健人のためにこの歌を捧げよう。
雪見の細く長い指が、静かにピアノを奏で始める。
オルゴールの音色を思わせる旋律の後、スッと雪見が歌い出すと一瞬会場がざわめき、
それはすぐに静寂へと変化した。
誰かが言ってた事がある。
雪見の歌声は、聞く者がその景色の中に瞬間移動させられてしまうと。
ここにいる誰もの瞳の中に空から舞い落ちる雪が見え、寄り添い歩く恋人同士が映る。
そしていつしか、相手を強く思う気持ちに胸が一杯になり、涙が溢れてくるのだった。
「ふぅぅ…。」
雪見が完璧に弾き語り、息を吐き切って現実の世界に戻って来た。
それから観客たちも我に返り、涙を拭うのも忘れて雪見に大歓声を送る。
健人も当麻もみずきも…。
嬉しそうに会場に頭を下げる雪見。
鳴りやまない拍手と歓声の中、改めて雪見の凄さを健人は思い知る。
なのに、あとたったの三ヶ月で、この才能を封印してしまうなんて…。
健人の思いは複雑だった。
「どうだった?上手く弾けてたかな?自分じゃ弾いてた気がしないんだけど…。」
考え事をしてた健人に、上気した笑顔で雪見が聞いた。
「あ、あぁ!バッチリ完璧!いい歌だったよ。
こんな大勢の前だから、泣かないように頑張ってたのに、やっぱり泣かされた!」
「えへっ!だってそれを狙って、いつもより心を込めて歌ったんだもん!
私からみんなへのプレゼント!斎藤健人の生涙なんて、めっちゃレアなプレゼントでしょ?」
会場中から「ゆきねぇ、最高!」との声援が乱れ飛ぶ。
「えーっ!?俺、まんまとしてやられたってわけ?ゆき姉には太刀打ちできないや。
ねぇ!じゃそろそろクリスマスプレゼント、みんなにあげちゃおっか。
どっかに消えて無くなると困るから。」
「そうだね、それがいいかも。プロデューサーさんが、好きにやっていいって
言ったんだから、いいんだよねっ!」
思わせぶりに雪見がニコッと笑って健人を見た。
二人のやり取りを、ステージ横で聞いてた今野と当麻らは、「あいつら、何言ってんだ?」
と怪しんでる。
「リハーサルじゃ雪見の歌のすぐ後は、健人が歌う事になってたのに…。
さては、またなんか企んでるな!」
健人と雪見のやりそうなことと言えば…。
今野が思い付いたように、じーっと当麻の顔を見た。
「な、なんですかっ!?お、俺ぇ?まっさかぁ!健人に何にも言われてないし。」
当麻が笑いながら「無い無いっ!」と首を横に振ったところで、健人の声が聞こえてきた。
「じゃ、俺たちからのクリスマスビッグプレゼント!みんな驚いてねっ!
三ツ橋当麻と華浦みずきです!どうぞーっ!!」
予想もしてなかった健人のMCに、会場中から悲鳴にも似た歓声が湧き起こる。
「ど、どうぞ!って…。なんか俺らの名前呼んだみたいだけど…。」
ステージ横では当麻とみずきが、呆気にとられて顔を見合わせてる。
「ほらなっ!あいつらの考えそうな事だよ!観念して行ってこいっ!」
今野が二人を促すように、背中を押した。
「行って来い!ってマジで?俺は同じ事務所だからいいにしても、みずきが…。」
当麻が戸惑ってみずきを見る。
が、当のみずきは、当麻の心配をよそにはしゃいでた。
「すっごく楽しそうじゃない!せっかくゲストにしてくれたんだから、行かなくちゃっ!
事務所なんて私がどうにかするからさ!ほらっ、行くよっ!!」
こんな時、女はつくづく度胸があると当麻は感心する。
みずきに手を引っ張られながらステージに出て行くと、会場を埋め尽くした
三千五百人の大絶叫がこだました。
健人からマイクを手渡された当麻とみずきは、雪見も交えて握手をかわす。
「やられたよ!お前らには負けるわ!」と当麻が健人の肩をパシッ!と叩くと
「そーゆーことで、ひとつよろしく!」と健人が当麻の肩を叩き返した。
「じゃ改めて紹介します!俺とゆき姉の親友で、たまたま今日遊びに来てくれた
三ツ橋当麻と華浦みずきですっ!拍手ぅ!!」
「どうもー!わけわかんないうちに、勝手にクリスマスプレゼントにされてた二人でーす!
けど、よく考えたら俺も健人の写真集には写ってるわけで、ここにいてもおかしくないか!」
会場に向かって笑顔で手を振る二人を、三千五百人もの人たちが温かな拍手と
「おめでとう!」の大合唱で迎えてくれる。
当麻とみずきに向けられた「おめでとう!」のシャワーを、その隣で一緒に浴びてた雪見は、
きっと少し複雑な笑顔を会場に向けていたことだろう。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.355 )
- 日時: 2011/12/18 13:54
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「俺たち、結婚発表したわけじゃないのに『おめでとう!』って、なんかくすぐったいね。
けど、祝福は素直に受け取っておきます!みんな、ありがとー!」
当麻が嬉しそうに会場に向かって頭を下げる。
すると寄り添うように立ってたみずきも、当麻と共に頭を下げた。
雪見の胸が瞬間、ミシリと微かに音を立てる。
二人の姿が、仲睦まじい夫婦のように目に映ってしまったのだ。
人をうらやむのは、自分が後から自己嫌悪に陥るだけ。
頭では判っているのに心が勝手に反応してしまい、雪見本体を苦しめた。
心の置き場所をまた見失った自分が、いい加減嫌になる。
二十代の頃には、こんな感情に出会った事など無かったのに…。
年齢を重ねるということは、その年代に合わせた新たな感情に出会うという、
厄介な意味合いも含まれているのだ。
隣りでは、三人が和気藹々とトークを展開している。
だが、今ひとつそれに乗っかり切れない雪見は、この気持ちを早く立て直さなきゃ…と
ある事を思い付き、三人にいきなり提案した。
「ねぇねぇ!せっかくのライブなんだから、もっと歌わない?
みんなへのクリスマスプレゼント第二弾!カラオケ大会なんてどう?」
「ええーっ!?俺たちにも歌えって言うのぉ?」
当麻が自分を指差して、提案者である雪見を見た。
「そう!だってクリスマスのライブだよ?こんなの、もう一生私は無いもん!
そう思ったら三曲なんて言わないで、もっといっぱい歌いたくなったの。
プロデューサーさんも好きにやれって言ってたんだから、やってもいいんだよね?
あそこにカラオケの機械あるから、私借りてくるっ!」
そう言って雪見は、あっという間にステージから消え去った。
自分の心をリセットするには、歌の世界に入り浸るのが手っ取り早いと思い付いたのだ。
残された三人は呆気にとられてる。
いや、三人ばかりではない。プロデューサーを始めステージスタッフ全員が、
このいきなりの展開に慌ててた。
「好きにやれって、そんな意味で言ったんじゃないと思うんだけど…。」
健人が気の毒そうに、プロデューサーの気持ちを代弁したが、会場中は
思わぬサプライズ第二弾に大喜び!
もうやらざるを得ない盛り上がりに、みんなが観念して準備を急ぎ、その間を
健人たちがトークで繋いだ。
「いや、いっつもゆき姉の思い付きにはビックリさせられるわ!
しかも思い付くだけじゃなくて、それをすぐ実行に移しちゃうとこが凄い!」
「ゆき姉と俺は、やっぱタイプが一緒!思い付いて即行動しちゃうタイプ。
けど健人はまったく違うよね。じっくり考えてからじゃないと行動しない。」
「そうだね。衝動的に何かをするって事はまずないな。
だから当麻やゆき姉にしょっちゅう驚いてる。おいおい、そう来るか?!って。」
「それって、呆れてるって意味?」
みずきが口を挟んで健人に聞いてみる。
「うーん、ノーコメントと言うことで。」
健人の返事に会場が沸いたところで雪見も戻り、カラオケの準備が完了。
「よしっ!じゃあカラオケ大会を始めますかっ!」
当麻がやたら乗り気で張り切ってる。
がプロデューサーらは、時間がかなり押しそうな気配で、気が気ではなかった。
「ねぇ!ただのカラオケじゃつまんないから、テーマを決めて歌おうよ!
折角クリスマスなんだから、クリスマスにちなんだ歌かラブソングってのはどう?
ってことで、私が最初に歌いたい!BoAさんの『メリクリ』!」
雪見は早いもん勝ち!と、さっさとマイクを握り直す。
大歓声の中で歌い出すと、また一瞬で会場中が静まり返り、雪見と共に
歌の世界へとスリップした。
健人ら三人も、雪見の歌には聴き惚れるしかない。
本職はカメラマンだとか健人の彼女であるとか、そんなことは一切頭の中から消え失せて、
純粋に大好きなアーティストのライブに、三人で来てる気分だった。
歓喜の声と拍手の嵐で雪見は我に返る。
自分の心にそっと耳を澄ますと、さっきまでのノイズは消えていてホッとした。
「気持ちいいっ!カラオケボックスで歌うのとは訳違うねっ!
こんな大勢のお客さんを前にして歌えるなんて、本物のアーティストになったみたい!」
やっと元気を取り戻した雪見が、明るい笑顔でそう言う。
「あのねっ、お忘れかも知れないから確認するけど、一応あと十日ほどで
俺たち本物のアーティストの仲間入りするって、ゆき姉覚えてる?」
当麻の突っ込みにみんなで大笑いした後、会場からの盛大なSJコールに答えて、
健人と当麻が初めてファンの前で、デビュー曲を披露することになった。
「ほんとはラストに歌おうと思ってたけど、まっいいよね。
えー皆さん!俺たちがデビュー出来ることになったのも、日頃応援してくださってる
皆さんのお陰です!本当に有り難うございます!」
健人が頭を下げると、ファンは大きな拍手と歓声で答えてくれる。
「俳優業との両立はなかなか大変だとは思うけど、どっちも全力投球で
精一杯ぶつかりたいと思うので、これからも応援よろしくー!」
当麻が両手を上げて大きく振ると、会場は黄色い声援に包まれ一気にボルテージが上がった。
みずきが、初めて目にするSJの歌とダンスに見とれてる。
それは雪見も同じなのだが、見てる視点が違ってた。
純粋に『当麻って、やっぱりカッコイイ!』と思いながら見つめてるであろうみずき。
反対に、歌がよく聞き取れないほどの熱狂的な大声援につつまれた健人を、
『やっぱりこの人は、私一人のものではないんだ…。』と、少し冷めた見方をした雪見。
この時覚えたこの感情は、今までも何度となく出会い、その都度どうにかしてきた。
だが悲しいかな今回はどうやっても流れて行ってはくれず、心の中に沈殿しては
こぶのように徐々に大きく育っていった。
その日を境に、足が一歩ずつ出口に向かって無意識に歩き出している。
それにまだ雪見は気付かないでいた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.356 )
- 日時: 2011/12/21 23:51
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「いっやー、めっちゃ気持ち良かったぁ!
まさかプリン差し入れに来て、俺らまで歌う事になるとは思わなかったけどね。」
一人二曲ずつ歌ってカラオケ大会が終了し、当麻が笑いながらみずきを見る。
「ほんとね!私、カラオケボックス以外で歌ったの、生まれて初めて!
一生忘れられないクリスマスになったわ。本当に楽しかった!ありがとう、雪見さん!」
みずきに笑顔で感謝され、雪見は慌てて首を横に振った。
「やだ、感謝するのはこっちの方!
当麻くんとみずきさんのお陰で、こんなに盛り上がったんだから。
きっとここにいるみんなが、忘れられないクリスマスになったと思う。」
雪見の言葉を受けて健人が、苦笑い半分でステージ袖を指す。
「ゆき姉!一番忘れられないクリスマスになったのは、あそこにいるスタッフさんや
プロデューサーだと思うよ。みんなの顔が引きつってる気がする。
六曲のミニライブのはずが、もう十一曲になっちゃってんだから!」
「うそっ!?ほんとだ、ごめんなさいっ!私のせいです!
なんでいっつも思いつきで行動しちゃうんだろ、私って!
時間が押してるから、私のデビュー曲は止めときますっ!」
ステージ袖に向かって申し訳なさそうに頭を下げる雪見に対し、会場からは
「ええーっ!デビュー曲聞きたーい!!」「ゆきねぇ、歌ってぇー!」
と、大きな声援が乱れ飛ぶ。
思いがけない会場の反応に、雪見は胸が熱くなった。
『ここにいるのは健人くんのファンなのに、みんなが私の事も応援してくれてる…。
この人たちを裏切るなんて、今の私には出来ない。
健人くんとの付き合いを自ら認める事など、してはいけない…。』
自分に向けられた声援によって、図らずも進むべき方向が自分の中で確定してしまった。
雪見がプロデューサーの指示通り、ライブを締めくくる曲としてデビュー曲
『君のとなりに』をピアノで弾き語りする。
バックスクリーンには、健人と当麻も出演した雪見のPVが映し出された。
大きな翼を付け白樺林にたたずむ雪見は、まるでホワイトクリスマスに降り立った
天使のようにも見える。
♪未来は誰にもわからないけど ひとつ確かに言えるのは
君のとなりに僕がいること
緑の風に二人でふかれて 今より遠くへ飛んで行けたら
きっとつないだ手の中に 夢のかけらが入っているはず
その幻想的な映像と、雪見が引き込む歌の世界がリンクする。
ピアノが余韻を残して静かに消えた時、誰もがこみ上げる熱い思いを押さえ切れなかった。
今までで一番大きな拍手と歓声に包まれ、雪見の瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちる。
終った…。無事に歌い終った…。
安堵感と感動。そしてこの歌を歌うたびにつのる、健人への想い。
だけど…。その想いをみんなの前では封印しようと、さっき自分で決めたばかりなのに、
苦しくて苦しくて涙が溢れる。
いろんな感情が入り乱れ、雪見はピアノの前から動けなかった。
そんな雪見を健人たち三人が取り囲み、温かな眼差しでそっと包んで優しい言葉で励ます。
「すっげー感動した!めっちゃ鳥肌立ったもん!
ゆき姉がデビューしたら、いきなりオリコン一位とか取っちゃったりして!
やっべー!俺ら負けそう!」
当麻が雪見を笑わせようと、わざと大袈裟に言ってみせる。
「私も今日から『ゆき姉』って呼ぶから!
ほんとは『お姉ちゃん』って呼んで、実の妹の振りしたいくらいなんだけど。
絶対自慢のお姉ちゃんだもん!」
みずきは雪見の背中に抱き付いて、甘えるようにペタッと頬をくっつけた。
健人はと言うと…うつむく雪見の横顔を、ただじっと眺めてる。
一言も言葉を掛けないで何かを考えてる様子の健人を、みずきと当麻が
真っ先に『おやっ?』と思った。
会場からは、泣きやまない雪見を励ますように「ゆき姉、頑張れぇーっ!」
「ゆき姉、泣かないでぇー!」と声が飛ぶ。
その時だった。
健人が意を決したように雪見の右手を掴み、突然引いたのである。
だが…。
「だめっ!」
雪見の左手が健人の腕を掴み、力一杯それを阻止した。
涙を浮かべた瞳が、キッと下から健人を睨み付ける。
そして小さく首を横に振った。
雪見には、健人が何をしようとしたのか良く解ってる。
考えに考え抜いて健人が出したであろう答えを、雪見は拒否してしまった…。
愕然とした表情の健人を、当麻とみずきも息を呑んで見つめてる。
会場を埋め尽くしたファンには、この一連の動作がピアノや当麻たちに隠れて、
見えはしなかっただろう。
相変わらず雪見を励ます声援が、あちこちから聞こえていた。
「健人くん、いいの…。私なら大丈夫だから…。」
そう言って雪見は、涙を拭いて微笑んで見せる。
それからすぐにマイクを持ってピアノの前に立ち、何事も無かったように
観客たちに最後の挨拶を始めた。
「みなさん!今日は本当に楽しい時間を、どうもありがとう!
ごめんなさいね、クリスマスの最後を涙で終ってしまって。
みなさんの声援が嬉しくて、どうしても堪えきれなかったの。
どうかこれからも、斎藤健人のファンでいてやって下さい!
健人くんファン、最高っ!またねーっ!みんなぁ!」
そう言って雪見は、笑顔で大きく手を振りながら、一番最初にステージ上から消えて行った。
打ち合わせでは健人と雪見がそろって挨拶し、一緒にステージを去る事になってたのだが、
一人で先に行ってしまった雪見に、健人は嫌な胸騒ぎを覚える。
だが、当麻たちを残して後を追いかけるわけにもいかない。
冷静さを装い、「じゃ次は当麻とみずき!」と二人に挨拶を急かす。
「ほんと、めっちゃ楽しかった!今度は全国ツアーでお会いしましょう!バイバーイ!」
「ぜんぜん関係無い私にまで声援をくれて、どうもありがとう!
今日の日は一生忘れません!Happy X'mas!」
当麻とみずきも挨拶をした後、ステージを下がる。
そして一番最後に健人の挨拶。
色んな思いで言葉が詰まり、なかなか話し出すことが出来ないでいると、
会場中から「健人、頑張ってぇー!」と声が上がった。
「みんな…。俺…。」
それだけ言って絶句した健人に、何かを察知したファンから「やだぁー!」と悲鳴が上がる。
その時、雪見にキッと睨まれた時の瞳を思い出した。
『やっぱ…俺も言えないや。なんて情けないんだろ、俺って…。』
一通り感謝の気持ちを述べ、手を振り笑顔でステージを降りた後、健人は
猛ダッシュで控え室に戻った。
だがそこに、雪見の姿はすでに無かった…。
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