二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.349 )
- 日時: 2016/03/31 11:35
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
翌日。
暴龍の一件もあり、気が急く一騎だが、それでも日常は待ってくれないし、合わせてもくれない。
学級委員だとか、日直だとか、諸々の事情によってやや遅れ気味に、一騎は部室の扉を開いた。
「来たか、一騎」
「ミシェル……氷麗さんは?」
「あいつを追跡してるみたいだ。どうも、この前いた場所から離れているらしくてな。部室に来た途端、向こうに行ったぞ」
「そっか……」
暴龍の居場所は不明。
ということは、今は手を出せないということだ。
「……なら、俺も部のことをやるよ。生徒会の人に頼まれたことがあるんだったよね」
「そっちはどっちかっていうとついでで、向こうは部長になにか用事があったみたいですけどねー」
「剣埼先輩から出向く必要はありませんよ。生徒会の方から必要なら来るでしょうし、それまで待てばいいでしょう」
「え、でも……」
「構うことはない。あんな連中のことなんてほっとけ。それよりこっちを手伝え。あいつら、本当に面倒なことを、しかも大量に押し付けてきやがった……夏休みまでかかるぞ、これは」
「本当、大変っす」
「……つかれた、つきにぃ……」
改めて見渡すと、いまだ慌ただしい部室。
誰も彼もが一様に疲れた様子だということもあり、一騎は手近にあったプリントを手に取る。
「うーん、それじゃあ、皆の作業を手伝うよ——」
「——ただいま、戻りました」
と、その瞬間。
部室の一角に、氷麗が現れた。どうやら、向こうから戻ってきたようだ。
氷麗は一騎の姿を見つけると、声をかける。
「あぁ、一騎先輩。いいところに」
「氷麗さん、どうしたの?」
「なんか、やけに早いな? 見つかったのか?」
「いえ、そちらはまだなんです……一度戻ったのは別件でして、少し、一騎先輩に来て欲しいんです」
「? 俺だけ?」
「はい」
氷麗は首肯する。
そして、その別件を、伝える。
「テインさんが、お呼びです」
一騎だけが連れてこられたのは、広大な砂漠の中にポツンと佇む、要塞だった。
ボロボロに朽ち果てた、廃墟のような場所。
ここは、一騎が初めてこちらの世界に来た時、テインと出会った場所だ。
確か、北部要塞と呼ばれている要塞だったか。
どこもかしこも老朽化し、風化し、崩れているが、比較的状態がまともな一室で、彼は待っていた。
一騎は、背を向けているテインに呼びかける。
「テイン? どうしたの?」
「一騎……」
テインが振り返る。
その顔は、沈んでいた。今朝起きてすぐに覗き込んだ鏡に映る自分の顔よりも、よりいっそう沈んだ顔だった。
沈み切った表情のまま、テインはおもむろに口を開く。
「君には、謝らなくちゃいけない」
「《グレンモルト》と、《ガイギンガ》のこと?」
「あぁ……」
やはり、彼もそのことを気にしていたようだ。
しかし、一騎よりも、彼はさらに深く考え込んでいた。
「一騎。僕は良かれと思って、君に様々な武器を与えた。《プロトハート》を開放した時も、《ガイアール》を呼んだ時も……そして、《ガイハート》を、目覚めさせた時も」
一騎は想起する。
最初に手にした《プロトハート》。フォートレスに立ち向かった《ガイアール》。そして、恋と刃を交えた《ガイハート》。
そのどれもが、一気に新たな力を貸してくれた。
だが、今はそのうちの一振りが、欠けている。
「僕が君に武器を与えたのは、君が力を欲していたから。恋ちゃんを救うために奔走する君は、凄く輝いてた。必死で、空回りしてる時もあったけど……それでも、一途で、一心に、ひたむきに頑張る君を、僕は支えたいと思った」
「テイン……そんなことを……」
「僕は焦土神話の語り手。かつて、焦土神話率いる軍隊の、軍師だった。だからかな。必死で戦う誰かを見ると、応援したくなるんだ。だから僕は、ずっと君に付いてきていた」
一騎に、力を貸すために。
数ある龍の剣を、彼の手に握らせるために。
すべては、一騎に強くなってほしいという、一心からだった。
「だから僕は、君が求めるものを、すべて与えた。恋ちゃんを助けるための、強くなるための力を、与えた——与えすぎたんだ」
テインの語調が、強くなる。
自責と憤りに、悲しみが加えられた、後悔の声が響く。
「身の丈に合わない剣は、主に刃を向く。僕はそのことを失念していた。時期尚早な《ガイハート》を、無理やり握らせてしまった。そのせいで、君を辛い目に遭わせてしまったし、モルトとギンガも……あんな姿にしてしまった」
「…………」
「事変については、僕も少し知ってる。一騎はミシェルにすぐ引っ張り出されたから無事だったけど、早くモルトとギンガを引きはがさないと、モルトはギンガに飲まれてしまう」
一騎が考えていたように、人間である一騎よりも、クリーチャー同士である《グレンモルト》と《ガイギンガ》の方が結びつきやすい。そのため、飲まれる時間も、質も、一騎より早いはずだ、とテインは言う。
そしてテインは、項垂れて、力なく、漏らすように言葉を紡ぐ。
「全部、僕のせいだ。僕がすべてを見誤ったから、一騎も、モルトも、ギンガも……みんなを、不幸にしてしまった」
「テイン……」
「僕は軍師失格だ……もう、隊長に合わせる顔がないよ……」
良かれと思った行為は裏目になり、大事な仲間が失われようとしている。
すべては、テインの軽率で浅はかな行動が招いたことだった。
懺悔するようにすべてを吐き出したテインは、掠れた声で続ける。
「ごめん、泣き言ばかり言っちゃって……君に謝るだけのつもりだったんだけど」
「いや……いいよ。話してくれて、ありがとう」
慰めの言葉は、言えなかった。
彼の感じている責任は、その場凌ぎの言葉で慰められるほど、軽くはない。
それが分かり、一騎は、なにも言えなかった。
「ねぇ、一騎」
帰り際に、テインは一騎の名を呼ぶ。
「僕は君の刃となれるのかな?」
そして、語りかける。
語り手として。
「僕は、君の振るう剣として、相応しいのかな?」
「…………」
一騎は、彼の問いかけにも、答えられなかった。
時刻は、もう七時を回ろうとしている。
夏なのでまだ明るいが、生徒会に押し付けられたという業務をこなしているうちに、すっかり遅くなってしまった。
慣れない仕事で力尽きてしまった恋は先に帰ったため、今は一人だ。
一人で、帰路についている。
たった一人で夜道を歩く中、思い返すのは、テインとの対話だ。
一騎は小さく呟く。
「……軍師失格、か」
彼は自分のことをそう称した。
今回の“事変”を未然に防ぐ術があったとすれば、それは、《ガイハート》を振るうタイミングだろう。
二度の敗北によって怒り狂った《ガイギンガ》。
敗北そのものは一騎が未熟であったせいではあるが、《ガイハート》を振るうに足る力量があったかどうかというところは、テインが判断していた。
時期尚早。確かにそうだったのかもしれない。
テインは、一騎の力量を見極められなかった。だから《ガイギンガ》の怒りを買う結果となった。
恋を救うための力が必要だと思って、彼が託した剣は、諸刃の剣だったのだ。そして、今では持ち主を飲み込む魔剣だ。
主の力を正しく判断できず、傷つけてしまったテイン。軍師としては、確かに失格だ。
「でも、それを言ったら俺も、部長失格なのかもな」
俺も人のことは言えないな、と自虐的に呟く一騎。
「恋は救えなかったし、皆には迷惑かけっぱなしだし、今だって……」
今だって、問題はなにも解決できていない。
恋を助けようと奔走しても、結局は暁に助けられた。
暴龍に飲み込まれた時には、ミシェルに助けられた。
暴龍を助けようと思っても、今は氷麗に任せきりだ。
一騎がいない間に、生徒会とも揉めている。自分がいればもっと丸く収められたと思うと、やるせない気持ちになる。
そのせいで今の仕事も増えている。部員たちの負担は増え、皆一様に疲れ切っていた。
こんな状態を作り出してしまうようでは、自分も部長失格だ。
こんな体たらくでは、部長なんて大役は自分には務まらない。
「……部長、か」
ふと、思う。
「そういえば俺……なんで部長になったんだろう」
なんでと問われれば、それは任命されたからと言う他ないが、なぜ自分が任命されたのだろうと、思った。
自分を部長に推薦した人物。前年度の部長。
その姿が、ぼぅっと一騎の頭の中で浮かび上がる。
「……久しぶりに、話したいな」
彼女のことを思い出し、そんなことを考えた。
いつも自分たちを導いてくれた人。頼りになって、なんでも任せられる、この人になら付いていけると、そう思わせる人。
前部長なら自分の悩みを解決してくれる——だなんて甘えた考えを持ったわけではないが、なにかを教えてくれると思った。去年までのように、なにかを伝え、そして、道を示してくれると。
彼女ならば、もしかしたら。
「会いに行こう、先輩に——」
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.350 )
- 日時: 2016/04/01 00:21
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
烏ヶ森からは少し離れたところ。ここからなら、東鷲宮が近い。
しかし一騎が向かったのは、暁たちのいる東鷲宮ではなかった。そこから商店街を抜けた向こう側。
そこにあったのは、学校だ。
雀宮高等学校、と門には刻まれている。
もう下校時間になっているのだろう。自分とは違う制服を着た高校生たちが、門を潜って出て来る。見慣れない制服を着ている一騎の姿は少し目立ったが、ほとんどの生徒は一瞥するだけで、すぐに去っていく。
やがて、一つの男女の集団が目についた。
こちらが存在を認識すると同時に、向こうもこちらの存在に気付いたようで、その集団から離れて駆け寄ってくる。
「ツッキー! もう来てたんだ、相変わらず早いね」
「先輩を待たせるわけにはいかないので」
「そーゆーとこも相変わらずだなぁ、ツッキーは」
「野田先輩も、お変わりないようで」
半年前に見た姿と、全く変わらない。一騎はそこに懐かしさを感じた。
野田ひづき。一騎の一つ上の先輩で、彼が在籍している部の、前部長だった人間。
中高一貫なので高校受験の必要はなく、エスカレーター式に上がっていけるのが烏ヶ森なのだが、彼女はそのまま持ちあがることをせず、この雀宮高校を受験して進学したという、特例中の特例な変わり種だった。
そのため、一騎もわざわざ彼女に会うために、こんなところまで足を伸ばすことになったわけだ。
しかし、そんな労力は苦でもなんでもない。
今、自分が抱えているものに比べれば、なんてことはなかった。
そう暗くなっていると、ひづきが抜けて来た集団の残り組がやって来た。小学生かと思ってしまいそうなほど背の低い女子生徒と、特徴が皆無と言っていいほど目立つところが見つけられない男子生徒だった。
「ひーちゃーん! その人は? もしかして彼氏さん!?」
「あはは、違うよー。中学の頃のこーはい。久々にお話するんだよ」
「へぇ、あたしたちの汐ちゃんみたいな感じかな?」
「まあ、似たようなもんじゃないか?」
女子生徒の言葉に、男子生徒が流すように答える。
「珍しく空城くんと帰れそうなところ残念だけど、そーゆーわけだから、今日はここでね。バイバイ、このみちゃん、空城くん!」
「ばいばーい」
「また明日、野田さん」
手を振って、二人と別れを告げるひづき。
一騎は、ふと聞こえてきた名前に首を傾げる。
「空城……?」
去り際に、そう呼ばれた男子生徒に目を向ける。
(顔つきは暁さんに似てる……そういえば、高校生のお兄さんがいるって——)
「ツッキー」
ひづきの声が聞こえる。
そこで一騎の意識が、彼女に戻った。
「で、話ってなに?」
「あぁ……えっと……」
しかし意識が違う方へ向いていたため、反応が遅れた。
これではいけないと、思考を切り替える。今日は、彼女に話があって来たのだ。本来の目的を忘れるな、と自分に言い聞かせる。
「とりあえず、立ち話もなんなので、どこか入りましょう」
「うん、分かった」
そうして、二人は並んで歩き出した。
一騎とひづきは、適当に駅近くの喫茶店に入った。
二人は向かい合って座り、一騎はコーヒー、ひづきは紅茶をそれぞれ注文する。
しばらくして、注文したものが運ばれてきた。
「あ、代金は俺が払います。こうして時間を取らせてしまっていますし」
「いいよいいよ、ふつーに自分の分は自分で払うよ」
「いやでも」
「中学生にたかるなんてカッコ悪いしね。そんなにお金ないから奢るのは無理だけど、ちょっとは先輩を立たせてよ」
「は、はい……」
奢らないのならば立たせたことにならないのではないか、と思ったが、口には出さなかった。
それよりも、今は大事なことがある。
「で、聞き直すけど。話ってなに、ツッキー?」
一騎が切り出すよりも先に、ひづきから先に話を振ってきた。
「……先輩」
一騎は少し間を置いてから、おもむろに口を開く。
「なんで俺を部長にしたんですか?」
「? なんで、って……」
驚いた、というより、困惑しているような素振りを見せるひづき。
その困惑は、答えづらいと言うよりも、答えなくてはならないのか、と言っているかのようだったが、ひづきは答えた。
当たり前だ、と言うように。
「そんなの決まってるじゃん。今の三年生って、ツッキーとミミちゃんの二人でしょ? そりゃー、その二人から選ぶなら、ツッキーしかいなくない? 確かにミミちゃんはめちゃくちゃ優秀だけど、あの子は二年の終わりから入ってきたわけだし、キャリアで言えば一年の春から入部してるツッキーの方が断然あるんだから、どっちも優秀なら経験豊富なツッキーの方が適任だよね。空護くんや美琴ちゃんも優秀だけど、三年生で部長になれる人がいるのに、それを差し置いて二年生が部長っていうのは、私はやりたくないなぁ」
非常に理に適った、正論すぎるほどの正論だった。
しかし同時に、消極的な決め方だとも思った。
どっちもいい。その中で、どっちがいいかを決めるうえで、ひづきは在籍期間の長さを提示した。それはそれで、筋道の立った選び方だ。
しかしそれは、どちらが部長として相応しいか、ということであって。
一騎が部長に相応しいのはなぜか、という問いの答えではない。
「……っていうのは、建前ね」
「建前?」
「そう。こっからが本音」
にやり、と口の端を釣り上げて言うひづき。困惑の表情はポーズだったようだ。素振りも建前だとは思わなかった。
「まずね、ツッキー。私はツッキーのことは優秀だと思ってるよ。勉強できるし、スポーツもできるし、料理は美味しいし、他人には優しいし、真面目だし、ゲームもできるし、非の打ちどころがないくらいによくできた人間だと思ってる。しかもそれを鼻にもかけない人格者。大人びてて、穏やかで落ち着いてるし、こんなできた人間は初めてだった。最初に見た時は驚いたよ」
「はぁ……」
「本当、すごい大人びてたよ、ツッキーは。だからかな、人望もあったし。みんなの声に耳を傾けて、それを行動に起こすことができる人でもあった。ミミちゃんは我が道を行くタイプだから、そーゆーのには向いてなかったけど」
でもそういう生き方も素敵だよね、とひづきはミシェルをフォローする。これは建前でもポーズでもない、本心だろう。
こういうことをさり気なく言えるあたり、彼女も十分できた人間だと、一騎は思う。
「だからツッキーは、大人っぽくて、大人びてた。だけどね、ツッキー」
紅茶を少し含ませてから、ひづきは言った。
「“大人びてる”と“大人であること”は、違うんだよ」
「大人びてると、大人であること……」
字面は似ているが、並べてみると、その二つは明らかに違う。
その意味の違いは、どれだけの深さがあるのか。
「この世界にどれだけ本当の“大人”がいるんだろうね。私も、できるだけ大人の女性になれるような努力はしてるけど、まだまだ子供。ぜーんぜん、自分の理想に近づかない」
「野田先輩の、理想……?」
「まー、私の理想が高いってのもあるかもしれないけど、せめて“大人”にはなりたいよねぇ」
半分笑いながら、冗談めかして言うひづき。実際、半分くらいはジョークで言っているのだろう。
ただし残りの半分は、本気で言ってるだろうが。
「ツッキーは、“大人になることって”、どういうことだと思う?」
「大人になること? 成人を迎える、って意味じゃないですよね?」
「モチのロンだよ」
「それは些か古いのでは……えぇっと、大人になること……自分のすべきことを、すべて自分でできるようになる、とかですかね?」
「そういう捉え方もあるんだろうけど、ツッキーらしいね」
はぁ、と溜息を吐くひづき。
なぜここで、溜息なんて吐くのだろうと、一騎は戸惑う。
自分はなにかまずいことを言ったのか。古いと言ったことが気に障ったのか、などと思っているうちに、ひづきは続ける。
「……ツッキーはさぁ」
テーブルに肘を着き、諌めるように、ひづきは言った。
「人の話は聞けるけど、自分の話はできないよね」
「っ!」
その言葉に、一騎は思わず息を飲んだ。
いまだかつて言われたことのない言葉。その言葉一つで、一騎の動悸が跳ね上がる。
核心を突かれたような気分だ。けれど、それが自分の核心なのかどうか、分からない。
分からないが、その言葉は、一騎の中に大きく響き、ずっしりと重くのしかかった。
「私はずっと思ってたんだ。ツッキーって、人のやってほしいことを聞いて、その通りにやってくれるんだけど、ツッキー自身はどうしたいのか、ツッキーはなにをするのか、なにを求めているのか、なにが理想なのか……そういうこと、なかなか話してくれなかったよね」
「それは……」
「しかもツッキーのタチが悪いところは、言わないで潰れるんじゃなくて、言わないままでも自分で解決しちゃうところだよね。確かに自分で解決できるなら、他人に言って力を借りる必要なんてないけどさ」
だけど、とひづきは目つきを少しだけ鋭くする。
「世の中、自分の力でできることは本当に限られてるんだよ。自分の限界をを知らない身の程知らずは愚か者でしかない。ツッキーは自分の限界を、ちゃんと弁えてる?」
自分の身の程、限界。
自分はどこまでやれるのか。どこが上限なのか。
それは、人ひとりが思っている以上にちっぽけだ。それを、一騎は理解しているのか。
ひづきは問うた。
一騎は重い口を開き、答えた。
「……そのつもり、ですよ。俺にだって、やろうとしても、無理だったことはあります……今までも、今この時だってそうです」
あまり口を付けていない、コーヒーの黒い水面を見つめる一騎。そこに映るのは、黒ずんだ自分の姿。
無力で、身の程を弁えない力を行使するような、自分がいた。
恋を救おうと思っても、力が足りなかった。
その力は自分には不相応で、今も仲間を蝕んでいる。
無力さ、脆弱さ、惰弱さ。そういった限界の壁が、一騎の前には立ちはだかっていた。
そして自分は、その壁を乗り越えられないでいる。ずっと、ずっと、昔から、今でも、それを感じている。
「あんな思いはもう嫌です。俺は、本当に無力だった。だから、だからこそ、今度こそは、俺一人でも解決できるように、俺はもっと強く——」
「そこがダメなんだよねぇ、ツッキー」
一騎の言葉を遮って、ひづきはダメ出しした。
そしてまた、溜息。しかし先ほどのものよりも軽い。
「やっぱりツッキーはそうだった。失敗しても、ぜーんぜん反省できてない。挫折を経験したことない人はみんなこうなのかな?」
「ど、どういうことですか?」
急にダメ出しを受けて、たじろぐ一騎。
一騎にとって、先の言葉は彼なりの決心だった。今までの後悔を孕み、今起こっている問題の解決する決意を含ませた、一騎の意志だ。
それを、軽く流すようにダメ出しされれば、文句の一つでも言いたくなる。
しかし一騎に言葉を続けさせず、ひづきが言葉を紡ぐ。
「いい? ツッキー。ツッキーになにがあったのかは知らないけど、ツッキーに必要なものは、自分の声を伝えることだよ。その一回目はやむを得ずって感じだったみたいだけど、そこから学ぶべきは、『次は一人できるようになろう』じゃなくて『次からはみんなの手も借りよう』だから」
「みんなの、手を……?」
「そう。ツッキーは優秀だからなんでもできると思うけど、いつか自分の限界を超えてくるようなことが起こるよ。そういう時は、他人の力を借りるの」
限界なら、既に感じている。
しかし、彼女の言うことは、限界を感じた時の対応だ。
無力な自分は強くなることで、さらに進めると思っていた。
「ツッキーは元々のポテンシャルがずば抜けてるし、初期ステータスは断トツのAトップなわけ。だから大抵の雑魚キャラなら瞬殺できるけど、ボス戦だとそうはいかない。ゲームのボスって、普通はプレイヤーより強く設定されてるからね。いくらポテンシャルやステータスが高くても、一人じゃ敵わない。だから、仲間の力を借りるの」
「仲間の力を、借りる……」
「そうそう。今のツッキーの考えは、パーティー一人の癖に『魔王には勝てない。だったらレベル上げだ』って言ってるようなもんだよ。レベル上げも大事だけどさ、それ以前の問題。そりゃ一人じゃ勝てないよ、そういう風にできてるんだもん。だからツッキーが取るべき選択肢は『仲間を増やして、一緒に戦おう』、そのために『酒場に行って、仲間に声をかけよう』だよ。特に大事なのが、声かけのところね。ツッキー、全然他人を頼ろうとしないんだもん」
仲間を集めるために、仲間に声をかける。RPGゲームでは王道だ。
現実でも同じ。協力を仰ぐためには、その旨を伝えなければなにも始まらない。
伝える。
それが肝要なことだ。
「大人になるって、そういうことじゃないのかな。パーティー一人じゃ魔王が倒せないみたいに、人間は社会の中で、一人じゃ生きられない。他人の力を借りないといけない。けれど社会は、他人の力を借りることを、自然な形として形成していない。それを、自然な人の輪を——人の和を構築することができれば、人は大人になれるんだと思う。それって要するに、他人に自分の意思をちゃんと伝えられるようになる、ってことなんだけど」
「人の和……自分の意思を伝える……」
自分には、それが欠けているということなのだろうか。
あまり自覚していなかった。というより、まったく考えたこともなかった。
今日、今この時。ひづきに言われて初めて、一騎は自分という人間の知らない面を垣間見た。
「ツッキーは受け身すぎなんだよ。もっと、他人を頼ってもいいんだよ?」
スッ、と。
ひづきは身を乗り出して、一騎に顔を近づけた。
今までの明るい声ではない。落ち着いた、優しい声で、彼女は語りかける。
「大丈夫、みんなツッキーのこと大好きだし、優秀な子ばっかりだから。ミミちゃん、空護くん、美琴ちゃん、みんなツッキーの力になってくれる。仲間を信じて。だから、伝えよう、ツッキー自身のこと」
「先輩……」
「って、そーゆーことを知ってほしいから、私はツッキーを部長にしたんだけどね。本当は自分で気付いてほしかったのに、ツッキーってばずるい子だから、喋らされちゃった。もう、言わせないでよね」
「え、あ、す、すいません……?」
とそこで、サッと身を退いて、あっけらかんとした調子でひづきは笑った。
恋の照れ隠しの所作と、少し似ていた。一騎も思わず笑みが零れる。
「でも、全部自分で解決しようとしないで、私に相談しに来たのは成長だね。一歩前進! これはポイント高いぞ?」
「そ、そうなんですか」
「だからこのまま前進しようね。後ろに下がっちゃダメだよ?」
後退することなく、前進する。それが成長。
一騎が求め、そして求められているものだった。
「話は、以上かな?」
「……はい。ありがとうございました」
「いやいや、このくらいお安い御用だよ。私も久々にツッキーとお話できて楽しかったし。部室に行けなくてごめんね」
「いえ、先輩もお忙しいでしょうし、無理なさらず」
「ふふふ、でも今度、久しぶりに遊びに行こうかな。ミミちゃんたちとも会いたいし」
お互い、残っている冷めかけたコーヒーとと紅茶をすべて飲み干して、店を出た。
思ったよりも話し込んでしまっていたようで、時間は五時を過ぎていたが、外はまだ明るい。
「先輩、家まで送っていきますよ」
「いいよいいよ。私の家、駅とは逆方向だし。ぶっちゃけ烏ヶ森の高等部通うより、雀宮通う方が楽なんだよね。徒歩通学できる距離だし」
「でも、夏とはいえ危ないんじゃ……」
「気遣いは嬉しいけど、ツッキーは自分のことをなんとかしようね。他人を頼らせる前に、他人に頼る! もっと他人に、自分の言葉を伝える! 分かった?」
「は、はい……」
「というわけだから。じゃーねー! バイバイ、ツッキー!」
「さようなら、先輩」
そう告げると、二人は別れた。
駅に向かって歩く一騎。道中、彼女の言葉を思い出す。
「俺のことを伝える、か……」
それが、自分に足りなかったことなのだろう。
今までの自分は後退していた。顧みるということを、履き違えていた。
反省の仕方を間違えた反省に、意味はない。それは進化ではなく退化を招きかねない愚行だ。
知らず知らずのうちに、自分はその愚行を犯していた。そして、考え方も、愚考となっていた。
そのことを、今日を、気づかされた。
「先輩に会って、よかったな」
やはり彼女は、道を示してくれる。
部長という役職こそ、今は自分が受け継いでいるが、一騎にとっては、ひづきはいつまでも、部長という偉大な存在であった。
どこか蟠っていたものが、スゥッと消えていた。
自分の進むべき道が見え、そこに向かって行けるだけの勇気を得た。
迷いも不安もない。自分のするべきことも見えた。
だからあとは、実行するだけだ。
自分自身を、伝えるということを——
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.351 )
- 日時: 2016/04/03 07:12
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
一騎が部室を訪れると、既に部屋の中には、一騎以外の部員が全員集まっていた。
一騎は、ミシェル、空護、美琴、八、恋、氷麗を順番に見遣る。
「いいところに来ましたね、一騎先輩」
最後に目を合わせた氷麗は、一騎に対して言う。
「先ほど、例のクリーチャーの居場所が判明しました」
「本当かい? どこにいるの?」
「最初に私たちが登った山——先輩はその時はまだ飲まれていましたが——です。あの時はかなり低いところでしたが、今は標高の高いところで居座っているようですね」
「ということは、前よりも過酷な環境、ってことか」
さらに、暴龍は今までの間、どこかしこでマナを喰らい続けてきているはず。
以前よりもさらに巨大な力を得ていると考えて間違いないだろう。
「それでも、俺は行くよ」
「おい一騎、お前また無茶する——」
「大丈夫だよ、ミシェル」
一騎はミシェルの言葉を遮る。
そして、一度部員たちを見回した。
「今回の件がどれだけ危険なことなのかは、俺も理解しているつもりだよ。だから、もしもの時は、俺もみんなの力を借りたいと思ってる」
「……部長の口から、そんな言葉が聞けるとは」
「ここまでダイレクトに協力を仰がれたのは、初めてな気がしますねー」
「一騎……」
「もう無茶はしないよ。みんなに、凄く迷惑をかけちゃってるしね……だから今回は、俺一人で、行かせてほしい」
言ってることは今までと同じ。しかし、その中に内包される彼の意志は、今までのものとは明らかに違っていた。
今までの彼の言葉を比べて、その重みが違っていた。無理に背負い込んでいるのではない。自分の背負うべきものを見極めたうえで、その重みを感じさせている。
だからか、いつもなら突っかかるミシェルも黙したまま、一騎の目を見つめている。
「つきにぃ……だいじょうぶ……?」
「大丈夫だよ、恋。俺はもう無茶はしない、みんなもいるしね。だからもしもの時は、助けてくれないか?」
「……うん、わかった」
コクリと恋は頷く。
誰も一騎を止めなかった。
いつもならこういう時は不安に駆られる。だが、今はそれがない。
それは、剣埼一騎のなにかが、確実に変わっていた証左だった。
「氷麗さん。転送、お願いできるかな」
「……了解です」
そう一騎に言われ、転送準備をする氷麗。
機械に弱い彼女がその準備に手間取っている間、スッと一騎の傍にミシェルが寄ってくる。
そして彼女は、耳打ちした。
「一騎」
「ミシェル? どうしたの?」
「お前、なにがあった?」
ミシェルは、率直に尋ねる。
つい先日の様子とは明らかに違う一騎の立ち振る舞いを、怪訝に思ったのだろう。
「……野田先輩と、話をしたんだよ」
「ひづき先輩と? また懐かしい名前を出してきたな。いつだ?」
「昨日。その時、先輩に教えられたよ。俺が“部員のことをちゃんと見れてない部長”だって」
あれから、一騎は彼女に言われた言葉を思い返し、反芻し、自分の中で一つの答えを見つけた。
その一つが、それだった。
「俺はみんなが動きやすいような部を作ることが、部長の責務だと思ってた。でも違った。俺自身がどうしたいかを、ちゃんとみんなに伝えなきゃいけなかったんだね」
誰かの言葉に耳を傾けるは大事だ。だが、それだけで人の上には立てない。
下にいる者を管理するだけが上の役目ではない。下にいる者を引っ張り上げることも、必要なことなのだ。
そのためにも、トップが方針を打ち立て、伝えなければならない。
「ここ半年、ミシェルには随分と注意されたけど、考えてみれば当然だったよ。俺、みんなにちゃんと伝えもせず、勝手に突っ走ってた。そりゃ、失敗もするし、心配もかけるよね」
「……ようやく理解したか。遅いっての、馬鹿野郎」
「……ごめん」
「転送準備、できました」
氷麗の準備が完了したようだ。
ミシェルは身を退き、一騎は前に出る。
そして、もう一度部員の顔を見渡し、憧れの戦場に赴く少年兵のように、晴れやかな表情で、一騎は言った。
「——行ってきます」
転送されたのは、前に訪れた岩山を、さらに登ったところ。
そこでは、羽織りに軍刀を携えた彼が待っていた。
「一騎……」
「テイン」
沈んだ表情のテイン。
暴龍に立ち向かうために、一騎はここに来た。しかしその前にも、解決しなければいけない問題があった。
「テイン、俺は君に来て欲しい。二人でガイグレンのところに行くんだ」
まず一騎は、テインにそう言った。
テインは顔を上げるが、その顔は、疑心と不安に満ちている。
「いいの? 僕なんかが行っても……また、君を辛い目に遭わせるかもしれないのに」
主の力を見極められず、分不相応な武器を解放してしまった軍師。
その未熟さは今回に限らず、今後の起こりうるなにかしらの出来事に際しても、足枷になりかねない。
枷を嵌めたまま、暴龍に立ち向かう。そのリスクは、あまりにも大きい。
「だから、僕が一緒に行ったとしても、力になれないどころか、また君を傷つけてしまうかもしれないのに」
「その時はその時だよ」
なんでもないように、一騎は返した。
そして、続ける。
「それにね、テイン。《ガイギンガ》がああなってしまった原因は、俺にもあるんだ」
「え……?」
「君は俺の力量を測れなかった。そして俺は、《ガイギンガ》の強さに応えられるだけの力がなかったんだよ」
確かに、分不相応な武器を与えたのはテインだ。主の力を正しく判断できなかった彼の眼には、狂いがあった。それは確実にテインの失態だ。
しかし与えられた武器を使いこなせず、逆に飲まれてしまったのは、他でもない一騎自身だ。一騎が自分の望みに耐えうるだけの強さを持っていれば、そもそもこんなことにはならなかった。自分の力を超えた望みを持たなければ——と言うのはあまりに酷だが、自分の望む力を受け入れられるだけの強さがあれば、テインの眼を狂わせることも、そもそもなかったと言える。
ゆえにこれは、テインだけの失態ではない。一騎の力不足も、原因なのだ。
「俺は本当に無力なんだよ。昔も、今も。大切な人も、仲間も、守れないくらいに」
だからさ、と一騎はテインに語りかける。
ミシェルや後輩たち、恋、ひづき、暁たち遊戯部の面々に対してとも違う、彼だけに対する、優しい声で。
「テイン、一緒に強くなろう」
ただ一人の相棒であり、唯一無二の剣として。
「俺には君の力が必要だ。俺はまだ、剣の握り方も分からないんだから。最後まで俺に全部教えてよ、軍師さん」
「一騎……」
顔を上げ、一騎を見つめるテイン。
彼はなにかを言おうと口を開きかけたが、出て来る言葉を飲み込む。
そして、ふっと笑みを零した。
「……握り方が分からないは、言いすぎだよ」
「そうかな」
「そうだよ。もう、振り方くらいは覚えてるだろう。だから次に教えなきゃいけないのは……型、かな」
「型?」
「うん、型。技と言い換えてもいいかな。その剣を十全に扱った動きを完成させないと」
「俺はずっと我流だったってことか」
「そうだね。我流も大事だけど、その前にきちんとした定型を覚えないと。型破りは、型を完璧にしたからこそできることなんだから」
「そっか。我流のままじゃ、確かに強くなれないね。なら型をちゃんと習得しないと……そのためにも——」
一騎とテインは、山の頂へと目を向ける。
「——助けよう」
「僕たちの、仲間を——」
山の頂。
標高もかなり高いだろう。外気は刺すように冷たく、空気も薄い。
しかし、同時に凄まじい熱気と、詰まるような息苦しさを感じる。
そんな矛盾したこの場所に、彼はいた。
「ガイグレン……!」
槍のように尖った山肌に登り、まるでRPGの魔王のような佇まいで、暴龍は鎮座している。
なにかを貪っているわけでもなく、ただじっと、真っ赤に血走った眼で、暴龍は一騎とテインを見つめていた。
一騎は少しずつ暴龍に近づきながら、呼びかけるように口を開く。
「ガイグレン。俺だよ、一騎だ」
『ガアァ……』
一騎の呼びかけに応じたのか、暴龍は唸り声を上げた。
「理性は残ってる……? モルトは、まだ生きてるのかな」
「ガイグレン! 聞いて欲しいんだ」
今度は声を張り上げて、叫ぶように語りかける。
「俺たちは、グレンモルトを、君を解放しに来たんだ。君が怒っているのは分かった。それが、俺たちの未熟さのせいだっていうのも、理解してる。だからこれは、その罰なんだろうね」
二重に勝利重ねる龍、《ガイギンガ》。
彼にとっての勝利とは、必ず為すべき使命である、絶対的なルールだ。
即ちこの“事変”は、そのルールを破った一騎たちに対する罰に他ならない。勝利という使命を遂行できなかった、一騎とグレンモルトに対する、ルール違反のペナルティだ。
同時に、勝利こそが存在理由であるガイギンガの誇りを穢した、怒り。
その結果が、今だ。
「でも、こんなやり方は間違ってるよ。君という剣を振るうに相応しいのは、グレンモルト以外にはいない。僕は、そう思ってる。君は怒りに任せて、自分の相棒を消してしまうつもりかい?」
『グウゥ……』
「モルトだって悔やんでるはずだ。君に勝利を授けられなかったこと、君の誇りを踏み躙ってしまったこと、そして、己の未熟さと不甲斐なさを。彼を取り込んでいる君が、それは一番分かっているんじゃないのかな?」
今の暴龍は——ガイギンガは、グレンモルトと一心同体。
彼らの思いは、ダイレクトに繋がっていると考えてもおかしくない。
「君の怒りは理解できるけど、いつまで駄々をこねてるつもり? いい加減にしないと、手遅れになるよ。君の癇癪で、君は自分の仲間であり相棒を殺すことになる」
「テイン」
「……ごめん、火に油だったかもね」
「俺らは戦いに来たんじゃない、俺たちの意志を伝えに来たんだ」
そして、彼らを救いに来た。
そのことを忘れてはいけない。
「ガイグレン。俺たちはただ、仲間を失いたくないだけなんだ。グレンモルトも、ガイギンガも、共に戦った仲間だ。それが消えようとしているなんて、見過ごせるわけがない」
だから、と一騎はさらに一歩、近づく。
張り上げた声を落ち着かせ、穏やかに、諭すように、呼びかける。、
「もうこんなことはやめよう。このままじゃ、みんな不幸になる。俺は、仲間がいなくなるなんて、大事な誰かが消えるなんて……嫌だよ」
過去を思い出す。
既にいなくなってしまった人たち。いなくなってしまいそうだった彼女。
また同じ悲しみを、味わいたくはない。
「それにね、ガイグレン」
だからこそ、一騎は伝える。
自分の、思いを。
「俺は、俺たちは……君と——」
刹那、
『ガアァァァァァァァァァァァァァイッ!』
暴龍が咆えた。
「一騎!」
「……やっぱり、戦うしか、ないのかな」
怒り狂ったような咆哮。
一騎たちの言葉に逆上したのか、はたまた別の要因によるものなのかは分からないが、どちらにせよ、暴龍自身がどんどん怒りに飲まれていることは確かなようだった。
こうなってしまえば、向こうも見境なしに暴れ回ることだろう。そうなれば力ずくでも鎮めるしかない。
「できれば戦うのは避けたかったけど……致し方ない、か」
気は進まないが、そうするしかないのであれば、選択肢が一つしかなければ、それを選択する以外に道はない。
だが、
「今の俺で、勝てるのかな……」
気持ちで負けるつもりはなかった。ひづきの言葉もある。絶対に暴龍を、グレンモルトとガイギンガを救うという意志は曲げない気でいた。
しかし現実的に考えて、今の戦力はどうだろうか。
一騎はそっと自分のデッキに触れる。《グレンモルト》も《ガイギンガ》もいない、今の自分のデッキ。
現在の一騎のデッキは、最も強力だった切り札が抜け、大幅に戦力ダウンしている。
それでいて戦う相手は、その切り札だった存在。
生半可な力で敵う相手ではない。今の自分の力で本当に倒せるのか、不安に駆られる。
「大丈夫だよ、一騎」
「テイン……」
その時、テインが語りかける。
頂に登る前、一騎が彼に語りかけたように、穏やかで、優しい声で。
それでいて、勇ましく、頼もしい声で、彼は語る。
「モルトとギンガがいない穴は僕が埋める。《ガイハート》に代わって、僕が君の刃となるよ、一騎」
「……うん、そうだったね」
危うく忘れるところだった。
そうだ。自分には仲間がいる。彼女もそう言っていたではないか。
それを思い出すと、途端に力が湧いてきた。目の前の暴龍に、立ち向かう勇気も出て来る。
最後に一歩、二人は踏み出した。
「頼んだよ、テイン」
「あぁ、任せてくれ」
二人は暴龍に立ち向かう。
一人の戦士と、一振りの剣として。
「ガイグレン。絶対に君を救ってみせる——今度こそ」
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.352 )
- 日時: 2016/04/03 23:06
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
「俺のターン! 《龍覇 ストラス・アイラ》を召喚! 《熱血爪 メリケン・バルク》を呼び出して、《ストラス・アイラ》に装備!」
一騎とガイグレンのデュエル。
互いにシールドは五枚、クリーチャーは一体ずつ。一騎の場には《メリケン・バルク》を装備した《龍覇 ストラス・アイラ》。ガイグレンの場には《爆熱血 ロイヤル・アイラ》。
『ガァ……!』
ガイグレンのマナが赤く発光し、クリーチャーが飛び出した。
「《ロイヤル・アイラ》……」
出て来たのは、ニ体目の《ロイヤル・アイラ》。
マナ武装3の力で残りの手札を捨てた暴龍は、新たに二枚のカードを引き、三体目の《ロイヤル・アイラ》を呼び出して、さらに手札を補充する。
「クリーチャーは三体。そして、もう8マナか……でも、俺に《ガイグレン》を止める手立てはない……」
一騎の彼に飲まれ、一時的とはいえ同じ身体を共有していたから分かる。《ガイグレン》はマナの力を大量に吸収することで、無限に攻撃が可能だ。加えて、相手のカードによって選ばれた時に、自分よりも弱い相手クリーチャーを全滅させる能力も持っている。
後者の能力も強力だが、前者の能力が特に凶悪だ。大型ブロッカーでもいない限り、止めることはできない。火単色の一騎では、出されたらまず負けると思っていいだろう。
つまり、一騎がするべきことは、《ガイグレン》を出させないこと。または、その間に勝つこと。この二つだけだ。
「……呪文《勝負だ!チャージャー》。《ストラス・アイラ》を選択して、このターン、タップされていないクリーチャーを攻撃可能にするよ。続けて《爆炎シューター マッカラン》を召喚! マナ武装3発動、《ロイヤル・アイラ》とバトル!」
一騎のマナが三枚、赤色に輝く。
刹那、手札から飛び出した《マッカラン》が戦場を駆け、《ロイヤル・アイラ》を切り裂いて破壊する。
「まだだよ! 《ストラス・アイラ》でも《ロイヤル・アイラ》攻撃! その時《メリケン・バルク》の効果で、パワー2000以下のクリーチャーを一体破壊する! もう一体の《ロイヤル・アイラ》を破壊だ!」
《メリケン・バルク》から放たれる火球が《ロイヤル・アイラ》を焼き尽くし、《ストラス・アイラ》の鉄爪による裂撃が最後の《ロイヤル・アイラ》を引き裂く。
僅か1ターンで、アンタップ状態の三体のクリーチャーを全滅させる一騎。さらにこのターンの終わりに、《メリケン・バルク》が龍解条件を満たす。
「ターン終了時に、《メリケン・バルク》を装備した《ストラス・アイラ》がタップされているから、《メリケン・バルク》の龍解条件成立! 2D龍解! 《熱決闘場 バルク・アリーナ!》」
《ストラス・アイラ》の手に装着された《メリケン・バルク》が外れ、地に落ち、膨張する。
地に強く食い込み、空に突き上げるように伸び、大きく広がった。
そして、熱き魂の決闘場、《バルク・アリーナ》が完成する。
が、しかし、
『グゥ、ガアァイ……ッ!』
「!」
四枚目の《ロイヤル・アイラ》が現れるが、それだけではない。
手札を入れ替えたガイグレンの手札が、火を吹く。
呪文《天守閣 龍王武陣》。
山札の上から五枚が捲られ、ガイグレンはその中の一枚を、砲撃として放つ。
放たれたのは、彼自身。
《ガイグレン》のカードだった。
「っ、《ストラス・アイラ》が……!」
さらに五枚のマナが、さらに強く、赤く、発光する。
砲撃の弾とされたカードは、ガイグレンの元へと引き寄せられ、取り込まれる。
「遂に《ガイグレン》が……どうする……!?」
考えても、対策は出てこない。焦燥と不安、威圧、そして恐怖が、正常な思考を狂わせる。
「《龍覇 スコッチ・フィディック》を召喚……超次元ゾーンから《天守閣 龍王武陣 —闘魂モード—》をバトルゾーンに」
一騎は、さらにドラグナー、そしてドラグハート・フォートレスを呼び出すが、遅すぎた。
それだけでは、なにも変わらない、変えられない。
暴龍の暴走は——暴龍事変は、止められない。
混乱と混沌を纏い、すべてを破壊すべく、怒り狂った暴龍が戦場へと現れた。
『ガアァァァァァァァァァァァァァァァイッ!』
暴龍事変 ガイグレン ≡V≡ 火文明 (9)
クリーチャー:ガイアール・コマンド・ドラゴン/ヒューマノイド爆/ドラグナー 11000+
スピードアタッカー
マナ武装 9:このクリーチャーが攻撃する時、自分のマナゾーンに火のカードが9枚以上あれば、そのターン、このクリーチャーをアンタップしてパワー+3000する。
W・ブレイカー
相手がこのクリーチャーを選んだ時、このクリーチャーのパワー以下のパワーを持つ相手のクリーチャーをすべて破壊する。
その存在は事変である。
生きているものにも、そうでないものにも、多くのものに多大な影響を及ぼす、暴走した龍。
紅蓮に染まる身体は、彼の怒りを示す。
左腕の剣は、彼の憤怒だ。右腕の楯は、彼の激憤だ。
弱さは認めない。敗北は許さない。それらを為してしまったがゆえに、爆ぜるような怒りを燃え上がらせ、すべてを飲み込む暴龍が、現れた。
「……! な、なんだ……っ!?」
急に、苦しくなる。
息が苦しい。身体の力が抜けたかのように重い。肌を焼くようなひりつく痛みが、とにかく熱い。
見れば、マナゾーンの火がなびいている。
そしてそれらは、《ガイグレン》の身へと、取り込まれていた。
「マナの力を、吸収しているのか……それも、こんな無差別に……」
「このまま彼を野放しにはできないよ、一騎。これ以上《ガイグレン》を暴れさせたら、火文明の力が衰退して、最悪、火文明のクリーチャーが絶滅しかねない」
矢継ぎ早に言うテイン。深刻な顔をしているのは、見るまでもない。焦りに駆られている。それだけ、目の前の存在は強大で凶悪。そしてなによりも、危険なのだ。
火文明だけではない。もしかしたら、他の文明のマナすらも吸い付くし、すべてを果てさせてしまうかもしれない。
「でも、どうしたら……」
もはや打つ手はない。どうしようもないのだ。
《ガイグレン》は雄叫びを上げ、空気を震わせる。
そして、駆けた。
「来るよ、一騎!」
「っ……!」
大剣が、振り降ろされる。
「ぐぁ……っ!」
一撃で二枚のシールドが砕け散った。木っ端微塵になり、破片が一騎の皮を裂き、肉を抉り、身を焼き焦がす。
「ぐ、うぅ……!」
熱い。
痛い、ではない。とにかく熱い。焼きゴテというレベルではない。めらめらと燃える松明を、そのまま押しつけられているかのような熱さが、裂傷すらも焼いていく。
肉が焦げた異臭が鼻を突く。絶叫してしまいそうになるが、歯を食いしばる。
残りシールドは三枚。一撃は耐えることができた。
しかし耐えたところで、意味はない。こんなものは、彼の攻撃を耐えたことにはならない。
力尽きるまで、命尽きるまで、燃え尽きるまで、暴龍は止まらない。《ガイグレン》は、銀河の大剣を振るい続ける。
乱暴に、斬るのではなく砕くように、押し潰し、叩き潰すように。破壊的な衝動に任せて、《ガイグレン》は横薙ぎの一閃を放つ。その刃の前では、どんな盾でも、紙のようにたやすく焼き斬れてしまう。
このままでは、終わりだ。
焦燥が頂点に達する。早くなんとかしなくてはいけない。そんな焦りが、最高速度で駆け抜ける。
だから、だろうか。
焦燥と不安が募ったために、《ガイグレン》から滲み出る威圧と恐怖が、抜けていた。
両断された三枚目のシールドを見る。
それは、光の束となって収束していった。
「S・トリガー! 《イフリート・ハンド》! 相手のコスト9以下のクリーチャーを破壊するよ!」
光の束は灼熱の魔手となる。
業火の魔人の力が具現化した手は、あらゆる命を燃やし尽くす。それは暴龍であっても例外ではない。ゆえに、
「《ガイグレン》を破壊!」
魔手に握られた《ガイグレン》はその身を焼かれ、そして潰される。それによって、暴走した刃の連撃は止まった。
だが、しかし、
「!?」
《ガイグレン》が消滅した場所に、光が集まっている。弾け飛んだ暴龍の残滓が、少しずつ、少しずつ集合し、大きな光を形成する。
やがて光は、銀河となる。
巨大で、果てしない、破壊という概念のみを内包した、銀河が。
「これは……!」
それは、《ガイグレン》の置き土産とも言うべきものだった。
その身が朽ちようとも、彼の激情は止まらない。暴龍は死しても暴走を続ける。
右腕の楯が膨張していく。
その楯は、身を守るための楯ではない。楯すらも、彼にとってはすべてを破壊するための凶器だった。
彼の激情が銀河となり、一騎の場を支配する。
そして——爆ぜた。
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.353 )
- 日時: 2016/04/04 02:37
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
暴龍の激憤が爆ぜた。
怒りの炎が爆炎となり、一騎のクリーチャーをまとめて飲み込んでいく。
「《マッカラン》! 《フィディック》!」
自身が相手によって選ばれた時、《ガイグレン》の怒りは暴発する。
彼の怒りと共に、爆発する銀河。猛烈な熱量を持った爆風が、爆炎を運ぶ。
場のクリーチャーはすべて吹き飛ばされた。一騎も、破壊的すぎる力の暴力に、立っているだけで精一杯だった。
いや、それどころではない。
超高温の熱風を急に浴びせられた一騎の頭は、沸騰しかけている。身体が燃えていないことが不思議だが、それでも全身の細胞が焼かれ、死滅している。
(まず、い……)
意識が遠のいていく。
微かに残った自我も、儚い灯火だ。少し吹いただけで消えてしまうほどに弱い。放っておくだけでも、なくなってしまうほど微かな存在だった。
(勝たなきゃいけないのに……負けるわけには、いかないのに……)
薄れゆく僅かな意識を必死で保とうとする一騎。
しかし心身は言うことを聞かない。身体は意思に反して崩れていき、その意思すらも消えようとする。
(……本当は、こんなこと、したくなかったのにな……)
本当ならば、剣を交えるつもりはなかった。
戦わずして解決できるのであれば、そうしたかった。一騎とて、戦うことを望んでいたわけではなかったのだ。
むしろ戦いたくなかった。
(先輩が言うように、言葉で俺の気持ちを伝えられたらよかったんだ……だから、戦うなんて——)
——嫌だった?
疑念が渦巻いた。
本当に、戦いたくなかったのか?
(……あれ、分からない……でも、なんか……)
妙な昂揚感が身体の奥底に残っているのを感じる。
辛うじて保っている意識。それは単なる一騎の忍耐ではない。心のどこかで感じているのだ。
——楽しいと。
暴龍と剣を交えることが。相手の刃を受け、自分の刃を振るう。剣戟の音が心地よい。
争うなんて、戦うなんて、そんな野蛮で暴力的なことは、本来ならば避けてしかるべきだと思っていた。
だが、本心は違ったのか。
(……戦うことが、楽しいのか? 俺が……?)
そんなことを考えたのは初めてだ。
そんなはずはないと思う。しかし、自分の身体を支配するこの感覚は、紛れもない興奮だ。
戦場に立つことの、楽しさ。
(……戦うことは、嫌だと思ってたけど……)
そうではない。
むしろ、逆だった。
(俺は戦うことを望んでいたのかもしれない。いや、きっとそうなんだ。戦うことで、分かり合えることもあるのかもしれないな……)
だったら。
一騎は崩れ落ちる身体を起こす。しっかりと足で地面を踏み締め、閉じた瞳を開眼し、意識を覚醒させる。
そして、自分自身を鼓舞するように、宣言するように、叫ぶ。
「俺は最後まで……戦い続ける!」
——よくぞ言った
どこからか声が聞こえる。
身体の芯に響くような太い声。その言葉には、湧き上がるような熱と、頼もしさがあった。
「っ、だ、誰……?」
——今、姿を見せる。待っていろ——
刹那、世界が暗転する。
遂に意識が途絶えたのか、先ほど声も幻聴か……そう思ったが、違った。
気づけば、一騎は真っ赤な空間にいた。
前後左右上下、すべてが燃えるように赤い。
そして、ぼぅっと炎がなびくと、その姿が顕現する。
重火器を着ていると言っても過言ではないほどに、様々な兵器を全身に装備した、軍服の男。
身体のほとんどが火器で覆われているが、彼の右手には燃える剣が、左手には燃える槍が、それぞれ握られていた。
その姿を見るや否や、テインが目を見開く。
「隊長……!」
『よーぅ、テイン。元気そうじゃねぇか』
男は笑いながら、気さくに応える。
厳つい武器を背負っている割には、陽気な立ち振る舞いだった。
「あなたは、もしかして、テインの神話……」
『おぅ。焦土神話、マルスだ』
男——マルスは、そう名乗った。
焦土神話。テインが語る、かつての神話。
軍神と呼ばれ、多数の火文明の戦士たちを統率し、己自身も戦場で刃を振るい、数多の敵を薙ぎ払ったと言う。
彼の戦は壮絶たるもので、燃える剣は森を一瞬で火の海に変え、焼ける槍は大地を砂漠と化すという。
しかし実物を見ると、その恐ろしい逸話に似つかわしくないほど、彼は晴れやかだった。
『知ってるだろうが、今の俺はあくまで残響だ。俺の意思の一部を残しているにすぎねぇ。だから、あんまだらだらと話してられないぜ』
「は、はい……了解です」
『はははっ! そんな気ぃ張らなくてもいいぜ、テイン。お前は、俺が認めた、俺の語り手だ。もっと胸を張れよ、新隊長』
また笑った。心の底から、楽しんでいるような笑いだった。
『さて、話を戻すか。俺は勝手に喋ってるから、俺の言葉をよく聞いて、お前らで考えろ。いいな?』
「……はいっ!」
『よし、いい返事だ』
ふっと、マルスは笑う。
『テインは知ってるだろうが、俺は軍神だ。戦争、闘争、そういった争い事こそが、俺の生き甲斐であり、生きる理由と言っていい』
「はぁ……」
なんとなくそうだとは思っていたが、面と向かって言われると、反応に困る。
今までの陽気で楽し気な笑みを見てから、そのようなことを言われても、どうにも腑に落ちない。
『不謹慎なことは百も承知だが、俺は、神話同士の戦いを望んでいた。ずっと続いてた平穏に退屈してたんだ。だからあの時の戦争は、俺にとっては心躍る大戦だった。十二神話同士でピリピリしてた時の空気感は、宣戦布告直前の緊張感に似てスリリングだったし、実際に戦争が起こり、神話同士で刃を交えた時の昂揚感は今でも忘れない。ネプトゥーヌスとトリアイナが織り成す槍術は見事だった。槍の扱いでは俺を超ていたな。アテナの絶対的防御領域も素晴らしかった。この俺の攻撃をすべて真っ向から受け止める防御力には感服したぞ。あいつには、攻撃に勝る防御の強さを教えられたな』
マルスは、またも楽しそうに語る。しかしそれは、今までの笑いとは違っていた。
まるで誰かと共に遊んだ記憶を語るように、友人を誇るように、彼は語っている。
それが、戦争の最中で行われたことであったというのに、だ。
『アポロンの奴とも、ガキの頃にはよく喧嘩したもんだ。どうやってあいつをぶちのめそうか、考えて、策を巡らせて、そして殴り合った』
アポロン。その名も知っている。
空城暁が、彼の残響と邂逅していたはずだ。他でもない、恋との戦いにおいて。
彼も十二神話の一柱。マルスと同じ立場にある者。それも、同じ火文明。
マルスの語ることは、すべて戦いや争いごとだった。幼少期は殴る、蹴る。武器を持てば、斬る、突く。火器を付ければ、放つ、焼く。
彼の思い出は、すべからくそのようなものであった。
『人生なんて、すべて戦いだ。生きていれば、あらゆるところで、あらゆる形で、俺たちは戦い合うんだ。だが、戦は、戦争は悪いことじゃねぇ。俺はそう思ってる』
「悪いことじゃない? 戦うことが?」
『ああそうだ。ヘルメスの野郎の言葉を借りるのは癪だが、あいつの言で唯一俺も賛同しているものがある。それは、戦争は技術の進歩を促すってことだ。それも、急激にだ。当然だわな。自分らの生死が懸かってるんだ、なにがなんでも相手に勝つために、必死こいて強くなろうとする』
負ければ死。勝つことがすべて。
そういった極限状態の中でこそ、強くなれる。マルスは、そう言っているのだ。
『それだけじゃねぇ。戦争ってのは、その中で技術を得て、それを使いこなし、己を知ることとなる。さらに敵を貶めるために、敵も知ることとなる。そして、戦場で刃を交わらせ、互いの意志を交わす』
戦争は凄惨なだけではない。それはあくまでも、戦争におけるリスク。その一側面にすぎない。
いつだって、どの世界でも、どんな歴史においても、戦争はなにかをもたらしている。
それは技術の進歩という文明の発展であったり、勝利による領土や人民の略奪であったり、また、戦士どうしの交流でもある。
『分かるか? 戦争とは、いわばコミュニケーションだ。ダチと仲良くなろうとすることと、なにも変わらない。自分たちの気持ちを、相手に伝えるんだ』
「気持ちを、伝える……」
それは、ひづきの言葉と同じだった。
彼女に言われた時と同じく、マルスの言葉が、一騎の中で染み渡っていく。
『万の言葉を尽くすより、一発の拳で分かり合う。俺の信条だ。俺の仲間たちはそうやって分かり合ってきた。だから』
ザクリ、とマルスは右手の剣を地面に突き刺す。
そして、シュッと拳を突き出した。
『お前が本当にモルトの奴を助けたいと思うなら、思い切りぶん殴れ』
一騎の目の前で寸止めされた拳は、どこか温かい。
拳を突き出したまま、マルスは続ける。
『穏便に、平和的に物事を解決することが、必ずしも最善とは限らないんだぜ。お前はあいつに一回ぶん殴られて、なにかを感じたはず。だから今度は、お前が伝える番だ。どんな形でもいい。伝えなきゃ、なにも進まねぇ』
拳を引くとマルスは、スッと目を閉じて、歌うように紡ぐ。
『命の生き様、戦の如し。軍略の如く思索を巡らせよ、刃の如く拳を振るえ、友を思うが如く伝えよ。さすれば、汝の心、かの者に届かん——』
「これは……?」
「……焦土隊軍則、第零条。焦土隊の基本理念だ。マルス隊長の言った通りだよ」
戦争はコミュニケーションだ。自分と敵の、意志疎通を図るための手段。
絶対に負けられないからこそ、最高の緊張感と昂揚感を味わえる、最大の“遊び”。
そして、軍神にとっての、生きる意味だ。
彼の意志は、彼の束ねる戦士たちに、受け継がれている。
『お前が考え、実行し、伝えようとすれば、その心は必ず相手に届く。それが、お前の“戦”だ』
「マルス……」
『さぁ、そろそろ時間だな。最後に、戦場へと赴く戦友に、手向けてやるか』
視線を一騎から外し、マルスはテインを見遣る。
『テイン。お前の枷を、外してやる』
パキン、と。
どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『行け、剣崎一騎、テイン。狼煙は上げられたぞ』
マルスは一騎とテインを戦場に送り出す。真っ赤な空間が、マルスと共に少しずつ綻び始めた。
消えゆく中でマルスは、二人に言葉を贈る。
『お前たちの“戦争”が、勝ち戦になることを祈ってるぜ』
最後に、マルスは微笑んだ。
燃える焦土の光を残して——
爆発が収まり、焼け野原となったバトルゾーンが視界に広がる。
《ガイグレン》の起こした爆発は収まったが、しかしシールドブレイクそのものは、まだ未解決だ。
弾け飛んだ刃の破片が、一騎の四枚目のシールドを貫く。
「……S・バック」
しかし、
「《爆師匠 フィディック》を捨てて、《爆襲 アイラ・ホップ》を召喚!」
砕かれたシールドを墓地に捨て、一騎の手札から《アイラ・ホップ》が飛び出す。
だが、クリーチャーが出たと言っても、《アイラ・ホップ》はパワー1000のクリーチャーでしかない。
構わず《ロイヤル・アイラ》が、一騎の最後のシールドを切り捨てるが。
「S・トリガー《天守閣 龍王武陣》! 山札の上から五枚を見て、《爆轟 マッカラン・ファイン》を選択! 《ロイヤル・アイラ》を破壊!」
《天守閣 龍王武陣》の砲撃が《ロイヤル・アイラ》を破壊する。
これで、暴龍のクリーチャーはゼロ。対する一騎の場には、《アイラ・ホップ》が一体。
「俺のターン! このターンの初めに、俺のクリーチャーの数が、相手クリーチャー数より多いから、《熱決闘場 バルク・アリーナ》の龍解条件成立! 《熱血龍 バリキレ・メガマッチョ》に3D龍解!」
《バルク・アリーナ》が鳴動し、内包する龍の魂を解放させ、《バリキレ・メガマッチョ》へと龍解する。
暴龍のシールドはまだ五枚。クリーチャーが一体や二体増えた程度では、まだまだ攻めきれない。
だが、一騎にはまだ見せていない刃がある。
「一騎!」
「あぁ、分かってるよ、テイン。俺のバトルゾーンには火のカードが三枚。ヒューマノイド爆の《アイラ・ホップ》、ガイアール・コマンド・ドラゴンの《バリキレ・メガマッチョ》、そしてドラグハート・フォートレスの《天守閣 龍王武陣 —闘魂モード—》……そのコスト合計は12」
戦場が燃え盛る炎に包まれる。
しかしそれは、暴龍のような怒りの炎ではない。
友のために戦い、己の意志を伝える、心を燃やす戦士の炎だ。
「進化——」
炎は刃となる。刃は新たな剣だ。
真にその刃を振るう者を見つけた時、かの剣はさらなる力を得る。
すべてを焦土に帰す爆炎の刃。
それが今、この戦場を駆け抜ける。
「——メソロギィ・ゼロ!」
硝煙が霧散する。
そこにあるのは、煌めく白刃。
戦士としての意志。
そして、戦を統べる、受け継がれた神話の力。
かの者は《焦土神話》の継承者。
かつての神話にはなかった己が刃を振るう友と共に、焦土の兵のとなりて、剣を握る。
そう、かの者こそは——
「——《焦土神剣 レーヴァテイン》!」
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