二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

東鷲宮中学校放送部 第五回「日向 恋」 ( No.299 )
日時: 2016/01/11 17:34
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

青葉
「みなさん、お昼の放送のお時間ですよ、お昼の時間! しかも今回は特別編ですよ! なんと! あの烏ヶ森学園の中等部との合同企画です! いやぁ、企画立案からプロジェクトを進めて、こうして実現するまで大変でした。まだ一年生の若輩者に、こんな大プロジェクトの司会進行を任せてくださるなんて、先輩たちの懐の深いことです。いやいやぁ、感慨深いのなんの……」


「……ねぇ」

青葉
「おぉっと! これは失礼しました。ついつい一人で盛り上がってしまいましたか、これほどの大役を任されてしまったんです。先輩たちの顔を立てるためにも、きちんと自分の仕事をしなければなりませんね。というわけで改めまして、お昼の放送のお時間です。今回は東鷲宮中学放送部一年、青葉が司会進行を務めさせていただきます。そして、ゲストはこの人です!」


「…………」

青葉
「おやおや? どうしました? 緊張するのは仕方ありませんが、お名前と学年をお願いします。さぁ、どうぞ!」


「……恋。日向恋……1-A……」

青葉
「はい! ありがとうございました! というわけで今回は特別編! 烏ヶ森学園中等部の、日向恋さんをゲストとしてお招きしております! ちなみに今回の放送はすべてレコーダーに記録しておりまして、それを再生するかたちになります。そのため、音質などがいつもより悪くなると思われますが、どうかご了承ください」


「音質大事……」

青葉
「おっと? ひょっとして、日向さんも放送関係のお仕事に興味がおありで?」


「放送……というか、アニメとか、動画とか……」

青葉
「あー、そっちですかぁ」


「それよりも、なに、これ……」

青葉
「最初に言ったじゃないですかー、お昼の放送ですよ。うちの放送部が、烏ヶ森の中等部の放送部とかけあって、こうして烏ヶ森の生徒さんをゲストとして招けるようになったんですよー」


「ふぅん……」

青葉
「……って、あれ? もしかして、聞いてませんでした?」


「おぼえてない……つきにぃは、とりあえずやってみたらどうだって……あきらもやってたって言うから、来た……」

青葉
「つきにぃという方は存じませんが、あきらと言うと、空城暁さんですね? いやはや、彼女にはお世話になりましたよ」


「……お世話に?」

青葉
「えぇ、えぇ。なにせ青葉がお昼の放送で初めて司会進行役を任された時のゲストさんでしたからね。彼女とのやり取りが好評だったそうで、その後も司会進行を任されるようになりましたし、青葉の株はうなぎ登りですよ。いやはや、本当にありがたいです」


「……あきら、すごい」

青葉
「そうですね。確かに空城さんは凄い方だと思いますよ。学校内外問わずお知り合いが多いみたいですし、彼女を知らない人は東鷲宮にはいないってくらいですからね。同い年だとは思えませんよ」


「……あおばには言われたくない、と思うけど……」

青葉
「同い年とは思えないと言えば、失礼ながら、日向さんも同い年って感じがあまりしませんね」


「どうでもいい……」

青葉
「こうして対面してみると、そうですね。大人しいですし、綺麗な声しているので、声だけ聴いているとちょっと年上っぽい感じがしますけど、本人を見ると小っちゃくて可愛いです。肌はきめ細かく、色白で、お人形さんみたいですね。妹にしたい感じです」


「……あっそ」

青葉
「フラれちゃいました。いや、しかしさっきのちょっと失言でしたかね。でも、本当に綺麗な女の子ですよ。将来は絶対に美人さんになりますね、青葉が保証します」


「ゲームの保証書以外は別にいらない……」

青葉
「さっきから会話が全然噛み合ってない気がしますが、青葉はめげませんよ。諦めません、話が終わるまでは。諦めたら、そこで放送終了なんです!」


「もう帰っていい……?」

青葉
「あ、いや、ちょっと待ってくださいよっ。まだ時間がありますし、青葉とおもしろおかしな大爆笑トークをしましょう!」


「自分からハードルをあげていくスタイル……きらいじゃない」

青葉
「おぉっとぉ!? ここで思わぬ好感触ゲットです! この機を逃さぬよう、話を誘導しなくては……えーっと、では、とりあえず部活動とかのお話でも。日向さんは、なにか部活動に所属しておられるんですか?」


「……つきにぃとおなじ部活」

青葉
「つきにぃ? そういえばさっきも言ってましたけど、それはどなたなんですか? お兄さんですか?」


「……私の大事な人……?」

青葉
「お? おぉ!? これは重大なカミングアウト! そ、そのお話、もう少し詳しく——」


「ごはん作ってくれるし、朝起こしてくれるし、掃除とか洗濯とかもしてくれるし、アニメの録画もやっておいてくれる…………あと、頼めばゲームの予約とか、漫画とか買って来てくれる……店頭特典つきのやつ」

青葉
「……なんかいいように使われてるように聞こえるんですけど、つきにぃさん。しかし話を聞く限り、やっぱりお兄さんでしょうかね。なんともまあ、献身的と言いますか、家庭的なお兄さんですね……」


「つきにぃがいないと……私、生きていけない……」

青葉
「青葉の目から見れば、日向さんは既に社会的に死にかけているようなものだと思いますけどね……そのつきにぃさんとやらがいなくなったらどうするんですか?」


「……あきらめる」

青葉
「ドライですね! 身の回りの世話をしてもらっているのに!」


「じゃあ……あきらと暮らす」

青葉
「あぁ、そうでした、空城さんです」


「あきらがどうしたの……?」

青葉
「いえ、青葉の持ちコーナーとなっている、ゲストの方のデッキ紹介があったな、と。あの時は本当にふと思いついてデタラメな企画をアドリブで打ち出したんですけど、これが案外好評だったので、今回もできるなら続けたいところでして」


「デッキ……? 見たいの……?」

青葉
「日向さんがよろしければ、解説なども一緒にお願いしたいです」


「別に、いいけど……」

青葉
「おぉ! かたじけない、ありがとうございます!」


「見られたところで負けるわけじゃないし……まだ調整中だし……ずっとだけど」

青葉
「自信満々ですね」


「ん……これ」



枚数:コスト:文明:名前

1:8:光:《聖霊龍王 バラディオス》
1:7:光:《天英雄 ヴァルハラ・デューク》
1:7:光:《護英雄 シール・ド・レイユ》
2:7:光:《支配の精霊龍 ヴァルハラナイツ》
2:7:光:《蒼華の精霊龍 ラ・ローゼ・ブルエ》
2:7:光:《高貴の精霊龍 プレミアム・マドンナ》
2:7:光:《記憶の精霊龍 ソウルガルド》
2:7:光:《龍覇 セイントローズ》
3:6:光:《龍覇 エバーローズ》
2:3:光:《殉教の翼 アンドロ・セイバ》
3:2:光:《制御の翼 オリオティス》
4:2:光:《聖鐘の翼 ティグヌス》
2:4:光:《フリーズ・チャージャー》
3:4:光:《ジャスティス・プラン》
2:5:光:《聖歌の聖堂ゾディアック》
4:6:光:《ヘブンズ・ゲート》

超次元ゾーン
1:5/9:光:《天獄の正義 ヘブンズ・ヘブン》
1:4/7:光:《不滅槍 パーフェクト》
2:3/6:光:《浮遊する讃美歌ゾディアック》
2:2/5:光:《革命槍 ジャンヌ・ミゼル》
2:2/5:光:《神光の龍槍 ウルオヴェリア》



青葉
「光文明単色の天門……《ヘブンズ・ゲート》ですか」


「それにドラグハートも絡めた型……本当なら《ドラゴンズ・サイン》も入れて、《キュプリス》と《キュテレイア》が入るけど……」

青葉
「え? なんですか?」


「なんでもない……難聴系主人公乙」

青葉
「え!? なんか急に罵倒されました!?」


「動きは簡単……《ヘブンズ・ゲート》を唱えるだけ」

青葉
「いやいや、ざっくりしすぎですよ。もうちょっと、詳細な解説を……」


「……つかれた」

青葉
「そこをなんとか! もう少し頑張ってください! あの空城さんもやったことなんです! おなしゃす!」


「あきらも……わかった」

青葉
「なんだか青葉、日向さんの扱い方が分かってきた気がします」


「初動は《ティグヌス》と《オリオティス》……どっちも軽量ブロッカーでビートへの足止めになる……それと、《ティグヌス》はハンデス対策……《オリオティス》は踏み倒しメタ……天門だから手札をやられたくないし、そこまで大型入れてないからそれ以上の大型出されても困る……」

青葉
「序盤にそういったクリーチャーで凌ぎながら、《ヘブンズ・ゲート》へと繋げるんですね」


「大体そんな感じ……《ヴァルハラナイツ》で制圧か、《ラ・ローゼ・ブルエ》で守りを固めるか……」

青葉
「ドラグハートで攻めてもいいですね」


「《エバーローズ》から《パーフェクト》を出すなら、クリーチャーの数に注意……できれば、出したターンに龍解したい」

青葉
「《エバーローズ》自体はパワーが高くないですし、《パーフェクト》も破壊には対応してませんしね。ブロッカー破壊も怖いところです」


「とりあえず、序盤から中盤はそれで耐える……」

青葉
「で、とどめとして《セイントローズ》ですか」


「まあ……そんな感じ……」

青葉
「《ヘブンズ・ゲート》なんかでは踏み倒しができない《セイントローズ》ですけど、普通に出す頃にはブロッカーは三体以上並んでいるでしょうし、すぐに龍解できそうですね」


「龍解自体は簡単……《ネバーラスト》さえ出れば、盤面制圧、呪文封殺、除去耐性……そのまま押し切れる」

青葉
「そうなると、《バラディオス》などはサブフィニッシャーでしょうかね」


「うん……」

青葉
「…………」


「…………」

青葉
「……空城さんは、改造点とかも話してくれましたね、そういえば」


「とりあえずこのデッキの弱点は……」

青葉
「思ったより素直な子ですね……単純というか」


「除去が弱いこと……基本はタップキルしかない。あとはフリーズで足止めくらい……一応、《シール・ド・レイユ》や《ソウルガルド》はいるけど、あまりアテにはできない……」

青葉
「光文明の宿命ですね」


「定番のブロッカー破壊も怖いけど、《ネバーエンド》はエスケープ持ちだし、《プレミアム・マドンナ》は相手ターン限定だけど、パワー低下以外じゃ場を離れない……《エバーラスト》で破壊以外の除去にも対応してるから、場持ちは悪くない……」

青葉
「《アンドロ・セイバ》や《ヴァルハラ・デューク》もいますしね」


「だから課題は、手札の枯渇……《ジャスティス・プラン》増量とか、《エンジェル・フェザー》とか……入れてもいいかもしれない」

青葉
「光は防御は強いですけど、基本的な手札とマナを抑えるのは苦手ですからね」


「あと、このデッキは光単色に拘ってるから《聖歌の聖堂ゾディアック》を入れてるけど、攻撃を止めるなら《マスター・スパーク》とかでもいい……」

青葉
「あぁ、確かに。唱えた時のハンドアドバンテージもゼロですもんね」


「……改造点はそのくらいかな……あとは精々、クリーチャーの種類を変えるくらい……《ティグヌス》と《オリオティス》は便利だからずっと入れてるけど、《アンドロ・セイバ》とかは変えてもいいかも……序盤に展開する小型クリーチャーは、便利なのいっぱいいるし……」

青葉
「たとえば、どんなのが候補に入りますかね?」


「私が使ったことあるのは……破壊されたらS・トリガーをつける《純白の翼 キグナシオン》……相手依存気味だけどマナを伸ばせる《栄光の翼 バロンアルデ》……単純にブロッカーとフリーズで守りを固められる《聖歌の翼 アンドロム》……ドラゴンの手出しも考えるなら《聖龍の翼 コッコルア》もアリ……コントロール相手なら《剛厳の使徒シュライバー》とかも効く」

青葉
「たくさん候補があるんですねぇ……それだけ構築の自由度が高いということですか。色々チューンできて楽しそうですね」


「小型クリーチャーを重視するなら《冒険の翼 アドベンチュオ》とか、少し重めに《協奏の翼 メダロ・アンドロム》とか……除去耐性を考えるなら《ポッピ・ラッキー》、パワーを高めたいなら《光陣の使徒ムルムル》、展開力を維持したいなら《不屈の翼 サジトリオ》……」

青葉
「これだけ選択肢が多いと迷いますね」


「あと、大型ブロッカーの方も変える余地はある……《ティグヌス》の代わりのハンデス対策と、ドローソースを兼ねて《提督の精霊龍 ボンソワール》とか……ブロッカーを寝かせて総攻撃するための《天団の精霊龍 エスポワール》とか……手出しを考えたら《天運の精霊龍 ヴァールハイト》とか、《聖霊龍王 アルカディアスD》とかもアリ……」

青葉
「ブロッカーなら《勝利の女神ジャンヌ・ダルク》や《奇跡の精霊ミルザム》あたりを入れても防御力が高くなりそうですね。いやさ、本当に色々入れられそうです」


「でも、単純に光単色の天門とか、コントロールって言っても、どこに主眼をおくかで軸はかわるから……本当は軸をもっとしぼった方がいい……」

青葉
「多い選択肢に惑わされず、どれが一番適切であるかを見極める必要がある、ということですね。勉強になります」


「……言うことなくなった」

青葉
「いえいえ、本当はもっともっと語ってほしいところなんですが、もう時間なんですよねぇ……残念至極」


「やっと終わった……帰ってアニメ観たい……たまってるし……」

青葉
「そうですね、青葉もそうしましょう。というわけで、今回の放送はここまでです。今回のゲストは烏ヶ森学園中等部一年の日向恋さんでした。ではでは、またの放送をお楽しみに!」

96話「暗号」 ( No.300 )
日時: 2016/01/28 00:00
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「うーん……なんなのさ、これ……」
「もう少しで解けそうなんだが……あと一歩、なにかが足りないな……」
「うぅ、わかりません……」
 机を挟んで、遊戯部の部員三名は、頭を悩ませていた。
 三人の視線の先は、机上にある、一枚の紙に向けられている。
 それは手紙だった。ただし、単なる手紙ではない、異世界からの手紙とでもいうべきもの。
 言語の壁、とも違う。理解の差、が近いか。
 隠匿された未知を解き明かす。
 そのために、彼ら彼女らは、頭を悩ませていた。
 分かるけれども分からない、読めるけれども読めない、矛盾した不可解な文字の羅列に——

Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ



「君たちに頼みがある」
 いつものように遊戯部の部室に、唐突に出現したリュンは、これまた唐突にそう切り出した。
 リュンになにかを頼まれるだなんてもはや今更で、そもそも超獣世界に行くことだってリュンの頼みであるため、わざわざそんな風に頼み込んでくることに、なんとなく深刻さを感じるものの、遊戯部の面々は少々面食らっていた。
「頼み? なにかしら」
 だが、部長である沙弓だけは、あっけらかんと言葉を返す。今更であることを今更だと流せるだけの度量がある証だった。
 沙弓に促されるリュンだが、自分から言い出したわりに、少し言いあぐねるように、言葉を詰まらせる。しかしそれは、言いたくないというより、説明が難しい、というかのような詰まり方だった。
「どこから言ったものかな……とりあえず、僕はちょくちょく氷麗さんと会って、情報交換をしてるんだけどね」
「つらら? 誰?」
「烏ヶ森の、あの小さい子。そういえば、彼女もクリーチャーだったわね」
「その氷麗さんが、これを持ってきたんだ」
 言って、リュンは一枚の紙を取り出す。どこか古ぼけているようで、しかし真新しさも同時に感じる、矛盾した印象を与える紙だ。ただのコピー紙ではないようだが、しかしどんな紙なのかまでは分からない。
「まあ紙については大きな問題じゃない。これは本文を適当な紙に写しただけだからね」
 そう言って、リュンは紙を沙弓に手渡す。すると、途端、沙弓は顔をしかめ、首を傾げた。
「これは……」
「文字については、君らにも読めるようにしておいたけど、君らが“読めない”ところは、僕らにも読めない。いや、読めるのかもしれないけど、“理解ができない”」
 その通りね、と沙弓は言って、紙を隣にいた浬に手渡す。渡された浬も、沙弓と同じ挙動を見せた。
「なんだこれは。暗号か?」
「でしょうね」
「なに? なになに? 私にも見せてよー」
 暁が浬の制服の裾を引っ張るので、浬は鬱陶しそうに紙を机の上に置いた。
 暁は柚と二人で、机の上の紙を覗き込むが、その様子は先の二人と同じだ。
「んー? なにこれ?」
「よくわかりません……」
 首を傾げる二人を見つめ、沙弓は紙に目を戻す。
 そこに書かれている内容は、沙弓らにも分かるようになっていた。しかし、言語が理解できても、言葉が理解できない。そんな内容だ。

Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ

 これが、その内容だった。
 書き出しには『裏切者の恋人へ——』とあり、『——世界より』と締め括られていた。その二つの間に挟まれている文字列が、上記の理解不能な数字の羅列だ。
 また、紙には縁をなぞるようにいくつもの円が並んでおり、そこにもローマ数字が21まで書かれている。ただし、算用数字である0も含まれており、どこかちぐはぐだった。
「これ、ローマ数字みたいだけど、これも、リュンが私たちに分かるように直したの?」
「いいや。僕が直したのは、君らの言葉で——日本語? ひらがなっていうんだっけ? ——だけだよ」
 その棒みたいなのは原文のまま、とリュンは答える。
「裏切者の恋人へ、世界より……か。これは手紙か?」
「氷麗さんの有する情報網に引っかかってたって言ってたけど、それ以上は分からないな。だけど」
 少し、目を鋭く細めて、リュンは続ける。
「それは無視できないなにかを感じる。今の僕ら、今後の僕らに、決して小さくない影響を与えるだけのなにかを感じるよ」
「……解かないわけにはいかない、ってことね」
 暗号解読、だった。
 これからするべきことは。
「燃えてくるわねー、暗号解読。久々に遊戯部らしいことができるわ」
「そんなことしてたの?」
「去年はね。こういうことが好きな先輩がいてね。その人の影響もあって、私こういうのは得意なの。だから全部、私に任せな——」

ザー……ガガ……

 ノイズ音が聞こえてくる。
 耳に障る、不快な雑音はやがて、明瞭な音声となり、教室に備え付けられたスピーカーを通して、遊戯部員たちの耳に届く。
『これより、各部代表会議を行います。部代表の生徒は、会議室に集まってください。繰り返します。これより——』
「——あなたたちに任せたわ」
「おい待て部長、さっきまでの意気込みはどうした」
「仕方ないじゃない、会議なんだから。まったく、夏休みにまで呼び出して会議なんてやるこの学校の生徒会は頭がどうかしてるわ」
 憤慨する沙弓。こんなところでそんなクレームをだしてもどうにもならないが、しかし彼女の言い分も分からなくもない。タイミングも悪いが、長期休暇にも関わらず召集をかけるというのは、生徒からすればあまりいい顔はしないものだ。
「どうせ秋の行事についての報告だけだと思うから、ちゃっちゃと終わらせて帰ってくるわ。その間よろしくね」
 解けたら解いちゃってもいいから、と言うと、沙弓は引き戸を引いて、遊戯部の部室から去っていく。
 そして、教室に残された四人が、暗号を解くことになったのだった。

96話「暗号」 ( No.301 )
日時: 2016/01/30 21:29
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「さっぱりわかんないんだけど……なにかヒントとかないの? タヌキの絵が描いてあるとかさぁ」
「タヌキ……? なに言ってるんだ、お前は」
「た抜き言葉ですよ、かいりくん。ひらがなの「た」を抜いて読むんです」
「あぁ」
 暗号と呼ぶにはチープだが、有名な暗号形式の一つではあるだろう。有名であるがゆえに解かれやすいため、使用されることは少ないが、しかしこの暗号は手紙だ。本来の暗号のように隠すことを目的としているのではなく、解かせることを前提としているのであれば、そういった解きやすい暗号である可能性もなくはないだろう。
 だが、浬はその可能性を否定する。
「それはないな」
「なんでさ」
「確かに意味不明な文章から一部の字を抜いて読む暗号はあるが、そもそもここに書かれているのは数字だ。ひらがなやカタカナ、漢字のような日本語の文字ではない。だから文字を抜いて読む暗号であることは考えにくい」
 文字の違いを指摘する浬。もっともな意見だった。
 しかし、浬はそれをとっかかりに、ふと思いつく。
「いや……待てよ。数字だから読めないのか」
「なに言ってんの? 当たり前じゃん。数字は数字、日本語じゃないんだから、読むとかないよ」
「英語の文章よりもむずかしいです……」
「それだ!」
「ふぇっ!?」
 浬の大声に、ビクッと身体を震わせる柚。
 浬は柚の言葉をきっかけに、仮説を一つ立てた。
「英語だ、アルファベットだ。数字がそのままで読めないなら、それに日本語の文字を当てはめればいいだけだ」
「? どういうこと?」
「数字を日本語に変換するんだ。たとえば数字の「1」をひらがなの「あ」、「2」を「い」、「3」を「う」といったように、数字を五十音に当てはめて考えるんだ」
 文字列など、固定された順番に並んでいるものであれば、その順番は数字として表すことができる。その決まった順番の文字に数字を割り振れば、その数字がそのまま本来の文字の代替となる。文字の置き換え。これも、暗号における基本的な手法だ。
「てことは、この時計とかに書いてある数字をひらがなにすればいいの?」
「いや、ここに書かれている数字にひらがなを当てはめても、まともな言葉はできない。だから恐らく、アルファベットを対応させていけば、解読可能なはずだ」
 アルファベットを文字列として表すなら「1」は「a」、「2」は「b」といったところだろう。

j m i a i q g q g l m
Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

j c q r a c q r l m q i
Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

l i q c k ? q r
ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ

「『jmiaiqgqmlmjcqracqrlmqiliqck?qr』……なにこれ?」
 浬の言うようにアルファベットを当てはめてみるも、出て来たのは、ランダムで取得したメールアドレスのような文字列だけだった。
「というか、「1」が「a」じゃ「0」はなんなのさ」
「これじゃないのか……」
「あ、もしかして、「0」が「a」なんじゃ……」
「いや、それでも『knjbjrhrnmnkdrsbdrsmnrjmjrdlars』、やっぱりまだ意味不明な文字列だ」
 解決策が見えてきたと思ったが、結局暗号は解読できず、行き詰る三人。
 いくら頭をひねっても暁や柚にはなにも浮かばず、浬もこれ以上は絞り出せないと言うような、苦渋の面を見せている。
 いよいよもって三人が諦めかけていた時、部室の扉がギィ、っと開く。
「ただいまー」
「あ、部長だ! お帰りー」
「ぶちょーさん、おかえりなさい。はやかったですね」
「まあね。とりあえず今学期の報告だけして、来学期のことはその場で全部決めて提出して帰ってやったわ。うちみたいな弱小部が他団体に与える影響なんて微々たるものだし、やることだけ教えれば問題なし。他の部活の報告なんて聞く価値ないしね」
「言い切ったな……」
 あっけらかんと言う沙弓に、やや呆れ顔を見せる浬。
 沙弓は机で唸る三人に近づくと、手紙を覗き込んだ。
「あら? まだ解けてなかったの?」
「は、はひ……ぜんぜんできません……」
「そういう部長はもう解けてるのかよ」
「うん、とっくに」
 またしても、沙弓はあっけらかんと答えた。
 あまりにあっさりしていたために三人はポカンとしていたが、やがてその意味を理解すると、その表情は吃驚に変化する。
「……え? 解けたの!?」
「そりゃあね。細かいところは細かいし、遠回りしてる感じがややこしいけど、仕掛け自体は単純よ」
 そう言うと、沙弓は手紙を手に取って、解説を始める。
「いい? まずこれは、暗号文がどこか、それを解くためのヒントはどこか、この二つを探さなければならないわ」
「暗号文は……この数字だよね」
「えぇ、そうでしょうね。この数字が明らかに本意を隠しているから、これが暗号に当たる部分。次にヒントだけど」
 手紙の大部分を占める数字の配列を指でなぞると、今度は紙をぺらぺらとはためかせる。
「ここまで凝ったデザインの手紙だもの、手紙全体が暗号を解くためのヒントと言ってもいいわ」
「そんな身も蓋もないことを……」
「そうね」
 だから重要なところをピックアップしていくわ、と沙弓は順を追って、そのヒントを指していく。
「まず前提として、これは手紙。つまり、相手に“読ませる”ためのもの。だけどこの手紙は読めない。じゃあ、なぜ読めないのか。それは書いてある文字列が、ひらがなでもカタカナでも漢字でも英語でもドイツ語でもハングルでもなく、数字だから。数字だけじゃ、私たちの言葉として読むことはできない。だから、これは恐らく、違う言語を数字に当てはめて考えると思うの」
「それは俺にもわかった。だが、ひらがなでも、英語——アルファベットでも対応してなかったぞ」
「甘いわねぇ、カイ。流石にそこまで単純ではないってことよ。もっと全体を見て推理しなくちゃ」
「全体だと?」
「対応言語がなにか、どの言葉、文字を使うのか……それを解くヒントは、ここにあるわ」
 沙弓が指差したのは、数字の並びを囲むように並べられている、円形の繋がり。各円の中央には簡単な絵のようなものが描かれており、さらに円中の隅にも数字が割り振られている。
「なにこれ? なんか見たことあるような……」
「アルカナよ」
 首を傾げる暁たちに、沙弓は即座に答えた。
「アルカナ? なんですか、それ?」
「んーっと、なんて言ったらいいのかしら。そうねぇ……タロットカードって、知ってる?」
「占いとかで使うやつ? あの、トランプみたいなの」
「概ねその認識でいいわ。タロットカードは1組78枚が普通で、その中身は小アルカナと大アルカナに分けられる。この大アルカナっていうのが分かりやすいというか、一般的には認知度が高いと思うんだけど、大アルカナは0から21の番号が割り振られていて、22枚存在する。22枚それぞれには寓意画——って言っても、分からないかな。とにかく絵が描かれていて、この絵は宗教とか、タロットカードが生まれた当時の文化や風習が関わってくるの」
「? ……?」
 沙弓が説明しても、首を捻るばかりの暁。どうやら理解できていないらしい。
 もっと分かりやすく、かつ詳細に説明できれば暁も理解できるのかもしれないが、沙弓もそこまで詳しく知っているわけではないので、暁に今すぐ理解できるように説明することはできない。
「まあ、タロットカードの細かい説明なんてどうでもいいわ」
 そのため、必要ない説明と判断し、投げ捨てた。
「ここに書かれている絵は、すべてタロットカードに書かれている絵と同じ。ご丁寧に番号まで振ってくれているから、分かりやすいわ」
 手紙の淵をなぞり、全体を囲むように配置された円の連なり。円の中は、手紙の中央上から反時計回りに番号が順に並んでおり、絵は人や天使や悪魔などが描かれている。
「で、よく見てみると、ここに書かれた数字と、暗号文のローマ数字。同じじゃない?」
「あ、本当だ」
「ということは、この大アルカナが、暗号文を解く鍵になるのか」
 暗号文の数字も、円の中の数字も、どちらもローマ数字。この二つが無関係であるとは到底思えない。この手紙が暗号文で書かれているとなれば、そう考えて然るべきであろう。
「解き方自体は簡単よ。カイも辿り着いたもの。数字をアルファベットに置き換えればいいだけ」
「いや、だが、それじゃあ解けなかった。それに、そもそも大アルカナは全部で22、アルファベットは全部で26文字だ。数が足らない」
「なら減らせばいいのよ」
「減らす? なにをだ」
「必要な文字を」
 言って、沙弓は紙とペンを取り出した。そこに、アルファベットを“a”から“z”まで、数字を“0”から“21”まで、順番に書き並べる。アルファベットはそのままアルファベットの文字列で、数字はアルカナの数を表しているのだろう。
 そして書きながら、浬たちに問うた。
「なんでこれがローマ数字で書かれているのか、考えなかったの?」
「は……? いや、特に……」
「だって、ただ数字を他の文字に置き換えるだけなら、算用数字でいいじゃない。わざわざローマ数字を使う理由はないわ」
 言われてみればそうだ。ローマ数字は算用数字と比べて、認識がしづらい。0から9までの一桁の数字に類似が少ない算用数字と、一つの型をベースにしてそこに細かな違いをつけているローマ数字では、基本的に使いやすさでは前者が勝るだろう。勿論、使いづらさがあるからこそ暗号に向いているとも考えられるが、数字そのものの読み間違えを誘うような暗号があるものだろうか。
 アルカナをヒントとして使用しているがゆえの雰囲気作りという見方もできるが、沙弓はそうは考えない。仕様される字そのものにもなにかしらの意味があり、ヒントは隠されている。それを読み取り、解釈し、仮説を立てて推論し、彼女が導き出した答えが、
「ローマ字よ」
「ローマ字?」
「そう、一つから三つの数字を組み合わせてかな文字を生成する、ローマ字よ。これは英語じゃない。勿論、フランス語でもイタリア語でもドイツ語でもないわ。みんな知ってるただのローマ字。それも、最も単純な訓令式のローマ字ね」
 ローマ字。法則性のある文字列。
 法則性があるために、ローマ字にはヘボン式やポルトガル式など、法則の種類がいくつか存在する。その中でも、ヘボン式と同じくらい日本で認知度が高く、また文字として見れば最も単純な法則なものが、訓令式だ。
「ヘボン式だと、“c”とか“j”とか色々混じってくるけど、訓令式のローマ字なら、必要なアルファベットは母音の“a”“i”“u”“e”“o”と、子音の“k”“s”“t”“n”“h”“m”“y”“r”“w”“g”“z”“d”“b”“p”の19個だけになるわ」
 沙弓は書き並べた26のアルファベットから、母音と子音以外の7文字をペンで塗り潰して消した。そうして、19の母音と子音のみが残る。
「……いや待て。それだとまだ数が合わない。大アルカナ22に対して同数でなければ、この解き方は使えない。アルファベット19では、今度はアルカナの方が多くなって、やはり数が合わなくなる。」
「だったら、アルカナの方を減らせばいいのよ」
 浬の指摘なんてお見通しだと言わんばかりに、待っていたかのように、沙弓は言葉を返した。
 そして今度は、手紙の宛名をなぞる。
「最初の宛名のところ。裏切者の恋人へ、ってあるでしょ。これ、誰のことだと思う?」
「? 恋人……? 恋……?」
「ひゅうがさん、ですか……?」
 恋人という言葉から連想されるのは、その言葉の一文字を名前に持つ少女、日向恋だ。
「私も同じ人を連想したわ。そして、恋人は英語でLover、彼女がかつて名乗っていた名前もラヴァー」
「あ、そういえば……」
「いや……偶然、とかじゃないのか? たとえば、それの送り主が、本当の恋人だった奴に宛てた、とか」
「裏切者の恋人、だなんてもっともらしい気取った言い方しておいて、偶然なんてないと思うけどね。それにこれは、葛城さんのところに届いたもの。私たちの関係者で、かつクリーチャー世界に深く関わっている人に宛てたものと考えるのが妥当だわ」
 ここまで回りくどい手紙だ。そこには必ず何かしらの意味があるはず。偶然なんて陳腐な言葉で片付けることはできない。
「話を戻すわ。裏切者の恋人……裏切者のラヴァーと読むことができるけれども、彼女は今、ラヴァーを名乗っていない。つまり、大アルカナの6番……恋人の部分は、ないものとする」
 そして今度は、順番に並べた数字から、“6”の数字を塗り潰して消した。
「次に、恋人に続く、戦車と正義。大昔に使われていた馬が引く戦車のことをチャリオット、ローマ神話に登場する正義を司る女神をユースティティアと、それぞれ呼ぶの」
「チャリオットにユースティティア……それって!」
「そう。でも、あの二人も暁と日向さんが倒したから、これもいないものとする」
 さらにその隣の、“7”と“8”の数字も塗り潰す。
 塗り潰された文字の残りを数えると、アルファベットが19、数字が19。
「これで数字とアルカナの数は同数ね」
 二つの数は完全に一致した。これで、アルファベットをアルカナ——数字に当てはめることができる。
「お、おぉ……すごいよ、部長!」
「よくわかりますね、ぶちょーさん……」
「ふふん、まあね。私にかかれば、ざっとこんなもんよ」
「急に偉そうになったな……」
「といっても、こんなものはパターンに沿って考えて、分からないところは推論で補っているだけよ。基本的な造りは単純で、そこに装飾を施している感じだから、推理自体は難しくないわ。ヒントも多いしね。暗号文そのものを見ても、同じ数字を結構多く使ってるから、法則性は読み取りやすい。なにより、数字の間に引いてある線が決定的だったわ。二つの文字を繋げて一つの文字にするっていったら、ローマ字だから」
 ともかく、これで暗号文を解く鍵は出来上がったのだ。
 あとは、沙弓が導き出したように、アルファベットと数字を対応させて読むだけだ。
「えーっと、アルカナは“0”からスタートするから、“0”が“a”かしらね。これを当てはめていくと——」
 もう一枚紙を取って、そこに必要なアルファベットと数字だけを書き写し、暗号文に当てはめていく。
 そして、沙弓の推理した一文が書き出された。



ko   i  bi   to    to    no
Ⅹ-ⅩⅢ Ⅸ Ⅰ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅦ-Ⅶ ⅩⅡ-ⅩⅢ

 ke   tu    be   tu     no    ti
Ⅹ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ Ⅰ-Ⅲ ⅩⅦ-ⅩⅧ ⅩⅡ-ⅩⅢ ⅩⅦ-Ⅸ

 ni    te    ma   tu
ⅩⅡ-Ⅸ ⅩⅦ-Ⅲ ⅩⅠ-0 ⅩⅦ-ⅩⅧ




「こ、い、び、と、と、の、け、つ、べ、つ、の、ち、に、て、ま、つ……?」
「『恋人との決別の地にて待つ』、か?」
「恋人は、ひゅうがさんのことですよね? 決別っていうと……おわかれ、ってことですか?」
「日向さんと別れた地とも取れるけど、これは相手から送ってきたわけだから、むしろ彼女と決別したのは相手と考えられる。チャリオットやユースティティアのこともあるし、そう考えるとなると——」
 恋がラヴァーという名を捨てた場所。決定的に彼女が変わった場所。ユースティティアらと袂を分かった場所。
 少し考え、ハッと気づく。
 そして、一同の視線が暁に集った。暁自身も理解している。
 彼女にとっての決別の地。ラヴァーという少女が日向恋となった場所といえば、一つしか思いつかない。

「私が、初めて恋に勝った場所だ……!」

97話「デウス・エクス・マキナ」 ( No.302 )
日時: 2016/01/31 04:20
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 スプリング・フォレストのはずれもはずれ。辺境も甚だしい辺境地。
 不毛の大地という表現がここまで合致する場所は他にないと思わせるほど、荒廃した荒野。草木は根こそぎ削り取られ、水脈は枯れ果て、剥き出しの岩盤と、風に舞う砂が地表を覆うだけの場所。
 戦野原、と呼ばれていた。
 元々は森であったこの地は、なんの因果か、たびたび戦いの中心地となる。この星における最大の戦争——神話戦争においては、火と自然の連合軍と、光と闇の同盟軍が戦い、闇文明同士の衝突があったのも、この戦野原だ。
 その時からこの地は不毛の地となったのだが、戦いを呼ぶ性質そのものは変わっていない。かつて、ラヴァーと呼ばれていた人間の少女と、暁の太陽のような少女が雌雄を決したのも、この地だ。
 そして今、この戦野原に、新たな戦いの歴史が刻まれる。
 かつての秩序を継ぐ神話の語り手たちと、新たな秩序を創る運命の世界たちとの、戦いの刻印が——



「本当に、ここなのかな?」
「私の推理が正しければね」
 沙弓の手で解読された暗号文に導かれ、一同は戦野原と呼ばれる荒野を訪れていた。
 そこには、当然のように、恋の姿もある。ただし今回は、こちらから呼びかけた。
 沙弓の解き方が正しければ、あの暗号文は恋と深い関わりのある者から送られたものであると推測できる。それならば、彼女を呼ばない理由はない。
「ねぇ、恋」
「……なに?」
「恋はさ、あの暗号、解けたんじゃないの?」
 なにもない戦野原で立ち尽くしていると、暁が恋に訊く。
 暗号文は恋と深く関わっていた。解いたのは沙弓だが、恋という存在がいなければ、そもそも答えに辿り着かなかった。
 だから、もしかしたらあの暗号文は恋が解くべきものだったのではないか。リュンに直接ではなく、氷麗を仲介して暁たちのところに手紙が届いたことからも、それは考えられる。
 しかし恋は首を横に振った。
「……私には、わからなかった……」
「そうなの?」
「うん……わかったことは、一つだけ……」
 恋はゆっくりと、どこか寂しげで、それでいて懐かしむように、おもむろに口を開いた。
「……あれは、“みんな”からのメッセージ……」
「みんな? それって——」

「待ち詫びていた」

 突如、声が響く。
 大声ではないが、遮蔽物がなにも存在しないこの荒野だ。その声はよく通る。
「よくぞ来た、ラヴァー——そして、神話の継承者たち」
 声だけではなく、やがてその姿も明瞭になる。
 その者は、いつの間にかそこにいた。そう感じさせるほど自然に、暁たちの前に立ちはだかるようにして存在していた。
 不思議な人物だった。完全とも完璧とも言える整った顔立ちは、どこか不整合で、無理やり接合したかのような印象という矛盾を孕んでいる。そして、そこに一切の感情は読み取れない。無すらも感じさせず、温かみがなければ冷たさもない。機械のようだ、という形容すらも当てはまらない、形容しがたい姿。
 さらにその背後には、無数の人影が見えるが、位置が遠く、また砂埃も立ち込め、ここからでは明瞭に確認できない。
「っ、誰……!?」
「……デウス・エクス・マキナ」
 ぼそりと呟くように、恋は言う。
 それは自分への確認のような言葉でもあった。
「初めまして、か。私の名はデウス・エクス・マキナ。終わりの神秘、ⅩⅩⅠ番、『世界』。先日は、私の同胞たちが世話になった」
「あの暗号文を送りつけてきたのは、あなた?」
「そうだ」
 彼——デウス・エクス・マキナは、即座に言葉を返した。
 首を縦に振り首肯。しかし同時に、逆接する。
「しかし、あれはただの暗号文ではない。私たちの知るラヴァーでは、あの暗号文を解くことはできない。だが逆に、あれはラヴァーなしでは解くことができない」
「? どういうこと?」
 矛盾するような言い回し。恋では解けないが、恋でないと解けない、と言うのだろうか。まるで意味が分からなかった。
 その矛盾は、すぐにデウスが具体性を持って解き明かす。
「ラヴァーがあれを解くということは、何者かの力を借りる必要がある。我々以外の協力者が必要になる。または、ラヴァーがあの暗号文を自力で解けたのならば、ラヴァーをそこまで成長させた、何者かの力が作用しているということになる。少なくとも我々と共に行動していたラヴァーでは、あれは解けない」
 実際には、沙弓が暗号文を解くにあたって、恋の力は借りていないが、日向恋という存在がなければ、彼女と戦い合った過去がなければ、あの暗号文は解けなかった。
 そもそもの発端が恋と絡んでいるのだが、確かに、恋なしではあの暗号は解けなかっただろう。
「あの暗号文は、ラヴァー、君との思い出とも言えよう。我々が君から学んだことも多い。他愛もない雑多な知識、利用用途が限定される概念。君から教わったことを、少々ながらもあの中に詰め込ませてもらった」
 どこか過去を想起するように語るデウス。しかし、感傷すらも、覆い隠されている。
 そして彼は、心中が隠されたままの眼差しで、鋭く恋を見据える。
「だが、あれを解いたのであれば、もう分かっているだろう、ラヴァー」
「…………」
「あの暗号文を読むためには、我々の存在を示す数字を文字に変換する必要がある。そのためには、必要最低限の文字数と数字の総数を合致させなくてはならないが、その必須過程として、数字を削らなくてはならない」
 恋は口を開かなかった。すべてを理解していると言わんばかりに、口を一文字に結んでいる。
「各々の数字は、我々に与えられた番付だ。ユースティティア、チャリオット……失われた我々の同胞は欠番となる。彼らの数字は失われているのだ」
 あの二人はもう存在しない。ゆえに、その数字を除くということに理解は及ぶ。
 しかし、では恋は——ラヴァーは、どうなのか。
 日向恋としてここにいるラヴァーは、どうなるのか。
「数を合わせるためには、数字が一つ多い。0を削ってしまっては暗号文が成り立たなくなる。では、なにを削るか——答えは、宛名にある」
 宛名。その書き出しの言葉は、
「『裏切者の恋人へ——』——ラヴァー、君だよ」
 今はいない、Ⅵ番の『恋人』に告げられる。
 彼女に張られたものは、裏切り者のレッテル。
 そして、彼女の存在を除くことで完成する暗号。
 それらが指し示す答えは、一つだった。

「君は、我々【神劇の秘団】から除名された」

「…………」
 恋は口を開かない。静かに、無感動な瞳で、黙している。
 彼女の心中を察することはできない。痛みも苦しみも、寂しさも悲しさも、すべて彼女の能面のような白い表情に覆い尽くされている。
「あの手紙は、その証明だ」
 既に存在していないユースティティアとチャリオットを除くように、恋——ラヴァーも存在しないものとして考えなければ、あの手紙の暗号は解けない。
 つまり、ラヴァーはもういないのだ。
 少なくとも彼らにとっては、ラヴァーという少女も、日向恋へと戻った少女も、いないものになっている。
 もはや仲間ではない、なんでもない別の存在となっているのだ。
「リストラ宣告、ってことね。あの手紙は」
「……覚悟は、してた」
 恋が口を開いた。
 小さく、掻き消えてしまいそうな声で、彼女は言う。
「いつか、デウスたちがくることも……【秘団】から追放されることも……こうして、宣言されることも……ぜんぶ、わかってた」
 でも、と恋は続ける。
「わたしが【秘団】を捨てたのは、除名されたからじゃない……デウスに言われなくても、私はもう、そっち側じゃない……」
「ほぅ。では、なにが君の立場を保証している? 今の君を、君たらしめているものはなんだ? なにがあって、我々を捨てた?」
「……あきら」
 ぽつりと、彼女はその名を呼ぶ。
 自分自身を変える契機となり、今の姿へと導いた、一人の少女の名を。
「私は除名されたんじゃない、自分から抜けた……そうしたのも、ユースティティアと戦ったのも、ぜんぶ……わたしが、あきらといっしょにいたかったから……」
 だから、
「私は、あきらを選ぶ……あきらの選んだ道を選ぶ……もう、デウスたちといっしょには、いられない……」
「恋……」
 彼女は、己の前に通る道を変えた。今まで進んでいた道を外れ、新たな光が差す道へと歩き出した。
 二つの道は大きく外れ、交わることはない。だが、それでもいい。二度とその道を歩くことができなくなっても、今ある道を進むことを、彼女は選んだのだ。
 もう迷わない。後悔もない。今なら、胸を張って、前を向いて、堂々と言い切れる。
 デウスは、彼女を見つめる。どこか不服そうな、苦みを感じさせる目をして、おもむろに口を開いた。
「……そうか。残念だ。これでは、先に除名すると言うべきではなかったかもしれないな。ことによっては、先の言葉を撤回することもやぶさかではないのだが」

97話「デウス・エクス・マキナ」 ( No.303 )
日時: 2016/03/08 01:39
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

「……? なに……? どういうこと……?」
「君の除名を“取り消す”可能性がある、と言っているのだ」
 恋の瞳が揺れる。少なからず、衝撃が走った。
 完全に断ち切られたと思われた、恋とデウスたちとの線が、ここに来て、再び繋がり始めのが見える。
「私は君のことを高く買っているつもりだ。同胞を二人もやられたという事実は、非常に痛ましく、嘆き悲しみたくなるような出来事だが、裏を返せば、君たちは彼らを打破するだけの力があるということだ」
 デウスの表情は不変であり、その内を読み取ることはできない。しかし、こちらに対して好意的な評価をしているようだ。彼の言葉を信じるならば、だが。
「ラヴァー、君だけではない。君が我々を裏切ってまで手に入れた新たな仲間——語り手を有する人間たち。君たちの力も、私は高く評価する。純粋な力もそうだが、それ以上に、成長の見込みを感じる。それは統率者となる才だ。語り手本来の意味であり、今のこの世界に必要なもの。我々は、それを求めている」
 統治、秩序。
 情勢が不安定で、いまだクリーチャーの間で分裂や抗争、内乱の絶えないこの世界に足りないもの。
 そして、リュンが暁たちに協力を仰ぎ、語り手たちの成長を見込んで、この世界に創り出そうとしているもの。
 この世界に安定を求めているのは、なにもリュンだけではなかった。
 そして、安定を得るための過酷な道程も、彼らは知っていた。
「この広大な世界を治めるとなれば、我々の総力を決しても容易なことではない。それは、君たちも同じではないか?」
「まあ、確かにね。僕が暁さんたちに協力を要請してから100日以上は経ってる。短い間にしてはかなり前に進んだとは思うけど、十二神話が収めていた頃の秩序を取り戻すには、まだまだだ。僕の理想像に至るには程遠い」
「そうだろうな。それは、0番からⅩⅩⅠ番まで、総勢22名という精鋭を揃えた我々も感じていることだ。この世界は広大すぎる。新たな秩序を創り出すことは容易ではない。神話の力もないのだから、尚更だ。だからこそ、私は仲間を求める。この世界に新たな秩序を創り、共にその目標へと進む仲間を」
「それで、敵対してる俺たちに仲間になれと言うのか」
「敵対、か。ユースティティの件については、彼女の独断行動のようなものだ。彼女は彼女の正義に則って、不義と判断したものに鉄槌を下そうとしたにすぎない。彼女の行動は、我々の本意ではないのだ」
「それでも、あなたの仲間は二人もやられているわ。それはそっちとしても、敵対する理由になるんじゃない?」
「確かに、我々は仲間を二人も屠られている。重ね重ね言うが、非常に痛ましい事実だ。我が身が引き裂かれるかのように、苦しく辛い。しかし、仲間の喪失を嘆くばかりでは、今は亡き二人への示しがつかない。我々は新たな秩序のために、前に進まなければならないのだ。そして、その目的を考えれば、我々の目的は同じで、利害も一致している」
 リュンもデウスも、求めるのはこの世界の新しい秩序。目的はまったく同じだ。
 目指すべきものが同じならば、手を取り合うことができる。ユースティティアやチャリオットとの対立を水に流せば、暁たちはデウスと、【神劇の秘団】と組むことができる。
 相手はクリーチャーの集団だ。暁たち以上にこの世界について詳しいだろう。純粋に仲間が増えれば、それだけ活動もしやすく、幅も広がるはず。手を組むメリットは十分にあった。
 相手も非常に好意的だ。勿論、罠の可能性もあるが、悪くない提案ではあった。
 どう返答すべきか、考える。思考を巡らせる。打算的に、合理的に考え、メリットとデメリットを天秤にかけ、計る。なにが最善であるのかを判断する。
 沈黙が訪れる。駆け引きのような緊張感が、ピリピリと肌に刺さるかのようだ。
 そんな、静寂ながらも息苦しい空気が、不意に打ち破られる。
「あーもうっ、がまんできないよー!」
「おや?」
 子供のような幼げな声が聞こえる。舌足らずで甘い声だが、同時に激しく荒々しい。
 デウスよりもずっと後方。人影の群れの中から、誰かが進み出た。やがてその姿が明瞭になっていき、それが少女であるということが分かる。いや、幼女と言っても差し支えないほど、彼女は小柄で幼かった。
 出で立ちは、真っ黒な外套を纏った、というより、外套に包まれたという表現が正しいかもしれない。それほどに、彼女の小さな体躯には見合わない布で身を包んでいる。
「でうすー! もうだめ、がまんのげんかいー!」
 少女はギラリと光る八重歯を剥き出しながら、駄々をこねるように叫ぶ。
 かと思うと、少女はデウスの傍まで寄ってきて、今度は上目遣いで訴えるように言う。
「あたらしいなかまなんて、いらない。でうすは、べるたちがいればそれでいいでしょ?」
「ディアベル……」
「こーんなよわっちぃやつら、とっところしちゃえばいいんだよ」

 バチッ

 電流が走ったような弾ける音が鳴ると、少女の姿消えていた。
 そして気づけば、目の前に少女がいた。呆気にとられる暁。少女は外套から細い腕を出すと、それを伸ばす。
 目の前の、暁へと。
「え……?」
「こーやって、さ!」
 少女の手が、その爪が、暁の首筋に、首の皮に触れる。
 その刹那。
「ぐぇっ!」
 少女の唾が顔にかかった。
 と、思ったら、少女が遠のいていく。なにかに引っ張られるようにして、ずっと後方へと吹っ飛んだ。
 よく見れば、少女の首に縄がかかっている。その縄の先は、デウスよりもさらに後方の影へと続いている。
 また、人影からもう一つ、何者かが進み出た。その者に対して少女は、八重歯といっしょに怒りを剥きだしにする。
「もー! なにすんの! おーでぃん!」
「勝手なことをするな、ディアベル」
「うぐ……っ」
 縄を手にした男が、少女の首を締め上げていた。しかし少女も、負けじと食って掛かる。
「あんなやつら、いかしておいてどーすんのー!」
「デウス様のご意向だ。デウス様が利用価値があると判断し、こうして交渉を持ちかけているのだ。邪魔をするな」
 もう一度、縄を強く引き、彼女の首を締め上げると、遂に少女はパタリと倒れてしまった。遠くてよく見えないが、動いている様子はない。まさか殺してはいないはずなので、気を失っているだけだろう。
 たった数秒の間に、目の前で多くのことが起りこり、暁の脳の処理が追いつかない。
 呆然とする暁に向かって、デウスは申し訳なさそうに言った。
「すまない。彼女——ディアベルはまだ幼い。どうか、見逃してやってほしい」
「人の後輩に手を上げようとして見逃せだなんて、厚かましいにもほどがあるわね。どうも、相当面の皮が厚いみたい」
「あ、あきらちゃん……だいじょうぶですか……?」
「う、うん……」
 やっと現状を理解した。さっきまでの出来事と、自分がなにをされそうになっていたのかを。
 今になって、背筋がぞっとしてきた。
「本当にすまないと思っている。言い訳のようだが、仮にオーディンが止めなかったとしても、彼女の行為は私が止めていた」
「その言葉に、どれだけの信憑性がある? 俺たちに同盟を持ちかけておいて、油断させ、その隙に倒すつもりだった可能性は十分に考えられる。お前は、そうではないと証明できるのか?」
「……言葉を尽くしても、信用を得ることはできない、か。生憎、私は君たちに対し、“話す”という手段でしか主張をすることができない。君たちが私の言葉を信じてくれない限り、証明は無理だな」
 諦めたようにデウスは首を回し、今度はやや離れた位置で待機しているリュンへと視線を向ける。
「ならば、君に尋ねよう——オリュンポス」
「君らと組むつもりはあるかって? ないに決まってるだろう」
 矛先を変えるも、デウスの言葉はリュンにも切り捨てられる。
「僕の考えとしては、君たちの統治は信用ならない。君たちがどのようにこの世界を治めるつもりなのかは知らないけど、僕はかつての十二神話が信じた語り手たちと共に、この世界に秩序を作る。僕が信じる統治はただ一つ、それだけだよ」
 彼にしては珍しく、熱のこもった力強い主張だった。これだけは譲れないと言わんばかりに、はっきりと言い切る。
「その過程として君たちとどのように付き合っていくかは——彼ら彼女らに任せるけどね」
 流すようにリュンは視線を動かす。その先にいるのは、語り手の持ち主たち。そしてその中心にいる、一人の少女。
 太陽を語る者へと、視線が集う。
「あきらちゃん……」
「暁」
「…………」
「……あきら」
「え? わ、私……?」
 一同の視線をすべて集めている暁。
 デウスの視線も、彼女に注がれている。
「空城暁。チャリオット、そしてラヴァーを打ち破った、太陽の語り手を有する人間、か」
 彼はまっすぐに暁を見据えると、まるで試すかのような口振りで、彼女に問うた。
「問おう、空城暁。君は、我々と組むことをよしとするか?」

「いやだ!」

 暁は叫ぶ。
 即答だった。
「正直、組むとか組まないとか、統治とか秩序とか、よく分かんないけど……でも、あなたたちは、恋を傷つけた奴らの仲間ってことは分かったよ。友達に酷いことした連中と仲間になるなんて、私にはできない。私はそんなに懐は深くないよ!」
 さっきもなんかされかけたし、と付け足すように暁は言った。
「恋はもう、あなたたちと一緒には行かないって言ってるし、私はよくわかんない統治とか秩序なんかよりも、友達の方が大事。恋がそっちにつかないって決めたんなら、私も一緒だよ!」
「……交渉決裂、か」
 どうしても信用を得ることはできないのか、とデウスは落胆したような素振りを見せる。表情が一切変わらないので、内心は分からない。
 どころか、急に彼の周りの空気が変化する。冷たく、鋭い。触れれば切れてしまいそうなほど、鋭利で尖った空気が流れる。
「ガブリエル」
 後方へと呼びかける。その呼びかけに応じて、人影の群れから、また一人、何者かが表れる。
 真っ白で、それでいて真っ黒な外套を、フードまで目深に被った人物だった。身体は大きいが、男か女かも分からない。
 デウスは一切の感情を排したような冷たい声で命じる。

「判決を下せ」

「御意に」
 ガブリエルと呼ばれ人物は、外套の中から、なにかを取り出す。
 天秤だ。鈍色に輝く、古ぼけた天秤。一本の支柱と、そこから伸びる鎖。鎖に繋がれた皿。
 ガブリエルは左右の皿の上に、それぞれ白い石のようなものと、黒い石のようなものを乗せる。
 すると、天秤が揺れ始めた。
「判決(Judgement)——白か黒か(Black or White)」
 ぐらぐらと。天秤が揺れる。
 白が沈み、黒が沈み、白が浮き、黒が浮く。
 どちらが重いか。どちらが軽いか。
 白か黒か。暁たちは果たしてどちらなのかが、はっきりする。
 そして、天秤が止まった。
 判決が下された。その結果は——
「——白(white)」
「ふむ、やはりか」
 ガブリエルの下した判決に対して、どこか納得したようなデウス。
「残念なことに、私は君たちに拒絶されてしまったが、“運命”はそうは言っていない。我々はまだ、繋がる可能性がある」
 組む手を払いのけられてもなお、デウスは素直に引き下がらなかった。なにを思い、なにを感じたのか、暁たちになにかを見出している。
 それを求めるかのように、手を伸ばし続ける。
「我々の障害となるのであれば、ここで戦争を起こすこともやぶさかではなかったが、そうでない可能性を絶やすのは惜しい。君たちは、我々にとっての光となるやもしれない。その可能性を秘めている」
「要するに、私たちへの勧誘を諦めてないってことよね。しつこいわね」
「なんとでも言うがいいさ。新たな秩序を創るために、選択肢を選り好んでなどいられないし、選択肢を完全に断ち切ることも愚行だ。育まれ、恵みをもたらすだろう芽は摘むべきでない。ゆえに、我々は君たちに危害は加えない。ここは大人しく引き下がる——と、したいところではあるが」
 デウスの眼が変わる。こちらに語りかけるような穏やかな眼差しは、獲物を狩るような鋭いものへと変わる。先ほどから、表面上では穏やかだというのに、ONとOFFの切り替えが激しい。今は眼光だけで殺せそうなほどだ。
「私にも体面というものがある。【神劇の秘団】総員を集め、こうして交渉の場に臨んだのだ。それで得るものがなにもないとなれば、私の沽券に関わる。私としてはこのまま退くのも良しだが、それを良しとしない者もいるだろう」
 デウスの背後では、人影の群れが揺れ動く。あからさまに殺気立っているような気配が感じられた。彼の言うことも、嘘やハッタリではないようだ。
「ゆえに、少しだけ、私の力をお見せしよう。消すつもりはない。少し、傷をつけるだけだ」
 そう言って、デウスは一歩前に進み出る。ただの一歩。踏み出しただけだというのに、そこには凄まじい威圧感がこもっている。
「さぁ、贄となるのは誰だ?」
「……私が行くよ」
「あきら……」
「大丈夫、心配しないで。私を信じて」
「……うん」
 デウスに対抗するように、暁もデッキに手をかけ、コルルを連れて前に進み出る。
 互いに前進し、ちょうど二人が対面する形になった。暁とデウスではかなり身長差があるが、見下ろされても暁はキッと鋭い視線でデウスを睨みつけている。
「ラヴァーを打ち破ったその力。見せてもらおうか、空城暁」
「行くよコルル。準備はいい?」
「おう! いつでもOKだ!」
 暁とデウス。
 向かい合った両者の空間が、歪み始めた。
 それは、今現在におけるこの世界の決闘。
 それが始まる、合図だった——


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