二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 66話 「浬vsヘルメス」 ( No.239 )
- 日時: 2015/09/28 12:17
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
賢愚神話 シュライン・ヘルメス 水文明 (7)
進化クリーチャー:メソロギィ/サイバーロード/リキッド・ピープル 14000
進化MV—自分のサイバーロード1体と、水のクリーチャー2体を重ねた上に置く。
コンセンテス・ディー(このクリーチャーの下にある、このクリーチャーと同じ文明のすべてのクリーチャーのコストの合計を数える。その後、その数字以下の次のCD能力を得る)
CD4:このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、バトルゾーンにあるクリーチャーを1体選び、持ち主の手札、または山札の一番上か一番下に戻してもよい。
CD9:自分のターンに相手がクリーチャーをバトルゾーンに出した時、または呪文を唱えた時、それを無効にし持ち主の墓地に置いてもよい。この効果はそれぞれ1回ずつ使うことができる。
CD12:相手のターンに相手がクリーチャーをバトルゾーンに出した時、または呪文を唱えた時、それを無効にし持ち主の墓地に置いてもよい。この効果はそれぞれ1回ずつ使うことができる。
Tブレイカー
水晶が四散し、現れたのは、ヘルメス本人。
鎧の如き輝く氷を纏い、その上から飛沫を散らし続ける水の外套を羽織り、凍てつく羽帽子を被っている。
そして彼は、湾曲した水流の剣と、逆巻く杖を握った。
彼は二つの武器を構え、浬たちの眼前に立つ。
その姿こそ《賢愚神話 シュライン・ヘルメス》のあるべき姿であった。
「ご主人様……」
「あぁ……分かってる」
まずい。
直感で分かった。こいつはヤバいと。
あれだけ言葉を並べていただけに、半ばハッタリだと思っていたが、そうではなかった。想像以上、言葉以上だ。
『さあ、僕の力をお見せしようか』
《ヘルメス》は杖を浬にの方へと向け、言った。
『まずは手始めに……CD4(コンセンテス・ディー・フォー)!』
刹那、水流が巻き起こり、《ガリレオ・ガリレイ》を包み込み、消し去ってしまった。
『《ガリレオ・ガリレイ》は山札の下に送らせてもらったよ。そして、僕でTブレイクだ!』
「……っ!」
《ヘルメス》が剣を振るう。湾曲した刃は激しく波打ち、水飛沫を散らしながら浬のシールドを一枚、また一枚と切り裂いていく。
「ぐ……!」
強烈な一撃だ。身体そのものは強靱そうには見えず、剣といってもただの飾りだと思っていたが、腐っても神話のクリーチャー。能力なしの何の変哲もない打撃であろうと、その破壊力は絶大だ。
しかし浬は、砕かれた最後のシールドから、一つの光を見出した。
「っ、来た……! S・トリガー発動、《幾何学艦隊——」
「待ってくださいご主人様! それはダメです!」
浬が割られたシールドを表向きにしようとしたところで、エリアスがそれを強引に止めてしまう。
「なっ……おい! どういうつもりだ!」
「ご、ごめんなさい! でも、ダメなんです。今のヘルメス様には、その呪文は効きません……いや、届きません」
「なんだと……?」
エリアスの言っていることが分からない。だが、彼女は至極必死だ。とても冗談を言っているような雰囲気ではない。
そんな二人を見て、《ヘルメス》は、
『……今のはいけないなぁ、エリアスちゃん。対戦の途中で横槍を入れるなんて、御法度だよ。ペナルティ1だ。これが終わったらお仕置きね』
「ひっ……た、確かに、過ぎた真似をしました……」
『まあでも、今のくらいはハンデってことにしておいてあげようかな。無知は罪ではなく、既知に至るための条件だからね。君が僕の力を知らないのも無理はないし、今回だけは特別だよ』
「……どういうことだ」
いまいち話が読めない浬。とりあえず、エリアスに抑えられた《幾何学艦隊ピタゴラス》は、トリガーさせずに手札に入れる。
そして、エリアスがおもむろに口を開いた。
「かつてこの世界を統べた神話のクリーチャーには、コンセンテス・ディーと呼ばれる力があります。これは自身が顕現した時に、自らの力とすべく取り込んだクリーチャーの力の大きさに比例して、力を増大させます」
「さっきの山札送りは、CD4といっていたな……察するに、進化元にしたクリーチャーのマナコストでも参照にするのだろう」
力の大きさとは、つまりマナコストの大きさ。
浬はコンセンテス・ディーと呼ばれる能力を、進化もとにしたクリーチャーのマナコストの大きさに応じて、能力が解禁されていく、または能力のグレードを上げていく能力だと推理した。
そして、その推理は的中するが、
「はい……しかし、ヘルメス様の力の神髄はそこにはないのです。ヘルメス様の真の力は、CD9、及びCD12……各ターン一回だけですが、ご主人様が呼び出すクリーチャーの召喚と、呪文の詠唱は、無力化されてしまいます」
「な……っ!」
その実態は、浬の想像を大きく逸脱していた。
最初に呼び出すクリーチャーの召喚と、呪文の詠唱が無効にされるということは、支払うマナも、使うカードも、単純に考えて二倍以上かかる。そうでなくても、一度はほぼ確実に除去を無効にされるのだ。それだけ除去に対する耐性が強いということになる。
自分のターンにカードを使うにも、相手ターンにトリガーするにも、一度は無力化されてしまう。攻めようとしても、強力なエースアタッカーだって召喚できぬまま。
浬の脳裏に浮かぶ言葉はただ一つ。“狂ってる”。
『ふふふ、その通りだよ。僕の前では、如何なる行いも無為となる。賢者たる知識をもって、愚者たる縛りを君に科そう』
「…………」
不適な笑みを浮かべる《ヘルメス》。浬は眼鏡の奥で彼を睨むように見つめると、スッとデッキからカードを引く。
「……俺のターン」
そして手札を眺める。マナゾーンにカードを落とし、今この手で取れる最善の術を考える。
そして、
「呪文《スパイラル・ゲート》。《ヘルメス》を手札に」
『おっと、忘れた訳じゃあるまいね。僕の能力で、その呪文は無効だよ』
《ヘルメス》を包囲するようにして発生した渦は、《ヘルメス》が杖を一振りするだけで、瞬く間に凍結し、砕け散ってしまった。
浬の唱えたカードは凍てつき、墓地へと落ちる。
しかしそこで浬は、すかさず二枚目のカードを繰り出した。
「シンパシーでコストを下げ、呪文《スパイラル・フォーメーション》。《ヘルメス》を手札へ」
『おおぅ、二連続か。やるね』
《ヘルメス》は関心したように言った。
陣形から放たれる水流に包まれた《ヘルメス》は、二度は杖を振るわず、手札へと戻っていった。
どんなクリーチャーも呪文も封殺してしまう《ヘルメス》だが、その能力には穴がないわけではない。彼は如何なるクリーチャーも呪文も無力化してしまうが、それは一度だけだ。つまり、立て続けに除去能力持ちのクリーチャーを繰り出したり、除去呪文を放てば、彼はその力を殺しきれなくなる。
だが、浬は《ヘルメス》を手札に戻しただけ。再召喚二も手間がかかるとはいえ、また進化元を揃えられてしまったら、ヘルメスが再び降臨してしまう。
なので、浬は間髪入れずに三枚目のカードを場に出した。
「《蒼神龍ヴェール・バビロニア》を召喚」
蒼神龍ヴェール・バビロニア 水文明 (5)
クリーチャー:ポセイディア・ドラゴン/オリジン 4000
自分がカードを1枚引く時、1枚のかわりに2枚引いてもよい。そうした場合、自分の手札を1枚捨てる。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、相手の手札を見て、その中から1枚選ぶ。相手はそれを自身の山札の一番下に戻した後、カードを1枚引く。
「お前の手札から、お前自身——《ヘルメス》をデッキボトムへ」
「……流石に驚いた」
ヘルメスは冗談でも戯言でもなく、本当に驚いたように、素のまま掛け値なしで、本心から出た言葉を口にする。
「まさかこの僕に対して、こんなにも早く対応してしまうなんて……そんな相手は、過去にはいなかった……いや、未来にだって現れないだろう」
浬を賞賛するかのように、ヘルメスは言う。
確かに浬の対応速度は非常に早かった。二連続で呪文を唱えてヘルメスの能力の隙を突き、バウンス。そしてそのまま、《ヴェール・バビロニア》の変則ハンデスで封じてしまったのだから。これでヘルメスは、もう出てくることはまずないだろう。
とはいえ、これはたまたま浬の手札がそういう状況を作るのに都合よく揃っていただけで、結局は運が良かっただけだ。
(もっとも、《スパイラル・フォーメーション》も《ヴェール・バビロニア》も、奴が割ったシールドから出たんだがな)
ともあれ、浬のターンはこれで終わりだ。
ヘルメスのターンへと渡っていく。
「……僕をこんなに早く封じたその対応力の高さ——成程、君は賢愚の力のうち、賢者に相当する人間のようだね」
ヘルメスは気を取り直したように、浬を再評価する。
「だけど僕は、賢者であり愚者、ゆえの《賢愚神話》だ。先ほどの僕は、“ゲーム”を根底から覆す愚者……そして今は——英知を支配する賢者だ」
ヘルメスは威圧的に浬とエリアスを見下ろし、手にした杖を掲げる。
「君の戦略を逆利用させてもらおう。《サイバー・G・ホーガン》を召喚! 発動、激流連鎖!」
「くっ、やはりか……!」
浬の懸念していたことが、やはり起こってしまう。
《ヘルメス》を確実かつ絶対に除去するために仕方なかったことではあるが、《ヘルメス》をバウンスしたということは、その進化元にされた《ホーガン》は手札に残ったままなのだ。
しかし《ヘルメス》を二度と場に出すわけにもいかなかったので、そこは割り切るしかなかったのだが。
《サイバー・G・ホーガン》の力により、激流がヘルメスの山札を流す。
こうして流されたカードは、結晶化し、クリーチャーの姿となっていく。
だがそれは、浬のよく知るクリーチャーの姿であった。
「賢愚の知識よ、再生せよ——《龍素記号Sr スペルサイクリカ》」
さらに、
「賢愚の知識を得し英雄、龍の力をその身に宿し、神話の真理で武装せよ——《理英雄 デカルトQ》」
結晶の中から現れたのは、二体の龍。
それも、身体が結晶でできたクリスタル・コマンド・ドラゴン。
そしてそれは、どちらも浬の切り札たるクリーチャーだった。
「……!」
「なにを驚いているんだい? まさか知らない訳じゃないだろうに。君が従えているクリーチャーのほとんどは、元々僕が作ったものじゃないか。《スペルサイクリカ》も《デカルトQ》も、《サイクロペディア》も《Q.E.D.》も《Q.E.D.+》も、そして——」
ヘルメスは浬から目線を外し、その横の、小さな彼女へと、彼女だけへと、目を向ける。
「——そこの、エリアスもね」
「っ!」
ビクンッ、とエリアスの身体が震えた。
まるで今まで避け続けて来た事実を指摘されたかのように、彼女の身は揺れている。
「……どういうことだ?」
「どういうこともこういうことも、そのまんまの意味さ」
ヘルメスは悪戯っぽい邪悪な薄ら笑いを浮かべ、訥々と語る。
自身を語るエリアスの、その出自を。
「彼女も他のクリーチャー同様、僕の作品の一つという意味だよ。とはいえ、彼女は特別だけどね。龍素記号を抽出して、龍程式を解いて、できた結晶体を龍化させるだけの他のクリーチャーとは違う」
震えるエリアスを見下ろしながら、それを語ることが誇りであるかのように、自慢げにヘルメスは語る。
しかし彼が語るほどに、彼女の身は縮こまり、冷たく、閉ざされていく。
「エリアスは僕が創造した最初で最後、唯一無二の人造生命体であり、その材料は神話の一柱たる僕自身——そう、いわば彼女はホムンクルスという奴さ。もっと言えば——」
最後に一言。
言わなくても、もう十分伝わった。それでも彼は、最後に付け加える。
それだけは認めたくないと言うような彼女の意志すらも、踏み躙って。
ヘルメスは、告げる。
「——僕の娘だ」
- 65話 「浬vsヘルメス」 ( No.240 )
- 日時: 2015/09/27 16:49
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「ぁ……ぅ……」
隣でエリアスの呻き声が聞こえる。
信じたくないことを信じ込まされるような嗚咽が漏れる。
「娘だと……?」
「そうだよ。まあその辺は考え方にもよるけどね。でも、エリアスは紛れもなく僕自身を糧に創られている。この僕の血肉、精の源泉、賢愚の知識、魔素……それらを錬成して、創造されたのが彼女さ。それは、彼女自身が証明してくれるはずだよ」
ただ事実を述べているだけだ、と言うようにヘルメスは言う。
確かにそれは、結果としてはただの事実確認でしかないのかもしれない。しかし彼の言葉はひとつひとつが冷たい刃となって、彼女を刻む。
「ねぇ、そうだよね、エリアスちゃん?」
「……その通りです」
ヘルメスに促され、エリアスはゆっくりと首肯した。
その動作さえも、とても重苦しく、痛みを伴っているかのように、辛さを噛みしめて頭を垂れる。
「私は……ヘルメス様の手で創られたクリーチャーです……私の身体はヘルメス様の身と同じ。私の血も、肉も、知識も、すべてがあの方のものを使って創られているのです……」
「まあ、そんな話は今となってはどうでもいいことだけどね。それより、ゲームを再開しようじゃないか」
ヘルメスは、嫌らしく笑みを浮かべる。
沈んだ表情のエリアスのことなど、もはやどうでもいいと言うかのように、対戦を再開した。
「まずは《スペルサイクリカ》の能力を発動。墓地の呪文《幾何学艦隊ピタゴラス》を唱えるよ。《ロココ》と《ジャバ・キッド》をバウンスだ」
ヘルメスは隙を見せない。再びバウンスからの《ヴェール・バビロニア》のハンデスを食らわないよう、手札に戻すクリーチャーは選んでいる。
「……俺のターン。《ロココ》を召喚。そして」
浬としては、言及したいこともあった。しかし、それを知るための一歩を踏み出さない。
対戦も始まってしまった。気を散らしていると、あっという間に飲まれると思い込ませ、手札のカードを繰る。
《ロココ》によってコストを下げつつ、浬は新たな結晶龍を呼び出した。
「浬の知識よ、扉を開け——《龍素記号Mm スペルサイケデリカ》!」
龍素記号Mm スペルサイケデリカ 水文明 (7)
クリーチャー:クリスタル・コマンド・ドラゴン 7000
このクリーチャーまたは自分の他のコマンド・ドラゴンを召喚してバトルゾーンに出した時、自分の山札の上から4枚をすべてのプレイヤーに見せる。その中から呪文を1枚相手に選ばせ、残りを自分が好きな順序で山札の一番下に置く。その後、その呪文をコストを支払わずに唱える。
W・ブレイカー
《スペルサイクリカ》の体内で発見されたもう一つの龍素記号、それが結晶化し、龍化したもう一つの姿。それが《スペルサイケデリカ》。
失われた知識を再び取り戻す力を持った《スペルサイクリカ》とは逆に、《スペルサイケデリカ》は、新たな知識の扉を開くことができる。
「《スペルサイケデリカ》を召喚したことで、俺の山札から四枚を表向きにする。さあ、この中から呪文を選べ」
捲られた四枚は《幾何学艦隊ピタゴラス》《龍素解析》《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》《甲型龍程式 キリコ3》。
「うーん、これは悩むねぇ……変なクリーチャー出されたくはないし、なら、《スパイラル・ハリケーン》にしようかな」
「……《スパイラル・ハリケーン》の能力で、《デカルトQ》をバウンス。さらにマナ武装7発動、残りの二体もバウンスだ」
ヘルメスのクリーチャーが一挙に手札に戻される。
《ピタゴラス》なら二体のバウンスで済むところを、ヘルメスはわざわざ《スパイラル・ハリケーン》を選択し、すべてのクリーチャーをバウンスさせた。
一見すると彼のミスプレイだと思われるかもしれないが、浬はそれでラッキーだと思うことはない。
むしろ、こちらの考えが読まれていることに対する、焦りが浮かんでくる。
(奴が《ピタゴラス》を選んだならば、俺は《スペルサイクリカ》と《デカルトQ》をバウンスするつもりだった……だが、こいつ、なんとしてでも《ホーガン》を使い回す気だ……!)
浬からしたら《ホーガン》の能力を何度も使われたくはない。だがそんな浬の思い通りに動く相手でもなかった。
ヘルメスは浬の思惑すらも利用して、浬の想定する流れを逆流する。
「さて、それじゃあ僕のターンかな。まずは呪文《ブレイン・ストーム》。カードを三枚引いて、手札を二枚、山札の上に戻すよ」
「っ、ということは……!」
「その通り。《サイバー・G・ホーガン》を召喚! 激流連鎖! 出てきなよ《スペルサイクリカ》《デカルトQ》!」
クリーチャーを除去した返しに、すぐさま同じクリーチャーを展開し返された。前のターンの除去が、ほぼ完全に意味をなしていない。
「《スペルサイクリカ》の能力で《幾何学艦隊ピタゴラス》を唱えるよ。《ロココ》と《スペルサイケデリカ》をバウンスだ。さらに《デカルトQ》のマナ武装でカードを引き、手札とシールドを入れ替えるよ」
再び呼び出される《スペルサイクリカ》が呪文を再発させ、浬のクリーチャーが手札に戻される。
だが、手札に戻されたのなら、浬にも取れる手段はあった。
「《ロココ》と《スペルサイケデリカ》を再び召喚! 山札の上から四枚を捲る!」
手札に戻されたなら、もう一度召喚できる。つまり、《スペルサイケデリカ》の能力をまた使うことができるのだ。
しかしこうして捲られたのは《スパイラル・フォーメーション》《幾何学艦隊ピタゴラス》《龍覇 メタルアベンジャー》《理英雄 デカルトQ》の四枚。
「流石に、不確定な呪文詠唱じゃ長くは持たないよ。《スパイラル・フォーメーション》を選択」
《スペルサイケデリカ》の呪文詠唱は、山札の上四枚の中から、しかも相手が選択するため、不確定で相手依存となり、非常に不安定な能力だ。
たとえ除去カードが捲れても、他に場に影響を及ぼさないような呪文があるなら、相手はそちらを選択する。そういったことが普通に起こり得てしまうため、扱いづらく、自分の思い通りにもならず、劣勢を切り抜けるには難しいクリーチャーだ。
「く……っ! 《デカルトQ》をバウンスだ……!」
それでも必死に食らいつく浬を見つめるヘルメス。
彼は、浬を見ながら、口を開く。
「……飽きた」
- 66話 「浬vsヘルメス」 ( No.241 )
- 日時: 2015/09/28 12:18
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
その言葉は、非常に唐突だった。
ヘルメスは子供のように、そんなことをのたまう。
「君は非常に面白い存在だったよ。限られてはいるが、とても機知に富んだ知識を用いて行動し、僕と渡り合ってきた。この僕に対する対応力の高さも目を見張るものがある。でも」
もはや、浬の存在は、ヘルメスにとっては有象無象の中にある一欠片の存在にしか映らない。
彼は、神話の前では、その程度の生き物に成り下がった。
「これ以上、君の知識の幅を広げることは、残念ながら無理そうだ。君から新たな知的好奇心を得ることもできなさそうだし、正直、君の相手をするのは飽きちゃったよ」
「なんだと……!」
「だから、終わりにしよう」
その一言が、多大なる重みとなって、浬にのしかかる。
ヘルメスの顔に、もはや軽薄な笑みなどは存在しない。そこには己の欲望を満たすだけの、邪悪極まりない男が一人立っているだけだ。
ただしその男の纏う空気は、紛れもなく物語の中の神、即ち神話そのもの。無限の想像によって形作られた大いなる存在。
その存在が、研ぎ澄まされた牙を剥く。今までのような遊戯ではない、真の神話の力が、解き放たれる。
「ただの人間と、神話の力も持たないただのクリーチャーが、本物の神話に勝てるはずがない。格の違いを——“知れ”」
噛み付く浬のことなどまったく意に介さず、興味の欠片もないとでも言わんばかりに、ヘルメスはカードを繰る。まるで、すべての知識を支配しているかの如く。
「呪文《ブレイン・ストーム》、そして——《サイバー・G・ホーガン》を召喚」
現れたのは、二体目の《サイバー・G・ホーガン》。そして二枚目の《ブレイン・ストーム》。
度重なるドローで、デッキ内の主要パーツを手に入れることは簡単だっただろう。ヘルメスは再び山札を積み込み、激しく流れるような連鎖を見舞う。
「激流連鎖。《スペルサイクリカ》と《デカルトQ》をバトルゾーンに。《スペルサイクリカ》の能力で、墓地から三枚目の《幾何学艦隊ピタゴラス》を発動だ。《ロココ》と《スペルサイケデリカ》をバウンス」
「なっ、く……!」
「《サイバー・G・ホーガン》でWブレイク」
《ホーガン》の投げる砲丸が、浬のシールドをすべて粉砕する。
これで、浬のシールドはゼロ。
あとは、最初に呼び出した《スペルサイクリカ》が、とどめを刺すだけだ。
「くそっ、こんなところで……! S・トリガー! 《アクア・サーファー》を召喚! 戻れ! 《スペルサイクリカ》!」
「……首の皮一枚つながったか」
《スペルサイクリカ》はヘルメスの手札へと押し流され、攻撃は止まった。
このターンはこれ以上の攻撃がないが、しかしヘルメスの場には他にもアタッカーがいる。
次のターンでこれらのクリーチャーを除去しても、浬が使える除去はバウンスのみ。返しのターンにまた出て来るだけだ。そうして展開され続ければ、こちらの除去も尽き、除去が追いつかなくなり、ジリ貧になる。
(だが、そもそも俺の手札には、奴のクリーチャーをすべて除去できるようなカードはない……次のドローに賭けるしかないが、都合よく除去カードを引いたところで、根本的な解決にはならない……!)
浬は考える。脳の回路が焼き千切れそうなほどに、思考を巡らせる。この状況からでもひっくり返せる解を。その活路を。
しかし、いくら考えても答えなど出て来ない。この状況をなんとかする手など、浬の知識の中には存在しない。
ゆえに浬は、求めてしまう。
(こんな状況から逆転する手……そんなものがあるのなら、教えてもらいたいものだ)
勝利の方法を。
ここから勝つための道を。
その、知識を。
(いや、違うか……)
教えてもらいたい。その認識を、浬は即座に改めた。
違う、そうではない。
教えてほしい、だなんて他人に縋った方法は、間違っている。
答えは、こうだ。
(……知りたい)
受動的ではなく、能動的に。
獲物は与えられるものではなく、食らうもの。
本当に知りたい知識というものは、すべからず自らの手で手に入れるものだ。
深層の中、浬は知識の外で自問する。
そして、知識の枠から自答する。
(この状況を打開する一手を……知りたい……!)
なぜ、その一手を求めるのか?
(勝ちたいからだ、こいつに……ヘルメスに)
なぜ、ヘルメスに勝ちたいのか?
(…………)
彼は、如何なことを為したのか?
(…………)
己は、彼に如何なる害悪を被ったのか?
(……俺じゃない)
ならば、それは誰か?
(……エリアスだ。あいつは、ヘルメスから相当な仕打ちを受けてきた——)
それは、どのようなことか?
(っ、それは……)
それは、己の知るところか?
(う……)
それは、己の知識として蓄えられた事象であり、己の知識の中にあるものか?
(……いや、違う……)
仲間の仕返しとか、相棒の仇討ちとか、それらしい理由はいくらでもつけられる。
だがそんなものは建前だ。ヘルメスに対する怒りは当然ある。しかし、それ以上に、自分の中に燻るもの。
(よく考えてみれば、俺はエリアスのことは、なにも知らない……)
それを、浬は少しずつ自覚し——自認していく。
すべてを、曝け出す。
自分自身に。
(知ることが、怖かった……察しはついていた。だが、だからこそ、確かめられなかった。実際に起こったことなんて、聞けなかった。あいつの本当の過去を知ったら、あいつを見る目が変わりそうで……だから、追及しなかった)
しかし、自分の欲求に嘘を吐くことはできない。
自分を騙しても、自分ほど自分を知る者はいない。
これ以上、自分を偽り続けることはできなかった。
もう限界だ。今まで抑えてきたこの感情は、もうとどまらない。
知識欲が、自分自身の中で、溢れてくる。
(本当は、知りたい……あいつの過去を)
そして、浬は告白する。
己自身の、愚かしくも賢しき、欲求を。
(本当の……エリアスを——)
少年は一つの真理に達する。
己の欲望、知識に対する欲求を、自覚する。
それは禁忌だと思い、賢者でありたいがために触れなかった、未知なる知識。
しかし今、彼は愚者となることを厭わない。
賢者と愚者の狭間を超えた先に、彼はもう一つの真実を見つける。
神話という名の、賢愚の叡智を——
それは、輝きを放つ。
彼の思いに応えるように。
「……やっとか」
ヘルメスは、半ば呆れたように、それでいて達成感に満ちたような声で、呟くように言った。
「本当なら、君は、君たちはとっくに僕の力を授かる権利は得ていたはずなんだけどね……だけど、君があんまり頑固で僕に突っかかるから、先送りになってしまったよ」
やれやれ、とヘルメスは軽い調子で言う。
だが、彼の語調は、だんだんと重くなっていく。
それは十二神話としてその一柱に座する、《賢愚神話》としての——賢愚を司る叡智、賢しき愚者となり先立つ者として、語る者だった。
「君としては癪な話かもしれないけどね、でも、君はそれを受け取る“義務”がある。己の知識欲を自覚してしまった以上、もう後戻りはできないよ。君の行いが、君を賢者とするか愚者とするかは、君自身が決めること。抗うことはできない、立ち止まることは許さない。さあ、進め、霧島浬。そして僕らの真理を——“知れ”」
拒絶はできない。
すべて受け入れるしかない。
だが浬は、その覚悟が既にできていた。
知識への欲求を自覚した時点で、すべてを知る覚悟を持っていた。
だからあとは、前に進むだけ。
浬は、カードを繰る。
「ご主人様……」
「あぁ……俺のターン」
そして、勝利の方程式を、組み立て始める。
「《龍素記号Og アマテ・ラジアル》を召喚。その能力で、山札からコスト4以下の水の呪文を唱える」
浬が引いたのは、除去カードではなかった。
しかしここで《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》でも持って来れば、ヘルメスのクリーチャーを一斉に除去できる。だが、浬はそれをしない。そんなことをしても、所詮は一時凌ぎにしかならない。
それに、その解は引っかけ問題のような不正解の答えだ。
正しい解を求めるための正しい式は、こちらにある。
「呪文《ヒラメキ・プログラム》。《アマテ・ラジアル》を破壊」
閃く知識を得るために、《アマテ・ラジアル》は式の中に組み込まれた。
そして、新たな知識が呼び起こされる。
「進化——」
賢しさも、愚かしさも内包した、森羅万象の英知が。
新たな知識が、記録される時。
「——メソロギィ・ゼロ!」
水晶が気化する。
そこにあるのは、凍てついた錫杖。
創造者たる知識。
そして、愚かしくも賢しき、受け継がれた神話の力。
かの者は《賢愚神話》の継承者。
かつての神話にはなかった愚かな賢者の意志を持ち、賢愚の叡智となりて、新たな法則を創り出す。
そう、かの者こそは——
『——《賢愚神智 エリクシール》!』
- 67話 「賢愚神智」 ( No.242 )
- 日時: 2016/03/15 03:24
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
賢愚神智 エリクシール 水文明 (8)
進化クリーチャー:サイバーロード/リキッド・ピープル 6000
進化—自分の《賢愚の語り手 エリアス》1体の上に置く。
メソロギィ・ゼロ—バトルゾーンに自分の《賢愚の語り手 エリアス》または《エリクシール》と名のつくクリーチャーがおらず、自分のサイバーロードまたはリキッド・ピープルを含む水のクリーチャーのコストの合計が12以上なら、進化元なしでこのクリーチャーをバトルゾーンに出してもよい。
このクリーチャーはバトルゾーン以外のゾーンにある時、進化でないクリーチャーとしても扱う。
呪文の効果で相手がバトルゾーンにあるクリーチャーを選ぶ時、このクリーチャーを選ぶことはできない。
自分のクリーチャーをバトルゾーンに出す時、代わりにそのクリーチャーを持ち主の山札の一番下に置いてもよい。そうした場合、山札からそのクリーチャーと同じ文明のクリーチャーを1体バトルゾーンに出す。その後、山札をシャッフルする。この能力は各ターンに1回ずつ使うことができる。
自分の呪文を唱える時、代わりに山札の一番下に置いてもよい。そうした場合、山札からその呪文と同じ文明の呪文を1枚選び、唱える。その後、山札をシャッフルする。この能力は各ターンに1回ずつ使うことができる。
W・ブレイカー
水晶が霧のように空気中へと気化し、彼女が姿を現す。
決して華美とは言えない、しかし質素なわけでもない、不思議で神秘的なドレスを纏った女性。
利発そうな相貌で、凍りついた杖を胸に抱き、確かな意志を持って、彼女は“かつて”の主人を見つめる。
「……久しぶりじゃないか、《エリクシール》」
『えぇ、そうですね、ヘルメス様。この姿をお見せするのは、久し振りでございます』
彼女は、ゆっくりとした動きで、慇懃にお辞儀をする。
その瞳に、同じ血肉を分けた彼への恐怖は存在しない。落ち着き払い、何もかもを受け入れたように、彼女は静かだった。
そんな彼女に、浬は呼びかける。
「エリアス——いや、《エリクシール》」
『なんでしょう、ご主人様』
彼女は、“今”の主人へと、目を向け直す。
それだけで、彼女を信じることができた。その眼を見れば、彼女にすべてを託すことができる。
「式は俺が組み立てる。お前は、解を導いてくれ」
『承知いたしました。そちらはお任せします』
浬と《エリクシール》は、それぞれ視線を交わし、各々の作業を開始する。
それは、二人の力あってこそ、二人がいてこそなせる業。二人だからこその共同作業。
まずは浬が、《エリクシール》に“素材”を与える。
「《アクア鳥人 ロココ》を召喚——する代わりに、《エリクシール》の能力発動」
浬は手札から《ロココ》を呼び出す。
その刹那、《エリクシール》は錫杖を地面に突き立てた。
『それでは——錬成を開始します』
突き立てた錫杖を中心として、幾何学的な紋様が描かれた、魔方陣が展開される。
そして浬に与えられた素材を元に、《エリクシール》は“錬成”する。
《ロココ》はその魔方陣の中に取り込まれ、吸収されていく。
そして彼女の手によって、その性質を、変貌させていくのだ。
『範囲規定。対象の構成物質を認識。識別。分割。分別。全て完了。魔素の抽出を確認。組成分解。再構築。魔素注入。原型保持。新規形式を記録。変化物質を固定。魔素安定化——』
魔方陣の中で、《エリクシール》は《ロココ》を分析し、錬成する。
クリーチャーとしての性質を完全に解析し、その解析結果を基に身体を分解。内部のマナを抽出し、分解した肉体を違う性質に組み替え、再構成する。そうしてできた肉体にマナを注ぎ込み、存在そのものを固定し、
『——錬成、完了しました。ご主人様』
彼女の作業は、終了した。
魔方陣が収束していく。中央に残ったのは、存在の発現を待つ、生命の塊。
「あぁ、行くぞ。《ヴェール・バビロニア》から進化!」
その生命が、人為的に創り変えられた命が、今、解き放たれる。
「浬の知識よ、累乗せよ——《甲型龍帝式 キリコ3》!」
魔方陣を経て姿を錬成された力は、甲型の反応を示す龍帝の龍程式を解き、まったく異なる結晶龍を呼び出す。
「え……? なに、どういうこと?」
ヘルメスは本当になにが起こったのか理解できないというように、目をぱちくりさせている。
浬が召喚したクリーチャーは《ロココ》のはずだ。しかし、現れたのは大型進化クリーチャーの《キリコ3》。
この現象は、彼の知識の中にはなかった。ゆえに、賢者たりえる知識を持つ彼にも分からない。
この知識を持つ者は、浬と、そして《エリクシール》だけだ。
「冥土の土産に——と言ってもお前は既に存在しない奴だが——教えてやる、賢愚神話とやら。お前の知識が増えるぞ、喜べ」
『私の能力は、あらゆるクリーチャーを、別のクリーチャーに変換することができます。私自身が、ヘルメス様の血肉によって錬成されたように……』
ヘルメスの生み出した生命体である《エリクシール》。
彼女の受け継いだ力は、彼女自身の出生の手段。
それは即ち、錬金術。
卑金属を貴金属に変換するように、《エリクシール》はクリーチャーの性質を変質させ、その存在を創り変える。それはかつての錬金術では成しえなかった、世界の法則を犯す禁忌だ。
しかし、それが彼女自身が創造した新たな叡智。
かつての神話に真っ向から反発する、彼女の意志だった。
「……《キリコ3》がバトルゾーンに出た時、その能力で俺の手札をすべて山札に戻し、山札から呪文を三発唱えさせてもらう」
そして、《キリコ3》の砲門が開いた。
浬のすべての知識を燃料と弾薬とし、いまだ眠る新たな知識と魔術を、呼び覚ます。
「さぁ、来い——《ブレイン・チャージャー》《龍素解析》《連唱 ハルカス・ドロー》!」
捲れたのは、その三枚。
まずは《ブレイン・チャージャー》でカードを引き、マナを追加。
続いて《龍素解析》が行われ、浬の手札が山札に再び吸い込まれていく。
「そして四枚ドローし、《理英雄 デカルトQ》をバトルゾーンに! さらに!」
浬の場で、不動の如く鎮座していた要塞が、鳴動する。
「これで俺はこのターン、カードを五枚以上引いた。よって《エビデゴラス》の龍解条件成立だ!」
数多の知識を吸収し、龍素を超えた龍波動の力を充填し、今、水文明の要塞は龍と成る。
「勝利の方程式、龍の理を解き明かし、最後の真理を証明せよ。龍解——《最終龍理 Q.E.D.+》!」
《エビデゴラス》は知識の力を動力に、身体を変形させる。
空飛ぶ要塞から、莫大な知識を内包し、龍素の先にある理を解き明かす、龍の姿へと。
「そして最後に《連唱 ハルカス・ドロー》を唱える——」
「……成程、僕の技術から得た錬金術の力は驚異的だね。その力は素直に褒め称えよう。僕の未知を既知へと導いたことも感謝する。だけど、《キリコ3》という選択は失敗だったね。そんな不確定な詠唱では、僕を打破することができると思わないでほしい」
《キリコ3》によって放たれた三発の呪文の砲弾。その最後の一発が放たれる瞬間に、ヘルメスは口を開いた。
「僕の場には《デカルトQ》がいる。いくら《エリクシール》《キリコ3》《Q.E.D.+》とクリーチャーを並べても、その攻撃は僕には届かない。場を見れば一目瞭然だ、ブロッカーとシールドで凌ぎきってみせるよ。まあ、君が除去呪文を引き当てていれば、こうはならなかったかもしれないけど」
ヘルメスの言うとおり、彼の場にはブロッカーである《デカルトQ》がおり、かつシールドも五枚ある。
しかも、そのうち三枚は、《デカルトQ》によって入れ替えたシールド。潤沢な手札から、S・トリガーを仕込んでいても不思議はない。
ブロッカー、シールド、S・トリガー。この三つを乗り切って、ヘルメスにとどめを刺すことは、浬には困難だ。
「——代わりに」
「え?」
そう思っているヘルメスに、浬は己の答えを叩きつける。
障害が存在するならば、その障害を一つずつ取り除いていけばいい。
順番に問題を解けばいいだけだ。数学の問題となんら変わりはない。
まず第一の障害はブロッカー。浬たちは、その壁を取り除く。
「《エリクシール》!」
『了解しました、ご主人様。“魔術の錬成”を、開始します』
浬が《エリクシール》の名を呼ぶと、彼女は杖を突き立て、魔方陣のような紋章を、結界のように展開する。
先ほど、《ロココ》を《キリコ3》に錬成した時と、同じ光と文様を放つ、魔方陣を。
『私の能力は、クリーチャーのみならず、呪文にも適用されます……ヘルメス様、貴方がクリーチャーの誕生も、呪文の詠唱も封じるように、私もクリーチャーと呪文、この二つの力を変質させることができるのです』
「む……ということは……」
《ハルカス・ドロー》という呪文の力が、魔方陣の中で変質していく。
内側のマナを抽出し、それを核として、別の魔術を生み出す。
『ご主人様、錬成完了しました』
「あぁ。行くぞ、《ハルカス・ドロー》を唱える代わりに、呪文! 《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》! マナ武装7でお前のクリーチャーをすべてバウンスだ!」
《エリクシール》の力で違う呪文へと錬成された《ハルカス・ドロー》は、もはや知識を得る水ではない。
すべてのクリーチャーを退ける、嵐の如き大渦だ。
天から地から襲い掛かる嵐と渦に巻き込まれ、ヘルメスのクリーチャーはすべて手札へと押し流される。
これで、ブロッカーという障害は消え去った。後は、彼を守る盾をすべて砕くだけだ。
「このターンで終わりにしてやる。覚悟しろ、《賢愚神話》。《Q.E.D.+》で、シールドをWブレイク!」
《Q.E.D.+》の龍波動による砲撃が、ヘルメスのシールドを撃ち砕く。
(……《エンペラー・ギュルム》か。彼の場にブロッカーは一体いるけど、このまま殴ってくれれば除去できるし、手札の《クゥリャン》から即座に進化して、次のターンに決着かな)
砕かれたシールドがヘルメスの手札に入った。
直後、間髪入れずに次のクリーチャーが攻撃を繰り出す。
「《キリコ3》でTブレイクだ!」
続けて《キリコ3》の砲門が、実弾を放つ。呪文を炸薬とした魔術の弾ではない。身を守る盾を粉砕する、破壊の砲弾だ。
一撃で巨大な爆発を生む《キリコ3》の砲撃が、ヘルメスの残ったシールドを一瞬のうちに吹き飛ばした。これで彼の身を守るものはなくなる。
だが、しかし、
「忘れてもらっちゃ困るんだよね。君にクリーチャーを戻され続けて、僕が何回《デカルトQ》を出し入れしたか、覚えてる?」
「……三回だ」
山札切れを懸念してか、マナ武装7によるドロー能力こそ使用していないが、ヘルメスは《デカルトQ》で何度もシールドを入れ替えている。その回数は、浬の言うように三回。
ヘルメスは膨大な手札がある。その中にS・トリガーつきのカードがあってもおかしくはないだろう。そもそも、《サペルサイクリカ》で回収した《幾何学艦隊ピタゴラス》を必ず握っているはずなので、他のトリガーがなくても、少なくともそれをシールドに仕込んでいるはずだ。
「いくら戦力を揃えようと、このターン中に僕を倒すなんて無理なのさ。ほら、S・トリガーだ。《幾何学艦隊ピタゴラス》を三枚発動!」
《スペルサイクリカ》で回収しながらシールドへと仕込んでいたS・トリガーが、一挙に解き放たれた。
ヘルメスが率いる無数の艦隊が、こちらに砲塔を向ける。
「一枚目の《ピタゴラス》で《M・A・S》と《アクア・サーファー》をバウンス! 二枚目の《ピタゴラス》は《デカルトQ》と《キリコ3》を! 三枚目の《ピタゴラス》は、《Q.E.D.+》を超次元ゾーンへ!」
「《Q.E.D.+》は、龍回避でフォートレス側に裏返る……!」
「なんだっていいさ。最後のマナ武装5、発動。《エリクシール》……君に退場してもらおう」
ヘルメスのマナゾーンが青く輝く。
マナの力を得た艦隊は、更なる砲弾を装填。充填されたマナのエネルギーを燃料に、最後の一撃を放つ。
照準を定めた砲弾は、まっすぐに《エリクシール》へと飛んでいく。
『——効きませんね』
ピキ……ッ
と、《エリクシール》へと襲い掛かる砲弾が、凍りついた。
彼女の身を爆散させるはずの砲撃は、凍結する。
そして、砕け散った。
「……なんだって?」
その現象に、ヘルメスは理解が及ばない。なにが起こっているのか、これはどういう事態なのか。
これもまた、彼にとってはまだ未知の現象だ。
『私は、貴方の愚かさも受け継いでいるのです。新たな命へ錬成するのは私の意志。そして、あらゆる魔術を拒絶するのは、貴方の愚行。貴方ほどではありませんが、私はその愚かさを、持ってしまったのです』
「……《エリクシール》は呪文では選ばれない。その《ピタゴラス》は無効だ」
魔術を無力化するヘルメスの力は、《エリクシール》に魔術への抗力を与えた。
それが神話の定めであり、神話の力を継いだ語り手あるべき姿だが、皮肉にも、ヘルメスは自身の授けた力に足元をすくわれたのだ。
「…………」
しかしヘルメスは動揺を見せない。
絶望や、怒りや、蔑みすらもない。
ただ、軽薄な笑みを浮かべていただけだ。
嘲るように、愉快そうに、薄っぺらい笑顔を、彼女に向けていた。
『これで終わりです、ヘルメス様』
錫杖を向け、《エリクシール》はヘルメスへと、過去の自分の主へと、自分の生みの親へと、決別の言葉を放つ。
浬も、そんな彼女の意志を尊重する。彼女の心意気を汲み、最後の命を下す。
「《賢愚神智 エリクシール》で——」
ピキピキ、と空気が凍る。
すべての力が、《エリクシール》の杖に集まっていく。
賢者の知恵も、愚者の思考も、すべてを内包した、彼女の力が。
冷たい輝きを放つ。
刹那。
一筋の光が——迸る。
「——ダイレクトアタック!」
- 68話 「主従のままに変わりたる」 ( No.243 )
- 日時: 2015/09/28 12:19
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
『——負けたねぇ』
神話空間が閉じる。そして戻ってくるのは、あの冷たい空間だ。
『ま、負けたのは仕方ない。神話のクリーチャーとはいえ、今の僕はあくまで残響だからね。本来の力をすべて出し切ったわけじゃない』
「減らず口というか負け惜しみというか……相変わらずのプライドの高さですね、ヘルメス様。私はあなたのそういうところ、大嫌いです」
『言うようになったねぇ。でもさぁ』
ヘルメスは口元を歪ませる。卑しく、邪な瞳で、エリアスを見据える。
『君たちが僕に勝ったのはどうして? エリクシールという真にして新の姿と力を得たのは何故? その力は誰のもの?』
「……っ」
それこそ、認めたくない事実だった。
ヘルメスの力を継承すること。それを拒んだがゆえの対戦であったはずだが、結果はヘルメスの思惑通り。
浬たちは結果的には、彼の力を受け継いでしまった。
その力がったからこそ、自分たちは神話たる存在に打ち勝ったのだ。
今まさに、そんな現実を突きつけられている。拒んだ末の結末は、彼の意志とは酷く矛盾した、残酷なものだ。
『エリアス。君は最後の最後で僕の力を継承し、その力を持って僕を打破した。それはつまり、君は僕という束縛からは逃れられないことを意味する。結局のところ、君は僕の力なくしては生きていけない存在なんだよ』
「なに……そんなことは……!」
「いえ、その通りです。ご主人様」
ヘルメスの言葉に噛み付く浬を、エリアスが制する。
そして彼女は、ゆったりと口を開く。
この戦いは、決して無意味ではなかった。結果は主の意に反するものだったかもしれない。しかし、それが本当に負の遺産でしかないかと言うと、そうではない気がする。
少なくとも自分は、この戦いを経ることで、かつての姿を取り戻すことで、そして神話の力を受け継ぐことで、ひとつの答えを導き出すことができた。
それを今、紡ぎだす。
「私は、賢愚神話の語り手です。それが私の使命です。だから、私の主であった神話を、いつまでも語り継いで、受け継いでいきますよ」
それは、彼女の決意の表れだった。
快楽的な生みの親から受けた行い。恥辱と恐怖に塗れた過去を清算し、彼女は意を決した。
「そのために、私は受け入れます。神話の賢しさも、愚かしさも、すべて……」
愚者の賢しさと、賢者の愚かさを、受け継ぐことを。
それが、自分の役目だと信じて。
『……合格、かな』
ぽつりと、ヘルメスは呟いた。
『そこまで分かってるなら、もう僕から言うことはなにもないよ。経過はどうあれ結果として、僕は役目を終えた。君たちには、否応なしに僕の力を継承してもらう。そのための力も託したことだし、これでもうお別れだ』
やり切ったと言うように、満足げに息を吐く。
そして、彼の姿が白んでいく。ゆらゆらと、幻のように消えていく。
時間が来たのだ。それ以前に、彼はもう役目を終えたのだ。これ以上、この場所に留まる理由もない。この冷たい賢愚の空間と共に、彼はいなくなる。
「……あのっ」
『ん?』
消えゆくヘルメスに、エリアスは呼びかける。
「えと、その……」
しかし、上手く言葉が出て来ない。
もう決意はできた。彼の神話の力を受け継ぎ、語り継ぐ意志は固まった。
だが、いざ“こういうこと”を言おうと思うと、上手く言葉に表現できなかった。
彼が過去の自分に為した、数々の行為。それに対する恐怖は払拭できている。だがしかしその行為のせいで、正常であるべき姿が見えてこない。
だから、言葉が出ない。
それでも、エリアスは声を絞り出し、言葉を選ぶ。
これだけは、絶対に伝えたかったから。
「……私を創ってくれて、ありがとうございます——“お父様”」
どんなに軽薄で、邪悪で、卑劣で、自己中心的で自分勝手で快楽主義な愚者であっても、彼は自分を創り出してくれた。
彼の、未知に対する探究心だけは、素直で純粋で、本物だ。それは自分もよく知っている。
だからこそ、人造生命体という未知を生み出そうとする彼の心は、本気だった。自分という存在を、彼は最大の敬意と真心を持って創り出した。
そして、自分がこの世界に生み出されたからこそ、自分は多くのことを知ることができた。
矛盾した性質の知識欲。太陽のような輝く存在。慈しみと愛を尊重する心。影となりし月光。穏やかに凪ぐ大海。春と共に芽吹かせる命。硝煙に塗れた戦場。守護という命のみに生きる本能。冒涜的な冥府。潤沢な豊穣。
異常な知識欲など持ち合わせているつもりは毛頭ないが、それでも多くの事を知るのは、心地よかった。そう思うとやはり自分は、彼と同じなのだろう。
そしてなによりも、今の主たちと出会えたこと。
この世に生を授かって、最も感謝したことかもしれない。最も喜ばしいことかもしれない。
自分の世界は変わった。そして、心地よい日々がそこにはあった。
共に戦う一体感。困難を乗り越える達成感。
そして、胸中に秘めたこの思い。
それらすべてが、こうして生きているからこそ実感できることだ。
憎悪する存在の血肉によって創られたことは、やはり疎ましい。
しかしこの気持ちを感じることができたのは、命あるからこそだ。どれだけ恐れていても、その事実は変わらない。
だから、こうしてこの身を創り出し、この世に解き放ってくれたこと。
それだけは、感謝しなくてはならない。
そんな一心からの、言葉だった。
『……気色悪い。やめて、その呼び方。蕁麻疹と鳥肌が立つ』
「はい、私も自分で言って反吐が出るほど気持ち悪いです」
この上ないほどに苦い顔をしたヘルメスに対し、エリアスはにっこりを笑顔で返す。
初めて、気持ちの上で彼に勝った瞬間だった。
同時にヘルメスの身体が、いよいよ霧のように散っていく。
「……これで、本当にお別れですね。さようなら、ヘルメス様」
『あぁ』
ヘルメスは軽薄に、別れの言葉を告げる。
自分の娘のような彼女と、かつての自分場所——彼女の隣に立つ彼へと。
『“またね”——浬君、エリアス』
最後に、ヘルメスは微笑んだ。
賢愚の叡智を残して——
「うぁー……酷い目にあったよ……もう、恋ったら急にへんなとこ触るんだから……」
「なるほど……あの構図は現実におこりうることだったんだ……納得」
「お? 暁と日向さんも来たわね」
「あとは、かいりくんだけですね」
アカシック・∞のエントランスにて、暁、恋のペアと、沙弓、柚のペアが合流した。
リュンがもうすぐ調べ物が終わるとのことで、沙弓が全員に連絡して、一度入口まで戻るように指示したのだ。
「しっかし、カイは遅いわね。連絡してから結構経つけど……というか、あなたたちはなにしてたの?」
「えーっとねー……なんていうのかな……? ねぇ、恋?」
「……構図の確認」
「こーず、ですか……?」
「なにを言ってるのかしら、この子たちは……?」
顔を少しばかり紅色に染める暁を見て怪訝そうな眼差しを向ける沙弓だが、彼女たちはどうにも語ろうとしない。
語りたくないのか、そもそも語る気がないのか。
これは問い詰めるべきかどうかと考えていると、不意に柚が声を上げた。
「あ、かいりくん、きましたっ」
「やっと来たか。遅いわね、まったく」
見れば確かに、扉の向こうから浬の姿が見える。
しかしその出で立ちは、少しばかり違っていた。
「おー、浬ー……って、うわっ、どうしたの!? 眼鏡は!?」
「……壊れた」
ぼやける視界のまま、おぼつかない足取りで、彼はこちらへと向かっていた。
「……なにかあったの?」
「別に大したことじゃ……なくはないか。これについては、ちゃんと話す。とりあえず、こういうことだ」
そう言って浬が見せたのは、一枚のカード。
エリアスだが、エリアスでない、彼女の姿が、そこにはあった。
「これって……もしかして、浬が?」
「成程。それなら、ゆっくり聞かせてもらおうかしらね。とりあえず、リュンが戻ってから、すぐに部室に帰るわよ」
沙弓たちも、概ねのことは察したようだ。今ここで浬に詰問するより、ゆっくり腰を落ち着けて話した方が良いと判断した。
あとはリュンが戻ってくるのを待つだけだ。その間に、浬になにがあったのかを尋ねるものはいなかった。
非常に気になっているという素振りを露骨に示す者はいたが、それでも疲労困憊の浬たちを気遣っているのだろう。
「……そう言えば、ご主人様」
「なんだ?」
そんな折、ふとエリアスが呼びかけた。
浬はそれに、何気なく応じる。
「ご主人様って、私のことが知りたかったんですか?」
「っ……! それは……」
それは、浬としては触れられたくないところだった。
彼女の過去を知る覚悟は、エリアスがかつての主との過去を清算したことで、浬にもできていた。
だがそれでも、浬の心情として、エリアスに対する知識欲がある。
それは彼のプライドのようなものから来るものであり、それに触れられたくない。
なぜかと言われると、それこそ言いたくないことではあるが。
「…………」
「なんで黙るんですか? ねぇ、ご主人様?」
——恥じらい。
とでも言うのか。
いつもエリアスには素っ気なくしている浬だ。それが、エリアスのことを本当はとてつもなく知りたがっていただなんて、そんなことが言えようか。
これが暁ならばストレートに言えたのかもしれないが、自分は自分だ。そんな言えるわけがない。
というかこいつはなんでそんなことを直球で言えるのか。
「……私は、ご主人様が望むのであれば、どんなことでもお答えしますよ」
なぜなら、
「私もご主人様のことがもっと知りたいです。賢愚神話の語り手としても、そして、エリアスという“私”としても」
「エリアス……」
それが、自分にとっては重要なことであるはずだから。
単純に主従の関係だけに留まらない。共に戦うものとしても。語り手の使命としても。パートナーとしても。
知るという行いは、重要な意味を持つ。
浬がエリアスのことを知りたがっていたように、エリアスも浬のことを知りたがっている。
残念なことに浬はその欲求を抑え込もうとして、隠している。だがエリアスはそうはしない。知りたいことは知りたい。そしてそれを知るためには、
「とりあえず、従者たる私から、ご主人様に教えちゃいますね」
相手に知ってもらうこと。これが、知識の対価となる。
「私……ご主人様のことが好きです」
「っ」
唐突な告白に、浬は言葉を詰まらせる。
いきなりこんなことを言われて、なんと返せばいいのか。
返答に悩む浬の言葉を待たずに、エリアスはさらに続けた。
「今まではちょっともやもやしてましたが、今日でしっかりと認識できました。それでも、この気持ちにはまだ未知がいっぱいあります。それを少しずつ既知にしながら、私は語り手として、そしてご主人様に仕える者として、歩んでいきます」
これもまた、エリアスの決意だった。
今日は、吹っ切れたり、思い切ったり、突き進んだり、前に進むことばかりだ。
過去のことも、継承のことも、現在のことも。全て等しく、彼女の変化と成長だ。
浬が変化を恐れて知るまいとしていたことも、もうどうでもいい。彼女の過去を知って、その関係が変わってしまうことに恐怖していた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
彼女はこんなにもにこやかな表情を見せているのだ。自分たちの関係がなにか変ったとしても、それは消して悪いものではなかった。
「……あぁ」
だから、浬は頷く。
すべてを肯定することを、認める。
だからこれは、自分にとっても新しい一歩だ。
彼女と共に歩むと決意した、最初の一歩。
「これからも、よろしくな——エリアス」
「はい、ご主人様!」
沙弓が皆を招集する少し前。
アカシック・∞の一角で、リュンはある書籍に目を通していた。
「やっぱりか。ということは、やはり単独で動き出している可能性が高いな……」
パタン、と本を閉じ、書架に戻す。
「ほとんど確認作業みたいなものだったけど、大体の検討はついたね。近々、今度はこの目で確かめないとな」
こちらのすべきことは終わった。もう彼女たちを帰してもいい頃合いだろう。
この図書館の莫大な知識から、なにかきっかけを得られているといいが、と思案しながら、リュンは沙弓へと一報を入れる。
そして、今いる部屋から立ち去るのだった。
リュンが戻した書籍は、ほんの少しだけ、書架からはみ出していた。
この図書館の、もう一つの管理人とも言えるサイバーウイルスたちが、人知れずその位置を直す。
はみ出した面から少しだけ覗いていた、その書籍の題は、そんな修正作業によってまた隠れるのだった。
そこに書かれていたのは——
『冥界神話——断罪者にしてその眷属』
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