二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

130話「死の意志」 ( No.404 )
日時: 2016/06/07 23:48
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 《キラード・アイ》が進化して現れたのは、邪悪な龍だった。
 刺々しい鱗、禍々しい魔眼。悪魔であり天使である巨大な翼。
 これが革命軍の王と呼ばれるクリーチャーの一角——《革命魔王 キラー・ザ・キル》。
 ラーザキダルクの正面に、正に魔王として鎮座した。
 殺意に満ちた巨大な魔眼を見開き、絶叫のような咆哮をあげ、《キラー・ザ・キル》は己の力を行使する。
「まずはてめぇらに、絶望的で破壊的で、この上なくデカい“死”を贈呈してやる」
 そう言い放ってから、ラーザキダルクは鋭い歯を剥き出しにして、悪魔のように笑う。
 他者を突き落とし、その愉悦に浸るかのような、邪悪な笑みだ。
「《キラー・ザ・キル》の能力発動! 《キラー・ザ・キル》がバトルゾーンに出た時、バトルゾーンから闇以外のクリーチャーをすべて消し飛ばす!」
「な……っ!?」
 《キラー・ザ・キル》は一度目の咆哮を放つ。その咆哮は、深い闇夜にさらなる暗がりをもたらす。
 漆黒の波動が戦場を支配する。異質な存在は、すべて排除される。
 異質とは、即ち同質でないもの。
 闇の力を持たないものだ。
 戦場に並ぶ獣軍隊のクリーチャーたちは皆、《キラー・ザ・キル》の咆哮の前に、消滅した。
 今ここに、大量の“死”がもたらされたのだった。
「…………」
 展開したクリーチャーを一瞬で消し飛ばされ、さしもの隠兵王も声を失っている。
 吃驚を司るはずの獣軍隊が、逆に驚愕を与えられた。これ以上の屈辱はない。
 ゆえに隠兵王は、すぐさま平静を取り戻そうとする。クリーチャーは全滅したが、それでもラーザキダルクのシールドはゼロ。一撃でも叩き込めば勝ちだ。
 一からクリーチャーを並べ直すか。いや、奇襲を仕掛け続け、ブロッカーが切れるまで攻め手を緩めないことの方が重要だ。
 隠兵王はそんな思索を巡らせるが、しかし、それらはすべて無意味となる。
「さぁ第二幕だ。次は、俺たちの“生”を見せつけてやる」
「生……?」
 そう言った直後、《キラー・ザ・キル》は再び咆哮する。
 二度目の咆哮だ。
 それが、彼らの革命を巻き起こす。
「てめぇらの生を死を味わい尽くせ。見ろ——これが亡き同胞たちの骸だ」
 咆哮が、深い闇夜に明るい標を並べる。
 その標は、亡者たちの行き先を示した。
「——革命発動!」
 漆黒の闇が、侵略に侵された世界を飲み込む。
 刹那、地獄の底から悍ましい絶叫が、戦場に響き渡った。
「《革命魔王 キラー・ザ・キル》の革命2……こいつがバトルゾーンに出た時、俺のシールドが二枚以下であれば——」
 暗く照らされた地獄の道を、亡者たちが呻き声をあげながら行進する。
 それが、彼の革命の証左だった。

「——俺の墓地から、闇のクリーチャーをすべて復活させる!」



革命魔王 キラー・ザ・キル SR 闇文明 (8)
進化クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン/革命軍 11000
進化—自分の闇のクリーチャー1体の上に置く。
W・ブレイカー
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、闇以外のクリーチャーをすべて破壊する。
革命2—このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のシールドが2つ以下なら、自分の墓地にある進化以外の闇のクリーチャーをすべてバトルゾーンに出す。



 死した骸は魔眼による生を与えられ、再び戦場に復帰した。その軍勢に、隠兵王も目を剥く。
「墓地から、クリーチャーをすべて……!?」
「多少の制限はあるが、ほとんど全員戻って来るぜぇ……さぁ、てめぇが、てめぇらが殺してきた亡者たちの怨恨! その身で味わいやがれ!」
 ラーザキダルクの墓地に眠る闇のクリーチャーがこぞって戦場に立つ。
 呼び戻されたのは、《一撃奪取 ブラッドレイン》が二体、《革命の悪魔龍 ガビュート》が二体、《凶殺皇 デス・ハンズ》が二体、《白骨の守護者ホネンビー》《葬送の守護者 ドルルン》《暗黒鎧 ヴェイダー》《殺意の悪魔龍 マガンド》がそれぞれ一体ずつ。
 計九体のクリーチャーたちだ。
 さしもの隠兵王でも、この数相手では、軍略も策略もない。しかも、隠兵王の場は壊滅しているのだ。軍力0に対して、膨大な数の屍の兵士。その圧倒的な戦力差は、歴然としている。
 人海戦術、などという生易しいものでもない。墓場に眠り続けていた数多の亡者たちが一斉に蘇ったのだ。単純な物量で押し殺される。
「おら! 墓地から復活した二体の《ガビュート》の能力で、てめぇのシールドを二枚、直接墓地に叩き込む!」
 蘇った二体の《ガビュート》が、隠兵王のシールドを二枚、焼き払う。一瞬でシールドの枚数も三枚まで減らされた。どんどんアドバンテージが削られ、差をつけられていく。
 ここからは、ラーザキダルクの一転攻勢だ。群体の数で圧倒したところで、畳み掛ける。
「《キラー・ザ・キル》でWブレイク! さらに《ブラッドレイン》でシールドブレイクだ!」
「ぐ……S・トリガー《瞬撃の大地 ザンヴァッカ》を召喚であります! 召喚時、《ザンヴァッカ》をタップ!」
 一枚二枚、三枚と、あっという間に隠兵王のシールドが失われる。最後のシールドから、悪足掻きのように《ザンヴァッカ》が飛び出した。
 隠兵王のターン。彼は、足掻き続けた。
「呪文《古龍遺跡エウル=ブッカ》! マナ武装5と合わせ、《ガビュート》二体をマナゾーンへ! 続けて《ナム=ダエッド》召喚! マナを増やし、マナゾーンから《ランキー》も召喚であります!」
 まずは邪魔な二体の《ガビュート》を退かし、ガードマンも持つ《ナム=ダエッド》を召喚、ついでに《ランキー》も並べ、手遅れがちに展開し直す。
「《ザンヴァッカ》でダイレクトアタックであります!」
「《ドルルン》でブロックだ」
 一撃でも叩き込めば勝てる。しかし、その一撃を叩き込むには、ラーザキダルクの場にはブロッカーが多すぎる。《ザンヴァッカ》の突進も、《ドルルン》が捨て身で受け止め、ラーザキダルクには届かない。
 しかし隠兵王も、《ザンヴァッカ》と《ナム=ダエッド》で守りを見せる。《ゲリランチャー》の誘導作戦及び迎撃の応用だ。ラーザキダルクの場には、《ザンヴァッカ》を超えるパワーのアタッカーが《キラー・ザ・キル》しかいない。なので、《ザンヴァッカ》を場に維持することさえできれば、《キラー・ザ・キル》以外の攻撃はすべてシャットアウトできるのだ。その《キラー・ザ・キル》の攻撃も、ガードマンである《ナム=ダエッド》が防護するため、次のターンは凌げる。
 上手くこの防御戦線を維持できれば、反撃のチャンスは訪れるはずだ。
 そんな、甘い考えに縋ってしまっていた。
 その弱さが、彼を絶望に叩き落す。
「雑魚をいくら並べても無駄なんだよ。呪文《魔狼月下城の咆哮》」
 返しのターン。ラーザキダルクは無慈悲に呪文を詠唱する。
 狼の遠吠えが聞こえると、《ナム=ダエッド》と《ザンヴァッカ》は、瞬く間に喉笛を食いちぎられていた。
「《ナム=ダエッド》のパワーを−3000、マナ武装5で《ザンヴァッカ》を指定、両方破壊だ」
「な……ぐ……!」
  決死の思いで築いた守りも、一瞬で突き崩される。
 隠兵王もシールドゼロ。ラーザキダルクのように、革命0トリガーなどというものがあるはずもない。
 ゆえに、
「これで終いだ」
 死の宣告を言い渡される。
 殺意の魔眼を胸に秘めた革命軍の魔王が、軍隊を失った指揮官に引導を渡す。
 殺すと決めた時。魔眼に込められた殺意が死の意志となり、それが巨大な闇を構築する。
 すべてを死に追いやる、殺戮の闇が放たれた。

「《革命魔王 キラー・ザ・キル》で、ダイレクトアタック——!」

131話「殺戮の資格」 ( No.405 )
日時: 2016/06/12 01:05
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 神話空間が閉じる。
 そこには、初めて地に伏した姿を晒す、隠兵王がいた。
 刃のように研ぎ澄まされた気を発し、油断も容赦も隙も見せず、一騎、沙弓と立て続けに下した男が、今は無様に地面に転がっている。
「……俺の勝ちだな」
 ラーザキダルクの声が響く。その言葉は、死の宣告に等しかった。
 荒々しいな足取りで隠兵王へと近寄る。そして彼の右腕の間接あたりを荒々しく踏みつけた。これで、彼の右腕は稼働しない。
 もう片方の足で、左腕の間接も踏みつける。隠兵王は両腕を封じられた。彼はもう抵抗できない。
「さて、俺たちの仲間を殺してきた落とし前は、きっちりつけてもらうぜ。てめぇもそのくらいの覚悟はできてんだろ。なぁ、隠兵王?」
「う……ぐ……」
 呻き声を上げる隠兵王。踏みにじられた腕間接からは、骨が軋む音が聞こえる。
 これが敗者の姿だ。それは誰よりも隠兵王自身が理解していること。
 勝者はすべてを手に入れ、敗者はすべてを搾取される。奪い、奪われるのがこの世界のルール。
 ゆえに、敗者たる隠兵王は、すべてを奪い尽くされても文句を言える立場ではない。
 だが、それでもだ。
 それでも、退けない一線はある。
「……ない」
「あん? なんつった? 聞こえねぇよ」
「死ぬつもりは……ない……!」
 絞り出すような声で、隠兵王は訴えかける。今にも死にそうなほど掠れた声だが、その言葉には、不思議と力強さが漲っている。
 もしくは、空元気か。
 ただの強がりか。
 しかし空元気だろうと強がりだろうと、そこが隠兵王の譲れない一線。彼の意地だった。
「自分は、死にたくない……いや、まだ、死ねないのでありますよ……!」
 彼の目が、どこか遠くを見た気がした。
 そう思った時には、彼は彼の見ている景色に向けて、言葉を紡いでいた。
 どこか、譫言のように。
「仲間の、ためにも……! 自分はまだ、死ぬわけには、いかないのであります……」
 ぴくり。
 ラーザキダルクの眉が、ほんの少しだけ、動いた。
 彼の言葉になにを思ったのか。ラーザキダルクは一度それを飲み込んでから、深呼吸するように息を吐く。呼気と一緒に、言葉も吐き出した。
「この後に及んで、ここまで圧倒的に勝敗が決していて、それでもなお抵抗するか。はっ、見上げた根性だ。流石、【鳳】幹部は言うことが違うな」
 悪魔的な邪悪な笑みを浮かべて、ラーザキダルクは皮肉をぶつける。
 しかし彼の目は笑っていない。
 スッ、と。彼の表情が消える。
 刹那——

「——っざけんじゃねぇぞ!」

 彼の激情が、爆ぜた。
「なにが死にたくないだ、なにが仲間だ! てめぇの仲間のために、俺たちの仲間は殺されたってのか!?」
 ぎしり、と隠兵王の腕を踏みにじりながら、その力を強めながら、迫る勢いで、ラーザキダルクは隠兵王にまくし立てるように、吐き散らす。
「てめぇらのエゴで殺された【フィストブロウ】の連中はなんだってんだよ! 他人を殺しといて、自分は死ぬのは嫌だとか。人の仲間に手を出しといて、自分は仲間のためだとか、ふざけたことばっかぬかしやがって! その程度の意識の奴に、俺たちの仲間は殺されたのかよ! ふざけんな!」
 奪うものには、それ相応の奪われる覚悟が必要だ。それは絶対的な条件ではなく、意識的な条件であり、究極的には不要であるものだが、実際に事を為すうえでは、そのレベルの意識を持つべきであるということを知らせる意識となる。
 それは資格と言い換えてもいい。反目の覚悟のないものに、その資格はない。
 略奪、征服、侵略——他者を搾取する行為には、必ず犠牲が付きまとう。被害者が存在する。だからこそ、その犠牲と被害を背負い、生き抜くだけの覚悟を持たなければ、怨恨に押し潰される。
 その結果が、今なのかもしれない。
 一通り怒声をまき散らすと、スッとラーザキダルクの表情から怒気が抜けた。
 あくまで顔から消えただけで、腹の中では地獄の大釜の如く、はらわたが煮えくり返っていることだろう。
「てめぇには失望したぜ、隠兵王。まさか、てめぇがそんな小物だったとは思わなかった。そんでもって、そんな小物に、略奪され、侵略されてきたあいつらが報われねぇ」
 蔑む眼差しで、ラーザキダルクは隠兵王を見下す。
「奪って奪って奪い尽くして、略奪と征服だけが生き甲斐みてぇなてめぇらが、その程度の奴らだったなんてよぉ……ムカつくぜ。こんな連中に、俺は仲間を奪われたってのか。てめぇは、その程度の覚悟で俺の仲間を奪っていたってのかよ……」
 怒りの感情が先走り、その後を、失望、虚無感、滑稽さ、嘲り……様々な感情が追っていく。
 敵視こそしていたが、それでもラーザキダルクは、隠兵王の実力は正当に評価していた。相対的な強さはさておき、隠兵王という一個人の実力、及びその実績は、認めざるを得なかった。
 現に、【フィストブロウ】の仲間の多くは、彼に手にかけられているのだから。
 だから、無意識的に彼の意識も相応のものと判断していたが、それは正しい評価ではなかった。
 この瞬間から、ラーザキダルクにとっての隠兵王は、一軍を率いる統率者ではなく、傲慢で意志薄弱な雑兵へと成り下がった。
「……自分のことをどう評価しようが、あなたの勝手であります」
 ラーザキダルクの幻滅を受けても、隠兵王は開き直るだけだった。
 それが自分だ。ラーザキダルクの今までの評価は、彼が勝手に誤認していただけにすぎない。本当の自分を自分は知っている。だからその評価が本来のものに上書きされただけで、隠兵王にはなんら関係のないことだ。
「しかし、自分だけがなにかを奪われたと思わないことでありますよ……!」
 隠兵王は、言葉を返す。
 それはラーザキダルクの非難とは関係ないことだ。だが、言わずにはいられなかった。
 なにも彼は、意味もなく略奪を繰り返していたわけではない。【鳳】には【鳳】の目的が、理由が、存在意義がある。
 反抗するような目つきで、険しい表情で、隠兵王は声を荒げる。
「故郷を奪われ、富を奪われ、名誉を奪われ、身体を奪われ、心を奪われ、そして、仲間を奪わた……我々【鳳】も、なにもかもを失っているのであります!」
 仲間たちを思い浮かべる。それはなにもラーザキダルクに限った話ではない。この世界において、死んだらすべてが終わりではない。しかし逆に、死んでいないからといってそれが個人にとっての終わりではないとも言い切れない。
 一人が生きていても、一人が背負う過去は、死と同義となり得る。
 誰もがなにかを奪われ、心身のどこかに大きな空虚が生まれている。それが【鳳】のもう一つの顔。
「この世界はすべてを搾取する。大切なものを奪われ、なにもかもを失った我々は、奪い返す道を選んだのであります! そのために【鳳】は集ったのでありますよ!」
 世界を、侵略するために。
 それが彼らに残された、生きる道。
 奪われてきた彼らが選んだ道は、それを奪い返すこと。そして、自分たちも奪い続けること。それが世界の真理であると悟ったゆえに、彼らは侵略という略奪行為に走った。
 征服を示す、【鳳】の名の下に。
「我々にはこれしかないのであります……生き残るために。そして、この腐った世界を、本来あるべき姿に変えるために、侵略するしか、ないのであります……!」
「……そうかよ」
 ラーザキダルクの表情は、声は、完全に冷めきっていた。さっきまで激しい感情を露わにしていたのが嘘のように、面相も声色も感動も、冷徹なものになっている。
 その恐ろしさは、もはや悪魔ではなく、魔王だ。
 残酷無比な無情の魔王。
「もういい。てめぇの戯言なんざどうでもよくなった。てめぇらがなにを失ったか? んなもん興味ねぇよ」
 ラーザキダルクは吐き捨てた。その間にも、踏みにじる足の力は強まるばかりで、隠兵王の腕から、みしみしと軋む音が響く。
「てめぇらの過去とか、なんのために侵略するとか、そんなもんは関係ねぇ。てめぇらがもがいて選び取った道に口出しするつもりはねぇよ。だがな」
 魔王は再び憤怒を取り戻す。沸き上がる激情を所作に、顔に、声に表す。
「その道程で俺の仲間に……【フィストブロウ】の連中に手を出して、タダで済むと思ってんじゃねぇぞ」
 すぅっと、ラーザキダルクの手が引かれる。鋭い爪が鈍く光る。その煌めきは、命を殺す煌めきだ。
「てめぇらの事情なんて知るか。んなもんは免罪符になんねぇよ。情状酌量の余地は一切ねぇ」
「…………」
「てめぇがなんのために語ったかなんざ知らねぇが、俺は分かり合うつもりなんざ、微塵もねぇんだ。ルミスやウッディなら、もしかしたら情に訴えれば絆されていたかもしれねぇが、俺には効かねぇ」
 切っ先は隠兵王に向けられている。獣軍隊長の喉笛を貫かんと、鋭利な魔爪が唸り声を上げている。
 隠兵王は、目を開いていた。彼の表情から、なにかを読み取ることはできなかった。悔恨なのか、憤怒なのか、諦念なのか、あるいはそれらすべてか。様々な感情が混ざり合っている。
「そういうわけだ……隠兵王。あの世でてめぇの仲間とやらとの再会を喜びな」
 最後に、魔王はそう告げた。
 殺意が込められた刃が、その命を引き裂く。

「死ね——」

131話「殺戮の資格」 ( No.406 )
日時: 2016/11/04 23:26
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

「——ドライゼ!」

 パァン!

 一瞬だった。
 叫び声が響き、それと同時に拳銃の撃鉄が降ろされ、次の瞬間には弾丸が空を突き破っていた。
 ラーザキダルクが振り下ろそうとしていた腕を止め、自分に向かって放たれる弾丸を払い退ける。
 隠兵王がラーザキダルクの注意が逸れた隙を突き、体をバネのようにはねさせて森の奥へと跳び退き消えた。
 すべてが、一瞬の出来事だった。
「……あんだぁ? てめぇら……!」
 隠兵王の姿が消えていること、足音も気配も感じないことを確認し、今からの追跡はほぼ不可能であると判断を下してから、ラーザキダルクはようやく沙弓たちの存在を認知した。
 殺意に満ちたラーザキダルクの魔手から、隠兵王を逃がした、沙弓たちを。
 魔眼の視線を向ける。最大の獲物を、今まさに手にかかる寸でのところで邪魔され、逃がされたのだ。ラーザキダルクの眼には、隠兵王に向けられたものと同じくらい、強烈な殺意が込められていた。
 しかし、沙弓は臆さない。
「てめぇら、どういうつもりだ?」
「私は私のしたいと思ったことをしているだけよ」
「目の前で殺しとかされると、胸くそ悪ぃんだよ」
 沙弓の横に立ち、ドライゼも応戦する。
 その後ろでは、一騎とテインが、少しだけ不安そうな表情を見せていた。内心では彼女の行動を止めたいところではあるが、堪える。それに、むしろ二人は沙弓側だ。
 銃を向け、敵意にも近い視線で睨み、攻撃を仕掛けてきた二人を、ラーザキダルクも睨み返す。
「てめぇらの事情なんざ知らねぇが、奴はてめぇらを殺そうとしたんだぜ? 助ける理由はねぇだろ」
「そういう問題じゃないのよ」
「じゃあどういう問題なんだよ」
「あなたには言っても分からないわ」
 取り合うつもりはあるのか、ないのか。
 沙弓はなにも語ろうとしない。ただ、目の前の魔王と睨み合うだけだ。
 しばらく膠着していると、やがてラーザキダルクが口を開いた。
「……まあいい。てめぇらがどういう理由で俺の邪魔をしたのか、真意は知らねぇが、なんとなく読めるぜ」
 目線の次は、身体を向ける。
「目の前で殺しは胸くそ悪い、だったか。闇のクリーチャーの台詞とは思えねぇが、ルミスもよくそんなことをほざいてたから、分からないでもねぇが——」
 カッと、ラーザキダルクのめが見開かれる。

「——甘いんだよ!」

 そして、奈落の奥底から這い上がるような怒号が轟いた。
「最終的にてめぇらの主張は、状況の問題じゃねぇ。てめぇらの見てないところで殺せば問題ないか? いや、そうじゃねぇ。てめぇらの主張は、“殺しそのものを許容しない”だ」
「……どうかしらね」
 はぐらかすが、意味はない。
 その返答は、ほとんど肯定していることと変わらない。
 沙弓も、ドライゼも、アルテミスとの邂逅もあり、生死の観念が非常に強い。それゆえに、ラーザキダルクの行為は無視できなかった。
 ありていに言ってしまえば、特に沙弓は人間として、殺すほどのことをしなくてもいい、と暗に抗議しているのだ。
 それが、ラーザキダルクの逆鱗に触れる。
「てめぇらの思考は、甘いしぬるいんだよ! 俺たちはてめぇらとは違う次元、違う立ち位置にいんだ! てめぇらの物差しで勝手に測るのは構わねぇが、その測ったものを押しつけてくんじゃねぇ!」
 ラーザキダルクの怒声が放たれる。一つ一つの言葉が、感情的で重い。声量だけでも鼓膜を破きだが、さらに声の気迫が凄まじく、耳の穴をぶち抜きそうな勢いだ。
 それでも沙弓たちは、口を一文字に結んで、ジッと彼を見つめていた。
「てめぇらの生活基準や倫理観なんざ知らねぇけどな、俺たちは今、常に死と隣り合わせなんだよ! 眠る時でさえも奇襲を警戒し、精神をすり減らし、肉体を酷使する。そんな恐怖の日々を送ってんだ! そのうえで、【鳳】の野郎どもに殺されてんだ! 毎日毎日、必ず! どこかで仲間が【鳳】に殺されてる! それでも! てめぇらは黙って見てろって言うのかよ!」
 怒りをあたりにまき散らす。その間も、彼の頭で巡っているのは、仲間のことだった。
 昨日死んだ仲間、一昨日死んだ仲間、今日死んだ仲間、明日死ぬ仲間——彼の怒りはすべて、【フィストブロウ】すべての怒りだ。
 だからこそ、か。
 沙弓は一度、口をつぐむ。
「…………」
「はっ、だんまりかよ。言い返す言葉もねぇか? てめぇらも、その程度の覚悟で俺の邪魔をしたってことなのか? あぁ?」
「……私には、私の思うところがあるのよ。自分の怨恨を、相手を手にかけることで清算するだなんて、認められないわ」
「あいつをここで殺しておけば、今日や明日、殺されるかもしれない俺の仲間が救われたかもしれない。そうだとしてもか?」
「そうだとしてもよ」
 沙弓の返しに、ラーザキダルクは反応を示さない。激情に走らず、冷酷な眼差しも向けない。まるで表情が変わらないが、やがて溜息を吐き出すように、言葉を漏らした。
「……話になんねぇな」
 それは諦めだった。
 分かり合うことを放棄した瞬間だ。
 殺意の込められた視線をよりいっそう強くして、ゴキゴキと腕を鳴らしている。
 そして、構えた。
「今からあいつを追っても追いつけねぇだろうし、先にてめぇらからぶっ殺す」
 彼の抱く殺意の矛先が決まった。今度は、沙弓たちを殺戮せんとする。
 ラーザキダルクの殺気が肌に突き刺さる。気迫だけで痛みが走るほどだが、沙弓は顔色一つ変えずに、彼に立ち向かっていた。
 そして、横で侍る相棒に、呼びかける。
「……ドライゼ」
「あぁ」
 ドライゼは威嚇のために構えていた銃を下げると、ホルスターに仕舞った。
 そして、カードの姿となり、沙弓のデッキに入る。
 今にも飛び掛かり、沙弓の喉笛を引き裂くような視線で睨みつけるラーザキダルク。彼を牽制するように、沙弓は口を開いた。
「先にゲームのルールを決めておきましょうか」
「あん? ゲームだぁ?」
 ラーザキダルクは露骨に苛立った表情を見せる。
「てめぇ、舐めてんのか? 【鳳】の奇天烈連中じゃねぇんだぞ。俺たちの殺し合いがゲームなわけねぇだろ」
「私にとってはゲームよ。殺し合いなんて物騒なものじゃなくてね」
「……はんっ。てめぇとはとことん話になんねぇな」
 諦めたように吐き捨てるラーザキダルク。対する沙弓は、どことなく余裕を感じさせる佇まいで、淡々と言葉を発していく。
「ルールは単純にしましょう。勝った方が負けた方の要求を飲む。これでいいかしらね?」
「俺はてめぇらに要求なんざねぇがな。邪魔だからぶっ殺すだけだ」
「異論はない?」
「話になんねぇ奴に異論なんざあるわけがねぇだろうが。勝手に言ってろ」
「じゃあ勝手に言わせてもらうわ。交渉成立ね」
 そうして、二人の間での会話は途切れた。
 ラーザキダルクは地面を蹴り、一息で距離を詰める。凶悪な殺戮の爪を振りかぶり、ルールも交渉も関係なく、一方的な死を叩きつける。
 しかし、
「残念ね。私たちのゲームは」
「こっちだよ」
 ラーザキダルクの爪が、沙弓の肌に触れる直前。

 神話空間が開かれた。



 犠牲、殲滅、殺戮——死の形は様々で、死との接し方、死との経験は個人によって異なる。
 沙弓とザキ。二人の衝突は、繊細かつ深淵な“死の観念”“死に対する向き合い方”が原因であった。
 それは、二人にとっての譲れないもの。
 二人が生きる上で、大きな位置を占めるものだ。
 それゆえに、この衝突は避けられなかった。
 深く暗い森の中で二つの闇が、互いの死を掲げて、激突する——

132話「煩悩欲界」 ( No.407 )
日時: 2016/06/26 02:14
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「ん……」
 鼻孔をつっつく草木の香。微かな木漏れ日に照らされ、柚は目を開いた。
「ルー!」
「……プルさん?」
「ルールー!」
 プルの声を聞きつつ、体を起こす。
 森だった。木と草しか見えない。光が届く程度には明るい森だが、少しばかりの薄暗さが不安感を刺激する。
 それに、それだけではない。
「……あきらちゃん?」
 親友の名を呼ぶ。しかし、応答はない。
「ぶちょーさん、こいちゃん、かいりくん……みなさん、どこですか……?」
 返事は来ない。柚の小さな声はすべて、森の中に吸収され、消えていく。
「ひとり、ですか……」
 ふと、柚は思い出す。
 あの『蜂』の存在を。
 柚が『蜂』に寄生されたときも、柚は一人だった。仲間とはぐれ、一人になったところを狙われた。
 あの時の恐怖が、柚の内側からじわりじわりと、染みるように広がっていく。
「ルー」
「あ……ごめんなさい。今はプルさんがいましたね」
 しかし、すぐにハッと気づかされる。
 そうだ。あの時と違って、今は彼女が、プルがいるのだ。本当の意味で一人ではない。そう思うと、心強かった。
「と、とにかく、みなさんを探さないと……でも、どこにいるんでしょう。それに、ここはどこなんでしょうか?」
「ルー、ルールールー、ルー」
「自然文明の森、ですか。みなさんも、この森のどこかにいるのでしょうか……」
 そもそも、なぜはぐれてしまったのか。柚の記憶では確か、一瞬で終わるはずの転送中に、強い衝撃を感じて、気づいたらこうなっていた。
 思い返してもよく分からない。暁のような考えなしではないとはいえ、自分は沙弓や浬のように頭も良くない。これだけの情報では、自分一人で考えても、答えは出せない。
 だから柚は、自分のすべきことに尽力することにした。
 即ち、仲間を見つけること。
 他の皆も同じように自分を探しているだろうし、それが最優先事項であると、柚は考えた。
「でも、どっちにいけばいいんでしょう……」
 まったくアテがないので、仲間を探そうにも、どこからどう手をつけていいのか分からない。
 この森の中を探すべきなのか。それとも、一旦森から出るべきなのか。それすらも分からない。
 勇気を出して一歩を踏み出そうとしたものの、視界は真っ暗。なにも見えないし、なにも分からない。
 いきなり、足が止まってしまった。

 ガサガサ

 その時。
 茂みから音がする。
「っ、誰、ですか……?」
 この状況、この心境。『蜂』に寄生された時のことが、再び脳裏をよぎる。
 また彼が出て来るのではないか。そんな恐怖が襲いかかる。
 しかし。

「なんだ、【フィストブロウ】かと思ったが、ただの小娘か」

 茂みから現れたのは、遊戯部の者でもなければ、『蜂』でもない。
 袈裟を着た禿頭の男たちだ。三人いる。皆一様に同じ袈裟で、錫杖を持ち、頭も剃髪されているのであまり判別がつかない。
 袈裟に禿頭。その出で立ちはまるで、僧侶のようだった。
 男たちの一人が、また声を発する。
「小娘といえど、気を抜くな。【フィストブロウ】の一味の可能性もある。ノミリンクゥアやクスリケウッヅなどの例もあるからな」
 三人の僧侶が、ジリジリと柚に迫り寄ってくる。彼女を逃がさぬよう、囲い込むように。
「あ、はぅ……プ、プルさん……」
「ルー……!」
 想像していた恐怖ではないが、それとは違う、未知なる存在による恐怖が襲いかかる。
 後ずさる柚。彼女を守るように柚が前に出るが、相手は三人。
 しゃりん、しゃりんと錫杖が暗い森に響く。その音は少しずつ近づいていく。
 僧侶たちの眼が一際鋭くなった。その時——

「——ふせろ!」

 小さな影が飛び出した。
「っ!? 何者だ!?」
 一瞬の出来事だった。
 いくつかの閃きが見えた。暗闇の中で、キラ、キラ、となにかが煌めく。
「ぐおぉ!?」
 すると、そんな断末魔を上げながら、バタバタと僧侶たちが倒れていく。
 頭が現状の処理に追いつかない。柚が呆然としていると、
「こっちだ!」
「ルー!」
「はわっ……ぷ、プルさん……!」
 プルがその声に引かれるように、森の奥へと進んでいく。柚も慌てて彼女を追って走る。
 やがて、足を止めた。
 どれくらい走っただろうか。足場の悪い森だ。慣れない場所を走ったせいで、酷く疲れた。
「ここまでくれば、だいじょうぶだ」
 小さな影が振り返る。その姿を見て、柚は思わず呟いた。
「……かわいい」
 それは人ではなかった。
 等身だけなら、プルたちとさほど変わらない体格。全身が毛で覆われており、耳は大きく尖っている。背中の下側には、細めのモールのような尻尾が生えていた。
 明らかに人間ではない。クリーチャーだ。背には風呂敷、腰にも刀剣を納めた鞘がぶら下がっている。
 しかし、くりくりとした黒い瞳にはどことなく愛らしさがあり、小動物のような容姿も相まって、恐怖はまるでなかった。
「? どうした?」
「あ、いえ……その……」
「そういえばまだ、なのっていなかったな」
 どことなく舌足らずで、幼い印象を与える声と口振りで、妖精と話ているような気分だった。
「おれのことは、ウッディとよんでくれ。おまえのなは、なんだ?」
「わ、わたしは、柚といいます……」
「ゆず、だな。おぼえたぞ」
 ウッディはまっすぐに柚を見据えて、コクコクと頷く。
「あの、さっきはありがとうございました」
「ルールー」
「きにするな。あいつらは、おれのてきだ。このけんをぬくりゆうは、それでじゅうぶんだ」
 ウッディは腰に下げた剣を揺らして答えた。
「ゆずは、あいつらにねらわれていたのか?」
「わかりません……あの、わたし、おともだちとはぐれちゃって、その……探している最中んです」
「そうか。なら、おれとおなじだな」
「ふえ?」
「おれも、なかまをさがしているんだ。ばらばらになってしまってな」
「そうだったんですか……」
 同じ境遇の柚とウッディ。どことなくシンパシーを感じる。
 それはウッディとしても同じだったのか、彼は柚を見上げて言った。
「これも、なにかのえんだ。また、あいつらがおそってくるかもしれない。おれが、ゆずをまもるぞ」
「え……い、いいんですか?」
「かまわない。おんなをひとりにしてのこすのは、あとあじがわるいしな」
 キリっとした表情で言い切るウッディ。小動物のような姿のわりに、言っていることは男前だった。
 出会って十分と、経たない仲だが、彼からは敵意を感じない。邪悪な気や、嫌な予感もない。プルも好意的だ。
 心が落ち着く。穏やかな気持ちになる。そしてなによりも、信頼できる。彼の言葉、言動、出で立ち。そういったものではなく、彼から伝わる“心”から、そう思えた。
 だから。
 柚は、彼を頼ることにした。
「えっと……じゃあ、おねがいします。ウッディくん」
「おう。まかせろ、ゆず」



「報告します」
 暗い森の中。
 木の柱を何本か埋め込んで建てられた、簡易的なテントのようなものがあった。かなり簡素な造りだが、赤い紐が結わえつけられていたり、金の輪っかや鈴などが括りつけられていたりと、どことなく宗教的に見える。
 テントの中に立つ人影に対し、袈裟を着た禿頭の男が、頭を垂れて告げる。
「三界隊第百二部隊が、何者かの奇襲に遭い、負傷しました」
 淡々とした、事務的な口調だった。男はそのまま続ける。
「百二部隊の報告によりますと、奇襲に遭う直前、百二部隊は所属不明の娘と接触していたようです。そして、娘と接触した直後に奇襲を受けたとのこと」
「娘?」
 そこで初めて、テントの中の人影は反応を見せた。
 振り返り、袈裟の男へと問う。
「どんな娘だ?」
「報告によりますと、年端もいかぬ若い……というよりも、幼い娘だそうで。スノーフェアリーとおぼしきクリーチャーと共に行動しているとのことです」
「スノーフェアリーか」
「それと、これは不確かな情報なのですが……」
 男が歯切れ悪く切り出す。
 確定していない情報ほど、人を攪乱させるものはない。それゆえに、男も切り出しづらいのだろう。
「なんだ。申せ」
 しかし人影は気にせず促す。
 情報に惑わされるのは、情報の取捨選択と優先順位の決定ができないから。必要な情報を選択し、正しく優先順位を付けることができれば、情報に踊らされることはない。
 上官に促され、男は報告する。
「百二部隊が奇襲に遭った際、クスリケウッヅと思われる姿を目撃したという情報があります。如何せん、奇襲された際のことですので、誤認の可能性もあるのですが……」
「ふむ……」
 少し考え込む仕草を見せる。
 木葉が擦れる音すらも吸い込むほどの静寂。
 やがて、おもむろに口を開く。
「……【鳳】三界隊、参るぞ。【フィストブロウ】の可能性がある者共はすべて抹殺する。準備せよ」
「はっ! では、他の隊にも連絡を——」
「待て。話は終了ではない」
 足早に急ごうとする男を制して、薄暗いテントの中から、木漏れ日の差す森の中へと歩む。
「本当にクスリケウッヅの存在が確認されたのならば、貴様たちでは苦心するだろう。それに」
 その姿は、別世界から現世へと、移り変わるかのようだった。

「その小娘のことも気になる——儂も、出向こうか」

132話「煩悩欲界」 ( No.408 )
日時: 2016/07/09 16:03
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「あいつらは、【鳳】のせんしだ」
 暗い森を歩く中、ウッディはそう語る。
 突如現れた三人の僧侶。彼らは【鳳】という組織に所属する者らしい。
 最初は気にしていなかったが、話を聞くうちに、柚も思い出した。
 【鳳】。いつしか自分たちの前に現れた、バイクの人物。
 恋を倒し、暁を求めていた者だ。
「そんなすごい人たちなんですね……」
「いいや。あいつらは、よわいぞ。あのいしょう、いでたちからして、おそらく、さんかいたいのものだな」
「さんかい……?」
「【鳳】のぶたいのひとつだ。よわいぶたいだけどな」
「そうなんですか? えっと、じゃあ、強いのは……?」
「おんそくたい、きてれつたい、じゅうぐんたい。このみっつは、つよいぞ。鳳】のかんぶさんにんしゅうで、おんそくたいちょうは、【鳳】ぜんたいの、たいちょうでもある」
「音速……」
 確か、最初に出会ったバイクの人物は、音速隊を率いる者、と名乗っていた。
 ということは、あの人物が【鳳】のリーダーなのか。
「ウッディくんは、ものしりですね」
「そんなことはない。おれよりも、もっとものしりな、なかまがいる。ミリンという。すごいかがくしゃだ。あたまがいい」
「あたまがいい……かいりくんみたいです」
「それに、おれたち【フィストブロウ】は、もともと【鳳】と、どうめいをくんでいたからな」
 【フィストブロウ】。その名前にも、聞き覚えがあった。
 【鳳】の音速隊長が現れた時と同じく現れた者。
「【フィストブロウ】、って……あの、メラリーさん? の——?」
 メラリー。その名を出すと、途端にウッディの目の色が変わった。
 そして彼はまくしたてるように柚を問い詰める。
「! ゆず! おまえ、メラリーをしってるのか!?」
「え? え、えっと……」
「あいつは、どこにいるんだ!? しってるなら、おしえてくれ!」
 凄まじい剣幕だった。あまりの勢いに、柚も気圧されてしまう。
「ご、ごめんなさい……会ったことがあるだけで、どこにいるかまでは……」
 それでもなんとか声を絞り出してそう言うと、ウッディは我に返ったように、しゅんとうなだれた。
「……そうか」
「ごめんなさい。力になれなくて……」
「いや、いい。おれも、わるかった」
「……なにか、あったんですか?」
 柚が問うと、ウッディは少し口ごもっていたが、やがておもむろに口を開き始める。
「メラリーは……やられた。【鳳】の、かしらに」
「え……」
「だが、あいつはいきてる。どこかで、ぜったいに」
 舌足らずながらも、確信しているかのように、ウッディはハッキリと言い切った。
 それだけ、ウッディはメラリーのことを信頼しているのだろう。
 その思いの強さは、なにも知らない柚にも、十二分に伝わってきた。
「……大切な人、なんですね」
「あぁ」
 小さく、短く、ウッディは頷いた。
「なかまは、たいせつだ。おれのなかで、いちばん、たいせつなものだ」
 そして、続ける。
「メラリーだけじゃない。ルミス、ミリン、ザキ……みんな、おれのたいせつな、かけがえのない、なかまだ」
「……いいですね。そういう、信頼できる仲間がいるって」
「ゆずには、いないのか?」
「いますよ。とっても大切な、おともだちが」
「ともだちか」
「はい。小学校からの大親友と、頼りになるおねえさんとおにいさん、ちょっとこわい男の子に、ちょっとふしぎな女の子……わたしの、大切なおともだちです」
 ウッディの言う仲間と、柚の言うともだち。
 言葉は違えど、二人が思い描く意味は同じだ。
「ルー!」
「あ……も、もちろん、プルさんもそうですよっ。わすれていなんて、いません」
「おもしろいやつだな、ゆずは」
 そこで初めて、ウッディは笑った。
 小さな微笑だったが、確かに彼は笑っていた。
「それに、おれのめに、くるいはなかった」
 ウッディはそう続けた。
 その言葉は、柚の中で疑問として響く。
「? くるい? それって、どういう——」
 そう、柚が尋ねた。
 その時だ。

 しゃりん

「! ゆず!」
「ふぇ……っ?」
 ウッディの声が聞こえたかと思うと、二人の間に、なにかが突き刺さった。
 錫杖のようなものが、地面に刺さる。その衝撃で柚とウッディは分断される。
 それだけではない。
 何人もの影が、柚のみを取り囲んだ。
「っ、プルさんっ、ウッディくんっ!」
「ルールー!」
 見れば、柚を取り囲んでいるのは、袈裟を着た人物——あの三人組と同じ格好の者たちだ。
 ただし、人数は増えている。全部で六人。左右中央前後をすべて囲んでいる。
 柚は身動きできない。ほとんど拘束されたも同然だ。
 さらに六人の僧侶の奥から、静かな足音が聞こえてくる。
「こうして相対するのは初めてだな。クスリケウッヅ」
「おまえは……!」
 ウッディの目つきが鋭くなる。
 その視線の先には、男がいた。六人の僧侶と同じく、禿頭に袈裟を着込んだ男だ。
 しかし、着ている袈裟は、他の僧侶と違って、白い。手にした錫杖も、他の者たちよりも立派に見える。
 明らかにこの男が、僧侶たちの頭だ。
「だ、だれ、ですか……?」
「三界隊長、佛迦王。それが【鳳】での儂の名だ」
 佛迦王。男はそう名乗った。
「ゆずをはなせ!」
「そうはいかないのだ。若い娘は貴重だからな。想像以上に幼い娘であったが……まあ、いいだろう」
 しゃりん、と佛迦王は錫杖を鳴らす。
「【鳳】は、侵略というその存在意義は、あらゆる欲望を解放する。精々、有効に利用させたもらう」
「ふざけるな!」
「ふざけてなどいない」
 激昂の色を見せるウッディに対して、嘲るように佛迦王は返す。
 佛迦王はもう一度、しゃりん、と錫杖を鳴らした。すると、森の奥からさらに三人、続けて三人、その後にも三人——多くの僧侶たちが姿を現す。
 あっという間に、柚だけでなく、ウッディやプルまでもが包囲されてしまった。
「いくらクスリケウッヅといえど、この人数では、多勢に無勢だろう?」
 ずらりと並ぶ僧侶たち。一人一人がどれほどの力を持っているのかは分からないが、佛迦王が余裕の笑みを見せているところから、決して弱くはないだろう。
 少なくとも、ウッディを倒す算段が立つ程度の力はあるはずだ。
 柚は人質、周囲は圧倒的な戦力。状況は絶望的。
 誰もがそう思った。佛迦王はそれを狙ってこの場を用意したのだ。柚も泣きそうな表情でウッディを見つめている。
 それほどに、危機的な状況だ。
「……おい」
 だが、それでも。
 それはあくまでも、第三者の視点による評価でしかない。
 ウッディは俯きながら、小さく口を開く。
 彼は剣の柄に、手をかけた。
 
「あまり、おれをみくびるなよ」

 そして、一閃。
 一瞬の閃きのうちに、三人の僧侶が、地に伏していた。
「……! 一瞬で、三界隊の僧兵を、三人も……!」
 戦慄する佛迦王。そして舌打ちする。ウッディの力量を見誤った。
 続けて、返す刀でもう一閃。さらに三人の僧侶が倒れた。六人倒れてようやく、僧侶たちは錫杖を手に襲い掛かるも、一撃たりともウッディには当たらない。
 振るわれる錫杖を、ウッディは小柄ながらもしなやかな身体で、とにかく避ける。避けきれないものは弾く。隙間を縫って懐に飛び込み、剣を振るう。
 飛んで、跳ねて、走る。森の中を、三次元的に動き回り、僧侶たちを攪乱しながら、次々と薙ぎ倒していく。
「おれは、はくへいせんならザキよりつよいぞ。このけんのとどくきょりなら、おまえらなんかにまけはしない」
 そう言って、剣をぶんっ、と振るった。
 その時にはもう、ウッディを取り囲んでいた僧侶たちは、すべて地に伏していた。
「ぐ……こいつ……!」
「どうする? つぎは、おまえか?」
 剣の切っ先を向けながら、ウッディは佛迦王に告げる。
 僧侶たちは目覚める見込みがなさそうだ。戦力は、柚を取り囲んでいる僧侶たちと、自分のみ。
 佛迦王は、諦めたように息を吐くと、しゃりん、と錫杖を鳴らした。
「……いいだろう。こうなれば、儂が直々に手を下そう」
 そして佛迦王は前に出る。
 その様子を見て、ウッディは少し意外そうに口を開いた。
「ほんとうに、やるのか。おいぼれのからだで、おれにかてると、おもうのか?」
「誰が老いぼれだ。そこまで歳は喰っていない」
 こう見えても儂は若いんだ、と苦言を呈す佛迦王。確かに、喋り方は古臭いが、顔つき自体はそこまで歳を取っているようには見えなかった。
「だが確かに、貴様と直接肉体をぶつけあうのは、得策ではないな」
 先ほどの動きを見れば、ウッディがどれほど強いか、すぐに理解できる。
 実戦部隊ではあるが、三界隊は肉弾戦を得意とする部隊ではない。佛迦王が出張ったところで、ウッディの剣裁きに圧倒されるだけだ。
「ゆえに、こちらの戦場で、戦わせてもらうぞ……!」
「! これは……!」
 一瞬のうちに、ウッディと佛迦王を取り囲む空気が一変する。
 徐々に、二人だけの戦場が、空間が構築されていく。
「神話空間……ウッディくんっ!」
「……だいじょうぶだ、ゆず」
 佛迦王の開く空間に飲み込まれながら、ウッディは柚を見据える。
 くりくりとした眼差しの奥には、確かな意志が灯っていた。
 そしてその意思は、彼の言葉として、告げられる。
「おれは、まけないぞ」
 その言葉を最後に、彼は戦場へと向かって行った。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。