二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

Re: デュエル・マスターズ A・M オリキャラ投稿者にnews ( No.119 )
日時: 2014/06/16 21:59
名前: パーセンター ◆AeB9sjffNs (ID: VYLquixn)

遅くなりましたが美琴を出していただきありがとうございます。
キャラ崩壊等はありません、というか殆ど思っていた通りです。

あと、衣装の件ですが、私はその手のものは考えるのが苦手なので、モノクロさんに一任する形でよろしいでしょうか?

デュエル・マスターズ A・M オリキャラ投稿者にnews ( No.120 )
日時: 2014/06/17 21:14
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

パーセンターさん


 そうでしたか、よかったです。
 動かしてみて初めて気づきましたが、正直、美琴のキャラは書くのが結構難しかったので、あまり自信がなかったんですよね。

 やはり衣装については苦手な人が多いんですかね……了解しました。
 もしなにか、部分的な要望でもあれば、いつでもお申し付けください。

31話「凶英雄」 ( No.121 )
日時: 2014/06/19 22:07
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

「うーん、ダメかぁ……」
 カードに戻ったクリーチャーをデッキケースに仕舞い込み、弱った顔を見せる暁。
 沙弓と浬が飲み込まれてしまった謎の黒いドーム。どうすれば二人を救出できるのかと暁が考えた手段が、クリーチャーを実体化させて攻撃を加えることだった。要するにドームを破壊してしまおうというのだ。
 この単純かつ暴力的な思考は実に暁らしいが、しかしいくらクリーチャーで攻撃してもドームは壊れない。《バトライオウ》も《ガイゲンスイ》も《ドラゴ大王》でもダメだった。
「これが英雄の作り出したものなら、中で部長と英雄がバトってんのかもしれないけど」
「それだと、かいりくんがなんで飲み込まれちゃったのかが分からないですね……」
 浬が飲まれた後、暁もドームに触ってみたが、なにも起こらなかった。一体どういう理屈になっているのだろうか。決して聡明とは言えないこの二人には、そこまで理解が及ばない。
「案外、部長と浬がデュエマしてたりね」
「そんなことはないと思いますけど……」
 なんにせよ、外からの手出しができず、中の様子も分からない。
 暁と柚は、ただただ沙弓と浬の帰りを待つしかないのだった。



 かくして始まってしまった、沙弓と浬のデュエル。
 互いにシールドは五枚。沙弓の場には《一撃奪取 ブラッドレイン》と《コッコ・ドッコ》、浬の場には《アクア鳥人 ロココ》。
「俺のターン。《龍素記号JJ アヴァルスペーラ》を召喚。能力で山札を捲り《スパイラル・フォーメーション》を手札に加え、ターン終了」
「……私のターン」
 どこかぎこちない動きでカードを引く沙弓。当然と言えば当然かもしれない。このデュエルで負ければ、どちらかはこの暗闇の中の監獄に幽閉されるのだ。恐怖を覚えることは当たり前である。
 だが、沙弓が感じているのは、ただ単純な、幽閉されることへの恐怖ではなかった。
「……《ブラッドレイン》で闇のクリーチャーのコストを1、《コッコ・ドッコ》でコマンド・ドラゴンのコストを3、合わせて闇のコマンド・ドラゴンの召喚コストを4軽減」
 沙弓は早くも切り札を呼び出す準備が整っていた。最速パターンで、闇に堕ちた後に悪魔への姿を変えた龍が降臨する。
「永遠なる死に逆らい、抗え——《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》!」


永遠(とわ)の悪魔龍 デッド・リュウセイ 闇文明 (8)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 8000
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、相手のクリーチャーを1体破壊する。
W・ブレイカー
このクリーチャーまたは他のクリーチャーが破壊された時、カードを1枚引いてもよい。


 降臨したのは、《リュウセイ》闇堕ちした《リュウセイ・イン・ザ・ダーク》が、闇文明の悪夢の儀式によって悪魔の力を吸収した姿、《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》。
 ただしこの個体の場合は、沙弓がいつか仲間とした《リュウセイ・イン・ザ・ダーク》のもう一つの姿で、沙弓の闇の力に影響を受けたかららしい。
「まず、コマンド・ドラゴンが場に出たことで《コッコ・ドッコ》を破壊」
 《コッコ・ドッコ》は、コマンド・ドラゴンの召喚コストを3も下げるクリーチャーだが、コマンド・ドラゴンを出すと破壊されてしまう。一度限りのコスト軽減クリーチャーだ。
「そしてクリーチャーが破壊されたから、《デッド・リュウセイ》の能力で一枚ドロー。次に《デッド・リュウセイ》登場時能力で《アヴァルスペーラ》を破壊、この時にも一枚ドロー」
 クリーチャーを破壊しつつ、手札も補充する沙弓。この早いターンでこれだけの大型クリーチャーを出せたことは大きい。
 しかし、彼女にミスがなければ、だが。
「《ロココ》の能力で《アヴァルスペーラ》を手札に戻すぞ」
「あ……っ」
 しまった、というような顔をする沙弓。
 《ロココ》にも《コッコ・ドッコ》のようなコマンド・ドラゴンのコスト軽減能力があるのだが、他にも破壊されるコマンド・ドラゴンを手札に戻す能力もある。
 沙弓はそのことを失念し、登場時能力のある《アヴァルスペーラ》をみすみす手札に戻してしまったのだ。
「で、でも、ブロッカーはいなくなったし、《ブラッドレイン》でシールドブレイク!」
「っ、ぐぅ……!」
 シールドが割られ、顔を歪める浬。恐らく、このデュエルにおける罰が発生したのだろう。
「カイ……!」
「大丈夫だ、ゆみ姉……このくらいならなんでもない」
 それより、と浬は目つきを少し鋭くする。
「集中しろ、ゆみ姉。プレイミスが多いぞ」
「え……?」
「俺のターン。二体目の《ロココ》を召喚し、呪文《スパイラル・フォーメーション》だ。《デッド・リュウセイ》をバウンス」
「っ!」
 また、しまった、という表情を見せる沙弓。だが、その「しまった」は、まだ続く。
「もう一体の《ロココ》で《ブラッドレイン》を攻撃!」
 これで、沙弓の場にクリーチャーはいなくなった。沙弓が不用意な攻撃をしたからだ。それも、攻撃可能な《ロココ》がいるというのにだ。
「ゆみ姉、《アヴァルスペーラ》で《スパイラル・フォーメーション》が手札にあったのは分かってたはずだ。最速で切り札を出しても、それによる俺への被害は微々たるもの、しかも《デッド・リュウセイ》は除去した。コスト軽減の《ブラッドレイン》も破壊した」
「…………」
 一つのミスなら、まだよかったかもしれない。しかしミスが積み重なり、有利な状況に持って行けたはずの沙弓は、1ターンで巻き返されてしまった。
「……私のターン。《骨断の悪魔龍 ブッタギラー》を召喚」
「それだけか。なら俺のターン。二体の《ロココ》で2コスト、そしてシンパシーで2コスト、合計4コスト下げ、こいつを召喚だ」
 沙弓に続き、浬も己の切り札を呼び出す。
「海里の知識よ、結晶となれ——《龍素記号iQ サイクロペディア》!」
 浬の切り札の一つ、《サイクロペディア》。《デッド・リュウセイ》のように相手の妨害はできないが、カードを三枚引くことで後続を確保できる。さらに《ロココ》によって破壊されても手札に戻るため、何度でも場に戻ってくるのだ。
「ターン終了だ」
「私のターン……呪文《ボーンおどり・チャージャー》」
 いまいち攻め難い沙弓は、とりあえず墓地肥やしとマナブーストを進める。《デッド・リュウセイ》はバウンスされたが、手札は増やせたのでマナを溜めて再び出そうという魂胆だ。
「さらにもう一度《ボーンおどり・チャージャー》。墓地とマナを増やして、《ブラッドレイン》を召喚。ターン終了よ」
 マナと墓地を増やし、クリーチャーも並べてターンを終える。些か地味な動きだ。
 そしてそのプレイングを見て、浬は溜息を吐く。
「……ゆみ姉、もっと真面目にやれよ」
「なによ……私は真面目にやってるわ」
「なら今のターン、なんで《ブッタギラー》で攻撃しなかった」
 《ブッタギラー》は攻撃時、自分のクリーチャーを犠牲にすることで相手のアンタップクリーチャーを破壊できるドラゴンだ。つまり沙弓は《ブラッドレイン》を破壊すれば、クリーチャーを除去できたことになる。
「どうプレイしようと、私の勝手よ……《ブラッドレイン》を残しておきたかっただけ。私のデッキは重いクリーチャーが多いしね」
「《ボーンおどり・チャージャー》で2マナも加速したのにか? 8マナもあれば、大抵のクリーチャーは出せるだろ」
「……《サイクロペディア》は破壊しても、《ロココ》で戻されるし……」
「その《ロココ》は破壊できるだろ。《サイクロペディア》を選んでも攻撃は止められるしな。少なくとも殴り返しを心配する必要はないし、俺のデッキは過剰にドローしてもそれを使い切るほどマナは伸びない。召喚するにもまたマナを払う必要があるし、バウンス感覚でも除去して損はないはずだ」
「…………」
 浬の言うことも間違ってはいない。人によってどうプレイするかが変わって来そうなところだが、浬はあえてそこを突っ込む。
 しかし、沙弓は黙っていた。
「……言い直す。確かにゆみ姉は真面目にやってるかもしれないな」
「…………」
「だったら、“真剣にやれ”」
 浬は強い語調で、まるで命令するかのように言った。厳しい視線で、沙弓を睨みつけるように。
「手を抜いたゆみ姉なんかと対戦してても、なにも面白くない。そんな腑抜けた姿勢でカードを持つな」
「だって……」
 浬は、沙弓のプレイング——それ以上に、彼女のデュエマに向かう姿勢に不満があった。
 はっきり言って、浬の言う通りだ。最初のうちはただのミスだったが、途中から沙弓は手を抜いていた。《ブッタギラー》も、普段の彼女なら普通は攻撃していたはず。6マナある状態でそれ以上のドラゴンを出さず、墓地肥やしとマナ加速に費やしたのも、攻めの姿勢を取らないからだ。
 しかし、なにも沙弓は意味もなく手を抜いているわけではなかった。
「……なにを怖がってるんだよ」
「なにをって……だって……」
 怖いのは、当然だ。
 ただしそれは、自分の死ではない。
「俺が負けるのが、怖いか」
「っ……!」
 あからさまに動揺した。もはやいつもの飄々とした沙弓はそこにはおらず、恐怖や不安、焦燥に駆られる惰弱な少女だけが存在していた。
 勝ちたくない。勝てば、対戦相手たる浬がこの暗闇の世界に閉じ込められてしまう。
 それは、彼女にとっては耐え難きことなのだ。
「……ゆみ姉、俺とあんたの付き合いはまだ一年程度だが、それでもあんたのことはよく知ってるつもりだ。あんたがなんで俺の家に来たのか、その理由も知ってるし、“その事”を忘れろなんて言わない。言えるはずもないし、そう簡単に払拭できないことなのは十分理解している」
 だが、浬は少しだけ怒りを滲ませて、
「それとこれとは関係ないだろ……! 昔に縛られるなとは言わない、だが、昔のことで今に縛られるな」
 憤る浬に、沙弓は俯いていた。そして、ぽつりぽつりと声を漏らす。
「……でも、嫌なものは嫌なのよ……カイ、あなたまでいなくなったら、私は——」
「俺のターン」
 沙弓の言葉を最後まで紡がせず、浬は自分のターンを進める。そして、

「海里の知識を得し英雄、龍の力をその身に纏い、龍素の真理で武装せよ——《理英雄 デカルトQ》」

 先日手に入れたばかりの英雄、《デカルトQ》を召喚する。
「《デカルトQ》のマナ武装7発動。カードを五枚ドローし、その後手札を一枚シールドと入れ替えるぞ」
 大量に手札を増やす浬。しかしそんなに手札があっても、使いきれなければ意味がない。
 だが、使い切る気がないのなら、ドローすることそのものに意味を見出しているのであれば、また話は別だ。
「ゆみ姉、俺は今のあんたが嫌いだ。そんな弱気で振り回されてるのは、うちの部長じゃない」
「カイ……」
「本気で来ないなら、俺にも考えがある」
 そう言って浬が指差すのは、《デカルトQ》。そして自分の大量の手札も掲げる。
「《デカルトQ》のマナ武装7は、カードを五枚引くこと。さあ問題だ、五とは、四十のうちの何パーセントにあたる?」
「……? なによ、いきなり……」
「答えは12.5%だ。だが最初に四十の中から十が引かれている状態なら、約17%の割合になる。さらにそれ以前にも数が減らされているとすれば……」
 そう言いながら、浬の視線は自身のデッキに向かっていた。そしてその視線に気づいた沙弓は、一気に表情が青ざめる。
「まさか……カイ、あなた……」
「ああ。ゆみ姉、あんたに勝つ気がないって言うのなら、俺は——」
 浬はまっすぐに沙弓を見据える。
 そして、宣告するようにして、言い放った。

「——負けるぞ」

31話「凶英雄」 ( No.122 )
日時: 2014/06/20 03:52
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 勝利宣言ならぬ、敗北宣言をした浬。普段ならその宣言には屑ほどの意味も価値もないが、この特異な状況においてはまったく意味が異なる。
「負けるって……カイ、あなた……」
「俺のデッキは残り十五枚程度。《ライヤ》かなにかで《デカルトQ》の能力を使い回せば、あっという間になくなる量だ。《インビンシブル・テクノロジー》でデッキを鷲掴みにしてもいい」
 自身のではなく、浬の敗北を恐れる沙弓には、この上ないほどの衝撃が走る発言だった。実際、もはや沙弓は表層面でも恐怖や不安を隠せていない。
「この対戦に投了はない。そしてあんたの墓地肥やしよりも、俺のドローの方が圧倒的に速い。俺を助けるために自滅しようとしても無駄だ」
「っ……!」
 これは単なる勝敗を決めるデュエルではない。
 だからこそ、沙弓は先の見えない暗闇の中に放り込まれたように、身動きが取れなくなってしまった。
 このままなにもしなければ、浬はデッキ切れで自滅。だが、沙弓が攻めても浬が敗北に近づくことは変わらない。
 自分が負けるという選択が一番だが、しかしそれも、浬の過剰ドローには追い付かないだろう。
「……《デッド・リュウセイ》を召喚! 《ロココ》を破壊して、《ブッタギラー》で攻撃! 《ブラッドレイン》を破壊して、もう一体の《ロココ》も破壊!」
 沙弓のターン。沙弓は再び《デッド・リュウセイ》を呼び出し、本格的に攻め始めたが、
「ゆみ姉、そんな表面だけ本気を取り繕っても無意味だ。本心では勝とうとしていないことが見え見えだ」
「……っ!」
「俺のターン。《アクア忍者 ライヤ》を召喚。《デカルトQ》を回収し、再び《デカルトQ》を召喚。マナ武装7でカードを五枚引くぞ」
 これで、浬の残りデッキは九枚。あと二回《デカルトQ》が出れば、浬の敗北が確定してしまう。
「まずい……!」
 焦燥に駆られる沙弓。そんな沙弓を、浬は冷たい視線で、ジッと見据えるだけだった。



 浬は自ら敗北を宣言をしたが、それはつまり自分は死ぬという発言と同義だ。いや、もしかしたら死よりも恐ろしい辛苦が待っているかもしれない。
 沙弓は、浬がいなくなることを恐れている。だがそれは浬も同じだった。
 浬とて、自分が死ぬことが恐ろしくないわけではない。かなり大人びてはいるが、まだ彼は中学生なのだ。
 しかし浬と沙弓とでは、決定的に違うところがあった。それは、この対戦の中に見出す希望だ。
(この対戦で負ければ、この世界に幽閉される……だが、本当にそれだけなのか?)
 それは、幽閉以上のことをされる、ということではなかった。むしろ逆だ。
(なにか引っかかる、あの声の言ってることも、この状況も)
 そして、《凶英雄》も。
 そんなことを思いながらも、浬はそれをおくびにも出すことなく、沙弓を見据える。
(ゆみ姉、もしもこのルールの中で二人とも生き残る方法があるのなら、それを見いだせるはきっとあなただ——)
 その希望を捨てない浬は、いつまでも信じていた。
 まるで本当の姉のように自分を導いてきた、目の前の彼女を——



(どうすればいいのよ、これ……!)
 一方沙弓は、胸の内が恐怖と焦燥と不安とで混沌としていた。
(このままじゃカイが負ける……でも、それより早く私が負けることはできない……)
 仮に浬の敗北を止めたとしても、ターンの経過で先に倒れるのは浬だ。
(一体どうすれば……)
 どう転んでも、浬の敗北はほぼ確定事項。その事実が、さらに沙弓の判断を狂わせる。
(暁とカイの時みたいに、ただクリーチャーと戦うだけだと思ってた。でも、こんなの、こんなのって、聞いてないわよ……!)
 まさか、闇文明がこんなにも特異だとは思わなかった。死の危機感、大切な人を失う恐怖、そのどちらもが沙弓を蝕む。
(こんなルールだって分かってたら、英雄の力なんていらなかったのに——)
 ——ルール?
 その言葉に、沙弓は少しだけ引っ掛かりを覚えた。
 その時、脳裏をよぎる獄卒の声。そして、浬の言葉。

 ——《凶英雄》の力には規律が存在する、その規律の中で生きられぬ者は、死ぬ他ない——

 ——これは俺への罰じゃない、ゆみ姉への罰なんだ。だからこの罰に干渉できるのも、ゆみ姉しかいない。

(規律、罰……儀式……)
 沙弓の頭の中で、なにかが繋がった。
 しかしその繋がった事象が、自分たちの生に繋がる保証はない。むしろ、繋がらない可能性の方が高そうだ。賭けでもなんでもなく、ただ単に分が悪いだけ。
 しかし、どの道このままではいけないのだ。ならば、やるだけのことをやるしかない。
 この絶望の中を、逆らい、抗い続けるしかない。
(……昔のこと思い出したせいで、ちょっと忘れてたわ、自分のこと)
 まだ恐怖や焦燥が完全に消えたわけではない。しかし沙弓の頭は、酷く落ち着いて、冷めていた。
(本来なら私って、こういうピンチの状況で燃えるタイプだったはずよね……それを、なにをあたふたしてたのかしら。いや、それとこれとは別かしら)
 なんでもいいが、とりあえず平静を取り戻すことができた。
 そして今の沙弓がすべきことは、ただ一つ。
(……さて、それじゃあまた抗ってみようかしら)
 沙弓はゆっくりとデッキに手を置いた。そして、ゆっくりとその手を引く。
(《凶英雄》とやらの、ふざけたルールに——)



「私のターン」
「…………」
 沙弓のターン。その時、浬は気付いた。彼女の顔が、さっきまでの彼女とは違うことに。
 だが、だからといって方針は変えない。浬は自滅の道を進むだけだ。
「……やっぱり来たのね、あなた。いつの間に私のデッキに入ったのかしら?」
「ゆみ姉……?」
 引いてきたカードに、ぶつぶつと呟きだした沙弓。怪訝な目をする浬のことなど気にせず、沙弓は続けた。
「言っておくけど、私はもうあなたのルールなんかに従う気はないわ。むしろ、あなたが私に従うべきだと思う。いや——“従え”」
 最後の言葉は、非常に強い威圧感があった。それは彼女特有の、どこか重くもあり軽くもある、不思議な圧力だ。
「あなたの作り出す規律なんて、私が壊してあげる。もうあなたには振り回されない。今この時から、私があなたの主よ。だから——私に従いなさい! 今から私がこの儀式の規律となる!」
 そう高らかに宣言し、そして沙弓は、このターン引いたばかりのカードを掲げる。
 
「終生に抗う英雄、龍の力をその身に纏い、罪なる罰で武装せよ——《凶英雄 ツミトバツ》!」


凶英雄 ツミトバツ 闇文明 (7)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 7000
マナ武装7:このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分のマナゾーンに闇のカードが7枚以上あれば、そのターン、バトルゾーンにある相手のクリーチャーすべてのパワーは−7000される。
W・ブレイカー


 おぞましい唸り声と共に現れたのは、白い狼の如き悪魔龍。鋭利な金色の爪と、尖りのある骨の如き身体が、凶悪な気性を体現しているかのようだった。
「英雄……!? なぜ、今ここで……」
「さあ? 私にも分からないけど……どうでもいいわ、そんなことは」
 すっかり余裕を取り戻した沙弓は、軽く肩を竦め、
「さあ、《ツミトバツ》のマナ武装7、発動!」
 沙弓の領土——即ちマナが黒く光る。その光は《ツミトバツ》の足元まで滲み出し、刹那、黒い光が大量に宙へと四散し、それぞれが漆黒の刃となって浬のクリーチャーに突き刺さる。
「《ツミトバツ》のマナ武装……私のマナゾーンに闇のマナが7枚以上あれば、相手クリーチャーすべてのパワーをマイナス7000!」
 最後に、《ツミトバツ》の咆哮によって浬のクリーチャーは《サイクロペディア》を残して消滅した。
「さらに《デッド・リュウセイ》でWブレイク!」
「ぐっ……S・トリガー発動! 《スパイラル・ゲート》で《ブッタギラー》をバウンス!」
 一瞬で《デカルトQ》と《ライヤ》を消された浬。負けると宣言した彼だが、あくまで浬が目指すのはライブラリアウト、デッキ切れだ。
 そうでない敗北は、認めなかった。
「《アクア鳥人 ロココ》、そして《アクア超人 コスモ》を三体召喚! 《サイクロペディア》で《デッド・リュウセイ》と相打ち!」
 破壊された《サイクロペディア》は《ロココ》の能力で手札に戻る。しかし《デッド・リュウセイ》もタダでは死なない。《デッド・リュウセイ》は自身が破壊された時もカードを引けるのだ。
「クリーチャーを並べても無駄よ。私のデッキの切り札、知ってるでしょう?」
「まさか……」
 この数のブロッカーを相手取れるクリーチャーと言えば、一体しか心当たりがない。
 逆に言えば、一体は心当たりがあるのだ。

「孤独なる死に逆らい、抗え——《悪魔龍王 デストロンリー》!」

 《ツミトバツ》から進化した《デストロンリー》。その瞬間、パワー低下どころではない破壊が発生した。
「《デストロンリー》の能力で、《デストロンリー》を除くバトルゾーンのクリーチャーをすべて破壊! そして《デストロンリー》で残りのシールドをブレイク!」
「っ、S・トリガーだ! 《アクア・サーファー》で《デストロンリー》をバウンス!」
「いいわね、その抵抗っぷり……好感が持てるわ」
「……うるさい」
 気付けば、沙弓と浬の立場が逆転していた。こうなって来ると、浬も意地だ。ダイレクトアタックは通すまいと考える。
 しかし同時に、いつもの沙弓が戻ってきたことへの、安心感もあった。
「《アクア・ジェスタールーペ》召喚! 連鎖で山札を捲り《コスモ》をバトルゾーンに! 続けて《アヴァルスペーラ》を召喚だ!」
「まずは守備固めかしら? 残り山札が少なくなってきたところを狙って、ドローカードで山札を切らすつもり?」
 しかし、そんな幕引きを沙弓は許さなかった。
「こっちも手札は多いし、痛み分けにしましょう。《絶望の悪魔龍 フューチャレス》を召喚」


絶望の悪魔龍 フューチャレス 闇文明 (6)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 6000+
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分の闇のカードを好きな数、捨ててもよい。こうして捨てたカード1枚につき、相手の手札を1枚見ないで選び、捨てさせる。
W・ブレイカー
自分の手札が1枚もなければ、このクリーチャーのパワーは+6000され、「T・ブレイカー」を得る。


 現れし次の悪魔龍は、絶望を司る龍。
 《フューチャレス》の能力は、自分が捨てた手札の数だけ、相手の手札を破壊すること。
「私は手札一枚を残してすべて墓地へ。さあ、あなたの手札も墓地に落としましょうか」
「っ、《サイクロペディア》が……!」
 それだけではなく、まるでピーピングされたかのようにピンポイントでドローソースを叩き落とされた。しかも、
「続けて呪文《インフェルノ・サイン》。墓地から蘇りなさい《ツミトバツ》!」
 《フューチャレス》が優れている点は、能動的に自身の手札を墓地に落とせる点だ。闇文明は山札からカードは落とせても、手札からピンポイントで、しかも好きな枚数捨てるといった所業が苦手だったのだが、《フューチャレス》の存在でそれも解消された。
 沙弓は《フューチャレス》で墓地に落とした《ツミトバツ》を、《インフェルノ・サイン》によって復活させる。
「マナ武装7、あなたの場は一掃よ」
「ぐ……!」
 手札を潰され、場も一掃された浬には、もはや抵抗する術すらなかった。
 敗北の道を歩まされた浬は最後に、英雄の刃に触れる——

「《凶英雄 ツミトバツ》で、ダイレクトアタック——!」



 沙弓と浬の勝負は、沙弓の勝利で終わった。
 それはつまり、敗北者である浬が監獄に投獄されることを意味するのだが、
「……? なにもないぞ」
「そりゃあそうよ。私がそのルールは壊しちゃったから」
 罪の檻だか罰の籠だかが消え、対戦を終えたことを認識する浬。この対戦が終わったら自分はどうなってしまうのかと、半ば腹を括っていたが、しかしなにも起こらない。
 そんな折、沙弓の飄々とした声が聞こえてくる。
「ゆみ姉……どういうことだ、ルールを壊したって」
「対戦中に気付いたんだけどね……さっきの対戦ってたぶん儀式だったのよ」
「儀式?」
「そう、《凶英雄》のね」
 さっきの対戦は、一種の闇の儀式だったのだろうと、沙弓は考える。
「あの声は、《凶英雄》の規律に従えないなら死ぬしかないって言ってた。たぶん《凶英雄》の規律っていうのは、今の儀式の中で、私たちが戦い合うこと。つまりその敗者は死亡するということ」
 そして投獄というのは、その後のことを言っているのだろう。ここは闇文明の世界だ。死した者を受け入れないはずがない。
「つまり、事の発生源はあの声じゃなくて、《凶英雄》そのものだったのか……でも、どうやってそのルールとやらを壊したんだよ」
「簡単よ。この子を屈服させたの、ちょっと強引にね」
 そう言ってピッと出すのは、《凶英雄 ツミトバツ》。どことなく凶悪な力を感じるが、その力に恐怖を感じることはなかった。
 まるで主人に従順な忠犬のような、そんな感じがする。
「私が規律を作るこの子を屈服させれば、そのルールは私のルールになる。だから私の独断でそのルールを壊したのよ」
「要するに規律を作る《ツミトバツ》を従えたってことか……既存の王を抑えて新しい王になるようなものか」
「結局、私たちが裁かれるのはデュエル中のことだけで、実際は試されてたって感じかしらね……ちょっと納得いかないけど、まあいいわ」
 どこかすっきりした表情の沙弓。その時、暗闇の空間に、光が差した。
「外の光だ……」
「ようやっとここから出られるのかしらね。こんな真っ暗なところに閉じ込められて気が滅入っちゃったし、柚ちゃんでも抱きしめてほんわかしましょう」
「やめろよ、嫌がるだろ」
 そんなことを言いながら、沙弓と浬は光に向かって歩き出す。
 結局あの声はなんだったのか、この場所はなんなのか。いまだ疑問に残るところはあるが、なにはともあれ、沙弓も英雄を手にすることができた。

 残る英雄は、あと一体——

32話「牙英雄」 ( No.123 )
日時: 2014/06/20 21:30
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 リュンが知らせた英雄の情報は、四体の英雄についてだった。
 暁が《撃英雄 ガイゲンスイ》を、浬が《理英雄 デカルトQ》を、そして沙弓が《凶英雄 ツミトバツ》をそれぞれ手に入れ、四体のうち三体が仲間となり、残るは自然文明の英雄《牙英雄》のみとなる。
 そして今、暁たち一行は、柚を先頭として自然文明の森の奥、プルが眠っていた祠の前までやって来たのだった。
「うわぁー、ただの森を抜けたらお花畑だぁ」
「この辺りだけ開けているな……あの祠があることが関係しているのか……?」
「まだ一ヶ月ちょっとしか経ってないのに、なんだか懐かしいわね。あの時、柚ちゃんが来てくれなければ私たちは今頃ここにはいなかったかもしれないわ」
 と、口々に感想を漏らす一同。柚は、自身の英雄を手にする直前ということで緊張しているようだったが、それでも先頭に立って祠に向かっていく。
「ぶちょーさんとかいりくんは、英雄さんを仲間にするためにすごく大変だったみたいですけど、わたしの英雄は、どんなクリーチャーなんでしょう、プルさん……」
「ルー?」
 柚の頭に乗っているプルは、小首を傾げる。
「わたしは、ぶちょーさんやかいりくん、それにあきらちゃんほど強くありません……お友達同士で戦うなんて、できません……」
「大丈夫よ、柚ちゃん」
 弱気になっている柚に、沙弓が後ろから囁くように語りかける。
「ぶちょーさん……」
「私の英雄……《ツミトバツ》は、というか闇文明のシステムは他の文明と比べてかなり特異らしいから、仲間同士で殺し合うようなことはないと思うわ」
 同胞の殺戮さえもライフワークと化す闇文明と違って、自然文明は仲間同士の繋がりが特に強い。さらに生命を重んじる存在でもあるため、《凶英雄》の時のような死と隣り合わせといった事態はまず起こりえないだろう。
「だが、強さを見せなければならないかもな。今まで見た英雄で最も話が通じた《ガイゲンスイ》も、自分自身が空城のデッキに入ったとはいえ、その状態で空城と別のクリーチャーを戦わせた。英雄の力を手にするには、やはりそれ相応の強さが必要だろう」
「強さ……わたしに、できるでしょうか……」
「大丈夫! ゆずならできるって。私が保証する!」
「あきらちゃん……」
 保証する、などと口では言うが、そこに根拠もなにもないことは柚も理解していた。どころか、部活内で柚を最も負かしているのは暁なのだ。
 しかし、暁の言葉の中に揺るぎない“信頼”が存在しているということも、柚には伝わって来た。それだけで、安心できる。頑張ろうと、前向きになれる。
「……は、はいっ。わたし、頑張りますっ」
「そうそう、その意気だよ、ゆず」
「じゃあ、行きましょう、プルさん——プルさん?」
 気付けば、プルが柚の頭の上からいなくなっていた。
「プルさん? どこ行っちゃったんですか?」
「……おい、あそこ」
 浬が祠の向こうを指差す。するとそこには、ふわふわと浮きながら前に進んでいるプルの姿があった。
「プルさん、どこ行くんですかっ?」
「あ……ゆず!」
 思わず駆け出した柚は、プルの後を追って行ってしまう。
「……とりあえず、私たちも行きましょうか」
「ですね。霞を一人にするのは、些か危険ですし」



「プルさん! 待ってくださいっ」
「ルー! ルールー!」
「こっちになにかあるん——」
 ですか、と最後まで柚が言葉を紡ぐことはなかった。
 プルが眠っていた祠のさらに奥、森を抜けた先に広がっていた光景に、柚を目を見開く。
「な、なんでしょう、これ……」
 苔や蔦、足元には鬱蒼と草が茂っているが、それだけではない。
 大理石のような白くくすんだタイルのような石が地面には敷き詰められており、周りには今にも崩れてしまいそうな、しかしそれでいてしっかりとそびえ立つ石柱、アーチ、それ以外にも、如何にも古そうな造りと材質の建物が立ち並んでいる。
 その様子は、まるで古代遺跡だった。
「ルー、ルー」
「まるでじゃなくて、本当に古代の遺跡なんですか……」
 柚とプルがしばらく進むと、神殿のようなところに辿り着く。ここだけ、明らかに雰囲気が違う。神秘的で古代的な空気感が、他の場所よりも強く感じるのだ。
「ここですか?」
「ルー。ルー!」
「あ、待ってくださいっ」
 プルがピュゥーっと神殿の中へと入って行ってしまい、柚もその後を慌てて追う。
 中はそれほど広くない、というより、はっきり言って狭かった。少し通路のようなところを進むと、その先にはプルが眠っていたような小部屋があった。細部は異なるが、概ねかの場所と類似している。
「ルー!」
 プルはその部屋に入ると、一直線に壁の一面へと飛んで行く。
「ここに、英雄さんが眠っているんですね……」
 他の英雄とは違い、自然文明の英雄、《牙英雄》だけは《語り手》の眠っていた地ではなく、この地に眠っているようだ。
 プルは壁の一ヶ所に手をかざす。すると、緑色の光と共に、どこからか木枯らしのような風が巻き起こる。その風は竜巻のように柚の正面で渦巻くと、一つの姿を形成した。
「っ……!」
 現れたのは龍——というより、恐竜だった。
 緑色の体躯の、巨大な怪物。ギョロリとした目で、静かに柚を見下ろしている。
「あ、あぅ……」
 なまじ知識の範囲内の姿をしたクリーチャーだったために、その姿だけで柚の恐怖心が揺さぶられる。巨大で、如何にも恐ろしげな目つきを、こんな近くでまじまじと見せつけられては、気の弱い柚では腰が抜けてもおかしくない。
 しかし、その時だ。
「大丈夫、彼は君に危害を加えるつもりはないよ」
 背中かどこかにいたのか、恐竜の頭部になにかが登って来た。
「か、仮面をかぶった、リスさん……?」
「当たらずとも遠からず、かな。僕は《サソリス》、この古龍遺跡の番人というか、言葉足らずな古代龍たちの代弁者さ」
「代弁者……」
「もっとも、君に通訳は必要ないかもしれないけどね」
 サソリスは仮面から覗く無感動な瞳で、ジッと柚を見据える。
「そういえば彼の名前を言っていなかったね。どうにも無口なんだよ、彼」
 サソリスはポンポン、と恐竜の頭を軽く小突きながら、その名を告げる。
「彼の名は《牙英雄 オトマ=クット》。君が求める英雄さ」
「っ……!」
 どういうわけか、サソリスは柚の目的を見抜いていた。まだ柚も、なにも言っていないというのにだ。
「君の考えは分かりやすすぎるからね、目を見れば分かるよ。で、彼を仲間にしたいんだよね? いいよ、持って行きなよ」
「え、えぇっ?」
 サソリスは軽い調子でそんなことを言う。随分とあっさりしていた。
「驚くなよ。ここは遺跡で、彼は長い間ここに眠っていたんだ。今更目覚めても、今の時代にすぐに適応することはできないし、昔と違って明確な目的もない。だったら、誰かに従事して、その誰かの目的のために力を尽くすべきじゃないかな」
 人間でも動物でも、目的なく生きることはできない。それはクリーチャーも同じだった。
「少なくとも、彼は君に従うことを否定はしていない。だからどうぞ、彼を貰ってやって。こんななりだけど、彼は義理堅い性格だよ。ちゃんと世話してやれば、尽くしてくれるはずさ」
「えっと……」
 とんとん拍子で事が進んでいき、少し戸惑う柚。ここまでスムーズに話が進むと、少しだけサソリスのことを疑ってしまう。
 と、思ったその時。
「ん? なにかな……?」
 サソリスはオトマ=クットに耳を傾ける。代弁者というだけあって、彼の声を聞いているのだろう。
「ふむふむ……ごめんよ、ちょっと勝手に言いすぎた。やっぱり彼にもプライドはあるみたいだ。何者かも知らない女の子にほいほいついて行ったりはしないって」
「じゃ、じゃあ、どうすれば——」
「力」
 柚の言葉を遮って、サソリスはたった一つの単語を置く。
「遥か昔、古き時代では力こそがすべてだった。少なくとも、僕らにとってはそうだったよ。本来僕が仕えるべき《豊穣神話》からも力を貰っていたしね」
 サソリスはただのビーストフォークではない。龍と心を通わせるヒューマノイド爆、龍素をを研究するリキッド・ピープル閃のように、古龍を蘇らせる術を見出したビーストフォーク號だ。
 だからこそ、その価値観も、號の名を冠する彼らと、彼らが蘇らせた古代龍のそれと同じだ。
「要するに、力を見せろってことだね。彼が納得するだけの力を、見せつけてくれ」
「力……」
 それは、柚にとっては最も自信のないものだった。
 単純な腕力の話ではない。実力という面でも、柚は遊戯部のメンバーで一番弱いのだ。それは柚自身がよく分かっている。
 しかし、
「ルー!」
「プルさん……」
「ルールー!」
「……そうですね。ここで逃げたら、本当に弱いままですね……」
 暁の言葉を思い出す。なんの根拠もない口だけの言葉だが、それだけで少しだけ自信が湧いて来る。
 小さな柚には、その少しだけの自信で十分だった。
「……心の準備はいいみたいだね。よし、じゃあ早速始めよう」
「はいっ!」
 刹那、柚とサソリス、そしてオトマ=クットの周囲の空間が歪む。
 そして両者は、その歪みの中に誘われるのだった——


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