二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 134話「一難去って」 ( No.415 )
- 日時: 2016/08/01 01:02
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
神話空間が閉じる。
佛迦王が片膝を着いて崩れ、ウッディが地面に立った。
その、瞬間だった。
「ふんっ!」
着地と同時に地面を蹴り、ウッディは柚を拘束している僧侶たちを、瞬く間に薙ぎ払っていく。たった六人の雑兵では話にならなかった。
敵の頭は倒し、人質は解放した。
もはやここに残る理由は存在しない。ウッディは柚に叫び、駆け出した。
「ゆず! にげるぞ! はしれ!」
「は、はひ……っ!」
「ルー!」
どこか既視感を覚える流れだったが、柚はウッディに促されるまま、先導するウッディの後を追うように走る。
先ほどの僧侶たちが追ってこないか不安だったが、ほんの少しだけ振り向いた時、追っ手はいないように見えた。
僧侶たちは全員、ウッディに斬り捨てられ、頭である佛迦王も、ウッディとの対戦の末に敗れた。そのダメージは決して小さくない。
小さな矮躯。小動物のような姿をしていても、彼は戦士なのだ。
愛くるしい見た目とは裏腹に、そして彼自身の言葉通り、彼は強かった。
その強さは、革命という力にあるのか。
それとも別のところにあるのか。
「……とまるぞ」
そんなことを考えていると、ウッディの足が止まった。
柚も合わせて止まる。全速力で走ったので、やはり疲れた。ぺたん、とその場に座り込む。
「あいつらは、おってこないな。あれだけのきずをおわせたんだ。しばらくは、うごけないだろう」
ウッディは今まで走ってきた道筋を、確認している。その際にも柄を握り、警戒は怠らない。
まったく呼吸の乱れていないウッディ。一方で柚は、肩で息をしていた。少しずつ呼吸を整えていく。
「ウッディくん……その、ありがとう、ございました。助けていただいて」
「きにするな。ゆずをまもる。そういったはずだ。おれは、そのちかいを、まもっただけだ」
腕を組んで、少し誇らしげに言うウッディ。
彼は、実際にその誓いに則って、柚の身を守っている。それは、誇るべきことだ。
だが、ウッディの表情は、すぐに鋭くなった。
「それよりも……」
「な、なんですか?」
「だれかのけはい……いや、さっきを、かんじる」
「さ、さっき?」
「ころす、きはく、だ」
即ち、殺気。
一難去ってまた一難。【鳳】には複数の部隊があると、ウッディは言っていた。敗北した佛迦王が応援を呼んでいてもおかしくないため、その可能性も考えられた。
「……ちかいぞ」
剣の柄を握りながら、ウッディは森の奥へと視線を向け、間合いを詰めるように歩を進めていく。
言われて、柚も空気に違和感を感じた。どこか、空気が刺すように痛い、気がする。ピリピリと肌を突き刺すような感覚が伝わってくる。
「な、なんだか、こわいです……ウッディくん……」
「…………」
「ウッディくん? どうしましたか?」
「……あ、あぁ。いや、なんでもないぞ」
ウッディはそう答えて、剣の柄に手を伸ばす。
いつでも抜けるように柄を握り、構えを保ちながら、見えない殺気へとジリジリとにじり寄る。
そして、彼は一際強く、地面を蹴った。
「——だれだ!」
「てめぇこそ——!」
一息に抜かれた刃が閃く。
同時に、向こうの禍々しい爪が光った。
一瞬、両者の目が揺れる。
二つの凶器はそれぞれかち合うことなく、交錯し、お互いの身体にも触れず、空振りする。
両者は攻撃が当たらなかったが、特に気にした風もなく、どころか落ち着き払って武器を収めていた。
そして、振り返る。
「ザキ!」
「ウッディ……!」
ウッディは、相手の男へと駆け寄った。ザキと呼ばれた男も、さっきまで発していた殺気を収めている。
「かくすきがいっさいかんじられない、あのさっき……やはり、おまえだったのか」
「こっちは薄い気配と、素人同然の見え見えの気配が混同して、誰が誰だか分からなかったぜ……」
「……?」
よく分からないが、二人とも親しげで、敵意もない。
もしかしてあの男が、ウッディの言っていた、彼の仲間なのだろうか。
その時、ガサガサと茂みが再び揺れ、奥から人が出て来た。
「ザキ! もういいかしら?」
「誰かと話してる……? もしかして、仲間の人かな」
出て来たのは、男女の二人組。
人のよさそうな少年。そして、道化じみた雰囲気の少女。
それは、柚が探し求めていた人物だった。
「ぶ、ぶちょーさん……!」
- 番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり1」 ( No.416 )
- 日時: 2016/08/10 16:37
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
太陽が燦々と降り注ぐ。
砂上を焼く日差し。しかしその照りつけは、暑くもあるが、どこか心地よい。
風が吹く。熱風の中にほんの少しの冷たさを感じさせ、磯の香りが鼻孔をくすぐる。
見渡す先には、人、人、人。さらにその奥に見えるのも人。そのまた奥に見えるのは、限りない青色。
時は八月中旬。そして、場所は——
「海だー! うわぁ、ひっさしぶりだなぁ!」
「うちの県には海ないものね。隣の県まで出張って来た甲斐あって、綺麗なところね」
「あきらちゃんがたのしそうで、わたしもうれしいです」
「……暑い」
——海。
たった一言、たった一文字だが、それだけで気分が高揚してしまうほどに、魅力的な空間。
遊戯部の面々——空城暁、霞柚、霧島浬、卯月沙弓、以上四人——は本日、海に来ている。
いつもと違う環境、涼しげな海風と潮の香りは、彼女らに癒しを与える。ゆえに、毎日のように超獣世界に行き、精神をすり減らすような戦いを続けている彼女たちにとって、この上ない休息となるはずだ。
だというのに一人項垂れている浬に、沙弓はやや呆れ気味に言う。
「なによカイ、消極的ね」
「別に海は好きじゃないしな。そもそも、よく分からん荷物を大量に持たされてる俺の身にもなりやがれ」
浬は自分の荷物が入っているであろうボストンバッグの他に、キャリーバッグ、さらに登山にでも使うような大きなリュックサックを背負っていた。一目見て大荷物だと分かる。
これを彼自身の意志ですべて持っているのならともかく、彼の荷物以外はすべて沙弓に無理やり持たされたものなので、彼としても
「可愛い女の子三人と綺麗なお姉さんの水着が見られる空前絶後の超サービスイベントなのよ。ギブ&テイクじゃない?」
「俺にとってのリターンは皆無だな」
悪戯っぽく言う沙弓に対して、浬は素っ気なく返す。沙弓の言葉に過剰反応したら面倒くさいという思いと、疲労による倦怠感から、軽く流す。
「まったく、可愛げがないわねぇ」
「ねーねー! はやく泳ごうよ! もう待ちきれないよっ!」
「はやる気持ちを抑えられないのは分かるけど、ちょっと待ちなさいな。まだ来てないから」
「まだ来てない?」
まだ誰か来るのだろうか、
「とかなんとか言ってたら、来たかしら」
沙弓は視線を動かす。その先は、海岸沿いの道路。そこに、一台の白い車が停車した。
そして、車から見覚えのある人影が二つ、出て来る。
二つの影は運転席へと向かい、運転手となにか話していた。
「ありがとうございます、愛さん。わざわざ送っていただいて」
「いーっていーって。気にすんなこのくらい。それより、恋のこと頼むぞ」
「はい。本当にありがとうございます」
「おかあさん……ありがとう……いってきます」
「おう。楽しんできな」
そうして、二人は今度はこちらへと向かってきた。
「あきら……っ」
「恋! 一騎さんも!」
その二人は、日向恋と剣埼一騎。烏ヶ森の二人だった。
「待ってたのって、こいちゃんたちだったんですね」
「でも、烏ヶ森のみんなとは後から合流するって言ってなかった? それに、他の人たちは?」
「ミシェルたちは、まだ残ってる仕事をやってもらってる。実はちょっとごたついてて……夕方までには全部終わらせて来るってさ」
「大丈夫なの?」
「本当は俺もいた方がいいんだけど、恋が先に行くって聞かないし、恋を一人にはできないし……だから俺たちだけ先に来たんだ」
「あぁ……それは大変ね」
「だけど、皆なら問題ないし、皆も恋を気遣って送り出してくれたから、大丈夫だよ」
「うん……問題ない」
「お前が言ってもあまり安心感はないと思うが……」
しかし一騎が大丈夫と言う以上は、大丈夫なのだろう。
烏ヶ森の残りの面々は後から合流するとして、彼らの到着は夕方ぐらいになるとのこと。そうなると、ここでずっと待っているわけにもいかない。
「じゃあ、先に荷物を置きに行きましょうか。柚ちゃん、別荘までの案内を頼んでもいいかしら」
「は、はひ、わかりましたっ」
どこか不安を煽られる様子ではあったが、柚を先頭にして、一度海から外れて山の方へと入っていく。
山と言っても、歩くのは麓の辺りだけらしい。木々は多いが、道はそれなりに整備されており、人通りもある。歩き難さは微塵も感じられない。
ちょうど木々が太陽を隠すくらいの林道に入ると、ふと一騎が口を開いた。
「……卯月さん、別荘って?」
ずっと気になっていたのか、その口振りには、疑問が多分に含まれていた。
「ん? あぁ、今回の合宿における宿舎よ。寝泊まりする場所は必要でしょう? でも、旅館とかに宿泊するのはコストがかかるから、柚ちゃんの家の別荘を使わせてもらうことになったんですよ」
「……霞さんって何者?」
一騎が少し顔をひきつらせている。彼にしては珍しい反応だった。
そういえば一騎には柚の家のことを話していなかった。別段、隠していることでもないというか、周知の事実であることだし、一騎たちになら話しても構わないだろうと、おずおずと柚が口を開く。
「え、えっと……か、霞の家のもの、です……」
「霞って……もしかして、あの霞?」
「たぶんそれで合ってるわ」
「偶然の一致とかじゃなかったんだ……人は見かけによらないなぁ」
一騎も霞という姓については知っていたようだ。感嘆を含む驚きを見せて、一騎は納得したようだった。
「でも、ありがとうね、柚ちゃん。私たちの遊びに、わざわざ別荘なんて借りちゃって」
「あ、い、いえ、わたしも合宿、楽しみでしたから……それに、わたしはおねがいしただけなので」
でも、ぶちょーさんたちのお役にたてたようで、うれしいです。と彼女ははにかんだ。
「別荘って、どのくらいの規模かは分からないが、相当なものなんじゃないのか? よくそんなものを借りられたな……」
「おにいさんにおねがいしたら、すぐにかしてくれるって言ってました。食べ物や飲み物の用意とか、おそうじとかも、ぜんぶ先にやっておくって」
「至れり尽くせりね……そこまでされると逆に申し訳ないのだけれど」
相手は仮にも極道なので、完全に安心安全、と言い切れないのが不安なところだ。柚の家の関係者を疑いたくはないが、後が怖い。
しかし、一人娘とはいえ、柚のお願い一つでそこまでするというのは、少し異常とも感じられる。なにか裏があるのか、純粋な厚意なのか。もし仮に、後者なのだとしたら、
「なんとなく思ってたけど、柚ちゃんのお兄さんって、絶対に柚ちゃんのこと大好きよね」
「あー、わかる。そんな感じするよね」
「そ、そうでしょうか?」
「そうでなきゃ、妹のお願いでここまでやらないでしょ」
と、いうことになる。
ここは、柚の兄に感謝しておくべき、なのだろうか。
しばらく歩くと、屋敷が見えてきた。ここが、霞家の所有する別荘なのだろう。
「うわ……大きい……」
「よくもまあこんなデカい別荘を借りられたものだ」
「それよりも、こんな大きなお屋敷を所有している方が驚きだよ……極道って凄い」
各々似たりったりの反応を見せる。目の前にそびえる巨大な建造物を、数日間とはいえ自分たちが自由に使えるということに、現実味を感じられない。
「それじゃあ、荷物を置いたら、ちゃっちゃと着替えて海に行きましょうか」
「やったー! 待ってました!」
暁が叫ぶ。最初に海に着いた時から疼いていたので、よほど楽しみにしていたのだろう。
沙弓の言葉に異を唱える者もおらず、屋敷に荷物を置くと、皆で海へと向かっていく。
- 番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり2」 ( No.417 )
- 日時: 2016/08/10 19:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
完全に遊びの体を成しているが、暁たちがこうして集まったのは、名目上は合宿のためだった。
それも、東鷲宮と烏ヶ森における、合同合宿。
もっともその名称は本当に名目上であり、事の発端は「休みになったら皆で遊びに行きたいわね」と沙弓が何気なく言って「じゃあ恋とか一騎さんたちも呼ぼうよ!」と暁が便乗し「あきらと遊ぶ……絶対、行く……」と恋が制御不能になり「皆にも呼びかけて、なんとか夏に予定を合わせようか」と一騎の承諾も得て計画された、まごうことなき遊ぶことが目的の旅行だ。
しかし、ただ単純に遊ぶだけとも言い切れない。
この日のために、沙弓は一騎と打ち合わせをして、その上で入念な準備を重ねてきたのだ。
ゆえに、忘れてはならない。
遊戯部部長が、この合宿を計画したということを——
「海だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
屋敷に荷物を置き、水着に着替えて、海に着くや否や、暁は駆け出した。
そして、咆哮の如き声を張り上げて、単身で真夏の砂浜を激走していった。
「あきら……待って……」
「あ、あきらちゃん、走るとあぶないです……というか、そんな大声をだすとはずかしいです……っ」
その奇行にしばし呆気にとられていたが、すぐ気を取り直した恋と柚が、彼女の後に続く。
「……はしゃぎすぎだろ、あいつ」
「正直なところ、私もそう思う。なにがあの子を駆り立てるのかしら」
遠くの方で小さな水柱が立つのが見えた。あの勢いのまま海に飛び込んだのだろう。危険行為として注意されかねないからやめてほしいと、切に思った。
「暁さん、怪我してなければいいけど」
「あれだけはしゃいで怪我してたら世話ないな。その時は自業自得だろう」
「まあ、ちょっとやそっとの怪我じゃ、今のあの子は止まらなさそうだし、放っておきましょう」
「大丈夫かなぁ……恋も」
「柚ちゃんもいるし大丈夫じゃない?」
「霞がいても不安だろう、あの面子だと……」
ドッボーンッ!
と、漫画みたいな擬音が轟きそうな海面を叩く音とと共に、水飛沫が飛び散る。いや、そんな生易しいものではなく、小さな水柱が立つほどの勢いだ。柚も恋も、生まれて初めて水柱というものを見た。
感動半分で呆然としていると、水面から暁の顔が飛び出した。
「ぷはっ! ふぅ、スッキリした」
「もうっ、あきらちゃん! あぶないですよっ!」
「あはははは! ごめんごめん。いてもたってもいられなくてさぁ。でも、もう大丈夫! 今ので頭冷えたから!」
本当だろうか。とてもそうには見えないが。
「それよりも、海だよ海! ゆずと恋もはやく!」
「は、はひ……」
「うん……」
「あ、ここ、意外とすぐに深くなるから、気を付けてね」
だからあんなに派手に飛び込んでも無事だったのだろう。かなり勢いつけて遠くまで飛んで行ったが、もしまだ浅瀬で、頭でもぶつけたらどうするつもりだったのだろうか。
いや、恐らくなにも考えていなかったのだろう。それでこそ暁らしいと言えば、らしいが。
「いやぁ、海はいいねぇ。本当に久しぶりだよ」
「……あきら、海、好き……?」
「んー? 好きっていうか、なんかテンション上がるよね! プールじゃ味わえないこの波の感じとか! 砂浜とか、潮風とか!」
思いのほか、風流な答えが返ってきた。しかしその気持ちは分からなくもない。
プールにも海や川などの、自然を再現した施設、設備はある。浜辺のように砂を盛ったり、波を起こしたり、流れるプールも、流れという点では海や川と通ずるところがあるだろう。
しかしそれらは、あくまでも再現。本物で味わう感覚には敵わない。
「まぁ、それだけじゃないけどねー」
スッ、と。
暁の目つきが、目の色が、ほんの少しだけ変質する。
「薄着……もとい水着の女の子がたくさん見られるからね。天国みたいなところだよ」
「……あきらちゃん?」
「おっとっと、なんでもないよ。それよりどうしよっか。浮き輪とか、ボールとか持って来てる?」
「……つきにぃがいくつか持って来てた」
「ぶちょーさんも、ボールなら用意するって、言ってましたよ」
「そっかぁ。じゃあ部長たちのところに一回戻る……前に、もう少しだけ、ここで観察、じゃない。海に浮かんでよっか」
暁は仰向けに近い態勢を取って、器用に水面の上を滑っていく。
「はぅ、でもわたし、泳げません……これ以上ふかいところだと、足つかないですし……」
「私も……」
「……やっぱり一度、部長たちんところ戻ろうか」
「さーて、どうしようかしらね」
砂浜にビニールシートを敷き、パラソルを立てて、荷物を置く。とりあえず拠点は完成した。
「とりあえず、誰か一人はここで荷物番をしてなきゃいけないけど」
「なら俺がする。動きたくないからな」
「清々しいくらいに引き込もり丸出しの発言ね」
「まあ、霧島君は眼鏡があるから海に入りにくいよね」
「仕方ないわね。と言っても、私もまだ出る気はないんだけど。もう少しくつろいでから——」
「ぶちょー!」
と、沙弓が腰を下ろそうとしたとき、溌剌とした声が響いた。
「暁! 無事だったのね」
「え?」
「一人で海に飛び込んで帰ってこないから、海底に頭を打って溺れたのだとばかり……みんなでライフセーバーの人に助けを求めに行こうかって話をしてたのよ」
「えぇ!? そうなの!?」
「いや、そんな話はしてないよ……」
「部長、変に現実味のある嘘を吹き込むのはやめろ」
「なんだ、嘘か……」
「でもいきなり爆走して海に飛び込むのはやめてちょうだい。ちょっと、いやかなり、私たちも恥ずかしかったから」
「大事なのはそこなんだね……うん、ごめんなさい」
そんな茶番を繰り広げるうちに、はっと暁は思い出したように口を開く。
「そうだ部長、ボールとかない?」
「ボール? あぁ、いくつか持って来たわ」
「いくつか? そんなにいらんだろ、ボールなんて——」
「硬球と軟球、どっちがいいかしら」
「野球ボールかよ! 海になんてもん持って来てんだあんた!」
「残念、テニスボールよ」
「テニスボールは硬式軟式だろ!」
「霧島君も、そういう問題じゃないよね?」
ツッコミがおかしな方向に逸れる。脇で棒立ちになっている暁は、そもそも硬球と軟球の意味すら理解していないようだった。
「よく分かんないけど、ボールないの?」
「大丈夫よ。ちゃんと持って来てるから。何ポンドがいいかしら?」
「いい加減にしろ」
と、いよいよ収拾がつかなくなりそうだったので、そうなる前に沙弓の頭を殴って止める。手加減はしたので問題はないはずだ。
「はいはい。ちょっと待っててねー」
やっとまともに動く気になった沙弓は、自分の荷物の中から潰れたビーチボールを取り出すと、それを暁に手渡した。
「空気は自分たちで入れてね。それじゃあ、頑張って」
「えー、部長も一緒に遊ぼうよー」
「私は暑いから動きたくないわ」
「おい、さっきの台詞そのまま返すぞ」
彼女の言う、引きこもり丸出しの発言を、自分自身でしているのだから世話ない。
面倒くさそうな顔をして、動く気配を感じさせない沙弓だったが、暁も負けじと彼女の腕を引っ張る。
「そんなこと言わずにさー、行こうよー、遊ぼうよー。ゆずと恋も向こうで舞ってるんだからー。ねーねー」
「あーもう、腕引っ張るのはやめなさい、子供じゃないんだから……分かった分かった。仕方ないわね。ちょっとだけ付き合ってあげるから」
「ほんと? やった! じゃあはやくはやく!」
「わかった、わかったから! 引っ張るのやめて——」
暁に腕を引かれて、そのまま沙弓は砂浜の向こうへと消えてしまった。
- 番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり3」 ( No.418 )
- 日時: 2016/08/11 15:00
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「……面倒なのと、うるさいの。二人が同時に消えたな」
沙弓が暁に連れて行かれてしまうと、ぽつりと呟いて、浬はビニールシートの上に腰を下ろす。
女子たちがこぞって行ってしまったので、自分はここに残るしかなくなった。そもそも、それを望んでいたのだが。
さて、暇つぶしに持って来た本でも読もうか。しかし、浜辺とはいえここは海だ。それに、よく考えたら潮風で本が傷むのではないかと思い、どうしようか考え込んでいると、隣に誰かが腰掛ける。
一騎だった。
「……行かなくていいんですか?」
「うん。ここから見ておくよ。暁さんや卯月さんはいるけど、恋のことも心配だし。監視員、じゃないけどね」
「そうですか」
「本当は一緒にいた方がいいんだろうけどね。ほら、海だとナンパとかもあるし」
「……はっ」
「今の鼻での笑いは……?」
「いや、なんでも」
しかし過剰に心配することではないだろう。なんだかんだ彼女らはまだ中学生だし、ここからなら、彼女たちの姿も見える。だから一騎も、彼女たちには混じらず、ここにいるのだろう。
だが、それだけではないようだ。
「それに、霧島君とも、少し話をしておきたいなって思ってたんだ」
「俺と?」
「うん。ほら、東鷲宮と烏ヶ森って、実はあんまり交流がないじゃない? だからこそ今回の合同合宿が企画されたんだけど……それがなくても、もっと鷲宮の人たちと交流を持っておきたいと思ってたんだ」
「はぁ」
「それと、俺個人として、霧島君と話がしたいと思ってたし」
「……なんで俺なんですか?」
「特に理由はないよ。ただ、ほら、鷲宮に男の子って、霧島君しかいないからさ」
確かにその通りだが、だからなんだというのだろうか。気を遣っているのだろうか。しかしそれはいらぬ心配だ。
「女所帯に男一人ってのは、俺が一番自覚してますよ。別にもう気にしてないです。男みたいな奴と、気にするだけ無駄な奴がいますし」
「あぁ、いや、そんなつもりはないんだけどね。ただ、男同士、話したいこともあるってだけで」
「……?」
よく分からなかった。彼がなにを考えているのか、なにを狙っているのか、なにが目的なのか。
女だらけの団体の中に男一人。今日も一騎たちが来るまではそうだった。その気苦労に、気を遣っているのではないのか。
自然と疑るような視線を向けてしまう。それを見て、一騎は軽く笑う。
「前に卯月さんからちょっと聞いたけど、霧島君って、なんというか、目的をはっきりさせたがるんだね」
「部長から……どういうことですか?」
あの女は一体なにを吹き込んだのか、と今はいない彼女を恨みまがしく思いつつも、一騎の言葉を待つ。
彼はなにを言い、なにを伝えようとしているのか。
「えっとね、少し強い言葉になるんだけど、霧島君は「どんなことにも必ず意味があるし、行動することにはすべて意義を持たせなければならない」みたいな考えは、どう思う?」
「……まずは、前半と後半で区切りますね。まず前半ですが、無意味な物事はこの世界には存在します。薬にも毒にもならない、意味のないものだってあります」
「ふむ、成程ね。じゃあ、後半は?」
「極論だと思いつつも、基本理念は賛同できます。無意味なことをしても仕方ないですからね。人間に与えられた時間は有限なわけですし、無駄はできるだけ省きたい」
「……君は本当に中学生かい?」
抑えているようだが、一騎は小さく苦笑いを浮かべていた。それを見て浬は、溜息を吐きそうになる。
やってしまった。過剰に隠しているつもりはないが、自分の考え方が歳不相応なことは理解している。だから、今のようなことを言っても、マセたガキだ、と思われてしまうのだ。同級生に同じことを言っても、理解されないか、変な奴と後ろ指を指されるだけだろう。
実際、昔からそういうことはよくあった。小学生の頃から、なにを言っているのか分からない、難しい言葉ばかり使って気取っている、厨二病、エトセトラ——そんなことはよく言われたものだった。最近では、かなり抑えるようにして、できるだけ人前では出さないようにしていたのだが。
一騎からは、それと似た雰囲気を感じた。
だが、彼はすぐに柔和な表情に変わる。
「でも、そうやってしっかりと物事を考えられるのは、いいね」
「っ……」
返ってきた言葉は、今までにない、柔らかな言葉だった。
「中学一年生で、人間に与えられた時間は有限だ、だなんて、なかなか言えないよ。歳不相応ではあるけど、将来設計がしっかりしてる証拠だね」
「……そうですか」
「将来、なにかやりたいことでもあるのかな?」
「…………」
「あ、話が逸れちゃったね。さっきの質問はそういうことを言いたかったんじゃなくて、すべてのことに意味があるとは限らない、ってことだよ」
話を巻き戻す一騎。
しかしその言葉は、浬も肯定したことだ。
「俺も全部の物事に意味があるとは思ってませんけど。そう言いませんでしたか」
「そうだね、俺が言葉足らずだった。だからね、他の人によって引き起こされる物事でも、特に意味のないことはあるってことだよ。自分では無意味を生み出さないかもしれないけど、無意味なことを生み出す人もいるんだよ」
「あぁ……」
理解した。要するに、自分の考えが他人にも通じるとは思うな、ということなのだろう。恐らく。
「霧島君は、特に目的のないお話は嫌いかな?」
「まぁ……積極的にしたいとは思いませんね」
「しても意味がないから?」
「俺の考えだと、そういうことになりますか」
目的がないということは、その行為の結果に成果が伴わないということ。簡単に言えば、無駄だ。
無駄なものは嫌いだった。非合理的で非生産的。生きるうえで、そのようなものに価値を見いだせない。
徹底しているとは言い難いが、この考え方を曲げるつもりはなかった。生きるということは、如何にして無駄を省いていくことか、と思っているくらいだ。
しかし残念ながら、この考え方はあまり理解されない。例の部長に話した時も「完遂できないことを考える方が無駄よ」などと切り捨てられてしまった。
だから今も同じような答えが返ってくる。浬は、そう思っていたが、
「そういう考えも、否定はできないよね。せっかく色んな経験をしても、それが自分の力にならないのは、誰だって嫌だろうし」
一騎の言葉は、浬の予想とは違うものだった。
否定しない。理屈っぽくて、冷酷とさえ言われたことのある思考回路。それを、彼は拒絶しなかった。
そのうえで、彼は続ける。
「俺からしてみれば、如何にして無駄なものを有益に変えるか、ってことが肝要だと思うんだけどね」
「無駄なものを有益に変える……?」
「そう。一見すると無駄に見えること、実際にやってみても、やっぱり無駄だと思えたこと。そういうことはたくさんあると思うけど、その主体は自分なんだ。自分の行動次第では、得られる成果はどんな形にも変えられる……そうは思わない?」
「…………」
返す言葉もなかった、と言うと、まるで自分が論破されたように聞こえるが、そうは感じなかった。
最初に否定されなかったからなのか。それとも彼の物言いがそう感じさせるのか、分からないが、言いくるめられたという感覚はない。
むしろ、視野が広がったような気分だ。
「自分の経験を自分の身にするのは、自分だからね。自分の努力次第で、いくらでも変わるさ。どんなことでも、ね」
そう締め括る一騎。
彼の言葉が、胸の中にスッと浸透していく。
「って、なんだか説教みたいになっちゃった。ごめんね、変な話して。本当はこんな話するつもりなかったんだけど……退屈だった?」
「……いえ。そんなことは、ないですよ」
そう。そんなことはない。
自分の考え方が如何に狭かったかを教え込まれた。よく頭が固いと言われる浬だが、こんな風に、自分の考えを発展させ、昇華させられたのは、初めてだった。
お人好しで、温和で、周りに流されそうな人だと、どこか侮っていた。実際そうなのかもしれない。しかしそうだとしても、彼は自分よりも、数段上に、数歩前に立っている男だ。
ほんの少し話をしただけだが、それだけは分かった。
いや、好ましくない表現ではあるが、そう“感じた”。
「まあ、今のは俺の、っていうか元々は先輩の受け売りで、それを俺なりに考えた結果なんだけど——だから、あんまり気にしなくていいよ」
「いえ、身に染みました」
自分次第で、無駄なことでも有益に変えられる。
気づこうと思えばすぐに気付けたことかもしれないが、それを知ろうとも思わなかった自分は、視野が狭かった。
見聞と視野の広がり、そして自分への戒めを深く刻み込みつつ、その後も二人は会話を続けた。
- 番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり4」 ( No.419 )
- 日時: 2016/08/11 21:13
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
他愛もない、学校のこと、勉学のこと、趣味のこと、部活のこと——なんでもない話がしばらく続いたところで、四人が戻って来た。
「ふぅ、遊んだ遊んだ。海を満喫した気分だよ!」
「この子の体力はどうなってるのかしら……倒れそうなんだけど……」
「はひ……わたしも、です……」
「あきらについてくの、ちょっと、大変……ニートには辛い」
戻ってきた四人の中で、暁だけ満足そうに笑顔を見せていたが、残りの三人は一様に疲れ切っていた。遠くからちょいちょい眺めていたが、随分と彼女のに振り回されたようだ。
頭は弱いが、身体を動かすとなると、暁の能力も生かされるらしい。
三人の様子を見て、一騎が口を開く。
「疲れたなら、お昼にしない? 時間もいい頃合いだし」
「あぁ……もうそんな時間なのね」
「そういえば、お昼ってどうするんですか?」
「特に考えてないわ。食材は屋敷にあるって聞いてるけど……」
「えー。今から作る気にはなれないなぁ。ご飯食べたらまた遊びたいし」
「どこまで行く気だこいつは……」
どうやらまだ動くつもりらしい。普段は遊戯部でデュエマばかりしているから気付かなかったが、暁は思った以上に体育会系なのかもしれなかった。
「別にお昼ぐらいは俺が作ってもいいけど……」
「それはそれで魅力的な提案だけど、今から屋敷に戻るのも面倒だし、せっかく来たんだから、あそこで食べて行かない?」
と言って沙弓が指差したのは、砂浜にぽつんと立つ、壁が吹き抜けられた小屋。
いわゆる海の家だ。
「でも、人で混んでるんじゃないかな? 時間も時間だし」
「とりあえず行ってみてもいいんじゃないんですか? 混んでたらその時に考えましょう」
「無計画だな……」
しかし沙弓の言うこともある程度は賛同できる。
またも、特に異を唱える者がいなかったので、とりあえず一同は、海の家へと向かって行った。
やはり、思った通り海の家はかなり混雑しているようだった。
この炎天下もあるのだろうが、流石に列を作って並んで待つような人はいないが、それでもパッと見て、人でごった返していることがわかる。
とりあえず小屋の前までは来たものの、この混み具合を見て、入るかどうか悩んでいると、従業員らしき女性がこちらに気付いた。
「らっしゃい! 六名ですか? たぶん少し待ってもらうことになりますけど」
「どのくらい待ちますか?」
「んー? ちょっと待っててくださいねー」
と言うと、女性は店の方に顔を出して、誰かを呼ぶように声を張り上げる。
「おーい、リュウ坊!」
「ナガレだ」
すると、すぐさま一人の男が現れた。
男というより、少年だ。歳は暁たちよりも3、4歳ほど上だろうか。大人びているが、高校生ぐらいに見える。背は高めで、線は細いが、腕や胴を見ると、それなりに引き締まっているようだ。
眼はぼんやりとしているようで、虚空を感じさせる、たゆたうような雰囲気。それでもそこにいるという確固とした気配。とにかく、掴みどころのないような、不思議な少年だった。
そして、そんな彼に反応を示す者が、二人。
「っ……」
「あなたは……!」
「恋? 一騎さん? どうしたの?」
珍しいことに、二人は動揺しているようだった。恋は目を見開いており、一騎も震えている。
そして二人の視線の先には、少年がいた。
「? なんだ?」
「…………」
疑問符を浮かべている少年。恋はなにか言おうと口を開こうとして、すぐに閉じる。自分でも、なにを言えばいいのか、分からない様子だ。
そんな恋に代わって、一騎が前に出る。そして、少年に告げた。
「……お久し振りです。覚えてますか? 俺たちのこと」
「……? 誰だ?」
覚えていないらしい。
「えっと、五年前……に、なりますか。鳥羽田少学校の……」
「五年前……鳥羽田小……あぁ」
思い当たる節があったようで、少年は思い出したと言うように声を発する。
「あの時は、すまなかった」
「あ、謝らないでください。むしろ、こっちこそ、まだあの時のお礼を言ってなくて、申し訳ないです。あの時は、本当にありがとうございました……恋」
「ん……その……ありが、とう……」
「礼を言われることではないのだがな。結局、俺のしたことは、結果的にはなんの解決にもならない、無意味なことだったのだからな」
しかしその例は受け取っておく、と少年は言う。
三人の中で話が広がっていく中、遊戯部の面々、そして女性は置いて行かれていた。
「なに? なんのこと?」
「たぶん、恋の小学校の頃のことじゃないかなぁ……昔、上級生に助けてもらったことがあるって、一騎さんが言ってたような気がする」
「まぁなんでもいいが、リュウ坊。客を待たせるなよ。後ろが詰まったらどうする」
「ナガレだ。とりあえず中に入れ。ちょうどさっき、大人数の客が捌けたところだ。席は空いている」
それはちょうどよかった。
そのまま六人は、少年に促されるままに席につき、ランチタイムへと入る。
少年は、水瀬流と名乗った。今は高校二年生で、先ほどの女性従業員——というより、ここの店長らしい——とは浅からぬ付き合いで、地元ということもあり、夏になるとこの海の家を手伝っているそうだ。
六人が各々昼食を食べ終えたところで、流がやって来た。
「食い終わったか」
「あ、はい。美味しかったです」
「俺が作ったわけではないから世辞はいらんぞ」
「お世辞抜きでも、普通においしかったと思うけど……」
メニューは定番のやきそばやカレーやラーメンといったものだが、確かに味は良かった。特に、妙に盛られていたイカやワカメや魚の切り身などの海産物が絶品だ。
「ところで、ずっと気になってたのですけど……」
流が食器をトレイに乗せている最中、柚がおずおずと尋ねる。
「あの、向こうにあるのはいったい……?」
柚が指差す方向には、区切られたスペースができていた。そしてそこには幾人もの子供が集い、そして見覚えのある台があった。
「あれか。あれはデュエマスペースだ」
「なんで海の家にそんなものがあるのよ……」
「子供が遊ぶスペースだな。賑やかしにもなる」
「海に来てまでデュエマやってんなよ……」
至極もっともである。
さらに理由を付随するなら、店長の趣味らしい。正確には、店長の昔馴染みとデュエマを通じて交友が深かったから、思い入れがあるのだとか、その友人に集客効果が望めるようなことはないかと尋ねた結果だとか、色々あるようだが、どこまで本当で本気なのかは分からない。
「せっかくだ。お前たちもやっていくか?」
「え? いいんですか? でも、お仕事の邪魔になるんじゃ……」
「構わん。そもそも、あそこで子供の相手をすることが、本来の業務だからな」
「そうなんだ……」
彼と店長との間に、どのようなやり取りがあってそんな役目を任されているのか。
しかし通常時は普通に接客や、場合によっては厨房も任されているようなので、この海の家に関することなら、ほぼすべて手伝っているのだろう。
さて、そうなると、誰があのスペースを使うかになる。子供たちもいるので、使うなら一回にしておきたいが。
すると、恋が口を開いた。
「……あの」
「どうしたの、恋?」
「……私と、デュエマ、してほしい……」
珍しく、恋から名乗り出た。
それも彼女が視線を向けているのは、暁でも一騎でもなく、流だ。
「……俺とか?」
「うん……」
「……分かった」
少々意外そうな顔をしていたが、流れはゆっくりと頷く。
そして彼は、対戦スペースへと向かっていく。
「それにしても、恋から言い出すなんて珍しいね」
「……あの人とは、一度、ちゃんと話しておきたかったから……それに」
「それに?」
「あの頃の私は、もういないから……今の私は、今ここにいる私だから……」
「……そっか」
言葉足らずだが、彼女も流に対して、大きな恩義を感じている。そのことだけは、伝わってきた。
恋も流の後ろに付いて、対戦スペースへと移動する。そこでは、流が子供たちに囲まれていた。
「リュウー! オレとデュエマしようぜー!」
「なぁリュウ! この前のアレ、どうやんのかおしえてくれよー」
「リュウくん! デッキが上手く組めないんだけど、どうすればいい?」
「俺はナガレだ」
集る子供たちに対しても、その一言ですべて斬り捨てた。無情なのか面倒くさいだけだったのか。しかし子供たちは、そんな風にあしらわれてもまったく堪えていない。むしろ嬉しそうに、楽しそうに彼についていくばかりだ。
その光景だけで、彼は子供たちに慕われていることが分かった。
ただ同時に、海岸にはどのようなコミュニティが形成されているのか、少々疑問を感じたが。
「少し懐かしい客との対戦希望があるから、お前たちのことはまた後だ」
「本気のデュエマ? マジなデッキ使うの?」
「あぁ、そうだ」
「ってことは、リュウのアレみれるの? ネプなんとかっていうの!」
「出せればな」
「わぁ、リュウくんの本気のデュエマって久し振りだね。楽しみ」
と、子供たちも楽しそうに騒いで観戦に回る。
なんとなくアウェー感が漂う状態だが、そんなことを気にする恋ではない。デッキケースを握り締め、かつての恩人と相対する。
「……始めるか」
「うん……」
そうして、恋と流。二人の対戦が、始まった。
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