二次創作小説(紙ほか)

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デュエル・マスターズ Another Mythology
日時: 2016/11/05 01:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 初めましての方は初めまして。モノクロと申す者です。
 今作品はモノクロが執筆しているもう一つの作品『デュエル・マスターズ Mythology』の外伝、いわゆるスピンオフ作品と銘打ってはいますが、ほぼ別物と化しています。
 一応今作は、本編とは違った独自のストーリーを展開しつつ、『デュエル・マスターズ Mythology』の謎を別のアプローチで解き明かしていく、というスタンスで執筆する予定です。さらに言えば、こちらはあちらの作品よりもライトで軽い作風に仕上げたいと思っています。
 カード解説は『デュエル・マスターズ Mythology』と同じ。また、オリジナルカードも登場する予定です。

 珍しく前置きがコンパクトになったところで、モノクロの新しい物語を、始めたいと思います——



目次

プロローグ「とある思考」
>>1
1話「始動」
>>4
2話「超獣世界」
>>7
3話「太陽の語り手」
>>8 >>9
4話「遊戯部」
>>12
5話「適正」
>>15
6話「賢愚の語り手」
>>16 >>17
7話「ピースタウン」
>>18 >>24
8話「月魔館」
>>27 >>28
9話「月影の語り手」
>>29 >>30
10話「北部要塞」
>>31 >>35
11話「バニラビート」
>>36 >>37
12話「幻想妖精」
>>38 >>39
13話「萌芽の語り手」
>>40 >>43
14話「デッキ構築の基本講座」
>>60
15話「従兄」
>>63

16話〜58話『ラヴァーの世界編』
>>213

59話〜119話『継承する語り手編』
>>369



『侵革新話編』

120話「侵略開始」
>>367
121話「十二新話」
>>368 >>370
122話「離散」
>>371 >>372
123話「略奪」
>>373 >>374
124話「復讐者」
>>375 >>378
125話「time reverse」
>>379 >>380 >>381
126話「賭け」
>>382 >>383 >>384 >>385
127話「砂漠の下の研究所」
>>386 >>387 >>389 >>390 >>391
128話「円筒の龍」
>>392 >>393 >>394 >>395
129話「奇襲」
>>396 >>397 >>398 >>399 >>400
130話「死の意志」
>>401 >>402 >>403 >>404
131話「殺戮の資格」
>>405 >>406
132話「煩悩欲界」
>>407 >>408 >>409 >>410 >>412
133話「革命類目」
>>413 >>414
134話「一難去って」
>>415




Another Mythology 〜烏ヶ森編〜
1話〜25話『ラヴァーの世界編』
>>213

Another Mythology —烏ヶ森新編—
26話「日向愛」
>>215
27話「■■■■」
>>221 >>225 >>229 >>337 >>338
28話「暴龍事変」
>>339 >>340 >>341 >>344 >>345 >>346 >>347 >>348 >>349 >>350 >>351 >>352 >>353
29話「焦土神剣」
>>354
30話「事変終結」
>>355




番外編

東鷲宮・烏ヶ森二校合同合宿
>>528





東鷲宮中学校放送部

第一回「空城 暁」
>>83
第二回「霧島 浬」
>>93
第三回「卯月 沙弓」
>>95
第四回「霞 柚」
>>132
第五回「日向 恋」
>>299






登場人物目録
>>57

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.344 )
日時: 2016/03/25 14:12
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

「……んぅ」
「起きたか」
 恋は覚醒する。
 ゆっくりと身体を起こし、目線を声の主に向ける。
「ミシェル……」
「ったく、兄貴分が兄貴分なら、妹分も妹分だな。二人して無茶苦茶しやがって」
 いつものように小言を吐くミシェルだが、そこには覇気がない。どことなく、弱っているようだった。
「つきにぃは……?」
「分からない。だが、今、葛城が追跡してる」
「そう……」
 しばし沈黙が訪れる。
 氷麗が追跡している。ということは、この場に一騎はいないということ。
 この場に一騎がいないということは、つまり、あの龍は、本当に——
「……つきにぃは、どうしちゃったの……?」
 誰に言うでもなく、独り言のように呟く恋。
 沈黙に響くだけだの声。その答えが返ってくることはない。
 と、そうでもなく、彼女の言葉に、ミシェルが返した。
「そいつは、こいつらが教えてくれる」
 ただし、その方向は、別のところへと流される。
 ミシェルの目線の先にあったのは、一騎のデッキケース——そこから出て来た、クリーチャー。
「テイン……」
「正確には僕じゃない。フィディック」
『応』
 流し流しでテインの言葉を受けたのは、フィディックだった。テインとは違って、カードのままだ。
「つきにぃは、どうしちゃったの……?」
 恋はフィディックに問う。
 曖昧で、抽象的な問いだが、フィディックははっきりとした声で、答える。
『結論から言って、少年は暴龍に飲まれた』
「暴龍? あの馬鹿でかいクリーチャーか?」
『そうだ。あれは本来、グレンモルトがガイハートとガイアール、二つのドラグハートの力を扱いきれず、暴走したガイギンガに飲まれた——成れの果てだ』
「グレンモルトが扱いきれず……? それが、一騎のなんの関係があるっていうんだよ」
『“本来ならば”、あれはそういうものなのだ。しかし今回の事変は、少しばかり状況が違う』
 状況というよりは、時代か、とフィディックは言った。
『今の世界において、我々クリーチャーは、より力のある他者に従属している。他者に従い、使役されることで、生き延びている』
「クリーチャーの中でも、強い奴がデュエリストになってるってことか。もはや人間の変わらないな」
『そういう“概念”がもたらされたからな。今はそんな時代だ。その結果、自らの肉体をぶつけ合う時代とは違い、従属しているクリーチャーは、主たるクリーチャーとの強い結びつきが生まれる』
 そして、その結びつきは、両者の間に様々な効果をもたらす。
 たとえば、片方の異変が、もう片方に伝播する、というようなことも起こりうるのだ。
『少年とグレンモルトの結びつきは強かった。だから、グレンモルトに起こった事変に、グレンモルトの主である少年も巻き込まれたと言えるだろう』
「巻き込まれた? そんな事故みたいな結果なのか?」
『今のは言葉の綾だ。実際には、少年にも問題があったと言えるだろうな』
「問題……? つきにぃに、なにが……?」
『少年は、ガイギンガを使役した戦いで、何度負けた?』
 唐突なフィディックの問いに、二人は少々面喰らう。
「一騎が《ガイギンガ》を出して、負けた対戦ってことか? あー……」
 ミシェルとて、一騎の対戦をすべて見ているわけではないが、恐らくフィディックが言うのは、こちらの世界において、何度負けたかということだろう。
 自分たちは東鷲宮——遊戯部の面々ほど、こちらの世界には赴いていない。だから一騎が負けた対戦ともなれば、かなり絞られる。
 そもそも、一騎が《ガイハート》を手にしたのも、わりと最近のことだ。今までの彼の行動を、できる限り思い返してみると——
「……あの時、か?」
「たぶん……」
 思い出せる限りでは、二回。
 一度目は、恋——当時はラヴァーという名だった——との対戦。
 二度目は、恋の仇討のために戦った、ユースティティアとの対戦。
 その二回ともで、一騎は《ガイハート》を龍解させ、《ガイギンガ》を呼び出していた。
 しかし、その二回とも、一騎が勝利を飾ることはなかった。
『ガイギンガは、二重に勝利を重ねる龍。一度の敗北だけでなく、二度目の敗北で、奴の怒りを買っていてもおかしくはない』
「怒り……」
 怒り、憤怒。
 人間を罪に導く罪源ともされる激情。
 その爆発は、クリーチャーであっても例外ではない。
「つまり、《グレンモルト》の未熟さと、一騎が二回も負けたことに対する怒りで、あの暴龍とやらは現れ、一騎たちを飲み込んだってことか」
『恐らくはな』
 確定ではないが、フィディックの言う“事変”とやらと照らし合わせて考えると、ほぼそうなのだろう。
 いきなりの出来事で混乱していたが、ひとまず原因は分かった。
 しかし、
「そんなことは、どうでもいい……」
 恋にとってはフィディックの説明など、なんの役にも立たない。
 それ以上に、彼女には大事なことがある。
「つきにぃは、助かるの……? もとのつきにぃに、もどるの……?」
『……分からん』
 フィディックは静かに答える。
『如何せん、人間を巻き込んだ事変など初めてだからな。不明な点も多い。もしかしたら、もう少年は戻れないかもしれん』
 そのフィディックの一言で、重い空気が流れた。
 一騎が、もう元には戻らない可能性。
 それを考えるだけで、苦しくなる。胸の内が空虚になったかのような痛みと、虚無感が漂う。
 今まで、部を支え、恋のために奔走した彼。
 そんな彼が、一騎が、いなくなると思うと——
「なに後ろ向きに考えてるんだよ」
「ミシェル……」
「あたしたちだって、このまま身を退くわけにもいかない。分からないことは考えても分からないんだ。だったら、分かることを増やすために、なんでも試すしかない」
 ここで暗くなっても、なにも解決しない。
 どんなに小さな手がかりでも、関係ないとさえ思えるようなことにすらも、彼は突っ込んでいった。
 彼女の——恋のために。
 それと同じことだ。
 一騎がどうなるのかは未知数。ならば、未知を既知にするために、どんな手段でも方法でも、やってみるしかない。
「うん……わかった……」
「暗いのはいつものことだが、浮かない顔で黙ってられるとこっちもやりにくいんだよ。お前は生意気でしゃしゃり出るくらいがちょうどいい」
『……これも、あくまで可能性の話だが』
 二人の間に、フィディックが割って入った。
『本来この事変は、グレンモルトがガイギンガに飲まれるだけで終わるものだ。クリーチャーがクリーチャーを飲み込む、形式的に言えば、それだけのことだ』
「形式的には、か。なら、その形式が崩れることもあるってのか」
『そうだ。その形式に人間である少年が紛れ込むと、本来の形式から外れることとなる。本来の形式から外れた事象が示す答えは、概ね二つ。一つは、なにかしらの反応を起こし、別の事象に変化すること』
 化学反応のようなものだ。異物が混入することで、本来起こるはずの反応とは、別の反応を示す。Hの原子どうしがくっつくだけならば水素になるだけだが、O——酸素が混入すれば、それはH2Oの水となる。
「《グレンモルト》と《ガイギンガ》がHで、一騎がOってわけか……いっしょくたになると、まずいことになりそうだな。で、もう一つは?」
『もう一つは、異物の混入とみなされ、その異物を取り込むか、排除することだ』
「異物……」
 体内に入って来た細菌に対する抵抗と同じだろう。体の中に細菌などの異物が入って来れば、体はそれを追い出そうとする。
 それと同じように、暴龍にとって一騎が異物だと判断されれば、それを排除しようとするだろう。
『こちらの場合だと、少年の存在が完全に飲まれるか排除される前に、少年を暴龍から引き剥がせば、少年を救うことができるやもしれん』
「本当……?」
『あくまで可能性の話だが、それなりに現実味のある可能性だと思う』
 見たところ、あの暴龍は苦しそうだった。
 それはつまり、暴龍の中でグレンモルトがガイギンガに抵抗しているということ。まだ、すべてを飲み込み切っていないということ。
 グレンモルトが飲まれていないのであれば、ついでのような存在である一騎も、まだ完全に飲まれていない可能性が高い。
「具体的な方法は全然だが、道筋は見えてきたな」
「うん……今度こそ……」
 今度こそ、一騎を助ける。
 そう、恋は意気込みを見せていた。
 その時だ。

「話はまとまったようですね」

 スッ、と何者かが背後に現れる。
「つらら……」
「ただいま戻りました。例のクリーチャーは発見しましたよ」
「早いな」
「何度もやってるうちに慣れてきましたので。そうでなくても、あれはすぐに見つかります」
「? どういう意味だ?」
「見れば分かると思いますが、簡単に言えば、あのクリーチャー——」
 少し言い淀んでから、氷麗は、ゆっくりと口を開く。

「——無差別に周辺地域のマナを貪っています」

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.345 )
日時: 2016/03/26 17:33
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 西部要塞から少し離れた岩山。
 この岩山は火山で、地下にマグマ溜まりがある。
 今は休火山となっているため噴火の心配はないそうだが、蓄積されたマグマには、一緒にマナも溶け込んでおり、それが地上に噴き出しているとのこと。
 そのため、この岩山は常に超高温の気候かつ高濃度のマナが充満した場所だった。
 そんな場所だったのだ。
 ほんの、数時間前までは。
「……さむい」
「しかも空気が薄いというか、なんか息苦しいぞ。そんな標高の高い山なのか、ここは」
「この場所が頂というわけでもありませんが、標高100mもないと思います」
 山の気温は100m高くなるごとに0.6度低くなると言われているが、そんな誤差みたいなものではない。明らかな寒気が、肌を伝っている。
 それに100m程度では息苦しいと思えるほど空気が薄くなるはずがない。
 そもそもこの山は、熱気に溢れた超高温で、空気はマナも混じり息が詰まるほど高密度になっているような場所だ。寒気だとか、息苦しさだとか、そのようなことを感じるはずがない。
 なぜ、それを感じるのか。
 それにはなにかしらの原因があり、その元凶は、すぐそこに存在していた。
 少し歩くと、“それ”の姿が、否応なしに視界に入ってくる。
「こいつは……」
 紅蓮に染まる巨躯。右腕には銀河の楯に、左腕には銀河の剣となった、怒りの龍。
 そして、自分たちの長。
 暴龍に飲み込まれた一騎の姿が、そこにあった。
 しかしその状態は、奇怪なものだった。
「つきにぃ……」
「……これは、どういうことだ?」
「最初に言いましたよ。無差別にマナを貪っていると」
 暴龍はそこに鎮座していたわけではない。赤ん坊のように四つん這いになり、顔面を地面に突っ込んでいる。
 非常にシュールな光景だが、突っ込んでいる地面から噴き出しているものを見ると、二人は戦慄する。
 赤いなにかがボゴボゴと湧き水のように噴出している。だがそれは湧き水なんかではない。地中のマグマが滲み出たもの、溶岩だ。
 暴龍は地面から噴き出している溶岩を、犬食いしているのだった。
「溶岩を喰うって、どうなってんだよ……」
「あれは溶岩を喰らっているのではなく、溶岩と一緒に噴き出しているマナを喰っているのですよ」
「マナを……? どうして……?」
「そこまでは分かりません。しかし、この調子で喰い続けられると、流石にまずいことになりそうです」
「あんな犬食いのペースでもか?」
「犬食いだけなら、問題ないんですけどね」
 そう言って、氷麗は暴龍の周りを順番に指差す。指差した場所は、いずれも溶岩が噴き出していた。
 よく見れば、溶岩と共に、赤い炎のようなものも噴き出している。恐らく、これがマナなのだろう。
 だがそのマナは、なびいている。なにかに引き寄せられるように。そしてマナが引き寄せられる先には——暴龍がいる。
「ポンプみたいな口でマナを吸い上げて、他の穴からもマナを吸収しているようです。凄まじい速度でマナを吸っています。この寒気や空気の薄さも、ここら一体のマナの濃度が急激に低下している影響です。そしてその元凶が、“あれ”です」
「…………」
 マナを貪る暴龍。その様は、理性も知性もかなぐり捨てた、本能だけで動く獣のようだった。
 これがかつての一騎だと思うと、見ていられない。思わず目を逸らしてしまった。
 それほどに目の前の暴龍は、醜い存在だった。
「なぁ」
「なんでしょう」
「お前は、あいつが戻ってくると思うか?」
 どこか弱気なミシェルの声。
 先ほどは恋にああ言ったが、こうして一騎が一騎でなくなった様子を直視してしまうと、陰りを生んでしまう。
 本当に、一騎は戻ってくるのか、と。
「……分かりません」
 ミシェルの問いに、氷麗は静かに答えた。
「私は“事変”に関しては詳しくありませんし、この世界のドラグハートの誕生に関わったわけでもありませんし、ましてや太陽神話や焦土神話らと接点があったわけでもありません。一騎先輩が、無事に元に戻るかどうかを問われても、なにも答えられません」
「……ただ」
「?」
「一騎先輩は戻って来なくてはならない……少なくとも、リュンさんならそう言うでしょう」
 語り手を持つ者として。
 一騎は、戻ってもらわなくてはならない。
「私も……つきにぃには、戻ってきてほしい……おかあさんと、約束もしたし……今日のばんごはんも、作ってくれないと……私、困る……」
「……そうだな。滞ってる書類もあるし、部長がいないと、うちの部はなにも動けないしな」
 各々、事情は違えど、一騎には帰って来てもらわなくてはならない理由がある。
 それだけで十分だ。
『ガアァ……』
 その時、暴龍が動いた。
 振り向いて、こちらの姿を赤い瞳に映す。
「ミシェル……」
「あぁ。今度はあたしの番だ」
 不気味な唸り声をあげる暴龍に、ミシェルは一歩近づく。
(……改めてこいつの前に立つと、昔の自分を見てるみたいだな……)
 そう思うと、不快なような、懐かしいような、なんとも言えない気分になった。
「あの時はお前に随分とお節介焼かれたが、立場逆転だな」
 今は、自分が干渉する番だ。
 暴龍にその言葉が届くのかは分からない。昔の出来事を思い出せるのかどうかも不明だ。
 それでも、ミシェルは言葉を零した。
「……かかってこいよ、部長」
『グゥ……ガアァァァァァァァァァァッ!』
 暴龍は咆える。
 空を、地を、震撼させ、轟かせ。
 神話空間を、こじ開けるように——

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.346 )
日時: 2016/03/27 01:11
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 ミシェルと、一騎を取り込んだ暴龍のデュエル。
 序盤はマナを伸ばしつつ墓地を肥やしていくミシェルに対し、ガイグレンはチャージャー呪文を撃つのみ。
「……あたしのターン。《白骨の守護者ホネンビー》を召喚だ。山札から三枚を墓地へ送り、墓地から《暴走龍 5000GT》を回収。ターン終了だ」
『グウゥ……ガァ……』
 低い唸り声を発しながら、《ネクスト・チャージャー》で手札を入れ替えるガイグレン。
 チャージャー呪文を連打しているのでまだマナはあるのだが、それ以上のことはせず、ターンを終えた。
「不気味なプレイング……一騎らしくねぇな……」
 そもそも目の前の暴龍は既に一騎ではない。そんなことは分かっている。
 しかしこの暴龍が一騎を取り込んでいる。つまり、この中に一騎が存在している。
 ゆえに、自分がするべきことは、暴龍の中からどうにかして一騎を救い出すこと。
「確かにこいつは一騎らしくない……が、こいつの中にまだ一騎がいると考えなければ、そもそも救うなんて土台無理な話……」
 つまり、言ってしまえば思い込むしかないのだ。
 暴龍の中で一騎が生きていると。
 そして、この戦いで一騎を暴龍の中から助け出すことができると。
 方法なんて分からない。しかしそれでもやるしかないのだ。
 残念なことに、自分は誰かを助けたようなことはないし、そんな方法なんて分からない。殴る以外の術を知らない。
 だから、自分の知る範囲で、自分にできる範囲で、自分にできることだけを全うする。
「あたしのターン……これなら」
 引いたカードを見て、ミシェルは勝利へと辿る道筋を見出す。
「このターンで決まるか……? 《爆砕面 ジョニーウォーカー》を召喚し、即破壊。マナを一枚追加し、続けて呪文《カラフル・ダンス》! 山札の上から五枚をマナゾーンへ送り、マナゾーンからカードを五枚墓地へ!」
 《カラフル・ダンス》の効果で、マナゾーンのカードが一気に墓地へと落とされる。同時に、運よく単色カードばかりがマナに落ちたため、実質的に5マナ回復したことになる。
 墓地を肥やし、マナが復活する。理想的な結果だった。
「よし、いい感じだ。《ホネンビー》を進化、《夢幻騎士 ダースレイン》! 効果で山札から三枚を墓地へ送り、墓地から《百万超邪 クロスファイア》を回収だ! さらに、あたしの墓地にクリーチャーは六体以上、回収した《クロスファイア》をG・ゼロで召喚!」
 《ダースレイン》《クロスファイア》とクリーチャーを並べ、打点を揃えていくミシェル。
 そして最後に、彼女の最大の切り札が、現れる。
「まだまだ! あたしの墓地にクリーチャーは十一体! コストを11軽減し、マナコスト1でこいつを召喚だ!」
 数多の屍を乗り越え、死した友の無念を背負い、無法の龍は暴走する。

「暴走せし無法の龍よ、すべての弱者を焼き尽くせ——《暴走龍 5000GT》!」

 これでミシェルの場には、Wブレイカーの《ダースレイン》と《クロスファイア》、Tブレイカーの《5000GT》と、五枚のシールドを割りきってとどめを刺すだけのアタッカーが揃った。
「こいつで一騎が戻って来ればいいが……いや、ごちゃごちゃ考えるのは後か。とりあえずは——」
 ミシェルは、グッと拳を握る。
 目の前の暴龍を、その奥に眠っているはずの彼を見据えて。
「——ぶん殴る! 《5000GT》でTブレイク!」
 《5000GT》の一撃が、ガイグレンの盾を三枚、吹き飛ばす。
「《ダースレイン》でWブレイク!」
『ガアァァァァァァァァァッ!』
 続けて《ダースレイン》の右腕が、残る二枚のシールドを食い破る。
 これでシールドはゼロ。あとは、《クロスファイア》がとどめを刺すだけだが、

『——……ト、リガー……《天守閣 龍王武陣》……ッ!』
「!」

 声が聞こえた。
 酷く掠れているが、どこか聞き覚えのあるような声だ。
「この声……一騎、なのか……?」
 しかしその声は、すぐさま法螺貝の音にかき消される。
 《天守閣 龍王武陣》によって捲られた五枚は、《勝負だ!チャージャー》《メテオ・チャージャー》《ネクスト・チャージャー》《天守閣 龍王武陣》そして——
『グ、ガ、アァァァァァァィッ!』
 ——《暴龍事変 ガイグレン》。
 次の瞬間、《クロスファイア》の身体が爆散する。
「くそっ……!」
 《龍王武陣》から射出された《ガイグレン》が、《クロスファイア》を断ち切った。
 その一撃で、ミシェルの攻め手は止められてしまう。これで攻撃は終わり、ターン終了を宣言するしかない。
 しかも、悪いことはそれだけではない。
 悪かったのは、出て来たS・トリガーが《天守閣 龍王武陣》だったことだ。
『ガアァァァァァァァッ!』
 返しのターン、暴龍は咆える。
 己の存在を、顕示するために。
「出やがったか……!」
 《天守閣 龍王武陣》によって、遂に、暴龍が戦場に現れる。
 恋とのデュエルは見ていた。どういうカラクリか、このクリーチャーは無限に攻撃を仕掛けてくる。
 つまり、一度出されたら、ブロッカーなどで返り討ちにするか、S・トリガーやニンジャ・ストライクで倒すしかない。
 ミシェルの場にブロッカーはいない。この巨大なドラゴンを倒せるようなシノビも握っていない。
 となれば、縋ることのできる要素はただ一つ。S・トリガーのみだ。
「こっからは賭けだな……」
 そう呟いた、直後。
 ミシェルのシールドが吹き飛んだ。
「ぐ……!」
『ガアァァァァァァァァィッ!』
 続けて、二の太刀。
 三枚目、四枚目と、シールドが消し飛んでいく。
 一撃一撃が凄まじく重い。あまりの衝撃に、立っているだけでもやっとだ。
 三度目の太刀が、ミシェルの最後のシールドを切り裂く。
 とどめの四撃目が繰り出されれば、その時点でミシェルの負け。恋と同じ結果を辿ることになる。
 だが、しかし、
「つけあがるなよ、一騎。あたしだってな……やられてばっかじゃねぇぞ!」
 バラバラに散った五枚目のシールドが、光の束となり、収束する。
「S・トリガー! 《インフェルノ・サイン》! 《凶殺皇 デス・ハンズ》を復活させ、《ガイグレン》を破壊だ!」
 《デス・ハンズ》は皇の玉座に座す。
 座したまま、彼は悪魔に命ずるのだ。己の身に危険を及ぼす障害を、殺せ、と。
 彼の命令を受け、悪魔の手が伸びる。その手はみるみるうちに《ガイグレン》を覆いつくし、そして——殺した。
 その命を、奪ったのだ。
「一騎……」
 ふと、嫌な考えがよぎる。
 この空間の中で、クリーチャーは死んでも、本質的に、根本から消えるわけではない。死ぬことはあっても、それは永遠の消滅を意味することではない。
 ゆえにクリーチャーが破壊されても、クリーチャーそのものに大きな影響はないと思っていた。
 だが、もしも特例があったとしたら。
 もしも、暴龍の死が、その内面にまで及ぶとしたら。
 クリーチャーは死んでも生き返るかもしれない。しかし、人間はそうはいかない。
 クリーチャーの生命力は高いが、人間はそうではない。
 暴龍は死んでも、この空間がなくなれば、また甦っているかもしれないが、その中にいる魂はどうなるのか。
 人間の魂は——いや、一緒に取り込まれた肉体も一緒に死ねば、どうなるのか。
 クリーチャーと同じように、この空間から出た時に、元通りになっているのだろうか。必ずしもそうとは言い切れない。
 もしかしたら自分は、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか。
 そんな不安が、ミシェルの中で、一瞬だけよぎる。
 ——なぜ、一瞬だったのか。
 それは、次の瞬間に明らかになる。
「っ、な、なんだ……!?」
 突如、地面を振動する。
 地面だけではない。空気までもがビリビリと震撼しており、まるで空間そのものが震えているかのようだった。
 見れば、悪魔の手によって命を失った《ガイグレン》は、その身を巨大な光の渦へと変えていた。
 いや、あれはただの渦ではない。実際の規模とは比べ物にならないほど小型だが、あれは銀河だ。
 燃え盛る炎を内包した銀河が、ミシェルへと迫る。
 刹那。

 ミシェルのクリーチャーが、すべて吹き飛んだ。

「な、なにが……!?」
 《5000GT》も《ダースレイン》も《デス・ハンズ》も、ミシェルが展開したクリーチャーはすべて、銀河に飲み込まれ、消し飛ばされた。
 S・トリガーで出た《デス・ハンズ》、進化クリーチャーの《ダースレイン》、超重量級で巨大な《5000GT》。如何なクリーチャーも平等に、その銀河の大きさの前では有象無象の塵芥同前に、すべて消滅した。
 ミシェルもなにが起こっているのかよく分からないが、それでも自分のクリーチャーがすべて破壊されたということだけは分かった。
 お互いにシールドはゼロ。ならば、あとは先んじたもの勝ちだ。
 しかし、
「ここでスピードアタッカーさえ引ければ……クソッ! 《ジョニーウォーカー》を三体召喚! ターン終了だ!」
 引いたカードは《ジョニーウォーカー》。ブレイクされたカードの中にも、即座に打点となれるクリーチャーはいない。《ホネンビー》などの墓地回収カードでも来れば、墓地の《クロスファイア》を回収できたのだが、それすらもない。
 仕方なく、手札であまりに余ったありったけの《ジョニーウォーカー》を並べ、ターンを終えるミシェル。
 返すターン。
 無慈悲で粗暴な暴龍に変化が見られた。
『……お……れ、の……ター……ン』
「! 一騎!」
 今度は、はっきりと聞こえた。
 この声は、確かに一騎のものだ。
『い……け……《ガイグレン》……ッ! こう……げき……!』
 再召喚された暴龍が、大剣を振りかざして迫る。
 この一撃を喰らえば負け。しかし、そんなことよりもミシェルは、別のことを考えていた。
(あの声が本当に一騎のものなら、一騎はまだ生きてる……!)
 今までは一騎がまだ助かる見込みがあるという前提を思い込んでいたが、それが確信に近いレベルまで達した。
 戦況としては勝機は皆無だが、ミシェルの目的は一騎を暴龍から救うことであり、対戦結果など二の次だ。
 ここで、希望の光が見えた。
(とはいえ、根本的にはなにも解決してないが……とにもかくにも、やってみるしかないか)
 迫り来る暴龍。
 ミシェルは深く腰を落とした。
 暴龍が肉薄し、銀河の大剣を振りかざす。
「……やるか」
 まだ少し遠い。だからミシェルは——跳んだ。
 脚をばねのようにして、一息で暴龍に飛び掛かる。
 無論、生身のミシェルがクリーチャー、それも強大な力を持つドラグハートを取り込んだ暴龍相手に殴りかかっても、効果はないだろう。
 しかし伸ばすのは拳ではなく、手だ。
 ミシェルは、暴龍に渦巻く銀河へと、手を伸ばす。
「届け……!」
 暴龍の身体に、腕が潜り込む。言語化が難しい、妙な感覚が手を伝った。
 直後、焼けるような熱が、腕を襲う。
「っ……!」
 火炙りにされる感覚を味わった。丸焼きにされる豚のような気分だ。
 すぐにでも腕が燃え尽きてしまうのではないか、と思えるほど熱い。感覚が麻痺して、本当に炎で焼き焦がされているのかどうかすら分からない。
 腕を襲う熱量は全身に回り、脳まで達する。今度は頭痛だ。頭が沸騰しそうだった。
(くっ……意識が……)
 痛みと熱さで、意識が留まることを拒否し始めた。
 最後の力を振り絞って、精一杯、ミシェルは腕を伸ばす。
「どこだ、一騎——!」
 空ではなく炎を掴むばかり。このまま顔も突っ込んで見つけようかと、薄れゆく意識の中で考えた。その時。
 暴龍の中で燃え続けた手が、なにかに触れた。
 それと同時に、ミシェルの意識も、消えていった——

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.347 )
日時: 2016/03/29 14:09
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 意識が蘇る。
 重い瞼は開かないが、身体は妙に寒い。
 もしかして死んだのかとも思ったが、背中がやたらゴツゴツしており、胸から心臓の鼓動も聞こえる。なので、恐らく生きている。
 うっすらと目を開く。雲が適当に浮かんでいる、青い空が見えた。
「……一騎、いるか?」
 呼びかけてみる。反応はない。
 身体を起こそうとするも、上手く力が入らない。
 そこで、自分の右手が、なにかを握っていることに気付いた。あまりに強く握りすぎて、感覚が麻痺していた。
 首だけ回して、右を向く。
 そこには、見慣れたお人好しの面があった。自分の手は、彼の右手をがっしりと掴んでいる。
「……おい、生きてるか?」
「…………」
「……死んだか?」
「う……」
「生きてるか……」
 そこでようやく、ミシェルは身体を起こせた。手を掴んだままだったので、引っ張られるように、一騎も起き上がる。
「っ……ミシェル……?」
「よぅ。引っ張り出せたようで、なによりだ」
「引っ張り……? えっと、どういう——」
「つきにぃ……っ」
 バッ、となにかが一気に覆いかぶさる。
 さらさらとした髪が顔にかかった。肉付きの薄い身体がのしかかる。
「恋……」
「つきにぃ、よかった……本当に、よかった……」
 一騎の胸に顔を埋める恋。
 いつもの淡々としているようだが、彼女の声は、少し震えていた。
 それだけ自分は彼女を心配させてしまったのだろうと、一騎は恋の髪を梳くように、頭を撫でる。
「ごめんよ、恋。心配かけた」
「本当に……今日のばんごはん、食べられないと思った……」
「そっち?」
 きっと照れ隠しだろう。恋は顔を埋めたまま、一騎の服の裾をギュッと掴んで離さない。
「一騎……」
「テイン」
 恋を抱きとめていると、今度はテインがやって来る。
「君にも、心配かけたね」
「うん……」
「? テイン? どうかした?」
「いや……」
 どこか浮かない顔をしているテイン。
 しかし彼は曖昧に濁して、言葉を続けなかった。
 その様子にどこか訝しむ一騎だったが、ふと、思い出す。
「あ……そうだ、ガイギンガは!?」
「山の頂の方へ行ってしまったようですね」
「なら、早く追いかけないと……! グレンモルトもあの中に——」
「おい待て」
 山頂の方へと駆け出そうとする一騎を、声が制した。
 直後、首根っこを掴まれ、ガクンッと体勢を崩す。
 振り返る。一騎の襟元を握りしめていたのは、ミシェルだった。
「いくらなんでも行かせるわけないだろうが。一旦戻るぞ」
「でも……!」
「でもじゃない。あんなクソ熱いところにいたんだ、お前だって相当疲弊してるはずだろ。あたしもそうだし、あいつも同じだ。深追いは禁物だ」
「でも——」

「でもじゃねぇつってんだろ! いい加減にしろ!」

 一騎の拒否の言葉に、ミシェルが怒声をあげる。
 彼女はそのまま一騎の身体を回すように正面を向かせ、襟首を握り締め、グイッと持ち上げる。身長差があるので完全には持ちあがらないが、なすがままの一騎は爪先立ちになった。
 ミシェルは下から一騎の顔を見上げる。だがその形相は修羅のようで、完全にキレていた。
 ミシェルの鋭い眼光が、一騎を射抜く。
「あたし言ったよな? 無茶しそうなら全力で止めるって」
「…………」
「今のお前は、なにも顧みてねぇ。自分が今どんな状態にあるのかも理解してない。息が上がってる自覚はあるか? 腕もまとに上げられてないぞ。足取りだってふらついてるし、重心がぶれぶれだ。動きも鈍い。なにをするにも、この上なく悪い状態だ。なのにあんな化け物を追うだなんて、無茶も無茶、無茶苦茶だ」
 一騎を下ろすと、今度はどんっ、と勢いをつけて突き放す。一騎はふらふらと後退する。
 そして、
「そんな状態のお前を行かせるかよ。そのままお前が行ったところで、犬死にしてもおかしくない。だからあたしは——」
 ぶんっ!
 と、空を切る音が聞こえる。
 それを認識した時には、大上段に放たれたミシェルの拳は、一騎の顔面、その目の前で、寸止めされていた。
「——ぶん殴ってでも、お前を止めるぞ」
 そう吐き捨てるように言うと、拳を下す。
「……ごめん」
「ミシェル……こわい」
「しかし四天寺先輩の言う通りです。恋さんも、四天寺先輩も、一騎先輩も、皆さんかなり体力を消耗しています。確かにあのクリーチャーは、非常に獰猛で、強力なクリーチャーです。放置しておけば危険ですが、万全でない状態で戦う方がもっと危険です。ここは一度身を退いて、ベストコンディションに整えてから立ち向かう方が得策かと」
「うん……ミシェルと氷麗さんの言う通りだ。今日はもう、帰ろう」
 流石にここまで言われて、我を通せる一騎ではなかった。
 憂う表情であったが、一騎はミシェルらの言う通り、先に進むことを断念する。
 そして、元の世界に。自分たちの部室に、帰るのだった。



「……ただいま」
「あ、先輩方。遅かったっすね」
 氷麗に転送され、部室に戻ってくる一騎たち。
 しかし、自分たちが出る前と比べて、空気が少し変わっていた。
 美琴は机に噛り付き、空護と八がなにやらプリントを持って部室内をあっちこっち動き回っている。なにかを探しているようだ。
「……なんか、慌ただしいな?」
「えぇ。さっき生徒会が怒鳴り込んできたんです」
「あいつが? マジかよ……用件はなんだったんだ?」
「剣埼先輩を出せ、って。いないって言ったら逆上されて、ついでに面倒事を色々押し付けられて……もうやってられませんよ」
「自分、生徒会の人って初めて見たっすけど、きっつい人っすね」
「うちの部は生徒会とは犬猿の仲ですからねー。正確には、部長が目の敵にされてるだけですが」
 今にもペンを投げ出しそうな美琴に、上辺では平静を繕っているが、額に汗を浮かべて疲労を見せる空護。八は相変わらず能天気そうだが、どこか弱っているように見える。
「あのクソ会長、ネチネチネチネチしつこい奴だな。こっちはそれどころじゃないってのに」
「なにかあったんですかー?」
「あぁ、えっと……」
「いい。あたしが説明する」
 一騎を押し退けて、ミシェルが皆に今回のあらましを伝える。
 氷麗に言われたとおりにクリーチャーを倒そうとしたこと。その時に一騎が暴龍に飲まれてしまったこと。暴龍の正体、《ガイギンガ》の怒りの理由。一騎が飲まれた理由。一騎が飲まれてから、ミシェルが引きずり出すまでのことをすべて。
「……それはそれは、そちらも随分と厄介なことになってるようで」
「部のこともあるのに、生徒会に向こうの世界にで、首が回りませんね」
 深い溜息を吐く美琴。ほぼ生徒会に対するものだろうが、相当鬱憤が溜まった溜息だった。
「本当にごめん。とりあえず、生徒会の人から受けたっていう仕事は俺が——」
「いや、お前はもう帰って寝ろ」
「でも」
「でもじゃない……って、三回も言わせんな。あっちもやってこっちもやって、お前はなにがしたいんだよ。いいからここはあたしらに任せて、お前は休め」
「いや、でも、皆が忙しい時に、俺だけ休むなんてできないよ」
 食い下がる一騎。満身創痍なはずだが、心意気は立派だった。
 しかし、そんな彼に対し、今度はミシェルが、はぁ……と深い溜息を吐く。
 そしてその後、頭を押さえながら、低い声で言った。
「……おい、誰かタクシー呼べ」
「え?」
「もしくは先公の車でも可。人間一人運ぶ手段を用意しろ」
「ミシェル? なにを——」
「一騎……歯ぁ食いしばれ」
 シュッ、と風を切る音。
 刹那——

 ゴスッ

 ——鈍い音が、一騎の顎から、響いた。
 ガクリ、と膝から崩れ落ち、そのまま一騎は前に倒れ込んだ。
「もう忘れたのか? さっきも言ったぞ。無茶するなら、殴ってでも止めるって」
 床に伏した一騎を見下ろして、ミシェルは吐き捨てる。
 流石に、一同は唖然としていた。ミシェルの気性が荒いことは知っていたが、実際に拳を振るうことは滅多にない。それも、一騎相手に。
 少しの沈黙が訪れる。
「……綺麗なアッパーカットでしたねー、顎先直撃。軽く脳震盪起こしてKOですかー」
「最近は滅多に出なかった四天寺先輩の拳が出るなんて、よっぽど部長への鬱憤が溜まってたのかしら……」
「部長、大丈夫っすかねー」
「ミシェル……ひどい……つきにぃ、痛そう……」
「ひどくねーよ。悪いのは全部こいつだ。お前もこいつと一緒に帰れ。こっちはあたしらでなんとかするから」
 手で追い払うような仕草をするミシェル。
 恋は心配そうに一騎を見ていたが、ミシェルに指示されると、こくりと頷いた。
「ん……わかった」

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.348 )
日時: 2016/03/29 20:59
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 自宅のベッドの上で目が覚めた。
 時間を確認すると、もう八時過ぎだ。
「夕飯……いやその前に、生徒会の……ガイギンガは……えぇっと……」
 まだ頭が混乱している。自分が今なにをすべきか、分からなくなってきている。
 一旦落ち着いた方がいい。落ち着いて、整理して考えた方がいい。
 そう思って深呼吸していると、ギィ、と扉が開いた。
「つきにぃ……起きた……?」
「恋……どうしたんだ? というか、俺はどうしたの?」
「……はこんだ」
「運んだ?」
「うん……」
 一体なににどう運ばれたのか気になったが、恋はそれ以上は言わなかった。
 代わりに、ズイッと近寄ってきて、囁くように言う。
「つきにぃ……お腹、すいた……」
「え? あぁ、そうだな。今から夕飯作るから、ちょっと待って。こんな時間になっちゃったから、悪いけど、ありあわせでささっと——」
「……と思って、作った……」
「え?」
 作った? と思わず反復して聞き返してしまう。
 そして恋は、部屋が暗かったので見えなかったが、ずっと手に持っていたらしい器を差し出した。
「おかゆ……」
「……恋」
 どうやら、満身創痍で心身ともに疲弊しているだろう一騎のことを慮って、お粥を作ってくれたらしい。
 恋の面倒は自分が見る、と愛と約束していながら、立場が逆になってしまったことに、自責の念を感じる。
 けれどあの恋が、自分のためを思って動いてくれた。そのことについては、非常に嬉しかった。恋が今までにない成長を見せ、新たな一歩を踏み出した。それだけで、一騎は破顔するほど嬉しい。
 嬉しい、のだが。
 一騎の笑いは、非常に引きつったそれであった。
 その理由は、彼女が差し出した器の中身だ。
「恋……俺にはこのお粥は、炊いてない米にお湯を入れただけに見えるんだけど?」
 暗闇なので月明かりと廊下から漏れた光だけがそれを照らし、見づらいが、明らかに米に対するお湯の量が多い。米がすべて沈殿し、水がなみなみに注がれていた。およそ炊かれている米には見えない。
 しかも湯気なども感じられない。温かな熱気も感じられない。器からこぼれた液体が、一騎の体にかかって、その中身が水であると理解した。お湯ですらなかった。
 その、およそお粥と呼ぶには抵抗がある代物——むしろ、今から米を炊くつもりなんじゃないかと思えるような代物を見て、一騎は苦笑いを浮かべるしかない。
「作り方がわからなかったから……見よう見まね……飛天御剣流とおなじ……」
「見様見真似って、恋、俺が米を炊いてる時はいつも寝てるじゃん。俺が炊飯器使ってるとこ、見たことある?」
「ん……ないかも」
 そうだろう。一騎が起床する頃には恋は大抵は寝ている。たまに起きていても、部屋にこもっている。
 なにも知識のないのだから、できるはずがなかった。
 それにしても、こんな加工前の食品みたいなものが出て来るとは、思わなかったが。
「まあ、でも……ありがとう、恋。俺のためにと思って、作ってくれたんだよな」
「ん……」
 くしゃくしゃと恋の頭を撫でる。恋は猫のように、なされるがままに、気持ち良さそうに目を瞑っていた。その様子を見ていると、昔を思い出す。
 一騎は水を零さないよう、慎重に器を手に取ると、ベッドから降りる。
「このお粥は気持ちだけ貰っとくよ。だから後は俺に任せて」
「ん……わかった」
 そう言うと、恋はトタトタと部屋から出て行った。自室に戻ったのか。
 一騎は恋が見えなくなってから、部屋を出て、キッチンへと向かった。



 ありあわせのもので軽く夕飯を作り、風呂にも入り、再びベッドに入った一騎。
 明日も学校だ。それに、今日は色々ありすぎた。ミシェルたちの言う通り、一騎はかなり疲弊していた。
 しかし、すぐには寝つけなかった。
 暗い部屋の中で思い返すのは、今日の自分の不甲斐なさだ。
「俺は……また無力だったな」
 いや、それどころではない。
 むしろ、皆に迷惑をかけた。
 暴龍に飲まれていた時の記憶は曖昧だが、左手の感覚が覚えていた。
 大剣を振るい、恋を、ミシェルを、手にかけたことを。
 二人とも、特に気にした様子ではなかったが、一騎は少なからず責任を感じてしまう。
 しかも、それだけではない。
「ミシェルのお陰で、俺は助かったけど……でも、まだ、《グレンモルト》と《ガイギンガ》が、あの中にいる……」
 まだ、問題は解決していない。
 今でも一騎のデッキは枚数が足りておらず、超次元ゾーンのカードも一枚少ない状態だ。
 暴龍となり、《ガイギンガ》に飲まれた《グレンモルト》。彼らを元に戻し、助け出さなければ、終わらない。
 しかし、本当にそれは可能なのか?
 一騎は人間だ。本来、クリーチャー同士で起こるはずである“事変”における異分子だ。
 だからこそ、ミシェルの手で、強引にだが引きずり出されたのかもしれないと、後から《フィディック》は言っていた。
 だが《グレンモルト》も《ガイギンガ》もクリーチャー。事変における核だ。
 二人はクリーチャー同士で、互いに、ダイレクトに心を通わせた間柄。その繋がりは、一騎以上に強いはず。
 近しい二人。ということは、怒り狂った《ガイギンガ》が《グレンモルト》を完全に飲み込むのも、容易いのではないか。
 互いに心が通い合っていたからこそ、互いに近い存在であったからこそ。
 二人が一体とない、暴龍と成れ果てるのは、容易なことではないのだろうか。
 完全に飲まれてしまえば、もう二人を引き剥がせないだろう。
 仮に、まだ完全に飲まれていないとしても、どう二人を救えばいいのか、一騎には分からない。
 ミシェルがやったように、無理やり手を突っ込んで引きずり出すのか。いや、それは無理だ。あれは人間である一騎だったからこそできた芸当だというのは、さっき思い返したばかりだ。
 分からない。
 自分が、どうするべきなのか。
 どうすれば、彼らを救うことができるのか。
「……これじゃあ、恋の時の同じじゃないか」
 あの時も、どうすればいいか分からなかった。
 ただがむしゃらになって、ミシェルの言うように無茶なこともして、それで、空回って、なにもできなかった。
「あの時みたいに、また暁さんに任せるのか……?」
 いや、そんなわけにはいかない。
 これは、自分の問題だから。
「《グレンモルト》も《ガイギンガ》も、俺のせいであんな姿にしてしまったんだ。俺が弱かったから……だから」
 今度こそ、自分の力でどうにかしてみせる。
 そう思う——思いたかった。
 一騎の中には、過去の失敗が渦巻いている。
 かつての不格好な自分が、今の自分の姿を、曇らせる。
 昏い光にも、怒りの炎にも、圧倒され、飲まれてしまった自分を思い出しながら、一騎の瞼は降りていく。
 彼の意識はそのまま、闇夜と一緒に沈んでいった。


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