コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.152 )
- 日時: 2011/05/16 15:41
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
e さんへ
いつも読んでくれててありがとう!
私もそろそろ愛穂さんや他の人を投入して、話の流れを変えていかなくちゃ
と思ってました。
今、大まかなストーリーを考え中なんだけど、まとまった時間が取れなくて
当たり障りの無い話でつないでる状況です。
せっかく考えてくださったキャラなので、一人でも多く登場させてあげたいんだけど。
読んでて出てきたらラッキー!ぐらいに、気長に待ってて下さいね。
ではまた…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.153 )
- 日時: 2011/05/17 05:41
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「じゃ、本番行きます!十秒前!8、7、6…」
カウントダウンが始まり、雪見の緊張は極限にまで達していた。
それをどうにかしてほぐそうと、当麻が二秒前までヘン顔をして笑わせようとする。
オープニング曲の最中、堪えきれなくなってクスクス笑い出した雪見を
当麻は「良かった!そのまま笑ってて。」と微笑んだ。
「さぁ、今週もお待ちかねの金曜日がやって来ました!
『当麻的幸せの時間』、この放送をお送りするのは、あなたの三ツ橋当麻です!
ってことで、始まっちゃいましたよ、今週も!
なんか一週間って、めちゃ早くない?
あ、みんなの中にはこの日が待ち遠しくて、一週間がめちゃ長かった!って人もいるだろうね。
それは今日の相棒くんのせいでもあるかな?
先週お伝えした通り、今週から十二月まで隔週でこの二人が僕の相棒に
なってくれます!
ご紹介しましょう。斎藤健人と浅香雪見さんです!」
「こんばんは!猫カメラマンの浅香雪見です!今日から二週間に一度、
この番組のお手伝いをさせて頂くことになりました。
あんまりお喋りは得意分野じゃないんですけど、当麻くんの足を引っ張りながら
みなさんと一緒にこの番組を楽しみたいと思いますので、どうぞよろしく!」
「おいおい!『足を引っ張らないように』じゃなくて、『足を引っ張りながら』なわけ?
先が思いやられるなぁー!まぁ、ゆき姉には多くを期待してないから、
リスナーさんと一緒に番組を楽しむってスタンス、いいと思うよ!」
「ちょっと!『多くを期待してない』って、それもあんまりだと思うけど。」
当麻のリードによって、オープニングは順調な滑り出しだ。
緊張の中で見守っていたスタッフ達にも安堵の表情が広がった。
あとは、健人の事をリスナーに上手く伝えなければならない。
当麻の腕の見せ所である。
「ところで、肝心の健人がいないけど、トイレにでも行っちゃった?
おーい!けんとーっ!」
「もしもーし!斎藤健人でーす!当麻、聞こえる?」
「うわっ!健人がここにいないのに声だけ聞こえる!」
「なに、くさい芝居してんの!すみませーん、みなさん!
実は俺、インフルエンザにかかっちゃって、今日はスタジオに行けなかったんです!
今、自宅から電話で繋いでもらって話に参加してるとこ。
この次には絶対治ってまたスタジオからお送りするんで、今日の所は
電話で勘弁して下さい!
あ、俺ならこの通り元気だから安心して!
ただ、まだうつしちゃう時期だからそっちに行けないだけで、本当は
黙ってりゃバレないかな?とか思ったんだけど…。」
健人は、今から行ってもいい?と真面目な声で当麻に聞いた。
いいと言われりゃ今すぐ飛んできそうなほど、スタジオに来たがった。
「なに言ってんの!来なくていいから。今日は大人しく家に居なさい!
その代り、ガンガン話に入ってきていいから。
あ!ケータイの充電だけは切れないようにしといてよ!
じゃ、本日はこんな感じでスタートです。
では最初の一曲。斎藤健人が大好きなミスチルの『花火』です!
これ、俺からのお見舞いだよ。受け取ってね!」
何とか上手くいったようだ。
当麻が初めて、ふぅーっ!と一息つく。
そして、まだ緊張した面持ちで向かいに座る雪見ににっこりと微笑み、「ファイト!」と励ました。
当麻に笑顔でそう言われると、なんだかとても勇気が湧いてくる。
当麻のためにも頑張らなくちゃ!と雪見は自分を奮い立たせた。
すべてが当麻のリードによってスタジオと健人、リスナーとが上手に結ばれ、
曲やおしゃべり、リスナーからのメッセージの紹介などが予定通りに進んで行く。
雪見もいつの間にかすっかり当麻のペースに巻き込まれ、会話を楽しむ
余裕さえ生まれてきた。
「じゃ、そろそろ俺の『今月の発表会』に行っちゃおうかな?
ゆき姉の前で、メチャ緊張するんだけど!」
そう言いながらおもむろに立ち上がり、用意されたスタンドマイクの前に移動する。
『今月の発表会』とは、毎月最後の放送日にプロデューサーの三上から
課題曲が発表され、それを次の一ヶ月間当麻が一生懸命練習して、また
月末の放送でみんなに披露する、という企画だった。
ほぼ一年前から始まったこのコーナーは、今やこの番組の看板企画となり、
なんとこの十二月には、今まで当麻が歌った全曲を収録したCDを制作し、
視聴者にクリスマスプレゼントとするというビッグな話になっていた。
「えーと、先月の課題曲は福山雅治さんの『桜坂』だったんだけど、
これは俺の大好きな曲で、元々カラオケでもよく歌ってたから今までで
一番自信あるかな?ゆき姉も聞いたことあるよね、俺の『桜坂』。」
「うん!当麻くんの十八番だ!これが課題曲だったから、こればっかり
歌ってたんだ!なんで他の歌歌わないのか不思議だった。
けど、確実に上手くなったと思うよ。耳にタコ出来るほど聴かされた
私が言うんだから間違いない!自信持って歌ってね。
これ、一発勝負なんでしょ?私の方が緊張してきた。頑張れ、当麻!」
静まりかえったスタジオにイントロが流れ、当麻は目を閉じて歌の世界に
集中する。左手の青いブレスレットを右手でギュッと握り締めた。
そして心を込めて歌い出す。目の前の雪見に捧げるように…。
元々歌は上手い方なので、最近はミュージカルの仕事も多い当麻。
その当麻が、大好きな曲を大好きな人のためだけに歌う。
今までで一番感情がこもって聴く者の心を揺さぶる歌声に、モニター室
で聴いていた音楽プロデューサーでもある三上が唸った。
「凄いな!今日の当麻は。これ、リスナープレゼント用にだけ録音するのは
どう考えてももったいない出来だ。事務所に交渉だな、早速。」
三上は、商業ベースでのCD発売を考えていた。
と同時に、あるいい考えも思いつき、急遽来月の課題曲を変更する。
当麻が上気した頬で雪見に感想を求めた。「どうだった?俺。」
「すっごい良かったよ!今まで聴いた当麻くんの歌の中で、一番感動した!
泣きそうになったもん、私。」
「なんだ!泣いてくれなかったの?ゆき姉のためだけに歌ったのに。」
そう言ってすぐに、しまった!また失言しちゃった!と内心焦る当麻。
「さぁ!じゃ三上プロデューサー、来月の課題曲をお願いします!」
と、すぐに話をそらした。
「えー、来月の課題曲はこれ!絢香×コブクロの『WINDING ROAD』です!
これを、雪見さんと当麻、健人の三人に歌ってもらう!」
「えーっ!嘘でしょ!私も歌うのぉ?」
雪見も驚いたが、ラジオの向こうの健人も同時に驚いていた!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.154 )
- 日時: 2011/05/18 07:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「うそっ!俺たち三人で歌うの?しかも、こんなに難しい曲を?」
当麻が言う通り、絢香×コブクロの『WINDING ROAD』は、綺麗にハモれば
格好良く決まるが、三人の息がピッタリ合わなければ全てが台無しになるような、
とても難しい曲でもあった。
「十月は健人くんも当麻くんも、新しいドラマがスタートするんだよ!
どう考えたって忙しいのに、三人集まって練習する時間なんてある?」
雪見が無理じゃない?と、当麻に聞いた。
「無理でも何とか頑張るのが、このコーナーの意義なの!
俺はやれると思うよ。今までも忙しい中、どうにかしてきたんだから。
健人!健人はどう?多分俺と同じようなスケジュールだろうから
忙しいに決まってるけど、どうする?
もし二人が無理だって言うなら、元々は俺だけの企画なんだから課題曲を
変更してもらって、また俺一人で歌ってもいいんだけど…。」
ラジオの向こうの健人に話しかける。
「やるに決まってんでしょ!こんな面白そうなチャレンジ、当麻だけに
楽しまれたら悔しいもん!歌の練習が、仕事の丁度良い気分転換になりそうだし。
ゆき姉!もちろんゆき姉もチャレンジするよね?俺たちと一緒に。」
顔こそ見えないが、健人の声は嬉しそうにウキウキと弾んで聞こえた。
「健人くんと当麻くんがやるって言ってんのに、私がやらないなんて、
言えると思う?やります。やらせていただきます!」
雪見の力強い宣言に、当麻とラジオの向こうの健人が同時に「やった!」と叫んだ。
「じゃ、決まりだね!来月の課題曲は『WINDING ROAD』に決定!
みなさん、一ヶ月後をお楽しみに。
では、今日最後の一曲、この『WINDING ROAD』を聴きながらお別れです。
この歌、凄く元気が出る曲で、俺も大好き!
一ヶ月間一生懸命練習して、みんなにも元気があげられるように頑張るからね。
では、また来週をお楽しみに。
『当麻的幸せの時間』この番組は三ツ橋当麻と、」
「浅香雪見がお送りしました。」
「みなさん、良い週末を。バイバイ!」
『♪曲がりくねった道の先に 待っている幾つもの小さな光
まだ遠くて見えなくても 一歩ずつ ただそれだけを信じてゆこう♪』
絶妙なタイミングで曲がかかり、当麻たちの出番はこれで終了。
雪見も取りあえずは大きなミスもせず、何とか最後までこぎ着けた事を
心から安堵した。
だが今度は、今かかってる曲に耳が釘付けになり、果たして本当にこの歌を
自分が歌えるのかが心配になってくる。
「歌うって宣言しちゃったけど、マジで相当練習しないとヤバイよ!
キーも、原曲のままだと当麻くん達がきついから、少し下げた方がいいね。」
そう言いながら雪見が、流れる曲と一緒に歌い出した。
「さっすが、ゆき姉!すでにほぼ完璧じゃないの?
こりゃ、俺と健人が必死に練習しないと、追いつけないや!
健人、まだ電話繋がってる?」
「おぅ!お疲れ!ゆき姉はまた自分の世界に入って歌ってるな?
俺のインフルエンザが治るまでは当麻に近づくな!って今野さんに言われてるから、
しばらくはお互い自主練だね。治ったら三人でカラオケ行って特訓だ!
なんか俺、すっげーワクワクしてる。だって、この三人の歌がCDになるんだよ?
メチャ嬉しいんだけど!」
健人の熱も、とうに下がったようだ。
この勢いで今カラオケ行きたかったなぁー!と残念そうに言う。
「健人は明日も仕事休まなきゃならないんでしょ?いいなぁー!
俺もうつしてもらおっかな?」
「何言ってんの!この後が大変なんだぞ!仕事に穴開けたんだから…。
とにかく俺治ったら、一度カラオケ行こうね!じゃ、電話切るよ。
みんなによろしく言っといて!
あ!ゆき姉に、寄り道しないで帰ってこい!って伝えて。じゃ!」
そう言って健人は電話を切った。
「寄り道しないで帰ってこい!って…。まるで夫婦じゃないか…。」
まだ歌ってる目の前の雪見を見つめながら、当麻がつぶやいた。
「あーあぁ、やっぱり難しいわ、この曲!一人一人が完璧に自分の歌
仕上げた後、相当三人で歌合わせしないと…。
あれ?健人くんは電話、切っちゃった?」
最後まで歌い終わった雪見が当麻に聞く。
「あ、うん。みんなによろしく!って。それより、これ終ったら飯でも
食いに行かない?二人で反省会しよう!俺おごるから。」
健人からの伝言は伝えたくなかった。
いつもはそんな意地悪絶対にしないのに、なぜか今は、このまま雪見を
健人の元に帰すのが嫌だった。
二人きりで話したいことが山ほどある。二人でご飯を食べながらお酒を
飲んで、いろんな事を語り合いたい。
今までも健人と三人で、たくさんおしゃべりはしてきたけれど、今日は
どうしても雪見と二人になりたかった。こんなチャンスはもう無いかも知れない。だが…。
「ごめん!やっぱ今日は真っ直ぐ帰るわ。
カレー作って置いてきたけど、なんか健人くん一人で食べさせるのは可哀想で。
それにあの人、家事がまったく出来ない人だから、もしかしてカレーも
冷たいまま食べちゃうかも!なんか心配になってきた。」
「そんな、子供じゃないんだから!適当にやってるから大丈夫だって。
俺、ゆき姉を連れて行きたい、めっちゃお洒落な店見つけたんだ!
そこ行こ、そこ!」
当麻がどんなに誘っても、雪見がうん、と返事をする事はなかった。
どうやっても、ゆき姉は健人だけのものなのか…。
心に冷たい氷を抱かされたまま当麻は、健人の元へ帰ってゆく雪見の
後ろ姿を見送った。
「ただいまぁ!健人くん、カレー食べたぁ?
ちょっと!なんで三時間位しか家空けてないのに、こんなに散らかってるわけ?」
居間のありさまを一目見て、雪見が案の定だった!と嘆く。
「お帰り!だってゆき姉、遅いんだもん。一人で飯食うのは寂しいから
ラッキー達と遊んで待ってたんだよ!こいつ、チラシ丸めて投げたら
犬みたいにくわえて持ってくんの!凄いと思わない?」
健人はすっかりラッキー、めめと仲良くなったようで、まるで自分の
実家の猫とくつろいでいるかのように、穏やかな目をしてラッキーの頭を撫でた。
「良かった!もうすっかり元気になったね!安心したよ。会いたかった!」
そう言いながら雪見は健人に抱きついた。
「おーっと!珍しいこともあるもんだ!ゆき姉から抱きついてくるなんて。
今日のラジオ、良かったよ!頑張ったね。一生懸命が伝わってきた。
益々ゆき姉のこと、大好きになった!」
健人がそっと雪見に唇を重ねる。
「さー、腹減った!カレー食べよう、カレー!」
また一瞬で賑やかな声が広がり、チラシが散乱した部屋にはカレーの
美味しそうな匂いが漂う。
その頃、外には雪見のマンションを見上げる一人の男が立っていた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.155 )
- 日時: 2011/05/18 20:40
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
♪ピンポーン
健人と楽しくおしゃべりしながらカレーライスを食べていると、
インターホンのチャイムが鳴った。
「誰だろう?あ、当麻くんかな?この後、仕事なさそうだったから。はーい!」
インターホンの受話器を取りモニターを覗いた雪見は、そこに立つ人物を見て
息が止まりそうになった。
「学?もしかして学なの?」
当麻ではない男の名前を、雪見は小さな声で呼んだ。
その声を聞き、カレーを口に運ぶスプーンが止まる健人。
一瞬にして部屋から音が消え去った。
「よう!しばらく。元気だった?昨日デンマークから戻ったんだ。
たまたまこの前を通りがかったら雪見の顔思い出して、どうしてるかなと思って。驚いた?」
「驚くに決まってるじゃない!」
雪見の大声に健人も驚き、胸騒ぎがして「誰?」と聞いた。
慌てて首を横に振る雪見。その様子は、ただの知人ではないことを物語る。
健人の顔に不安げな表情が浮かび、うつむいてしまった。
雪見はどうしようかと思い悩んだが、少しの間を置いてインターホンの相手に
「上がってきて。今、鍵開けるから。」と告げる。
振り向いた雪見は健人に、「元カレなの。」と正直に伝えた。
「えっ!」思いも寄らない雪見の言葉に絶句して、ただ雪見を見つめる健人。
「ごめんね。別に彼がここに来なかったら、わざわざ言う話でもなかったんだけど、
来ちゃった以上、健人くんに嘘ついて取り繕うのは嫌だから。
私、健人くんには何も隠し事をしたくないんだ。健人くんの不安そうな
顔は見たくないの。だからきちんと紹介するから。
でも、健人くんが会いたくないなら無理にとは言わない。
この部屋にいていいから。」
その時、玄関のチャイムが鳴った。
「はい!」ドアを開けると、長身でイケメンの三十代男が立っていた。
雪見が大学時代から五年間も付き合った男、梨弩(なしど)学である。
「よぅ!」学が軽く手を上げた。
「久しぶり!何年会ってないだろう。何にも変らないね。」
「お互いにね。」
雪見と学が何年振りかの再会を静かに喜び合っていると、部屋から健人が出て来て
雪見の後ろにそっと立った。
そして雪見の肩越しから顔だけ出して「どぉも!」と頭をちょっとだけ下げる。
「あ!ごめん。お客さんだったんだ。じゃ、俺帰るわ。元気な顔見れたし。」
そう言いながら学が玄関を出て行こうとした時、「ちょっと待って!」
と雪見が学を引き留めた。
「斎藤健人くん。私の彼氏。」彼氏と紹介されて健人は嬉しくなった。
雪見の後ろから横に並んで、改めて「斎藤です。」と頭を下げる。
学は不躾にも健人の顔をマジマジと見た後、「あっ!」と大きな声を出した。
「さっきテレビ局のロビーに、この人のポスターがいっぱい貼ってあった!」
学は、こいつは何者?という顔をして健人を凝視。
すると健人も負けないぐらいの大声で、「あっ!」と叫ぶではないか。
「なになに!健人くんまでなんなのよ!」
突然耳元で大声を出された雪見の方がびっくりしている。
「この人、さっきテレビのニュースに出てた!」
健人が雪見の顔を見て言った。
「あぁ、そう。なんとか賞を受賞したからでしょ?
この人、科学者なの。その世界じゃ結構な有名人らしいけど。」
「なし…なし…?」
「なしど まなぶ です!」
「そう!その人!凄い賞を受賞したって、さっきインタビュー受けてた!」
玄関先で立ち話も何だからと居間に通したまでは良かったが、
健人がめめ達と遊んだチラシのボールが、あっちこっちに転がっていて
雪見と健人は慌てて一個ずつ、拾って集めた。
「ごめんごめん!そこに座って!
ご飯まだでしょ?良かったら一緒にカレーライス食べてかない?」
雪見が学の返事を待たずに、キッチンで準備を始める。
その間健人は、学とダイニングテーブルを挟んで向かい合わせに座り、
雪見のいない時間をどう繋ごうかと必死に考えていた。
「あ、あのぅ…。デンマークにいらしたんですか?もう何年も?」
健人が取りあえずの質問を思いつき、聞いてみる。
「あぁ、大学院を出てからだから、八年ぐらいになるかな。」
話は何も広がらず、それで終ってしまった。
焦った健人は、手当たり次第に思いついた事を口に出した。
「あの、梨弩って名字、俺初めて聞きました。テレビで振り仮名振ってなかったら
絶対に読めなかった!」 「あぁ、そう。」
「あ、ゆき姉のカレーライスって、めっちゃ美味いんですよ!
多分、お店が出せるくらいに美味いと思う!」 「知ってるよ。」
「そ、そうですよね…。」健人はそれきり黙ってしまった。
そこへやっと雪見が、温め直したカレーライスとサラダ、赤ワインと
グラスを三つ持って戻ってきた。
「お待たせ!カレーにワインってのも何だけど、久々の再会に乾杯も
無しじゃあんまりだから。
じゃ、なんとか賞の受賞おめでとう!乾杯!」
三人はチン!と軽くグラスを合わせ、喉にワインを流し込む。
「それにしても相変わらずだな、雪見は。
俺が何の賞を取ろうが、まったく興味が無いんだから。」
学が笑いながらワインを飲み干し、カレーライスを一口食べた。
「うん!うまい!懐かしい味だ。料理の腕も相変わらずだよ。」
「そう?それはありがとう。で、なに?今日ここに来た訳は。」
雪見も一気にワインを飲み干し、真顔で学に質問する。
健人は何も言葉を発する事が出来ず、ただカレーライスを食べワインを
流し込み、黙って二人の会話を聞いているよりほかなかった。
「四年ぶりに会って、それはないんじゃない?
ただ懐かしくなって顔見に来たって理由じゃダメなわけ。」
「そんな根拠に乏しい理由で、行動するような人じゃなかったはずよ。
そうでしょ?」
雪見は、何もかも学の事を知り尽くしてるようで、健人は内心穏やかでは
いられなかった。
学は、下を向きうつむいたままでいる健人に向かって、突然声をかけた。
「ねぇ、キミ。もしかしてキミって、芸能界の人?
僕は日本にずっといなかったからキミの事、何も知らないけど、
さっきテレビ局のロビーで、キミのポスターと一緒に写真撮ってる女の子が
たくさんいたから。
雪見とはどこで知り合ったの?いつからの付き合い?
どういう気持ちで付き合ってるの?」
矢継ぎ早の質問に戸惑う健人。だが雪見は、いきなり声を荒げて怒り出した。
「ちょっと!どういうつもり?私の質問に答えなさいよ!
今、健人くんはまったく関係ないでしょ!」
「雪見の彼氏なら、大いに関係あるよ。」
そう言って学は、また自分でワインを注ぎ一気に飲み干した。
何を言い出すのか解らない学の不敵な微笑みが、健人と雪見の心の中を
ぐちゃぐちゃにかき混ぜて、収拾のつかない状態にまで追い込んだ。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.156 )
- 日時: 2011/05/19 12:13
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
「ねぇ、お願いだから、私の幸せな毎日を台無しにするような事だけは言わないで。」
雪見は、学が何を言いにここに来たのか、何となく気づき始めた。
だがそれを今ここで、健人のいる前では絶対に言って欲しくはない。
やはり玄関先で追い返すべきだった、と後悔の念でいっぱいだった。
健人もまた本能的に、学が何か二人の関係を揺るがすような大きな事を
言おうとしている、と学の目をジッと見ながら感じ取っていた。
心臓のドキドキが止まらない。指先が冷たくなってくる。
どうすればいいんだろう…。
もしかして、ゆき姉が盗られちゃう?そんなの、絶対にいやだ!
実は雪見は二十六歳の時、一度学からプロポーズされたことがあったのだ。
「デンマークに一緒に付いて来て欲しい。」
それはイコール結婚を意味していた。
当時雪見は、やっとカメラマンへの第一歩を踏み出したばかり。
無我夢中になって仕事をこなし、毎日が充実していた。
一方同い年の学は、優秀な成績で大学院を卒業し、
デンマークの研究所への招聘が決まったところ。
大学四年の時に知り合い、五年間を共に過ごした雪見と新天地で
新しい人生をスタートさせたいと考えるのは、ごく自然な流れである。
が、雪見は「一緒には行けない。」と、悩み抜いた末に返事した。
「ごめん…。私は私でいたいから…。
学の人生に乗っかって生きていくのは、私じゃなくなる。」
嫌いになって別れた訳ではない。
もし学がデンマークに行かずに日本に居たら、素直にプロポーズを
受け入れていたかもしれない。年齢的にもそういう年頃だった。
だが、好きだけど自分の全てを捧げるほどの愛ではなかった…。
あとで振り返ってみると、そんな気がした。
しかし学は、ずっと今まで雪見の事だけを思い続けていたのだ。
勉強にしか興味の無かった大学四年の夏。
183㎝の長身で大人びた顔立ちのイケメン。しかも学内一の優秀な
成績とくれば、周りに女子が集まらないはずはない。
だが学にとってそれらは、勉強を邪魔するうっとうしい奴らでしかなかった。
そう思いながらも口に出せずに毎日を送っていたある日。
見るに見かねた同じゼミの雪見が、学を取り巻いていた女子の真ん中に
仁王立ちになり、周りの誰もが振り向くほどの大きな声で啖呵を切った。
「あんた達!いい加減にしなさいよ!
こいつは、これからの日本を背負って立つ男になる奴だ!
そんな日本の財産を、あんたらは潰すつもりなのっ!」
この時の雪見の言葉が、学の人生を変えた。
雷に打たれたような衝撃が身体中を駆け抜け、一瞬で恋に落ちた。
学の遅い初恋が、この時やって来たのだ。
それからの学は雪見に猛アタックを仕掛けたが、雪見はまったく学に
恋愛感情を示さない。
元々、他の女子のように学の事をイケメンだとか、かっこいいだとか
そんな風に意識したことは無かった。
ただ、学は将来必ず凄い科学者になる!その確信だけは揺るがなかった。
前にも増して淡々と、研究の手伝いをするだけの雪見。
そんな二人の関係に、ある日転機が訪れる。
教授の学会発表の手伝いに雪見と学が駆り出され、車で遠出をした帰り。
近道をしようと通った夜の田舎道で学の車が突然故障し、動かなくなってしまったのだ。
色々手を尽くしてはみたものの、どうにもこうにも動かない。
その上、携帯の電波も届かない場所で、あとは通りすがりの車に電波の届く所まで
乗せてもらい、JAFを呼ぶより方法がなかった。
が、その肝心の車さえも通らない。
二人は半ば諦めて、車に積んであった缶コーヒーを飲み、途中に寄った
可愛いパン屋さんの美味しいパンをかじりながら、初めて二人きりで
研究以外の色々な話をした。
子供の頃の事や飼っていた猫の話、飲み会のお互いの武勇伝に教授の噂話まで。
それまで、勉強一筋に生きてきた、ただのガリ勉くんとしか思っていなかった学の
いろんな人間性が見えてきて、少しだけ男として意識するようになり始めた出来事だった。
それから一ヶ月後、二人は密かに付き合いだした。
みんなの前であんな啖呵を切った以上、恥ずかしくて大っぴらには出来ないと
雪見は思っているのに、嬉しくて嬉しくて仕方のない学は常に雪見の側に寄りそう。
「ねぇ!私のせいで成績落ちたなんて言われたくないんだから、今まで通りに頑張ってよ!
日本一の科学者を目指しなさい!」
雪見の言葉通り、学は日本どころか世界でも名の知れた科学者になって
今、雪見の目の前に座っている。
「あのぅ…。」
健人が沈黙を破るように口を開いた。
雪見は健人が何を言い出すのか心配で、ただ隣りに座る健人を見つめるしかない。
健人が目を閉じてふぅーっっ、と大きく息を吐く。
それは、いつも芝居に入る前に無意識に健人がやる儀式の様なものだと
雪見はここ二ヶ月間、カメラを覗いていて気が付いた。
それを今やっている。
目を見開いた健人は、さっきまでのビクビクとした子鹿のような健人ではなく、
明らかにイケメン俳優、斎藤健人の顔になっていた。
自信に満ち溢れ、向かうところ敵無し!といった余裕の笑顔で学を見据える。
学も、一瞬で変化した健人の表情に只者ではない気配を察し、思わず身構えて
健人を見返していた。
「梨弩さん。俺とゆき姉とは遠い親戚同士で、俺が生まれた時からゆき姉は
俺のことを見ててくれてます。
だからもう、二十一年間も付き合ってるんです。」
「へぇ。そういう関係。知らなかった。
あんなポスターになるぐらいだから、日本じゃ相当の有名人なんだろうね、キミは。
男の俺から見てもいい男に見えるんだから、さぞかしモテてモテて仕方ないだろうね。
で、そんな男がなんで雪見と付き合ってるわけ?
他にも選り取り見取り、いい女はたくさんいるだろう。」
学が挑戦的な態度で健人を挑発した。
「学!いい加減にして!あんた、いつからそんな嫌な男に成り下がったの!
健人を侮辱するような態度は、私が許さない!」
健人は、初めて雪見が自分の事を「健人くん」ではなく「健人」と
呼び捨てにしてくれたことが、なぜか今とても嬉しくて仕方なかった。
誰にも渡さないよ!
勇気百倍になって健人は、余裕の態度で雪見への思いを語り出す。
自分のありったけの気持ちを、雪見一人に告白するように…。
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