二次創作小説(紙ほか)
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- デュエル・マスターズ Another Mythology
- 日時: 2016/11/05 01:36
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。
珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——
目次
プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63
16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213
59話〜119話『継承する語り手編』
>>369
『侵革新話編』
120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415
■
Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213
Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355
■
番外編
東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528
■
東鷲宮中学校放送部
第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299
■
登場人物目録
>>57
- 125話「time reverse」 ( No.379 )
- 日時: 2016/05/01 19:35
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
《ラ・クルスタ》が進化して現れたのは、天馬の如き龍だった。
純白のしなやかな肉体。強靭でありながらも芸術的な美しさを持つ脚と胴。力を象徴する雄々しき角、清廉を示す神々しき翼。
これが革命軍の王と呼ばれるクリーチャーの一角——《革命天王 ミラクルスター》。
ルミスの持つ力の大きな一欠片であり、彼女の相棒の一体だ。
ルミスは進化した《ミラクルスター》を軽く撫でてやると、戦場へと送り出し、その力を発動させる。
「《ミラクルスター》がバトルゾーンに出た時、私はカードを一枚引き、手札からコスト6以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに出します。《指令の精霊龍 コマンデュオ》をバトルゾーンに!」
再び、《ミラクルスター》が嘶く。その呼び声によって引き寄せられたカードを、ルミスはそのまま放つ。それは一体の龍となった。
「そしてこの《コマンデュオ》の効果で、再びカードをドロー。そして手札から、コスト5以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに出します。《真紅の精霊龍 レッドローズ》をバトルゾーンに!」
《ミラクルスター》によって呼び出された《コマンデュオ》もまた、指令を飛ばす。山札から新たなカードが引き寄せられ、これもまた一体の龍となる。
「今度は《レッドローズ》の効果で、ドローです。そしてマナ武装3で、手札からコスト4以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに出します。《超過の翼 デネブモンゴ》をバトルゾーンに!」
深紅の花弁を舞い散らして、《レッドローズ》は仲間を呼ぶ。赤い薔薇の香りに導かれて、新たなクリーチャーが姿を現した。
「《デネブモンゴ》の効果で、またまたカードをドローしますよ。そして手札からコスト3以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに出します。《牛歩の玉 モーギュ》をバトルゾーンに!」
最後に《デネブモンゴ》の能力でカードを引き、《モーギュ》が出現する。
指令の精霊龍 コマンデュオ R 光文明 (6)
クリーチャー:エンジェル・コマンド・ドラゴン 6000
W・ブレイカー
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、カードを1枚引く。その後、自分の光のコスト5以下の進化ではないクリーチャーを1体、手札からバトルゾーンに出してもよい。
真紅の精霊龍 レッドローズ C 光文明 (5)
クリーチャー:エンジェル・コマンド・ドラゴン 4000
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、カードを1枚引く。
マナ武装3:このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のマナゾーンに光のカードが3枚以上あれば、進化ではない光のコスト4以下のクリーチャーを1体、自分の手札からバトルゾーンに出してもよい。
《ミラクルスター》から始まり、《コマンデュオ》《レッドローズ》《デネブモンゴ》《モーギュ》と連鎖し、たった一体のクリーチャーから、四体ものクリーチャーが展開された。
流石にこの数のクリーチャーには、復讐者も気圧されたように言葉を詰まらせる。
「クリーチャーが……ぐ……復讐、する……!」
「そんなに復讐したければご自由に。しかし、私の革命は、まだ終わっていませんよ」
明らかな焦りを見せる復讐者に対し、ルミスは余裕綽々だ。冷静と平静を保っている。
いくらクリーチャーが五体並んだとはいえ、登場時の能力を使ってしまえば準バニラだ。ルミスのシールドは残り一枚、ブロッカーは《デネブモンゴ》のみで、復讐者のクリーチャーだって五体もいる。
このターン攻撃できるのも《ミラクルスター》だけなので、いくら数を並べても、このまま数で押し切られてしまうのはルミスの方だ。
しかし、それをさせないのが、彼女の革命だ。
「遂にお披露目ですよ。私の奇跡の魔法、時の逆流(time reverse)——とくとご覧あれ!」
《ミラクルスター》が再三嘶く。
ルミスたちの、革命を成し遂げるために。
「——革命発動!」
奇跡の光が、侵略に侵された世界を浄化する。
《ミラクルスター》《コマンデュオ》《レッドローズ》が、翼を羽ばたかせ、天空へと飛び立った。
「《革命天王 ミラクルスター》の革命2! 《ミラクルスター》がバトルゾーンに出た時、私のシールドが二枚以下であれば——」
飛び立った三体の龍は、輝かしい、奇跡の光を観に纏う。
それが、彼女の革命の合図だった。
「——私のバトルゾーンにある光のコマンドの数だけ、私のシールドが追加されます!」
革命天王 ミラクルスター SR 光文明 (7)
進化クリーチャー:エンジェル・コマンド・ドラゴン/革命軍 9500
進化—自分の光のクリーチャー1体の上に置く。
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、カードを1枚引く。その後、進化ではない光の、コスト6以下のクリーチャーを1体、自分の手札からバトルゾーンに出してもよい。
革命2—このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分のシールドが2つ以下なら、バトルゾーンにある自分の光のコマンド1体につき、山札の上から1枚目を裏向きのまま、新しいシールドとして自分のシールドゾーンに置いてもよい。
W・ブレイカー
ルミスの場にいる光のコマンドは、《ミラクルスター》《コマンデュオ》《レッドローズ》の三体。
大空に飛び立った三体は、天を翔け、奇跡の光を放ち、時を逆流させる。
完全に再現することは不可能だが、ルミスの砦は始まりへと遡る。
三枚のシールドが増え、シールドは四枚。ルミスのシールド枚数は、冒頭へと戻ったのだ。
それはつまり、時が巻き戻されたのと、ほぼ同義だ。
再生した盾越しに、ルミスは余裕の笑みを復讐者に向ける。
「これで私の時間は巻き戻りました。さて、私の死期はいつやって来るのでしょうね?」
「ぬぅ……復讐する……復讐する……!」
「その復讐は時間的に間に合うのでしょうかね! 《ミラクルスター》で《ブラックサイコ》を攻撃! 破壊します!」
《コマンデュオ》と《レッドローズ》はルミスの下に戻り、《ミラクルスター》はそのまま空を駆け抜けて《ブラックサイコ》へと迫る。
そして《ブラックサイコ》の身を、甲冑ごと踏み砕いた。
《ローズ・キャッスル》が二枚要塞化されていても、《ミラクルスター》のパワーは7500、《ブラックサイコ》は7000なので、ギリギリ打ち勝つことができる。
「ターン終了です。さ、あなたのターンですよ」
「……《フワシロ》と《ヴェイダー》を召喚……《ブラックサイコ》で攻撃……!」
「《デネブモンゴ》でブロック!」
「《オタカラ・アッタカラ》《ドルゲドス》でシールドブレイク……!」
《ブラックサイコ》の攻撃はWブレイクなので《デネブモンゴ》で防ぐが、残る二体のクリーチャーからは、シールドを粉砕される。残るシールドは二枚。
「《ギズムリン》で攻撃する時、侵略モード発動……!」
二体に続き《ギズムリン》も攻撃に参加するが、様子が違った。
目を赤く光らせ、ルミスの手札を凝視している。
「《ギズムリン》の侵略モード……相手のシールドが二枚以下で《ギズムリン》が攻撃する時……相手は自身の手札を二枚捨てる……」
「この期に及んでまだ手札を破壊しますか。捨てる手札は先ほどブレイクされた二枚。ブレイクされたシールドにトリガーはないです」
「……ターン終了」
あくまで攻める姿勢を崩さない復讐者。時を巻き戻しても、すぐに追いついてくる。
しかし一気にクリーチャーを並べられ、打点増量でとどめを刺されかねないので、復讐者としても今の状況は厳しいはずだ。
「呪文《DNA・スパーク》! 相手クリーチャーをすべてタップ! ついでにシールドも追加します!」
二重螺旋の光る鎖が二体の《ヴェイダー》に加えて《ギズムリン》も縛り付け、すべてタップされる。さらに一筋の光は盾となった。
復讐者のシールドは四枚。《ミラクルスター》と《コマンデュオ》がWブレイカーなので、このターンにとどめを刺すことは可能だが、
「……まだ、攻め時ではありませんかね。《ミラクルスター》で《ブラックサイコ》を攻撃!」
攻撃目標はクリーチャー。《ミラクルスター》は二体目の《ブラックサイコ》も踏み砕いた。
S・トリガーで逆転される恐れを考慮し、まだプレイヤーへは攻撃せず、殲滅を続けるつもりのようだ。
しかし、
「《コマンデュオ》でWブレイクです! 決めるつもりはありませんが、目障りなので、いい加減その陰気くさい薔薇のお城には落城していただきます!」
続く《コマンデュオ》はシールドを砕く。
復讐者のシールドには《ローズ・キャッスル》が二枚も張られている。そのせいで、ルミスのクリーチャーは大きくパワーが下がっていた。《ミラクルスター》が《ブラックサイコ》を殴り返すだけでもギリギリなのだ、他のクリーチャーが殴り返すには、パワーが不足してしまっている。
なので、トリガーを使われるリスクを背負いながら、ルミスは先に《ローズ・キャッスル》が張り付いたシールドを二枚、打ち砕いた。
黒い瘴気を放つ薔薇の古城は、音もなく崩れ去った。
その跡から罠が発動される気配はない。
「では、《レッドローズ》で《ギズムリン》を、《モーギュ》で《オタカラ・アッタカラ》を攻撃です!」
トリガーがないことを確認して、パワーが戻った二体で、さらに二体のクリーチャーを殴り返す。
残るは《ドルゲドス》《フワシロ》二体の《ヴェイダー》だ。
ルミスのシールドも二枚あるので、ギリギリ耐えきれるはず、だが。
「《ギズムリン》召喚……墓地の《フワシロ》を進化元に《ドルゲドス》を墓地進化……《フワシロ》で攻撃する時に侵略発動……《復讐 ブラックサイコ》へ侵略……!」
「!」
追撃の《ドルゲドス》。さらに《フワシロ》が《ブラックサイコ》へと侵略する。
ルミスの場にブロッカーはいない。加えて、追加打点が二つに増えてしまった。
《ブラックサイコ》のWブレイクを受け、二体の《ドルゲドス》が襲い掛かる。ルミスはトリガーを引かなければ、負けが確定だが、
「……トリガーはありません」
砕かれたシールドは、どちらも光を放たない。
それはつまり、ルミスの敗北を意味していた。
「……復讐完了」
そう呟いて、復讐者は執行する。
侵略に飲まれた、復讐を。
「《死神竜凰ドルゲドス》で、ダイレクトアタック——」
- 125話「time reverse」 ( No.380 )
- 日時: 2016/05/03 14:58
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
「——革命0トリガー発動!」
突如、ルミスは叫んだ。
目前にはとどめを刺しに来た《ドルゲドス》が迫っている。この一撃を受けることは、もはや避けられない。
しかしそれでもルミスは、勝利を諦めていなかった。
希望の光を瞳に湛え、ルミスは手の中のカードを一枚、突き出す。
「呪文——《革命の防壁》!」
ふっ、と光の残滓がルミスの前に集まる。
それはなにかを形成しようと蠢いているが、なにも形作らない。何物にもならない。
今は、まだ。
「……革命0トリガー……?」
「革命0トリガーは、私がシールドゼロの時に攻撃されると、手札からコストを払わずに使うことのできるカードです」
つまり、とどめの一撃を喰らう間際で発動できるカードということ。
そのようなタイミングで使うとなれば、それは瀬戸際の防御札だ。この一撃で起こりうる、敗北を回避できるような。
ただし、一つだけ条件があった。
「私の山札の一番上をめくって、それが光のクリーチャーなら、シールドを追加できます」
革命の防壁 R 光文明 (3)
呪文
革命0トリガー—クリーチャーが自分を攻撃する時、自分のシールドが1枚もなければ、この呪文をコストを支払わずに唱えてもよい。
自分の山札の上から1枚目を見せ、山札の一番下に置く。それが光のクリーチャーなら、自分の山札の上から1枚目を裏向きのまま、新しいシールドとして自分のシールドゾーンに置く。
この呪文を唱えた後、墓地に置くかわりに山札に加えてシャッフルする。
タダでは守れない。仲間の支援を受けて初めて、革命0トリガーは成功するのだ。
ルミスは山札をめくる。めくられたカードは、《天星の玉 ラ・クルスタ》。
光のクリーチャーだ。
「やりました。シールドを増やします。これでダイレクトアタックは防げますね」
山札にいた《ラ・クルスタ》の、守りたい思いを受け取り、光の残滓は遂に一つの盾を形成する。拳の紋章が刻まれた、聖なる盾を。
その盾はルミスの前に展開され、彼女を侵略者の攻撃から守る。
「だが……《ドルゲドス》はもう一体いる……この攻撃も止まっていない……シールドをブレイクだ……!」
攻撃している最中の《ドルゲドス》が、《革命の防壁》で増えたシールドを粉砕する。
そして、続く二体目の《ドルゲドス》が、とどめを刺そうと飛び掛かるが、
「残念でした、S・トリガー《閃光の守護者ホーリー》を召喚します。あなたのクリーチャーはすべてタップです」
その牙がルミスに届く前に、《ホーリー》の閃光の前にひれ伏す。
《革命の防壁》と《ホーリー》、二枚重ねの防御によって、ルミスはとどめを刺される直前まで巻き戻り、ギリギリの状態を維持する。
それでも、かなり危ない橋を渡っているが。
「実はもう一枚持っていたので、トリガーがなくても問題はなかったのですが、とりあえず好都合でしたね。私のターン、《コマンデュオ》を召喚、《レッドローズ》をバトルゾーンに、《デネブモンゴ》を出して、《オリオティス》を呼び出します」
返しのターン、《コマンデュオ》からの連鎖で再び大量のクリーチャーを並べるルミス。クリーチャーを殴り返し、守りを固めて、反撃の時を窺っている。
このターンも殴り返したいところではあるが、彼女は思案する。
「……このまま殲滅戦を続けても埒があきませんね」
復讐者の場には、放置しておけばドローを積み重ね、しかもブロッカーの《ヴェイダー》が二体おり、墓地進化で進化速攻してくる《ドルゲドス》も、いつどこから飛んでくるのか分からない。
手札はほぼ約束されており、クリーチャーも次から次へと湧いてくる。ちまちま殴り返していては、どこかで足元をすくわれかねない。
そう思い、彼女は決心した。
そして、宣言する。
「邪魔なブロッカーには寝ていただきましたし、ここは思い切って攻めますよ! 苦節の時を乗り越え、今! 革命軍、進撃開始です!」
《ヴェイダー》は二体ともタップ状態。復讐者のシールドも残り二枚。
打点は十分に足りている。
「さぁ、お願いします! 《コマンデュオ》でWブレイク!」
先陣を切るのは《コマンデュオ》。《ローズ・キャッスル》を落城させたときのように、残った二枚のシールドを砕く。
しかし今度は、砕いたシールドから、光が零れた。
「S・トリガー《惨事の悪魔龍 ザンジデス》……!」
「こちらのクリーチャーのパワー低下ですか……しかし、2000の減少程度では、止まりませんよ!」
「もう一枚……S・トリガー……!」
二枚目のシールドも、S・トリガーだ。
零れた光が、地獄の門を開くための印を結ぶ。
「《インフェルノ・サイン》……《ザンジデス》を蘇生……相手クリーチャーのパワーをすべて−4000……!」
「……ここまで、ですね。もうあなたはタイムアウトです」
二体の《ザンジデス》によって、ルミスのクリーチャーはすべて、パワーが4000下げられた。ほとんどのクリーチャーは死滅し、残っているのは《コマンデュオ》と《ミラクルスター》だけだ。
しかし、それだけ残っていれば、十分だった。
まだパワーが3500残っている《ミラクルスター》が、最後に大きく啼く。
革命を達成し、侵略を打ち倒す、証明として。
美しき讃美歌のような音色で、嘶いた。
「《革命天王 ミラクルスター》で、ダイレクトアタックです——!」
神話空間が閉じる。
先ほどまでとは違う、淀みのない外気を肌で感じた。
対戦中の緊張感から解放され、ルミスは一息つく。
「ふぅ……いっちょあがりです」
「ルミス……っ」
トタトタと、恋が駆け寄ってくる。
いつもよりも、少しだけ感情を露わにしながら。
「ルミス……ありがとう」
「いいえ、気にしないでください。私も追いかけてくるストーカーを撃退しただけですし」
「でも……私を囮にするとか……方法、あったし」
「なんて物騒な……」
「わざわざ、私を守る理由なんてないのに……なんで、ルミスは私を……?」
理由を問う恋。
恋が目覚めてから、一時間も経たない程度の時しか、共にしていない。
人間とクリーチャー。接点がなければ、利害関係もない。無縁の関係だった。
にもかかわらず、ルミスは倒れた恋を介抱し、あまつさえ身を挺して復讐者から自分を守ってくれた。
恋を囮にするなんてことは極端にしても、無理して助けるほどの価値はあったのか。それだけのリターンを恋から得ることなどできたのか。
損得勘定を抜きにしても、なぜ恋を助けようとしたのか。恋にはその理由が分からなかった。
「理由、理由ですか」
ルミスは唇に人差し指を添えて、考え込む仕草を見せる。少しだけ、返答に困ったようなようだった。
「善行に理由を求められると返す言葉に悩んでしまいますが、それでもあえて言うのなら、あなたは私と似ていると感じたから、でしょうか」
「似てる……? 私と、ルミスが……?」
「えぇ。とても、感覚的なことなんですけど」
思わぬ返しに、恋は首を傾げる。
「その感覚的なものをあえて具体的にして、私も訊きますけど、あなたは恋をしていますね?」
「え……」
恋は無感動な目をぱちくりさせる。表情に感情はなくとも、明らかに驚いた風だった。
「自覚、ありませんか?」
「ん……ある」
「ふふっ、やっぱり」
なぞなぞの正解を言い当てた少女のような子供っぽさで、ルミスは笑う。
「告白はしました?」
「した……」
「あ、大人しそうに見えましたが、結構積極的なんですね。それで、結果は?」
「……『私も好きだよー』、って……」
「違うものと勘違いされていますね。自分の好きの意味を、ちゃんと伝えないとダメですよ?」
「言った……そしたら……」
「そうしたら?」
「……『私たち、女の子同士だし……』、って……なんかちょっと困ってた……」
「人間の世界でも、同性愛ってマイノリティなんですねぇ」
恋の焦がれる相手を知ってもなお、ルミスは戸惑うどころか、当然のように受け入れる。
まるでそれはおかしなことではなく、当然のことであるかのように。自分にも身に覚えがあるかのような当然さで、ルミスは相槌を打つ。
「……でも……諦めるつもりはない……」
「その意気ですよ」
さらに恋の背中を押すルミス。
そんなルミスに、恋は再び問いかける。
「……ルミスは」
「はい?」
「ルミス、私と似てるって……そう言った……なら、ルミスも……?」
「……そうですよ」
ルミスはゆっくり首肯した。
そして、言葉でも肯く。
「私にも、思い続けている相手がいます」
ただ、とルミスは続ける。
「恋さんと同じように……私とあの人は、本来ならば結ばれてはいけない関係なんです」
「結ばれては、いけない……」
「うふふ、禁断の恋、というやつでしょうか」
冗談っぽく笑うルミス。
しかしその笑みは、すぐに暗鬱としたものに変わってしまう。
「……その恋は、実ることもなくなってしまったかもしれませんけど」
ぼそりと、誰に言うでもなく、誰にも届かない、自分にしか聞こえないような声で、ルミスは呟いた。
ここにはいない、かの者へと。
「ねぇ……メラリー」
「ルミス……」
恋はルミスを見上げる。
暗い陰の差した彼女の表情は、見ていて心苦しいものがあった。
不安と、焦燥と、痛苦と、陰鬱と、悲哀に染め上げられたルミスの表情と心情は、恋が理解するにはあまりに深い。
深淵の中にある闇が深すぎて、恋でも踏み出せなかった。
それを見てなのか、それとも自分の中で決起したのか、ルミスは弱音を取り消すように自分の中で渦巻く闇を否定する。
「……いいえ、弱気になってはいけませんね。私も、諦めませんよ」
恋の言葉を借りて、ルミスも自身を奮い立たせる。
「メラリーは……私の想い人は、必ず生きている。私はそう信じています」
それがただの希望的観測で、自らの醜態を晒すだけになるのか。
それとも、追い続けた光が、自分の目指す未来となるのか。
どちらにせよ、ルミスは前に進むことを最後まで諦めない。
「希望は捨てず、革命を起こすまで、私は私の時を刻み続けます……あの人と、再会するまで」
【フィストブロウ】の仲間としてだけではない、クルミスリィトという個人としての意志。
それを胸に抱いて、ルミスは歩み続ける。
「……すみません。長々と話し込んでしまいました」
「いい……気にしてない」
「私は仲間を探さなくてはならないのですが、恋さんは?」
「私も……あきらたち、見つけないと……」
「では、一緒に行きましょう」
「いいの……?」
「ええ。ここまで来て見捨てることなんてできませんし、一人より二人の方が心強いです」
目的も、境遇も、胸の内に秘めた思いも似通った二人。
二人は、お互いの目的を果たすべく結託し、共に進む。
ふとルミスは、ちらりと流し目を向ける。先ほど、自分が戦っていた場所を。
しかしそこには、誰もいなかった。
人っ子一人、影すらも残っていない。
「……少々、面倒なことになったかもしれませんね」
- 125話「time reverse」 ( No.381 )
- 日時: 2016/05/04 03:22
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
「まったく……本当、鼻がいいんですから」
「……? ルミス……?」
「恋さん、こちらへ。キュプリスさんもその姿でない方がいいかと」
「え? ボクも?」
「はい」
ルミスに抱き寄せられる恋。キュプリスも言われたとおり、カードとなって恋のデッキに入る。
一体何事かと疑問符を浮かべる恋だったが、ふと、異変に気付いた。
「あれ……いない……?」
そこにいるはずのものが。
復讐者の姿が、見当たらない。まるで煙のように消えてしまった。
いや、違う。
確かに復讐者は消えたのかもしれない。
だが、消えたままではなかった。
「復讐……」
「……復讐する」
「……復讐の時だ……」
「……復讐を……復讐を……」
「復讐……侵略……復讐……侵略……」
ゆらゆらと、揺らめく黒い影が現れた。
それも、一つではない。
二つ、三つ、四つ、五つ——もっといる。少なくとも十はいた。
黒い人型の影。どれもすべて同じ姿形をしているが、顔を覆う仮面のようなものだけが、少しずつ違っていた。
黒い斑点のついた白いマスク、淀むように黒ずんだガスマスク、のっぺりとした能面のようなマスク——いずれも嫌悪感を感じさせる不気味なマスクだった。
そしてそれらの姿は、先ほど襲い掛かってきた、復讐者そのものだ。
「……なんか増えた」
「あれらすべて、復讐者です」
「あれも……? さっき倒したんじゃなくて……?」
「復讐隊は【鳳】の組織の中でも極めて特殊なんです。個体差はあるみたいですが、すべて復讐王の僕であり、影。一人を倒せば十人や二十人がこぞって復讐しにやって来ます。復讐者と一人でも戦うことになれば、バックに千人はいると思え、とザキさんには言ってましたね」
「……Gみたい」
「似たようなものです」
ルミスはより強く恋を抱く。並んだ復讐者たちの動きを見逃さず、いつでも動けるように。
一体だけなら倒すこともやぶさかではなかったが、これだけの数だ。いくらなんでも多勢に無勢である。
となれば、取るべき選択は一つだ。
「……しっかり、掴まっててくださいね」
バサァッ! と。
彼女の背中から、純白の翼が大きく広げられた。
そして直後。彼女は恋を抱きしめたまま、大空へと飛び立つ。
「っ……」
「逃げますよ!」
敵の数が多いなら、逃げる方が得策だ。ルミスはそう判断し、空へと逃走を始める。
しかし、それを見逃してくれる復讐者たちでもない。
「逃がさない……!」
「復讐する……!」
復讐者たちも、ルミスの後を追い、飛び立つ。
「あいつら、追ってきた……」
「それはそうでしょうね! 連中の思考回路から考えれば当然です!」
ルミスは広い大空を、高速で飛行する。
遮蔽物どころか、雲一つない晴天の空。
単純に逃げ回っているだけでは、数の多い向こうが有利だ。
「落ちよ……!」
復讐者の声が聞こえた。
直後、後方から黒いエネルギーの塊がレーザーのように飛んでくる。
「なんか飛んできた……!」
「危ないですね、当たったらどうするつもりなんでしょう」
「当てるつもりなんだと思う……弾幕ゲーは苦手……逃げる側は、ちょっと……」
「復讐……!」
いつの間にか肉薄していた復讐者の一体が、ダガーナイフのようなものを握り、その刃をこちらに向けていた。
「おっと、危ない!」
「う……」
「復讐せよ……!」
「今度はこちらですか……!」
「うぐ……」
「復讐だ……!」
「よっと……ヒヤヒヤさせますね!」
「う、う……」
迫り来る復讐者の攻撃を空中で躱し、そのたびに大きく体を揺らすルミス。
ルミスに抱えられた恋は、彼女の胸の中で嗚咽を漏らしている。
「ルミス………は、激しい……」
「あ、すみません」
「……吐きそう」
あっちこっち飛びまわっていたので、恋が酔ってしまったようだ。
苦しそうに呼吸する恋を見て、ルミスはやや焦り気味に言う。
「が、我慢してください! もう少しなので——って、おっとっと!」
「同胞の復讐だ……!」
鋸の一振りを躱して、ルミスは一度大きく距離を取る。
距離を取っても光線のようなもので狙撃されるのだが、不気味な復讐者たちに近づかれるよりは遥かにマシだ。
「……?」
ルミスは気づく。
追ってくる復讐者たちの数が少ない。それに、速度も遅い。
不審に思って宙で止まった、その時だ。
「……復讐だ」
「……復讐せよ」
「……復讐と侵略を」
「……復讐を【フィストブロウ】に」
いたるところから、重く暗い声が響く。
見れば、後方だけではなく、前方、左右にも、復讐者の姿があった。
「……囲まれた……ルミス……っ」
「…………」
ぐるりと見回すルミス。
後ろに三体、右に三体、左に二体、前に四体。合わせて十二体。
ルミスは四方をすべて、復讐者に囲まれてしまったのだ。
「終わりだクルミスリィト……復讐の時だ……!」
十二体の復讐者たちが、それぞれ得物を構える。
鋭い短剣や、巨大な斧、分厚い鉈、先端の黒ずんだ槍など、持っている武器は様々だが、どれも殺傷能力だけは保障されている代物だ。
ここまで包囲されてしまえば、さしものルミスでも逃げ切れない。
少なくとも、復讐者たちは、そう思っていた。
「……うふふ」
顔を伏せていたルミスは、小さく笑いを零す。
「復讐者の方々にも、やはり知性や理性はあるんですね」
安心しました、とルミスは続ける。
まるでこの包囲網も、分かっていたと言わんばかりに。
「計画通り誘導して、私を取り囲んだと思いました?」
顔を上げ、ルミスは片手を上げる。
指を絡ませて、力を込める。
そして、
「残念! 包囲されているのは——あなたたちですよ!」
パチンッ、と指を鳴らした。
刹那。
十二体の復讐者たちを、なにかが貫く。
「さようなら、名も無き侵略者さんたち……」
なにか光るものが、それぞれの復讐者たちから飛び出していったのが見えた。
そして復讐者たちは皆、ボロボロと崩れ落ちるように、大空から地上へと落ちていく。
「……なんなの、今の……?」
「彼らが私を誘導して取り囲む気満々だったようなので、ちょっとした罠を仕掛けたまでですよ」
そう言ってルミスは、一本の細長い物を取り出した。
それは、金色に光る時計針だ。
「彼らが私を誘導する位置をある程度予測して、その周辺にこれを撒いておきました。この針の質量くらいなら、何十本かは物質時間を空間ごと固定できるので、あとは彼らが私を取り囲んだと思って油断した隙に合図して、一網打尽です」
理屈や原理は分からないが、ともかく復讐者たちを撃退することができたようだ。
恋は地上に落ちて姿が見えなくなった復讐者たちを見つめるように、ルミスに問うた。
「……死んだの……?」
「彼らを普通のクリーチャーと仮定するなら、そういうことになりますね。しかし復讐者は復讐王の眷属。死んだ、という表現は些か不適切な気がしますね」
この世にちゃんとした生を受けた存在なのか。【フィストブロウ】に属するルミスにはそれは分からない。だからあくまで推測でしかなかった。
それに、相手は自分たちの敵だ。徹底的なまでに敵対している相手。互いに殺し合っている——強弱関係はこの上なくはっきりしているが——とでも言うような関係だ。温情も、容赦も、かけるべきではないのかもしれない。
それでも胸の内から湧き上がってくる感情を押し殺すように、ルミスは声のトーンを少しだけ低くして、白い翼を羽ばたかせる。
「……それよりも、早くここから離れましょう。急がないと、また復讐隊にストーキングされてしまいます」
復讐者の性質もあるが、このまま飛び続けていれば、顔が完全に割れているルミスは【鳳】にとっていい的になってしまう。なのでルミスは、適当な場所を見繕う。
逃げることと復讐者を罠に嵌めることに集中していたため、それ以外についてはなにも考えていなかった。どうやらここはまだ火文明領のようだが、遠くの方には小さく森が見える。自然文明の領域だ。
ルミスは自然にできた道らしきところまで飛び、降り立った。
翼を収め、抱いていた恋も一緒に降ろす。
「ここまで来れば、大丈夫ですかね……」
「……吐いてきていい……?」
「主犯が私なので引き留めにくいのですが、女の子なんですし、もうちょっと恥じらいを持ちましょうよ」
しかし本当に気分が悪そうだったので、ご自由にどうぞ、とルミスは言っておいた。その後のことは知らない。
流石のルミスも、復讐者との戦闘、その後の対戦に加え、復讐隊に追われて空中を飛びまわりドッグファイトらしきことまでしたので、疲れた。恋も気分を悪そうにしているので、お互い岩壁に背中をつけて、少し休む。
そんな時だ、いつの間にかクリーチャーの姿に戻っていたキュプリスが声を上げたのは。
「恋、なにか来るよ」
「……なにが……?」
敵だったらまずい、まさか復讐隊がもうこの場所を嗅ぎつけたのか、などと焦りを募らせるルミス。しかしキュプリスは、どこか落ち着いていた。
まるで、それが危険なものではないと、本能的に知っているかのように。
「ボクは感度がよくないからあんまり分からないけど……この感じは、クリーチャー……が、二体かな。それも、一つはボクと同質の。だから——」
キュプリスが言い切る前に、なにかが聞こえてくる。
緩やかなエンジン音。【鳳】の音速隊のような、荒々しく激しいそれではない。恋も登校中に毎日聞いている、普通の軽自動車に近い音だ。
それが、だんだんとこちらに近づいて、やがてその姿もはっきりした。
車だ。それもオープンカー。青黒いカラーリングで、意外と車体は大きい。
この世界に車、それもオープンカーが普通に走っているということにシュールさを覚えずにはいられない恋だったが、車の様子から、なにかしら感じるものがあった。
その車は普通に走行していない。このでこぼこした山道で、徐行している。明らかに走りにくそうにもかかわらずだ。
そしてこちらが向こうを視認しているように、向こうもこちらの存在には気付いていると考えられる。それでいて徐行しているということは、道の端で座り込んでいる恋やルミスのことを考慮しているということ。
敵ならばそのまま撥ね飛ばしそうなものだが、少なくともそうではない。むしろ——
二人の前で、車が止まった。
「——レーダーを見てたら【フィストブロウ】らしき反応に、他のクリーチャーの反応、あとはよく分からない生体反応もあって、一体なんなのかと少しばかり混乱したけれど」
オープンカーのドアに腕を置き、運転手は身を乗り出す。
「君だったか、ルミス」
「ミリンさん……っ!?」
吃驚の中に安堵を含ませるルミス。この人物が、彼女の仲間なのか。
一方、恋は別の者と視線を合わせていた。
運転手の隣、助手席に座る人物。背が高く、眼鏡の奥からでも鋭い眼差しが光る少年。さらにその隣には、クリーチャーらしき少女。
見覚えがある、どころではない。ある意味、恋の探していた相手だ。
しかし同時に、恋にとっては探していない相手でもある。
恋は、ボソッと彼を呼ぶ。
「……メガネ」
「お前か……」
相手の少年——霧島浬も、悩ましげに頭を押さえた。
- 126話「賭け」 ( No.382 )
- 日時: 2016/05/04 08:59
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
暁がメラリヴレイムに、恋がクルミスリィトに出会う頃。
同時刻、浬もクリーチャー世界のどこかに飛ばされ、気を失っていた。
飛ばされてからどれくらい時間が経ったのか、浬は全身で感じる猛烈な熱さで目が覚めた。
「う……熱……っ」
「あ、ご主人様! 目が覚めましたか、よかった……」
「エリアス……」
体を起こし、彼女——エリアスの姿を見る。が、視界がぼやけてよく見えない。
近くに手を這わせると、彼女がなにかを差し出してきた。それがなんなのかはすぐにピンと来たので、受け取って装着する。
視界が明瞭になった。
同時に、今自分がどこにいるのかを、理解する。
「ここは……砂漠……?」
「えぇ。詳細な座標は分かりませんが、地質の状態からして、恐らく火文明領のどこかだと思われます」
どうりで熱いと思った。燦々と照りつける太陽の下、熱された砂の上で寝ていたのだ。熱中症にかかる危険性が非常に高く、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。
そのせいなのか、視界ははっきりしているが、頭が上手く働かない。自分のいる場所は分かっても、自分の置かれている状況の整理ができない。
「……俺は、一体……」
「えっと……ご主人様、頭は大丈夫ですか?」
心配そうに、上目遣いで見上げるエリアス。
浬は拳を握り、それを彼女の頭に振り下ろした。
「痛ぁっ!? な、なんでですか!?」
「罵倒されたからムカついただけだ」
「違いますよぅ、頭を打って、記憶が飛んじゃってるんじゃないかと思っただけですぅ……うぅ、なにも殴らなくたって……」
「…………」
言われて、思い返す。
遊戯部で部室に集まり、恋だけでなく、珍しく一騎も一緒になって超獣世界へと向かう手はずとなっていた。二人との合流はこちらの世界でということになり、リュンによってこちらの世界に転送され、そして——
「……どうなったんだ?」
「恐らく、リュンさんの転送が失敗したのだと思われます。しかし、あの感じは妙でした。まるで、外から衝撃を受けたみたいに、散りましたね」
転送が失敗。そんなこともあるのか、と浬は呟く。
思えば、どんなカラクリなのかも分からず、ワープで星間移動をしているのだ。なにかのミスで大事になりかねないなと、今更ながら思う。
しかしそれはそれだ。失敗のリスクや可能性が極めて低いからこの方法を取っていたのだろうと、一応考えておく。
今考えるべきは、転送に失敗したこと。そして、その結果だ。
周りを見渡す。他に人はいない。
エリアスに尋ねる。他には誰も見ていないと言う。
「つまり、原因は不明だが、リュンの転送は失敗して、俺たちはバラバラになったってことか」
「はい、恐らくは……」
ようやく頭が回りだした。
しかし頭が回転したところで、現状では分からないことも少なくない。とりあえず、どうやって他の仲間を見つけるかを考えなくてはならない。
いやその前に水と食料だ。特に水。熱さ及び暑さにやられて、身体中の水分がかなり飛ばされてしまっている。喉も渇きに渇いており、実は声を出すことすら苦しい。早く水分をとらなければ、本当に脱水症状を起こして倒れかねなかった。
とそこで、実は自分は今、相当危険な状況、命の危機に瀕しているのではないかとということを自覚してしまい、ゾッと恐怖心が襲い掛かる。
「……! ご主人様、クリーチャーらしき気配がします。なにかが来ますよ!」
その恐怖心をさらに刺激するように、エリアスが叫ぶ。
砂煙が舞い上がり、前方になにがあるかなどは見えない。
しかしやがて、うっすらと影が差す。一つではない。複数だ。巨大な波のように、なにかの集団がこちらに向かって歩いてくる。
なにか危険なものを感じたが、脱水症状を起こす寸前で、疲労困憊の浬は、なかなか立てないでいる。
そうしているうちに、その集団の姿が、明瞭になっていく。
「おやおや? こんなところで人を見つけるだなんて、なんて偶然なのでしょうか」
舌足らずなようでいて流暢さを感じさせる、矛盾した喋り。妙に耳に残る甲高い声。
少女だった。小柄で華奢な、子供らしい矮躯。しかしその意匠は、燕尾服にシルクハット、白手袋を嵌めた手には黒いステッキを持っている。また、足元には大きめの黒いトランクケースがあった。
その手品師のような格好とそぐわない幼さが、彼女の奇妙さを引き立てていた。
「あ、でもわたしは人探しをしてるんでした。あなたは、【フィストブロウ】の方……では、なさそうですね」
「……誰だ」
小さく、そして短く浬が問うと、少女は大仰な身振り手振りで、わざとらしく慌てる素振りを見せる。
「おぉっと、これは申し遅れました」
そしてシルクハットを脱ぎ、その下の青いショートヘアを露わにしながら、ペコリとお辞儀をする。
「わたし、奇々姫と申します。まだまだ若輩者ですが、こう見えて、【鳳】の奇天烈隊長なんですよ?」
「キキヒメ……? キテレツ……?」
「大百科ですか?」
「なんでお前がそんなもの知ってるんだ」
というツッコミはさておき。
奇天烈隊というものはよく分からないが、【鳳】という名前は、聞き逃せなかった。
「【鳳】、ということは、いつかのバイク野郎と同じ組織の者だな」
「おっと? わたしたちのリーダーと面識がおありで? ははぁ、これは驚きです。しかし、仮にもわたしたちのお頭に向かって野郎とはずいぶんな言いぐさ。いえいえ、あの人の性格からすれば、しかたないですか」
いちいち言動に身振り手振りが加わり、演技っぽいというか、胡散臭い。
どことなく芝居がかった口調に、およそ少女らしくない慇懃無礼な態度。笑顔を振りまいてはいるものの、気は抜けない。
「それはともかく! お兄さん、なかなかの美男子でいらっしゃる」
「は?」
奇々姫は、突拍子もなくそんなことを言う。
さしもの浬も、面食らって呆けていた。
「お召し物もさぞご立派なことでしょう。どこかの資産家の息子さんですかねぇ」
「いや……この服の価値なんぞ知らんが、普通の家庭の出だ」
自分たち人間の価値観と、クリーチャーの価値観の違いは分からないが、特におかしな家庭環境で育ってはいない。変わっていると言えば、居候を一人抱えているくらいだ。
「おや、そうですか。それは残念。しかし、決めたことはくつがえしませんよ! お兄さん、ちょっくらわたしと賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
ここで浬に疑念が戻る。一度は抜けかけた気を引き締め直す。そして、考える。
賭け、つまりはギャンブル。それをしないかと、奇々姫は言った。
一体それはどういう意味なのか。
浬が自分の中で答えを出す前に、奇々姫は続ける。
「わたし、先ほども言ったように、奇天烈隊という一部隊を率いる者でして」
言いながら奇々姫は、ステッキをくるくる回して、カンッ、とトランクを叩く。
すると、
「このように、頼りになる部下の方々がたくさんいるんですよ」
彼女の背後から、ぞろぞろと人型のクリーチャーが存在を主張し始める。
いずれも燕尾服やスーツ、黒いベストなどを着ており、トランプ、サイコロ、コイン、ダーツなどを持っていたり、身に付けたりしている。その数は数えきれないが、二十人以上はいるだろう。
まるでカジノの従業員か、ディーラーのようだと、浬は思った。カジノに行ったことはないので、想像だが。
これらのクリーチャーすべてが、奇々姫の部下。つまり、彼女の命令一つで動く駒だ。
「わたしとしては、このかけがえのない出会いを祝して1ゲームだけでもしたいところなのですが、あなたが断るのならば、【鳳】の一隊長としての指示を出さなければならないのですよ」
「…………」
要するに、断れば多数の部下に襲わせるという意味だろう。ほとんど脅しだ。多勢に無勢で、しかも肉体的にかなり困憊している浬としては、それは避けたい。
なのでとりあえず、浬は黙って彼女の話を聞くことにした。
「拒否しないということは、ゲーム参加でオッケーということですね? ではそういうことでお話を進めまして、賭けの内容です。まずは大枠ですよ。わたしとあなたで戦って、あなたが勝てば、この場は見逃しましょう。しかしわたしが勝てば、あなたの持ち物すべてをいただきます。あ、もちろん身ぐるみも全部ですよ。体の方はけっこうですので」
「え、身ぐるみもですか!? そ、それってご主人様を剥くってことですか!?」
「そういうことですね!」
「そ、そそそ、そんなことが認められるわけが! 私だってまだ一度もご主人様の裸体なんて拝見したことないんですよ!」
「落ち着けエリアス。今考えるべきはそこじゃないだろ」
いつもならなにかしら手が出ているところだが、憔悴している今はそれすらも億劫だ。
それよりも考えるべきは、賭けの内容。
それは、浬にとっては良いことが一つもないのだ。
負ければ身ぐるみを剥がされ、勝てばここでの出会いがなかったことになるだけだ。リスクに対してリターンがない。
奇々姫は部下を使って浬を脅してまで、この賭けを持ちかけている。
それは、つまり——
しばし考え込んでいると、奇々姫が首を傾げて浬に尋ねる。
「んん? どーしました?」
「賭けの内容に不満がある」
浬は図々しく言い放った。
保身を考えれば、こんなことは言うべきではないのかもしれない。しかし相手は、わざわざ必要もない賭けを提案している。浬一人の身ぐるみを剥ぎたいなら、賭けなどせず、背後に控える部下を使えばいい。なのにそうしないということは、恐らく彼女の思考は道楽的なものに傾いている。
打算的にやっていることではないならば、損得勘定や純粋な利益を相手は求めていないということになる。それならば、こちらの要求も多少は通るのではないかと、少しだけ希望を持ってみる。
そんな希望に縋る動機は、酷く単純なものだが。
「俺が勝ったら、お前らの持ち物をいただくというのはどうだ?」
「ん、んんん? わたしたちのですか?」
「あぁ」
「と言いましても、大したものは持っていませんよ? トランクの中には遊び道具が入ってるだけですし、他の皆さんも似たり寄ったりかと。あとは精々、わたしのおやつと飲み物くらいで」
ビンゴだ、と浬は胸中で微笑む。
なぜ遊び道具やおやつが入っているのかはさておき、水と食料を持っているのならば、浬にとって、この勝負にも価値が出て来た。
「勝った方が負けた方の持ち物をすべて貰い受ける。内容的には対等だと思うが?」
「まあ、そーですねー。じゃあこうしましょうか。わたしが勝ったら、あなたの持ち物をすべてもらう。これに変わりはありません。ただし私が負けた場合、わたしの持ち物に加え、今いる奇天烈隊の物資をすべてあなたに差し上げたうえで、あなたを見逃してあげましょう」
リターンが一気に増えた。浬が今最も欲しているもの、水と食料が手に入ったうえに、このクリーチャーの大群から逃れることができる。
勿論、約束を反故にされる可能性はあるが、それを考え出すと賭けは成立しないし、最初から反故にするつもりなら、そもそもこんな賭けを持ちかけたりはしない。
しかし、奇々姫が再提示した賭けの内容には、また違うベクトルで不可解な点があった。
「いいのか? 勝った時のリターンが、俺の方が大きいぞ?」
最初は明らかに浬のリターンが小さかったので、苦言を呈したが、今度は浬のリターンの方が大きくなった。
どちらも所有物を賭けたことになるが、浬が自分一人分の賭け金に対し、奇々姫は部隊一つ分の賭け金だ。しかもこの場を見逃すおまけつき。リターンは明らかに浬の方が大きい。
浬としてはありがたい話だが、それで相手に有利な条件を突きつけられたりするのも困るので、できるだけ勝算があるような形にするべく、そこを突っつくが、
「構いませんよー? ハイリスクハイリターン、自分に不利なギャンブルの方が、ゾクゾクして楽しいじゃないですか。それに——」
ニヤリと、奇々姫は勝気に微笑む。
そして、はっきりと言い放った。
「——わたしは負けるギャンブルはしない主義なので」
一瞬の静寂。浬も、返す言葉が出ない。
どころか、彼女の気迫に、気圧されかけていた。
(なんだ、こいつの自信は……)
不可解だ。一体その自信はどこから来るのか。なんの根拠があって、そんなに勝気になれるのか。
不思議で、不可解で、理解できず、疑念を募らせるばかりだ。
表情が硬く、そして暗くなっていく浬に対して、奇々姫は弾けるような明るさで続ける。
「とーぜんっ、勝負の内容は公平です。あ、そうですね。では、その勝負の方法はどういたしましょうか? 賭けの仕掛け人であるわたしの不正を疑うでしょうし、あなたにゲームを決めていただきますね。ルーレットですか? 丁半ですか? それとも麻雀? カードゲーム?」
「なんだそのラインナップは……とりあえず麻雀はいらん」
ふと、とある彼女の顔が浮かんだりしたが、すぐに頭の中から追い払う。
そして彼女が提示した中から、自分にとって一番やりやすく、それでいて有利を取れるだろうゲームを、選択する。
「……カードだ」
「カードですね。では王道にポーカーでも——」
「いいや」
奇々姫の言葉を遮る。
そして、腰から一つの箱を取り、掲げた。
「こっちだ」
「……? ……あぁ!」
奇々姫は、最初はその意味が分からなかったようだが、すぐに理解したようで、頷きながら手を叩く。
「はいはい、そちらですね。なるほどなるほどー、あまり経験はありませんが、戦略的かつ知的で天運にも頼るいいチョイスじゃないですか。その提案、乗りました!」
意外と乗り気だった。相手はクリーチャーなので、こういう形式での対戦は突っ撥ねるかもしれないと思ったが、やる気のようで助かった。
いつもなら無理やり空間に引きずり込むところだが、今回は一人を倒してもその背後に多数の敵が待っているので、下手に手出しができない。相手の顔色を窺い、気分を良くして、調子の乗らせ、自分の有利なところに誘導するしかない。
「勝負の内容が決まったことですし、このゲームに相応しい舞台を、用意するとしましょうか」
そう言って、彼女の周囲、そして自分を取り囲む一帯の空間が、変質するような感覚。
徐々に自分と相手の姿が飲まれていく。完全に舞台が整う間際、彼女は楽しそうに笑う。
そして、宣言した。
「それでは、侵略開始です——!」
- 126話「賭け」 ( No.383 )
- 日時: 2016/05/05 12:56
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
浬と奇々姫のデュエル。
互いにシールドは五枚。
浬の場には、《アクア超人 コスモ》と《アクア鳥人 ロココ》。
奇々姫の場には《一撃奪取 マイパッド》が一体。
「それじゃあ、わたしのターンですね!」
奇々姫は威勢良くカードを引くと、マナを3枚、タップした。
「《マイパッド》の能力でコストを1下げて、《奇天烈 ベガス》を召喚です!」
奇天烈 ベガス R 水文明 (4)
クリーチャー:マジック・コマンド/侵略者 4000
このクリーチャーがバトルゾーンに出た時、相手は自身の山札の上から1枚目を見せ、その後、山札の一番下に置く。そのカードがコスト5以上なら、カードを3枚引く。
現れたのは、両手にルーレットの回転盤を持った、ロボットのようなクリーチャー、《奇天烈 ベガス》。
《ベガス》が場に出ると、奇々姫は小さく微笑んで、足元のトランクを蹴り上げるようにして開け、ステッキでトランクの中身を飛ばす。
そして、甲高い声をさらに大きく響かせた。
「さあさあ、わたしのゲームの始まりですよ! 種目はルーレット! そして本日の数字は5です!」
「なんだ……?」
ドンッ! とトランクの中身が場に落ちてきた。それは《ベガス》が手にしているものと同じ、ルーレットの回転盤だ。
回転盤の縁には窪み(ポケット)があり、それぞれ数字が割り振られている。
その数字の中で、5の数字だけが、青く光っていた。
「《ベガス》の能力は、相手の山札の一番上をめくって、それがコスト5以上のカードであれば、カードを三枚引けるんです!」
「なにかと思えば……そんなことか」
いきなりなにが出てくるかと思ったが、浬はその能力に拍子抜けする。
「そんな運任せの能力、そう簡単に当たるものか」
「それはどうでしょう? やってみないとわかりませんよ?」
奇々姫はまったく表情を変えないまま、自信満々に言う。
「それではお客さんも疑っていることですし、お金(手札)も欲しいですし、百聞は一見にしかず。お見せしましょう。わたしのマジックを!」
奇々姫の声と同時に、《ベガス》がボールを投げ入れた。ボールは回転する盤の縁を、カンカンと音を立てながら跳ねていく。
「……ふんっ、こんな相手依存な能力、易々と当たってたまるか」
「まあまあ、とにかく見てくださいよ。絶対に当ててみせますから、ほら」
くるくるとステッキを回しながら、奇々姫は胸を張る。
そして、ルーレットに向かって一言、掛け声と同時に、そのステッキを振るった。
「種も仕掛けもございません。はい!」
そして、カツンッ、と跳ねたボールが窪み(ポケット)に収まった。
それと同時に浬はデッキの一番上のカードをめくる。
そのカードは——《幾何学艦隊ピタゴラス》。
コスト5のカードだった。
「っ……!」
「数字ピッタリ大当たりです! やりましたよ、カードを三枚ドローします!」
青く光った箇所に玉が入り、大量の掛け金(ベット)が奇々姫の手元に入ってくる。その掛け金を知識——手札へと変換された。
パワー4000のクリーチャーを出しつつ、三枚ドロー。結果だけを見れば、そのアドバンテージはプレミアム殿堂カードである《サイバー・ブレイン》を超えている。
「ふふふ、いい手が入りました。では《ベガス》、そのルーレットの回収をお願いしますね。わたしはこれでターン終了です」
《ベガス》が運んでくるルーレットをトランクに仕舞いつつ、奇々姫はターンを終えた。
パチンとトランクを閉めると、立ち上がり、奇々姫は自慢げに胸を張る。
「どうです? これでわかりましたか? わたしのマジックが」
「……ただの偶然だ、こういうこともある。ましてや、俺のデッキは比較的コストの高いカードが多いしな」
と、負け惜しみのように言う浬。
表面上は平静を保っているつもりだが、内心では焦燥が渦巻いている。
その時、浬はいつか出会った少女——風水とのデュエルを思い出していた。
運気の流れが読めると言っていた少女。その流れを読むプレイングで、彼女も相手依存で運任せなカードを操っていた。
もしかしたら、この少女にも、彼女と似たような力があるのではないか。風水は運気の流れを読むだけだったが、奇々姫は人間ではない、クリーチャーだ。もしかしたら、風水にはできなかったことが、運気の流れを操ることが、可能なのではないか。
そんな考えが、浬の脳裏を幾度とよぎり、彼の思考を鈍らせる。
そんなものはあり得ない、運気など確率の中の数字でしかない。そう何度も言い聞かせる。頭では分かっているはずだ。
しかし、浬の疑惑が、疑念が、彼の組み立てる式に、不要な材料を混ぜ込んでしまう。
彼女は、意図的に《ベガス》の能力を発動したのではないか、となにかが耳元で囁く。
「……違う、あんなものは偶然だ。デッキにコスト5以上カードがあれば、確率はゼロではない。たまたまだ」
自分に言い聞かせるように呟いて、浬はカードを引く。
「《ロココ》でコストを下げ、《龍素記号JJ アヴァルスペーラ》を召喚! 山札の上五枚から、呪文を手札に加える」
奇々姫がどのような動きをしたところで、浬は自分のプレイングを貫くだけだ。
とりあえず、今出せるカード、《アヴァルスペーラ》で呪文を回収しようとするが、
「っ、なに……?」
山札からめくったカードは、《龍覇 M・A・S》《龍素記号Og アマテ・ラジアル》《アクア・サーファー》《パクリオ》《賢愚の語り手 エリアス》の五枚。
すべて、クリーチャーだった。
「……呪文は手札に加えない。この五枚を山札の下に置くぞ」
「呪文がなかったんですか? あーあ、ついてませんでしたねー。ま、そういうときもありますよ。あまり気落ちしないでください」
と、敵から慰められる浬。小馬鹿にされているようにしか思えない。
確かに《アヴァルスペーラ》の疑似サーチ能力は不発の可能性もある。だが、それでも呪文も多く積んでいる浬のデッキであれば、五枚めくって一枚も呪文がないということは、ほとんどないはず。不発の可能性は、確率的にかなり低いのだ。
それが、今回は不発だった。
そのことが、浬にさらなる疑念を募らせる。
(まさか、こいつが……?)
——こいつが俺の運を操っているのか?
浬はそう思ってしまった。
確かな言葉として、心中でそう感じてしまったのだ。
その感受は、運などという浬が最も忌避する不確定要素を、一時でも信じてしまった証左だ。
「では、わたしのターン! まずは《ピーピング・チャージャー》です。シールドを拝見させていただきますよー?」
相変わらず甲高い声でカードを繰りだす奇々姫は、《ピーピング・チャージャー》で浬のシールドを一枚覗き込む。
シールドを見るだけではなんのアドバンテージにもならないが、しかし情報というアドバンテージは得ることができる。さらにマナも伸ばせるので、彼女はこの先の戦略も組み立てやすくなっただろう。
「ふむふむ、なるほどなるほど。では、使い終わったチャージャーはマナへ置きますね。そして、《奇天烈 ベガス》で攻撃——」
刹那、
「——する時に、侵略発動です!」
コインの流れる音が、響き渡る。
「侵略……!」
奇々姫の言葉に、浬の表情が一気に険しくなる。
浬もこの眼で一度だけ見ている、侵略。
攻撃中に進化し、大型クリーチャーがいきなり現れる、攻撃的で驚異的な踏み倒し能力。浬が見たものとは文明こそ違えど、根幹は同じはず。十分に警戒しなくてはならない。
「この一球にわたしのすべてを賭けて、最高に狂ったゲームを始めましょう! そして——侵略です!」
《ベガス》は、天から降り注ぐ大量のコインを浴びる。
それは、最上級のグレードへと昇格するための、多額の賭け金。
確率の先にある熱狂に憑りつかれた奇天烈の侵略者は、狂喜と狂気に満ちたギャンブルを開始する。
そして、そのためのディーラーがやって来た。
「オールイン——《超奇天烈 ベガスダラー》!」
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