二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

59話「あらゆる思惑」 ( No.214 )
日時: 2015/08/16 03:57
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 ——プライドエリア。
 自尊心のみによって支配されるこの一画では、今日もまた悲鳴が響き渡る。
 ただしその悲鳴は、罰を与えられたファンキー・ナイトメアの——被支配者の叫びではない——
「ぐあぁ、が、が、あぁぁぁぁぁっ!」
 ——支配者が断罪される、断末魔の叫びだった。
「てめぇ、くそっ……なにを……!」
「……貴方の存在は罪。ゆえに、その罪は裁かれなければなりません」
「ふざけんな! 俺様を誰だと思ってやがる! 俺はこのプライドエリアの支配者! スペルビア様だ! てめぇ、それがわかってんのか! こ、こんな真似をして、タダで済むと、思って——」
「大罪は裁かれるもの。そして、裁きとは罰。貴方には、罰を受けてもらいます」
「なに言って……罰は、俺たちが与えるものだ!」
「……罪には罰を」
 傲慢なる言葉など意にも介さず、黒刃が煌めく。
「貴方の罪を数えましょう」
 まるで歌うように、罪状のように告げて、振り降ろす。
「私の罪と比べましょう」
 断罪の刃を。
「そして——」
 断頭するかの如く。
「——二人一緒に、罰しましょう」

 大罪に、罰を与える。

「……傲慢の罪、断罪しました」
 刃にこびりついた黒い滴を流したまま、もう二度と動くことのない、傲慢さの塊に告げる。
 いや、それは己への役割遂行の確認だったのかもしれない。
 断罪という役目を、遂行したことの、証明だったのかもしれない。
 そのまま、歩を進めようとするが、その前に足を止める。そして、ふっと言葉を漏らす。
「……私のこの贖罪も、もしかしたら、傲慢なのでしょうか……」
 自問する。しかし、答えは出ない。
 罪には罰を——己の罰は、未だ終わらない。
 永遠に、終わることはないだろう。
 そして、終わらない贖罪を続けることを、やめるわけにはいかない。
 それが、己の罪に科された罰なのだから。
「……行きましょう。贖罪と、罰を科すために——」



 ——とある町の、とある家。
 否——“雀荘”にて。
「あ、それロンっ! ダブ南ドラドラで8000!」
「うおっ、マジかよ。ぜってー安牌だと思ったのに……まくられた」
 ジャラジャラと雀牌をかき混ぜながら、卓を挟んだ対面の二人は、それぞれ一喜一憂していた。
「はぁ、東発からトップ目死守してたってのに、オーラスでまくられて2チャとか……面白くねぇ」
「まー、しかないよねっ。オーラスで流れが変わったもん。“風”はあたしの方に吹いたんだからっ」
「あっそ。そら良かったな」
 一着を奪われて投げやりになっているのか、適当な返事をしつつ、雀牌を片づける。
「それじゃ、今日の店番もおにいちゃんに任せるねっ。あたし出かけてくるからっ!」
 その片づけを手伝おうともせず、パタパタと駆け、瞬く間に出て行ってしまった。
 残された者は、その後ろ姿が完全に見えなくなると、言葉を交わす。
「……姉貴、なんか最近、あいつ麻雀強くなってね? というか、いつもどこ行ってるんだ?」
「さて、どこかな。私は知らないが、確かに最近あの子はよく出かけるな。男でもできたのかもしれない」
「ありえない話じゃないのが癪だな……くそっ、ガキの癖に色気づきやがって」
「ならば君も女を見つければいいだろう」
「それができれば苦労しないって。あーあー、今日は空城あたりを誘ってどっか行こうと思ってたのによ……あぁでも、あいつなんか付き合い悪くなってきたし、結局無理だったかもな」
「私はこの後、大学の友人と用がある。店は頼んだ」
「ちぇっ、分かったよ」
 そう言って、卓に着いていた者は、一人を残して全員立ってしまう。
 最後に残された彼は、ふと、何気なく呟いた。
「……“カザミ”の奴、また変なことしてなきゃいいけどな——」



 ——とある世界の、とある一室。
 円卓を囲む、多くの人影。
「ユースティティアがやられたか」
 誰かが言った。
「チャリオットがやられたか」
 誰かが繋いだ。
「——ラヴァーが、裏切ったか」
 そして誰かが、告げた。
「どうするべきか。これはゆゆしき事態だ」
「しかしラヴァーは元は我々とは異なる存在。こうなることは必然とも考えられる」
「ユースティティアは奴自体に干渉していない。最終決定はすべて奴の意志に委ねていた」
「それが失敗だったのか……あるいは、それが必然だったか」
 そして、なんにせよ、と続けた。
「ラヴァーが我々を裏切ったということは、語り手の存在も、我々にはなくなったということ。いずれ訪れる秩序のためにも、語り手の存在は重要だった」
「ユースティティア、チャリオットの二名がやられた以上、計画は変更を余儀なくされる。それは必然」
「しかしこの予想外に事態に、我々の準備が整っていない」
「ラヴァーと手を組んだ人間の実力も、甘くみられるものではない」
「ユースティティア、チャリオット、ラヴァー——いずれも序列こそ低いが、実力は確かなものだ。それを下した連中の力は、それ相応のものとして認識する必要がある」
「そもそも序列など、“世界”“審判”を除き、今更意味を為していない。それはここにいる者すべてが理解するところだろう」
 誰もその言葉に異義を唱えなかった。
「このまま悠長に手をこまねいているわけにもいかない。計画が崩れたことで、早急にその処置を施さなくてはならない」
「しかし、ユースティティアたちを遣わせ、その間、我々がその後の秩序を構築するための準備を進める予定だった……こうも早くユースティティアがやられるとは予想していなかった。まだ準備は整っていない。二割しか進んでいない」
「三割だ」
「ユースティティアの失脚、これによる我々の被害は甚大なもの。さて、どうするべきか」
 一同は黙った。答えは、誰も持ち合わせたいない。
 ゆえに、その答えを求める。
「——いかが致しましょう、“世界”——」
 そして、“世界”は言った。

「——出向こう、彼らの下へ——」



 ——どこかの世界の、どこかにある広い空間。
 そこには、多くの者が集められていた。しかしそれは民衆とはいえない。群衆、それも、皆すべからく、その目にギラギラとしたなにかを抱いている。
 なにかに反旗を翻し、反目し、抵抗するような眼。
 なにかに襲撃を為し、侵攻し、略奪するような眼。
 そんな視線に囲まれる者が、二人いた。
 群衆の視線などとは比べものにならないほどの、燃え上がるような瞳をした、二人だった。
「——我々は立ち上がる時だ!」
 誰かが言った。これが、群衆を焚き上げる始まりだ。
「荒廃したこの世界に革命を起こす時だ!」
「衰退したこの世界で侵略を起こす時だ!」
 最初の言葉で、群衆は火がついた。
 そして、その火は、次第に大火となっていく。
「神話による統治がなくなり、この世界は弱肉強食、強者のみが生き延び、弱者は虐げられる世界となってしまった。諸君らは、これを許しておくべきか!?」
 群衆が騒ぐ。その言葉を否定する。
「虐げられた弱者は、強者に搾取される! すべてを奪われる! 富も、仲間も、故郷も、生きる糧、生きてきた軌跡のすべてを踏みにじられる! これが許されることか!?」
 群衆が轟く。その言葉を否認する。
「我々の未来のためには、革命を達成する他ない! それが、虐げられた我々に残された、唯一の希望だ!」
「我々の未来のためには、侵略を決行する他ない! それが奪われ続けた我々に残された、唯一の活路だ!」
 燃え上がる火に、さらなる薪を放り込む。
 そして最後には、証明する。
「今一度、宣言する!」
 一つ目の、宣言によって。
 それは為すべきこと。
 彼らの存在理由ともいえる。業だ。
「革命の——」
「侵略の——」
 彼らは告げる。
 刻々と進む流れの中で待ったこの瞬間を。

『——時が来た!』

 群衆の熱は、最高潮にまで達していた。
 だが、まだ終わらない。
 大火は業火になろうかというまで、燃え盛り続ける。
「そして、我々は新たな同胞を得た! 今の世界に憂い、志を同じくする同志を! それにより」
 二人が向き合った。
「我ら『鳳』と」
「我ら『フィストブロウ』は」
 そして、互いに手を取り合う。
 それは仲間として認めた証。
 革命軍と侵略者が、一体となった瞬間である。

『今ここに、同盟を組むことを宣言する!』




 ——スプリング・フォレスト奥部。
 鬱蒼と茂る樹海の一角にある、岩盤が剥き出しになった崖。
 そこに、彼は腰掛けていた。
「どーすればええんかね」
 声が聞こえる。己の内から響くような声。
 この声が聞こえるたびに感じる。すべてを支配され、操られてしまったような感覚。
「やっぱ力が足らんわ。このままじゃにっちもさっちも行きそうにない。それに、このままお前に頼り続けるのも具合悪いし」
「…………」
 答えなかった。別に、このまま自分に頼り続けても、自分としては問題はない。
 だが、目的を達するためには、自分の力だけでは不十分であることも、また確かな事実だ。
「……では、どうなさるのですか」
「おぉ? よくぞ聞いてくれたなぁ。お前が期待に応えるなんて、珍しい」
 相槌のつもりで言っただけだったが、妙に好感触な応答が返ってきてしまった。別段それでも問題はないが、次その期待に応えなかったら今回のことを引き合いに出されてしまい、面倒なことになる。と、どうでもいい未来を憂う。
「実はな、もう考えがあるんよ」
 そうだろう。その上でそのことを訊いてしまった自分を嘆くが、そんなことはおくびにも出さない。
「……英雄の力を、利用しようと思ってな」
「英雄……しかし」
「分かってる分かってる、皆まで言うなや。もうほとんどの英雄は、語り手の手元ーー正確には、語り手の相棒の手にある。それを今から奪うんは、ちーっとばかし骨が折れる」
 だがな、と逆接し、
「運のいいことに、英雄のほとんどは、手を組んでいる連中どもが持っている」
「各地に散り散りではない、ということですか」
「そーゆーこっちゃ。そんでも、そいつらと正面切ってドンパチするのも、これまた危なっかしくてやってられん。だがしかし、ここでさらに幸運が重なる」
 ニヤリと、口の端がつり上がる。
 そんなような気がした。
 そして、溜めに溜めて、再び声が響く。
「——いい感じに適合できそうな奴がいるんよなぁ」
「……成程。そこを中継して……」
「おう、おう、その通りよ。察しがいいなー、お前は。流石流石」
 察しがいいのも当然だ。自分と相手との関係としては、当然極まりない。
 それを知らないはずがないし、気づいていないはずもない。ふざけたような物言いからして、わざと言っているのだろう。
 しかしそんなことに逐一反応することもない。適当に流しつつ、立ち上がった。
「そんじゃー、早速いこか——“ガジュマル”」
「……御意に」

烏ヶ森新編 26話「日向愛」 ( No.215 )
日時: 2015/08/21 03:46
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

「——こんなもんかな」
 剣埼一騎はペンを置くと、机の上の紙を手に取って眺める。
 ざっと目を通す限り、不備はない。書くべきことはすべて書いた。なにも問題はない。
「残りは焔君と黒月さんに任せるとして、俺が手を出すのはこのくらいにしとこう。あの二人なら、上手くやってくれるだろうし」
 そう言って一騎はその紙を鞄に仕舞い込んだ。
「さて、やるべきことは終わったけど、どうしようか……っとと」
 椅子を引き、立ち上がったところで、足元がふらつき、よろける。少しばかり立ちくらみしたようだ。
「やっぱり暑いなぁ、扇風機くらい買おうかな……」
 長時間机にかじりついていたこともあったのだろう。疲れも溜まっていたのかもしれない。
 しかしそれ以上に、暑い。密閉性の高い部屋ではないものの、この部屋にはエアコンがなければ扇風機すら存在しない。ただ熱風を通す窓が開いているだけだ。
「もうすぐ夏休みか……そういえば、合宿の打ち合わせもあるんだっけ」
 部屋は暑苦しいが、一騎としては、そんな暑さなどどうでもよくなるくらいに、未来が明るかった。
 懸念事がなくなった、とでも言うのか。肩の荷が降りたような解放感。より正確に言うなら、“彼女”が戻ってきてくれたことによる安心感が、一騎の心の平穏を取り戻すことに繋がっていた。
 ゆえに、今の一騎はとても晴れやかな気分だ。いくら自分の家がサウナになろうと、この晴れ晴れしさを打ち消すことはできない。
 と、その時。

ゴンゴン

 部屋がノックされた。
 いや、それはノックされたと表現するには些か乱暴だが、しかし外にいる人間が中にいる人間に来訪を伝える行為をノックと呼ぶなら、これもれっきとしたノックだ。
 家賃を滞納した覚えはないので、大家ではない。闇金に手を出した覚えはもっとないので、その手の人が来たわけでもない。となると、なんのアポもなしにこんな乱暴なノックをする人物は、一人しかいなかった。
「入るぞー、いつきぃ」
 一騎が来訪者について推理しているうちに、痺れを切らした向こうから、なんの返答も聞かないまま入ってきてしまった。施錠していない一騎にも非はあったかもしれないが、しかしそれにしても無遠慮だ。
 などと言うことは無駄であると一騎は理解しているので、そのような言葉はすべて飲み込み、代わりの言葉を口にする。
「……いらっしゃい、愛さん」
「昔みたいにおばさんでもいいんだぜ? そんなマセたガキみたいに呼ばなくても」
「いや、そんな……お世話になってる人に、しかも女性相手に失礼ですし」
「そういうとこがマセてんだよなぁ、お前はよ」
 ま、いいけど。と来訪者はどうでもよくなったように、その話を打ち切る。
 女性にしては高い背丈、しかしそれでいて細い身。どことなく虚弱さを感じさせる体つきだが、その体を包むのは適当なカラーリングのTシャツとジーンズという、非常にラフな服装だった。
 さらさらとした色素の薄い髪は、髪の毛の一本一本が繊細で美しいが、邪魔だから、の一言で済ませたかのように、ざっくばらんに切ったショートヘアにされている。
 まるで宝石の原石をハンマーで打ち砕いたような女性だ、と一騎は常々思っている。
 日向愛。それが、この女性の名前だった。
 つまり、恋の母親だ。
 そして、一騎の母親代わりでもある。
 形式上の話をするなら、しっかり者ではあるが、それでもまだ中学生である一騎の、名目上の保護者だ。
「それで、愛さん。わざわざ俺の家まで来るなんて、どうかしました? 急ぎの用ですか?」
「あー、んー……まあ、急ぎっちゃぁ急ぎかぁ……? いや、でもまあ、すぐってわけじゃねーか。なに、ちょっとお前にお願いがあってな」
 ニヤリ、というような笑みを浮かべる愛。嫌な予感しかしなかった。
「実はなー、ちーっと仕事で面倒なことがあってなぁ」
 言いながら愛は、ジーンズのポケットをまさぐり、白い箱を取り出す。タバコだ。箱を開けると、バニラっぽい匂いが漂ってくる。キャスターだかキャシーだか忘れたが、女性用の甘いタバコだ。仕事仲間との付き合いで吸っているうちに嵌ってしまったようで、よくうんちくを一騎の前で垂れるので、一騎もなんとなく覚えてしまった。
「あの……一応、このアパートは禁煙なんですけど……」
「部屋の外だから問題ねーよ」
「目と鼻の先は俺の部屋なんですが……こっち風下ですし」
 一騎の注意など聞く耳持たず、愛は流れるような動作でタバコに火をつける。後で部屋をちゃんと消臭しておかなければ。
「で、どこまで言ったっけ?」
「まだなにも聞いてません。仕事でなにかあったんですか?」
「あぁ、そうそう。アタシの所属してる部署で色々とあったんだが、まあ面倒なとこは省いて一言で説明するとだ」
「大分ざっくりですね……それで、なんですか?」
「単身赴任することになった」
 いつもの軽い調子でそう告げる愛。
 一瞬、一騎はその言葉の意味を理解しかねたが、すぐに頭を働かせ、即座に理解する。
 つまりは、そういうことだった。
「正確には転勤っつーのかね? まあ細かいことはどうでもいいんだが、なんにせよ、アタシの職場が遠くなったわけよ」
「えっと……つまり、愛さん自身も住居を変えるってことですか?」
「そうなるだろうな。国外に飛ばされなかっただけマシだが、そんでもこっから通勤するには遠すぎるわ」
 やはり軽い調子のまま、しかしどこか呆れたような、諦めたような口ぶりで、愛は続ける。
 ——恋はこの話を聞いて、どうするだろう。
 一騎が真っ先に思ったのは、彼女の事だった。
 親が住居を変える。それも、この口振りからすると県外。地方を跨ぐレベルだろう。
 そして、親が引っ越すとなれば、自動的に子供もそれを付いて行くことになるはずだ。まだ彼女は中学一年生、一人にできるわけがない。
「……人の事ばっか心配してんじゃねーよ、ガキ」
「え……?」
「恋のことでも考えてたんだろうが、日向家の引っ越しは、お前にも関係するんだからな、剣埼の坊ちゃんよ」
「その呼び方、やめてくださいよ……」
「アタシからしたら、お前もまだまだガキなんだよ、中坊。お前がワガママ言うから、こうして一人で暮らさせてやってるが、本当ならうちに一緒に放り込んでやりたいんだぜ」
 それは分かっていた。一騎も重々承知していることだ。
 一騎がこうして一人暮らしができているのは、すべて愛のお陰である。両親のいない自分を育ててくれたのは愛だし、形式上でも保護者となってくれているだけでありがたい。
 だが、だからこそ、一騎は愛に頼っりきりにはなりたくなかった。彼女の家の近くとはいえ、アパートで一人暮らしをしているのも、そういう理由だ。
 本当なら、彼女の厚意を素直に受けて、彼女らと一緒に暮らすべきなのかもしれない。恋の一件があったのも、そうしなかったことに原因の一端があったかもしれないと、後から思ったくらいだ。
 結局のところ、一騎もまだ子供なのだ。しっかり者かもしれないが、それでも、たかだか15歳の少年だ。
 大人の手を借りず、一人で生活するなど、おこがましい。
「……と、本来なら言うとこなんだがな」
「え?」
「アタシの転勤に伴う引っ越し。それに恋とお前を連れて行くつもりだったんだが、ちょいと気が変わったわ」
 フゥー、と部屋の外に向かって白い煙を吹いて、愛は一騎に向き直る。
「恋……変わったな」
「……はい」
「アタシも仕事ばっかであいつのこと見てやれてなかったんだが、それでもこの前、見てすぐ分かったわ。あいつ、過去を乗り越えられたんだな、って」
「……はい」
 ひとつひとつ、一騎は頷く。
「あれ、お前がやったのか?」
「違います。俺はなにもしてません。俺は、なんとかしようとして、全部空振ってしまいました……でも」
「でも?」
「太陽みたいな子が、現れたんです。底抜けに明るくて、輝いてて、眩しいくらい光っている子が。その子が、恋を変えてくれたんです」
 思い返す、あの一戦を。
 どれだけ昏い光に照らされても、どれだけ光を拒絶されても、それでも輝き続けた彼女の姿を。
 彼女がいたからこそ、今の恋がいる。それが、今の自分の幸せだった。
 そして、夢だった。ずっと思い続けていた負い目。それが、彼女の手によって払拭された。
 恋が、元の日向恋に戻れたこと。こうして、彼女の前に幸せな世界が広がっていること。それがたまらなく嬉しい。
 それが今の一騎の、素直な気持ちだった。
「アタシも無粋な女のつもりはないんでな。今の恋の状態を壊す気にはなれねーわ。だから、あいつは置いてこうかと思ってる」
「確かに、俺もそうした方があいつのためになりますし、あいつも喜ぶと思いますけど……」
 恋とて、彼女と離れ離れにはなりたくないはずだ。せっかく出会えたというのに、救世主のような人物が現れたというのに、大切な人ができたというのに、その仲をこんなに早く引き裂くのは、忍びない。
 しかし彼女はまだ幼く、未熟だ。一人で生活できるとはとても思えない。
 一騎のような人間がついていれば、話は別だろうが。
「つまりそれだよ」
「え、どれですか?」
「お前だよ、お前。恋とお前をここに置いていく。アタシは一人で転勤する。以上だ」
「以上だって……そ、それで愛さんはいいんですか?」
「構いやしねーよ。それに、最初に言ったろ、単身赴任だって。お前ら置いて行ったら、アタシは寂しく一人暮らし、正に単身赴任じゃねーか。悲しいねぇ」
「は、はぁ……」
 そんな生き生きと「寂しく」とか「悲しい」とか言われても、反応に困る。
「んで、アタシがいなくってから、恋の世話はお前に任せる。そもそもアタシもほとんどあいつのこと見れてやってねーけど。まあ、だからお前の方がうまくやってくれるだろ。あ、あとこの部屋もう契約切ったから、お前今度からアタシの家に住めよ」
「はぁ……って、ちょっと! なにを勝手にやってるんですか!」
「いーじゃねーか。こんなオンボロアパートなんて捨てちまえよ。うちのマンションの方がよっぽど便利だぜ?」
 それは否定できない。
 そもそも、恋の世話を任されたというならば、恋と一緒に暮らす方がなにかと便利なのは確かだ。わざわざ金をかけて一人暮らしをする必要なんてもとよりなかったのだから。
「お前は親が親だったから金には困ってねぇんだろうが、そんでも節約するに越したことはないだろ。つーかもう、なんか色々面倒だからうち住めや」
「今ので本音ぶちまけましたね……」
 しかし、愛も愛で、なんだかんだで一騎のことは心配しているのだ。できれば、自分の近くに置いておきたいという気持ちは分かる。
 色々面倒だから、というのも、本心であり、その“色々”や“面倒”の中に、様々な思いが込められているのだろう。
 それに加え、恋のことも考えると、一騎を一緒に住まわせるというのは、合理的に考えても最良の選択だ。
「ま、お前はアタシのことを気遣って、こんなとこで一人暮らしてんのかもしんねーけどよ、そのアタシがいなくなるんだ。よかったじゃねーの」
「いやいや、そんな喜べませんって……」
「でも、気遣う相手がいなくなったら、お前が別居する理由もなくなるだろ」
 理屈の上では確かにそうかもしれない。
 しかしそんな理詰めのように言われても、首を縦に振りにくい。
「まー、その、なんだ……あー、やっぱこう言っとけばよかったな」
 だが、急に愛の様子が変わった。
 さっきまでの前に押していくような話しぶりから、むしろ引き気味の、どこか自分が卑屈になるかのような態度になった。
「言っちまえば、お願い、なんだよ」
「お願い……?」
「あぁ。あいつを、恋を近くで支えてやってくれ、ってな」
 口に咥えたタバコを抜き取りつつ、愛は語るように続けた。
「仕事仕事で、アタシは結局あいつのことを見てやれなかった。たぶん、これからもそれが続くと思う。母親失格だってのは、アタシ自身分かってんだ。つっても現状を変えることは難しい……とかぐだぐだ考えているうちに、あいつは変わった。生き方良くなったな」
 それは、一騎も同じだった。
 いや、空回っても、行動を起こそうとしていた、行動を起こしていた、状況を改善しようとしていた一騎よりも、愛は己を悔やんだことだろう。
 一騎よりも近い立ち位置にありながら、なにもできなかった。母親でありながら、なにも変えられなかった。そのことは、彼女の引け目になっていた。
 彼女が救われたならば、一騎はそれでよかった。愛もそれは喜ばしいこととして受け入れるだろうが、しかし、彼女には母親の矜持がある。母親としての、プライドがある。
 それも重なり、よりいっそう、愛の悔恨は大きなものとなっているだろう。
「そんな時だからこそあいつのそばにいてやりたいが、社会はそれを許してくれないみたいでな。だから、アタシの代わりに、お前があいつのそばにいてやってくれや。それくらいなら、引き受けてくれるだろ?」
 愛はタバコの火を手で揉み消して、願うように言った。
 いや、実際にそれが彼女の願いなのだろう。
 実の娘を救えなかった。どころか、なにもしてやれなかった悔しさ。表面上はいつもの軽薄さを漂わせているが、彼女の内面に、悔恨の念が重く沈んでいることは、一騎にはすぐにわかった。
 だが、だからこそ、その矜持をかなぐり捨ててでも、愛は娘の幸せを選んだのだ。
 それが、自分にできるただ一つのことであると、信じるかのように。
「……分かりました」
 そして、それを拒絶できる一騎でもなかった。
 一騎はゆっくりと頷く。
「そもそも、契約切られてもうこの部屋にはいられないみたいですし、あのマンションを使わせていただきます」
「おう、頼むぜ。恋のこと、任せた」
「はい、任されました」
 こうして、一騎のこれからが決まった。
 少し意外な展開だが、しかし、恋は変わったのだ。それに応じて、環境が変わることも、あるのだろう。
 そして、自分も変わるのかもしれない。彼女たちの影響を受けて。
 そう思うと、この変化も悪いものではないのかもしれないと、少し思った。
「んじゃ、アタシは帰るわ。あとで恋にもこのこと伝えとかねーとな」
「それじゃあ、俺、送りますよ——」
 と、一騎が足を踏み出した時。
 グラッと、一騎の身体が傾いた。
「……っ」
「おっと」
 体が倒れる前に、愛が一騎の腕を掴んで引き起こす。
「大丈夫か?」
「あ、はい……すいません」
「熱中症かぁ? こんなクソ暑い中、クーラーどころか扇風機もねぇ部屋でこもってるからだぜ。ぶっ倒れるのだけは勘弁してくれよ?」
「き、気を付けます……」
 さっきも立ちくらみを起こしたばかりなので、本当に熱中症かもしれない。部長という自分の立場と、これから恋の世話もすることを考えたら、体調管理もしっかりしなくてはならないな、と思った。
「アタシは一人でも大丈夫だ。お前も疲れてるんだかなんだか知らねーが、少し休め。いつ家を出るとか、いつ契約が切れるとか、細かいことはまたあとで連絡する」
「は、はい……」
 そして、また乱暴に、バタン! と扉が閉められる。
 蒸し暑い部屋の中で、一騎はしばらく立ち尽くしていた。

キャラクターデータ5 日向恋 ( No.216 )
日時: 2015/12/12 19:49
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

日向 恋(ひゅうが こい) 女 13歳

容姿:非常に華奢で小柄であり、小学生として見ても相当小さく見える。色素の薄い髪を伸ばしっぱなしにしていたが、とある一件で長いもみあげを残してショートヘアになった。この世を捨てたような昏い眼が特徴的だが、最近では彼女なりの光が灯っている。それでもかなり無表情で無感動。

性格:非常に大人しく、物静か。しかし冷静沈着というわけではなく、単純に口数が少なく、また声が小さいだけ。自分の思ったことは存外はっきり言い、協調性には乏しく、基本的に自分のしたいことだけをするので、周囲からは敬遠されて孤立しがちだが、恋自身はあまり気にしていない様子。塞ぎ込んでいた時期もあるため、かなり常識知らずだが、引きこもりがりな生活を送っていたせいかサブカルチャーに関する造詣は深い。一騎には(主に生活面で)かなり依存している。クリーチャーの声が聞こえる。

所属:烏ヶ森学園中等部1年A組

備考:《慈愛の語り手 キュプリス》の所有者。ラヴァーという名を持っていた。

戦術:メインカラーは光。いわゆる天門系のコントロールデッキを得意としており、《ヘブンズ・ゲート》や《ドラゴンズ・サイン》による大型ブロッカーやドラゴンを踏み倒して場を制圧するスタイルを取りつつ、そこにドラグハートも絡める。また、攻めに関しては非常に消極的で、タップキルやフリーズ、呪文封殺などで完全に場を制圧しきるまではほとんど攻撃しない。さらに非常に粘り強く、いくらシールドを割っても新しくシールドを追加して相手を息切れさせ、S・トリガーを発動させつつそこから巻き返すのは彼女の常套手段。
切り札は
《支配の精霊龍 ヴァルハラナイツ》
《聖霊龍王 ヴィブロス・ヘブン》
《護英雄 シール・ド・レイユ》
《聖霊龍王 バラディオス》
《不滅槍 パーフェクト/天命王 ネバーラスト》
《浮遊する讃美歌 ゾディアック/賛美の精霊龍 ハレルヤ・ゾディア》
《聖霊龍王 スタグネイト》
《聖霊龍王 アルカディアスD》
《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》
《天英雄 ヴァルハラ・デューク》
《慈愛神姫 キュテレイア》
など。



デッキ解説

 最初は低コストの光のクリーチャーを並べ、ブロッカーやフリーズで相手の攻撃を止めながら戦う、ビートダウンもこなすデッキを使用。3コスト以下の光のクリーチャーを展開しながら《ヴァルハラナイツ》の能力を誘発させ、相手の場を制圧していく。
 それからは《ヘブンズ・ゲート》や《ドラゴンズ・サイン》を多用した光単色の天門メインのデッキとなる。序盤に軽量のジャスティス・ウイングを並べて、後の展開をサポートしつつ、機を見て《ヘブンズ・ゲート》を唱えたり、ドラグハートの龍解を目指す。弱点は除去手段に乏しいことだが、単純に殴って来るだけの相手ならば、度重なるシールド追加で凌ぎ切り、《バラディオス》によるフリーズ、《スタグネイト》よるタップイン、《アルカディアスD》による呪文封殺、《エバーラスト》による除去耐性付加などで逆転を図る。
 ユースティティアとの対戦を経て、《慈愛の語り手 キュプリス》を《慈愛神姫 キュテレイア》へと神話継承することができるようになった。

キャラクターデータ6 剣崎一騎 ( No.217 )
日時: 2015/08/15 03:27
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

剣埼 一騎(つるぎざき いつき) 男 15歳

容姿:柔和な顔立ちに、細い身体、焦げたような黒い髪をしている。年齢以上に大人びて見え、男らしいとは言えないが紳士的。ありていに言ってしまえば優男。

性格:柔和で温厚、人当たりもよく気さくな性格。どんな相手でも敬意と誠意をもって接する、善意の塊のような人間だが、恋のことになると途端に周りが見えなくなり、暴走することもある。曰く、仲間思いだがかなりの過保護で心配性。

所属:烏ヶ森学園中等部三年A組、部長

備考:両親はおらず、現在は一人暮らし。その後、日向家に恋の世話係として居候することになった。《焦土の語り手 テイン》の所有者。

戦術:メインカラーは火。ヒューマノイドを軸としたビートダウンに、ドラグハートを絡めた戦術を使う。また、色も役割も合わないカードをピン差しして、ピンポイントなメタをすることがあるが、最近はカード間のシナジーを重視している。
切り札は
《銀河剣 プロトハート/星龍解 ガイギンガ・ソウル》
《涙の終撃 オニナグリ》
《将龍剣 ガイアール/猛烈将龍 ガイバーン》
《天守閣 龍王武陣 —闘魂モード—/熱血龍 ガイシュカク》
《銀河大剣 ガイハート/熱血星龍 ガイギンガ》
など。



デッキ解説

 最初は《時空の戦猫ヤヌスグレンオー》と《時空の戦猫シンカイヤヌス》を中核に据えた、いわゆるヤヌスビートを使用。超次元呪文から《ヤヌス》を繰り出し、火と水のクリーチャーを交互に展開してループ覚醒しながらビートダウンするデッキ。またこのデッキには、ピンポイントで呪文をサーチするがビートダウンには入らないような《蒼狼の始祖アマテラス》や、色は合わないがクリーチャーを出すことで《ヤヌス》を覚醒させられる《緊急再誕》を挿していた。
 テインと出会ってからは、《龍覇 グレンモルト》を初めとするドラグナーとドラグハートを軸にした、火単の中速気味なビートダウンに移行した。《爆炎シューター マッカラン》《爆山伏 リンクウッド》などのヒューマノイドをメインにして、序盤から積極的に攻め、中盤以降にドラグハートを絡めてフィニッシュする。

60話 「『popple』」 ( No.218 )
日時: 2015/08/16 03:59
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 0qnzCmXU)

 とある日曜日。学校で授業がなければ部活もない。なにもすべきことがないと思われる休日の昼下がり。
 空城暁は、玄関口で蹲っていた。
 いや、玄関で座った状態のまま前のめりになるとこを、果たしてただ単純に蹲っているというのは若干の語弊があるが、しかし傍目から見れば蹲っているように見えなくもないし、そもそもその状態を蹲っていると表現する以外にどう表現すればよいのか。内容の適切さはさておき、事実を述べていることに変わりはないので、蹲っていると表現しても問題はないはずである。
 と、そんな表現についての言及はともかくとして、そんな暁に、一つの人影が近づく。そして、
「……お前、どっか行くのか?」
「うわっ!」
 声をかけた。
 ただそれだけの動作だが、暁は飛び跳ねるように体を震わせる。かなり驚いたようだった。
 彼女はほぼ反射で後ろを振り返ると、安堵とも呆れとも取れる溜息を吐く。
「なんだお兄ちゃんか。おどかさないでよ」
「お前が勝手に驚いただけだろ。で、どっか行くのか? 妙にめかし込んで」
 人影——暁の兄、空城夕陽は、特になんとも思っていない、とりあえず思ったことを淡々と言っているだけ、というような口調で暁に尋ねる。
 暁の服装は、白いシャツの上に赤いノースリーブのパーカー、ベージュのショートパンツという、彼女にしてはそれなりに外見に気を遣った服装だった。それでもラフさが拭えないが、その辺は彼女の好みもあり、彼女らしさということにしておく。なんにしても、夕陽からしてみれば今日の暁の出で立ちは、いつもの適当さと動きやすさのみで選択されたものではなく、誰かに見られることを意識しためかし込んだ服装であった。
 色々とずぼらで抜けている彼女がそんなことをするということは、誰かと出かける用事でもあるのだろう、と夕陽は推理して言ってみた。正直、なんとなく訊いただけなので、返答自体はそんなに興味はないのだが。
「妙にとか言わないでよ……このみさんとこ行くの。最近ぜんぜん行けてないから、せっかくの休みだし、久しぶりに行こうかなって」
「『popple』か……このみの奴はともかく、店に迷惑はかけんなよ」
「分かってるって。もー、そんなこと、いちいち言わなくてもいいのに」
 暁も暁で、兄の言うことに過剰な反抗はしないが、しかしいつもいつも聞かされる小言のような言葉には辟易している。
 だが夕陽の方も、暁に対しては小言を言うくらいに良くは見ていない。
「お前を見てると危なっかしいんだよ、このみと変なところばっか似やがって……そのくせお前はガサツだしな」
「むぅ、失礼な。そんなことないよ!」
「それはお前に自覚がないだけだな」
 流すように言って、夕陽も暁の隣に蹲る——もとい、靴を履くために靴紐を結ぶ。
「お兄ちゃんもどっか行くの?」
「あぁ。ちょっと北上……クラスメイトと出かける用がな」
「ふーん」
 自分の兄に、このみや汐以外に一緒に出かけるような友人がいたことには少々の驚きがないでもなかったが、あまり興味はなかった。
 それよりも暁は、これから自分の行く場所へと、一刻も早く訪れたい気持ちでいっぱいだ。
 気合を入れるようにギュッと靴紐を結び終えると、暁は夕陽より先に玄関の扉を開く。
「それじゃあ私は先行くね! 行ってきまーす!」
 と、暁は勢いよく扉を開くと、あっという間に駆け出してその姿が見えなくなった。
 相変わらずそそっかしい奴だ、と夕陽は誰に言うでもなく一人ごちる。
「『popple』ねぇ、そういや僕も最近あんま行ってないな……ここ最近、色々あったし」
 どこかげんなりしたように過去を回想する夕陽。
 それと同時に、あることを連想した。
「……『popple』と言えば、光ヶ丘、結局あそこで働くことになったんだっけ……まあ、今日が都合よくシフトだとは限らないけど」
 それから、さて、僕も行くか、と独り言を呟いて、夕陽は立ち上がる。
 そして、暁が開け放ったままにした扉を潜った。



 空城宅を出て、十分弱ほど歩くと、商店街が見えてくる。
 そこから少し脇道に逸れたところに、カフェ『popple』はあった。
「ここに来るのも久し振り……中学あがってからはぜんぜん来てないや」
 クリーチャー世界に行ったり来たりするようになってから、恋のことで色々とあったため、暁の意識は完全にそちらに向いていた。
 なのでぱったりとここに来る足も途絶えてしまっていたのだが、久しぶりに来ると、やはり興奮する。
 その興奮のまま、暁は扉を押し開ける。カランカラン、という来店を知らせる乾いた鈴の音が響き、そして、
「いらっしゃいませ——あ」
 店員と思しき少女が出迎えた。
 しかしその少女が、非常に目を引く容姿をしている。現実離れしていると言ってもいい。
 まず真っ先に思うのは、小柄な体躯。恋ほどではないにしろ、それに迫る背の低さ。暁も背が高い方ではないが、その暁が見下ろすほどだ。
 だが、彼女らと圧倒的に違う箇所がある。
 暁よりもずっと、柚よりももっと、恋に近いくらい小さく、華奢で腕も脚も小学生のように細く短いが、しかし自己主張激しく押し上げるエプロンドレス風の制服の胸部だけは、彼女の身体のパーツにおいて唯一、大きいと言えた。
 非常に大きい。
 卑俗な言い方をすれば、巨乳だった。
 より下劣に言えば、ロリ巨乳だった。
 胸の大きさと全体的な小ささがミスマッチで、アンバランスで、この世のものとは思えない体型を成している。
 まるで、アニメや漫画の中から出て来たかのような少女だった。
 これが初対面の相手であれば、その姿に呆気に取られたかもしれないが、しかし暁は、この少女がいることが分かっていて、ここに来たのだ。むしろ彼女が目的と言ってもいいかもしれない。
 ゆえに第一声。
 彼女は、太陽の光よりも明るい声で、彼女を呼ぶ。
「このみさん!」
「きらちゃん!」
 少女も間髪入れずに暁を呼ぶ。
 そして次の瞬間。
 少女の姿を見るや否や、暁は無邪気な笑顔で、玩具を見つけた子供のように飛びつく。
「おぉっと? きらちゃん、今日はダイタンだね!」
「久しぶりのこのみさんだぁ、この感触も久し振り……はわぁ……」
 暁は少女に抱きつき、胸に顔を埋め、とても幸せそうな、蕩けるような表情をしていた。
 傍から見ると、中学生が小学生に対して姉のように甘えた姿に見える。非常にシュールだ。
「って、あたし、今仕事中だ。ごめんねきらちゃん、ちょっとはなれて……きらちゃん?」
「……はわっ。しまった、ちょっと意識なくなってた。ごめんなさいこのみさん!」
「いいよいいよ。とりあえず、おひとりさまご案内ねっ」
 そう言って、少女は暁を空いている席へと導く。
(久しぶりのこのみさん、高校生になってもやっぱり可愛いなぁ……ちょっとおっきくなってたし)
 春永このみ。
 それが、この少女の名前だった。
 見ての通り暁とこのみは、他人の目も憚らず突然ハグをするくらいに親しい仲なのだが、元を辿れば、このみは暁の兄——つまり、空城夕陽の友人なのだ。
 いや、親友、と言うべきか。
 夕陽は腐れ縁だと言い張っているが、それもこのみ曰く幼馴染だという。概ねそれで当たっているだろう。
 暁は詳細にいつ頃から二人が知り合ったのかは知らないが、少なくとも自分が小学校に上がる前から接点はあった。確か、暁が初めてこのみと会ったのは、五歳の時だったと記憶している。
 ともかく、夕陽とこのみが幼馴染であるように、暁とこのみも幼馴染なわけで、兄はこのみを邪険にしがちだが、暁は同性だからか、それとも本質的な波長が合うからか、このみとは非常に良好な関係を築いていた。
「どうする? なに飲む?」
「んー、このみさんのお勧めでお願いします」
「りょうかーい。身内割で二割引きにしちゃうよー」
 トレイを器用にくるくる回しながらウィンクするこのみ。
 そんな一挙一動に、兄である夕陽ならば無視するか苦言を呈すだろうが、暁はむしろキラキラとした目で見つめる。
 だが、ふとその目線が、別の人物へと逸れた。そして、その人物へと指差す。
「……このみさん、あの人、新しいバイトの人ですか?」
「んん? あー、あの子ねぇ……ふっふっふ、そうだねぇ、最近雇った子だよ」
 どこか含みのある笑みを見せるこのみ。明らかにもったいぶっている。
「せっかくだし、きらちゃんにも紹介しよっか。姫ちゃーん! ちょっといーい?」
 このみはその人物を手招きしつつ、よく通る声で呼ぶ。
 すると、何事かといった様子で、たったか駆け寄ってきた。
「どうしたの、このみちゃん?」
 駆け寄ってきたのは少女だった。このみほどではないものの童顔で、背も低い。柚とどっこいどっこいというところだろう。身体もひどく華奢だ。少し痩せすぎているようにも見える。
 さらさらとしたセミロングの茶髪に、くりくりとした瞳が、彼女の幼さを助長し、その小動物のような容姿は暁の胸を穿つ。
 声もどこか弾んでおり、容姿と合わせて子供っぽい少女だが、しかしここで雇っているということは、少なくとも高校生であることは確かなはずだ。そもそも、背が低いとか童顔とか、そういうものはこのみや汐で見慣れている。今更そのような人物が出て来て、実は自分より年上だなんて言われても、驚きはしない。これは空城兄妹の共通認識だ。
「紹介するね、きらちゃん。この子が新しく入ったバイトの子で、姫ちゃん」
「え、えっと、光ヶ丘姫乃です……」
 いまだ状況が分からない様子であったが姫乃と紹介された少女は、ペコリと頭を下げる。
「それで、こっちがきらちゃん。うちのお得意さまっていうか、ゆーくんの妹だよ」
「えっ? 空城くんの妹さん……!?」
 姫乃は驚いたように目を見開き、暁をジッと見据える。
「確かに言われてみればすごく似てる……空城くんを女の子にしたみたい……」
 覗き込むように、姫乃の瞳が暁を映す。彼女の言うように、この兄妹は容姿に関しては結構似ているのだ。
 暁が活動的なこともあり男勝りで、夕陽がやや内気気味で若干女顔なことが重なり、いい具合に性別の違いを中和しており、あとは遺伝学に則った結果、二人はよく似た顔になっていた。
 しばらく暁を見つめていた姫乃は、途中でハッと気づいたように顔をあげる。
「あっ、ごめんね、ジロジロ見たりして。えっと、空城くんとはクラスメイトで、いろいろ助けてもらったりして、お世話になってます……っ」
「はぁ、そですか……」
 申し訳なさが先立っているのか、なぜか少し慌てたように夕陽との関係を語りだす姫乃。しかし、暁はあまり興味を示した様子もなく、素っ気なく返す。
 決して友達が多いとは言えないだろう兄に、仲の良い友達、しかも異性ができたことは、妹としては思うところがあったりなかったりするものだろうが、しかし暁が考えていることは、一般的なそれとは少し違う。
(お兄ちゃん、また女の子の友達作ってるし……)
 幼少期からこのみに振り回されて云々と言って、夕陽は男友達ができない理由を語ったりするのだが、それで親しい人間が女性ばかりというのはどうなのだろう、と暁は少しばかり心配になる。
 というか、若干呆れている。
「……せっかくだし、デュエマしてみる?」
「はい?」
「このみちゃん……?」
 突然、このみはそんなことを言い出した。
「いやー、やっぱあたしたちの縁ってさ、デュエマでつながってるかなーって思ってさ。きらちゃんも姫ちゃんもデュエマするんだし、こうして出会えた記念っていうかさ」
「私はやってもいいですけど……」
「わたし、今はお仕事中だけど……」
「おねーちゃーん! 姫ちゃん休憩はいりまーす!」
「はーい。じゃあ次の子呼んできてー」
「対応が早いよっ!? 木葉さんも分かってやってますよね!? わたしまだ休憩時間じゃないですっ!」
 姫乃のツッコミは完全にスルーされ、このみに促されるまま、二人はずいずいと押されるようにカフェの一角へと連れていかれた。
 一見して普通のカフェだが、ただ一つ、場違いというか、非常に浮いている物体がある場所。
 その物体というのが、デュエマテーブルだ。
「それじゃ、あたしは代わりの子呼んでくるねー。ついでにきらちゃんの飲み物も作ってくるよー」
 と言って、このみは風のように去ってしまった。
「なんか、お仕事サボっちゃったみたいで、いたたまれないなぁ……」
「このみさんとこのはさんがOKしたなら大丈夫だと思いますけど」
「うん、そうなんだけど、わたしの気持ちがね……まあ、しょうがないかな。こうやってお客さんの相手するのも、お仕事だし」
 どこか諦めたように、姫乃は制服のポケットに手を入れる。
 暁も、腰から吊ったケースに手を触れ、スッと開いた。
「それじゃあ、始めましょうか。おねーさん」
「うん。よろしくね、妹ちゃん」


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