二次創作小説(紙ほか)
■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)
- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 86話 「対局終了」 ( No.279 )
- 日時: 2015/11/07 14:03
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
語り手は進化する。
神話を継承する者に。
賢愚の叡智を受け継いだ一人の錬金術師が、戦場へと歩み出す。
そして、海原を支配するものを受け継ぐ彼女にへと、透き通る水晶のような瞳を向けた。
『《エリクシール》……遂に出たわね……』
『この姿では、お久しぶりです、《トリアイナ》』
『あんたも、自分の元主人の力を受け入れたのね』
『えぇ、一悶着ありましたが……私は、彼の賢しさと、愚かしさを、すべて受け入れると決めました』
『……そう』
静かに、《トリアイナ》はそれ以上の言葉を打ち切った。
だがそこには、冷ややかさはない。温暖な海原のように、穏やかな声だ。
《エリクシール》は杖を抱き、主の命令を待つ。彼女の力は自分の組み立てる式を解くためには必要不可欠だが、まだその時ではない。今は、そのための下準備を整える。
「お前の墓地にカードが五枚以上あるので、《龍素記号Xf クローチェ・フオーコ》をG・ゼロで召喚! 俺とお前、互いの墓地のカードをすべてリセットする!」
「わ、わわわ……っ! 墓地が……!」
G・ゼロで現れる《クローチェ・フオーコ》。“Xf”の龍素の力を行使し、失われたもの、死へと落ちていったものを、すべてなかったことにしてしまう。
これで《ダイスーシドラ》の能力は、ほぼ封じた。そして残り少ない山札も回復したので、もう気兼ねすることもない。
どんな切り札でも、遠慮容赦情けなく、錬成できる。
「《アクア忍者 ライヤ》を召喚……する代わりに、《エリクシール》の能力を発動! 頼むぞ、《エリクシール》!」
『承りました、ご主人様。文明“水”、生命の錬成を、開始いたします』
「え? な、今度はなに……?」
《エリクシール》が、杖を突き立てる。そこを中心として、地面には幾何学的模様の、魔方陣が展開された。
浬が召喚するはずの《ライヤ》は、その魔方陣の中へと吸い込まれて、消えてしまう。
「《ライヤ》を山札に戻し、山札から、こいつを召喚だ。《クローチェ・フオーコ》を進化!」
魔方陣に取り込まれた《ライヤ》は、消滅したわけではない。その中で、一度分解され、新たな存在として再構築されたのだ。
本来ならば成るはずのない強大な存在。非金属を貴金属に変換するかのように、矮小だった存在は、偉大なる龍帝へと成り変わる。
『——錬成完了。さぁ、お出でください』
魔方陣が消える。それは、錬成終了の合図。
新たな法則を生み出した《エリクシール》の錬金術が、大いなる龍を錬成した。
「海里の知識よ、累乗せよ——《甲型龍帝式 キリコ3》!」
《エリクシール》が錬成したのは、甲種の反応を示す、帝の龍程式を解き明かすことで生まれた結晶龍、《キリコ3》。
《キリコ3》は浬の持つ知識をすべて吸収し、体内で魔弾を生成する。
「手札をすべて山札に戻し、山札から三枚の呪文を放つ! 呪文《ブレイン・チャージャー》《龍素解析》《連唱 ハルカス・ドロー》!」
《キリコ3》の砲塔から、三発の砲弾が放たれる。魔術の力によって生成された、魔の砲弾が。
「まずは《ブレイン・チャージャー》でドローし、チャージャーでマナへ。続けて《龍素解析》でカードを四枚ドロー……そして出て来い、《理英雄 デカルトQ》! マナ武装7で、カードをさらに五枚ドローだ!」
「っ、手札が、増えちゃった……」
一度は《キリコ3》で山札に戻した手札を、すぐさま取り戻す浬。
さらに彼は、手を止めることなく式を組み立て、解を求め続ける。
「《連唱 ハルカス・ドロー》を唱える代わりに……《エリクシール》」
『了解です、ご主人様。文明“水”、魔術の錬成を開始します』
「今度はなにっ!?」
状況が理解できていない風水は、軽くパニックに陥っていた。いつも感覚でカードをプレイしてきたのだろう。その感覚に頼りすぎていたせいで、こういった未知の状況を理解するだけの思考力が育っていない。
それならば、それで構わない。わざわざ説明してやる義理もない。
浬は無情にも、混乱する風水は無視して、錬成された魔術の力を解き放つ。
「行くぞ。《ハルカス・ドロー》を錬成し、変換! 呪文《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》!」
《エリクシール》が展開した、魔術を錬金する魔方陣から、嵐が吹き荒ぶ。
水のマナを大量に吸い上げた大嵐は、風水のクリーチャーをすべて吹き飛ばしてしまう。
「マナ武装7発動。お前のクリーチャーを、すべて手札へ送り返す!」
「っ……そんな……で、でも! 《トリアイナ》の能力発動だよ! 《トリアイナ》は場をはなれた時にも、相手クリーチャーを手札に戻せる! 《エリクシール》《キリコ3》《デカルトQ》は手札に! おねがいっ、《トリアイナ》!」
『やられっぱなしってのも癪だからね、タダでは退かないわよ!』
嵐の飲み込まれる刹那、《トリアイナ》は三叉の槍を掲げ、大波を引き起こす。
自らが嵐によって吹き飛ばされると同時に、彼女は浬のクリーチャーも、大波によって押し流した。
「だが、俺にはまだクリーチャーが残っている。《クロック》でシールドをブレイクだ!」
「あたしのターン! 《トンプウ》と《チュレンテンホウ》を召喚! 《ファンパイ》を《トンプウ》に装備するよっ!」
浬の攻撃を止める風水だが、同時に彼女は自らの戦力も失ってしまった。《トンプウ》を呼び、《ファンパイ》を握るが、墓地をリセットされてしまった彼女がそれをまた龍解させるには、時間がかかりすぎる。
加えて一度築いた布陣を崩された彼女は今、脆弱な面を晒してしまっている。なんとかそれを補強しようとするも、《チュレンテンホウ》のようなハリボテの城壁では、浬は騙せない。
「《ライヤ》を召喚、そして手札に戻し、《エリアス》をバトルゾーンに! そして《エリアス》を進化! 《賢愚神智 エリクシール》!」
《ライヤ》からの《エリアス》、そして即座に進化する《エリクシール》。
それにより、再び彼女の錬金術が行使される。
「手札から《ハルカス・ドロー》を唱える代わりに、山札から《龍素解析》を発動! そして、《アーマ・フランツ》をバトルゾーンに!」
《ハルカス・ドロー》を《龍素解析》に変換し、龍を呼び込む浬。
「さらに《ライヤ》を召喚……する代わりに、《アーマ・フランツ》を、《キリコ3》に進化!」
さらにそこから、再び《キリコ3》を目覚めさせる。
「山札から呪文《幾何学艦隊ピタゴラス》《龍素遊戯》《龍素力学の特異点》!」
《ピタゴラス》によって、風水のクリーチャーは再びゼロに戻る。さらに失った手札を補充。
その隙を見せない浬のプレイングに、風水の焦燥は加速する。
「あぅ、あぅあぅ。風向きが、完全に浬くんの方に向いちゃってるよ……なんとかして、こっちに吹き戻さないと……」
「そんな暇を与えるつもりはない。《クロック》でシールドをブレイク、さらに《キリコ3》でTブレイク!」
と、浬が一気に攻めの姿勢を見せた。
《クロック》と《キリコ3》の連撃が、風水のシールドを一気にぶち抜き、風水のシールドもゼロになる。
だが、しかし。
《キリコ3》が撃ち抜いたシールドから、光の粒子が集まってくる。
「そ、そうだよ、まだこれがある……海底でツモるみたいな、一発逆転の一手! S・トリガー! 《スパイラル・ゲート》《幾何学艦隊ピタゴラス》!《龍脈術 水霊の計》!」
《キリコ3》が割ったシールドすべてから、S・トリガーが飛び出す。すべて、《トリアイナ》の能力で入れ替えたシールドだ。やはり、トリガーを仕込んでいたようだった。
その罠にかかってしまった浬のクリーチャーは、手札に戻されていく。
《クロック》も、《キリコ3》も、また手札に逆戻りだ。
そして最後に、その魔術の矛先は、《エリクシール》に向く。
「いっちゃって! 《エリクシール》も手札に!」
水流が、大渦が、《エリクシール》に迫る——しかし。
その魔術は、彼女の前で打ち消される。
「あ、あれ、どうして……?」
「……終わりよ、カザミ。あの《エリアス》が《エリクシール》になったってことは、どう考えても奴の力を受け継いでる。クリーチャーは出せるみたいだけど、呪文は無理そうね」
隣でアイナが、呟くように言う。風水には彼女がなにを言っているのかまるで理解できないが、しかし、《エリクシール》に呪文が通じなかった。その結果だけは、視認している。
そこに、本人らからの言葉が投げかけられた。
『正確には、私に対しての呪文を無力化するだけです。ヘルメス様のように、問答無用に封殺はできません』
「《エリクシール》はお前の呪文によっては選ばれない。だから、そのS・トリガーでは、《エリクシール》は排除できない」
「そ、そんなぁ……!」
呪文すべてが封殺できなくとも、風水の防御網をすり抜けるには十分だ。
「《チュレンテンホウ》《リュウイーソウ》そして《ダイスーシドラ》……お前のデッキは呪文を多用することを想定したカードが多い。ならば仕込まれているトリガーも、自然と呪文が多くなる」
それゆえに、《エリクシール》の呪文に対する耐性が、強く発揮される。
風水のデッキタイプを見極めて、その上で切り札を取捨選択する。この展開も、浬の想定したパターンの一つ。
相手を分析し、戦略を見極め、対策を練る。
これが、この形こそが、浬の組み立てた、勝利の方程式——その解の形だった。
「さぁ、とどめだ。お前には全部、洗いざらい話してもらうからな」
すべてのS・トリガーを受け流し、《エリクシール》は杖を向ける。
賢しさと愚かしさを受け入れた、凍てつくほどに冷たい錫杖を。
「《賢愚神智 エリクシール》で、ダイレクトアタック——!」
- 87話「逃げ切り」 ( No.280 )
- 日時: 2015/11/08 01:44
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
「すっごくいい風が吹いてたのに、あんな急に向かい風に変わるなんて……裏ドラモロのりでまくられた気分だよ」
「アンタの適当プレイングのせいでもあると思うけどね。だからいつも、もっと考えろって言ってるのに……」
神話空間が閉じると、そこには勝者と敗者の姿がある。
賭けに勝ち、欲しいものを手にする者と、そうでない者。
この時は、浬が前者であり、風水は後者だった。
勝者は敗者から、賭けられたものを貰い受ける権利がある。
浬は、風水に歩み寄り、見下ろすようにして詰め寄った。
「……俺の勝ちだ」
「うん……あー、でも、もっと続けてたかったな。楽しかったよ、浬くんとのデュエマ。もう半荘くらい続けてたかったよ。もっと時間があればー——」
とそこで、風水はハッとしたように目を見開き、アイナへと振り向いた。
「そうだ、時間! アイナ、今何時!?」
「知らないわよ。そもそも、アンタの世界とアタシらの世界の時間感覚は違うんだから」
「じゃあじゃあ、あたしがこっち来て、どのくらい!? いつもの時間!?」
「あー……確かに、もうそのくらい経ったかしらね」
思い出すように言うアイナの言葉を聞くや否や、風水はデッキをケースに入れ、ポケットに突っ込み、くるっと踊るようにターン。踵を返し、ワンテンポ遅れて彼女の括った髪が舞う。
「まずいよまずいよ、はやく帰らないとっ! ばいばいっ!」
「はぁ!?」
そしてそのまま、たったか部屋の出口へと駆け出してしまった。あまりに唐突な別れ。一瞬、浬は呆けてしまうが、すぐに腕を伸ばして捕まえようとする。しかし、眼鏡がないせいで視界がぼやける。遠近感も上手く取れず、その手は宙を切るに終わった。
「くそっ! 逃げられた!」
「ご主人様……眼鏡さえあれば……」
「それ以前の問題だ!」
対戦前の取り決めを無視して立ち去られた。これでは相手の要求を飲む可能性があるリスクを犯しただけで、リターンがまったくない。申し出を受けただけ損だ。
しかも、せっかく目的の人間を見つけたというのに、肝心なことはほとんど聞けないまま逃がしてしまうなどということが、許されていいはずがない。
「あ、そうそう!」
と、思った矢先、風水がひょっこり顔を出す。どうやら戻ってきたようだ。だがそれでも、今にも駆け出して行ってしまいそうな雰囲気があった。
最後に一言だけ言い残しておこう、とでも言わんばかりの様子だ。
「最後にひとつだけ、言っておこうと思って」
浬の予想通りだ。ここで連絡先でも教えてくれるのならば、彼女について知る機会が繋がれるわけだが、まさかそんな名刺交換みたいなことをするだろうか。彼女の性格的にはあり得そうだが、場所が場所だけに、期待できない。
だが、もしそうなら、という願いがどこかにあった。それ以外に、彼女が言い残すことなんてあるだろうか、と消去法的に予想もしてみる。
「メガネないほうがカッコイイねっ! それだけっ!」
そんな言葉を残すと、今度こそ風水は立ち去ってしまった。もう、戻ってくる気配はない。足音も完全に消えた。
二度目の予想は当たらない。確率論では説明できない現象だ。
理不尽だ。1%の不運を、確率的に100%引き当てるかのような、運命に対する理不尽さを感じる。
理屈では思い通りにならない世界。それが、そこにはあった。
成程、と心中呟く。そんな世界があるとは、見聞が広がった。自分の知らない世界を知れた。それは成長だ。苦しく、とても納得しがたいものだが、その苦しみは甘んじて受け入れよう。
だが、それでもだ。
納得できない。受け入れがたい。
これが人生だと言われても、憤慨せずにはいられなかった、怒号を発さずにはいられなかった。
人間というものの、ロジックではない身勝手な理屈。
理不尽というものに。
そのせいで、
「……んなことを聞きたいんじゃねぇんだよ!」
思わず、口汚い言葉遣いになってしまった。
一応、急いで風水の後を追ったのだが、彼女の姿は船内のどこにもなかった。
この一件については、遊戯部の面々、恋、そしてリュンにも話した。風水が海洋の語り手の所有者であり、実際に対戦し、英雄をも所持していることもだ。
彼女に言い寄られたことまでは、恥ずかしくて話していないが。途中でエリアスが口を滑らしそうになったので、頭蓋を鷲掴みにして口を封じた。
リュンは語り手の存在を確認できただけでそれなりに満足そうにしていた。「後はこっちで調査する」などと言っていたが、そもそも、その調査で捕まえられなくて、自分たちを動員したのではないかと思ったが、語り手の有無がはっきりしているか否かだけでも違うらしい。
恋は興味なさそうにしていたが、遊戯部の面々からは、面白半分になじられたせいで、浬の肩身が若干狭い。主に部長のせいだ。対戦して、勝ったにもかかわらず逃がしてしまったのだから、仕方ないと言えば仕方ない。ここに暁も混ざると本格的にウザくなりそうだったが、今日の彼女は妙に大人しかった。この世界に来た時よりも服装が乱れており、顔を赤らめていたが、なにかあったのだろうか。しきりに恋の方を見ていたが、彼女が関係しているのか。
大人しいならそれでいいと、浬としてはそのことは、わりとどうでもよかった。部長の執拗ないびりも柚が宥めてくれたお陰で収まり、今日は撤収となった。
(……しかし、今回ばかりは本当に失敗したな)
少しばかり、彼女を見誤った。
最初に対戦を申し出て、約束を取り付けてきたのは風水だ。ならばその約束も守るだろうと、頭のどこかで、勝手にそんな前提を作り出してしまっていた。
こちらの言うことなど無視して言い寄って来たのだ。約束の反故くらいはあり得る、と考えるべきだった。デュエマだけではなく、現実でも最悪のパターンは考慮しておくべきであったのだ。少しでもこのことが頭にあれば、彼女が踵を返す時に腕を掴むとか、走り出した時に追いかけるとか、そういったことができたかもしれない。もっと言えば、そんな考えに至らなくても、彼女が立ち去ろうという挙動を見せた時点で自分も動くべきだった。反応速度、反射神経、状況理解が遅いせいだ。反省しなければならない。
(いや……どう考えても約束を反故にした向こうが悪いだろ……なんで俺が反省しなくちゃならないんだ)
もっとも、あの様子を見るからに「負けて都合が悪くなったから逃げた」というより「他に優先すべきことができたからそちらを優先した」といった様子だったが。
しかしそれでも、約束を破ったという事実は変わらない。反故は反故だ。
そう思うと、悔しさが込み上げる。怒りにも似た感情が、沸々と湧き上がる。
これが理不尽だ。頭では理解していても、やはり感情は制御できない。なかなか折り合いがつけられなかった。
理不尽と言えば、彼女との対戦中もそうだった。
自分に対する引きの悪さ、相手に対する引きの良さ。結果的に勝てたとはいえ、あの流れは理不尽だった。いくら確率とはいえ、“たまたま”を引き続ける豪運には、やはり理不尽さを感じずにはいられない。
(だが、それがゲームってやつだよな。その辺に折り合いをつけられないあたり、俺もまだ子供なのか……)
などと子供らしからぬ反省をする浬。
確かに理不尽だったが、新しい世界が開けた気がした。
いや、それは既に知っている世界だったはずだ。ただそれがまたやって来て、あの時以上に明確化されたというだけの話。
(あんな理不尽な世界は、“あいつ”以来か)
思い出したくもない、恥ずべき過去。
自分にとっての最大の屈辱とも言える一場面がフラッシュバックする。悔しさばかりが募る。だが、あの時があったからこそ、自分は今こうしてここにあるのだ。
悔しさをばねに、だなんて、月並みすぎる言葉だけれども。
事実その通りに、自分は生きてきた。
浬はぼんやりと回想し、今日であったばかりの彼女を、あの時と重ねる。
(思えば、少しあいつに似てるな……やかましいところとか、やたらはしゃぐところとか)
単なる自分の先入観と、表面上の部分を重ねているだけだが、そう思ってしまう。悪いことだとは思わない。それもまた事実だ。
(だからといって、今日の勝利があの時の勝利だとは思わない。あの時の清算は、当人の前で、いつか絶対にする。そう、決めたんだ)
そのためにも、理不尽さを受け入れ、強くならなくてはならない。
浬は目を開いた。
気づけば、もう部室にいる。
転送中の不思議な感覚。正にたった一瞬の出来事。瞬きの間に別の星、別の場所、別の世界だ。
それがいつもの感覚だが、今日はやけに長く感じられた。テスト時間をすべて注ぎ込んで、数学の証明問題を解くかのような、長くも短い時間感覚。
「今日の部活動は、これで終わりね。解散!」
部長が、そう告げた。同時に、他の部員たちが帰り支度をして、部室から出ていく。
最後にその後ろ姿を眺める。
それから、自分も鞄を持った。
「……帰るか」
そして明日も、憤るほどの理不尽を感じよう。
いつか来る、“決着”ために——
- 88話「西入」 ( No.281 )
- 日時: 2015/11/10 00:14
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: arA4JUne)
不沈没船ナグルファールから帰ってきた翌日。
霧島浬は通学用鞄を手に、廊下を疾駆していた。
より正確に表現するなら、速足で歩いていた。流石に廊下を全力疾走していては目立つ。目立つことを嫌う浬からしたら、校則やらちょっとしたマナーなどなくても、できればしたくない行為だ。なので、急ぎつつも、しかし目立たない程度の速度、つまりちょっとした駆け足程度の速度で、歩を進める。その姿は、さながら競歩選手のようだ。
ゴール地点は、遊戯部部室。
既に今日の授業はすべて終わり、今は放課後。それも、六限の授業が終わってから一時間近く経過している。
なぜそれほどに時間が経っても、彼は部室に行っていないのか。理由は至極単純だ。
日本には、掃除当番という制度がある。生徒の人間性を育むためだか、家事の大切さを知るための教育の一環だかは知らないが、浬からすれば非合理的で非効率的な習慣だ。アメリカのように清掃員にでもやらせて、もっと給料を与えればいいのに、と思う。
そんな風に考える理由はいくつかあり、その最もたる理由を理屈と理論に則って主張することもできるが、それを語りだすと長くなるので割愛。代わりに、今一番思っている最大の理由が、サボりだ。
掃除当番が面倒で、疎ましく思う生徒は多い。浬だってそうだ。だからこそ、掃除当番であってもこっそり教室から抜け出し、サボる者が出て来る。
つまり今回は、たまたま、偶然、運悪く、不幸なことに、そのようなサボタージュする生徒が続出し、これまた、たまたま、偶然、運悪く、不幸なことに、今日の清掃範囲はいつもよりも広く、さらにこれも、たまたま、偶然、運悪く、不幸なことに、教師が思考停止したせいで浬に今日の清掃場所全域の清掃を命じ、非常に納得がいかないながらも教師に反抗せず(流石に渋りはしたが)、黙々と今日の清掃作業を行っていたということである。
不運すぎる。
運命の理不尽さに嘆きそうになった。
そんな静かな憤りを感じながらも、思考を切り替えて、浬は部室へと向かうのだった。
やがて、『遊戯部』と書かれた面白みもなにもない、質素でシンプルなプレートの掛かった扉が見えてくる。その扉の前で止まると、ガラガラと引き戸を引いた。
「悪い、遅れました」
開口一番、部の長に言うつもりで、とりあえず形式的に謝る浬。同期のサボりと教師の思考停止のせいで部活に遅れて、自分に非はないと主張したいところだが、しかし謝罪というものは、形式の上でも大事なものだ。相手が見知った相手なので必要ないとも思えるが、それでも一応、人間として頭を下げておく。
頭を上げる。
そして視界に入ってきたのは、二人の部員だった。
二人しか、いなかった。
「……?」
もう一度、部室を見回す。やはり二人しかいない。鞄も二つだ。
部室にいるのも、パソコンを前にした沙弓と、その向かいに座る柚の二人。
太陽よりも暑苦しく、日光よりも明るい、浬にとっては工事現場のドリル音のような目障りさを感じる部員が、そこにはいなかった。
「あいつはどうした?」
「あきらちゃんですか? えっと、その……」
もごもごと、言いあぐねている柚。そんなに言いにくいことなのだろうか。まさか、風邪でも引いたのか、あの能天気な女が。と、なさそうだがそれしか思いつかない推測をしてみるが、
「あの子はね、今日はちょっと出かけてるのよ」
「出かけてる? 一人でか? いや、それか、家族か?」
「うぅん、あの子よ。日向恋ちゃん」
「……あいつか」
日向恋。その名前を聞くと、成程と謎が解けたが、それでもやはり、少々意外だった。意外と言うより、不可解だと言うべきかもしれない。
「今日は平日だぞ。烏ヶ森だって、ここからそんな近くないだろうに」
「それがね、急にメールが来たみたいよ。無視することもできないし、予定もないからって、待ち合わせ場所に向かったわ」
「あっちには行かなくていいのか? それとも、あいつなしか?」
「リュンからの連絡はないわね。ここ最近は連日あっちの世界に行ってたけど、今日はお休みみたい」
だから彼女も待ち合わせ場所とやらに向かったのだろう。もしもリュンが呼びつけていれば、今頃この部屋には女が三人いたはずだ。
もっとも、それは彼女が日向恋という少女のもとへ向かわないというだけで、その場合は向こうからこちらに来そうなものだが。
「久々に普通の部活動をしようと思ったのだけれど、暁もいないし、今日はもう閉めましょうかしら。柚ちゃんも、律儀にずっと居座ってることはないわよ」
「い、いえっ、わたしは、そういうわけでは……」
「でも、暁がいないと楽しくないでしょう? 私はこの後、会議があるし、カイの二人きりなんて、根暗すぎて息が詰まっちゃうわ」
「おい、誰が根暗だ」
「でも、デッキカラー的には青単よね」
「だからなんだ」
話をすり替えようとでもしているつもりなのだろうか。そんな適当な転換で、騙せるとでも思っているのだろうか。
「とにかく、今日はもう部室を閉めるわ。やっぱりあの子がいないと、気分的に暗いわ」
「ご、ごめんなさい……」
「柚ちゃんはいいのよ、清涼剤だから」
「それは暗に俺が部の雰囲気を暗くしていると言いたいのか?」
「じゃあ、帰りましょうか」
浬の言葉を無視して、沙弓は立ち上がった。
手早く帰り支度を済ませると、鍵を取り、窓もしっかり閉めて、戸締まりする。
「それでは、ぶちょーさん、かいりくん、おさきにしつれいします。さようなら」
「うん、ばいばい。気をつけてね」
ぺこりと頭を下げてから、とてとてと小走りに去っていく柚。その後ろ姿が見えなくなるまで、沙弓は手を振りながら、浬は無言で、見つめていた。
「カイも先に帰ってていいわよ。さっき言ったように、私は会議があるから」
「ゆみ姉が会議っていうと、部長会議か?」
「そうそう。ほら、そろそろ今学期が終わるでしょう? だから、今学期の活動報告とか、来期に向けての抱負とか、面倒なことが色々あるのよ」
「……俺も遊戯部の活動なんて大して知らないが、今学期、なにか特にしたか? ほとんど向こうに行ってたと思うんだが、大丈夫なのか?」
「その辺は上手くやるわ。大丈夫よ、先生とか生徒会の人たちとは仲良しだから」
「騙す気満々じゃねぇか」
「騙すんじゃないわ、説得するの。説き伏せるのよ。ちょっと虚言虚飾のフィクションが混じるけどね」
それを騙すと言うのではないだろうか。
しかし浬としては、表向きに遊戯部がきちんと活動している部であればいい。沙弓がそのように外部に対して丸め込むのであれば、それはそれで構わなかった。教師やら生徒会やらが騙されるより、遊戯部が安泰のままである方が重要だ。
なのでそれ以上は、なにも言わず、そのまま沙弓とも別れた。
「こんなに早く帰るのは、久々だな」
自転車を押しながら、浬はたった一人の帰路を歩く。
小学校を卒業し、中学校に上がり、東鷲宮に入学し、我が家の居候の勧めで遊戯部に入部した。
そのすぐ後、あの少女が自分のクラスや、果ては部室にまで突入してきて、気づけばクリーチャー世界などという世界に飛ばされて、世界の安定だのなんだのと言われている。
(冷静に考えれば、なんて非現実的で大仰な出来事に巻き込まれているんだろうな。狂ってる)
狂ってると言えば、そもそもそんな狂ったことを冷静に考えられる自分が狂ってるのかもしれないが、それにしても、自分はとんでもない世界に生きてしまっていると、改めて思う。
ただのカードゲームだったはずのものが、ただのカード以上の意味を持ち、自分たち人間と同じように社会があり、意志があり、命がある。
自分たちが生まれた地球よりもずっと広大で、壮大で、先進的で、退廃的で、規格外で、奇想天外な世界。
しかも、その世界に新しい秩序を作るための助力をしてくれと言われる始末。スケールが違いすぎる。この地球でも矮小な個人という存在なのだ、あの世界においてどれだけちっぽけになってしまうのか。そんな自分たちに、そんな重大な事を任されても、困惑する。
事実、困惑していた。
今は、そうでもないが。
(どう考えても感覚が麻痺してるよな……ゆみ姉とか、あいつとかは、ノリと勢いに乗って楽しんでいるようだが、俺はとてもじゃないが、そんな楽観的にばかり動けない)
確かに、クリーチャーが実体化したり、見たこともないクリーチャーを見て、実際に戦っていると、興奮を覚えないでもない。
しかし脳にアドレナリンが氾濫しているような状況が正常とはおよそ言えない。そんな状態はノーカウントだ。
その上で、事の前後になって冷静に考えれば、やはり自分の人生はおかしい。まだ中学生だというのに、一歩間違えれば命に関わるような道を歩んでいるのだ。常軌を逸している。
だが、やはりそんな人生を冷静に分析して、その上で仲間たちと迎合している自分は、それはそれで正常ではないと思えてしまう。命に関わると分かっていても、その危険性を承知の上で、加えて安全もある程度確保されていることを認めてしまっているので、結果的に危険な道にも進んでいた。ジェットコースターに乗るような感覚になってしまっている。
(本来なら、こんな人生を歩むはずじゃなかったんだがな……)
ならばどんな人生を歩むのか、などと自分の人生設計なんて立てていないが。
それでも自分は、理屈と理論で物事を押し進めていくような道を辿るものだと思っていた。机上で生きるものだと、漠然と想像していた。
しかし、現実はそうではなかった。
あの世界と関わって、その理を垣間見て、、理屈も理論も、すべてが常識から外れてしまったような気分だ。
(……そういえば、あいつ)
ふと、一人の少女が脳裏をよぎる。
つい先日のことだ。沈まない沈没船で出会った少女。
自分の論理を、運気だとか流れだとか、オカルトめいたことで完全否定しかけた、自分とはまったく違うベクトルに生きる持つ少女だった。
ある意味新鮮だ。理屈が伴っていない人間は、今まで何人も見てきたが、あそこまでロジックを捨てた人間は初めて見た。
それゆえに、少しだけ、ほんの少しだけだ。
興味深い、と思ってしまった。
(まあ、それ以上に自分の理屈が覆される方が屈辱だったから、躍起になって押し切ったが……)
彼女が信じる運気の流れ。
なぜ、それを信じられるのか。なにを根拠に、信じているのか。信じるものを、疑ったことはないのか。
一つの知識欲として、興味を抱いた。
「もっとも、それ以上に知らなければいけないことは多いんだが……この前は逃がしたしな」
せめて眼鏡があれば、視界がはっきりしてさえすれば、彼女を強引に捕まえられたというのに。
「……この眼鏡も、安物とは言え、何度も買い換えるわけにはいかないな」
この数ヶ月の間に、一体いくつの眼鏡がスクラップにされてゴミ捨て場に埋まったことだろうか。
このままでは、流石に持たない。眼鏡は消耗品ではないのだ。
などと、途中から心の声が独り言に変わりつつ歩いていると、ふと浬の目に、それは止まった。
「ん……?」
それが目に入ったのはたまたまだが、いつも視界に入れている存在なので、自分が帰り道を歩いてさえいれば、それが目に付くのは当然の帰結だろう。
しかし、あの世界からの帰りとなると、大抵横には居候の彼女がおり、そちらに意識を向けられるため、その他の場所へと目が行かない。身体的疲労もあり、注意力、洞察力は散漫になっていることだろう。
だからいつもよりも早く、そして一人で帰宅しているという状況だったからこそ、浬はそれに気づけたと言えよう。
「……新刊、出てるな」
- 89話「西場」 ( No.282 )
- 日時: 2016/10/12 13:38
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: N9GVfZHJ)
小説家、伊勢誘。イラストレーター、平坂浄土。
伊勢誘は、表紙や挿絵にアニメ調のイラストを多用している若年層向けの小説——いわゆるライトノベルを主に執筆する小説家であり、氏の小説のイラストを数多く担当してきたのが、平坂浄土だ。
この二人の作品は、作品の内容、イラストのクオリティ、そしてその二つの絶妙な噛み合わせが若者に受け、反響を呼んだ。
その結果、この二人は次第にコンビをくむことが多くなり、それぞれペンネームの由来である、伊勢神宮と黄泉比良坂、どちらもややこじつけながらも、日本神話と関わりの深いということで、神話コンビなどと呼ばれるようになったのだった。
そして浬も、その神話コンビによって創られた作品の愛読者の一人であった。
「どうするか……今回は軍記物語のようなテイストなのか? ミリタリーやSF要素も含んでいるようだが、となれば伊勢の得意分野か」
伊勢誘が出してきた本の中で、最も面白いとされる作品には、ミリタリーといった要素を含む、いわゆる軍事小説、戦争小説などが少なくない。つまり伊勢は、そこを得意分野にしているのだ。
作家の得意なフィールドで書かれた作品。違う視点で見ればそれは、マンネリ、という言葉を浴びるのだろうが、相手はあの伊勢誘だ。まさか、今までと同じような手は使ってこないだろう。なにかしらの創意工夫が必ず含まれている。一見すると今までと似たテイストかもしれないが、その実、中身は今までの作品にはない驚きの展開や手法が隠されているのかもしれない。
そんな想像をしてしまったら、もう止まらなかった。
税込み637円。デュエマ換算でおよそ4パック分。カード20枚分の価値。
「……買ってしまったな」
しかし後悔はない。この書物の中に秘められている感動、喫驚、発見、共感——それらが薄汚い数枚のコインと交換できるのならば、むしろ儲けものだ。
「……ん?」
書店を出て、自転車にキーを差し込み、スタンドを上げて、さあ家に帰ろうという、その時だ。
また、“あるもの”が目に留まった。
書店に並んだ新刊のように、普段なら、などと表現することもできない、見逃しようのない大きな存在。
「じゃーねー、ばいばーい! また明日っ!」
いや、存在そのものは別に大きいとは言えない。だがしかし、浬の中では、その存在は決して小さくなかった。
“ある者”——その人物は、友人だろうか、他の少女たちに手を振り、ちょうど別れたところのようだった。
「……あっ!」
そして、向こうもこちらの存在に気づく。
その声で、しばらく呆けていた浬も、我に返った。
それと同時に、彼女の声が耳に届く。
自分の名前を呼ぶ声が。
それは、証明だった。
「浬くんっ!」
その少女が、先日、不沈没船で出会った少女——風水であることの。
「わー、わー! ぐーぜん、ほんっとうにぐーぜんっ! こんなところであえるなんて! 今日もいい風だなぁ! 国士無双十三面待ち聴牌みたいなっ?」
「…………」
あまりの偶然に、テンションが跳ね上がり、はしゃぐ風水。彼女がぴょんぴょんと飛び跳ねるたびに、片側だけで結んだ尻尾も一緒になって跳ねている。三重跳ねだ。
しかし、そんなこと以上に、浬は“それ”に着目せざるを得なかった。
「……お前」
「ん? なーに?」
「いや、その、なんだ……」
非常に言いにくい。いや、これは自分の認識の相違であり、感覚の慣れのせいでもり、そういう可能性も否定できなかったはずで、それなのに先入観だけで思い込んでしまっただけなのだ。
もっと言えば、あの時、彼女からなにも話を聞けていないので、知る由もなかっただけである。だから、これは微妙な差異なのだ。その差異から生じる一つの物体が、少しばかり気になってしまっただけで。
だが、気になってしまった以上、それは言葉として、口から漏れ出てしまう。
「……小学生、だったのか」
「そだよー、六年生! 来年は中学生だよっ!」
困惑する浬をよそに、風水はにこやかな笑顔を見せる。
そんな彼女は、人工皮革によって縫製された赤い箱状の鞄ーー要するにランドセルを背負っていた。最近は色のバリエーションも増え、種類も多種多様になったと聞くが、彼女が身につけているのは、古きよき赤色のそれだ。
確かに、歳は自分と同じくらいだろうと推定していたが、無意識のうちに同学年だと思い込んでいた。それもこれも、同じ部活仲間にいる内気な彼女や、別の中学に通っている無表情な彼女のせいだ。同じ学校に通う三年生生にも、風水以上に小柄な先輩がいるほどだ。一説によれば、去年度の東鷲宮の卒業生で、それ以上に背の低い女子生徒もいたとかいないとかいう噂もある。
それだけ自分の周囲には小柄な女性が多いということで、すっかり感覚が慣れて——というより麻痺して——しまったが、よく考えれば、このくらいの背丈なら、小学生が普通なのだ。むしろ風水は、六年生にしてはまだ小柄な方だと思う。
などと、よく分からないながらも自分を正当化っぽくし、無理やり納得させる。なにに納得させているのかは自分でも分からない。
「とゆーか、浬くんのその制服って、鷲中だよね?」
「あ、あぁ……そうだが」
「中学生だったんだ。てっきり、あたしのおにいちゃんと同じで、高校生かと思ってたよ。背ぇ高いんだもん」
「あぁ……よく言われるが、俺はまだ中一だ」
「えっ!? うそっ、中一!? うわー、ぜんぜん見えない……」
目をぱちくりさせながら、浬をまじまじと見つめる風水。こういう反応はわりと慣れているので、特になにも思わなかった。
背の高さもあるが、理屈っぽい考え方、普段の態度など、自分が歳不相応に見える原因は分かっているし、その結果も十分に理解している。それを直そうとも思わない。
正直、どうでもいい。それが率直な浬の思いだった。
そんなことよりも、今はもっと、重要なことがある。
「なぁ……」
「どうしよどうしよ、五巡目面清聴牌して多面待ちになったみたいな感じ……ちょっと考えさせてっ」
「お、おぅ……」
本気で困ったような、混乱しているような表情を見せる風水。表情が分かりやすい。感情が顔に出やすいのだろう、今も必死で考え込んでいることがよく分かる。もっとも、その中にはこの上ない歓喜も垣間見えるが。
しかし困ったのは浬も同じで、つい勢いに押されて頷いてしまったが、すっかり会話の主導権を風水に握られてしまった。
ややあって、風水がバッと顔を上げる。
「よしっ、決めたよっ!」
「……なにをだ?」
聞いてしまった。
無視すればよかった。無視して、すぐに自分の要求を突きつけるべきだった。言ってから浬は後悔する。
しかし、もう遅い。
答えることを促された風水は、浬が後悔から立ち直り、話題を切り替えるよりも早く、喰いタン並の速度で、続けた。
「うちにいこうっ!」
- Re: デュエル・マスターズ Another Mythology ( No.283 )
- 日時: 2015/11/10 14:45
- 名前: Orfevre ◆ONTLfA/kg2 (ID: dUayo3W.)
とりあえず。先手を打っておこうなOrfevreです。
と、いう前にあれ? 風水って大学生じゃありませんでしたか?てっきり大学生だと思い、(雑談版にて)合法ロリなんて言葉を使ってしまったではないですかw
いや、多分こちらの勘違い及び思い込みによるところが大きいですけどね。
さて、風水の語り手はネプベースでしたが、まあ、ある意味もっとも純粋な意味での語り手ですよね、力をそのまま受け継いでいるので、アレンジしまくりの《エリクシール》や《キュレテイア》(まあ、元が元ですけど)よりは後継者感があっていいと思います。《トリアイナ》はネプよりは小回り利きますし、使いやすさも増してると思います。
そういう意味では、一騎が所持する神話カード随一の完成度を誇る《マルス》の継承神話にも期待が高まります。オリジナリティが先行するのか、それともマルスに近いのか。
そして、合法改め年相応の風水はいくら何でも無防備過ぎませんか?ほぼ初対面の男を(一目惚れを加味しても)家に誘うなんて肉食どころではないでしょう(少なくともわたしには出来ない)。まあ、ここは小学生ゆえの友達感覚ということで通しておきますか。
さて、どうも簡潔にまとめすぎてる気がしてならないですね。外連味のないソルティな文章が持ち味ということはわたし自身自覚してますし、今日のところはこの辺で感想を終わりにしておきます。
これでぴったり600文字なりw
Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114