コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.192 )
日時: 2011/06/08 21:35
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

一夜明け、今日は雪見たち写真集編集スタッフの休養日。

雪見だけは、午後から健人へのインタビューが仕事として入っているが、
それとて健人と二人きりでするのだから、休日デートのようなもの。
と言うか、インタビュー終了後は、そのまま本物のデートになだれ込もうという作戦で
あえて健人の一番最後の仕事後に、これを持ってきてもらった。
なので、雪見が家を出るのは午後八時半の予定。
それまではのんびりと音楽を聴きながら、洗濯や部屋の片付けをしたり、
猫の遊び相手をしたりして束の間の休日を満喫している。


昨日の夜は、本当に久しぶりに健人、当麻と三人で、笑いながらお酒を飲んだ。
一週間前の『秘密の猫かふぇ』以来気まずくて、少なくとも雪見は
当麻を避けるようにして暮らしていたが、昨日のカレンとの一騒動は、結果として
当麻と雪見をポン!と一瞬で元通りに修復してくれたかのように見える。
決してあの出来事が、二人の間で消えて無くなった訳ではないのだが…。



今日のインタビューをどこでするか二人で考えて、素の斎藤健人を引き出すには
行きつけの店がいいだろう、ってことで結局は『どんべい』に落ち着いた。
一応マスターに一言断りを入れておかなくちゃ!と二、三日前に電話で話したら、
なぜかメチャクチャ大喜び!

「ってことは、健人の写真集にこの店の写真とか住所とか、載るんだろ?
クリスマスイブに発売だから、次の日は店にファンが押し寄せて、
大変な騒ぎになるぞ、こりゃ!健人のお陰で大繁盛だ!!」

「あのさ、マスター。店を仕事に使わせてもらって、こんなこと言いにくいんだけど。
今回はお店の名前、載せられないんだよね。」

「うそだろぉ!?せっかく天下の斎藤健人写真集に載るってのに、
店の名前を出せないなんて!そりゃ、あんまりだ!
ショックで立ち直れないかも…。」

「ごめん、ごめん!これはさ、事務所からもきつく言われてて…。
もしもお店の場所や名前がファンに特定されちゃうと、そのお店だけじゃなく
お店が入ってるビルにまで人が押しかけて、たくさんの人に凄い迷惑をかけちゃうの。
だから、宣伝してあげたいのは山々なんだけど、こればっかりはごめんなさい!なんだよね。
ほんとにごめんね、マスター!
それにさ、健人くんも、『どんべいはずっと通いたい、俺の大事な店だから。』って。
みんなにバレちゃうともう行けなくなるって、一度は健人くん、そこで
インタビュー受けるの反対したの。
でも私は、あの店のあの部屋だからこそ話せる話もあるだろうって、
健人くんを説得したんだ。
もしマスターが、それじゃあ御免だ!って言うなら違う店にするけど…。」

「そんなこと、俺が言うわけないだろ!
健人がこの店の事を、そんな風に思ってくれてるなんて…。
嬉しくって涙が出ちまうよ。
よっしゃ!土曜の九時頃だな?美味いもん、テーブル一杯に並べて待ってるよ!
あ、でも土曜の夜は多分満席になってるだろうから、店に入って来る時は
他のお客にバレないように、気を付けて入ってこいって健人に伝えて。
楽しみに待ってるから!って。」

「ありがとう、マスター!私も楽しみにしてる。
じゃ、土曜日に行くね!よろしくっ!」

電話を切ったあと、すぐに健人にメールした。
マスターからの伝言と、前の仕事が何時に終っても待ってるから、
慌てないで来てね!と伝える。



健人もとても楽しみにしている雪見のインタビュー。
そろそろ出掛ける時間となったようだ。
カメラバッグに、編集部から借りてきたマイクロレコーダー、
マスターへのお礼の手土産を持ってタクシーに乗る。


「マスター!来たよ!今日はお世話になります。
これ、部屋を使わせてもらうお礼と、すっかり持ってくるのを忘れてた
沖縄土産の泡盛!うちで熟成しといたから、美味しくなってるはず。」

「別に気を使わなくても良かったのに!でも有り難くもらっとくよ。サンキュ!
お!泡盛かぁ!ちょうど豚の角煮が煮えたとこだ。
この組み合わせは黄金コンビだぞ!
あとで持ってくから、部屋に入ってな。あ、ビール、持ってってね。」

「OK!健人くんは少し遅れるって。撮影が押してるみたい。
じゃ、先に準備させてね!」
雪見はカメラバッグとビアジョッキを手に、そろりそろりと奥にある
いつもの部屋へと入っていった。

店内は、マスターが言ってた通りの満員である。
「誰にもバレないで健人くん、来れるといいけど…。」
独り言を言いながら重たいバッグを下ろし、まずはビールで喉を潤す。
よしっ!と自分に気合いを入れて、健人が着いたらすぐに仕事を開始出来るよう
インタビューの準備を整えた。


それから一時間ほど経った頃、健人からメールが入る。

     ゆき姉、ごめん!
     今やっと終った!
     これから化粧落として
     大至急向かうから、
     俺の食いもん、頼んで
     おいて。腹ぺこだぁ!  
     じゃ、もう少し待って 
     てね。飛んでくから!
     アイシテル(^з^)-☆

        by kento


あと少し。もうちょっとで健人に会える!大好きな健人に…。

Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.193 )
日時: 2011/06/09 09:55
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

土曜日の午後十時過ぎは、一週間の疲れをお酒で癒やそうと考える同類達で
どこの店も大入り満員だ。
世の中、こんなにも酒飲みがいるのかと思うと雪見は、
なんだか安心してグラスを傾けることが出来るのだった。

その日の『どんべい』も、マスターがてんてこ舞いするほどの大賑わい。
一人で飲みに来てたのなら、すぐに雪見もホールの手伝いに入ってあげるところだが、
なんせ今日はこれから、健人へのインタビューと言う大仕事が待っている。
忙しいのに悪いなぁと思いつつ、もうそろそろ健人が来る頃なので
ホールの状況がどんな様子なのか、偵察に部屋を出た。

『えっ?なにこの満員状態!待ってるお客さんまでいるじゃない!
健人くん、大丈夫かなぁ。やっぱ、土曜日っていうのが間違いだった?
どうしよう、お客さんに気付かれたら…。』

雪見は、健人がちゃんと変装して来るのか心配で、ビルの外に出て
健人の到着を待っていた。


程なくしてビルの前に今野の車が到着。
ドアが開いて、ひらりと健人が降りて来る。

健人は、グレーのキャスケットを目深にかぶり、いつもの大きな黒縁眼鏡を掛けている。
首周りには黒の大判のストールを巻き付け、口元から下を覆っていた。
メイクを落としてるせいか夜の明かりで見るせいか、それとも疲れのせいなのか、
少し顔色が悪く見える。
これならお客さんになんとかバレないで、部屋までたどり着けるかな?


「外で待っててくれたの?ありがと!ごめんね、待たせちゃって。」
健人が、一年ぶりにでも会ったかのような、溢れる笑顔を見せる。
昨日の夜は、当麻と二人で雪見んちにいたのに。
でも最近の健人は、別れたそばからすぐに雪見に会いたくなる日が続いている。
多分、人通りさえ無ければ、確実に雪見を抱き締めていただろう。

「お疲れ様!大丈夫?疲れてない?」
雪見もまた、この時をずっと朝から待っていた。
この日一番の笑顔で、優しく健人を出迎える。

「大丈夫に決まってんだろ!
ゆき姉と一緒に『どんべい』で仕事なんて、最高じゃん!
でも、仕事の前に腹ごしらえさせてね。もう腹減って死にそう!」

「ふふっ。健人くんって、いっつもお腹空かしてるんだから!
マスターが、いっぱいご馳走用意してお待ちかねだよ。
『せめてテーブルに並んだ料理ぐらいは、健人と一緒に撮してくれよ!』
って言うから、お箸をつける前に写真撮らせてねっ!」

「えーっ!おあずけ喰った犬みたいに、よだれ垂らして写るかも!
じゃあ、とっとと写真だけ撮しちゃお!さ、行こうか。」

健人が、早く店に入ろう!と雪見を誘うと、
今野の車の窓がスッと開いて、「雪見ちゃん!久しぶり!」と、声を掛けてきた。

「今野さん、お疲れ様です!お元気でしたか?」
雪見が車に駆け寄り、久しぶりに会った今野に、窓越しから笑顔で挨拶をする。

「俺は相変わらずだよ。どう?編集作業は順調に進んでる?」

「ええ!今のところは順調です。
今日の健人くんへのインタビューで、いいとこ取材は終了かな?
あ、当麻くんからもコメントもらうんだった。
でも、良い感じに進んでるんで、完成を楽しみにしてて下さいねっ!」

「おう!じゃ、あとは健人をよろしく頼むよ。
あいつ、朝からこの仕事が楽しみで、相当テンション高いと思うから
暴走した話にならないように、雪見ちゃんがコントロールしてやってよ!」

「任せて下さい!手綱はしっかりと握ってますから。」
雪見が笑いながらそう言うと、今野は安心したように車を発進させた。


ビルの入り口で待つ健人に駆け寄り、じゃ入ろう!と手を取る雪見。
地下一階への階段を下りる途中、素早く二人はキスをした。

「今野さん、なんだって?」
「健人くんが暴走した話をしないように、監視を頼む!だって。」
「ひっどいなぁー!今野さん。」

二人が笑いながら、ごく自然に店の中へと入って行く。
『どんべい』は相変わらずの混みようで、店内はお客さんの楽しそうな話し声で賑やかだ。

健人がやっと到着したのをマスターが見届けて、無言のまま
目線だけで早く部屋へ入るよう、二人を促した。
健人は、マスターの方を向いてひょこっと頭を下げ、足早に店の奥まで進んでいく。
雪見はマスターに、「勝手にビールもらっていくから!」と、
慣れた手つきでジョッキ二つにビールを注ぎ、泡とビールの比率を見て
「よし!完璧!」と満足そうに部屋まで運んで行った。

「お待たせ!じゃ、ビールの泡が消えないうちに、写真を一枚撮らせて!」
テーブルには、雪見が外に出てる間に料理が並べられていた。
さっきマスターが言ってた豚の角煮も、熱々の湯気を上げながら
グラスに入った二杯の泡盛と共に鎮座している。

「マジ、よだれが出そう!ヤバイよ、早く撮って!」
「OK!いいよ、食べ出して。」
「やった!いっただきまーす!うめぇ!この角煮、トロットロ!」

健人は本当に幸せそうな顔をして料理を頬張り、ビールを飲んだ。
雪見は、健人がいつでも美味しそうに食べる、その顔を見るのが大好きで、
いつまでもファインダーを覗いて、シャッターを切り続ける。

「ねぇ、もう写真はいいから一緒に食べよう!
ゆき姉のビール、泡が消えちゃったよ。角煮も食べてみて!ヤバイから。」

「よし!じゃあインタビューも同時に始めようか。
レコーダーを長回しするから、意識しないで普段通りに喋って。
ここでいつも飲みながら話すのと同じにね。」

「えっ?そんなんでいいの?全然仕事みたいじゃないや!
いいね、こういう仕事!毎日やりたい!インタビュー。
そしたらゆき姉とだって、毎日一緒にいられるのに…。」

「ストーップ!レコーダー回ってんのに、そんなこと言っちゃダメ!
これ、後からライターさんが文章に起こすんだから、
みんなが聞いてもいいことだけ話してよ!録音し直しっ!」

ほんとにもう!と言いながら、雪見が仕切り直しする。
すると健人が、待ったをかけた。

「じゃ、レコーダー回さないうちに先に話しておく。
酔ってからじゃ、ちゃんと伝わらないと困るから。」

「えっ?なにが?」

「一緒に暮らそう!俺と。」


突然の思いも寄らない告白に、ただただ雪見は健人を見つめるだけだった。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.194 )
日時: 2011/06/10 15:30
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「なに?今の。」

しばらくボーッとしたあと、我に返って雪見が聞いた。
「なんか言った?今。」

心臓がドキドキして、うまく呼吸が出来てない気がする。
さっき口をつけた泡盛のせい?いや、まだ一口しか飲んではいない。

「聞いてなかったの?一緒に暮らそう、って言ったんだよ!」

そう言いながら健人は、照れ隠しにポテトピザを頬張った。
「うっめー!やっぱこのピザ、絶品だと思う!」
と、多分言ったと思う。モゴモゴしてて、よくは聞き取れなかったが。

「一緒に暮らそう、って…。本気で言ってるの?それとも冗談?」

雪見が真っ直ぐに健人の瞳を見つめ、真剣な顔して聞いてきた。
健人は、おちゃらけながら笑って話そうとも考えていたのだが、
雪見の真剣な瞳を見て、やっぱりきちんと話すべきだと
自分の思いを言葉に置き換えた。

「俺…。ずーっと前から思ってた。
ゆき姉と二十四時間一緒にいれたら、どんなに毎日が幸せだろう、って…。
きっと毎日が楽しくて、仕事もゆき姉のために頑張れて。
家に帰ってゆき姉の顔見てご飯を食べたら、その日の疲れなんか一気に吹き飛んで…。

デートして帰る寂しさも、誰もいないひとりぼっちの部屋で寝るのも、もう嫌なんだ。
朝も夜も、今日も明日もゆき姉と一緒にいたい。
さっき、車から降りてゆき姉の顔見た時に、もう離れたくないって心に決めた。
ゆき姉は…、俺と毎日一緒にいるのは嫌?」

健人の大きな瞳が、嘘偽りのない心を鏡のように映し出している。
それは、どこまでもどこまでも透き通っていて何一つ濁りのない、
雪見に対しての愛だけで出来ているような心だった。

あまりにも突然すぎる告白に、最初は何も考えることが出来なかった雪見だが、
健人の瞳を見つめるうちに、やっと返事が見つかった。

「嫌なわけないじゃない。健人くんと一緒にいて、嫌な理由なんてあるはずがない。
私もいつも思ってたよ。
毎日健人くんにご飯作って、美味しいね!って二人で食べて、
毎日一緒にめめ達と遊んで、色んな話をして笑う。
そんな生活、楽しいだろうなって。
健人くんが辛い時や落ち込んでる時、時計を気にしないで
ずっとそばにいてあげれたら、どんなにいいだろうって…。」

「ゆき姉もそう思っててくれたんだ!」

健人がやっと微笑んで嬉しそうに言う。
雪見はその笑顔を見て、心を固めた。
この笑顔をずっとそばで見ていたい。健人を悲しみから守ってあげたい。

「うちで暮らそ!めめとラッキーと、一緒に暮らそう。
毎日私が美味しいご飯作ってあげる。
毎日私が「お帰り!」って家で待っててあげる。
だから…。うちにおいでよ、健人くん。」

そう雪見が言うと、健人は顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
今まで見た中で、一番の喜びようかもしれない。

「やった!ほんとに一緒に暮らせるの?
俺、ゆき姉と一緒に暮らせるの?夢じゃないよね?
スッゲー!夢って、強く願えば叶うんだ!!
めちゃめちゃ嬉しすぎる!あー、喉乾いた。」

健人が気の抜けたビールを一気飲みする。
それから泡盛をグッとあおって豚の角煮を頬張った。
分かりやすい健人の行動が微笑ましくて、クスッと雪見が笑う。
なんて幸せな光景なんだろう。

「冷たいビール、もらってくるね!」 「OK!大至急ね!」


雪見が、少し混雑の落ち着いたカウンターに行ってマスターに
「ビール二つ、もらってくね。」と声をかける。
一つ目のビールを注いでるとマスターが、「どう?順調に進んでる?」
と、話しかけてきた。

「いや、まだ健人くんのご飯タイム中!
マスターが美味しい物ばっかり並べてくれたから、食べるのに忙しくて
まだ仕事にかかれてないの。
あ!ご馳走の並んだ写真だけは最初に撮っておいたから、心配しないでねっ。」

雪見の顔を見てマスターがニヤニヤしてる。
「なによ、マスター!なに人の顔見てニヤついてんの?」

「ニヤついてんのは雪見ちゃんの方だけど?
さては、健人となんかいいことあっただろ!絶対そうだ!」

「な、なに言ってんの!そんなことないから!
もう、いいから軟骨つくね焼いて!早くねっ!」

「はいはい!ただいま大至急お焼き致します!」

笑いながら雪見が両手にジョッキを持って、部屋の方へ歩き出したその時、
後ろから突然、「ゆきねぇ!」と声をかけられた。

びっくりしたが、ビールをこぼさないようにそっと後ろを振り向くと、
そこにはなんと、当麻が立っているではないか!

「当麻くん!!」

あまりにもびっくりして、思わず大声を出してしまった。
その声に満員の客が反応しないわけがない。
一斉にみんなが当麻と雪見の方を振り向いた。

『しまった!大声出しちゃった!』
雪見がそう思った時にはすでに遅かった。
まず、カウンターに座ってたOL二人組が当麻に気付く。

「ねぇ!三ツ橋当麻じゃないの?あれ!
もしかしてビール持ってるのって、ゆき姉?健人のカメラマンの!」

「うそ?ほんとだ!!絶対あれ、当麻だよ!
眼鏡掛けてるけど、絶対にそうだ!ゆき姉は『ヴィーナス』で見たもん!」

同じような話声や、小さな悲鳴までもがあちこちから聞こえてきて、
店内は騒然となってしまった!

『あのバカ!見つかってやがる!下手したら健人まで見つかっちまうぞ!』
マスターが焦って店内を静めようとするが、一度騒ぎ出した酔っぱらい達は
そう簡単におさまるはずがなかった。
当麻と雪見も、蜂の巣を突いたような騒ぎに、茫然と立ち尽くす。

と、一人の客が立ち上がり「三ツ橋当麻さんですよねぇ!」と言いながら
二人に近寄ろうとしたのを皮切りに、バタバタと何人かが立ち上がった!

それを見た当麻は、とっさに雪見の腕をつかみ「外へ出よう!」と
入り口に向かって歩き出す。
両手にジョッキを持ってた雪見は
「ちょっとたんま!あ、これ、良かったら飲んで下さい!」
と、一番近くに座っていたカップルに無理矢理ビールを渡し、
急いで当麻の後ろをついて店を出た。

「とにかくここから離れよう!」と、二人でタクシーに乗り込む。
逃げ場所で思いつくのは『秘密の猫かふぇ』しかなかった。


その頃『どんべい』店内は、いきなり目の前から逃亡した
超人気イケメン俳優、三ツ橋当麻と雪見の話で店全体が揺らぐほどの
大騒ぎになっていた。

『まずいことになったぞ!健人も見つからないうちに、外に出さなきゃ!』
マスターがこっそりと健人の部屋を開ける。

「健人!俺に付いて来い!非常口から外に出ろ!」

「ねぇ、店が騒がしいけどなんかあったの?ゆき姉もぜんぜん戻ってこないんだけど…。」

「当麻が来て、雪見ちゃんを連れて行った!」

「えっ!!」

昨夜の健人の胸騒ぎが本物になってしまった。











Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.195 )
日時: 2011/06/11 00:49
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

「当麻がゆき姉を連れてったって、一体どういう事!?
なんで当麻がここに来たの?」

健人は何が何だか訳がわからず、マスターに詰め寄った。

「俺にもわからん!ただ、雪見ちゃんがビールを持ってここに戻ろうとした時に、
後ろから当麻が声を掛けて、ビックリした雪見ちゃんが『当麻くん!』
って、大声を出しちまったわけ!
それで二人が客にバレちゃって騒がれたもんだから、当麻が雪見ちゃんを連れて
店を出て行ったんだ。今もみんなが大騒ぎしてるよ!」

「そうだったんだ…。でも、二人でどこに行っちゃったんだろ…。」

健人が視線を落として考え込む。
でも、思い返すと昨日の夜、当麻に対してなんとなく胸騒ぎを覚える瞬間があった。
その胸騒ぎがこれだったのか…。



昨日の夜は当麻と二人、雪見の家で酒を飲んだ。
カレンと和解したことによって、久々に心から笑い合って飲んだ楽しい酒であった。

二人とも、次の日は朝からドラマの撮影が入ってたので、
三時間ほど飲んで雪見のマンションを後にした。
外へ出ると、冷たい風が火照った頬に気持ち良い。
少しこのままブラブラと歩くことにする。

「あー、なんかスッキリした!
カレンと和解した理由は腑に落ちないけど、まぁ理由はどうであれ
これでカレンにビクビクしなくて済むんだから…。」
当麻がうーん!と歩きながら伸びをした。

「ほんと、良かったよね!
ゆき姉がカレンと二人でどっかに行った!って当麻から連絡来た時には
マジで俺、心配で泣きそうになったもん。」

健人は何時間か前を思い出し、また涙ぐみそうになるのを堪えた。
そして、さっき飲んでた時から気になってたことを、当麻に聞いてみることにする。

「あのさぁ。当麻、さっきメチャクチャ嬉しそうだったよね。
ゆき姉がスタジオまで、残業途中で投げ出してすっ飛んで来てくれた!って。」

「あ、あぁ。そりゃ嬉しいに決まってんだろ!
今やゆき姉は、俺の第二の親友みたいなもんだから。
その親友がタクシー飛ばして来てくれたら、もし健人が俺の立場でも嬉しいだろ?
もちろん第一の親友は、健人に決まってるけどね。」

当麻は、健人が何かを感じ取ってそんな質問をしたのだと、内心冷や汗をかいた。
だが、本当に嬉しかったのだから、自分でも気が付かないうちに
相当テンションが上がっていたに違いない。

事実、もしも健人が一緒にいなければ、確実に雪見を抱き締めていたことだろう。
あの日、猫かふぇのトンネルで、雪見を抱き締めたのと同じように…。
親友なんかじゃなく、大好きな人を抱き締めるように…。


当麻は、上手く自分の心をだませたと思っていたが、健人はなんとなく
感じてしまった。
それは今までに何度も何度も、考えては打ち消し、考えては打ち消ししてきた
一番健人が恐れている感情だ。

やはり当麻は雪見に対して、それを持ち合わせているのではないか…。
当麻と二人夜道を歩きながら、嫌な胸騒ぎが健人をかすめて通り過ぎた。




昨日の事を思い出しているところに、ケータイのメールが着信した。
雪見からだ!『秘密の猫かふぇ』に向かってると書いてある。
いつもは夜の十二時に一旦閉店するが、土曜の夜だけは二時間延長されて
午前二時に閉店であった。

「俺も行かなきゃ!ゆき姉を取り返さなくちゃいけない!」

健人はとっさにそう口走った。
それを聞いてたマスターは、深くを追求せずに健人を脱出させてやろうと、
いつも他の従業員とシミュレーションしている手はずを、健人に説明する。

「いいか?これからうちの若い奴が、店の入り口に立ってジャンケン大会を始める。
客の視線を集めておくから、その隙に健人は非常口から出るんだ!
非常口は店の真ん中の右奥にある。しっかり顔を隠して行けよ!
じゃ、俺は若い奴に伝えてくるから、呼びに来るまでじっとしてろ!」

小上がりを出かかったマスターに、健人が声を掛ける。

「マスター、ごめんね!俺たちが迷惑かけちゃって!
今度必ず恩返しするから…。」

「いいってことよ!気にすんな。
こんなに騒がれる大スターが、二人もウチの常連さんなんだから、
これしきの事、想定内なんだって!じゃ、待ってろよ!」


マスターがまだ騒がしい店内に戻り、一番近くにいた従業員に指示を与える。
それを聞いた若くてこれまたイケメンの従業員が、素早くマイクを手にし
入り口をふさぐようにして、立ちはだかった。

「はーい、みなさん!本日もようこそ、『どんべい』へ!
これからちょっと早いけど、毎週土曜日恒例のどんべいじゃんけん大会を
始めたいと思いまーす!
みんな、なるべく前の方に集まってくださーい!」

俳優にもいそうなタイプのイケメン従業員が、笑顔と大きな声で客を手招きすると、
酔っぱらい達は先を争うようにして、少しでもイケメンくんのそばへと集まってきた。

「じゃあ本日の優勝賞品のご紹介!
まずは生ビール無料券五枚!か、ハイボール無料券五枚!か、
僕からのおでこにチュー券一枚です!みんな、頑張ってね!」

客が一番反応したのは、おでこにチュー券だった。
この従業員対客全員でじゃんけんをし、最後に従業員に勝ったら商品を
もらえる、ってわけだ。

「健人!出るから靴を履いて!」

「ごめん!料理、食べきれなかった。」

「いいから、そんなこと!
最初のジャンケンが始まったら、すぐに非常口に向かえよ!
ちゃんと雪見ちゃんを取り戻してこい。離すんじゃないぞ!」

マスターが笑顔で健人の肩を、ぽん!と叩いた。

「いつもありがとね。俺たちを応援してくれて…。
じゃ、また来るわ!ご馳走様、マスター!」

健人も笑顔でマスターに礼を言う。


さぁ!ちゃんと当麻と向き合って、雪見を取り返して来よう!

健人は、客の賑やかな声を背中にして非常口を飛び出した。
雪見と暮らす明日を頭に思い描いて…。













Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.196 )
日時: 2011/06/11 22:44
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

『秘密の猫かふぇ』に向かうタクシーの中。
当麻は、さっきからずっと窓の外を眺めている。

「ねぇ。どうして『どんべい』に来たの?」雪見が聞いてみた。
「行ったらまずかった?」当麻は窓に顔を向けたまま、質問を返す。

「まずくはないけど…。来るなんて思ってなかったから、びっくりして
あんな大声出しちゃった。
ごめんね、私のせいでこんな事になっちゃって…。」

「別にゆき姉のせいじゃないよ。
俺も悪かった。二人の仕事の邪魔しちゃって。
もうそろそろインタビューは終った頃かな?って思って、行ってみたんだけど…。
昨日ゆき姉が、俺にもコメント欲しいって言ってたから、健人と一緒に
終らせちゃった方がいいのかなと思ってさ。」

「そうだったんだ…。そうだね、ちゃんと私が当麻くんを呼べば良かったんだ。ごめん。
あ、健人くんも今来るから、猫かふぇでインタビューしようか。」

「えっ?健人に連絡したの?」当麻の顔が、サッと曇った。

「え?普通連絡するでしょ?ビール入れに行ったまま、帰って来ないんだもん。
そりゃ心配してるでしょ!多分マスターがうまくやってくれたとは思うけど。
あ、もうすぐ着くよ。」



『秘密の猫かふぇ』店内は今日、割と混み合っていた。

当麻はいつもの場所に行こうとしていたが、雪見はあのトンネルを
当麻と二人で通るのが怖くて、健人が来るまでここで待っていよう、と
手前にあるバーカウンターを指差した。

「今日は混んでそうだから、先に行って場所取りしておかないと
いいとこ全部、ふさがっちゃうよ。ほら、行こう!」
そう言うと、当麻は半ば強引に雪見の手を引いて、例の長いトンネルに入って行った。

雪見の足が自然とブレーキをかける。
それに気付いた当麻はクスッと笑い、「今日は何にもしないよ。」と言った。
「この前はごめん、あんなことして。俺どうかしてたんだ、あの時…。」

雪見は、ずっと気になってたあの事を聞くのは今しかないと思い、
薄暗いトンネルを歩きながら当麻に聞いてみる。

「もしかして…、愛穂さんと別れたの?」

「別れたも何も、始まってもいなかったんじゃない?きっと。」

当麻は笑いながら、人ごとのようにそう言った。
だが、雪見の顔を見ようともせず、真っ直ぐトンネルの出口だけを目指し歩き続ける。

あの時の当麻が言った言葉。
「どうして俺の好きになる人はみんな、健人を好きなんだろう…。」
ずっとずっと頭から離れたことは無かった。
言葉の意味を確かめたくて、確かめたくはなかった。

どうしよう…。
聞いてしまったら、その瞬間からすべてが変わってしまう…。


「俺、ゆき姉のことが好きだよ。」

「えっ?」

雪見が聞こうかどうしようか悩んでいるうちに、先に当麻が言ってしまった。
やっぱり聞かないでおこうと、その直前に決めたのに…。

当麻は立ち止まりもせず、ただ前を向いて雪見の手を引き歩き続ける。
出口が無いのかと思うほど長く長く感じるトンネルを、二人はやっと抜け出した。

三人の大好きなウォーターベッドのスペースには、すでに団体の先客が
楽しげにパーティーをしている。

「なんだ、空いてなかった…。」

「しょうがないよ。土曜の夜だし、こんな時間だもん。
カラオケのブースに行ってみよう。もし空いてたら、課題曲の練習しなきゃ!」
二人はまた次のトンネルに向かって歩き出す。


「俺、ゆき姉のこと、好きだからね。」

トンネルに入るとすぐに、また当麻が言った。念を押すように。
そこまではっきりと言うのなら、今度こそこの場で決着をつけなければならない。
健人が到着するその前に…。

「どうして急にそんなこと言い出したの?愛穂さんに振られたから?
当麻くんは、思っててもそんなこと、言わない人だと思ってた。」

「思ってても?」当麻が足を止め、雪見の目を見て聞き返した。

「俺は健人の親友だから、ゆき姉のこと好きになっても、黙ってるって思ってた?
俺に勝ち目はないから、そんなバカなこと、言うはずがないとでも思った?」

「そんなこと…。」

否定したかったが、すべては当麻の言う通り。
雪見は当麻の気持ちに気付かぬ振りをして、自分が一番居心地のいい
三人の関係を保とうとしていた。

「俺、そんなに都合のいい男じゃないよ。」 「えっ?」

「もう、自分の気持ちをだまし続けるのに飽きてきた。
ねぇ。健人と別れて俺と付き合おうよ。」

「なに言ってるの?自分が言ってることの意味、わかってるの!」

「充分わかってるさ。こういうことだよ。」

そう言い終わると、当麻はいきなり雪見をトンネルの壁に押しつけ、
自分の唇で雪見の唇をふさいだ。
身動きが取れない。息が苦しくなる。

「やめてっ!」

やっと自由になった右手は、瞬間的に当麻の頬を叩いていた。

「どうして…。どうして私なんかを好きになったの…。
好きになって欲しくなかった。
好きになられるくらいなら、嫌いでいてくれた方がましだった!」
そう言って雪見はその場に泣き崩れた。

「ごめん…。」

ただ一言だけを言い残し、当麻が帰ってゆく。
雪見はいつまでもそこから立ち上がれずに、薄暗いトンネルに
もたれ掛かって座っていた。


どれほどそこにいたのだろう。
何人かの通行人が、心配そうな顔をして通り過ぎていった。

向こうの方から健人が走って来るのが見える。

「ゆき姉、大丈夫!?どうしたの?当麻は?」
目の前で心配そうに顔を覗き込む健人を見て、初めて雪見は事の重大性に気が付いた。

「壊しちゃった…。私が三人の仲を壊しちゃった…。
ずっと出会った頃のままでいたかっただけなのに…。」

健人は、抱きついて泣き続ける雪見を、ただ力強く抱き締めてやることしか
出来ないでいた。

『当麻はゆき姉に何をしたんだ!なんでこんな事になってるんだ!』

健人は怒りに震えていた。初めて覚える、親友に対する怒りの感情。
こんなことになるのなら、昨日の夜、きちんと片を付ければよかった。
泣きやまない雪見の頭を、いつまでも撫で続けては後悔をする。


一方タクシーの中の当麻は、苦しい思いをしてやっと雪見への思いに決別し、
『こうするより方法がなかったんだ。ごめん、ゆき姉…。』
と涙を流しながら、窓の外の流れるネオンを無意味に眺めた。


それから三日間、当麻のケータイはまったく通じない。




















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