二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

47話「世界の差異」 ( No.179 )
日時: 2015/06/11 04:07
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

「か、勝ちました……!」
 対戦は終わった。
 柚の《ザウルピオ》が、橙に最後の一撃を叩き込んだことで、柚に勝利によって、この対戦は終結したのだ。
「やったね、ゆず!」
「あきらちゃん……はいっ!」
 柚も暁も、その顔には晴れ晴れとした満面の笑みが浮かんでいた。沙弓や浬も、ホッと安心したように息をついている。
 一方、橙はその結果に驚いたように目を見開き、呆けていた。
 が、すぐに気を取り直したように、目を瞑る。なにかを思案するように——なにか、感慨に浸るように。
 そして、スッと立ち上がると、廊下の方へと歩いていく。
「あ……おにいさんっ」
「…………」
「あの、その……わたし……」
 なにもなく出ていく兄に、柚はなにかを言おうとしていた。しかし、なにを言うべきか、なにが言いたいのか、はっきりしない。自分の中でも、答えが出ない。
 柚がそのように口ごもっていると、やがて橙の方から、口を開く。
「俺は負けた。ゆえに、俺にはもう、お前を拘束する権限がなくなった」
 橙は、背を向けたまま、どこか独白めいた口振りで言った。
「そもそも、霞家の正当な血統でない俺が、本来頭首になるべきだったお前に指図するなど、おこがましく、土台からして道理に外れたことだったのやもしれんな」
 その言葉は、どこか懺悔でもするような、後悔が滲んでいるような、それでいてそれを生み出す根元がなくなり、気が晴れたかのような。
 努めて淡々としているが、彼の言葉は、そんな様々な感情が入り交じったように聞こえる言葉だった。
「なんにせよ、お前の勝ちだ、柚。勝利はお前の手で掴み取ったもの。後は、お前の好きなようにすればいい。俺はもう、お前に指図できる立場にはないのだからな」
「おにいさん……」
 橙は背を向けたまま、柚へと振り返ろうとはせず、襖を開け、廊下に一歩踏み出す。
 そして、
「……ありがとうございました」
 後ろから、声が聞こえる。
 彼はその声に答えることはなく、後ろを向いたまま、静かに襖を閉めた。



「よかったね、ゆず! これで堂々とデュエマできるね!」
「はい……あきらちゃんや、ぶちょーさんやかいりくんの、おかげです。本当にありがとうございました」
「俺たちはほとんどなにもしていないがな」
「そうそう、一番頑張ったのは柚ちゃんよ。橙さんも言ってたように、柚ちゃん自身が掴み取った勝利なんだから」
 日が傾きかけた頃、暁たちは霞家を出た。
 今は誰もいない——家の者が気を遣って席を外しているようだ——門扉の前で、部活仲間を見送るために、柚もここまで来ている。
「それにしても、なんでダイさんは柚にデュエマさせないようにしてたんだろう?」
 ふと暁はそんなことを言う。
 それに関しては橙も色々と理由をつけていたが、彼の説明はいまいち説得力に欠けた。結局、彼が柚を束縛していた真の意味は、理解できぬままだ。
 沙弓はそのこともずっと考えていたが、やはり答えは出ない。そう思っていると、柚が口を開く。
「……わたし、実は……もしかしたら、おにいさんは、わたしのことが嫌いなんじゃないかって、思ってました……」
「……それって、柚ちゃんのお兄さんが、本当のお兄さんじゃないことと関係あるのかしらね」
「はい……」
「え!? ダイさんって、ゆずのお兄ちゃんじゃなかったの!?」
「そう言ってただろうが……正当な血統じゃないと」
 橙は霞家の正当な血統ではない、本来ならば柚が霞家の頭首になるべきだった。そして、柚が霞家の一人娘であるということ。
 これらのことから、橙が柚の実兄でないことは想像がつく。
「霞家は、代々男の人しか頭首になれないきまりなんです。今の頭首はわたしのおとうさんで、息子が生まれたら、その子を頭首にするつもりだったらしいんですが……」
「生まれたのは、柚ちゃんだけだったのね」
「はい……ですから、分家——えっと、わたしの親戚の人から、特に血縁の深い——えとえと、一番仲の良かった親戚から——」
「いや、いちいち言い直さなくても分かるぞ」
「あ、そうですよね、ごめんなさい……わたしの家、ふつうじゃないので、どこまで伝わるのかよくわからなくて……」
 少ししょげる柚。だが、今回の一件で、柚が妙に臆病な理由が分かっった。
 きっと彼女は、自分の家が普通でないことを、早い段階から理解していたのだ。それで、世間一般との差を感じて、普通の人々に対して萎縮してしまう。
 自分は彼らとは違うのだと、どこかで思ってしまっているのだろう。
 それでも、ここ一番で何事もやり遂げる芯の強さは、家柄によるものかもしれないが。
「えっと、とにかく、おとうさんの跡継ぎが、霞家の本家からは選べなかったので、一番血筋の濃い分家から、後継者にふさわしい男の人を一人、ひきぬいたんです」
「それが霞の義兄、霞橙ってわけか」
「おにいさん、なんてちょっと他人行儀な呼び方も、元々相手は分家で、血が繋がっていないから?」
「は、はい、そうです。昔の呼び方がぬけなくて……おにいさんが霞家に来て、今の名前になる前の名前も知っていますが、わたしは昔から、おにいさん、って呼んでました」
 昔の名前。やはりこういう家系だと、名一つ取っても重要なものなのだろう。
 霞橙という名前も、恐らくは霞家頭首となるべくしてつけられた名。それが彼にとってどうであるかは、ここで語ることではないだろうが。
「うーん、私にはよく分かんなかったけどさ、だからなんなの? ダイさんがゆずを嫌う理由になるの?」
「元々は分家ってことは、本家に対して思うところもあるだろう……本家も本家で、分家から引き抜かれた人間に、なにか憎まれ口を、陰で叩いているとも限らない」
「は、はい……わたしは、家のお仕事のこととか、家の人たちがあんまり教えてくれないのでほとんど知らないんですけど……もしかしたら、本家に移っておにいさんが本家の人から嫌なことをされたから、わたしの代わりであるおにいさんは、わたしが嫌いになったんじゃないかって、思ったんです……」
「んー……そんなことはないと思うけどねぇ……」
 沙弓は思い返すように言う。
 橙の言動は淡々としており、表情からもなにを考えているのか読みづらいところはあったが、しかし彼の態度は、とても柚を嫌っているかのようではなかった。
 そもそもあそこまで不遜な態度を取っているのだ。陰口の一つや二つ叩かれる程度、屁とも思っていないだろう。その覚悟ができていないようにも見えない。
「……まあ、難しいことはよく分かんないけどさ、よかったじゃん」
「は、はい。おにいさんも許してくれましたし……ちょっと強引だったとも思いますが……」
「そこはあまり気にしちゃいけないわ。相手から持ちかけてきた提案だしね」
 ふと、浬は空を見遣る。
 もう夕暮れ。日も大分傾いてきた。
「……じゃあ、俺たちはそろそろ行くぞ」
「あ、はい。今日は、本当にありがとうございましたっ」
「だからほとんど柚ちゃんの手柄なんだけど……まあ、いいわ。どういたしましてと、言っておくわね」
「またねー、ゆず! 明日、学校で!」
「はいっ」
 そういって、遊技部と柚は、別れたのであった。



(……それにしても、霞橙さん)
 柚と別れた後、沙弓はふと思う。
(デュエル・マスターズをただのカードゲームじゃないと本気で思っている風だったけど……クリーチャー世界と関係しているのかしら。あちらの世界に足を踏み入れたことのある人間なのかしら……?)
 一度カマをかけて、見事に引っかけることはできたが、相手も素人ではない。かかりは中途半端だった。
 確かに橙はデュエル・マスターズというカードゲームが、ただのカードゲーム以上の意味を持つことを知っているようではあったが、それが本当にクリーチャー世界のそれと通じているのかと言えば、必ずしもそうとは言い切れない。
 単純に沙弓の軽口に気分を害したとか、実はカード絡みのトラブルを本気で懸念しているとか、はたまた別のなにかを知っているのか、理由は色々と思いつくが、多くの理由が思いつくだけに、断定はできない。
 自分たちの状況は、なにも知らないものには絶対に他言無用だ。それこそ、柚が勝ち取った権利を、取り下げにされてしまう可能性さえあるようなことだ。
 そういうこともあり、あの場ではなにも言えなかった。橙がクリーチャー世界について知っている確証がなかったがゆえに。
(今度、一応リュンにも聞いておこうかしら……)
 以前、自分たちも知らない人間たちをこの世界に導いていたので、またなにも伝えずそうした可能性はある。
 そんなことを考えていると、不意に彼女の携帯が鳴った。ほぼ反射で画面を開くと、
「……来たわね」
「? 部長? どしたの?」
「なにかあったんですか?」
 暁と浬が覗き込むように沙弓に視線を向ける。沙弓は、言うより見せる方が早いと判断し、その画面を二人に見えるように見せつける。
 そして、二人も、一瞬で理解した。
 それを察すると、沙弓口を開く。
「……勝負の明日よ」
 携帯の画面には、このように表示されていた。

『準備完了。明日に作戦開始。詳細は追って連絡』

47話「世界の差異」 ( No.180 )
日時: 2015/06/12 02:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: rGbn2kVL)

「ふぅ……」
 遊戯部の面々と別れてから、柚は家に戻っていた。その足取りは、心なしか軽い。
 これで、束縛されることもなく、堂々と暁たちと一緒にいることができる。そう思うと、嬉しくてたまらなかった。
 思えば、突然兄がデュエマを禁止し、自分を束縛してから、兄が怖くなって逆らえなかった。それまでは確かに厳格なところもあったが、それでも優しい兄であったはずなのに、あの時だけ、兄は絶対に譲れないとでも言わんばかりに、冷徹なまでに自分を縛り付けた。
 だが、今は違う。
 自分自身の手で、彼の束縛を振り払ったのだ。
「……?」
 長い廊下を歩いていると、ふと先ほどの客間の襖が、少しだけ開いているのが見えた。
 隙間から中を覗くと、柚はすぐさま襖に手をかけて、ゆっくりと引く。
「……おにいさん」
 中にいたのは、橙だった。
 紋付き羽織袴姿のまま、さっきと全く同じ場所で、同じように胡座をかいている。
 柚は中に入って、少し悩んでから、彼の隣に座した。
 そして、控えめに、言葉を紡ぐ。
「その、えっと……ごめんなさい」
 彼女の口から出たのは、謝罪だった。
「おにいさんは、なにか考えがあって、わたしにデュエマを禁止したんですよね。なのに、わたしのわがままで……」
「……それを言うなら、俺も同じだったかもしれん」
 橙も、静かに口を開く。
「思い方を間違えたと言うべきか、俺の為したことは、結局は俺のエゴだったと、今になって思う……俺は傲慢だった。だから、無意味にお前を縛り、傷つけたやもしれん」
 だが、
「お前は俺に打ち勝った。俺の束縛を、お前は自らの手で引きちぎった。つまり、俺の縛りは意味がなく、不必要なものだったんだ。お前は、俺が思っている以上に強く、逞しく成長していたということか」
 途中から、橙の言葉は独白のようだった。
 自分の傲慢さを嘆いているようにも、義妹の成長を喜んでいるようにも感じる、どこか二律背反な、対局のような独白。
「もう、お前の好きにすればいい、柚。お前には、それだけの力がある」
「おにいさん……」
 柚は、なんと言葉を返せばいいのか、わからなかった。
 自分は兄が言うほどに強くはないと思う。確かに暁や浬、沙弓と一緒にいるうちに——遊戯部に所属してから、自分は変わった。
 それでも、まだまだ全然、未熟なままだ。
 だから、好きにしていいなんて言われても、どうすればいいのか分からない。
 霞家では、自分は今まで、卵の中に閉じこもっていた雛のようなものだ。兄に、父に母に、親戚や霞家に尽くす者に、支えられ、助けられ、育ってきた。
 卵の外に広がる広大な世界は、柚にとっては未知の世界。一体、どうすればいいというのだろうか。答えもヒントもなく、どうするべきだというのだろうか。
 ——否。それを見つけるのも、己が為すべきことなのだろう。自分の答えは、自分で見つける。
 それを許されたのだから、それには応えねばならない。
 それを理解してから柚は、ふと思ったことを口にする。
「……おにいさん、おぼえていますか?」
「なにをだ」
「おにいさんが、霞家(うち)にくる前のことです」
 隣に座す彼が、霞橙という名ではなく、義理の兄という立場でもなく、ただ一人の“おにいさん”だった頃のことだ。
「あの時のおにいさんは、とってもやさしかったです。今は、ちょっとこわいですけど……それは、霞家を継ぐためにも、必要なことなんですよね」
「…………」
「わたしは男の人ではないので、霞家を継ぐことはできません。だから、そのことでおにいさんに迷惑をかけちゃっているかもしれません。だからおにいさんは、わたしが嫌いになってしまったかもしれませんけど……」
 柚は、橙を見る。
 彼はいつも通り、ムスッとした表情のままだ。頬の大きな傷と相まって、恐怖を感じてしまいそうになる。
 だが、それは、彼を知らない人間だからだ。
 柚は知っている。霞橙という男のことを。霞の姓と橙の名を与えられる前の彼から、知っている。
 だから、
「……それでも、わたしはおにいさんが大好きです」
 ずっと昔から、出会いの初めから。
 本家も分家も関係なく、優しかったあなたが。
 ただ一人の、“おにいさん”として。
「…………」
 伝えたいことをすべて伝えた。自分の心の内を吐露することができた。
 そんな風にも見える柚の表情は、どこか晴れ晴れとしているように見えた。
「じゃあ、わたし、いきますね——」
「待て、柚」
 立ち上がろうとする柚を、橙は声で制した。
 制された柚は、おずおずと座り直し、橙へと向く。
「な、なんでしょうか……」
「今日の、そして今までの詫びだ。持っていけ」
 そういって橙が差しだしたのは、カードだった。
 デュエマの、カード。
「え、これはおにいさんの……」
「構わん。持っていけ。詫びと、俺のけじめのつもりだ」
「で、でも……」
「持っていけと行っているだろう。ほら」
 と、橙は、半ば押しつけるように、カードを柚へと手渡す。
 柚はしばらくカードを眺めるようにして、どこか呆けたように眺めていたが、やがて、
「……ありがとうございます、おにいさんっ」
 彼女らしい、少し控えめになった微笑みを、最後に残したのだった。



「……嫌いになんて、なるものか」
 柚が部屋を出てから、橙は誰に言うでもなく、独白する。
「お前がいたから、俺はここにいる……お前のお陰で、俺は本家にいるんだ」
 ——だから、
「だから、お前だけは絶対に守る。柚……お前は、俺たちの“ゲーム”の世界には関わらせはしない」
 お前には、楽しいデュエマをさせてやりたい。
 ふっ、と。
 そんなことを呟く。
「……テツ」
「へい。呼びやしたか、若旦那」
 橙が声をかけると、どこからともなくスキンヘッドにサングラス、黒スーツの男——哲朗が現れた。
「《太陽神話》の動向はどうだ?」
「消息が途絶えてから、情報がないんでまだなんとも……例の情報屋ともう一度交渉して、引き続き情報を集めやす」
「あぁ、頼む」
 そして、すぐさま消えていく。
 彼らの言う、“ゲーム”という世界へ——

烏ヶ森編13話「日向恋」 ( No.181 )
日時: 2015/06/16 03:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: xurEHj3I)

「恋……やっぱり恋だ……!」
 一騎は感極まったように二人の少女のうちの片方——非常に華奢で、儚げで、昏さを感じさせる少女を見て、声を漏らす。
 こんな状況で、自分の思いが場違いなことは分かっている。だがそれでも、安心せずにはいられなかった。
 ——恋は、やっぱりこの世界にいたんだ。
 その思いが、一騎の中で満たされていく。
 しかし、対する彼女の眼は、酷く冷たい。この世のすべてを否定するかのような、昏い眼のままだ。
 そんな眼で、彼女はこちらを見据えている。
 そしてやがて、くるりと踵を返した。
「……キュプリス」
「いいのかい? 彼、君の知り合いじゃないのか?」
「……いいから」
「はいはい、了解したよ」
 と、次の瞬間。
 彼女の姿は、完全に消えていた。
「っ! 恋! 待て!」
 一騎は再び焦ったような、必死の形相で手を伸ばすが、時は既に遅し。遅すぎた。
 その手は虚空以外のなにものも掴むことはなく、ただただ、空振りするだけだ。
「恋……やっぱり、あいつはこの世界にいたんだ……よかった……」
 一騎は空振った勢いのまま、地面に膝をつくが、どことなくほっとしたような表情を見せ、安堵の溜息を漏らす。
 彼女がこの世界にいたこと。それは、たったそれだけのことでも、一騎にとっては大きなこと。これで一歩、前進できた。
「……えーっと、これは一体、どういうことなのかしら……?」
 と、そこで。
 今まで唖然としていた三人のうち、長身の少女が、やっとのことで声を上げる。
 それでも明らかに戸惑った様子を見せており、一騎は今現在、感極まったような表情で使い物にならない。それを一瞬で悟った氷麗は、少女たちの方を向く。
「……あなた方が、リュンさんが導いてきたという、人間の方々ですね」
 氷麗はいきなり核心を突く。実際に写真などを見たわけではないが、雰囲気からクリーチャーでないことは伝わるし、リュンが先に他の人間をこの世界に連れてきたことは知っている。だから、率直に言えた。
 そして相手も、少し警戒心を緩めたように、口を開く。
「そうだけど……リュンのことを知ってるのね。しかもその物言い……あなたたちもクリーチャーかしら?」
「その通りです。正確には、私は、ですけども」
 一騎はクリーチャーではないので、その点だけははっきりさせておく。
 それでも相手は、かなり驚いているようだった。もしかしたら、リュンから自分たちのことは聞いていないのかもしれないと、ふと考える。
 相手はなにか聞きたそうにしているが、質問内容をまとめる時間も欲しいだろう。こちらとしても、とりあえず落ち着ける場所に移動したい。
「こんなところで立ち話をするのもなんですし、とりあえずピースタウンにでも行きましょう。私たちの仲間にも連絡して、そこで落ち合うことにします」
「えぇ……分かったわ」
 少女
「一騎先輩。ミシェル先輩と空護先輩を呼び戻します」
「……恋……」
「先輩、聞いてますか?」
 少し声を大きめにして、氷麗は一気に呼びかける。
 すると、一騎はハッとなったように、氷麗に向く。
「え……あ、うん。なにかな」
「……お二方を呼び戻して、ピースタウンに向かいます。いいですか?」
「う、うん……分かったよ」
 少し焦り気味に答える一騎。
 先ほどの少女の発見は、一騎にとっては非常に大きなものであったことは分かる。だが、それにしても気が散りすぎているのではないだろうか。
 その様子に、氷麗は少々の不安を、抱かずにはいられなかった。



 ところは変わり、ピースタウン。例の、ウルカの工房。
 そこには、一騎たち二人に加え、呼び戻したミシェルと空護。そして、先ほどの少年少女四人の、計八人が集まった。
 なお、ウルカは今は席を外している。
「……大体、そっちのことは理解できたわ。リュンが私たち以外にも声をかけていたのね……私たちの他にもそんな人間がいたなんて、少し驚いたけど、ちょっと考えればその可能性もあったと気付けたことね。それでも、私たちになにか一言伝えておいてもいいでしょうに」
 そう、長身の少女——卯月沙弓という少女は、ぼやくように言った。
 彼女はこの四人の中のリーダー格のようだった。部長と呼ばれており、この四人はなにかの部活動という集団で動いているようだ。その点では、こちらと同じである。
 氷麗は先に、自分たちの身分と、目的を伝えた。先に一騎らがリュンに導かれ、後に氷麗がナビゲートするようになったこと。そして、一騎が実の妹のように大切にしている少女——日向恋を探していることを。
 彼女のことを、沙弓たちはラヴァーと呼んでいた。リュンもそんなことを言っていたが、それが日向恋の、この世界での名のようだ。
 だがそんなことは一騎には関係ない。恋は恋だ、と言ってばかりである。
 ラヴァーについては、沙弓や、長身の少年——霧島浬、そして袴姿の少女——霞柚などからも話を聞き、彼女がこの世界でなにをしているのかは、概ね理解できた。
 それはつまり、支配だ。
 制圧と言い換えてもいいかもしれない。
 各文明、各種族、各集団がそれぞれバラバラになった今のこの世界だが、そのバラバラになった世界を統一でもするかのように、各地のクリーチャーの集団、または個人を、力を持って抑圧しているようだった。
 そして、今現在、制圧された場所は実質的な光文明の領地になっており、植民地のような状態になっているらしい。
 そんな、ラヴァーについて聞き終えた後、沙弓は一度、確認を求めた。
 こちらの目的、そして、ラヴァーと日向恋という、少女について。
 これは、一騎の口から言われることとなった。
「俺は、恋を探して、ここまで来ました。そして遂に、見つけたんです」
「……それって、やっぱり、あの子なのよね……」
「はい。さっきの、小さな女の子——あれが、恋です」
 一騎は、はっきりと、断言した。
 小柄で、華奢で、儚げで、昏い眼の少女。
 彼女は、一騎の中では紛うことなく、日向恋だった。
 そこでふと、一騎は一人の少女に目が向いた。
 ここに来てから、名乗りを上げた時以外は一言も発言していない、黒髪の少女。先ほど、ラヴァー——日向恋と、神話空間で戦っていた少女だ。
 非常に快活で、活発そうな少女なのだが、なぜだか今は大人しい。見た目によらず内気なのかもしれないが、そうは見えない。どこか思案しているようにも、呆然としているようにも、思い悩んでいるようにも見える。
(……確かに、空城さん——空城暁さん、だっけ)
 一騎は少女の名を思い出す。
 だがすぐにハッとなった。今は彼女について、語っているところだった。
 そして次の言葉を紡ぐ。
「俺は、恋を連れ戻すのが目的です。やっとあいつを見つけた……次こそは、必ずあいつと話がしたい」
 力強く、言い放つ一騎。これだけは譲れないと言わんばかりの力強さだ。
 とはいえ沙弓たちも、何度も彼女と接触しており、因縁は非常に強いらしい。この世界では接触どころか、ほぼ見ただけの一騎たちとは違う。実際の対戦を、幾度となく経験している。
 ゆえに向こうとしても、簡単には譲れないことだろうと思ったが、
「それについては、私たちも協力するわ。あのラヴァーという女の子については、私たちよりも、あなたたちの方が上手く対応できると思うし、あなたたちがそれを望むなら、譲らないわけには行かないしね」
 存外あっさりと、沙弓は今回の案件を一騎に託した。少々拍子抜けだが、彼女に対する理解の違い、情報の違いを考慮すると、一騎たちに任せた方がいいと判断したのだろう。それについては、浬や柚も同意見のようだった。
 ただし、暁はなにか言いたそうな顔をしていた。だが、言葉が出て来なかったのか、すぐに身を引くような素振りを見せる。
「ありがとう……でも、あいつは、恋はまた姿を消してしまった。また、一から探さないと——」
「それには及ばないよ」
 と、一騎の言葉を遮り、工房の入り口から聞きなれた声が聞こえてきた。
 そして、そこにいたのは、
「リュンさん……! お久しぶりです」
「リュン、今までどこに行ってた?」
「そ、そうですよ……今日はなにも連絡なしで、いなかったなんて……」
「ごめんごめん。ちょっと手間のかかる作業もあったものだから、つい連絡を忘れちゃってたよ。でも、タイミングとしてはちょうどよかったみたいだね」
 どこか勿体ぶるように言うリュン。
「どういうことよ」
「僕だって、現状を早く打開したいと思ってるってことだよ。君らが合流して、戦力も大きく向上した。彼女を落とすなら、これが好機だ」
「だからなにが言いたいんだよ、お前は。はっきり言え」
「流石に要領を得ませんねー」
 リュンの歯に衣を着せたような物言いに立腹したように、ミシェルは声を荒げ、空護も同意を示す。
「悪かったよ。つまり、僕は彼女にこちらから接触する機会を作ってきたんだよ」
 リュンのその一言で、一同はざわめく。
「どうやってそんなことを……?」
「ちょっと手間はかかるけど、そう難しいことじゃないですよ、氷麗さん。あの子の目的と行動原理を考えれば、誘導して接触の機会を作るくらいはできますよ」
 彼女の目的は、この世界に新しい秩序を作ること。
 光文明を軸とし、他文明を少々強引な方法ででも統率し、支配する。そうやってすべての地域を支配すれば、全体の統制となる。そこから、秩序を作るつもりなのだろう。
「ある種の絶対王政を作るつもりなのか……?」
「その可能性も否定できないね。そして、こういうやり方をやってるわけだけど、彼女は軍略の才には欠けているようだね。正直、手際が悪すぎる。まだこの世界の一割も制圧できてはいない」
 彼女がこの世界に現れてからどの程度の時間が経っているのかは分からないが、リュンがそう言うなら、そうなのだろう。
 そして聞くところによると、彼女の制圧というものは、それほど協力ではないようだ。
「制圧した場所の、原住民への拘束が甘すぎるね。一度制圧しても、他の場所を制圧しているうちに反乱を起こされて、領地を取り戻されているケースが少なくない。そういった場所は、また決まって制圧し直して、二度目は拘束力を強めているけれど、二度手間だ」
 学習能力が低いのか、はたまた他の目的があるのかは分からないが、そんな調子で彼女の制圧の効率は非常に悪いらしい。
(そういえば、恋は戦略ゲームとかは苦手だったな……)
 昔の記憶で、彼女も今よりずっと子供だったが、ふとそんなことを思い出す一騎。
 しかし、今はそれは関係ない。すぐに振り払い、リュンの話に集中する。
「それで、どうやって彼女と接触するのかしら?」
「簡単だよ、どこかで反乱を起こせばいいんだ。そうしたら、彼女はいずれやってくる」
 要するに、彼女に制圧された地の原住民に手を貸して反乱を起こし、誘い出そうというのだ。
「実は、もうその準備は整ってるんだ。もうすぐにでも反乱は起こるし、目立つ場所だから、彼女も見て見ぬ振りはできないはずだよ」
「……急だな」
「でも、早いに越したことはないわ。私たちも準備して、あの子に立ち向かわないと——」
「待って」
 今後の方針が決まり、全体の空気も前向きになってきたその時。
 一騎が、立ち上がった。それに一同は注目する。
 ずっと考えていた。彼女と接触して、自分はどう彼女と向き合えばいいのか。その答えは、まだ出て来ない。
 だが、彼女と向き合うために、自分がどうしたいかは、思い立った。
 それを、一騎は一言。鋭い刃の一閃のように、皆に告げる。

「俺に、俺一人に……やらせて欲しい」

 一騎は、そう言った。
 それを見て、隣に座っていたミシェルは、咎めるような視線を向ける。
「おい、一騎……!」
「これは俺の問題です。俺と、恋の……俺がもっとしっかりしていれば、もっとちゃんと、あいつのことを見ていれば、こうはならなかった」
 ミシェルの眼による制止も聞かず、一騎は吐き出すように、悔いるように、続けるのだった。
「だから、俺のけじめをつける意味でも、ここは俺にやらせて欲しいんです。俺が、恋をなんとかしなくちゃいけない……だから、俺にやらせて欲しい!」
 身を乗り出し、懇願する一騎。その必死で一途な彼の、懺悔にも似た嘆願を、誰が拒絶できようか。
 沈黙が空間を支配し、ややあって。
「……分かったわ。それじゃあ、あの子については、そちらに任せます。私たちはサポートに回るわ。でも、なにかあったら、必ず連絡をください」
「僕も、まだ残ってる準備を急ぐよ。すべての準備が整ったら、すぐ氷麗さんに連絡する」
「……ありがとう」
 こうして、これからの活動は決定した。
 こちらは一騎を軸として、彼女と接触。沙弓たちはそのサポート。
 一見するとただの一騎の我儘だが——実際その通りなのだが——ラヴァーこと日向恋の情報についてはこちらが、主に一騎が最もよく知るところだ。
 だからこそ、彼女を止めるのならば一騎が適役というのは、分からない話ではない。納得はできるだろう。ゆえに向こうも承諾したのだと思う。
 今までほとんど進展がなかった一騎たちだったが、ここに来て一気に重要な役目を引き受けることとなった。
 だがそんなことに気負いなどはしない。そもそも、一騎から買って出たことだ。気負いなど、あるはずがない。
 あるのはただ、彼女に向けた思いのみ。ただひたすらに、前へ前へと向かう、兵のような滾る志だけだ。

(恋……待ってろよ……!)

 一騎は、決心したように、心中で呟く。
 ただ一人、彼女に向けて——

烏ヶ森編14話「一騎vsラヴァー」 ( No.182 )
日時: 2015/06/17 08:42
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「……一騎、大丈夫か?」
「え……? なにが?」
 いつもよりも緊張感漂う部室。張りつめた空気感の中では、誰も言葉を発することができなかった。
 それもそのはず、今日は大事な日。例の作戦を決行する日なのだ。
 昨日、氷麗を通してリュンから連絡があった。『準備完了。明日に作戦開始』という連絡が。
 なので今日は、ラヴァー——一騎の言う、日向恋という少女と接触するための、大事な作戦の日。
 思えば、一騎がリュンを連れて来て、クリーチャー世界を訪れるようになったのも、すべてはこの日のためだったのかもしれない。
 勿論、それはただの結果論だ。一騎はこうなることを想定してリュンを連れてきたわけではないし、リュンもこんなことは予想外だったに違いない。結果として、こうなっただけだ。
 だがそんなものはどうでもいい。今日こそが一騎の求めていた日。彼が求める少女に、あの世界において、触れる日なのだ。
 だから部長たる一騎は、いつも以上に真剣な面持ちで、気迫めいたものを発している。
 ゆえに部員も、今まで見たこともないような部長の様子に戸惑い、言葉を失っていたが、しばらくしてその静寂を、ミシェルが打ち破った。
「なにがって……お前、少し肩に力入りすぎだ。かなりガッチガチだぞ」
「そ、そうかな? 普通のつもりなんだけど……」
「明らかに普通ではないですねー」
「今日の剣崎先輩は、少し気迫が強すぎるというか……」
「ぶっちゃけ、怖いっす」
 八にまでそんなことを言われてしまう一騎。どうやら、一騎以外の部員にとっては、今の一騎の状態は共通して異常を感じているらしかった。
 確かに一騎自身も、今日という日のために、入念に準備をし、心構えもしてきたつもりだ。色々と悩みもした。だが、それはある種当然のことであり、この大事な日に、完全な自然体でいられるはずもない。そこまで、一騎はマイペースな人間ではないのだ。
 勿論それは部員にも分かっている。それを差し引いても、一騎の様子は変だと言っている。
 だが一騎は、それでも平常を装う。
「……俺は大丈夫だよ」
「本当かよ……?」
 疑ったような眼差しで一騎を眺めるミシェル。
 もっとなにか言いいげであったが、しかし彼女の言葉は、氷麗によって妨げられた。
「……時間です」
 氷麗は、静かに言った。
 今回転送するのは、一騎だけだ。いや、正確には他にも二人——今回はミシェルと美琴を——転送するのだが、座標をずらす。
 日向恋という少女と対面するのは一騎一人。他の二人は、そこから少し離れた位置で待機。
 ——加えて、先日出会った東鷲宮の者たちも、また別のところで待機させる。
 今回の作戦は、基本的に一騎が単独で遂行する。
 他の者は、念のためのリカバリだ。恐らくはただいるだけになるのだろうが。
「じゃあ、まずは一騎先輩を送ります」
「うん。お願いするよ、氷麗さん」
 氷麗は転送の準備を事前に済ませており、今すぐに一騎を転送可能だ。
 一騎は一度、氷麗に背を向けると、部員たちへと向き直る。
「じゃあ……行ってくる」
 そして。
 そんな言葉を残して、消え去った。



 そこは、自然文明の集落の一つだった。
 さして大きな集落ではないが、分裂して、数多くの集団に散り散りに分かれている自然文明の中では、比較的大きな集落だ。
 そして、その集落は今まさに、一揆を起こしていた。
 それとも革命——反乱とでも言うべきか。
 一度は光文明に制圧され、支配下に置かれたものの、“ある者”の手引きによって、支配された自然文明の民たちは、支配からの解放を掲げ、光文明に反抗する。
 あちらこちらで怒号が轟き、赤い戦火がちらつく。
 黒煙が噴き出し、焦げた土の匂いが漂ってくる。
 そんな集落の一角。
 主な戦場にはなっていない、だがしかし、それなりに開けた場所。
 そこで、二人の“人間”が向かい合っていた。
 片や、普通の少年だ。顔つきも、体格も、おかしなところはなに一つない。
 強いて言うならば、その目に灯る炎が、奇妙なまでに燃え上がっていた。
 様々な感情を飲み込み、内包し、燃焼する、熱き炎。
 少年はその炎を抱きながら、目の前の“彼女”を見つめる。
「……恋」
 少年は彼女を呼ぶ。しかし反応はない。
 呼ばれた少女もまた、少年と向かい合っていた。
 小柄すぎるほどに小柄で華奢な矮躯。
 可憐で、儚げで、守ってあげたくなるような、小さな少女。
 この世のすべてを否定するかのような、昏い瞳さえなければ、そう思っていたことだろう。
 光はなく、光さえ届かない、閉ざされた漆黒の瞳。
 彼女はその眼差しで、“彼”と相対する。
「……恋」
 少年は——剣崎一騎は、再び彼女の名を呼ぶ。
「恋、俺だ。分かるよな? 一騎だ」
「…………」
「……帰ろう、恋」
 一騎は手を差し伸べる。
 しかし、彼女は答えない。
 その手をジッと見つめるだけで、握り返すこともしなければ、前に踏み出すこともなく、微動だにしない。
 それどころか、
「……帰って」
 彼女は、小さく、呟くように——彼を突き放す。
「あなたに……用はない……」
「お前に用がなくても、俺にはあるんだ」
 だが一騎は食い下がる。
「俺はお前を連れ戻す。絶対にだ」
 それは力強い宣告だった。
 彼の意志がすべて込められた、一言。
 それは彼女の小さな言葉では決して覆らず、強固なものとして現れる。
 しかしやがて、一騎は表情を少しだけ、和らげる。
 だがそれは柔和なそれではなく、どこか陰りを感じさせるような、同情のような悲愴を滲ませた顔だった。
「……恋、もしかして、お前……」
 一騎は一瞬、躊躇う。
 このことを口にしていいのか、悩む。
 これは彼女にとっては、封じておくべき過去。いわば、触れるべきではない禁忌の記憶だ。
 それは、自分もよく知っている。
 だが、だからこそ、一騎は思い切る。
 あの時のことが関係しているのなら、なおさらこんなところで足踏みしている場合ではない。前に進まなくてはならない。
 彼女のためにも、彼女を救うためにも。
「……やっぱり、あの時のことが——」
「関係ない……」
 しかし、一騎の言葉は、瞬く間に掻き消されてしまう。
 だがそのお陰で、はっきりした。
(恋はまだ、あの時のことをひきずっている……やっぱりか)
 そのことが今の彼女に直結しているのか、そこまでは分からない。
 それでも、それだけでも分かれば。
 一騎は、スッとポケットに手を入れる。
「……恋」
「…………」
「デュエマを、しよう」
 それは唐突な一言だった。
 一騎は、デッキケースを握り締め、彼女に突き出す。
「俺が勝ったら、一緒に家に戻ろう」
「…………」
 彼女は答えなかった。
 しかし彼女のその手にも、一騎同様にデッキケースが収まっている。
 それはもう、戦う意志の表れだった。
「……恋」
 彼は、最後に小さく、彼女の名を呼ぶ。
 それを皮切りにするかのように、彼と彼女を、神話空間が包み込んだ——

烏ヶ森編14話「一騎vsラヴァー」 ( No.183 )
日時: 2015/06/18 04:29
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 かくして始まった、今回のデュエル。
 互いに準備を進めていく中、先に動き出したのは一騎だった。
「行くぞ、恋! 《爆轟 マッカラン・ファイン》召喚!」
 轟く炎と共に姿を現す、ヒューマノイド爆、《爆轟 マッカラン・ファイン》。
 刹那、一騎のマナが赤い輝きを見せる。
「《マッカラン・ファイン》はマナ武装5でスピードアタッカーだ! シールドをブレイク!」
 先んじてシールドを破壊する一騎。先手を取ったと言えば聞こえはいいが、しかしその様子は、どこかせいているようにも見えた。
「……私の、ターン……《超過の翼 デネブモンゴ》召喚……効果で《聖龍の翼 コッコルア》も、バトルゾーンへ……」
 まだまだ相手の動きは静か。ブロッカーで堅実に場固めをする。
 そんな中、一騎は攻め手を緩めず、追撃をかける。
「俺のターン! 《龍覇 グレンモルト》召喚! そして、来い! 《銀河剣 プロトハート》!」
 遙か彼方の銀河から、一振りの剣が流星の如く落下し、《グレンモルト》の前に突き刺さる。そして彼は、それを勢いよく引き抜いた。
「《プロトハート》を《グレンモルト》に装備! さらに《グレンモルト》は《マッカラン・ファイン》のマナ武装でスピードアタッカーに! 《グレンモルト》でシールドをブレイク!」
 銀河剣がラヴァーのシールドを切り裂く。そして、
「《プロトハート》の能力発動! 《グレンモルト》をアンタップ! そして、もう一枚ブレイクだ!」
 銀河剣は、持ち手に二回の攻撃を与える力がある。その力により、《グレンモルト》は再び剣を構え、シールドを切り裂いた。
 これで彼女のシールドは残り二枚。この早いターンでかなり削られたが、相手もただやられるだけではなかった。
「……S・トリガー、発動……《ドラゴンズ・サイン》」
「っ……!」
「手札から、光のドラゴンを、バトルゾーンへ……私の世界に奇跡を起こす……《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》」
 天の龍門から現れるのは、蒼い薔薇を散らせる天使龍、《ラ・ローゼ・ブルエ》。
 高い除去耐性に、シールド追加能力。せっかく削ったシールドも、また取り戻されてしまう。
「でも、そうはさせない! ターン終了時、《プロトハート》を装備した《グレンモルト》が、ターン中に二回攻撃しているので、《プロトハート》の龍解条件達成!」
 《グレンモルト》は暴れるように揺れ動く《プロトハート》を、天高く投げ飛ばす。それこそ、まるで銀河まで届くかのように。
 遙か上空で、《プロトハート》は漲った熱血の力を受け、その力の姿を現す。

「宇宙の星々、熱き血潮を漲らせ、銀河の鼓動を解放せよ! 龍解! 《星龍解 ガイギンガ・ソウル》!」

 《プロトハート》が龍解し、現れたのは《ガイギンガ・ソウル》。パワー8000のWブレイカーで、二回攻撃が可能な能力を持つ。一騎の切り札の一体。
 これでシールドが増えようが、一気に攻め込むつもりなのだ。
「……私の、ターン」
 対するは圧倒的に不利な状況だが、しかし、焦った素振りは見られない。
 彼女は静かに、冷静に、次の手を打つ。
「《龍覇 レグルスピア》召喚……効果で、ドラグハート・フォートレス、来て……《浮遊する賛美歌 ゾディアック》」
 龍解を見せる一騎に対抗するように、一足遅れてドラグハートを呼び出す。さらに、
「《ラ・ローゼ・ブルエ》で……《グレンモルト》を、攻撃……」
「く……っ!」
 一騎の《グレンモルト》が破壊され、シールドも増えて三枚に。
 じわりじわりと、巻き返されていく。
 だが、じわじわと、などという生易しい速度での巻き返し程度では、今の一騎を止めることはできない。
 なぜなら、
「《龍覇 グレンモルト》召喚!」
 一騎は返しのターン、ニ体目の《グレンモルト》を呼び出した。
 だが、装備する武器は先ほどとは違う。より熱く、燃え上がる勝利の剣だ。
「超次元ゾーンから、《将龍剣 ガイアール》を呼んで、《グレンモルト》に装備! そしてその能力で、《コッコルア》とバトル!」
 《ガイアール》を携えた《グレンモルト》は、剣を大上段に構え、一息に振りおろす。
 その斬撃を避けることのできない《コッコルア》は、翼と一緒にその身を切り裂かれ、破壊された。
「さらに、《ガイギンガ・ソウル》で攻撃! 《ガイギンガ・ソウル》はガイアール・コマンド・ドラゴン! よってこの瞬間、《将龍剣 ガイアール》の龍解条件は満たされた!」
 《将龍剣 ガイアール》の龍解条件は、自分のガイアール、またはガイアール・コマンド・ドラゴンが攻撃すること。
 その条件が達成され、《ガイアール》は内に秘めたる熱き魂を、龍の姿としてここに顕現させる。

「戦場の爆炎、熱き闘志を燃え上がらせ、勝利の鼓動を解放せよ! 龍解! 《猛烈将龍 ガイバーン》!」

 燃え盛る金色の剣が、内に秘めた龍の魂を解放する。
 肉体を伴った龍は、熱き咆哮を轟かせ、戦場へと出陣した。
「《ガイバーン》の龍解は成った! 《ガイギンガ・ソウル》でWブレイクだ!」
「……まだ」
 《ガイギンガ・ソウル》による斬撃が、二枚のシールドを打ち砕く。
 しかし、その割られたシールドのうち一枚が、光の束となり、収束するのだった。
「……S・トリガー発動……《ヘブンズ・ゲート》」
「な……!」
「《音感の精霊龍 エメラルーダ》《支配の精霊龍 ヴァルハラナイツ》を、バトルゾーンへ……」
 天国の門が開かれ、そこから二体の天使龍が舞い降りる。
 それにより、一騎の猛攻に、ストップが掛けられてしまった。
「《エメラルーダ》の能力で、手札を一枚、シールドへ……《ヴァルハラナイツ》の能力で、《ガイバーン》を、フリーズ……」
 シールドを増やされ、《ガイバーン》は凍結してしまう。しかも相手の場には巨大な光ブロッカーが二体。
 シールドの数では優勢で、彼女は防戦一方になっていたはずが、たった一枚のトリガーで、一騎は窮地に立たされてしまう。
 しかしそれでも、彼は止まらなかった。
 勢いは削がれても、一騎は前に進むことを、やめなかった。
 まるで、それはなにかに訴えているような——懇願しているような、様だった。


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。