コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ

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アイドルな彼氏に猫パンチ@
日時: 2011/02/07 15:34
名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)

今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。

なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。

女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。


私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。

同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。

なのに なのに。


浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。

それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。


彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!

なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?


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Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.322 )
日時: 2011/11/09 06:14
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「やだ、津山さんったら!私もう、お嬢さんなんて年じゃありませんからぁ!」
バシッ!といい音を立てて、雪見が津山の背中を叩く。
その瞬間、ギョッとしたみんなの顔が、一斉に雪見を見た。

おいおい!あの酔っぱらい女、一体何者なんだよ。誰と飲んでるのかわかってんのか?
っつーか、なんでこんな時に酒盛りなんかしてるわけ?
とか、まぁ思ってる事はその手のたぐいだろう。

だが当の二人は、周りの視線など気にも留めず、まるでそこが温泉宿かどこかの一室で、
側らに横たわる宇都宮の亡骸は、ただ酔っぱらって気持ち良さそうに、
一眠りしているかのように目に映っていた。

宇都宮家のお手伝いさんが、急いで酒のつまみを運んで来る。
ここが温泉宿なら、さしずめ旅館の仲居さんってところか。
「いやいや、すまんねぇ。」と言いながら、津山が手を伸ばす。


一升瓶の半分も飲んだ頃、良い感じに酔いが回った雪見が津山に聞いた。
「ねぇ、宇都宮さんって、飲むとどんな感じになったの?
お酒、好きだったんでしょ?」
敬語どころか、すっかりタメ口だ。

「ゆうちゃんか?酒は好きだったねぇ。そんなに強くはないんだけど、
飲むと歌い出すんだ。なんせ歌が大好きだから。人にもよく歌わせてたよ。
『酒の肴に一曲歌ってくれ!』ってね。」

「へぇーっ、そうなんだ!じゃ私も一曲、宇都宮さんに聞いてもらおっかなっ?」

「おぅ、歌ってくれるか!良かったなぁ、ゆうちゃん!」


その頃。津山と雪見の盛り上がりも知らず、みずきは二階の宇都宮の書斎にいた。
葬儀で使用する写真を、アルバムの中からピックアップしているのだ。

生前宇都宮が話していた、自分の理想の葬儀。
「坊さんの長ったらしいお経や説教はいらないよ。代りに好きな歌をガンガン流してくれ。
来てくれた人は、線香一本上げてくれるだけでいい。
それより会場に飲み物でも用意して、みんなで立ち話なんかいいんじゃないか?
俺の悪口も良し、思い出話でも良し。別に俺とは関係ない世間話だってかまわないさ。
とにかく、湿っぽく泣いて終りの別れだけは勘弁だ。
あ!ロビーで俺の、写真展なんかもいいねぇ!
生まれてから死ぬまでの、俺の一生を見てもらいたい。
で、帰り際に、『いいお式だったねぇ。』って笑顔で帰ってもらうのが理想。
結婚式帰りみたいにねっ!」

みずきは最後の親孝行として、宇都宮の希望通りの葬儀を上げてやろうと思ってる。
宇都宮の事務所は、これだけの看板俳優の葬儀なのだから、もっと正統派の大葬儀を、
と最後まで渋い顔で反対したが、なんせ遺言書には『一切はみずきの言う通りに』
と書いてある。渋々でも何でも、それに従うより他無かった。


若かりし頃の父のアルバムを手に取った瞬間、何やら下の階から歌声が聞こえて来た。
『えっ!?この歌…。』

「古いアルバムめくり ありがとうってつぶやいた…」

それは雪見が歌う宇都宮への鎮魂歌、『涙そうそう』であった。
なんという偶然のタイミング!なんて心に染み入る歌声。
みずきは歌に引き寄せられるようにして、アルバムを抱きかかえたまま
階段の中頃に腰を下ろし、その歌にじっと耳を傾ける。
まるでそれは、雪見がみずきのために歌っているかのようで、歌詞の一語一語が
細胞の隅々にまで行き渡り、身体と同化し涙となって体外に吐き出された。

『お父さん、良かったね。ゆき姉の歌、聞きたがってたもんね…。』
賞賛の拍手が聞こえる中、みずきは涙を拭いて、また書斎へと戻って行った。


いつものように目を閉じて歌っていた雪見はと言えば、拍手の嵐に驚いて目を開け、
自分の周りの人だかりにビビりまくってる。
『宇都宮さんにだけ聞かせたつもりなのに、いつの間にか声を張っちゃったんだ!
まっずいなぁ、こんな席で…。お願いだから静かにして!』
と身を縮め、トイレにでも逃げ込もうと思ったその時!
隣室で葬儀の話し合いをしていた偉そうな人三人が、人をかき分け雪見の前に立ちはだかった。

「きみっ!一体君は誰なんだね!?」
一番貫禄あるボスみたいな人が、雪見に詰問する。やばっ!どうしよう!

「ご、ごめんなさいっ!申し訳ありませんでしたっ!」
雪見はもう、ひたすら頭を下げるしかなかった。酔いも一気に冷める。
すると津山がその場を収めるように、酒を飲みながら笑って言った。

「まぁまぁ、いいじゃないか。
歌の好きなゆうちゃんのために、わしが歌ってくれって頼んだんだ。
彼女は私とみずきの知り合いだよ。猫が大好きなカメラマンさんだ。」

「あ!思い出してくれたんですねっ!」

「今の歌声を忘れるわけがない。まぁ、顔は忘れてたけどな。」
そう言って、おちゃめに舌をぺろっと出した。

「カメラマン?歌手じゃないのかね!名刺を見せてくれないか。」
ボスみたいな人は、なぜか一層怖い顔をする。
あ!もしかして、中に潜り込んだマスコミだとでも勘違いしてるのか?
雪見は慌ててバッグをまさぐり、名刺入れを取り出した。

「失礼致しました。私、こういう者でございます。」
丁寧に差し出した名刺を見て、怖い顔が更に険しくなる。なんでぇ?

「浅香雪見…?ひょっとして君か?宇都宮の遺影を写したカメラマンは!」

ま、マズイっ!どうしよう!
あの遺影は、宇都宮が事務所と揉めて、内緒で雪見に依頼してきた遺影だったんだ!
怪しい雲行きに、雪見はもうこの場を逃げるしかないと思った。

「あ、もうこんな時間!これからどうしても外せない仕事が入ってるんです!
ごめんなさい、失礼します!津山さん、ご馳走様でした!宇都宮さん、また来ますねっ!」
永遠に眠り続ける宇都宮に慌ただしく合掌し、バッグを手にそそくさと退散する。

玄関先まで見送りに来たお手伝いさんに、車は夜に取りに来ることを約束し鍵を預けた。
「みずきさん、昨日から何にも食べてないんです。少しでも口にするよう、伝えて下さい。
本当にお騒がせしました。酒の肴のだし巻き卵、美味しかったです!じゃ!」


外にはテレビカメラとマイクを構えた報道陣が、獲物を逃さぬようにバリケードを作ってる。
雪見はマスクをかけ息を殺し、顔を伏せて足早に人混みを突破した。
酒臭さがバレないように…。

だが、この時歌った一曲が、思わぬ事態を招くことになろうとは…。
















Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.323 )
日時: 2011/11/10 18:30
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

タクシーで一旦家に戻った雪見は、少しでも酒を抜こうと熱いお風呂に入り汗を流す。
あと一時間のうちに準備を整え、『ヴィーナス』の対談を行なうスタジオへと
出掛けなければならない。

風呂上がりに冷たいミネラルウォーターを飲みながら、テレビのスイッチをつける。
と、いきなりさっきまでいた宇都宮の自宅前が写し出され、レポーターが
宇都宮の死去を熱く伝えていた。
お昼の番組はどこの局もこのニュース一色で、宇都宮勇治という俳優が
いかに大物であったかを思い知らされた。

雪見はある事が気になって、次から次へとチャンネルを切り替える。
「みずきさんが喪主だって事は、まだ発表になってないみたい。
発表したら、大変な騒ぎになるんだろうな、きっと…。」

葬儀はあさって11月30日の午後6時から、とレポーターが伝えている。
それまでには確実に、なんらかの形で世に知らされることだろう。
華浦みずきは、故宇都宮勇治の実の娘であることを…。


午後一時半、スタジオに到着。
メイク室に入ると、スタイリストの牧田に真っ先に指摘されてしまう。

「えーっ!雪見ちゃん、また二日酔い?昨日、相当飲んだでしょ?
目も腫れぼったいし、お酒クサ〜イ!」

「え?あ、あれっ?やっぱりバレた?まずいなぁ、かなり臭う?
ブレスケア、大量に飲んできたんだけど…。」
まさか、二日酔いではなく今酔ってる状態だとも言えずに、笑って誤魔化す。
やだなぁ!こんなんで健人くんと対談なんて。
まぁ、判ってて飲んだんだから自業自得なんだけど…。

その時だった。ヘアメイクの進藤が、メイク室に大慌てで飛び込んで来た。
「ねぇねぇ、知ってた?あの華浦みずきちゃんって、今朝死んだ宇都宮勇治の
娘だったんだって!今、テレビで会見してるよ!」

「ええっ!!」 牧田と雪見が同時に大声を上げた。
もちろん二人の驚きの理由は同じでは無い。
初耳で驚いてる牧田と、こんな早くに会見という形で発表したんだ!という雪見の驚きだ。

雪見と進藤がすぐにケータイを取り出し、ワンセグで中継を見る。
どこかの会場で喪服を着たみずきが、生前の宇都宮に対する礼と葬儀の日取りを話している。
すでに、宇都宮の娘であるという事に関しての報告は終ったらしく、それに対しての
報道陣からの質問はシャットアウトされ、葬儀に関しての質問にだけ受け答えしていた。
その姿はいつにも増して凛としていて、冷静に堂々と、毅然とした態度を貫いている。

みずきは穏やかな笑顔で、喪主として会見の最後をこう締めくくった。
「センスが良くてお洒落で、お酒と歌と、そして猫をこよなく愛した父でした。
そんな父らしい葬儀で、最後の花道を飾ってやりたいと思います。
でも私、本当はこんな大役、舞台より緊張してるんですけど…。
宇都宮勇治の娘、華浦みずきを、陰ながら応援していて下さい。
本日はお忙しいところ、お集まり頂きまして有り難うございました!」

見ていたこっちの方が緊張した。
だが、どうやら無事一つの峠は乗り越えたようで、ホッとしたら涙が滲んだ。


「どうだった?ゆき姉!」と言いながら、健人と今野が心配そうにスタジオ入りする。
酒臭さがバレないように二人から距離を置いて、「ちゃんと任務は完了!」
と言葉短く言ったのだが、これから対談するのにバレないわけはない。
対談中に「酒くさっ!」とか健人に言われて、それを活字にされても困るので、
正直にすべてをカミングアウトした。
津山が可哀想で、朝っぱらから酒に付き合った事。
悲しみの席で、大声で歌を歌ってしまった事、等々。

「それで?津山さんはどうしたの?」健人が苦笑いをしながら雪見に聞く。

「うん、喜んでくれた。少しは気が紛れたと思うけど…。」
そう言ってる雪見自身は、後先考えないで行動してしまう自分の性格に、
ほとほと呆れて落ち込んでる。

「いいんじゃないか?お前らしくて。酒が強いのも、こういう時に役立つもんだな!
フツーの綺麗どころは、朝っぱらから日本酒には付き合えないぞ!
しかも大御所俳優二人を目の前にして、堂々と歌って聞かせるなんてな。
お前にしか出来ない役割だったわけだ。良くやった!」
今野が、大笑いしながらも雪見の肩を叩いて慰める。

「そうだよ!もしそんな津山さんを、黙って見てるだけのゆき姉だったら、
俺はがっかりするだろうな。やっぱ、俺の彼女だけある!」
健人はそう言ったあとスッと雪見に近づき、耳元で「大好きだよっ!」とささやいた。

それを見て今野が慌てる。
「おい、健人っ!!現場じゃ行動と発言には気をつけろよ!
イチャイチャは家に帰ってからにしろっ!」

「なんか、イチャイチャって言葉、久々に聞いた!」雪見が笑って健人を見ると、
健人も「ほんとー!やっぱ俺らとちょっと違うよね、今野さんって。」
と、わざと雪見に身体を寄せて見つめ合った。

「だーかーらっ!そーいうのをイチャイチャって言うんだよっ!!」


健人と今野のお陰で心が軽くなった雪見は、お酒が入ってるせいもあり
対談のスタートから飛ばす飛ばす!
デビューを前にした心境やPV撮影のウラ話、クリスマスに発売される
健人の写真集についてや当麻の噂話など、自宅のソファーで健人との会話を楽しむように、
喋りまくって無事終了。
初対面のライターさんから「本当に姉弟みたい!」と言われ、恋人同士だなんて
まったく疑われる様子もなく、複雑な心境の二人であった。


「あー終ったぁ!なんか楽しかったね。
ここんとこ、お互い忙しくてあんまり話せてなかったから。ゆき姉、この後は?」
健人がキャップを被り直しながら雪見を見る。

「私はお酒が抜けたら、宇都宮さんちに車を取りに行かなくちゃ。
みずきさんと津山さんの事も心配だし、様子を見て来る。
でも夜には帰って、ご飯作って待ってるから。仕事頑張ってきてね。」

二人がしばしの別れを惜しんでいるその時、今野のケータイが鳴った。
「もしもし、今野です。あ、常務!お疲れ様です。
はい?雪見ですか?まだここにいますけど…。
えっ!?あ、はい、わかりました。大至急そっちに向かいます!」
電話を切ったあと、険しい顔で今野が雪見を見る。

「残念ながら、常務から呼び出しくらったぞ!雪見を連れて来いって。
相当慌てた様子だったけど、お前、なんか他にもやらかしたのか?」

「えっ!?」

絶句した後、宇都宮の遺影の件が頭をよぎる。
他に思い当たる事がなくて、顔が青ざめてゆくのがわかった。








Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.324 )
日時: 2011/11/11 15:07
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「今野さん、ゆき姉を頼んだよ!」
別れ際に見せた、健人の心配そうな顔が頭に浮かぶ。
健人はサブマネの及川と次の現場に向かい、雪見は今野と共に事務所へと向かった。

「心配すんな!俺がちゃんとフォローしてやっから。」
不安一杯の顔で後部座席に沈む雪見に、今野がルームミラー越しに笑顔で言う。

「ごめんなさい。健人くんの現場に行けなくなって…。」
雪見が、蚊の鳴くような声で今野に詫びを入れた。

「何言ってんの?俺はお前のマネージャーなんだぜ?
今はまだお前の仕事が少ないから、空いてる時間を健人に付いてるだけの話だよ。
それはいいとして、常務の呼び出し、お前なんか心当たりがあるんじゃないの?」

「…実は…。」
雪見は、宇都宮家で歌ったあとに、三人の偉そうな人が詰め寄ってきた話をした。

「最初は、大声で歌った事を叱られるのかと思ったんだけど。
名刺を渡したら、『宇都宮の遺影を写したカメラマンか!』って…。
私、どうしても宇都宮さんの頼みを聞いてあげたくて、独断で遺影の撮影を
引き受けちゃったから…。今はフリーのカメラマンじゃないんだから、
事務所を通さないといけなかったんですよね…。
それに宇都宮さんの事務所は、私みたいな無名のカメラマンの写真じゃなくて、
有名写真家が写した遺影にしたかったはず。
だから、うちの事務所に抗議の電話でも入れてきたんだ、きっと。
どうしよう…。もしかして私、大変な事をしちゃったのかな…。」
ことの重大性に今更ながら気が付いて、雪見は泣き出したい気持ちでいっぱいだった。

「済んでしまった事はしょうがない。向こうが抗議してきたのなら、まずは素直に謝ろう。
けど遺影の撮影は、宇都宮さんもみずきも望んでのことだろう?
宇都宮さんの遺言通りに葬儀を進めるんだったら、向こうの事務所だろうと
口出しできないと思うがな…。
まっ、うちの事務所にバレちゃった以上、無許可の仕事は減給処分ぐらいは
覚悟しといた方がいいぞ!
…ってことは、俺も管理不行き届きで減給かぁ!?」

「ごめんなさ〜い!!」


事務所に到着後、大急ぎで応接室に駆け込む。
が、今野と二人、ドアを開けて心臓が止まりそうになった。
あの偉そうな三人組が、ソファーにでんっ!と腰掛け、待ち構えていたからだ。

『あっちゃー!電話だけの抗議に飽き足らずに、わざわざ乗り込んで来たわけ?
こりゃ、俺が必死に雪見を守らないと、困った事になるぞ!』
今野は、思ったよりも厄介な状況に身を引き締めた。

「おぅ!お疲れ!まぁ早く座れ。」
おやっ?と今野は思った。常務の小野寺が、予想に反して穏やかな顔をしてたからだ。

テーブルを挟みコの字型に、三人の敵、常務、そして雪見と今野が座る。
これから何が話し合われるのかを想像すると、雪見は頭がクラクラしてきた。

「先ほどは、どうも!」
宇都宮家で雪見に詰め寄った一番偉そうな人が、不敵な笑みを浮かべ雪見を見る。
蛇に飲み込まれる寸前の、カエルになった心境だ。

「こ、こちらこそ、先ほどは大変失礼を致しましたっ!」
雪見はそれだけ言うのが精一杯で、あとは顔も上げられず、最後の審判が下されるのを
絶望的な気持ちで待つのみだった。

「話はこちらからすべて聞いたよ。俺のまったく知らない事ばかりで驚いた。」
小野寺は苦笑いをして雪見を見る。

「申し訳ありませんでしたっ!すべては私が勝手にした事です!
今野さんは何も悪くありません!だから処分は私だけに…。」
いきなり立ち上がり頭を下げた雪見に、小野寺は勿論のこと、偉そうな三人組も
なぜかギョッ!とした顔で雪見を見た。

「ちょ、ちょっと待て!なんだ?その『今野さんは何も悪くありません!』って?
ははぁん!またなんか早とちりしてんな?
お前は健人と違って直感で行動する奴だから、まぁ早とちりも多いわなぁ!
あ、当麻と性格的には似てるかも。」

「はぁ?」

雪見は小野寺の言いたい事が、まるでわからなかった。
そりゃ確かに健人は理性の人で、雪見や当麻は感性の人だけど。
当麻と似てるなんて、どうなの?

「宇都宮さんの事務所からお前に、凄いオファーがきたぞ!
あさっての葬儀で、お前に歌を歌って欲しいそうだ!」

「ええーっ!?」
雪見と今野が二人同時に、もの凄い声を上げた。

「ど、どういう事でしょう?ビックリしすぎて、状況がよく飲み込めないんですが…。」
まったくもって想定外の展開に、頭が混乱してる。なに?葬儀で歌って?

いきなり目の前の偉そうな人が、満面の笑みを浮かべ雪見に名刺を差し出した。
「申し遅れました。私、こういう者でございます。」
真ん中に座った人に続いて、すかさず両隣の人も名刺を差し出す。
え!?宇都宮さんの事務所の専務取締役に、みずきの事務所の社長さん?
そこまでのお偉方三人衆だったとは…。

「歌が大好きだった宇都宮さんは、葬儀でも、お経はいらないから歌で
送って欲しいと遺言したそうだ。
それで何人かの歌手をピックアップしてるそうだが、あれだけの大物俳優だろ?
交友関係が広すぎて、こっちを立てればこっちが立たずって事になって、
収拾がつかないらしい。
で、それならいっそのこと、何のしがらみも無いお前に頼みたい、って事で
わざわざ足を運んで下さった訳だ。」
小野寺の話があまりにも突拍子なくて、現実のものとして受け止められなかった。

「あの…。それなら別に私じゃなくても…。他にも大勢いらっしゃいますよね?
って言うか、そもそも私、まだ歌手になってないんです。しかも本業はカメラマンで…あっ!」
自ら遺影の話を振ってしまった事に気付き、慌てて口をつぐんだ。

「宇都宮の遺影の事をお気になさってるんですね?ご心配なく。
遺言書に事細かく指示がありましたから、その通りにさせて頂きます。
それと、あなたが最後に宇都宮を写された写真も拝見しました。
とてもいい写真ばかりで、葬儀場のロビーで開く写真展に、宇都宮勇治最期の姿として
多数使用する事をご許可頂きたい。」

「えっ!私の写真をですか?」

「病気をしてから写真を嫌がりましてね。
あなたが初めてなんです、療養中の姿を撮らせたのは。よっぽど心を許せたのでしょう。
あなたの歌声も素晴らしかった!
きっと宇都宮も、あなたの歌に送られる事を望んでいると思いますよ。」

その時、雪見の瞳に笑顔の宇都宮が浮かんできた。
涙が一筋頬を伝わり、気が付けばこくんとうなずく雪見だった。



Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.325 )
日時: 2011/11/13 07:12
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「ご承諾して頂けるんですかっ!?」
身を乗り出して正式な返事を待つ三人に対し、雪見は小野寺の顔を見て最終的な決断を仰ぐ。
やはり自分の一存で決められる事ではない。

「いいんじゃないか?こんな大役、自分から望んで手に入るものじゃない。
きっと宇都宮さんが、お前に下さったチャンスなんだよ。凄い事じゃないか!
お前の写した写真が遺影になり、お前の歌が宇都宮さんを送るんだぞ!
俺の方が、鳥肌立ってきたよ!
皆さん、どうかうちの浅香をよろしくお願いします!」

小野寺が立ち上がり三人に頭を下げたので、慌てて雪見と今野も立ち上がり、
深々と頭を下げた。
それからお互いに契約書を交わし、大まかな打ち合わせをする。
歌う曲は今日歌ったのと同じ『涙そうそう』で、という希望らしいのでそれに従った。
明後日の葬儀最後に、プロの室内管弦楽団の生演奏をバックに歌うと言う。
あまりにもスケールの大きな話に、引き受けたはいいが正直不安で仕方ない。

「あのぅ。参列者は一体どれくらい…。」

「それは私達にも予測がつきませんので、東京で一番大きな斎場を用意しました。
僧侶を立てないでと言う遺言に従い通夜、告別式という形ではなく、お別れの会型式の
一日だけの葬儀になります。なので参列者はかなりの人数になるかと。」

もしかして私、とんでもない仕事を引き受けちゃった?
なんせ葬儀は二日後だ。準備もへったくれもなく、いきなり一発勝負の本番になる。
しかも、宇都宮ほどの大物俳優となれば、各界の著名人もやって来るだろう。
自分のステージさえまだ経験してないデビュー前の私に、こんな話を持って来るなんて、
引き受ける方も頼む方も博打が過ぎるのではないか。
万が一にも大失敗しちゃった場合は、どうすればいいわけ?

小野寺が相手方と話している間、一つずつ順を追って考えていく。
するとどう考えても無理な気がしてきて、目の前のテーブルにまだ置いてある契約書を
奪って破り捨てようかという衝動に駆られた。
手を前に伸ばした瞬間、それはスッと持って行かれ、相手方三人がバタバタと立ち上がる。

「じゃ、私達はこれで。葬儀というのは、待ったなしで準備を進めなきゃならないので、
悲しんでる暇もありませんわ!では明後日、よろしくお願いします!」
そう言って応接室を出る間際、みずきの事務所社長が思い出したように雪見に聞いてきた。

「あ、そうだ。宇都宮の枕元にあったアルバム、見せていただきました。
こちらの事務所の斎藤健人さんと三ツ橋当麻さん、うちのみずきと随分
親しそうに写ってましたけど…。」
どういう関係なんだ?お前は何か知ってるだろ?という目で雪見を見たのでドキッとした。

「え?あー、はい。みんな仲良くさせて頂いてます。
三人とも、私の事を姉のように慕ってくれてるので、よく私の家でご飯
食べたり飲んだり。四人姉弟みたいな関係ですね。
だから五日前も、私達三人で宇都宮さんのお見舞いに行ったんですけど、
まさかあれが最期になってしまうなんて…。」

「そうですか、わかりました。葬儀が終るまではみずきも気が張ってるが、
精神的に辛くなるのは葬儀が終ってからの事でしょう。
どうかその時には、みずきを支えてやって頂けますか。」

「もちろんです!それは宇都宮さんとの約束でもありますから…。」

ドアを出て行く三人の後ろ姿が消えた瞬間、雪見は全身の力が抜けてドサッ!
とソファーに座り込み、はぁぁ…とため息をつく。
なんとか当麻くんの事、誤魔化せたかな…。疲れた…。

小野寺と今野が忙しそうに打ち合わせている間、雪見はどうにも我慢できない
睡魔に襲われて、スゥーッと気を失うように眠りに落ちてしまった。


「雪見!雪見!帰るぞっ!起きろっ!」今野に夢の途中で起こされた。
せっかく健人くんと、美味しい焼き肉屋さんで、ご飯食べてる夢見てたのに。

「こんな時に寝れるなんて、お前も小心者なのか図太いんだか、わかんない奴だね。
宇都宮さんとこに、車を取りに行くんだろ?送ってくよ。」

外はすっかり夜の街に切り替わっていた。
なんだか長い長い一日で、すべての事が今日だけに起こった事とは思えない。

「健人には連絡したの?葬儀で歌うことになったって。」

「あ!まだしてない!」
今野に言われ、初めてまだ健人に報告してない事に気付く。

「お前ねぇ。健人が可哀想だろ、あんなに心配しながら現場行ったのにさ。
いくら健人がツンデレ好きって言ったって、ツンツンばっかりされてたんじゃ、
あいつだって嫌になっちゃうよ!」

今野の言葉にドキッとした。
そんなつもりは毛頭ないのだけれど、結果としてそうなってるかもしれない。
二十代の頃より恋愛に注ぐエネルギーの割合は、確実に低下しているのだ。
21歳恋愛ど真ん中の健人に愛想を尽かされないためには、今野は良い忠告をくれたと思う。

「早くメールしなきゃ!」
長ったらしい説明にならないように完結に!とか考えながら打つ時間がもどかしい。
報告事項を打ちながらも、段々とそれはどうでもいい事に思えてきた。

頭の中に、今野が言った『あいつだって嫌になっちゃうよ!』がこだまする。
あっちにぶつかり、こっちにぶつかりして、簡単には身体の中から抜けて行ってはくれなかった。

本当は今すぐ会って直接伝えたいのに。『大好きだからねっ!』って…。


「もうすぐ着くぞ!…って、凄いマスコミの数だぞ!車なんて出せないだろ、これじゃ!」
確かに、門の前にもズラッと脚立が壁を作っていて、車を出すには皆に
退けてもらわないと出られない。どうしよう…。

「騒ぎが収まるまで、預かって貰った方がいいんじゃないのか?
今、不用意に出入りすると、また厄介な事になるかもしれんぞ。
俺がみずきのマネージャーに電話して頼んでおくから、今日はこのまま帰った方がいい。」
そう言って今野は車を発進させる。

みずきは今頃どうしているだろう。ご飯は食べただろうか…。

車の中から後ろを振り向き、遠ざかってゆく宇都宮の家を、雪見はぼんやりと
見つめるしかなかった。


Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.326 )
日時: 2011/11/13 19:08
名前: め〜にゃん ◆qUW4buJWjM (ID: nVQa3qMq)

「めめ!ラッキー!ただいまぁ。」
重い足取りでリビングにたどり着くと、足元に二匹がすり寄って来る。
しゃがんで頭を撫でてると、やっと肩の力が抜けて身体が少しだけ軽くなった。

「よし!健人くんに、何か美味しい物でも作ろうっと!
あ!でもその前に、あんた達にもご飯だね。お腹空いたでしょ。」
この二匹の魔法使いは、私に元気が出る魔法を振りかけてくれた。
まぁそうでもしないと、自分たちも空腹を満たせないと思ったからに違いないのだが。


ご飯支度を終え、時計を見ると午後八時。
まだ健人くんは仕事中だよなぁと思っていると、突然ケータイが鳴る。当麻からだ!

「もしもし、ゆき姉?みずきに会って来た?」
電話に出た途端、いきなり聞いてきた。心配の度合いがよくわかる。
そうだよね。当麻くんにだって、早く様子を伝えてあげるべきだった。
最近優しさが足りないな、私…。

「会って来たよ。しっかりしてたから安心して。
会見も途中からしか見れなかったけど、みずきさんらしく堂々としてた。
ただね、昨日から何にも食べてないらしくて。あの後、食べてればいいんだけど…。
多分、大まかな事は打ち合わせが終って、だいぶ落ち着いてる頃だと思うから、
後で電話して声を聞かせてあげて。」

「わかった、そうする。で、健人は?帰って来てんの?」

「まだ仕事中だと思う。当麻くんは?何してたの?」

「俺?今ね、ホテルのショップでみずきにお土産選んでるとこ。
それが中々決まらなくてさ。ゆき姉にヒントもらおうかと電話してみた訳よ。
まぁ、みずきが大変な時に、お土産でもないんだけどさ。
でも、少しでもあいつの笑顔が見たいから…。ねぇ、何がいいと思う?」

「そうだなぁ。やっぱ、お守りになるような、身に付ける物がいいんじゃない?
ペンダントとか、お揃いの指輪…とか?
って言うか、その前に私達に何か言い忘れてない?まだ何の報告も受けてないんですけど。」
雪見が意地悪そうな声で、わざと聞いてみた。

「え?えーと、何の話かな?」

「まさか、しらばっくれて済まそうなんて思ってるわけぇ!?」
雪見がびっくりするような音量で叫んだので、当麻が電話の向こうで慌ててる。

「冗談だよ、冗談!もう勘弁してよ、耳がキーンとしたわ!
ちゃんとみずきに告白して、OKもらったよ。沖縄から戻ったら報告するつもりだった。
でも、まさか宇都宮さんが、こんな早くに逝っちゃうなんてね。
宇都宮さんにも伝えたかったな…。」
当麻の声は沈んでいた。

「宇都宮さん、ちゃんと解ってたじゃない、当麻くんの気持ち。
この前病院で写した写真にも、凄く穏やかな顔で写ってた。
きっと当麻くんにみずきさんを託して、安心して眠りについたんじゃないのかな。」

「俺が安心させちゃったから、早くに逝っちゃったのかな…。」
ボソッと呟くように当麻が言った。

「なに言ってんの!そんなこと、あるわけないでしょ!
それより早くお土産選ばないと、お店閉まっちゃうよ!
まー、この前のお花屋さんでもそうだったけど、優柔不断さは相変わらずだね。
お店の開店と同時に選び始めないと、間に合わないんじゃないの?」
雪見はわざと大袈裟に言ってみる。少しでも当麻の気分を変えてあげたくて…。

「失敬な!大事な人にあげるプレゼント選ぶのに、優柔不断と呼んで欲しくないわっ!
真剣に真剣に選んでるから、そうなるんでしょーが!
だってゆき姉と健人のお土産は、ソッコー決まったもん!」

「どうせ泡盛でしょ!」

「あれ?どうしてわかったの?けど、それしか頭に浮かばなかった!」

「はいはい!いいですよっ!その分の時間を、みずきさんのお土産選びに費やしなさい!
じゃ、電話切るよ!あ、報告!私、宇都宮さんのお葬式で歌う事になったから。じゃーねー!」

電話を切る寸前、「ええーっ!?」と言う大声が向こうから聞こえた。
後で、もうちょっと詳しい話をメールで送ってあげよう。
病院で写した、宇都宮やみずきの画像と共に…。


それからすぐに、今度はみずきにメールした。
「元気?ご飯は食べた?少しでも寝ないとダメだよ!」と。
すると、すぐにケータイが鳴る。みずきからの電話だ!

「もしもし、みずきさん!?今、話してて大丈夫なの?」

「うん。さっきね、ご飯も食べたよ!
美味しいお寿司を、おじいちゃんが出前で取ってくれた。」

「そう!良かったぁー!」
みずきの元気そうな声を聞いて、ホッとしたらなんだかウルウルした。

「ごめんね、そっちに行けなくなって。本当は何かお手伝いしたかったのに。
あ、そうだ!今、沖縄の当麻くんから電話が来たよ!
みずきさんの事すごく心配してたけど、落ち着いて葬儀の準備を進めてるよ、
って教えてあげたら安心してた。後で電話が来ると思う。」

「ほんとっ?当麻くん、何してた?元気だった?」
矢継ぎ早に質問が飛び出す。その声は、今朝の弱々しい声とは別人で、
パッと明るくなったみずきの顔が、目に浮かぶようだった。

「ねぇ!今、沖縄にいる当麻くんの姿を透視してみて!できる?」

「えっ?やろうと思ったら出来るけど…。
でも、お風呂とかトイレとか、入ってたら見たくないし…。」
みずきはあまり乗り気ではないらしい。

「あははっ!今ならまだ大丈夫な場所にいるから、見て見て!」

「ほんとに大丈夫…?」
そう言った後、みずきは精神統一して集中し出したらしく、しばらくのあいだ無言になる。

「あ…見えた…。どこだろう?お店の中?かな…。」

「そう!当たりっ!すっごいねー、みずきさん!当麻くん、何してる?」

「うーん…。なんか、お店の中をウロウロしてるみたい。何してるんだろ?
何か捜し物してるのかなぁ。」

「そうだよ!当麻くんね、一生懸命みずきさんのお土産選んでるの。
あの人ね、この前のお花もそうだったんだけど、本当にみずきさんの喜ぶ顔が見たくて、
真剣に悩みに悩んで、大事にプレゼントを選ぶの。
そのお陰で、一緒に行くとえらい待たされるんだけどねっ。
当麻くん、宇都宮さんにもお土産買ったって。」

「えっ!?」

「泡盛!帰ったら祭壇にお供えして、一緒に飲むんだって言ってたよ。
宇都宮さんがお酒好きだったって、知ってたみたい。
本当にいい奴だから、当麻くん。私が保証する。
きっとお父さんも、安心して旅立ったんじゃないのかな…。」

「……そうだね、きっと。あさってが楽しみ。みんなで泡盛飲もう!お父さんと一緒に…。」
みずきは明るい声で電話を切った。

その直後、健人が帰って来た!
玄関先に飛んでいき、「大好きだよっ!」と抱き付くと、笑いながら
「俺もだよ!」って言ってくれる。

これからは、ちゃんと気持ちを伝えるからね!












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