コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.317 )
- 日時: 2011/10/30 19:15
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
花屋の前に止めた車の中から、健人がじっと出入り口を凝視している。
すると、やっと雪見が、大きな花かごを両手で抱えて店を出てきた。
当麻はその後ろから、小さく可愛らしい花かごをブラブラさせて、上機嫌でついてくる。
「おそっ!めっちゃ待ったんですけど!」
雪見が車のトランクルームを開けた途端、健人が文句を言った。
「文句は当麻くんに言ってよ!もぅ、これだけの花をみずきさんに選ぶのに、
どんだけ時間かけるんだか!」
「お前、そんなちっちぇー花かご一つで、みずきを落とそうと思ってんの!?マジで?」
後部座席に乗り込んだ当麻を振り向き、健人が驚きの声を上げた。
「な、なに言ってんの!なんで俺がみずきを、落とさなきゃなんないんだよっ!
ばーっかじゃねっ!?」
色白の当麻は、耳まで赤くなるので分かりやすい。
その後も車内は、当麻vs健人の壮絶なバトルが繰り広げられ、決着のつかないうちに
病院の駐車場へと到着してしまった。
車の中からみずきに電話して、着いた事を告げる。
「うん、わかった。裏のエレベーターね。気を付けて行く!じゃ。
…一階の外来前は平日で患者さんが大勢いるから、裏玄関から入れって。
どっちにしても、見つからないようにしないと…。」
「よしっ!行きますか!」
キャップを目深に被り直し、はりきって最初に車を降りたのは当麻だった。
だが、大きな花かごを抱えた雪見だけが、あまりにも目立ちすぎるので
別々に特別室のある12階まで行く事にする。
健人と当麻が見つかるのではないかと、雪見は内心ヒヤヒヤしていたが、
病院の中での変装マスク姿は、都合良いことにまったく目立たず、
すんなりと12階に到達することが出来た。
ずらっと特別室が並んでいる一番右奥のフロアは、病院と言うよりも、
どこか高級ホテルを思わせる空間だった。
いかにも、特別な人達が入院してる事をうかがわせる。
その中の一室に、日本が誇る名優 宇都宮勇治が横たわっていた。
「ふぅぅ…。緊張するなぁ。俺、本当に変じゃない?」
長い廊下を歩きながら、当麻はそればっかり気にしてる。
雪見も健人も、『お嬢さんをください!とでも言うつもりかぁ?』と、
同じ事を考えながら、「はいはい!変じゃありませんよ!」と適当に返事した。
今日は、写真を届けに来ただけのはずなのになぁー。
トントン! 深呼吸を一つしてから、雪見が宇都宮の病室をノックする。
「はい!どうぞ!」とみずきの声が聞こえたので、そーっとドアを開けた。
「こんにちはー!また来ちゃいましたぁ!今日のご機嫌はいかがですかぁ?」
いきなり雪見がワントーン高い、明るさマックスの声で病室になだれ込んだので、
後ろに控えてた健人と当麻はギョッとする。
『えっ!?そんなテンションで良いわけ?』
恐れ多い大先輩、しかも最期の時を間近にした人に面会するのに、と
ドアの外に立ってた二人は戸惑った。
だが、病室の中の三人は、びっくりするほど明るく笑い合ってる。
しかも雪見は宇都宮の事を、自分のおじいちゃんとでも思ってるかのような振る舞いだ。
『おいおい、ゆき姉!その人は、とんでもなくすげぇ人なんだぞっ!
わかってんのかぁ?』
健人と当麻はハラハラしながら、遠く雪見を眺めてる。
すると、それに気付いた宇都宮が、「突っ立ってないで、君たちも中に入りなさい。」
と二人に声を掛け、みずきには、ベッドを起こしてくれるように頼んだ。
「は、はいっ!!」
直立不動のまま、おずおずと宇都宮のベッドまで足を進める。
横並びに整列して、まずは健人が挨拶をした。
「初めまして。斎藤健人と言います。今日は突然お伺いして申し訳ありません!」
健人が頭を下げたので、当麻もそれにならって頭を下げる。
が、頭を上げたあと、まだ健人の挨拶が続くもんだとばかり思ってた当麻は、
『次!お前の番!』と言うように、横を向いた健人に慌てた。
「え、えっと、三ツ橋当麻と言います!
いつもみずきさんには大変お世話になり、有り難く嬉しく思っておりますっ!」
カチコチになった当麻のかしこまった挨拶に、雪見と宇都宮は大笑い。
「ばっかじゃないのっ!なにその『秋の園遊会』で、天皇陛下にでもするみたいな挨拶は!」
みずきは顔を赤くして、当麻を鼻で笑う。
「まぁまぁ、そんなに硬くなることはないよ。
こちらこそ、みずきが仲良くしてもらってるそうで…。
一度君たちには会ってみたいと思ってたんだ。今日は会えて嬉しいよ。」
宇都宮は体調がいいのか、穏やかな笑みをたたえながらそう言った。
その言葉を聞いた瞬間の、二人の嬉しそうな顔!やっと少しだけ緊張が解けたようだ。
「ほら!ここに座って!今、コーヒーが入ったから。あ!綺麗なお花、ありがとね!
まぁ、どうせ雪見さんが見つくろって、あんた達はお金を出しただけだろうけど。」
みずきがいつもの通り、健人と当麻に悪態をつきながらコーヒーを運んで来ると、
すかさず当麻が反論する。。
「ひっでー!俺なんて、ちゃんと花屋の中まで入ったから!
健人だよ!車ん中で、ブーブー言いながら待ってたの!」
「おーいっ!そーいうこと言う?
お前がみずきに、あんだけの花選ぶのに、散々迷ってえらい待たせたくせに!」
「えっ!?あの小さい方のお花って…当麻が私に…くれた…の?…どうして?」
みずきが驚いて瞬きもせずに、大きな瞳で当麻のことをジッと見つめた。
「ど、どうして?って…。そ、そう!ただの手土産だよ、手土産!
別に深い意味は何にもないから、ぜーんぜん気にしないで。
あ!それとも食い物の方が良かった?お前、可愛い顔して結構食うもんな!」
当麻のへったくそな芝居に、雪見と健人がクスクス笑ってる。
若者達のやりとりを楽しげに見ていた宇都宮が、なぜか嬉しそうに当麻に話しかけた。
「君は性格まで、若い頃の私にそっくりだ!昔の自分を見ているようだよ。
だがな、一つだけ忠告しよう。自分の気持ちには、常に正直でなければいかん。
じゃないと、将来私のように後悔することになるぞ。」
そう言って宇都宮は、当麻の目を見てにっこりと微笑んだ。
「え!?ァ…はいっ!ありがとうございますっ!」
とっさには解らなかった言葉の意味に気付いた当麻は、嬉しくて舞い上がりそうだった。
それはまるで結婚でも許されたかのように…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.318 )
- 日時: 2011/11/01 19:43
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
そこは病室とは思えないほど、華やかでにぎやかな時間が流れていた。
猫こそいないが、まるで『秘密の猫かふぇ』がここに移動してきたかのように…。
大先輩である宇都宮の演劇論を、みずきを始めとする三人の若い役者が
真剣な顔で聞いてたり、かと思うといつものごとく、お互いバカ言いながら
みんなで大笑いしたり。
宇都宮は、雪見の手渡したアルバムを大事そうにめくりながらも時折、
みずきと当麻が仲良くじゃれ合っているのを、目を細めて嬉しそうに眺めてる。
それぞれが自由気ままに時を過ごしているのだが、プライベートな時間であっても
俳優や女優という人達の、生まれ持ってのオーラは消えやしない。
どこにでもありそうな、ありふれた光景なのに、部屋の隅々にまで眩しい光が
充ち満ちているようだった。
雪見はどうしてもこの贅沢な光景が撮りたくなり、みんなの許可を得てカメラを取り出す。
始めは、気軽なスナップ写真のつもりで、笑いながら写していたのだが、
いつの間にか真剣なプロカメラマンの顔つきになり、夢中でシャッターを切り続けた。
「ちょっとちょっと、ゆき姉!なんで仕事モードに入ってんの?
俺たち、午後まで仕事休みなんですけど。」
当麻の声にハッと我に返る。
「ご、ごめん!あんまり素敵な光景だったから、つい集中しちゃって。
人を写したくなることって、滅多に無いんだけどな…。
あ、宇都宮さん。この前写した写真、どうでしたか?ご要望通りに写せてたか心配で。」
雪見がカメラを置いて、宇都宮の手元にあるアルバムを覗き込む。
「あぁ、とても良く撮れてるよ。どれを本番で使おうか迷うくらいだ。
本当にありがとう!忙しいのに、立派なアルバムにまで仕上げてくれて。
お礼に一つ予言しよう。君は…。君はこの先必ず人気のカメラマンになる!
この私が言うんだから間違いない。」
「えっ…?」
宇都宮の断言に、一瞬病室の中が静まり返る。
予言…?宇都宮もみずきと同じ、不思議な能力を持っているのか?
それにしても、その『予言』の持つ意味を、今は誰も理解できなかった。
「君たちも聞いてくれるか…。
みずきは…。私が死んだらすべてをマスコミに公表し、喪主を務めてくれるそうだ。」
「ええっ!!」
今までの楽しかった時間が、一気に凍り付く。
雪見たち三人は、一斉にみずきの顔を驚きの表情で見た。
みずきほどの国際派女優が、それを公表することによって起こるであろう、
世間の大騒ぎを瞬時に想像して…。
「みずき!わかってんのか?自分が言ってること!
マスコミにとっては、とんでもないスキャンダルなんだぞっ!」
当麻が凄い勢いでみずきの腕をつかむ。
だが、当麻に向けたみずきの顔は、すでに意志が固まってる事を表し、
何の迷いも困惑も、微塵の不安感さえも見当たらなかった。
「当麻、よく聞いて。これは私にとって、スキャンダルでも何でもないの。ただの事実よ。
私が娘なんだから、喪主を務めるのも当然でしょ?」
まだ生きてる人を目の前にして、葬儀の話を堂々とする。
それは、すでに宇都宮とみずきの間で充分な話し合いがもたれ、取り決めが
行なわれた事を意味した。
「その…なんて言うか…、育ててくれたご両親は何て?」
どう聞こうか迷ったが、雪見はストレートにみずきに聞いてみる。
「父と母は、私の性格を充分知っているもの。
『思う通りにしなさい。』とだけしか言わなかったわ…。
でもね、この事を公表したからと言って、父と母との関係がどうにかなることは無い。
今までと何も変わらないのよ。」
みずきは、自分に言い聞かせるように言った。
そう、変わらない。だから大丈夫よ、という風に…。
しばらく流れた沈黙のあと、宇都宮が穏やかに雪見たち三人に向かって語りかけた。
「みずきの事を…よろしく頼むよ。
若い頃の、たった一つの決断の誤りが、こんなにも娘を苦しめてしまった。
実の父として、この子をずっと守っていかなければならなかったのに…。
私が亡き後、みずきを支えてやって欲しい。どうかお願いします…。」
そう言いながら宇都宮は、布団に額が付くほど深くこうべを垂れた。
「宇都宮さん、頭を上げて下さい。何も心配はありません。
華浦みずきは、世界中に愛されている大女優です。みんなが彼女を守っていきますよ。
僕が…、いや僕たちが必ずみずきさんを支えていきます!」
当麻の力強い宣言に、健人と雪見もうなずいた。
皆が瞳に涙をたたえている。
みずきは、涙が止めどなく溢れ胸がいっぱいになり、今はもう何も言葉にはできなかった。
「ありがとう!これでもう思い残すことは何も無い。
今日は君たちが来てくれて本当に良かった。
雪見さん。君には何から何まで、お願いばかりで申し訳ない。
みずきは一人っ子だから、少しわがままな所もあるけど、これからも妹だと思って
仲良くしてやってくれないか?」
泣きやまないみずきに目を向けてから、宇都宮は済まなそうに雪見を見る。
雪見は指先で涙を拭き取ったあと、ありったけの笑顔を作って宇都宮に返事した。
「勿論です!こんな凄い妹の姉になれたら、すっごく嬉しい!
でも、11も私が年上だけど、絶対みずきさんの方がしっかりしてますよ。
だから私が妹になった方がいいかも。」
首をすくめて笑いながら雪見がそう言うと、すかさず当麻が口を挟む。
「大丈夫!誰が見たってゆき姉の方が、年食ってるってわかるから!」
「ひっどーい!冗談で言っただけでしょ!
当麻くんだって、みずきさんより2コ下には見えないよ!
精神年齢は十歳くらい下かな?男として、もっとしっかりしないとねっ!」
「ガーン!気にしてること言われた!立ち直れないかも。」
当麻がふざけてうなだれると、宇都宮が肩をポンとたたいて本気で励ます。
「心配するんじゃない。みずきはどうやら、頼りない男が好みらしいから。
お似合いのカップルになれるよ。みずきを頼んだぞ!」
「は、はいっ!まかせてくださいっ、お父さん!!」
「な、なにが『お父さん!』よ!本当にお調子者なんだからっ!」
病室中が明るい笑い声で満たされる。みんなの心がほんわか温かかった。
だが…。
この日見た宇都宮の笑顔が最期になろうとは、まだ誰も想像しなかった…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.319 )
- 日時: 2011/11/03 12:19
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
あれから五日目の早朝五時。
その訃報は、マネージャーの今野によって突然もたらされた。
「雪見、落ち着いて聞いてくれ。さっき連絡が入った。
宇都宮勇治が午前二時過ぎ…亡くなったそうだ…。」
「えっ!!」
雪見は絶句した。
心臓の鼓動が大きな波を打って指先にまで伝わり、ケータイを握る力も失いかける。
ガタガタと身体中が震え出し涙が止めどなく溢れ、立って居られなくなって、
朝食の準備をしていたキッチンにへたり込んだ。
「それで…華浦みずきが、お前を呼んでくれと泣いてるそうだ。
みずきのマネージャーから頼まれた。半日お前を貸してくれ、と。
大体の話は聞いたよ。驚いた。華浦みずきが宇都宮勇治の娘だったなんて…。
お前も写真を撮ってやったり、あの親子と親しくしてたそうだな。全然知らなかった。
みずきが取り乱して、葬儀の手配も進まないらしい。
午前中の取材はキャンセルしておくから、そばに居てやれ。
あ、あと通夜と告別式の間もキャンセルしないとな。」
今野は、あえて淡々と伝えたであろう。
だがその声には、雪見の心を察する優しさが込められ、心使いに感謝しながらも
雪見は小さく「うん…。」と声を絞り出すだけで精一杯だった。
電話を切り、どれだけの時間を茫然としてたのだろう。
人の気配を感じて横を向くと、健人が立っている。
まな板の上の切りかけた野菜。そんな場所に座り込んでる雪見を見て、
健人は何が起こったのかを瞬時に理解した。
「もしかして…宇都宮…さん?」
こくん、とうなずいた後は、もう声を上げて泣くしかなかった。
健人にギュッと抱き締められ、温かな胸の温もりを感じれば感じるほど、
冷たくなった宇都宮の身体に、泣きながらすがりつくみずきを想像し、悲しみが倍増する。
が、ひとしきり泣いたあと、ハッと我に返った。
「行かなくちゃ…。みずきさんが私を待ってる!」
化粧もせず、バッグ一つを手に車に飛び乗ったまではいいが、宇都宮の
東京の自宅をよくは知らなかった。
今野に聞いた住所をカーナビにインプットし、とにかく走り出す。
まだ辺りは夜が明け切らずに薄暗い。車の中でも泣くにいいだけ泣いた。
宇都宮の家の近辺までたどり着き、一旦ハザードランプを付けて車を止める。
涙の後を残さず拭いて、ルームミラーを見ながら自分自身に活を入れた。
「雪見!あんたは、みずきのお姉ちゃんになったんだよ!
宇都宮さんと約束したんだから!みずきの力になるって…。よしっ!」
自分を、勝気なしっかりした姉だと思い込ませる。
ともすると泣き出してしまいそうだが、自分の役目は、今は泣く事ではない。
宇都宮が望んだ通りの葬儀を、みずきをサポートして遂行することだ。
そう確認してから、車を宇都宮家まで走らせる。
そこは遠目からもすぐに見つけられた。
塀に囲まれた大きな屋敷の前に、高い脚立に乗った報道陣が大勢いたからだ。
「もうあんなにマスコミが集まってる!どうやって中に入ればいいんだろう…。
とにかく電話を入れてみよう。」
万が一の時に備えて、宇都宮は自宅の電話番号を教えてくれてた。
電話に出たみずきのマネージャーが、外に出て来て門の鍵を開け、車を中へと誘導してくれる。
雪見の車を目がけ、たくさんのフラッシュがたかれたが、スモークガラスのお陰で
誰が乗ってるかは判らないだろう。
駐車場から奥まった玄関までの小道を、マネージャーが先に歩きながら
みずきの様子を早口で説明した。
「申し訳ないです、浅香さん。みずきが部屋にこもったまま出て来ないんです。
僕でも手がつけられなくて…。
大きな葬儀になる予定ですが、宇都宮さんの事務所との話し合いも進まない。
遺言書には『葬儀の一切はみずきの言う通りに』と書いてあるので、
みずきが指示を出さない限り、何も準備が出来ないんです。」
「わかりました。私がなんとかしてみます。」
通された大きな部屋の真ん中で、静かに静かに宇都宮は横たわっていた。
たったの五日前…目の前で笑い語らった人が、今は物言わない亡骸となりそこにいる。
いつかこんな日が来ることは判っていた。
だがその時が今日だなんて、こんな不意打ちはないだろう。
一歩また一歩と宇都宮に近づくごとに、その姿が滲んでくる。
もう充分泣いてきたから、ここに来たら泣かないで、みずきを叱ってやろうと思ってた。
『立派に喪主を努めてみせるって、あなた、お父さんと約束したでしょ!』って…。
だけど…。やっぱり今は、私にも泣かせて欲しい。
宇都宮の顔は穏やかだった。
やっと自宅に戻れ、安心しきって熟睡してるかのようにも見えた。
横の座布団にストンと腰を落とすと同時に涙が溢れ、その涙はとどまることを知らない。
泣きながら宇都宮に手を合わせ、心の中で最期の言葉を交わし始める。
『お帰りなさい。お疲れ様でした。
ほんのわずかな時間だったけど、宇都宮さんには多くの事を学ばせて貰いました。
いや、あなたほどの名優を、こんな無名のカメラマンが写させてもらったのだから、
それを真っ先に感謝しないとバチが当たりますよね。あ!そうだ!』
雪見は突然何かを思い出し、いつも持ち歩く大きなバッグのチャックを開ける。
そこから取り出したのは、五日前に病室で写した写真のアルバムだった。
この五日間、忙しい仕事の合間を縫ってパソコン編集し、やっと昨夜出来上がった。
それを今日にでも病室に届けようと、バッグに入れておいたのだ。
そっと宇都宮の枕元にアルバムを置き、また心の会話を続ける。
『この写真も、見て欲しかったな…。みずきさんも宇都宮さんも、本当に
幸せそうな顔して写ってるんですよ。特に当麻くんなんか、もう!
…私達、必ずみずきさんの力になって支えて行きます。
だから私は今日、みずきさんを叱咤激励する姉のつもりで、ここに来ました。
私でさえこんなに悲しいのだから、娘であるみずきさんが悲しいのは当然ですよね。
でも、ずっと泣かせておくわけにもいかないんです。あなたのお葬式の準備を進めなければ…。
あなたが望んでいた通りのお式にするには、みずきさんがしっかりしないと。
私…姉としての役割、果たしてきますね。』
最後に深々と頭を下げて合掌し、涙を拭いて顔を引き締めた。
さあ、みずきの元へと急ごう。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.320 )
- 日時: 2011/11/04 16:00
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
みずきは、二階の宇都宮の寝室にいるとマネージャーから聞き、雪見は階段を駆け上る。
トントン。ドアをノックしてから「みずきさん!雪見だけど。」と声を掛けた。
だが、耳を澄ましてしばらく返事を待つが、中からは物音一つしない。
「あれ?この部屋じゃないのかな。」
そっとドアノブを回してみると、スーッとドアが開く。
恐る恐る覗いた部屋にみずきは…宇都宮のベッドに入って眠っていた。
静かにベッドサイドに腰掛ける。
みずきは布団を顔半分まで掛け、父の匂いに包まれながら泣いて泣き疲れて
眠ってしまったのだろう。まだ乾ききらない涙が、頬を濡らしていた。
人気絶頂期に仕事を極限までセーブし、空白だった親子の時間を埋めていくように、
一人の娘に戻って過ごした父との最後の日々。
楽しそうに、嬉しそうにしてたけど、本当はつらかったよね。
この日が来るのを、怯えて暮らしてたんだよね。
そしてついに来てしまったんだ、別れの時が…。
雪見は、自分の父が亡くなった時の事を思い出した。
カメラを持ち世界中を飛び回ってた父が、病気になり家に戻って来た。
まだ小学生の雪見は、父が家にずっといてくれる事が嬉しくて、その先に
別れが待っているなどという現実は、受け入れようがなかった。
あの時の私と同じだ…。
段々とそこに寝ているのがみずきではなく、幼い頃の自分の姿に見えてくる。
そう思うとみずきが可哀想で、自分も可哀想で、頭をそっと撫でながら
ポロポロと涙が転がり落ちた。
「え?雪見さん…?来てくれたんだ。ありがとう。」
みずきが不意に目を覚ましたので、慌てて涙を拭う。
「あ…、起こしちゃった?ゴメン。ね、お腹空いてない?
下にサンドイッチ、いーっぱいあったから、もらってきちゃった!缶コーヒーも。
人間どんな状況でも、お腹って空くから不思議。あと眠くもなるしね。
私も父さん死んだ時、やたら眠かったの覚えてる。
泣くってめっちゃ疲れるよね、運動した後みたいに。あ!だからお腹も空くんだ、きっと!」
雪見は一人で喋り続けた。いつもと変わらぬ調子で。
「…少しだけ食べよっ。昨日から何にも食べてないんだって?
みずきさんが倒れるわけにはいかないんだよ。これから大仕事が待ってるんだから。
ドラマの主役を務める時は、体調管理に気を付けてしっかり食べるでしょ?
健人くんも当麻くんも、おいおい、大丈夫か?ってくらい食べるよね。
それでも痩せてくんだから、主役を張るって大変なんだな、って…。」
「…当麻に…会いたい…。」
「えっ?」
やっと聞こえるくらいの小さな声でみずきが求めたものは、父ではなく当麻であった。
一瞬驚きはしたが、雪見は少し安堵した。
みずきの心が、父の死以外にも向き出したということに。
「当麻くん、凄く心配してたよ!さっき沖縄からメールが来た。
『みずきのこと、よろしく頼む。』って。
あさってには東京に戻るって。全然当麻くんからのメール、読んでないでしょ?」
「そうだ、ケータイ!どこ?私のケータイ!」
みずきはいきなり魔法から解けたかのように、ガバッと飛び起きて、
右往左往しながらケータイの在りかを探してる。
「落ち着いて!ケータイなんて、ここにないんじゃない?
私、マネージャーさんに聞いてくるから、待ってて!」
雪見はみずきにそう言い残し、階段を転げ落ちそうな早さで駆け下りて、
みずきのマネージャーに詰め寄った。
「みずきさんのケータイ、知りませんか?」
「あ、あぁ。ケータイなら僕が持ってますけど…。」
そう言ってポケットから取り出したケータイを、「もらって行きますっ!」と一瞬で奪い取り
きびすを返して、来た時並みのスピードで階段を駆け上った。
ハァハァ言いながらみずきにそれを差し出すと、「あったぁ!」と少しだけ笑顔がのぞいた。
「ありがとう。」とケータイを受け取り、受信されてた多くのメールに次々と目を通す。
と、ある所でぱったり指が止まったかと思うと、みずきの大きな瞳に
みるみる涙が溜まり流れ落ちた。
「当麻…くん?」 雪見がそっと聞いてみる。
ケータイをじっと見つめたままうなずき、また涙を流すみずきが愛しかった。
なにが書いてあるかは聞かないことにしよう。
それは当麻が一生懸命みずきに伝えたかった、愛ある言葉だろうから。
「当麻くんには、健人くんから伝えてもらったの。
一番そばにいてやりたい時に居れないのが悔しい、って泣いてたそうよ。
私にきたメールにも、『親子関係をマスコミに大騒ぎされたら、みずきは喪主を
ちゃんと出来るだろうか』って心配してた。」
「………。」
「みずきさんは、日本が誇る名優 宇都宮勇治の一人娘で、日本俳優界の大御所
津山泰三の孫で、日本一の若手イケメン俳優 三ツ橋当麻の彼女…になったんだよね?」
うつむいたまま、みずきがこくんとうなずいた。
雪見は極力穏やかに、優しく心に届くようにと、ゆっくり言葉をつないでゆく。
「そして…あなた自身は、世界に名を轟かせる若手実力派女優 華浦みずき本人なのよ。
あなたのお父さんが、生涯愛し続けた自慢の娘なの。
宇都宮さん、本当に嬉しそうだったなぁー。みずきさんが喪主を務めてくれる!って…。
自分の人生の花道を、あんな大女優になった娘に歩かせてもらえるなんて、
こんな幸せな最期はないよ!って、宇都宮さん笑ってた。」
「えっ?お父さんが?いつ?」
「当麻くんたちとお見舞いに行った日の帰り際。
みずきさんと健人くんが、先に廊下に出たでしょ?あの時、当麻くんと私にそう言ったの。
あ!思い出した!葬儀場の右上から見てるから、とも言ってたんだ!
自分が頼んだ通りの葬式になってるか、監視してるって。」
「そんなことを?…会えるんだ…。またお父さんに会えるんだ!
準備しなきゃ…。お父さんの望んだ通りにしないと、叱られちゃう!
ゆき姉、手伝って…あ!私…。ゆき姉って言っちゃった…。」
みずきが恥ずかしげに雪見を見る。雪見は笑いながらこう言った。
「いいよ、ゆき姉で。今日から私は、みずきのお姉ちゃん!…って事は
当麻くんは妹の彼氏ってわけだ!へっへっへー!面白そうな関係になったぞ!
じゃ、そろそろ準備を始めよっか。みんなが下で待ってるよ!」
「うん!」
二人は軽やかな足音をたてて階段を下りた。
これから襲ってくるであろう荒波も、しっかり手をつないで乗り切ろう!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.321 )
- 日時: 2011/11/06 05:55
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「みずきっ!」
人の大勢集まった居間にみずきが姿を現すと、皆から一斉に声が上がった。
「良かった!心配したぞ!時間が無いんだ。すぐに葬儀の打ち合わせに入ろう!」
宇都宮の事務所サイドと思われる人が、あっという間にみずきをさらって行く。
隣室の大きなテーブル周りには、宇都宮の事務所代表と、みずきの事務所代表、
両方のマネージャー、葬儀屋、コーディネーター、写真屋等々、あらゆる立場の人達が
宇都宮勇治最後の大舞台を作り上げようと、すでに席に着いて待っていた。
それにしても凄い人の数!
時間と共に人の出入りが一層激しくなり、芸能事務所関係者と思われる人達が、
ケータイ片手にあちこちと、慌ただしく連絡を取り合っている。
遺体の安置してある居間に続いた広い和室にも、早々に訃報を聞きつけ駆けつけた
近しい人々が溢れかえり、泣いたり眉をしかめて話し込んだり騒々しい。
あれじゃ宇都宮さん、ゆっくり寝てもいられないや。可哀想に…。
みずきから引き離された雪見は、誰も知る人のいない人混みに、ぽつんと
置き去りにされた迷子のように、ただその場に立ち尽くしていた。
『取りあえず役目は果たしたし、ここにいても邪魔になるだけだから、
一旦家に帰ろっか…。
でも、みずきさん、何か食べてくれるといいんだけど…。』
遠くのみずきに目を向けると、真剣な表情でみんなと打ち合わせをしている。
葬儀の準備に関しては、どうやら心配はなさそうだ。
だが、すでに憔悴しきっているのは明白で、ノーメイクのせいか顔色も悪い。
近くにいて世話を焼いてやりたいのは山々だが、今は葬儀の段取りに皆が忙しく、
どこの誰とも判らぬ雪見が入り込む隙間など、皆無であるのは明らかだった。
『大丈夫かなぁ、みずきさん…。心配だけど仕方ない。
仕事が終ってから夜にでも、また様子を見に来よう。』
誰も雪見になど気にも留めてないので、そのまま静かに帰ろうとした。
が、その時である。
「津山泰三さんが到着しましたっ!」と大声が聞こえた。
「おじいちゃん!」
その声に反応し、みずきがガタッと椅子を揺らして立ち上がる。
「ちょっと、ごめんなさい!」と言いながら、人をかき分けて玄関へと出て行った。
やがて人の壁が二つに割れ、あいだから出て来たのは、みずきが押す車椅子に乗った
津山泰三であった。
ざわついていた部屋が、一瞬でシーンと静まり返る。
雪見も、そのやつれ果てた津山の姿に息を飲んだ。
近くにいた人達のひそひそ話によれば、津山は宇都宮の最期をみずきと共に看取った後、
その場に倒れてそのまま入院したらしい。
「津山さん、大丈夫ですか?あまりご無理をなさらずに…。」
宇都宮の事務所の幹部らしき人達が、車椅子をぐるっと取り囲み、津山に弔問の礼を言う。
二言三言、言葉を交わして津山は、みずきに手を借りて車椅子を降りたあと、
一歩ずつ踏みしめて宇都宮の枕元へと座り、あぐらをかいた。
「ゆうちゃん、遅くなってごめんよ。一人で退屈だったろ。
舞台の準備が出来るまで、俺と一杯やって待ってよう。
家からとっておきの酒を持ってきたぞ!
ゆうちゃんが退院したら、一緒に飲もうと思ってた酒だ。おい!酒と茶碗を頼む!」
津山が、マネージャーに持って来させた日本酒の一升瓶を抱え、湯飲み茶碗二つに酒を注ぐ。
そのうちの一つを宇都宮の枕元に、もう一つを自分が持ち「お疲れ!」と言いながら、
ぐびっぐびっと中身を飲み干した。
「おじいちゃん!ダメよ、朝からそんな飲み方しちゃ!」
それを目撃したみずきが、再び打ち合わせを中座して津山に駆け寄る。
「どうだ、みずき!お前も一緒に飲まないか!」
「なに言ってるの!私は今それどころじゃないのよ!
お願いだから、大人しくしててちょうだい!」
みずきが苛立ちを隠せずに声を荒げた。
が、すぐに言い過ぎたと気付き「ごめん、おじいちゃん…。」と目をそらして謝ったあと、
打ち合わせの席に素早く戻った。
気まずい空気が部屋に重く垂れ込める。
だが皆は、何も見なかったふりをしてお互いお喋りを再開し、誰も津山の側に
近づく者はいなかった。
叱られて津山は、またひとり背を丸めて酒を注ぐ。
その姿に大御所俳優の威厳や光などはどこにもなく、ただの老人にしか今は見えない。
その一部始終を片隅で見ていた雪見は、その『ただの老人』が可哀想に思えて仕方なかった。
無二の親友を亡くし、どんなにか悲しみに打ちひしがれていることだろう。
それを涙ではなく酒によって紛らわそうとしてるのが、痛いほど伝わってくる。
『誰かそばにいてあげてよ!』
そう心の中で叫んで辺りを見回しても、誰もそんなことを気に留める者もなく、
それぞれが自分のことに忙しい。
雪見は一層『ただの老人』が哀れに思え、あろうことか次の瞬間無意識に
フラフラと歩き出し、気が付けば津山の横に座っていた。
「あの…。もし良かったら、私もご相伴させてもらっていいですか?」
その時の津山の驚いた顔といったら!
だが一番驚いたのは、そんなセリフを吐いて津山の横にいつの間にか座ってる
当の雪見本人だった。
「あ!いや、その…私、なに言ってるんだろ!ごめんなさい!失礼致しました!」
そう言って漫画のように、ピューッと立ち去ろうと立ち上がった時、
津山がガシッと雪見の手首を掴んで笑顔で見上げた。
「わしに付き合ってくれるのか?お嬢さん!そりゃ嬉しいぞ!まずは一杯。」
津山は、丸いお盆にたくさん載ってる湯飲み茶碗から、シワシワの手で
一つを雪見に差し出し、一升瓶を抱える。
雪見はもう引っ込みが付かなくなり、腹を決めて座り直し、茶碗を両手で受けた。
「ゆうちゃん、良かったな!綺麗どころが加わってくれたぞ!
やっぱり酒の席には若い娘がいないとな。楽しい宴会になりそうだ!」
どうやら津山は、一度『秘密の猫かふぇ』で雪見と飲んだ事を忘れているようだ。
と言うか、すっぴんで着の身着のまま飛び出して来た雪見に、気付くはずはなかった。
『宴会ぃ?さすがの私でも、朝から日本酒はきっついなぁ!
一杯ぐらいならって思ったんだけど。でも…。』
本当に嬉しそうに酒を飲んでる津山を見て、まっ、いいか!と開き直った。
忙しいみずきに代わって、自分が少しでも役に立てるなら。
そこに眠ってる宇都宮も喜んでくれるなら、それでいいやと思った。
午後からは健人くんと一緒に、雑誌の対談なんだけど…。
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