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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.16 )
日時: 2011/02/18 16:54
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「で、どうだったの?イケメンくんとのご飯は。
あの後、すぐに連絡きた?」

「うん、まあね。すごいお洒落なお店を予約しといてくれた。」

「どこどこ?なんていうお店?どこにあるの?」


真由子が身を乗り出して、矢継ぎ早に聞いてくる。


今までのパターンからいくと、この先
お店の名前から始まって、何を食べた?何を飲んだ?
何を話した?店を出た後どうしたこうした エトセトラエトセトラ
と、話は続いていくはず。

で、最後の締めは「彼と付き合うの?」と聞いてくる。

たとえそれが、ただの仕事仲間であっても古くからの知人であっても、
飲んだ相手が男とわかれば、最後の質問は「付き合うの?」
で決まりだ。


私は、夜景が綺麗に見えるお店だったことや
料理がとても斬新でお洒落で美味しかったこと。
今度、香織も誘って三人で行きたいね!などと
差し障りのない話題を長く引っ張って、
少しでも核心から遠ざけようと試みた。


だが真由子には、そんなちゃちな小細工は通用しなかった。


そんなことはどうでもいい!と言わんばかりに
いきなりショートカットで
「で、イケメンくんとは付き合うの?」
と、聞いてきた。


「ちょっと待ってよ!私、ひと言でも健人くんのこと、
好きだって言ったっけ?」

「言わなくても顔見ればわかるに決まってんでしょ?
いったい、何年の付き合いだと思ってんの!私たち。」



確かにおっしゃる通りです。

今までの男との付き合いも、一回目の食事のあとに
すぐに心を見破られた。

真由子いわく、「あんたがその男と付き合うかどうかは、
大体一回目のご飯のあとに、すぐにわかるわね。
何にも言わなくても、そういう顔になってるもん。」


そういう顔 とは、どんな顔だろう。

私、今、どんな顔してる?
鏡を見たくて仕方ない。


「付き合うもなにも、健人くんとはそんな仲じゃないし、親戚だよ?
それに年だって一回りも違うんだから!」

「でも、好きになっちゃった!よね?」

「だからぁ!私が今まで年下を好きになったためしがある?」

「無いけど、今回が初めての年下男!でしょ?
だって、あんなにイケメンでアイドルの斎藤健人にそっくりなんだよ!
そんなコと知り合いで、アドレスも知ってて、
しかも今週、実家にお泊まりするって?
そんな羨ましい状況にいて、好きじゃない!
なんて言ったら、親友と言えどもぶん殴る!」


しまった!裏目に出ちゃったよ。
真由子を怒らせちゃった。

好きになっちゃった、と素直に言った方が良かったわけ?
私的には、アイドルおたくの真由子に
これでも配慮したつもりだったんだけど…。


  え?待って!

  私ってやっぱり、健人くんのことが好きになっちゃったの?


薄々は気がついていた。自分の気持ちに。

でも、彼が生まれたとき私は十二歳で、
彼が十二歳のとき私は二十四歳で…。
今は彼が二十一歳になり、私はすでに三十三歳にもなってしまった。

どこまでいっても縮まらない二人の年齢は
自分の気持ちよりも何よりも、最優先で心にブレーキをかけていた。


アイドルには興味がない。
それは「偶像」だとわかっているから。
だから、健人がアイドルだと判って好きになったのでは
断じてなかった。

私は、子供の頃から知っている親戚の健人を、
十二歳も年下の健人を、事もあろうに好きになってしまったのだ。


「だって、おばあちゃん同志が姉妹だっていうだけでしょ?
そんなの別に関係ないじゃない。
日本の法律じゃ、いとこ同志だって結婚できるんだから。」

「そういう問題じゃなくて!
しかも、なんで話が結婚にまで飛躍しちゃうのよ。」

「じゃあ、何が問題なの?
好きなら付き合っちゃえばいいでしょ?」

「相手が私のこと、どう思ってるのかさっぱり判らないのに、
付き合うもなにもないでしょ!
だいたい、二十一の男から見れば三十三の女なんて
おばさんに見えるに決まってるじゃない!!」



声を荒げて言っている自分が、悲しかった。

自分の口から出た言葉に、自分が傷つけられた。


どうしてもっと早く、健人くんは生まれてくれなかったの…


本当は、健人があのアイドルの斎藤健人なんだと言うことを
取りあえず今は、真由子に隠しておきたかっただけなのに、
話が思わぬ方向を向いて、自分自身を追いつめた。


「ねぇ。私これからどうすればいい?」


もう自分では、自分の心の行き先を決めることが出来ずにいた。
目の前にいる真由子に教えを請うしか、今は方法を知らなかった。


「自分の気持ちに正直になりなさい。」

穏やかな声で、そう真由子は答えた。


「年のことを取っ払ったとして、雪見がもし二十代だったとしたら、
何の迷いもなく彼を好きになってたでしょ?
年齢なんて、ただのナンバリングみたいなものだよ。

たとえ四十年生きてたとしても、その人の人生に中身が無ければ
それは二十年しか生きてない人と、大して差のない人生でしょ?

それとは反対に、二十年そこそこしか生きてなくても、
人に揉まれて競争を勝ち抜いて、自分自身の力で生きてきた
二十一歳は、見た目よりもずっと大人だと思うけど。
特にあんたの親戚で、アイドルの斎藤健人なんかはね。」


「ええっ!知ってたの?健人くんのこと!!」


「あんたねぇ。
私がいったい何年、アイドルおたくをやってると思ってんの!
あの猫の写真集見た時に、一目で判ったわよ。

だいたい同姓同名で、しかも顔にある五つのホクロの位置も
全部同じなんて人、この世にいるわけないでしょ!
私の目は節穴じゃないんだから!ほんとにあんたはもぅ。」


「ごめん…。だましてたわけじゃないから。
この前、真由子に会った時は本当に、まだ知らなかったの。
私だって昨日の夜、知ったんだから。」

「あきれた!どこまであんたはニブいんだか…。
まぁ、あんたのことだから、そんな事だろうとは思ったけど。」


「ほんと、ごめん!許してくれる?」

「許すもなにも、これから作戦会議だよ!
今日は、うちにあんた泊まりだから!!さぁ、行くよ!」


そう言って真由子は、さっさと席を立って歩き出した。

私も慌てて席を立ち、真由子の後ろを歩く。


真由子に押してもらった背中が、じんわりと温かい気がした。



















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.17 )
日時: 2011/02/19 14:42
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

きれいにカットを終えた愛犬ジローを受け取り、
真由子は颯爽と歩き出した。

なぜか生き生きと、楽しそうに見えるのは気のせいか。

その後ろ姿を眺めながら歩いている雪見の両手には、
先程デパ地下であれこれ買った、美味しそうなお総菜と
赤と白のワインがずっしりと持たされていた。


「ちょっとぉ〜!重たいんだけど!」

「あんたの作戦会議用の食料なんだから、文句言わない!」


そう言って、真由子はジローだけを連れて、とっとと歩く。




真由子は、このデパートから徒歩圏内の高級マンションに住んでいる、
私と同い年で、外資系の商社に勤めるエリートOLだ。

私がフリーのカメラマンになった頃、
女性だけの異業種交流会のような飲み会で出会った。

お互い、動物好きでお酒好き。
全く異なる世界の仕事の話が面白くて、すぐに意気投合した。

片や、三か国語を操り世界を相手に仕事する、
バリバリのキャリアウーマン。
片や、ひたすら野良猫の姿だけを追い求め
日本中を旅する、さすらいのカメラマン。

同じ年月生きてきたのに、人間にはいろんな道があるものだ。


それに比べて猫たちには、飼い猫か野良猫かの
二つの選択肢しか与えられない。


幸運にも人間の家で生まれたり、ペットショップで買われたり、
あるいは拾われて連れて来られた猫たちは
ぬくぬくと温かい部屋の中で毎日を過ごし、
餌にも水の確保にも困らない。
日がな一日、のんびりお昼寝三昧の幸せな日々。

それに対して、生まれながらの野良猫や、
家飼いされていたのに、飼い主の突然の心変わりで
ある日ポーンと外に放り出されてしまった 可哀想な猫たちは、
外敵からの恐怖に怯えながらも、その日を生きるために
必死で食料を探し 水を求めてさすらう。


この天と地ほどの差がある猫の話に、真由子はとても興味を示した。

「ねぇ、このあと私の家で飲み直さない?
あなたの話、もっとたくさん聞きたいから。」

そうして雪見は真由子の家に招待され、
一晩中ワインを飲みながら、お互いの話を熱く語り合った。


あれから五年。
私たちは、結婚適齢期と世間で呼ばれる年頃を軽くかわし、
こうやって今も しょっちゅう会っては
お酒を飲み、いろんな事を語り合って夜を明かす。



「あー重たかったぁ〜!!
もう、タクシーに乗れば良かったのに。」

「なに言ってんの!こんな距離でタクシー使ったら
運転手さんに悪いでしょ!
これから一晩 飲み食いするんだから、
すこしでも先にカロリー消費しとかないと、太っちゃう。」

「ねぇ、一晩中って、まだ三時前だよ。おやつの時間じゃん。
さっき買ってきたケーキ、早く食べよ!コーヒー、コーヒー!」


そう言いながら、雪見がふかふかのソファーにどかっと腰を下ろした。

解き放たれたジローが、嬉しそうに足元に駆け寄る。


「ジローくん!また一段と男前になって良かったねぇ。」

と、雪見がジローの頭をよしよしすると
ジローは可愛い尾っぽをぶんぶん振り回し、
ぴょんと雪見の膝に飛び乗った。


「さすが雪見だよね。どんな動物でも、一度で雪見を好きになる。
ジローとあんたが初めてご対面したとき、
ご主人様の私を差し置いて あんたにベッタリだったのを、
今でも腹立つくらい思い出すわ。」

「あははっ!しょーがないでしょ。
私はこの能力だけで、ご飯食べてってるんだから。
じゃないと、どこにいるかもわかんない警戒心だらけの野良猫を、
探して安心させて空気になって写真を撮るなんてこと、出来ないよ。」

「だよねぇ。唯一尊敬するのが、その待つ姿勢!
私にはとてもじゃないけど、無理!」

「ちょっと!唯一ってなに?唯一って!」

「あんたはねぇ、仕事に待ちは必要だけど、
恋愛に待ちは必要ないから!さ、とっとと作戦会議!」



もう一度最初から、知りうる限りの健人に関する情報を
真由子に話した。

健人が生まれてから、行き来のあった小学生までの話。
一ヶ月前に十年ぶりに再会して、それから今日までの事。

健人からのメールも私からの返信も、容赦なく提出させられた。


「やだなぁー、メール。なんか恥ずかしいじゃん。」

「なに言ってんの!あんたのこの段階では、
メールこそが相手の気持ちを読み解く、重要な鍵なんじゃない!
私があんたたちの側でご飯でも食べてたら、
聞き耳立てて顔色うかがって、少しでも健人の気持ちを
探ることが出来たんだけど…。」

「やめてよ、そんなこと!
なんか、真由子だったらやりかねないから恐ろしいわ。」

「じゃ、つべこべ言わずにメール見せなさい!」


おずおずと真由子に、今までの健人からのメールを見せる。


「ふーん。これだけ?」

「そう、これだけ。」

「たったこれだけの文で、気持ちを読み解くのは難しいな。
だって、ほぼ連絡事項のみじゃん。
ま、最初の方は (^.^)チュッ とか入ってるけど、
こんなのただの男友達でも、社交辞令的に入れてくるし。」

「えっ?そうなの?ちょっと嬉しかったのに…。」

「はぁ〜っ、ダメだこりゃ。あんたは年下の男に免疫がないから、
この程度ですぐにだまされる。
それにしても健人のメールって、意外に地味だね。
もっとデコメだらけかと思った。

しかも、あんた!いっつも言ってるでしょ、香織が!
こんな字だけのメールじゃ、男が寄り付かないって。
なんでもっと、可愛くしなかったの!」

「だってぇ…。私だって送信したあと、後悔したわよ。
でも、送っちゃったものはしょうがないでしょ。」

「ほんと、しょうがないなぁー。
でも、よく考えたら信じられない!
今、あの斎藤健人の生メールを見てるなんて!!」


「ちょっとちょっと!絶対に内緒だからね!メール見たのは。
真由子を信じて相談してるんだから、間違っても
アイドルおたく仲間に自慢話とか、しないでよ!!」

「わかってるって!こんな事、もったいなくて話せません!
私が斎藤健人の親戚と、友達なんだよ?
言いたくて言いたくて仕方ないけど、これがバレたら
大変なことになるって!
しかも、もしかして、あんたが健人の恋人にでもなったら!」

「まだ早いよ!健人くんが私の事、どう思ってるのかも
わからないのに…。」

「だからの作戦会議でしょ?
まぁ、この真由子さまに任せなさい!いい考えがあるんだから。」



そう言って真由子は、昼間っから白ワインの栓を抜いた。







Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.18 )
日時: 2011/02/20 13:03
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

真由子は、自分が思いついた戦略の大まかな内容を
ワイングラス片手に、雪見に話し始めた。


「まずはメール作戦ね。
ベタな方法だけど、あんたの場合はここからスタートが妥当だわ。
まぁ、中学生並みのアプローチだけど仕方ない。

とにかく一日一回はメールすること。あ、適度な絵文字を忘れずに!
本当はもっとたくさん送りたいとこだけど、
超忙しい健人の邪魔をしたんじゃ、マイナス効果だから
ここはグッと堪えて、取りあえずは一日一回。

返信はいらないよ!って気遣いをみせて
今日もお仕事がんばってね的な事や、お疲れ様みたいな
相手に負担の掛らない程度から始めよう。

で、何回に一回かは返信が来るとして、
そしたら次は徐々に自分の近況報告や、健人のドラマの感想とか…」


「ねぇ!それじゃあ、ただの健人ファンが健人のブログに
書き込む内容と変わりないじゃない!」

「あれ?健人のブログ、見てみたんだ。」

「そりゃ、見るよ。気になるもん。
すごいコメント数で、びっくりしちゃった。
あんなにみんな、健人のこと好きなんだ!って、ちょっとへこんだ。」

「そうだよ!あそこに書き込む人数の百倍は
ファンがいると思ってなくちゃ。いや、百倍じゃきかないかな?
それだけライバルがいるってこと。」

「それって、無理じゃない?どう考えたって無理。
だって、みんな若いんだよ!健人より年下か同年代。
私なんか、お呼びじゃないって感じ。あのブログ読んでそう思った。」

「また始まったぁ。だから、年なんか関係ないって何回言わせるの!
私、毎月アイドル雑誌は全部買って読んでるけど、
健人は『恋愛に年齢は関係ない』って、今月号でも話してたよ!」

「でも……。どこからも自信が湧いてこない…。」


そう言って、雪見はワインを一気に飲み干した。


真由子は「しょうがないなぁ。」とつぶやきながら
ソファーから立ち上がり、壁一面にある本棚の中から、
健人が載っている雑誌をすべて取り出した。

どさっ!

テーブルの上に何十冊もの雑誌が積まれる。
健人の写真集も中にはあった。


「これ、全部持ってっていいから、健人のページをすべて読みなさい!
あんたは、大人になってからの健人を知らなさすぎる。
今の時点では、他のファンに大幅に遅れをとってるんだから、
早く健人のことを勉強して、みんなに並ばないと!」


それだけ言うと真由子はキッチンに向かい、
少し早い夕食の準備に取りかかった。


真由子が退いたあとのソファーに、すかさずジローが飛び乗る。

隣で雪見はジローの頭をなでながら、テーブルの雑誌に手を伸ばした。

何冊か、目次から健人のページをひろい、読んでみる。
だが どこか上の空で、活字は目の中には見えているが
頭の中には入ってこない。


ふと、健人の写真集が目に留まった。


「これは……。」

表紙をめくった一ページ目に、真っ青な海が飛び込んできた。
360度の青い空と青い海。
その真ん中に、膝下まで海に浸かる健人が
眩しそうな顔をして空を見上げていた。

  竹富島の海だ!
  私の大好きな、あの竹富島の海だ!


雪見は急いで他のページをめくった。

そこには、海ではしゃぐ健人、真剣に星砂を探す健人、
木陰でうたた寝する健人、満天の星空を見上げる健人……

雪見の見たことのない表情をした、たくさんの健人がいた。


でも、なにかが心に引っかかる。


  確かにどの写真も、いいアングルばかり。
  健人のいろんな表情を撮してる。

  でも…。 健人の心が感じられない…。


表面上の美しさだけに囚われて、
本当の健人の内側は、なにも映し出されていないように思えた。

  
  だめ!こんな写真じゃ、健人がかわいそう!!
  心の無い、ただのお人形みたい。
  いくら『偶像』のアイドルだって、ちゃんと心があるんだ!
  
  私が撮ってあげる!本当の健人を。
  
  見る人すべてが、丸ごとの健人を好きになるような
  心が映った写真を、私が撮る!!



そう思い立ったら、ここにはいられなかった。


「ごめん、真由子!私、帰る。
やらなきゃならないことを思いついたの!」

「えーっ!なによ、いきなり!
まだ作戦会議は始まったばかりだよ!
しかも、どうすんの、このパスタ!せっかく今出来上がったのに。」

「ごめんごめん!私の分も食べて。
どうしても早く、仕事したいんだ!じゃ、また連絡するから。」


呆気にとられる真由子の前から、あっという間に雪見は姿を消した。




久しぶりに心が沸き立つのを覚えた。

何を撮ればいいのか解らないで悩んでいた時に、
運命的に出会った野良猫。

あの時の出会いと同じような、ひらめきと使命を感じていた。


  絶対に誰にも負けない!
  健人の魂が乗り移った写真集を、私が作る!


真由子のマンションを出て街に飛び出した雪見の顔は、
すでに力強いカメラマンの目になっていた。

火照った頬に、夕方の風が心地よい。



さぁ、まずは健人の事務所と交渉だ!





  
  














Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.19 )
日時: 2011/02/22 06:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

雪見は、思い立ったら行動が早い。

普段はのんびり、おっとり型に見られるが
一度ひらめいたら猪突猛進、後先考えずに先ずは行動に移す。
で、失敗するかと思いきや、大体は結果オーライ。
直感が鋭いのだ。


真由子のマンションを出て、近くのドーナツショップに入る。
ここは雪見の、第二の仕事場だ。
写真集の原稿書きは、大抵この店の一番奥の席で行なわれる。

甘いドーナツと香ばしいコーヒーの香りが大好きで、
出来ることなら、ここで二十四時間生活したいと真剣に思っている。


雪見はチラッと、いつもの席が空いてることを確認し、
カウンターでカフェオレとオールドファッションを受け取って
指定席へと着いた。


まずはカフェオレをひとくち。心が落ち着いた。

昨夜、健人からもらった名刺をテーブルの上に置き、
事務所の住所を確認する。

本来ならば、電話でアポを取ってから出向くのが筋なのだが、
なぜかこの時は、すぐに行かなければならない気がした。

  
  よし!大丈夫!今なら絶対うまく行く!


自分にそう言い聞かせ、急いでカフェオレでドーナツを流し込んで
席を立った。



タクシーを拾い名刺を握りしめて、事務所のある高層ビルへと到着。
見上げると空はすでに薄墨色に変っていた。


八階にある、オフィスの受付前。

「あの、お忙しいところを申し訳ございません。
わたくし、フリーカメラマンの浅香雪見と申します。
恐れ入りますが、そちらに所属していらっしゃいます
斎藤健人さんの担当者の方にお会いしたいのですが、
お約束を取れるでしょうか?」

そう言いながら、自分の名刺を差し出す。


「失礼ですが、どのようなご用件でしょう。」

「はい、斎藤健人さんの新しい写真集の件でご相談がありまして…。」




昨日、健人と食事をした時に、
健人が近々また写真集を出す計画が上がっていると、話していた。


「ねぇ、ゆき姉って、猫ばっかで人は撮らないの?
今まで人の写真集って、作ったことないの?」

「私ね、どういう訳か人物って、昔から苦手でさ。
今も、猫だけじゃ食べてけないから、
半分仕方なく結婚式場でカメラマンのバイトしてるけど、
新郎新婦さんに心の中で、ごめんなさい!
って言いながら仕事してるもん、私。」

「やっぱカメラマンにも、得意不得意ってあるんだ。」

「そうだね。本当はプロなんだから、何でも出来なきゃいけないんだろうけど。
私は猫の心はわかるけど、
人間の心を読むのは得意じゃないのかもしれない。
私、心の映ってない写真ってダメだと思ってるから。
大体が、会ってすぐの人を撮るからね。
その人を深く知ってからだと、うまく撮れる気もするけど。」

「ふーん。そんなもんなんだ。
俺もさ、今までたっくさん写真撮ってもらってるけど、
いっつも思うんだよね。
この人は俺のこと、どんだけわかってシャッター切ってるんだろ
って。自分の写真見たとき、あ、これは俺じゃない!
って思う時がよくある。
うまく言えないけど、俺の魂がそこに見えないって言うか…。」

「健人くんも、そう思う時があるんだ。同じだね、私と。」


こんな会話を、ビールを飲みながらしたのを思い出していた。



「担当の者はただいま席を外しておりまして……あ!今戻りました。
今野さん!ご面会のお客様です。」

そう言いながら受付嬢は、私の名刺をその人に差し出した。

「突然お伺いして申し訳ございません!
わたくし、フリーカメラマンの浅香雪見と申します。
本日は、斎藤健人さんの新しい写真集の件で
お話をさせていただきたく、お約束もないのに来てしまいました。」

「浅香雪見さん、ですか。どこかで聞いたような…。
まぁ、こんな所じゃなんだから、こちらへどうぞ。
きみ!応接室にお茶頼む。」


  良かった!第一関門突破だ!


今野さんのあとをついて、事務所の中を進む。

「どうぞ、こちらへお座り下さい。
浅香さん、ですか。以前どちらかでお仕事ご一緒しましたかね?」

「いいえ、お伺いするのは今日が初めてです。」

「そうですか。で、お話と言うのは?」

「あのぉ。斎藤健人さんに、新しい写真集の出版のお話があるそうで、
できればそのカメラマンを、私にやらせていただけないかと…。」

「どこでその話を?まだ企画段階なのに…。」


  うわっ、まずかったかな?
  すごい、疑いの目で見てるよ、私のこと。


「い、いえ。ちょっと小耳に挟んだものですから…。
で、まだカメラマンが決定してないのであれば、
是非とも私も選考の中に加えていただけないか、と。」

「失礼ですが、普段はどのようなお仕事を?」

「あ、失礼しました!こちらをご覧いただけますか。」


そう言いながら私は、鞄の中からいつも大事に持ち歩いている
コタとプリンの写真集を取り出し、テーブルの上に置いた。


今野さんは、すぐさまそれを手に取り

「ほぅ、猫ですか。人物の方は……ええっ!?健人ぉ?
うちの斎藤健人が、どうしてここに!!」

最後のページに写っている健人とつぐみの写真を見て、
チーフマネージャーの今野さんは、えらく驚いている。


その時ドアの向こうで、「お疲れ様でした!」という声が聞こえた。


「失礼します。」  ガチャッ。

開けて入って来たのは、なんと、健人であった!


「ゆき姉ぇ!!なんでここにいんの??」

思わぬ再会に、訳のわからぬ健人は目をまん丸にして驚いている。


雪見は、やっぱり私の直感は正しかったと微笑み返した。




運命の扉をまたひとつ、自分の力で押し開けたのを感じていた。




Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.20 )
日時: 2011/02/21 12:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「よぅ、来たか健人!こっちに座れ。」

「はい。」


健人が今野さんの隣りに、慌てて腰を下ろした。

まだこの状況を飲み込めず、ただでさえ大きな目を更に大きくして
私のことを見つめている。



「なんで、ゆき姉がここにいるの?」

健人が私に向かって、ささやくように小声で言った。



「健人、紹介しろ!お前の知り合いなんだろ?」

「あ、はい。遠い親戚の浅香雪見さんです。」

「遠い親戚って?」

「えっと、ばあちゃん同士が姉妹だから、はとこっていうやつです。
あ、今朝、新幹線の中で話したでしょ。
親戚のお姉さんに、うちの猫の写真集を作ってもらったって。
その人が雪見さんです。」

「あぁ、それで何となく聞き覚えのある名前だったのか。
で、今日お前とここで会う約束をしてたんだ。」

「いや…。」


健人が言葉に詰まったので、慌てて雪見が口を挟んだ。


「あ、すみません!健人くんは何も知らないんです。
私が勝手に、アポも取らずに押しかけてしまって。
申し訳ありませんでした!」

「そうでしたか。まぁ、大阪で映画の舞台挨拶があって、
事務所に寄ってから帰ろうという話になって、ちょうど良かった。
いいタイミングでした。」

「恐れ入ります。」

「で、今日のご用件は、写真集の話ということですが、
どこからその話を?」

「あ、俺です、俺!昨日、ゆき姉と…じゃなくて、雪見さんと
ご飯一緒に行ったんです。で、そんな話になっちゃって…。」


内密だった話をしてしまった事に小さくなってる健人を、
隣の今野さんが、しょうがねぇなぁーという顔で見ている。


私は、健人くんが怒られるかと焦って

「あの、違うんです!健人くんは何も悪くなくて……。」

「大丈夫です。ご親戚ということでしたら、どうぞまだご内密に。」

「わかりました!ありがとうございます。」

「それであなたが、健人の写真集のカメラマンをやりたいと?」


「はい!そうです!まだ決まっていないのであれば
その仕事、是非私にやらせて下さい!!」


「ええっ!ゆき姉ぇ!? うそだろ?
そんな話、昨日してなかったじゃん!!」


健人の驚きようといったら、ハンパなかった。


「ごめん!だってついさっき、思いついたんだもん。
絶対私が撮らなくちゃ!って。」

「だって、人撮るの苦手だって、昨日言ってたよね!
だから俺だって、それ以上は何も言わなかったのに。」


「そうなんだけど、さっき、ひらめいちゃったの。
友達んちで、健人くんの前の写真集を見せてもらって。

そのカメラマンさんには申し訳ないけど、
この写真には健人くんの心が映ってないなって…。
健人くんが、可哀想だなって思ったの。」


「ゆき姉…。」


雪見が真っ直ぐ前を見つめて、力強い声で言った。


「今野さん!私、自信があるんです!
絶対に誰よりも、本物の斎藤健人を撮せる自信が!
ただのアイドル写真集じゃない、斎藤健人の魂が宿った写真集を
私なら必ず作って見せます!!」


雪見の迫力に今野も健人も、すぐには声が出なかった。


少しの沈黙のあと、健人が今野の方を向いて頭を下げた。

「俺からも、お願いします!
ゆき姉…いや雪見さんに撮してもらいたいです!
俺のこと、生まれた時から見てきてる雪見さんなら
絶対に今までで一番の写真を撮ってくれるはずです。

腕は俺が保証します!だからお願いしま…… 」


最後まで言い終わらないうちに、今野が

「わかった、わかった!負けたよ。」と、笑って言った。


「健人。よかったな、親戚に腕の良いカメラマンがいて。
しかも、かなりの美人さんだ。

こいつ、たまに言ってたことがあるんですよ。
写真って、あんまり好きになれない。
表面しか見てもらえないから、ってね。

まぁ、アイドルなんだからしょうがないだろと
言い聞かせてはいたんだけど、
どうもそう思って撮られてるから、あんまりカメラマンに
心を開かなくて…。結構大変なんです、こいつの写真集。」


「えーっ!そんなこと、ないっすよ!
これでも一生懸命、撮られてるつもりなんだけど…。

でも、ゆき姉が撮ってくれたら、俺、今までで一番頑張る!
ぜーったいに一番いい写真集にする!
だから、お願いします!」


今度は健人が、雪見の方を向いて頭を下げた。


雪見は嬉しかった。
健人が私のためにマネージャーさんに頭を下げて、
必死でお願いしてくれた。
そして、健人も私と仕事がしたいと言ってくれた。

あの時、写真集を見せてくれた真由子にも感謝だ。



「じゃあ、さっそく契約を交わしましょう。
今、書類を用意しますから、しばらくお待ちを…。」

そう言いながら、今野さんは応接室を出て行った。



健人と二人きりになった雪見。

急に我に返って、恥ずかしさがこみ上げた。


「ごめんね、健人くん。なんか、思いつきで行動しちゃって、
迷惑かけちゃったよね。
友達んちで写真集見た時、パチンってスイッチ入っちゃって、
気がついたらここにいたって感じで…。

でも、本当にいいの?私がカメラマンで。嫌じゃない?」


「こっちこそ、本当に俺のこと、撮ってくれるの?
ほんとは、前から思ってたんだ。
ゆき姉が、俺の専属カメラマンならいいのに、って。」

「えっ!そうなの?知らなかった。」

「だって、俺の心の声だから、言ってないもん。」

健人が笑って言った。


その笑顔を見て、やっと雪見も笑顔になった。



「これから、よろしく!美人カメラマンさん!」

そう茶目っ気たっぷりに健人が言って、右手を差し出す。




雪見は、初めて握る健人の温かな手のひらを

そっと両手で包み込み、

これから始まるであろう二人の新しい関係に

自分自身を祝福した。
















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