二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 118話「『蜂』」 ( No.364 )
- 日時: 2016/04/17 18:22
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
花弁が散るようにして、神話空間が閉じる。
《メイプル》に抱かれた柚は、舞う花びらを背景に、後ろ向きに倒れた。
「——ゆずっ!」
空を仰ぐようにして、柚は仰向けになって倒れる。《メイプル》はプルへと戻り、暁と共に柚へと駆け寄る。
彼女は恐らく気を失っている。最後の攻撃で、彼女の異常が消え、元の彼女に戻ったのかどうかは分からないが、どうあろうと柚は暁の大事な親友だ。倒れ込んで、心配しないわけがなかった。
暁は柚へと呼びかけ、倒れた彼女の元に駆けつける。そして、腕を伸ばして彼女の肩を掴み、揺さぶろうとした。
「ゆず! 大丈夫、ゆず——」
みしり
嫌な音が響いた。不快感を催す音が、鼓膜を震わせる。
恐る恐る覗き込むと、暁の顔から、サァッと血の気が引いていく。
「ゆ、ゆず……?」
はだけた白衣から覗く柚の胸が、縦に裂かれたように、くっぱりと割れている。みしみしと、その裂け目は広がっていく。
奇妙なことに、血は一滴も流れていない。その中にある臓物もなく、ただただそこには、暗い深淵が渦巻いていた。
その時。
柚の胸から、なにかが突き出した。
やや湾曲している、鋭い針のようなもの。ぐぐぐ、と小刻みに震えており、胎児が生まれてくるかのように、裂け目をさらに広げながら、それは外へと出ようとしていた。
蛹が割れて蝶が羽ばたくように、殻を破って蝉が飛び立つように、虫の脱皮の如く、柚という身体から、這い出てくる。
やがて針だけでなく、その奥にも眠るものが、飛び出した。
「——ガジュマル! 戻ってこいや!」
それは、素早く外へと飛び出すと、なにか叫んだ。すると瞬く間に、巨大な人影がどこからともなく現れ、小さな揺れを起こしながら大地を踏みしめる。巨人の如き威圧感を纏う男だった。そして、それはその男の肩あたりに己の針を突き刺す。すると、それはずるずると男の中へと入り込んでいく。男は前傾姿勢気味になっているが、やはり血は流れていない。体に歪な膨らみもなければ、傷もない。なにかが男の中に入り込んだ、それだけだった。
一瞬の出来事だった。
目線をどこに向ければいいのか。倒れている柚か、柚の身体から男の身体に移った謎のなにかか、それとも男にか。
「ゆ、ゆず……!」
とりあえず暁は、柚へと振り返った。しかしそこには、胸を穿たれ裂かれた柚の姿はない。血は流れておらず、真っ暗な深淵が広がってもいない。ぱっくりと開かれた胸は、塞がっている。
なにが起こったのか、まるで理解できない。
困惑と混乱を極め、一同が唖然としていると、また、みしみしという不快な音が響いてきた。
「かー、畜生! 追い出されちまったなぁ」
ノイズが混じったような、ざらつきのある声が聞こえる。鼓膜にヤスリをかけたかのような、ざらざらとした感覚が脳に響く。
その直後。
男の肩がぱっくりと割れる。そしてその中から、奇妙ななにかが、這い出てきた。
「な、なに、これ……!?」
それがなにか、暁には分からなかった。それでもあえて、自分の知っているものでたとえるならば、“虫”だ。
それも、奇妙で、醜悪で、巨大な虫。がさつで性格的に男っぽいところがあり、普通の虫程度ならなんとも思わない暁だが、これには流石に生理的嫌悪感を催す。
それ以上に、本能的な恐怖を刺激する、おぞましさがあった。
二つの眼の中にはさらに大量の眼が見える。額からはかくんと折れ曲がった触覚。口らしき部位には、鋭利な刃物のような大顎が一対ある。退色は黄色っぽいが、そこに深い緑色が混ざり、混沌とした色合いを演出する。首周りの体毛は白いが、同時に黒ずんでおり、背中から生える一対の羽は、赤と青が混ざらないまま、斑に色が這っている。
その虫は、男の肩をぱっくりと割り開いた状態で、恐らく全身の半分ほどを外気に晒していた。時折、羽が振動し、不快な羽音を奏でている。
「あーあー、やっぱ赤いのはどぎついわ。無理矢理、力ずくで引っこ抜かれちまった。繊細な緑には辛いなぁ」
その虫は、ざらついた声で、しかしそれでいてやたら陽気に言葉を発する。
怪物が人の言葉を喋った。正にその感覚を味わう。
「なんなんだ、こいつは……!」
「……きもちわるい……」
後ずさる浬に、視線を逸らす恋。二人からしても、目の前の怪物には少なくない嫌悪感を抱いているようだ。
同じように不快感を覚えているはずだが、沙弓が一歩前に出た。
「あなたは何者? クリーチャー、なのかしら」
「あーん?」
複眼でこちらを見つめる。瞳がないので、感情というものが読みとりづらい。
虫はカチカチと顎を鳴らして、なにを言うのか考えているのか、首を捻る。
「俺は、そうだなぁ……『蜂』とでも呼んでくれや」
「『蜂』……?」
「おうよ」
『蜂』、と名乗る奇妙な虫は、またカチカチと顎を鳴らした。同時に笑い声をあげる。
愉快そうに笑っているが、暁たちの目は、まったく笑っていなかった。
「……名前なんてどうでもいい。ゆずに、なにしたの?」
「なにした、か。そんな難しいことはしとらんよ? “寄生”しただけだから」
「寄生……?」
寄生。
宿主と呼ばれる、ある生き物の体内外に侵入し、一方的にエネルギーとなりえるものを収奪する行為。ものによっては、宿主の身体を支配することすらも可能だ。
それを行う、虫。
即ち、寄生虫だ。
「俺はちーっとばかし特殊でなぁ。単独じゃ動けないんよ。俺は寄生する宿主がいないと死んじまうんだ。だから今もこうして、こいつに寄生してる。な、ガジュマル?」
「仰る通りで」
ガジュマルと呼ばれた大男が答える。
しかし暁たちが聞きたいのはそんなことではない。
「なんで、ゆずに……!」
「なんで? その方が効率的だと思ったからに決まってんだろ。たぶんもう気づいているだろうけどよ、俺の目的はお前らの持つ英雄の“力”だ。それを搾取するためには、とりあえずお前らを力ずくで屈服させるのが手っとり早い。そのためにはどうする? 仲間の身体を借りてお前らに近づけばいいんじゃね? と思ったわけよ。さらに言えば、今回ターゲットにした柚ちゃんは、自然に魅せられ、自然を魅せる、自然文明の力の行使者だ。色的に、俺とは相性よさげだったのよ。んで実際に寄生してみると、マジでびっくり、もうめちゃくちゃシンクロしてて、このまま身体をもらっちゃおうかと思ったわ。というか、もらうつもりだったね。若い、というか幼いけど、種の雌としては十分に発育してるし、そーゆー楽しみもできそ——」
饒舌に語る『蜂』。陽気な口調からして、見た目とはまるで似つかないが、そういう性格なのだろう。
だが、そのふざけた態度が、怒りの火を点ける。
『蜂』がその口を塞いだ時。暁の手は硬く握られ、突き出されていた。
ガジュマルと呼ばれた大男が、暁の拳を静かに受け止めている。
「そんな理由で、ゆずを……!」
「おいおい、太陽の嬢ちゃん。そうムキになんなや。お前のせいで失敗したんだしよぉ。それに、人間の女の子がそんな暴力的になりなさんな。どうせ非力なんだから。それに、あんま舐めたことしてっと——」
スッ、と『蜂』の声のトーンが低くなった。
ヤスリのようにざらついた声は、刃物の如き鋭いものへと変質する。
「——お前にも寄生すんぞ」
「っ!」
その言葉に、暁は思わず跳び退る。本能が危険信号を出した。ほぼ反射による行動だった。
目を見開き、早鐘を打つ胸の鼓動を聞く。
「なーんて、うそうそ! さっきも言ったけど、お前きついわ。赤とはわりと友好的なつもりだけど、お前みたいながさつで乱暴な奴に寄生しても、中で喧嘩するだけで、全然上手いこといかんもん。誰がお前なんかに寄生してやるかよ」
そんな暁を見て、『蜂』の語り口はまた陽気なそれへと戻る。
先ほどの言葉と、今の言葉。どちらもどこまで本気なのかは分からないが、目の前の存在が、語る以上に危険な存在だということだけは、理解した。
「……ねぇ、聞いてもいいかしら」
「んー? なんだ、月影の姉ちゃん」
「あなたたちの目的はなに? 英雄の力を集めて、どうするつもりなの?」
『蜂』に問う沙弓。
今回の一件。柚に寄生した『蜂』は、英雄の力を集めるという目的があった。
しかしそれは、あくまでも、“最終目標”を達するための手段でしかないだろう。
力とは、基本的には目的ではなく手段だ。求道者のような人物であれば、力そのものが目的ともなり得るが、目の前の怪物がそうであるとは到底思えない。
だから彼の目指す、最終的な目的とはなんなのか。
柚に寄生し、英雄の力を収集することで、彼はなにを成し遂げたいのか。
それを問う。
すると『蜂』は、ニタァ、っと口元を動かした。
「よくぞ聞いてくれました、だな。別に聞かれなかったら言うつもりはなかったけど、できることなら言っておきたかったってのはあるかんな」
嬉しいのかなんなのか、カチカチと顎を鳴らして、ケラケラと笑う。その笑い声は、『蜂』にとっては愉快なのかもしれないが、こちらからすれば、不愉快極まりなかった。
そうして『蜂』は、ざらつく声で、自らを語る。
「俺たち、【蜂群崩壊症候群】っつー集団なのよ。この世界(コロニー)からすべての命を消失させ、空っぽの巣にする……そんな夢を見てるのさ」
「い、命を、消失……!?」
気取った風に言い切る『蜂』。やはり口ぶりはどことなくおどけていたが、しかし、その内容は聞き流せるようなものではなかった。
「この世界のクリーチャーを、すべて消し去ろうってのか?」
「ピーンポーン! ま、そーゆーこっちゃ。分かりやすくていいだろ?」
まるでなんでもないように言う『蜂』。それが遊びだとでも思っているのか。
予想を遥かに上回っていた。今まで出会ったどの連中とも違う。決定的に、致命的に、狂っている。
その狂いっぷりに、まだ思考が追いつかない。
今度は一騎が問うように前に出た。
「君もクリーチャーなんじゃないの? それなのに、同じクリーチャーを滅ぼそうだなんて……」
「同じクリーチャー、ねぇ。まあ確かに? 俺はクリーチャーだが、同じにされると困るんやよなぁ」
「どういうこと?」
「さーなー? そこまで言ってやるつもりはねーよ。別に面白くもなんともねーし」
急に不機嫌そうになり、『蜂』は口を尖らせる。
これ以上はなにも言わないとでも言わんばかりに、顎も鳴らさない。
「ま、そんなわけで、今日はもう帰るわ。やることやったし、柚ちゃんは取り返されちったし。じゃーなー」
そう言うと『蜂』は、カチン、と顎を鳴らす。それが合図なのか、肩を『蜂』に寄生されたまま、ガジュマルは踵を返した。
本当に、これで去るつもりらしい。
「な……ま、待て——」
「暁!」
『蜂』を追おうとする暁を、沙弓は呼び止めた。
「深追いは禁物よ。あなたもボロボロでしょう?」
「部長、でも……」
「あいつはヤバいわ。手負いの状態で相手にしたら、絶対に痛い目を見る。そうでなくても危険な匂いがするわ……だから、今は堪えて」
「……分かったよ」
沙弓の強い制止で、暁は足を止めた。
去りゆく『蜂』たちを眺めるだけの暁たち。しかし、ふと、ガジュマルが足を止めた。
そして、首だけで振り返る。
「……語り手ども」
今まで自発的に口を開くことのなかったガジュマルが、初めて自分から言葉を発した瞬間だった。
彼は重苦しい声で、語りかける。
「いつの日か、手前らと刃を交える時も来るだろう。だが俺は、たとえ同類相手であったとしても、容赦はせんぞ」
ずしりと。
彼の言葉は、重力を持っているかのように、不思議と重くのしかかる。
「ガジュマル! 行くぞ」
「……御意」
『蜂』に促されて、ガジュマルは口を閉ざす。捻った首を正面に向け、そのまま歩を進める。
ほどなくして、二人の姿は、森の闇へと消え去った。
- 119話「語り手の足音」 ( No.365 )
- 日時: 2016/04/17 22:05
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
しばらくの間、一同は取り残される。
やがて口を開いたのは、暁だった。
「……同類、って?」
「まさか、あいつも語り手なのか?」
ガジュマルは確かに、語り手ども、と言った。同時に、同類相手でも容赦はしない、とも。
それはつまり、語り手に向けられた言葉ということ。語り手を相手に、同類と呼ぶ。その二つの言葉から推察されるのは、ガジュマルが語り手であるという可能性だった。
彼は語り手なのだろうか。
「分かりません。ですが、私たちに近いなにかを感じる気はします……でも、とても大きな力です。私たちよりも、ずっと」
「大きな力? ライみたいなものかしら」
「いや、あいつよりもさらにデカい。あれは、単なる語り手の器じゃないぞ」
「それにボクら語り手は、この世界外の生命体による手を借りないと、目覚めることはできない。この世界のクリーチャーが、封印を解けるはずがないよ」
ライのような例外も存在していたが、他にもそのような例外が存在していたのか。
それとも語り手ではないなにかとして、彼は同類と呼んだのか。
はたまた別の力が作用しているのか。
真実は分からない。
だが今は、それを考えるよりも先に、すべきことがある。
「あ、そうだ……ゆず!」
再び暁はゆずへと駆け寄る。他の面々も後に続いた。
『蜂』は彼女から出て行った。割り開かれた胸も元に戻っているし、流血もない。身体は綺麗なままに見える。
柚の異常の正体である『蜂』は消えたので、柚はもう元に戻っているはずだ。しかし、寄生されたことによって、彼女になにかしらの影響が出ていないとも限らない。
「ゆず! ゆず! 起きて! ねぇ、ゆず!」
まずは意識を戻さなければ、と暁は柚の小さな肩を揺さぶる。
しばらく揺すっていると、柚の瞼が小さく動く。そして、彼女目がゆっくりと開かれた。
「……あきら、ちゃん……?」
「ゆず、よかった……!」
暁は目を覚ました柚を抱きしめる。
確かな温もりを感じる。身体に傷もない。
しかし暁の背中から、すすり泣くような声が聞こえる。肩にも湿り気を感じた。
柚の、声だ。
「あきらちゃん、わたし……ごめん、なさい……」
「いいんだよ、ゆずは悪くない。悪いのは、全部あいつだよ」
泣きながら謝る柚の背中を、暁はぽんぽんと優しく叩く。
だが柚は、悲しそうに紡ぎ続ける。
「わたし、あせっちゃいました……プルさんが神話継承して、もっと強くなれると思って……もっとがんばれるんだって思ったら、さっきの蜂さんが来て……」
強さを求める。その“欲”に付け込まれ、寄生された。
強くなりたいと強く願ったからこそ、彼女の欲望は大きく強くなった。
強大な欲こそが、彼の餌だったのだろう。餌を求めてきた『蜂』に干渉され、己の欲を抑えきれず、寄生を許してしまった。
それが、彼女の“弱さ”だった。
「わたし、またあきらちゃんに迷惑をかけて……いつまでも、変わんないです……がんばろうとしても、ぜんぜんダメで、わたし一人じゃ、弱いままで……」
「ゆず。いいんだよ、無理しなくても」
ギュッと。
暁は、より強く柚を抱きしめる。
「弱いからなにさ。一人で強くなれないなら、一緒に強くなればいいじゃん。私たちは、昔からそうだったでしょ?」
小学生のあの時。初めて出会ったあの時。
あの時から、二人は一緒に歩き出した。
そして、これからも。
「一人で突っ走って強くなろうとしないでさ、一緒に頑張ろうよ。ね、ゆず」
「あきらちゃん……」
「それに今は、友達もたくさんいるんだから」
そう言って暁は、仲間たちを見回す。
浬、沙弓、恋、一騎。皆、共に強くなれる仲間だ。
「私はしょっちゅう周りが見えなくなっちゃうけど、それでも、ゆずのことは見失わないし、見失いたくない」
だから——
ふっ、と悲しげな声をあげる暁。彼女も目尻から雫を流し、訴えるように、より強く柚を抱きしめた。
「もう、一人でどこかに行かないで……!」
それは彼女の懇願だった。
涙を流すほどに大切な親友への願いだ。
「あきらちゃん……はい、ごめんなさい……」
柚も暁の身体を抱く。
互いに涙を流し、抱きしめ合う。そこでは二人の友としての情が渦巻いていた。
何者も入り込めない二人だけの聖域を築く暁と柚。
だが、その聖域を容易く打ち砕く、“彼”が現れた。
「皆……ここにいたか」
ドサッ、と。着地したというより、墜落したと表現した方が正しいと思われるくらい、自由落下気味に、誰かが降りてきた。
その姿を見て、一同は目を見開く。
それは、リュンだった。
こちらの世界に来て早々、どこかへと消えてしまったリュン。今の今までどこにいたのか分からないが、彼の着衣は酷く乱れており、体のところどころに傷も見受けられる。
加えて彼は、息を切らし、目を血走らせ、どこか焦っているようだった。
「リュン!? ど、どうしたの? なんか、ボロボロ——」
「説明は後だ! “連中”が追って来る前に、戻るよ!」
暁の言葉も遮り、切羽詰った様子で叫ぶリュン。
彼は握りしめた端末を手早く操作すると、息もつかせぬ勢いで転送を開始する。
なにもかもが瞬間的だった。
なにかを問うことも、尋ねることも、考えることもできないまま。
暁たちは、地球へと帰っていった。
「……反応、消えたよ。あっちの世界に逃げられたね」
セミロングの金髪に、キャスケット帽を被った少女が、手にした端末を見ながら、呟くように言った。
すると、横から荒っぽい声が飛ぶ。
「なんか胡散くせーな。本当にあいつの居場所とかわかんのかよ?」
「分かるよ。だって、あれ作ったのあたしだし。正確には、座標設定できるようにしたり、調整しただけだけど」
付けられた因縁を軽く躱す少女。なにを言われても、彼女は飄々と受け流す。
また別の方向から、今度は幼げな言葉が聞こえてくる。
「こっちからあっちに移動することはできないの?」
「無理じゃないけど、座標が分かんないからなー。あ、でも、向こうがこっちに来るタイミングは、ある程度分かるよ」
そう言うと、また別の方向から、不気味な高い声が響く。
「そぅなんですかぁ……さすがですねぇ」
「どういう理屈だ?」
「君らに説明して分かるかな? あっちとこっちの距離は光年単位で離れてて、転送速度は光を越える。光を超えるってことは、時間の感覚もあたしたちが知覚しているものとはかけ離れるから、結果としてこっちとあっちの間で時差が発生する。その時差が発生する時間内で、転送の際に起こる歪みを認識して、その歪みから空間の物質把握を介することで——」
「あー、もういい! そんな小難しい話を聞いてると、頭が痛くなる」
荒っぽい声の主は、頭を振って少女の言葉を払い除ける。理屈っぽい話は苦手なのだろうか。
少女はふぅと息を吐く。
一同は立ち止まっていた。ターゲットに逃げられたから、これ以上の追跡が不可能だから、すべきことを見失っていた。
いや違う。まだだ。
さっき自分で言ったではないか。向こうが現れるタイミングは分かる、と。
そんな少女の考えと同調したかのように、後方から、最も重く響く声が聞こえてくる。
「理屈などはどうでもよいが、奴のこちらの世界への侵入のタイミングは分かるのだな? ならば、次に奴がこちらの世界に現れるまで、準備をしておこう。奇襲をかける」
その言葉に、一同は頷く。少女も同じような頷いた。
しかし彼は少女の方に向いた。他の誰でもない、少女にだけだ。
なにか失態を犯した、などということはないだろう。その点では安心だが、なにを言われるのかは概ね見当がついていたので、軽い気怠さがあった。
頭の中で自分に言われることを再生しながら、少女は彼の言葉に耳を傾ける。
「そのためにも、奴がこちらの世界に来るタイミングを掴む必要がある。それについては任せたぞ——」
そして彼女の名を呼ぶ。
誇り高き“あの人”に名づけられた、自分の名を。
「——ウルカ」
断ることはできなかった。
自分のためにも、あの人のためにも。
気は進まないが、やるしかない。
そんな相反しかけた思いで、返事をする。
「……はーい」
- 119話「語り手の足音」 ( No.366 )
- 日時: 2016/04/24 05:04
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
時は遡り、柚が『蜂』に寄生された頃。
リュンは一人で、“ゼロ文明領”へと足を運んでいた。
十二神話のトップ。《支配神話》及び《生誕神話》の統治国家。
今はすべての統治を失い、亡国となったゼロの領地だ。
朽ちゆく城へと足を踏み入れ、リュンは奥へ奥へと入り込む。
ゼロ文明領は、十二神話を束ねる《支配神話》、《支配神話》を補佐する《生誕神話》の居城がある。ゆえにこの場所が、十二神話における集会場となっていた。
ひび割れた廊下を歩き、崩れた壁の穴を潜り、リュンは一つの部屋に辿り着く。
集会場とされていた、会議室だ。この中で行われていた十二神話の会合が、この世界における最高決定機関だった。
今は、なにも決まらない、なにもない場所だが。
リュンは扉を押し開ける。ギギギ、と今にも壊れそうな音を鳴らして、扉は開く。
「…………」
中に入り、ぐるりと部屋の中を目で見渡すリュン。
そんな彼に、一人の声が響く。
「ようこそ」
リュンは動く眼球を、一点に定めた。
部屋の中央に設置されている、朽ちかけた長机。その最奥——《支配神話》と《生誕神話》の席——その左側に、彼は座していた。
「今はだけは歓迎しておこう、オリュンポス」
「……君か」
「私を知っているのか?」
「一応ね。君は、はぐれ神話の中でも有名だから。自覚はないかい? クロノス」
クロノス、とリュンは彼の名を呼ぶ。
まだら模様のように黒いラインが引かれた、長い銀髪。
修道士のような白いローブを纏い、服の所々から、金の鎖が伸び、垂れ下がっている。
クロノスは三白眼の鋭い眼差しで、睨むようにリュンを見つめている。
しかしリュンは彼の目など気にすることなく、むしろ長机のサイドに座っている者たちに目を向ける。
右側に五人、左側に五人座っている。
ほぼ全員が初めて見る顔なので、リュンは流すように目線を動かす。
だが、ただ一人だけ、リュンは目を止める。
「ウルカさん……」
「や」
彼女は軽く手を上げて応える。
セミロングの金髪にキャスケット帽の少女。ピースタウンの工房の主であるウルカが、座していた。
「ピースタウンの工房から忽然と消え去ったって聞いたので、心配しましたよ。こんなところにいたんですね」
「まーね」
「どうしてですか? あなたはこんな場所に座るような性格じゃないでしょう? 誰かにつくような理由も、あなたにはないはず」
「果たして本当のそう思うか?」
クロノスが口を挟む。
リュンはウルカから目線を外して、長い机越しに、クロノスと相対する。
「ここに座す者たちはすべて、私の目的、意向に沿って集ったのだ。理由がないという物言いは、貴様の思い込みでしかない」
「君の目的、か。じゃあ聞こうか、クロノス。君の、君たちの目的とは、なんだ?」
リュンに問われるクロノス。
彼は間を置かず、当然の事実であるかのように、堂々と答えた。
自分たちの、目的を。
「新たな十二神話を創り出すことだ」
その言葉に、リュンは不可解だと言うように、顔をしかめる。
「新たな十二神話を創り出す、だって?」
「そうだ」
「それで、これだけの数を集めたのか」
「ただ数を集めたわけではない。彼らは皆、“語り手”だ」
「……へぇ」
クロノスから視線を外して、意外そうな素振りを装って見せるリュン。
(まあ、ウルカさんがいるし、氷麗さんの情報もあったから、概ね予想通りだけど)
リュンはそんなことを胸中で呟く。
語り手。それは、過去にこの世界に存在した、“神話”と呼ばれるクリーチャーの後継者だ。
それが、この場に集っていると、クロノスは言うのだ。
「そう、十二神話のシステムを受け継ぎ、新たな十二神話となるために、我々【十二新話】は集ったのだ。新時代の語り手としてな」
システムはそのまま受け入れ、過去の神話は切り捨てる。
それこそが、【十二新話】という集団だ。
そのことを理解しつつ、リュンはふと気になったことを口にする。
「十二神話って言うけどさ、君たちは十一人しかいないじゃないか」
見れば座している者は、右側五人、左側五人、奥にクロノス一人の、十一人しかいない。
十二神話は十二柱の神話がいてこそ成り立つ。数が足りなければ、機能しないはずだ。
「私の隣に座るはずの者は欠番でな。今はここにはいない」
リュンの言葉を軽く流して、クロノスは続けた。
「それはともかく。私は十二神話の体制を肯定する。各文明、二つの柱による神々が、それぞれの文明を治めるというシステムは、あらゆる面で見て有効だと考える」
中央集権ではなく地方分権による統制は、各文明の反発に対する負担を軽減し、各文明の特色も殺すことがない。
すべての文明がそれぞれの生き方を体現でき、その上で調和と安定の統治がもたらされる。
それが、十二神話のシステムだ。
「しかし同時に、十二神話は過去の遺物であり、この世界に混乱と騒乱を招いた元凶だ」
「十二神話を肯定するとか言っておきながら、直後にその言い分。矛盾しているよ」
「いいや、矛盾ではない。私が認めるのは、あくまで十二神話という“システム”だ。かつての十二神話として選ばれた者共は、否定する。奴らの意志も、遺志も、すべてな」
それはつまり、今、リュンがこの世界に導いている人間と、彼ら彼女らが従える語り手たちの存在を、否定するということ。
リュンが今までなしてきたことすべての否定だ。
「考えてもみろ。なぜこの世界の統治が崩れた? マナの枯渇か? 神話戦争か? 確かにそれも大きな要因の一つだ。しかし、それらの元を辿れば、それは十二神話が無能であったからだ」
「…………」
「十二神話の者共に、より大きな力があり、よりこの世界のために尽力していたならば、この世界は今も統治され、繁栄していたことだろう」
しかし、とクロノスは力強く、過去の神話を糾弾する。
「今の現実を見よ。各文明の領土は荒れ果て、クリーチャー同士は無意味に争う。新たな統治の奪い合いが起こり、野蛮な勢力も増えた。すべては十二神話の失態が招いたことだ。私は、私たちは、十二神話のシステムに則り、新たな十二神話として、奴らの間違いを修正する」
——『十二新話』として集った、この語り手たちで。
はっきりと言い放つクロノス。
少し間を置くと彼は、口元を少しだけ緩める。
「そこでだ、オリュンポス」
突然、クロノスは声の調子を変えて、リュンに呼びかけた。
「私は貴様の有能さを理解しているつもりだ。かつての神話に最も近い者——その肩書きこそ信用ならないが、しかしそれは、貴様が十二神話のシステムと最も近かったことと同義」
十二神話は認めないが、システムは認めるというクロノスから見れば、十二神話の意志を果たそうとするリュンは、最大の敵だ。
しかし同時に彼は、今のこの世界において、十二神話のシステムそのものを最もよく知る人物であると言える。
前者の敵対心を抑え込めば、後者のメリットは決して小さくない。クロノスは、そちらに手を伸ばす。
「旧十二神話と、それに縋る旧語り手共を排し、【十二新話】として、我々に協力する気はないか?」
届くはずがないが、クロノスは右手を差し出した。
リュンは彼の手にはまるで目をくれず、彼の座る席の横の、空席に視線を向けた。
「……その空席に、僕を入れるつもりなのかい?」
「それは違う。この席は先約がある。貴様はあくまで、協力者だ。なんだ、そんなに十二神話の椅子が欲しいのか?」
「いらないよ。彼らの座った席は、僕が座るべきじゃない」
だけど、とリュンは鋭い眼でクロノスを睨む。
「君らが座るべき椅子でもないよ」
「……ほぅ」
リュンは今まで隠していた敵愾心を、ここで初めて、露骨に現した。
そのまま彼は、ぶちまけるように言い放つ。
「残念だけど、君の申し出はお断りだ。君らみたいな頭のおかしい連中とつるむ気なんて、さらさらないよ」
リュンの暴言に反応を示す者たちがいたが、クロノスが目で制す。まだ動くな、と言っていた。
それを見てなのか、それとも邪魔が入らなかったからか、リュンはそのまま続ける。
「僕が信じるのは十二神話のシステムなんかじゃない。かつてこの世界を統治した、十二神話の意志だ。彼らの残した遺志にして遺産である語り手、そしてその語り手たちを成長させてくれる皆だ! 新しい十二神話? 笑わせないでくれ。君らに、彼らの後が継げるものか」
絶対にクロノスの考えとは交わらない。そんな強い意志を見せつけるリュン。
クロノスは小さく息を吐く。
期待半分くらいではあった。こうなることも予想していた。そんなことをぶつぶつと呟き、彼は顔を上げた。
「そうか……では」
それは、決心した顔だ。
邪魔なものをすべて排することを決めた目だ。
「交渉決裂だな」
パチン、とクロノスは指を鳴らした。
刹那。
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」
ガァンッ!
下品な笑い声が聞こえたかと思うと、いきなり頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。それも凄まじい力で。
(あ、頭が、割れる……!)
眼球が飛び出しそうだ。それでも必死で目を動かして、自分の頭を掴む手の主を見る。
襤褸のような大きな布を纏っている。顔には布がかけられており、素顔は全く見えない。皺が寄った手は骨ばっているが、にもかかわらずリュンの頭蓋を砕きそうなほどの力を発揮している。
「ぐ……この!」
身体を捻り、腹を思い切り蹴り上げた。壁の方へと吹っ飛び、叩きつけられる。
まだ頭がぐらぐらしている。ゆらゆらと立ち上がると、何者かの気配を感じた。
後ろだ。
ほぼ反射的に肘鉄を繰り出す。みしぃ、とめり込む音と感触が聞こえてきた。
「はぅ……痛いですよぅ……まだなにもしてないのに、酷いですぅ……」
床に伏せる声の主は無視して、とりあえず状況確認をしようと、辺りを見回す。
そうして首を回した瞬間だ。
顔面を殴られた。
「よそ見してんじゃねぇ!」
「が……っ!」
殴られた箇所が燃えるように熱い。
のけぞっている間に、さらにボディに何発か貰う。
これ以上はまずいと思い、最後にアッパー気味の一撃を喰らうと、その勢いに任せて後ろに吹っ飛んだ。
「ぐぅ……」
だがそこに、何者かが飛びかかる。
鋭い爪が肩に食い込む。凶悪な犬歯が、リュンの首筋を噛み千切らんと光る。
「ヤバ……このっ!」
鋭利な牙がリュンの首に到達する前に、リュンはまた蹴り上げる。
そして再び、おぼつかない足取りで立ち上がる。
すると、ぽつり、となにかが顔に当たる。
(なに、水? 雫——)
刹那、じゅわぁっ、と肌に触れた水が泡を吹き出す。
(っ、水じゃない……!)
それは泡を吹き出しながら、リュンの皮膚を焼き、肉を溶かしている。
これは水ではない、酸だ。
見ればリュンの頭上に雨雲ができている。あの雨雲が、酸性の雨を降らせている。
「すぐ反応するから溺れないよ。代わりに、全身焼けただれて死ぬけどね!」
酸性の雨が容赦なく降り注ぎ、周りからも拳や爪が飛び交う。
完全にこちらを殺しにきている。十一人総員でかかられたら、流石にひとたまりもない。
しかし襲い掛かってくるのは、その半数程度だった。
残りの者は座したまま、リュンと彼に飛び掛かる者たちを見つめているだけだ。
「……参戦、しないのね」
「まーね」
「知り合いだから?」
「違うよ。あたしの領分は肉弾戦じゃないから。わざわざあんなとこに首突っ込んでケガしたくないし」
「まったくだな。連中は野蛮だ。歓迎すべきでなくなったとはいえ来客だ。中にいるうちは、それ相応の対応がある」
座している者たちは、彼らを眺めながら言う。
そんな折、囲まれていたリュンが、包囲網から飛び出した。
「逃がすな!」
クロノスが叫ぶ。それに伴い、一斉にこちらに迫ってくる気配を感じた。
リュンは走る。持てる力をすべて出し切って。
ただひたすらに、走る。
扉を蹴破り、崩れた壁を飛び越えて、走る。
「まずいことになったな、これは……!」
多勢に無勢すぎる。一対一なら勝てなくもないが、あれだけの数で袋叩きにされるとなると、流石に分が悪い。
それに、自分の役目は、連中と戦うことではないのだ。
「とりあえず、一刻も早く、このことをみんなに伝えないと……!」
そうして、リュンはゼロ文明領から抜け出した。
それでも連中は追ってくるだろう。撒くまで逃げるか、それとも仲間の下に戻るか。
「氷麗さんには言っておいたし、大丈夫だろうけど……」
少しだけ心配だった。
どうするのかは逃げながら考えるが、そちらに少しだけ比重を置いて、リュンは逃走の中へと、消えて行った——
「とどめだ、《レッドゾーン》——!」
轟くようなエンジン音。あらゆる機構が駆動し、音速を超えた爆音が鳴り響く。
「……散ったか」
拍子抜けだった。
仮にも自分と、自分の率いる『鳳』と双璧を成す『フィストブロウ』のトップであるメラリヴレイムが、こんなにもあっさりやられるとは。
革命の力など、発揮するまでもなく、侵略の力によってねじ伏せた。
それだけだった。
そして、それが真実だ。
「『フィストブロウ』の頭、メラリヴレイム……討ち取ったぞ」
踵を返す。サーキットに投げ出されたレーサーのことなど、気にしていられない。
ゴールを突き抜けたら、次に考えることは、ただ一つ。
次なるレースを——次なる侵略するものを、見定める。
「残るは、こいつの部下の雑魚ども。そいつら全員、轢き殺して——」
この世に存在するすべてを、なにもかも。
「——“侵略”してやる」
- 120話「侵略開始」 ( No.367 )
- 日時: 2016/04/19 00:20
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
皆は困惑していた。
唐突にかけられた召集。定期外に招集がかけられること自体は珍しくないが、『鳳』と『フィストブロウ』の双方に、しかも同時に全体召集がかけられるなど、滅多なことではない。
加えて、召集をかけたのが『鳳』のリーダーであるという点が、『フィストブロウ』の面々に不安を募らせていた。
同盟を結んでいるとはいえ、まだ『鳳』は『鳳』、『フィストブロウ』は『フィストブロウ』と分離しているところが少なくない両者だ。片方のリーダーが召集をかけたからと言って、簡単に腰を上げたりはしない。まずは自分たちのリーダーの意見を仰ぐ。
しかし、当のリーダーがおらず、情報がなにもないとなれば、話は別だった。
「メラリー……どこへ行ってしまったんでしょう」
「さぁな。だが、あいつの姿が見えないこと含め、今回の招集……なにか臭いな」
「なにはともあれ、すべては『鳳』のリーダーの言葉次第かね。その中で、メラリーのこともなにか分かるだろう」
「しんよう、できるか?」
「それは私たちが考えることだよ。“一応”、私たちと彼らとは同盟を組んでいるからね。嘘八百は言わないだろう」
「あくまで、一応、だからな。嘘八百でないとはいえ、七百九十九の虚言には疑ってかかった方がいい。ケッ、情報がねぇと、信用できない奴でも信用しなきゃいけねぇのか。七面倒くせぇ」
『鳳』も、『フィストブロウ』も、大きな共同のホールへと整列する。
人型のクリーチャーが多いが、中には鳥獣のようなクリーチャーや、爬虫類や龍のような姿のクリーチャーも見られる。
整列したクリーチャーの多くが、『鳳』の構成員だった。元々、『フィストブロウ』より『鳳』の方が組織としての規模は大きい。それはひとえに、彼らの所業——生き様そのものが、己を肥大化させるものであるからだ。
他者を貪り、自らをさらに高める、侵略。
その力ゆえに、彼らは巨大化することを止めない。
否、止まらない、と言うべきか。
ホール正面の大きな壇から、音が聞こえてきた。
何者かの、足音だ。
「……来たな。『鳳』の総大将」
「奴さんの言葉をお聞かせ願う時だね。さて、なにが分かるかな?」
「メラリーは……?」
壇に上ったのは、一人だった。
この場にいる誰もが知る人物、『鳳』のリーダー。
音速を超えた、轟速を求める者。
そして、新たな“伝説”の一人だ。
「我らが同胞たち、よくぞ集まってくれた」
壇上に立った『鳳』のリーダーは、一組織のトップとしての威厳からか、いつもとは少しだけ違う口調で告げる。
「長い前置きは不要だ。手短に、素早く終わらせるぞ」
しかしその性質までもは変わらなかった。
「『鳳』の同志たちよ、そして、『フィストブロウ』の者どもよ。よく聞け」
露骨に両者を差別しながらも、だらだらと遅い喋りなどはせず、単刀直入に、言い放つ。
「——メラリヴレイムは死んだ」
ホールに衝撃が走る。
『フィストブロウ』のみならず、『鳳』の者たちも、困惑し、騒然としていた。
そこに、追い打ちをかけるように、続ける。
「『フィストブロウ』のリーダー、メラリヴレイムは、この手で討った」
「そんなこと!」
高い声がホールに響き渡る。
『フィストブロウ』の集団から、一人の女が、食らいつくように声を張り上げていた。
「メラリーが……あの人がそんな簡単に死ぬはずありません! 適当なことを言わないでください!」
「ならばなぜ、奴はこの場に現れない? お前たちも思っただろう。なぜ、自分たちのリーダーは召集をかけないのか、と。そしてメラリヴレイムの姿はどこにもない。だからお前たちは、この場に集まっているのだろう?」
「それは……」
女は言葉を失った。
それを好機と見て、さらに畳み掛ける。
「元々、メラリヴレイムとは——いや、『鳳』と『フィストブロウ』は、相容れない存在だった。お前たちも、それは感じていただろう? メラリヴレイムが死んだ理由はそれだ。奴は『鳳』のやり方に文句をつけてきた。だからこの手で討った。音速を超えた轟速の力で、轢き殺した」
同盟を組んだものの、両者の諍いは絶えなかった。
どちらも生きるために手段は選ばない集団だ。しかし、それでも結果的に手を取り合う『フィストブロウ』と、完全な利己主義に基づいて侵略を繰り返す『鳳』は、どうしても混じり切らなかった。
なによりも、『鳳』の度の過ぎた侵略行為を目に余している『フィストブロウ』の者は、少なくなかったのだ。
だからこそ、遂に両者に亀裂が走り、分断してしまったのだろう。
メラリヴレイムの——『フィストブロウ』のリーダーの、死をもって。
「さぁ、立て! 『鳳』の同胞たち!」
声高らかに叫ぶ。
燃え滾った炉に薪を放り込むように、燃え盛る炎をさらに燃え上がらせ、加速させる。
「今ここに宣言する! 我ら『鳳』は、『フィストブロウ』との同盟を破棄する!」
そして、
「『鳳』に属する者すべてに命じる! 『フィストブロウ』の者どもを——侵略しろ!」
侵略。
それは、『鳳』にとって、呼吸をするに等しいほど、当然である所業。
しかし同時に、それほど重要でもある。
彼らにとって生きることとは、侵略することに他ならない。
侵略の命が下されたということは、ただ一つの事実を意味する。
すべてを侵攻し、略奪し、根絶やしにする。
そのために『鳳』は、動き出す。
『フィストブロウ』の者たちは、周囲を取り囲む『鳳』の視線が、敵意と欲望に満ちたそれになっていることに気付く。
今にも、侵略されてしまいそうな気迫があった。
いや、違う。しまいそう、ではない。
実際に、侵略は始まったのだ。
『鳳』の魔の手が、『フィストブロウ』へと伸びる——
「——てめぇら逃げろ!」
突如、男の叫び声が轟く。
その声に困惑し、立ち止まる者がいれば、反射的に駆け出す者もいた。
侵略行為を受ける者、侵略から逃れる者。ホールは混乱の坩堝へと相成った。
「ルミス、ミリンさん、ウッディ! てめぇらは下っ端ども連れて逃げろ!」
男は近くにいた仲間にも叫んだ。
「ザキ、君はどうするんだい?」
「俺は連中を食い止める。大丈夫だ、死ぬつもりはない。メラリーの馬鹿と同じ轍は踏まねぇよ」
「で、でもザキさん……」
「いいからさっさと行けつってんだろうが! 分かってんのか! 今は非常事態なんだよ! てめぇらはともかく、雑魚どもがいると足手纏いだ!」
「ザキの言う通りだ。ここは彼に任せよう。行こう、ルミス、ウッディ」
「りょうかいだ」
「わ、わかりました……ザキさん、無事でいてくださいね」
「当然だ。俺を誰だと思ってる」
そんな応答を残して、男は仲間たちが消え去るところを、切れ目で見届ける。
その、直後だ。
エンジン音のような荒っぽい声が、鼓膜を震わせる。
「仲間を逃がして盾になるか。随分と余裕ぶっこいてんじゃねーの、ラーザキダルク」
「……『鳳』のリーダー様が、俺のとこに来るかよ。光栄じゃねぇか」
「本当に余裕だな。てめーまさか、『鳳』の侵略者に囲まれて、生きてこのサーキットから出れると思ってんのか?」
「そのまさかだ。あいつらが逃げられるだけの時間を稼いだら、俺も立ち退くつもりだ」
「舐めたことを……分かってんのか? ここにいる『鳳』幹部は、一人じゃないんだぜ?」
そう言われた、刹那。
男の左足を、なにかが貫いた。
「っ、狙撃……!?」
太腿から血が滲む。完全に貫通しているようだが、傷自体は小さい。この程度なら、走行にもそこまで支障はなさそうだった。
しかし、今度はなにかが足元に転がってきた。
サイコロだ。この騒乱の場に似つかわしくないものだが、男はこれがなにかを知っている。
この距離では避けるのは無理だ。ならばと、腕を顔の前で交差させる。
そして直後、サイコロが爆ぜた。
「ぐ……っ!」
それほど大きな爆発ではない。爆風を受けて吹き飛ばされそうになるも、堪えられた。
だが、彼らの侵略は、こんな程度で終わるはずがなかった。
「おらおら、ボサッとしてんじゃねーぞ!」
「ちぃ……!」
次は拳だ。一発一発が異常に速い正拳突きが連打される。
これも避けられず、腕を交差させたままで受ける。
「はぁ、はぁ……!」
「もう息があがってんじゃねーか! そんなんで持ちこたえられるのか!? あぁ!?」
ラッシュが終わると蹴り飛ばされた。
堪え切れずに吹っ飛ばされたが、なんとか空中で身を翻して、着地に成功する。
それでも間髪入れずに、矢が飛び、コインが爆発し、襲い掛かる。
『鳳』の侵略を耐え凌ぎながら、男は願うように、吐き捨てた。
ここから逃げ去った仲間へ向けて。
「絶対に死ぬんじゃねぇぞ、てめぇら……!」
この日が、『鳳』と『フィストブロウ』の決別の日だった。
生き残った『フィストブロウ』は皆バラバラとなり、『鳳』に狙われ、追われ、襲われる日々を過ごすことになる。
それでも彼らは、必死で生きようとしていた。
いつか必ず起こる、“革命”を夢見て——
- 121話「十二新話」 ( No.368 )
- 日時: 2016/04/24 18:57
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
「今まで使えなかったものが使えるようになることって、あるのかな?」
夏も終わりが近づく頃。遊戯部の面々は、烏ヶ森との合同合宿も終え、主な活動が夏休み明けにある文化祭のみとなった。
そんな遊戯部の部室。四人の部員が集う中、暁は唐突に言い出した。
「どういうことですか?」
真っ先に返したのは柚だった。沙弓と浬は、急にこいつはなにを言いだしたんだ、頭は大丈夫なのか、というようなことを思いつつ言葉を探していた。
二人が適当な言葉を見つけるより前に、暁が続ける。
「昔、お兄ちゃんからもらったカードがあるんだけどね。今日、急に返せとか言ったんだよ」
「ゆーひさんが、ですか?」
「そうそう。お兄ちゃんにしては珍しいなー、とか思ってたんだけど、それ、すっごく強いカードで、もらった時はすごい嬉しかったんだ。だけど、それでデッキ組んで大会に出ようとしたら、出られなくって」
「使用に制限がかかってるカードだったのね」
「そうなんだよ! それで、だまされたー! って、その後ケンカして……思い出すだけでも腹立つよ」
愚痴っぽく吐き捨てる暁。いつも能天気で明るいところを見せているだけあって、今のような不機嫌そうな言動は、些か珍しかった。
「要するに、使えないカードを押しつけられたんだな。だがそれを、今になって返却を求めるものか?」
「なんか使えるようになったとか、シークレットだから手に入らないとか、よく分かんないこと言ってたけど、ムカつくから返してあげなかった」
「あ、あきらちゃん……それは、ゆーひさんがかわいそうですよ……」
「どこが! だまされた私の方が可哀そうじゃない!? しかも今になって返せとかないよ。使えるとかどーとかもう関係ないね! お兄ちゃんには絶対返さない。デッキケースの空いたスペースにしまったから、もうお兄ちゃんの手には届かないし」
「変なところでムキになるわね、この子は」
いや、というよりも。
兄が絡むと、か。
「で、なんだったか。使えなかったものが使えるようになる、か?」
「うん。そーゆーのって、デュエマであるの?」
「デュエマで使えないカードって言うと、殿堂やプレミアム殿堂ね。要するに制限や禁止カードだけど、デュエマだとそれが解除される例はなかったわね」
大抵の場合は、強すぎたために完全に封印されるか、調整版のカードが出て、リペアとされるパターンが多い。
「でも他のカードゲームなら、制限解除、禁止解除はあるわね。遊戯王とかしょっちゅうそんなことがあるから、常にチェックしてないと大変よ」
「おい、具体名を出すな」
どこか慌てたように、沙弓を窘める浬。沙弓はあっけらかんとしている。
「まあ、デュエマで制限をかけられたカードが戻ってきても、手遅れなケースは多いでしょうけどね」
「なんでですか?」
「これはデュエマに限らず、カードゲーム全般としての性質なんだけど、カードゲームは常にインフレを続けているの」
「インフレ? 電気とかガスのこと?」
「それはインフラだ。インフレというのは、インフレーション(inflation)——持続的な上昇の意味だ。元々は経済学における用語で、物価が持続的に上昇することを指すが、カードゲームにおいてはエキスパンションが進むごとに、徐々にカードパワーが上がることを意味する。たとえば、デュエマ黎明期のカードと、覚醒編のカード。両者のエキスパンションに封入されているカードのスペックを見比べると、明らかに覚醒編のカードが優れる。これは商売上、古いカードよりも新しいカードが強くなければ経営が成り立たないために、すべてのトレーディングカードゲームの性質と言える。分かったか」
「ぜんぜん。なに言ってんの? れーめーきってなに?」
「……なんでもねぇよ」
浬は説明を諦めた。
暁に伝わらない説明をする浬に代わって、沙弓が出る。
「カイの説明は長ったらしくてくどいから分かりにくいでしょうけど、要するに、カードがたくさん出れば、新しいカードは強くなるってことよ。理由は、新しいカードが強ければ、欲しいと思われるから」
「おぉ! なるほど、部長の説明は分かりやすいよ!」
「そら良かったな……」
目をキラキラと輝かせて沙弓を見つめる暁。浬はそれに対して、投げやりに呟くと、ギィッとパイプ椅子に体重を預けた。
「話を戻すわね。まず、制限がかかるカードは、今の目線から言えば古いカードでしょう? で、新しいカードは古いカードよりも強い。単純に考えて、古いカードを解禁しても、新しいカードの方が強いってこと」
「まあ勿論、制限されるようなカードは、当時から見てオーバースペックであることも少なくないから、解禁された頃のインフレで、ちょうどいいくらいになることもあるだろうけどな」
さらに言えば、解禁してしまえば、今では昔以上にスペックがオーバーするカードもある。主にクリーチャーを踏み倒すようなカードに、そういった傾向は見られた。
理由は単純明快で、踏み倒せるカードが増え、かつそれらのカードが昔よりもずっと強いからだ。インフレが起こっているということは、強いクリーチャーが増えるということ。踏み倒しカードは、踏み倒せるクリーチャーの種類が増えれば増えるほど強くなる。そして、踏み倒せるクリーチャーが強くなることでも、間接的に強くなると言える。
エキスパンションが進み、カードプールが増え、その上で踏み倒し先のクリーチャーまでもが強くなれば、当時禁止になる強さは、今の時代ではぶっ壊れカードと安易に言われるレベルに達することが想像に難くない。
ただし、その例に当てはまらないカードも当然あるわけで、
「例を挙げてみるけど、たとえば《パシフィック・チャンピオン》というカードがあるわね。プレミアムじゃない方の殿堂だけど、仮にこれが四枚フルに使えるようになったと仮定するわ。このクリーチャーは、進化クリーチャー以外には、攻撃もブロックもされない、2コストのマーフォーク進化クリーチャーなの」
「マーフォークって、聞いたことのない種族ですね」
「数ある種族の中でも、マイナーな部類だからな」
柚が言い、浬が答えた。
デュエマ自体は小学生の頃から見ていたが、実際にプレイヤーとなったのはつい最近の彼女にとって、古い種族のクリーチャーは、馴染みがないのだろう。
「確かにマーフォークはマイナーだけど、当時はこれが強かったのよ。1コストの進化元がいたし、他の進化クリーチャーもあまり強くなかった。トリガーみたいな除去、反撃カードの質も悪かったしね」
進化クリーチャーの強さはさておき、トリガーの質は、今の方がずっといい。
沙弓の使うカードを引き合いに出すと、今や《デーモン・ハンド》などほとんど使われず、範囲が狭まったがリアニメイトも可能な《地獄門デス・ゲート》、マナ武装で遥かに高いスペックを叩き出す《魔狼月下城の咆哮》などがよく使われる。
暁が使う《スーパー炎獄スクラッパー》に関しては、もはや《地獄スクラッパー》の完全上位互換だ。
そんなカードすらも、昔は貴重な除去トリガーだった。そんな時代ならば、《パシフィック・チャンピオン》もさぞ生き生きしていたことだろう。
「だけどこれが、進化クリーチャーが幅を利かせるようになった環境に放り込むと、どうかしら」
「進化クリーチャーに殴り返されて終わりだな。ついでに、時代が進めばトリガーや、その他の除去カードのスペックも高くなる。シングルブレイカーでちまちま殴ってるうちに、あっさりやられることも少なくないだろう。ガン積みしたところで、パンチが弱い。マーフォークも、種族としてはもうほとんど廃れているから、種族デッキにしても弱い」
浬からの酷評の嵐が飛ぶ。
結局、多くの制限されたカードは、その時の流行的な強さに基づいているのだ。
時代が変われば流行は廃れる。
現代の流行の前では、過去の廃れた流行は、価値を見出すことができない。
「他にも《雷鳴の守護者ミスト・リエス》《炎槍と水剣の裁》みたいな、今使っても昔ほど活躍しないだろうカードはたくさんある。だから、かつて使えなかったカードが使えるようになったとしても、劇的な変化が起こるとは限らないわ」
「むー……?」
分かるような、分からないような、などと唸りながら首を傾げる暁。沙弓に言葉に、彼女の理解が追いついていない。
それを見て沙弓は、さっくりとまとめた。
「つまり、使えるようになるかどうかよりも、それを使ってどうするかが大事ってことよ。ものの使い方はきちんと考えましょうね、暁」
「あ、うん。分かったよ」
「本当に分かってるのか、こいつは……?」
浬が疑念に満ち満ちた疑惑的な視線を暁に向ける。
その時だ。
ガタンッ
と、大きな物音がした。
部室の棚が揺れる。倒れるかと思ったが、幸いにもそれは倒れなかった。
そして、その棚のすぐ傍で、ほとんど倒れるようにしてへたり込む男の姿があった。
「リュン!」
「……やぁ」
その男、リュンは、力なく片手を上げて応える。
久し振りに彼を見た。
実に、一週間ぶりの再会だ。
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