二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

75話 「ラストダンジョン」 ( No.259 )
日時: 2015/10/05 04:00
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 ラストダンジョン。
 その地がそのように呼ばれるようになったのは、つい最近のことだ。
 元々は、荘厳で立派な城がそこには立っていたのだろう。しかし今やその見る影はなくなり、完全に倒壊し、崩落している。
 城どころか、建物としての原型すらもとどめていない。そこにあるのは、ただの瓦礫の山だ。
 ただし、地下に続く道を除いては、だが。
「……暗いわね」
「コルル、火つけて明るくするとかできないの?」
「無理じゃなけど……ずっと燃やし続けるのは疲れるんだ。結構エネルギー消費するんだぞ」
「エリアス、お前はどうだ」
「錬金術の応用で、多少の灯は生成できますけど、やっぱりエネルギーが……」
「でも、このままだとなにも見えないし、お願いしたいところだね」
「しょうがないなぁ……」
「わかりました」
 暗闇に灯る、二つの光。
 それらが漆黒の世界を取り払う。
「……陰気くさいところね」
「地下なんてそんなものだろう。それよりも、ここに本当にクリーチャーがいるのか?」
「なにも、聞こえません……プルさんは、どうですか?」
「ルー……」
 どうやらなにも聞こえないようだ。
 クリーチャーとて生き物だ。そこには、人間のそれとは遥かに違えども、確かな生活がある。
 しかしここからは、それが微塵も感じられない。
「……だが、なにか感じるな。肌に伝わってくる。悍ましい気配が……」
「ドライゼがそう言うなら、そうなのかな?」
「なんにせよ、ここまで来たからには進むしかないだろう」
「そうね……こんなところまでつき合わせて悪いけど、もうちょっと、私に付き合ってもらえるかしら」
「とーぜんっ! 部長と一緒なら、どこまでも行けるよ!」
「あきらといっしょなら、どこまでもいける……」
 にこやかに返す暁と、こちらも揺らがない恋。
 浬や柚に目を向けても、同じようなことを言いそうな目をしていた。
(つくづく、私は部員に恵まれているわね……)
 そんなことを思いながら、沙弓は部の長として、最初の一歩を、踏み出した。



「……今までの場所も不気味だったけどさ、ここはもっと不気味だね……」
 ぽつりと、堪え切れなくなったように暁が言葉を漏らす。だが、確かにその通りだった。
 この場所が、地下という閉塞された空間であることも関係しているのだろう。空気が淀んでいて、息苦しい。暴食横町のような腐臭のような強烈さはないが、それでも鼻につくのは不快感を催す空気だ。ようなじわりじわりと精神をすり減らすかのようだ。
 さらに周囲を見渡せば、鉄格子の嵌められた部屋ばかり。
「……牢獄……」
「みたいだね。鎖とかも繋がってるし……ここは地下牢だったみたいだ」
「……随分と物騒なものも置いてあるな」
 浬が吐き捨てるように言う。
 その視線の先にあるのは、鉄の塊だった。
「なにあれ? 像?」
「女神さま、みたいです……」
「……アイアン・メイデン……わかりやすい、拷問器具……」
 拷問、という言葉を耳にした途端、暁と柚が竦みあがった。
「ご、ごーもんっ? な、なんでそんな、おっかないものが……?」
「ここがそういう場所だから、だろうね」
「他にも、それらしいものはいくつもある」
 まず、あちらこちらが血で染まっている。すべて黒く変色してしまっているが、そこには確かな、生命の源たる液体が流れた痕跡があった。
 無造作に転がっている鉈や鋸。人の背丈ほどもある木馬。壁にかかった棘のついた鞭。無数の針が飛び出した椅子。鉄でできた牛の彫像。巨大な車輪。なにに使うのか皆目見当のつかない金具の数々。
「……なにに使うんだろう、あれ」
「……いろいろ?」
 その色々の内容については、とても聞く気にはなれなかった。
 また沈黙が訪れる。黙々と歩を進め続ける一同は、やがてその足を止める。
「……扉があるな」
「ここまでずっと一本道でしたが……な、なにがあるんでしょう……?」
「開けてみるしかないわね」
 そう言って、なんの躊躇いもなく、沙弓は扉に手をかけた。
 どうせ引き下がるという選択肢はないのだ。ならば、いまはもう、進むしかない。
 そんな消去法のような考えで扉を開いたわけではないが、沙弓は前に進む。
 そこは、広間のようになっていた。天井は高く、ドーム状になっている。そこらじゅうに赤黒い液体がこびり付いており、鎖のような金具のようなものが散乱していることは、ここまで通った道とまるで変わらない。
 ただ決定的に違う点は、一つ。
 広間の中央に鎮座する、巨大な龍の存在だ。
「こいつが、邪淫の大罪龍……」
 その龍は、肌で感じるほどに、禍々しい空気を纏っていた。
 下半身は骨の姿だが、龍の頭のようで、さらにその凶悪さを物語っている。
「……まさか、獲物の方から来るとは思わなんだ……ちょうど、退屈してたところだ……」
 龍は、ゆっくりと動き出す。
「……いい匂いだ。女が……一、二、三……七か。いいぞ、我が渇望の証がそそり立つぞ……!」
 そして——爆ぜた。
「っ! なに!?」
「わ、はわ……っ!」
「……っ」
 龍の内から、霊魂のようなものが大量に飛び出す。ドーム状の部屋を縦横無尽に駆け巡るそれは、こちらへと狙いを定めると、狂気の笑い声を上げながら襲い掛かる。
「う……っ!?」
「暁! 大丈夫か!?」
「う、うぅ……」
 霊魂が通り過ぎた暁の身体が、崩れ落ちる。呼気を荒くして、力も抜けてしまったのか、その場にへたり込んだ。
「あきら……こいつ……っ」
「恋! 後ろ!」
 キュプリスが叫ぶ。しかし、暁に意識が向いた恋には、その言葉は手遅れ過ぎた。
 彼女の背から、霊魂が通過する。
「ん……っ」
 暁同様に、恋もその場に倒れ込んだ。
「なんなの、これは……!」
「分からん! だが、あいつがなにかやらかしていることは確かだ!」
 襲い来る霊魂を、ドライゼが銃撃で牽制する。
 見れば、浬や柚も、同じように地に伏していた。クリーチャーたちも同様だ
 もはや残っているのは、沙弓とドライゼしかいない。

「我が名は《渇望の悪魔龍 アスモシス》! 俺の居城へと入り込んだ雌犬ども、俺の渇望を満たす糧となるがいい!」

 龍——アスモシスは、高らかに叫ぶ。
 そして、それと同時に、霊魂の動きが止まった。
「……ん?」
 しかしそれは、アスモシスが止めたわけではないようだった。
 部屋の隅、最も扉に近い位置にいたその人物が、視界に入る。
「はぁ、はぁ……久々に力を使うと、やっぱり上手く行かないね……!」
「リュン……!」
 息を荒げながら、リュンは右手を突き出し、左手でその右腕を掴んでいる。
 傍から見れば、なんとも痛々しい光景に見えるかもしれない。だが、その掌からは、確かな力の流動を感じる。
「沙弓さん! 早くそのクリーチャーを神話空間に引きずり込むんだ! 僕の“これ”も、長くは続かない! その間に、神話空間のデュエルで倒すんだ!」
 リュンは叫ぶ。そこに、いつもの余裕はない。酷く、必死な形相だ。
「……台詞がベタベタね」
 しかし、彼の言うことはもっともだ。
 アスモシスがなにをする気なのかは、まだ分からない。
 だが、
「可愛い部員にこんなことされたら、黙ってられないわ……!」
 なぜなら、自分は部長なのだから。
 部員が危機に晒されている中、それを助けないわけにはいかなかった。
「ドライゼ! 準備はいい?」
「当然だ」
 二つ返事で、声が返ってくる。頼もしい限りだった。
 アスモシスは困惑している。己が操る霊魂が動かないことが、いまだ彼の理解の処理を遅らせていた。
 今が、好機だ。
「皆、待ってて。必ず助けるから——!」
 倒れた部員たちの姿を後ろ目に、沙弓は己のデッキに手をかける。
 そして、歪む空間へと進む。

 邪淫の罪に塗れた、神話空間へと——

75話 「ラストダンジョン」 ( No.260 )
日時: 2015/10/05 04:43
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

「——あの妙な男、なにをしたか知らんが、どうやら邪魔をされたようだな……まあいい。俺が直接手をかけて味わうのも、悪くない。むしろ最高にそそる」
「どうでもいいわ。うちの可愛い後輩たちに変なことしたら、許さないわよ」
「許さない? なにを言うかと思えば、笑わせる。今に貴様が、俺に許しを請うことになる。そうなるまで、たっぷりと弄んでやろう」
 卑しい視線を向けながら、アスモシスは舌なめずりする。非常に不愉快な声と仕草だ。
「……ところで、あの子たちにはなにをしたの?」
「なに、少し眠って貰っただけだ。命の根源にあるものは魂。その魂を鎮めただけよ」
 肉体を失った悪霊を鎮めて悪行を封じるように、生きた肉体であっても、魂を鎮めることで力を抑え込むことができる。
 つまるところは、皆は昏睡状態にあるというだけだ。恐らく、命に別状はない。
「まあ、貴様と遊んだ後、順番に一人ずつやっていくだけだがな。男の方は、どうでもいいが。だが今回の女は上等だ。今までに見たどのクリーチャーとも違う質感……脆そうだが、新たに感じられる感覚、想像するだけでそそる……そそり立つぞ……! 特に、あの小さな娘、小柄でありながらも、肉がよくついて——」
「黙って。あなたの下品な声で、後輩を語られるのは虫唾が走るわ」
 そう吐き捨てる沙弓と、アスモシスのデュエル。
 沙弓の場には、まだなにもない。対するアスモシスは《オタカラ・アッタカラ》を出し、沙弓以上に墓地を溜めている。
「でも、こっちもそろそろ動かないとね。呪文《超次元リバイヴ・ホール》! 墓地から《ドライゼ》を回収。そして、超次元ゾーンから《時空の斬将オルゼキア》をバトルゾーンへ!」



時空の斬将オルゼキア 闇文明 (7)
サイキック・クリーチャー:デーモン・コマンド 6000
W・ブレイカー
覚醒—ターン中、自分のデーモン・コマンドが破壊されていれば、そのターンの終わりにこのクリーチャーをコストの大きいほうに裏返す。



 超次元の門が開かれ、時空を越えた力を手に入れた《オルゼキア》が現れる。
(とはいえ、覚醒はしばらくお預けね)
 覚醒しなければ、この《オルゼキア》は少し打点が高いだけのただの準バニラ。
 相手もあまり動いていないので、この段階で出したいサイキック・クリーチャーがいなかったので、とりあえず出しただけだ。すぐに破壊できるようなデーモン・コマンドは、今の沙弓の手にはない。
 だが、返しのアスモシスのターン。
「《オタカラ・アッタカラ》を進化! 《悪魔龍王 ロックダウン!》」
 宝物を隠す悪夢のぬいぐるみは、悪魔龍王へと進化する。
「《ロックダウン》の能力発動だ! 《オルゼキア》を破壊!」
 《オルゼキア》は《ロックダウン》の能力により、パワーをゼロにされ、破壊される。
「でも、私のコスト4以上の闇のクリーチャーが破壊されたから、《月影の語り手 ドライゼ》をバトルゾーンに出すわ! 手札を一枚墓地へ!」
「だからどうした! そのまま《ロックダウン》で攻撃! Wブレイクだ!」
「っ……!」
 荒々しく《ロックダウン》の攻撃が、沙弓のシールドを破壊する。
 砕かれたシールドの破片は、沙弓の身を刻む凶器となる。特殊な繊維で縫製され、シールドの破片程度では切れないはずの衣服すらも切り裂き、彼女の肌を、肉を、抉り取る。
「う、く……っ!」
「沙弓! 大丈夫か!?」
「問題ないわ、このくらいなら、まだ……」
 服は多少破れた程度。身体も、至る所から血が流れているが、どれも傷は浅い。
 だが、その姿を見るアスモシスの顔は、下劣で、下品で、淫らに歪んでいた。
「いいぞ、その姿……そそるぞ。線は細いが、なかなか女らしい身体をしているではないか……!」
「てめぇ、俺の女を変な眼で見てんじゃねぇぞ……!」
「あなたの女になったつもりはないけども、確かにちょっと嫌な眼ね」
 沙弓は自分の体——衣服を見つつ、アスモシスに視線を移す。
 その懐疑的な眼差しになにかを察したのか、アスモシスは口の端をつり上げた。
「そうだ。俺の欲望が、俺の情欲が、俺の渇望が、俺に力を与える! 俺がお前を“犯そう”と思い続ける限り、劣情を抱き続ける限り、その渇望が勝る限り、お前がどのような鎧に身を包もうとも、俺の前では意味をなさない!」
 呼気荒く、下劣な情を隠そうともしないほどに興奮したように、アスモシスは叫ぶ。
 その姿は欲情を渇望した獣。邪淫を司る悪魔そのものだ。
「……要するに、ウルカの作ったこの服も、あの発情龍相手じゃただの布きれってことね」
 その邪淫の対象にされている沙弓はというと、思いの外冷めていた。まともに取り合っても仕方ない。それに、感情的になって冷静さを欠いたら、それはプレイングに影響を及ぼす。
 ゆえに沙弓はつとめて冷静に振る舞う。確実な勝利を得るためには、それが最も有効な手なのだから。
 後輩を、大切な部員たちを助けるには、必ず勝たなくてはいけない。そのためには、下手に熱くなってはいけないと、自分を律する。
 ——だが、
「ふざけんなよてめぇ……!」
 沙弓の場に存在する唯一のクリーチャー、《ドライゼ》は、既に銃を抜き、怒りを露わにしていた。
「ふざけてなどいない。俺は俺の渇望のまま、その衝動に従っているだけだ……それが俺の存在理由であり、生きる意味、目的——大罪の龍である証明だ」
 確かに、アスモシスはふざけているようには見えない。
 ただただ、己の欲望——渇望に身を委ねているようだ。
「おまえ程度の雑魚に、俺の渇望を止められるものか! お前の女とやらは、俺の渇望のままに犯され、壊され、そして死ぬだけだ」
「……言ってろ。俺はもう、“あの時の過ち”は繰り返さねぇ」
 ドライゼは銃のトリガーに手をかけたまま、語る。
 語り手として、語り出す。
「俺は主を絶対に守らなきゃいけねぇんだよ。この命に代えてもな……!」
 彼は、いつかリュウセイとの戦いで見せたような——いや、それ以上に厳しく、険しく、そして脅迫的なまでの強い決意を持った眼で、なにかを見ている。
 それは、アスモシスではない。
 沙弓でもない。
 遠く遠く、もうこの世界にはいない、最愛の人のように、遠くを見つめている。
 その人のためならば、自らの命など惜しくはないとでも言うように。
 それが、彼の贖罪であるかのように。
 ドライゼは、アスモシスから沙弓を守るべく、立ちふさがる。
「ドライゼ……」
 ふと。
 沙弓の脳裏に、焼き付いた声が蘇る。
 かつてのイメージが、フラッシュバックする。
 いつかの、短く長い、狭くも広い、闇の世界の記憶が——



 ——生きろ——

 ——もうダメだよ——

 ——私たちの分も、生きて——

 ——みんな……死んじゃうんだ——



「俺は、主を——沙弓を守るためなら、喜んで死のう」
 それが俺の望みだ、と。
 ドライゼは己の決意を締めくくった。
 それは強固な意志。
 彼が思い続けた彼の使命。
 かつては成し遂げられなかった忠義。
「あぁ……そう」
 主のためには命すらも捨てる覚悟のドライゼ。
「だったら——」
 その、彼の覚悟は——



「——勝手に死んでなさい」



 ——拒絶された。

 そして、刹那。

 《ドライゼ》の身が——爆ぜた。

75話 「ラストダンジョン」 ( No.261 )
日時: 2015/10/06 23:03
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

「な……っ!」
 《ドライゼ》の身体が、爆散する。
 信じれらないと言うように目を見開き、彼は今の主へと、視線を彷徨わせる。
 だが彼女は、爆ぜたクリーチャーのことなど見てはいなかった。
「《特攻人形ジェニー》を二体召喚。そして、《ジェニー》二体と《ドライゼ》を破壊。それをコストに、《煉獄の悪魔龍 フォーエバー・オカルト》を召喚!」
 沙弓は自壊能力持ちのクリーチャーを破壊せず場に残し、場に出た三体を破壊した。
 そして、リュウセイの新たな姿、《フォーエバー・オカルト》を召喚するが、ドライゼはそのプレイングを非難する。
「なぜだ沙弓! お前の手札には《リバイヴ・ホール》がある! それで《ブラック・ガンヴィート》を出せば、《ロックダウン》を破壊できたはずだ!」
「うるさいわね、死んだ奴は黙ってなさい」
 ドライゼの抗議も、沙弓は聞く耳持たず、一蹴する。
 しかしドライゼの言い分ももっともだ。ここでわざわざドライゼと手札の《ジェニー》二体を捨てて《フォーエバー・オカルト》を出す必要性は薄い。それならば、《ドライゼ》を残しつつ《ブラック・ガンヴィート》を呼んで、《ロックダウン》を破壊する方がよっぽどアドバンテージを取れる。
 だが、沙弓はそうはしなかった。
 それは打算的な戦術ではなく、どこか感情的なプレイングに見えた。
「さあ、リュウセイ。あの死にたがりの代わりに頼むわよ」
『っ、あ、あぁ……』
 さしものリュウセイも、ドライゼを切り捨てた沙弓の行動は理解できないようで、戸惑っている。
「俺のターン! 《ブラッディ・メアリー》と《ハサミ怪人 チョキラビ》を召喚! 《ロックダウン》でWブレイク!」
「っ、くぅ……!」
 再び、《ロックダウン》が沙弓のシールドを砕く。飛び散る破片は邪淫の刃となり、沙弓の身体を刻んでいく。
「いいぞ、お前のその姿……ズタズタに裂かれた衣! 露わになった肌! そこから流れ出る紅の血! 欲情をそそられるぞ……!」
「う……」
 アスモシスはギラギラとした情欲の眼差しを沙弓に向ける。そのあまりに下劣な眼光に、沙弓も一歩後ずさった。
 しかし今の沙弓は、確かに服もボロボロでかなり肌が露出しており、扇状的な格好ではある。
 だがそれと同様にいたるところから血が流れているため、猟奇趣味でもない限り、とても欲情できそうな姿をしているとは言い難いだろう。
「……私のターン。《崩壊の悪魔龍 クラクランプ》を召喚。《フォーエバー・オカルト》で《ロックダウン》を攻撃!」
 《フォーエバー・オカルト》が吠え、《ロックダウン》へと肉薄する。
 同時のその咆哮が、死者の眠りを妨げる。
「《フォーエバー・オカルト》は攻撃する時、墓地からクリーチャーを一体、手札に戻せる……《ホネンビー》を手札に加えるわ」
『死者よ、戻ってこい! カムバック!』



煉獄の悪魔龍 フォーエバー・オカルト 闇文明 (8)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 9000
コストを支払うかわりに自分のクリーチャーを3体破壊して、このクリーチャーを召喚してもよい。
このクリーチャーが攻撃する時、クリーチャーを1体、自分の墓地から手札に戻す。
W・ブレイカー



 死者を呼び戻す《フォーエバー・オカルト》。墓地に沈んだクリーチャーをサルベージする能力は、本人のもう一つの召喚コストとも相まって、強力な能力だ。
 しかし、彼もまた、沙弓の指示に従うしかない。本来ならば共に戦う盟友を、自らの糧となった戦友を呼び戻したいが、主がそれを許さなかった。
「《ブラッディ・メアリー》でブロック! そして、俺のファンキー・ナイトメアが破壊されたことで、《チョキラビ》の能力発動。カードをドローだ」
 墓地からクリーチャーは回収できたが、《ロックダウン》は破壊し損ねてしまった。
 しかし沙弓はスレイヤーかつブロッカーの《クラクランプ》で牽制している。相手も、そう易々と殴っては来れないだろう。
「《旧知との遭遇》を唱える。墓地から《ブラッディ・メアリー》二体を回収し、そのまま召喚。ターンエンドだ」
「私のターン」
 カードを引き、手札を眺め、沙弓は考える。
(こっちはシールド残り一枚で、守りが薄い……でも、相手は手札が切れてるから、このまま凌げればジリ貧にできる。ここは、守りを固めましょうか)
 そう考え、沙弓は手札のカードを切る。
「《白骨の守護者ホネンビー》を召喚。能力で山札の上から三枚を墓地に送って、墓地の《ホネンビー》を回収。そして、回収した《ホネンビー》を召喚。さらに墓地から三体目の《ホネンビー》を回収して、ターン終了」
 ブロッカーで守備を固める沙弓。相手の手札は枯れており、こちらはシールドブレイクでそれなりに増えている。ハンドアドバンテージでは差を広げられているので、取れる選択肢も、カードプレイの質も、こちらが上だ。
 防戦気味になってしまったが、ここを乗り切れば増えたカードで除去を放ち、クリーチャーを並べ、少しずつこちらが優勢になっていくはず。ここが正念場、ここさえ乗り切れれば、巻き返しを図ることができるはずだ。
 そう、沙弓は算段を立てていたが。
 その計画は、果てしない渇望の罪によって、容易に崩れ去った。
「……さぁ、いよいよだ。奮い立つぞ、そそり立つぞ……我が身が、我が心が! 邪悪で淫靡な、色香と肉体への欲望! ここはまだ絶頂に至る道程、慌てる時ではない。しかし、果てしない渇望が、この身と心の内で暴れ回るのだ!」
 そして、邪淫を司り、渇望する悪魔龍は、衝動のままに突き動かされる。

「俺の渇望を解き放て——《渇望の悪魔龍 アスモシス》!」

75話 「ラストダンジョン」 ( No.262 )
日時: 2015/10/23 03:09
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

(…………)
 暗い闇の墓場。
 今まで幾度と訪れた場所であり、クリーチャーなら避けては通れる道。ましてや自分は闇文明のクリーチャー、むしろこの場がフィールドとさえ言える。
 しかし今は、酷く冷たい。
 いつも以上に、その闇は深い。
 暗闇すらも見通せるはずの目は、真っ暗に曇っている。
 その中で、ドライゼはただ一人、佇んでいた。
(俺は……なにをしていたんだろうな)
 なぜ、自分は今、こんなところにいるのか。
 一度はこの穴蔵の外に出て、戦場に立っていたはずだ。
 それなのに、いつの間にかこの場に戻ってきてしまった。
 自分の、せいなのか。
(沙弓を、怒らせたのか……?)
 自分をこの場所へと叩き落した時の彼女。
 盟友を呼び出すために、自分を生贄とした。
 その姿は、憤りを感じさせるものでった、ように思える。
 しかし激情から来るものではない。どころか、悲哀さすら感じられた。
 いや、寂寥というべきだろうか。
 なんにせよ、この場へと落とされた自分は、ただ考えることしかできない。
 確かめることすら、でき得ない。
(……俺は、どうしたらいいんだ……)
 自分の覚悟を、拒絶された。
 あの時、己が犯した過ち。やり切れない罪。
 その贖いのように抱き、己に契った覚悟。
 それは、彼女の前では拒絶された。
 自分の覚悟は間違っていたのか。
 “彼女”を救いきれなかった自分に誓った忠義は、不義なのか。
 分からない。
 なにもかもが。
(どうすれば、俺はあんたに相応しい“影”になれるんだ……なあ、教えてくれよ……アルテミス——)
 力なく、語り手は呟く。
 月光すらも届かない、墓地の底で——



渇望の悪魔龍 アスモシス 闇文明 (8)
クリーチャー:デーモン・コマンド・ドラゴン 9000
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分の他のクリーチャーを好きな数、破壊してもよい。こうして破壊したクリーチャー1体につき、相手は自身の手札を1枚選び、捨てる。
このクリーチャーまたは自分の他のクリーチャーが破壊された時、相手は自身のクリーチャーを1体選び、破壊する。
W・ブレイカー



 血染めのように赤い龍の頭蓋、蝙蝠のような黒い翼、下半身は凶悪な悪魔の姿を成す大罪の龍。
 多くの死霊を従え、その龍は——邪淫を渇望する大罪の一角、《渇望の悪魔龍 アスモシス》は顕現する。
 《アスモシス》は場に現れると、口の端を卑しく吊り上げ、下賤な笑みを浮かべる。
『俺の能力で、《ロックダウン》《チョキラビ》、そして《ブラッディ・メアリー》二体を破壊!』
 突如、《アスモシス》は、自らのクリーチャーに手をかけた。
 《ロックダウン》と《チョキラビ》は粗雑に、その魂をただ喰らうだけ。
 だが、二体の《ブラッディ・メアリー》は違った。
『《メアリー》どもはもう何度も犯ってるから少し飽きたが……メインディッシュを喰う前の、前菜程度にはなるか』
 そう言って、《アスモシス》は《ブラッディ・メアリー》たちに近づいていく。
 そして、彼女たちを——犯す。
 鈍く怪しく光る鎖で縛り、締め付け、縊る。肉が骨が、軋む音が響く。
 衣と皮を剥ぎ取り、赤く染まる身体を晒す。その身を、壊れんほどの力で愛撫する。
 か弱い悲鳴が、小さく漏れる。その悲鳴すらも楽しみ、その手で彼女たちの聖域を貫く。
 淫らな赤紫色に変色した、太く、鋭く、巨大な爪で、抉るように彼女たちの中身をかき回す。
 血肉に混じった快楽を溢れさせ、痛みに伴う悦楽を垂れ流し、《アスモシス》は彼女たちを、死の絶頂まで弄ぶ。
 それが当然の行いであるかのように、残酷なまでに淡々と、醜悪なまでに淫乱に、《アスモシス》は少女たちを、己の邪淫の罪で犯す。
「う……んぅ……」
 沙弓は思わず口元を押さえ、目を逸らす。これ以上直視していたら、喉元までこみ上げてきたものがすべて出てきてしまっていた。それほどに、この惨劇は見るに耐えない。
 たかだがクリーチャーといえど、少女のような姿をしているのだ。彼女たちにも意志はある。尊厳もある。
 それを、《アスモシス》はいとも簡単に踏み躙った。
 自らの渇望のために。
 彼女たちの受けた痛み、苦しみ、辱め——種族は違えど同じ女、沙弓はそれを少なからず感じ取った。
「……酷い、わね……」
 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。
 《ブラッディ・メアリー》たちは、《アスモシス》の渇望の餌にされている。
 そうして最後に訪れるのは、凄惨なる死。
 身体中が、その外面も内面もが、刻まれ、潰され、荒らされ、犯され、すべてを壊され、死んでいく。
 痛み、苦しみ、死すらも楽しむファンキー・ナイトメア。《ブラッディ・メアリー》は最上の苦痛と愉悦を感じながら、羞恥と絶望の果てに死んでいった。
 そして、渇望を満たした彼は、大罪の力を解き放つ。
『まだ、終わらないぞ……俺が破壊したクリーチャーの数だけ、お前の手札を墓地へ!』
「っ……!」
 次の瞬間、沙弓の手札がすべて、死した魂によって食い荒らされ、墓地へと落とされる。
 さらに、《アスモシス》の渇望は続く。
 未来すらも黒く染め上げるかの如く、明日という時にすらも死をもたらすかのように、その渇望は果てることがなかった。
『俺のもう一つの能力で、俺のクリーチャーが破壊されるたびに、お前は自分のクリーチャーを選んで破壊する!』
 《アスモシス》が破壊したクリーチャーは四体。
 よって沙弓は、《フォーエバー・オカルト》《クラクランプ》、そして《ホネンビー》二体——すべてのクリーチャーの命を差し出さなければいけない。
 次の瞬間、沙弓のクリーチャーがすべて死滅した。
『グ……フフフ、ヒャハハハハハッ! これだ、これが俺の望む渇望だ! いいぞ、俺の渇望は順調に満たされている……次はお前の番だ、小娘』
「……っ」
『お前には、《メアリー》ども以上のモンをくれてやる……だから、奴らよりも俺を悦しませてくれよな……!』
 《アスモシス》は、悦には入ったように、沙弓を見つめ、求めるように語り出す。
『あぁ、待ちきれない、想像するだけでそそる……苦痛と羞恥に歪むその顔、肉と骨と血が彩る身体、激痛と快楽が奏でる悲鳴、そして、お前自身の——感触』
 ぞわり。
 と、《アスモシス》の撫でるような、舐めるような、淫らな眼に、沙弓の身体が思わず震え上がる。
 彼女も、《アスモシス》同様に、想像してしまったのだ。
 自分が目の前の龍に犯される姿を。
『楽しみでしかたねぇ……あぁ、あぁ! さぁ早くしろ、早くその身を俺に捧げろ! 俺の渇望を満たさせろ! さぁ、早く! 早く早く早く早く早くだあぁぁぁぁぁぁぁ!』
「っ、あ、く……」
 その罪は最高潮にまで達していた。あまりにも強すぎる渇望。その邪淫が自分に向けられる恐怖。
 沙弓は、思わず声が出なかった。
 だがそれでも対戦は続く。否応なしに、沙弓はカードを引かなければならない。
「……呪文《パニッシュ・チャージャー》……手札を一枚、捨てて……」
 手札もクリーチャーも失った沙弓ができることはそれだけだった。《アスモシス》は《チョキラビ》の能力で手札が増えており、《パニッシュ・チャージャー》一枚では効果が薄い。
『アァ、アァ。今すぐにでもお前の身体を、魂を悦しみたいが、まだ慌てる時じゃない……少しずつ、少しずつ、犯してやる……!』
 ギラギラとした邪淫の眼光で、《アスモシス》は沙弓を視る。
 そして、彼女の身体を、少しずつ蝕み、壊し、犯しにかかる。
『俺のターン……《壊滅の悪魔龍 カナシミドミノ》《爆弾魔 タイガマイト》を召喚……そして』
 カッ、と《アスモシス》の眼が見開かれる。
 飢え渇く亡者が獲物を見つけたかのように。
『遂に、遂に遂に遂に来たぞ! お前の身体を直で喰らい、味わい、楽しむこの時が……アァ、アァ! その邪魔な盾を今すぐ打ち砕き、衣も皮もすべて剥ぎ取り、血肉を食し、骨まで貪り尽くし、柔肌を抉り、女という貴様を破壊するこの時を、俺は待ち望んでいた!』
 その姿は、もはやただのけだものだった。
 餌を見つけ、本能のままにすべてを喰らい尽くす、下劣な欲望の塊。
 しかしその邪淫の強さは比類ないほどに膨れ上がっている。
 そして今もなお、その強さは増すばかりだ。
『姫はじめはまだか? 男の味は知っているか? 抱かれた経験はないか? それならば、なおのことそそる……痛みを知らぬ生娘を貫く快感は、至上の悦楽だ。さぁ、俺を楽しませろ、小娘!』
 興奮しきった《アスモシス》は、下劣に言葉を並べ立てる。
『もうすぐ、その身体を喰らってやる! 《アスモシス》でシールドをブレイクだ!』
「うぐ……っ!」
 ジャラジャラと不気味な音を響かせながら、《アスモシス》の鎖が最後のシールドを砕く。
 その破片が飛び、いよいよもって沙弓の身はズタズタのボロボロだった。服はボロ雑巾のような布きれ以下のなにかに変り果て、身体のいたるところから噴き出る血によって深紅に染まっている。
 さらに、足元になにか、悍ましい気配を感じた。なにかに纏わりつかれている、気味の悪い感触が伝わってくる。
 見れば沙弓の片足に、鎖が巻き付いている。確認するまでもない、《アスモシス》へと繋がっている、奴の身体の一部だ。
「……っ!」
 反射的に足を引くが、巻き付いたそれは離れない。
『貴様は予約済みだ。俺の相手をするその時を楽しみにしていろ』
「勝手に、私の予定を狂わせないでくれるかしらね……S・トリガー発動よ」
 今にも襲い掛かってきそうな《アスモシス》に怯えながらも、沙弓は気丈に振舞う。砕かれたシールドも、光の束となって収束し、沙弓の前で顕現する。
「《地獄門デス・ゲート》! 《カナシミドミノ》を破壊して、《クラクランプ》をバトルゾーンに!」
 地獄の門扉が開かれ、そこから伸びる魔手が《カナシミドミノ》を引きずり込む。
 そして、その命を糧として、《クラクランプ》が蘇る。
『ここまで犯されても、まだ抗うか……だがそれもいいだろう。痛苦と恥辱に塗れても、誇りを失わずに足掻き続ける女もまた、そそる……気丈に振舞った娘が壊れる瞬間の快楽、それもまた渇望を満たす最高の悦びよ! 生娘の聖域を侵した刹那に見せる、絶望に歪んだ表情! 禁断に踏み込むかの如き、懺悔の嗚咽! 想像するだけで奮い立つ……この身が熱くなる、鼓動が高鳴る、衝動が駆け巡る! 貴様の身を欲すると、俺の身体が疼く! 最後には、貴様は俺の身へ委ねるのだ……その時まで精々足掻け。そして、俺を愉しませろ……!』
 興奮を超えて、半狂乱状態になったかのように、叫び散らす《アスモシス》。
 もはやその眼は、沙弓しか見ていない。それも、己が喰らう、その姿しか。
 全身を駆け回る激痛。向けられ続ける邪淫の視線。そして、この圧倒的に劣悪な状況。
 あらゆる要素が沙弓に襲い掛かり、彼女の精神を摩耗させる。
『貴様だけではない。貴様の身体と魂を愉しみ、そして貴様の仲間も、すべて喰らい尽くしてやる……なに、案ずるな。すぐに殺しはしない。その身を快楽の海に沈め、ゆっくり、ゆっくりと……』
 死へと近づけていくだけだ。
「ひ……っ!」
 小さな悲鳴が漏れる。
 終わりだった。
 完全に、沙弓の心が、邪淫に蝕まれた。
 今、この時、沙弓は感じてしまった。
 この先に訪れる、ゆっくりと迫り来る。

 死を。

「わ、私の、ターン……」
 震える手で、彼女は弱々しくカードを引く。
(《ウラミハデス》……これで、墓地のクリーチャーを釣り上げれば……)
 しかし、同時に別の考えが頭をよぎる。
(でも、なにを出せばいいの……?)
 この状況の最善手はなにか、沙弓は思考を巡らせる。
 だが、全身を駆け巡る痛苦と、淫らな視線を向けられ続ける羞恥、敗北の先に待っているであろう屈辱。そして、少しずつこちらに歩み寄ってくる、静かで暴虐な、『死』。
 それをを考えてしまうと、思考がまとまらない。恐怖が頭の中で混乱を招く。混沌とした世界を生み出す。
 なにが最適で、最善なのか、判断できない。
「どうすれば……」
 皆を助けたい。そのためには、勝たなくてはならない。
 なのに、そのための方法が、分からない。
 なにもかもが、闇と邪淫に飲まれてしまう。
 仲間も、自分自身さえも、すべてが。
 邪淫を渇望する、暗黒世界に——

75話 「ラストダンジョン」 ( No.263 )
日時: 2015/10/08 23:40
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)

 俺はなにをしているんだ。
 と、ドライゼは自分を叱咤する。
 今、主人はなにをしている。
 戦っている。それも、一人で。
 そして今、危機に瀕している。
 一歩踏み外せば、闇へと堕ちてしまいそうなほどに、危うい。

 ——あの時と、同じだ。

 主が死の淵に追いやられ、そして、自分の力は及ばなかった。
 自分は、あの時と同じ過ちを繰り返してはいけないと、固く誓ったはずだ。
 拒絶されようと、地の底に叩き落されようと、それだけは忘れない。そして、遂げなければならない。
 死んでも構わない。それが正しいのかは、分からない。
 だが、そんなことを気にして、悩んで、迷っている暇はない。
 本当に救いたいなら、もう二度と主を失いたくないのなら。
 迷うな、躊躇うな。
 あの時と同じではいけないのだ。
 あの時と同じ悲劇を繰り返してはいけないのだ。
 今度こそ、主を守り抜く。そして救いきる。
 そう決心した語り手は、暗闇を進む。
 地の底から、這い出るように——



「——沙弓!」
「っ……!」
 突如、叫ぶような声が聞こえる。
 場からではない。手札からでもない。もっと下の、深いところ——墓地から。
 一体のクリーチャーが、顔を出していた。
「ドライゼ……」
「恐れるな。恐怖は奴らの餌だ。恐怖に飲まれるということは、奴らに飲まれるということだ。奴らに飲まれたら、お前の後輩とやらは、助けられないぞ!」
 分かっている。そんなことは、言われるまでもなく理解している。
 だが、頭で理解できていても、もうダメなのだ。
 身体に、恐怖を刻み込まれてしまった。渇望という邪淫の大罪を、この身に染み込まされてしまった。
 もはや、恐怖に支配された身体は動かない。
 動くことが、できない。
 しかし、
「お前には!」
 それでもなお、ドライゼは叫ぶ。
 己が主人のために、叫び続ける。
 そして自分の、証明のために。
「お前には、俺が……俺たちがいるだろう!?」
「あなた、たちが……?」
 ふと、目を落とす。
 手札にあるカード。今の状況を切り抜けるためには、必要不可欠なパーツ。
 墓地にあるカード。自分の戦略を組み立てる上では、切り離させない場所。
 山札にあるカード。これから先に待つ未来の展開を左右する、運命的領域。
(あぁ……そっか)
 これらはすべて、自分の仲間だったのか。
 いや、それだけではない。
(あの子たちは、私の大切な部員たちで、後輩たち……私は遊戯部の部長。だから、皆を助けなくちゃいけない。そう、思ってた)
 それは間違いではない。
 しかしそれだけでもない。
(皆、部員であり、後輩である以前に、わたしの仲間……共に歩む、仲間よね)
 立場的に、自分が上だと驕るつもりはない。だが、事実としてそうあることが、脅迫的に迫ってきていたことは事実だ。
 しかし今その事実は、幻となって、雲散霧消した。
(身体の震えは止まった……不思議ね。仲間がいるって分かった途端、なんだか、心強くなっちゃった)
 死ぬことも怖くないくらいに、と冗談を言いそうになる。
 しかし、それは違う。死ぬことが怖くないのではない。
 死に向き合い、立ち向かうことに、躊躇がなくなった。
(恐怖はない。皆は失わせはしない。私も、こんなところで生涯を終えたりはしない)
 ——あの人たちの分まで、生きなくちゃいけないから——
(私は、この時の死に抗って、否定する。誰も傷つけさせはしない、誰も殺させはしない。私自身も、仲間と一緒に生き延びる。そしてまた、あの部室に帰るのよ——)



 ——どうやら乗り越えられたみたいね、死という生の障害を——



 どこからか、声がする。
 女の声だ。どこか尖りがありながらも、神秘的な艶のある声。
「え……誰……? どこに、いるの?」

 ——まあ待ちなさい。今、姿を見せるわ——

 刹那、どこからか——暗夜の如き獄より、長い銃身が一つ突き刺さったような、淡く光る球が現れた。
 死の超克を感じ取り、それは目覚める。月光の如く、闇を照らしながら。
 一瞬、暗闇の世界が沙弓を覆う。ただ一つ、儚い月の光のみが支配する、夜の世界が。
 気づけば、そこは黒い空間。
 真っ暗闇でありながらも、自分の姿——そして傍らに立つ、ドライゼの姿は、はっきりと見える。
 それに、不思議と心地よい。墜ちたような感覚はなく、狂ったような滅裂さもなく、頭は冴え、そして清々しい。
 直感的に分かった。ここは神話空間ではない別空間。そして、この空間が持つ意味。
「ここは……」
『とりあえず、初めましてと言っときましょうか、卯月沙弓』
 声がしたので、ふと顔を上げる。
 そこにいたのは、女神。
 いや、実際に女神なのかどうかは分からない。しかし、その容貌は、沙弓が一瞬でも眼と心を奪われみとれてしまうほどに、美しかった。
 総髪を後ろに流した、けがれを知らないかのような真っ白な髪。
 しなやかな肢体を覆う一枚布の衣が、彼女の艶やかさを表している。同時に裾へとグラデーションのように染まっていく黒が、純潔なだけではない彼女のもう一面を示す。
 そして、彼女は弓を携えていた。和弓のような、繊細で、なめらかな作り。ぴんと張った弦を見るだけでも、こちらの心も引き締まるかのようだった。
「あなたは……?」
 と、沙弓が尋ねると、彼女が名乗るよりも早く、
「……アルテミス……」
 ドライゼの口から、その名がこぼれ落ちる。
 アルテミス。
 それが、彼女の名だった。
『……久しぶりね、ドライゼ』
「アルテミス……会いたかった。また、会える時が来るとは……」
『……悪いけど、今の私はただの残響にすぎないわ。日が落ちても未だ残る残光のようなもの……だから私はただ、私のすべきことをするだけだし、そのための時間も長くはない。あんたの話を全部聞いてる暇はないわ』
 どこか見捨てるように、刺々しい口調で言うアルテミス。
 そして彼女は、続ける。
『死とは、すべからく生命に与えられた義務。いえ、生命に限らないわ。岩が風化し、鉄が錆び、城が朽ちるように、すべてのものには、形こそ違えど、“死”が存在する。何人も、それから目を背けることはできない……でも、なかなか向き合えつ者ではない。あんたたちは今、その死と向き合い、超克した。死に至る恐怖、死へと立ち向かう勇気、死と寄り添う覚悟——それらを認め、受け入れた。だから』
「あなたの力を受け継ぐ資格を得た、かしら?」
『そうね。だけど、そうじゃない』
 沙弓の言葉を肯定し、直後、アルテミスは否定する。
『本来なら私も、他の神話のように、あんたたちに力を与え、受け継がせるべきなんだけど、生憎ながらそれはできないのよね』
「できない? どうして? あなたは、そのためにいるんじゃないの?」
『その通りよ。だけど、私の力は全部ハーデスの奴に取られちゃったから、私の力は本来あるべき私の力じゃない。私の力は、元々は——』
 言い淀むことはなかった。まるで、それに誇りを持っているかのように、アルテミスはなめらかに繋げる。
 そして、彼へと視線を向けた。
『——ドライゼ。あんたの力よ』
「…………」
『ハーデスに力を奪われ、死の淵にまで追いやられた私に、あんたは自分の命を削って、生の源である魔術の力を私に撃ち込んでくれた。その力があったからこそ、私はこの世界を去るその時まで生きることができた。あんたに分け与えられた力を拠り所にしてね』
 感謝してるわ、とアルテミスはあっさりとのたまう。
 だがそれでいて、とても穏やかな声だった。
「……だが、俺はあんたを救えなかった。真に救えたとは、とても言えないほどに、酷い結果だ。俺の力を注いだあんたは、もはや昔のアルテミスじゃない。月光のように煌びやかなあんたはもういない……あんたは、俺の力のせいで、影になっちまった」
 しかし当のドライゼは、浮かない顔をしている。沈んだ声で、言葉を返す。
 それが彼の枷となっているかのように。
『……言っとくけどね、私はあんたのことを命の恩人だとは思ってるけど、それでもあんたに怒ってるのよ』
 そんなドライゼに、アルテミスは呆れたように、それでいて憤りを感じさせる語調で、また言葉を返した。
『自分が死ぬかもしれないのに、私に力を撃ち込むだなんて馬鹿げてる。私がその力を受け入れられるかも分からないっていうのに、自分の命を賭けるだなんて……その無謀さと無鉄砲さには、ずっと怒ってるのよ』
「だが、俺は……」
『だがもへったくれもありゃしないわ。いい? 私は、こう言いたいのよ——』
 アルテミスは、ドライゼを見る。
 彼の眼を、真っ直ぐに、見つめる。
 陰りのない、満月の如き純潔な瞳で。

『——私を理由に、勝手に死なないで』

「…………」
 それは、彼女の心からの言葉だったのだろう。
 死。如何なる生命、物体であろうとも、避けられない運命。
 彼女はその運命を否定も肯定もしない。ただそこにあるべきものとして、受け入れている。
 だが同時に、それと立ち向かい、向き合う大切さを知っている。
 だからこそ、自分を語り継ぐ者には、それを知ってもらいたかったのだろう。
 それはドライゼであり、そして自分自身。
『……ちょっと、感傷に浸りすぎたわ。私はどうしても感情的になりすぎちゃうのがいけないわね。これじゃあ、お兄様に示しがつかないわ』
 一度アルテミスは深呼吸して、落ち着いたように二人と向き合う。
『ともかく、今の私はあんたの力で成り立っているから、その力をあんたに授けるなんておこがましいことは言えない。だけど、あんたに科した枷は、外してあげるわ』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『ドライゼ、そして卯月沙弓。あんたには、私の神話を受け継いでもらうわ。なにがどうあっても、その事実は変わらない』
 元より力がないがゆえに、力は与えられないが、彼女という神話は受け継がなくてはならない。
 それが、ドライゼと、そして自分に課せられた使命。
 沙弓もここまで来たからには、その覚悟はできたいた。
 だからこそ、そこを追求するつもりはない。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかしら?」
『なに?』
「あの大罪の悪魔龍って、一体なんなの?」
 だから沙弓は、純粋に気になった点を問う。
 大罪を司る、七体の凶悪な悪魔龍。
 傲慢、怠惰、強欲、暴食、憤怒、嫉妬、そして邪淫。
 これらはアルテミスが束ねていた悪魔龍だと聞くが、神核を託すほど、重要なものたちだったのだろうか。
 それだけが、疑問だった。
『あー、あいつらね……あれは元々、私の秘めた罪を形にして、放ったもの。言い換えれば、私の一部だったものよ』
「あなたの、一部……」
『そう。スペルビア、コシガヘヴィ、アワルティア、グラトニー、ガナルドナル、アスモシス……あとなんだっけ? まあなんでもいいけど、奴らは、いわば私がこの世界に残してきた、私の“罪”。私一人が抱え込むべきではないと思って、それを分割して、具現化して、配下とした存在よ。だから、元を辿れば私の抱いていた“原罪”であり、私自身と言ってもいい存在』
 だから、アルテミスは大罪に己の継承を託したのだ。
 自分の認めた語り手が、その罪を乗り越えると信じて。
『特にアスモシスは、一番強大な力を持っている……だからこそ、核をそこに残したわけだけど』
「邪淫の罪が一番強いって……それって……」
 思わず、邪推してしまう。
 しかしその考えも間違えではなかった。うぐ、とアルテミスは言葉を詰まらせ、ムキになったように声を荒げる。
『な、なによ。私だって、ちょっとお兄様に対して色々と思うところがあったりしたのよ。それに、夜は私の領域だし……』
「アルテミス、開き直るのはいいが、墓穴を広げる必要はないぞ」
『う、うるさいっ! あぁ、もう! いつまでも喋ってないで、とっとと行きなさい。私も、もう消えるからっ』
 急に子供っぽくなったアルテミス。神話らしからぬ、普通の仕草に、思わず笑ってしまう。
 神話と言えど、彼女も自分たちと同じ意思を持つ、生命なのだ。
 それを、少しだけ感じた。
『絶対に死ぬんじゃないわよ、あんたたち』
 薄れゆくアルテミスの身体。もう、お別れのようだ。
 しかし彼女は感傷的なところなどなにもなく、追い払うように手を振っている。
 そんな彼女が、消える寸前。
『……信じてるからね』
 最後に、アルテミスは微笑んだ。
 月の影たる光を残して——



「…………」
 気づけば、そこはいつも通りの神話空間。
 目の前には、邪淫を渇望することで歪んだ、《アスモシス》の姿がある。
「……祝福に抗う英雄、龍の力をその身に宿し、罪なる怨嗟で武装せよ——《呪英雄 ウラミハデス》」
 沙弓は、なんの迷いもなく、今しがた引いて来たばかりの《ウラミハデス》を呼び出す。
 刹那、沙弓のマナが黒く光った。
「《ウラミハデス》のマナ武装7発動……墓地から、闇のクリーチャーを一体、バトルゾーンへ呼び戻すわ」
 戦場へと立つ《ウラミハデス》は、マナから闇の力を取り込む。その力を持って武装し、鮮血の大鎌を握り、数多の霊魂を従える。
 そして、死した亡者を、蘇らせる。
 いや、それは亡者というには、あまりにも神々しい。
 死者というには、あまりに生を強く持っている。
 《ウラミハデス》の魔術が、墓地から闇の存在を引きずり起こす。
 その怨嗟によって、ではない。
 そのものを望むから。
 渇望ではない。
 希望だ。
 過去の傷痕を受け入れ、現在という受難を超克し、未来へと繋がる、希望。
 光の裏にある影もまた、光の一部。
 今、それが蘇るのだ。
 地を這うかの如く。
「進化——」
 それは新たな力であり、かつての力。
 月の光にして、その影となる存在の、失われたものを取り戻す魔の力。
 地の底より、死をも乗り越えて、それは再び戦場へと舞い戻って来る。

「——メソロギィ・ゼロ!」












 闇が閉じる。
 そこにあるのは、暗夜の如き銃。
 影となる者の光。
 そして、死者を突き動かす、失われた神話の力。
 かの者は《月光神話》——否、《月影神話》の継承者。
 かつての神話を救った黒き魔術を手に、月光の影となりて、その存在を照らす。
 そう、かの者こそは——

「——《月影神銃 ドラグノフ》!」


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