コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.127 )
- 日時: 2011/04/27 19:50
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
e さんへ
いつも素敵なキャラのご提案、ありがとうございます!
色々参考にさせてもらってます。
(多少提案内容とは変化する場合もありますが…。)
今回の男性キャラでは34歳、科学者という人が気に入りましたが、
見たこともない漢字の名字で、ビックリしました。
いったい、何と読むのでしょう?教えてください。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.128 )
- 日時: 2011/04/28 11:47
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
竹富島はすべての日常を忘れさせるほどの、緩やかな時間と空気が流れる島だ。
サンゴの砂を敷いた白い道と石垣。家々の庭に咲き誇るハイビスカスや
ブーゲンビリア。
赤い瓦屋根の上ではユーモラスなシーサーが、全員こっちを向いて
健人たち三人を「ようこそ!」と出迎えた。
「ゆきねぇ!どこまで行けばいいのさぁ!」
前を自転車で走る当麻が、後ろを振り返りながら叫ぶ。
「もっと真っ直ぐ!危ないから前を向いて走りなよ!
曲がるとこに来たら、ちゃんと教えるからぁ!」
ママチャリに二人乗りした健人の後ろから、雪見が大声で当麻に伝えた。
「地図見なくてもわかるの?」 健人が後ろの雪見に聞く。
「わかるよ!だって迷いようが無いくらい小さな島だもん。
それに今まで全部合わせたら、ここに何ヶ月いたことか…。
ここに住みたいくらいに大好きな島なの。」
「俺も前に写真集の撮影で一度だけ来たことあるけど、
あの時はこんな風に、自転車なんて乗る暇も無かったなぁ。
けど、青くて綺麗な海はよく覚えてる。今度来る時はプライベートで
彼女とでも来たいなぁー!って思ったのを思い出したよ。」
健人がチラッと後ろを見ながら、そう言う。
「じゃあ、願いが叶った?」
雪見の問いかけに健人は「もちろん!」と、元気よく答えた。
「ゆきねぇ!海だよ、海!」
かなり前を走る当麻が、遠くから叫ぶ声がする。
「あれぇ…?」 やっと追いついた雪見たち。
しかしそこは、目指していた浜辺ではなかった。
「カイジ浜じゃなくて、コンドイビーチに出ちゃった!」
「ゆき姉、地図見なくてもわかるって言ってなかったっけ?」
自転車から降りた雪見に向かって健人が、ニヤニヤしながら聞く。
「おっかしいなぁ。健人くんとおしゃべりしてるうちに、曲がり角
間違えたんだ、きっと!」
「俺のせいかよっ!けど、ここって俺が前に写真集撮ったとこだ!
もう一度来たかったんだ!いいじゃん、ここでも。ここにしよ!」
健人と当麻はすでに自転車を置き、海に向かって走り出していた。
コンドイビーチは島の西側にある遠浅のビーチだ。
まるで絵はがきのように綺麗な、イメージ通りの沖縄の海が広がる。
だが有名なビーチゆえ、シーズン中は結構な人で賑わう。
雪見は人目を避けて撮影したかったので、あえて今回はここを省くつもりだった。
「仕方ない。人の居なさそうなビーチの端っこで撮影するか。
ちょっとぉ〜!二人ともぉ〜!あっちに行って、あっちに!」
雪見が大声で遠くを指差すと、二人は競うようにして白い砂の上を駆けて行った。
しばらく歩いてやっと雪見が追いつく。
健人と当麻はすでにパンツの裾をめくり上げ、裸足で海に立っている。
「おっそーい!何やってたの?早く撮影始めないと。」
当麻が雪見を急かした。雪見はハァハァと肩で息をしながら汗を拭う。
「ちょっと一休みさせて!カメラバッグって重いんだから!
あー、なんか飲み物飲もうっと!」
さっき民宿のおじさんが持たせてくれたクーラーバッグの中には、
冷たく冷えたジュースやお茶、カチカチに凍らせた保冷剤にタオル、
大きなブルーシートまでが折り畳んで入れてあった。
雪見はそのシートを砂浜手前の木陰に敷き、腰を降ろして冷えたコーラを一気に飲む。
「はぁ〜っ。生き返ったぁ…。なんか半分、脱水状態だったよ。」
雪見は独り言を言いながら、シートの上にごろんと横になった。
視界に広がるのは、ただただ青い空。
サングラス無しでは目を開けていられないほどの眩しい太陽が、
木陰の隙をぬってはちりちりと肌を刺す。
しばし目を閉じた後、雪見はガバッ!と起きあがった。
「よっしゃ!一丁始めますかっ!!」
健人と当麻のプライベートショットを狙うので、二人には近づかずに
望遠レンズを付けて、離れた木陰からファインダーを覗く。
こうすれば遠目にも、撮影をしてるとはすぐに気づかれないだろう。
健人と当麻も、カメラの方を向く気はない。
だって今は、二人のプライベート休暇の真っ最中なのだから。
こっそりと撮影している自分に気が付き、雪見は可笑しくてクスクスと
笑いながらシャッターを切った。
これって、いつもの猫の撮影と同じだよねっ!
「あー、暑かったぁ!なんか飲み物!」
健人と当麻が汗を流しながら木陰に逃げ込む。
「はい、どうぞ!」
雪見が、シートに腰を降ろした二人に飲み物とタオルを手渡した。
「うっめーっっ!生き返るぅ!」
そう言いながら健人はタオルで汗を拭い、バタンと大の字に寝ころんだ。
「いいねぇ、こういうの。なんか、すべてがリセットされる感じ。」
当麻も隣りに寝ころんで目を閉じる。
静かにざわめく波の音と、頬を撫でる心地よい風。
昨夜の飲み疲れも手伝って、いつしか二人はすやすやと眠りに入った。
「まぁいいか。プライベートな旅なんだから…。」
雪見は、二つ並んだ美しい顔を交互に眺めながら、自分も最高の贅沢を
味わっているなぁと、青い海に目を移した。
カシャッ!カシャッ!
シャッターの切れる音で健人が目を覚す。すぐに当麻も起きあがった。
「あー、スッキリした!めちゃ気持ち良かった!」
うーん!と伸びをしながら健人が言う。当麻も晴れやかな顔をしてた。
「いい写真撮れてる?」当麻の問いに雪見はファインダーを覗いたまま
「撮れてる撮れてる!この写真、健人くんの写真集だけに使うの、
もったいないなぁ!いっそのこと、当麻くんも写真集出しちゃえば?」
と、当麻をけしかける。
すると健人が、「ダメーっ!当麻は愛穂さんに撮ってもらえば?
密かに愛穂さん、好みのタイプでしょ?年上だし、綺麗だし。
どことなーく、前の彼女に似てるよね?」と、当麻を覗き込んだ。
「まぁ、似てるっちゃ似てる気もするけど、あんまりピンと来なかったなぁ。
それに彼女はどう見ても、健人に惚れちゃった気がするけど…。
あ!ごめん、ゆき姉!別にどうって事じゃないから。
健人とゆき姉の間に割って入れる奴なんて、この世にいないだろ?」
当麻は余計な事を言ってしまった自分を後悔した。
一瞬で曇った雪見の横顔を見ながら、健人にも「ごめん!」と詫びる。
少し置いて雪見が、自分の心を励ますように海に向かって大声で叫ぶ。
「頑張れ、ゆきみぃ〜!!
よしっ!次行こ次!今度こそカイジ浜!荷物まとめてねっ。」
三人はまた二台の自転車にまたがって本来の目的地を目指し、
来た道を少し戻って右に曲がり、猫の集うカイジ浜に向かって走り出した。
沖縄のギラギラした太陽は、どこまでも三人の背中を追いかけて来た。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.129 )
- 日時: 2011/04/29 08:06
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
三人の目指すカイジ浜は、コンドイビーチの南側にある星砂の浜だ。
砂に手を押しつけてよく見ると、手のひらにたくさんの星砂や太陽砂が
くっついてくる。
土産物屋では小瓶に入れられ売っていた。
「ねぇねぇ、健人くん!帰りにお土産屋さんに寄ってくの忘れないでよ!
真由子とマスターの泡盛は、重たいから空港で買うとして、
つぐみちゃんと健人くんのお母さんに、うちの母さん。
あ!吉川さんは忘れたら大変!こんな素敵な旅を私たちみんなに
プレゼントしてくれたんだから。うーん、何がいいかなぁ。」
雪見は健人の背中にしがみつきながら、何にしようか考えてる。
すると健人は、「初めての旅の思い出に、俺たちもなんか記念に残る物
買おうよ!」と、雪見に提案した。
「賛成!なんか素敵な物、健人先輩に買ってもらっちゃお!」
「なに都合いい時ばっか、後輩の振りしてんの!」
デコボコ道をしばらく走ってカイジ浜に到着。
ここの海中は、変化に富んだ遠浅の岩場なので、シュノーケリングが
初心者でも楽しめる。
当麻が、やっぱり海パンとゴーグルを持って来れば良かった!と悔しがった。
「うーん、お宝ショットが撮れたかもしれないのにね。
そうだ。ねぇ!上脱いで、上!せっかく海のショットなんだから、
上半身裸くらい撮っておかないと!
それぐらいファンサービスしたってバチは当たらないでしょ?早く、早く!」
雪見に急かされ健人と当麻は、よっしゃ!とTシャツを脱ぎ捨てる。
二人とも、よく引き締まった筋肉質の身体で、忙しい合間を縫っての
トレーニングを欠かさない事がうかがえた。
幸い健人たちに気づく観光客もなく、遠くの浜辺にも、しゃがみこんで
星砂を真剣に探す親子と、二組のカップルらしき人しか見当たらない。
雪見がお目当ての猫は、まだ暑い時間帯だからなのか一匹もいなかった。
「きっと、もう少し涼しくなったら猫が集まって来ると思う。
だから今の内に撮影しちゃおう!
また適当なとこで撮し始めるから、私は無視して二人で戯れて!」
「OK!当麻、岩場で蟹取りしよう!俺、結構得意なんだ!」
健人と当麻はパンツの裾を思いきりたくし上げ、岩場に隠れる蟹を
真剣に探し始めた。
午後二時半の太陽は、今日一番の頑張りようで照りつける。
健人たちはすっかり蟹探しに夢中で、自分たちの背中がいったい
どんなことになってきたのか、まったく気にする素振りはなかった。
が、ファインダーを覗いていた雪見がその変化に気が付いた。
「ちょっと!大変なことになってきたよ、あんた達の背中!
まずいって!一旦日陰に入って!」
慌てて海から上がったものの時すでに遅し!で、二人の背中、特に
当麻の背中はかなり困った事態に陥っていた。
「あーあ、やっちゃった!やっぱ上半身全部に塗らなきゃダメだった!
顔と肩までしか塗らなかったもんね、日焼け止め。
取りあえずは大至急冷やさなくちゃ!」
そう言いながら雪見は、クーラーバッグの中から半解凍になった保冷剤を取り出して、
二人の背中に押し当てた。
「冷てっ!けど気持ちいいや。ねぇ、どうする?このあと。
撮影がいいとこ済んだんなら、俺、何か食いに行きたい!腹減った。」
健人が背中越しに雪見に訴える。
「そうだね!私もお腹空いてきた。やっと二日酔いから解放されたって
感じ。じゃあ、ここからすぐの所に美味しいカレーが食べられる喫茶店
があるから、そこに行こうか。フルーツジュースも美味しいよ!」
「行く行く!そこでしばらく休憩して、涼しくなったら戻ってこよう。
俺、どうしても猫が見たいから。ラッキー、元気にしてるかなぁ。」
当麻も異議無し!だったので、また自転車に乗って移動することに。
しかし、日焼けした背中がTシャツに擦れて、自転車の運転も至難の業だった。
「ゆき姉!お願いだから、あんまりくっつかないで!
てゆうか、Tシャツさえも掴んで欲しくないんだけど!」
走り出す前に健人が顔をしかめながら、後ろに乗る雪見に懇願する。
「えーっ!じゃあ手放しで乗れってゆーのぉ?この運動音痴の私に!
それってたぶん、五秒で落ちて頭ぶっつけるけど?
私がそうなってもいいならやりますけど、どうします?」
「いい、いい!やらなくていい!じゃ、ここ掴んで、ベルト通し。
なら痛くないと思う。じゃ、走るよ!ちゃんと掴まっててね!」
今度は雪見たちが先頭を走って、目指す喫茶店まで当麻を先導した。
「ふーっ、到着!喉乾いたぁ!俺、カレーとマンゴージュース!」
当麻がテラス席に座り込んで、真っ先に注文する。
「健人くんも同じでいいでしょ?じゃ、カレーとマンゴージュース、
三人分お願いします!」
店のおばさんに注文し終わって、ホッと一息つく。
「ねぇねぇ、背中大丈夫?ホテルに戻ったら、進藤さんに薬もらって
塗らないと!怒られちゃうね、出掛ける時に注意されてたのに。
もしかして、今晩痛くて寝れなかったりして!」
雪見が二人をおどかした。
「だったら最悪!ねぇ、このあとの予定は?」
健人が冷たい水を一気飲みして雪見に聞く。
「あと?あとはカイジ浜に戻って、猫がいたらちょっとだけ撮影したいんだけど。
その後は、健人くんと当麻くんに、この島で私が一番見せたかった風景
を見せてあげる。それで今回の撮影はすべて終了!
本当はもっとのんびり気の向くまま、あっちこっち見せてあげたかった
んだけど、半日じゃこんなもんかな。
あ、せっかくカメラ持って来たんだから、自分たちで撮してみて!
最後に見せてあげる景色は、自分で撮すときっと一生忘れないから。」
午後四時の遅い昼食というか早い夕食の、野菜たっぷり美味しいカレー
で腹ごしらえをし、冷えたマンゴージュースで喉を潤したあと、
三人はまたカイジ浜へと戻って行った。
するとさっきの炎天下には一匹もいなかった猫が、少し涼しくなった
海風に誘われるようにして、どこからともなく集まって来る。
「うわぁーっ!猫だ!いち、にぃ、さん…。全部で八匹もいる!
俺も写真撮っていい?」 健人が嬉しそうにカメラを取り出した。
「当麻くんには、私のカメラ貸してあげる。これ、シャッター押す
だけでも結構いい写真が撮れるんだよ!帰るまで貸しておくから、
好きに使っていいからね。じゃ、私に少しだけ時間を頂戴ねっ!」
そう言って雪見は、さっそく猫を撮影し出した。
健人も自分の感覚のまま、すべての猫を一匹ずつ撮して回る。
当麻はと言うと、猫カメラマンに戻って仕事をする雪見がとても綺麗で自信に溢れ
輝いて見えたので、思わず雪見にカメラを向けシャッターを切り続けた。
雪見が言ってた最後に見る風景は、健人と当麻の瞳にどう映るのだろうか。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.130 )
- 日時: 2011/04/29 16:03
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
カイジ浜で存分に猫を撮影し、満足した顔の雪見と健人。
この二人は本当に猫が好きなんだな、と当麻は二人の顔を交互に見た。
「健人くんが撮した今の写真、次に出す猫の写真集に載せてあげる!」
雪見がニコニコしながらそう言うと、健人は大喜びした。
「やった!ほんとに載せてくれるの?ほんとに?スッゲー嬉しい!
俺、そしたら本屋にある写真集ぜーんぶ買い占めて、みんなに配って
歩こうっと!あ、当麻はちゃんと自分の金で買ってね!」
「なんでだよ!俺にはくれないわけ?
ねぇねぇ!俺も今、密かにいい写真が撮れたと自分で思ってんだけど、
もし使えそうだったら俺のも入れて欲しい!ダメ?」
当麻がそう言いながら、雪見に借りた一眼レフのデジタルカメラを
雪見に手渡した。
「ちょっと見てくれる?」
当麻が撮してた事に全く気づいて無かった雪見は、てっきり当麻も
猫を撮したんだと思いながら、デジカメのデータを再生して見た。
「えっ!?私?私を撮ったの?」
雪見が、いきなり写し出された自分にビックリする。
しかもよく見ると、カメラの基本をしっかり押さえたかなり高度な
テクニックを使って雪見を撮したことがわかった。
「もしかして、当麻くんってカメラやってたことある?」
「ちょっとだけね。高校の時、実は写真部だった。
これは俺の中では暗い過去だと思ったから、今まで誰にも話した事
なかったんだけど…。さすが、プロの目はごまかせないんだね。」
関心したように当麻がうなずいた。
「そうだったの。もったいないよ!せっかくいい腕持ってるのに。
私から見て、当麻くんはカメラのセンスがあると思う。
もうやる気はないの?写真。やる気があるなら色々教えてあげるよ。」
当麻と雪見が共通の話題を持ってるとわかって、健人は少々面白くない
顔をする。
それに気づいた雪見が慌てて、
「じゃ、そろそろ本日のメイン会場に移動しよう!」と話題を替えた。
三人は来た道をずっと戻って、西桟橋という所にやって来た。
ここは島一番のサンセットスポットで、真っ青な海に突き出た桟橋が
印象的な場所だった。目の前には西表島やカヤマ島が見える。
夕方ともなると、海に沈む夕日と赤く染まる空を見に来る島の人も多く
地元民も自慢のスポットであった。
今日の日没予定時刻は午後6時43分。あと三十分ほどでその時刻を迎える。
健人たちは、チラホラ集まり出した人のあいだを、バレないように
うつむき加減で前へ進み、突き出た桟橋の一番先頭に腰を降ろした。
すでに空と海は茜色に染まり始めている。
二人は海に足を投げ出し、膝の上にカメラを置いてその様子をじっと見守った。
雪見はどうしても二人のシルエットを、写真集に見開きで載せたいと
思ったので、健人たちの後方でカメラを構えている。
いよいよその時がやって来た!
この風景こそが健人と当麻にどうしても見せたかった、雪見が日本一
綺麗だと思う夕焼けだ。本当にお天気に恵まれたからこその完璧な茜空である。
雪見は一番美しいタイミングを逃してたまるものか!と、無我夢中で
シャッターを切る。
健人も当麻も、その夕日の圧倒的な美しさに言葉を失い無言のままだ。
言葉にした途端色あせてしまう気がして、そこにいた誰もが息を詰めて
自分を赤の中に溶け込ませて立ちすくんでいた。
泣き虫なこの二人が涙を浮かべるまでに、そう時間はかからなかった。
お互い泣いているであろう事は気配から感知できたので、ただただ
真っ直ぐ前を向いて座ってる。
もし万が一にもこんな顔を誰かに見られて、写真でも撮られた日にゃ
大変だ!と思っていたので、早く陽が落ちて夕闇にならないかな、
とさえ思い始めていた。
「あ!忘れてた!写真とらなきゃ!」
当麻が突然思い出し、慌てて膝の上のカメラを構えシャッターを切り出す。
健人も「そうだった!」とあとに続いてシャッターを切り始めた。
そうして二人はさり気なく涙を拭い、後ろを振り向いて雪見に笑顔で言った。
「凄くいい写真が撮れたよ!」
「そう!良かった!」
たったこれだけの言葉と笑顔で、心の中のすべてが通じた。
それだけで充分!あとは二人の心に、いつまでも今日の日が刻まれて
くれることを雪見は願う。
辺りが赤から黒へと変った時、雪見が「さぁ、帰ろうか。」と二人を
促した。
「みんなが待ってる石垣島に戻ろう!」
薄闇の中を自転車のヘッドライトだけを頼りに、まずは自転車を借りた
民宿を目指す。
が、昼間とはまったく見える景色が違い、わずかな距離のはずなのに
なかなかたどり着くことができない。
やっとの思いで民宿の明かりを見た時には、心底ホッとした。
おじさんが、帰りの遅い三人を心配して店先に立っている。
「ごめんねー、おじさん!すっかり遅くなっちゃった!」
「いやぁ、雪見ちゃんのことだから、今日みたいな天気の日は絶対に
西桟橋だなと思ってたさぁ!でも、迷子にならないかは心配だったよ。
いっつもは車だからぁ。」
おじさんが笑いながら三人に言う。するとすかさず当麻が
「なりました!迷子に。ゆき姉のナビはあんまり当てにしちゃいけない
って事が、今回の旅でよーくわかりました!」
と、おどけて答えた。
おじさんは優しい目をして健人と当麻に伝える。
「また雪見ちゃんと一緒に、この島へ戻って来るといいさぁ!
今度は半日なんて忙しいこと言わないで、ここに泊まってのんびりするといい。
普段はテレビとか映画とか、よくわからんけど忙しくしてんだろ?」
「ええっ?!おじさん、この二人を知ってたの?」
雪見がビックリして大声で言った。
「いやぁ、俺は知らんかったが、さっき向かいのおばぁがこの二人を
窓から見てて、雪見ちゃんたちが出掛けたあと、家に転がり込んで来て
そんなことをわめいてったからぁ!
えらい有名人だって言うんでしょ?悪いけどここにサインもらえる?」
おじさんは何を思ったか、側らにあった愛用の大事な三線を手に取り、
ここにサインして!と黒マジックも持ってきた。
スッと健人が手を伸ばし、マジックと三線を受け取る。
「ここでいいですか?」
「あぁ、いい、いい!これって、客に自慢してもいいかい?」
「どうぞ!また今度、必ず来ますから。はい、当麻も。」
当麻が三線を受け取り、健人のサインの横に自分のサインを入れた。
「俺も必ず来ますから、それまでこれ、大事にしてて下さいね!」
そう言いながら、三線をおじさんの手に返す。
「じゃ、おじさん。悪いけど東港まで乗せてってもらえる?
もう石垣に戻らなきゃ! 私もまた来るからね。それまで元気でねっ!」
「へ?もう最終は出ちゃった時間だよ!」
「うそだろーっ!!」
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.131 )
- 日時: 2011/04/30 06:10
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
雪見は一瞬で頭の中が真っ白になり、フリーズしてた。
「お、おじさん。今、もしかして最終の船は出ちゃったって言った?」
雪見は心臓をバクバクさせながら、そこに平然とした顔をして立つ
おじさんに聞き直した。
「あぁ、もうとっくに出たさぁ!今の時期の最終は六時半前だから。
いやぁ、遅くなったしぃ有名人二人連れだから、ここじゃなくて
てっきりどこかいい旅館にでも泊まるんだとばっかり思ってたのに。
まーさか船に乗り遅れたとは、さすが雪見ちゃんだなぁ!」
別に慌てる様子もなく、にこにこ顔しておじさんは答える。
だが雪見には、にこにこ顔ににこにこ顔で返す余裕など有るはずもなく
鬼のような形相でおじさんの腕に取りすがった。
「おじさん!知り合いの漁船でも何でもいいから紹介して!
どうしても帰らなきゃならないの、石垣に!お願い!助けて!」
雪見が手を合わせて懇願する。だが、おじさんは首を横に振った。
「無理だよぉ!今の時間はもうどの船も沖に出ちゃってるわ。
諦めて今日はうちに泊まんなよ!そんで朝一番の船で石垣戻るしかないねぇ。」
どうしたって今日中に戻る事が叶わないと知った雪見は、プツンと
緊張の糸が切れ、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「ゆき姉、泣くなって!仕方ないよ。おじさんの言う通りにしか方法が
ないなら、そうするしかないんだから。」
当麻が雪見の肩に手を置いて慰める。
「そうだな。帰りの飛行機に間に合えばいいんだから、朝イチに石垣
戻れば大丈夫でしょう。
おじさん、船の朝一便って何時ですか?」 健人が聞いた。
「石垣行きの始発は7時45分だよ。十分で着くんだから、飛行機は
間に合うでしょ?泊まりなさい、泊まりなさい!」
なんだかおじさんが嬉しそうだ。
「だって、泊まるにしたってお財布とケータイとカメラしか持ってない
んだよ!着替えも無いし化粧道具も無いし、替えのコンタクトも無い!
たった十分で着くなら、泳いで渡れそうなのにぃ…。」
いつまでも諦めきれずにいる雪見が、泣きながらそう言う。
「えっ!ゆき姉って、そんなに泳げるの?昔、競泳選手だったとか?」
健人がビックリした顔で雪見に聞いた。
「自転車も乗れない運動音痴の私が、泳げるわけないでしょう!
泳げたとしたってこんな夜に泳がないでしょ、普通。例えよ、例え!」
雪見は少しずつ事態を理解し、自分の中で納得し始めていた。
これはもう、答えはたった一つしか無いのだな、と…。
そう頭の中で整理がつくと、潔く気持ちを切り替えられるのが雪見の
良いところで、いつまでもうじうじと悩んではいない。
「はぁぁ…。よしっ!仕方ない、今日は泊まろう!
おじさん、もちろん部屋は空いてるよね?」
いきなりの変りようにおじさんは多少ビビッたが、すぐににんまりと
笑って答えた。
「もちろん、全室空いてるよっ!」
「ぜ、全室ぅ?」 今度は健人と当麻がビビッた!
この観光シーズンに全室空いてる民宿っていったい…。
「そうと決まれば、早く今野さんに連絡しなくちゃ!
きっとみんな私たちの帰りを、お腹空かして待ってるんだろうなぁ。
あー、なんて言い出そう!絶対に怒られる!けど早く電話しなきゃ!」
雪見は自分を奮い立たせて意を決し、今野に電話を入れる。
「あ、今野さん!雪見です。あのぅ…、申し訳ありません!!
帰りの船に乗り損ねてしまいましたっ!ごめんなさい!すべて私の責任です!
どうやっても帰る手段が無いので、今日はこっちに泊まって朝一番の船で石垣に戻ります!
八時半過ぎにはホテルに戻れると思うので、大急ぎで帰り支度をしますから…。
本当に申し訳ございませんでしたっ!あの、皆さんにも申し訳ないと
伝えて下さい。あ、健人くんと当麻くんは元気にしてますから!
はい!撮影も無事終わりました!お陰様で良い写真が撮れたと思います。
はいっ、はいっ、わかりましたっ!
じゃあ、そういう事でよろしくお願いします。失礼します!」
はぁーっ、と雪見はため息をついた。一気にまくし立て一気に気が抜ける。
「今野さん、なんて言ってた?」
恐る恐る健人が雪見に聞く。当麻も心配そうに顔を覗き込んだ。
「めちゃくちゃビックリしてたけど、明日は帰るだけだから、飛行機に
間に合えばいいって。仕方ないから一晩のんびりしてこい!だって。」
「やったぁーっ!ほんとに?今野さん、怒ってなかった?」
健人が歓声を上げたあと、ちょっとだけ心配そうに聞いた。
「怒るというよりも、呆れてたかな?なんでそうなるの?みたいな。」
雪見の答えになぜか健人も当麻も納得顔をする。
「まぁ、今野さんも俺たちと同じ事を思った訳だ。
普通はそう思うよね。なんでやねんっ!って。俺も思ったもん!」
健人がここぞとばかりに言う。
「まぁまぁ!ゆき姉にすべてお任せだった俺たちにも責任はあるん
だから。ゆき姉だけ責めるのは可哀想だよ。
それより、せっかく本当のプライベート旅行になったんだから、時間を
有効に使わなきゃもったいないよ!
なんかお腹空いたから、飯でも食いに行かない?ぶらぶら歩いて。
おじさん、近くになんか美味いもん食えるとこ、ありますか?」
当麻がおじさんに聞いてみた。
「あぁ、あるさ。ここから真っ直ぐ行ったとこに、美味い沖縄料理を
出す店があるよ。夜十一時までやってるはずだから、そこでご飯食べて
戻っておいで。それまでに部屋の準備をしておいてやるから。」
おじさんの言う通りにすることにした。
部屋に置いてくる荷物もないし、そのまま健人たちは外に出て
涼しい風に吹かれ月明かりの下を歩き出す。
外には人っ子一人もいなかった。
健人がきょろきょろと辺りを見回す。何をしてるのかと思ったら
どうやら道を覚えているらしい。
雪見を当てにしててはいけないぞ!というように…。
当麻も、それが正解!と言わんばかりに一緒にキョロキョロし出す。
どこまでも続く白いさんごの道に三つ並んだ影は
いつしかつないだ手によって、一つの長い影へと変化している。
足元を見ながら三人は、このひとつになった影がいつまでもどこまでも
後ろから付いてくることを祈りながら歩いていた。
竹富島の静かな夜がやってくる…はずだった。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
この掲示板は過去ログ化されています。