二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線9」 ( No.430 )
- 日時: 2016/08/19 08:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「負けちゃったわね……いいところまで行けたと思ったんだけど」
「お疲れさまです、ぶちょーさん。惜しかったですね……」
「《ハンゾウ》を出し惜しみしすぎたな。お前の言うように、《ガウル》が残ってる時に、とっとと使ってた方がよかったかもしれない」
「それでも大きなプレミはなかったと思いますけど……それでも、負けは負けね」
対戦が終わった。勝者は一騎たち男子陣。一番風呂の権利は、彼らに与えられた。
と、その時だ。
「ただいまー……って、あれ? みんな、なにしてんに?」
ひょっこりと、何食わぬ顔で暁が戻ってきた。
「あ、あきらちゃんっ! もう、どこいってたんですか? 心配したんですよ!」
「色んな意味でね」
「あー……まあ、ちょっと散歩かな……」
「散歩……?」
「そういえば暁にはまだ言ってなかったわね。このお屋敷のお風呂は温泉だって、凄いわよね、柚ちゃんの家って」
「へ、へぇ、そうなんだ……うん、すごいね」
「……?」
どこかおかしな様子の暁。温泉と聞いても、反応がいまいち薄い。
さっきの返答も曖昧に濁したような感じがあったし、どこか歯切れが悪く、彼女らしくない。
「あ、でも、お風呂は男の人たちが先で、わたしたちは後なんですよ」
「そっか……よかった、準備の時間はあるんだ」
「ん? なにか言った?」
「え、い、いや? なんにもないですよっ?」
「ねぇ、暁さん。恋は見なかった? というか、一緒じゃないの?」
今度は一騎が問うた。
暁と同じように、どこに行ったか分からない恋。暁と一緒に行動しているのかと思っていたが、戻ってきたのが彼女一人ということは、そうではないのだろう。
「恋? さぁ、知りませんけど……」
「……ただいま」
と、思っていると、恋も戻ってきた。
「あ、恋! 今までどこに行ってたんだ?」
「……別に」
「別にって……」
「女の子には、人には言えない秘密があるもの……詮索はデリカシーとプライバシーの配慮に欠ける愚かな行為……」
「え……あ、ごめん……?」
重たい状に強い語調、主張で返され、気圧される一騎。これはこれで、あまり恋らしくない返答だったが、これ以上の詮索も憚られた。
とりあえず、これで合宿メンバーは全員揃った。
「……思ったより時間食ったな。風呂入るなら早くしないと、時間なくなるぞ」
「そうだね。女の子は時間かかるだろうし、俺たちはぱっぱと入ってきちゃうよ」
「そう? なんだか悪いわね」
「合宿は明日もあるし、明日ゆっくりすればいいさ」
この合宿は二泊三日。今日がゆっくりできなくても、明日がある。
そのつもりで一騎はそのように返したのだが、
「そう……まあ、明日ゆっくりできればいいけどね」
「……?」
どこか含みのある沙弓の言い分。なにか嫌な予感がする。
しかしそれ以上追及することもせず、一騎を始めとする男子の面々は、先に風呂場へと向かった。
「お風呂あがったよー」
「本当に早いな!」
男子たちが風呂に行ってから数十分。彼らは湯上りの姿で戻ってきた。
早く出るとは言っていたが、想像以上に早い帰還だ。ここは旅館などではない。特に時間も決まっていないので、女子としても、もっとゆっくりしていっても良かったのに、と思ったが。
それよりも、戻ってきた彼ら——というより、彼の出で立ちに、目が留まった。
「一騎……? なんだ、その格好?」
「なんだって、見ての通りだけど……」
「浴衣、ね」
大抵、寝間着というものは、寝心地の良さ——即ち身体への締め付け、ひいては動きやすさ——や、普及率や量販性の高さから、ジャージやスウェットといったものが選択されることが多いが、彼はそうではなかった。
とはいえ、浴衣というものも、日本においては元来、寝間着として使用されていたものであり、用途としては問題はない。
「寝る時って、どうしても普通の服の形をしたものだと落ち着かなくてね。家でもこうだよ」
「剣埼先輩に意外な一面が……」
「でも、剣埼さんって線は細いから、和服が似合うわね」
「つーか、家でもなんか、それ」
「ちょっと親近感わきます……家でもってことは、こいちゃんは知ってたんですよね?」
柚が恋に呼びかける。しかし、返事はない。
「あれ……こいちゃん?」
「恋の奴、またいなくなったの?」
「あ、あきらちゃんもいません……」
「またか……あの子たちはなにをやっているのかしら? 仮にも合宿なんだし、集団行動ってものを意識して欲しいわ」
「部長が珍しくまともなことを言ってるな」
「もう面倒だし、放っておきましょう。きっとお手洗いとかでしょ」
「もう少しまともなことを言っても罰は当たらんぞ」
仮にも後輩に対して、あまりに粗雑すぎる対応。浬には温泉が待ちきれないだけに見えた。
しかし、いざとなれば携帯で連絡も取れる。流石に、なにも言わずこの時間帯に外に出たということもないだろう。
時間が切迫しているわけではないが、明日も朝は早い。それに今日は海でかなり疲弊しているので、風呂でゆっくりと一日の疲れを癒したい。
そんな諸々の欲求から、所在不明の暁と恋は放置されることとなった。
しかし、彼女たちはまだ知らなかった。
この屋敷には、今、彼女たちを飲み込まんとする欲望が渦巻いていることに——
「……みんな、もう行っちゃった……よね」
周りを確認する。誰もいない。入念なリサーチと現地調査を経て、ひたすら待ち続け、自分はここにいる。
もうすぐ、その結果が現れるはずだ。
「よし。それじゃあ、作戦開始だよ——」
「……今、こっちの方向に人はいないから、誰とも遭遇せず目的地に辿り着ける……迂回ルートだけど、成功率は高い……」
手順を確認する。確実な結果のために。ミスは許されない。
チャンスは、一回限り。
「……そろそろ、か——」
- 番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線10」 ( No.431 )
- 日時: 2016/08/22 14:23
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
女子の入浴中、先に上がった男子たちは暇を持て余していた。
今回の合宿は旅行のようなものなので、特に詳細を決めていないのだ。明日になにをするのかは既に決定しているようだが、今のような空いた時間の活用には少々困る。
なにかゲームでもしようかとも思ったが、気づけば軽く遊べるようなものは、デュエマを除いてトランプ一つとしてなかったので、とりあえず適当に雑談などで時間を潰していた。
もっとも、ただの雑談でもなかったが。
「青単ってコントロールにするには辛いと思うんだ。除去がバウンスに限定されるし、相手にディスアドを押し付けるようなカードも少ないから、詰めづらそうだし」
「その通りですね。だから、決められるタイミングでは決めるようにしてます。青単は下手に長引かせると、逆に不利ですからね。隙を見極めるのが肝要かと」
「バウンスしか除去がないとなると、《キル》みたいなカードだけで逆に詰んだりするんじゃないんですかー?」
「今は入れてないですけど、《コーライル》みたいな山札への除去もあるんで、多少はなんとかなります。あとは、《パクリオ》でハンデスとか……サイバーロードなんで、《エリクシール》入りの時は大抵採用してますね」
「なんか難しそうっすねぇ。なんでそんな難しいデッキ使ってるんすか?」
「なんでと聞かれると困るんだが……そうだな。確かに、純粋に勝ちを求めるなら効率は悪いが、あえて難易度の高いデッキを使う訓練みたいなものだな。難しいからこそ、一手一手を考えなければならないし、構築の際もどのように組み替えるかという思考を強く巡らせることになる。考えることで、自分を高めるためだな。もしくは、自分自身の追求とも言える」
「自分自身の追究? どういうことですかー?」
「以前の俺は、俺にデュエマを教えてくれた人——俺の従兄なんですけど——のデッキを真似てたんです。だけど、中学上がってから、それじゃダメだと思って、自分のスタイルに最も合うデッキはなにか、というのを探しているところで……今のところこの青単がしっくりきてますけど、まだより良い形があるんじゃないかと思って、研究中ですね」
「ははぁ、努力家っすね」
「勤勉だとは思ってましたけど、霧島君って、思ったよりもストイックですねー」
「浬君らしい気はするけどね」
一人一人、各人のデッキやデュエマのスタイルについて質問しながら語るという、話の内容を限定した雑談だった。
「浬君に聞くのはこんなものかな」
「じゃあ、次は焔さんの番ですね」
「そうっす! 自分、空護先輩に聞きたいことがあったんすよ!」
「……なんか食いつきが凄いのが怖いんですけど、なんですかね、夢谷君」
「空護先輩、いつかお城で氷麗さんがさらわれた時から大きくデッキ変えたっすけど、なんでっすか?」
「そういえばそうだね。前の焔君は、確かシノビと新型マッドネスを上手く混成したカウンターバイケンだったけど、いつの間にかドラグハートも持ってて、今じゃナイトメア軸の黒赤シーザーだ」
「それは随分と大きくデッキを変えたものですね。なにかきっかけとかがあったんですか?」
デュエマは常にデッキを組み変えていくものだが、自分の中でこれ、と決めた一つのデッキは、その軸は変えないことが多い。ゆえにデッキコンセプトを根幹から変えた。そのことについて、なにか意味があるのではないか。
そう思ってのことだろう。そんな質問が飛び出た。すると、空護は少し困り気な表情を見せる。
「あー、その話ですかー……」
「答えにくいこと? だったら無理には聞かないけど」
「いや、答えにくいってほどじゃ……まあ、この場ですし、部長たちにならちょっとくらい話してもいいですかねー」
そう言って、空護は語り始めた。
「僕には一つ上の兄がいるんです。色々事情があって、今は別れて暮らしてるんですけど」
「焔君、お兄さんがいたんだ」
「今はなにをしてるんすか?」
「詳しくは知らないですけど、今はデュエマの養成学校みたいなとこに通ってるみたいですよー」
デュエマの養成学校。その予想外の言葉に、三人は目を丸くしていた。
日本だけなく、世界中にそのような学校があることは知っている。専門学校に近いが、学校制度に則って運営されており、簡単に言えばデュエマに関連するカリキュラムを導入した学校だ。
「そういえば、御舟先輩だったか。カードショップの店員やってる三年の先輩も、東鷲宮に来る前はそういうとこ通ってたらしいって、青葉が言ってたな……」
ふと浬はそんなことを思い出す。そのような学校は数が少ない、なにか関係あるのではないか、と考えたが、流石に無関係だろう。
「兄も僕と同じで、シノビを軸にしたデッキ使ってるんですけど、なんと言いますか、僕より兄の方が強いんですよね。プロ志向ですし、そんな学校に行ってまで、自分自身を高めようとしているくらいですから」
「それは、凄いね。焔君はそういう学校に通おうとは思わなかったの?」
「僕は楽しいからデュエマをしているのであって、強くなるためっていうのは違うと思うんですよねー。だからそっちの方向には進みませんでした」
「しかし、その手の学校に通っているからといって本当のプロになれる人間は一握りと聞きましたよ? それに、中にはデッキビルダーみたいな、同じデュエマでも違う方面に進む人もいるみたいですし」
「いやー、身内自慢じゃないですけど、僕の兄って結構凄い人なんですよ? 大きな大会の優勝経験とかありますし、たまに新聞に載ってたりもしますしねー」
だからこそ、だろうか。
「僕がシノビを使ってるのも、結局は兄の真似事だったのかな、とか考えてた時期がありましたよ」
スッと、空護の表情が暗くなったような気がした。
彼がなにを考えているのか、なにを思っているのか。そのすべてはわからないが、自分なりに解釈する。そして一騎は小さく口を開いた。
「……コンプレックス、ってこと?」
「そういうことになるんですかねー……自分でもよく分からないですけど、たぶんそれが一番近いです」
そんなことを考えていたのが去年の話なんですけど、と言って空護は続けた。
「ちょうどそのくらいの時期に烏ヶ森に入学して、部長と野田先輩の勧誘で今の部活に入って、しばらくそのことは忘れてました。デュエマは本当に嗜む程度になって、それはそれで楽しかったですからねー。ただ今年になって、クリーチャーの世界に行くなんて不思議な体験をして、また思い出しましたよ」
極端な話、あの世界においては強さが生死に直結する。己の強さ、弱さをダイレクトに感じる世界だ。
だからこそ、空護も忘れていた劣等感を思い起こしたのだろう。
「まあ、そこまで深刻ってわけじゃなかったんですけどねー。ただ、あの城での出来事があって、色々と考えるきっかけができたんですよ」
シノビならざるシノビや、龍の世界におけるシノビ。自分の知らないシノビの存在を見てから、彼の中でなにかが生まれた——のかもしれない。
「で、そこからは霧島君同様、自分自身の追究、みたいなものでしょうか。いや、もっと単純に、兄を超えられるくらいの強さを身につけられるかもしれない、と思って、一度今までの自分を捨てたのかもしれませんねー」
あんまりはっきりとしたことは言えないですけど、と空護は締め括る。
少しばかりの沈黙が訪れた。
「……俺は、それでいいと思うな」
「部長……」
「俺には兄弟はいないし、誰かを超えたい気持ちはよくわからないけど……焔君がどれだけ悩んで努力してきたのかは伝わってきたよ。努力が必ず実を結ぶとは限らないけど、自分が納得するまで好きなようにやればいいんじゃないかな」
「俺も同感です。超えたいものがあって、そのために考えて、自分をどう変えようか悩むというのは、よくわかります。超えるために今、将来的な自分の成長に向けて邁進する姿勢は、評価されるはずです」
「自分はよくわかんなかったっすけど、空護先輩のこと、少しは分かったっす。いつもあっさりなんでもこなすんで、そんなイメージなかったっすけど、空護先輩も凄い努力してたってことはわかったっすよ!」
「……そんな褒めちぎられると、ちょっと照れるんですけどねー……とりあえず、僕がデッキを変えた理由はそんな感じです」
誤魔化すように笑う空護。
知ってはいたが、烏ヶ森も、東鷲宮も、ここの人間は誰もが優しい。
一騎は人に対して真摯に向き合うし、浬は堅物そうに見えても、努力というものを理解して、彼なりの答えを出してくれる。八は単純だが純粋で、難しく考えていないからこそ、好感が持てた。
機会がなければ話すこともなかっただろう話題だが、この場で話せてよかったと思う。
「それで、他になにか聞きたいこととかありますかー?」
「あぁ、そうだ。さっきの《シーザー》のデッキを見てて思ったんですけど、呪文がギミックの核になるデッキにおいて、除去呪文の比率はどのくらいにしてるんですか?」
「俺も後でいいかな? 他文明との親和性が薄い赤を入れた混色デッキで、タッチでも三色以上にするのはどうなのかを聞きたいんだけど……」
「自分も自分も! 空護先輩に聞きたいことが……」
「一度に言われても困るんですけど……えーっと、じゃあまずは霧島君から——」
- 番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線11」 ( No.432 )
- 日時: 2016/08/23 12:19
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「ん……そうだ、忘れてた」
「どうかしましたかー?」
「いや、明日の朝食を考えておかないといけないと思ってさ」
「あぁ、そういえば。どうせあの部長はなにも考えてないだろうしな……」
今日の夕食すら無計画だったのだ。温泉に浮かれて明日の朝食のことなど頭から飛んでいるだろう。とても信用はできない。
「確かお米と炊飯器も用意されてる。パンもいくつか種類があったし、大抵のものは作れるかな。皆は、ご飯とパン、どっちがいい?」
「俺はどっちでも」
「なにが出ても、部長の作ったものなら食べられるっすよ!」
「なんでもいいっていうのが実は一番困るんだけど……そうだなぁ。朝はご飯の人とパンの人で分かれるだろうし、どっちとも用意するかな。余ったらご飯はお昼に回せるし。とりあえず準備だけしておこう」
「まるで自分の家のような思考回路になってますねー……」
彼の性分だろうか。世話焼きであることは誰もが知っているが、そこに家庭的な性が混じり、合宿メンバーの料理番と化していた。
合宿のメンバーでまともに包丁を扱える数少ない人間なので、ありがたいことではあるのだが。
「なにか、手伝うこととかありますか?」
「いや、大丈夫だよ。準備って言っても、たぶんお米を研ぐくらいだろうし、一人でやった方が効率いいから」
「こういうのって、あんまり一人に押し付けるべきでもないと思うんですけどねー」
「気にしないでいいのになぁ。俺たち、そんなに気を遣うような仲じゃないわけだし」
そう言われてしまうと、なにも言い返せない。歯がゆい感覚を胸の奥に残したまま、三人は一騎の後姿を見つめていた。
「えーっと、パンは特に準備が必要ないから、用意するのはお米だけだよね。となると十合……は多いかな? 女の子が六人だし、恋は少食だから、七合くらい炊けばいいかなぁ」
台所に通じる廊下を歩きながら、ぶつぶつと呟く一騎。早速、明日の朝食について思考を巡らせていた。
炊事は毎日やっているが、いつもは自分と恋の二人分だけを考えていたのが、今は十人だ。如何せん人数が多く、食事情を知らない相手もいるので、諸々のことを考慮しなければならない。
多く炊いた方が良さそうだと思いつつも、皆が少食だった場合はどうしようかと、少しばかり心配になる。合宿メンバーは、見るからに大食いな人はいないように見えた。というより、比較的少食な人の方が多いような気がする。
合宿は三日間。あまり余らせても、処理に困る。炊飯にしても、どのくらい食べられるのかを予測して、量を調節し、上手いことその加減をしなければならない——
「ん……?」
と、その時だ。
廊下の途中で、誰かの後姿を発見した。
その誰かは、すぐにわかる。一騎は後ろから声をかけた。
「暁さん?」
「っ、一騎さん……!?」
ビクッと身体を震わせて振り返るのは、暁だった。
「どうしたの? さっきは部屋にいなかったけど」
「えーっと……」
先ほどまで部屋におらず、どこに行っていたのか、ずっと気になっていた。こんなところでなにをしているのだろうかと、一騎は問う。
対する暁は、どこか焦ったような様子で、視線をあっちこっちに彷徨わせている。明らかに挙動不審だが、一騎は首を傾げるだけだ。
「そうだ。暁さんは知らないか。男子はみんなあがったから、女子はみんなはもうお風呂に向かったよ。」
「へ、へぇ……早いですね」
「女の子は長いと思って、早めに出たんだ。暁さんも早く……って、そういえば、そっちはお風呂だったね。ってことは、今向かうところだったのかな」
「そ、そうなんですよー。じゃあ、私はここで——」
「あ、でも、着替えとか洗面具とかないね?」
ザクリ、なにかが突き刺さった。
それはとどめの一言。その一言で、退路を失った。
暁は、そんな表情をしていた。
「それは、えぇっと……」
言い淀む暁。小さなポシェットを下げているが、しかしその中に着替えが入ってるとは思えない。まさか、今着ている服を着回すほどずぼらでもないだろう。
さらに彼女は風呂場に向かっていた。忘れ物をしたのであれば、一騎とは逆方向に向かっているはずだ。そうでもないということは、やはり、彼女は風呂場に向かっていたのだろう。
着替えも洗面具もなく、風呂場に向かう意味が、彼女にはあるのか。
一騎がそんな風に思考を進めていると、やがて暁が、観念したように、諦めたように、口を開いた。
「……しょうがない。一騎さんには話すよ」
「? なにを?」
「一騎さん。これは、一騎さんの人柄を信じて言いいます。他のみんなには、絶対に言わないでくださいね」
「う、うん……?」
なにやら神妙な面持ちで、声のトーンも低く重苦しい。それほど、彼女は重要なことを口にするということなのだろうか。
今まで見たことないほどの真剣な目つきで、暁は一騎をまっすぐに見据え、そして、告白した。
「私は今から——女湯を覗きに行きます!」
一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。
「女湯を、のぞきに……って」
のぞき、ノゾキ。取り除くという意味か。女湯を除きに行く。日本語表現的には違和感が残るが、決して通らないわけではない。
しかし、女湯を除いてなんの意味があるのだろうか——そんなことを考えてから、暁の言う「のぞき」が、「覗き」であることを、一騎は理解した。
覗き。他者に存在を感知されず、その様子を観察すること。主に着替え、入浴など、肌を晒す場や行動に対して行われることが多い。
そしてそれは勿論、人間的に悪いことだ。
「ダ、ダメだよ! 覗きは犯罪だよ!」
「分かってる! 分かってるけど……私はこの日をずっと待ち望んでいたんです!」
焦って引き留めようとする一騎だが、暁は止まらなかった。
「遊戯部と烏ヶ森、みんなの裸を見ることができる機会なんて、そうそうない。激レアの氷麗がいないのが残念だけど、この合宿は千載一遇のチャンスなんですよ!」
「で、でも、それなら一緒にお風呂に入ればいいだけじゃ……」
「違うんですよ一騎さん! 一緒に入るのと、覗くのは、まったくの別物なんです! 興奮度が違うんです!」
「こ、興奮度ってなに……? そんなことよりも、覗きは犯罪だし、見られた人が嫌な思いをするから、絶対ダメ! 人間倫理に反するよ!」
「うぅ、一騎さんなら分かってくれると思ったけど、一騎さんの人の良さが裏目に……!」
ぐぐぐ、と悔しそうに歯ぎしりする暁。正直に明かせば、一騎を丸め込めると思ったのだろうか。
しかし実際は、一騎は暁を引き留めている。しかし暁はそれに応じるつもりはなく、二人は対立していた。
「そもそも、風呂場に行くなら、覗きにならないんじゃ……」
「甘いね一騎さん。なんで私が今まで、姿を見せていなかったのか。その理由を理解していないよ」
「暁さんが姿を見せていなかった理由……? はっ! そうか……」
「そう! 今まで私は、覗きに最適な場所を探していたんだよ! 入念なリサーチの甲斐あって、お風呂場から少し外れたところに裏口を見つけられた。その裏口から、外に出れば、仕切りの隙間からお風呂場を覗くことができる!」
「俺たちに隠れてそんなことを……!」
暁が消えていた理由が判明し、戦慄する一騎。自分たちの知らないところで、そんな恐ろしいことを……! と、わなわなと震えていた。
だが、やがて一騎は自身を落ち着かせる。ここは一度、冷静にならなければならない。本当に冷静になれているかどうかはともかく。
ややあって、一騎はゆっくりと宣言した。
「暁さん。俺は一人の人間として、君を止めないといけない。君に、そんな犯罪行為をさせるわけにはいかない」
「止めないで一騎さん! 私には、すべてを投げ出してでも手に入れたいものがあるんだよ!」
あくまで暁を止めようとする一騎。しかし暁も食い下がる。絶対に折れなかった。
「一騎さんは知らないと思うけど、私はこれでも女の子が大好きなんだよ!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ! ぶっちゃけ男の子よりも好きですね! 可愛いもん!」
急激かつとんでもないカミングアウトだった。流石に唐突すぎて、一騎も困惑する。一度落ち着かせた気が、また荒ぶり始める。
しかしそんな一騎のことは置き去りにして、暁は滔々と語り続ける。。
「背のちっちゃいこも可愛くていいですけど、胸のおっきいこもロマンがあっていいですよね。あ、でも部長はカッコイイから好きだなー……って、そうじゃなくて!」
自己修復して、軌道修正する暁。今日の彼女は随分と稼働が良いようだ。
「とにかく! 私は女湯を覗きに行くよ!」
「ダメだよ! 年長者として、そんなことはさせられない!」
「やっぱりか……一騎さん、どうしても止めるっていうなら……」
「止めるっていうなら……!?」
暁は睨むように一騎を見据える。一騎も困惑を大きく滲ませた瞳で、見つめ返す。
短い睨み合いが行われる中、暁はポケットの中から、なにかを取り出した。
箱に収められた、カードの束。
それを、暁は一気に突きつける。
「私と——勝負だよ!」
- 番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線12」 ( No.433 )
- 日時: 2016/08/24 08:04
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
一騎が部屋を出てから少し立つと、浬が立ち上がった
「浬さん? 浬さんも、どっか行くんすか?」
「……トイレだ」
「とかなんとか言って、実は部長のところに行くとかじゃないですかー?」
「……そんなことはしませんよ。必要ないって、言ってましたし」
とはいえ、まったく考えていなかたとぁけではないが。
「君がそれに本当に納得しているのかは定かじゃないですけど、一応言っときますよー。少し前ならいざ知らず、今の部長は頼る時にはちゃんと頼ってくるので、その時まで安心して構えてればいいかと」
「別にそんなんじゃ……とりあえず、行きます」
「いってらっしゃいっすー」
居間を出て、襖を閉める。そして廊下を歩き始めてから、そういえば台所とトイレは逆方向だったな、ということを思い出す。
手伝いに行く口実のためにトイレと言ったわけではないが、ついでに様子も見に行こうか、くらいには考えていた。しかし完全に方向が逆なので、それもできなさそうだ。
空護の言葉もあったので、一騎を信じて、待つことにした。
すぐにトイレには着いた。扉を開けて中に入る。
この屋敷の内部は、実のところ、見た目ほど大きくはなかった。まず一階建てで、建物として背が低い。また、軽く散策したところ、一階には大きな倉庫のような部屋があり、そこにはよく分からにものが大量に詰め込まれていた。刀のようなものがあったり、火薬っぽい匂いがした気がするが、模造刀と大量のマッチだと沙弓は思い込むことにしたらしい。無理に決まっている。正直、あれを見た瞬間、こんなところで寝泊まりするのが嫌になった。法律的に許されるのか、色々気になるところだ。
そんな触れない方がいい部屋が一階の空間を圧迫していることもあり、使用できる空間は意外と広くない。それでも、浬の家の空間よりもずっと広いのだが。そのため、部屋は個室ではなく、居間を通らなければ行けない大部屋(というより恐らく居間の一部)が二つ。男女で分けている。
また、風呂は半分ほど外に出ており、露天風呂のようになっていた。
このように、驚愕するところがいくつかあるが、概ね普通の家と似た感覚で過ごすことができる。そのせいかなんなのか、人数が十人いてもトイレが一つしかないので、そこだけ若干困るのだが。
「おっと」
などと思いながら、用を足して再び廊下に出ると、誰かとぶつかりそうになる。トイレ待ちかと思ったが、どうやらトイレの前を通り過ぎようとしたところで、ぶつかりかけたようだ。
だが、ここで問題なのは、そこではない。
誰がこの場所を通ろうとしたかだ。
「ん? お前……」
「……っ」
小さく舌打ちするような音が聞こえた。
浬は視線を落とす。見下ろさないと姿が見えないほど小柄な体躯。
「……メガネ」
その人物——恋は、忌々しげに浬を呼んだ。
「こんなとこでなにしてるんだよ。というか今までどこに行ってたんだ? お前ら揃いも揃っていなくなるから、呆れて女子はもう風呂に行ったぞ」
「メガネは、なにをしてるの……?」
「見て分かるだろ……わざわざ言わせるな」
お前もトイレか? とあまりにデリカシーに欠ける発言が出て来る直前、浬よりも先に、恋が言葉を発した。
「……メガネ、そこを退いて」
「は? なんでだ? まあ別に構わないが——」
「私は……風呂場に行かないと、いけないから……」
「……こっちは風呂場とは逆方向だぞ?」
そもそも、恋は見たところ着替えや洗面具などを持っていない。小さなポーチをかけているだけだ。
浬が用を足している間に、部屋に戻って取りに行き、風呂場に置いてからトイレのためにここまで戻ったのだろうか。いや、部屋に行くには居間を通る必要がある。浬はついさっきまで居間にいたのだ。その間に恋の姿は見ていないし、用を足すのに時間がかかったわけでもない。そんな短時間で、居間を経由しながら風呂場とこの場所を往復するようなことはできないだろう。
ならば、誰かに自分の着替えなどを任せたのか。これもない。恋は女子が風呂に向かう時点で、既にいなかった。誰かに頼むタイミングはないだろう。後で偶然会ったにしろ、その場合は別の誰かが居間を通っているはず。その姿も見ていないため、この可能性もない。
そもそも不可解なのは、恋が風呂場に行くと言っておきながら、明らかに逆方向に進んでいることだ。
「メガネは知らないだろうけど……あの温泉は、半分、露天風呂になってる……」
「は? なんだ急に……入ったからそれは知ってる」
「玄関を出て屋敷の外を迂回すれば、温泉と外を仕切る壁がある……でもその壁は、ただの仕切り……小さな隙間がある……」
「あっそ……ん? 隙間?」
どうでもいい情報だと脳が即座に切り捨てようとしたが、少しだけ引っかかった。
風呂、隙間。この二つから、一つの行為が連想される。
そして、恋自身も、答え合わせのように宣言した。
「私は今から……覗きに行く」
「……なに言ってんだお前」
わけがわからない、と言いたげな浬。なにが分からないと言われると、あらゆる面で理解不能、というより理解したくもないことがあるのだが、とりあえず飲み込んだ。
とにもかくにも、恋は覗きを宣言している。変に詮索するのも面倒なので、常識として教えておく。
「同性同士でも、覗きは犯罪らしいぞ。四天寺さんだったか? あの人、結構気性が荒いように見えたが、そんなことしたら後で怒られるんじゃないのか?」
「勘違いしないでほしい……ミシェルなんかに興味はない……私の目的は、一人だけ……」
なんとなく誰を指名するのか想像ついたが、黙って聞いている浬。すると恋は、案の定、その名前を口にした。
「私の目的は……あきらの裸だけだから……」
「…………」
「あと、ゆずも……」
「一人じゃねぇじゃねぇか」
黙っているつもりだったが、思わずツッコんでしまった。
「ゆずは結構いい身体してたから……とりあえず見といて損はない」
「そんなついでみたいに言われてもな……」
なにはともあれ。
恋の性格や趣味嗜好は、多少なりとも理解している。女好きの女という存在も、理解できなくもない。沙弓もその気はあるから、身近なところにその手の人間は少なくない。その事実は理解はしている。だが、理解があるかは別だ。、
「というか……女同士なんだから、一緒に入ればいいんじゃないのか?」
「メガネはなにも分かってない……一緒に入るなんて、そんな機会はいくらでも作れる……でも、覗きは違う」
身体を見ることが目的なら——その目的の時点で色々と危ないが——特に不都合なく合法的な方法もあるのではないかと思い、そんなことを言った。しかし、すると恋は猛烈に反発を示す、わけがわからない。
「一方的に裸を見ている優位性、犯罪であるという背徳感、恥じらいを感じさせることなくありのままの姿が見れる真実性……これらすべてを満たすことができる行為は、覗きしかない。その重要性と希少性は、他の追随を許さない……興奮度が違う……」
「なんだよ興奮度って……俺にはお前がなにを言ってるのか理解できん。もう好きにしろ……」
相手にするのも面倒になったので、呆れて息を吐くと、なにを勘違いしたのか、恋は浬を睨みつける。
「メガネ……邪魔しないでほしい……」
「しねぇよ」
「待ち伏せしてまで私の邪魔をするなら……ここでメガネを倒して、私は風呂場に行く……そして、あきらを手に入れる……」
「おい、勝手に話を進めんな!」
どうやら、恋は浬がここにいる理由を、恋を止めるためだと思い込んでいるようだ。実際にはただのトイレなのだが。
「ちっ、とことん人の話を聞かない奴だな……!」
しかし、覗きが発覚して、後で騒ぎになるのも面倒だ。そう考えると、彼女をここで止めるべきなのかもしれない。
もっとも、それ以上に関わり合いになりたくないのだが、恋が完全にやる気なので、これはもう止まらないだろう。
「邪魔は……させない——」
- 番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線13」 ( No.434 )
- 日時: 2016/08/24 12:51
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「私のターン! 呪文《ネクスト・チャージャー》だよ! 手札の入れ替えはしないで、ターン終了!」
「俺のターン。呪文《フェアリーの火の子祭》を唱えるよ。山札の上から二枚を見て、《イフリート・ハンド》をマナに置く。火のカードがマナに置かれたから、《火の子祭》を手札に戻すよ。ターン終了だ」
暁と一騎の対戦。
お互いにシールドは五枚。まだ準備段階の二人は、動き始めたばかりで、場にはなにもない。どちらもマナを伸ばすだけだ。
「マナチャージ! そして5マナ! 《熱血龍 バクアドルガン》を召喚だよ!」
先んじたのは、先攻を取った暁だった。火文明が多く抱える3コストのチャージャー呪文から、5コストの《バクアドルガン》へと繋ぐ流れ。暁の常套パターンだ。
「よーし、先手必勝! 《バクアドルガン》はスピードアタッカーだから、すぐに攻撃するよ! その時、《バクアドルガン》の能力発動! 山札の一番上をめくって、ドラゴンなら手札に!」
攻めつつ手札補充ができる《バクアドルガン》は本当に便利だ。火文明の弱点である手札の枯渇しやすさを解消でき、スピードアタッカーを持つため速効性もある。前半のビートダウンから後半の一押しまで、地味ながらも暁のデッキを支えるクリーチャーだ。
その能力で、山札の一番上を公開する暁。捲られたのは、《爆竜 バトラッシュ・ナックル》だった。
「めくれたのは《バトラッシュ・ナックル》! ドラゴンだから手札に加えるよ! そして、シールドをブレイク!」
「トリガーは……ないよ」
「じゃあターン終了!」
早速シールドを割られた一騎。互いに殴るデッキなため、先手を取られるということが持つ意味は決して小さくない。
しかし、一騎にはカードパワーがずば抜けたドラグハートがある。マナさえ溜まれば、手札次第ではいくらでも巻き返しを図れるため、一枚や二枚くらいなら、シールドをブレイクされても手札補充感覚でいることができる。
問題は、一枚や二枚程度のブレイクが、いつまで続くか、だが。
「俺のターン……うーん」
手札を見て、唸る一騎。
このターンは、マナチャージして5マナ。しかし手札には、5コストで使えるカードがない。いや、あるにはある。このターン引いた《爆熱血 ロイヤル・アイラ》や、前のターンに引いた《勇愛の天秤》が。
(手札は決していいとは言えないけど、マナが溜まれば強いからなぁ。残しておきたい気はあるけど、どうかな……)
一騎が取れる選択肢は、《ロイヤル・アイラ》を出して手札を交換するか、《フェアリーの火の子祭》でマナを伸ばすかだ。
(《勇愛の天秤》もあるし、《ロイヤル・アイラ》よりも《火の子祭》で加速を優先させた方がいいかな……あ、でも)
ふと、一騎は思った。
相手は暁だ。彼女のデッキについては、一騎も知っている。
(暁さんは《コッコ・ルピア》みたいなファイアー・バードでドラゴンをサポートしてくる。チャージャーで伸ばしてるから、出て来る可能性は低い気がするけど、場に残してドラゴンを連打されるときつい……一応除去札になるし、《勇愛の天秤》は持っとこうかな。それで、《勇愛の天秤》をキープするなら、余ったマナで使うことになるだろうから……)
暁の行動を予測しつつ、そこから逆算して、一騎はこのターンの手を決める。
「3マナでもう一度、《フェアリーの火の子祭》を唱えるよ!」
一騎が選んだのは加速。このターンは動きづらいとはいえ、《ロイヤル・アイラ》で入れ替えるほど手札は悪くない。除去札として《勇愛に天秤》を唱えることを考慮しキープするなら、マナが余りやすいように増やしておく必要もあったので、《火の子祭》を唱える。
山札の上から二枚を見る。捲られたのは、《次元龍覇 グレンモルト「覇」》と《焦土と開拓の天変》。
「《焦土と開拓の天変》をマナに置くよ。火のカードがマナに置かれたから、《火の子祭》を手札に戻す」
「その連続ブースト、やっぱり強いなぁ……」
「俺はターン終了だよ」
結局、一騎がこのターンにしたのはマナを伸ばすことだけだが、この後のターンのことも考えると、この一手にも大きな意味がある。手札に《火の子祭》がある限り、一騎のマナはいくらでも伸びる余地があるのだ。大量のマナがあれば、ドラグナーを筆頭に、一騎の強力なクリーチャーが大群となって襲い掛かってくる。そうなれば勝ち目は薄いだろう。
しかしそれは、マナを多く溜めるために、相応の時間を費やさなければいけないということだ。暁のクリーチャーを無視して、悠長にマナを溜める余裕が、果たして一騎にあるのだろうか。
「んー、まあでも、《スコッチ・フィディック》とか出されなくてよかったかな。殴り返されやすくなる《龍王武陣 —闘魂モード—》がちょっと面倒だしね」
暁の思考は完全に攻撃一本に絞られており、攻めの姿勢を崩さない。マナを溜められて辛いのなら、その隙を与えなければいいだけ。そのためには、とにかく攻め続けるのだ。
「クリーチャーも生き残ったし、このまま攻めるよ!」
恋と浬の対戦。
互いにシールドは五枚。
恋の場にはなにもなく、空撃ちした《エンジェル・フェザー》と《ジャスティス・プラン》で手札補充をしている。
一方、浬の場には《龍覇 メタルアベンジャー》と《龍波動空母 エビデゴラス》が並んでいる。序盤の《連唱 ハルカス・ドロー》で手札を整え、《ブレイン・チャージャー》から上手く6マナ域へと繋いでいる。
「この流れ、デジャヴ……あの人と同じことしても、メガネじゃ私には勝てない……」
「別に意識してるわけじゃねえよ。ただ、お前にはこれが効くだろうと思っているだけだ」
「ふぅん……あっそ」
自分から振ったわりに、素っ気なく返す恋。この勝手さには神経を逆なでされる。
「私のターン……《音感の精霊龍 エメラルーダ》を召喚……手札とシールドを、交換……ターン終了」
恋はまだ動かない。序盤で手札補充をしていたので、このシールドへの仕込みを含め、次のターンが怖いところだが、
「俺のターン……さて、攻めるか」
浬はここで。攻めに出る。
「《理英雄 デカルトQ》を召喚! マナ武装7で、カードを五枚ドロー! さらに手札を一枚、シールドと入れ替える」
前のターンの恋と同じように、手札とシールドのカードを入れ替える浬。しかしこの《デカルトQ》の目的は防御ではなく、攻撃だ。
「このドローで、俺はこのターン、カードを五枚以上引いたため、《エビデゴラス》の龍解条件成立! 龍解! 《最終龍理 Q.E.D.+》!」
「出た……理数系龍型置きドロソ……厄介……」
《Q.E.D.+》はドローを加速させる《エビデゴラス》の上位能力を持つ。山札の上から五枚をサーチしたうえで追加ドローが可能なので、狙ったカードを引き入れやすいのだ。
それだけなく、味方の水ドラゴンにアンブロッカブルも付与するため、恋の固めた守りもすり抜けられてしまう。
そしてとどめのように龍回避の能力を持ち、除去耐性が異常に高いため、除去の弱い光では倒すことが困難だ。
以上の理由から、恋にとっては非常に辛いクリーチャーであると言えるだろう。
「《Q.E.D.+》でWブレイクだ!」
「ここで殴る……? トリガー……なし」
浬のデッキは水単色のコントロール。いつもなら盤面を制圧し、打点を揃えてから殴るところだが、今回は龍解してすぐに殴ってきた。
トリガー警戒で、先に潰しておく魂胆かとも思ったが、狙ったのは《エメラルーダ》で入れ替えていないシールド。狙いが読めない。
「……まあ、いいか。私は、私のデュエマをするだけ……6マナ、呪文……」
浬の考えが読めないが、恋は恋で、自分のやりかたを貫く。
このターンでやっと6マナ溜まったので、遂にあの呪文を唱えられる。
「呪文……《ヘブンズ・ゲート》」
「来るか……!」
遂に唱えられた、恋のキーカード。天国の門が開かれ、手札から二体のブロッカーが場に現れる。
「一体目……《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》……そして二体目……《龍覇 エバーローズ》をバトルゾーンに……」
「《ラ・ローゼ・ブルエ》……それに、《エバーローズ》。ドラグナーが来るってことは……!」
「《エバーローズ》の能力発動……コスト4以下の光のドラグハートを呼び出す……来て」
天国の門から現れた二体のブロッカー。《ラ・ローゼ・ブルエ》は厄介だが、それ以上に浬にとって辛いのは、《エバーローズ》だった。
より正確に言うならば、《エバーローズ》が呼び出すだろう、光の武器だ。
浬の予想を裏切ることなく、恋は一本の完璧な槍を、《エバーローズ》に持たせた。
「——《不滅槍 パーフェクト》……《エバーローズ》に装備」
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