コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.357 )
- 日時: 2011/12/24 08:41
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ハァハァ…当麻っ、ゆき姉はっ!?」
息せき切って控え室に駆け込んだ健人が、ケータイを手にして立ってた当麻に早口で聞いた。
「ゆき姉?俺らがここ来た時には、もういなかったけど。
なんか、みずきがゆき姉を捜してくる!って慌てて出てったから、俺も電話してみたけど
ぜんぜん繋がらないんだよね。
一体どこ行っちゃったんだろ、ゆき姉。」
なんで健人もみずきもそんなに慌ててんの?と言ったふうに、当麻だけ平然としている。
その時、みずきが一枚の紙切れを持って控え室に入って来た。
「健人、見て!スタッフさんがゆき姉から、メモを預かったって!」
みんな、お疲れ様!
ライブ、成功して良かったねっ!
急用を思い出したので悪いけど先に出ます。
打ち上げには間に合うと思うけど…。
少し元気を充電してから行くねっ。
from 雪見
「急用って何なんだよ…。
どうして俺に黙って行っちゃうんだよ…。」
健人は言いようのない不安に襲われていた。
雪見がこのままどこかへ、いなくなってしまうのではないか…。
以前にも感じたことのある感覚が再び蘇り、恐怖で心が震え出す。
だが当麻は…。
「まぁ、打ち上げには間に合うって書いてあんだから、現地集合でいいんじゃないの?
あ、ほら!マンションに車置きに帰ったのかも知れないし。
で、打ち上げって十時からだっけ?
俺とみずきも招待されたけど、今日は遠慮しとくわ。
初めてのクリスマスだから、レストラン予約してあるんだ。」
健人の気持ちも知らず、ウキウキ顔で言う。
それを、健人の心を読んでしまったみずきが叱責した。
「当麻っ!少しは人の気持ちを考えなさいよっ!」
訳が解らず憮然としてる当麻や、健人、みずきの元に今野が飛び込んで来る。
「雪見が…さっき一人で外のマスコミに応じたらしい。」
「ええっ!!」 三人が同時に大声を上げた。
「自分から大勢集まったマスコミの輪の中に、入ったそうだ。俺が迂闊だったよ。
ステージから戻って来る健人を写真に撮りたいから、車にカメラを取りに行くって
控え室を出て行ったんだ。
地下駐車場は警備員がマスコミを閉め出したし、心配はないだろうって思ってたが
ここに雪見は戻って来なかった。
てっきりステージ裏に、真っ直ぐ向かったんだとばかり思ってたんだが…。
マスコミ対応してた外の警備員から連絡入って、雪見が囲まれて少し喋った後、
すぐに車で出て行ったって…。」
マネージャーとしての痛恨のミスを、今野は悔やんでいた。
「それでゆき姉は、何てマスコミにっ!?」
健人が目を見開いて今野に詰め寄った。
「健人との仲を全面否定して、健人のファンを悲しませた事を謝罪したそうだ…。」
今野の言葉に皆が絶句した。
うつむいてしまった健人に対して、掛ける言葉をそれぞれが探していたが、
簡単には見つけられそうもなかった。
「はぁぁ…。マスコミなんて…もうどうでもいいや…。」
しばらくの沈黙の後、健人はそう言いながら宙に視線を泳がせる。
「どこ行ったんだろ、ゆき姉…。探さなきゃ…。」
健人がフラフラと控え室を出て行こうとするのを、当麻たちが止めた。
「ダメだって!当てもなく捜したって見つかんないよ…。
そうだ!みずきがいるじゃん!」
当麻がみずきの能力を思い出す。だが、今野が居ては都合が悪かった。
「あっ、あー今野さん!俺たち、そろそろここ出なきゃなんないんだけど、
外の様子がどうなってんのか、悪いけど見て来てもらえますか?
俺たちまでマスコミに囲まれると、また厄介だから。
で、タクシーを呼んでおいてもらえると助かるんだけど…。」
当麻が今野を外すために一芝居打つ。
「よし、わかった!地下駐車場にタクシーを呼んでおくよ。
今日は済まなかったな、二人とも!お陰で盛大なライブになったよ。
みずきさんの事務所には、うちの常務がお詫びの電話を入れたそうだ。
事務所の許可も取らないで、いきなりライブに引っ張り出したから。
そしたら宇都宮さんの葬儀で雪見に世話になったから、恩返しができて良かったと
言ってくれたらしい。そう言ってもらえて助かったよ!
ほんと、頼むから俺の寿命を縮めないでくれよな、健人!
じゃ、ちょっと様子を見て来る。タクシーが来たら連絡するからっ。」
そう言って今野は、バタバタと控え室を出て行った。
それを見届け当麻らは、みずきに雪見の居場所を透視させるため、口をつぐんで静かにする。
みずきが目を閉じ意識を集中し始めると、健人の心臓はこれでもかというほど早く動いた。
「あ…猫だ…。」 目を閉じたままのみずきが、ぽつりと言う。
「猫?ゆき姉、家に帰ってるの?」
健人がもどかしそうに早口で聞くと、当麻が「シッ!」と人差し指を口に当てた。
「違う…。あ!もしかして…うちの店だ!」
「えっ!?『秘密の猫かふぇ』にいるのっ?」
みずきが新オーナーになった猫かふぇは、昨日のクリスマスイヴに新装オープン
したばかりであった。
「昨日写真集の記者会見した書店が、行ってみたら猫かふぇの入ったビルだったんだ!
ゆき姉と二人で、こんな偶然ってあるんだねって驚いた。
そんでその時にゆき姉が、お祝いのお花を届けに来なくちゃ!って…。
俺、行ってくる!ゆき姉を迎えに行かなきゃっ!」
衣装も着替えず急いで出ようとした健人を、当麻が慌てて止めた。
「その格好じゃマズイって!マスコミがウロウロしてるだろっ!
猫かふぇもバレちゃまずいんだから、完璧に変装して出ないと!」
「そうよ、落ち着いて!今私が店に電話して、ゆき姉を足止めしておくように言うから。
だから着替えて準備して!」
そう健人を諭すと、みずきは素早くケータイを取り出し電話する。
「あ、支配人?みずきです、お疲れ様!
今そっちにお客様で、浅香雪見さんが行ってると思うんだけど…。
そう!先代のお葬式で歌ってくれた人!え?オーナー室に…?
わかったわ。じゃあそのままそこに留めておいて。私達もすぐに行くから!
あ、私達が向かってることは言っちゃダメよ!もし店を出ようとしても、
なんとか誤魔化して引き留めておいて!お願いねっ!」
雪見は綺麗な花を抱え、これをオーナー室に飾らせてくれないかと言って訪れたらしい。
改装した店の中でただ一ヶ所、何も手を入れなかった場所。
宇都宮勇治先代オーナーが生きてた時のまま、まだ気配さえ感じるようなその場所で
雪見は自分と、いや宇都宮と対峙していた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.358 )
- 日時: 2011/12/25 12:45
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「宇都宮さん…。みずきさんが女優として世界に飛び出した時、寂しくなかったですか?
自分の側から、いなくなる気がして…。
あ、父親ですもんね、嬉しいに決まってるか…。」
宇都宮が好きだったであろう、タバコの匂いが染みついたオーナー室。
雪見は、どこかで宇都宮が聞いてくれてるのを願って、ひとり胸の内を話しかけてる。
足元には宇都宮の愛猫蘭丸と小唄が、久々に立ち入ったご主人様の部屋が嬉しくて、
コロコロと喉を鳴らしながら、あちこちに身体をこすり付けていた。
オーナー室だけは手を付けたくなかったから、とみずきが言ってた理由が、
この部屋に通されてすぐに解った。
そこはまるで、つい先ほどまで宇都宮がこの部屋にいて、今しがた中座したばかりに思えるほど、
宇都宮の気配を強く感じるのだ。
それほどまでに宇都宮はこの部屋この店を愛し、入り浸っていたという。
重厚なデスクの上には、幼い頃のみずきが宇都宮と津山の間に挟まって、
満面の笑顔で写ってる写真が一枚だけ飾られている。
きっといつもこの写真を眺めては、娘の事を案じていたであろう。
雪見は、同じ部屋にいる宇都宮に愚痴を聞いてもらうかのように、話を続けた。
「私ってポンとひらめいた事は、後先考えないですぐ行動に移すくせに、
それ以外は案外ぐずぐずなとこがあって…。
今日、健人くんとライブをやったんですけど、そこに集まった大勢の健人くんファンを見たら、
またグズグズと色んなこと考え出して…。」
はぁぁ…とため息をつきながら雪見は、宇都宮が仮眠用に使ってたベッドに腰掛ける。
「うわっ!このベッド、お店に置いてあるのと同じベッドだぁ!
めっちゃ気持ちいいですよね、これ!
そうだ!帰りに支配人さんに、どこで売ってるのか聞いて帰ろう!
健人くんと、お給料出たら買う約束してたんです!
これがあったら、きっと健人くんの疲れも癒やされるだろうなぁ…。
あれ?何の話でしたっけ?」
蘭丸と小唄もピョン!とベッドに飛び乗って、安心したように毛繕いを始めた。
「ここ来る前に私、マスコミに宣言してきたんです。
健人くんとはただの親戚で、それ以外の関係では一切ありません!って。
でもそう言いながら心の中では、健人くんが大好きです!って叫びたくて
どうしようもなかった…。」
雪見はベットの上に、バタンと勢いよく大の字に倒れた。
「健人くんのこと、だーれも知らない国に二人で行きたいな…。
はぁぁ…。健人くんが普通の人だったら良かったのに…。いや、違うな。
やっぱりそれは現実的じゃないから、一番は私が健人くんにふさわしい人に
なるしかないのか…。それとも…。」
またしてもグズグズと、考えが行ったり来たりする。
そのうち雪見は連日の寝不足も手伝って、いつの間にか目を閉じ眠ってしまった。
その頃、やっとタクシーでライブ会場を抜け出した健人ら三人は、付けてくるであろう
マスコミの車を巻きながら、『秘密の猫かふぇ』を目指していた。
「遅くなっちゃったな…。まだゆき姉、いるかな。
すみません、運転手さん!捕まらない程度に早くお願いしますっ!」
時計を気にしながら健人が、隣の運転手に頭を下げる。
窓の外にはクリスマスのイルミネーションが、残り何時間かの一仕事とばかりに
一生懸命輝いていた。
「あ…、当麻たち、レストラン予約してあんだろ?
もう一人で大丈夫だから、俺下ろして真っ直ぐ行っていいからね。
悪かったな。折角のクリスマスなのに、引っ張り回して。
ライブも二人のお陰でめっちゃ盛り上がったし、このお礼は後できっちり
させてもらうから。」
助手席に座る健人が、後部座席の当麻とみずきを振り向いて、ぎこちなく
ニッと笑ってみせる。
「ほんとに一人で大丈夫?私だったらいいのよ、一緒にお店入っても。
レストランなんて、行こうと思ったらいつでも行けるんだし。」
みずきが、元気のない健人を心配してそう言う。
が、当麻は…。
「ちょっと!そりゃないだろっ!
どんだけコネを駆使して、あそこの予約取ったと思ってんの!
普通に予約したら、三年待ちとかって言われてる店なんだぜっ!?」
「はいはいっ!それ何回も聞きましたっ!ほんっと、ちっちゃい男だなぁ…。」
「はぁ?今なんか言った?」
健人は、自分のせいで二人が喧嘩になったんじゃたまらん!と慌てて車を止めさせ、
一人でタクシーをそそくさと降りる。
「もうすぐそこだから走って行くわ!じゃ楽しんでこいよ、またなっ!」
そう言ったかと思うと健人は、全力疾走でその場からいなくなってしまった。
「ほんとにこの先大丈夫かな、あの二人…。」
みずきは、先の事は知りたくないと自分の能力に蓋をして、暗闇に浮かび上がる
イルミネーションだけを目で追った。
『秘密の猫かふぇ』入り口。
深呼吸をしてから健人は店内に入り、受付で支配人を呼んでもらう。
オーナー室は一般客立ち入り禁止なので、タクシーの中からみずきが電話を入れてくれた。
程なくして、黒い執事服を着た見覚えのある初老の支配人がやって来る。
「お待ちしておりました、斎藤様。ではご案内致します。こちらへどうぞ。」
昨日新装オープンしたばかりの店内は、この日を待ちわびていた大勢の客で賑わっていた。
皆が店のオープンとクリスマスのお祝いを兼ねて、思い思いにドレスアップして着飾ってる。
そんな人々の中を、カジュアルな服装で黒服の支配人に先導されて歩く健人は、
注目を浴びたくないと言っても無理に違いない。
なんせ支配人に先導されるのは特別な客だけだと、みずきが言ってたのだから。
この日も開店祝いに駆けつけたであろう大物が、あちらこちらに散らばっていた。
その誰もが健人の事を、『誰だ?この若造。』というような目で見てる気がして、
思わずキャップのつばを思いきり下げる。
「斎藤様、もっと堂々となさって下さい。あなた様は正真正銘のVIPなのですから。」
支配人が健人にだけ聞こえる大きさの声で、柔らかな微笑みを添えてそう言った。
「さぁ、こちらがオーナー室でございます。
この部屋はオートロックになっていて、このカードキーが無ければ入れません。
中にいらっしゃる浅香様もお持ちですので、お帰りの節は受付の者にお返し下さい。
では、ごゆっくりとお過ごし下さいませ。失礼致します。」
健人に一礼して支配人は、また来た通路を戻って行った。
トントン!「ゆき姉、入るよ!」
カチャリとロックが解除されドアを押し開けると、そこには白雪姫のように眠る
雪見の姿が目に飛び込んで来た。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.359 )
- 日時: 2011/12/27 09:06
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
『ゆき姉、こんなとこでなんで寝てんだろ…。一体この部屋で何してたんだ?』
そーっとドアを閉め、健人は部屋の中をぐるりと見回す。
ゆったりとした店内に比べ、そのオーナー室は想像外に狭かった。
鰻の寝床と呼ばれるような細長い造りの部屋で、片側を通路にして手前には
雪見が持ってきたと思われる花が飾られたデスク、その隣りに雪見の眠るシングルベッド、
一番奥に大きな書棚があるだけの、ごくシンプルな部屋である。
だがこれも宇都宮の遊び心なのだろう。
店内と同じに壁に取り付けられた、たいまつを模した間接照明が地下洞窟の隠し部屋を思わせ、
もしかすると書棚の奥に、秘密の通路でもあるんじゃないかと想像させられた。
「んなわけ、ないよね…。」
小さく呟いて健人は雪見の前を素通りし、書棚をちょっとだけ押してみる。
…んなわけ、やっぱりなかった。
「何やってんだ?俺。ゆき姉を迎えに来たんだっつーの!」
どうもこの部屋に入った者は、独り言を言いたくなるらしい。
「ゆき姉、起きて!ゆき…!」
雪見を起こそうと、健人が近づいたその時である。
閉じた雪見の瞳から、一筋の涙が頬を伝ってベッドにポトリと落ちた。
『えっ!?』
だが、起きてる様子はない。何か悪い夢でも見てるのか。
だとしたら早く悪夢から目覚めさせてやろうと、健人は雪見を揺り起こす。
「ゆき姉、起きて!ゆき姉!」
ハッと目を見開いた雪見は、目の前にいる健人に驚いた。
「健人くん!?うそ、本物の健人くんだ!
良かった…。どっかに行っちゃったかと思った…。」
雪見はベッドの上で天井を向いたまま、顔を両手で覆って涙を流す。
「どうしたのさ。悪い夢でも見てたの?俺はどこへも行かないよ。」
どんな夢を見てたのだろう。胸がキュンとして、雪見の頭をそっと撫でた。
「ゆき姉こそ、俺に黙ってどっか行くのやめてくれる?心配で心臓が痛くなったよ。」
心の底からそう思っていたが、ふざけた振りして心臓を押さえながら、
ばたりと雪見の隣りに倒れ込んだ。
「うわっ!このベッド、俺らの好きなやつじゃん!
なるほどね!これならゆき姉が熟睡するのも無理ないわ。
最近ずっと、あんまり寝てなかったもんね。
…ねぇ。一人でマスコミのインタビューに答えたんだって?どうして?」
健人が狭いベッドの上でうつ伏せに向きを変え、雪見の涙を指先でぬぐいながら聞いてみる。
「ごめん…。健人くんのファンを悲しませちゃいけないと思ったから…。
ステージの上から会場を見渡して、私一人のせいでこんなに大勢の人を、
悲しませちゃいけないと思った。だから…。
ごめんね、勝手な事して…。」
雪見が寝返りを打ち、健人にギュッとしがみつく。
そんな雪見が健気で可哀想で、健人も力一杯抱き締めた。
「俺こそごめん…。最後の挨拶で…みんなにゆき姉のこと言おうと思ってたんだ。
だけど…言えなかった。
当麻みたく言いたかったのに、ファンの顔見たら何にも言えなかった。
ほんっと情けない奴だよね、俺って…。」
そう言いながら、健人は自分で納得した。
だから俺はいつも、ゆき姉が自分の前から消え去ることに怯えてるんだ。
自業自得なんだ、と…。
しかし、その恐怖は雪見とて同じであった。
いつも悪い夢を見る。
健人が自分を捨て、もっと若くて可愛い人の元へ行ってしまう夢…。
結局、お互いがお互いを失う恐怖と戦いながら、毎日を暮らしている。
こんなにもすぐ隣りにいるのに。こんなにも相手を愛しているのに…。
いくら抱き締めてもキスしても、埋めることの出来ない何かがそこにある限り、
二人の間の微妙な誤差は、どんどん広がるばかり…。
その日のライブの打ち上げは、クリスマスの浮かれ気分も手伝って午前三時過ぎまで続いた。
そこでも終始仲の良い親戚を演じた二人は、ヘトヘトに疲れ果てて帰宅し、
ラッキーが倒したツリーを起こす気力もなく、ベッドに潜り込んだ。
それから三日後。
「あーあぁ!なんでクリスマスが終ると、こんなに疲れてんだろ?」
「それはね、あんたが年々老化してるからっ!」
雪見の問いかけに、容赦なく真由子が突っ込んだ。
ここ数年、クリスマスの二、三日後に、真由子宅で忘年会をやるのが決まりだ。
メンバーは勿論香織を加えての、いつもの三人。
例年だと、料理や酒の買い出しからイベントとして三人で楽しむのだが、今年は違ってた。
雪見がコンサートツアーの打ち合わせがあり、すべて準備が整ってからの参加になったのだ。
「いやぁ、すみませんねぇ!こんなご馳走作って頂いて。」
お客さんになって席に着いた雪見が、恐縮して頭をぺこりと下げる。
「雪見も、すっかり忙しい有名人になっちゃったもんね。
去年のこの日には、まったく想像もしてなかったわ。でも私、すっごく嬉しいの!」
いつも優しい香織は、今日も変らず穏やかな笑顔を雪見にくれた。
「別に、あんただけのために作った料理じゃないから!
あ!健人の分は冷蔵庫に入ってるから、帰りに忘れないで持ってってよ!
ちゃんと、『真由子が作ったの!』って伝えてよねっ!」
冷えたビールと一緒に席に着いた真由子が、いつも通りの毒を吐く。
「私も作ったのに…。」
可哀想に、アイドルおたくの真由子にかかっては、香織でさえも抹消されてしまうのだ。
「んじゃ、とにかく乾杯といきますか!一年お疲れ!カンパーイ!」
真由子の音頭で今年も忘年会がスタートした。
「あー、ウマイっ!やっぱ、このメンバーと飲むお酒が一番だ!
うわっ!このローストビーフのソース、めちゃめちゃ美味しいっ!
やだ、こっちの料理も新作でしょ?後でレシピ教えてよね!
あ、私が持って来たチーズも絶対美味しいから、次、ワインいっちゃう?」
スタートと同時に異常に喋りまくる雪見。思わず真由子と香織が顔を見合わせた。
「ねぇ、あんた。しばらく会わないうちにどうしちゃったの?
すっかり芸能人の仲間入りして、性格まで変っちゃったわけ?
それとも…健人となんかあった?」
明らかにいつもの雪見と違うテンションを、真由子は鋭く指摘する。
長年の親友とは、どうしていつもすべてをお見通しなんだろう…。
プツンと切れた真珠のネックレスのように、雪見の瞳から涙がコロコロ転がり落ちた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.360 )
- 日時: 2011/12/30 21:21
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「あーあぁ!あんたの涙がサーモンのマリネにまで、飛び散ったじゃないの!
しょーがないなぁ、まったく。どれ、話を聞いてやるから言ってみ!」
そう言いながら真由子が、あえて普通を装い、涙など飛ぶはずもないだろう
テーブルの中程にあるマリネに手を伸ばす。
香織はそれをクスッと笑いながら、静かに雪見のグラスにビールを注いだ。
こんな時いつも二人は、根掘り葉掘り聞いてきたりはしない。
ただ雪見の口から出て来る言葉に、ジッと耳を傾けるだけだ。
それから本心を見極め、真由子がズバッと的確に、容赦なくアドバイスをしてくれる。
雪見はそれを、銀座の母の占いみたい!と表現したことがあるのだが、
この日の真由子は銀座の母もたじたじの、かなりの毒舌っぷりであった。
ぽつりぽつりと雪見が心の内を話し出す。
順不同に思い付くまま、それが涙の理由かどうかも解らない感情まで、
隅に溜まってるものを洗いざらい表に出した。
一年に一度の、心の大掃除のつもりで…。
「最近、嫌な夢ばっかり見るの。
健人くんが…若くて可愛い女の子と付き合って、突然家に帰って来なくなる夢…。
夢見ながら本当に泣いてて、健人くんに起こされることもある。」
「ふーん…。あとは?」
「当麻くんとみずきさんが、無性に羨ましくなる時があって…。
私もあんな風に、人目を気にせず堂々としてみたいな、って…。」
それからビールやワインを飲みご馳走を食べつつ、どれぐらい語っただろう。
ひとつ吐き出すごとに気持ちが軽くなり、「あー、語った語った!」と雪見がビールを
飲み干す頃には、さっき泣いた事など忘れ去っていた。
が、ここから真由子のきっつーい逆襲が始まる。
まぁ、あの真由子が途中で口も挟まずに、最後まで聞き役に徹していたのだから、
それは仕方ないと言えば仕方ない話なのだが…。
「あんた…。今言った事と同じような話、もう何回も聞いてんだけど。」
「え?うそだぁ!だって私達、久々に会ったんだよ?
一緒に飲んでもないのに、こんな話するわけないじゃん!」
雪見はカラカラと笑って、ワインボトルに手を伸ばす。しかし…。
「うそだぁ!じゃないわよ!今の話は初めて聞いたにしても、根本的な愚痴の内容は、
今までに聞いた話とまったく同じってこと!
結局あんたは何の進歩もせず、ただ無駄に年だけ食ったってわけ。
もういい加減、健人の仕事や性格を理解しなさいよっ!
それができないなら、さっさと付き合いなんて止めちゃうんだね!」
「真由子っ!言い過ぎだよっ。」
かなりの勢いで強く言い放った真由子を、香織が慌ててたしなめた。
「だって腹立つじゃないの!健人に何の落ち度があるって言うの?
アイドルって職業に付いてんだよ?アイドルの業務内容ってなにさ。
一人でも多くの人を引きつけることが、至上命令じゃないの?
そのためにはカメラの前に立ったら、笑いたくない日でもにっこり笑わなくちゃならないし、
言いたくなくてもインタビューで、ファンの心にキュンとくること言わなきゃならないし、
ましてや彼女がいるなんて、ファンを悲しませることは言っちゃいけないし。
その他にもいっぱい自分を制しなきゃ成り立たないのが、アイドルって職業でしょ?
そんな大変な仕事についてんだよ、健人は!立派に仕事をこなしてると思うけどね。」
そこまでを一気に話したあと、真由子は自分を落ち着かせるため、ワインを一口だけ
ゴクッと飲み込んだ。
そして今度は雪見を諭すように、静かな口調で語りかける。
「あんただってそんなこと、充分理解してるよね。
だからミニライブで健人が二人の仲を公表しようとした時、あんたは止めたんでしょ?
でも、あんなに物事を深く考えて行動する健人が、意を決してファンに報告しようとした…。
どんな気持ちで決断したか、考えてみた?」
真由子に言われてドキッとした。
あの後、私は健人ときちんと向き合っただろうか…。
ファンに言えなかったにしても、健人のその気持ちに対して感謝を伝えただろうか…。
「今きちんと向き合わないと、この先を乗り切れないよね、私たち…。
年が明けてデビューしちゃったら、三月までノンストップで走り続けなきゃならないもの。
ごめん…。私、帰ってもいい?
健人くんに伝えなきゃ。『ありがとう!』って。
まだ帰って来てないと思うから、久しぶりに『おかえり!』って出迎えてあげたい。」
真由子と香織は微笑んでいた。雪見はそうでなくっちゃ!と。
もう、雪見のこんな突然の思い付きに、驚いたりはしない。
「はいはい!今、健人の分の料理をお包みしますよっ!
ちゃんと『真由子から!』って伝えなさいよね!」
そう言いながら真由子は、手早く料理を冷蔵庫から取り出し紙袋に入れ、
ワインを一本添えて雪見に差し出した。
「雪見、今度はデビュー祝いをしてあげるからねっ!
めったに行けないようなレストランを、この真由子様のコネで押さえてあげる。
あ!なんならSJも一緒に、お祝いしてあげよっか?」
玄関先でブーツを履く雪見の後ろ姿に声をかける。
スックと立ち上がり、振り向いた雪見は笑顔で言った。
「うーん、お店の予約だけお願い!私と健人くんとで行ってくるからっ!」
てへっ!と笑った雪見の顔には、もう少しの曇りも無い。
それを見届けた真由子と香織は、安心して雪見を送り出す。
「しょーがないっ!親友のデビュー祝いだ、奮発するか!
香織!あんたも半分持ちなさいよっ!」
「え?」
「じゃーね!また来年もお互い頑張ろう!
あ!5日のCD発売日、忘れないで買いに行ってよー!」
雪見がそう言って手を振りながら、玄関のドアを閉め消えて行った。
「えーっ!CDくらい、くれなさいよーっ!」
後日雪見の元に送られて来たのは、超有名イタリアンレストランのVIPルーム、
フルコース付き貸し切り招待券であった。
送り主はもちろん…あの優しい二人である。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.361 )
- 日時: 2012/01/04 12:42
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「健人くん、間に合うのかなぁ…。」
握り締めたケータイの時計に、何度も目をやっては辺りを見渡した。
だが、まだそれらしい人影も車も近寄っては来ない。
健人の姿を捜しながら、雪見はぼんやりと街中に視線を泳がせた。
年が明けての新年四日。
大体の企業が仕事始めで、夜の街も新年会に繰り出した人々で賑わっている。
が、たまーに見かける振り袖姿の女の子と店先の飾りが、辛うじて正月を思わせるぐらいで、
昔ほど酔客の足元が振らついてないのは不況のせいか。
こうして一年は毎年同じような始まり方をし、いつの間にか何のことはない日常に戻り、
知らぬ間にまた年末へと歩き出しているのだ。
「だもんね、私もいつの間にか33にもなってる訳だ…。
あーあぁ…。六月には34だって!今更ながらビックリするわ。」
街の喧噪をいいことに、思いきり口に出して愚痴ってみる。
しかし、思ったほどスッキリもしないし、一人で喋ってるのも端から見ると怪しいので、
また大人しく健人捜しに戻ることにした。
雪見がそれからキョロキョロすること十分。
やっと見覚えのある車が近づいて来た。健人の乗った及川マネージャーの車だ!
思わず雪見の顔がほころぶ。
「お疲れ様でしたぁ!」
グレーのニットコートの裾を翻し、颯爽と車から降りてきた健人の姿は
今更ながらに格好良かった。
「ごめん、ゆき姉!遅くなって。だいぶ待ったよね?」
嬉しそうに雪見に歩み寄った健人はハットを目深に被り、いつもの大きな黒縁眼鏡を
掛けてはいるが、明らかにその辺を歩いてる酔っぱらい達とはオーラが違った。
「ううん、ぜーんぜん!私も結構ギリギリに来たから。」
芯から冷え切った身体を誤魔化し、平然とした顔で言ったつもりだったが…。
「嘘だぁ!鼻の頭が真っ赤だし。手、貸してみ!うわっ!めっちゃ冷たいじゃん!
ごめんごめん!早く店入ろう!
…って、ここ相当高いんじゃないの?大丈夫なわけ?
しかも俺、いつもとあんまり変らないカッコなんだけど…。」
健人は店を見上げて躊躇した。
「大丈夫!健人くんのファッションは、いつだって抜かりないでしょ?
それに料金は、この招待券にすべて含まれてるって言ってたから。
真由子と香織からのデビュー祝い!有り難いよねー、親友って。
健人くんへのクリスマスプレゼントを探し出してくれたのも、ここに予約入れてくれたのも
真由子なんだよ!今度きちんとお礼しなくっちゃね!
さ、入ろう入ろう!もうお腹ぺっこぺこ!」
雪見が健人の手を引いて、重厚な木製のドアを押し開ける。
その瞬間、温かな空気といい匂いが二人の身体を包み込み、それだけで
幸せな気分になってきた。
「あったかーい!あ、予約の浅香です!少し遅れてごめんなさい!」
受付で名乗ると黒服のイケメンが、一瞬健人の顔を見てハッとした表情を見せたが、
すぐににっこり微笑んで頭を下げた。
「お待ちしておりました、浅香様。ご案内致します。どうぞこちらへ。」
チラッと目をやった一階のフロアは、すでにラストオーダーの9時半を過ぎていたので、
客は美味しい余韻に浸りながらコーヒーを飲んだり、デザートを食べたりしていた。
イケメンくんは受付すぐ横にある緩やかな木の階段を、ギシッギシッと
年代を感じさせる音をさせて登って行く。
雪見たちも後に続いたが、ピカピカに磨き上げられた手摺りが古き良き時代を感じさせ、
ちょっとしたテーマパークの中にいるような感覚に陥った。
「こんな街中に、こんな建物が残ってるなんて…。お店自体がご馳走みたいですね!」
雪見はレトロな感じが大層気に入り、上機嫌で後ろからイケメンくんに声を掛ける。
「ありがとうございます。こちらのお部屋をご用意させて頂きました。」
そう言いながら二階の一室のドアを開けると、すでにテーブルの上には
ワインクーラーに入った白ワインが、二人の到着を待ちわびていた。
席に着くと丁度のタイミングで前菜が運ばれ、冷えた白ワインがグラスに注がれる。
思わず雪見が「うわっ、美味しそう!」と声を上げた。
さぁ!二人きりのデビュー前夜祭の始まりだ!
ドアが閉められた後、「乾杯!」とグラスを小さく合わせる。
「うーん、美味しいっ!真由子、『お祝いだからワインも奮発しておいたよ!』
って言ってたけど、ホント高そうな味がする!」
「やっべぇ、マジ高そう!それにここって、なかなか予約が取れない店なんでしょ?
凄いね!真由子さんって。」
「うん、ラストギリギリの時間しか取れなかったって言ってたけど、丁度良かったよね!
これより早い時間は、健人くん無理だったもん!」
そう言った後はなぜか二人とも、照れて一瞬口をつぐんでしまった。
お互いの顔を、大きな三本のキャンドルの炎だけが照らし出す。
初めてのデートのように、ドキドキするのはどうしてだろう。
「えへっ。なんかいつもだって、家で二人きりでご飯食べてるのに、
シチュエーションが変ると照れちゃうねっ。なんでだろ。」
雪見が高級ワインをグイッと飲み干し、この状況を打開しようとした。
「ずーっとバタバタしてたもんね、今日まで。明日からはもっと忙しくなるし…。
丁度良かったよ。デビュー前に、きちんとゆき姉に話しておきたい事があったんだ。」
健人もグイッとワインを飲み干し、ふーっ…と息を深く吐いた。
「えっ?」
雪見は、ただのデビュー前祝いディナーのつもりが、健人の口から発せられた
「きちんと話しておきたい事」という想定外の言葉によって、ドキドキが
さらに加速してしまった。
「ち、ちょっと待って!いい話?悪い話?あ、もうちょっと後で聞いてもいい?
せっかくのご馳走が、喉を通らなくなると困るから!」
その時、次の料理を運んでイケメンくんが入って来た。
「あ、あのぅ、私達が最後のお客なんですよね?
お料理、全部いっぺんに出して頂いて構いませんから!デザートまで全部テーブルに
並べちゃって下さいっ!」
でも…と渋るイケメンくんを説得し、すべてが運ばれるのをじっと待つ。
最後のデザートとポットに入れられたコーヒーが、テーブルの上に窮屈そうに並び
「では、ごゆっくりとお召し上がり下さいませ。失礼致します。」とドアが閉められる。
その途端、雪見の心臓は再び大きくうねり出す。
やっぱり目の前のご馳走は、喉を通りそうもなかった。
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