コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.367 )
日時: 2012/01/14 16:03
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「俺たち…、いえ、僕と浅香雪見さんは…結婚することに決めましたっ!」

「なっ、なにぃーっっ!?」

健人の声は、少し上ずっていたかもしれない。
もしもこれがドラマのワンシーンであるならば、健人は自ら
「もう一度お願いします!」と、監督に撮り直しを頼んだことだろう。
だがこれは、台本に書いてあるセリフではなく、リアルに自分自身の言葉なのだ。
それが少し不思議な気がして、健人はもう一度心の中で、今の言葉を反すうしてみた。

それと同じように小野寺と今野も、健人の口から吐き出された言葉が、
ドラマのセリフであるかのような錯覚を覚えた。
いや、正確には、そうであって欲しいと願っていた。特に小野寺は…。


「お前…自分で今なに言ったのか、わかってんの…か?」

「もちろん、わかってます!俺の人生で、一番大切な決断ですから!」

そう言い切った健人の声は、もう上ずってたりはしなかった。
真っ直ぐに強い目力で小野寺をキッと見据え、はっきりとした口調で言ったあと、
隣の雪見をふんわりと見る。

その、いつにも増して柔らかな健人の微笑みは、怖さに震えていた雪見の心を
そっとまあるく抱きかかえ、『何にも心配はいらないよ。』と耳元で
ささやいてる気がした。

健人が見せた、頼りがいある大人の男らしさ。
雪見を守り包み込む、柔らかいけれども強い信念を持った心を感じた時、
雪見の中から怖さがスッとどこかへ消え去り、『この人となら…健人くんとなら、
どんな困難にも一緒に立ち向かって行けるはず!』そう確信できた。

その瞬間、雪見のいつものスイッチがパチリと切り替わる。

誰かが乗り移ったかのように目の色が変り、いきなりダンッ!と会議室の長テーブルに、
両手を付いて立ち上がった。

「健人くんは私が一生サポートして、この事務所にとってかけがえのない、
超大物俳優にしてみせますっ!
だから私が健人くんの人生の、専属マネージャーになる事を許可して下さいっ!!」

突然豹変した雪見の迫力と勢いに圧倒されて、言葉も出ない小野寺。
今野や健人までもが呆気にとられて、一瞬ぽかーんと雪見を見つめた。
が、すぐにおかしさがこみ上げてきて、あろう事か今野は小野寺のすぐ隣で
ワッハッハ!とお腹を抱えて笑い出したのである。

「なっ、なに笑ってんだ、今野っ!お前、笑い事で済まされる事かっ!
健人が結婚するって言ってんだぞっ!!」

「いーじゃないですか!結婚、大いにケッコン!いや結構!なんちゃってー!
それに雪見の、なんて雪見らしいセリフ!初めて会った時をまた思い出したよ!」

「はぁ?この場でおやじギャグ…です…か?」
ついに今野が壊れてしまったのかと、健人も少々心配になる。

「ばかやろう!お前と雪見があんまりにも煮え切らないから、俺はストレス溜まって
早死にするとこだったぞ!ダジャレのひとつくらい言わせろっ!」

「今野ッ!お前、全部知ってたのかっ!?こいつらが結婚する事も!」
雪見は、小野寺が隣の今野に掴みかかりはしないかと、ヒヤヒヤしながら二人を見てた。

「結婚は知りませんでしたよ、今が初耳です。けど、そうなればいいなとは思ってました。
健人には雪見が必要なことぐらい、常務もおわかりだったでしょ?」

「えっ…?」
今野に言われて小野寺は、素知らぬ顔をしようとした。だが…。

「まさか、知らなかったなんて言わせませんよ、常務!
二人が同棲してる事も判ってて、何も健人に注意をしなかったのですから、
常務も私と同罪です!」

「同罪って!今野、俺を脅す気かぁ!?」
小野寺の頭に血が上って、顔が赤らんでいる。

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ、常務!血圧が上がりますって!
真面目な話、私はこの二人の結婚は大いに賛成です。」

「今野さんっ!」
健人と雪見は、心強い応援団に笑顔を見せた。

「待てっ!早合点するな。結婚は賛成だが、今はまずい!
折角デビューしてファンが増えてきてるのに、今結婚がバレるとツアーの客入りにも
大きな影響が出る!
だから雪見を引退までに、充分ビッグアーティストに育ててから三月以降、
ドカンと結婚を発表するんだ!
人気者同士の結婚は大きな話題になるが、マイナスイメージは最小限にできる。どうだ?」
今野のドヤ顔に、健人は言いずらそうに頭を掻いた。

「あのぅ…。最初っから、結婚は六月にするつもりだったんですけど…。
俺がニューヨークから帰る前に、あっちで式を挙げてこようと…。」

「えっ?そうだったの?」
今野は自分の早とちりが少々恥ずかしい。小野寺が隣りから白い目で見てる気がした。

「ニューヨークにはゆき姉と一緒に行って来ます。
この人、こう見えても英語話せるらしいし。」
そう言って健人は、まぶしい物でも見るかのように目を細めて雪見を見た。

「あ、一応大学じゃ、英語で論文とか書いてましたから…。
向こうで少しは、健人くんの助けになれるんじゃないかと思います。」

「おおっ!それは有り難い!こっちも安心して健人を送り出せるよ。
そういや、あのなんとか賞を受賞した凄い科学者と、同じゼミで研究してたんだったな!
何て名前だっけ?難しい名前だったような…。」
小野寺が余計な所を突っ込んできたが、さっと話題を切り替えるために素早く雪見が答える。
      
「あぁ、『なしどまなぶ』です!
そんな事より、私達の結婚は許して頂けるんでしょうか!?どうなんですかっ?」
またしても雪見のたたみ掛けるような大声が、会議室に響き渡る。

「シィーッ!声が大きいっ!これはここにいる四人だけの機密事項だ!
トップシークレットだぞっ!わかったな!!」

仕方ないという顔を大袈裟にして、小野寺が声を潜めて三人に言って聞かした。
その瞬間の健人と雪見の顔といったら!

「あ、ありがとうございますっ!!俺、絶対ゆき姉を幸せにしてみせますっ!」
健人が立ち上がり、小野寺と今野に何度も頭を下げた。

「おいおい!それは雪見の親に言うセリフだろっ!撮影ならNGだぞ!
しっかりしろよ、新米夫くん!」


今度は遠慮なしに、一際大きな笑い声が会議室にこだまする。

我が子を見つめるような二人の眼差しは、健人と雪見に前へと進む勇気を与えてくれた。













Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.368 )
日時: 2012/01/15 22:38
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

事務所から結婚の許しをもらった帰り道、ずっと心配してくれてた当麻に
健人は真っ先に報告をした。

「もしもし、当麻っ?やったよ!俺たち、事務所に許してもらえたっ!
めっちゃ嬉しぃ!!」
健人の声は興奮気味に早口だった。
まるで宝くじの、一等一億円にでも当たったかのようなはしゃぎようで、
前でハンドルを握る今野が、運転に集中出来なくて困ってる。

「おい健人っ!頼むからもうちょっと、声のボリュームを落としてくれよっ!
真後ろからガンガン耳に響くわ!しかもお前、俺が一緒に乗ってること忘れてんだろ!」
今野の言う通り健人は、この空間に雪見と二人きりでいるような気分で話してた。

「ゆき姉が俺のために、また頑張ってくれてさ!
『健人くんは私が一生サポートして大物俳優にしてみせます!』って。
で、常務と今野さんに、『私が健人くんの人生の、専属マネージャーになることを
許可して下さいっ!』って頭を下げたんだよっ!?
カッコ良くね?そのセリフ。俺、感動してマジ泣きそうになったから!」
そう言いながら健人は、隣りに座る雪見の肩を抱き寄せ、頬にキスした。

「ちょ、ちょっと、たんまーっ!健人くん、少し落ち着いてっ!
今野さんもいるんだよっ!!もう、やだぁーっ!」

さっきはあんなに大人っぽくて、頼りがいある男になったなと思わせられたのに、
あれは俳優斎藤健人の演技だったのか?それともただの勘違い?
今ここにいる健人はやっぱり一回り年下の、大人だけど少年の健人であった。


「お前達。本当にこれはトップシークレットだって事だけは忘れんなよ。」
健人が電話を切り、騒ぎが収まったところで今野がおもむろに口を開く。

「事務所が許可したと言っても、許可したのは俺と常務だけだ。
残念ながら、当麻達とお前達とでは訳が違う。
当麻の場合は海外のみずき人気のお陰で、世界中からも注目される俳優になった。
事務所がこれを利用して、当麻の主演映画を世界同時公開に切り替えるぐらいだから、
交際発覚もうまい具合にプラスに転じたわけだよ。
だが、こんな言い方は雪見に対して失礼だとは思うが、今の時点で万が一にも
お前達の事がマスコミに知れたとしたら…。
間違いなくうちの事務所は、健人にとってマイナスとしか捉えないだろう…。」

「マイナス…。」

自分の中では充分理解してたつもりでも、改めてそう聞かされると雪見は
かなりのショックを受けた。
何か自分の存在意義を否定された気がして…。


黙りこくってしまった雪見を、健人と今野が慌ててフォローする。
「大丈夫だよ、ゆき姉!当麻にも口止めしてあるし、今までだってバレないで来たんだから!
あ!ニューヨークに着いたら先に式、挙げちゃう?
それとも明日にでも、こっそり婚姻届出しに行こうか?
事務所だって結婚しちゃった二人を、まさか引き離しはしないでしょ!」

「おいおいっ!親にもまだ挨拶に行ってないんだろっ!
親戚同士だからこそ、こういう事はきちんとしとかんと、後で気まずくなるぞ!早く行け。
頼むから、『昨日婚姻届を出して来ましたっ!』とか突然報告すんの、
やめてくれよなー!」
今野が眉間にシワを寄せて後ろを振り向き、「よしっ、着いたぞっ!」
とハザードランプを点滅させて車を止める。
雪見が車を降りる直前、今野が「頑張れよっ!」と声を掛けた。

「引退までに何としてでも、もっと有名になれ!
そして誰も文句の付けようがない、健人の嫁さんになればいい。
明日から、俺がもっと仕事を取って来てやる!営業部だけに任せておけないからなっ。
お前なら絶対出来るよ!だから頑張れ!」
まだ少し元気のない雪見に責任を感じ、笑顔を見せて励ます。だが雪見は…。

「あとたった三ヶ月も無いのに、これ以上有名になんて…。きっと無理です…。」

「ゆき姉…。」

困ったことに、目前に迫ったコンサートツアーにまで自信を失いかけてる様子で、
車のシートに身体を預けたまま、降りようともしない。
どうしたものかと思案する。いつまでも路上に止まってる訳にもいかない。
と、その時、今野が「そうだっ!」と大声を上げた。

「ブログだよ、ブログ!大至急オフィシャルブログを立ち上げよう!」

「えっ!?」
今野の発案によって翌日、さっそく雪見の公式ブログが開設される。


当初は『YUKIMI&』のオフィシャルブログとして、3月31日引退までの
期間限定開設を考えていた。
だが最近健人の仕事が忙しさを増し、健人自身ブログの更新が困難になってきたことを受け、
健人のブログを思い切って3月31日で閉鎖し、その後の健人の近況は、
雪見のブログの中で報告することとした。
こうすることで健人ブログの膨大なファンを、そっくり雪見ブログへと移行させ、
雪見の知名度をさらにアップさせようとの、今野の作戦だった。

これは想像以上の功を奏した。
健人のブログは常にランキング上位を占める人気だったので、
ブログの閉鎖自体がニュースになるほどの話題を呼び、
それに伴ってそれを引き継ぐと発表された雪見にも、
一気に注目が集まったのだ。

ブログは引退後も続けられる事を考慮し、浅香雪見のオフィシャルブログとした。
今野からは、最低一年間は毎日更新することを義務づけられる。

「毎日ですかぁ!?お酒飲んで、忘れて寝ちゃった場合は…。」

「ばっかやろう!健人だって忙しいのに丸二年は毎日更新したんだぞっ!
酒飲んでる暇があったら、パソコンに向かってろっ!」

「はぁ〜い…。」


習慣になれば結構楽しくなるもので、連日コンサートのリハーサルで疲れ果てても、
パソコンの前に座るとシャキッとしてくる。
時々健人とお互いのブログに登場すると、その日のコメント数は一気に増え、
雪見はブログ開設からわずか一週間で、ベストテン入りするほどの人気ブロガーとなった。

コンサートツアー初日の25日まで、あと三日。
今野の作戦は見事に成功し、雪見のブログファンからチケットの問い合わせが殺到したため、
急遽東京と大阪公演を一日二回公演に変更した。


いよいよ五大都市ツアー&写真展
「YUKIMI&SPECIAL JUNCTION TOUR 2011」の開幕だ!

































Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.369 )
日時: 2012/01/22 08:48
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ねぇ、このコートじゃ寒かったかな?やっぱダウン着てくればよかった?
今野さん、晩ご飯はススキノで食べるんですよね?少しだけなら飲んでもいい?
いやぁ、美味しい毛蟹が食べたいな!海鮮鍋でもいいな!めっちゃ楽しみっ!」

羽田発新千歳空港行の機中後方。
搭乗して座席に落ち着いた途端、三人掛けの真ん中の席で一人テンション高めに
喋り出したのは、健人…ではなく雪見である。

「ゆき姉、少し落ち着いて!こんなとこで目立つと、また厄介なんだからっ!」
窓側の席に座る健人が、シートに身を沈めるようにして小声で注意する。

「お前ってやつは、まったくっ!
緊張してお腹が痛いだのなんだの、さっきまでギャーギャー騒いでたのはどこの誰だっ!?
そんだけ食い気があるなら、明日のライブは大丈夫だな!
にしても、健人達がバレるから静かにしてろっ!」
通路側の今野にも、呆れ顔で警告された。


いよいよ明日1月25日、札幌を皮切りに全国ツアーがスタートする。
雪見はその興奮と緊張を、喋る事によって紛らわすしかなかったが、
さすがに飛行機の中ではうるさすぎた。

冬の新千歳空港行きは、大雪で欠航することも多々ある。
なので健人ら一行は、それぞれが一仕事終えてから、前日夕方の便で現地入りするのだ。

斜め後ろの席では、すでに当麻が眠りについてる。
連日の過密スケジュールとツアーのリハーサルなどで、疲労困憊してるのは
見た目にも明らかだった。

「当麻くん、大丈夫かなぁ…。相当疲れてるよね。」
ちらっと後ろを振り返り、雪見が心配そうに健人に話しかける。

「うん…。けど、あいつなら大丈夫だよ。根性あるしタフだから。
北海道の美味いもん食えば、体力も回復するって!
あ、それに明日みずきの顔見たら、あっという間にエネルギーチャージ完了!」
そう言って健人は、雪見を安心させるように笑って見せた。

みずきも当初は一緒に札幌まで行く予定だったのだが、急遽入った仕事のお陰で
同行することが出来なくなり、明日お昼の便で会場に駆けつける。
どうしてもツアー初日は当麻に付いててやりたいと、相当マネージャーにごねたらしい。


それぞれが、それぞれの思いで迎えるツアー初日。
三人とも、出来る限りの努力はしてきたつもりだ。
だが、いくらリハーサルを重ねても、やはり不安は無くなりはしない。
お互い本業とは違う事をするのだから。

経験不足というものは、何においても常に不安との戦いだ。
それを、いかに自分の中で処理して平常心を作り出し、ここまで積んできた成果を
少ない成りにも一つ残らず出し切るか。

完璧に出し切ったところで、それを生業としている人には、どうやっても
太刀打ちできないのだが、お金を頂いて聴きに来てもらう以上、素人だから
というのは言い訳にすぎない。
俳優だから。カメラマンだから。そんな意識は捨てねばならぬ。
そこが乗り越えなくてはならない壁であり、プレッシャーでもあった。


健人と雪見は昨日の夜、寝る前にベッドの中でこんな会話をした。

「はぁぁ…。とうとう始まっちゃうね、ツアー。私の人生最大の緊張感だ…。
カメラマンになった時は、まさかこんな日が来るなんて、想像もしてなかったもん。
人生って、どこで何が起こるか判らないよね。」

「まじ俺もそう思う。けどさ、人生ってその連続で作られて行くんじゃない?
新しい道に出会った時、そっちに進むか古い道を進むか。
俺だって、原宿でスカウトマンが俺の前を素通りしてたら、今頃普通に大学生になって
普通に就職してたはずだもん。それが俳優になって、アーティストになろうとしてる。
運命の分かれ道ってやつ?人生ゲームそのものじゃん!」
健人の言ってることが良く解ったので、雪見はガバッと身体を起こして賛同した。

「ほんとだねっ!私もそうだ。仕事辞めて専門学校行ってカメラマンになった。
で、真由子んちで偶然健人くんの写真集見て、専属カメラマンになって
今はアーティストになろうとしてる。
全部の分かれ道でそっちを選んだのは自分。それが今に繋がってるんだよね。」

「そ!そんで今度は俺たち結婚しようとしてる。
まったく違う道を歩いてきたのに、ここからまた道が一つになるんだ。
それって凄くね?」
健人が世紀の大発見をしたかのように、目を輝かせて言う。
それがめちゃめちゃ可愛くて、思わず雪見は抱き付いて頬にキスした。

「凄い凄いっ!じゃあきっと私達がアーティストになったのも、この先の
どこかの道に繋がってるんだよね!よーし!そう考えると頑張れそうな気がする。
どこの道につながってんのか、楽しみにしてよっと!」
雪見の気分を少しだけ方向転換してやれて、健人は嬉しそうに微笑んでた。

それからも二人は、久しぶりに時間を忘れてお喋りを楽しんでる。
今野から、一分でも多く寝て体調を整えておくように!との業務命令も忘れて…。

「そういや、ゆき姉のじーちゃんとばーちゃんって、札幌にいるんじゃなかったっけ?」

「そう!ホテルが急遽変更になったでしょ?予定してたホテルがバレちゃって。
その変更になったホテルのすぐ近くに住んでんの!歩いて五分ぐらいのとこ!」

「うっそ!?なにそれっ!マジで?じゃ、挨拶に行かなきゃ!」

「いいよいいよ。私がちょこっと顔出して来るから。
母さんにも頼まれてんの。様子を見て来てって。
年寄りの二人暮らしで母さんも心配してるんだけど、今更東京になんて住む気ないだろうし、
かと言って母さんも、札幌にはそうそう行けないし…。」

健人と雪見は、お互い父方の亡くなった祖母同士が姉妹のはとこだが、
雪見の母方の祖父母はまだ札幌に健在である。
しかも今回宿泊するホテルと祖父母の自宅とは、目と鼻の先。
さらにその先には北の歓楽街、ススキノが広がっていた。

「やっぱ、俺も一緒に行きたい!ちゃんと挨拶だけはしておきたいんだ。
『雪見さんと結婚させていただく斎藤健人です!』って。
だって、ゆき姉のじーちゃんとばーちゃんなんだよ?」

「健人くん…。」

「大事な孫を嫁にもらうんだから、当り前だろ?
それに札幌まではなかなか行けないし、こんなグッドタイミングはないじゃん!
よしっ、決めたっ!明日は着くのが遅いから、あさっての朝二人で行って来よう!」


そうして健人と雪見は札幌で迎えた朝早く、少々二日酔いの頭を抱えて
雪見の祖父母の家へと歩いて出掛けた。

早朝積もった真っ白な雪に、今日から始まる新しい足跡を残しながら…。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.370 )
日時: 2012/01/23 15:51
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「おはよう!おじいちゃん。元気だった!?」

辺りがまだ完全には明るくなり切れない朝七時。
雪見と健人は手をつなぎ新雪を踏みしめて、宿泊したホテルから徒歩五分あまりの
雪見の祖父母宅を訪れた。

二人が尋ねて来る事を前日知った祖父は、まだ夜も明けきらない頃からいそいそと、
玄関周りを雪かきしていたらしい。
八十過ぎた年寄りに、いや年寄りでなくても冬の除雪は重労働できつい仕事なのだが、
雪見の祖父は年齢の割には見た目も身体も若く、雪かきを冬の運動と割り切って
楽しんでやってると以前言っていた。
声に振り向いた祖父は血色も良く、元気そうでまずは一安心する。

「おぉ、雪見!よく来たね!寒かっただろ。さ、早く中に入りなさい。
斎藤さんもどうぞ。」

「あっ、は、はいっ!お邪魔しますっ!」

健人が挨拶するよりも先に「斎藤さん」と呼ばれ、初対面の挨拶をしそびれた健人は
少々バツ悪かった。それと同時に、自分の事を何て説明してあるんだろ?
と、不安がつのる。

雪見は我が家に帰って来たかのように、さっさとブーツを脱ぎ、たたっと中へ入って行く。
その後ろを健人が、遠慮がちにそろそろとついて行った。

「おばあちゃん、おはよう!ごめんね、朝っぱらから。元気だった?」

「相変わらずの病院通いだけど、それなりに元気だよ。
いらっしゃい、斎藤さん。いつも雪見がお世話になってるそうで、ありがとねぇ。
さぁさぁ、そこに座って!朝ご飯は食べたの?今、コーヒーを入れるから。」

「ご飯はホテル戻って食べるから、コーヒーだけでいい。
あ、おばあちゃん!健人くんのも牛乳入れてね!私と同じでいいから。」

「はいはい。」

ソファーに雪見と並んで腰を下ろしたところへ、雪かきを終えた祖父が居間に入って来た。
とっさに健人が立ち上がったので、隣の雪見がびっくりして顔を見上げる。

「あの、斎藤健人といいます!初めまして!雪見さんとは父方のはとこにあたります。」
外で言いそびれた初対面の挨拶を、今度こそはタイミングを逃すものかと、
勢い込んでる健人の顔が雪見は可笑しかった。

「これ、つまらない物ですが、お酒がお好きと聞いたので良かったらどうぞ!
あと、こっちは東京で今人気のお菓子です。食べて下さい。」

「あぁ、すまんね!ありがとう。有り難く頂くよ。まぁ座りなさい。」
そう言いながら健人から土産を受け取った祖父は、居間に続いてる仏間に行き、
仏壇にお菓子の箱を上げて、チーンチーンと鈴を鳴らした。

「なに緊張してんの?天皇陛下にでも会ってるみたいな顔して。
普通のじいちゃんとばあちゃんなのに。」
クスクス笑いながら雪見が隣の健人を見る。

「だって、早くあの話を…。」

「い、いや、いいのっ!それは後で…。」

来て早々に結婚話をするのかと、慌てて雪見が健人を止めた。
だが健人の言う通り、長居もしてはいられない。
八時の朝食までには戻ると、今野に伝えて出てきたのだから。

なんせあと十二時間後には、雪見たちはステージの上に立っている。
そんな緊張感溢れる朝なのに、この場所にはそんなことお構いなしの、
穏やかで緩やかな空気が流れていた。


一通りお互いの近況報告や世間話を済ませたあと、雪見はそろそろ例の話に移らねばと
チラッと壁の時計に目をやり、まずは健人の紹介を手始めにする。

「ねぇ。この人、テレビに出てる人なんだけど、見たことない?」

祖父母は、もちろん今どきのテレビドラマは見ない。
が唯一、大河ドラマだけは欠かさず見てた記憶がある雪見は、去年健人が初めて出演した
大河ドラマの役名を口にした。

「おおっ!見てた見てた!いや、さっぱり気付かんかったなぁ!
テレビじゃ汚い顔してたけど、実物はえらい男前だ!」
祖父が目をまん丸にして健人を見つめた。

「あははっ!いや、そうですよねっ!あの役は毎回顔を汚してたから。
でも見ていただいて光栄です!また大河に出れるように頑張りますっ!」
少し緊張がほぐれたらしく、嬉しそうに健人が笑顔で言った。

それをきっかけに、祖父と健人のあいだで大河トークが弾む。
良い感じに健人が馴染んだのを見計らい、いよいよ雪見が本題へと口火を切った。

「あのね、おじいちゃん。あ、おばあちゃんもそこ座って!
私たちね…結婚することになったの!」

「ええっ!けっこんっ!?雪見とこの人がぁ?」

想像以上のビックリさ加減に、雪見は二人がそのまま倒れてしまうのではないかと焦った。
そんなにも孫の結婚話は意外だったのか?
もしかして、もう諦めていたとか…。

「そんなに驚かないでよ!私だってもういい年なんだから、お嫁に行ってもいいでしょ?」

「いや、お前はいいさ。けど斎藤さんはいいのかい?まだそんなに若いのに。
それにテレビじゃ人気者なんだろ?雪見なんかで本当にいいのかい?」

祖父の目は真剣だった。
いつまでも驚いてる場合じゃなく、孫の結婚相手を新たな目で真剣に見てみようと、
健人の返答を待ちつつ隅々まで眺めた。
その隣りの祖母の瞳には、すでに涙が浮かんでいる。

「雪見さんじゃなきゃ…雪見さんじゃなきゃ、だめなんです!
僕の事、心配されるのはよく解ります。
けど、絶対に雪見さんを悲しませたりはしません!幸せにします!
だから、僕たちの結婚をどうかお許し下さいっ!」
そう言って健人は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「まぁ座りなさい。もう二人とも立派な大人だ。
周りがとやかく言う事は無かったな。いや、すまんすまん。
斎藤さん。何のお役にも立てない孫かもしれんが、気持ちだけは優しい子だ。
どうか雪見をよろしくお願いします。」
祖父も立ち上がり健人に頭を下げる。隣の祖母が、そっと涙を手で拭った。


「じゃ、またねっ!今度来る時は花嫁衣装の写真を持って来るから。
それまで元気にしててよ!」
玄関先で名残惜しそうに手を振る二人に、角を曲がる直前再び頭を下げる。

健人と雪見は一仕事終えた安堵感に浸りながらも、肩に舞い落ちる白い雪に
ここがツアー最初の地、北海道であることを思い出した。
だが不思議と心は穏やかで緊張感からは解放され、徐々にお腹の底から
やる気がみなぎってくる。

「よっしゃ!じゃ一丁やりますかっ!何か早く歌いたくなってきた!」

そう健人が言ったあと、返事のように雪見のお腹がグゥーッと鳴った。






Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.371 )
日時: 2012/01/25 20:00
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「あー、お腹空いたぁ!やっぱ早起きすると、お腹が減るもんだねっ。
やだ、みんな美味しそう!全種類食べたいかもー!」

朝八時。雪見と健人が大急ぎで祖父母宅からホテルに戻り、何食わぬ顔で
朝食バイキング会場に現れる。

健人たち一行は、あえて一番最後の食事時間帯を希望したので、広い会場に
数組の客がまばらにいるだけで、人目を気にする事なく朝食を楽しめそうだ。
これが東京だったら、あるいは札幌雪まつり時期だったらそうはいかないだろう。


すでに当麻や今野らは、昨夜のススキノ後遺症のせいか、控えめに盛ったご飯を
食べ始めるところだった。
健人と雪見も慌ててトレーに皿を乗せ、健人は和食、雪見は洋食をチョイスして
当麻の隣のテーブルにつく。

「おはよう!外の景色見た?新しい雪が積もって真っ白!めっちゃ綺麗!
お天気もいいし、ツアー初日には最高の朝じゃない!?」
朝っぱらからハイテンションな雪見の乱入に、当麻や今野、周りのテーブルの
スタッフたちも顔を見合わせた。

「お、おはよう。なんで朝からそんなに元気なの?しかもそんなに食べんの?朝から?」
雪見のトレーに並んだ皿数を見て、当麻が少々引いた。

「だって、お腹ペコペコだもん!当麻くんこそ、そんな少ししか食べないの?
リハーサル中にお腹減っちゃうよっ!」

そう言いながら雪見は「いただきまーす!」と手を合わせたあと、モリモリと
野菜サラダを頬張り、嬉しそうにベーコンエッグを口に運び、二つ目の
クロワッサンに手を伸ばし、フレッシュジュースをゴクゴクと飲み干し
フルーツヨーグルトを食べて、食後にカフェオレを飲んだ。

「すっげ…。もしかして、まったく緊張とかしてないわけ?
俺なんて、朝飯も食わなくていいかなって思ったくらいなのに。
夜中に何回も目が覚めちゃうしさ。ヤバいくらいに緊張してんだけど…。」
それっきり当麻の箸は、ぱたりと動きが止まった。

「へぇーっ!めずらしくね?当麻がそんなに緊張すんの。
大丈夫だって!一人でやるんじゃないんだから。
誰かの失敗は、誰かがちゃんとカバーするって!それがキズナだろっ?」

「さっすが健人くん!そうだよねっ!だって絆がテーマのツアーだもん!
『SJ』のデビュー曲だって『キ・ズ・ナ』でしょっ!」

「ねぇ!俺今いいこと言った?」

雪見と健人が楽しそうに笑ってる。
二人でいれば怖いものなど何もない、と言うふうに。
当麻にはそれが少しだけ羨ましかった。
今ここにみずきがいれば、自分もそう思うことが出来るのだろうか?
頭の中で想像してみたが、そうとも言い切れない気がした。

だけど…早くみずきに会いたい…。


午前十時、健人達を乗せたバスがホテルを出発。
バスに乗り込むところから、ビデオカメラが回される。
後日、ツアーの様子を収めたDVDが発売されるのだ。
雪見の祖父母宅前を通過して、ツアー初日の札幌文化ホールへと向かう。

開場六時、開演七時なので時間はたっぷりあるような気がしたが、実際は違った。
ホールのロビーで行われる、健人と当麻の写真展の監修を雪見が担当し、
リハーサルの合間に三人でマスコミ取材を数件受け、ホール近くにあるテレビ局二社の
ローカル番組にも、ほんの数分づつだが揃って生出演した。


慌ただしくテレビ局から戻り、あとはライブの準備に専念するだけだと安堵する。
少し時間が空いたので、三人でロビーの写真展を見て回ることにした。
その頃には、常に向けられてるビデオカメラも雪見は気にならなくなり、
いつもの「ゆき姉」としてビデオに収まった。

「見て見てっ!この写真。今回の私のイチオシ!どう?」
雪見が指差したのは、沖縄竹富島で写した未公開ショットの大きなパネルだった。

猫が集まる海岸の大きな木陰に腰を下ろした健人と当麻が、一匹の人懐っこい猫を相手に
葉っぱを猫じゃらし代りにして遊んでやってる光景だ。
猫好きな二人が、まるっきり素の表情で猫を見つめる瞳が優しい。
向こうに広がる白い砂と青い海、そして眩しい太陽が、あの楽しかった
三人旅と沖縄の風を思い出させた。

「めっちゃ、このパネル欲しいっ!」当麻が真っ先に叫ぶ。

「俺もっ!これ部屋に飾ったら、すっげオシャレくない?また沖縄行きたくなった!」
健人も興奮気味にそう言った。

「そんなに気に入ってくれた?良かったぁ!
これはね、絶対大きく引き延ばした方が綺麗だと思って、写真展用に取っといたの。
じゃ、ツアーが終ったらもう一枚パネル作って、二人にプレゼントしてあげる!
あーこれ見たら、なんだか私もまた沖縄行きたくなっちゃったな…。」

寒い所にいると、余計温かい場所が恋しくなる。
雪見は竹富島の民宿のおじさんを思い出し、元気かな…と思いを馳せた。
おばさんが亡くなってから、どうしてるかな…と。

「よしっ!じゃあさ、今度またみんなで沖縄行こうよ!
次はみずきも一緒に、念願のダブルデ…!?」
健人が「ダブルデート」と言おうとして、慌てて口をつぐむ。
カメラが回ってる事をすっかり忘れてたのだ。

「ダブルデ、ダブルで…そうだ!ダブルで自転車の二人乗りっ!!
当麻、やりたかったんだよねっ?俺らみたいに竹富島で二人乗り!
まぁゆき姉の場合は、自転車に乗れないのが判明したんで、仕方なかったんだけど。」
かなり苦しい展開にはなったが、なんとか健人が自分で危機を回避した。
が、それでもやっぱり編集でカットするしかないか?


三人が苦笑いしているところへ、コツコツとロビーに響く足音が近づいて来る。

「なぁに?沖縄に私も連れてってくれるの!?いつ?いつ行くの?
今度こそ絶対みんなと一緒に行くからっ!」

「みずきっ!!」

振り向いてみずきを見た瞬間の、当麻の笑顔といったらなかった。
いくら交際宣言した後とは言っても、ファンには配慮しなければならない。
抱き締めたいくらいに嬉しかったが、カメラが回ってる手前グッと堪えて握手で我慢する。

「やっとみんなに追いついた!早く合流して緊張をほぐす手伝いしようと思ったけど、
誰も緊張なんかしてないようね!
さすが『SJ』と『YUKIMI&』だけのことはある!安心したわ。」

そこへ、最後のリハーサルを始めると、スタッフが呼びに来た。
刻一刻と近づく本番の時。
だが、みずきの言う通り、誰も緊張するとは口にしない。
むしろこの緊迫した空気を、第三者的に楽しんでるふうにも見えた。


その姿を側らで見ていた今野は、このツアーの成功をすでに確信したのだった。






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