コメディ・ライト小説 ※倉庫ログ
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- アイドルな彼氏に猫パンチ@
- 日時: 2011/02/07 15:34
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
今どき 年下の彼氏なんて
珍しくもなんともないだろう。
なんせ世の中、右も左も
草食男子で溢れかえってる このご時世。
女の方がグイグイ腕を引っ張って
「ほら、私についておいで!」ぐらいの勢いがなくちゃ
彼氏のひとりも できやしない。
私も34のこの年まで
恋の一つや二つ、三つや四つはしてきたつもりだが
いつも年上男に惚れていた。
同い年や年下男なんて、コドモみたいで対象外。
なのに なのに。
浅香雪見 34才。
職業 フリーカメラマン。
生まれて初めて 年下の男と付き合う。
それも 何を血迷ったか、一回りも年下の男。
それだけでも十分に、私的には恥ずかしくて
デートもコソコソしたいのだが
それとは別に コソコソしなければならない理由がある。
彼氏、斎藤健人 22才。
職業 どういうわけか、今をときめくアイドル俳優!
なーんで、こんなめんどくさい恋愛 しちゃったんだろ?
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.117 )
- 日時: 2011/04/22 20:04
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
待ち合わせ場所の出発ロビーには、すでにみんな集っていた。
「よぅ、健人!お疲れ!ゆき姉も、三日間よろしく!」
当麻が健人と雪見を出迎えた。
健人が当麻とハイタッチして嬉しそうに笑っている。
「雪見ちゃん、おはよう!今日からよろしくね。
私、沖縄でロケするって編集長に言われて、もう嬉しくって!
すっごいこの日を楽しみにしてたんだ。」
スタイリストの牧田が、ニコニコして雪見に歩み寄る。
「それって、当麻くんが一緒だからじゃないですか?
今回の当麻くんのベストショット、約束通り牧田さんにプレゼント
しますから、楽しみにしてて下さいねっ!
みなさんも、三日間よろしくお願いします!」
雪見がその場にいた同行者たちにぺこりと頭を下げた。
が、頭を上げてよく見ると、一人だけ知らない女性が混じっている。
当麻とマネージャー、健人に今野、『ヴィーナス』編集部からは
スタイリストの牧田にヘアメイクの進藤、マネジメント担当の藤原、
カメラマンの阿部に雪見の、総勢九人のご一行様だと思っていたのだが
一人、二十代半ばの綺麗な女性がその場にいた。
「牧田さん。彼女は…?」
「あ、ごめんごめん!編集長に紹介するように頼まれてたんだった!
愛穂ちゃん、ちょっとこっち来て!」
牧田は、進藤と談笑していた彼女を手招きして雪見の前に呼んだ。
「彼女、新しく入ったカメラマンの霧島愛穂さん!
今回はあなた達三人のグラビアを担当するのよ!」
「初めまして。今回カメラマンを務めさせていただきます、霧島と
申します。いつも妹の可恋がお世話になっております。」
雪見の表情が一秒で凍り付いた。
少し離れた場所にいた健人と当麻も、カレンという言葉に反応して
すぐさま雪見の側に走り寄る。
一体、どういうこと…。なぜ、牧田は平然としてるの?
「彼女ね、こんなに若いのに、今までハリウッド映画のスター達の
撮影にも携わってきた凄腕カメラマンなの。
編集長の大抜擢で、今回のグラビアを担当することになったわけ。
で、阿部ちゃんはグラビアを降ろされて、雪見ちゃんの連載コーナー
専属になっちゃったんだよねっ!」
牧田がニヤニヤしながら阿部の顔を見る。
すると阿部の反撃が始まった。
「ひっどいねぇー、牧田さん!
悪いけど、降ろされたんじゃなくて譲ったの!」
阿部が目を剥いて牧田を睨み付けた。
「いや、編集長にね、霧島をお前のアシスタントに付けるから
一緒に沖縄へ連れてってくれ!って言われてさ。
うちの編集部に来て初めての仕事だし、技量も判らなかったから
まずは前に霧島がやった仕事を調べさせてもらったんだけど、
これが結構凄くてさ。ビックリしたわけ。
で、取りあえずは、グラビア担当するだけの技量は持ち合わせてると
思ったんで、今回はこいつの腕試しで仕事ぶりを拝見しよう!って。
少しやらせてダメそうだったら、すぐに俺とチェンジするから
悪いけど三人とも、こいつに付き合ってやってくれる?すんません!」
阿部が大きな体を二つに折って、健人たちに懇願するので
三人は顔を見合わせた。
理由は解ったが、カレンの姉を送り込んだ吉川の本意が理解できない。
牧田も阿部も、別にどうという顔はしていなかった。
健人と当麻のマネージャーも、何事もなかったように平然としている。
一体これから、何が起こると言うのだろう…。
健人たち三人は、もしかしたら周りの誰もが敵の仲間なのでは?
という疑いの目と疑問、恐怖に囲まれてしまった。
ここにいるのは、七人の敵対三人の仲間。
だとしたらこの沖縄の旅は、とても大きな仕掛けの罠だと言える。
すでに罠の中に飛び込んでしまったからには、そう易々と脱出する事は
出来ないだろう。
ずっと楽しみにしていた三人揃っての旅行のスタート地点は、
一瞬にして足元も見えない、お化け屋敷の入り口へと化してしまった。
定刻通りに羽田を飛び立った那覇行きの便は、まだまだ真夏の太陽を
求める人々の楽しげな声で賑やかだった。
しかし、ここに横並びで座ってる三人に、笑顔はひとつも生まれない。
帽子を目深にかぶり、下を向いたまま身じろぎもしなかった。
本当だったら今頃三人で、くだらない冗談でも言って笑い合ってたはずなのに…。
席に着いてどれくらい経っただろう。やっと健人が最初に口を開く。
「ねぇ。どういう事だと思う?」
真ん中に座る健人が、両隣の当麻と雪見に聞いた。
「解らない…。カレンが敵と知ってて、その姉を送り込んだ吉川さんは
一体敵なのか味方なのか…。」
当麻が、後ろに座るマネージャー達に聞こえないように、
最小限の声で二人に話す。
雪見はまだうつむいて、黙りこくったままだった。
霧島愛穂…。彼女は何者なのか。
私と同業者のカメラマン。年はカレンと三つ違いの26歳だと言った。
妹はハーバード大学を出てすぐに帰国。『ヴィーナス』のモデルを
しながら、叔父のコネでテレビ局でもバイト。
姉は日本でカメラマンになった後、すぐにハリウッドへ転居。
少しの下積みだけでメキメキと頭角を現し、日本の若くて可愛い女性が
ハリウッド映画のスター達を撮す!と、かなりの評判だったらしい。
そんな彼女が、なぜ帰国してすぐに『ヴィーナス』のカメラマンに…。
この姉妹には幾つかの共通点があるが、それをすぐさま敵の片割れと
決めつけるのは、少し乱暴すぎやしないか。
牧田や進藤たち、健人と当麻のマネージャーも、なぜ平然としているのか。
考えても考えても、今の時点で答えは見い出せない。
ならば、考えるのやーめた!となるのが雪見であった。
「ねぇ、当麻くん!昨日の夜にね、健人くんと私とで白い子猫を拾って来たんだよ!」
突然雪見が笑顔で話し始めたんで、当麻と健人はびっくりして
窓際に座る雪見の顔をまじまじと眺めてしまった。
「なんて名前を付けたと思う?
健人くんが、『ゆき姉に拾われてラッキーだからラッキーにしよう!』
だって。どう思う?その名前。」
いきなり雪見に振られて、当麻は慌てて答えた。
「あ、あぁ、そうなの?なんかラッキーって、犬みたいな名前だね。」
「はぁ?犬みたいだって?俺が心を込めて付けた名前に、おめぇは
文句たれるわけ?じゃ、どんな名前が良かったか言ってみろよ!」
「しろたん、とかミニーとか…。」
「それじゃ別にラッキーでも大差ないだろーが!」
いつもの二人らしいやり取りに、雪見はいつまでもクスクスと笑いが
止まらず、ほんの少しだけ心の霧も晴れ間を見せた気がした。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.118 )
- 日時: 2011/04/23 10:52
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
飛行機を乗り継いで降り立った石垣空港の空は、
青い海がそのまま空にも繋がっているかと錯覚するような
素晴らしい青空が広がっていた。
羽田を発って四時間半。午後二時半の沖縄の晴天は、間違いなく暑い!
「最高っ!いいねぇー、沖縄らしくて!」
当麻が眩しそうに空を見上げる。
「そうそう!沖縄の暑さはこうでなくっちゃ!」
健人も当麻に賛同する。
が、若者二人以外の三十代チームは、すでに少々げんなりしてた。
「この暑さのビーチ撮影って、どんなことになっちゃうの?
こまめに水分補給しないと、みんなぶっ倒れるぞ!
どっかで水を多めに仕入れてから行こう!」
カメラマンの阿部は、学生時代アメフトをやってたらしい体格を
してはいるが、四十代手前になった今は、かなり全体的にぽてっとした
大男になってしまってる。
だからなのか、この暑さで尋常ではない汗をかき出した。
「ヤバイわ!早くマイクロバスに乗ろう!」
そう振り向いて健人たちを見ると、すでに当麻と二人で大勢の人に
囲まれ、サインをねだられていた。
いくらサングラスをかけてたところで、この二人が一緒にいたら
みんな気が付かないはずはない。
二人揃って放つオーラの大きさは、それだけ半端じゃなかった。
「おい、藤原ちゃん!夕方まで時間がないから、そろそろお開きに
してやれ!準備してる間にせっかくの夕日が沈んだら、台無しだ!」
阿部の指示でマネジメント担当の藤原が、ファンの輪の中に割って入る。
「すみませーん!ちょっと時間が無いもんで、これで終わりにして
くださーい!ごめんなさい!」
そう言いながら健人と当麻に、バスを指差す。
「みんな、ごめんね!写真集のロケがあるんだ。クリスマスに出るから
みんなで買ってねっ!お友達にも宣伝しといてよ!」
健人がちゃっかりとコマーシャルした。
すると当麻も負けじと、「俺も出てるから!健人の写真集だけど、
当麻ファンも買ってくださーい!じゃ、またねっ!」
二人が大きく手を振りながらバスに乗り込んでも、まだ窓の外から
キャーキャーと黄色い声が聞こえる。
やっと出発したバスの車内は、エアコンが効いてることも手伝って
一同ホッとした表情を浮かべていた。
「それにしてもこの二人、一緒にいると目立ち過ぎだよね!
なんか、先が思いやられる。」
進藤が、後ろに座る二人に振り向きながら話した。
が、その隣りに座る可恋の姉 愛穂は、何も関心が無さそうに
窓の外の景色をじっと見つめる。
ハリウッドスター達を撮してきた彼女にとって、健人と当麻ぐらいの
騒がれ方など、別に取るに足らない風景なのだろう。
彼女は26歳という年齢よりも、遙かに落ち着いて見えた。
自分より七つも年下の彼女が、二十歳そこそこで単身米国へ渡り
わずかな期間で第一線のカメラマンになる腕前。
雪見は同じカメラマンとして、彼女への興味がむくむくと湧いてくる。
その頃にはすっかりと、彼女に対する恐怖心は無くなって
好奇心へと心の中が入れ替わっていた。
「さぁ、着いたよー!マエサトビーチ!急いで準備開始してね。」
石垣空港から車でわずか五分の距離に、日本とは思えないほどの
真っ白な砂浜が広がっていた。
その後方には、石垣島で一番大きなリゾートホテルが建っている。
「ヤッホー!今日はここに泊まれんの?先にチェックインして部屋に
荷物置いてきたら?」
健人が子供のようにはしゃぎ回る。
が、すかさず今野が「残念でした!泊まりはここじゃありません!」
と告知すると、健人と当麻は二人揃ってブーたれた。
「えーっ!なんでさぁ。こんなそばにいいホテルがあるのに!」
「お前達二人が、こんなでっかいホテルに現れてみろ!
満員のお客が大騒ぎして、ホテルをつまみ出されるから。
俺たちの泊まるとこは、吉川さんのご厚意で小さなリゾートホテルを
丸ごと借り切ってもらったぞ!ここから車で三十分位かな。」
今野の言葉に、みんなから一斉に歓声が上がった。
「スッゲーや!吉川さん、ありがとー!!」当麻が空に向かって叫ぶ。
「さぁ、気合いを入れて撮影を始めるぞ!」
阿部の一声で、全員それぞれの準備に取りかかった。
健人、当麻そして雪見の三人は、バスの中で撮影用の衣装に着替え
順にビーチの前へと集った。
衣装を着ると健人と当麻はスイッチが入るらしく、すでにオーラ全開の
イケメン俳優二人組になっている。
最後の雪見が準備を終えて出て来るのを、談笑しながら待っていた。
バスのドアが開き、雪見が進藤、牧田と共に降りてくる。
その姿に男性陣から一斉に「おおーっ!」と言う声が上がった。
恥ずかしいのと眩しいのとでうつむき加減の雪見は、
真っ白なリゾートドレスを着て、大きなつばの白い帽子を被っている。
大胆に背中の開いたドレスは、首の後ろでリボンが結ばれており
すらっと細くて長い腕は、ドレスの裾を軽くつまんで持ち上げていた。
見とれる健人と当麻に歩み寄って雪見は、
「お願いだから、あんまり見ないで!」と後ろを向く。
が、背中が丸見えだったことに気づき、慌てて前を向き直した。
「凄く綺麗だから自信を持ちなって!
なんか、俺たち二人が地味に見えちゃうのは気のせい?」
当麻が、前で見ている牧田に向かって自分の衣装を指差す。
「違うって!当麻くん達の衣装が悪い訳じゃないよ!
予想以上に雪見ちゃんが凄かっただけ。今まで着せた衣装とは全く
正反対だから、ここまで似合うとは想像してなかった!」
ベテランスタイリストの牧田でさえ考えていなかった、雪見の持つ
不思議な力。
彼女もまた着替えてメイクをした途端、健人たちと同じく圧倒的な
オーラを放ってくるのであった。
それをじっと観察していた愛穂は、なんだか久しぶりに胸が高鳴るのを
感じた。
『ハリウッドで初めて大スターを撮した時のドキドキ感に似てる。
この雪見って人、カメラマンだって言うけど、ほんとにそうなの?
さっきまでは冴えない人だと思ってたけど、着替えたら別人になった。
大層な仕事じゃないなって、適当に片付けようと考えてたけど
なんだか急にカメラマン魂に火がついたよ!』
プロカメラマンの鋭い目になった愛穂は、大きな声で撮影のスタートを告げた。
「じゃ、みなさん、よろしくお願いします!」
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.119 )
- 日時: 2011/04/23 11:09
- 名前: りえ@ezweb.ne.jp (ID: ZpTcs73J)
欠点どころか、凄い所作ってるし…
すみません、話聞いていますか?
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.120 )
- 日時: 2011/04/23 11:40
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
りえ さんへ
もうちょっと待ってて下さい!
この場面から外れたところで欠点が出てきますから。
完璧そうに見えて実は!って言うのがいいんじゃないですか。
- Re: アイドルな彼氏に猫パンチ@ ( No.121 )
- 日時: 2011/04/24 13:44
- 名前: め〜にゃん (ID: AO7OXeJ5)
『ヴィーナス』来月号の巻頭グラビアを飾ることになった三人。
雪見は、不思議な気持ちでカメラの前に立っていた。
『なぜカメラマンの私が、こっちに立っているんだろう。
本当は向こう側の人間なのに…。これでいいの?私。』
いつも、何度も繰り返される自問自答。
頭の中では解ってるつもりなのに、その場に立つとやはり迷いが出る。
すべては健人の写真集のため。答えはただ一つしかない。
それは充分解っているのに…。
そんな雪見を見透かすように、愛穂が注意する。
「雪見さん!もっとカメラに集中して下さい!
心がここにありませんけど!そんなもんですか?あなたって。」
雪見はカチンときた!『そんなもんですか?』だって?
年下の同業者に言われたことが、なおさら雪見に火を付けた。
「そう。じゃ、お手並み拝見といこうかしら。
今日はあなたがカメラマン。明日は私がカメラマン。
どっちがファンの心を掴む、健人くんと当麻くんを撮せるかしらね。」
愛穂の言葉を引き金に、女性カメラマン同士のライバル心が露わになった。
「ちょっと、ゆき姉!落ち着きなよ!
なんでこんなとこで張り合ってんの。勝負したとこで何になるのさ!」
「そうだよ!それよりも夕日の撮影までに、他のショットは
撮り終わらないといけないんだから、三人で頑張ろうよ!」
健人と当麻が、なんとか雪見をなだめようと必死になる。
だが愛穂は、してやったり!と心の中でニヤリとしていた。
思った通り雪見は挑発に乗ってきた!
これは、今イチ撮影に乗り気でない被写体に対して、ハリウッドでも
よく使っていた手である。
まぁ、雪見とのカメラマン対決なんていう、馬鹿臭くてやるだけ無駄な
ことは適当に流しておくが…。
「霧島も雪見ちゃんも、対決しにわざわざ沖縄まで来た訳じゃ
ないんだからさぁ!みんなで協力していい写真を撮ろうよ。
仕事が終わったら、美味い料理と酒が待ってるよ!
汗して仕事したあとのオリオンビール、旨いだろうなぁー!」
見かねて中に割って入った阿部の言葉に、みんなの喉がゴクリと鳴った気がした。
「よーし、ここからは真剣勝負な!
霧島!暑いからこまめに休憩入れながらやれよ。
サポートするから、どんどん俺に指示を出せ。遠慮はしなくていい。」
阿部の声を合図に、やっと撮影が再開される。
それからの健人たち三人とカメラマン愛穂は、それぞれが高いプロ意識のなかで
順調に予定されていたカットを撮り終え、残すは沖縄の綺麗な
夕日をバックにした撮影のみとなった。
丁度良いアングルになるまでにはまだ陽が高い。
夕暮れ時に差し掛かったとは言え、この時間でもまだ充分に暑かった。
健人たち三人は一度クールダウンするために、エアコンの効いた
マイクロバスの中に逃げ込んだ。
中にはすでに進藤と牧田がスタンバイしていて、汗で崩れた三人の
化粧を一人ずつ直していき髪を整え、最後に着る衣装を手渡した。
「この時期の沖縄は台風が心配だったけど、いいお天気で良かったね!
これだけ晴天だと、夕日も綺麗に撮れるだろうなぁー。」
雪見の髪を直しながら、そう進藤が言う。
「たぶんグラビア的には最高の写真になると思うけど、さすがに
炎天下の沖縄の日差しはきっついわぁ!
俺、日焼け止めいっぱい塗ったはずなのに、すでに顔がヒリヒリだ!」
「ほんとだ!健人くん、早くにケアしないとまずいわ!
取りあえず応急処置でこれ塗っておいて!あとでメイクし直すから。」
雪見は髪をセットしてもらいながら、真由子にメールした。
『めめとラッキーはどうしてる?。こっちはいい天気で暑いよ。
ところで、大至急調べて欲しい事があるの。』と…。
どうしても吉川が愛穂を、この撮影に参加させた真意を知りたかった。
今のところ愛穂は、何一つカレンの存在を匂わす事はない。
ただ黙々と自分に与えられた仕事をこなすだけだ。
しかもかなりの凄腕カメラマンであることが、同業の雪見にはよくわかった。
彼女は本当に、カレンが送り込んだ刺客なのか…?
もうそろそろ撮影を再開する、とバスの中にいた人達に声がかかり
健人たち三人はバスを降りたが、あまりにも見事な夕日にしばし
立ち止まって見とれていた。
「うっわぁ!すっげーきれいな夕焼け!やべぇ、俺泣けるかも。」
「俺もヤバイ!こういうのって東京じゃ絶対に味わえない感動だよね。
この写真、部屋に飾っておきたい!」
相変わらずの感動屋さん二人組である。
「おーい、始めるぞー!早くスタンバイしてくれ!
ベストショットを撮れる時間は限られてるんだから!」
阿部の大声に慌てて三人は、また海と夕日をバックにして浜辺に立つ。
背中に感じる夕焼けは、健人たちの心も熱くした。
雪見を真ん中に両側に立つ健人と当麻は、すでに明日へと思いを馳せている。
明日は竹富島に渡って健人の写真集の撮影だ。
午前中は阿部も同行しての『ヴィーナス』連載ページの撮影で、
健人たちを撮影中の雪見を撮る企画だ。
だが午後からは、本当のプライベート旅行を撮るために三人だけに
してもらい、島を気ままに移動しながら撮影をすることになっていた。
これは雪見が、健人と当麻のマネージャーに懇願して実現することに。
三人はその時が楽しみでならなかった。
自然と健人たちに笑みがこぼれる。
大宇宙のエネルギーを身体中に浴びて、今日の撮影で一番のいい顔だ。
ファインダーを覗く愛穂にも、この三人の夕日にも負けていない
巨大なオーラがよく見えた。と同時に三人の関係が気になり出す。
愛穂は、まったくこの三人の噂など知らなかった。
と言うか帰国して間もないので、健人と当麻がどれほどの人気者で
あるのかさえ知らない。
以前にカレンから聞いていた『ヴィーナス』という名前を頼りに
ここの編集部を探しだし、飛び込みでカメラマンを志願したのだった。
そういうバイタリティーは子供の頃からで、誰かの加護を受けてないと
生きてはいけない妹とは、昔から反発し合って育ってきた。
だから吉川も、愛穂がカレンの味方であるとは考えず、
逆にこちら側の味方に付ければ、カレンをどうにか封じ込めることが
出来るのではないか、との思惑があったらしい。
先ほどあった真由子からの返信メールは、そう伝えている。
雪見は、やっと心からの笑顔でカメラの前に立っていた。
明日の仕事に胸を躍らせて…。
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111
この掲示板は過去ログ化されています。