コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.347 )
日時: 2011/12/03 12:03
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇ。なんかあの二人、めちゃめちゃ幸せそうだったね。
見てる私まで、幸せのお裾分けをもらった気分…。」

午前二時のタクシーの中。
酔った雪見が健人の肩に頭を乗せ、目を閉じてゆっくりとした口調でそう言った。
一日の締めくくりをいい言葉で終らないと、眠れそうにもなかったから…。


あれから雪見は、久しぶりにかなりの量の酒を飲んだ。
酒を飲まずして、当麻とみずきの結婚話をまともには聞けなかったと言うのが正解か。

当麻も親友に話せたことで、胸の中がすっきりしたのだろう。
酒を飲むほどに口が滑らかになり、まぁのろける、のろける!
雪見が当麻に初めて出会った時、当麻は失恋したばかりだった。
それから今まで、小さな恋はしてきても恋愛にまでは至らなかったので
今回実った大きな恋は、嬉しくてはしゃいで当然だろうと思う。
ずっと当麻の恋を応援してきた雪見も、心から「当麻くん、良かったねっ!」
と言ってあげられる。

だが…。結婚という二文字が出てきた途端、その気持ちが正反対に転がった。
別に、好きだった人が自分とは違う人を選んで結婚してしまう、だとか
そんな話ではまったくない。
なのに、弟や妹のように可愛がる大好きな二人の幸せを、素直に喜んであげられない
自分がここにいて、それがどうしようもなく悲しくて辛かった。

自分たちと比べちゃいけないと、充分わかってたはずなのに…。



それから雪見は、そんな気持ちを遠ざけるように仕事をがむしゃらにこなし、
とうとう健人の写真集発売日当日、クリスマスイヴの朝を迎えた。

案の定、緊張と興奮で三時間ほどしか眠れなかった雪見は、まだ夜も明けないうちに
そっとベッドを抜け出し、ごそごそと納戸の中からクリスマスツリーの箱を取り出す。

いつもの年なら十二月前からツリーやドアリースを飾りつけ、部屋の中をクリスマスの
インテリアに模様替えするのだが、今年に限ってはそんな暇など一つもなかった。
どうせ猫たちに飛び付かれ倒される運命のツリーなのだが、それでも子供の頃からの習慣で、
これを飾らずしてクリスマスはやってこない気がして、せっせと一人で
オーナメントをぶら下げる。

「できたっ!何とか間に合った…。あとは玄関周りを飾って今年は良しとしよう。
あ!肝心のプレゼント、プレゼントっ!」

子供の頃おばあちゃんに連れられて、たった一度だけ健人の家でクリスマスパーティーを
やったことがある。あれは何歳の時だったか。

その時以来、初めて一緒に迎えるクリスマス。
本当は家でご馳走をいーっぱい作り、二人でシャンパンを開け語り明かしながら、
十二時を回った頃に「はいっ!プレゼントっ!」と渡したかったのだが
今日の夜も明日の夜も、出版記念の打ち上げやらミニライブの打ち上げやらが入ってて、
二人きりのクリスマスパーティーは今年はおあずけだ。

「うーん、どのタイミングで渡そうか…。」
ここ一週間、空いてる時間すべてをプレゼント探しに費やして選んだ、大事なプレゼント。
健人は喜んでくれるだろうか…。


「おはよっ!いよいよ今日だね。いい天気で良かった!
あれっ、クリスマスツリーじゃん!なんで横になってんの?」
雪見が朝食の支度でキッチンに入ってると、健人がどうやら起きてきたようだ。

「あ、おはよっ!あぁ、ツリーね。もう倒しちゃった?
もちろんラッキーたちの仕業に決まってんでしょ!今、朝ご飯出来るから。」

カフェオレとピザトースト、ベーコンエッグに野菜サラダの朝食を、
雪見はため息をつきながら食べている。

「ねぇ、朝ご飯食いながらため息はやめてくれる?
今日なんて、そんなに緊張することないから!ただの出版会見だけだよ?
ちょっとの時間テレビカメラの前に立って、写真集の事話すだけでしょーが。
しかも俺と一緒なのに。」
ピザトーストを頬張りながら、健人がなんの緊張感もなくサラッと流す。

「そりゃ健人くんは今まで何回も、同じ経験してるかもしれないけど、
私にとっては初めての事なのっ!
猫の写真集出したって、そんなことしないもん!
はぁぁ…、だめだ。ぜんぜん喉を通らないや。私の分もあげる。」

「そんなに食えねーよっ!」


午前九時。今野の車に揃って乗り、会見の行なわれる書店に到着。
地下駐車場に降り立ち、二人顔を見合わせた。
そこは『秘密の猫かふぇ』が入る本屋のビルだったのである。

「こんな偶然って、あり?」

会見は書店の開店時刻、十時ちょうどに一階のエントランスで行なわれる。
今回、握手会やハイタッチ会は行なわれないが、予約客には明日のミニライブ招待券が渡され、
しかも会見の様子を遠巻きながらも見れるとあって、すでに外には寒空の下、
ビルの周りをぐるりと取り囲むように予約客が並んでいた。

五階にある応接室がついたてで区切られ、二人の控え室になっている。
『ヴィーナス』から進藤と牧田が駆けつけ、二人のメイクと衣装を担当した。

「おめでとう!やっと今日だね。なんかこのプロジェクトに参加してから、
もう随分経った気がする。
あ、もう少ししたら吉川編集長と阿部ちゃんも来るから。」
雪見にメイクをしながら進藤が、後ろから声をかける。

「はぁぁ…。もう心臓がちぎれそう。どうしよう、倒れるかもしれない…。」

「大丈夫!毎回そう言って、一度も倒れたことなんてないでしょっ!
健人くんが隣りにいるんだから、倒れたって支えてくれるよ!」
進藤が雪見の肩を揉みほぐしながらそう言うと、ついたての向こう側で
健人の着替えを手伝う牧田が、雪見に聞こえるように言う。

「雪見ちゃーん!健人くんがねぇ、そんなとっさには支えきれねーよ!
だってぇ!
しっかり自分で立ってないと、ダメみたいだよぉ!」
そう言いながらケラケラと笑っている。

「いいもーん!助けてくんないならクリスマスプレゼント、あーげないっ!」
着替えてメイクも完了した雪見が、ついたての向こうから姿を健人の前に現した。

「じゃーん!どうだっ!」

そこに立つ今日の雪見は、進藤と牧田の作り上げた最高傑作であった。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.348 )
日時: 2011/12/04 12:24
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「すっげ、かっこいい…。仕事の出来る一流カメラマンって感じ…。」

健人の前に現れた雪見は、真っ白な細身のシャツに茶色の細身のワークパンツ、
モスグリーンのダウンベストに、こげ茶のワークブーツを履いている。
服装のメンズっぽさに反して、長い髪はダウンスタイルでカールされ、
大きめの黒縁眼鏡をかけていた。

「コンタクト入れてるからだて眼鏡だけど、ヘアスタイルとメイクの女っぽさを
眼鏡が中和してくれてるでしょ?それに目の下の隈も誤魔化せるし。
それにしても雪見ちゃん、忙し過ぎなんじゃない?今まで隈なんて出来てた事ないもの。」
牧田が心配げに雪見の顔を覗き込む。

「うーん、忙しいのは忙しいんだけど、私の場合緊張で何時間も眠れないのが原因かな。
宇都宮さんのお葬式前から、それがずっと続いてるから…。
この先もしばらく続きそう。この眼鏡凄く気に入ったから、買い取りさせてもらえる?」

「じゃ、クリスマスプレゼントにあげるよ。これからデビューしたらもっと人気が出て、
変装用の眼鏡が必要になるでしょ?それに健人くんの私物の眼鏡とお揃いっぽいし。」

「ほんとに?やった!ありがとう、牧田さん!
なんかね、きちんとメイクして衣装を着ると、落ち着くってことが最近わかった。
その人になりきれて堂々としてくるの。今日も気分だけは一流カメラマンになった!」
先ほどまでの緊張しきった顔はどこへやら、余裕の表情さえ浮かべてる。

そこへドアをノックして、編集長の吉川とカメラマンの阿部が入って来た。
「よっ!いよいよ発売だな。おめでとう!外に並んでる客の列、見たか!?
すげぇ事になってるぞ!ここは記者会見もするから特別だろうけど、
他の店も何店か回って見たが、かなり並んでた。
ライブチケット三千五百枚なんか、あっという間に無くなる。」

「えぇーっ!?ミニライブって、そんな人数入れるんですかぁ?」
雪見も健人も人数を知らされてなかったので、メチャクチャ驚いた。

「全然ミニじゃないっ!ふつーのコンサートでしょ!ヤバっ!心臓がぁ!」
健人が胸を押さえてる。

「やだ、どうしよう!今日も絶対眠れない!
もう記者会見なんて、どうって事なく思えてきちゃった。」

そこへ書店のスタッフが二人を呼びに来た。
「もうそろそろお時間ですので、一階の会見場へお願いします!」

「よし行ってこいっ!この会見次第で、予約以外の売り上げが変ってくるからなっ!」
吉川が檄を飛ばすが、それがまた雪見の緊張感を引き戻してしまった。

「編集長、ダメですって!せっかく雪見ちゃん、いい感じだったのにぃ!」


会場を盛り上げる演出として、エレベーターで一気に下りるのではなく、
エスカレーターで徐々に姿を現す事になっていた。
会見場は一階下りエスカレーター降りてすぐ横の、広い円形エントランス。
すでに報道陣は所定の位置に並び、その後方には客が何重にも重なって、
ぎっしりと入っているそう。
先に写真集を買いに走ってライブのチケットを手に入れるか、会見を見るかは悩むところだ。

五階から、二人は並んでエスカレーターに乗る。
前方には書店の偉い人やスタッフ、二人の前後を今野と及川両マネージャーが
護衛をする形で挟み込み、その後ろに吉川や阿部が続いた。
まだ開店前なので、一般客は乗ってはいない。

「あー、やだぁ!ドキドキが止まらない!とちったらごめんね!」
雪見が健人の顔を見て、先に謝った。

「大丈夫!いつも通りやれば上手くいくから。俺がついてるって!」
そう言いながら健人は、雪見の左手をギュッと握った。

雪見はそれでハッと気付き、慌てて指輪を左の薬指から右手の薬指に移し替える。
健人は普段仕事中は指輪を外してるが、今日は二人にとって特別な日なので、
家にいる時と同じように左手の人差し指にはめていた。

徐々に一階が近づいてくる。
吹抜けになったホールなので、すでに二人の姿がチラチラ見えてるらしく、
時折キャーッと言う声が響く。

いよいよ二階を通過し、ファンや報道陣の前に姿を現す時が来た!
「ゆき姉、笑顔でみんなに手を振ろう!」 「うん!」

キャァーーッ!!健人ぉーっ!ゆきねぇーっ!

ファンの姿が見えた瞬間、耳をつんざく黄色い悲鳴が吹き抜けの大きなホールに反響し、
雪見はビックリして顔が引きつった。
しかも「ゆきねぇ!」と叫んでくれてる人が大勢いる。

「みんな、私の事も知っててくれてるんだ…。」

「もちろん!だって俺のブログにゆき姉、しょっちゅう登場するもん!
ほら、手を振って!」
健人と雪見がファンに向かって笑顔で手を振ると、ボルテージは最高潮に達した。

スッとエスカレーターを降り、報道陣に頭を下げながら一段高いステージへと上がる。
ファンの悲鳴と共に、もの凄い数のフラッシュが一斉にたかれ、雪見は目が眩んでしまった。

司会者が健人と雪見にマイクを渡し、今日発売の写真集の紹介をする。
それから二人にインタビューを始めた。
「いかがですか?ここに集まられた、大勢のファンをご覧になって。」
「もう、ビックリしました!まさかこんなに集まっていただけるとは!」
「浅香さんはいかがです?」
「はい、私もびっくりしてしまって、今足が震えている最中です。」
それから司会者の質問に色々答える時間が続く。

「斎藤さん、今回の写真集の見所はどんなところでしょう?」
「うーん、全部が見所なんですけど、特に今回はカメラマンが親戚であるゆき姉だったので、
すべて百%、素の斎藤健人で埋め尽くされてるところかな?」
「浅香さんのお薦めページを、チラッとカメラの前で見せていただけますか?」
「えーっ!お薦めページですかぁ?どこだろ?全部お薦めなんだけど…。
じゃ、お薦めその1は、このページにしちゃおかな?
当麻くんとのツーショットです!結構この二人が出てくるページも多いので、
当麻くんファンにも是非一度見てもらいたいです!
当麻くんもこれ、素の顔ばっかだよね?」
雪見が健人と二人でカメラに見えないように、パラパラとページをめくる。

「あとは見てのお楽しみと言うことで…。
今日はクリスマスイブなんで、プレゼントにも最適な内容になってます。
是非、お近くの書店でお求め下さい!」
「あら!うまくまとめて頂いてありがとうございます!
では、今日発売の斎藤健人写真集から、カメラマンの浅香雪見さんと、
斎藤健人さんでしたぁ!ありがとうございましたっ!」
「ありがとうございましたー!!」




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.349 )
日時: 2011/12/05 16:50
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

会見終了後、報道陣の撮影タイムを少しもうけた。

「あ、こっちに顔下さいっ!」
「こっちもお願いしますっ!」
右からも左からも声が掛かり、二人は忙しく向きを変える。

「すみません!写真集を二人で持ってもらえますかぁ!?」
健人が一人で持っていた写真集を、求めに応じて二人で持った。
だが…。この時のワンショットが、翌日大変な騒ぎになろうとは…。


「すみませーん!そろそろお時間ですので、これで会見を終了させていただきまーす!
ありがとうございましたぁ!」
書店のスタッフが報道陣に撮影終了を告げる。

健人と雪見はまたマネージャーらの護衛を受け、今度はエレベーターで
五階の控え室へと戻るのだが、これがまた一苦労。
向こうでスタッフが、エレベーターを開けて待っていてくれる。
だが、周りを護衛されてるとはいえファンに揉みくちゃにされ、なかなか前に進めない。

「すいませーん!通してくださーいっ!」
今野が叫ぶ。及川も叫ぶ。
雪見は先を歩く健人の腕に、離れないようにつかまるだけで精一杯。

「ごめんねぇ!ちょっとだけ通して!次の仕事に遅れちゃうからっ!」
たまりかねた健人がファンに向かって叫ぶと、みんなスルスルと一歩下がり、
雪見たちを通してくれた。

「ありがとう!またねーっ!」
健人がファンに手を振ると、再び「キャーッ!」と悲鳴が上がる。

「健人ぉー!」
「大好きぃーっ!」
「ライブ頑張ってぇ!」
「明日行くからねーっ!」

飛び交う健人への大声援に混じり、「ゆきねぇ!また健人の写真撮ってねー!」
「ゆき姉の歌、大好きー!」と言う声が聞こえる。
雪見は、思いがけない自分への声援が嬉しくて「ありがとう!また頑張るねーっ!」
と、思わず答えてしまった。

やっとエレベーターに乗り込み、二人はドアが閉まる瞬間まで手を振り続ける。
エレベーターが一階を離れたと同時に、初めて肩から力がスッと抜け、
「はぁぁ、終ったぁ…。」と雪見からため息が漏れた。


「いやぁー、お疲れっ!良かったよー、さっきの会見!」
先に控え室で待っていた吉川編集長が、やっと到着した健人と雪見に歩み寄り、
両手を差し出して力強く握手をする。

「もう早ツィッター上で、かなりの大反響らしい。当麻ファンの関心も高いようだ。
これから相当な部数が期待できるんじゃないか?本当に楽しみだよ!
で…だな。急遽で申し訳ないんだが、もう一ヶ所だけ二人に顔出して欲しいんだ。」

「えっ?」

サプライズで登場した書店でも二人は大絶叫を浴び、揉みくちゃにされながらも
笑顔を振りまいて、無事発売日当日のイベントをこなし終えた。


「はぁぁ、終ったぁ!あとは明日のミニライブで、写真集のイベントは
全部終る…。けど最後が一番の大仕事だ!」
やっと乗り込んだ今野の車の中で、健人が大声で言う。

「今野さんは知ってたんでしょ?ミニライブが二千人から三千五百人に増えたって。
教えてくれれば良かったのにぃ!」
健人の隣で雪見が、口を尖らせて今野に文句を言った。

「バッカ野郎!そんな事、口が裂けてもお前に言えるか!
ただでさえ緊張しいなのに、前もって言ったら一睡も出来なくなって、
仕事どころじゃないだろーが!
本当は当日まで言わないって常務と話してたのに、まさかあそこで吉川さんに
バラされるとはなぁ…。でもそう言うことだから、頑張るしかないぞ!
全国ツアーの予行練習だと思えばいいんだよ。いきなりのツアーよりは良かったと思え!」

「思え!って言われても…。やっぱり眠れない…。」


それから健人をドラマの撮影現場へ送り、雪見は会見の衣装のままホテルのラウンジで
雑誌のインタビューを四件こなした。

お互いその後の仕事もすべて終え、写真集の打ち上げ会場に駆けつけたのは午後八時過ぎ。
『ヴィーナス』編集部員からそれぞれ花束をもらい挨拶をし、みんなと
労をねぎらいながら乾杯を繰り返す。
だが翌日を考えて、乾杯の割にはそれほど飲みはしなかった。


その日二人がマンションにたどり着いたのは、十二時を回る頃。
リビングに入ると、やっぱりツリーは倒されていた。

「あーあぁ!オーナメントもバラバラ!ま、しょうがないっか…。
一日中、二匹でお留守番だもんね。
よし!君たちにもクリスマスプレゼントをあげなきゃねっ!」
そう言いながら雪見は、新しいおもちゃと高級缶詰を出してくる。

「ほらっ、食べなさい!こんな夜中に食べられるのは、特別だからねっ!」
雪見がしゃがみ込み、二匹が美味しそうに食べる様子をじっとながめてる。
そこへ着替え終った健人がやって来て、「ほいっ!プレゼント!」と雪見の目の前に
小さな箱を差し出した。

「えっ!私に?そんな時間なんてないかと思ってた!開けてみていい?」

「もちろん!」
それは可愛いパールのピアスであった。パールは雪見の誕生石である。

「すっごい可愛いっ!よく知ってたねっ!6月の誕生石がパールだなんて。」

「それぐらいは知っとるわ!っつーか、6月しか知らないんだけど。」
健人がえへっ!と照れ笑いをした。

「だと思った!でもありがとう!すっごく気に入った。
忙しい健人くんが、私のためにプレゼントを探しに行ってくれたって事も、
めっちゃ嬉しい!じゃ私からのプレゼント!」
そう言って雪見がバッグから取り出したのは、長細い箱である。

「メリークリスマス!本当は家でご馳走食べながら渡したかったんだけど。開けてみて。」
雪見からのプレゼントは、健人が大好きなブランドのシルバーのペンダントであった。

「うっそ!?これ、めちゃ欲しかったやつ!やった!!なんで判ったの?
てか、どこ行っても売り切れで、ずっと手に入らなかったのに!」
健人のはしゃぎようは、欲しかったプレゼントをサンタさんが枕元に置いてってくれた!
ぐらいの子供の喜び方と一緒である。

「えへへっ!ちょっと大人の手口で手に入れました。
でも良かった!喜んでくれて。これじゃなかったらどうしようかと思った!」
実は雪見も、散々捜し回っても手に入らなかったので、商社勤めの真由子を思い出し頼んだら、
「健人のためなら!」と、あっという間に手に入れてくれたのだ。

「ありがとう!大切にするよ!」とギューッと抱き締められ、雪見は真由子に
お礼をしなくちゃね!と心の中で感謝した。


明日のライブは、このプレゼントをお守り代わりに身につけて、平常心で歌えたらいいな。

ま、絶対無理だろうけど…。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.350 )
日時: 2011/12/06 12:09
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

翌12月25日(土)。いよいよこの日がやって来てしまった。

斎藤健人写真集限定ミニライブ!…とは名ばかりの、三千五百人を招待しての
規模的には本物コンサート。
ただ、歌う曲数が健人も雪見も三曲ずつなので、ミニであることに間違いはないのだが。
開場五時で開演六時。オールスタンディングの自由席で、かなりの人が
クリスマスの寒空の下、外に何時間も並ぶことが予想された。

やはり雪見はいつものごとく、緊張して早くに目が覚める。
カーテンをそっとめくり外の様子を伺うが、冬の朝五時はまだ真っ暗で、
今日の空模様がどうなのかはわからない。
取りあえず今のところ、雨も雪も降ってなさそうでホッとする。

『雪が降って無くても寒いよねぇ、絶対に…。みんな、温かくして並んでね…。』

申し訳ないなぁと思いつつ、会場を埋め尽くす三千五百人を想像したら
緊張が高まって、ブルッと震えがきた。

三曲中二曲をピアノで弾き語りするので、それが心配でたまらない。
普段家で緊張感なく弾く時は、スラスラ指が勝手に動くのだが、家で弾くのと
大聴衆を前にして弾くのとでは訳が違う。
いくら練習したところでこの緊張感に打ち勝たない限り、どうにもならない事ぐらい
判ってはいるが、それでも不安を1㎝でも小さくしたくて冷え込む早朝、
ヘッドフォンをして電子ピアノの前に座った。

鍵盤から音を出さないと、自分の心臓音がやたらと耳に響く。
それを聞くと益々ドキドキが激しくなるので、エンドレスでグルグルと弾き続けた。

どれぐらいの時間が経ったのだろう。
心を無にして弾いてるうちに、今度は歌いたい気持ちが次から次へと溢れ出て、
いつの間にか雪見は弾き語っていた。

一曲歌い終わるその時、後ろからふわりとブランケットが肩を覆う。
えっ?と思い振り向くと、そこには健人がにっこり笑って立っていて、
唇が「おはよう」と動いたかと思うと、後ろからギュッと抱き締められた。

健人が雪見のヘッドフォンを外す。
「ごめん!私、大きな声で歌ってたんでしょ?起こしちゃって、ごめんねっ!」
雪見が両手を合わせて謝った。

「今の歌、凄く良かった!ベッドの中でボーッと聞いてたけど、ゆき姉を
抱き締めたくなる歌だった。
今みたいに歌えばいいんだよ!絶対みんな感動するから!」

健人は、ずっと緊張が続く雪見を、なんとかしてあげたいと思ったのだろう。
そっと優しいキスをして、「大丈夫!必ずちゃんと歌えるから。」と、
呪文をかけるように耳元でささやいた。

「ありがとう。そうだよね、いつも通りに歌えばいいんだよね…。
大勢のために歌うんじゃなくて、いつも通り健人くんのために歌えばいいんだ…。
お願いだから、私が歌う時はそばにいてね。」
すがりつくような瞳が愛しくて、この人は俺が守ってやらなきゃダメなんだと、
健人は再び雪見を温かく包み込んだ。

「心配すんなって!ゆき姉には俺がついてるし、俺にはゆき姉がついてんだから!
お互い怖い物なしだろ?最強じゃん!俺たちのコンビ。」

健人の屈託のない笑顔が、雪見に力と勇気を与えてくれる。
そうだった。私のそばにはこの人がついててくれるんだ!
そう思うと胸の高鳴りもおさまって、平常心が舞い戻ってきた。

「なんか、お腹空いた!朝ご飯の支度をしようっと!」

朝7時。テレビをつけてニュースを見ながら二人で朝食を摂る。
しばらくすると、芸能ニュースのコーナーが始まった。

「あ!昨日の記者会見だ!」
いきなり二人が大写しになり、雪見はドキドキした。

「やだなぁ!こうやって見ると昨日の私達って、めっちゃ年が離れて見える!
健人くんの衣装が可愛すぎ!」

「あれ?聞いてなかったの?わざと年の差をつけるような衣装にしたって
牧田さんが言ってたよ。うちの常務からの注文だって。」
健人がカフェオレを飲みながらそう言った。

「そうなの?それにしてもなぁー。」

「まぁいいじゃん!このゆき姉、カッコイイもん。
本当にバリバリ第一線で活躍するカメラマンに見える!」

「ごめんね!ほんとは猫カメラマンで。」

この時は、朝食を摂りつつ笑いながらテレビを見てたので、別に何も感じなかった。
だが午後からのワイドショーがある場面に注目し、その騒ぎは突然にして
巻き起こったのである。


健人は午後三時頃まで、ドラマの撮影があるので出掛けて行った。
雪見も午前中だけ、どうしてもと頼まれている大物俳優のポートレート撮影のため、
都内のスタジオへ自分の車で向かう。

「初めまして!浅香雪見と申します。今日はよろしくお願いいたします!」

「こちらこそ、よろしく!今朝芸能ニュースで、君の事を見てきたばかりだよ!
こんな旬の美人カメラマンに撮ってもらえるなんて、俺はラッキーだね!」
テレビのバラエティー番組で見たままに、その人は口が上手かった。

「あらっ、そんなにお褒め頂いたら、いつもより二割り増しぐらい男前に
撮らないといけませんねっ!」

「おおっ!君もなかなか言ってくれるねぇー!どんな写真になるのか楽しみにしてるよ!」

雪見は人物写真をこなすにつれ仕事に自信がつき、それと同時に撮影相手の
より一層いい表情を引き出すための話術も身につけていた。
確実に自分の中でのステップアップを感じ、すべては亡き宇都宮のお陰と感謝する。


撮影を無事こなし、久しぶりに大好きなドーナツショップで、ホッと一息入れることにした。
「こんにちは!ご無沙汰してました。」
健人ファンだと言っていた、顔なじみの店員に声を掛ける。

「うそっ!雪見さんっ!来てくれたんですか?今日ライブがあるのに!」
びっくりした顔の後に、ぱぁーっと笑顔が弾けた。

「私昨日、記者会見場にいましたっ!今日もライブに行きます!
やだ、うそみたい!本物の雪見さんだぁ!」
思わず声が大きくなったので、「シーッ!」と人差し指を口に当てる。

「まだそんな有名人じゃないんだけど、今朝テレビに出たから。
あ、オールドファッションとフレンチクルーラーに、カフェオレお願いねっ!」
注文の品を受け取り、食べながらこそこそと写真集の感想なんかを聞いてみる。
話が弾んでいるところに今野からの電話が入り、急いで店の外に飛び出して電話に出た。

「もしもし!お疲れ様です!」
「お前、今どこにいるっ!」
「え?ドーナツ屋さんでコーヒー飲んでたんですけど…。」
「なに呑気な事言ってんだよっ!すぐにそこを出て、早くに会場入りしろっ!
記者が詰めかけて捕まる前になっ!」

「ええっ!?」

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.351 )
日時: 2011/12/07 09:00
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

雪見は、今野の言ってる意味がよく飲み込めなかった。

「あのぅ、記者につかまる前にって…私に取材が殺到してるとか?
もしかして写真集、もうそんなに評判になっちゃったりしてますっ?」
ちょっと嬉しくなって、可愛い声で聞いてみる。
すると電話の向こうから聞こえてきた返事は、まったく予想外のものだった。

「バッカ野郎!取材の意味が違うんだよっ!お前と健人の事がバレそうなのっ!
詳しいことは後で話すから、とにかく記者より先に会場に入れっ!俺もすぐに向う!
あ!それと、健人からもらった指輪だけは外しておけよっ!」
それだけを早口でまくし立て、今野にガチャンと電話を切られた。

「うそ…。バレそうって、どうして?一緒に住んでるのがバレたの?
写真を撮られたってこと…?」

茫然と立ち尽くす雪見。それをさっきの店員が接客しながら、心配そうに見ている。
雪見は、とにかく急いでここを出なくちゃ!と我に返り、店に飛び込んで
席に残してきたカメラバッグを手にした。

「ごめんね、急用が出来ちゃった!また今度ゆっくり来るから。
じゃ、気をつけてライブ会場に来てねっ!ご馳走様!」
平静を装い、飲みかけのカフェオレが乗ったトレイを、笑顔で彼女に手渡す。
店を出て彼女の視界から消えた途端、雪見は猛ダッシュで車を止めてる駐車場に駆け出した。

駐車場からは、どこをどう車を走らせたのか記憶にない。
怖さと戦いながらやっと会場にたどり着き、車を徐行しながら記者がいないか
周りを確認していると、目の前に今野が突然現れたので驚いた。
手で、向こうに車を止めろと合図している。

コクリとうなずき、指示通り奥の柱の陰に車を止めて、身を潜めながら今野の元へと走った。
「よし、ついてこいっ!」
駐車場からつながる長い関係者用通路をひたすら小走りに、一気に控え室まで駆け込んだ。

ガチャリッ!「ふぅぅーっ…。何とか間に合った…。」
ドアを背にして今野が汗を拭う。雪見もドキドキが止まらない。

「指輪だよ、あの指輪!昨日の会見で、二人ともしてただろ!
あれに気付いた昼過ぎのワイドショーが、二人の指先をアップにして、
指輪が同じブランドで、お揃いなんじゃないかって…。」

「えっ!」
今野の言葉に雪見は凍り付く。

「取材陣の求めに応じて、二人で写真集を持った時があっただろ?
あれだよ。あのショットが大写しにされてな。
だけど俺もワイドショーを見てたが、写り方は微妙だった。
ブランドは同じにしてもデザインが全く違うし、はめてる指が健人は左の人差し指、
で、お前が右手の薬指だったから、ペアリングかどうかは判らない的な
まとめ方で、ワイドショーは終ったんだ。
なんだけど、それに食いついた週刊誌やスポーツ紙が、事務所に問い合わせてきた。」

「で…事務所はなんて…?」
恐る恐る雪見が今野の顔をうかがう。

「プライベートは一切ノータッチだが、あの二人は親戚同士だからあり得ない、って。
昨日の会見も、常務が二人の衣装に注文を出したくらいだから、疑われないために
予防線は張ってたわけだ。
な・の・に、なんで昨日に限って健人も指輪をしたまんま、会見に出たんだ?
あいつ今まで仕事中に指輪をしてた事なんて、ただの一度もなかったぞ?」
今野が訝しげに雪見の顔を覗き込んだ。

「昨日は…私達にとって特別な日だったから…。
私達は、あの写真集からすべてが始まったから…。だから健人くんも指輪を…。」
うつむいたまま雪見は、なかなか顔を上げられなかった。

色んな事が頭の中をグルグルと駆け巡る。
もし、あの指輪を買ったお店に取材の手が及んで、お店の人が万が一にも
「二つとも、斎藤健人さんが買ったリングに間違いありません!」と、
ばくろでもしたら…。
もし、二人の同棲がバレたら…。もし…。

ありとあらゆる『もし』が浮かんで、頭がパンクしそうだ。
だがその時、違う種類の感情を思い出す。

私は、世間に二人の仲がバレて、スッキリしたいと思ってたんじゃないのか?
当麻やみずきのように、隠す事なく堂々と生活したいと思ってたんじゃないのか?
あんなにも当麻たちを、羨んでいたではないか…。

結局はそうなんだ。ただの臆病者なんだ。
現にそうなる可能性が迫ってきたら、尻尾を丸めて隅っこでブルブル震えるだけだもの…。

平和な日常が崩れ、周りが変化することが一番怖い。
そう思ってるうちは、当麻らのようにはなれないと言う事を、痛いほど感じた。

「あ…健人くんはっ!?まだ二時ならドラマの撮影中?」
急に健人を思い出し、心配がつのる。

「大丈夫だ。及川に応援を三人付かせたから。あとは健人がどう対応するか…。
事務所がどうこう言ったって、結局最後は本人の考え一つで決まるんだよ。当麻みたくな…。」

今野の言葉が雪見の胸を締め付けた。
あとは健人次第…。

「今野さん…。私、どうすればいいんですか…。今なにをどうすればいいのかわからない。」
血の気をなくした顔色でうつむく雪見に、今野はしばし考え、少しの笑顔を添えて言った。

「あの指輪…付けとけよ。そして堂々と健人を迎えてやれ。」

「えっ?」

「今一番揺れてるのは健人だ。決断を迫られてる健人が一番大変なんだ。
なんせ背負ってるものが巨大だから…。多分、必死に答えを捜してるだろう。
こんな時、当麻みたいな性格なら、一つも悩まずにポンと踏み出すんだがな…。」
今野は以前から、早い時期に二人の仲を公表した方がいいと言っていた。
だから健人の事を、じれったく思っているに違いないのだ。

「それはそれで俺たちが右往左往させられるんだけど、一番本人の精神状態が良好なのは
当麻みたいな性格のやつだからな。
健人はすべてを深く考え過ぎて、精神的な疲労は相当だと思うよ。見てて可哀想になる。
だからこそ…お前みたいなやつが健人には必要なんだよ。」

「私みたいな、って?」

「一緒に居ると心が安まる奴。丸ごとの健人を受け止めて、包み込んでやれる奴。
そして…誰よりも健人を強く思う奴。それがお前だろっ?」

「今野さん…。」

「マネジメント部長としてはだよ、タレントがいかに能力を最大限に発揮できるか
常に気配りしてるわけ。
だから健人にいい仕事をしてもらうには、俺はお前が必要だと思ってる。
最終的な決断は、本人にしかできないけどな…。
お前もつらいだろうけど、今は健人を笑顔で迎えてやることだ。
そして落ち着いて、ライブをきちんとこなす!
それがこれからやるべきお前の仕事だ。わかったなっ!」

「はいっ!」






Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111



この掲示板は過去ログ化されています。