二次創作小説(紙ほか)

■漢字にルビが振れるようになりました!使用方法は漢字のよみがなを半角かっこで括るだけ。
 入力例)鳴(な)かぬなら 鳴(な)くまでまとう 不如帰(ホトトギス)

デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

106話「霞の子」 ( No.319 )
日時: 2016/02/18 20:21
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 生まれてからずっと、一人だった。
 母親はいる。父親も。義理の兄もいるし、親戚や、大切にしてくれる人もたくさんいた。
 しかし、それはすべて、大人だ。
 いくら母親に抱かれても、父親に頭を撫でてもらっても、義兄と一緒に遊んでも、一人でいるという虚無感は、埋まらなかった。
 家の中で過ごす間は気にしていなかったけれど、幼稚園に入ると、自分が一人であることを強く意識するようになった。

 だれもわたしとあそんでくれない。

 入園してから、ずっとだ。先生に言っても、言葉を濁して去ってしまう。

 なんで、どうして。
 だれもわたしとともだちになってくれないの。

 自問自答を繰り返した。答えは出なかった。まだその答えを出すには、自分は幼かった。
 小学校に上がる頃。入学式の日。家族や親戚が、たくさん来てくれた。
 でも、居心地が悪かった。この時から、薄々分かっていた。
 自分の家族が——霞家という家柄が、普通ではないことが。
 帰り道に、誰かのお母さんらしき人たちが話しているのを見た。
 たまたま、その話が聞こえてきた。

 ——霞の子には近づくな——

 ——霞と関わるのは危険だ——

 ——うちの子を霞に触れさせてはいけない——

 霞。自分の苗字。
 家族との、そして、兄になってくれた大切な彼との、繋がり。
 予感が確信に変わった瞬間だった。
 自分の背負う名が、家の名前が、他人と自分の間を隔てる壁となっているのだった。



「若頭ぁ……お嬢のことですが、まだ学校で友達ができていないようで……」
「そうか。やはりな。霞の名は、あいつには重すぎたか」
「どうしやしょう。このままじゃ、お嬢が可哀そうですぜ……」
「俺たちにどうにかできるものなら、どうにかするがな。しかし、俺たちが手を出したところでどうにもならない」
「しかし……」
「むしろ逆効果になりかねない。俺たちは裏の社会に生きる者だ。それが表に干渉して、良いことは起こらない。下手をすれば、よりあいつを傷つけることになる」
「む、むぅ……」
「今は静観するしかない。苦節の冬を乗り越え、陽が昇る春の時が来るまでな」

 兄たちが話しているところを聞いた。言葉は難しく、なにを言っているのか分からないところもあったけれど、雰囲気で理解した。
 やっぱり、自分は他人と相いれない存在なのだと。
 受け入れられない人間なのだと。
 10にも満たない幼女だった自分は、理解した。
 学校は辛かった。
 校庭から、教室から、廊下から、学校全体から聞こえる、笑い声。子供も教師も一緒になって、一体感のある空間だった。
 その中で、自分だけが外れている。自分だけ、その枠に入ることはできない。受け入れられない存在だった。
 誰かと一緒に鬼ごっこをすることも、誰かと楽しくお喋りすることも、誰かと協力して勉強をすることも、誰かと助け合ってなにかを成し遂げることも、なにもなかった。
 誰も近寄らない。皆が、自分を拒絶する。
 だから自分は独りだ。昔も、今も、そしてこれからも。
「ケイドロするひとー! このゆびとーまれっ!」
 ある日のこと。いつもの日のこと。変わらぬ日のこと。
 生徒も教師も、自分のことを忌避する毎日。その中のたった一日。
 今日もクラスは楽しそうな空気に満ちている。笑い声と笑顔が絶えない、和やかな世界だ。
 当然、自分という存在を除いて、だが。
 誰かが人差し指を突き上げていた。クラスメイトの女の子だ。よく彼女の声を聞く。よく誰かと一緒に遊んだり喋ったりしていて、クラスの中心人物的な子。
 自分とはまるで接点のない、無関係な女の子。自分も、あんな風に明るくなれれば、ちょっとは変わったのかもしれない。その子を見て、ふとそんなことを思った。
「ひーふーみー……あれ? ケイドロやるのこれだけ? すくないよー、5にんじゃたりない。もうひとり、だれかやらないの?」
 キョロキョロとクラスを見回すその子は、こっちを向いた。こちらも相手を見ていたので、たまたま、視線がぶつかって見つめ合う。
 すると、女の子はにんまりとした表情で、駆け寄ってきた。
「ねー、きみ! ケイドロしない?」
「ちょ、ちょっと、あきら……!」
「え? なに?」
「その子はダメだって……」
 始まった。予想通りだった。
 たまに、なにも知らない人が近づいてくることがあるけれど、そういう時は決まって誰かが告げ口をする。そうしたら、結局その人も離れてしまう。
 告げ口する人は、決まってこう言うのだ。
「その子、“かすみ”の子だよ……」
 呪詛のような言葉。忌まわしいほどに自分を縛り付ける、呪いの文言。
 その呪いをふりまかれたら、みんな顔を真っ青にして、逃げていく。
 さっきまで明るい顔をしていたこの子も、すぐに怯えた表情で、背を向ける。
 そう思っていた。
 けれど、違った。

「カスミノコ? なにそれ?」

「え……?」
 相手の子が、呆けた顔をしている。自分も同じ顔をしているのだろう。
「しらないの? おかあさんからきいたことない?」
「おぼえてないや。なに? カスミノコって?」
「え、えっと……よくわかんないけど、うちのおかあさんは、かすみのこにはちかづくなって……」
「なんで?」
「そ、それは、しらないけど……」
 言葉に詰まった。なんで霞がダメなのか。その理由までは言われていない。きっと、言っても分からないから、とにかくダメ、ということだけを教え込んだのだろう。
 従順な子供は、それだけで言うことを聞く。しかし、この女の子は違った。
 母親が本当になにも言わなかったのか、それとも言われていたが忘れただけなのか。それは分からない。
「そういえば、きみ、なまえしらないや。わたしはあきら。きみはなんていうの? カスミノコ?」
「え……と……えと……」
 彼女の勢いがこちらに向いた。人から話しかけられることなんて、皆無に等しいので、戸惑ってしまう。
 霞は家の名前だ。自分の本当の名前。
 家族から貰った、自分というたった一人を示す、名前。
 喉の奥につっかえる。それでも必死に、一生懸命、声を絞り出して——名乗る。

「ゆ、ゆず……です」

 言えた。
 初めて口にした、自分の名前。
 家の名ではない、自分の名前。
 女の子はそれを聞くと、そっか! と手を差し伸べた。

「じゃあ、いまからともだちだね! ゆず!」

「ふぇ……?」
 言葉が上手く出なかった。
 この感情をどう表現すればいいのか分からなかった。
 差し伸べられた手。にこやかな笑顔。楽しそうな声。
 すべてが、輝いて見えた。
 寒く、冷たく、苦しい時から、解放されたかのような、安堵感。
 暖かく、温もりと優しさに溢れた安心感。
 冬を超え、春が来たのだ。
 そんな春を迎えてくれた彼女は、そう——
「ともだちになろう、ゆず!」
 ——自分にとっての太陽だった。

「……はいっ、あきらちゃん——」

107話「春陽」 ( No.320 )
日時: 2016/02/19 20:02
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 ——思い出した。
「……わたしだって」
 あの時の気持を。
 あの時の孤独を。
 あの時の喜びを。
「わたしだって、おなじなんです……あきらちゃんにすくわれて、あきらちゃんが好きになって、それで、ずっとずっと、一緒にいたいって、思うようになったんです……」
 胸の奥から、沸々となにかが湧き上がってくる。身体が震えて、言葉が溢れてくる。
 言葉だけではない。気持ちが、感情が、とめどなく流れてくる。
 悲しみ……悔しさ……羨ましさ……妬み……怒り……違う。
 これは、彼女に対する気持ちではないのだろうか。
 暁が好きだという彼女。その気持ちの強さ、意志の強さを、この眼で見て来た。
 奥手な自分とは違う。積極的で、なにがあっても曲げない、折れない。そして譲らない。どこまでも押し通そうとする意志の強さが、彼女にはあった。
 それと自分を比較して、悲しくなった。悔しかった。羨ましかったし、妬んだ。怒りさえしかたかもしれない。
 今までは、そんな感情を覚えていたはずなのに、全く違うものが芽生えてくる。
 不思議な気持ちだ。上手く制御できないが、溢れてもいいと思える。
 感情のまま、衝動のまま、胸の内から湧き上がる言葉を、吐き出した。
「わたしだって! あきらちゃんが大好きです! 強いとか弱いとか、そんなことは関係ありませんっ! あのときだけじゃない! 今も、昔も、そしてこれからも! あきらちゃんは、春の太陽みたいに明るくて、まぶしい存在なんです!」
「……なに、なんなの……急に……発狂……?」
 急に言葉を、そして感情を爆発させた柚に、恋も戸惑いを隠せない。いつも強気な彼女も、一歩を身を引いていた。
 柚は激情に突き動かされるまま、自我を失ったかのように、叫び続ける。
「あきらちゃんは自由なんです! わたしみたいに、家とか、まわりとかにしばられない! だからこそ、あきらちゃんはあきらちゃんです!」
「なにを言って……」
「あきらちゃんは……あきらちゃんは……いつだってわたしにとっての太陽で、わたしの一番大切な人で、一番大好きな人で、それで……」
 ハァハァと息を切らす。どれだけ激情に突き動かされようと、身体の方はついていかない。
 しかし彼女の意志は、最後まで貫かれた。
 あの時の孤独を味わうのは嫌だ。一度手にした喜びを、あたたかさを、決して手放したくはない。
 なぜなら彼女は、自分の、
「わたしの……一番のお友達なんですっ!」
 だから、我を通す。
 譲れないもののために——

「大切なお友達のために、わたしは、最後まで戦います……っ!」



 ——その言葉、まってたよ——



 どこからか声が聞こえる。
 舌足らずで幼げな声。明るく弾むような、少女の声だ。
「え……? だ、だれですか……?」

 ——いまでるよ。まってて——

 その声が聞こえた刹那、暗転した世界は緑色に染まり、花弁が舞い散るように“彼女”が現れた。
 声の通り、少女だ。瑞々しい肢体を民族的な衣で多い、桜色の髪を括っている少女。
 彼女は、柚ににこやかな明るい笑顔を向けている。
 凍てつく冬の豪雪さえも溶かしてしまいそうなほどに、あたたかな笑みを。
「あ、あなたは……」
『私? 私はルピナ! ……じゃないじゃない、間違えちゃった。えっと、私はプロセルピナ、だよ』
 少女——プロセルピナは、笑顔のまま名乗る。
「プロセルピナ……それって……」
「ルー!」
 その時、脇からプルが飛び出した。彼女も、そしてプロセルピナも、いっそう笑顔が晴れる。
『あ、プルだ! ひさしぶりー、元気だった?』
「ルー、ルールー!」
『うんうん、元気そうで私もうれしいよ。ねぇ、プロセ?』
 プロセ、と彼女が呼びかけたと同時に、彼女の影からぬっとなにがが這い出てくる。
 龍だ。緑色の鱗を煌めかせ、古木のような翼と牙を持つ、猛々しい龍。
 その龍は低い唸り声をあげ、鋭い眼光で柚たちを見据えている。
「はわわ……っ」
『こわがらなくていいよ。この子はプロセ、“もうひとりの私”だよ』
 プロセルピナは、プロセの頭を撫でながら言う。
「もうひとりの……?」
『まーそんなことはどーでもいいんだけどさっ』
 そう言って、プロセルピナは打ち切った。それは本来すべき話ではない。
 ここにこうして彼女が現れ、柚が呼ばれたことにはれっきとした意味がある。その意味を伝え、為すべきことを為す。それが彼女の使命だ。
 いくら幼くとも、十二神話の一柱として、彼女は柚に伝える。
『いまの私は、ざんきょー、ってやつなんだって。私にもよくわかんないけど、あんま長いことおしゃべりできないの。ごめんね』
 話には聞いていた。神核から現れるかつての神話たち。それは本来の姿ではなく、僅かばかりの力を残した残響。
 しかし彼らが残した僅かな力こそが、彼らが最も託したいと願うものである。
『ねぇ、ゆずりん』
「……え? わたしのことですか?」
『そだよー。君はね、私の力をうけつぐけんりがあるんだよ』
「力をうけつぐ、権利……」
『長老がなんかいろいろ言ってたけど、わすれちゃった……えっとねー、なんて言ったらいいのかわかんないけど、私が思うにー』
 んー、と思案するプロセルピナ。
 柚は少しだけ不安になる。こうして神話のクリーチャーと相対するのは初めてだが、予想していた存在と遥かにイメージが違う。
 自分もあまり人のことは言えないが、彼女は明らかに幼い。かつてこの世界を統治していたクリーチャーたちの一人とは思えないほどだ。
 そんな不安に駆られる柚のことなどお構いなしに、プロセルピナは答えを出す。
『……友達って、だいじだよねっ!』
「ふぇ……?」
 突然なにを言っているのだろうか、と言わんばかりに疑問符を浮かべる柚。
 当たり前と言えば当たり前のこと。しかし、仮にも世界の統治者だった者が言う台詞であろうか。
 呆気に取られる柚。プロセルピナは、さらに続けた。
『一緒においしいもの食べて、一緒に遊んで、一緒に寝て……一緒に戦う。そして、最後には一緒に笑ってるんだよ! これって、とってもすてきなことだと思わない?』
「…………」
『だから、友達は大切なの。たまにケンカしちゃうときもあるけど、最後には仲直りして、もっと仲良くなるの』
 なにかの比喩、というわけでもなさそうだ。
 これは、彼女の心の底から思っていること。彼女の本心。
 彼女の、萌芽神話としての生き様だ。
『長老とか、アポロンとか、プロセとは、最初はケンカばっかりしてた。アルテミス、ヴィーナス、マルス……みんな私の友達になってくれた。いままであんまり仲良くなかったけど、ネプトゥーヌス、アテナ、ヘルメス、ハーデス、ユノ、ユピテル……みんな、私の大切なお友達になったの』
 思い返すように、穏やかに言葉を紡ぐプロセルピナ。
 彼女の明るさ、優しさ、思いやり。当たり前の善意が、偽善でも打算的なものでもなく、心から伝わってくる。
 柚は口を開かない。彼女の言葉に、ただ、耳を傾けている。
『友達の輪はどこからもつながってる。ちょっとでも好きって気持ちがあれば、誰とでも仲良くなれる。そうして友達をたくさんつくれば、もっと楽しくなるんだよ』
 そしてプロセルピナは、柚に微笑む。
『ゆずりんは、もうわかってるよね。私の言いたいこと』
「……はい」
 柚は、静かに答えた。
 プロセルピナはその答えを聞き、満面の笑みを浮かべる。
『うん、ならオッケー! 大切な友達のために、がんばって!』
「はい、ありがとうございますっ!」
 不安はなかった。彼女が幼いとか、そんなことは関係なかった。
 むしろ、彼女の幼さ、無邪気さ。天真爛漫で穢れを知らない、その純真さこそが、統治の要となっていた。
 そのことを、柚は彼女の言葉から感じ取った。
 そしてなによりも、自分にとって大切で、譲れないもの。
 それを、見つめ直すことができた。
『あ、わすれてた。プルにつけてた……なんだっけ? かせ? は、外しておくよ』
 パキン、と。
 どこかで、何かが外れるような音が聞こえた気がした。
『これでいいかな。それじゃ、がんばれっ! ゆずりん! プル!』
 プロセルピナは柚たちの背中を押す。満開の桜のような笑顔で、送り出してくれる。
『安心して。みんな、君たちの味方だよ』
 最後に、プロセルピナは微笑んだ。
 萌える花々のような光を残して——



「……いきます」
 気づけば、そこはさっきまでの神話空間。
 シールドはなく、眼前の恋は、こちらを射殺さんばかりの眼で睨んでいる。
 しかし、その眼に怯えたりはしない。
 絶対に退かない。諦めない。負けない。
 彼女から伝えられた言葉を胸に、柚はカードを引く。
「わたしのターン! 《霞み妖精ジャスミン》を二体召喚! 一体を破壊して、マナをふやしますっ」
 豊富なマナから、柚は二体の妖精を呼び出す。
 一体はその命を大地に捧げる。柚はそうして肥えた地を一瞥して、次の命を解き放つ。
「原生林の英雄、龍の力をその身に宿し、古の栄光で武装せよ——《牙英雄 オトマ=クット》を召喚ですっ! マナ武装7発動!」
 続けて現れるのは、緑色の英雄、《オトマ=クット》。
 《オトマ=クット》は柚の広大な土壌からマナの力を得る。得た力をその身に武装させ、原生林を繁茂させた。
 生い茂る草木によって、大地は再び活力を取り戻す。
「わたしのマナゾーンのカードを七枚アンタップします」
「……だから?」
 その程度では、まったく動じない恋。今更そのようなクリーチャーが出たところで、彼女の脅威にはなり得ない。
 ただし、今のままでは、だ。
 柚は起き上がったマナを使い、さらに大地を動かす。
「まだですよっ。次は呪文を唱えますっ!」
「コスト5以下の呪文なら、光じゃないと唱えれない……」
「わかってます。でも、コスト5を超えているこの呪文は、《ネバーラスト》では邪魔することはできませんよっ! 呪文《獰猛なる大地》!」
 大地は猛々しく脈動する。
 柚が蒔いた種が発芽し、成長し、やがて実は地に落ちる。
 しかしその実が種となり、新たな命を育む。
「進化——」
 小さなが芽が顔を出し、萌える花々が咲き乱れ、萌芽の力となる。
 この力は自分だけの力ではない。
 今までの数多くの積み重ね。友と、仲間と、共に歩んできた証。
 それが今、発芽し、百花繚乱の花々を咲かせる。

「——メソロギィ・ゼロ!」












 木々が静まる。
 そこにあるのは、色鮮やかな花弁。
 無垢なる心。
 そして、仲間と共に生きる、受け継がれた神話の力。
 かの者は《萌芽神話》の継承者。
 かつての神話と共にあった種を蒔き、萌芽の力を育み、大輪の花を咲かせる。
 そう、かの者こそは——



「——《萌芽神花 メイプル》!」

108話「萌芽神花」 ( No.321 )
日時: 2016/03/31 23:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

萌芽神花 メイプル 自然文明 (7)
進化クリーチャー:スノーフェアリー/アース・ドラゴン 7000
進化—自分の《萌芽の語り手 プル》1体の上に置く。
メソロギィ・ゼロ—バトルゾーンに自分の《萌芽の語り手 プル》または《メイプル》と名のつくクリーチャーがおらず、自分のスノーフェアリーまたはコマンド・ドラゴンを含む自然のカードのコストの合計が12以上なら、進化元なしでこのクリーチャーをバトルゾーンに出してもよい。
このクリーチャーはバトルゾーン以外のゾーンにある時、進化でないクリーチャーとしても扱う。
このクリーチャーが攻撃する時、自分の墓地またはバトルゾーンにある相手のクリーチャーを1体選び、持ち主のマナゾーンに置いてもよい。こうして相手のクリーチャーがマナゾーンに置かれていなければ、自分のマナゾーンにあるカードの枚数以下のコストを持つ自然のクリーチャーを1体、自分のマナゾーンからバトルゾーンに出してもよい。
自分の自然のクリーチャーはすべて「セイバー:自然のドラゴン」を得る。
自分のバトルゾーン、またはマナゾーンから自然のクリーチャーが離れた時、そのターン、自分の自然のドラゴンは攻撃中に破壊されず、攻撃されない。
W・ブレイカー



 獰猛な大地が割れ、そこから一輪の花が咲く。
 細くしなやかで、瑞々しい肢体。背には花弁のような羽が伸びる。
 妖精のような彼女は蕾のようにその身を閉じていたが、やがて、花開くように顔をあげる。
『Loo——』
 小さく息を吐くと、彼女は柚を見据えて、言葉を紡ぐ。
『——柚、私もあなたの意に賛成だ』
 凛とした声。
 朝露のようにその声は透き通り、心に溜まる。すると、今度は陽光に照らされたような明るさと暖かさが染み渡る。
『仲間とは、友とは、独占されるべきものではない。仲間と仲間、友と友。数多の繋がりが、数多の輪となり、命の和を生み出す。それが共に生きるものたちの在り方……あの光の娘は、それが分かっていない』
「え、えっと……?」
 言葉に詰まる柚。いつもの彼女とは違う雰囲気に、戸惑いを隠せない。
 いつもなら、彼女の意思は心で伝わってくる。しかし今、彼女の意思は言葉で伝えられる。
 彼女の声が、言葉が、そして立ち振る舞いが、これまでとの差異を生み出すが、
『分からないかな。ふふっ、柚は自分の気持ちを言葉にするのが下手だな。私が代わりに、言葉にしてあげよう。要するに、友達と仲良くする方法を間違えている子供には、躾てやらなければいけない、ということだ。ルピナちゃんのようにな』
「ル、ルピナちゃん……?」
『おっと、私としたことが失言だったな。体面的には、プロセルピナ様、と言うべきか。ふふっ、今のは忘れてくれ』
「は、はぁ……」
 子供のように微笑む彼女。
 そこに、柚はプルと呼んでいた彼女の面影を見た。
 姿形が変わっても、本質はなにも変わらない。
 今までの彼女が、そこにいた。
 そして、自分の傍に、寄り添ってくれている。
『なんにせよ、だ。友の意味を履き違えている彼女のためにも、私たちの手で教えてやろう、柚。仲間とは、友とは、どうあるべきかを』
「は、はひっ! お願いします……っ!」
『お願い? 違うだろ』
 彼女は柔和に微笑むと、間違いを正すように言う。
『一緒に、だ』
「……はいっ! 《メイプル》さんっ!」
『いい返事だ』
 二人は、柚と《メイプル》は、恋へと向き直る。
 友のため、仲間のため、そして彼女のために、立ち向かう。
「《獰猛なる大地》の効果をつづけます。ひゅうがさんのマナから《ティグヌス》をバトルゾーンに出して、わたしのバトルゾーンの《ジャスミン》と、ひゅうがさんのバトルゾーンの《オリオティス》をそれぞれマナヘ!」
『《ジャスミン》、ありがとう。あなたの育む小さな命の発芽が、私たちの糧となる。あなたのその生き様に敬意を表して、あなたを大地に送り届けよう』
 《メイプル》はゆっくりと目を閉じ、祈るように手を組んだ。
 残ったもう一体の《ジャスミン》が、蠢動する大地に飲み込まれ、消えていく。
 《メイプル》は、己を呼び出すための糧となった小さな妖精を見届けると、再び恋の方を向く。
『さぁ、行こうか』
「はいっ! 《メイプル》さんで攻撃、その時、能力発動ですっ」
 花弁のような羽を震わして、《メイプル》は飛翔する。
 そして多くの仲間が眠る墓場へと、種を落とした。
『私の能力で、自分の墓地のクリーチャーを一体、マナに還すぞ』
 《メイプル》が落とした種は発芽し、墓地に眠る《ケロスケ》を多い、マナゾーンへと送る。彼が亡くした命は、一度大地に取り込まれた。
 そして、
「わたしのマナゾーンにあるカードの数以下のコストの自然クリーチャーを一体、マナゾーンからバトルゾーンに!」
 その命を糧に、新たな命が芽生える。

「連鎖します、覇王様! 《連鎖類覇王目 ティラノヴェノム》!」

 《メイプル》の蒔いた種が芽吹き、成長し、大きな命として実る。
 覇王となる連鎖類目の古代龍が、大地より這い出てきた。《ティラノヴェノム》はその力で、さらに大地を叩き割る。
 そして、さらなる仲間を呼び寄せるのだ。
「《ティラノヴェノム》の能力で、《龍覇 サソリス》をバトルゾーンにっ! きてください——《始原塊 ジュダイナ》!」
 今度は《サソリス》が、超次元の彼方より、己が武器を呼び寄せる。
 龍の頭部を模した原始的な大槌。《サソリス》はその槌を掴み取った。
『《サソリス》、後のことは任せた。私がみんなを守るから、あなたは柚を守ってくれ』
『任せておいてよ。君たちがいれば《ジュダイナ》も本来の姿を取り戻せる。絶対に守り抜いてみせるよ』
『あぁ、頼んだぞ』
 そう《サソリス》と言葉を交わし、《メイプル》は空を翔ける。恋の盾へと、真っ直ぐに突き進んでいく。
 だがその間には、巨大で強大な光の壁が立ち塞がる。
「少しクリーチャーを展開したくらいで、いい気にならないでほしい……いくら神話継承しても、そのクリーチャーは、しょせんパワー7000……私のクリーチャーたちの敵じゃない……《エバーラスト》でブロック」
 舞うように飛ぶ《メイプル》に、《エバーラスト》が迫る。
 鋭い槍の一突き。それを避けても、薙ぎ払い、降り下ろし、その槍撃は止むことがない。
 弾くことはできない。触れてしまえば、浄化の光で身を消し飛ばされるのは目に見えていた。ゆえにその槍から逃げ続ける《メイプル》だが、それもじき終わる。
「——とった」
 やがて、《エバーラスト》の不滅の槍が、《メイプル》の身を貫いた——
「……?」
 胸を穿たれた《メイプル》。そのまま破壊され、墓地へと落ちる。それが普通であり、当然の結末だ。
 しかし、《メイプル》の身は、綻び始める。桜の花びらが散るように、その身が崩れていく。
 一陣の風が吹くと、花弁の身体は舞い散らされ、そこに《メイプル》の姿はなくなっていた。
「なに……どこに……? 破壊したはずなのに……」
『ふふっ、驚いているか?』
 気づけば、《エバーラスト》の後ろに、《メイプル》がいた。
『残念だが、私の力を使わせてもらった。このターン、私たちを破壊することはできないぞ』
「どういう……」
「《メイプル》さんの能力です。バトルゾーンやマナゾーンからクリーチャーがはなれたターン、わたしの自然のドラゴンは、攻撃中に破壊されません……っ!」
 このターン、柚は《獰猛なる大地》でバトルゾーンとマナゾーンのカードを入れ替えている。なので、《メイプル》の能力を発動させることができるのだった。
 仲間との死別、離別、大地の摩耗、消耗。それらの悲しみの連鎖を、《メイプル》は断ち切る。
 仲間を守る力。友を思う心。それが、《萌芽神話》を語る語り手の、在り方だ。
「これで、わたしのターンは終了です。ですがこのとき、わたしのバトルゾーンにドラゴンが三体いますっ」
 柚の場には、《オトマ=クット》《ティラノヴェノム》そして《メイプル》。三体のドラゴンがいる。
 そのため、
「《ジュダイナ》の龍解条件成立ですっ!」
 《サソリス》が手にした大槌を、《ジュダイナ》を大地に叩きつける。
「古代の王様、大地を揺るがし、原始の命を蘇らせます……」
 その一撃が、力によって恐怖を放つ、強大で偉大な龍を呼び覚ます。
「龍解——」
 大地が割れる。
 大槌が、原始の力を取り込む。
 太古の王者が、再び古の栄光を取り戻す。
 そして、目覚める——

「——《古代王 ザウルピオ》!」

109話「仲間と友」 ( No.322 )
日時: 2016/02/19 21:42
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 眠りから目覚めた《古代王 ザウルピオ》。すべての古代龍を統べるかの王は、大地の大槌を振りかざす。
 柚のシールドはゼロ。ブロッカーもいない。障壁となるものは存在しない。
 ——《ザウルピオ》を除いては。
(《ザウルピオ》がいる限り、私はダイレクトアタックができない……《エバーラスト》の能力でも、《ザウルピオ》の効果を無効にすることはできない……)
 《エバーラスト》が無効化できるのは、クリーチャー自身の攻撃できない“能力”。《ザウルピオ》のように後から付加された“効果”までは無効化できない。
 つまり、恋はどうにかして《ザウルピオ》を除去しなければ、柚にとどめが刺せないのだ。
「なら……呪文《マスター・スパーク》。相手クリーチャーを、すべてタップ……」
「……っ」
 眩い閃光が放たれる。その光は、柚のクリーチャーをすべて、地にひれ伏させる。
 無防備を晒す古代龍たちは正義の名の下に裁かれる。盟約に従い、恋のクリーチャーたちは動き出した。
 《エバーラスト》の矛先が、《ザウルピオ》へと向けられる。
「これで終わり……、《エバーラスト》で《ザウルピオ》を攻撃……破壊」
 輝く槍が《ザウルピオ》の身を貫く。
 絶対的な正義の前では、古代の栄光も塵芥と同じ。いくら古代龍を統べる王と言えども、容易く滅される。
 しかし、
「させませんっ! セイバー発動ですっ!」
 突如、《ザウルピオ》の身が木葉のように舞い散る。
 槍が貫通した空間はただの虚空だ。
 いや違う。
 よく見れば、蛙の面を被ったドラグナーが、《エバーラスト》の長槍の切っ先に突き刺さっていた。
 しかし《ザウルピオ》を貫いてはいない。古代王は柚の傍に付き、彼女を守るように座している。
「……どうして……?」
「《ケロスケ》のセイバー発動ですっ! 《ケロスケ》を破壊して、《ザウルピオ》を守りますっ!」
「セイバー……?」
 小さな戸惑いを見せる恋。柚の言っていることが分からない。
 《ケロスケ》の能力はドラグハートの呼び出しと、自身の強化。セイバーなどは持ち合わせていないはず。そのため、《ザウルピオ》を守ることは不可能だ。
 しかし現実では、《ケロスケ》が《ザウルピオ》の身代わりとなっている。
 その事実に、恋は困惑していた。
「《メイプル》さんの能力です。わたしの自然のクリーチャーはぜんぶセイバーになって、自然のドラゴンを守れますっ」
「セイバー付加……」
 つまり《メイプル》が味方にセイバー能力を与えることで、《ザウルピオ》は守られたのだった。
 面倒な能力だと思ったが、それだけならまだ手はある。
「だったら……倒れるまで殴り続ける……《ネバーラスト》で攻撃」
 単なるセイバーだけならば問題はない。相手クリーチャーが尽きるまで、攻撃を続ければいいだけだ。
 《エバーラスト》に続き、《ネバーラスト》の槍が、再び《ザウルピオ》を突き刺す——
「《メイプル》さんっ!」
『あぁ、仲間の死は無駄にはしない。もう、私の仲間を、傷つけさせはしない』
 ——はずだった。
 《ザウルピオ》を貫通した《ネバーラスト》の槍。しかし、貫かれた《ザウルピオ》の身体は、木葉が舞い落ちるように散った。
 槍が貫いた空間に《ザウルピオ》はいない。しかし、《ザウルピオ》の姿はそこにあった。
 恋は思い返す。さっきも、同じ光景を見た。
「これは……」
「さっきのターンも、言いましたよ……《メイプル》さんの能力、発動です……っ!」
 このターン、柚の《ケロスケ》はセイバーによってその身を犠牲にした。つまり、バトルゾーンを離れている。
 そのため、《メイプル》の能力が発動したのだ。
「クリーチャーがはなれたときに発動する、《メイプル》さんのもう一つの能力……わたしの自然のドラゴンは、攻撃されませんっ!」
「攻撃されない……っ」
『自然文明の仲間意識を舐めるなよ。命を尊ぶということは、理由なく命が大事だと叫ぶことではない。仲間思いということは、仲間同士で慣れ合うことではない。大地を肥やす、主を守る——その目的は様々だが、本当に大切なもののためならば、彼らは躊躇いなく己の命を捧げる。自然の摂理に逆らうこととなっても、それが彼らの矜持であり、己の本分。そして彼らの譲れないものだ。そんな彼らの覚悟が、あなたに分かるか?』
「…………」
 恋は閉口した。
 《メイプル》の言葉はさておいても、この状況は良くない。
 攻撃中に破壊できず、攻撃もできない。
 元々除去が苦手で、殴り返しとブロックが主な除去手段になる光文明にとっては——恋にとっては、非常に厄介な能力だ
(……ちょっと、まずいかも……)
 いよいよ、恋は突破手段がなくなってしまった。
 相手ターン中は《メイプル》らがマナゾーンから踏み倒しを行うため、ほぼ確実に破壊不可。自分のターンにしても、セイバーで肝心の《ザウルピオ》を守られてしまい、そのセイバーが発動することで二度目以降の攻撃が封じられるため、やはり殴り倒せない。
 タップキルの殲滅は不可能。光文明の除去の弱さが招いた結果。これで恋は、柚の布陣を崩すことができなくなってしまった。
(……いや、まだ、手はある……)
 詰ませたと思ったら、逆に詰まされてしまったこの状況。限りなく詰み見に近いが、まだ完全に詰んだわけではない。光は残っている。
 唯一と言ってもいい一手が。
(ブロックがダメ、殴り倒すこともできない……なら、直接葬る……《ザウルピオ》を、盾にとじこめれば……)
 光文明における、タップキル以外の除去手段——シールド送り。
 これで《ザウルピオ》を直接超次元ゾーンに戻してしまえば、《メイプル》の能力やセイバーに邪魔されることなく《ザウルピオ》を処理し、ダイレクトアタックを通すことができる。
(私のデッキに入ってるシールドへの除去カードは、二種類……《シール・ド・レイユ》と《ソウルガルド》……でも《ソウルガルド》じゃ《ザウルピオ》には届かないから、除去できるカードは一枚だけ)

 《護英雄 シール・ド・レイユ》

 この一枚が来ることに賭けるしかない。
(私の方がデッキ多いし、粘ってライブラリアウトを狙う手もあるけど……クリーチャーの増やし方が尋常じゃない。こっちのブロッカーの数を超えてきたら、処理できなくなるし、はやめに決着をつける……)
「わたしのターンですっ!」
 《メイプル》と《ザウルピオ》の障壁に絶対的なまでの信頼を寄せている柚は、その壁を自信に変え、攻めに転じた。
「増殖します、帝王様! 《帝王類増殖目 トリプレックス》!」
 《ザウルピオ》に続くのは《トリプレックス》。さらに《トリプレックス》も、大地に眠る化石に命を吹き込み、仲間を増殖させる。
「《トリプレックス》の能力で、マナゾーンから《連鎖類大翼目 プテラトックス》《連鎖庇護類 ジュラピ》をバトルゾーンに! さらに《プテラトックス》の能力で、《エッグザウラー》をバトルゾーンに!」
「く……っ」
 《トリプレックス》が増殖させた仲間たちは、さらなる仲間を呼び、連鎖させる。《トリプレックス》の咆哮と《プテラトックス》の雄叫びが、《ジュラピ》と《エッグザウラー》の殻を破り、戦場へと送り出した。
 一体一体が打点とパワーを備えているうえに、これらも《メイプル》の能力で保護され、逆に他の古代龍たちも護る盾にもなる。
 連鎖類目の展開力と《メイプル》の仲間を守る能力が噛み合い、互いを守り合いながら、恋と、恋の従える天使龍たちに牙を剥く。
 太古の栄光を蘇らせることを諦めなかった彼らは、今まで幾度と折られてきたその牙を研ぎ澄まし、遂に反撃の時を迎えたのだ。
『さぁ、ここからは競争だ。私たちの自然の攻撃が勝るか、それともあなたたち光の防御が勝るか……ふふっ、わくわくするな』
 それらの軍勢の先頭に立ち、《メイプル》は子供っぽく微笑んだ。
 柚がクリーチャーを大量展開し、恋の防御を貫けるか。恋が《シール・ド・レイユ》を引くまで、柚の攻撃を耐え切れるか。
 勝負の行方は、そこに定められた。
「《ティラノヴェノム》で攻撃! マナゾーンから《エバン=ナム=ダエッド》をバトルゾーンに!」
 柚の連鎖は止まらない。《ティラノヴェノム》の雄叫びが大地からさらなる古代龍を呼び、戦力を増やしていく。
「S・トリガー……《ヘブンズ・ゲート》」
 砕かれたシールドのうち一枚が収束し、天国の門を開く。
「私の世界に、支配と奇跡を——《支配の精霊龍 ヴァルハラナイツ》《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》」
 そして、天門から二体の天使龍が舞い降りた。
「《ヴァルハラナイツ》の能力で、《メイプル》をフリーズ……」
『止められてしまったか……もうこのターンに攻撃する意義はないな』
「そうですね……ターン終了です」
「私のターン。《天運の精霊龍 ヴァールハイト》を召喚……《ヴァルハラナイツ》で《メイプル》を攻撃……《ラ・ローゼ・ブルエ》の能力で、シールドを追加……」
 目的のカードを探しながら、守りを固めていく恋。
 恋のデッキは、どうしたって展開力では柚に劣る。シールド補充で守りを固めつつ、《メイプル》や《ティラノヴェノム》で展開を狙った攻撃を利用し、間接的なカード収集も行う。
 《ラ・ローゼ・ブルエ》の能力を起動させつつ、《ヴァルハラナイツ》の攻撃が《メイプル》へと放たれるが、
「《サソリス》さんのセイバーで、《メイプル》さんを守りますっ! そしてこれで、《メイプル》さんの能力が発動しました! もうわたしのドラゴンは攻撃されませんよ!」
 これでこのターンの攻撃は終わる。
 柚のクリーチャーはドラゴンが主体なので、実質的に1ターン一度しか攻撃できないようなものだ。
「わたしのターンですっ。《ティラノヴェノム》で攻撃! マナゾーンから《ケロスケ》をバトルゾーンに出して、《トゲトプス》を装備ですっ!」
「……S・トリガー《マスター・スパーク》……相手クリーチャーをすべてタップ……」
「なら、ターン終了時に《ケロスケ》がタップされているので、《トゲトプス》の龍解条件成立ですっ! 龍解っ、《多角類衝撃目 ブッツブ・トプス》!」
 またクリーチャーが増えた。
 やはり、できるだけ早く決着をつけなくてはならないと、恋はカードを引く。
「《ヘブンズ・ゲート》……《ラ・ローゼ・ブルエ》を二体、バトルゾーンへ……《ヴァルハラナイツ》で《メイプル》を攻撃……《ラ・ローゼ・ブルエ》三体の能力で、シールドを三枚追加……」
「《ケロスケ》のセイバーで守ります!」
 《メイプル》への攻撃は《ケロスケ》によって阻まれ、それによって《メイプル》の能力が起動。このターンの攻撃はこれまでだ。
「《メイプル》さんで攻撃! 墓地の《ハコオシディーディ》をマナゾーンへ送ります! さらにわたしのマナゾーンから《ブラキオヤイバ》をバトルゾーンに!」
「……トリガー、なし……」
「《ティラノヴェノム》で攻撃ですっ! マナゾーンから《ハコオシディーディ》をバトルゾーンに」
「……トリガー、《マスター・スパーク》……」
 柚の攻撃を止めつつ、カードを引く恋。
 しかし、目的のカードは来ない。それにより、恋の焦燥はだんだんと募っていく。
 勝負を決められず、この対戦の終わりが見えてきたことによる焦りだ。
(まずい……このままじゃ、私の山札が……)
 爆発的なマナ加速を行っていた柚に対し、恋もシールド追加を多用することで、山札が大きく削れていた。
 こうなってしまえば、自分も山札切れの危険に晒される。以降はシールド追加にも気を配らなくてはならないが、下手に防御を薄くすると、あっという間に押し切られる。かといってこのまま目的のカードが来なければ、それでも負ける。ここからは今まで以上に防御に気を遣わなくてはならず、緊張が走る。
「私のターン……ドロー……」
 引いたカードを見て、苦い思いをする恋。シールド除去のカードは引けたが、目的のカードではなかった。
 しかしシールド追加という防御手段が使いにくい今、相手の場数を少しでも減らしておきたい。恋はマナを七枚タップする。
「《記憶の精霊龍 ソウルガルド》を召喚……《エバン=ナム=ダエッド》をシールドに……」
 《ソウルガルド》が《エバン=ナム=ダエッド》を盾に閉じ込める。
 微々たる変化ではあるが、これで柚のクリーチャーを減らすことができた。
「《ヴァルハラナイツ》で《ブラキオヤイバ》を攻撃……《ラ・ローゼ・ブルエ》三体の能力で、シールドを三枚追加……」
「セイバーは使いません。《ハコオシディーディ》の能力で、《ブラキオヤイバ》をマナゾーンに送ります!」
 マナに装填される《ブラキオヤイバ》。《ハコオシディーディ》によって、古代龍たちは死を受け付けない。また《メイプル》の能力で呼び出されてしまう。
 しかし、他の龍など気にしていられない。とにかく今のターゲットは《ザウルピオ》。もしくは厄介な庇い合いを促している《メイプル》だ。
 この二体のうち、どちらかを除去できれば、恋の勝利へと結びつく。
 そうして、恋のターンが終わり、柚のターンを迎える。
「……今です」
 彼女は、小さく呟いた。
「手札にのこしておいて、よかったです……」
 ジッと耐えた甲斐があった。
 手の中に残しておいた種は、死んでいなかった。
 発芽する時が、そのチャンスが、やって来たのだ。
「マナ進化! 《密林の総督ハックル・キリンソーヤ》を召喚! シールド・フォース発動ですっ! 《エバン=ナム=ダエッド》がおかれたシールドを選びますっ!」
「《キリンソーヤ》……でも、パワーはこっちが上……」
「そうです。でも、まだ終わりじゃありませんっ!」
 再びマナを支払う。大地のエネルギーが柚の手に集い、そして古代龍たちに放たれる。

「呪文《カンクロウ・ブラスター》!」

「あ……」
 一瞬、恋はそのカードに呆気に取られる。
 そしてその直後に、焦燥と後悔が募った。
 《カンクロウ・ブラスター》。自分のクリーチャーすべてのパワーを4000上昇させ、ブロック貫通能力と、呪文へのアンタッチャブルを付与する呪文。
 このタイミングで、しかも《キリンソーヤ》と共に放たれるのは、恋にとっては非常にまずい。
(プレミった……《キリンソーヤ》も《カンクロウ・ブラスター》も考慮してなかった……シールドを増やしたのは、失敗……)
 結果的には恋のプレイミス。《ソウルガルド》の除去が、シールド・フォース発動を手助けする形となってしまった。
 クリーチャーの大量展開と合わせて物量で押し切るだけだと思っていたが、さらに押し込むためのフィニッシュカードまで積んでいたとは思わなかった。
 かつての英雄の力を受けた古代龍たちは、怒涛の勢いで恋へと牙を突き立てる。
「《ザウルピオ》でTブレイクですっ!」
 まずは、古代王の鉄槌が放たれる。
 ブロックしたいが、《キリンソーヤ》のシールド・フォースが発動しているため、こちらの方がクリーチャーのパワーが高くなければブロックできない。《カンクロウ・ブラスター》で増強された《ザウルピオ》のパワーは16000。恋の最もパワーが高い《ネバーラスト》でもパワー14500。僅かに届かない。
 いくら勝利が確定しているとはいえ、そもそも戦いが起こせなければ勝利もなにもない。恋を守るブロッカーたちは、古代龍たちが纏う大見得に圧倒され、彼らの進軍を止められない。
 《ザウルピオ》の大槌が薙ぎ払われ、恋のシールドが砕け散る。
 その砕かれた一枚目が彼女の手の中へと入ると、恋は少しだけ目を見開く。
(っ……来た、《シール・ド・レイユ》……!)
 ここで遂に探し求めていたカードが手に入る。
 これで《ザウルピオ》を超次元ゾーンに送り返せば、柚の防御壁はなくなる。
(でも、そのためには、このターンを切り抜けないと……残りの二枚から、トリガーが出れば……)
 続けて二枚目のシールドが砕かれる。
 ふと顔を上げると、柚がこちらを見据えていることに気付く。険しい、というより、覚悟を決めたような眼だ。
 彼女は恋を見据えたまま、口を開く。
「わたしは、あきらちゃんが大好きです」
「……わたしだってそう……だからなに……」
 そんなことは当たり前だ、と言わんばかりに吐き捨てる恋。
 二枚目のシールド。光は収束しない。トリガーではなかった。
 残るシールドは一枚。
「わたしはあきらちゃんが好きだから、あきらちゃんが笑えば、うれしくなります。あきらちゃんがしあわせなら、わたしもしあわせです。あきらちゃんが、他の誰かと一緒にいても、ずっとそうでした」
 でも、と柚は続ける。
「あなたといるときのあきらちゃんは、なんだか、ちがうんです。ひゅうがさんと一緒にいるときのあきらちゃんを見てても、わたしはうれしくないし、しあわせも感じません……」
「……ただのひがみ………」
「そうかもしれません。でも、あきらちゃんはやさしいんです! だから、ひゅうがさんともお友達になった。だから、だからこそ、伝わってくるんです!」
 だんだんと、彼女の感情の溢れを感じる。
 叫ぶように言葉を紡ぎ、支離滅裂になっていく。
「あきらちゃんは、わたしともお友達になってくれました……霞の家にしばられたわたしでも、わたしの鎖なんて関係なく、お友達になってくれたんですっ! わたしは、そんなあきらちゃんが好きになったんです! だから……だから……!」
「そんなの私も同じ……ずっと言ってる……ラリってるのか狂ってるのかわからないけど……そういうの、やめてほし——」
「あきらちゃんは!」
 恋の言葉を遮って、柚は大きく叫ぶ。
 今までにない力強さで、今まで以上の覚悟を持って。
 彼女へと、伝える。

「あきらちゃんは、あなただけのものじゃありませんっ!」

「……!」
 そして、恋の最後のシールドが砕かれた。
「あなたがあきらちゃんをしばりつけてる……だから、わたしがその呪縛を解き放ちますっ!」
 あの時、あきらちゃんがわたしにしてくれたように——
 そして、あきらちゃんがひゅうがさんを解き放ったように——

「《萌芽神花 メイプル》で、ダイレクトアタックですっ——!」

109話「仲間と友」 ( No.323 )
日時: 2016/02/20 22:31
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 神話空間が閉じる。
 誰もが吃驚する結果となった対戦。誰よりも驚いているのは、勝者たる柚自身だった。
「……勝った、のでしょうか……わたしが……?」
「ルー」
「プルさん……わたし、やったんですか……?」
「ルー!」
「……そう、ですか……」
 あまり実感がないようだ。自分の中で今の事実を飲み込み切れず、柚は呆けている。
 そして、そんな彼女を、恋は静かに見つめていた。
「…………」
「ねぇ、恋」
「……なに?」
 キュプリスが声をかける。言いたいことは、なんとなく予想できていた。
「あの時、なんであれ使わなかったの? あれ使ってれば、ボクがさっきの攻撃を——」
「なんのことかわからない……」
 キュプリスの言葉を打ち切って、恋はデッキを仕舞い込む。
 あの対戦は自分の負けだ。その過程がどうであれ、今こうして、結果としてそうなっている。
 最後のシールドから手札に入ったカード。あのカードが勝敗を左右したかどうかなど、もう関係ない。
「……ただ」
「ただ?」
「少し、思い出した……私が、あきらを好きな理由」
 最後のシールドが砕かれる瞬間。彼女の言葉が届いた時。
 自分は、思い出したのだ。
「わたしも同じだった……それだけ……」
 昏い光も、暗鬱とした花々も、すべて飲み込み、受け入れる、輝く太陽。暗がりを取り払う、煌めく陽光。
 自分と彼女が見ていた少女の姿は、同じだった。
 太陽は、すべてを照らすから太陽なのだ。
 誰かに独占されるのではない。すべてのものを照らし、暗雲を払う。それが、自分が惹かれた陽光だ。
 彼女の言葉で、そのことを思い出した。
 ただ、それだけだ。
「ふーん。ま、ボクの出番なくてちょっとだけつまんないけど、恋がいいって言うなら、別にいいかな」
 あまり詮索する気はないらしく、キュプリスはそう言うと大人しく引き下がった。
 恋はゆっくりと歩を進めて、今だ呆けている柚へと歩み寄る。
「……私の負け」
 そう呼びかけると、ハッとしたように柚が顔をあげる。
「あきらは好きにしていい……」
「え、えと、あの……わたし、べつにそんなつもりじゃ……」
 なにか誤解されていると思い、慌てて否定する柚。
 しかし恋の眼を見ていると、その視線が、ジッと自分に向いていることに気付いた。
「ひゅ、ひゅうがさん……?」
「……恋でいい」
 小さく言って、恋は続ける。
「……名前」
「え……?」
「名前……なんだっけ……」
「わ、わたしのですか?」
「それ以外に、なにがあるの……?」
「そ、そうですよね……」
 唐突に予想外の質問をされたので、思わず聞き返してしまった。
「えっと、わたしは……」
 名前。
 自分の名前。
 尋ねられたのは、いつ振りだろうか。
 あの時以来か。
 家の名と、自分自身の名前。
 また少しつかえてしまったが、あの時のように——名乗る。
「——柚。霞柚です」
「ん……わかった……ゆず」
 家の名前への抵抗もない。家族から貰い、皆から呼ばれるこの名前も誇らしい。
 過去の迷いも、惑いも、断ち切れた。
「——ゆず! 恋!」
 その時だ。
 そんな二人に、暁が駆け寄ってくる。
 ただ彼女の様子はいつもと少し違う。声も表情も険しく、怒っているようだった。
「二人とも、あんまり心配させないでよね! ゆずは今日はなんかいつもと違うし、恋はすっごいケンカ腰だし、デュエマ始まってからも、私ずっと緊張しっぱなしで、どうしよかと思ったよ……!」
「あきらちゃん……その、ごめんなさい……」
「……ごめん」
 親友に叱責され、柚と恋は項垂れる。
 しかし暁は、すぐに柔和な笑みを浮かべた。
 彼女たちが救われた、太陽のような明るい笑顔を。
「もういいよ。よくわかんないけど、仲直りできたみたいだし。そうだ! ゆずと恋が仲良くなったんなら、記念に今度三人で、どっか遊びにいこ」
「……はいっ」
「うん……」
 笑い合う三人。剣呑な空気は完全に失せていた。
 そこにいるのは、ただの三人の少女だ。
 そして彼女たちを眺めている三人も、密かに胸を撫で下ろしていた。
「なんやかんやあったけど、めでたしめでたし、ね」
「大事にならなくて本当に良かったよ……あとで霞さんにはちゃんと謝っておかないと……」
「めでたしなのはいいことだが、なんであの対戦からこんな結果が生まれるのか、俺には理解できないんだが」
「理屈で考えて分かるもんじゃないわよ。日向さんがなにを思って柚ちゃんを認めたのかは、私にも分からないけど……なにか、二人の間に共通するものがあったのかしらね」
 もしもそうだとすれば、それはきっと——彼女らが巡っていた、太陽だろう。
 余計に詮索するのは野暮だと思い、沙弓はそれ以上の思考を止める。
 これ以上、自分がなにかをする必要もないのだ。彼女は、彼女自身の力で、自分の問題を解決し、乗り越えた。
 ただそれだけだ。
 そして、それだけでいいのだ。
 最初に言ったように、それでめでたしめでたし、なのだから。
「あの、ひゅうがさん」
「……恋でいい」
「あ、す、すみません……えと、こいちゃん」
「……なに?」
 改まって柚は恋と向き合う。
 対戦中は、自分でもなにを言ったか覚えていないくらい支離滅裂だった気がする。だから、ちゃんと考えて言葉にしたいのだ。
 上手く言葉にできないかもしれないけれど、それでも、伝えたかった。
 しかし、
「わたしは、あきらちゃんと一緒にいたら楽しいですけど……でも、わたしとだけ一緒にいる、あきらちゃんは、やっぱりちがうんです。だから……」
「……いい……わかってる……」
 伝えたかった気持ちは、ちゃんとした言葉にならなくとも、既に彼女に届いていた。
「私はあきらが好き……でも、ゆずも好きだった……それだけだし、それでいい……」
 私の中ではそう決着がついた、と恋は語る。
 暁が好き。
 友として、仲間として、大切な人として、それがお互いの共通項だった。だからこそ争い、だからこそ手を取り合う。その結果が今だ。
 そのことを、彼女は理解してくれた。
 そして自分も、自覚することができた。
(わたしのゆずれないもの……それは、やっぱりあきらちゃんです)
 霞の家に縛られ、暗雲に閉ざされた自分を、春のような陽光で照らしてくれた。
 その恩義と、彼女の明るさが、今の自分の希望の光となっている。
 だから自分の譲れないものになる。
 そして、希うのだ。
(わたしもいつか、あきらちゃんみたいに——)



「——それで、氷麗さん。わざわざ僕だけ連れて、なんの話ですか?」
「……本当は皆さんにもお話しするべきなのかもしれませんが、やはり一度、私たちの方でまとめてからの方がいいと、私は判断しました。特に今回の件については」
「だから、なんの話ですか? なんの情報を掴んだんです?」
「……語り手について、ですね。ただし、リュンさんが探し求めているものとは、別の存在、ですが」
「……氷麗さん、それって」
「一応、まだ確定されていない情報ではあります。しかし、様々な文明の支配領域の要所で、小さいながらも奇妙な動きがあったのもまた、事実です」
「具体的には?」
「光文明領から、光源が一つ消失しました。水文明領では、赤い海が青く染まり、豪雨地帯の雨も止んでいるそうです。疫病が広まっていた闇文明領の区画では、抵抗の強まりも確認されています。」
「それはまた、大事件ですね。まったく小さくないですよ」
「さらに、火文明領の町でも“あの方”の姿が見えないそうで……」
「そうですか……それらを総合して考えて、一つ、予想が立ちましたよ」
「えぇ、私もです」
「もし僕の予想が正しければ、十二神話否定派も極まってる……【神劇の秘団】だとか、【鳳】だとか【フィストブロウ】だとか、僕の歩む道程は、随分と険しいものだ」
「この先も、どんどん険しくなってきそうですね」
「勘弁して欲しいです。けどそうも言ってられませんね」
「……あなたなら、そうでしょうね」
「はい。なんとしてでも、僕は僕の目的を果たさないといけませんからね。オリュンポスの名にかけて——」


Page:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114



小説をトップへ上げる
題名 *必須


名前 *必須


作家プロフィールURL (登録はこちら


パスワード *必須
(記事編集時に使用)

本文(最大 7000 文字まで)*必須

現在、0文字入力(半角/全角/スペースも1文字にカウントします)


名前とパスワードを記憶する
※記憶したものと異なるPCを使用した際には、名前とパスワードは呼び出しされません。