コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
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- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
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- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.492 )
- 日時: 2013/08/11 22:18
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「あのぉー!サイトウケントですがぁー!
ここに来るようにって、言われて来たんですけどー!」
訳がわからぬまま、教室から追い立てられるようにタクシーに飛び乗った健人とホンギ。
指示通り、マンハッタンの川べりにあるヘリポートまで来たはいいが、
事務所からここへ呼び出される理由が皆目見当も付かず。
大体事務所の誰が電話を?なんでホンギを知ってんの?
てゆーか、まさかの…いたずら電話?
半信半疑の恐る恐る、だが爆音のなか大声で地上係員に名乗って聞いた。
「サイトウ様ですね?お待ちしてました。あの2番ヘリにご搭乗下さい!」
係員はキリリと向こうを指さした。
「…え?うそっ!俺たちがですかぁ!?誰かの間違いじゃなく?
て言うか、一体このヘリって、どこ行き…?」
「ワシントンまでのフライトです!」
「ワ、ワシントン!!??」
「雪見っ!着いたぞ、ホワイトハウスだ!起きろっ!」
学に声を掛けられ、雪見はう〜ん!と大きく伸びをした。
大騒ぎをしてハイウェイのトイレに駆け込み、ホッとしてリムジンに戻ったあと…。
「今のは聞かなかったことにする!おやすみっ!」と一方的に言い渡し
学から離れた座席に移って居眠りを決め込んだ。
寝たふりしながら今後の対策を練るはずが、あっという間に夢の中。
そして、あっという間のホワイトハウス。
さてさて、この密室にいるうちに、二人の関係だけは明確にしておかなければ。
「いい?私達はよくコンビ組んで、小学校なんかにサイエンス実験の出前をした
同じ大学のゼミ仲間だからねっ!
それは嘘じゃないんだから、何も問題はないでしょ?
あ!そ・れ・と!
ただの同級生なんで、一切手も繋がなければ腕も組んで歩きませんから!」
「はぁ?普通女性同伴のパーティーったら、男が女をエスコートして歩くのが常識だろ?」
「お断りっ!どーせ車から一歩降りたら、あんた目当てに集まった人達に写メられて
その場でツイッターに流されるに決まってる!
もし手を繋いで歩いて、有らぬ噂立てられたらどーすんのよ!
やっと健人ファンに認めてもらって結婚する私の立場はどーしてくれんの?
あんた、元カノがどーなってもいいってわけ?」
雪見がめちゃくちゃ恐い顔でにらんでる。
あんた呼ばわりする時は、相当本気と決まってた。
こんな時は、ひとまず撤退するのが賢いだろう。
「しゃーない。元カノのために我慢すっか。」
学は雪見に散々な言われようをしたにも関わらず「元カノ」という言葉の復活に
機嫌良く笑ってる。
まったくどうして男ってヤツは、過去の女をいつまでも大事に大事に
ポケットにしまっておきたがるんだろ…。
夕刻6時。ホワイトハウス前には報道陣を始め大勢の観光客やファンが
何層にも重なって、次々に滑り込んでくるリムジンに歓声を上げている。
車の中で初めて聞かされたのだが、ここ数年このパーティー参加者は、
ホワイトハウスに入る前に一旦車を降り、報道陣が用意したレッドカーペット上で
ホワイトハウスをバックに簡単な会見をするのが恒例だと言う。
その時の模様が翌日のワイドショーを賑わせ、女性陣の着ていたドレスが
大変な話題を呼ぶらしい。
それで合点がいった。
あの店が総力を結集して雪見を仕上げたわけが。
今さら、イヤだ!テレビになんて映りたくない!とわめいたところで
どうすることもできない。
もう着いてしまったのだから。
しゃーない!戦闘開始とまいりますか!
先に降りた学に大絶叫が巻き起こった。
その想定以上の歓声を耳にして、雪見は車から降りるのを一瞬躊躇する。
あーやだなー!このままUターンして帰ってもらおうかな…。
いーや、ダメダメっ!そんなこと出来るわけないじゃない!
…よしっ!久々にカリスマモデルにでも成りきるか!
雪見は、身にまとってるドレスの力を信じることにした。
自分はこのブランドのトップモデルよ!と暗示を掛け、指の先からつま先まで
抜かりなくリムジンからスッと姿を現した。
その瞬間の黄色い大歓声ときたら!
見たこともない東洋人のはずなのに、そのドレスのお陰で誰もが雪見を
有名女優かカリスマモデルと勘違いしたようだ。
今は素人が一瞬で世界中に映像を配信出来る時代。
どこの誰だかも知らないはずなのに、ブルーのドレスを着て颯爽と登場した雪見の姿は
瞬く間に世界を駆けめぐった。
「え?うそーっ!ちょ、ちょっと香織っ!これ見て!雪見じゃないの?これぇ!!」
「真由子、シーッ!なに大声出してるのよ。店の隅っこの人までこっち見たでしょ!?
…って、うそっ!?え?雪見っ!?何やってんの?ホワイトハウスの前で!
しかも…一緒にいるのは元カレっ!?どーいうことっ!?」
タブレット端末を見ながら東京ど真ん中のスタバで二人が上げた大声は、
確実にみんなの興味をそそってしまった。
ヤバッ!他の客も一斉に検索し出したぞっ!
「あっ!次に到着したゲストは、今アメリカ中で大旋風を巻き起こしてる日本人科学者、
サイエンスティーチャーマナブです!
淡いブルーのドレスがとてもお似合いな美女を同伴されてます。
お二人とも、どうぞこちらへ!」
報道陣代表レポーターに促され、学は雪見の背中に手を添え前へ押し出したのだが、
その手はスッと下に下がり、あろう事か雪見の腰に回された。
「ちょ、ちょっとぉ!何してんのよっ!」
顔はにこやかに前を向いてたが、雪見は小声で学に警告を与えた。
「あれっ?手を繋ぐのと腕を組むのは禁止されたけど、腰に手を回したらダメとは
聞いてないけど?」
学も小声で飄々と言ってのけた後、記者からの質問に流暢な英語で受け答えし出す。
それを引きつりそうな笑顔で聞いてた雪見は、次に学の口から飛び出した言葉に耳を疑った。
「彼女ですか?僕の…良きパートナーです。」
その瞬間、会場がどよめいて一斉にカメラのフラッシュがたかれる。
辺りが真っ白になったと同じく、雪見の頭ん中も真っ白。
「な、なに言ってんのよっ!違うでしょっ!?今すぐ訂正しなさいっ!」
「あれ?誤解を招く表現だったかな?
今日のパーティーで僕たち、サイエンスショーを披露するんです。
大統領ご一家が、有難いことに僕の番組のファンでいらして。
大統領たっての希望で余興としてやらせてもらうことになったんです。
彼女は大学在学中に同じゼミで、昔からサイエンスショーの良きパートナーでした。」
何事も無かったかのように学はインタビューを終え、二人は観衆に軽く手を挙げたあと
再びリムジンに乗り込み、ホワイトハウスのゲートをくぐった。
「どーいうつもりっ?私が言った日本語が理解出来なかった?」
ドアがバタンと閉まると同時に、雪見は学を問い詰めた。
だが当の本人は、雪見の詰問にも一切答えず黙りこくったまま…。
また寂しげな横顔で窓の外を眺めてる。
予測不能の最大級の危機感が、雪見を身震いさせた。
だがもうすぐ、大統領一家が出迎えるエントランスに到着する。
落ち着け、自分っ!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.493 )
- 日時: 2013/08/13 21:31
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「ようこそ!マナブ先生。
あなたに会える日を、家族全員心待ちにしてましたよ!
今日はご無理を聞いて頂いてありがとうございます。」
「とんでもないです。こちらこそ、お招き頂きありがとうございます。」
お互いが初対面であるにも関わらず、大統領と学は久しぶりに会った知人同士のように
ごくナチュラルに握手をし言葉を交わす。
学ファンだと言う大統領夫人のミシェルと二人の愛娘も、嬉しそうに学と握手した。
「こちらのお美しい方をご紹介下さいますか?マナブ先生。」
大統領の言葉に、雪見の緊張はいきなり頂点に達した。
それは、にこやかに目の前に立つアメリカ大統領に対して…ではなく、
学が自分の事を何と紹介するかという、最大の懸案事項に対してである。
「彼女は…僕の大学時代の友人でユキミと言います。
同じゼミで学んだ仲間ですよ。今日は僕の実験助手として手伝ってもらいます。」
望んだ通りの紹介をしてくれたのでホッと胸を撫で下ろし、雪見も笑顔で握手を交わした。
「本日はお招き頂きありがとうございます。
日本でカメラマンをしているアサカユキミと申します。
これ、私が撮った猫の写真集なんですが、もしよろしければお嬢様たちに…。」
そう言いながら雪見は、リボンを掛けた小さな写真集を二人の娘に差し出した。
健人の実家の猫、コタとプリンの写真集である。
「わぁー可愛いっ!!ありがとう!!」
動物好き一家の小学生と中学生の娘たちは、キャーキャー言いながらそれを胸に抱き締めた。
喜んでもらえて良かったぁ!と雪見がすっかり油断したその時である。
学がまたしても雪見の腰に手を回し、グイッと自分に引き寄せるではないか。
そして暗に親密さを匂わせるかのように、意味ありげな笑みを浮かべて
訳のわからぬ事を言った。
「あぁ、彼女は日本が誇る歌姫でもあるんですよ。
後ほど大統領に、素晴らしい歌のプレゼントがあるそうです。」
「それは楽しみだ!期待してますよ。では後ほど。」
「…えっ!?」
きらびやかなホールには、ヴァイオリンが奏でる四重奏が心地よく響き、
グラス片手の人々が楽しげに談笑してる。
そんな中、学はホール隣の部屋で忙しそうにサイエンスショーの準備を進めてた。
「もぅ!なんであんなこと言ったのよー!誰が、日本が誇る歌姫よ!
私が詐欺で国際手配でもされちゃったら、どーすんの!?」
「いーから早く手伝え!喋りながら準備してると重大な事故に繋がるぞ!」
「は、はいっ…。」
学の言葉に、雪見は一瞬で口を閉じた。
大学時代、実験の準備中に仲間が起こした事故を思い出したのだ。
それから雪見は学の指示のもと、従順に真剣に作業を進める。
昔を思い起こしながら作業するうちに、いつの間にか二人はあうんの呼吸を取り戻してた。
そう、恋人同士だったあの頃のように…。
「OK!準備完了だ。じゃあ、上にこの白衣を着てスタンバイするぞ。
…うん。やっぱり雪見には白が良く似合う。」
「白じゃなくて白衣が、でしょ?(笑)
そういや昔も、ブルーの服の上に白衣を着てたっけ。懐かしいなぁ…。
ま、こーんな高いドレスの上には着なかったけどね。」
そう言って笑う雪見はあの頃と同じ笑顔で、学の心をあの時と同じにキュンとさせた。
抱き締めたい衝動を必死に取り繕い、テレビでの顔を取り戻す。
さぁ!全米で人気の、サイエンスティーチャーマナブの登場だ!
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.494 )
- 日時: 2013/08/18 04:03
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
「Ladies and gentlemen!It's show time!」
話には聞いてたが、同じオープニング曲が流れただけでこの歓声とは恐れ入った。
ホールにいるのは大統領が招待した紳士淑女のはずだが、皆が子供のようにはしゃいでる。
その中でも一番はしゃいでたのは、最前列に陣取る大統領一家であった。
「うそーっ!?なに、この盛り上がりぃ?あんた一体どんな番組に出てんのよ!?
えーっ!私にどんな顔して、前に出てけって言うのぉ!?」
まさに始まらんとしてる今になって、迂闊にも聞いてしまった学の頼みを後悔してる。
「昔と同じにやってくれればいい。」と言うから引き受けたのに、どこが同じなものか!
日本の小学生のそれとはワケが違うノリに、すっかり冷静さを見失った。
「雪見っ!落ち着け。いいんだよ、昔やってた通りで。
大人はみんな、昔の子供なんだから。
いい年した大人が子供に返ってワクワクできるから、俺の番組は人気があるんだ。
お前、大学の頃は子供を楽しませながら実験進めんの、得意だったろ?
あのまんまでいいんだ。そこにいる客を大人だと思ってはいけない。
わかったな?じゃあ Here we go!」
「え?ちょっ、ちょっと待ってぇ〜!!
なにそれ?どーいうこと?意味わかんな〜い!」
学と一緒に登場するはずが、戸惑ってて雪見は一歩出遅れた。
大歓声を浴びる学の後を追い、ホールの袖から小走りに、だけど華麗に
姿を現した…と思ったら!
次の瞬間、慣れないハイヒールが着慣れない自分のドレスの裾を踏んづけて…
ドッテーン!観客の目の前で盛大に転んでしまったではないか!
「痛ったぁ〜!!」
その瞬間の大爆笑ときたら!
思い切り膝小僧を打ち付けて痛がってると言うのに、まるでお笑い番組の観客みたいに
お腹を抱えてみんなが笑ってる。もちろん大統領一家も。
恥ずかしいと言うよりも、何なの?この反応は?と唖然とする。
すると涼しい顔したサイエンスティーチャーマナブが、観客に向かって
ウインクしながら言った。
「いかがです?今日のアシスタントのノリも、最高でしょ!?」
「いいぞーっ!最高っ!!」
「頑張れよ〜!!」
「…え?ノリ…って?ウケ狙いじゃないんですけど…。」
どうやら学の人気サイエンス番組とは、アメリカ人が大好きなコメディタッチの番組らしい。
どおりで最初から空気が違うわけだ。
しかも助け起こすでもなく、お手並み拝見と言わんばかりにこっちを見てる学が
やたらと憎らしい。
こんなことなら、ちゃんとリサーチしとけば良かった…。
私にお笑いの才能なんて、これっぽっちもないのにどーすんのよ?
でも…やるしかないんだよね…。やらなきゃ帰れないんだよね…。
…よしっ!なら、やってやろーじゃないのっ!
ここ一番の頭の切り替えは健人並みに早い。
やるしかないと答えが出たなら、途端に度胸が据わり人格も変わる。
それはまるで女優のように…。
オーバーリアクション気味に痛がり、膝をさすりながら立ち上がった雪見は
何を思ったか、にこやかに大統領に近づく。
「失礼!大統領。このビール、痛み止め代わりに頂いても構いません?」
小首を傾げてそう言うと、たった今、ウェイターが注いだばかりのビールグラスを
素早く大統領の手から奪い取り、ゴクゴクと一息に飲み干すではないか!
「はぁーっ…美味しかったぁ!ごちそうさまっ!
さて、美味しいビールのお礼に、大統領ファミリーにはこちらに来て頂いて…
私の助手になってもらいます♪」
「おいっ!お前さんが助手だろーが!助手が助手付けてどーすんだよ!
さては…仕事サボる気してんな?」
観客に手伝わせるのは、学と雪見のサイエンス授業ではお約束。
そうすることによって一気に客席との距離が縮まり、一体感が生まれるのだ。
ファンだという大統領一家が、それはそれは嬉しそうに実験テーブルまで歩み寄り、
まずは学と握手を交わすと会場からはヤンヤの喝采が。
いよいよ本日のお楽しみ、サイエンスショーの始まり始まり〜!
「ふぅぅぅ…なんとか終わった…。どーにか切り抜けた…。もうダメ…。」
雪見はドジでキュートなアシスタントを見事に演じつつも、実験では学と共に
常に事故のないよう細心の注意を払いながら、科学の面白さを伝える手助けをする。
最後に浴びた大歓声が今回のミッション成功を物語ったが、雪見はもう
控え室のソファーから動く気力もないほど、ヘトヘトに疲れ切ってた。
そこへ学が、泡まで美味しそうに注がれたビールグラスを両手に持ってやって来た。
「お疲れっ!雪見のお陰で大成功だった。
今、大統領にも最大級の賛辞をもらってきたよ。ほんとにありがとな。
無事の任務完了に乾杯しよう。雪見がさっき飲んだのと同じのを持ってきたから。」
「うそっ!さっきのビール!?
あれ、めちゃ美味しかったから、仕事が終わったらいっぱい飲みたかったんだぁ!
サンキュ♪じゃ、カンパーイ!う〜ん、うまーいっ!!」
「このビールはね、『ホワイトハウス・ハニー・エール』って言って
ここで造られたビールなんだ。」
「ここで…って?」
「このホワイトハウスん中には、ビール醸造所まであるんだよ。スゲーよな!
うん、ほのかに蜂蜜の香りがする。これはライトの方。
もう一種類ダークってのもあるから、これ飲んだらホールに行って飲んで来よう。
俺ね…今回招待の話を上司に聞いた時、すぐに雪見の顔が浮かんで…。
どうしても雪見にこれを飲ませてやりたいと思った。絶対喜ぶと思って…。」
少し照れくさそうにそう言うと、学は大して飲めないビールをゴクゴクと飲み干した。
「学…。そんなに私のこと気に掛けてくれてた…の?
てか、私イコールお酒のイメージは一生消えないのね(笑)
でも私…あと3日で結婚…」
言いかけた途中で学は… 雪見に8年ぶりのキスをした…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.495 )
- 日時: 2013/08/19 20:06
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
二人以外、誰もいない部屋。
隣のホールからは、またヴァイオリンの音色が聞こえてくる。
楽しげな語らいのざわめきも…。
そして学と雪見は…8年前と同じに穏やかなキスをしていた。
拒否するでも突き放すでもなく、自分を受け入れてくれたことが嬉しくて愛しくて、
学は8年分の思いを込めた長い長いキスをした。
「やっと…そばに来てくれた…。愛してる…。出会った時からずっと…。
多分一日も変わらずに…。」
唇をそっと離して学が言った。
愛する人を、やっとこの腕に抱き締めることの叶った喜びが、微かに声を震わせる。
それは初めて唇を重ねた日の、喜びにも似ていた。
この空間だけ時が止まったかのような静寂の中に、学の積み重ねてきた想いが
ほろほろと解けてゆく。
「もう…離したくない。雪見のいない日常に戻りたくない…。
俺と…結婚して欲しい。」
突然の、二度目のプロポーズ…。
でも、どこかでそんな気がしてたから、雪見は思いのほか冷静に聞いていた。
「あの時は…8年前は日本を離れれば忘れられるだろうと思ってた…。
だけど…それは大間違いだと、すぐ気付いたよ。
忘れるなんて不可能で、雪見の代わりなんてどこにもいないと思い知った…。」
「………。」
「あれから毎日後悔したよ…。どうしてあの時、簡単に引き下がってしまったのかと…。
無理にでも連れて行けばきっと…雪見は俺をそのまま愛し続けてくれたに違いないのに…。
誰も…俺たちの間に入ることは無かったのに…。」
黙って最後まで聞いてやろうと思ってた。
思い残すことなく、すべてを吐き出させてやろうと思ってた。
だが…健人のことを言い出したから、ここでゲームセット。
いつまでも答え合わせをしないわけにはいかない。
私の答えは一つしかないのだから…。
「少しは…気が済んだ?あと私に言い残す事はない?」
「…えっ?」
学は今頃気が付いた。
キスする前と、雪見の心が何一つ変わってないことを…。
上気してた心がスッと冷め、束の間に見てた夢からも覚めた。
「ごめんね。2回もプロポーズさせて…。
でも、101回プロポーズされても返事は同じだから。
この身を誰かに支配されたとしても、心は彼の元にあるの。健人くんのところに…。」
「どうして…俺じゃダメなんだ?俺よりあいつを選ぶ理由を教えてくれ…。
俺のどこがあいつより劣ってるのか教えてくれっ!」
学は両手で痛いほど雪見の腕をギュッとにぎり、すがるような目をして訴えた。
初めてのプロポーズを断られた、26歳のあの日と同じ目をして…。
「学が劣ってるわけじゃない。あなたはいつだって優秀よ。
それに私が人を優劣で判断すると思う?」
「じゃ…なぜあいつを選んだ…。俺が納得できる答えを教えてくれ…。」
すでに打ちひしがれ、うなだれてる学をこれ以上傷付けるのは本意じゃない。
彼は何も悪くない。
ただ生きてる世界が狭いだけ。見てる空が限られてるだけ…。
「今日初めて知ったわ。あなたが意外にもエンターティナーだってこと。
みんなの目がキラキラ輝いてたもの。それにあなたも生き生きしてた。
日本よりもアメリカの空気が、あなたに合ってる気がする。」
「何が…言いたいんだ?」
判決を言い渡される囚人のように、次の言葉に怯えてる。
そんな目をしないで…。今日の日を、悪い想い出にしたくない。
でも仕方ないの。何度数式を解き直したって、答えは一つしかない。
「あなたは私じゃなくても大丈夫。きっとこの先の人生に、運命の人が待っている。
だけど健人くんは…私じゃなくちゃダメなの。」
それは…自分自身に言い聞かせた言葉…でもあった気がする。そう思いたい…と。
「あいつが…じゃなく、雪見はどうなんだ…?」
学の真剣な目をした問い掛けに、一瞬静寂が戻る。
だが雪見は顔を上げ、きっと学が今まで見たこともないような笑顔を作って、
キッパリと言い切った。
「もちろん彼が運命の人!だから健人くんと結婚するの。」
やはり…キス一つで雪見の運命を変えることは出来なかった…。
だがやっと今、学は自分の心に区切りがついた瞬間を見た気がした。
太陽のように眩しい雪見の笑顔…。
それは目の前の自分を素通りして207マイル、遙か330キロ先の健人に向けられてると思った。
「そっか…。わかったよ。今度こそ踏ん切りがついた…。
人間、同じヤツに二回も振られると、ダメージも二倍以上になるかと思ったが…
そうでもないんだな。貴重なデータになったよ(笑)
よしっ!向こうに行って、まだ飲んでないビールで乾杯しよう。
ここでしか飲めないビールを飲まずに帰ったら、一生後悔するだろ?」
「学……。よく私のこと、わかってるねっ!」
宴はもう終盤を迎えた様子だったが、まだみんな大統領を囲んで談笑してる。
夫人のミシェルは招待客のご婦人方と、娘二人は良い子にしてるのもそろそろ飽きたのか
揃ってチョロチョロと歩き回ってる。
「へぇ!これが『ホワイトハウス・ハニー・エール』のダークね!
めっちゃ美味しそう♪いっただきまーす!あ、ゴメンゴメン!乾杯するんだった(笑)
じゃあ、今日のサイエンスショーの大成功を祝して!」
雪見はビールの泡が消えないうちに早く口を付けたくて、早口でまとめようとしたが
学はお構いなしにゆっくりと、「雪見の結婚を祝して。」と言った。
「私の結婚を…祝ってくれるの?」
「もちろん。雪見の幸せを祈ってるよ。」
本心に探りを入れるように学の瞳をジッと見つめたが、これ以上の追求は何の意味もないと、
にっこり微笑んでその言葉を受け取った。
「ありがとう。私も学の幸せ、祈ってるよ。早く運命の人に出会えますように…。
じゃ、お互いの幸せを祈ってカンパーイ!
う〜ん!これ美味しいっ!私、さっき飲んだライトよりこっちの方が好き♪
もう一杯もらってこよーっと♪」
雪見がウエイターからビールを受け取り、お腹が空いてることにも気付いて
オードブルの盛り合わせと共に学の元に戻ると、そこには大統領の愛娘
14歳のジェシカと11歳のキャシーがいた。
「あら、学センセの恋のお相手かしら(笑)私はお邪魔だから、向こうで飲んでるわね。」
「ちょ、ちょっと待て!いいからここに居ろっ!いや、居て下さい!」
学ファンだと言うおしゃまな女の子二人に言い寄られ、タジタジな学が雪見に助けを求める。
それをクスクス笑いながら「しょうがないなぁ!」と恩着せがましく二人を引き受けた。
「猫の写真集、見てくれた?可愛かったでしょ?」
「うん!すっごーく可愛かった!パパに猫をおねだりしちゃった!」
キャシーはよほど気に入ったのか、雪見があげたコタとプリンの写真集をまだ胸に抱いている。
それを姉のジェシカが引ったくるようにして手に取り、一番最後のページを開いて見せた。
「ねぇねぇ!この人だぁれ?すっごーくカッコイイんだけど!」
指差す先を見るとそれは健人であった。
「あ、この人?カッコイイでしょ?これ、私のダンナさんになる人(笑)」
「ほんとにぃ!?うそ!学センセとユキミは結婚するんじゃないの?
え!じゃあ学センセ、彼女は?彼女は他にいるの?」
まさかフラれた直後にそんなことを聞かれるとは、夢にも思わなかった。
しどろもどろになって、すがるような目で雪見を見ると笑ってる。
その清々しい笑顔をみると、自然と学にも笑みがこぼれた。
『あぁ、こんな関係でいいんだな、俺たち。』と…。
それから雪見は二人を子供扱いせず、人生の先輩として話して聞かせた。
「いい?ちゃんとよーく目を見開いて、周りを見ないとダメよ!
目を細めて見てたって、見えやしないんだから。
世界はこーんなに広いけど、運命の糸は必ず誰かに繋がってる。
あ!日本じゃ運命の赤い糸なんて言うけど、あれはウソね。
そんな目立つ色で繋がってやしない。無色透明の糸で繋がってるの。
だからそれを感知するセンサーを常に磨いておかないと。
お勉強も大事よ。読書も大事。色んなことを見て聞いて体験することが大事。
そうやって自分を磨いておくと、たとえ目に見えない糸でも感じることができる。
そしたら後は、その糸をそっとたぐり寄せればいいの。
あなた達にも素敵な運命が待っていますように…。」
それこそ学に伝えたいことだった。
子供二人の横で神妙に聞いていた学に、少しは届いただろうか。
元カレの幸せを一番に願ってるのは、他でもない雪見だと言うことを…。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.496 )
- 日時: 2013/08/23 12:49
- 名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)
宴が終わりに近づく頃、学の周りにも人が集まり出した。
雪見は同伴者として側に居るべきだとも思ったが、二人の仲を誤解されると困るので
そっとその場を離れ、月夜の空を窓から眺める。
今頃健人くん、何してるかな…。
ご飯ちゃんと食べたかな…。
疲れ切って寝ちゃったかな…。
めめとラッキーにご飯あげてくれたかな…。
健人くんに…会いたいな。
会いたい…。会いたい!会いたいっ!!
一度思い出すと、居ても立ってもいられなくなった。
もう私のミッションはクリアしたよね?
あとはお開きになるだけだから、私なんか居なくても…いいよね?
よしっ!かーえろっと♪
あとで学にメールを入れりゃいいさ、と忍び足でホールを出ようとした時だった。
後ろから誰かに呼び止められて振り向くと、そこにはなんと大統領が立っていた。
「マナブ先生がおっしゃってた約束、お忘れですか?
まだ僕はプレゼントを受け取ってませんよ。日本が誇る歌姫さん♪」
「…は?」
忘れてるも何も、あれは学が勝手に言ったデマカセで!
…と反論したかったが、学に恥をかかせてはいけないと思い直した。
もう、こうなったら開き直って変身するしかないっ。
『YUKIMI&』に久々、ヘ〜ンシン!とぅ!
「わかりました。では今宵のお礼に一曲だけ…。
申し訳ありませんが急用を思い出したので、一曲歌ったら失礼させて頂きます。
今日はとても楽しい時間を、ありがとうございました。」
そう言って手を差しだし握手をすると、雪見は大統領から5,6歩後ろに下がり、
うつむいて目を閉じた。
そして胸に手を当て一度だけ深呼吸すると、スッとアカペラで歌い出したのだ。
「♪Amazing grace how sweet the sound.…」
それはアメリカで最も愛され歌い継がれてきた曲『アメイジング・グレイス』。
雪見…いや『YUKIMI&』が歌い出した瞬間、ざわついてた会場がシーンとなった。
彼女は目の前の大統領にだけ聞かせてるつもりだったが、豊かな声量と
誰の心をも鷲掴みにする歌声は、招待客はおろか従業員さえも足を止めて聞き入った。
大統領の隣りにミシェル夫人と二人の娘が歩み寄る。
4人は自然と手を繋ぎ、どこからか湧いてくる感情に目を潤ませた。
雪見の歌声に対する認識は万国共通らしい。
聞いていた誰の頭にも思い浮かんだのが聖母マリア像。
慈悲深く人々を包み込む、愛溢れる柔らかな声。
そうだ…もしマリア様が歌ったとしたなら、きっとこんな感じだろう…と。
学はと言うと…初めて聴く雪見の生歌に放心状態だった。
よく考えると恋人同士だった頃、自分が音痴なせいでカラオケになど
一度も行ったことがない。
だから雪見が日本で歌手活動をしてた事は知ってても、実際には聴いたことがなかったのだ。
静かに歌が終わる。
ふぅぅぅ…と儀式のように息を吐き目を開けると『YUKIMI&』から雪見にポンと戻った。
…が、目の前にいつの間にか大統領ファミリーが集結し、会場もシーンと
静まり返ってるので驚いた!
「…え?あ…ごめんなさいっ!つい大声で歌っちゃって…失礼しましたっ!」
穴があったら入りたいどころか、一刻も早くここから逃げ出したいほどの恥ずかしさ。
ところが…。
「素晴らしいっ!」
大統領の興奮した声に会場も我に返り、割れんばかりの拍手と称賛が贈られた。
「こんなにも心を捉えられた歌声は初めてだ!
ありがとう!ありがとう!!何よりものプレゼントだったよ。
お礼に私からも何かプレゼントしたいが、何がいいかな?」
「えっ?あ、ありがとうございます!
いえ、そんな、大統領からプレゼントだなんて…。
…あ!じゃあ…あそこにあるビール、一本ずつ頂いて帰ってもいいですか?」
指差した先にあるのは、ここの招待客しか飲めない2種類のビールだった。
「あぁ『ホワイトハウス・ハニー・エール』かい?
そんなにあのビールを気に入ってくれたとは嬉しいよ。」
「はいっ!とっても美味しかったです!格別な味がしました。
あれを…どうしても飲ませてあげたい人がいるんです。
私の彼なんですけど…お酒が大好きで…。」
「さっき娘たちから聞いたよ。もうすぐ結婚するそうじゃないか!おめでとう!!
日本の俳優なんだって?NYのアクターズスクールに留学してるとか。
才能ある君の結婚相手だ。いつかハリウッドで活躍する日が来るかも知れないね。
じゃあ彼にこのビールを手渡して、君はニッコリ笑ってこう言うんだ。
『次はホワイトハウスでこれを一緒に飲みましょう!』ってね。
今日はあなたに会えて良かった。また会える日を楽しみにしています。」
大統領はそう言って握手すると、その手に二種類のビールを持たせてくれた。
雪見は何度もお礼を言い、そのビールを大事に抱えて一足先に会場を後にする。
「おい、雪見っ!待てよ!一人で帰る気かよっ!」
すぐ後ろから追いかけてきた学に、廊下で呼び止められた。
「ゴメン!急用を思い出した。私はどうにかして帰るから気にしないで。
学は最後まで居なきゃダメだよ。早く戻って。」
学はすぐにわかった。あいつの元に早く帰りたいのだと…。
俺は…帰りの車ん中で、まだまだ話したいこと山ほどあったんだけどな…。
えらそーなこと言っても結局は未練タラタラじゃねーか、俺…。
てか、さっきの歌で、また心を掴まれちまったよ…。
でも…ここでお前を手放さないと…きっと俺は自分を止められなくなる…。
「……わかったよ。じゃあ外にもうリムジンが待機してるはずだから、
あれに乗って帰ればいい。俺は別にタクシー呼んで帰るから。
あ、執事協会に頼んだ運転手だから一人で乗っても心配はいらないよ。
て言うか、そのカッコでこの時間に、なに乗って帰る気してんの?
襲って下さいって言ってるよーなもんだろっ!」
「あ…そっか…。ここ、日本じゃないんだもんね。
ありがと。じゃ、お言葉に甘えてそうさせてもらう。料金は…。」
「もちろん、こっち持ち(笑)」
「えへへっ。なら安心して車の冷蔵庫のお酒、飲みながら帰ろーっと♪」
「おいっ!どーでもいいが、ドンペリにだけは手をつけるなよっ!
まったく、どんだけ酒好きオンナなんだか…。
でも…あいつはお前に付き合えるくらい酒が飲めるんだろ?
…良かったな。仲良くやってけよ…。
今日はその…あんなことしてすまなかった…。幸せになれ…。」
キスしたことを謝り、無理して笑顔を作って雪見を見た。
この目にしっかりと焼き付けるために…。
彼女は聖母マリアのごとく、慈悲深き柔らかな微笑みで全てを許し別れを告げた。
「学も…幸せになるんだよ…。」と…。
あー、でも結構楽しかったなー。
ホワイトハウスのパーティーに出るなんて、自分の人生であり得ないもん。学のお陰だな。
でも…健人くんがもしもハリウッドで活躍するような俳優になったら、
大統領は私達夫婦を招待してくれる…ってこと言ってたんだよね?
そんなふうになればいいなぁ…。
世界のサイトウケントになって、ホワイトハウスに招待される…。
うん、楽しみっ!ケントくんなら出来るよ、きっと!
健人に会いたい加速度が増して、リムジンに飛び乗った。
出てくる車を待つ報道陣やら観客がごった返す敷地外。
そこに通じるゲートを、雪見の乗った車がゆっくり通過しようとしたその時だった。
誰かがこっちに向かって手を振った。
それは…たった今、会いたいと願った最愛の人、健人だった。
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