二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

110話「欲」 ( No.324 )
日時: 2016/02/24 23:13
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

「——そろそろ、か」
「……向かわれるのですか?」
「あぁ、まぁな。連中、やっと来たっぽいわ。今回は奥まで入ってくれそうな気がすんよ」
「左様で。しかし、お言葉ですが、そう上手くいくのでしょうか。仮にも相手は、継承した力を持つ語り手。一筋縄でいく相手には見えませぬが」
「……あのなぁ、ガジュマル」
「なんでしょう」
「なにもかもが完璧なものっちゅーのは、ほぼ存在しないんんだわ。そこに辿り着けるものはごくわずか、一握りしかいない。んで、あいつらがそのごくわずかな領域に到達できたとも思えん。つまり」
「神話継承したからといって、完全無欠ではない、と」
「そう、そう、そういうこっちゃ。そら俺やお前でも、完全無欠で最強無敵な存在なんて相手にしたら負けるわ。でもな、そんな奴は実際にはどこにもいない。ほぼ存在してないようなもんだ。連中が最強で無敵な存在じゃなけりゃ、俺らだって勝てるし、いくらでもやりようはある。加えて、今の“あの子”はいい条件にあるからな」
「条件、ですか……?」
「あぁ。強さに飢えてるっちゅーのか、強さを探してるっちゅーのか、とにかく強くなろうとしている意気込みを感じる。強さとは、力とは、生命を構築する最も原始的で象徴的な概念。そしてそれを求めることは、最も原始的な“欲望”だ」
「欲望……」
「言い方は悪いけどな、でも、強さを求めること自体は、別に全然ちっともまったくこれっぽちも悪いことじゃぁない。原始的な欲であるがゆえに、誰もが持ってる当たり前の欲求だ。だがな、そうであるからこそ、強さを追い求めていく最中や、強さを手にした結果、己が善にもなり悪にもなり、聖にもなり邪にもなる。強さっちゅーのは、善し悪しじゃぁ測れないものなんだわ」
「生命の根幹を成す概念であるからこそ、強さへの欲望には色がない。そして、色がないものは染めやすい、ということですか」
「そーゆーこっちゃ。よーくわかってんなー、お前。ご褒美に頭を撫でてやろう」
「……結構です」
「遠慮すんなや。ほれほれ」
「それよりも……ということは、その欲望の隙を突き、我々の色に染め上げるということでしょうか」
「まぁ、そうなるな。強さに駆られて求めているうちが、一番扱いやすく、付け込みやすく、染めやすい。なによりその欲を抱いた駆け出しってところが最高で最高に最高な最高のタイミングだ。この機を逃す手はない」
「…………」
「ちゅーわけだから、そっちは任せた。お前がしくったら全部がパーだからな。しっかりやれよ、ガジュマル」
「……御意に」



「——で、前回は結局、なにもせずに帰っちゃったから、今回はやり直しだね」
 夏休みも終わりが見えてきた頃。
 自分たちの季節感や学期の区切りも、なにもかもを無視して、一週間ぶりに、今日も今日とて部室にリュンがやって来て、超獣世界へと移動させられる。あちらの世界にこちらの時間感覚や常識や礼儀など通用しないため、いつ来ようが多少無理やりだろうが、慣れてしまえば驚くことも気にすることもないのだが。
「まあ、そうなるわよね」
「柚と恋がケンカなんてするからー」
「ご、ごめんなさい……」
 前回。リュンに超獣世界に連れて行かれた時は、柚と恋が対立して、対戦して、決着はついた。二人の間にあった問題も解消された。プルも神話継承し、良いことは多かった。
 だがその後、スプリング・フォレストの奥を調べる気力はなくなり、そんな気分でもなかったため、そのまま帰ったのだった。
 リュンは渋い顔をしていたが、プルが神話継承した件で相殺して、±0にして飲み込んだらしい。
「しかし、やり直しとか言う割に、随分と間が空いたな」
「一週間もどこ行ってたの?」
「ん? いや、まあ、ちょっと色々と……ほら、僕らに対抗する色んな勢力が確認されたから、情報収集だよ」
 流すように言うリュン。はぐらかされた気がする。
 はぐらかされたままだと釈然としないので、このまま追究しようとするも、リュンは先に言葉をかぶせて来る。
「とにかく、今回こそはスプリング・フォレストの奥地を調査したいよね。まだ見つかってない語り手も見つけなきゃ」
「……今日はつきにぃ、いない……」
「僕も他の用事があるから、今回も君らに任せるよ。前みたいにサボっちゃダメだよ」
「おい待て」
 ごくごく自然な流れで言われたが、流石に見逃さなかった。
 浬が鋭い声で、非難するようにリュンに言う。
「お前、また自分だけ離脱かよ」
 前回は氷麗と話があるという理由で、自分たちに一任していた。
 もう幾度とこちらの世界を訪れているとはいえ、ここはやはりアウェーだ。地理も理解できていない。総合的な知識だって乏しい。なにかあった時はリュンの知識や見解が必要なこともある。
 それに、他人に頼むだけ頼んで、自分だけ別行動という姿勢が、浬には気に入らなかった。
「……僕も、やらなきゃいけないことは多いんだ」
 リュンは申し訳なさそうに言う。
 そして、それに、と続けた。
「スプリング・フォレストの奥には、マナの たる“源界”がある。“源界”は豊穣神話の手がかかった聖域だ。並のクリーチャーが立ち入れた場所じゃないし、今だって誰も寄り付かない禁忌の場所だよ。その周辺の調査を君らに一任するってことは、それだけ君たちのことを信頼してるんだ」
「狡い言い方ね。何度も来ているとは言っても、私たちがこっちに来るようになってからまだ半年よ。正直、経験としては全然足りない。私としても、そんなに自信に満々なつもりはないわ。知識も経験も乏しい私たちを信頼するなんて、むしろ無責任じゃない?」
「……本当にごめん。でも、君たちを信じているのは事実だよ。実際、君たちのお陰で、語り手たちのほとんどが発見されて、確実にかつての神話の姿を成している。君たちには、感謝してもし足りないくらいだ」
 リュンが抱いているのは、実績に裏付けられた信頼だった。
 知識や経験に乏しくても、半年という短い期間で、遊戯部や烏ヶ森の面々は多くの成果を上げている。
 ほとんどの語り手を解放し、語り手に封じられた神話継承のシステムを発見し、半数以上の語り手を神話継承させた。
 そんな実績があるからこそ、リュンは暁たちを信じるのだ。
 そして、
「だからこそ、君たちの努力を無駄にはしたくない。無理やり頼み込んだり、強引に君たちを動かしていることは認めるよ。無責任に放任していることも少なくないかもしれない。でも、君らがこうして頑張ってくれているからこそ、他の集団には負けられないんだよ。恐らく、純粋な規模では、僕たちは【神劇の秘団】や、【鳳】【フィストブロウ】の連合軍には劣る。だからせめて、行動だけでも早くしたい。先んじられる前に動かないと」
 そう言われてしまえば、反論しづらかった。
 同時に、思った。
 自分たちも、いつまでもリュンを頼り、彼に甘えていてはいけないのかもしれない、と。
「本当に申し訳ないと思ってる。押し付けがましいことを言うけど、分かってほしい——」
 ——君たちは僕らの希望だから、信じるんだ。
 そう言うと、今度こそリュンは去っていった。どこへ行ったのかは分からない。情報収集と言っていたが、それだけだとも思えない。
 だが、彼がどこへ行ったのか。それを探ることはできない。推測する材料もない。
 どことなく取り残されたような感覚を覚える。若干気まずかった。
 その空気を払拭するように、沙弓が困り気ながらも、素っ気なく口を開く。
「……なんなのかしらね、あいつ。好感度が上がってるのか、一周回って無責任なのか」
「こうなってしまえば、もう文句を言っても仕方ない。あいつの言葉を額面通り受け取って、俺たちだけで行動するしかなさそうだぞ」
「そうね。今回は五人だから、どう分けるか——」
 思案しながらぐるっと部員たちを見回す沙弓。
 その時、思わぬところから声が上がった。
「あ、あのっ」
「柚ちゃん? あなたが率先して動くなんて珍しいわね。なにかしら」
「わたし、ひとりでいきます」
「ゆずっ?」
 意外な言葉だった。
 彼女の性格から考えても、今までの彼女の境遇からしても。
 しかし沙弓はそのことは口に出さず、別方面で思うことを口にする。
「危険じゃない?」
「だいじょうぶです。プルさんもいるので」
「ルー」
 プルが鳴くように答えた。言葉は相変わらず分からない。
 語り手の中でもとりわけ幼いプル。神話継承した姿も、他の継承神話と比べてかなり若い風貌に見えた。
 しかし、彼女の有する力も、実際に見た。神話継承したプルがいれば、彼女でも大丈夫だろうと判断する。
「んー、そうすると、私とカイ、暁と日向さんで分かれることになるのかしら。効率云々の話をしていた前回の振り分けから、剣埼さんを抜いた形ね」
「ゆず……いいの……?」
「はい。この前は、あきらちゃんがちょっと困ってたみたいでしたけど……もう、その心配はないですから」
 今度は恋が柚の顔を覗き込む。
 しかし柚の決心は思った以上に強かった。
「わたしはずっとあきらちゃんと一緒でしたし……こいちゃんにゆずる、ってわけじゃないんですけど、わたしも、あきらちゃんと一緒ってばかりではダメだと思うんです。少しは、ひとりでがんばらないと」
 恋が遊戯部の面々と共に行動するようになってから、暁と恋のペアでの行動が増えていた。
 そのことは柚の心に小さくないダメージを与えており、その傷があったからこそ、先日の諍いが起こった。
 恋との一件は決着がついた。だから、恋が独占しなくなった暁と、また一緒に行動する機会が戻ってくる。柚もそうするだろうと思っていたが、彼女はそうしなかった。
 彼女の追い求める、強さのために。
「まあ、心意気は立派だな」
「この前の一件で、色々吹っ切れたというか、前進したわね」
 ずっと彼女のことを気にかけていた沙弓としては、嬉しい前進だった。
 恋ほどではないにしろ、柚も暁に依存しがちなところがあったため、それを自分で乗り越えようとする彼女の成長は、純粋に喜ばしいことだ。
「ゆず……」
 しかし、暁だけは、どこか心配そうに彼女を見つめていた。
「それじゃあ、いきましょうっ、プルさんっ!」
「ルー!」
「あ、ゆずっ!」
 先んじて、柚は駆け出す。
(プルさんも神話継承して、少しはみなさんに近づけたはず……わたしも、がんばらないとっ)
 先日の恋との一戦が、彼女を突き動かしていた。
 あの対戦が彼女の力となり、自信に変わっている。
「自然文明の場所ということは、新しい語り手のクリーチャーさんも自然文明なはず」
 それならば、自分たちに関係が深いかもしれない。《萌芽の語り手》とその所有者である自分たちの方が、探すには適任ではないだろうか。
 偶然か否か、奇しくも同じ文明の語り手同士は、共通する点が多かったり、引かれ合ったり、互いに深く関わりがあったりする。
 日向恋という少女のために共に尽力した、暁と一騎、コルルとテイン。
 正反対の性質でありながらも互いに惹かれ合った、浬と風水、エリアスとアイナ。
 かつての主人同士で深い因縁が刻まれた、沙弓とドライゼ、そしてライ。
 十二神話は元々、文明の区切りで世界を治めていたそうなので、違う神話の語り手と言えども、同じ文明であればその関係は浅からぬものだろう。
 そして、今までのパターンとその推測から、自然文明の語り手であるプルの所有者である柚が、同じ自然文明の語り手と、なにか繋がるものがあるかもしれない。
 これは柚の予想で、言ってしまえばただの勘であるが、この勘が当たっている自信はあった。
 それこそ根拠のない第六感であるが、しかし、そう思うのだ。
 その衝動に突き動かされるようにして、柚は走る。
 しかし。
 刹那、身体を振動を感じた。
「ゆずっ! 下!」
 その時だ。
「え……?」

 足場が——崩れた。

110話「欲」 ( No.325 )
日時: 2016/03/23 17:56
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: kImpvJe5)

「ゆず! ゆずっ!」
「……ガチでやばい……」
「まさか崖になっていたとは……だが、それにしても、こんな急に崩れるものか……?」
「考えるのは後よ! どこまで落ちたか分からないけど、崖崩れに巻き込まれてタダで済むはずがない! 早く柚ちゃんたちを見つけないと——」



「ん……」
 柚は覚醒する。
 木漏れ日が眩しい。木々の黒い影と、その奥にはほんのり映る青い空。
 身体を起こす。疼くような痛みが全身に残っているが、我慢できないほどではない。立つこともできるし、手も動かせる。骨が折れたりなどは、していないようだった。
 どれくらい、気を失っていただろうか。
 周りには、抉れた地面と、地面に突き刺さるようにして岩塊が埋まっている。
 ハッと思い出す。そうだ、あの時。森だと思っていた場所の足場が、急に崩れて、そのまま落ちて、気を失って——
「っ、プルさんっ? あきらちゃんっ?」
 もう一度、周囲を見渡す。
 しかし、誰もいない。人の気配もなかった。
 崖崩れに巻き込まれて、そのまま皆とはぐれてしまったようだ。デッキはあるが、プルもいない。
「こいちゃん、ぶちょーさん、かいりくん……だれか、いませんか……?」
 か細い声で呼びかけるも、応答はない。
 勇んで駆け出したものの、一人になった途端、皆を感じなくなってしまった途端、急に心細くなる。
 一人で突っ走った結果がこれだ。自分が恥ずかしく、情けない。
 だが、自分を情けなく思っているばかりでは、本当に情けないだけだ。身体は動くのだから、行動しなければ。
「みなさんを、さがさないと……」
 痛み身体に鞭打って、足を引きずるように動かす。
 そうして一歩を踏み出した、その時。

 ガサッ

 近くの茂みが音を立てた。聞き間違いではない。
「っ……だ、だれですか……?」
 もしかしたら、皆が探しに来てくれたのか、と希望を抱く。
 だが、うっすらと浮かび上がる影は、人間のそれではなかった。
 一瞬、それがなんなのか、理解が追いつかない。
 “それ”は、羽音のようなものを鳴らしながら、空気を振動させる。
 言葉——声として。
「——ガジュマルの奴、ちゃんとやってんじゃん。大義大義」
「え……? あ、あの……」
「いやぁ、悪いなぁ。君には恨みもなんもないけど、君の身体、すげぇ魅力的だから——もらうわ」
「——え?」

 ドスッ

 なにかを穿つような音。
 そして、なにかに貫かれるような痛み。
「あ……っ」
 胸を穿ち、貫き、なにかが入り込んでくるような感覚。
「あ……く、あぁ……っ」
 胸の痛みが引くと、今度は体内の不快感がより強烈になる。激しい吐き気、眩暈、頭が割れそうになる。神経を焼き千切られるような痛みが全身を走り抜ける。
 身体の中で、なにかが暴れている。
 五臓六腑、四肢末端。すべてが思い通りにならない。別の、違う意志が侵入してくる不快感が、全身に襲い掛かる。
 自分の意思が通用しない。自分の意志を拒絶される。初めて、その感覚を味わった。
 同時に、身体の内からとめどなく、なにかが溢れてくる。
 なんだろうか。
 なにかをしたいような、なにかが欲しいような、そんな“衝動”。
 身体の痛みより辛い。身体の支配権より重い。痛烈で過激な、心の欲求。
 ——望んでいる。
 身体が、心が、そして意志が。
 ただ一つのものとを求めて、その衝動は一つの概念に収束される。
 “欲”という、最も原始的な概念に。
「……ほしい」
 全身を駆け巡る衝動が、遂に言葉として漏れ出た。
 言葉に乗せることで、自分の抱く欲望の形をはっきりさせる。
 自分が求めるもの、それは単純明快だ。
 今のこの“身体”と“心”。双方が求めているもの。
 両者の欲望は合致している。それを、言葉にする。
「強さが、ほしい……」
 そして、

「英雄の力が……ほしいです——」



「——霞! どこだ!?」
柚の名を叫びながら、浬は歩を進める。
しかしその間も、思考を続けていた。今、彼が感じる違和感について。
(それにしても、やっぱり引っかかるな……)
 浬が考えていたのは、先ほどの崖崩れについてだ。
(これほど木々が鬱蒼と生い茂っていれば、あそこが崖だということに気付かなくても不思議はない。だが、霞が少し走っただけで、あんな大規模に崩れるものか……?)
 数学は得意だが、地学はそこまででもないため、そういうこともあるのかもしれないとは思う。加えてここは、超獣世界だ。自分たちの常識がすべて通用する場所ではないことも分かっている。
 それでも、あの崖崩れには違和感を禁じ得なかった。
 あれは本当に自然発生したものなのか——?
 思考を進めているうちに、ふとエリアスの声が響く。
「ご主人様! 向こうに人影が見えます!」
「っ、どっちだ?」
「東の方角です!」
「東ってどっちだよ!」
「こちらです!」
 エリアスに先導され、浬は走る。
 すると、すぐに浬にもその人影が見えてきた。
 小さな矮躯。若草色の袴。
 間違えなかった。
「霞!」
「…………」
 大きく呼びかけると、向こうもその声に気付いたようで、くるりとこちらを向いた。
「無事だったか……よかった」
「……かいりくん」
 こちらを向いた彼女の姿は、パッと見て特に問題はなさそうだった。少しふらついているように見えるが、しっかり立っている。髪は少しぼさぼさで、白衣もはだけ気味ではあるものの、目に見える怪我はないようだ。
 しかし、なにかが違う。どこか違和感を感じる。
 どこかぼうっとしていて、そして、なにかが足りなような——
「怪我はなさそうだな。プルはどうした? いないってことは、あいつともはぐれたのか。ならあいつも探さないと……いや、部長たちと一度合流した方がいいか。立てるようだが、歩けるか? 無理そうなら肩くらい貸すが……って、身長差的に無理か。それならおぶって——」
「——かいりくん」
 彼女が声を発する。
 妙にはっきりとした呼びかけで、それでいて、どことなくおぼろげな声。
 彼女はゆらゆらと浬との距離を詰める。身体が触れ合いそうなほど近づいてくる。
「? 霞?」
 やはり立っているのが辛いのか、と思ったが、どうやらそうではないようだ。
 浬の懐に潜り込むようにすると、顔を上げ、浬を見上げる。
 そして——

「まずは……かいりくんからです」

 ——神話空間が開かれた。

111話「欲望——知識欲」 ( No.326 )
日時: 2016/02/27 22:26
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 9Mczrpye)

 突如開かれた神話空間。
 手元には五枚の手札。右横にはデッキ。足元はマナゾーン。目の前には五枚のシールド。
 そして、前方には、対戦相手たる柚の姿がある。
「……霞、どういうつもりだ?」
「どういうつもりも、こういうつもりもありませんよ、かいりくん。わたしたちはデュエリストです。デュエマをしましょう」
「…………」
 おかしい。明らかにおかしい。
 これはいつもの柚ではない。彼女は、こんなに淡々とした言葉で話したりはしない。
 そうでなくとも、雰囲気がいつもの彼女と違うのだ。眼も浬を見ているようで見ていない。どことなく虚ろだ。
「……おい、エリアス」
「な、なんでしょう、ご主人様」
「人を操ったり、他人の姿に化けるようなクリーチャーって、いるか?」
「え、えっと、います。でも、操ると一口で言っても、そのクリーチャーが操れる対象に縛りがあるのが普通ですし、他者を模倣するクリーチャーは、本当にごくごく一部です。私が知る中でもアカシックさんちのサード君くらいですし、彼の模倣も表面的で一時的なものです」
「……クリーチャーの可能性は、とりあえずあるんだな」
 それならば、この空間も無意味ではない。
 こうして神話空間に引きずり込まれてしまった以上は、ここでの為すべきことを為すしかない。そして、それを利用して、柚を正気に戻す。
 実際に彼女になにがあったのかは分からないが、それを解明するには情報が足りない。そのため、浬はその可能性を選択するしかなかった。
 浬と柚のデュエル。
 現在、互いにシールドは五枚。浬の場にはクリーチャーなし。柚の場には《青銅の面 ナム=ダエッド》《青銅目 ブロンズザウルス》がそれぞれ一体ずつ。
 柚はクリーチャーを展開しつつマナを伸ばしている。浬も《ブレイン・チャージャー》を使用しているものの、やはり自然をメインに据える柚には追いつかない。
「だが、手札のアドバンテージならこちらが上だ。俺のターン、《龍覇 M・A・S》を召喚!」
「…………」
「《M・A・S》の能力で、超次元ゾーンから《龍波動空母 エビデゴラス》をバトルゾーンへ! さらにコスト6以下のクリーチャー、《ブロンズザウルス》をバウンス!」
 ドラグハート・フォートレスを呼びつつ柚のクリーチャーを除去しにかかる浬。
 《エビデゴラス》が場にある限り、浬には潤沢な手札がほぼ約束された。あとは着実に、勝利を導くパーツを集めるだけだ。
「では、わたしのターンです」
 状況はやや浬に傾いたものの、柚は微塵も動揺したような素振りを見せない。
 いつもの彼女ならば、少しでも場が動くだけで動揺するのだが、今の彼女は冷徹なまでに淡々としている。
 まるで彼女の、霞柚の意志ではないかのように。
「まずは、《牙英雄 オトマ=クット》を召喚です」
 原生林を発生させる英雄が現れた。
 その英雄は偉大なるマナの力を受け、雄叫びをあげる。そして大量の植物が繁茂した。
「《オトマ=クット》のマナ武装7、発動です。わたしのマナゾーンのカードを七枚、アンタップ」
「っ、流石に強烈だな……」
 実質、ノーコストでパワー8000のWブレイカーが出てきたようなものだ。さらにこの後にもクリーチャーが続くとなると、厄介極まりない。
 いつもの彼女なら、ここから《サソリス》を召喚して《ジュダイナ》を呼び出し、龍解を狙いに行くところだ。
 だが浬はそうさせないために、事前に《ブロンズザウルス》をバウンスして手を遅らせている。今から《ジュダイナ》が出てきても、すぐにドラゴンは並べられないだろう。
 最悪のパターンを想定するなら、軽いドラゴンを絡めたり、呼び出すドラゴンの踏み倒しを連鎖させて場数を並べることだろう。
 そう思っていたが、しかし、柚の取った行動は、浬の予想を外すものだった。
 現状の予測も、最悪の想定も、否定するかのような一手だ。

「《龍覇 イメン=ブーゴ》を召喚」

 《オトマ=クット》が再生したマナをすべて使い現れたのは、仮面を付けた獣人。その獣は白くのっぺりしており、見る者の不安を煽っている。
 だがそれ以上に、浬はこの見たこともないクリーチャーに、不気味さを感じていた。
 さらに柚は、その不気味さを裏付けるかのように、邪悪な龍の武器を呼ぶ。
「《イメン=ブーゴ》の能力で、超次元ゾーンからコスト4以下の自然のドラグハートをバトルゾーンへ出します。さあ、きてください——《邪帝斧 ボアロアックス》」
 空間を裂き、超次元の彼方より出現する、邪悪な正気を発する斧。
 仮面のシャーマンはその斧を握り締め、怒り狂ったような雄叫びをあげる。その姿は、まるで本能のままに行動する獣のようだった。
 浬は、柚の繰り出した、見たこともないカードに困惑する。
「《サソリス》でも《ジュダイナ》でもない……? なんなんだ、こいつは……」
 とにかく不気味だ。姿、言動もそうだが、なにをしてくるのかが分からない。
 知らない存在に対する恐れ。
 未知への恐怖だ。
「《ボアロアックス》の能力で、マナゾーンから《鳴動するギガ・ホーン》をバトルゾーンにだします」
 《イメン=ブーゴ》が《ボアロアックス》を振り回す。すると、大地が割れ、その中から《ギガ・ホーン》が這い出してきた。
 地面から這い上がった《ギガ・ホーン》は、大地が鳴動するほどの雄々しい咆哮を放つ。その雄叫びが柚のデッキを散らし、彼女の周囲を回り始める。
 柚はその中から一枚のカードを抜き取った。残りのカードは一点に集まり、掻き混ぜられて彼女の右横に戻る。
「《ギガ・ホーン》の能力で、山札から二体目の《ギガ・ホーン》を手札に加えます。そしてターン終了……するとき」
 柚はクリーチャーを展開し、ターンを終える。だが、まだ終わらなかった。
「《ボアロアックス》の龍解条件達成です」
「なんだと……っ!? 出したターンに龍解か……!」
 《イメン=ブーゴ》が《ボアロアックス》を放り投げ、やがて地面へと落下する。
 邪悪なる斧を種とするかの如く、大地に《ボアロアックス》を埋め込んだ。
 そして、五色の障気が立ち上り、古代の龍の魂が、遺跡となる。
「龍解——《邪帝遺跡 ボアロパゴス》」
 《ボアロアックス》はその姿を変え、邪悪なる古代遺跡《ボアロパゴス》へと龍解する。
 立て続けに繰り出される未知のカードに戸惑いを覚えるも、浬はつとめて冷静を装う。
 下手に隙を見せると、飲み込まれてしまいそうだ。空元気でも、見栄を張ってでも、気丈に振舞う。
「俺のターン。まず《エビデゴラス》の能力で追加ドロー、そして通常ドローだ」
 今の自分にできることは、今の自分にできることでしかない。
 だから浬は、今できる最前の手を打つ。
 それは、彼の有する英雄を呼ぶことだった。

「海里の知識を得し英雄、龍の力をその身に宿し、龍素の真理で武装せよ——《理英雄 デカルトQ》!」

 水のマナの力を最大限に充填し、蒼き英雄が姿を現す。
「……来ましたね」
 柚はその姿を見るなり、ほんの少し、蟲惑的な微笑みを見せた。
 《デカルトQ》は戦場に立つと、全身へと充填したエネルギーを伝達し、駆動音を鳴り響かせる。浬のマナから、さらなる力を受け取るのだ。
「《デカルトQ》のマナ武装7発動! カードを五枚ドローだ!」
 浬のマナから光が迸ると、それは兵器の姿となる。翼状のレーザー砲台が、《デカルトQ》の背に装着され、武装する。
 その武装から発せられる光線は結晶になり、浬に膨大な知識を与えた。浬は一気に五枚の手札を補充し、大量のハンドアドバンテージを得る。
「続けて《デカルトQ》の能力で、手札を一枚、シールドと入れ替える」
 浬は手札の《幾何学艦隊ピタゴラス》をシールドに埋める。
 これでよほどの数のクリーチャーで攻め込まれない限り、1ターンくらいは時間を稼げるだろう。
「さらに、《デカルトQ》の能力も併せて、俺はこのターン、カードを五枚以上引いた。よって《エビデゴラス》の龍解条件成立!」
 膨大な量の知識を吸収し、《エビデゴラス》が振動する。

「勝利の方程式、龍の理を解き明かし、最後の真理を証明せよ。龍解——《最終龍理 Q.E.D.+》!」

 《エビデゴラス》が龍素を凝縮した龍波動のすべてを解き放ち、《最終龍理 Q.E.D.+》として現れる。
「《Q.E.D.+》でWブレイク! 続けて、《M・A・S》でシールドをブレイクだ!」
 浬は龍解を機と見て攻める。あまり相手の手札は増やしたくないが、《ピタゴラス》を埋めたシールドを盾にして、浬は押し切る算段を立てていた。
 柚のシールドを残り二枚まで削り、浬はターンを終える。
 そしてそれと同時に、柚が口を開いた。
「……かいりくんは、カードをいっぱい引きましたね」
「? なんだ、急に」
「いえ、ただ……お礼を言いたいなって、思っただけです」
「礼だと?」
 首を傾げる浬。一体、彼女はなにを言っているのか。
 その意味が分かるのは、そのすぐ後だった。
「かいりくんは、自分のターン中にカードを三枚以上引きましたよね」
 より具体的に、柚は言った。
 三枚どころか通常ドローで一枚、《エビデゴラス》で一枚、《デカルトQ》で五枚と、合計七枚も引いている。《Q.E.D.+》も龍解しているのだから、三枚以上引いているのは当然だ。
 だからどうした、と浬が紡ぐ前に、柚の手札から、蜘蛛の糸が伸びていた。

「リベンジ・チャンス発動——《ベニジシ・スパイダー》を召喚」



ベニジシ・スパイダー 自然文明 (5)
クリーチャー:ジャイアント・インセクト 4000
W・ソウル
リベンジ・チャンス—各ターンの終わりに、相手がそのターン、カードを3枚以上引いていた場合、このクリーチャーをコストを支払わずに召喚してもよい。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、自分の山札の上から1枚目をマナゾーンに置く。



 知識に反応し、繁殖する巨大な蜘蛛、《ベニジシ・スパイダー》。
 《エビデゴラス》に《デカルトQ》、大量の知識の臭いを嗅ぎつけて、柚の手札から二体の蜘蛛が飛び出した。
「《ベニジシ・スパイダー》の能力でマナを増やします。そして……これで、《ボアロパゴス》の龍解条件達成です」
「なに……っ!?」
 柚のターン。
 彼女は笑みを見せる。虚ろな眼で、浬を見据えながら、彼女らしからぬ蠱惑的な表情で、微笑む。
「ありがとうございます、かいりくん。かいりくんのおかげで、龍解できました」
「霞……お前、なにを……」
「だからこれはお礼です。この子の姿を見せるのは、かいりくんがはじめて——ちゃんと、みてあげてくださいね?」
 龍解、と。
 彼女は告げた。
 刹那、《ボアロパゴス》は、さらなる形へと、変化する。
「——な、なんだ、こいつは……!」
 浬は思わず狼狽える。ここから自分の勝利へと導く式を立てることも忘れ、ただただ、目の前の圧倒的力にひれ伏してしまう。
 あらゆる生命が、欲望が、力が、浬を蹂躙する——

「知識の英雄の力……いただきます、かいりくん——」

112話「欲望——殺人欲」 ( No.327 )
日時: 2016/02/29 22:20
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: 5Zruy792)

「む?」
「どうしたの、ドライゼ?」
 柚を捜索する沙弓たち。
 道中、ドライゼがなにかを感じ取ったようだった。
「今、妙な気配というか、悪寒のようなものがしたんだが……」
「……なにかあったのかしらね。闇雲に探すのも限界があるし、行ってみましょうか」
 現状、沙弓たちは柚を探す手掛かりがない。
 一度は柚を除く全員で、柚が落ちた崖の下まで降りたが、そこに柚の姿はなかった。クリーチャーを使って崩れた土砂も掘り返してみたが、彼女らしき姿はやはり見えない。
 向こうもこちらを探しているのかもしれないと思い、こうして手分けして捜索することになったわけだが、源界と呼ばれるらしいこの森の奥地は、思った以上に広く深い。あてずっぽうで探しても、大した成果は得られそうになかった。
 だから、どんな小さな手がかりでもいい。とにかく彼女に繋がりそうなものは、すべて手繰り寄せるつもりで、沙弓はドライゼの指し示す方へと走る。
「……沙弓」
「なによ」
「仲間を心配する気持ちは分かるが、焦りすぎるなよ」
 こんな時に急になにを言いだすのか、と沙弓は言い返そうと思ったが、息が切れて言葉が上手く紡げない。
 そんな彼女を窘めるように、ドライゼは続ける。
「そうやって自分の思ってることも口に出せないくらい焦ってると、大事なものを見落とすぞ。見落とすだけならまだいいが、下手すれば、大事なものを落としかねない」
「はぁ、はぁ……そんな、言葉遊びみたいな、説法は……後に、してくれるかしら、ね……!」
「悪かった。だが、こういう時でもない限り、言えないからな。お前は、仲間の危機に過敏すぎる。ずっと気になってた」
「……後輩を心配して、なにが悪いのよ」
「悪くはない。しかし、心配は度が過ぎると、身を滅ぼすこともある。自分が見えなくなるんだ。盲目になって、自滅する」
「あなたに言われたくは、ないわね……」
 一度立ち止まり、呼吸を整える。そして、再び走り出した。
「俺はこれでも気を付けている方だがな。俺の主……アルテミスが正にそんな奴だった。兄貴が好きすぎて死にかけたことのある大馬鹿だったよ」
「自分の主に、そんなこと言って、いいのかしら……?」
「あいつはもういない。構いやしないさ」
 あいつの代わりに今の俺がいるのだからな、とドライゼはキザっぽく言う。少しうざかった。
 しかし、その言葉に偽りはない。真実であり、それが彼らの存在理由だった。
「ツミトバツやアスモシスとの戦いでの、お前の怯えようは、少し疑問を感じた」
「自分や、仲間の命が懸かってるのに……平静を、保ってられる方が、おかしいんじゃない……?」
「そういうことじゃない。ただ、なんとなく、感覚的なことなんだが、あの時のお前の怯え方に、違和感を覚えたんだ」
「違和感?」
 少し走る速度を遅めて、沙弓は聞き返す。
「あぁ。あの怯え方は、未知への恐怖や、漠然とした概念から生じる怯え方ではない」
「怯え怯えって、人をビビリみたいに、言わないでよ」
「話を逸らそうとするな。やはり、俺の言いたいことに、薄々感づいているな?」
 沙弓は答えなかった。
 その沈黙に、ドライゼはさらに続ける。
「お前のあの怯え方は、過去を想起した時の怯え方だ」
「知った風なこと、言うのね」
「こう見えても心理学は得意なんだ。実は俺、とある財閥の御曹司なんだぜ? 帝王学とか人心掌握術とかの心得もある」
「嘘くさい話ね。ただのキレやすい女たらしじゃない」
「それなら、闇文明は恐怖を司る文明だから、と言っておくか。それに俺は女の顔はよく見る。眼の動き、瞳孔の開き具合、口の動かし方、呼吸、震え……様々な要素から、他者がなにに怯えているかは分かるんだ」
「…………」
 また黙る。そして、立ち止まった。
「あの恐怖は、経験がある者の怯え方だ。過去の思い出したくもない事象を思い返し、その拒絶から来る、衝動的な恐怖心の刺激だと判断した」
「ドライゼの癖に、難しい言葉を並べるものじゃないわよ。似合わないわ」
「まただ、話を逸らすなよ。今の俺の主はお前なんだ。だから俺は、お前についてちゃんと知っておきたい」
 沙弓に詰める寄るように、言葉を放つドライゼ。
 まくしたてられる沙弓は気圧され、言葉が出て来ない。それでもドライゼは、言葉を繋げていく。
 そして、
「言い難いことを聞き出していることは分かる。それでお前を追いつめていることもだ。だが——」
「——ごめんなさい」
 彼女は、目を伏せて、言った。
 そして、泣きそうな声で、続ける。
「まだ、無理よ……どうしても思い出しちゃう……だって、まだ自分の中でも折り合いつけられてないの。表面を取り繕ってるだけで、少しでも誰かの死を考えると……」
「……すまない」
 今度は、ドライゼが目を伏せる。
「もういい。無理に聞き出そうとして悪かった。そんな顔をさせてまで、聞きたくはない」
 彼女になにがあったのか、自分の主のことは、しっかりと知っておきたい。そんなドライゼの考えは、当然のことだ。
 沙弓もそれは分かっている。いつにも増して強引だったが、彼の言葉はすべてが間違っているわけではない。
 ただ、触れられたくなかっただけだ。
 自分の中でまだ整理のつかないものを引きずり出されそうになったから、それを止めたかった。ただそれだけなのだ。
 しかし、
「私も、いつかは皆に話さなきゃいけないとは思ってる。だから、もう少し待って」
 その整理のつかないことも、いつかは整理をつけなければいけない。いつまでも、今のままではいられない。
 自分の後輩たちは、それぞれ理想とする自分に向かって、歩み進んでいる。少しずつ、変わってきている。
 自分も、今のままではいられない。前に進まなくてはいけない。
 先日、一番弱くて小さい後輩が、大きな一歩を踏み出してから、特にそう思うようになった。
 だから、もう少しだけ待ってほしかった。
 過去との折り合いをつけるだけの、時間が欲しかった。
 そう伝えると、ドライゼは静かに頷く。
「あぁ。分かった。いつまででも、待ってやるさ」
「……ありがと」
 それ以上は、もう語らない。
 ドライゼは待つと言った。ゆえに待ち続ける。
 沙弓は待ってほしいと言った。ゆえに、いつか待ち人に伝える。
 その契約が交わされたのだから、それ以上の言葉はいらない。
「それじゃあ、柚ちゃんを探さなきゃね」
「そうだな。なんとなくだが、妙な感覚は強まっている気がする。こっちだ」
 二人は柚を探すべく、三度走り出した。



 神話空間が閉じる。
 地に足を着ける二人。ただし、二本の足で立っているのは小さな少女であり、長身の少年は膝を着いている。
 負けた。
 浬は、その事実を認識する。
 それも、ただ負けたのではない。
 未知なる力の前に、叩き潰されたのだった。
「ぐ……霞……」
 浬はなんとか立ち上がろうとするも、身体がふらつく。上手く身体を動かせず、近くの木にもたれかかるように背中をぶつける。
 そしてそのまま、ずるずると膝から崩れ落ちて行った。
「……かいりくん?」
「…………」
「気をうしなっちゃったんですね。はじめてだと、この子の力は、ちょっと刺激が強すぎましたか」
 意識を失った浬の横には、カードとなったエリアスも落ちていた。最後の抵抗の間際に出て来たが、除去した時のダメージが大きかったのかもしれない。
「エリアスさんは、とりあえずおいておいてもいいでしょうか……それより、目的はこっち、ですね」
 柚は浬に近寄ると、屈み込む。そして、彼の着ている服に手をかけ、まさぐる。
 彼女を止める者は誰もいない。無抵抗なまま、彼女は彼女の内から湧き上がる衝動のままに動く。
 誰もが持つ、“欲”に従って。
「……これで、いいですか」
 柚はすっと立ち上がる。はだけた衣服を直そうともせず、かといってどこかに歩き去るわけでもない。
 周囲を見渡して、立ち止まっている。
「これで最初の一歩をふみだしたわけですが、次はどうしましょう……かいりくんたちは、わたしをさがしてくれているみたいですし、ここで待っていたほうが、いいのでしょうか……?」
 髪を掻きあげ、顎に手を添え、艶っぽい仕草で思案する柚。
 すると、足音が聞こえてくる。慌ただしく地面を叩きつけるような、足音が。
 その足音の主は、草叢を掻き分け、すぐにその姿を現した。同時に、絶句する。
「柚ちゃん……!」
「あ、ぶちょーさんですか」
 沙弓は安心したように胸を撫で下ろす。
 しかし、彼女のすぐそばで倒れ込む浬の姿を見ると、再び言葉を失いかけた。
「カイ……!? なに、どうしたの? なにがあったの?」
「うぅん、なんでしょう……それよりも、ぶちょーさん」
 スッ、と。
 不自然すぎるほど自然な動きで、彼女は近づいてきた。
「ど、どうしたの?」
「ぶちょーさんに、おねがいがあるんです」
 彼女はゆっくりを手を伸ばす。まるで、なにかを欲しているかのように。
 蕩けたような瞳。艶っぽい吐息。なにか、いつもの彼女とは違う。
 それを察知した瞬間、沙弓は飛び退いていた。
「あ……なんで逃げちゃうんですか、ぶちょーさん」
「…………」
 なにかがおかしい。
 なにがおかしいかと言えば、彼女、柚だ。
 その様子、挙動が、いつもの彼女ではない。
 どこに焦点が合ってるのか分からないような眼も、やたら色っぽい仕草と言動も。
 そしてなによりも、目の前で級友が倒れているというのに、まったく関心を示さない心情に、違和感を感じざるを得ない。
(ドライゼは妙な気配とか、悪寒とか、やけに曖昧な言い方してたけど、その妙なものの正体が、カイを倒したとしたら?)
 犯人は現場に戻ってくる。遺体の第一発見者が犯人。
 そんな使い古されすぎたミステリの常識をアテにするつもりは毛頭ないが、そう考えてしまう。
 ここは、道中で野良クリーチャーすら見かけないほど静かな森。鬱蒼と生い茂る植物ばかりで、クリーチャーはほとんどいないように思える。
 ましてや、浬を倒すほどの力を持つものなど、そうはいないはずだ。その可能性があるとすれば、目の前の彼女くらいしかいない。
「ぶちょーさん、わたしのおねがい、きいてくれませんか?」
「……内容次第ね」
 また、ふらふらとした、危うい足取りで、近づいてくる。
 気づけば距離を詰められる。気持ち悪い動きだと思った。いつもひょこひょこ着いてくる彼女とは大違いだ。
「えっと、そうですね」
 その気持ち悪さを感じている間に、彼女は再び、沙弓の懐に潜り込むように接近する。すると、沙弓の顔を覗き込むようにして、見上げた。
 彼女は答えを出す。
 彼女のお願い。即ち、要求——欲を。
 そして——

「ぶちょーさんのもってるものを……ください」

 ——神話空間が開かれた。

112話「欲望——殺人欲」 ( No.328 )
日時: 2016/03/03 12:25
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: APISeyc9)

 沙弓と柚のデュエル。
 互いにシールドは五枚、序盤から殴る展開はなかった。
 沙弓の場には《墓標の悪魔龍 グレイブモット》。柚の場には《青銅の面 ナム=ダエッド》と《ベニジシ・スパイダー》。
「……私のターン」
 沙弓は柚を一瞥しつつ、カードを引く。
(証拠もなにもないし、身内を疑うなんてことはしたくないけど、今の柚ちゃんの様子はどう考えてもおかしいし、カイは柚ちゃんにやられたように思える……でも、カイをやったのが柚ちゃんだとして、その目的はなんなのかしら……?)
 考えても答えは出ない。だが、証人となり得る者は目の前にいるのだ。
 彼女を通じて、聞き出すしかないだろう。
 この空間にいる意味を考え、今ある状況から手繰ることのできる答えを見つけるしかない。
(って、カイみたいな考え方ね。私は私らしく、の方がいいわ)
 そう心の中で呟いて、思考を切り替える。
 序盤に撃った《ボーンおどり・チャージャー》と場に出ている《グレイブモット》の能力で肥えた墓地を見て、沙弓は手札のカードを一枚抜き取る。
「呪文《生死の天秤》。このカードは墓地のクリーチャーを二体手札に戻すか、相手クリーチャーのパワーを5000下げられる。私が選ぶのは前者の効果、墓地の《ツミトバツ》と《コッコ・ドッコ》を回収するわ」
「俺は回収しないのか」
「後で《ウラミハデス》かなにかで引っ張り出してあげるから、それまで待ってなさい」
 まだ墓地も十分ではない。《ドラグノフ》を呼ぶには、もう少し準備が必要だ。自身の能力で弾を装填できるとはいえ、確実性にも欠けるので、もっとクリーチャーや呪文を落としてから呼びたい。
「墓地肥やしからの墓地回収ですか……ぶちょーさんらしいですね」
 柚は虚ろに微笑む。
 そこに幼さは感じられず、彼女らしからぬ艶っぽさが、不気味に感じ取れるだけだった。
「じゃあ、わたしのターンですね。《牙英雄 オトマ=クット》を召喚です」
 古代の英雄が現れた。
 鋭利な牙を剥き、本能ままに力を振りかざす、太古の怪物。
 《オトマ=クット》がその姿を現すと、柚のマナが緑色に光る。
「マナ武装7で、わたしのマナを七枚アンタップです。そして、再び7マナをタップして、《龍覇 イメン=ブーゴ》を召喚」
 《オトマ=クット》から繁殖する植物が、柚のマナを再生する。そしてその再生したマナを再び使い、彼女は白面のドラグナーを呼び出した。
 《イメン=ブーゴ》が場に出ると、怒りを表したような雄叫びをあげ、超次元の彼方より一つの武器を呼び寄せる。
「きてください——《邪帝斧 ボアロアックス》」
 ザクリ。
 と、邪悪な障気を放つ斧は地面に突き刺さる。
 そしてその斧を、《イメン=ブーゴ》は引き抜いた。
「《ボアロアックス》を《イメン=ブーゴ》に装備します。そして《ボアロアックス》の能力で、マナゾーンから《鳴動するギガ・ホーン》をバトルゾーンに。《ギガ・ホーン》の能力で山札から二枚目の《イメン=ブーゴ》を手札に加えます」
 《イメン=ブーゴ》が斧を一振りし、大地から《ギガ・ホーン》が這い出てくる。
 その《ギガ・ホーン》は雄叫びをあげ、次なる仲間を呼び寄せた。
「たった1ターンで三体、か。なかなかな展開力ね……」
 とはいえ、柚としてはまだ控え目と言える。彼女が主に使用する、連鎖類目のジュラシック・コマンド・ドラゴンなら、もっと凄まじい勢いで高打点のクリーチャー現れるのだから、それに比べれば三体程度はまだ優しい。
 だが、不気味なのは見たこともないカード——《イメン=ブーゴ》と《ボアロアックス》だ。
 特に《ボアロアックス》はドラグハート・ウエポン。いつ何時、龍解してさらなる姿と力を見せつけてくるかわからない。
 と、思った矢先に、
「わたしはこれでターン終了です。ですが、このターンの終わり、《ボアロアックス》の龍解条件を満たしたので、龍解します」
「な……っ」
 龍解されないようにと思っていた沙弓だが、柚はそのターン内に《ボアロアックス》を龍解させてしまう。
 《ボアロアックス》は地面にめり込む。そして、その内に秘めた邪悪さを、太古の要塞として、顕現する。
「龍解——《邪帝遺跡 ボアロパゴス》」
「……龍解されちゃたわね」
 沙弓のデッキに、フォートレスを除去するカードはない。ゆえに、もう《ボアロパゴス》を場から退かすことはできない。
 だから彼女がすべきことは、ただ一つ。
(ウエポンからフォートレスになったってことは、暁やカイが使うような3D龍解。つまり、もう一段階、龍解がある……ドラグハート・クリーチャーになるための龍解が)
 その龍解を阻止すること。
 それが沙弓のすべきことだ。
「……じゃあ、抗ってみましょうかしらね」
 未知なる邪悪に対して。
 沙弓は、抗う。

「終生の死に抗う英雄、龍の力をその身に宿し、罪なる罰で武装せよ——《凶英雄 ツミトバツ》」

 闇のマナの力を生命エネルギーとして還元し、黒き英雄が姿を現す
「……来ましたね」
 その姿を見るなり、柚は小さく、蠱惑的な微笑みを見せる。
 《ツミトバツ》が戦場に立つと、己を縛る鎖を鳴り響かせ、聞くものを震え上がらせる雄叫びをあげる。沙弓のマナから、さらなる力を受け取るのだ。
「《ツミトバツ》のマナ武装7発動……柚ちゃんのクリーチャーはすべて、パワーが−7000よ」
 沙弓のマナから光が迸ると、それは刃の姿となる。千本もの命を奪う刃が、《ツミトバツ》の得物となり、武装する。
 そして、一斉に解き放たれた刃は、柚のクリーチャーを切り刻み、蹂躙し、殺害する。
 そこは流石というべきか、辛うじて生命力の強い《オトマ=クット》だけは生き残ったが、他のクリーチャーはすべて、死に絶えた。
「…………」
 柚はそんな死にゆくクリーチャーを、無感動に見つめていた。
「《ボアロアックス》はマナゾーンからクリーチャーを呼び出す能力を持っていた……そして、柚ちゃん、あなたは《イメン=ブーゴ》を召喚する前に、《オトマ=クット》を出して場数を増やした」
 いつもの柚なら、《龍鳥の面 ピーア》などと組んで、他方面でもアドバンテージを取りながら《オトマ=クット》を展開するが、今回は違った。
 単なる数合わせのように、単体として呼び出していた。
「そこで私は、《ボアロアックス》、そして《ボアロパゴス》の龍解条件は、自分のクリーチャーの数を増やすことで達成されると推理したわ」
 沙弓はその推理にほぼ確信に近い自信を持っている。十中八九、そうに違いない。
 《ボアロアックス》の龍解条件が自分のクリーチャーの数を参照するなら、《ボアロパゴス》もその条件の方向性は同じだろう。
 ならば、その対策は簡単だ。
 少なくとも、沙弓にとっては。
「私のデッキは闇単色。闇文明が破壊に長けた文明であることは、言うまでもないわよね」
 《ツミトバツ》のマナ武装が達成され、柚の場は半壊している。手札もほとんど枯れており、ここから再びさっきと同じように——いや、さっき以上に展開することはできないだろう。
「……と、思っているのでしょうか」
「っ……なに、強がりかしら? 可愛いけど、柚ちゃんらしくはないわね」
「強がりじゃないですよ」
 ぶちょーさん、と、柚はまっすぐに沙弓を見つめた。
 虚無なる眼差しで、ジッと。
「ぶちょーさんの闇文明が、破壊が得意なように、わたしの自然文明は、仲間を増やすことが得意なんですよ」
 そして柚は顔色一つ変えず、カードを操る。
「《イメン=ブーゴ》を召喚。超次元ゾーンから《グリーネ》をバトルゾーンに出して、マナを増やします。そして《ボアロパゴス》の能力発動です」
 《ボアロアックス》以上に邪悪な障気を発し、邪龍の遺跡は命を生む。
「マナゾーンから《ベニジシ・スパイダー》をバトルゾーンに出して、さらにマナを増やします。ターン終了です」
「っ、クリーチャーが……!」
 失念していたが、《ボアロアックス》にクリーチャーを呼び出す能力があるのなら、《ボアロパゴス》にも同様の能力があって然るべきだ。
 《イメン=ブーゴ》が召喚されると、《ベニジシ・スパイダー》が現れた。恐らく、《ボアロパゴス》はクリーチャーの召喚に反応して、クリーチャーを呼び出す能力なのだろう。
「だったら……《コッコ・ドッコ》召喚! さらに、《特攻人形ジェニー》を召喚して、即破壊!」
 沙弓は次に、手札を攻める。これ以上展開されたら確実にまずいことにある。なら、クリーチャーを展開するための源の一つ——手札を枯らして、その展開を阻止する。
 柚の手札は残り一枚。その最後の一枚に、《ジェニー》の刃が突き刺さる。
 しかし、
「……少しあせりましたね、ぶちょーさん。らしくないですよ」
「え……?」
「もう少し考えてから、わたしの手札を破壊するべきだったんですよ。このクリーチャーは手札から捨てられたとき、バトルゾーンにでます」
 そういって、柚は刃が突き刺さったそのカードを、場に投げる。
 それは、毒の息を吐く、鰐のような龍の姿となった。

「でてきてください——《有毒類罠顎目 ドクゲーター》」



有毒類罠顎目 ドクゲーター 自然文明 (5)
クリーチャー:ジュラシック・コマンド・ドラゴン 4000
相手の呪文の効果またはクリーチャーの能力によって、このクリーチャーが自分の手札から捨てられる時、墓地に置くかわりにバトルゾーンに出してもよい。
このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、バトルゾーンにある相手のコスト4以下のカードを1枚選び、持ち主のマナゾーンに置く。



 《ドクゲーター》は罠のように陰に潜む。
 日の光を浴びないように隠れ続ける、安穏とした日々を送るが、その日々を邪魔するものには、陰から這い寄り、毒牙を剥く。
「《ドクゲーター》をバトルゾーンに出します。そしてその能力で、《コッコ・ドッコ》をマナゾーンへ」
「う……!」
 展開を止めるはずが、さらにクリーチャーを増やされてしまった。しかも、むしろ場数を減らされたのはこちらだ。
「さあ、ここからが本番ですよ、ぶちょーさん」
「っ……!」
 今まで以上に虚無感漂う、そして邪悪な瞳で、柚は沙弓を見つめる。
 そして、それは現れた——

「《理英雄 デカルトQ》を召喚」

 ——知識を司る、水の英雄が。
「な……っ、それは、カイの……っ!?」
「はい、かいりくんの力を、使わせてもらっています」
 まったく表情を変えず、柚は微笑む。
 そして、刹那、彼女のマナから光が迸った。
 水文明の叡智を示す、青い光を。
「《デカルトQ》の能力、マナ武装7、発動です」
 武装された《デカルトQ》は、大量の知識を柚へと与える。さっきまで枯渇していた手札は、一瞬で潤いを取り戻した。
「いや、というか、柚ちゃんのマナに水文明のカードなんて一枚も——」
「さらに《ボアロパゴス》の能力で、マナゾーンから《ベニジシ・スパイダー》をバトルゾーンにだします。能力でマナを増やしますね」
 困惑する沙弓のことは置いて、柚は次々とクリーチャーを展開していく。
「くぅ……呪文《超次元ロマノフ・ホール》! 《時空の悪魔龍 デビル・ディアボロス Ζ》をバトルゾーンへ!」
「《ベニジシ・スパイダー》を破壊します」
 柚のクリーチャーを一体だけ破壊できた。
 まだ望みはある。次のターン、《デビル・ディアボロス》が覚醒さえできれば。
「それでは、わたしのターンですね」
 願うように沙弓は成り行きを見守る。対する柚は、淡々とカードを引く——直前に、
「残念でしたね、ぶちょーさん」
「っ!」
「とてもがんばって龍解を止めようとしていたみたいですが……このターンの始めに、《ボアロパゴス》の龍解条件成立です」
 そう、言い放った。
 止められなかった。
 こちらの破壊よりも、彼女の展開が上回っていた。
 まるで彼女らしからぬプレイングであったが、今ここにいる彼女の力は沙弓の知る彼女からは、遙か向こう側にあった。
「ぶちょーさんは、わたしのあこがれの人でもあったんですよ。あきらちゃんとは違う意味で、わたしの理想の人です。かっこうよくて、頼りになって、こんな人になりたいなぁ、って思える人なんです」
「なに、急に……嬉しいけど、そういうこと言われると、むず痒いわ……」
 違う。
 嬉しいとかむず痒いなんてものではない。そんな前向きな感情は湧いてこない。
 湧き上がるのは、怖気。
 彼女の言葉から感じられるものは、不安と狂気しかない。
 ただひたすらに、彼女は不気味だった。邪で、毒のような眼差しが、沙弓の恐怖心を刺激する。
「わたしは、ちょっとは強くなれたと思うんです。だから、わたしのあこがれてるぶちょーさんには、ちゃんと見てほしいんです。この子の、真の姿を——」
 龍解、と。
 彼女は告げるように言う。
 そして、それが終わりの合図だった。
 沙弓は、この逆境に抗い切れなかったのだ。
 あらゆる生命が、欲望が、力が、沙弓を蹂躙する—— 

「殺戮の英雄の力……いただきます、ぶちょーさん——」


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