コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.457 )
- 日時: 2013/02/22 17:01
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
結局二人は映画鑑賞をやめにして予定変更。
ベッドの中で裸のまま、おしゃべりを楽しむことにした。
ベッドサイドにワインと軽いつまみを用意し、飲んでは話し、話しては飲み、
今まで話したこともない雪見の恋バナに、健人がやきもち焼いたり
じゃれあったり。
はたまた翔平のドジ話や当麻の舞台の話など、
それはそれは上機嫌に酔いながら語り合った。
気付けばすでに午前1時。ベッドサイドには赤白2本の空き瓶が。
「こんなにおしゃべりしたのって久しぶりだよねっ!
ツアー前からずっと忙しかったもん。
ベッドに入ったら毎日バタンキューでさ、
ぜんぜん健人くんとおしゃべりした記憶がない!」
「ほんっと!あの頃は全然ゆき姉にかまってもらえなかった(笑)」
「だから今日は、いーっぱいかまってあげてるでしょ?」
笑いながら雪見は健人の頬にキスをする。
すると健人は雪見を捕まえ、強引にくちづけた。
「もっと…かまって欲しい…。」
雪見の目を、潤んだ大きな瞳がジッと見つめる。
口角のキュッと上がった健人の唇から、吐息のような言葉が漏れた。
しばし妖艶な沈黙の後、雪見がクスッと笑う。
健人の形良い唇を人差指でなぞり、そのままその指先は喉仏から鎖骨、
身体の中心線をツーッと下に降りた。
「しょうがない人。どうなっても知らないから…。」
真剣な目で訴えた健人の願いは聞き入れられ、雪見からの熱いキスを合図に
二人は再びベッドの海へと、深く深く沈んでいった。
酒の行き渡った頭と身体は羞恥心を取り除き、本能だけを剥き出しにする。
お互いを求め合う欲求に際限はなく、昼間とは異なる淫らな男女がそこにいた。
酒とは、普段どうしても取り外すことの出来ない最後の一枚の仮面を、
あるところを境にして事も無げに外してしまう。
健人からは『男は常に女をリードするもの』という格好良い男のルールを。
雪見からは『女は常に淑女であれ』という貞操観念にも似た女のルールを。
それらが剥がれ落ち、健人は雪見にされるがままに甘え
雪見は大胆に健人を支配した。
健人に出会うまで、年上男にしか興味が湧かなかった雪見。
一回りも年上女性との恋愛関係など、想像したこともなかった健人。
今この関係の、なんと新鮮で居心地良いことか。
いつまでもいつまでも浸っていたいと、お互いをむさぼり続けた。
「はぁぁ…どうしよう…離れたくない…。ずっとこうしていたい…。
朝も昼も…夜も…。」
雪見とひと繋がりの健人がキスを繰り返しながら、うわごとのように呟く。
「わがまま言わないの…。私はどこへも行かないよ…。
明日も…あさっても…ずっと一緒でしょ…。
もうすぐ…二人だけのとこに…行け…る…。」
それから間もなく二人は、きつく指を絡ませたままエネルギーの昇華を迎え入れ、
そのまま地に叩き付けられるようにして気を失った。
朝6時。ケータイの目覚ましが雪見の耳元で鳴っている。
『え?なに…?もう起きる時間なのぉ?痛ーっ!ヤバ…最悪だぁ…。
また二日酔い…。なんか最近すぐ二日酔いになっちゃう。
年取ると、お酒も弱くなっちゃうのかな…。
…って、ええーっ!何にも着ないで寝ちゃったのぉ?うそーっ!?
またそんなに飲んじゃったってこと!?』
素っ裸の自分に驚き、慌ててベッドサイドに目をやると
赤白一本ずつのワインの空き瓶とグラス、それに缶ビールの空き缶が
3本放置されたままだった。
どうやら食事時と合わせると、昨夜は二人で3本のワインと
3缶のビールを空けたらしい。
『あちゃー!どーりで頭が痛いはずだぁ!しかもなんか喉も痛いし最悪…。』
雪見はまだ隣りで寝てる健人を起こさぬよう、そっとベッドから降り
急いで着替えて空き瓶などを抱え、寝室を後にした。
きっと健人も二日酔いだろうから、固形物の朝食はやめにして水分だけにしよう。
新鮮野菜と果物で作ったフレッシュジュースとカフェオレ、
それと冷たい水を用意してから健人を起こしに行く。
「健人くん、朝だよっ!起きて!健人くんっ!仕事だよっ!」
一向に目覚める気配がない。
寝起きの悪い健人は、無理矢理大声で起こされるのを嫌うので
あくまでも優しくソフトな声で起こすのだが、それだと即効性はゼロ。
なのでこの場合、奥の手を使うしかない。
「健人っ!大好きだよ♪早く起きないとくすぐっちゃうよっ!」
雪見がそーっと布団をはがし、くすぐり体勢に入った時だった。
いきなり健人がガバッと雪見を抱き締め、キスの嵐を浴びせた。
「ゆき姉、今俺のこと『健人!』って呼んだぁ!
やった!今日から俺は『健人』に昇格したんだね!めっちゃ嬉しい!
さー起きよっ!ゆき姉、一緒にシャワーする?」
健人のはしゃぎように茫然とする。
てか、頭に大声がギンギン響く。
てか、二日酔いじゃないの!?
え?あのお酒、ほとんど飲んだのは私ってこと?
今、私そんなこと言ったぁ!?
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.458 )
- 日時: 2013/03/02 14:41
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「もうダメッ…健人くん…。朝からヤダぁ…こんなの…。
はぁぁ…もう我慢出来ない…。」
雪見と健人は、朝陽の差し込むキッチンにいた。
二人、身体を寄せ合って…
…朝食を作ってる。
「お願い…そこっ…!
そこのカゴに入ってる頭痛薬取ってぇ!もう頭痛くって我慢の限界っ!」
「なに今のお色気バージョン!襲いたくなるでしょ。」
健人は雪見に指示された通り、レタスの葉を千切っては冷水に浸してる。
なのに雪見を濡れた手で、後ろからギューッ!と抱き締めた。
「冷たっ!だーめっ!今、手が離せないのっ!お願いだからお薬取ってよ!
離してぇ!目玉焼きが焦げちゃうでしょ!」
「やーだよー!取ってやんない!だって今『健人くん』って言ったじゃん!
ここには『健人くん』なんて人はいませーん!」
「なにその屁理屈ー!じゃあ私に抱き付いてんのは誰なのよーっ!
もう、健人くんが私にあんなに飲ませるから二日酔いになっちゃったんだからねっ!
自分だけ平気な顔して『腹減ったぁ!』って、ズルすぎるー!
いいからお薬早く取って!」
健人が背後にべたっと身体を密着させてるのが判ったが、雪見はかまわず
コンロの火加減を気にしてる。
なんだか今日は気のせいかスキンシップが激しい。
まぁ、彼女と同居する22歳の健全なる若者の朝とは、世界共通こんなもんかも知れないが。
「ゆき姉が悪いんだよ。昨日あんなに色っぽい顔するから…。
俺もう、ゆき姉から離れられなくなったんだけど。どうしてくれんのさ。
ねぇ…あんな夜を過ごしたんだから、今日から『健人』に昇格してもいんじゃね?」
後ろから抱き締めた手を少し緩めて、健人は雪のように白い雪見の首筋に唇を寄せた。
その柔らかな唇は、うなじから鎖骨辺りまでを隙間なくはいずり回りキスを繰り返す。
雪見はくすぐったくて思わず肩をすくめるのだが、健人は更に抱き締める手を強めて
雪見が逃れることを許さなかった。
見かけに寄らず骨太な健人の右手…。
その指先が、スッと雪見の胸元に差し込まれようとしたその時だった。
我に返った雪見が一瞬の隙をついてクルリと方向転換し、健人に詰め寄った。
「ちょっと待った!今『あんな夜』って言ったの!?どんな夜よ!
私、なんかしたぁ?記憶にないんだけど!やだぁ〜!!」
「うっそ、マジで!?マジで記憶にないの!?あーんな事やこーんな事もしたのに?
知りたい?ね、知りたい?今日から『健人』って呼ぶんなら教えてあげる♪」
まずいっ!なんかやたらと嬉しそう!これは何か弱みを握られたパターンだ!
なに?あーんな事やこーんな事って!
だから朝からこんなにベタベタしてくんの?
もしかして私、健人くんのイロエロスイッチ、ONにしちゃった?
「いや、いいっ!やめとく!知りたくなーい!言わないでっ!
あーっ!目玉焼き焦げちゃってるー!!」
飲んで記憶をなくす。こんな恐ろしいことがこの世にあるものか!
…と何度体験しても懲りない私。はぁぁ…。
健人が、ふちの焦げたベーコンエッグと自分が作ったと言い張る野菜サラダ(ただ千切っただけ)
トーストとカフェオレの簡単朝食を、美味しそうに上機嫌に頬張る。
その向いで雪見は、やっと頭痛薬にありつきホッと一息付いていた。
「今日は遅くなりそう?私、母さんの様子見に病院行ってくるね。
その後は事務所に寄って、向こうに行ってからの最終打ち合わせしてくるから。
なんか簡単に引き受けちゃったけど、私でマネジャー業務こなせるのかな。
今頃になって心配になってきた…。」
雪見は事務所から、渡米後の健人の通訳や定時連絡業務を任されている。
いくら仕事ではなく、演劇勉強のための個人的短期留学と言えども
この間の2ヶ月が、帰国後の斎藤健人を大きく左右することを充分理解してたので
唯一の同行者である雪見の責任は、軽いはずはなかろうと今更ながら心が震えた。
「なに神妙な顔してんの。仕事じゃないって言ったでしょ。
俺個人として勉強に行くんだから、ゆき姉はただ彼女として一緒にくっついて行く、
ぐらいの気持ちでいいんだよ。
俺のそばにいてくれるだけでいいの。なーんにもしなくていいんだって。」
健人はにっこり微笑んで、不安げな顔の雪見を和ませてくれる。
「俺が腹ぺこで帰って来たら、美味しいご飯を作ってくれればそれでいい。
そんなの、今までもずっとやってくれてた事でしょ?
そんでもってちょっとだけ、俺のわかんない言葉を通訳してくれれば。
俺も結構、頑張って勉強したからねー英語。
やっぱ出来る限りは自分で言葉を受け止めたいし。
けど、どうしたってペラペラとはいかないから、話せるゆき姉がいてくれて
めっちゃ安心してる。怖いもんなしっ!
だからさ、楽しんでこようよ、二人で。絶対毎日が楽しいって!
だーれも俺たちのこと、知らないんだよ?そんな街に二人で暮らせるって天国でしょ!
もう、思いっきりベタベタするもんね!
毎日手ぇ繋いで買い物行って、街中でキスしたって誰も振り向かない。
考えただけでワクワクするでしょ!あー早く行きたくなってきたぁ!」
そう言いながら健人はガタッと立ち上がり、雪見の後ろに回って頬にキス。
そして「おいで。」と雪見の手を引いて立ち上がらせると、ひょいとお姫様抱っこをした。
「行きたくなったのはアメリカじゃなく寝室、ってこと?
ほんっと、しょうがない人!早く準備しないと迎えが来るから。」
「残念ながら大丈夫!雨で撮影スタートを1時間遅らせるって、今さっきメール来た。
俺たちのために降ってくれた雨に感謝しなきゃね。」
「俺たちのため、じゃなくて、俺のためにって訂正して。」
「じゃ、何にもしてやんなーい!」「いじわるーっ!」
二人はキスしながら寝室へと消えてった。
ドアの前で締め出しくらっためめとラッキーが、「にゃーん」と小さく鳴いている。
最近やっと慣れた首輪の鈴も、チリンと鳴った。
二人と二匹の旅立ちは、もうすぐそこだ。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.459 )
- 日時: 2013/03/06 12:14
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「母さん、調子はどう?」
午前9時半。
恐る恐る開けた個室のドアを後ろ手に閉めながら、雪見は真っ先に
ベッドに横たわる母の顔色をうかがった。
想像以上に青白い頬…。
一瞬うろたえたが素知らぬ顔で、持参した花かごと着替えの入った紙袋を
ベッドサイドへと置いた。
数日前から体調を崩してたらしい母。
昨日の朝、ちぃばあちゃんの一周忌法要を欠席する詫びの電話を健人の母に入れた後
どうにもこうにも具合が悪くなり、一人で病院へ行ってそのまま入院と相成ったらしい。
それを今朝、二日酔いの寝ぼけ眼でケータイメールで知らされた。
「あぁ雪見。忙しいんだから急いで来なくても良かったのに。
心配いらないって書いたでしょ?きちんと健ちゃんを送り出してから来たの?」
母がゆっくりと身体を起こしにかかったので、雪見は慌ててそれを阻止した。
「いいから大人しく寝てて!もう朝からビックリしたよ、個室に入院したって聞いて。
そんなに具合悪かったんなら、すぐ電話くれればいいでしょ!?
そしたら迎えに行ったのに。」
雪見はいつもと変わらぬ口調をあえて貫き、ベッドの横に腰掛けた。
ここまで衰弱させてしまったのは私のせいだ…。
母さんがこんなにも青白い顔で病院のベッドに横たわってる時に、私ときたら…。
昨日の夜も、メールをもらった今朝でさえも健人くんと寝室のベッドにいた。
ごめんね、母さん…。
「なんて顔してるの。だってそんなつもりで病院来たんじゃなかったのよ。
抗癌剤の副作用なのか知らないけど、どうやっても身体に力が入らなくて。
ちょっと診てもらうつもりで来たから、入院道具なんて何にも持って来なかったの。
あ、下着とか場所わかった?猫たちに餌をやってくれた?」
母も、いつもと変わらぬ口調を装っていた。
だが同じなのはセリフだけで、その荒い息づかいや力の入らない弱々しい声は、
悲しいほどセリフの明るさに不釣り合いなものだった。
私達やっぱり…似た者親子だね。
「もう荷造りは済んだの?忘れ物はない?めめとラッキーは真由子さんに預けたの?」
「私の心配より自分を心配しなさいっ!ほんっとにもぅ。
私、あと3日で旅立っちゃうんだよ?これじゃ心配で…。」
行けなくなっちゃうじゃない…という語尾を慌てて飲み込んだ。
それを言葉に出すと、本当に自分はそうするような気がしたから。
ダメ!自分に負けちゃダメ!私は約束したのだ、母と。
これからの人生は、伴侶となる健人に全力を注ぐ、と…。
それが母の望みだから。母が娘に言って聞かせた最後の教えだから…。
揺らぎそうになる心を立て直し、語尾を急いで違う言葉に差し替えて
何食わぬ顔で話を繋ぐ。
「…母さんちに猫は置いとけないね。しばらくどこかに預かってもらわないと。
あ、うちのめめとラッキーは連れて行くことにしたよ。
ラッキーは寂しがり屋だから、2ヶ月も私達と離れたら病気になっちゃう。
向こうのアパートもね、ペットOKのとこ借りたから心配しないで。
それより母さんちの猫…。そうね…みんなまとめてすぐ頼めるのはあそこしかないか…。
うん、私に任せて!秘密の猫かふぇに頼んであげる。」
雪見はすぐさまケータイを取り出し、その場でみずきに頼み込んだ。
経営権が4月から事務所に譲渡された猫かふぇだったが、みずきはそのまま
雇われ店長として店を任されていた。
「ありがとう、みずきっ!うん、ありがとう、助かった!ごめんね、5匹も。
これで安心して向こうに行けるよ。母さんも安心して入院できる。
じゃ、あさって連れてくから。
うん、いいの。ギリギリまでは自宅に置いてやりたいし。
2ヶ月間お世話になりますっ!帰国したら真っ先に迎えに行くから。
うん、また連絡するねっ。」
母がにっこり笑って「ありがとう。」と静かに言った。
その言葉のあとには空白が出来たのだが、ふと母の声が聞こえた気がした。
『これで心残りは何もなくなったよ。』と…。
それから小一時間ほど、二人でおしゃべりをした。
おしゃべりと言っても、ほぼ雪見が一方的に今の時点で決定してる先のことを
連絡事項のように隙間なく並べて聞かせただけだが。
それに対して母は、時折息苦しさの中から声を振り絞り、「そう…。」
とか「良かったね。」とか、微かに微笑んで相づちを打ってくれた。
一通りのおしゃべりが終わり病室に静けさが戻った時、ふいに母が雪見を見上げ
「ねぇ。私に歌を聴かせて…。」と言った。
「なによ、急に。こんな病室で歌えって言うの?
私の声は大きいからダメ!婦長さんが飛んできて叱られちゃう。」
笑いながら雪見は断ったが、母は真剣な顔をしてもう一度言う。
「雪見の歌が聴きたい…。」
今までそんなお願いは一度もしたことがない母が、なぜそんなことを…。
胸がぎゅんと痛くなる。でも笑顔でいなきゃ…。
「何がそんなに聴きたいの?私のデビュー曲?CDあげたでしょ?
あ、いつでも聴けるようにケータイに吹き込んであげようか。」
「『涙そうそう』がいい。雪見の歌うあの歌、母さん好きだな…。」
あまりにも不意打ち過ぎて、涙が込み上げるのを防ぐ暇がなかった。
どうしてその歌なの。他にもいっぱいあるでしょ。歌えない…歌えないよ…。
「やだ、なんで泣いてんの。あの歌はいい歌よ。父さんを思い出す。
あ…あんた、父さんじゃなくて母さんを思って泣いてるわけ?まだ早いから。」
母はクスクス笑ってた。その笑い顔が少女のようで、なおさら涙が溢れ出た。
「しばらくあんたの歌も聴けなくなるんだから…。
ねぇ、母さんのケータイにも吹き込める?だったら録音しておいて。
あんた達が帰ってくるまで、それ聴いて大人しく待ってるから。」
はいっ!と母は雪見に、枕元のケータイを差し出す。
それを受け取った雪見は、録音ボタンのスタンバイをし涙を拭いた。
ここが個室であっても雪見の声量は、その階の隅々にまで響き渡ったに違いない。
だが今ここで歌うこの歌は、口ずさむような声であってはいけないと、
躊躇なくステージ上と同じだけの声で歌った。
今までで一番の心を込めて…。
「婦長さん、飛んで来なくて良かったぁ!じゃあ私、行くねっ。
これから事務所で最後の打ち合わせがあるの。
イケメン人気俳優の人生のマネジャーになるって、結構大変よ。
いくらプライベートな留学って言っても、まったく事務所の管轄下に無いわけじゃないし。
私の役目は思ったよりも重大そう。ま、ヘマしないように頑張ってくるわ。
足りない物があったらメールしてね。すぐに持ってくるから。
はいはい、寝てちょうだい!バイバイ、またねっ!」
早口で話して急いで病室を出る。
あと30秒遅かったら、また泣くとこだった。
指先で涙を拭い歩き出すと、前から婦長がやって来た。
「雪見ちゃん、少し時間もらえる?院長先生がお話あるって…。」
しまった!やっぱ大声で歌ったの、まずかった!?
だが婦長の顔は、そんなことを言ってるふうには見えなかった…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.460 )
- 日時: 2013/03/12 12:01
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
トントン♪「失礼しまーす!」
3階の面談室にはすでに、院長と担当看護師の田中が待ち構えている。
雪見は仲良しの田中に『また母をよろしくねっ!』との軽い気持ちで微笑んだ。
だが…今日の田中にいつもの笑顔はなく、代わりに乳がん専門看護師の
プロフェッショナルな、だけど険しい顔がこっちを見てた。
雪見と婦長が着席すると同時に院長が口を開く。
「先ほどはタダで素晴らしい歌を聴かせてもらいましたよ。」
ドキッ!やっぱ聞こえてたかー!
「申し訳ありませんでしたっ!大声で歌うなんて非常識過ぎました。
でも母に、どうしてもとせがまれて…。」
雪見がペコペコと平謝りに謝る。
だが院長はすんなりと、でも衝撃的にそれを許した。
「お母さんの望むこと、なんでも叶えてあげて下さい。」
「えっ…?」
意味が頭で理解出来ずにいた。
それはすごく簡単な日本語だったと思うのだが、まるで聞いたこともない言語のように
心に染みもしなければ頭で解釈も出来なかった。
しかし身体は正直に、正常に反応する。
鼓動が早まり身体がカッと熱くなる。太腿に置いた手はギュッと拳を握り締め、
瞳からは今にも涙が溢れそうだった。
「それ…は…どういう意味でしょうか…。」
やっとの思いで絞り出した声に、院長が職務を全うすべく雪見の目を見て言う。
「状態が…あまり思わしくありません。抗ガン剤が効いてないと思われます。」
院長は雪見の反応を待つために一呼吸置いたのだが、何も答えられる状態にないと見て
そのまま言葉を続けていった。
「最終的な詳しい検査はこれから行いますが、所見から申し上げますと、
肺に転移したガンの勢いが止められない状況にあると思われます。
お母さんとお話なさってみて…わかりますよね?以前とは違うことが。」
うなずきたくはなかった。認めたくはなかった。
だが「はい」と答える自分の声を聞きたくなくて、こくんと微かにうなずいた。
「アメリカに旅立たれるのはいつですか?
それまでに滞在予定と連絡場所を看護師に伝えておいて下さい。」
院長の声が遠くに聞こえる…。何かを一生懸命説明してくれてるようだ。
だが院長は確かに目の前にいるはずなのに、私の瞳はそれを素通りして
その先の窓に広がる雨雲を眺めてた。
健人くん…。
撮影はもう始まった?また雨が降りそうだよ…。
今すぐ…会いに行きたいよ…。
健人を想った途端、瞳から雨粒のような涙がぽつんぽつんと落ちてきた。
会いたくて会いたくて、怖くて今すぐここから逃げ出したくて…。
想いを何もかも吐き出して、健人の胸の中で泣きたかった。
だが…。
ふと視線を近くに戻して目に入った母のカルテが、その想いを阻止する。
『言っちゃダメ…。言っちゃダメだよ、雪見…。』
母の声が聞こえた気がした。
「僕たちは最後まで、全力を尽くしてお母さんの命を守る努力をします。
ですが…ここから先の人生をどう生きてゆくか…。
その選択権は僕らではなく、命の持ち主であるお母さん自身にあります。
最後まで、あらゆる手を尽くして病と闘い続けるか。
それともこの先の人生を、病院から離れて好きな場所で好きなように全うするか…。」
心臓がギュッと縮んだまま、やっとの思いで声を絞り出す。
「それは…もう…それを選択しなければならない時期に入った…。
…そう言うことで…しょう…か。」
「残念ながら…多分そうだと思います…。」
わかりました…と言って出て来た気がする。
いつの間にか、病院の駐車場に止めた車の中にいた。
健人が私のために買ってくれた新しい車…。
『いつかこの車に二人で乗って、遠くまであてのない旅に出たいねっ。
景色のいい場所に車を止めてさ、シート倒してお昼寝すんの。
そのためにシートは座り心地抜群の、オプションシートに替えてもらったんだからねー!』
『で、中も見えないように真っ黒なスモークガラスってわけ。
それってお昼寝じゃなくて、なんか違う目的なんじゃないの?(笑)』
『あれ?それも含めてのお昼寝でしょ?』
車が納車された日、そう言って笑った健人をなぜか思い出してる。
と、その時だった。ケータイにメールが届いた。それは偶然にも健人から。
まだ病院かな?事務所かな?
雨降りそだから撮影場所変更。
近くで見つけた、めちゃおされな
カフェ来たよー♪
ここ絶対ゆき姉好きだよ絶対!
いやー今すぐ迎えに行きたいわ。
なんか今日、あなたのことばかり
思い出す私。なんでやねん。
大好きだからに決まってんでしょ
て、あなたのツッコミが空耳。
ぴんぽーん!大当たりー☆
さ、お仕事おしごと。
by KENTO
ケータイを握り締め、声を上げて泣きに泣いた。
なんでいっつもこんな可愛いメールよこすのよ…。
私よりも女子力高すぎだっつーの!
可愛げ無い私のメールの立つ瀬がないじゃない…会いたいよ…。
車のシートに健人の温もりと残り香を感じた気がする。
次の瞬間泣きながらエンジンキーを回し、滑らかに駐車場を後にした。
今朝聞いた撮影場所は、病院と事務所の中間あたりにある公園だ。
そこをスタート地点とし、健人からのメールをヒントに近くにある
お洒落なカフェを、車を走らせながら探すこと5分。
あ…あった!
絶対ここだと確信した。
健人が2度も「絶対」と力説した、私が好きそうなカフェ。
ありがと!よく私をわかってくれてて…。
大好きだよ、こんなカフェも、そんな君も…。
店の向い側にさり気なく車を止める。
すると古びた木枠窓の向こうに、何やら真剣に打ち合わせ中の健人の横顔が見えた。
それから程なくして彼のグラビア撮影はスタート。
外を向いて配置された窓辺のカウンター席で、本を片手にコーヒーを飲む姿や
ペタンとカウンターに突っ伏して、うたた寝する姿などが外に出たカメラマン氏によって
窓越しに手際よく撮影される。
いいな…。私も健人くんの写真が撮りたい…。
今ならもっと違う顔が撮れる自信があるのに…。
色々な構図が次から次へと溢れんばかりに浮かんでくる。
こんなショットも撮ってみたい。今度はこんなシチュエーションにも置いてみたい。
可愛いだけじゃなく、思いきり色気を感じる顔も撮してみたい。
気が付くと、とっくに涙は乾き、頭の中から悲しみも母の顔も消え去ってる。
それどころか健人が恋しくて会いたくて飛んできたのに、いつの間にやら
単純にカメラマン浅香雪見の目線で健人を見てた。
あっ!健人くんがこっち向いちゃった!
雪見は慌てて車を発進させた。
こんな黒の車はどこにでもあるし、窓もスモークガラスだから中に乗ってる人は見えない。
雪見と気付かれたはずはないのだが、なぜか覗き見がバレたみたいで気恥ずかしかった。
でもなんだろ?無性に今、仕事がしたくて仕方ない。
猫カメラマンに戻るのが楽しみだったはずなのに…。
今、被写体にしたいのは猫ではなく健人…だと思った。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.461 )
- 日時: 2013/03/20 14:51
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「おはようございます!打ち合わせがあって小野寺常務に呼ばれてるんですが…。」
健人の撮影現場をこっそり覗いた後、雪見は行きつけのドーナツショップで
大好きなカフェオレを飲みドーナツを食べ、自分の気持ちを整理してから
渡米前の最終打ち合わせのため、事務所ビルへとやって来た。
8階オフィスフロアの受付嬢に聞くと、第3応接室で待つようにとの常務からの伝言が。
事務所の中を応接室に向かって進んで行くと、あちこちから声が掛かった。
「アメリカ行きってあさってだっけ?3日後かぁ…。健人のこと、よろしく頼んだよ!」
「任せて下さいっ!」
「おみやげなんて気にしなくていいからねー!」
「ぜーんぜん気にしませーん!(笑)」
「戻ってきたら健人のマネージャーやんなよ(笑)」
「及川さんが失業しちゃいます!」
みんなが私達のことを認めてくれてる…。
そう思える温かな眼差しと声が嬉しくて、じんわり涙が滲んできた。
あ、第3応接室!ここって私が初めて事務所を訪ねた時に通された部屋だ…。
なんだろ、この偶然…。あの時と私、きっと同じ気持ちでいる…。
あれっ?ギターの音だ。うわっ、なんて素敵な曲!誰?小野寺常務が弾いてんの?
トントン♪
「失礼しまーす!常務、めちゃ素敵な曲…??!!! しっ、失礼しましたぁ〜!!!」
う、うそーっ!?常務じゃないっ!今の人って?私の見間違いっ??
え?え?ここ第3応接室だよね?うん、間違いない。
なんで?なんでぇ?今の人、あの有名人じゃん!あの大物ミュージシャンでしょ?!
いや同じ事務所だし、健人くんを可愛がってくれてるのも知ってるけど
まさか本物がここにいるなんてぇ!!どーしよっ!?
一人でドア越しにドギマギうろたえてると、中から声が聞こえた。
「ここ使うんでしょ?入っていいよ。俺もう行くから。」
ちょ、ちょっとぉ!私に話しかけてるんですけどーっ!どうすりゃいいのぉ!?
「い、いや、結構ですっ!私、違う所へ行きますからっ!失礼しましたっ!」
ドア越しに大声で返事をし立ち去ろうとした瞬間、あろう事か内側からドアが開いた。
「いいから、どぉーぞ♪」
にこやかに雪見を迎え入れたその人は、まぎれもなくこの事務所の看板俳優であり
超人気ミュージシャンでもある福原雅人本人であった!
「い、いや、ほんっとうに結構です!ごめんなさい!勝手に開けてしまって。」
雪見が顔もまともに上げられず、深々と頭を下げたまま後ずさりし
回れ右して逃げだそうとした時だった。
「すまんすまん、待たせたなっ!」と小野寺と今野がやって来た。
「何やってんだ?中で待ってりゃいいのに。
あれっ?雅人じゃないか!こんなとこでギター持って何やってんの?
あぁ、それで雪見が外に突っ立ってたって訳か。まぁいい、入れ!」
小野寺が、雪見の背中を突き飛ばすようにして応接室の中へ押し込んでしまった。
「紹介するよ、浅香雪見だ。うち所属のカメラマン。つい何日か前までは歌ってたがな。」
「は、初めましてっ!浅香雪見と申しますっ!先程は大変失礼いたしましたっ!!」
雪見はここで初めて顔を上げ、恐る恐る雅人の目を見て非礼を詫びた。
機嫌良く笑ってるのを見て、心底ホッとする。
テレビで見るのとまったく同じ印象。気さくで男前、顔小っちゃ!
「で、雅人はさしずめ、通りすがりにいいフレーズ浮かんだもんだから
ここ飛び込んで曲作ってた…ってとこだろ?」
「さーっすが小野寺さん!ダテに付き合い長くないっすね。
で、その子に褒めてもらいましたよ、新曲。期待してて下さい。
あ…どっかで見たことあると思ってたけど、いま思い出した。
きみ…健人の彼女だよね?」
「えっ!!?」
まさか自分ごときを知ってるなどとは夢にも思わず、大いに油断してた。
「すっげぇ面白い顔したよ、今(笑)。健人は俺の話、やっぱしないんだ。
あいつも律儀な奴だからねぇー、そーいうとこ。
けど他人の話は口外しないくせに飲むと彼女の自慢してくる。まったく可愛いやつ!
んで、自慢の彼女さんってカメラマンなの?俺にはアーティストって言ってたけど。
ぜんぜんカメラマンには見えないね。」
マジマジと超有名人に見られて、どんな顔すりゃいいの?
穴があったら入りたいよー!
「あぁ健人ね、きっと雪見をカメラマンって紹介しちゃうと『俺も撮って欲しい!』
って頼まれるから言わないんだと思う。
俺も今まで知らなかったけど、あー見えてあいつ、結構ヤキモチ焼きだよ。」
小野寺が可笑しそうに笑ってる。隣の今野も笑うことで同意した。
ねぇ、この場合私はどう反応すればいいの?誰か教えて!
て言うか私、常務に大事な話があるんだから早く打ち合わせ始めようよー。
と、その時だった。
ノックする音と、ほぼ同時に開いたドアの向こう…。
「ハァハァ…間に合ったぁ?」息を切らした健人が立っていた。
『会いたかったから走ってきたよ。』
真っ直ぐに雪見を見つけた瞳は、きっとそう言って微笑んでたに違いない。
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