コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.237 )
日時: 2011/07/07 12:46
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

「はぁぁ…。」

歌い終わって雪見は、またしても大きく息を吐いた。
息を吐ききる事は、自らを現実に戻す作業のようにも見える。

しかし、この静けさは一体なんだ?
ラジオ番組なのに、しばしの沈黙が続くのはいかがなものか。

「ちょっと!歌い終わったんだから、なんか言ってよ!
人をムチャ振りで歌わせといて、この沈黙はあんまりじゃない?
これ聞いてる人が、ラジオ壊れたかと思うでしょ!
ごめんなさいね、みなさん!決してあなたのラジオ、壊れてませんから。」
雪見が、ボーッとしてる健人と当麻に向かって、渇を入れる。

「ご、ごめん!なんか初めて聞いた時よりも、胸が詰まっちゃって…。
うまく説明できないけど、細胞の一つ一つにゆき姉の言葉が入っていった気がした。」
健人がやっと我に返って、慌ててコメントする。

「俺も危うく、また泣くとこだった!やっぱゆき姉って、ただの猫カメラマンじゃないね。
こっちが本職で、カメラマンは世を忍ぶ借りの姿じゃないの?」

「失礼だね、当麻くん!なんてこと言うの!れっきとした猫カメラマンですけど、なにか?」

ふとガラスの向こう側に目をやると、なぜかスタッフが全員で、あたふたと
右往左往しているのが目に飛び込んできた。

「はぁ?みんな、どうしちゃったんだろ?なんかあったのかな?
ま、まさか、私がまだレコーディングもしてない歌を、公共の電波に乗せちゃったから
なんか問題になっちゃってるとか…。
やだぁ、だから言ったでしょ!事務所に怒られる!」
雪見は、完璧に自分の歌のせいで、苦情でも殺到しているのだと思い込んでいた。

健人と当麻も理由は解らないが、何か大変な事態が起きていることだけは間違いないと、
スタッフたちの様子を見ながら内心ビビッていた。

ディレクターからの指示も、もらえる状況じゃなさそうだし、
とにかく三人でこの場をつなぐしかない。

「ね、ねぇ、健人は俺たちのデビュー曲、どう思う?
俺、あんなかっこいい曲もらえて、メチャ嬉しいんだけど。」
当麻の視線は健人ではなく、ガラスの向こうに行っている。

「あ、あぁ。俺も大好きだよ、あの曲。きっとみんなにも気に入ってもらえると思う。
ダンスもまだ練習中ではあるけど、ほぼ完璧に近づいてきてるよね。
これまた、ダンスもカッコイイんだな!みんなにも覚えて踊って欲しい。」

「これ、忘年会なんかで完璧に歌って踊れたら、一気に人気者になれるよ絶対!
今年の忘年会、女子はゆき姉の歌、男子は俺たちの歌で決まりだねっ!」

「当麻ぁ!だからCD発売は来年の1月5日だって、さっきから何回告知してんの?
今年の忘年会は間に合わないの!」健人が呆れたように当麻を見た。

「そうだった!おっしいねぇ!てことは紅白も無理だって事?」

「あったりめーだ!どこ狙ってんのよ、当麻は。びっくりするわ!」


その時だった!ディレクターからやっと当麻に指示が来た。
曲を一曲挟め、との事。ガラスの向こうにOKサインを出す。

「では、ここで一曲お届けします。尾崎豊で『I LOVE YOU 』。
健人ぉ、愛してるよ!」

「だからぁ!新聞に載るっつーの!」


「はい!曲に入りましたぁ!」の声と同時に、三上が重たいドアを開け
当麻の元に飛んできた。

「おいっ!大変な事になってるぞ!
雪見ちゃんの歌が大反響で、問い合わせの電話やファクス、メールがパンク状態だ!
それに、すでに外には報道陣が集まり出したらしい!」

「ええっ!うそっ!?」三人が驚きの声を上げた。

「取りあえず、ここにある分のメールを紹介しとけ!もう少しでエンディングだから、
あまり時間は割けない。残りはまた来週紹介します、とでも説明して
課題曲に移る。じゃ、あとは頼んだぞ!」
それだけを早口でまくし立てると、小走りにブースを出て行った。

「なんか、大変な事になっちゃってるよ…。」
健人が、まだ収まる気配のないスタッフの慌てぶりを横目に、茫然としている。

「どうすればいいの?私。絶対に怒られるよ、常務に…。」
ガラスの向こうで今野が、ずっと誰かと電話してるのが気になった。

「とにかく落ち着こう!俺がメールを読んでる間に落ち着いて!
課題曲を失敗するわけにはいかなくなったから…。
これを失敗したら、きっと一生後悔するよね?」
当麻の言葉に二人がうなずく。

「曲、あと十五秒で明けます!」

「よし!最後まで頑張るよ!」当麻が自分にも言い聞かせるように、二人に言った。


「ちょっと、みんな!今スタジオは大変な事態になってます!
ゆき姉の歌に対しての反響がもの凄くて、電話、ファクス、メール共に
パンク状態になってしまいました!
せっかく感想をお寄せ頂いても、今は繋がらない状態なので、
もうしばらく待ってから感想をお寄せ下さい。

って事で、いやぁここまで反響が凄いとは!びっくりだね!
ゆき姉はどう?これ、みんなゆき姉に来たメールやファクスだよ!
時間がないから、ほんの一部しか紹介出来ないんだけど…。
じゃ、これにするかな?

えーっと。『当麻くんを始め健人くん、ゆき姉、いつも楽しく聞かせてもらってます。』
どうもありがとね!『まずはデビュー決定、本当におめでとうございます!
嬉しくて嬉しくて、飛び上がって喜びました!
特にゆき姉の歌!こんなに心に響いた歌声は、生まれて初めてです!
ちっとも悲しくなんかないのに号泣してしまいました。
これってラブソング…ですよね…。
ゆき姉にこんな素敵な歌をプレゼントされた人は、究極の幸せ者ですね!
もしかして、そこの二人だとか?
どうか、いつまでも仲良しな三人でいて下さい。
今日の課題曲も楽しみにしています!がんばれぇ〜!!』
横浜にお住まいのラジオネーム、松ぼっくりさんからのメールをご紹介しました。

なんか、ゆき姉のことなんだけど、自分が褒められたみたいで嬉しいよね!
他にもたくさんのメッセージ、ありがとうございました!
今日は時間が無くなっちゃったから、また次回にご紹介したいと思います。
じゃ、いよいよ課題曲の発表会といきますか!あー、ドキドキする!」

三人は椅子を立ち上がり、それぞれのスタンドマイクの前にたった。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

「楽しく歌おう!私達、やればできるよね!」
雪見がニコニコしながら、健人と当麻の瞳を見つめた。

「うん!大丈夫!」 「絶対いけるよ!」


三人の歌う『WINDING ROAD』も、このあと大反響を呼ぶのであった。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.238 )
日時: 2011/07/08 13:53
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

「はぁぁ〜、終ったぁ…。」

三人が課題曲の『WINDING ROAD』を歌い終わり、今日の放送は終了した。
たった三十分の放送なのに、人生で一番長い三十分であった。
いつもなら、すぐに『お疲れ様でしたぁ!」とブースを出る三人だが、
今日は精も根も尽き果てて、再び椅子に座り直す。

「どうだったんだろ?俺たちの歌。上手く歌えてたのかな…。」
健人が心配そうに当麻と雪見を見る。

「私は、歌ってて楽しかったから、良かったと思うよ!
健人くんたちも、綺麗にハモれてたから大丈夫!自信持って。」
雪見は、やっと重圧から解放されて、いつもの笑顔に戻っていた。

「三上さん!お忙しいとこすみませんが、今の俺たちの歌、聞かせてもらってもいいですか?」
当麻がマイクを通して、ガラスの向こうでまだ忙しそうな三上に話しかける。

「あぁ、いいよ!今準備させる。
安心しろ!お前達の課題曲に対する反響も相当だから。
今日は俺たち、いつ帰れるかわかったもんじゃない。
良かったな!これでお前達のデビューも、きっと上手くいく!」
ガラスの向こう側から三上が、三人に笑顔でガッツポーズを贈った。

それを聞いて健人たちは、やっと安心することができた。
凄腕プロデューサーからもらった言葉は、突然のデビュー決定から今まで、
足元の見えない不安感に怯えながら、雲の上をふわふわ歩いていた三人を
しっかりと地上に降ろしてくれた気がした。

「良かったねっ!三上さんのお墨付きをもらったよ!」
雪見がそう言うと、二人は嬉しそうに微笑んだ。


と突然、♪曲がりくねった道の先に〜 と、雪見たちの歌声が聞こえてくる。
三人は神経を集中させて自分の声や音程、ハモりのバランスなどに注意しながら聞いてみた。

ついさっき、歌い終わったばかりの歌を聴き終え、またしても三人は
「はぁぁ…。」とため息。

「ねぇ。なんかいい感じじゃね?」健人がニヤッと笑いを浮かべて当麻を見る。

「うん。もしかして完璧ってやつ?っつーか、マジ完璧でしょ、これ!
すっごくない?俺たち!」
当麻の弾けるような笑顔に、健人と雪見も笑って「凄い凄い!」と相づちを打った。

「あとは心おきなく、デビュー曲の練習に没頭出来るね。
けどさ、課題曲の練習って大変だったけど、もう三人で歌う事が無くなると思うと、
ちょっと寂しいかな。」
雪見が名残惜しそうにそう言うと、いきなり当麻が「あっ!」と大声を上げた。

「ゆき姉の騒ぎで三上さん、来月の課題曲発表を忘れてる!
まぁ、今日は仕方ないか。聞いてから帰らなくちゃ。
健人も今日はこれでおしまいでしょ?
久々に『どんべい』行って、三人で打ち上げしない?」

「それいい!賛成!行こ行こ!」健人たちがワイワイ言いながらブースを出る。

「お疲れ様でしたぁ!なんか、まだまだ忙しそうですね。
三上さん!俺、今気付いたんだけど、来月の課題曲、発表し忘れてますよ!」

「あぁ、いいの。しばらく休止にするわ。お前もデビューの準備で忙しくなるし。
帰るのか?外は報道陣が詰めかけてるって、一階の受付から連絡入ってたから
気を付けて帰れよ!俺らはお前達のお陰で残業だ!」
そうは言いながらも、三上はニコニコと上機嫌である。
予想以上の大反響に、これは勝算有り!とにらんだのであろう。
忙しさも嬉しい悲鳴と言ったところか。

だが、三人が出て来るのを待っていた、健人と当麻のマネージャーは、
嬉しい悲鳴どころか本物の悲鳴を上げていた。

「今日はここから出るのが、至難の技になるぞ!
三上さんが言った通り、外は報道陣とファンでごった返してる。
明日は三人で記者会見することが決まったから、詳しくは明日の会見で話します、と答えろ。
今日はこのまま事務所に直行して、常務と打ち合わせだ!」
今野の話に三人は、『どんべい』がぁ…とがっくりきた。

「しゃーないね。打ち上げはまた今度にしよう。じゃ、行きますか!」

当麻たちは、まだリスナーからのファクスやメールの整理に追われているスタッフに
労いの言葉をかけ、恐縮しながらスタジオを後にする。
当麻のマネージャー豊田が、外に出てマスコミ対応をしている間に
健人たち三人は、今野の車で事務所へ向かうことにした。

地下駐車場までエレベーターで下りる。
今野のワゴン車に乗り込み地上に出た途端、車の周りを報道陣やらファンに、
一瞬にして取り囲まれてしまった。どうやっても前に進めない。
豊田が、「危ないですから退いて下さーい!」と、車の横で声を張り上げているが
誰もそんな事、聞いちゃいない。

「しょうがない、当麻。窓を半分開けて、明日会見場で待ってます!とでも笑顔で言っとけ。
あいつら、写真の一枚でも撮らないと社に戻れないんだろうから。」

「了解です!ゆき姉、写真用のいい顔しといてよ!」

「写真用のって、どんな顔してればいいのよ!」「普通でいいから!」
初めての出来事に焦りまくっている雪見を、真ん中に座る健人がなだめた。

「じゃ、開けるよ!」
当麻が窓を開け始めた瞬間から、もの凄い数のフラッシュがたかれ
雪見は目が眩み、いい顔どころではなくなった。

「せっかく集まっていただいたのに、すみません!
明日の会見でご質問にはお答しますから。みなさんのお越しをお待ちしてます!
あと、ファンのみんなぁ!1月5日、CD買ってねぇ!」

当麻と健人は、余裕の笑顔でピースサインを、多くのカメラに向かってサービスした。
二人の奥に座った雪見に、そんな恥ずかしい事が出来る訳はない。
しかも写真用のいい顔なんて…。

「よし!窓を閉めて車を出すぞ!」今野が静かに車を発進させる。
ホッと一安心してるところで、当麻のケータイにメールが届く。

「あっ!香織さんからだっ!」当麻の嬉しそうな顔!

「何だって?早く教えて!」雪見が健人を乗り越えるようにして身を乗り出す。

「ラジオ聞いてたよ!だって。三人の歌が凄く良かったって書いてある。
ゆき姉のデビュー曲も良かったと伝えてくれ、って。」

「えーっ!当麻くんへのメールだけで済まそうとしてるな!さては。
で、そんだけじゃないでしょ?他にも書いてあるでしょ?
なに、そのニヤついた顔は!早く教えなさいよ!」

「今度、デビューの前祝いしなきゃねっ!だって…。俺と、って事?
そうだよね、健人!俺と二人でって意味でしょ?」

「うん、まぁそうなんじゃない?良かったね、当麻!」

香織の性格からして、二人きりって意味じゃないだろうなぁ…とは思ったが、
当麻があまりにも一人で盛り上がってるので、ほっとくことにする。


さぁ、もうすぐ事務所に到着だ!雪見は顔と心をキリッと引き締めた。

アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.239 )
日時: 2011/07/09 15:42
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

事務所の入ったビルの前にも報道陣はいたが、守衛さんががっちりガードしていて
セキュリティーも厳しいので、混乱になることはなかった。

真っ直ぐ会議室に行くとまだ誰もいないので、今野が小野寺を呼びに会議室を出て行った。
しばし三人だけでおしゃべりを楽しむ。

「ねぇ。常務、俺たちのユニット名、なんて付けてくれたかな。」
健人が当麻に聞いてみる。

「かっこいい名前だといいね。なんかドキドキしてきた、俺。」
雪見はすでにアーティスト名を付けてもらったが、健人と当麻は今日、
名前をもらうことになっていた。

「私は明日の会見の方がドキドキだよ!一体私に何を話せって言うの?」

「それをこれから打ち合わせするんじゃん!大丈夫だよ。俺も当麻も一緒なんだから。」


そこへ「待たせたな!」と言いながら、常務の小野寺が入って来た。
三人とも背筋がピンと伸びる。
小野寺の後に続いて今野…ともう一人、雪見の知らない女性が入って来た。
誰?と思っていると、健人と当麻が同時に「夏美さん!」と声を上げた。

「お疲れ様!二人とも頑張ってるようね。」
その、美夏さん!と呼ばれた女性は、健人たちに向かって柔らかな微笑みを見せる。
誰なんだろう、この人…。

「紹介しよう、小林夏美くんだ。
彼女には今日から、雪見ちゃんのマネージャーを務めてもらう。」

「えっ!私のマネージャーさん、今野さんじゃなくなるんですか?」
雪見が驚いた顔をして、小野寺を見た。

「今日の反響からすると、明日の記者会見以降、取材申し込みなど
仕事が殺到するのは間違いない。
この先、今野一人で二組のアーティストを担当するのは不可能だ。
だから小林に急遽、雪見ちゃんのマネジメントをお願いした。
彼女はここ何年か、タレントのマネジメントからは遠のいて、俺の片腕として
サポートしてもらってたんだが、こんな緊急事態だ。
来年三月まで、マネージャーに復帰してもらう。」

「よろしくね、雪見さん。けど明日からは雪見、と呼び捨てにさせてもらうけど。
常務も、いつまでもちゃん付けで呼んでちゃダメですよ。
彼女はもう立派な、うちのアーティストなんですから。」

雪見は一瞬で、彼女が只者ではないことを察知した。
年齢は雪見より少し上の35、6か?
美人でグラマー、口元のホクロがセクシーだが、冷酷なやり手ビジネス
ウーマンといった印象を受ける。
常務に意見できるのだから、かなりの人物と見た。
が、困ったことに、雪見の一番苦手とするタイプでもある。

本当にこの人が、私のマネージャーに?

「マネジメントは、彼女に任せておけば完璧だ。
年も近いし、公私に渡って力を貸してくれることだろう。」
小野寺の話に、また彼女が意見する。

「公のマネジメントは完璧だとは思いますけど、私生活に関しては私、
常務や今野さんみたいに甘いこと、一切言いませんから。
特に男関係の乱れてる新人には、容赦なく指導入れるんで、そのつもりで。」
そう言いながら、最後に雪見を見て意味ありげに微笑んだ。

絶対に健人との付き合いを指していると思った。当麻との関係も…。
だが彼女は雪見の反応を確かめるかのように、視線を外さない。
雪見は、猫ににらまれたねずみのように、身動き一つ出来なくなっていた。

「相変わらず手厳しいなぁー、夏美さんは。
雪見ちゃんは俺がここまで面倒見てきたんだから、この後もよろしく頼みますよ。
お手柔らかにねっ。」
今野が、雪見を猫から逃がしてやろうと助け船を出す。
だが夏美は、豊かな胸の前で細い腕をしなやかに組み、
「相変わらず甘いなぁ!今野さんは。」と一瞬だけニコリとしたが
そのあとの瞳は、一つも笑ってはいなかった。

雪見も健人も、当麻や今野さえも大変な事になってしまった…と思い、息を潜める。


「さあ、時間が無い!明日の打ち合わせに移ろう。」
小野寺の一声で、話題は明日の記者会見になる。

健人と当麻のドラマ撮影の都合で、会見は夜九時から行なわれることに決まった。
場所は『ヴィーナス』編集長吉川の口添えで、健人の写真集記者会見が行なわれた
出版社の大ホール。かなりの報道陣の数が見込まれていた事もあるが、
三人がデビュー後に行なわれる、五大都市ツアーのスポンサーが
『ヴィーナス』でもあるので、その告知も兼ねていた。

「会見は小林の司会で行なう。彼女ならどんな不測の事態にも対応出来るからな。
基本、外からの質問は受け付けないことにして、こっちで用意した質問を小林がして、
お前達三人が答えると言う型式で進めたい。」

「常務!肝心な事、まだ聞いてませんけど。
俺たちのユニット名と、デビュー曲の題名、早く教えて下さい!」
当麻が、早く聞きたくて待ちきれない、と言った様子で小野寺に催促する。

「おぉ、そうだった!小林、あれを配ってやってくれ。」「わかりました。」

それは明日の記者会見で来場者に配る、三人のプロフィールやデビュー曲の題名、
アーティスト名などがまとめられた資料であった。

「俺たちのユニット名は…『 SPECIAL JUNCTION 』(スペシャルジャンクション)
デビュー曲は…『キ・ズ・ナ』だって!
ユニット名、メチャかっこいい!」
当麻が大声を出して喜んだ。

「スペシャルジャンクションって直訳すると、特別な接合点って意味ですよね。
なんか、ユニット名もデビュー曲の題名も、俺と当麻の関係を表したいい名前だなぁ。
ありがとうございます!素敵な名前を付けて頂いて。」
健人が小野寺に向かって頭を下げる。

「でな。三人の全国ツアー名は、二つの名前が合体して
『YUKIMI&SPECIAL JUNCTION 絆 2011』に決定した。
『YUKIMI&』の『&』は、ここで健人たちにつながったわけ。」
小野寺が、「ナイスだろ?」と自慢げに言うと、健人たちは「すっげー!」と驚いた。

「これ、明日予定している質問だから、しっかり目を通しておいて。」
男たちの無邪気な戯れを横目に、夏美は表情一つかえずに淡々と打ち合わせを進める。

「いい?いきなり最初から、スキャンダル発覚!なんて事にはならないように、
くれぐれも頼んだわよ。」
夏美の言葉が、健人と雪見の胸を貫いた。


どうなっちゃうの、私たち…。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.240 )
日時: 2011/07/10 23:32
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: AO7OXeJ5)

記者会見の打ち合わせを終え、小野寺が「じゃ、明日頼んだぞ!」
と言いながら、会議室を出て行った。

今野や当麻たちも、夏美に何か言われる前にそっと帰ろうと、ドアに近づいたところで
「ちょっと待って!」と後ろから声を掛けられてしまった。

「会見の前に、あなた達に確認しておきたい事があるんだけど。」
夏美の言葉に全員がドキッとする。

「まずは雪見…さん。契約上、明日からは私がマネージャーです。
マネージャーとタレントって言うのは、お互いの信頼関係の上に成り立つ
間柄だってことは、あなたにも理解できるでしょ?
私はあなたをこれから、全面的に信頼しようと思ってるんだけど、
あなたはその思いに答えてくれるのよね?」
夏美は、またさっきと同じ目をして雪見をじっと見つめる。

巧みな誘導だと思った。
夏美の言う信頼とは、ここでは無論「健人や当麻とは、仲を清算してくれるのよね?」
という事を指し、イエスとしか返答しようのない言い方をして雪見を追い込んだ。

どうしよう。今の三人の関係を自分で壊すなんて、考えられない。
この関係が成り立っているからこそ、私は今ここにいるのだ。
それを自ら壊してまでデビューする意味など、どこにも存在しない。
大体、この人さえ登場しなければ、すべては上手くいってたのに…。
この人とは、どこまで行っても仲良くなれそうもない。
どうしたらいいんだろう…。

その時だった。途中で廊下に出て行った今野が戻って来て、夏美の前に立った。

「夏美さん。やっぱ俺が雪見ちゃんのマネージャー、続投することになったから!」

「なんですって!?どういう事よ!」夏美が目を剥いて今野に食ってかかる。

「健人には、サブマネージャーの及川を付けることにした。
今、小野寺さんに許可をもらってきたよ。」

「何を勝手なことを!」今野の話に夏美が唖然としている。

「そろそろあいつを、チーフマネージャーに上げてやらなきゃな、と思ってたとこなんだ。
けど、まだあいつも一人前とまではいかないから、来年三月までは
俺が雪見ちゃんのマネージャーをやりながら、健人のサブに付いて、
手の空いてる時には及川の指導をする。
まぁ、健人のスケジュールに比べりゃ、雪見ちゃんのスケジュールなんて知れてるからね。
及川さえ健人のチーフとして付いててくれれば、雪見ちゃんのマネジメントとの
両立くらいわけないさ。」
今野が雪見に向かって微笑んだ。

「いいんですか?本当に私のマネージャーさんで!?
私は嬉しいけど、でも健人くんが困るんじゃ…。」
複雑な思いで健人の顔を見る。

「俺?俺だったら平気だよ。及川さんとは年が近いから話が合うし、
好きな漫画も食い物も同じだし、今までだって一緒に仕事してきたんだから
今野さんがいなくても、全然平気さ!」

「なにぃ!?お前はお世辞でも、『ちょっと寂しいけど…。』とか言えないのかよ!」
今野の言葉に当麻が大受けした。

「ゆき姉、俺なら大丈夫だよ。安心して今野さんに付いてもらいなよ!
今野さんが付いててくれたら、これから先、何にも心配いらないだろ?」
健人が雪見の肩に手を置き、優しい笑顔で雪見を見る。
雪見は、今野の心遣いと健人の優しさ、安堵感から緊張が解け、思わず涙が滲んできた。

「あれ?またなに泣きそうになってんのさ!しょーがねーなぁ!」
健人が雪見の頭を、よしよしと撫でてやる。
その周りで当麻と今野が、二人の様子をほんわかした気持ちで眺めていた。
しかし、それを見ていた夏美が黙っているわけはない。

「ちょっと、アンタ達!私を怒らせるのもいい加減にしなさいよ!
それに今野さん!一体あなたに何の権限があって、そんな出しゃばった
真似をしてるのかしら!」
夏美の怒りは相当なものだ。

だが、今野は余裕の表情で夏美を見た。
「悪いが、部長権限ってやつでね。
俺、昨日付けでマネジメント部長を兼任する事になってさ。
君には申し訳ないが、部長の初仕事として、君のマネージャー解任を
発動させてもらったよ。あ、でも安心したまえ。
君は明日付けで、雪見くんのマネージャーになる契約だったから、
その契約を無かったことにしただけで、経歴には一切傷など残らないから。
今まで通り、常務の片腕として頑張ってくれたまえ。
あぁ、明日の司会進行だけは、しっかりと頼むよ。」

夏美はワナワナと震え、「覚えてらっしゃい!」と捨てぜりふを残して
会議室をバタン!と出て行った。


「相変わらず、こえー女だ!と言うことで、これからもよろしく!」
そう言って今野は雪見に右手を差し出し、がっちり握手を交わす。
やっと雪見に笑顔が溢れ、健人と当麻もそれを祝福した。

「でもさ。どうして今野さんは常務に、ゆき姉のマネージャーを続投させてくれ!
って、頼み込んだの?」当麻が不思議そうに今野に聞く。

「だって、どう考えても雪見ちゃんと小林じゃ、馬が合わないと思わなかったか?
タレントとマネージャーが信頼関係の上に成り立っている、とは彼女の言った通りだ。
だが、どうしたって信頼関係なんて結べるはずがない!って顔してたからな、雪見ちゃん。
分かりやすい性格だから、マネージャーとしては非常にやりやすい!」

「さすが、今野さん!」健人が笑った。
すると今野は穏やかな顔で、「お前のためでもあるんだよ。」と言う。

「えっ?俺のため?」

「雪見ちゃんがお前のそばにいるようになって、お前はずいぶん変わったんだ。
俺がお前を見てきてから、今が一番いい状態だと思うよ。
精神的にも安定してるし、仕事に対する意欲がまるで違う。
俺はお前に、もっともっと上を目指してもらいたいから、今の状態を崩させたくなかった。
雪見ちゃんと今まで通りでいたいだろ?」

「今野さん…。ありがとう。そんなに俺たちの事、考えててくれて…。」

「よしっ!じゃあ明日の記者会見の無事を祈って、これから四人で飲みながら
打ち合わせでもするか!」

「やった!もちろん今野部長のおごりですよね?」
当麻がニコニコしながら聞いた。

「さては、都合のいい時ばっかり、俺を部長呼ばわりする気だな?
お前達の作戦にみすみす引っかかってたまるか!」


男達三人は、楽しげに笑いながら会議室を出て行く。
だが後に続く雪見は、夏美が残した捨てぜりふがどうしても気になり、
先ほどまでの笑顔が半減した。

明日の記者会見、何事もなく無事に終ればいいのだけれど…。


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.241 )
日時: 2011/07/11 18:27
名前: o (ID: we2hcjMK)

わたし、あいつがよかったな…
全部ぜんぶぜんぶぜんぶ雪見の都合のいいようになっているね


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