コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.337 )
- 日時: 2011/11/24 07:03
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
それから三日後。
いよいよ今日から、雪見の新しい仕事である、苅谷翔平の写真集撮影がスタートする。
健人は平静を装ってはいたが、いつまで経っても自分の中で消化しきれずに
モヤモヤとしたままなのだろう。何となく朝から沈んでる気がした。
「お昼過ぎにはスタジオ行くねっ!ドラマの初日風景はしっかり押さえとかないと。
また今日から、現場でお世話になりますっ!」
「うん。」
雪見が明るく言ったのに、健人の返事はそれだけだった。
自分の写真集撮影の時には、毎日雪見が現場に来てくれるのが嬉しくて嬉しくて
仕方ない顔してたくせに…。
寝起きのせいだと思う事にして、それ以上は何も言わなかった。
「今日は晩飯いらないわ。初日だから撮影終った後、みんなで飲みに行くと思うから。」
「あっ、そうなんだ。わかった。じゃあ私はみずきさんの様子を見に行って、
一緒にご飯でも食べて来るかな?あ、当麻くんがいたらお邪魔だから帰って来るけどね。」
何となくぎこちなく「いってらっしゃい!」と見送り、雪見はため息をつく。
こんな状態はお互いにとって、良いわけがない。
さっさと翔平くんの仕事は終らせて、先に進まなくちゃ!
次からの仕事は、ちゃんとリサーチしてから選ばないとね。
午前11時半。今野の車に乗り込み、健人と翔平が撮影中のスタジオへと向かう。
「おはよう。健人の様子はどうだった?」
「うーん、あんまり良くないです。
健人くんにとっては今回の私の仕事、マイナスでしかない気がする…。
翔平くんには悪いけど、この仕事はとっとと終らせてしまいたいんで、
三日間密着できるように、スケジュール調整してもらえますか?
勿論仕事には手を抜きたくないから、短期集中で全力でやります!」
「よし、わかった!翔平の事務所とも調整するよ。
ってことは、その間のお前への取材も現場でって事になるからな。
宇都宮さんの遺影が話題になって、お前にも取材のオファーが殺到してる。
宇都宮さんの次の撮影対象が苅谷翔平だって言うのは、ある意味グッドタイミング
だったかもしれないぞ。
クリスマスには健人の写真集が発売になるし、その上翔平の写真集も話題になったら、
カメラマン浅香雪見は一気に大ブレーク間違いなしだ!頑張れ!」
「はいっ!!」
久しぶりのドラマ撮影スタジオは、やはり雰囲気に緊張する。
しかも苅谷翔平とはこの日が初対面。その上、健人まで一緒にいるのだから…。
「おはようございます!」
雪見が近くにいたスタッフに声を掛けながら、スタジオの隅に機材を下ろした時、
健人と翔平は真剣な表情で、監督と打ち合わせ中だった。
スタッフに聞いた所、打ち合わせが済んだらお昼休憩に入るそうだ。
「じゃ、そう言う事でよろしく頼むよ!
よーし!じゃあ休憩に入るかぁ!次のスタートは一時だからな!」
監督の声でスタジオの張り詰めてた空気が緩み、和やかな笑い声が広がった。
「おっ!ゆき姉!今野さんもお疲れ様です!」
健人が雪見たちに気付き、こっちに歩いて来る。その後ろから翔平もくっついて来た。
「誰?知り合い?」
翔平が健人の顔を覗き込み、無邪気な顔して聞いてくる。
「今朝話した、お前の写真集のカメラマンだよ!
俺の親戚の浅香雪見さん。で、隣がマネージャーの今野さん。」
「初めまして!今回カメラマンを務めさせて頂きます、浅香雪見と申します。
どうぞよろしくお願い致します!」
雪見が名刺を渡しながら、柔らかな笑顔で頭を下げる。
間近で見る翔平は、健人とタイプこそ違うが、確かに可愛い系のイケメンだった。
が、性格はと言うと…。
「えっ!?こんな綺麗なお姉さんがカメラマンなのっ!?
俺、もっとおばさんが来るのかと思ってた!だって健人、33歳だって言ってたじゃん!
それに、なにっ?マネージャーまで付いてんの?なんか凄くね?」
「お、おいっ!翔平っ!お前、今相当な地雷踏んづけたぞっ!
違うからね、ゆき姉!俺、年を聞かれたから答えただけで、一言も変なことは
言ってないからっ!」
翔平のあっけらかんとした物言いも可笑しかったが、健人の慌てぶりが
もっと可笑しくて可愛かった。
「あははっ!いいよ、健人くん!そんなに気を使ってくれなくても。
33のイメージよりも若く見えるって事でしょ?良かった!
今日から三日間、密着して撮らせてもらうんで、よろしくねっ!」
翔平に合わせて堅苦しい挨拶はやめにした。
「やった!三日間も一緒に居れるの?俺、毎朝ピッカピカに磨き上げてくっから、
格好良く撮ってよね!じゃメシ行こ、メシ!もう腹減って死にそー!」
そう言いながら翔平と健人は、仲良く控え室にお弁当を食べに行ってしまった。
早生まれの健人より九ヶ月年上だが同学年で、22歳。デビューは健人より二年後。
その屈託のない笑顔と性格のせいか、翔平は健人よりも精神年齢がかなり幼く感じられた。
だが、そのギャップこそが翔平の魅力なのだろう。
そこをうまく拾って行こう!と、撮影の方向性を決める。
「よしっ!じゃあ私も準備して、早速仕事と行きますか!」
雪見は下ろしていた長い髪を、器用にくるくるっとアップにして、仕事モードに
スイッチを入れ替える。
それからカメラを手にして、翔平の控え室のドアをノックした。
「はーい!どーぞー!」
「浅香です!失礼します!もう撮影開始してもいいですか?」
ドアを少し開けて中を覗くと、健人も一緒にお弁当を食べていた。
「あ、いーよ、いーよ!中入って!せっかくだから、健人とツーショット撮ってよ!
えへっ!健人ファンにも買ってもらおう作戦!」
そう言いながら翔平が、おどけた顔で健人と肩を組んだ。
健人も、普段はあまり見せない変顔をして写真に収まる。
翔平と共にいる時の健人は、当麻といる時ともまた違った一面を覗かせた。
それは多分に翔平の、飾らぬ自然体な性格によるものだと思うのだが、
そのお陰で健人に対する、当初心配してたようなやりづらさは感じない。
雪見もこれなら三日間、健人の目を気にする事なく仕事に専念できるぞ!
と意気込んでいた。
その日の夜までは…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.338 )
- 日時: 2011/11/25 07:48
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
苅谷翔平3rd写真集初日の撮影は、お昼休憩のお弁当を食べてるショットに始まり
健人とのヘン顔対決(後にこれは健人からボツの依頼が…)、畳の上に大の字になり
お昼寝中のショット、外に出て健人を相手にキャッチボールをしてるショットと、
素の表情をトントンと撮影することができ、順調なスタートを切った。
午後一時。休憩時間を終えドラマの収録が再び始まる。
健人の写真集撮影でも経験があるので、どのタイミングで写せば収録の
邪魔にならないのかは、よく心得ていた。
集中力を途切れさせないために、望遠レンズを使ってリハーサルの合間の顔を狙う。
健人も、まったく雪見を気にする様子もなく演技に集中してるので、雪見は
安心して翔平だけをひたすら目で追い、シャッターを切り続けた。
ドラマの撮影風景を、一区切り撮り終わった午後三時。
今度は雪見の所にカメラ雑誌の取材陣がやって来て、雪見が取材を受け
写真を撮られる立場に入れ替わる。
スタジオの中では迷惑をかけるのでロビーに出て、まずはインタビューを受けた。
「宇都宮勇治さんのご葬儀以来、大変な注目を集めていますが、今のご自分の状況を
どう捉えられていますか?」
「正直な所、とても戸惑っています。たまたま御縁があって写させて頂いたのですが、
ここまでの反響は想像していなかったので、改めて宇都宮さんの存在の大きさを
ひしひしと感じました。それと同時に、これからも亡き宇都宮さんの名を汚す事のないよう、
精進を続けていかねばと肝に銘じています。」
「カメラマンでありながらも、来月CDデビューを果たされるんですよね?
おめでとうございます。そちらの方も、すでに大変な反響とお聞きしましたが。
今後はどのようなスタンスで、二つのお仕事をされて行くのでしょうか?」
「来年三月一杯までは、頑張って二足のわらじを履き続けたいと思ってますが、
それ以降は元通り、フリーのカメラマンに戻ります。
今経験させて頂いてる事が、どのような形で今後の写真に反映されるのか、
自分自身楽しみにしています。」
「浅香さんと言えばご存じの方も多いと思いますが、俳優の斎藤健人さんとは、
はとこ同士でいらっしゃいますよね?
カメラマンの立場から見て、斎藤さんとはどのような被写体でしょう?」
「こんなフォトジェニックな男の子って、本当にこの世の中にいるんだ!って、
いつも感心して見てます。360度、どこから見ても隙がない。
なんだか人間というよりは、フィギュアに近いのかな?
あ!これ言ったら怒られるんだった(笑)ちゃんと血の通った人間です(笑)
このクリスマスに発売になる、私が手がけた斎藤健人写真集では、そんな健人くんの
素の表情が満載で、より一層身近に感じてもらえるのではないかと思います。
どうぞ、お楽しみに!」
話が弾み、インタビューは三十分を越えて終了。
次にスタジオに戻り、雪見の仕事風景の撮影へと移った。
再びカメラを構え、翔平を望遠レンズで捉えているところを、雑誌のカメラマンが
シャッターを切る。
ドラマ斑に迷惑をかけるといけないので、雪見の撮影はささっと終らせてもらい、
無事取材は終了!…と思ったのだが、取材陣がどうしても雪見、健人、翔平の
スリーショットを撮らせて欲しいと言うので、タイミングを見計らって健人を手招きする。
事情を話すと翔平を呼んでくれた。
「ごめんね!翔平くん。一枚だけお願いしてもいい?」
雪見が両手を合わせて頼むと翔平は、「ゆき姉の頼みなら何でも聞いちゃう!
こんな感じでどう?」と、雪見の肩を抱き寄せるではないか!
「えっ!?」
驚いたのは雪見だけではない。その隣りにいた健人の表情も、サッと変わった。
「おっ!いいですねぇ!じゃあ浅香さんを真ん中にして、斎藤さんも肩を
組んでいただけますか?はい、そんな感じで!」
カメラマンがシャッターを連写で切る間に、翔平はおどけて様々なポーズをとった。
「OKです!有り難うございました!来月号、きっと売り上げ倍増です!」
カメラマンが健人と翔平に礼を言う。
「ちゃんとゆき姉の事、大々的にアピールしといて下さいよー!
で、ついでに、そのゆき姉が翔平くんの写真集の撮影真っ最中です!ってーのもねっ!
あ!健人も写真集、宣伝してもらったら?そんな感じでよろしくっ!」
それだけ言うと翔平は、さっさとまたセットの中へと戻って行った。
「じゃ、俺も戻るわ。」
ボソッと言った健人は、雪見から見ると明らかに不機嫌だった。
だが取材陣は、思わぬ貴重なショットを撮れた事に浮き足立っていて、
健人のそんな様子に気付きもしない。ニコニコ顔でそそくさと引き上げて行った。
「はぁぁ…。」
思わぬ事態に、雪見はため息しか出ない。
順調に進むと思ったのは最初だけで、無邪気な翔平の行動が、健人の心を
乱しているのは間違いなかった。
『翔平くんに悪気は一つもないと思うけど…。私と健人くんの仲を知ってたら、
絶対あんなことするわけないもん。』
こんな時、当麻だったら堂々と「俺の彼女なんですけどー!」とでも言って笑うだろう。
取材陣の手前、冗談めかして言ったとしても。
だが健人の性格は、当麻とは違っていた。
いや…。それはやっぱり彼女が私だからなのか…。
まさか今、こんな感情と向き合う事になろうとは思ってもみなかった。
私にはまだ仕事が残されている。こんな所で心を足踏みさせておくわけにはいかない。
「ふぅぅ…。よしっ!仕事、仕事!」
雪見は自分に気合いを入れてカメラを構え、再び翔平をファインダー越しに見つめる。
だが、どうしても健人の事が気になり、いつの間にかカメラは健人の表情を追っていた。
午後六時。今日の出番を終えた翔平は、スタジオに健人を残し、雪見を連れて
次の現場へと向かう。
次の仕事は、トレーディングカードの撮影だ。
「じゃ、みんなあとでねーっ!監督ぅ!撮影押さないように頼んだよー!
店で待ちぼうけだけは勘弁ね!」
「お前の方こそ調子に乗って、どうでもいいポーズばっかり取るんじゃねーぞ!
じゃーな!また後で。お疲れっ!」
今日の撮影が終了したら、監督行きつけの居酒屋を貸し切って、キャスト、
スタッフ一同集合しての飲み会があると言う。
酒の大好きな監督が、必ず撮影初日にやる名物飲み会らしい。
『私の仕事もあと一箇所か…。よしっ!頑張ろう!』
健人に向かって小さく手を上げ微笑み、後ろ髪を引かれる思いで雪見はその場を後にした。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.339 )
- 日時: 2011/11/26 11:43
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「今野さーん。明日も翔平くん、ドラマの撮影あるんですよねぇ、健人くんと一緒に…。」
次の現場への移動中、今野の車の後部座席で雪見は、ため息をつきながら窓の外を見る。
いつもなら心沸き立つ街のクリスマスイルミネーションも、今の雪見には何の効果も
もたらしてはくれなかった。
「ドラマ風景はもういいとこ撮ったから、明日はいいかな?スタジオ行かなくても。」
「いいわけないだろっ!翔平の事務所に頼み込んで、三日間の密着にしてもらったんだぞ!
ドラマ風景はいいにしても、空き時間に他のショットを撮らなきゃなんないんだから、
スタジオには待機してないとダメなのっ!」
「ですよねっ!ふぅぅ…。」
次の現場には程なくして着いた。またカメラバッグをよいしょ!と下ろし、
先に到着した翔平の後を追ってスタジオの中に入る。
「おっはよーございまーすっ!今日は綺麗なお姉さん、連れて来たよ!
ゆき姉って言うの。なんと!あの斎藤健人の親戚なんだよ!
今日から三日間、俺の専属カメラマンだから、よろしくねー!」
それだけスタッフに伝えると、翔平はさっさと衣装を着替えに行ってしまった。
「え?ちょっと!もう少しちゃんと紹介してくれないと!
あの、私、浅香雪見と言います!翔平くんの写真集のカメラマンとして
付かせて頂いてます。
今日は撮影の合間のオフショットを、撮らせて頂きたいのですが…。」
「あぁ!翔平の事務所から話は聞いてます。こっちはOKですよ!
あの宇都宮勇治のご指名で遺影を写したの、あなたなんでしょ?凄いなぁー!
そんな凄い同業者に見られながら仕事するのって、なんか恥ずかしいね。
俺も気合い入れてやんないと!あ、適当にその辺に座ってて下さい。」
「ありがとうございます!あの、本当に私の事はお気になさらずに!」
しばらくして着替えの終った翔平が戻り、いよいよ撮影スタート。
芸能界に疎い雪見は翔平から聞いて初めて知ったのだが、最近トレカと呼ばれる
トレーディングカードを作るアイドルが、結構増えてるのだそう。
なんでも150種類近くの写真がカードになり、中の見えないパックに7枚一組とかで
入ってるらしい。お宝カードなどと呼ばれるレアカードも多数あり、全種類集めるのに
ファン同士でトレードしたりしながら集める事から、トレーディングカードと呼ばれるそうだ。
「ほら、ポケモンカードとか集めなかった!?か…。ちょっと年代が違うもんね。
とにかく、すんげー種類の写真が必要ってわけ!
まぁ、今までに写してきた写真も使うみたいなんだけど、残りの写真は
最新版の俺じゃないとね。色々ポーズを考えてきたから楽しみにしてて!」
そう言い残して翔平は、カメラの前にスッと立った。
人が変わるとは、こういう事を言うのだろう。
ついさっきまで、スタッフ相手にバカやっておちゃらけてたのに、撮影が始まると
一瞬で『写されるプロ』の目つきに変わった。
しかも、その表情の豊かなこと!シャッターを切るたびにクルクルと、
まったく違う表情に入れ替わる。
ドラマ撮影の間に雪見が写していた顔は、何百分の一の表情にしか過ぎない気がした。
無邪気で脳天気、ちょっと軽く見えるけど、話してみると意外にも古風と言うか
常識的な価値観を持つイケメン俳優 苅谷翔平は、人間としても被写体としても
とても魅力的なギャップを持つ、興味深い男であった。
「ゆき姉、どうだった?俺って結構いろんな顔出来るでしょ!
だからグラビア撮影とかこーいうのって、割と早く仕事終るんだ!
今日は飲み会だし、ガンガン飛ばしてさっさと飲みに行くぞーっ!」
と、休憩時間には言ってたのだが…。
撮影の様子を見守るうちに、雪見のカメラマン魂にも翔平は火を付けてしまった。
確かにトレカの撮影は、もの凄いスピードであれよあれよという間に終了。
だが、それがいけなかった。
スタジオがかなり早くに空いたので、このままスタジオを雪見が借りて
残り時間で少しだけ、写真集の撮影をしたいと言い出したのだ。
「オフショットばっかの写真集っていうのも、ちょっと締まりがないし。
今みたいにプロの顔した写真がありつつの、素の表情も満載!って言うのがいいと思うのね。
それに翔平くん忙しいから、改めて時間を作るとなると…。」
「わかったっつーのっ!とにかく今、写したいんでしょ?ここで。
しょーがねーなぁ!せっかく最速で終らせたのに、あんま意味なかったしぃ!
ま、この時間だと、まだ健人たちの方が終ってないか…。
よっしゃ!もう一仕事頑張りますか!その代り、巻きで撮ってね!」
「うん、大丈夫!こう見えても瞬発力はあるんだ!猫に鍛えられてるからねっ。」
そう言って、雪見は喜々として撮影を開始した。
スタートしてすぐに、トレカの撮影カメラマンとスタッフが後片付けの手を止めて、
二人のセッションに注目し出す。
翔平が次から次へと繰り出す動きに雪見は瞬時に反応し、少し変わった
アングルからそれを写す。
それはまるでサバンナでチーターを狙う、動物カメラマンのように鋭い目つきで、
先ほどまでのおっとりのんびりした雰囲気からは、まったく想像がつかなかった。
「おもしれぇ…。この人、ただ綺麗なだけで宇都宮勇治から仕事もらったのかと思ったら、
かなりのカメラマンだ…。翔平の事務所はいい人に目を付けたもんだな。
こりゃ、かなりの部数が稼げるんじゃないか?」
トレカカメラマン氏の言葉に、周りの皆がうなずいた。
「はぁーっ…。ちょっとたんま!俺、喉乾いた…って!うそっ!?
もうこんな時間じゃん!!ヤバイ!もうとっくに飲み会始まってるよっ!
マネージャー!なんでもっと早くに教えてくんないのさっ!着替えてこなきゃ!」
大慌てで翔平がメイク室にすっ飛んで行く。雪見はひたすら翔平のマネージャーに謝った。
「本当に申し訳ありませんでしたっ!
私ってば、撮り出すとすぐ周りが見えなくなってしまって…。
大事な初日の飲み会なのにどうしよう!そうだ!私から健人くんに電話して、
監督に謝っておいてもらいます!」
そう言いながら雪見がケータイを取り出し、健人に電話しようと思っていると、
翔平がスタジオに戻って来て、いきなり雪見の腕をガシッと掴んだ!
「あ、マネージャーさん、ゆき姉はもう仕事終ったでしょ?借りてくねっ!
悪いけど、衣装も散らかしてるから片付けといてー!さっ、行くよっ!」
「行くよ!ってどこへっ!?」
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.340 )
- 日時: 2011/11/27 08:37
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ちょっと、ほんっとーにマズイって!絶対ダメ!無理だからっ!」
「いいじゃん!ちょっとくらい!」
「ダメったらダメッ!」
タクシーの中でも散々揉めていた。
運転手さんが行っていいものかどうなのか、迷うくらいに…。
「つ、着きましたけど…。」
「あ、着いたって!サンキュ!おじさん、おつりはいらないから!
ちょっと、ゆき姉!早く降りてよぉ!」
ブゥォーンと、逃げるようにして走り去るタクシーのテールランプを、
雪見は恨めしげに目で追い、そしてため息をつく。
「翔平くん。冷静に話し合おう。あのね、どう考えたって私が…。」
「ちょっと、苅谷翔平じゃないっ!?キャーッ!翔ちゃんだぁ!!」
タクシーから降りた場所に突っ立ったまま、翔平はビルを探してキョロキョロ、
雪見は最後の説得を試みて、翔平に優しく優しく語りかけていたのだが、
突如として後ろから浴びせられた黄色い悲鳴によって、むなしくも説得は失敗に終った。
「ヤバっ!ゆき姉、こっちだ!早くっ!」
翔平が雪見の手を掴み、素早く斜め向かいのビルに駆け込んで、地下への階段を下りる。
すすけた店構えの昔ながらの居酒屋が、今夜の飲み会会場らしい。
貸し切りとあって、縄のれんは入り口の内側に掛けてある。
「さぁ、入って!」
後ろから押しても頑として足を踏ん張る雪見に、翔平は「泣くからっ!」と攻撃に出た。
「ええっ!?」
「だって、ゆき姉が予定外に写真撮り出したから、こんなに遅れたんだよっ!
なのにこのまま俺だけ入ってったら、絶対俺のトレカ撮影が押して遅刻したかと
思われるじゃん!そんな濡れ衣、俺、泣くもん…。」
「そんなぁ!」
本当にこの時翔平は泣き出しそうな顔をしていた。確かに。
だが…。彼が俳優であることを、すっかり忘れてた雪見がバカだった。
「わかったって!じ、じゃあ私が監督にお詫びをして、翔平くんが遅れた理由を
私から説明すればいいんでしょ!?
だからそうしようと思って、さっき健人くんに電話するとこだったのにぃ!
もう、いいから入って!お詫びだけしたら、私はとっとと帰るからねっ!」
先頭に立ち、ガラッと引き戸を開けた翔平が小さく舌を出したことに、
後ろの雪見が気付くはずはない。
中からはすでに賑やかな笑い声が聞こえ、お酒が進んでる様子が伝わって来た。
「いっやー、遅れた遅れた!すいませんねー、皆さん!
苅谷翔平、ただいま到着しましたっ!待ってたっ?みんな俺の事、待ってたっ?」
翔平は、にっこにこの笑顔でピースサインをしながら、盛り上がってる輪の中へと
一人で入って行った。
『なっ、なにぃ!?さっき見せた、子うさぎが怯えるような目はなんだったのっ!?
ぜんぜん一人で平気じゃん!しまったぁ!まんまとはめられたぁ!!』
そう気が付いたが、時すでに遅し。
「ゲストを連れて来たよー!ゆき姉!こっちこっち!」
翔平の声によって、みんなが一斉に振り向いた。健人の驚いた顔と言ったら!
そりゃそうだよね…。
「あ、あの、健人くん…じゃない、翔平くんの写真集のカメラマンをしてます
浅香雪見と申します!私の撮影が押してしまったせいで、翔平くんが遅れてしまいました!
大変申し訳ありませんでしたっ!
あと二日間、現場にお邪魔させていただきますので、どうかよろしくお願いします!
じゃ、私はこれで失礼します!お疲れ様でしたっ!」
それだけを早口で言い終えると、さっと出口の方へと向きを変えた。
が…。
「ちょっと待ったぁ!ゆき姉!だっけ?
あれ?ほんとの名前、なんて言ったの?浅香さん?
浅香さん!まぁ、あと二日も顔を合わせるんなら、お近づきのしるしに一杯どうぞ!」
と、声を掛けてきたのは、なんと監督だった。
「えっ!?いや、私は部外者ですので結構です!
ごめんなさい!せっかく盛り上がってた所に入って来てしまって…。
じゃ翔平くん、また明日!失礼しまーす!」
今度こそ、本当に帰ろうと思ったのだ。いや、絶対思った。確かに思った。
なのに…。
なぜか雪見は監督の隣りに座らされ、ビールの一気飲みをしていた。
「おーっ!いい飲みっぷりだねぇ!まぁ駆けつけ三杯って言うじゃないか!どうぞどうぞ!」
ビール三杯ぐらいは雪見にとって、水のようなもの。
健人の視線が気にはなったが、そっち方向は見ないようにして、それだけ飲んで返杯したら
あとは堂々と帰ろうと思ったのがそもそもの間違い。
すでに監督は、いい感じに酔っぱらっているのだから…。
「いやぁ、気に入った!しかも美人カメラマンって言うのがカッコイイねぇ!
で、健人の親戚なんだって?おいっ!健人っ!ちょっとこっち来い!」
一番避けたかった状況になってしまった。こうなる前に帰りたかったのに。
極力、健人を困らせるような状況は、自分からは作りたくないのに。
「健人、監督がお呼びだよ。早く行きなよ。」
健人の隣りに座った翔平が、笑顔で向かい側のスタッフと乾杯しながら
冷めた声で健人にささやく。
「翔平。どういうつもりでゆき姉を、ここに連れて来たんだよ。」
健人も、手だけはスタッフと乾杯しながら、低い声で翔平に聞いた。
「別に…。深い意味なんてないよ。お前が心配してるかなと思ったから
連れて来ただけさ。なんか都合でも悪かった?」
翔平の問いかけに、健人は無言だった。
いや、何かを呟いたのかも知れないが、賑やかな喧噪の中ではそれも無かった事にされる。
「健人ぉ!早く来いって!お前、まさか俺をシカトする気かぁ?」
再びの監督の呼び出しに、健人は重い腰を上げた。
「よっ!ゆき姉、お疲れっ!」
健人は何事も無かったように平然とした顔で、自分の席から持って来たグラスを
雪見のグラスにチン!と合わせる。
「今雪見さんに色々聞いてたよ。お前の写真集も彼女が撮ったんだってな!
俺のも今度、頼むかなっ?」
「誰が買うんですか!?監督の写真集!」
健人のセリフに周りのスタッフが大受けした。
雪見も顔では笑って見せる。だが、心からは笑えなかった。
少し前までは、二人の関係が周りにバレないかと、ヒヤヒヤする状況も含めて、
同じ空間にいるだけで楽しく嬉しかった。
でも今は…一緒にいると心落ち着かない時もある。
お互い、相手を思う気持ちの何かが変化している…。
気が付きたくなかった事実は、翔平によって突然目の前に叩き付けられた。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.341 )
- 日時: 2011/11/27 20:56
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「…だよなぁ健人!おいっ、健人っ?
お前、人の話を聞いてないだろっ!なに、ぼけーっとしてんだよ!
ははーん、さては好きな女の事でも考えてただろー!」
酒好きな監督は、話し好きでもあった。
次から次へと機関銃のように繰り出される話はユーモア溢れ、ためになる話ばかりなのだが、
隣りに座らされた雪見も健人の様子が気になり、話の半分も頭に入っては来なかった。
そこに翔平が、グラスを持ってやって来る。
「監督ぅ!俺も入れて!」
「なんだよっ!せっかく雪見ちゃんと仲良く話してんのに、割って入るなよっ!」
笑いながら監督は、雪見と自分の間に翔平を入れてやった。
「なに、監督。ずいぶんゆき姉が気に入ったみたいだけど。
若いコもそっちに大勢いるのにね。」
「お前は、ほんっとーに失礼な奴だなっ!
女はね、ただ若けりゃいいってもんじゃないんだよっ!
酒が付き合えるだけ飲める!気配りができる!聞き上手!大人な会話が楽しめる!
でもってプロフェッショナル!
いい女の条件を雪見ちゃん並みに揃えてる奴が、その若い連中ん中にはいるかぁ?」
「監督。それって前に飲んだ時に聞いた、銀座の一流ホステスさんの条件と
同じじゃないっすか!
って事はですよ?ゆき姉も銀座に転職すれば即、一流になれるって事だ!すっげー!」
「どーしてお前はいっつも俺を、おとしめるんだよっ!
いいからあっちで、大人しく飲んでなさいっ!」
監督にシッシッ!と追い払われた翔平は、立ち上がると向かいに座ってた健人の腕を掴み、
「若者同士、あっちで飲もう!」と店の隅のテーブルに健人を連れ出した。
「ゆき姉を連れて来たのはいいけど、すっかり監督に捕まっちゃって、
ちょっと可哀想なことしたかな?
健人さぁ…。なんで彼女と一緒に居んのに、そんな不機嫌そうな顔して飲んでんの?」
「えっ!?翔平、お前なんで…。」
健人は突然の翔平の言葉に驚いて、誰かに聞かれてはいないかと辺りを見回す。
「それだよ、それっ!その態度が俺は気に入らないね。」
翔平が冷たく言い放ち、氷の溶けたウーロンハイを一気に飲み干す。
「ゆき姉が可哀想だとか、思った事ないだろ、お前。」
酒のせいもあるだろうが、翔平は健人に対して挑戦的な威嚇するような瞳を向けた。
「どういうことだよ。」
喧嘩を吹っ掛けられてるのがわかったので、健人も翔平をにらみ返す。
「お前らの事なんて、俺、だいぶ前から聞いてたよ。別に興味なかったから忘れてたけど、
俺の写真集のカメラマンが、健人の親戚だって聞いて思い出した。
単純に面白いと思ったから、知らない振りして二人の様子を観察してたけど、
ゆき姉が健人の顔色ばっか気にしてて、可哀想だと思った。」
「顔色を気にする?」
「やっぱね…。自分じゃ気が付いてないんだ。
健人は周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目なんか気にしてないんだよ!
それが可哀想だって言ってんのっ!」
翔平が吐き捨てるように言って席を立ち、違う仲間の輪に入って行った。
一人残された健人はただ茫然と、翔平に言われた言葉を頭の中で復唱している。
『周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目を気にしてない…。
周りの目ばっか気にして、ゆき姉の目を気にして…ない?』
そっと雪見を振り向いて見ると、雪見はすでに健人を見ていてにっこりと微笑んだ。
その笑顔がなんだか少し悲しそうにも見えて、健人の胸がギュッと締め付けられた。
次の瞬間、健人は無意識に席を立ち、雪見の席へと歩み寄る。
そして雪見の腕を掴み、その隣の監督に大芝居を打って出た。
「監督、すいません!今うちのお袋から、ばぁちゃんが倒れたって連絡来たんで、
これからタクシー飛ばしてゆき姉と実家行って来ます!
明日の撮影までには戻りますからっ!じゃ、お先です!ご馳走様でしたっ!」
「えっ!?うそっ!だって、ちぃばぁちゃんは…」
「いいから早くっ!」
健人が慌てて雪見のバッグを持ち、手を引いて出口までダッシュする。
そのまま二人は、手をつないでタクシーに飛び乗った。
行き先は、健人が本当に埼玉の実家の住所を告げる。
「ねぇっ!どーゆーことっ!?ばぁちゃんが倒れたも何も、四月に亡くなったでしょ?
訳わかんなくなるほど酔ってんの?」
雪見が、健人の頭が変になったのかと、真剣に心配してるのが可笑しかった。
「んなわけねーだろー!ばぁちゃんが死んだ事ぐらい、覚えとるわっ!
今日は12月4日だろ?ばぁちゃんが死んでから、ちょうど八ヶ月。
だから線香上げに行きたくなったの、突然に。」
「と、突然にって、そりゃ突然すぎるでしょっ!
しかも今、11時半だよ?これから埼玉って、着いた頃にはもうみんな寝てるでしょ!」
「大丈夫!大丈夫!つぐみは受験勉強で起きてるから。」
「そーゆー問題じゃなくて!もう、どうすんのよ!着替えも何にも持って来てないのにぃ!
はぁぁ…、仕方ない。お線香上げてお参りしたら、とんぼ返りしよ。
さては私達が来る前に、相当飲んでたでしょ?」
雪見はあきらめてタクシーのシートにドサッと身を預け、健人の顔を下から覗き込んだ。
「翔平と二人で仕事してんだ…って、やけ酒飲んでた。」
ボソッと健人が呟くように言う。
「えっ?」
それは雪見にとって、意外な言葉に聞こえた。
「俺ってまだガキなのかな…。翔平の写真集をゆき姉が撮るって聞いた時、
めちゃめちゃイラッときた。
もっと俺が大人になったら、頑張れよっ!って素直に言えるのかな。
早く大人になって、ゆき姉に近づきたいよ…。」
そう言って健人は、窓の外を流れるイルミネーションに目を向けた。
雪見はその健人の横顔が、寂しげで健気で思わず涙が溢れた。
自分だけが一人、もがき苦しんでるわけじゃないんだ。
健人も私以上に、年齢のギャップを埋めたがっているのだと…。
「ごめんね、健人君…。健人くんは大人だよ。とっても素敵な紳士になった。
だって私を、酔っぱらい監督から救い出してくれたんだもん!
ありがとう!だーい好きっ!」
雪見は運転手の目など気にもせず、健人の首にぶらさがり熱いキスをした。
今日一日抱えてた不安や葛藤を帳消しにするような、長い長いキスをした。
それから二人、手をつなぎ肩寄せ合って、幸せそうに眠りにつく。
コタとプリンは、まだ起きて待っててくれるだろうか。
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