二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

126話「賭け」 ( No.384 )
日時: 2016/05/06 01:34
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

超奇天烈 ベガスダラー SR 水文明 (7)
進化クリーチャー:マジック・コマンド/侵略者 8000
進化—自分の水のクリーチャー1体の上に置く。
侵略—水のコマンド
W・ブレイカー
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、相手は自身の山札の上から1枚目を見せ、その後山札の一番下に置く。そのカードのコストが5以上なら、バトルゾーンにある相手のクリーチャーをすべて手札に戻す。それ以外なら、カードを2枚引く。



 《ベガス》が侵略し、現れたのは、《ベガス》をさらに大きくした、ロボットの如きクリーチャーだった。
 建造物を変形させたかのような巨躯。金色に輝くタワーを備え、背と胸には巨大な回転盤ホイールが取り付けられている。
 その姿はまるで、今からルーレットでも始めると言わんばかりだった。
 いや、事実、今から始まるのだ。
 狂いに狂った、熱狂的な賭博ギャンブルが。
「さぁさぁ、次のゲーム開始ですよ!」
「っ、なにを勝手に——」
「拒否権はありませんよー? 賭け金を払った時点で、ゲームが終わるまで逃がしませんからね!」
「金を払った覚えはないぞ!」
 浬の言葉は虚しく響くだけで、奇々姫は、彼女の言う“ゲーム”を進める。
 再びトランクを蹴り開け、ステッキで回転盤ホイールを弾き飛ばし、場に設置する。
 ここは既に、彼女が取り仕切る賭博場だ。浬に逃げ道はなかった。
「ではでは、《超奇天烈 ベガスダラー》の能力発動! 《ベガスダラー》がバトルゾーンに出た時、相手の山札の一番上をめくって、それがコスト5以上のカードなら、相手クリーチャーをすべて手札に戻します!」
「なに……っ!?」
 奇々姫の言葉に、驚きを見せる浬。
 そう、驚いてしまったのだ。
 それは運気の流れという非科学的な事象を前提として、その事象を信じていることと同義。
 そして、浬が既に、奇々姫に飲まれていることを示していた。
「種目はルーレット、本日の数字は5。皆さまふるってご参加ください! わたし主催のギャンブルゲーム、スタートです!」
 回転盤ホイールが回り始める。同時に、《ベガスダラー》はその中にボールを放る。
 投げられたボールが、回転する盤の縁を跳ねる。
 当たった時のリターンが大きいこの一球だ。浬も、思わず見入ってしまっていた。
 やがて盤の回転が停止へと近づいていく。その瞬間に、奇々姫はステッキを振るった。
「種も仕掛けもございません。はい!」
 同時に、浬は山札を捲る。
 捲られたカードは——《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》。
 コスト4のカードだった。
 浬は一瞬、目を疑った。
「は……? これは……」
「あっれー? おかしいですねー、コスト5以上のカードが出ると思ったんですが……まあ、こういう時もありますか。なにせギャンブルですからね! 当たるも八卦、当たらぬも八卦です!」
 あっけらかんとそんなことをのたまう奇々姫。特に気にした風もなく、気楽に笑いながら、ステッキをくるくると回している。
 一方、浬はこの結果に、唖然としていた。
(本当に種も仕掛けもなかったのか……)
 そして、ガクッと肩を落とす。なにか変な力が働いているのではないと分かり、ある意味ホッとした。
 だが同時に、こんな子供のハッタリにかかってしまった自分が恥ずかしくなる。
「あ、でも《ベガスダラー》は、外れてもカードを二枚ドローできますからね! アフターケアはバッチリなんですよー! カードを引いて、Wブレイク!」
 《ベガスダラー》の振りまいたコインを奇々姫は掴み取り、それを知識——手札へと変換する。
 直後、浬のシールドが二枚砕け散った。だが、クリーチャーは無事だ。シールド二枚の損害なら、まだリカバリーできる。
「俺のターン。呪文《幾何学艦隊ピタゴラス》で、《マイパッド》と《ベガスダラー》をバウンスだ」
「わ、わわっ! あっという間に戻されてしまいましたが……わたしは負けませんよ! 《マイパッド》と《ベガス》を再び召喚! 《ベガス》の能力で、山札を捲ってください!」
 浬が山札を捲ると、それは《アクア特攻兵 デコイ》。コスト2のカードだ。
「やはり種も仕掛けもないようだな。はずれだ」
「う、うぅー……ターン終了です」
 先ほどまでのお気楽な態度はなんだったのか、奇々姫は弱ったように呻く。
 なんにせよ、謎は解けた。
 奇々姫のマジックとやらはただのハッタリ。やけに自信ありげに口にしていた言葉も、すべて根拠のない自信とただの虚言。今まで彼女がコスト5以上のカードを当てたのも、浬が《アヴァルスペーラ》の効果を不発させたのも、単なる偶然の産物であり、確率の中の数字を拾っただけに過ぎない。ただ少しばかり運が悪かっただけだ。
 それが判明した瞬間から、浬の脳は切り替わる。
「俺の場にリキッド・ピープルは二体、さらに《ロココ》の能力でコマンド・ドラゴンのコストを1軽減。合計コストを3軽減し、こいつを召喚だ」
 余計な要素を排除した浬の計算が、正常な値を算出し始める。
 場のリキッド・ピープルたちの力を得て、龍素が抽出され、一つの龍素記号が導き出された。
「浬の知識よ、結晶となれ——《龍素記号IQ サイクロペディア》!」
 神秘的な結晶を砕き、その中から、IQの龍素記号を持つクリスタル・コマンド・ドラゴン、《サイクロペディア》が飛び出す。
「《サイクロペディア》がバトルゾーンに出た時、カードを三枚ドローする。ターン終了だ」
「うーむ、大きなクリーチャーが出てしまいましたか……これは早急になんとかしなければ! 呪文《ピーピング・チャージャー》を唱えて、《奇天烈 ディーラー》を召喚!」
 シールドを見て、マナを伸ばし、クリーチャーを並べる奇々姫。さらにこのターンには《ベガス》が攻撃できる。つまり、《ベガスダラー》へと侵略可能な状態なのだ。
 浬のクリーチャーがすべてバウンスされる可能性はあるが、それはただの運でしかない。当たったら事故だ。
「こうなってしまえば、奥の手を使いますか。とっておきのマジックです」
「なにがマジックだ。もうお前の戯言に耳を貸すつもりはない」
「さーて、どうでしょう? 戯言かどうかは、見てから判断してくださいな! 行きますよ! 呪文発動です!」
 そう、なんの仕掛けもなければ、当たったとしても、ただの事故で済ませられるのだ。
 なにも、仕掛けられていなければ。

「呪文! 《ガード・ビジョン》!」
 
「な……それは……!」
 唱えられた呪文に、またも吃驚の色を見せる浬。
 《ガード・ビジョン》。1マナの水の呪文で、唱えれば、山札の上から三枚を見て、好きな順番に入れ替えられる効果を持つ。
 このカード一枚では、次のドローの質を少し変える程度の効果しかなく、基本的にアドバンテージは取れない。手札一枚と、マナを1マナ消費するだけ。
 ただしそれは、このカード一枚だけで考えた場合だ。
 水は未来を変える。自分たちにとって都合の良い結果を生むために、不確定な未来を確定的にする。
 それは同じく水文明を使う浬も知っている。だからこそ、これから起こるだろう“未来”が分かった。
 《ガード・ビジョン》の山札操作は、プレイヤーを問わない。
 つまり、“相手プレイヤー”の未来すらも、変えられるのだ。
「さぁ、山札を見させていただきますよ? どれどれ?」
 浬の山札の上から三枚が、公開される。ただし、浬の目には触れず、奇々姫だけが、その未来を知っている。
 狡猾な水文明が変える未来は、必ずしも自分たちの未来だけとは限らない。場合によっては、相手の未来すらも、書き換える。
 そして書き換えた未来を利用するのが、彼女の従えるギャンブラー——奇天烈の侵略者たちだ。
「これでよし、と。では、お待たせいたしました!」
 山札の上を操作し終えた奇々姫は、満面の笑みでステッキを回す。
 これから始まるのは、最悪の出来レース。彼女にとってのボーナスゲームで、浬にとっての罰ゲームだった。
「またまたわたしのゲームの開演です! 《ベガス》で攻撃して、侵略発動!」
 《ベガス》が浬へと突貫し、コインの雨に降られ、その中で姿を変える。
「オールイン——《超奇天烈 ベガスダラー》!」
 コインの雨が降り止み、《ベガス》は《ベガスダラー》へと進化し、侵略していた。
「本日の数字は5。あなたの山札を捲ってコスト5以上のカードが出ればジャックポット、わたしへの配当金がガッポリで、あなたのクリーチャーをすべて手札に送り返させてもらいますね!」
 律儀に説明を繰り返して、ゲームが始まった。
 ディーラーが放ったボールは縁を跳ね、窪み(ポケット)に収まる。
 それは、分かり切った結末だった。
「さぁ、種も仕掛けもございません。はい!」
 浬は山札を捲る。彼女の熱狂は、もはや止められない。
 捲られたカードは、《龍覇 メタルアベンジャー》。
 コスト6のカードだ。
「ビンゴ、大当たりです! それではわたしは配当金として、あなたのクリーチャーをすべて手札に戻しますよ!」
 《ベガスダラー》は、今度は大量のコインを吐き出した。その量は洪水のようで、コインの激流によって、浬のクリーチャーはすべて手札に押し戻される。
 流された自分のクリーチャーたちを見て、浬は小さく舌打ちする。
「ちっ……なにが種も仕掛けもございません、だ。思い切り仕込みやがって……!」
 とんだイカサマだった。
 しかし、不確定要素をできる限り確定に近づけるそのプレイング自体は、浬の目指すデュエマの形そのもの。
 風水と同じく、自分とは真逆の性質を持っているかと思えば、自分と同じ性質も見せる奇々姫。
 どうにも掴みどころがない。ゲームの種がないと分かり、巻き返せたと思った直後にこの展開。最初からずっと、翻弄されてばかりだ。
 そんなことを考えていると、目の前に《ベガスダラー》の影が差す。
「ルーレットは終わりましたが、こっちは終わってませんからね! 《ベガスダラー》でWブレイクです!」
「っ……! S・トリガー《幾何学艦隊ピタゴラス》! 《マイパッド》《ベガスダラー》をバウンスだ!」
 はっと我に返る。《ベガスダラー》に割られたシールドから出たS・トリガーで、とりあえず奇々姫の場数を減らしていく。
 クリーチャーは全滅し、シールドは残り一枚。相手のクリーチャーも絶え間なく出て来る。今はとにかく、凌ぐしかない。
 賭博に身を投じ、熱狂に取りつかれてしまった、侵略者の猛攻から——

126話「賭け」 ( No.385 )
日時: 2016/05/07 13:11
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

 非常にまずいことになった。
 浬のシールドは残り一枚。場のクリーチャーも一掃されてしまった。
 奇々姫の場には《マイパッド》と《ディーラー》が残っており、残りのシールドも危うい。このままではやられるのは時間の問題だ。
 なんとかしてこの場を切り抜け、逆転の一手を打たなくてはならない。
(この状況を打開するには、大きな一撃が必要だな……なんとかドラゴンを残して《キリコ3》を叩き込むか、《エリクシール》で大型を呼ぶ。こちらに有利を作るには、それしかない……!)
 絶え間ないビートダウン、そこに侵略による攻撃性能の強化が加わることで、強烈な猛撃となって浬に襲い掛かる。
 そのため、浬はかなり防戦となっていた。攻撃を凌ぐだけで精一杯で、まともに攻撃の準備を整えることができず、序盤の不幸も重なって流れを完全に持っていかれた。
 ここで流れを引き寄せるには、大量のアドバンテージを稼ぐようなパワーカードで優位性をもぎ取るしかない。浬が有するカードの中で、それができるカードと言えば、《キリコ3》だ。このクリーチャーの召喚を目指すことが、勝利への道筋となるだろう。
「俺のターン。《コスモ》と《アヴァルスペーラ》を召喚! 《アヴァルスペーラ》の能力で山札の上から五枚を見て、《ブレイン・チャージャー》を手札に!」
「時間稼ぎですかー? 稼いで得するのはお金だけですよ? わたしのターン! まずは呪文《ガード・ビジョン》です! あなたの山札を拝見させていただきますよー?」
 再び浬の未来を覗かれる。覗かれるだけならまだしも、自分の未来を操られるのだ。およそ気分がいいものではなかった。
「続けて、《マイパッド》と《ベガス》を召喚です! 《ベガス》の効果で山札をめくってくださいなっ!」
「…………」
 捲れたカードは、《甲型龍帝式 キリコ3》。
 コスト8のカードだった。
 それでいて、浬が逆転するために必要な切り札だ。
「はーい、ジャックポット! 配当金をガッポリゲットです!」
「く……っ!」
 また当てられ、手札を増やされる。息切れせずに攻撃できるところが水文明の強みだが、それだけではない。息切れせずに展開して殴りつつ、大型クリーチャーの踏み倒しや大量バウンス、加えて山札操作まで交えて攻めるための資源として、大量の手札を使いこなしている。
 水文明は手札を増やすことが得意だが、手札ばかりが多くても意味がないことも多い。浬もそれは過去に何度も経験しているが、奇々姫は違う。大量の手札をしっかりと自分の戦略に組み込んで、それらを持てあますことなく使い切って、十全に利用している。
 浬と奇々姫では、コントロールとビートダウンというデッキタイプの違いこそあれ、奇々姫が高い技量を持ったプレイヤーであることは間違いなかった。
(《キリコ3》が山札に下に戻された……こうなると、あとは《エリクシール》で引っ張り出すしかないか……)
 手札には《エリアス》もおらず、場のクリーチャーのコスト合計も足りていない。《キリコ3》を繰り出すための手間が増えてしまい、ますます苦しくなった。
 だが苦しむ浬を奇々姫は待ってはくれない。
 何度だってコインを賭け、繰り返しゲームを要求する。
 侵略という、一方的かつ押し付けがましい、残虐なゲームを。
「それでは、準備も整ったところで、次の攻撃に移りましょう。《ディーラー》で攻撃です!」
「《コスモ》でブロック——」
「おっと! 待ってください、焦ってはいけませんよ? ゲームのルールは最後までちゃんと聞く。基本的なマナーです」
 奇々姫が攻撃に移る。浬は並べたブロッカーで、その攻撃を防ごうとするが、その前にストップをかけられた。
 指を一本立てて横に振る奇々姫。そして、彼女は宣言した。
「《ディーラー》が攻撃する時、侵略発動です!」
「侵略だと? だがそいつはコマンドじゃない、《ベガスダラー》は出せないはずだ」
 《ディーラー》の種族はリキッド・ピープル閃と侵略者。《ベガスダラー》の進化元は水のクリーチャーだが、侵略条件は水のコマンドが攻撃する時だ。奇天烈という冠詞があってもマジック・コマンドではない《ディーラー》が攻撃したところで、侵略は不可能なはず。
 しかしそれは間違いだ。その思考は、《ディーラー》がなぜ奇天烈の名を冠しているのかを考えていない。
「《ディーラー》では《ベガスダラー》に侵略できないと申しますか。残念ながらそれは違いますね! 本来なら説明料をいただくところですが、今回は特別にタダでお教えしましょう! 《ベガス》のおかげでわたしは、このターン“ターン最初のドロー以外で”カードを引いています。なので《ディーラー》能力が発動、《ディーラー》はこのターンに限りパワーが+2000され、種族にマジック・コマンドを追加します!」
「種族にマジック・コマンドを……っ!」
 それはつまり、
「種族にコマンドを得た《ディーラー》は、《ベガスダラー》の侵略条件を満たしています! 行きますよ、侵略進化!」
 《ディーラー》は、その身に熱狂を纏い、突貫する。
 ハイリスクハイリターン。失敗を恐れず成功を求める姿勢。確率論など関係なく、スリリングなギャンブルのために、その身を捧げる。
 刹那、大量のコインが《ディーラー》へと降り注ぎ、彼の身体を変形させ——侵略する。

「オールイン! 《超奇天烈 ベガスダラー》!」

 《ディーラー》が侵略し、《ベガスダラー》が再三現れる。
 同時に、場に回転盤ホイールがセットされ、ルーレットの準備が整う。
「本日のゲームも終わりが近づいてまいりました。さあ、カードをお捲りください」
「…………」
「ご安心ください。種も仕掛けもございませんので」
 嘘だ。
 つきさっき、明らかに《ガード・ビジョン》でカードを操作していたのだから、彼女の言葉が真実であるはずがない。
 操作した三枚の中にコスト5以上のカードが一枚しかないという可能性もあるが、奇々姫のこの自信は、恐らくそうではないことを示しているのだろう。
 否応なしにゲームに参加させられて、負けることを決定づけられたギャンブルを強制されている。
 理不尽だ、と嘆きたくなった。
「それでは、はい!」
 奇々姫の掛け声とともに、浬は山札を捲る。
 捲られたのは——《賢愚神智 エリクシール》。
 コスト8のカードだった。
「《エリクシール》……!」
「申し訳ございません、ご主人様。まさか、このような形で敵に利用されるだなんて、想定外で……」
 それはそうだろう。浬だって、こんなことは計算外だ。
 申し訳なさそうに山札の下へと戻っていく《エリクシール》を見届けながら、浬は険しい顔でバトルゾーンを見遣る。
 《キリコ3》だけでなく、《エリクシール》までもが山札の下に行ってしまった。どうにかしてどちらかを山札の底から引き上げて手札に加えるしかなく、よりいっそう逆転が困難なところまで追い込まれる。
 さらに悪いことに、捲られたカードはコスト5以上なので、《ベガスダラー》の“当たり”の能力が発動してしまう。
「さあ、残りのクリーチャーはすべて手札にお帰りください! そして、最後のシールドをブレイクです!」
 《ベガスダラー》の能力で、再び浬のクリーチャーが一掃される。このままだと、最後のシールドを割られ、残ったクリーチャーにとどめを刺されて終わりだ。
「くそっ……S・トリガー! 《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》! マナ武装7で、お前のクリーチャーをすべてバウンスだ!」
「むむむ! ギリギリで耐えられてしまいましたか、残念です。では仕方ないので、ターンを終了しましょう」
 クリーチャーがいなくなった盤面を見て唸りながら、奇々姫はターンを終了する。
 しかしクリーチャーがいないのは浬も同じ。どころか浬は、シールドすらゼロだ。
 恐ろしいほど単純に、浬の圧倒的不利が目に見えている。
「もう一度《コスモ》と《アヴァルスペーラ》を召喚! 《アヴァルスペーラ》の能力で、山札から《スパイラル・ゲート》を手札に!」
 前のターンにしたことの繰り返し。再び《コスモ》と《アヴァルスペーラ》、二体のブロッカーを並べて守りを固め、呪文を手に入れる。ついでに、山札の上のカードを下に送り込み、山札下に送られた《キリコ3》や《エリクシール》を山札上に引き上げようとする。微々たる変化だが、なにもしないよりはマシなはずだ。
 これを繰り返せば、じき《キリコ3》が手札に来るはず。その時にドラゴンを残せていれば、逆転も見えてくるはずだ。
 しかしどれだけ守りを固めても、浬のシールドはゼロだ。一撃でも喰らえば即、敗北に繋がる。
 奇々姫は、そんな浬が固めた守りに、イカサマと天運で武装して突っ込んでくる。
「《マイパッド》を召喚! そして、進化です!」
 浬の防戦とチャージャーによって、水単色のビートダウンにしてはあり得ないほど溜まったマナを使い、奇々姫は勝負に出た。
 まずは《マイパッド》を普通に召喚。そして、その上に進化クリーチャーを重ねる。
 今回のゲームのディーラーを務める、熱狂的な奇天烈の侵略者を。

「——《超奇天烈 ベガスダラー》!」

 侵略を使わず、最後は普通に進化してきた。しかし侵略でなくとも《ベガスダラー》の能力は発動する。
 このターン奇々姫は《マイパッド》と《ベガスダラー》のマナを支払うのが精いっぱいで、《ガード・ビジョン》を使っていない。もしかしたら手札にもないのかもしれない。そのため、山札は操作されていない。
 つまり、完全に運任せ。
 浬の生死を分かつギャンブルだった。
「それでは、最後の賭けを始めましょう。種目はルーレット、本日の数字は5。配当金は、潤沢な知識か、城壁をも壊す激流です」
 何度目になるのか、またしてもルーレット回転盤ホイールがセッティングされる。
 ディーラーは《ベガスダラー》。この一球が、奇々姫の勝利、そして浬の敗北に直結する、重要な一戦。
 リスクの少ない奇々姫が、状況的にも心理的にも圧倒的有利なゲームだ。緊迫した空気の中、《ベガスダラー》はボールを放った。
 回転盤ホイールが回り、カンカンとボールが音を立てて跳ねる。
 その音は死刑宣告になるのか、それとも——
「種も仕掛けもございません——はい!」
 虚言ではない真実を口にした奇々姫の声と共に、ボールが窪み(ポケット)に収まる。
 同時に、浬は山札の一番上を捲った。自分の生死を決定づける、重要な一枚を。
「さぁ、どうでしょう……!?」
「……!」
 果たして、このゲームの結果は——

 ——《理英雄 デカルトQ》。

 コスト7のカードだった。
「ラッキーセブン! 大当たりです! さあさあ、そんなご主人など捨てて、みなさんお帰りくださいなっ!」
 奇姫はルーレットで稼いだ配当金をばら撒く。その金に目が眩んだ浬のクリーチャーはすべて、手札へと戻ってしまった。
 そして、浬を守るクリーチャーは、いなくなった。
 最後の大博打、浬は敗北した。
 それを宣告すべく、ディーラー自らが、浬へと迫り来る。

「《超奇天烈 ベガスダラー》で、ダイレクトアタックです——!」

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.386 )
日時: 2016/05/08 07:23
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「ぐ……!」
「ご主人様!」
 神話空間が閉じ、再び熱された砂地に伏せる浬。
 今までなんとか気力を保ち続けていたが、この敗北を契機に、肉体も精神も限界を迎えたようだ。体は動かず、意識も朦朧としている。
 熱砂の上に伏した浬に、スッと黒い影が差す。勝者が敗者を見下ろしていた。
「賭けはわたしの勝ちですね」
 幼く軽い声が、浬の耳に重くのしかかる。
 奇々姫はくるりとステッキを回し、パチンと指を鳴らすと、背後に控えている奇天烈隊の隊員たちに告げた。
「後の作業はみなさんにお任せします。とりあえずお金になりそうなものをもらえれば、それでいいので。体は置いておきましょう。こっちの小さなクリーチャーさんも同じように」
「あ、あうぅ……」
 高い声が、どこか味気なく淡々と響く。その冷淡さが恐ろしい。エリアスは、ただ唸ることしかできなかった。
 浬は恐ろしさを感じることもできず、ほとんど思考力も失っていた。意識をギリギリのところで保っているだけで精一杯だ。
 手も足も出ない二人に、奇天烈の侵略者が迫る。
「それではみなさん、お願いしますね——」
 ——と、その時。

 ピチャンッ

 なにかが、額に当たった。
 冷たいなにかが。
 それは、もう一度、また一度と、幾度と体を打ち、やがて数えることもできないほど大量に、降り注ぐ。
「っ!? え? え? な、なんですかー!?」
「雨……?」
 視界が遮られるほどの大雨。さっきまで燦々と照りつけていた陽光が嘘のような土砂降りだった。
 目の前にいるはずの奇々姫の姿も見えず、雨音だけが鼓膜を震わせる中。
 頭の中に直接語りかけるような声が聞こえてきた。
『こっちだ』
「え……?」
 エリアスは目を凝らす。うっすらと、大雨の中になにかが浮かんでいるように見える。
「え? な、なにものですか……?」
『説明は後でする。早くこっちに来るんだ。身ぐるみ剥がされたくなかったらね』
 なにかはそう伝えた。
 この急な雨。身を隠してこの場を去るには絶好のタイミング。そこで、なにかよく分からないが、このなにかは自分たちをどこかに誘導しようとそしている。
 考える時間はなかった。今すぐ身ぐるみを剥がされるか、よく分からないなにかに従うか。不確定すぎて自分の主人の主義に反するが、そんなことは関係ない。エリアスは、後者に賭けることにした。
「……ご主人様! 立てますか? 立ってください! 立って歩いてください!」
「う、ぐ……頭に響くから黙れ……なんとか、立てる……」
 雨に打たれた体を起こし、水を吸った重い服を纏ったまま、おぼつかない足取りで浬は歩を進める。
『そのまま直進するんだ』
 何度も倒れそうになりながらも、浬は進み続ける。雨が強すぎて視界は塞がれ、聴覚も雨音のみの世界。寒さに震えた体は触覚だけでなく平衡感覚すらも狂わせ、全身の感覚がおかしくなりながらも、浬は前に進んだ。
 どれくらい歩いただろうか。肉体的にはあまり遠くまで歩けないはずだが、感覚的には気が遠くなるほど長い時間を歩いていた気がする。しかしその感覚は狂っているので、恐らく肉体的に考える方が正しいと思われる。それほど長くは歩いていないだろう。
 浬とエリアスが声に導かれ、歩を進めた先。その足元が、大きく口を開けていた。
 地面がそこでくっぱりと割れているのだ。砂漠という地質としてはありえない割れ方をしている。
 そして、その割れたところから下へ、段差が伸びていた。つまりは階段だ。
「これは、入口……?」
『中に入ってくれ、早く。連中に見つかる前に閉める』
 声に促され、急かされるまま、二人は中に入る。踏み出した直後に浬が足を滑らせて、そのまま下に転げ落ちたが、直後に素早く入り口が閉められた。結果的に早く入れたのでよしとする。
 肉体及び精神的に疲弊しきって、そのうえに物理的なダメージまで受けた浬は満身創痍もいいところだったが、それでも地面を這いながら首を回す。
 薄暗い通路のような空間だ。天井からは小さな明かりが最低限の光源となり、等間隔で扉のようなものが見える。そして、壁や天井、扉、浬が今這いつくばっている地面はすべて金属のようなものでできており、濡れた身体には冷たかった。
「ここは、一体……?」
「なにかの施設のようですが……?」
『廊下をまっすぐ進んでくれ。そうすれば、私の研究室が見えるはずだ。そこで待っているよ』
 声を発するなにかは、そう言い残して行ってしまった。薄暗くて姿はよく見えなかったが、とりあえずこの先に、声の主がいるようだ。
 転げ落ちた痛みが駆け巡る体を引きずりながら、浬はエリアスを連れて廊下を進む。ほとんど一本道のようなので、迷うことはなかった。
 しばらく歩くと、扉が見えた。ここがゴールのようだ。つまり、この先に声の主がいるはず。
 取っ手らしきものはない。そっと手を近づけると、扉はプシュゥ、という音を立てて開いた。
 中は広い空間だった。横に広く、直方体の空間になっている。しかし広さに対して物が多く、雑多な印象を受けた。
 天井が高く、暗くて見えないほど。壁一面には必ずなにかが置かれている。薬品かなにかが置かれている棚だったり、謎のカプセルだったり、パソコンのようなディスプレイだったり、それは様々だ。部屋の右側には巨大な円筒状の装置があり、その中には装置の巨大さに見合うだけの結晶のようなものが収められている。
 床にも配線やらメモ紙やらなんやらが落ちており、実験室か研究所のようだと、浬たちは思った。
「やぁ、来たね」
 そして、その中央奥。
 浬たちから見て、正面のさらに先。
 巨大なディスプレイがいくつも複合した、パソコンに似た機械の前に、その人物は座っていた。
 どことなく年季を感じさせる声だが、その声に反して見た目は若い。否、幼いと言うべきか。
 声の主は少女だった。翼のようなものが付いた、長方形の機械を手にしている。
 奇々姫とさほど変わらない体格を白衣で包んでおり、無造作に伸びた水色の髪を邪魔そうに括っている。前髪もヘアピンで留めていた。
 顔も子供のそれで、体の肉付きも薄い。どこからどう見ても、浬よりも年下の少女だ。
 そのはずなのだが、なぜだろうか。
 奇々姫からは感じられた幼さが、彼女からはほとんど感じられない。声も、立ち振る舞いも、確かな重みと存在感を放っている。
 その存在感を肌で感じながら、浬は声を絞り出す。
「……誰だ、お前は」
「窮地を助けてあげたのに、お前とは酷い言いぐさだね。まあ、どう呼ばれようと私は気にしないが」
 少女らしからぬ口調で、彼女は言った。
「自己紹介をしようか。私はノミリンクゥアという」
「ノミ……? なんだって?」
「長くて呼びづらいなら、ミリンと呼んでくれたまえ。私の仲間たちもそう呼んでいる」
「仲間だと?」
 ノミリンクゥア——ミリンの言葉を、浬は反芻する。
「そうだ。私は【フィストブロウ】という組織の、技術開発研究局の局長を務めている」
「【フィストブロウ】……」
 その組織の名前には、聞き覚えがあった。
 地上で奇々姫が【鳳】の名を出した時と同様に、その組織のトップと出会ったことがある。
「……あのメラリヴレイムとかいう奴の仲間か」
「おや? メラリーを知っているのか。では、私たちが今置かれている境遇も、知っているのかな?」
「境遇……?」
「ふむ、知らないか。では教えるとしよう。君たちとのつきあいは長くなりそうだし、できるだけ信用を得ておきたいからね」
 いまだ状況が飲み込み切れていない浬を置いて、どことなく思わせぶりなことを口にしながら、ミリンは話を進める。
「とはいえあまり時間はないから、ざっくりと説明しよう。私たち【フィストブロウ】は、先ほど君たちを襲った連中、【鳳】と同盟を結んでいた」
「それは知っている」
 だから浬は警戒を緩めない。彼女に助けられた形でここにいるとしても、なにか裏があるのではないかと、常に気を張っている。
 しかし彼女の口振りからは、なにかを企んでいるとか、そういったものとは違う、妙なものを感じる。
 それに、ミリンは言った。
 同盟を“結んでいた”、と。
「そうか、ならば話は早い。私たち【フィストブロウ】と【鳳】は同盟を取り消したんだ。正確には一方的に同盟破棄を押しつけられたのだが、その結果【フィストブロウ】は【鳳】に狙われ、追わるようになった。そうだな、確か連中は【フィストブロウ】狩りと呼んでいたか」
「【フィストブロウ】狩りだと? なぜ同盟を破棄したんだ?」
「あまり詳しく説明する暇はないが、簡単に言えば、我々のリーダーであるメラリヴレイムが死んだからだな。それも、【鳳】の手によって」
 事実を淡々と言い放つミリン。いくら【フィストブロウ】が【鳳】に追われているとはいえ、自分には関係ないことだと、対岸の火事のような気分でいた浬としても、その言葉には流石に驚きを隠せなかった。
「死んだだと……!?」
「私としても半信半疑だがね。仮にも私たちのリーダーだ、簡単に死ぬとは思えない。死んでほしくないという希望的観測を抜きにしても、メラリーは生きていると、私は思っているよ」
 そこで初めて、ミリンは微笑んだ。それも子供らしい笑みとは言い難かったが、それでも初めて彼女が感情を明確に表した瞬間だった。
 やはり、それほどに彼女にたちにとって【フィストブロウ】のリーダー——メラリヴレイムの存在は大きいということか。
「話が逸れたね、すまない。ともかく、【フィストブロウ】の仲間たちは散り散りになってしまい、今もなお【鳳】の狩りの対象だ。私は自分の研究所の一つに身を隠し、こうして仲間探しと研究に没頭する日々だよ」
 そう言って、一旦ミリンは話を打ち切った。
 それが今、彼女たちが置かれている状況であり、彼女の境遇。
 とりあえず、それだけは理解できた。理解できたが、まだ腑に落ちない点がある。
「あんたの事情は分かった。だが、なぜ俺を助けた? 敵がすぐそこに迫っているという時に、俺を助けるのはリスクを伴うはずだ」
 ミリンの話を信じるなら、【フィストブロウ】と【鳳】は今、敵対関係にあると言ってもいい。奇々姫は人を探していると言っていた。それが【フィストブロウ】狩りのことを指すのであれば、狩りの対象であるミリンは今、敵が近くにいる時に自分の隠れ家を晒したことになる。あの大雨はそのための隠蔽工作——視界を遮ることでカモフラージュしていたのかもしれないが、それでもあのタイミングで雨が降るということがかなり不自然だ。存在を悟られた可能性は決して低くはなく、狩人が獲物の存在を嗅ぎ付けたとなれば、血眼になって探すはず。だから、この場所が見つかってしまう可能性を大幅に引き上げたと言ってもいい。
 どうして浬が奇々姫に襲われているところを察知したのかは分からないが、浬一人を助けるために、自分の居場所を悟らせてしまうのは、あまりにリスクが大きい。ここで浬を助けることに、そのリスクを負うだけの意義があったのかどうか。
 そこだけが、ずっと気になっていた。
「ふむ、君が警戒を緩めないのはそこか」
 気がかりを残している浬とは逆に、ミリンは腑に落ちたように納得していた。
 ミリンは立ち上がり、考え込む仕草を見せる。浬の警戒心を解くにはどうしたらいいのかを考えているのか。
 しばし考え込むと、ミリンは浬の横で浮いているエリアスに視線を向けた。
「そうだな……エリアス」
「は、はいっ! ……って、え? なんで私の名前を?」
「知ってるからさ」
 さも当然だと言うように、ミリンは言った。
 しかしそれは、エリアスの名前だけを知っているという風ではない。“彼女のことを知っている”というような口振りだった。
「今の私は少女の姿だが、これは自分の身体を使って実験した結果でね。だからこう見えて、私は【フィストブロウ】の中でも最年長で、かなりの古株でもあるんだ」
「!? そうなのか?」
「そうさ。もう自分がどのくらい生きたかなんて覚えていないが、人間である君の数百倍以上は生きているんじゃないかな?」
 吃驚を露わにする浬。しかし彼女から幼さを感じないのは、そういうことだったのかと納得する。
 考えても見れば、相手はクリーチャーだ。人間の常識や観念がそのまま通じるとは限らない。なのでミリンがいくら少女の姿をしていようとも、それを自分の物差しで測り切ることはできないのだ。
 もっとも、そうであるとしても、目の前の少女が自分の数百倍も生きているだなんて、とても信じられないし想像もできないが。いくら常識が通じないとしても驚く。それに、彼女は自分の身体を使って実験したと言っていた。一体、どんな実験をしたというのか。
 それはともかくとして、ミリンはこんな外見でも、非常に長く生きているという。
「だから、十二神話のことも知っている。私はかの神話戦争があった時代から生きているからね。ゆえに、あの時のこともこの目で見て知っている」
「神話戦争があった頃? ということは、今の語り手の主が、まだこの世界にいた頃から、ということか」
「そうだ。そして、さらに確信を突くことを言おうか。私は元、賢愚神話の配下だ」
「なに……!?」
 立て続けに、驚きの表情を見せる浬。今日は驚いてばかりだ。
 だがこれは本当に信じていいものかと思案する。元賢愚神話の配下。その情報は確かに驚きだが、それが本当なのか。そして、それにどんな意味があるのかを考えなくてはならない。
 浬がそのことに頭を悩ませていると、同じくうんうん唸って悩んでいたエリアスが、ハッとした様子で声を張り上げた。
「……あぁ! 思い出しました! もしかしてあなた、第一機関長さんですか!?」
「そうだ。思い出してくれたか」
 どことなく満足そうなミリン。エリアスも、もやもやしていたものが晴れてスッキリしているが、同時に吃驚と感嘆が入り乱れ、目の前にいる人物の存在が信じられないとでも言うように、困惑の表情を作っていた。
 対して浬は、エリアスの言葉を、疑問符を沿えて反芻する。
「機関長? なんだそれは」
「ヘルメス様が設立した、研究及び開発機関です。賢愚神話の配下の中でも、特に優秀な頭脳と技術を持つ、選りすぐりのエリートだけで構成された機関で、この方はその第一研究機関の機関長、つまりすべての研究機関のトップであり代表です!」
「……あんた、そんな凄い奴だったのか?」
「まあ、昔の話だがね。今の私は【フィストブロウ】の研究局長、ノミリンクゥアだ。昔の地位も名前もすべて捨てたよ」
 あくまで私の経歴をハッキリさせただけだ、とミリンは言い切る。
「しかし、これで私がエリアスと同じ側の者だったことは理解できたはずだ。だから、警戒を解いてもらえると助かるのだが」
「…………」
 浬は黙り込む。そして考える。
 ミリンはエリアスと同じ賢愚神話の配下。噛み砕いて言えば、同僚といったところだろう。
 しかし、所属していたところが賢愚神話の下というところが、非常に引っかかる。浬としては、かの神話のことはあまり信用できない。エリアスは今までの付き合いがあるから別としても、他の配下まで同じように見ることはできない。
 賢愚神話がどの程度の影響力を持っていたのかは分からないが、仮にミリンが賢愚神話に心酔していたとしたら、それは浬からすればまるで信用できない相手となる。
 彼女は昔のことは捨てたと言っているので、そんなことはなさそうではあるが、それほどまでに過去のことであれば、今のミリンとの思想に大きな差異があってもおかしくない。昔は昔、今は今と分けて考えるのであれば、過去にエリアスと同じ賢愚神話の配下だったからと言って、それが信用につながることはない。
 だから、浬としては、ミリンを信用しきることはできないのだ。
「……悪いな。あんたの言葉がどこまで本当なのか、俺には確認する術がない。証明がきっちりできないことは信用できない。だからまだ、完全にあんたを信用することはできない」
「そうか。それは残念だ。しかし困った。これ以上、私は君に害をなさないという証明ができない」
「だが」
 浬は、逆接した。
 確かにミリンの言葉は完全には信用できないかもしれない。
 しかし、酷く感情的になってしまい、浬としては気に食わないのだが、彼女から敵意は感じなかった。
 彼女が嘘を言っているようには、思えないのだ。
 それに彼女は、敵に見つかるリスクを背負ってまで、浬を助けた。それがどういう目的によるものかは分からないが、助けられた事実は変わらない。
 だから、
「“とりあえず”でいいなら、俺はあんたを信用する。あんたが俺を助けた理由も分からないし、底が知れないからな。完全に信用するのは、それからだ」
「ふむ、成程。確かに今すぐ信用しろだなんて、土台無理な話か。いいよ、それで。私を本当に信用してもいいのかどうかは、今後の付き合いの中で決めてくれ」
 ミリンは浬の条件を受け入れて、飲み込んだ。
「それじゃあ、前置きが長くなってしまったが、本題だ。君を助けた理由も、今から話そう」
 ミリンは、真っ直ぐに浬を見据えて、言った。

「浬君——私と共に、革命の力を生み出してみないか?」

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.387 )
日時: 2016/05/12 21:40
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「うぅー、もう、なんなんですかぁ……」
 雨が止み、今まで通りの激しい日差しが奇々姫たちに照りつける。
 しかし長い時間雨に打たれていた奇々姫は、体を震わせていた。
「はぅ……へぷちっ」
 寒そうに鼻を押さえる奇々姫。
 日差しが戻ったとはいえ、強い雨に晒されていた彼女は、全身ずぶ濡れだ。体が冷えてもおかしくはない。クリーチャーが雨に降られた程度で冷えるのかどうかは、甚だ疑問だが。
「いやいや、いくらわたしが水文明のクリーチャーでも、寒いものは寒いんですよ」
 と、誰に言っているのか分からないことを呟きつつ、奇々姫は怪訝そうに空を見上げた。
 そこには当然のように灼熱の青空が広がっている。先ほどの雨などまるで感じさせない。
「うーん、こんな砂漠で雨なんて降るんですかねぇ、おかしいですよねぇ。それにあんな狙ったようなタイミングなんて……」
 奇々姫は先ほどの大雨に不信感を抱いていた。
 この乾燥しきった砂漠で急な雨。あり得ないとまで言い切ることはできないが、相当珍しいことではある。
 そしてなにより、今から賭けに勝った商品をいただくという絶好のタイミングで降り、彼に逃げられた。
 まるで、奇々姫のしようとしていたことを、邪魔するかのようだった。
「どうしましょう。なんか萎えちゃいましたけど、とってもいい配当金のにおいがしますねぇ。進むべきか、退くべきか……」
 しばらく唸って、奇々姫はしゃがみ込む。トランクを開け、中から円形の薄い金属片を取り出した。表側に【鳳】のシンボルが描かれた、一枚のコインだ。
「よし、これで決めましょう。表が出れば進む、裏が出れば退く。イッツ、コイントスです!」
 ここでも運に任せる奇々姫。しかしそれが、奇天烈の侵略者としての在り方だった。
 彼女は親指でコインを弾き、天高く飛ばす。そして、落ちてきたコインを掴むと、手の中に収めたまま左手の甲に乗せる。
「表か裏か。前に進むか後ろに退くか。わたしの天運はどちらを向いているのでしょうか」
 奇々姫は手を退ける。
 そこには、征服の鳳が煌めいていた——



「革命の力?」
 ミリンの言葉を復唱する浬。比喩かなにかなのか。彼女の発した言葉の意味は、浬にとって測りかねるものだった。
「私の研究テーマだ。君を助けたのも、それが関係している」
「?」
「とりあえず座りたまえ。話が長くなりそうだからね。椅子はないが、床は掃除してあるから問題ない。その辺の配線や資料も、適当退けてもらって構わないよ」
 ミリンに促され、浬は言われるままに床に座り込んだ。侵略者が徘徊している地上よりも安全な場所は確保したとはいえ、疲労が回復したわけではない。正直、立っているだけでも辛かった。
 さらにミリンは、ビーカーを棚から取り出すと、すぐ近くにある蛇口のようなものを捻って、水らしきものを注いだ。それを浬に差し出す。
「飲みたまえ」
「…………」
「変な薬は入れていない。疑うなら、私が先に飲もうかね?」
「……いや、いい。貰っておく」
「善意でお水もらってるのに、ご主人様は偉そうですね」
「うるせぇよ」
 渡されたビーカーに口をつける。確かに普通の水のようだ。ほぼ常温で飲みやすい。浬は一気に飲み干して、ビーカーを床に置く。
「それで、革命の力を生み出すとはどういうことだ?」
「意味としてはそのままの意味だが、意訳するなら、私の研究に協力してほしいといったところか」
「いきなり意訳されても分からん」
「だろうね。順序立てて説明するよ」
 椅子に座ったまま、床に座った浬を見下ろす形で対面するミリン。
「私は今、仲間探しをする傍ら、【鳳】に対抗するための力について解析し、それを物質化するために研究している」
「それがさっき言ってた研究テーマというやつか。それで、その【鳳】に対抗する力というのはなんだ?」
「革命だよ」
 革命。
 それは、最初にミリンが発した言葉だった。
 彼女が生み出そうとしている力。
 本来の革命の意味は、従来の価値観や常識を根本から覆すこと。旧来までの体制を打ち壊し、新しく塗り替えることだ。
 侵略に対抗する力が革命なのだとしたら、それは侵略者によって侵された領域を壊し、覆すものなのだろう。
「私はメラリーやルミス、ザキのように、先天的な革命の力を持っていない。後から人為的に、その力を植え付けただけなんだ」
「植え付けた……」
 サラリと流すように言うミリンだが、その表現にそこはかとなく寒気を覚える。
 ノミリンクゥア。一見してまともそうに見えるが、こうして対話していると、話の端々から異常さが感じられた。
 彼女も、伊達に賢愚神話の下についていたわけではないということなのだろうか。
「だから私の革命は不完全だ。そして、それは私だけではない。多くの仲間たちは、私のように革命の力が弱い者がいる。だから、そんな仲間のためにも、【鳳】の侵略に対抗すべく、革命の力を日々研究しているというわけだ」
「成程な。ウイルスに対してワクチンを作るようなものか」
「完全に侵略者を打破できるとは限らないが、侵略が侵してくる領域とその所業がもたらす結果に作用させる力が革命だ。ゆえに、理論上は対侵略用の特効薬となりえるはずだ」
 その理論をより詳細に聞きたいところではあったが、恐らく浬の知識では理解できないと思われるので、口をつぐんだ。
「ここまでが革命の力、私が開発しようとしている力についてだ」
 とにかく革命の力は、【鳳】が操る侵略の力に対抗し得る可能性を秘めた力であり、【フィストブロウ】にとっては要となる力なのだ。ミリンは仲間のために、その力を開発しているという。
 まとめると、そんなところだろう。
「次に、君に協力を仰いだ理由だが」
「まだ説明が続くのか」
「君は理屈として物事を理解しないと納得してくれないようだからね」
「む……」
「図星を突かれちゃいましたね、ご主人様」
「これくらい対話していれば、相手の大まかな性格、気質、傾向を掴むことくらいはできる。それに君は、存外分かりやすいというか、単純というか、性質がかなり偏重しているようだからね」
 既にこちらのことを見抜かれているようで、少々癪だった。
 しかし理屈を説明されないと納得できないという点については反論しがたいものがあるので、浬は黙って聞くことにした。
「私としてもこういう説明は煩雑なのだが、これも信用を得るためだ。君に協力してもらわなくては、私の革命は完成しないからね」
 少し本音を漏らしつつも、ミリンは続けた。
「前提の説明から入ろう。この世界に限らず、あらゆる世界の生命体は、体内になにかを巡らせている。たとえば君たち人間であれば、血液がそうだな。私たちクリーチャーにも、血が巡っている種は少なくない。だが、巡っているのはそれだけではない。クリーチャーにはマナが駆け巡っているが、それは君たち人間も同じだ」
「そうなのか?」
「あぁ、かなり微弱だがね」
 大気中の成分の割合で言うところの、二酸化炭素よりも少ない、その他に含まれる割合の中の一つ程度だと、ミリンは例を挙げる。
「このように、すべての生命体は、体内になにかしらの物質を巡らせている。これらの体内を巡る不可視の物質すべてを総称して、“波動”と呼ぶことにしよう」
 血液などの可視化できるものを除いた、体内を巡るもの。波動。
 今現在においても、自分の体内には未知の波動が巡っていると、ミリンは言う。
「波動は種ごとに違うケースが大半だが、中には個体ごとに違うものがある」
「個体ごとに?」
「そうだな。君は、性に合うとか性に合わないとか、もしくは物事に対する感覚的な好き嫌い、技術の習得や熟練に差が生じたことはあるかね?」
 唐突な質問に少々面食らう。
 素直に答えるべきだろうか。しかしこちらを見透かすような目を気にしてか、嘘は吐かないが、一般論を含ませて答えた。
「まあ、ないとは言わない。当然、あって然るべきだと思うが」
「その通り。これらの例はあって当然のことだ」
 そのまま肯定された。少し負けた気分になった。
「なぜこういったことが生じるのか。それも波動で説明がつくのだよ。一つの生命体が体内に巡らせている波動の数は膨大だ。すべてを観測しきることは私にもできない。その膨大な波動が、自分が関わる物事と合致するか否かで、先ほど例に出したことが起こるのだ」
「波動が合致すれば、それは性に合うことだったり、好きなものだったり、習得や熟練しやすいことだったりする、ということか?」
「その通りだ。流石、なかなか聡明じゃないか」
 パチパチと手を叩くミリン。無自覚なのだろうが、やや上から目線の物言いが気になる。
 しかしそんなことに目くじら立てていても仕方ない。ミリンも浬に分かるように説明しようと努力していると思われるので、ややこしいことが一つ理解できてよかったと考えることにする。
「もう一つ例を上げよう。君たちがクリーチャーを使役する技術——いや、様式というべきかな。それはデュエル・マスターズと呼ぶらしいが、その中で——」
 と、そこで。
 ミリンは、核心的なことを、浬に問いかけた。
 こちらの世界に来るようになってから、浬が抱き続けていた謎。
 期せずして、それが今、浬の前に現れる。
「——“カードが自分に応えてくれる”というようなことがないかね?」

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.388 )
日時: 2016/05/12 23:32
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「……あるな」
 どことなく核心的なミリンの問いかけ。
 それは、浬が今まで感じ続けていた謎の一つだ。
 こちらの世界に来るようになってから。さらに言えば、エリアスと出会ってから、浬は今のデッキ——水単色のデッキに変えた。
 その後もデッキは変わっていき、エリアスが神話継承するようになってからは、ビートダウンも滲ませていたデッキを、完全なコントロール型に固定した。
 それは、そちらの方がエースカードを生かしやすいという、理屈に沿った合理的な理由に基づく結果なのだが、それはあくまでも結果的にそう理由をつけられるというだけのこと。
 なぜそうしようとしたのか、その原点は、言葉では言い表せない。あえて言うなら“そうするべきだと感じた”からだ
 そして、そのようにデッキを組むことで、今まで以上にカードの引きが良くなった気がする。勿論、いつもいつも絶対にそうではない。先ほどの対戦でも、序盤はあまりいい引きではなかったように、運が悪い時もある。
 しかしそれでも、今のデッキが非常に“動かしやすい”。身体がデッキに馴染むような感覚があり、時折次のドローや、シールドの中身がなんとなく分かったりもする。
 デッキを組み直す動機は、後付けであろうとなんだろうと、理屈で説明がつく。
 だが、今のデッキが“扱いやすい”と感じてしまう自分の感覚は、どうしても理屈を付けられなかった。
 浬が長く疑問に思ってきた謎。理屈づけられないもどかしさを乗り越えて、ミリンはその謎に理屈を与えてくれる。
「それも波動によるものだ。まあこれに関しては、君らの中に文明や種族を決定づける波動が流れていて、クリーチャーたちがそれに呼応しているだけなのだが」
「俺たちに得意な文明、得意な戦術があるということ、つまり“得意”という感覚的な概念も、波動によるものだと言うのか」
「その通りだ。あぁ、勿論、君たちが磨いてきた技術を否定するつもりはない。何度もその戦術を使い続けて、経験による知識と記憶からもたらされた技術、言うなれば熟練度は、必ず存在する。波動とは、言い換えれば才能のようなものだからね。先に貰えるボーナスポイントのようなものだ。後から磨いた技術は、そこに加算される。波動はあくまで先天的に方向性を指し示すものであるだけで、実際に進むべき道を決めたり、前に進むことそのものは、その後の努力次第だ。波動はそれを科学的にある程度証明したに過ぎない。完全な証明ができていないのが、もどかしいがね」
 そんなフォローを入れつつミリンは、ふぅ、と息を吐く。
 彼女も彼女で、説明ばかりで疲れたのだろうか。
「少々冗漫になってしまったな。まだ前置きなのだが」
「波動についてはとりあえず理解した。察するに、俺を助けたのも、“俺にしかない波動”が関係しているといったところか」
「その通りだよ。より正確に言うなら、私にはなくて、君にはある波動だが、そんな些細な違いはどうでもいい。私には、君が持つ波動が必要なのだ」
 浬の波動が必要なミリン。
 では、なぜ必要なのか。
 浬の波動を、どのように使うのか。
 ミリンは、その答えを告げる。
「あれを見たまえ」
 そう言ってミリンは、部屋の片側を指し示した。
 そこにあるのは、巨大な円筒。その中に眠る、一つの結晶があった。
「……ずっと気になっていたんだが、あれはなんだ?」
「私が開発中のクリーチャーさ。肉体はほとんど完成しているのだが、核がまだ未完なのだよ」
 そう言われても浬にはいまいちよく分からない。
 しかし、円筒に近づき、様々な角度から観察するエリアスは口を開いた。
「結晶龍ですね。龍素記号は?」
「これは龍程式を解いて、それをそのまま組み込んだ方だよ」
「あ、そっちでしたか。それは申し訳ないです」
「なに、構わんさ」
 浬には理解できない話が展開される。
 とりあえず、この円筒の中のものがクリーチャーであることだけは理解した。
「器は出来上がり、龍程式も解け、式を結晶に組み込むまではできたが、こいつは最後の仕上げとなる“生命力”が欠如しているのだよ」
「生命力?」
「生命を生命足らしめているもの、とでも言うのかね。俗に言う、魂などと呼ばれるものを想像してくれれば、分かりやすいかもしれない」
「魂を人為的に作り出すのか」
「魂と言うと闇文明がやりそうなのだが、私としては命を創り出すと考えているよ。どちらも同じだと言うのであれば、両者の違いを私なりの論で事細かに説明するが」
「……いやいい。それより、俺の波動とやらで、こいつに命を吹き込むことができるのか?」
「できるさ。今は非常事態だから、こうして革命の力を研究しているが、私の元々の研究テーマは波動についてだ。波動からエネルギーを抽出する技術は、とうの昔に開発している。その人物が持つ波動の種類を観測する装置も作ったさ。それで君の波動を観測させてもらった」
「いつの間に……」
「君たちのことは、地中に隠してある監視カメラで見ていたからね。その時にだ」
 だから、あんな都合のいいタイミングで現れたのか、とここに来て納得する。
 ということはあの雨も、ミリンの仕業なのかと問うたら、彼女は首肯した。
「この研究所を中心に、私はこの砂漠一帯を管理下に置いている。ある程度は気象の操作も可能だ。先ほどの大雨は急だったから、流石に不自然に思われただろうがね」
 そう言われて、少しばかり罪悪感を感じてしまう。
 ミリンはそれでも気にする様子はなかったので、浬もその罪悪感を飲み込んだ。
「それで、俺にはあんたが欲しがる波動が流れていたのか?」
「そうさ。流石は賢愚神話の語り手の主といったところだ。あの変態に近い性質の波動だ。私の求めるものにかなり近いよ」
「……変態と同じにするな」
「あぁ、悪かったよ。大事なのは、私が求めている波動を宿しているかどうかだ。変態かどうかはさほど重要ではない。まあしかし、変態であることが必ずしも悪いとは言い難いがね。なぜなら変態とは——」
「そんなことはどうでもいい。俺の波動とやらを使えば、あの龍が——あんたの革命とやらが、完成するんだな」
「そうだ。幾度と計算し、計画し、練りに練った開発だからね。最後の仕上げが終われば、必ず完成する。それだけは保証しよう」
 ミリンは力強く言った。
 必ず自分の求めるものは完成する。そんな、確かな自信を持って。
 どこにその保証があるのかは分からないが、彼女が自信満々に言いきっているのだ。根拠がないわけではないだろう。
 まだ疑っているところがないわけではないが、ここまで彼女には恩義もある。包み隠さず情報を伝えてくれた。もうそろそろ、信用してもいいかもしれないと、思った。
 なので、浬はミリンを信じることにした。
 彼女の生み出す革命の力が、完成することを。


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